「おはよう、曜さん」
「うん、おはよう善子ちゃん!」
後日。
私こと津島善子は、約束通り渡辺邸を訪れた。…が、問題はここからで。家の敷居を跨いですぐに、私は一つの異変に気付いた。
「あれ、靴……二つ?」
「あぁ、それは―――「おはよう、善子ちゃん。待ってたよ♪」
曜さんの返事を遮り、異変の主が現れる。
長く艷やかな深紅の髪に、日の光を受け輝く黄金の瞳。上品に笑いつつもその口角は不気味な釣り上がり方をしていて、彼女の真意を測りかねる。
見間違えるはずもない。そこに佇んでいたのは、可能であれば今最も顔を合わせたくない人物―――もとい、桜内梨子だった。
二階にある曜さんの部屋へ入ると、梨子はすぐに申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんねー、二人で遊ぶ予定があるって曜ちゃんから聞いちゃって。来ちゃった」
「いや、別に私は気にしないからいいけど…」
「私からも謝るよ。梨子ちゃんとL○NEで通話してたら自然な流れで今日のこと話しちゃって…」
言って、曜さんは軽く頭を下げる。その動きに合わせ、彼女の柔らかなベージュの髪がふわふわと揺れた。
「だからいいってば!本当に気にしてないから…」
「そう?…まぁとりあえず善子ちゃん喉渇いてるだろうし、飲み物取ってくるよ」
言って、曜さんは一度閉めかけた部屋のドアを再び開け、階下へ向かってドタドタと降りていく。バタン、という木製のソレが閉じる音が室内に響き渡り、少し遅れて部屋に二人きりの静寂が訪れた。
……が、それは梨子の一言により一瞬で壊された。
「善子ちゃんってさ……」
「?なに?」
「今……好きな子とかいるの?」
「は?」
「いやだから、恋愛対象として見てる子とか誰かいるのかなー…って」
「えぇ?なんで?」
「べつに……ただの興味本位だけど」
割とインパクトのあることを聞いてきたにも関わらず本人は特に気にする風でもなく、手元のスマートフォンを弄り始める。ソレを起動するのと同時に、彼女の瞳に無機質な白色の光が映り始めた。
「そう。……えと、そういうリリーは?」
「いるよ」
「え?」
「いる。…普段はよくわからない言動だけど、本当は周りのことをよく見てて、皆のことを大切に思ってくれてる良い子なんだ♪」
変わらず手元の端末に視線を向けたままで、梨子は"誰か"のことを語る。…その頬が少し赤く染まったように見えたのは、きっと気のせいじゃないだろう。
「そっ……そーなのね」
「うん。……善子ちゃんは?」
「私?私は……わからない」
「分からないって?」
「まだ、恋愛対象として誰かを好きになるとか、そういうの……よく分からないのよ」
「そう……そうなんだね」
「リリー?」
「お待たせー、二人とも!お茶とお菓子持ってきたよ」
いつの間に戻ったのか、力強く部屋のドアを開け放ち、曜さんは笑う。彼女の手にはペットボトル入りのお茶とグラスのコップ、それからスナック菓子の乗った盆が握られていて、その存在感は室内を満たしていたどこか気まずい空気を吹き飛ばすには十分だった。
「あ、ありがとう、曜さん……」
「いえいえ!二人ともなんか難しい顔してるけど、大丈夫?」
「どうもないわよ!……ねぇ?」
「……うん」
……私、そんなヘンな顔してたかしら?
◇
……さて。肝心の私が渡辺邸にお邪魔している理由だけれど、…実はかなり絶望的だ。
先日梨子の家に行き彼女のスマートフォンをチェックした私は、曜さんと過去に怪しいやり取りがあったことを確認した。
だから、今日は本人に直接そのことを聞く……つもりだったのだけれど。
「え〜?それは曜ちゃんが悪いよ〜」
このように、今日は何故か梨子も一緒にいて、中々そのことを聞き出せないでいた。……正直、少し邪魔なくらいだ。何かチャンスでもあれば―――と、そう思っていたその時。
「ありゃ?誰だろ?」
私の思考を読んだかのようなタイミングで、渡辺邸の玄関のチャイム音が鳴り響いた。
「ねぇ曜さん、他にも誰か呼んでるの?」
「いや、梨子ちゃんと善子ちゃん以外は誰も……まぁいいや、確かめてくるね!」
そう言って、曜さんは再びドタドタと階段を降りていく。……程なくしてこれまた再び梨子と二人きりの静寂が訪れた。
「善子ちゃん、さっきの…二人でしてた話の続きなんだけど、」
ぼそっ、と一人で呟くように淡々と、梨子は改めて口を開く。その様子はどこか冷ややかで、いつの間にか私の全身は硬直してしまっていた。…こんな梨子―――リリーを見るのは初めてだ。
「恋愛とか、そういうの……わからないんだよね?だったらさ―――」
梨子は手元のスマートフォンを傾け、その画面を私に見せつける。
……私にはその意味が理解出来ていた。…出来ていたけれど、でも、体は理解したくないようで、私がその現実を受け入れるまでに若干のラグを生じた。
「―――なんで、ルビィちゃんとこんなことしてたの?」
よーしこー!