自身の周囲に浮かぶ焔を見て目をパチクリとさせた男に不知火はそう告げた。
おばけが愛したうつけものの話
霊的なモノではなく、自然現象。
自身の周囲に浮かぶ焔を見て目をパチクリとさせた男に不知火はそう告げた。
不知火から見れば男ーー指揮官という存在は実に奇妙であった。それこそ自分という奇妙奇天烈な存在を秘書艦へと任命する程に。
のんべんだらりとしているクセに仕事はキッチリと終わらせる。
「うつけ」と呼んでやっても男に変化はなく寧ろ奇妙さの増す笑みを浮かべてみせる。
やってきた美女とも呼べる艦を侍らせつつも自身を秘書艦から外そうとはしない。
誠に「うつけもの」だと不知火の溜め息は尽きない。
「おばけ」と美女。
どちらが男に好かれるか。そんなものはうつけでも無い限り一目瞭然。不知火とて馬鹿ではない。
指揮官の周りに女が増えるほど、秘書艦である理由が無くなっていく。
最初は駆逐艦が好きなだけかと思った。なんせ自身の前任者はかの鬼神である。
けれど男は楽しそうに赤城と話す。
次は重桜所属であったからだと思った。加賀を求めて何度も出撃する様を見れば納得出来る理由であった。
けれど男は演習時には「ろいやる」艦隊を用いて勝利を重ねる。
次は……
次は……
そうやって騙し騙しに理由を作り、最後に残ったのは純粋な好奇心のみであった。
出会いを思い出せば、必然とそうなってしまった。
残酷なまでの好奇心。ただ霊的である、妖怪のようである、「おばけ」のようだという好奇心。それだけが理由。秘書艦であり続ける理由。
そう決めつけてしまえば、あのうつけものが他の女と会話をしようが、出撃命令を下そうが、不思議と胸は痛くなくなった。
不知火がそう決めつけて少し、不知火から言えばなんとも奇妙な事が起きた。
自身の改修である。いやそれそのものは理解の範疇である。不知火とて馬鹿ではない。だからこそ、解らない。
どうしてあの「うつけもの」は自分を改造したのだろうか。
他にも改造を待つ駆逐艦達はいる。さらに言えば近頃は研究とやらで資金も枯渇しかかっている。それなのに、である。
成長した身体を確認しながら、不知火は悩む。果たして、どうして、何故……。
悩んだ所で結果は出ない。それよりも仕事がある。秘書艦としての仕事が……。
「おっ、不知火じゃないか。改造おめでとう!」
「『くりーぶらんど』さん、慌ただしいですね」
快活とした、頼れそうな少女。少なからず不知火自身とは真逆の存在。
そんな彼女が慌てているのは少しだけ珍しく思う。不知火が彼女の出撃予定を思い出しながら、慌てる要素などあっただろうか、と首を傾げる。
「ああ、急に秘書艦に任命されてさ」
…………。
「いま、なんと?」
「慌てた指揮官が急に来てさ、秘書艦になれって……大丈夫か?顔が青いけど」
「……お気になさらずに。失礼致します」
よろよろと、或いはふわふわとクリーブランドから離れ、不知火は寮の自室へと向かう。
秘書艦を外された。
その事実だけが不知火の鼓膜と脳に刻み込まれる。
指揮官が好奇心を失った、と考えれば長いとも思えた。
自室へと向かっていた道程など覚えておらず、ふわりと畳の上に寝転がる。
膝を抱え、痛むお腹を支えて、震える身体を擦る。
糸が解けるように、輪郭が虚ろに消えていく。「おばけ」のように消えてしまえればどれ程楽であろうか。
しとしとと濡れる袖を感じる事もなく、溶けてしまう。心の中に芽吹いていた好意が自身を蝕んでいく。
不知火の意識が再び形を作ったのは月が昇ってからであった。
月明かりだけが差し込む部屋で瞼が閉じていたのか開いていたのかすらも分からない。
好きである。
それは不知火が指揮官に対しての純粋な感情だった。けれど自身の成り立ちを鑑みれば一歩後ろで控えているべきだと、そう思っていた。
陰では実る理由がない。
愛おしい人。
きっと自分の事などあっさりと忘れてしまい、他の女にうつつを抜かすのだろう。
きゅぅっと胸が痛くなる。
叶わない恋。届かない人。
だから……、その心の隅にでも自分を置いておきたい。それだけで自分は満足できる。する。
傲慢な願いだと不知火自身が馬鹿にする。けれど、その傲慢な行為でなければ自分は壊れてしまう。
ゆらりと立ち上がり、不知火は自身の身を清める為に浴場へと足を浮かせた。
眠る男の顔を少し恨めしく見やる。もしも視線だけで起きて、不知火に茶目っ気と余裕があったのならば「うらめしや」とでも呟いていただろう。
今の不知火はどちらも持ち合わせてはいない。
竜灯柄の黒い着物を音もなくするりと脱ぎ落とし襦袢だけの姿となる。襦袢を撫でる空気を飲み込み、不知火は静かに指揮官へと歩み寄る。
ひたり、ひたり。足袋に伝わる冷たさを噛み締めて不知火は細く息を吐き出した。
眠る愛しい男の顔。厳しくもなく、かと言って優男という訳でもない。取り留めのない、とらえどころのない指揮官らしい顔。
息遣いを肌で感じられるほど近づきはした。けれど唇を吸うわけでもなく、頬を撫でるわけでもなく、首を絞めるわけでもない。
眠っている確認、というのも少し違う。
珍しく煩く感じる鼓動を撫でつけて、不知火は男の布団を静かに捲りあげる。
はだける事もない寝間着に隠された肉体。その肉体を不知火はよく知っている。戦う事もできないのに必要以上に鍛えている「うつけもの」。
嫌う理由は十もある。そのどれもを「うつけもの」と一緒に吐き出してやった。
好いた理由は百しかない。「うつけもの」はそれに気付くことはないけれど。もっと好いてしまう理由は見つかるだろう。
心にチクリと痛みが走る。
痛みを忘れる為ではなく、自分自身を赦すために三つ指を付き頭を下げる。
きっと、赦される事などない。卑しい女だと蔑まれる。
そんな事を理解しても、不知火は止まらない。止まることなどできない。
頭を下げて三拍ほど、不知火は頭を上げて細い指で器用に下履を下げていく。
力なく垂れ下がった男性器を目の当たりにして、参考資料を脳裏に広げて疑問を浮かべる。
恐る恐る手を伸ばし、一度躊躇したように止まり、指で男性器へと触れる。
触れた瞬間に男がビクリと動いた事に驚いて手を引っ込めたが、男はむにゃむにゃと唸りながらまた寝息を立てる。
安堵の息を吐き出して、不知火は改めて手を伸ばす。優しく男性器へ触れやわやわと揉んでみる。
柔らかいけれど芯のある男性器を不思議に思いながら、男が起きない事を確認しつつ男性器を弄る。
緩やかに弄べば力を得ていく男性器。先程まではどこか愛らしい印象もあったというのにそれは既に別の生物のようである。
男の脈拍と同じように体を蠢かす別生物。息が当たれば反応するようにまたビクリと動く。
濃密な男の薫りが鼻腔から脳髄を痺れさせる。生唾を飲み込み、意を決して舌を伸ばす。
伸ばし、寸での所で――
「……しら、ぬい?」
――男の声により停止した。
未だ寝惚けた声の男であったが、どうやら目を覚ましたようでその瞳は微睡んでいるがしっかりと不知火の瞳に向いている。
息が詰まった。終わった、とは思わない。僥倖とも、思わない。不知火にしてみれば遅かれ早かれこの「うつけもの」の目が覚める事は分かっていた事である。
だから、男が二の句を告げる前に口を開く。
「野犬に噛まれたとお考えいただければ……、妾はおばけであります故……」
指揮官への言葉であると同時に自身への言い訳を口にする。
自身への興味が失せた指揮官にとって犬に噛まれた程度の事だと思ってほしい。
同時に自分にとってこれは一夜だけの夢に他ならない。
指揮官が何かを告げる前に不知火は舌を伸ばし男の亀頭を一舐めする。ビクリと震える男根に愛おしく舌を這わせる。
亀頭に唾液をまぶすように、雁首を擽るように、陰嚢から裏筋を撫でるように。
唾液で満遍なく男根を汚し、口に溜まった唾液を飲み込む。僅かに残る雄の味が脳髄を麻痺させて呼吸が荒くなる。
熱い呼吸を繰り返しながら、唾液でテラテラと光る男根を見やり不知火は口を開く。声を出すわけでなく、男根を口へと招き入れるために。
肩を掴む指揮官の抵抗を無視して、モゴモゴと男根を刺激していく。亀頭を舐め上げ、吸い付きながら舌を動かす。
苦しい呼吸など気にせずに、唇を窄めて、歯を立てないように男根を飲み込んでいく。
唸る指揮官を上目で確認しながら、反応の強いところを探り当てていく。緩やかな動きから徐々に激しく顔を前後させて刺激を強くする。
涙目になるほど喉の深くへと招き入れ、強く吸いながら離れていく。舌を絡め雁首や尿道を優しく刺激する。
「不知火っ」
我慢していた事なのか、堪えきれずに不知火の名を呼んだ指揮官は不知火の頭を掴んで乱暴に喉奥へと腰を突き入れる。
驚きの声で喉を震わせ、膨らんだ亀頭が喉奥を突いて嗚咽を鳴らす。同時に熱い何かがどくりと吐き出された。
男根の脈動に合わせるように、どくり、どくりと胤が吐き出されていく。頭を掴まれているから離れることも出来ず、口の中に溢れそうになるソレを喉を動かして無理に飲み込んでいく。
喉にへばりつくような感触。好みもしない苦味とエグ味のある味。
頭の拘束と男根の脈動が弱くなり、不知火は尿道の中に残った胤を吸い取りながら口を離す。栗の花に似た香りが鼻腔を抜け、舌の上にどろりと乗る胤を唾液に混ぜて喉へと押し込んだ。
先程まで精を吐き出したことにより力なく垂れていた男根が不知火の様子を見て力を取り戻していく。
白い肌が赤を彩り、普段は気怠さを映している瞳が情欲で潤んでいる。
ゴクリ、と指揮官は生唾を飲み込んだ。
不知火を押し倒し、接吻をしようとした「うつけもの」の口を不知火は指で触れる。
それは自身に与えられるモノではない。
眉尻を下げ、愛しい人の頬を撫でて鬼灯色の瞳を潤ませる。
「お情けを、くださいませ……」
男の首に腕を回し、膝を開く。ヒヤリと濡れた女陰が空気に晒され、不知火の顔が熱くなる。
あてがわれた怒張に未知の恐怖を僅かに抱き、ズヌリと肉壷を割って押し入る男根を受け入れていく。
熱した鉄の棒ほどに熱く太い男根が自身をゆっくりと貫き、何かに引っかかって一度停止して、一息に突き込まれた。
肺に溜まっていた空気が口から逃げ、顎を上げながら、下腹部からせり上がる快楽が脳へと突き抜ける。
電流がそのまま流されたように、意識が白んでチカチカと明滅する。喉に詰まっていた空気の塊が吐き出て、新鮮な酸素を荒く吸い込んでいく。
指揮官の腰と自身の腰が密着し、男根の先が自身の奥を意地悪く啄いている。
躊躇して止まっている「うつけもの」を見て、不知火は努めていつものように……もう来ないであろう日常のように口を開く。
「なにをしているのです……このうつけもの……。妾に気を使わずに……腰を動かせばよいのです……」
自らならばきっと動かない「うつけもの」の為に不知火は足を指揮官に絡ませて腰を不格好に動かす。
すぐにその行為は無駄になるように、指揮官は腰を動かし始める。
力強く、激しく。
不知火は快楽でどこかに飛んでいかないように、自身に芽生えた執着心を満たすように、背中に爪を立てて男に所有印を刻んでいく。
突かれながら胸を掴まれて、頂を摘まれ、媚を売るような喘ぎ声が喉から溢れる。
男が自分の名を呼んでくれる。求めるように呼んでくれる。
たとえ一夜の過ちであろうと。一夜の泡沫であろうと。
不知火にとってそれだけで幸福であった。これ以上は求めてはいけない。これ以上は、求められない。
密着した腰が震え、不知火の下腹部に熱が広がっていった。
鈍く痛む腰によって不知火は瞼を上げた。
気をやって、そのまま眠ってしまったのか。その証明のように男の腕を枕代わりにして眠っていた。
男の寝顔を数秒ほど見つめて、不知火は静かに布団から抜け出す。
思い残すことは何も無い。
これから先、普段通り……愛しい人のいない生活を堪えられる程の思ひ出はもらった。
だから……。
ふわりと不知火は布団に引き寄せられる。
倒れ込む訳でもなく、引かれた腕はすぐに放されて次は体を拘束するように抱きしめられる。
目を白黒させながら指揮官を見れば、一度口を開いて、何も言わずに閉じられる。
そして何を考えたのか、枕元に置かれていた小箱を不知火へと渡した。
無口という訳でもないが、普段から好き好き言っては「うつけもの」と罵られる指揮官にとってこの状況でどう伝えればいいものかと頭を悩ませた。
結果として何も言わず小箱を渡すという悪手に至った訳だが。
小箱を受け取った不知火は一度小箱を見て、ゆっくりと小箱を開いた。
開いて、数秒ほど固まって、溜め息が吐き出された。
「指揮官さまは本当に『おおうつけ』にございますか? ……まあ、ものに罪はございませんので、これはお預かりしますね」
泣きそうになる声をなるべく普段通りに努めて、不知火は小箱を大事そうに胸に抱えこんだ。