※この作品はR-18です。

神授説   作:ぴぴけ


原作:オリジナル作品
タグ:R-18 性転換 TSF TS
二度目の初投稿です。

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神授説

面倒なことになった。とても面倒なことになった。

面倒なことと一言で言ったが、どう面倒なのか順を追って説明するのはさらに面倒なのでここは所謂5W1Hで説明してやろう。

 

問題:今は一体何時か?

解答:日曜の夕方だ。まだあのアニメは始まっていない。

問題:此処は一体何処か?

解答:俺のアパートの居間だ。それほど手狭というわけではないが、大人数で集まるなら別の場所のほうがよさそうだ。

問題:俺は一体誰だ?

解答:斎藤貴勇(さいとうたかお)19歳。今をときめく男子大学生だ。いや、何を言っているんだ俺は。

問題:何が一体面倒なのか?

解答:女が二人、俺の目の前にいる。どうやら帰る気は無いらしい。

問題:それは一体どんな女か?

解答:知らん。初対面だ。

 

問題:結局何故面倒なのか?

解答:どうやらこの女二人、宗教の勧誘っぽい。

 

つまるところこれまでのあれやこれやはほとんど現実逃避の産物というわけだ。目の前の女の一人は今も訳の判らぬ話を続けている。

最初はインターホンが鳴っても無視し続けていたが、二度三度と続いた後の直接ドアが何度も何度も繰り返し叩かれたのでこちらとしても一度開けざるを得なかった。それは大きな過ちであり、開いたドアの隙間に足を入れこまれ玄関先で攻防を繰り広げること十数分。

結局俺が折れて話を聞くこととなった。

目の前の女についてだが、まぁこれが両極端な二人だ。

一人は老婆というのが似つかわしい、背の低い女だ。さっきからずっと話を続けているのがこいつである。老婆とは言うものの、身なりは相応に整えてある。そうでもしなくてはこんな勧誘など出来はしないだろうが。

もう一人は男を釣るためだろうか、かなりの、いやそんじょそこらでは目にすることのない美人だ。超然とした雰囲気で、背は高く、スタイルもいい。長い銀の髪は隣の老婆の黒に染めた白髪とは比べるに能わず、体つきは人工的な印象をギリギリ与えない均衡を保っている。

もっとも老婆とは違い、こちらの女は一度も口を開いていない。一体何のために来たというのだ。

さて、ではこの老婆の話の内容だが、これはそこらの新興宗教と大した違いはないだろう。

曰く、星の意思だとか、神の思し召しだとか、地球上の全ては神によって創造されたとか、神の御力をもってすれば万物は平伏すだとか、神の意思の代行者の巫女がどうこうとか、ここから先はほとんど聞き流している。

さらにこの女共はパンフレットや怪しげな小道具に頼らず話術一本で勧誘に来たらしい。流石に無謀と言わざるを得ない。どうしてこんな勧誘に引っかかる奴がいると言えようか。

「ちょっと~聞いてる~?」

老婆の方が馴れ馴れしい口調で言う。

「ええ、はい」

悲しいかな、波風を立てぬために俺は在り来たりな返答をする。

「じゃぁ、話の続き、するわね? そもそも万物は神が創造したという話はしたわよね? だからこの世界にあるすべてのものは神がその存在を赦したからこそ存在していたの。けれども人類という存在が誕生して以降、世界は変わってしまったわ。

人類は誕生してから神を崇めることこそあったのだけれど、結局は本来の神というものを忘れてしまったわ。この世界で今崇められている神は本来の神の伝承を下敷きにした人間賛美のものに過ぎないわ。

勿論、古代の神も同様よ。忘れ去られたのはそれ以上前、いわゆる四大文明の発生以前のことよ。だから歴史には全く残っていないの。けれども神は寛容なお方。自分自身が忘れ去られたとしても自らの創造物が正しく――他者を傷つけることなく、愛し合い、尊重しあう。そんな世界であるならば良いとお考えになったの。

けれども悲しいことに、人類はそうはならなかった。食料の多寡で争い、土地の大小で争い、権力を巡って争い、ついに神の名の下で争ったわ。故に、神はお怒りになった。しかしもはや忘れられた神は、忘れられたがゆえに世界に干渉することを拒んだの。

それも当然のことなの。本来忘却され焼失して消失した概念が再び蘇ってしまうと混乱が起き、新たな争いに繋がりかねないと考えなさったのね。故に神はこうお考えになった。自身に代わって自分の意思を伝え、世界を正しく修正するものを用意すればいい、とね

それが私たちの言う所の巫女ね。個の巫女の選定は大体五十年前から行われていて、今も世界各国で新たな巫女が見つかっているわ。それで――」

老婆はまたも捲し立てる。似たような話はさっきも聞いた。こちらとしてはいい加減お帰り願いたい。

状況は悪化こそしないものの、現状がほぼ最悪なだけという理由でそうなっているのであり、結局は何か決定的な変化が起こらない限りはどうしようもないだろう。

「―――よ」

だがこの時それが起こった。隣で今までただ黙って座っていただけの女が遂に口を開いた。

ただ、何処の言語だろうか。女が何かを話したのは分かったが、何を話したまでかは終助詞の「よ」以外さっぱり聞き取れなかった。まずこの「よ」も終助詞かどうかは判らないのだが。

「はっ」

老婆がこれに対し返答する。そしてそれきり口を開くことはなく、ただ女の隣に侍るのみであった。

そしてこの時を境に、俺にはこの女がとんでもなく不気味なものに見えるようになった。

この女、何かが噛み合わない。ただそこにいるという振る舞いのみですらただ漠然と――例えば、継ぎ接いだブリキの人形と見つめ合うような――そんな不安が精神を苛む。

女が俺を見つめる。真っすぐに。蛇が蛙を見つめるように。ああ、ここで改めなくてはならない。これは面倒なことなどではない――もっと、いや、全く別種の深刻な何かだ!

ああ、女が口を開く。

「『動くな』、『話すな』、『目を逸らすな』」

女は三つ言葉を並べる。これ唯の言葉などではない。俺たちが想像もつかないような呪詛だ。現に体は硬直し、声帯は僅かに痙攣することすら出来ず、眼は女を真中に捉え、まるで発条の切れた玩具のように、固まったまま動かないのだから。

女が身を乗り出しこちらに手を伸ばす。そのしなやかな指が顔に触れる。互いを隔てる空気の厚さは拳一つも遮れない。傍目に見ればラブロマンスのワンシーンだ。だが実態としては、ホラー映画の捕食シーン、或いは悪の組織の実験シーンだ。

ひとしきり顔を撫ぜたあと、女は無垢な赤子のように笑った。侍る老婆に笑う女、視線の先には動かぬ男。恐らくどんなドラマでも見れない光景だろう。何しろこんな筋書きは即刻没を食らうのだから。

故に、もはやここから先は予告もなく、予測も通じぬ即興劇だ。どうにかこの女から逃れなければならぬ。

「『立て』」

だがその思いとは裏腹に、俺の体はもはや女の傀儡であった。全くもっていつもそうしているように、何の抵抗もなく体は立ち上がる。そしてそれきり足は動かない。

女は、今度は顔だけでなく全身を余すところなく触れようと、数枚の布と肌の距離まで体を密着させる。

そうしてひとしきり触って、今度は難しい顔をして少し考え込むような動作をする。黙って俺の方を見たかと思えば、今度は周りをぐるぐる回り、そうして最後には、また先程のような無垢な笑顔を浮かべるのだ。

女はまたも意味不明な言葉でもって老婆に声をかける。そして何かを耳打ちしたかと思えば、老婆は黙ってこの部屋から――更にはこのアパートから出て行った。

いやしかし、事態は全く変化していない。この状況を完璧に把握しているのは目の前の女なのであり、それの排除をもってしか事態の収束は望めないのだから。

「『付いて来い』」

女はそう言って部屋を出る。俺の体も後に続く。

手狭な敷地だ。女は数十秒もしないうちに目当ての場所――脱衣所を探り当て、足を止めた。

「『服を脱げ』」

女の意図する服とは身に着けているもの全てであったらしく、鏡には全裸の男が映りこんでいた。

女はそれに眉一つ動かすことなく、言葉を紡ぐ。

「____」

紡ぐ。

「――――」

意味の分からぬ言葉を、呪文のように、呪詛のように、歌のように、祈るように。

唯々意味の分からぬ言葉を並べる。呪文のように、呪詛のように、歌のように、祈るように。

だが、その言葉が、先ほどまで女が使っていたそれと何ら変わりない効力を持っていると判るまでそう時間はかからなかった。

痛むのだ。全身が。内側から食い破られるかのように。

潰される様に足が痛む。引きちぎられる様に腕が痛む。貫かれる様に腹が痛む。掴まれた様に胸が痛む。掻き回される様に頭が痛む。

痛い、痛い、痛い痛い痛い!

そして全身がこんなにも痛むのに、鏡の中の男は微動だにせずに前を見据えているのだ!

――いや、微動だにせずというのはこの瞬間嘘になった。鏡の中の男は動いている。その体が縮むという、有り得ない現象によって!

今やその背丈は、どんどん縮み、終いには女より頭二つ分ほど小さくなってしまった。女はここで、言葉を紡ぐのを止めた。

俺はその瞬間、嘔吐した。いや、吐いたのは胃の中身だけでなく、血もだ。洗面台の中が鮮血に染まる。

粗方吐いて肩で息をしていると、女が声を掛けてくる。――なんて愛おしいのでしょう、と。これが、呪詛でも呪文でも何でもない、女の吐いた言葉だった。

何を、と言い返そうとした。そこで気付くのだ。鏡越しに見る女の表情に。我が子を慈しむ様なその表情に!

女が言葉を紡ぐ。――神の御心のままに。それが遂に聞き取れた呪詛の正体だった。

だがそれが分かったところで、痛みに苛まれる体では、もはやどうすることもできなかった。

今度は全身を削るような痛みだ。全身の穴という穴から血が噴き出すような感覚だ。

「神の御心のままに」

その言葉が紡がれるたびに、全身から何かが削られてゆく。鏡の奥にいる男は、もはや自分とは認められなかった。

神の御心のままに。神の御心のままに。神の御心のままに。神の御心のままに。

やめろ、やめろやめろやめろ――!

女は止まらない。痛みは消えない。そして言葉が止み、俺が再び嘔吐したとき、鏡の奥には人間がいた。

男とも女とも、大人とも子供ともいえ、またそうでない人間が、自分が体を動かすのと同じように、その身を動かすのに気づいた時、俺は――

「ぁ―――」

――ただ僅かに息を漏らすことしかできなかった。

女は、あぁ、ああと何度か歓喜の声を上げ、俺に動くなと命じたっきり、部屋を出てどこかへ行ってしまった。

そうして俺はしばらく鏡の奥の人間と見つめ合って待たされた。どれほどの時間かはわからないが、ずいぶん長い時間だったとは思う。勿論主観だが。

そして女は帰ってきた。手には何か、バスケットボールほどの大きさのものを持っていた。

女は今度は口を開かなかった。そしてそれを俺の胸の辺りに押し付けた。

それは何の抵抗も痛みもなく俺の体に入り込んできた。そして入ってきた内側で――

「あっ――ああっ! ああああああ!!」

焼け落ちた。凍て付いた。切り裂かれた。爆ぜた。おおよそ人間が知覚する感覚全てを、それは与えた。そしてそれらの全ては、激痛に変容した。

唯々痛い。それだけが感覚を支配していた。五感は完全に錆び付き、ただ神経の内側から与えられる痛みが脳を支配した。

 

気が付いた時には日が落ちていたようだった。

明かりのついていない部屋の天井を、寝そべって見ていた――そして、視界にもう一つ映るものがあった。女の顔である。

「ぅ――ぁ――っ!」

言葉にならない出鱈目な声を挙げながら、女から飛び退く。女は正座をしていたようだ。いや、これは即ち、気を失っている間、俺は膝枕でもされていたというのか。

――一体何なんだ、この女は!

心の中でそう叫ぶ。現実では喉が引き攣ってそんなことは口が裂けても――いや、裂けていようがいまいが――言えない。

女が立ち上がる。俺は一歩下がる。その間に女は二歩進む。壁際に追いつめられる。女は両手を使って俺を追い詰める。股の間に足を入れ込む。またもラブロマンスがホラーに早変わりだ。

女が俺の顎に手をやり、上、丁度俺と女が目を合わせるような角度に向かせる。

俺の眼に女が写り、その女の瞳に俺が映る。

女は右肘まで壁につけ、さらに顔を近づける。そして左手で俺の髪を撫でる。

――ここでようやく、ある異常に気づく。髪を撫でる女の手が、肩の辺りまで動いている。わずかに目線をそちらに――

「『目を逸らすな』」

やることは叶わない。俺の体は真っすぐに女の顔を見上げている。微笑を浮かべる女の顔を!

ひとしきり髪を撫でて満足したのか、今度は指を俺の首にあてる。僅かに息が漏れた。

そのままゆっくりと、慎重に、少しづつ下に撫で降ろされてゆく。そして指はちょうど心臓の辺りを触れる。

ここで、本来は俺の心臓と女の指の距離は肉の皮二枚を隔てるのみの筈だった。だがしかし、何かがおかしい。距離が、それよりも遠い。誤差とも言える程にだが。

次に女は、するすると手を下し、下腹部、丁度臍の辺りを撫でる。

理由は判らない、しかしここを撫でられた時、何かが背筋を走った。それが温かい快楽なのか、冷たい恐怖なのかは、回らない頭では判別できなかった。

ともかく、心臓よりもここを体が重視していることはありありと感じられた。

女は、先ほどよりもゆっくりと時間をかけて、柔らかな笑みを浮かべながら腹を撫で続けた。俺はそれを唯受け入れるしかなかった。

そうして、女は、次にまた腕を下し、俺の股間に手を伸ばした。そして遂に、判ったのだ。これまでの違和感が。この女が何をしたのかが。

女の指は俺の体の中に、本来それが正常かであるかのように、潜り込んだのだ。

当然、俺にとっては異常事態だ。視線を下に向けることは全く出来ないのに、そこで何かが起こっている。

女の指は、それか当然であるとばかりに、体の内側を撫で回す。時折その感覚が、痺れる様に脳に響くのを感じた。

女は撫で続ける。撫でる、撫でる。その顔を、僅かに歪めながら。撫でる、撫でる。口角を吊り上げながら。

「ぅぁ――」

痙攣した喉が甘い声を零す。それが自分の口から発せられたものと気付くより早く、女の笑みがより深いものとなるのに気づいた。

指の動きが速くなる。それに比例して声の零れる頻度も上がる。視界が滲む。膝は笑う。そして何より、脳の刺激は加速度的に強くなる。

そして最後だとでも言わんばかりに、一際強い刺激とともに、視界と意識が真っ白になる。おそらく叫び声も上げようとしたのだろう。口が開いて唾液が零れる。

女が左手を俺の前に持ってくる。その指は濡れていて、ただ、何となく生理的に嫌悪を覚えるような、そんな匂いがしていた。

女はあろうことか、指を俺の口に突っ込んだ。そして言うのだ。舐めろ、と。

意に反し、俺の体は丁寧に女の指を舐める。まるで飴でも舐めるかのように、塩味がするその指を。

そうしてしばらく舐めていると、玄関が開く音が聞こえた。足音が近づく。その主は先程出て行った老婆であった。何やら大げさな荷物である。その中から鏡を取り出す。そして俺に向ける。

――そこに映っていたのは、まるで人形のような、全裸の少女だった。人工美の最終終着点。究極の均衡。そして人間性の排斥。確かに奇麗な顔つきで、体つきも、やや幼いという印象を受けるが、背丈から考えるとそれほど不自然なものではなかった。

そして髪は、女と同じ銀の髪であった。いや、正しく、この体は女の妹か、或いは娘と言って差し支えないほど、その面影を色濃く残していた。

老婆が言う。

「おお! これぞ! これぞ正しく! 神の意思そのもの! なんと尊いものでしょうか!」

女は気にも留めない。老婆が持ってきた荷を解き、その大部分を占めるものを取り出す。

辛うじて布であることは判別できた。何やら装飾のごてごてと付いた厚手のものだ。

そして女はそれを脇に置き、別の、二回り以上小さいものを取り出す。それが下着であることに気づくのにそう時間はかからなかった。であるならば、先程のものも服だろうか。

女はそれを確認すると、再びそれをまとめた。そして、ついてこいという。もはや俺に自由などなかった。

連れてこられた先は先程の脱衣所だ。違いを挙げるとするならば、今度服を脱いでいるのは女だということぐらいだろうか。

女の肢体はそれはまた完璧といえるものであった。完全な均衡を保ちながら、そこに人工的な厭らしさを全く感じさせない、一種の芸術の体現ともいえるものだ。

女はそれを俺に見せることを全く厭わなかった。そうして俺をそのまま風呂の中に連れ込んだ。

最後に他人と風呂に入ったのはいつのことだろうか。高校の部活の合宿の時だろうか。いずれにせよ、女性と同時に風呂に入るのなんぞ幼児期以来であろうが。

女に椅子に座らされ、頭からシャワーを掛けられる。水が目に入らないようにか、目を瞑ることは許されたが、それ以外は何もできそうにない。

対する女は先程までの沈黙はどこへやら、実に生き生きと俺の体を流している。明らかな高揚が見て取れた。

というか一人で高揚してこちらへの配慮は全く無しである。髪が顔に張り付いて目を開ける所ではない。

女が俺の頭に触れる。まるで割れ物にでも触れるかのような手つきである。そして丁寧に、丁寧に髪を撫で降ろす。それが髪を洗っていると気づいたのはこれが三度ほど繰り返された後だった。

女が使っているシャンプーは普段俺が使っているものとは全く違うことがその匂いから感じ取れた。形容するのは難しいが、なんというか、女性特有の匂いだ。あの髪が靡いた後の。

そうして女は一度髪を流した後、同じ要領でもう一度髪を撫でてゆく。今度はリンスをしているということに気づくのにはそう時間はかからなかった。

それもそうこうしているうちに終わったようだ。しかしここで女は呟く。「『そのままで』」と。

いよいよ瞼すら動かせなくなった。女の手が俺の首に触れる。そして、念入りに撫でる。

最初はこの行動の意図を図りかねていたが、女の手の感触と、先程の行動から察する。つまり、この女は素手で人の体を洗おうというのだ。

女は後ろから手を伸ばしているようで、途中からは両手を使い体を撫でだした。時折、その感触に体が跳ねそうになる。

そして何より、極力意識しないようにしていたが、女の豊かな双丘が背中に当たり続けている。自分の顔すら見えないが、きっと真っ赤に染まっているだろう。

――それを知ってか知らずか、女はさらに身を寄せる。女の手が股に伸びる。そこまで来て、女は密着するのを止めた。

俺がその意図を察しかねていると、再び女は身を寄せる。だが今度は手は何処にも伸びていない。――代わりに、女の胸が背中に押し当てられている。先ほどの手の代わりに。

女は自分の胸を使って俺の体を擦っている。全くもってその真意は理解できないが!

そしてそれと並行して、またも俺の体に手を伸ばす。ただ、他意などなく、純粋に体を洗うために動いている手と、背なかでうごめく胸の並立は全く理解できない。

そうして数分、全身を洗い終えたのか、シャワーで全身を流される。

女は言う。「『目を開け』、『同じことをしなさい』」と。

俺は全く理解できなかった。しかし、俺の体はしっかりと理解したのか、勝手に動き出している。

女が持ち込んだのであろう、シャンプーを手に取り、女の長い髪を洗う。いわば先程の女の行動の再現だ。

腰ほどまである髪を、ゆっくり丁寧に、そして流されるがままに洗う。それが終われば、リンスを手に取り同じことの繰り返し。

それも終わり、ボディソープを手にした辺りで気付く。――さっきの女の行動を繰り返すのか、と。

手は首を撫でる。そして体は徐々に密着してゆく。

腕を絡めるようにして胸に手を伸ばす。やはり、何度思い直しても大きいことには変わりなかった。

ついで臍、下腹部ときて、いよいよ体が離れる。そして胸の部分にソープをぶちまけ、全身を女に押し付ける。

女が押し当てていたのは胸だけなのだが、俺が同じことをすると全身が密着するというのは、何ともまぁ、複雑な気分であった。女の胸が視界に入るたびに、それは僅かに胸の内で膨らんだ。

そして女にシャワーを浴びせてやると、再び体は硬直し、動かなくなる。女は脱衣所からタオルをもってきて、俺の体を拭う。その些細な感触が、やけに普段より強く思えた。

そのまま二人とも全裸のまま居間に戻る。そこでは先程の荷物に加え、老婆が持ってきたのか様々な化粧品が用意されていた。そしてそれとは別に、先程の衣服とこれらには不釣り合いな機械、ドライヤーまで用意されていた。

まずは女が手早く俺に下着をつけさせた。その勢いのまま、俺の髪を櫛で梳かしながらドライヤーで乾かす。ただこれだけで部屋の中には女の匂いが広がった。

続いて、俺にはどれが何だか全く区別のつかない化粧品――恐らく保湿液かそこらか――を揉み込む様に塗られる。

そして女は服を手に取る。女に持ち上げられて初めて全容を見せたそれは、北欧の民族衣装の意匠を西欧風のドレスに落とし込んだような雰囲気――いや、ロシアの意匠か?

どちらにしろ全体的な雰囲気はドレスか、或いはロングのワンピースに近い。色は黒を基調としていて、金属の装飾と合わせると満天の星空を連想させる。

女はそれを手に近づく。俺は身じろぎ一つできずに、なすがままに着せられる。

そしてその上からコルセットを巻かれる。腰の辺りを強く締め付けられる。

女は鏡をこちらに向ける。もはや今の自分の姿を見て男だと思うやつはいないだろう。

髪は女と同じ長い銀の髪。まだシャンプーの香りが強く残っている。これほど長ければどんな結い方も自由自在だろう。

顔の造形は成功に人を模した人形、あるいはその逆か。肌の色も瞳の色も、おおよそこの国出身では見れないような色だ。

腕は折れそうなほど細いが、そこには脆さや不安定さは全く感じられない。事実その直前まで肉は削がれているが。

胸と尻はコルセットが腰を締め付けているせいで強調されている。先ほど女に比べて貧相であると感じたが、これならさほど気にならないかもしれない。

なるほど、やはりどこからどう見ても女だ。いや、ふざけるな。何故こうなった。女が口を開く。

「ええ、これで完璧でしょう」

女の言葉には先程までの強制力が感じられなかった。いや、それよりも、足は全く動く気配はないが、のどは痙攣するのを遂に止めた。いったいなぜか、考える間もなく女に対して言葉をぶつける。

「っ完璧ってなんだよ!」

ドスも何も聞いていない、ただ僅かに声を張った少女の声だ。それに対し、女は不満げに眉を顰める。

「やっぱり…さっき、あんなに羨ましそうに見ていたものね…」

「何を――」

俺が言葉を出し切るよりも早く、女は俺の胸に手を当てる。

気付いた時には、俺の胸は女のそれに見劣りしない程度、いやそれ以上のものになっていた。いや、言うべきは其処ではない。

服も下着も、この変化に何の齟齬も起こしていない。元々その大きさで、元々そうであったかのように体のラインに一致するようにその役目を果たしている。

俺は言葉を失った。いや、いったい何なんだ! この女は!

「私たちは巫女。これ即ち神の意思の代行者。それが私たちの使命」

女は不意にそう言った。まるで俺の心の内でも読んでいるかの如く。

「そしてこれからのあなたの使命」

「ふざけるな! なんで俺が…!」

「敢えて言えば…素質、かしら。あなた、神に仕える才能があるの。それを目覚めさせないなんて――」

駄目だ! 言葉は通じているが、根本的なところで致命的にすれ違っている!

「だから、相応しい形にした。神の意思を汲むように」「じゃああんたも巫女か! その神様とやらは多様性が嫌いなようだな!」

もう半狂乱と言って差し支えなかった。焦燥を唯々その元凶に投げ返す。

「ええ、神の意思はただ一つ。その代行者がかけ離れた姿をしていれば混乱が生じます」「神の意思には個人の尊重というものが欠落しているようだな!」

「あなたには神に対する敬意が見られませんね…」「いきなりこんなことをされて! それでもなおその神敬える奴がいたら! 俺はそいつを拝んでやるよ!」

ここまで吠えたところで女が俺の額に手を当てる。

「少々手荒ですが――さようなら」

その瞬間、脳内で何かが爆ぜる。伝えられる信号は遮断され、それを喰い尽くす形で新たな信号が送られる。

神を崇めよ神を称えよ神は絶対だ神を受け入れろ神を広めろ神を求めろ神を神を神を神を神を神を神を神を!!

「あっ…ああぁぁぁぁ!!!」

俺は絶叫していた。脳の中で幻聴が止まない! 唯々神を連呼する幻聴が!

「神を崇めなさい。そのための名と力を与えます。――巫女、アガタよ」

その名が脳に刻まれる。本来別のものであったはずの名前が、個人を識別する最後にして最高の記号が! 目の前の女によって! 蹂躙されたのだ!

「さぁ。神の御心のままに」

神の御心のままに。神の御心のままに。神の御心のままに。神の御心のままに。

神の御心のままに。神の御心のままに。神の御心のままに。神の御心のままに。

「―――ぁ、ぁあ」

「神の御心のままに。その意思を伝え――」「この耳障りな声を『止めろ』!」

瞬間、女は停止した。声も止んだ。俺だけが正しく状況を理解できていなかった。むしろ理解する気がなかったとも言える。激情に任せて言葉を叩き付けただけなのだから!

「『今すぐ俺の前から消えろ』!『二度と俺の前に姿を現すな』!」

その瞬間、女は俺の前から消え、部屋の中には着飾った女一人が残った。

この時俺は満足感に満ちていた。そしてそのまま、異常が終結した安心感で、そのまま意識を手放した。

 

 

 

「いや、何の解決もしてないな。これは」

そのことに気付いたのは翌朝である。当然、自分が女のままなのだから。それはそれは異常事態だ。

ともかく、解決すべきことは山積みであった。どこをどう改竄されたのか、公文章の記載さえ、自分は女性のアガタという存在になっているし、元の姿に戻る手段は皆目見当もつかないし、女が消えた理由もさっぱりだ。

――いや、一つ思い当たる。そう考え、俺は携帯の電話帳の中から、この時間、暇にしてるやつを呼び出す。

「ああ、もしもし。俺だ、ちょっと手伝ってほしいことが――え? 録画してたアニメ見るから無理? そう言わずに『来い』」

そこまで言うと受話器の向こうの相手は沈黙し、歩き出したようだ。俺は通話を切り、大きく溜息をつく。

――宗教の勧誘かと思ってたら、割とガチの神だった――


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