本郷猛と、一文字隼人が『SHOCKER』を裏切って二年が過ぎていた。

平成映画版と、仮面ライダーSPIRITSのクロスオーバーのような何かです。

「え、『仮面ライダーで冬ソナ』? 何じゃ、そりゃ」

ここから発端になって書き出した、平成映画シリーズの二次創作です、異論は色々あると思いますが私の感想ですので、その辺は割り切っていただけたらと。
但し、原作のホラーテイストをかなり削っています。
尚、画面的には新仮面ライダーSPIRITSの一、二巻をイメージして下さい。但し背景は現代ですが。

人死にと、その際のグロ表現がある為、今回はR-18と残酷な描写を付けさせていただきました。



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第1話

00. ノロイノウタ

 

 奇妙な噂が流れていた。

 顔面を無残に切り刻まれての、猟奇事件。

 その現場には必ず、トップアイドル『Chiharu』の最新シングル『Platinum Smile』が流れていると。

 そこから、近頃は『Platinum Smile』が流れるところに、事件が起こると言う噂が流れ始めていた。

 

 そしてその話は、真実だった。

 

01. 2YEARS AGO

 

 本郷猛と、一文字隼人が『SHOCKER』と戦い始めて、二年が過ぎようとしていた。

 大学からさほど離れていない、だが所謂住宅地から離れた場所に、本郷が祖父母から受け継いでいた屋敷はあった。

 一人で暮らすには、かなり広過ぎた為今まで管理人に預けていたが、今は広大な地下空間を研究室に作り変え、大学に行かない間そして『SHOCKER』を追い掛けていない時には、本郷はそこに篭り切りになっていた。

 現在この屋敷には、本郷以外に二人の住人がいる。

 最も、二人とも仕事と称してあまり居着かないのではあったが。

 この日は、住人の一人である一文字隼人が帰っていた。

 仕事が一段落付いたのもあるが、今日は血液交換の日でもあったのだ。

 

 

 軽いブザー音と共に、一文字は眼を開いた。

 その彼から、本郷がドレーンを引き抜いてやる。

 理屈は未だに判らないが、本郷と一文字にはほぼ同じ性能を与えられながら、大きな違いが一つある。

 それが拒絶反応《リジェクション》である。定期的に血液交換を行わなければ、やがて組織崩壊の果てに死に至る。

 一文字に起こるこの拒絶反応が、本郷には起きないのだ。

 かつて、『SHOCKER』の基地を崩壊させた際に手に入れた交換用血液を解析した本郷は、以来自らの手で血液を合成し一文字の血液交換を行っている。

 

「具合はどうだ?」

「ん、かなり良い」

 

 そう言う一文字の顔色は、確かに明るい。

 処置台から、足を振り上げるようにして勢い良く起き上がった小柄な相棒を、本郷は少し困ったように見た。

 血液交換直後なのだ、もう少し安静にして貰いたいところなのだ。

 尤も、それを言ったところで聞くような性格ではないのだが。

 

「今日は、少し血液成分に手を加えて見た。経過を見たいから、今回は少し早めに戻ってくれるか?」

「そうか?」

 

 脇に置いていた上着を取り上げながら、一文字はここ一月程見掛けないもう一人の同居人の事を聞いた。

 

「そう言えば、滝の奴は?」

「今回は、都心の方に行ってるよ。最近は、別件の仕事が増えているらしい」

 

 そう言いつつ、本郷の背にそこはかとなくほっとした雰囲気が漂うのは、今滝の関わっている仕事が元の職場からの応援要請で、奴等――『SHOCKER』――と関わりにならない任務だからだ。

 

「そっか」

 

 そう言った一文字は、しかし顔を顰《しか》めて声を潜めた。

 

「滝には聞かせられないが、奇妙と言えば奇妙な事件が起きてるぜ。

 奴ら絡みと見るには、意図が良く判らないんだが」

「奇妙な事件?」

 

 振り返った相方に、一文字は出版社で耳にした話を語り始めた。

 

 

 その頃、滝和也は夕闇漂う街の中を、愛車の大型バイクで流していた。

 現在はICPO《国際刑事機構》に出向中ではあるものの、正式な所属はFBI《アメリカ連邦捜査局》である彼は今、本国からの指示で大使館に常駐しているFBI日本支部職員に協力している最中である。

 ネオンやライトアップで、夜と言っても暗さは感じ難い。

 だが、信号で止まった滝はふっと、建物の間の細い路地の奥に蟠《わだかま》る闇へと眼をやっていた。

 彼はそこに、奴等が――『SHOCKER』が――潜んでいるような、そんな気がしてならないのだ。

 

 ICPOに出向した広域組織犯罪特別捜査官として、日本にやって来てもう直ぐ二年と半年。

 自分を含めて一三人いた捜査官で、生き残ったのは通信班専任者二人と自分だけ。

 今を持って補充の予定は無い。

 そして自分が生き延びれたのは、全くの偶然でしかも想定外の事態の結果で。

 

 滝の意識が、思考の海に浸りそうになったその時。

 空気を切り裂くように、緊急車両のサイレンが響き渡った。

 振り向くと、赤い回転灯を点した救急車が走って行くところだった。

 

「救急車か。今夜も走ってるな。物騒と言うか、何かなあ」

 

 そうぼやきながら、滝はバイクを走らせようとした。

 ふっと、そちらに眼をやったのは、単なる偶然、と言うよりは捜査官の勘か? 細い路地に止まった軽自動車に、滝は軽い違和感を憶えてバイクから降りた。

 その車は、メタリックブラックの塗装の上に、白い何かのロゴをボンネットと車体の両脇にプリントした、極当たり前の軽自動車だった。

 最初は、暗がりに停めている所為かと思った。

 次に、所謂道交法違反、つまりフロントガラスにフィルムでも張っているのかと思った。

 妙にガラス面が暗くて、中が見えないのだ。

 だが、近付いた滝は事態に気付いて息を呑んだ。

 赤黒いのだ。そして、何か粘度のある液体が掛かって垂れたように、ガラスには妙な模様が出来上がっていた。

 

「こいつは!」

 

 駆け寄り、ドアに手を掛けようとした滝の目の前で、内側から助手席側のドアが開いた。

 中から、辛うじてメタボ気味の若い男と判る存在が、滝に救いを求めるように手を伸ばし、そのまま崩れ落ちた。

 男が辛うじて息しているのを視認すると、滝は警察と救急車を呼ぶべく携帯を取り出した。

 双方への電話を済まし、車両が来るまでの間現場を確認しようと車内を覗き込んだ滝は、その車内に一瞬気遅れした。

 血塗れなのは問題ない。顔面と言う、そうでなくても血管の集中している部位をずたずたに切り裂かれ、フロントガラスを染めるほど出血しているのだ、血の海でない方が可笑しい。

 問題は、そこで被害者以外に血塗れになっているのが、所謂アイドルのステッカーやCD、等身大の看板であった。それも全て同じ女の子――トップアイドル『Chiharu』――の物だと言う事だ。

「オタクって奴か? しかしこれは……」

 ライダーグローブを嵌めているとは言え、現場保存の原則を守って触らないように車内を見ていた滝は、車体に付いているロゴマークと同じロゴの付いたDVDケースに気が付いた。

 そこに書かれた曲名は、『Platinum Smile』。

 昨今街中で良く流れている、『Chiharu』の最新シングルだった。

 

 

02. うわさ

 

 翌日、昼頃に滝は某警察署の食堂にいた。

 

「勘弁してくださいよ、滝さん」

 

 調書を片手に滝の前に坐るのは、この警察署に勤務する一条と言う警部だ。

 二年前の事件以来、滝が日本側の情報源として良く話を聞きに行く相手である。

 

「そう言うなよ、今回はマジに偶然。たまたま行き当っただけなんだよ、俺の仕事とは関係無いんだから」

「だったら、何も調書見に来なくたって」

「まあまあ、ほら職業病って奴? 目の前で事件が起これば、一応調査状況が気になるじゃねえか」

 

 秀麗な眉の間に盛大に縦皺を作りつつ、一条は滝に調書を広げて見せた。

 未だ初動捜査段階である事と、個人情報である事などをくどくど言いつつだが。

 

 

 被害者の名前は岡村高志。出血多量と、傷口からの細菌感染によって、搬送先の病院で今朝方息を引き取ったとの事だった。

 職業は大学生だが、同時にアイドル『Chiharu』の熱狂的ファンで、ファンクラブ会長もやっていたと言う。

 現在までに判っているところでは、昨日は『Chiharu』の出るTV番組の公開録画の見学と彼女のスタジオ入りと出るのを見送って、その後午後十一時頃までファンクラブの仲間とファンクラブ会誌の編集に参加していたらしい。

 尤も、会場は所謂カラオケ屋で、呑み放題――と言っても、一応ソフトドリンクだったらしい――歌い放題の状態で持ち込んだパソコンを弄りつつ、彼女の歌で盛り上がっていたらしいが。

 外傷は、頭部から胸部に掛けての五〇を超える裂傷。物凄く強い力で、下から伸びた手で上から下へとひき下ろされて付けられた傷らしい。

 その傷からの大量出血による、失血と傷口に各種細菌による感染症からの多臓器不全による死と言う診断であるが、問題は凶器であった。

 

 

 文面から、顔を上げた滝に、些かウンザリした面持ちで一条警部は頷いて見せた。

 

「そうなんです。爪、なんです。少なくとも二〇代になるかどうかの女性の爪だと、鑑識は言ってます。それもその、下水道の排水に浸した、細菌塗れの爪、だそうで」

 

 確かに、被害者の傷のささくれた形状から、所謂刃物ではなく大型の釘か何かを突き刺して切り裂いたのかと思ったが。

 

「一応、被害者と一致しない皮膚組織を採取したそうなんですが……」

 

 口が重い一条の様子に、滝は一瞬目を眇めるがそれ以上の追及は止めた。

 一条警部と別れて、警察署を出ようとした滝は、エントランスホールの片隅で固まる若い警官達の無駄話に足を止めた。

 

「おい、又『Platinum Smile』が流れているところで事件だって?」

「いや、今回は流れちゃいなかったらしいけどな」

「自動停止してただけだろう? 事件発生時には流れていたんじゃねえか?」

「それにしても、これで何件目だよ」

「うちの管内じゃ、これで三件目だけど、他所も含めたらもう一〇件行くんじゃないか?」

「俺、『Platinum Smile』のCD持ってるんだぜ? おっかなくて聞けねえよ」

「俺も『Chiharu』好きなんだけどなあ」

 

 そう言っていた警官達は、滝が自分達を見ている事に気付いて慌てて散って行った。

 その様子に軽く肩を竦めると、滝は警察署から外へ出た。

 バイクに跨ろうとすると、ジャケットのポケットに突っ込んでいた携帯が軽く震えた。取り出すと、又軽く震えた。

 開くと、本郷と一文字の二人からのメールが届いていた。

 

『to Taki.

  本郷が心配している。

  一段落付いたら顔を出せ。

          from H.I』

『滝へ

  仕事は未だ続いているか?

  もし抜けられるようだったら、今夜は一緒に食事に行こう。

  一文字も今夜は早く帰るそうだから。

          HONGOU』

 

 文面を見て、滝は軽く吹き出していた。

 大方、別々の場所から思い付いて打ったメールなのだろうが。

 互いに互いを言い訳にしているメールに、滝は苦笑と共に返事を打とうとして、ふっと視線を上げた。

 街のあちらこちらにある、『Chiharu』のポスター。

 それは最新シングルである、『Platinum Smile』のPRの為のものだった。

 軽く眉を顰めてそれを眺めていたが、滝は思い直したように『これから帰る』と短いメールを打つと同時発信で二人に送り、そのままバイクで走り出した。

 

 

 町外れに、そのレストランはあった。

 そこそこ繁盛しているらしいそこ――《LEGEND OF GATHERING》と言う名前である――に、一人の男がやって来た。

 どうやら支配人か何か、立場の高い存在らしい男は出迎えたボーイらしからぬ強面の男に鷹揚に応えると、そのまま店内へと入って行く。

 二階建ての広い店内の一角に、一見すると宗教画のように見える絵画が飾られている。だが、特定の人間――そう、例えば滝和也――が見れば、きっと目を剥いた事だろう。

 その中心に十字架よろしく描き込まれているのは、『SHOCKER』のエンブレムだったのだから。

 その絵の前で、男は消えた。そこから隠し扉を潜って、秘密の場所へ――このレストランの地下に造られた前線基地へと移動したのだ。

 地下の広大な空間に、巨大な地球儀がある。

 その周囲に、異様な風体の男女が立っている。そう、仮面を被り、それ以外は何一つ身に付けていないと言う姿だ。

 降りて来た男の方は、少し高い位置にあるリクライニングチェアーに腰を下ろし、軽く足を組んだ。

 頭上高くに飾られたエンブレムの、鷲の目に赤く光が入った。同時に、重々しい声が響き渡った。

 

『我がSHOCKERの精鋭達よ!』

 

 その声に応えるように、異形の男女は仮面を脱いだ。男も、敬意を示すべく居住まいを正す。

 

『お前達を生み出した、最新のテクノロジーがこの世界を変える時が来た。お前達の命を捧げるのは、今だ』

 

 響き渡る『声』に、男はにんまりと笑みを浮かべる。

 

『この作戦を成功に導く為に、邪魔者達を徹底的に排除するのだ!』

 

 男が身を乗り出し見つめる中、蜥蜴を模した仮面を抱えた女が、自分の前にある小さな地球儀に手を伸ばした。

 

『改造するのだ! この世界そのものを!!』

 

 女が地球儀を回すと、その向こうに鎮座する巨大地球儀も回った。

 その地球儀の表面には、幾つも『SHOCKER』のエンブレムが浮かび上がっていた。

 

 その空間の一角、基地内を警戒するカメラに連動したモニターの一つに、異様なものが映し出されていた。

 何処かの下水か何かに見えるそれは、この基地の失敗作廃棄場である。

 その汚水の中に、ぴちゃりぴちゃりと蠢く物が映し出されている。

 それの右半分は、こんなところにいるのが可笑しく思える、可憐な少女の面差しを宿している。だが、その左半分は、醜く崩れ爛れた怪物以外の何者でもなかった。

 不意に、マネキンのように動かなかった白い手が跳ね上がった。

 何かを掴もうとするかのように。

 

 

03. 影の再来

 

 その晩、滝和也は本郷猛、一文字隼人と共にとあるファミレスにやって来ていた。

 色々もめたものの――バイクに乗る為、酒が呑める場所は真っ先に却下されたので――、取り敢えずそれぞれの合流に便が良い場所にあった、大手チェーン店に入ったのだ。

 それぞれ、セットランチと一皿頼み、各々つまみ合いながら食べた三人は、日付が変わる前に店を出た。

 

「あ、いけね、荷物コインロッカーに突っ込んでたんだ」

 

 バイクに跨ろうとして、そう言い出したのは滝だった。同じくバイクに跨った一文字が振り返る。

 

「おいおい、何処にだよ」

「そこの駅だよ。未だ開いてるよな、取って来《こ》ねえと」

「明日じゃ駄目なのか?」

 

 そう聞き返した本郷に、滝は渋い顔で首を振った。

 

「ノートも突っ込んでるんだ。明日の朝一で送らなきゃいけないデータもあるし」

「しょうがねえ奴」

 

 そう笑う一文字の、ヘルメット越しの頭に拳を落とす。

 大袈裟に騒ぐ親友をほおって置くと、滝は気遣わしげな本郷に向かって、「先に帰ってろ」と言い置いて駆け出した。

 一瞬視線を交わし、取り敢えずと言う風に二人はバイクを発進させた。

 

 

 目的の駅は、徒歩一〇分と言った距離だが、地下鉄の駅故にちょっと判り難い位置に入り口があった。

 そこのコインロッカーに、滝は荷物を預けていた。

 長い階段を駆け下り、ロッカーからデイバック型のPCバッグを取り出すと、滝はそれを背負い手近な階段から地上へと駆け上がった。

 バイクを置いたファミレスへ戻ろうと、踵を返したものの滝は周囲の様子が違うのに気付いて足を止めた。

 当然ながら、中に入ったのと別の階段を使ったのだ、彼は通りの反対側に出てしまったのだ。

 降りる時に見たファーストフード店の看板を通りの向こうに見ながら、滝は軽く頭を掻いた。

 

「ありゃ。仕方ない、交差点を渡って……」

 

 そうぼやきながら、ぐるりと周囲を見回して手近な交差点を探した滝の目に、マンションらしい建造物の屋上で頼りなくはためく、白い物が映った。

 それを人間と判断するや、滝は真っ直ぐその建物目掛けて走った。いつ落ちても可笑しくない、そう思ったのだ。

 だが、滝の目の前でその白い影は、硬い地面へと叩き付けられたのだった。

 

 

 二〇分ほど前に、時間は遡る。

 一台のワゴン車が、そこのマンションのエントランスへと滑り込む。

 ここは、トップアイドル『Chiharu』が一人暮らす場所であった。

 今日のスケジュールを終えた『Chiharu』は、付き添いのマネージャーに送迎して貰って戻って来たのだ。

 

「明日は、朝6時に迎えに来るから」

 

と、言うマネージャーの声に笑顔で返事をすると、『Chiharu』は一人自室に向かった。

 セキュリティの高さが謳い文句のマンション故に、鍵を持つ社長と『Chiharu』本人しか入れないのだ。

 大の男が手足を伸ばせる、大きな湯船でゆっくりとバスタイムを楽しむと、『Chiharu』は大きなドレッサーの前で寝る前のヘアケアに勤しんでいた。

 ふと、長い髪を掻き上げると、首筋に白い汚れが付いていた。

 ようく見れば、それは人の――女の――指の形をしていたのだが、『Chiharu』は気にせずティッシュペーパーで拭おうとした。

 だが、幾ら拭ってもそれは取れず、何枚かティッシュを使っている内に、冷たい棒の様な物――白蝋のように白い指――を掴んだ『Chiharu』は飛び上がって手元を見た。

 だが、そこには何もなかった。

 ほっとしつつも薄気味悪さを感じた『Chiharu』は、だが正面を見て息が詰まった。

 自分が映る筈の正面の鏡に、顔面を薄汚れた包帯で覆った女が映っていたのだから。

 咄嗟に、自分の顔をさすった『Chiharu』は、意を決して鏡面へ手を伸ばした。

 そこにあるのは只の鏡、そう自分に言い聞かせながら。

 だが、鏡に向かっていた筈の『Chiharu』は、何時の間にか包帯の女と向かい合って立っていた。

 恐怖で坐り込んだ彼女の前で、ゆらゆらと体を前後に揺らした『女』は、がくんと前のめりに倒れ込むと、そのままにじり寄りながらゆっくりと顔を上げ『Chiharu』を見上げた。

 その『女』に見つめられるうちに、『Chiharu』の白い顔に更なる恐怖が走った。

 

「ちっちはる、さん……」

 

 ドレッサーの椅子に縋って立ち上がった『Chiharu』は、よろめきつつもそのまま部屋の外へと逃げ出した。

 素足のまま走って走って、後ろを振り返ることなく走った『Chiharu』は、何処をどう走ったか屋上の端まで辿り着いていた。

 コンクリートの手すりに縋るようにして、切れた息を整える。

 だがその時、彼女の足元へ長い触手のような物が延びて来ていた。

 それは彼女を追い詰める、『包帯の女』の一部だった。悲鳴を上げる間も無く、包帯は『Chiharu』の手足に絡み、自由を奪い。

 そして獲物を追い詰めた『女』は、『Chiharu』の顔を両手で引き裂いたのだ。

 

 

 駆け付けた滝は、何とか元の顔の判る少女を見てはっとなった。

 

「千晴ちゃん!? 風見千晴ちゃんだろ、しっかりしろ!」

 

 だが、傍に膝を付いて相手の顔を覗き込んだ滝は、ある事に気付いて眉を顰めた。

 確かに見知った少女の顔だが、その顔にはあちこち整形手術を施した痕があった。

 そう、有体に言うなら今ここにいる少女の顔は、別人に成り済ますべく弄り回された顔なのだ。

 例えば、腕の良いメーキャップアーティストがメイクを施せば判らない程度の物であったが、倒れ付す少女の顔は化粧っ気が無く、そして滝は完全整形した犯罪者すら見抜くよう訓練を受けた、本職の犯罪捜査官である。

 と、その時、動けないと思われた少女の手が持ち上がり、滝の二の腕を掴んだ。

 

「私は……私は、『Chiharu』じゃあ、ない」

 

 必死の一言を残して、少女の手から力が抜けた。

 

「一体、何が起きてるんだ。彼女は誰だ? そして千晴ちゃん、君は今何処に……」

 

 むごい傷に触れないよう目を閉じさせ、そっと寝かせた少女の遺体を見下ろす。

 だが感傷を振り切るように滝は首を一振りして、警察を呼ぼうとポケットに手を突っ込んだ。

 その時である。

 

「良い夜ねえ」

 

 不意の声に、弾かれるように顔を上げると、そこに異様な風体の女がいた。

 暗がりからゆっくり歩いて現れた女は、空を見上げたまま言葉を続ける。

 

「残念だわぁ。こんな夜は飛び切りの良い男と、愛を語り合いたいのだけれど」

 

 そう言うと、黒ずくめの女は、滝に向かってにんまりと笑った。

 

「用件は判っているわよねぇ? 『SHOCKER』に歯向かう身の程知らず」

 

 そう笑った女は、蜥蜴を模した仮面を被った。

 そして、女と滝の間に六人の男達が立ち並ぶ。彼等が手に持つのは、滝が良く知っている、だが彼らよりも黄色いバッタ型の仮面。

 ちっと舌打ちして、滝は横っ飛びに走り出した。

 滝を追う男達とと女の背中には、禍々しいエンブレムが存在感を示していた。

 

 

 細い路地を駆け抜ける滝の背後から、六人のショッカーライダーが迫る。

 アクロバティックに、宙を舞いながら襲い掛かる六人を紙一重で避けながら、滝は戦い易い場所を探した。

 そうでなくても相手は改造人間、単純にパワーで負けているのに、数で押されたらひとたまりも無い。

 だが、そんな滝の行動を見透かすように、暗がりから巨大なチェーンソーが襲い掛かる。

 咄嗟に周囲を見回した滝は、迷わず三メートル下のコンクリートへと飛び降りた。

 ジャケットの裾に、チェーンソーの刃が掠めるのを感じつつ滝はコンクリの上で転がり、続けて襲い掛かるライダー達に備えた。

 その周囲を、六人が取り囲む。その後ろから、蜥蜴女《チェーンソーリザード》が殊の外嬉しそうに歩いて来る。

 じりじりと、距離を詰める様子に滝は舌打ちする。

 

  こいつ等、俺が人間だと思って舐めてやがる。

 

 猫が鼠をなぶるような、嫌な空気が漂う中、滝は拳を固め直す。

 『SHOCKER』の改造人間達は、最早追い詰められた獲物をいかに惨たらしく引き裂いてやろうかと、ニタニタと笑いを浮かべ滝を囲おうとする。

 

  馬鹿野郎、『窮鼠、猫を噛む』って言葉知らないのかよ!

 

 滝が打って出ようと拳を固めたその時、だが改造人間達は不意に滝ではなく、全く別の方を見た。

 その理由は滝には判り過ぎて、だからその隙に囲みから飛び出す。

 ほぼ同時に、二台のバイクが突っ込んで来る。

 ショッカーライダー達を跳ね飛ばすと、本郷の方がサイクロンを旋回させて翻弄し、同じく車体を傾がせて敵を跳ね飛ばした一文字が、滝に向かって手を差し伸べる。

 

「滝!」

「ライダー!!」

 

 その手に捕まって、滝はリアシートに飛び乗る。

 襲い掛かるショッカーライダーをいなし、一文字が本郷に声を掛ける。

 

「行くぞ!」

「おう!」

 

 向きを換えようとする本郷に、左右から六人のリーダー格と蜥蜴女とが襲い掛かる。

 だが、全く躊躇せず体をひねった本郷は、軽くショッカーライダーの繰り出した蹴りを、蜥蜴女のチェーンソーに向けて流した。

 ギャン!っと、激しい火花と金属を断ち切る音を撒き散らしながら、ショッカーライダーの足首が飛んだ。

 それに一瞥もくれず、二台の大型バイクは追いすがる改造人間達を振り切り、夜の街に消えて行った。

 

 

04. 朝の光景

 

 翌朝、滝は寝苦しさに目が覚めた。体を起こそうとして、動かない。

 何とか動かせる首を捻れば、体の右側から本郷が抱き込んでおり、左の腿の上には一文字の頭が乗っている。

 落ち着いた色合いの、見覚えのある部屋の内装を眺める内に、滝は寝る前の騒ぎを思い出した。

 『SHOCKER』の襲撃を受け何とか脱出した後、滝はそのまま二人に攫《さら》われる様にこの家――本郷が祖父母から受け継いだ屋敷に連れて来られた。

 騒ぎでファミレスに置き去りにしてしまったバイクを、取りに戻ろうとした滝に向かって、

 

「明るくなってから行った方が良い」

 

と、言ったのは本郷で、一文字の方は男としては細めの眉を顰めて、

 

「今行ったら、奴等と鉢合わせかねないぞ? それに、あの騒ぎでPC壊れなかったか? 奴等とやりあったんだろ?」

 

と、言って来た。

 結局、ノートPCが気になった事と『SHOCKER』とまたかち合うのもどうかと思い、滝はバイクを取りに行くのは諦めた。

 諦めたが、今現在メインで使っているアパートには帰るつもりだったのだ。

 だが、PCを確認している内に風呂の準備を整えた二人に、両脇を抱えるようにして浴室に突っ込まれ、全身洗われた挙句に作っていた打ち身や擦り傷を全部検《あらた》められたのだ。

 その事で、大騒ぎと共に二人に手当てをされた滝は、そのままキングサイズベッドに突っ込まれたのである。

 左右を、確かに二人に固められ、逃げ出せない体勢を作られて眠りについたのだが、まさかこんな状態になっているとは思わなかった。

 軽く嘆息すると、滝は己をそれぞれ枕にしている二人を揺り起こそうとした。きっと目覚めているだろうに、まだ動こうとしない二人に若干のあきれを感じつつ、滝は動かせる左手と右足で二人を突付いた。

 

「うら、お前等、離れろよ」

 

 だが、頭を押した本郷も、膝で頭を小突いた一文字も目覚める気配は無く、更に抱き抱えようと腕が動き、丁度良い位置を探そうとぐりぐりと頭が動く。その状況に、滝は本気であせった。

 

   ちょっと待て、何で熟睡しているんだ、お前等!

 

 慌てふためいた滝は、動く左手で本郷の顔面を掴み、体の間の右腕の肘も動員して突っ張る。弾みとついでに、左腿の一文字も跳ね落とす。

 

「起きろよ、お前等は!」

「むぐ!?」

「うげっ?!」

 

 かっくんと首がしなった一文字が妙な声を上げ、口と鼻を塞がれ胸を押された本郷も、目を丸くして体を起こした。

 そうして、やっと体の自由を取り戻した滝は、押さえ込まれ、抱き固められていた体をベッドの上で捻った。

 こきぽきと音を立てる体を、二人がじっと見ている事に気付かず、滝はがりがりと頭を掻きつつぼやいた。

 

「お前等なあ、幾ら何でも気ぃ抜き過ぎじゃねぇか? 襲撃受けたらどうすんだよ?」

「へ?」

「は?」

 

 それこそ、『鳩に豆鉄砲』の態で滝を見る二人に、「何やってんだか」と眉を顰めて肩を竦めて見せた。

 その姿に、更に本郷と一文字は顔を見合わせた。

 

「いいよ。もう。それより飯にしようぜ?」

「……そうだな」

「うし、じゃあ二人とも顔洗って待ってろ、俺が作ってやる」

 

 勢い良くベッドから降りて、そう宣言したのは一文字である。

 本郷には家事の適正がない。

  滝は、子供の頃に武術の師匠だった人物が料理を食べるのも作るのも好きな人間だった影響で、料理は得意である。一方一文字はと言うと、本人が凝り性なのもあって、和洋中華とかなりのレパートリーと技量を誇る代物である。勢い、三人揃っている時は、滝と一文字が食事を作る事になる。

 最初は、本郷が作らない事に色々言っていた一文字であったが、本郷の作ったトーストとスクランブルエッグ――実は潰れてぐしゃぐしゃになった目玉焼き――を一口食べて以来、何も言わずに食事当番をこなしている。

 取り敢えず、顔を洗って来た滝は、本郷と入れ替わりに居間に入った。

 家主が取ってきたらしい新聞――この家は、某大衆紙二社と英字新聞の三冊新聞が来る――を広げ、TVを点けつつざっと内容を改めた滝は、大衆紙二冊の新聞の社会面を眺めたまま深く眉を顰めた。

 

「……何で? 発見が遅れた、からか?」

 

 口に出して、滝はそれは無いと首を振った。

 あの時点でも、まばらではあったが人の行き来はあったのだ。その瞬間は見て無かったとしても、路上に――今になって、少女を路上に置き去りにしてしまった事に思い至ったが――倒れ付す人間に気付かないとは思えないが。

 だとすると、何者かが彼女の死を隠匿したと言う事だろうか? そう考えて、滝は背筋に冷たい物を感じた。

 

   まさか、あの子も?

 

 以前、FBIの先輩からラスベガスやビバリーヒルズで起きた、セレブのすり変わりや成り済まし事件に付いて聞かされて、唖然としたりうんざりしたりもしたがそれより深刻で根深いものを感じて、滝の眉は硬く顰められた。

 

「おーい、滝、飯ーって、どうした? 何か載ってるのか?」

 

 紅茶のポットを片手に顔を出した一文字が、硬い表情の親友の様子に声を低くする。

 

「いいや、大した事は載ってねえよ」

   載って無いから、大問題なんだがよ。

 

 後半は心の中で呟き、滝は新聞を畳んで立ち上がった。

 朝のワイドショーが、『Chiharu』の急病とコンサートの延期を伝えていた。

 

 

05.悪夢再び

 

 その日の午後、滝は再び某署に顔を出していた。

 

「滝さん、お問い合わせの条件に会うホトケは、今のところいませんよ」

 

 状況が状況である。

 警察に届けが出たかと問い合わせた滝和也に、すっかり専用窓口となった一条警部が資料を手に応える。

 

「昨夜の午前〇時から、今朝の六時ぐらいまでの間なんだけどな」

「管轄外ですから、余り詳しい事は判りませんよ。

 でも、犯罪絡みなら遺体を隠している可能性もあるし、暴力団絡みなら闇医者に当たり障りの無い死亡診断書を書かせて、早々に火葬場に運んでしまう可能性もありますけどね」

 

 書類を揃えながらの一条の言葉に、何処《いずこ》も同じかと滝は大きく肩を落とす。

 取り敢えず、一条に礼を言って滝は警察署から出た。

 警察署から出て、直ぐに目に付く位置に『Chiharu』の巨大ポスターが掲示されている。滝は頭上高く飾られたそれを、溜息と共に見上げた。

 

 恐らく、このポスターは『Chiharu』本人であろう。

 それと、警察署に来る途中で手に入れた週刊誌のグラビアとを見比べると、滝にはグラビアの少女の顔が痛ましいほど切り刻まれて見えた。

 これまでは、深く観察しなかったので気が付かなかったが、鼻梁や目の周囲、顎の一部、頬の方は骨まで弄ってはいないだろうか?

 

 とは言え、今『Chiharu』の所属事務所である『トライスター』に乗り込む事は、無駄足であると滝にも判っている。

 何しろ、祖国でも『芸能界には魔物が住む』と囁かれ、調査には細心の注意と完璧な証拠固めを求められる。

 何一つ物的証拠を持たない今は、向こうに良い様に叩かれこちらが潰されるだけだ。

 滝は何事か心に決めると、雑誌を手近なゴミ箱に投げ込みバイクを反転させた。

 

 

 滝が『Chiharu』こと風見千晴と出会ったのは、半年前の昼下がり。原宿の片隅での事。

 大使館側の応援に借り出され、それが終わって塒《ねぐら》のアパートに戻ろうと、愛車で走っていた時だ。

 とある交差点で、何かおろおろと探している様子の女の子に気が付いた。

 急に声を掛けるのも何だろうと思い、暫く様子を見ていた滝は、腕時計を見て明確に血の気の引いた少女の様子に、バイクで傍に寄って声を掛けた。

 

「嬢ちゃん、遅刻かい?」

 

 急に声を掛けられ驚いた風の少女は、だがヘルメットのミラーシールドを上げて笑い掛ける滝に頷いて見せた。

 

「何処までだい? バイクが怖く無いなら送ってやるよ」

 

 一瞬、何かを考えたものの、彼女は大きく頷いてこう告げた。

 

「新宿アルタ迄、あと一五分以内に着かないといけないんです。……大丈夫ですか?」

 

 新宿と聞いて、流石に滝も頭の中の地図を検索する。

 ちと苦しいが、着けない事は無いと結論付けると、滝は予備のジェットヘルを彼女に差し出した。

 

「飛ばすから、きちんとこいつ被って、横坐りじゃ無くてしっかり跨って俺に捕まってな」

「はい!」

 

 頷いた彼女は、ヘルメットを被るとフレアスカートを上手に捌いて跨った。

 相手が、バイクのリアシートに乗る事に慣れているのにほっとしながら、滝はバイクを反転させた。

 裏道や細い間道を走り回って、彼女の言ったリミットの五分前に辿り着いた。

 

「ほら、着いたよ。早く行きな」

「ありがとうございました、あの」

 

 彼女のお礼は、血相を変えた男のキンキンと響く声に阻まれた。

 そのまま押されるようにアルタの中に入っていくのを見送って、滝はバイクを走らせた。

 

 後日、同じように時計を見て、途方にくれる彼女を見つけるとは夢にも思わず。

 彼女は口にしなかったが、どうやら同じ事務所の誰かに、意図的に置き去りにされているのだと知れた。事務所側の対応のドンくささにも呆れたが、こう言うことをやってのける側の神経にも呆れた。

 だが、何度目かの別れ際、

 

「滝さんは、お兄ちゃんと同じ匂いがするから信じたの」

 

と、言った彼女に滝は「大変だな」と声を掛けた。

 それに対して、彼女――風見千晴は笑って応えた。

 

「お兄ちゃんも大変だけど頑張ってるの。私も歌手に成りたくてなったの、少しくらい辛くても頑張る」

 

 そう笑った彼女は、国民的アイドルと言うより、ごく普通の一〇代の女の子だった。

 

 

 滝が向かったのは、以前千晴のメモから見掛けた兄が持っていると言う別荘の住所である。

 数年前に、事故で両親を失ったと言う彼女には、大学生ながら起業した兄一人しかいないと聞いていた。

 だが、現住所にも会社の方にも、携帯電話すら繋がらない為、直接出向く事にしたのだ。。

 走らせている途中、滝は背後から憶えのある気配を感じてサイドミラーを覗き込んだ。

 滝が気付くのを、待っていたようにパッシング《ヘッドライトを点滅させる》してきたのは本郷の操るサイクロンだった。

 少し広がった場所で愛車を停めると、滝は同じように停車した本郷にヘルメットのシールドを上げて声を掛けた。

 

「何だあ、何処に行くんだ、本郷?」

「滝こそ。俺はこの先に住んでいるらしい、後輩に逢いに行くんだが」

「へえ、後輩?」

「ああ、風見志郎と言うんだ」

 

 帰って来た言葉に、メットを脱いで一服しようとした滝の手が止まった。

 同じくメットを脱ごうとしていた本郷は、滝の表情に気付かず言葉を続ける。

 

「元々、あいつもレーサー志望で、おやっさんのチームに在籍していたんだ。

 だが、三年ほど前にご両親が飛行機事故で亡くなってな。チームを辞めて、妹さんと自分の学費や生活費の為に『エクサストリーム社』、所謂IT企業を起こしたんだ。

 そこそこの会社になっていたんだが、二か月前に急に廃業してしまったそうでな。

 立花の親父さんから話を聞いて、今日訪ねて見る事にしたんだ」

 

 親友の言葉に大きく眉を顰め、だが同時に滝は二ヶ月前の新聞を思い出す。

 確か、何とかと言うビルから、白昼全ての人間が消えたと言う記事があった。

 そのビルにテナントとして入っていた会社の一つが、確か『エクサストリーム社』だった筈。

 調べたかったものの、本国からの命令で大使館駐在チームの応援をしなければならず、そのままになっていた事件であった。

 

「滝、お前は?」

「ん? ああ、ちょっと知り合いになった子がいてな、その子に事件が降り掛かってるらしくて、身内の人に状況を聞きに行こうと思ってるんだが」

 

 そう言うと、滝は進行方向を煙草を持った手で指し示した。

 

「風見千晴って子で、お兄さんの持ち家がこの先にいるらしいのは判ってるんだが」

 

 その言葉に、本郷の方が目を丸くする。

 確かに、後輩には五、六歳ほど年の離れた妹がいた筈ではあったが。

 

 そのまま共に走った二人が辿り着いたのは、一見人が住んでいるような気配の無い洋館だった。

 シャッターの下りた建物を見て歩いていた二人は、だが誘うように開いた扉に一瞬目を見交わした。

 誘われるように奥へ進むと、果たして庭に面した居間で、安楽椅子に坐った人影が目に入った。

 

「あんたが、風見志郎か?」

 

 滝の声に、無言で男が立ち上がる。

 無表情に二人を眺める視線に、本郷は滝を庇うように前に出た。

 

「ようこそ、本郷先輩。もっと早くいらっしゃるかと思いましたが」

「志郎?」

 

 訝る本郷の後ろにいた滝が、ある事に気付いて声を漏らす。

 風見の奥、庭の方から一人の女が入って来る。その女の顔を、滝は見知っていた。

 

「お前は、あの時のチェーンソー女!」

「ここは、私にお任せを」

「……ああ」

 

 蜥蜴女《チェーンソーリザード》の言葉に、だが表情無く同意した風見を、本郷は信じられないものを見る目で見据えた。

 

「『SHOCKER』の手の者か」

 

 低い滝の声に、にんまりと笑い返したチェーンソーリザードは、ガシャリと仮面を被った。

 

「滝、逃げろ!」

「馬鹿言え! 逃げるんならお前もだ!」

 

 叫ぶや、滝は繰り出される女の蹴りを掻い潜る。

 そして未だ立ち尽くす本郷の腕を掴み、二人で庭へと飛び出した。

 おざなりに手入れされた様子の芝生を転がり、それでも戦闘体勢を取った滝に、黄色い仮面のショッカーライダー六人が襲い掛かる。

 一人、二人はいなしたものの、背後から襲い掛かる拳に反応が遅れた。

 だが、滝に叩き付けられる筈の拳を受け止めたのは、仮面ライダーに変身した本郷だった。

 敵をなぎ払い、そのまま背中合わせで六人を睨む二人を見詰め、チェーンソーリザードは愛用のチェーンソーを持ち上げにんまりと笑う。

 その妖艶且つ、おぞましい笑顔に小さく舌打ちしつつ、滝は本郷に声を掛ける。

 

「本郷、とにかくずらかろう、大体の確証は得た、千晴ちゃんの身に何か起こったとしたら、それは『SHOCKER』絡みって事がな!」

 

 滝の言葉に、ライダーは言葉を発さないが同意を示すように小さく頭が上下した。

 その時、屋敷の中にいた風見が出て来た。その体は、本郷と似ているが意匠の違う――恐らく、モチーフが違うのだろう――戦闘服に包まれている。

 わっと襲い掛かったショッカーライダー達を、飛び退ってかわした滝を風見が捉える。

 

「風見!?」

 

 驚く本郷の目の前で、風見志郎は滝の喉輪を掴み宙に持ち上げる。身長はあまり変わらないが、掴まれ高々と持ち上げられた滝の足が宙を掻く。

 

「『SHOCKER』に逆らう蛆虫。たかだか生身の人間風情が何をしている?」

「…ざっ……けんな、てめぇだって、元は人間、風情だろうが!」

 

 詰まりそうな息の中、だが滝は感情の見えない風見の目を睨み付ける。

 その風見に向かって、仮面ライダーは走る。

 

「風見、滝を放せ!」

 

 飛び掛ろうとする本郷に向かって、風見は無造作に滝の体を投げ付けた。

 咄嗟に抱き止めたライダーに、チェーンソーリザードが爆音と共に襲い掛かる。

 だが、チェーンソーの爆音よりも、鈍く緒を引く銃声と共に刃が止まった。

 

「な!?」

「へっ、ざまあ見ろ!」

 

 宙吊りにされつつ、懐から愛銃を抜いた滝の銃弾が、チェーンソーの動力部を撃ち抜いたのだ。

 笑った滝を抱き抱え、本郷は高台になっている庭の垣根を突き破った。そのちょうど下に、二人の愛車があるのだ。

 バイクで走り出す二人を、ショッカーライダー達が追う。

 その後ろから、ダークレッドの仮面を被りつつ風見志郎が歩き出す。

 

 いや、今この姿の彼は、『SHOCKER』の改造人間、HOPPERVersion3であった。

 

 

06.第三世代

 

 爆音を上げて、滝は愛車を疾走させる。

 その後ろから、二台のオフロードスタイルのバイクが追って来る。

 別荘から逃げ出した後、滝と本郷の二人は一旦別々の方向にバイクを走らせたのだ。

 

 サイドミラーでちらりと確認して、滝はぎりっと歯軋りした。

 向こうが『生身の人間』である自分を、目一杯馬鹿にし、侮っていることが丸解りだからだ。

 

『喩え生身だからって、こちとらバイクのプロなんだよ。身体が規格外だからって、ずぶの素人が舐めた真似しやがって』

 

 大体幾ら山道、そして路面が荒れているとは言え一応舗装された道で、オフロードでオンロードに速度で挑んで来るこいつ等に煮えたぎるものを抱えて、滝はバイクのギアを切り替えた。

 たとえ改造され、筋力や運動神経が人の数十倍になろうと、バイクの馬力が桁外れでもバイクのテクニックまで上がる訳ではない。

 現に、今滝の切り替えに反応したものの、後ろの改造人間達は若干遅れてギアを切り替えた。

 しかも、滝のようなスムーズな切り替えではなく、力任せの切り替えだ。そのうちギアかクラッチ、どちらかを傷めそうだ。

 

「け、下手糞」

 

 滝は更に速度を上げる。

 直線に入ったところで、滝は追跡者に気付かれないようそっと速度を落とした。少しづつ、少しづつ、連中が自分を追い詰めていると思わせて。

 案の定、二体のショッカーライダーは、左右から滝を叩き潰そうと近付く滝に向かって拳を固める。

 そして並んだと見るや、二体は滝に撲り掛かろうとした。

 その次の瞬間、滝はフルブレーキを掛けてライダーパンチを掻い潜った。

 狙い違わず、と言いたがったがどうやら片方は滝の意図に気付いた様子で、一瞬反応が遅れた。それが仇になって、相棒に頭部を叩き潰されてしまった。

 

「ちっ、流石に『矛盾』とは行かなかったか」

 

 懐の銃を抜こうとして、滝は耳慣れた排気音に顔を上げた。

 正面から風のように突っ込んで来た一台のバイク。そのバイクのライダーは、そのまま滝の前にいたショッカーライダーを鋭い蹴りでバイクから蹴り落した。

 

「隼人!」

 

 滝の声を拾った「仮面ライダー」は、軽くパッシングをしてそのまますれ違い、遥か彼方へと走り去った。

 

「俺を置いてくんじゃねえよ!」

 

 右足を軸に大型バイクを反転させると、滝もその後を追った。

 

 

 滝と、逆方向へバイクを走らせた本郷は、蜥蜴女の待ち伏せにあいサイクロンから落されたところを、HOPPERVersion3こと風見志郎による追撃を受けていた。

 成す術無く転がる本郷を、ダークレッドの仮面が沈黙と共に見下ろす。

 そして三人のショッカーライダーとチェーンソーリザードとが、哀れな敵を引き裂こうと近付いたその時だった。

 鋭い排気音を轟かせ、一文字の操るサイクロンが突っ込んで来る。

 バイクの勢いそのままに飛び降りるや、慌てて掴み掛かろうとした似非ライダーを薙ぎ倒すと、何とか立ち上がろうとする本郷に手を貸した。

 

『一文字』

『おうよ、行くぞ!』

 

 脳波通信で囁き合い、二人は敵をかわして己の愛車に取りついた。

 互いにバイクでスピンして、慌てて追おうとする敵を振り払うと、二人は改造人間達を置き去りにして真っ直ぐ走り去った。

 その後姿を、風見――HOPPERVersion3はマスクを外し、無表情に見詰めた。

 

「おい、無事か本郷! 一文字!」

 

 大型バイクを軽く振り回して停止した滝を、二人はそれぞれ違った意味で嘆息しつつ出迎えた。

 本郷は、無傷らしい姿に、そして一文字は大騒ぎでヘルメットを脱ぐ姿に。

 

「大丈夫だって。おまえさんこそ怪我無いのか、滝」

 

 その声に、滝の機嫌が目に見えて傾ぐ。

 すわ何がと、判らない程度に身構えた二人に、滝は苦々しげに吐き出して曰く。

 

「冗談じゃねえや、改造人間と言ったところでバイクに関しちゃずぶの素人相手に、曲がりなりにも国際ライセンス持ってる人間が負けるかよ」

「へ?」

「あいつら、こっちが生身だと思って、まともにバイク転がした事無かったらしい奴ら寄越しやがった!」

 

 余程プライドを傷つけられたのか、イライラと煙草を取り出す滝の吊り上がった眉を見ながら、仮面ライダー達は脳波通信で囁き合う。

 

『まあ、気持ちは判らないでも無いよ。まともにシーズンを走れば、ランキングトップ10以内に入る実力者だからな、滝は』

『レーサーとしては腹に据え兼ねるか。でも、俺達としちゃありがたかったな。あの新型が滝を襲ってたらと思うと、血の気が引くぜ』

 

 一文字の言葉に、本郷は少し黙り込む。

 以前の風見志郎であったなら、とても滝のコーナーリングに付いて来れなかっただろう。

 だが、改造された今なら、皮肉な事に滝を追い込み抜き去る事は可能だと判るのだ。

 

「あんだよ、二人とも。さっさと帰ろうぜ?」

「ああ、判ったよ」

「あ―待て待て、今乗るから」

 

 まだ長いまま、携帯灰皿に吸いかけの煙草を突っ込んだ滝の言葉に、二人も急いで愛車に跨がった。

 日は傾き始め、うっすらと空に朱が差し始めていた。

 

 

「だから、俺はアパートに戻るんだってば」

 

 軽井沢近くから、そのまま本郷の家まで戻って来たのは良いとして、滝は憤然と二人にこう言った。

 だが、本郷の方は困ったように眉を下げ、一文字の方はエプロンを着けつつこう言った。

 

「えー、おまえが好きだから今日は夕食中華にする予定なんだぜ。チンジャオロースーにエビチリに、ワンタンなんかわざわざ作ったのに」

 

 そう言われると、滝はぐっと詰まらざるを得ない。

 一文字の料理が美味しいのは今更で、ついでに言うと買い出しに行っていないのでこの後アパートに戻っても、コンビニ弁当か菓子パンなどを齧る以外の食事の当てがない滝は、結局白旗を揚げるしかなかったのだ。

 

 いつの間に用意したのか、甘い杏仁豆腐のデザートまで出されて、それでも滝は心持不機嫌そうにさじを動かしていた。

 まあ、杏仁豆腐は彼好みの味で、不機嫌なのは殆どポーズとなっていたが。

 

「そうだ、お前のアパートに届いていたよ」

「おい、勝手に持ってくなよ」

 

 本郷が差し出してきた二つの小包に、滝の機嫌が又傾ぐ。

 だが、一つ目の大きさの割りに重量のある包みの方を受け取った途端、滝の表情が輝いた。

 

「来たか!」

「何だ、何が来たんだ?」

 

 洗い物を始めようとした一文字に、滝は軽くウィンクして見せる。

 

「へへ、内緒」

 

 そう言いつつ、滝は届いた包みをデイパックにそっと収めた。

 そしてもう一つの包みを手に取り、滝は送り主の名前に動きを止めた。

 

「風見……千晴?」

 

 慌てて包装紙を剥がす滝の手元を、一文字と本郷も覗き込む。

 

「腕時計?」

「だな、女の子向けの限定品だ」

 

 滝はそっと、包みから腕時計を持ち上げる。

 見覚えはある、彼女がずっと身に付けていた物だ。

 何度目かに会った際に、「兄からの誕生日プレゼントなの」と、はにかみながら教えてくれたものだ。

 消印はほぼニヶ月前で、しかし何故か自分のアパートの方が差出人側に書かれ、宛先は彼女の本籍地になっていた。

 

「どうして滝のアパートが?」

「推理小説なんかであったよな、時間を掛けて自白の手紙を送る為に、わざと届かないだろう住所宛に送って返送させるって」

 

 一文字の言葉に、滝はじっと押し黙った。

 時計は彼女の異変を伝えるように、2時38分を指して止まっていた。

 

 

 その頃、風見志郎はシャワーを浴び終え、水滴を拭いながら部屋に入って来た。

 点けっ放しのTVからは、『Chiharu』のコンサートの模様がニュース映像として流れている。

 画面と、そこに並んでいる二人で撮った写真――まだ彼女がデビュー前、両親が健在だった頃に撮ったものだ――とを見詰め、風見はふと生身の男――FBI捜査官だと言う馬鹿げた男の言葉を思い出していた。

 

「大体の確証は得た、千晴ちゃんの身に何か起こったとしたら、それは『SHOCKER』絡みって事がな!」

 

 おかしな事を言うと思った。

 何故なら、彼の妹はこうやって、国民的アイドルとしてTVで報道されていると言うのに。

 確かに、何ヶ月か前、そして数日前の急病の報道にはどきりとした。

 逢いに行こうと思ったのは一度や二度ではなかった。

 だが。無意識に拳を握る。

 今の自分は、かつての自分ではない。偉大なる『SHOCKER』の改造人間なのだ。

 色んな意味で、妹とは違う世界の住人となった自分が逢いに行くのは良く無いであろうし、何より妹を組織と関わらせたくは無かった。

 事務所からの「大した事は無い」と言う連絡もあり、風見は千晴に逢いに行こうとはしなかった。

 組織を讃えつつ、大きく矛盾した行動を取っている事に、風見は気付いていなかった。

 

 

 TVを見ている風見の背後、夕闇に閉ざされた窓の外に、白い手が伸びた。

 まるで、救いを求めるように弱々しくその手は窓ガラスを叩くが、改造され高度な聴力を持つ筈の風見志郎は、その音に気付かない様子だった。

 やがて、何かを成すべく彼が部屋を出て行くと、白い手は絶望に引き摺られる様に暗がりへと消えて行った。

 

 

07. 悪しき夢

 

 深夜、結局本郷邸に泊まる事になった滝和也は、届いたもう一つの包みをそっと開いていた。

 船便で届いたそれは、厳重に包装された銃弾であった。

 ライフル用が三〇発、デザートイーグル用が五〇〇発分。普通の銃弾では勿論無く、対改造人間用に開発された特殊弾である。

 開発したのは、ICPOでもFBIでもない。

 滝の個人的なツテで、開発を依頼していたものだ。

 撤退こそ命令されないものの、増援は無くICPOの動きもかつてより格段に悪くなった。

 そんな中、ほぼ組織的に孤立無援となった滝は、断腸の思いで武術の師であり孤児であった自分の後ろ盾となってくれた人物に、個人支援を申し込んだのである。

 今回送ってこられたものは、一個人ながら世界有数のコネクションと財力を誇るその人物が、去る筋でやはり開発させていた特殊銃弾に、滝が送った改造人間の情報を元に更に手を加えたものだった。

 弾倉に刻みを入れた物に、ゆっくり確かめるように弾を詰めていく。

 対人用と分けておく為に、別の弾倉を用意した。常人に使用するには、破壊力が強過ぎるものであるからだ。

 通常弾を一つと、神経断裂弾を二つ、弾倉に詰めてから滝はふっとサイドテーブルに置いた時計を見た。

 まるで彼女の消息を伝えるように、針を止めた時計を見詰める。

 彼女の身に、言い表せない事態が起きた事、そして恐らくは最早どうしようもない事態に陥っているのも、間違いが無かった。

 

「……ごめん。俺、何も出来なかった。君を襲った災難の元凶は、俺が追い掛けている筈の相手だったろうに」

 

 そう呟くと、滝は時計をヘッドボードに置いて横になった。

 ……そんな事を思っていた所為だろうか?

 眠りに落ちた滝は、奇妙な夢を見た。

 

 

 ふと気付くと、滝は何処とも知れない建物の、廊下らしい場所に立っていた。

 白い通路は、それこそ果てなく続いているように見える。

 漏れ聞こえる嗚咽に周囲を見回すと、後ろの方に明かりが漏れる部屋が見えた。嗚咽はそこから、漏れてくるようだった。

 猫の仔一匹いない中、嗚咽のする方に向かおうと踵を返したその時、滝の真後ろで男二人の会話が聞こえた。

 誰もいなかった筈。そして気配は無く声だけのそれは、まるで耳元で囁かれるように聞こえた。

 

「おのれ、何故わざわざエクサストリーム社で実験なぞ! お陰で『Chiharu』が巻き込まれてしまったではないか!」

「如何致しましょう、通常の手術ではナノマシンの作用で崩れた顔面は手の施しようが」

「ええい、ドクトルと連絡が付かんとは。致し方ない、あの二人のうちのどちらかを連れて来い、それと処置の準備だ」

「え、社長それは」

 

 社長と呼ばれた男の声は、苦虫どころか毒虫を噛んだようにひび割れていた。

 

「奴らに『Chiharu』になってもらう。『Chiharu』は消えてはならん、永遠の歌姫なのだから」

 

 その瞬間、嗚咽が止まった。

 そして振り返る滝を戒めるように、世界は暗転しそして、目が覚めた。

 

 

 自分が横たわっているのが、本郷の屋敷のいつのまにか彼の部屋と言う事になった客間の、ベッドの上であることに気付いた滝は我知らず大きな溜息を吐いていた。

 全身は水でも浴びたように汗だくで、だが意外に心臓は波立っていない。

 カーテンで閉じられた窓は、それでも端が白くなっており、夜明けが近い事を教えていた。

 

「何だ、あの夢」

 

 体を起こして、思わず呟く。

 思い返すと、何処かの病院か何かの様であった。

 そうすると、あの嗚咽の主は、何事かに巻き込まれた千晴と言う事になる。

 そして、姿は見えなかったが、『社長』と呼ばれた男と部下らしい男の会話に、滝は額を押さえる。

 あの会話、どう聞いたって奴等は『SHOCKER』の関係者で、別々の作戦を行っていた部署《セクト》同士がバッティングしたとしか思えない。

 それに、夢の中だからはっきりとは言い切れないのだが、あの『社長』と呼ばれた男の声、滝は何処かで聞いたような気がして仕方がなかった。

 

「寝しなにこいつを見てたから、あんな夢……あれ?」

 

 頭を振って、ヘッドボードに乗せていた千晴の時計を手に取った滝は、文字盤を見て目を丸くした。

 確か昨夜は、2時38分を指して止まっていた筈の針が、2時19分になっているのだ。

 訝しく思いながら、竜頭を回そうとして滝はもう一度途惑ったように時計を見た。まるで錆付いたかのように、竜頭は一切動かないのだ。

 

「何だよ、これ」

 

 滝は、唖然と時計を見詰めるしかなかった。

 

 

 その日の午後、一文字隼人と本郷猛の二人は、とあるプロムナードで落ち合っていた。

 

「本郷、待たせたか?」

「いや、俺も今着いたところだ」

 

 手近な自販機で缶コーヒーを買うと、2人は水面を見ながら黙ってコーヒーを飲む。いや、実際は脳波通信で情報のやり取りをしているのだ。

 

『迂闊だったな、こんな事件が起きていたなんて』

『丁度、関西で起こった事件でこちらから離れていた時分だったからな。二面作戦と言う訳でもないだろうが、してやられたと言う事か』

 

 そう、エクサストリーム社で事件が起こったその頃、大阪府近辺の山中で目撃された新種の蝶――実際は『SHOCKER』の生物兵器だったのだが――を二人は追い、その作戦を潰して来ていた。

 二人は滝が大使館の仕事に追われているのを良いことに、こっそり関東から離れていたのだ。その事は、未だ滝には知られていない。しかし。

 そのつけと言う訳ではなかろうが、自分達の知らぬ間に起きていた事件の大きさに歯噛みするしかない二人だった。

 

『問題は、一体何をどうやって丸々ビル一つから人間を運び出したかだが』

『ガスでも使って、全員気絶させたか? しかしそれでも誰か、騒ぎを聞き付けた人間がいても良かった筈だが』

『事が起こった時には、生きていた被験者は二人っきりだったからですよ』

 

 割って入った『声』に、二人は弾かれた様に振り返る。

 そこに立っていたのは、私服姿の風見志郎が一人、何気ない風に立っていた。

 

「風見……」

「お知りになりたいですか、俺の会社で、いやあのビルであの日何があったのか」

 

 風見は淡々と、あの日の事を語り出した。

 

 三ヶ月前、突然ビルの中に押しかけて来た防疫服の集団。

 非常事態だと、男達は全てのフロアの人間を追い立てた。

 それを率いていた男は、その下に異様な戦闘服を隠していた。

 家に連絡しようとした会社員を、そいつは壁越しに手にした巨大な刃物で、ばっさり首を落とした。

 彼らにビルの中で最も広いホールに集められた人間達は、十分後もがき苦しみ息絶えた。

 たった二人、風見志郎とその秘書を勤めていた女性を除いて。

 

 息を呑む二人に、風見は淡々とそれが『SHOCKER』の大いなる実験だと言った。

 ナノマシンによる生体改造。

 その成功例が、自分とチェンソーリザードだと。

 言葉無く、目の前に立つ男を凝視するしかない二人は、良く知る気配を感じて慌てて背後を振り返った。

 そこに、バイクに跨った滝和也がいた。

 

「大いなる実験ね。じゃあお前は、妹がその実験の所為で生命の危機に晒された事も、組織の為には仕方ないって言うのかよ」

 

 滝の言葉に、風見は嘲笑っていなそうとして、投げ付けられたものを受け止め表情を変えた。

 手の中にあるのは、自分が送った腕時計だったからだ。

 

「これは!?」

「てめえが、千晴ちゃんにプレゼントしたもの、だろう? 昨日、俺のところに届いた。

 てめえの住所宛に送って、受取人がいなかった為に俺のアパートに返送されたものだ」

 

 滝の言葉に、初めて風見志郎の表情がうろたえる。

 

「まさか! 妹は今この時間も、TVに出ている!」

 

 その声に、滝はそれこそ犯罪捜査官としての冷徹さで告げる。

 

「残念だな、あれは別人。

 顔面を弄って彼女の振りしてる。しかも二人目だ。一人目は、この間ビルの上から誰かに付き落とされて死んだ。

 尤も、その子の死体は消えたがな」

 

 親友の告げる事態に、本郷と一文字も唖然と事の成り行きを見守る事しか出来ない。

 

「あいにくだが、俺はこれでもFBIの端くれでな。

 こちとらアメリカ合衆国と言う広大な国家で、それこそ顔面整形どころか、目の色や指紋まで作り変えて逃走する犯罪者を追いかけなきゃならない立場上、観察対象の顔面にメスが入っているかどうかの見分けは最低限付けられなきゃ仕事にならんのさ。

 お前さんこそ、最近妹さんとまともに話した事、あるのかよ?」

 

 一瞬詰まり、だが風見は足掻く様に叫んだ。

 

「第一、妹が巻き込まれたって言うのは一体」

「思い出せよ、その実験とやらが行われた日。千晴ちゃん、てめえを尋ねて来なかったか?」

 

 ぎくっと、身を竦ませた風見に何処か苦味を噛み締め、滝はこう言い切った。

 

「奴等が、ビルに何時そのナノマシンとやらを巻いたのかは知らねえ。だが、それの所為で、彼女は今所在不明、会社は彼女の身代わりを立ててる。

 ……良く見る事だ。今TVに出ている『Chiharu』は、メイクでかなり誤魔化してあるが、千晴ちゃんと比べたら僅かだが目の間に違和感がある」

 

 滝の言葉から逃れるように、風見は身を翻した。

 その背中を見ながら、滝はライダージャケットのポケットから煙草を取り出し火を点けた。

 

「滝、今のは一体」

 

 近付きつつそう尋ねた一文字に、滝は紫煙を燻らせながら肩を竦めた。

 

「まあ、ちょっと思うところがあってな。半分はブラフだったんだが、大当たりだったようだ」

 

 言葉の無い一文字と、後輩の事を案じているのか立ち尽くす本郷の肩を、バイクから降りた滝はやおらにがっしりと掴んだ。

 はっと驚いた顔になる二人に、これは額に青筋を切って滝が一言。

 

「で? 俺が大使館の下っ働きをしていた時に、お前等何やってたか、聞いていいか?」

「へ?」

「あ」

「とぼけんな! ネタは上がってんぞ、大阪と和歌山県山中の事件てえのは何だ、本郷?」

 

 ひらひらと見せられたUSBメモリに、本郷の顔色がすっと引き一文字はあっちゃあと被っていた帽子で顔を隠す。

 逃げ出しようも無く二人は、滝に引き摺られ歩くしかなかった。

 

 

08.『Chiharu』の真実

 

 あれから一日が経過し、風見志郎は、打ちひしがれた風情で町を彷徨っていた。

 先程、風見は『妹』に会いに行き、そして否定したかった事実に行き当たったのだ。

 あの捜査官の言葉を信じた訳ではない、しかし妹の顔を見たくて訊ねた楽屋だった。

 そこで、確かに『妹』は一瞬うろたえ、慌てて笑顔を取り繕った。

 そしてプレゼントと称して腕時計――妹が自分に送ったと言うあれを渡すと、笑って受け取ったのだ。

 それで悟らざるを得なかった。

 ここにいる『Chiharu』は、妹の千晴ではないのだと。

 詰め寄ろうとして、マネージャーと警備の人間に阻まれた風見は、そのまま建物の外へ押し出されたのである。

 

「志郎じゃないか、何かあったのか?」

「……立花さん」

 

 どこをどう歩いたのか、風見は改造されて以来近付かずにいた、喫茶店《アミーゴ》の前に立っていた。

 ちょうど店の前に水を撒いていた立花藤兵衛は、久し振りに顔を見せたかつてのレーサー練習生の姿に、取り敢えず店の中へと招き入れた。

 カウンター席に座って、程なく《アミーゴ》特製ブレンドを出された風見は、カップにぽとぽとと角砂糖を5、6個落として掻き混ぜた。

 それを見て、立花は目を細めて笑った。

 

「やれやれ、甘党は相変わらずか」

「はあ」

 

 一口飲んで、変わらぬ香りにほうと溜息を吐いたその時だった。

 

「おやっさん、コーヒー頂けます…か」

「先輩!?」

 

 ヘルメットを脱ぎつつそう言った本郷猛は、店内にいる風見の姿に、思わず動きを止めた。風見の方も、一瞬腰を浮かせそうになる。

 そんな緊迫した空気を止めたのは、他の誰でもない立花であった。

 

「何だ、久し振りに会ったのに親の敵を見たような顔をして。猛もそこに座れ、何だお前達は」

 

 眉をしかめてそう言われ、二人は三つ席を離してカウンターに座った。

 互いに、立花の前で『SHOCKER』の事を話すまいとして、言葉に詰まった。

 空気がコンクリートの塊になったかのような、重苦しい時間は実際にはほんの数分の事だったらしい。

 立花が、愛用のパイプにタバコを詰めて火を点けるか点けないかで、頭からジャケットを被せた人物を抱えるようにして、滝が転がり込んで来たのだ。

 

「滝!?」

「おう、ここだったか本郷……あ!」

 

 探そうと思った相手を見出し、ほっとしかけた滝は、しかしその横に立つ風見の姿に舌打ちしそうな表情を一瞬浮かべた。何故なら。

 

「良いか、風見、変な手出しは御免蒙る。これから、何が起こったのか、彼女に話してもらうんだ」

 

 そう言って滝がボックス席に座らせたのは、『Chiharu』その人、いや『Chiharu』の替え玉、だった。

 目を剥く風見に背を向け、滝は座る『Chiharu』の視線まで屈んだ。

 

「少しでもいい、君と風見千晴ちゃんとの関係、話して貰って良いかい?」

 

 少し怯えたように視線を廻らし、『Chiharu』はか細い声でこう言った。

 

「わたしは、『Chiharu』じゃありません。私は岡田郁、『Chiharu』と同じプロダクションに所属する歌手でした」

 

 ボツボツと話す彼女の話はこうであった。

 

 三ヶ月前のあの日、岡田郁は同期でやはり歌手ながらうだつの上がらない宮野明実とともに、『Chiharu』に軽い気持ちで意地悪をしようとした。

 それは、後輩だったにも拘《かかわ》らずあっと言う間にスターダムを駆け上がった『Chiharu』への妬み以外の何でも無かった。

 これまでも私物を隠したり、集合時間をごまかしたりと、細々とした嫌がらせを繰り返していた二人は、その日も番組のメインゲストとしてスタジオに入った『Chiharu』に悪戯を仕掛けた。

 

   軽く捻挫でもすれば良い。

 

 本当に軽い気持ちで、二階の調整室からスタジオの隅に降りる為の鉄製の階段の途中で、二人は『Chiharu』の背を押したのだ。

 しかし、体調を崩して足元がふらついていたらしい『Chiharu』は、そのまま宙に投げ出され階段の先にあった配電盤に顔から突っ込み、そして凄まじい放電と爆発の後、彼女はぐったりとしたまま動かなくなったのだと。

 

 その言葉に、蒼白で少女に掴みかかろうとした風見を、ぐっと本郷が抑える。

 

「そして君が、否その前に誰か、千晴ちゃんの替え玉になったんだね」

 

 滝の言葉に、郁はこくりと頷いた。

 

「彼女が入院して三日後に、明実が社長に呼ばれて、そしてその一週間後に『Chiharu』が復帰したんです。一応お祝い言わなきゃって思って近付いたら」

「……宮野明実さんだったと言うことか」

「はい。そして一週間前、急に社長に呼び出されて」

「今度が君が、『Chiharu』になる事になったのか」

 

 替え玉の少女は、怯えた表情のまま頷いた。

 

「……社長が言ったんです、『Chiharu』は永遠の歌姫だから、消えちゃいけないんだって」

 

 彼女の言葉に、滝は一瞬虚を突かれた顔になった。

 代わりに口を開いたのは、風見を抑えている本郷だ。怯えたままの少女を威嚇しないよう、静かに言葉を選ぶ。

 

「それで、千晴さんの消息は? 何処の病院に入院しているんだ?」

「それが……亡くなったらしいんです、あの、社長とマネージャーが話してるのを耳にしただけで、良く判らなくて」

「死んだ!?」

 

 風見の声が跳ね上がる。

 怯える少女に、だが滝は冷静に続きを促す。

 

「あ、あの、明実が『Chiharu』になって暫くして、社長室で大声が聞こえて、耳を澄ましたら、『Chiharu』……千晴さんが、ファーストコンサートのドレス来て、ビルから飛び降り立って」

 

 そのまま、「ごめんなさい」を繰り返しすすり泣き出した彼女を前に、風見は両手に血が滲むほど拳を握り、そのまま膝を付いた。

 その横で、滝は風見が落とした腕時計に気付き拾い上げ、そして目を見張った。

 

「おい、風見、お前この時計の時間弄ったか?」

「……何を」

 

 のろのろと顔を上げるその鼻先に、滝は腕時計を差し出しこう言った。

 

「こいつ、竜頭が硬くて針を動かせない筈なんだ。なのにお前に渡した時には2時19分だった筈なのに、今1時56分になってる。おかしいじゃねえか」

 

 店の壁に吊るされた時計を振り返れば、今は夕方過ぎの19時20分。

 訝しいと思いつつ、風見が差し出された時計に触れたその瞬間、滝はいきなり意識を引っ張られた。

 

 

 真っ黒な床と、真っ白な周囲の中に立ち尽くす。

 足元に、灰色のものがある。

 それは薄汚れた白いドレスを纏った――恐らく千晴。

 だが、彼女に駆け寄る前に、突然轟くような鐘の音が鳴り響いた。

 思わず止まった滝の目の前に、倒れていた少女と全く同じ姿で、顔の半分を薄汚れた包帯で覆った少女がすっと頭上を指差した。

 吊られて見上げたそこにあったのは、『SHOCKER』のエンブレムと12時を示す大きなアナログ時計。

 

 

「滝、どうした!?」

 

 大きく揺すぶられて、滝は意識を現実に引き戻された。

 だが、自分を覗き込む本郷を押し退け、滝は風見の襟髪を掴みこう聞いた。

 

「おい、『SHOCKER』は12時に何をするつもりだ!」

「え?」

「風見、お前は知っているんだろう! 12時に『SHOCKER』は何をするつもりだ! 教えろ!」

 

 きつい滝の声に、風見は顔を伏せつつこう応えた。

 

「明日の昼、首都圏にナノマシンを散布する。その為のナノマシンが、今夜12時に東京湾に到着する」

「滝、どうしてそれを」

 

 眉を顰める本郷に、腕時計を掲げて一言。

 

「千晴ちゃんが教えてくれた。止めてくれって事だと思う」

 

 滝の言葉に、ぴくりと風見の肩が揺れた。

 その時だった。

 

「いやあああ!」

 それまですすり泣いていた少女が、恐怖に駆られた表情で飛び上がるや、そのまま喫茶店の外へと走り出したのだ。

 

「君!?」

「岡田さん!? 拙い、俺と会った時も、何かに酷く怯えて物陰に隠れていたんだ」

 

 そう言って、滝は少女を追って店を出た。

 その背中を見送り、本郷は何かを考える様に立ち尽くす。

 

「彼を、追わなくていいんですか?」

「彼女にかまけていれば、さほどの危険は無いだろう。それよりもナノマシンの方だ」

 

 そう言った瞬間、脳波通信が飛び込んだ。仕事で別行動中の一文字隼人からだ。

 

『本郷、今芝浦埠頭の近くだ。再開発の為に閉鎖されている筈の埠頭で、何だか胡散臭い奴等がうろうろしているぜ』

『隼人、ナイスタイミングだ。これからそちらに行く』

 

 そのまま駆け出そうとして、本郷は後輩に視線を向けた。

 

「風見、お前はどうする?」

「俺は……」

 

 俯いたままの風見の肩を軽く叩くと、本郷はコーヒー代をカウンターに置いてそのまま出て行った。

 それから一〇分後。

 

「何じゃ、皆行ってしもうたのか」

 

 話の間、何かを悟って席を外していた立花は奥から出て来ると、店内を見回し肩を竦めてパイプを咥えた。

 カウンターの上にコーヒー代を置いて、風見も又何処かへと立ち去っていた。

 

 

09.再会と、決別と

 

 深夜12時、誰も立ち入れない筈の埠頭から、一台の黒いトレーラーが走り出す。

 その荷台には、大きなタンクが搭載されており、それを黒尽くめの男三人が見張りとしてついている。

 そのタンクには、ナノマシンの休眠状態を維持させるべく液体窒素が満たされており、その中にガラス容器が沈められている。

 そのトレーラーを、仮面ライダー1号は追い駆ける。

 それに気付いた戦闘員が、闇の中から湧き出し襲い掛かる。

 1号はそれを払いのけながらトレーラーに取り付いた。だが、そこに先導していた別の車から豹頭の仮面の男が飛び掛る。

 足場の悪さもあいまって、敵の大鋏にバランスを失った1号は荷台の端に倒れ込んだ。その胸を踏み込み、豹仮面は後方から続くボックス型トラックにぶつけて来いと合図した。

 だが、それを見越したようにもう一台のバイクが躍り出る。2号のサイクロン号だ。

 逆方向からのバイクに、一瞬気付くのが遅れる。それを幸いと、2号はトラック荷台へ鋭い蹴りを浴びせる。

 改造人間の蹴りに、金属製の荷台の覆いが歪み、大きく揺れた拍子にトラック自体がバランスを崩す。

 転倒し、爆発するトラックを尻目に、2号はそのままトレーラーを追走する。

 深夜のレースはまだ始まったばかりだ。

 

 

 頭の奥に、嫌な感じの痺れを覚えつつ、滝和也は起き上がった。

 『Chiharu』、いや岡田郁を追いかけていて急に何者かに背後から襲われ、強かに殴られスタンガンらしきものを押し当てられたのだ。

 その証左に、腰に軽い火傷らしい引き連れた痛みが走る。

 

《それでも、応接セットの長ソファーに寝かされていた分まだましか?》

 

 そう思いながら座り直すと、だが滝はある事に気が付き舌打ちした。

 上着の下のガンホルダーから、愛用の大型拳銃が抜かれている。それだけではない、ブーツに仕込んでおいたナイフやポケットの入れておいたナックルも、全て抜かれているのだ。

 拘束はされていない、だが武器は全て取り上げられている。

 その事実が意味する事は……。

 

「いつでも殺せるって事かよ」

「いいや、ゆっくり話がしたかっただけだよ、滝」

 

 不意の声、それは滝が驚愕と共に受け止めるべき声だった。

 入ってきた口髭の男に、滝は一瞬目を見開き、そして低く名を呼んだ。

 

「ロバート、ロバート・田中」

「やあ、うちの歌姫を保護してくれたと言うのに、部下が手荒な真似をしてすまなかったよ、滝」

 

 男――ロバートと呼ばれた『トライスター』社の社長は、この上なく優しい笑顔で滝に向け向かい側のソファーの腰を下ろした。

 

 ロバート・田中は、滝と共にFBIからICPOに出向した捜査官だ。

 しかし、『SHOCKER』の調査中に消息不明となり、程なく死亡が伝えられた一人だった。

 

 滝からの無言の問いに、ロバートは笑顔を崩さぬままこう答えた。

 

「滝、お前も『SHOCKER』に来ないか?

 『SHOCKER』は優秀な人材を迎える事に貪欲だ。この3年間で、お前が卓越した人材である事は上層部も充分理解した。

 後は、お前の意思だけだ」

「何故だ? 優秀な捜査官だったお前が、どうして『SHOCKER』なんかに」

「何故?

 ああ滝、やはりお前は知らなかったんだな。我々は、ステイツが『SHOCKER』に差し出した人材なんだよ?

 現在、増援も何も無いのがその証拠。名簿上とうに死んだ事にされているんだよ、私もお前も」

 

 黙っている滝の前で、ロバートは身振りも大きく嘆き悲しんで見せる。

 

「大体、あの国の何処に正義がある?

 あるのは欺瞞と偽善と、メイフラワーズを中心とするワスプ達ばかり優遇された社会だ。そんなものに世界を任せてどうする?

 もっと優秀な者が世界を導くべきだ。お前ほど優秀な男を、『白人じゃない』と言うたった一点で捨て駒に出来るような世界なんぞ間違っている!」

 

 かつての盟友の演説を一通り聞くと、滝は一番の懸案を口に出した。

 

「ロバート、岡田さんはどうした? 後、宮野さんと千晴ちゃんの遺体は?」

「『Chiharu』は、奥の部屋で休ませている。彼女は、我が『SHOCKER』の素晴らしさを謳い上げる言わば新世紀の為の巫女だ。大切にしているとも」

「おい」

「ああ、最初の『Chiharu』を失ったのは非常に哀しかった、しかし『SHOCKER』の為には、何時までも死者にかまけておれんよ」

 

 かつての僚友の言葉に、滝は目を閉じた。

 

  怯えた少女。

  自分の腕を掴んで息絶えた、顔を切り刻まれた少女。

  はにかんで笑っていた少女。

  そして、かつて研修先で出会った、全てを奪われた少女。

 

「ロバート、俺はお前と一緒の道を行こうとは思わない」

「滝!?」

 

 一緒に来ると思っていた相手の言葉に、男は目を剥いた。

 滝は、自分の両手を見詰めながら言葉を続ける。

 

「ああ、アメリカは正義なんかじゃない。でも、そんな事言ってたら俺達は何なんだ?

 捜査官は何の為にいる? ああ、権力に屈さなきゃならない事もあるだろうよ、でも犯罪者を追いかけるのは何の為だ?

 犯罪者に苦しめられた被害者を、その家族を救う為だろう!」

「滝、それは」

「それにな、ロバート。俺は昔研修先で、東洋人を遊びで殺して歩いていた上院議員の馬鹿息子共をとっ捕まえた事がある。

 そいつらは本国で無罪放免になっちまったが、その国の刑事達に手錠掛けられた時にこう言ったよ」

 

 忘れようの無い顔。

 歪んだ自我と、増長した欲望でぎらぎらした瞳の色。

 これが己の祖国の、上層部の人間かと思うと絶望的な思いに駆られた。

 

「『東洋人を殺して何故悪い、あんな黄色い猿を撃った事が、どうして罪になる』ってな。……お前と、全く同じ表情でな。」

 

 立ち上がると、滝はかつての友を見た。

 

「捨て駒? 結構だ。国に見捨てられたなんざ、別にこれが初めてじゃない。

 それに、俺は一人じゃない。『SHOCKER』と戦っているのは俺一人じゃない」

「っ!」

 

 研修時代。

 香港と言う街で目の前に突き付けられた現実は、只夢と正義感だけで捜査官を目指した滝を、容赦なく叩きのめした。

 その都度、指導教官を勤めた刑事は、彼を夜景の美しいプロムナードへ連れ出しそこで泣くよう言った。

 泣いて泣いて、差し出された煙草を吸って、翌朝の実地研修に戻った。

 そして、研修を重ねる中で知ったのだ。

 喩え国家のエゴに押し潰され様とも、犯罪者を許さず懸命に追い続ける刑事達を。彼らの『正義』を。

 そんな彼等と共に走り、彼等と共に笑った、その日々がある限り、滝は犯罪者を――『SHOCKER』を見逃す事など出来ない。

 彼に、犯罪者に対して『目を閉じる』時など有り得ないのだ。

 

「滝、お前は」

 

 その言葉は途切れた。

 ドアの向こうから、絹裂く悲鳴が上がったからだ。

 

「岡田さん!?」

 

 そちらに向かおうとした滝の前に、さっとロバートが立ち塞がる。

 

「私が行く。滝はここにいてくれたまえ。気が変わるまでな」

「おい!」

 

 そう言い置いて、ロバートは滑る様に扉を潜って行った。

 そのすぐ後に、滝は懸命に扉を開けようとするが、幾らノブを捻ってもがっちり鍵の掛かった扉は決して開こうとはしなかった。

 

「くそ!」

 

 ドアを叩き、滝は悪態を吐く。

 ロバートに問い質さねばならない事は多い。

 特に、『Chiharu』の曲と共に起きる惨事。

 その目的を、何としてでも問い質さねばならないと思っていた。

 しかし、ロバートが中に入って、すぐ扉に取り付いた滝は、それから暫く何とか開けようと虚しくノブをガチャガチャと鳴らし、ドアに体当たりもしてみた。

 だが、そんな人間をあざ笑うように、改造人間仕様のドアノブはびくともしなかった。

 ところが、不意に隣から扉越しにもビックリするほどの音量で音楽が流れ出した。

 思わず止まった滝は、一瞬考えそれが『Chiharu』の『Platinum Smile』である事に思い至った。

 そして、この曲の流れる所で惨劇が起きている事も、同時に思い出した。

 

「まさか!?」

 

 慌ててノブを捻ると、先程までの抵抗が嘘の様に、カチンッと音を立てて扉はあっさりと開いた。

 中に入ると、少なくとも三人の人間がいた筈の室内に人影は無かった。

 ただ、チェストの上に置かれたAVコンポから、大音量で曲が流れているのみであった。

 取り敢えず音を止めて、滝は戸惑ったように周囲を見回す。だが、その部屋から人の気配は散逸している。

 一瞬部屋を出たのかと思い、彼が閉じ込められていた部屋とは別の扉に近付こうとした滝は、カツンと爪先に当たったものを見て全身から血の気が下がるのを感じた。

 それはロバートに、『SHOCKER』に取り上げられた筈の大型拳銃と弾倉だった。

 床に、無造作に転がるそれを、滝はゆっくりと拾い上げる。

 ありえない事が、彼の目の前に起きている。

 今、滝は自分が何か大きな見落としを犯している事を感じていた。

 ゆっくり立ち上がり、部屋の隅に置かれているモニター付きオーディオセットに近付いた。

 

「これが、唯一の手がかり、か」

 

 ヘッドホンを当て、曲を選ぶと滝はスタートをクリックした。

 透き通った歌声が流れ出す。画面では白いドレス姿の『Chiharu』が、スローバラードに合わせて緩やかに踊っている。この画面は、間違いなく『Chiharu』――風見千晴本人だと滝には判った。

 だが、数小節も掛からずに異変は始まった。

 いきなり、画面にノイズが走る。音は伸びたり遅くなったり、元に戻ったりを繰り返しだんだん間隔が短くなり、やがてそのノイズの中に何かが見えた。

 

 それは、汚水の中でもがく千晴の姿であり、おぞましい手足を伸ばし地上を目指す姿であった。

 暴走する身体、会社の裏切り、他人が演じる『Chiharu』に対する憎悪。

 それらがない交ぜになって凶行を繰り返してしまった、少女。

 

 一瞬、ヘッドホンを投げ出しそうになった滝だったが、か細い、ノイズと楽曲にまぎれた声に気付いた。

 か細いか細い、その声は。

 

『……たすけて』

 

「千晴ちゃん、君は……」

 

 だが続いた言葉は、滝の思っていたものではなかった。

 か細い、かすれた声が綴った言葉は。

 

『……おにいちゃんを、たすけて』

 

 変わり果て、ままならぬ体と罪に苛まれつつ、それでも彼女が願うのは兄の事だった。

 在りし日の、少女の姿が脳裏を過ぎる。

 自分のバイクの後ろに乗って、ヘルメットを抱えた。

 

「お兄ちゃんも大変だけど頑張ってるの。

 私も歌手に成りたくてなったの、少しくらい辛くても頑張る」

 

 そう笑った彼女の笑顔。

 二十歳にもならない、小さな女の子だったのだ。

 彼女が、自分に仕事で滅多に会えない兄を重ねたのだと判っている。

 何れ、好きな人を見付けて、大人の恋をしてきっともっと美しくなる筈だった、女の子。

 自分が守る世界の、一つの形だった鮮やかな笑顔。

 

 その、笑顔の為に。

 

「Yes. ……Yes,MyLady.」

 

 そう呟き振り返った時、滝は床のカーペットにずぶ濡れの人が立っていたような後を見つけた。

 汚水独特の悪臭に、滝は『彼女』がここにいた事を認めざるを得なかった。

 そして、ここで何が起きたのか、ここにいた人間達の末路も。

 振り切るように立ち上がる。

 銃に弾倉を差し込むと、安全装置を確認してホルスターに突っ込み扉を開けた。

 深夜故か、猫の仔一匹いないビルの中を駆け抜け外に出た滝は、そこで足を止めた。

 自分を見出し、目を見開く風見志郎の姿があったからだ。

 

「どうした。ここに用事か?」

「お前は」

「残念だが、ここはもぬけの空だ。これから警察を呼んで、内部資料を押収させるところだ。

 社長はいないよ、多分二度と見付からねぇんだろうさ」

 

 その言葉に、風見が誰何の声を掛ける前に、滝は彼の横を通り過ぎつつこう聞いた。

 

「なあお前、本気で今満足してんのか?」

「え」

「望んだものじゃねえ、他人から押し付けられた力で本当に今、人生楽しいか?」

 

 風見が答える前に、滝はぼそりと言葉を足した。

 それは、天使の遺した言葉。

 

「お兄ちゃんも大変だけど頑張っている。だから辛くても頑張る。

 ……事務所でいじめられてた千晴ちゃんが言った事だ」

「何だと!」

 

 いきり立つ風見を、しかし細い背中はぴしゃりと切り捨てる。

 

「お前に、何かを言う権利ねえよ。あんな小さな子が、生き馬の目玉を抜く芸能界で必死に背を伸ばして立ってたってぇのに、てめえの体たらくは何だ」

「!」

「本郷も一文字も、お前と同じように体を勝手に改造された。

 一文字なんざ、『リジェクション』の所為で定期的に血液交換しなきゃ死んじまう。

 でも『SHOCKER』と戦ってるのは何故だと思う?」

 

 黙り込む親友が可愛がっていた後輩に、滝はこう言い切った。

 

「あいつらは、これが自分達に出来る事だと言った。

 私怨じゃない、自分達が助けられる人々を助けたいとな。

 お前、自分に出来る事をしているか?

 血反吐吐くぐらいのた打ち回って、自分がやらかした事に苦悩したか?

 ままならない力に、どうやって折り合いをつけるか考え抜いたかよ?

 安易に流されて、犯罪犯して、犯罪者によいしょされて楽しいか?

 それで、その体たらくで千晴ちゃんに顔向け出来るのか?」

 

 答えは無い。

 それに構わず、滝和也は歩き出す。

 

「彼女が何訴えて腕時計をお前に送ろうとしたのか、考えてみろよ」

「……」

 

 これに応えられないなら、何を言っても駄目だろう。

 ごめん、千晴ちゃん。

 君が望む形では、お兄さんを助けられないと思う。

 でも、あの悪魔どもからは、救うよ。

 

 何かを思い詰めた様子で、風見がその場を離れたのを感じつつ滝は携帯電話を取り出した。

 

「もしもし、一条さん、ちょっと協力してください。ええ、『トライスター』って会社にがさ入れしたいんですよ」

 

 そう言いつつ、滝は再びビルに戻った。

 ここから、『SHOCKER』の痕跡を掴む為に。

 

 

10.祈りの為に

 

 警官隊が『トライスター』社で証拠物件の押収を始めた丁度その頃、仮面ライダー達は『SHOCKER』の作戦基地が偽装するレストランへと雪崩れ込んでいた。

 深夜営業のその店の中には、幾人かの何も知らない客が食事中だった。

 が、大型車が垣根と窓を乗り越え突っ込んで来た事、そして異様な風体の男達が店の奥から現れた事で、人々はあわてて店外へと逃げ出した。

 ナノマシンを挟んだ硝子盤の束を抱えたシザースジャガーを追って、一見洒落たレストランの中に入った仮面ライダー1号2号に、ショッカーライダー6体と蜥蜴女、そして多くの戦闘員が襲い掛かる。

 狭い店内、動ける場所は限られる。それでも2階建ての店内で、ライダーと怪人の戦いは始まった。

 

 本郷も一文字も、当たるを幸いと拳を振るい、蹴りを放つ。

 だがショッカーライダー――次期主力戦闘員として量産されたホッパー型改造人間達は、必ず二人以上で襲い掛かり、コンビネーション技で仮面ライダー達に体勢を立て直しの隙を与えまいとする。

 その上、シザースジャガーの特殊金属製の大鋏が、チェンソーリザードの鋸が、二人の首を落さんと襲い掛かるのだ。

 建物の狭さを逆手に取った、鋏豹男の変則的なアクロバット殺法に、本郷も手を焼いた。

 仲間に当たる事も厭わない、蜥蜴女の大きなチェンソーに一文字が苦る。

 暗がりから沸いて出るような、戦闘員による数の不利が、じりじりと二人を追い詰める。

 そして、もう一つの枷が一文字の足を掬った。拒絶反応《リジェクション》が起きたのだ。

 

「ぐっ」

 

 2階で、大振りして胴体ががら空きになったチェンソーリザードに、パンチのラッシュを掛けた2号ライダーはそのままフィニッシュブロウに入ろうとしたのだ。

 だが突然の激痛、そして込み上げる不快感から体を折った2号の腹部を、ここぞとばかりにショッカーライダーが蹴り上げる。

 ばっと、クラッシャーから思わぬ量の血飛沫が上がったのは、攻撃のダメージばかりではないように本郷には見えた。

 慌てて、一文字に駆け寄ろうとする本郷の前に、シザースジャガーと戦闘員が襲い掛かり二階への道を塞ぐ。

 そして思うように動けなくなった2号ライダーを、三体のショッカーライダーが痛め付ける。

 チェンソーリザードは、ここぞとばかりに掴み上げ宙吊りにした。

 

「くくく、惨めだなあ」

「うっせえ、空っぽの操り人形が」

 

 ひゅうひゅうと苦しげな息の下、それでも噛み付く一文字を鼻で笑うと、蜥蜴女はチェンソーで思いっ切り窓に向かって叩き付けた。

 ガラスを突き破り、受身もままならぬ状態の2号ライダーは、それでも体勢を立て直そうともがいた。

 その時だった。

 彼の視界を鋭い閃光が包み、鋭い排気音《エキゾーストノート》が耳を打った。

 あっと思ったのもつかの間、一文字は何者かに抱えられて元のフロアに投げ込まれた。そのまま床に転がったものの、受身の要領で起き上がる。

 そして、同時に飛び込んで来た風見志郎否HOPPERVersion3は、威嚇するように愛車のエンジンを更かせる。

 一階から、物音に気付いた本郷が上の様子を伺う。

 

「貴様?!」

 

 慌てて肩を掴もうとしたショッカーライダーの一体を、HOPPERVersion3は一瞥もせずに肘打ちで払い除ける。

 

「まさか、裏切るつもり!」

 

 色めき立つチェンソーリザードをはじめとする『SHOCKER』の改造人間に向かって、HOPPERVersion3は静かに告げる。

 

「これが妹《ちはる》の願いなんだ」

 

 仮面の下に決意を潜め、風見志郎ははっきりと言い切った。

 

「千晴の悲しみを、2度と繰り返してはいけないんだ!」

「志郎」

「へ、かっこ付けんじゃねえよ」

 

 本郷は息を付き、一文字は鼻で笑いつつも次の瞬間真っ直ぐ敵を睨み据えた。

 華麗にバイクで周囲の有象無象を蹴散らして、風見は踊り場から一階のシザースジャガーを睨み付けた。

 

 仮面ライダー1号が、大きな動きで構えを取る。

 仮面ライダー2号が、己を叱咤するように拳を振り上げる。

 そしてHOPPERVersion3、否風見志郎が、決意と共に構えを取った。

 

「殺せぇ!」

 

 鋏豹男の号令に、どっと戦闘員達が襲い掛かる。

 が、階段の狭さに突進するバイクの質量があいまって、戦闘員達は一気に薙ぎ倒される。

 そして、援軍を得て体勢を立て直す事が出来た仮面ライダー達も、ここぞとばかりに攻勢に出る。

 腕の一振りで壁に叩き付けられ、一蹴りで脊椎が粉砕される。

 そんな、改造人間同士の戦いは一人とは言え最強クラスであり最新鋭の改造人間であるVersion3が裏切り者に着いた事で、一気に蹴りが付こうとしていた。

 建物の中を上を下への大乱闘の中、HOPPERVersion3にカウンターの中へ投げ落とされたチェンソーリザードは、乱戦の最中うっかり放置する形になっていたナノマシンを見付けた。

 これ幸いと、硝子板の束を抱えた蜥蜴女は床板を己のチェンソーで切り裂くと、そのまま地下へと飛び降りた。

 視界の端にその姿を捉えた風見は、迷わずその穴に飛び込んだ。

 一気に地下基地内部へと降りた蜥蜴女は、最深部へと逃走を図る。

 その背中を、風見志郎は追う。

 女の抱える、悪魔をこの世から葬る為に。

 

 大方の改造人間を屠り、だが仮面ライダー達はシザースジャガーの大鋏の前に苦戦を余儀なくされていた。

 二刀流よろしく、振り回される刃物に中々近付く事が出来ず、また『SHOCKER』の作戦指揮官だけあり高い戦闘力を示す相手に二人は組み付く事が出来ない。また、拒絶反応《リジェクション》のダメージがある一文字は、鋏表男の動きを躱すのがやっとの状態だ。

 小競り合ううち、特殊金属の大鋏が1号の頭部を襲った。

 激しい火花と共に、マスクが弾き飛ばされる。

 

「本郷!」

 

 駆け寄ろうとした2号の首に、ガチャリと鋏が突きつけられた。

 だが、その位置が近い事を幸いと、鋏を掴んだ一文字は鋏豹男の頭部へ、勢い良くヘッドバッドをかました。

 油断かおごりか、正面からの頭突きに不意を打たれたシザースジャガーは、そのまま殴り倒され背中から階段の踊り場へと転げ落ちた。

 よたつく敵の姿に、素顔むき出しのままの本郷と2号とが同時に飛ぶ。

 左右からの同時キックに、男は大鋏をクロスさせ、ガードを固めようとした。

 だが、その時改造人間の耳に届いたパアンと言う乾いた音と、腕と特殊金属製の刃物の接続部位を強打されたのはほぼ同時であった。

 刃物は砕けなかった。接続部位も砕けはしなかった。

 だが全く想定外の部位からの打撃は、シザースジャガーの防御をものの見事に崩し、その一瞬の隙に二方向からのダブルキックが両腕を砕いた。

 そして着地と同時に、二人同時のアッパーカットが男の顎を捕らえた。

 その瞬間、奴の頚椎に一発の銃弾が命中した。

 高々と吹っ飛んだ鋏豹男の体は、吹き抜けを飾るシャンデリアに引っ掛かったところで一回転して床に、いや階段の途中に落ちた。

 後頭部から叩き付けられた改造人間は、その瞬間血飛沫の様に火花を散らし、爆発炎上した。

 爆風をやり過ごし、二人は銃声のした方へ目を凝らした。

 そこに、ポツリと赤い蛍のような光が見えて、二人はほっとしたような、困ったような気持ちで顔を見合わせた。

 そこには、夕方別れた姿のままで、ライフルを肩に担いだ滝和也が煙草を咥えて立っていた。

 『トライスター』社の、家宅捜索の最中にこの作戦基地の位置を知った滝は、現場を日本警察に任せ(押し付けたとも言う)取り敢えずライフルと愛銃だけを掴んで駈け付けたのだ。

 

「急所狙いは有効、か」

 

 ライフルに弾を込め直しつつ、滝はかつての恩師の言葉を思い返していた。

 

「『どれだけでかかろうと、どれだけ怪物じみていようと、関節のある生き物は関節が弱点』。全くですね、先生」

 

 一方の仮面ライダー達は、大いなる援軍であり、同時に怒っているだろう親友にどう説明しようかと途方に暮れていた。

 だが、二人の逡巡を知ってか知らずか、二人の脳裏に親友の声が響く。二人の脳波通信に周波数を合わせた無線で、滝が連絡してきたのだ。

 

『おい、ナノマシンはどうした? 後風見は? 来なかったんなら別に良いんだ……うわ!』

 

 ズンッと、上下に揺さぶるような震動が二人を、そして建物の外にいた滝を襲った。

 そこで二人は、風見がチェンソーリザードを追って地下に降りた事を思い出した。

 

「しまった、志郎が危ない!」

『おい、どう言う事だ!』

「風見の奴も来てたんだ、ナノマシンを持って逃げた女怪人を追っかけてんだ!」

『おい、じゃあ』

「滝、ここに居て、他の奴が逃げたり戻って来たりしないか見ててくれ、俺達は志郎を追う!」

 

 それだけ伝えると、二人は自分達側から通信を遮断して走り出した。

 性能の良い耳が、彼が二人を母国語でののしる声を拾ったが、それは聞こえない振りで通す。

 二人が通った三角形の穴から、熱い空気と煙が湧き出しつつあるのを見て取った二人は、頷き合うとマスクを付け直した本郷から地下へと飛び込んだ。

 

 

 そう、炎の海と化した地下へ。

 

 

11.最後の時

 

 時間は少し遡る。

 蜥蜴女《チェンソーリザード》を追って地下に降りた風見志郎は、2階分の段差を一気に飛び降り、逃げる相手の背後に迫る。

 上に殆どの人員が出払っているのか――それとも、もはやこの基地は用済みとして引き払われたのか、二人以外動くものは無い。

 何かしらの兵器なり、或いは改造人間なりを作るのに活用されただろう、巨大な機械の間を縫って逃走を図るかつての秘書の背中に、風見志郎は走る勢いをそのまま乗せて蹴りを放った。

 吹っ飛んだ蜥蜴女の手から、東京全土に撒かれる予定のナノマシンのユニットが吹っ飛ぶ。慌てる蜥蜴女の手を弾き、返す刀と風見は女の右腕からチェンソーを叩き折った。

 絶叫が上がるが、次の瞬間近付いた風見の首を狙って、女は左腕をチェンソーに変えていた。

 それを紙一重で避けると、風見は間合いを取った。左腕を振り上げ、裂帛の気合と共にチェンソーリザードが襲い掛かる。

 それに向かって、構えを取った風見の、HOPPERVersion3のマスクの複眼が緑に輝く。

 

「はああああっ!」

 

 大振りな一撃を掻い潜るや、風見は飛び上がりがら空きになった胴に蹴りを叩き込んだ。

 そのまま反動で飛び上がり、二撃目を蜥蜴女に蹴り込んだ。改造人間故の筋力が生んだ、反転二段キックは、女怪人の内部を粉砕した。

 悲鳴と共に吹っ飛んだチェンソーリザードは、吹っ飛び地下空間を埋め尽くしていた機械の一つに激突し、そのまま火を噴いた。

 炸裂音と共に吹き上がった炎が、女の手から吹っ飛び転がったナノマシンユニットを飲み込んだ。低温保持されていた悪魔の機械は、熱に晒された事でその機能を失っていった。

 ガラス板が砕けていくのと、かつての部下が炎の中で天に召されて行くのを見届けると、風見はそのまま踵を返そうとした。

 だがしかし、炎の向こうから襲い掛かった光る触手の攻撃を受け、風見の身体は吹っ飛んだ。その弾みで、マスクのクラッシャーが外れた。

 起き上がった風見の目に、炎の壁の向こうから悪夢が現れた。

 かつては華やかな――ファーストコンサートに使った純白のドレスは、汚泥と血で汚れ、元々白かった肌は、青白く血の気を失い、そして半分は間違いなく妹千晴の顔だったが、もう半分は爛れ歪んだ、怪物の顔だった。

 片足も、片手も形を失い、肥大し歪んだそれで、ずりっ、ずりっと動く。まるで、孔雀の尾羽のように広がる輝く触手が、次の犠牲者を求めて蠢《うごめ》くのを、風見志郎は言葉も無く見詰めるしかなかった。

 

   オ、ニイ、チャン

 

 か細い声に、はっと顔を上げた風見は、妹が泣いている事に気付いた。

 

   オニイ、チャン

   オニイチャン

   お兄ちゃん

   ……殺して

 

 覚った。

 悟ってしまった。

 妹は、自分に会おうとしていた。

 ナノマシン改造で人間でなくなり、挙句にナノマシン暴走で完全な怪物になってしまった自身の命を終わらせる為に。

 自力で命を絶つ事が叶わなかったが為に、同じような力を得ただろう兄に――自分に。

 頬に出来た疵が、ナノマシンの作用で見る間に消える、人の形をした怪物である、兄に。

 

「千晴」

 

 ぼたぼたっと、風見のグローブの上に雫が落ちる。

 

「あの男が言ったんだ。

 お兄ちゃんも大変だけど頑張っている、だから辛くても頑張るってお前が言っていたって。

 そうやって頑張っていたお前が、俺に、救いを求めたって事は、……俺は、それに応えてやらなきゃならない。

 だって、俺は千晴の兄で、たった一人の家族、なんだからっ」

 

 震える声でそう絞り出し、風見志郎は改めて妹のなれの果てを見た。

 妹だったものは、妹の顔で涙しつつ、だが軟体生物が寄り集まったかのように変異した部分がぶるぶると震え、触手は獲物に襲い掛かろうとうねり続ける。ただ、妹が最後の意志力を振り絞っているのか、うねるだけで兄である男を襲おうとはしなかった。

 風見は、流れる涙をそのままにマスクを被り、クラッシャーを嵌め直した。そして。

 

「うわあああああああああああああ!!」

 

 風見、否HOPPERVersion3の腰にあるダブルタイフーンが、周囲の炎を吸い込みエネルギーに変換する。

 過剰なまでに取り込んだエネルギーで、HOPPERVersion3の肉体は燃え上がる。

 その炎を纏ったまま、拳を固めた目の前の異形の姿に、かつてアイドルだった少女は、強張り固まった頬をわずかに動かし、目を閉じた。

 

「~~~~~~~~!!!!」

 

 声にならない絶叫と共に、HOPPERVersion3はその燃え上がった拳を怪物に叩き込んだ。

 真正面から拳を受けて、怪物は炎に包まれ、そして崩れ落ちた。その顔は、間違いなく、最愛の妹の顔、だった。

 燃え尽きようとするその遺骸に、風見はそっと腕時計を乗せた。

 かつて自分が妹に送り、巡り巡って自分の許に戻った、あの腕時計を。

 

 

12.暁に還る

 

 どれだけそこに座り込んでいたか――実際は、さほどの時間は経っていなかったのか――、座り込んでいた風見の肩を、二つの手が掴んだ。

 はっとなった風見が見たものは、「裏切り者」のHOPPER01、02の姿だった。

 

「風見、脱出するぞ!」

「早く、やばい音がしてる!」

 

 二人に引っ張られ、風見は立ち上がり走り出した。

 周囲の機械群は炎に包まれ、加熱されて歪み、所々で火を吹いていた。

 そして、三人がレストランであった建物から飛び出し、地に足を付け建物を振り返った次に瞬間。

 地下の爆発の影響か、それとも証拠隠滅の為の自爆だったのか、建物は土台から吹き飛び、炎に包まれた。

 

「……」

「……」

「…………」

 

 爆風に煽られ、三人のマフラーがなびく。

 そのまま落ちてきた沈黙を破ったのは、彼ら以外の人間の声だった。

 

「うっはあ、盛大に爆発したなあ。

 さーて、警察にはどう話したもんかねえ?」

「滝」

「あ、無事だったか? 『SHOCKER』の奴らは?」

 

 一文字の問いに、咥え煙草のまま滝は肩を竦めて見せた。

 あの後、一人として建物から出て来る者はおらず、滝は一人待ちぼうけに等しい状態だったのだ。……尤も、待っている間滝はあちこちに連絡を入れており、何もしていなかった訳では無いのだが。

 

「お前らが全員片付けてしまったのか、何処か隠し通路から撤退したのか、どっちかは判らないが出て来る奴は居なかったな」

 

 煙草のフィルターを噛み潰しつつそう言った滝は、三人の強化服姿の男達を改めて見た。

 

「……あー、一号二号にV3まで揃っちまったなあ。

 まあ、ライダーマンやXライダーまでは出て来ないよなあ」

「え?」

「あー……」

「はあ?」

 

 滝の言葉に本郷と風見は首を傾げたが、一人理解した一文字が遠い目になった。

 どうやら、『仮面ライダー』を風見は知らなかったらしい。

 

「どう言う事ですか、先輩」

「うん?」

「あー、俺が仮面ライダー二号で、本郷が仮面ライダー一号だからな。

 三人目のお前さんが現れたので、V3だって言ってんのさ、滝は。まあ、それはともかくお前さん、これからどうする?

 このまま雲隠れするかい、それとも」

 

 一文字の問いに、未だに燃える建物の残骸――或いは、その炎の向こうを見ながら風見志郎は答えた。

 

「戦いますよ、貴方方のように。

 ……先輩」

 

 風見の言葉に、本郷と一文字の表情がすっと引き締まり、仕方が無いと言いたげに滝は目を伏せた。

 そして、空気を換えるべく滝は手を叩いた。

 

「さ、お前ら、警察が来る前に姿隠しな。ボランティアの関わるところはここまで、後は俺が上手くやるよ。

 『世界征服』を考える秘密結社何てこの世には存在しない、だから、そいつらの手先の改造人間もいない。そんな怪物と戦う『正義の味方』は、都市伝説じゃなくちゃならねえ。

 だから、早く行け。風見のバイクも、本郷達のCYCLONE号も、建物から離して置いたから無事な筈だからな」

 

 滝の言葉に背を押され、三人はそれぞれのバイクに跨りその場を離れた。

 朝焼けの空の下、遠ざかっていく三つの背中を見送ると、滝は吸い殻を携帯灰皿に収めて踵を返した。

 ようやく辿り着いたらしい、緊急車両のサイレンの音に大きく伸びをして、滝和也は歩き出す。

 形ばかりではあれど、平和な一日がまた始まろうとしていた。

 

 

                                 END

 

 

 


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