あの日、曜さんの家で色々あって、それからルビィと一緒に男性用の下着を買いに行ったりなんかもしたりして、自分の下半身についている余計なモノに対する危機感も薄れてきた、そんなある日のこと。
「おっはよー、善子ちゃん!」
「なんだ、ずら丸か」
「えぇっ、善子ちゃん、幼馴染に向かっていきなり『なんだ』って酷くないずらぁ!?」
いつもの教室で、いつもの如く挨拶をして、そして涙目になっているこの茶髪の女の子の名前は、国木田花丸。一応幼稚園からの幼馴染で、縁あってこの高校で再開する事となった、私の数少ない親友の一人だ。
「…悪かったわよ」
「む〜…心がこもってないずらね、善子ちゃん!」
悪かったわよ、本当にごめんね、ずら丸。
「なによ、今日のずら丸は面倒くさいわね」
「心と声が逆ずらぁ!」
「なんで分かるのよ…」
「なんでずら?」
「私に聞かれてもね…」
「……まぁ、今の話はさておき…ルビィちゃん遅いね?最近は善子ちゃんと一緒の事が多かったのに。…あっ!分かったずら!善子ちゃんルビィちゃんが来るのを待ってたから、オラにがっかりしたんだね?」
一人で勝手に納得し、ずら丸はにやにやと笑う。…なによ、その気持ち悪い笑い方は。
「……まぁ、否定はしないわよ。最近はバスの時間とかも合わせて一緒に来てたから、余計心配ね」
「きっとすぐに来るずら、今日はお寝坊さんなのかもしれないし」
ずら丸は優しく笑う。
最近のずら丸って、いつもこんな感じだ。
……言葉にはしにくいんだけれど、以前、彼女は名前の如くその場に花が咲くような満点の笑顔をよく披露していたものなのだけれど。…でも、今は違う雰囲気で。
……何というか、優しくて。ふわっとしてて。全てを包み込む感じで。お母さん…みたいで。
そんな、少し大人な笑顔をするようになった。…そういえば、ずら丸がこの表情をするようになったのっていつからだっけ?
と、私が小さな疑問を抱いたところで、噂をすればなんとやら、件の赤髪の少女がやってきた。
「おはよー、ルビィちゃん!」
ずら丸と同じく小動物感のあるツインテールの美少女。名前を黒澤ルビィというその女の子は、しかし表情がいつもと違い暗く、その顔は下を向いていて……。
「……ルビィ?」
「あっ、よしこちゃ……」
私の声に小さく反応すると、ルビィは半歩後ずさる。…その反応は、明らかに何かに怯えているようで…誰から見てもおかしい。
「……おはよう、花丸ちゃん!…善子ちゃん!」
それでも、ルビィはいつものように笑顔を作り、いつものように挨拶をする。
……きっと、本人はそのつもりなのだろう。…自分が今どんな表情をしているのか知り得ないのだから。
◇
「オラね」
「……ん?」
「最近まで、ずうぅっと、善子ちゃんとルビィちゃんが仲良くなれて、それで自分の事のように嬉しかったんだよ?」
「……そう」
……放課後、二人きりの教室。
小さな関係の崩壊は止まらず、あれから何故かずっとルビィに避けられ続けている私は、幼馴染にその相談をしていた。
「……でもね、善子ちゃん。オラ、あの朝まで、ルビィちゃん達はいつまでも仲良くいられるんだって、勘違いしてたずら。…オラ、何も気付けなかった……」
ずら丸はそのまま下を向いてしまう。…なんで、アンタが自分を責めるのよ。
「……それを私の前で言うの?一番の無能は私なのに」
「善子ちゃん…」
「……私だって同じ…いや、もっと酷いわ。あんなに近くで…いっぱい時間を過ごしたのに、それでも、ルビィの変化に気付けなくて、私の何が悪いのかも分からなかった……」
「善子ちゃん……」
「でも……無視って一番キツいわね…目の前にいても、"いない"んだから……。せめて、理由だけは…聞けば話してくれると思ってたのに……」
あれから、私も何もしなかったわけではない。…ルビィが暗くなっている原因は自分だと思った。でも、理由が分からなかった。だから直接ルビィに聞いた。
……でも、それでも答えはくれなかった。
「善子ちゃん……」
ずら丸は、安っぽい言葉で私を慰める事はせずに、優しく抱き締めてくれる。…今はそのずら丸なりの優しさが嬉しくて、……何より、重ねた体の感触が、久しぶりで。温かくて。
「嫌よ……このままは、嫌なのよ……。くっ……うわあぁぁん―――」
それこそ幼稚園の頃以来というべきか……私は二人きりという事を口実にして、その日は花丸の服がびしょびしょになるくらいに、そして小さな子供のように泣き続けた。
ただ、小さな頃と違ったのは、奪われたくないものが玩具ではなく、居場所という事で…きっと、この時の私は、心のどこかでこれ以上酷いことはもう起きないだろうって、そう思っていた。
……それが、大きな勘違いだという事実に気付かずに。
◇
「……あれ、今日ルビィちゃんは?」
「ルビィなら、今朝から具合が悪いとのことで……今は家で大人しくしてますわ」
今日は、ラブライブが近いのでいつもよりも多く時間をとってダンスの集合練習……の、はずだったんだけれど。その場所に、いるはずの同級生の姿はなくて。
「そっか……」
だから、この橙色の髪の先輩―――千歌にはいつもの元気がなくて、なんというか…それは昨日今日のことで暗くなっている感じでもなくて……。
「……もう、いないのは仕方ないでしょ!…千歌、そんなとこ座ってないで、せっかく八人いるんだから練習しましょ!」
嘘。
……全部嘘だ。
本当は今すぐ帰りたい。
……勿論、ラブライブで優勝して、学校の名前を遺さないといけないというのは、分かってるし、だから練習を怠ってる暇なんかないのも理解している。…けれど、自分でもわけがわからなくなるほど、ルビィという存在は私の中では大きくて。
でも、優勝はしないと……
だから、嘘……ついた。
「うん、そうだね」
その甲斐あってか、千歌は立ち上がると、私の目を見据えた。…それは、真剣な表情で。
……そして私は、彼女のその表情を知っていた。
いつだってそうだった。千歌は自分の事を『普通』だなんて言いながら、"こういう事"にはやけに敏感で、気がついたら渦中にいて。
「善子ちゃん、全部話してくれる?……ルビィちゃんと何があったのか」
また、彼女は救う気なのだろう。
輝きを目指していくために。
まぁ、そうなるな。