予兆
学校を後にした私は、そのまま目的の場所へと移動した。
「久しぶりね、リリー」
「うん、善子ちゃん。…ごめんね、最近あんまり練習に顔出せなくて」
「別に気にしてないわよ。…それに、ルビィだって同じだから」
話に聞いていたとおり、目的地であるリリー…もとい、一年上の先輩である桜内梨子の家は、千歌の家のすぐ隣にあった。
「部屋狭くない?」
「全然。広いし綺麗にしてるじゃない」
リリーの部屋には、一台のピアノが置かれていて、室内は小綺麗に片付けられていた。また、芳香剤か何かの香りなのか、動く度にふわりと良い匂いが私の鼻腔をくすぐった。
「……あ、お茶とか持ってこようか?」
「助かるわ。……実は喉渇いてて」
「うふっ、少し待っててね」
パタン、と部屋のドアを閉め、リリーは階下の居間に向かっていく。
……さて。ここからが本番ね。
「ごめんなさい、リリー」
誰もいなくなってしまった部屋で一言呟き、私は眼前の端末―――リリーのスマートフォンを手にする。
「ロック…掛かってるわよね、当然」
パスワード入力の画面を確認し、私は思案する。リリーの事だから、きっと友達の誕生日とか、分かりやすいものにしてそうよね。
「千歌の誕生日……違う。曜さん……違う。他に誕生日で、ある程度仲が良くて………まさか、ね」
半ば諦めつつも、私は自分の誕生日をパスワード入力する。程なくしてロックが解除された。
「分かりやすいわね……」
今日この場所に来たのには、勿論理由がある。
先日、私は黒澤邸からの帰りに「ルビィ以外に最近様子が変わったメンバーはいなかったか」と千歌に訊ねた。…そして、それに対する答えが、桜内梨子―――リリーだったのだ。
だから、私は今回のルビィの件にリリーが関わってると考えた。…安直かもしれないけど、何もしないのだけは嫌だったんだ。
「何か、小さなものでも良いから……」
某通話アプリのトーク履歴を漁り、私はここ数日のリリーの動向を調べていく。
……やがて見つけたのは―――
「お待たせー、善子ちゃん♪……どうかしたの?」
「え?いや、なんでもないわよ?あはは……」
その後、リリーとは他愛もない話をたくさんした。…けれどそれらは全て、ここに来た理由を覆い隠すためのもので、多分何も本音では話してなくて……だから私は、リリーが部屋に戻る直前に見ていたその画面を忘れることは一瞬たりともなかった。
その画面―――一本の動画が貼り付けられた、渡辺曜とのトーク履歴を。
◇
『曜さん、今週の日曜日とか暇?』
『空いてるよー。どこか遊びに行きたいの?』
『いや、曜さんの家に遊びに行きたくて。まだ行ったことなかったし』
『そっか。いいよ!お菓子とか準備しとくね。ウチには一人でくるの?』
『そのつもりよ』
『分かった!じゃあまた。くる時間とか後で教えてね〜』
『はいはーい』
◇
『ルビィちゃん、大丈夫?元気にしてる?』
『うん。さっきお姉ちゃんと朝ご飯食べたところだよ。花丸ちゃんは?』
『うん、こっちも元気だよ。オラもさっき朝ご飯食べたところずら』
『そっか。……えっと、善子ちゃんは?』
『本人には聞かないの?』
『それは、その……』
『……なんてね。少しイジワルだったずらね。善子ちゃんも元気にしてるよ。この間は梨子さんと遊んだりしてて、今日は曜さんの家に遊びに行くらしいずら!』
『……そうなんだ』
『ルビィちゃん?』
『ありがとう花丸ちゃん、今度はルビィから連絡するから!』
『え?あぁ、うん……』
『それじゃあ、またね!』
『うん、また』
スマートフォンの画面をタップし、オラは通話を終了する。
「ルビィちゃん、どうしちゃったずら……?」
一人呟き窓越しに見上げた空は曇天で、それはよくない事が起きる前触れのようだった。
お久しぶりです。諸事情で長編に触れないでいたのですが、これまた諸事情により少し触れるようになりましたので更新しました。もうしばらく物語は続きます。