※この作品はR-18です。

EJIKI ~肉獄虜囚・桜井あおい~   作:眼珠天蚕


原作:RAILWARS!
タグ:R-18
(短編ってなんだ…!?)
(過去作は長いの多くて…スミマセヌ)

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東京中央鉄道公安室第四警戒班(通称"警四")に所属する、極めてアクティブな隊員、桜井あおい。
その"暴走"とも称せるような行動力は、度々チームだけでなく、彼女自身にも損害をもたらすことがあったが…。
今、彼女の行動力が生み出した最大最悪の窮地が訪れようとしている。

肥大化したうねる肉に汚される淫獄…汚らしい恥辱に犯され続けるあおいの運命は!?

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淫夢要素はマジでありません。

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EJIKI ~肉獄虜囚・桜井あおい~

◆ ◆ ◆

 

 全身を貪る、巨大な贅肉。

 脂汗でギトギトにぬめるゴワゴワの皮膚が、きめ細やかな柔肌の上をブルブルと波打ちながら躍り、滑る。

 「くあ…っ!」

 贅肉に比べてあまりにも小さな骨格が、巨大質量の移動を受けてミシミシと軋むと、可憐な桃色の唇の隙間から苦悶の悲鳴が上がる。

 途端に、口腔から鼻腔へとムワリと貫き上げる、猛烈な悪臭。下ってゆく汚物そのものの匂いの正体は、モワモワと揮発して穢らわしい蒸気を作る脂汗と、分厚い唇から絶えず吐き出される口臭だ。

 「んぐっ!」

 たまらず桜色の唇をギュッと巌のごとく一文字に閉ざし、悪臭を拒絶する。

 この匂いを嗅ぐのは、今回が初めてではない。むしろ、もう十数度は鼻に入れている。何某かの高説によれば、嗅覚とは五感の中で一番馴れやすいという。だが、その説は『彼女』には全く当てはまらないようだ。鼻孔に侵入されるたび、胃袋がモゴリと蠢く嘔吐感に苛まれる。

 そんな『彼女』の苦悩を全く介することのない贅肉は、スライムのように粘り気の強い唾液にまみれた舌と分厚い唇を耳元から頬へ、そして桜色の唇へと這い寄せる。その有り様は、さながら巨大なナメクジだ。

 嗅覚に急接近する、悪臭。電撃のような嫌悪がズキンと脊椎に突き刺さったかと思うと、『彼女』は反射的に首をグイッと捻っていた。

 贅肉で遮られていた視界が、開ける。しかし、網膜に飛び込んでくる光景は、とてもではないが、一時の解放感さえももたらすような代物ではない。むしろ、胸中の暗澹を更に色濃い闇で覆うような、失意に満ちたものだ。

 光源と言えば、閉ざされた扉の隙間から漏れる微かな灯り程度の、薄暗い室内。そこは、1人用の寝室だ。しかし、床面積は並みの住宅のリビング程もある、広々としたものだ。この点だけを鑑みれば、この部屋は解放感に満ち満ちているように思えることだろう。

 しかし、床を埋め尽くす惨状に一瞥でもくれれば、誰であろうとその意見を撤回するはずだ。

 足の踏み場もない程に散らかった、ゴミ屑。丸まったティッシュや空になったティッシュボックス、食べた後そのまま放置したカップ麺の容器やスナック菓子の袋などが、ゴチャゴチャと山のように固まっている。

 一方で、比較的整然と積み上げられている、直方体の柱がある。薄明かりの中、目を凝らして柱の構成要素を確認すると――可愛らしくも猥褻な姿形をした美少女のCGが描かれた本や箱がである。それらがエロ漫画やパソコン用アダルトゲームであることは、言うまでもない事実である。

 この部屋はまさに、ゴミと性癖が入り交じった、地上の――いや、痴情の地獄だ。贅肉の体臭や口臭もひどいが、この部屋自体からも饐(す)えたようなツンとくる悪臭が漂ってくる。

 何処をどう眺めようとも、悪寒の走る物体ばかり。心胆ばかりか、指先に至るまで氷のように冷え切った不快感がゾワゾワと這い回る。

 ただ1点のみ…股ぐらだけが、炎を上げて煮えたぎっているかのように、熱い。

 熱気の正体は、言わずもがな覚れることだろう――のしかかる贅肉の、ガチガチに勃起した男根だ。それが『彼女』の胎内深くまで突き込まれている。

 胎内は熱ばかり訴えており、痛みは露ほども感じられない。処女を捨てたのはほんの3日前のことだが、それから今日までの間、何度も何度も膣道を男根やら舌やら指やら大人の玩具やらで開発されまくったのだ。『彼女』の嫌悪感に反して、女性の生体は環境にうまく適用している。胎内をひどく乱暴に掻き回されようとも、生まれるのは快感でこそあれ、激痛が生じることはもはやないだろう。

 それでも、『彼女』は本能の機能を含めても、一行に快楽を感じず、ひたすら贅肉の煮えたぎる血液で膨張した男根の熱ばかりを感じるばかりだ。というのは、贅肉は重すぎる自重のために満足に腰を振ることができず、たまにピクピクと小刻みな振動を起こす程度で、ストロークなどとても出ないができない状態なのだ。

 その欲求不満のはけ口を求めてだろうか…贅肉はひたすらに『彼女』の可憐な唇を求め、全体重を前方にのし掛けながら、己の分厚い唇と舌で追い回す。

 「あぅ…っ!」

 肋骨を強烈に圧迫する、贅肉の大質量。それは頑強な骨格を通り抜け、肺すらも押し潰す。たまらず押し出された呼気が『彼女』の咽喉(のど)を走り、封鎖されていた桜色の唇をプハァと開放して空(くう)へと逃れる。

 口腔と外気が連続した…その瞬間。再び嗅覚を穢(けが)す、猛烈な悪臭。

 あまりの刺激にハッとすれば、贅肉のナメクジのような口は、『彼女』の可憐な唇の口角にまで至っていた。

 (こいつ…っ! 調子に乗って…っ!)

 膨張した不快感は、恐怖を押しのけて灼熱の憤怒を着火する。『彼女』の凛々しい顔立ちに、刃物のような険が宿る。瞳には視線だけで人の胸を抉るような、剣呑な輝きがギラリと灯る。

 ――頭突きの1つでも、喰らわせてやる! 重すぎるブヨブヨの体躯は『彼女』自身の力で引き剥(は)がすことはできないが、痛みを与えれば贅肉の方から身体を仰け反らせるはずだ。そうやって上半身さえ…特に、両腕さえ自由になれば、あとはどうとでも出来る!

 決意を固めた『彼女』が再び唇を一文字に結び、その下でギリリと音を立てて歯噛みした…その瞬間であった。

 『彼女』の決意に水を差すタイミングで、ギギィ、と鈍い音が薄暗い部屋の中に響く。それがこの部屋の扉が開く音であることを、『彼女』はよく知っている。

 そして、その音を耳にした途端。『彼女』の憤怒が一気にしぼみ、ヘビに睨まれたカエルのごとく全身が氷のように強ばる。

 (…くそ…っ!)

 『彼女』は胸中で毒づきながら、視線を音の方へ…扉の方へと向ける。だが実際は、見るまでもなく、そこに居る"音の主"の正体を理解している。

 大人1人がギリギリ通れるほどの幅だけ開かれた扉、その合間から漏れる昼白色の光源を背にして、1人の壮年女が立っている。

 背丈は150センチあるかどうか、という程に小柄。チリチリにパーマをかけた髪型は、大仏像の頭に似ている。身体の幅は小太りで、身につけたゆったりしたエプロンや衣類の上からでもだらしない体型が分かる。

 一瞥した印象では、ヘビどころかカエルが絶好の捕食対象にする小柄でノロい蟲のようにも見える。だが、その印象が全くの誤りであることを、一瞬の後に誰もが覚ることだろう。

 脂肪に浮腫(むく)んでいるために、年齢の割には皺が目立たない丸い顔。そこには、能面のようにのっぺりとした無表情が張り付いてる。とは言え…能面とは往々にして、背筋を冷やす不気味さを持っているものだ。この壮年女の表情も正にその通りで、薄ら寒い印象を与える。

 それだけではない。一見静かに見える、茶色の瞳や黒みがかった紫の唇…そこに、物言わぬがゆえの強烈な重圧感が宿っている。まるで、大地に穴を穿(うが)つほど超高密度の石を目にしているような、緊迫感。

 壮年女の唇は、フルフルとすら揺れていない。しかし、巌(いわお)に走ったヒビのごとく堅く閉じたその唇は、音声を伴わずとも確かに、鼓膜を貫いて脳に達する命令を下している。

 ――拒むな。抗うな。悦(よろこ)んで身を差し出し、受け入れろ。

 背筋が凍りつくような、冷酷な脅迫。とは言え、普段の『彼女』ならば、持ち前の男勝りの勝ち気で以て、この理不尽な要求を気丈にはねのけて見せたことだろう。

 事実、『彼女』は身体を強ばらせながらも、冷めやらぬ憤怒が燃えたぎる瞳で壮年女をギロリと睨(ね)め付け、孤高の野犬のごとき反抗心を猛然と剥き出しにする。

 …しかし。

 ――拒み、抗うというのならば…さもなくば。

 壮年女の全身が訴える、脅迫の続き。その気迫もまた、厳冬に吹きすさぶ寒風のごとき凄みを伴っていたが、それだけならば『彼女』の屈強な心は折れたりしなかっただろう。警察官の父から幼い頃より与えられた鋼の鍛錬は、銃口を前にしてもなお怯まぬ勇猛さを与えてくれたのだから。

 しかし、それだけの屈強な心を持ちながらも…どうしたことか、『彼女』の瞳の炎が、風前の灯火のごとく縮み上がったかと思うと、一瞬のうちに煙すら残さず消えてしまったのだ。灼熱の憤怒を一瞬にしてはぎ取られてしまった『彼女』は、凍えるように瞳を落ち着かない様子でプルプルと震わせ、壮年女から目を逸らす。

 壮年女自身の気迫など、前述の通り、『彼女』にとっては些細な問題ですらない。真に問題なのは、壮年女の脅迫の真意…"さもなくば"の言葉に続く内容だ。

 その内容と憤怒とを天秤に掛けれた途端、憤怒は容易に天高く軽々しく持ち上がってしまう。

 (くそ…くそ…くそ…くそぉっ…!)

 揺れる瞳に宿る不安と恐怖を絞り出そうとするかのように、瞼をギュッと閉じる。そしてこの行動は同時に、『彼女』の悲愴な決意でもある。

 自らを穢(けが)し続ける贅肉へ、全くの無防備に、己の全てを委ねること…その決意に。

 「ハァ…ッ! ハァ…ッ!」

 無駄に肥大化した腹部の肉にでも引っかかっているのか、贅肉の分厚い唇は『彼女』の口角まで至った後、なかなか進めずにその場で荒く臭い呼吸を繰り返している。

 その咽(む)せ返るような悪臭の中枢、ネバァ…とぬめる分厚い粘膜に向けて、『彼女』はおずおずと首を回すと…可憐な桜色の唇を小さく開き、押し包むように、重ねる。

 チュプン…互いの唾液が混ざり合い、淫靡な粘水御が小さく、室内に響いた。

 直後…ズズジュルジュルジュルッ! 贅肉の唇は『彼女』の唇をあっと言う間に覆い尽くすと、激しく吸引を始める。

 モワァッ! 『彼女』の口腔へと直接流れ込む、不快な熱気と湿り気を帯びた、汚物そのものの口臭。体内の粘膜を焼き焦がすようなツンッ! と突き刺すような激しい刺激に、思わずボロボロと涙が溢れ出す。

 「んぶぅっ! んぶぅっ! んんんんぅぅ!」

 贅肉が、空気を吹き出す風船のような耳障りな声を上げながら、巨大なナメクジのような舌を『彼女』の口内へと侵入させる。『彼女』の本能は反射的に汚物の侵入を拒絶し、歯を堅くかみ合わせて閉ざした。贅肉の舌は幸いにも――『彼女』にとっては不幸にも、かも知れないが――険悪な歯を突き立てられることはなかった。しかし、求める柔らかな『彼女』の口腔を味わうことができず、虚しく閉ざされた歯の表面を舌先で舐め回すだけだ。

 しかし、贅肉は病的とも言えるほどに執拗だ。まるで舐め溶かそうとでも言うのか、熱く粘つく舌先でゾリゾリと『彼女』の歯の表面を何度も何度もなぞる。

 (やっぱり、いや…っ! こんなの、絶対に、いや…っ!)

 噛み合わせる力を助勢するかのように、『彼女』は涙がボロボロと溢れる眼をギュッと力一杯閉ざす。

 先に、『彼女』は3日前に貞操を捨てた、と言及していた。ならば当然、濃厚なキスもこの3日の間に何度も経験している。しかし一向に、贅肉の臭くて気味の悪い舌に馴れることはできない。不本意ながら唇を会わせる度に、幼子のように地団駄を踏みたくなるほどの拒絶が胸中に生まれる。

 贅肉は絶対に、唇を離さない。口腔から逆流する口臭の混じった鼻息をブフゥーブフゥーと荒く吐きながら、『彼女』の唇と歯の間に己の気色悪い唾液で満たしてゆく。

 『彼女』は、気を紛らわそうとでもしたのだろうか…ふと瞼を開く。相変わらずどうしようもないほど散らかった寝室には、まだ扉からの光が射し込んでいる。その輝きに導かれるように視線を動かすと、相変わらず開いたままの扉に、これまた相変わらず立ち尽くしている壮年女の姿を見る。

 この時、壮年女の表情が変わっていた。凍てつくような無表情が氷解し、代わりに丸い顔に張り付いてるのは…ニヤニヤと卑しい嗤(わら)い。

 弧の形に歪んだ眼から発される、身震いするような不気味な輝きからは、せせら笑いの揶揄に混じって、先刻と同様の冷たく鋭い脅迫も混じっている。

 ――足りないぞ。もっと委ねろ。"この子"が困っているぞ。彼の意に沿ってやれ。

 ――さもなくば…。

 (くそぉ…っ!)

 『彼女』は再び、ギュッと瞼を閉じる。それは拒絶の意を体現した行動ではなく、己の眼にたまった涙を絞り出すため。涙と共に、己の辛苦を吹き飛ばすため。

 そして彼女は、ゆっくりと、唇の舌で歯を開いてゆく。

 「んふうううぅぅぅっ!」

 まさに一瞬のうちに、贅肉の肥大化した舌が歯の合間に割り込んで行く。そのまま歯をヌチヌチとこじ開けながら、ビチビチと『彼女』の口内を激しく暴れ回る。その動作はもはやナメクジではなく、タコの触手のようだ。

 贅肉の舌はそのまま、『彼女』の縮こまった舌をゾルリと持ち上げ、グチュグチュと絡み合わせる。

 「んっ…! んんぅ…! んんんんっ!」

 口腔に直接そそぎ込まれる口臭。そして、ダラリダラリと咽喉(のど)の奥へと垂れ流れる、粘度の高い唾液。この2者の責め苦にさらされた『彼女』は、たまらずに吐き戻すような響きで悲鳴を上げる。絞り出して棄(す)てたはずの涙が再び涙腺に戻り、ブワリと大粒の涙を作り出す。

 壮健な美少女の泣き顔を間近にしているというのに、贅肉は一向に気にかけることはない。それどころか贅肉は、あろうことか『彼女』の悲痛な表情を燃料に、情欲の炎を更に煽り盛らせたのだ。ブヨブヨに垂れ下がった胸をドクンドクンと震わすほどに、鼓動が高まる。巨躯の内部を狭しと暴れ回る血潮が生み出す興奮に突き動かされるがままに、胎内に突き込んだ男根を蠢かすべく腰をブルンブルンと震動させる。

 とは言え、やはり贅肉は自身の大きすぎる自重を制御できず、腰は1センチたりとも上がらず、ただただ不気味な肉の震動を『彼女』の臀部に伝えるに過ぎなかった。

 しかし、胎内の男根が何の変化も起こさなかったワケではない。先端からはドロリと大量のカウパーが風船のごとく巨大な滴を作り出し、ベチョリと破裂すると共に膣壁をネットリと濡らして行く。

 「ん…っ! ハァッ!」

 胎内で膨らんだ不快感に晒(さら)された『彼女』は、分厚い唇を押しのけて大口を開き、嬌声とも悲鳴ともつかない湿った叫びを上げた。

 その様子を目の前にして、贅肉の興奮は更にヒートアップ。ブヨブヨの巨大な臀部が、焼け付く鉄板の上に放置されたイモムシのようにグネグネと激しくうねり、口内では舌が陸に上げられた魚のごとくビチビチと跳ね暴れる。

 ――一体、いつまで続くのだろうか、この穢らわしい苦獄は。

 今の贅肉の情欲は、ごうごうと燃え盛る山火事そのものだ。ヤツの頭のてっぺんから水をぶっかけたところで、その勢いが衰えることは決してあり得ないだろう。

 躍動する肉は身を巻く黒煙、体内を穢(けが)す灼熱の肉突起は火炎の舌だ。そして、それらに翻弄されるままに抗えもしない『彼女』は、山火事に取り残された哀れなノウサギに等しい。

 咥える指すら微動だにできぬ『彼女』は、壊れた蛇口のようにツツー…と絶えぬ涙で頬を濡らし続ける。

 そんな悲壮感など贅肉は己の分厚い肉で無機質に押しつぶし、舌を暴れさせ腰を震わせ続ける。

 肉欲の山火事は、まだまだ、収まりそうにはない――。

 

 ――ドウシテ、コンナコトニ、ナッテシマッタノダロウ。

 身を押し潰す超重量に心までグシャリと砕かれつつある『彼女』は、脊椎反射的に、無感情に、胸中でポツリと呟く。

 その疑問は、苦獄が始まってからのこの3日間、何度も何度も繰り返してきた自問だ。

 しかし、考え込むまでもなく、その答えは分かり切っている。"あの現場"を目撃すれば、幼子であろうとも容易に原因を推定出来よう。

 これは、『彼女』の完全な落ち度だ。勇んで遥か向こうばかり見ていたが故に、足元の大きな穴に気付かず転落してしまった…という事に過ぎない。

 そんな構図は分かり切ってはいるが…到底、納得できるものではない。

 だからこそ『彼女』は、何度も何度もグルグルと、益体のない思考の循環を続けているのだ。何度も繰り返していれば、この厭(いや)らしい現実を塗り潰せるとでも確信しているかのように。

 その結果が、乾ききった砂の如き無為な徒労でしかないと、理性では理解出来ていようとも…。

 

 そして今もまた、『彼女』――桜井あおいは、苦獄の引き金となった"あの現場"を思い返す――。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 桜井あおいは生来の男勝りな勝ち気さと、幼い頃より父親によって鍛え上げられた身体能力と技術を活かすべく、学生鉄道OJTにおいて鉄道公安隊への所属を希望。それは見事に叶い、彼女は東京中央鉄道公安室第四警戒班(通称"警四")に配属されることとなった。

 彼女はそこで、血肉が沸き踊る過激な戦闘での活躍を望んでいたが――現実は彼女の理想とは大きく異なり、業務時間の大半は地味な活動ばかり。それはそれで國鉄にとっては非常に重要な業務ではあるのだが、あおい個人にしてみれば欠伸(あくび)の出るほどに退屈な雑務でしかない。

 極希に発生するひったくり犯などを悉(ことごと)く現行犯逮捕するなどの活躍を見せるものの、あおいは毎日毎日不満を抱えながら生活していた。

 そして"あの日"もまた、つまらない業務に身をやつしていた。

 日課とも言える、列車車両に同乗しての警戒任務。聞こえようによっては、緊張感を覚える言葉であるが…それは警備員の業務をよく知らぬ者が、彼らの業務をワクワクするようなスリルに満ちていると誤解するようなものだ。

 大抵は、何事もなく平穏のままに業務が終わる。敢(あ)えて手を出すことがあると言えば、高齢者や身体障害者のために席を空けてもらうように頼み込むくらいだ。

 「はぁー…」

 乗客が比較的少ない昼過ぎの時間帯。車両の隅で吊革を掴んで立っていたあおいは、周囲に乗客が居ないことを確認すると、小さく、しかしかなり深い溜息を吐く。

 「…どこかに、テロリストでも潜んでないかしら…」

 不謹慎極まりない言葉を口に出せるのも、周囲に人がいないゆえのことだ。これが客の耳に入り、万が一にも苦情として報告されれば、あおいは"またも"報告書を書き上げる羽目になるだろう。

 "またも"、と言及したのは、彼女が報告書の常習犯であるからだ。身の内でやり場なく暴れ回っている攻撃的な正義感は、多くの場合、彼女を過剰なまでに加熱して大袈裟にして過激な行動を取らせる。その挙げ句の果てに、客からの苦情が飛んでくるのであった。

 「はぁー、ホントに暇ねー…」

 苦言を口にした、その直後。彼女をすかさず咎めるかのように、制服のポケットの中で通信機が受信音を上げる。ヒョイと取り出して、レトロな雰囲気の小さなモニターをのぞき込むと、警四のリーダーである高山直人の所有する通信機の番号が表示されている。

 乗車警備任務においては、2人1組が基本だ。それは有事の際に1人だけでは、事態に対処したり本部に連絡を入れたりといった行動がスムーズに出来ないからである。

 そして今、あおいは高山と共に組(セル)を作って行動している。元々は同じ女性同士である警四メンバーの小海はるかと組むことを希望していたのだが、班長の飯田奈々に却下された。

 「桜井さんは、何かと突っ走っちゃうからね。小海さんだと、うまく手綱が握れないもの。

 高山君なら、桜井さんとはもう何度も組んでるし、適度に距離感と緊張感をもって業務に当たれると思うの」

 更に――いつものことながら――拳銃も没収されてしまった。その事についても、あおいは飯田班長に不満を抱いている。

 その不満のはけ口を、班長から妙に信頼されている高山にぶつけるべく、通信機の受信スイッチを入れて直ぐにぶっきらぼうな返事を上げる。

 「はい、こちら桜井。異常なんてないわよ。それに、暴れてもないから」

 「まだ何も言ってないだろ…」

 鼓膜をくすぐる苦笑混じりの高山の声が、更にあおいの不満の炎を煽る。舌打ちの1つでもしたい気分になるが…丁度、彼女の脇を乗客が歩いていたので、グッと飲み下すしかなかった。

 「で、何の用なワケ?

 つまんない用件だったら、明日の射撃訓練で蜂の巣にするわよ」

 「蜂の巣にされるのは勘弁だけど…うーん、桜井の期待に添えるような用件じゃないのは確かだな。

 今日はあんまりにも静かだからさ、ちゃんと任務やってるかなーと思って、確認したかっただけだったんだけど…」

 「やってるに決まってるでしょ! サボってるとでも思ったワケ!?

 舐めないでしょ、高山のクセに!」

 噛みつくように言い捨てると、あおいは精悍さと可憐さが同居する顔をギリリと苛立ちに歪めると、即座に通信機のスイッチを切った。

 (なんなのよっ!

 あたしって、そんなに信用ないワケ!? そんなにトラブルばっかり起こしてるように見えるワケ!?

 高山も、そして飯田班長も! わたしのこと、腫れ物か危険物にみたいに扱ってさっ!

 …ああーっ、もうっ! イラッイラするッ!)

 ハァーッ! と云う鋭い呼気に、胸中に溜まりに溜まった苛立ちを乗せる。その時丁度、隣の車両から入ってきた親子があおいの横顔をチラリとのぞき込み、放電する積乱雲の如く曇り怒る彼女の鬼相を目にするとハッと視線を外した。しかし苛立ちばかりに気を取られるあおいは、お客様の反応など全く意に介さず、呼気した口を閉ざしてギリギリと音を立てて歯噛みする。

 それでも感情の曇りが一向に晴れないあおいは、今度は苛立ちを脚に乗せると、大股で早足に歩き出す。スニーカーの靴底が強かに床にぶるかり、ガンガンッ! と土砂降りの雨の如き威嚇の足音を立てる。その音を耳にした乗客たちが皆、思わず視線を上げてあおいに注目すると、気まずそうに頬をヒクつかせて改めて視線を外すのであった。

 あおいは険悪な威勢を纏ったまま、隣の車両へと移動する。この車両には十分に時間をかけて留まったし、苛立った空気を変えたかったという理由もある。貫通扉の向こうへと消えてゆくあおいの姿をチラリと見送っていた一部の乗客が、フゥ、と吐いた安堵の息の音を、彼女の鼓膜は幸いにも拾わずに済んだ。

 

 貫通扉を越えて隣の車両へ到ったものの、あおいの期待にはそぐわず、この車両の雰囲気も変わったところはなかった。

 前の車両よりは多少乗客の姿はあるものの、まだまだ"疎(まば)ら"という言葉が似つかわしい有様だ。座席には悠々とスペースを使って座っている客がよく見受けられるが、それで迷惑している客は居なそうだ。

 一方で、座席にスペースがあるにも関わらず、吊革に掴んで立っている客も見受けられる。移動距離が短いので座ったり立ち上がったりといった動作をしたくないのか、それとも普段の仕事が座ってばかりなので立っていたいのか。如何なる理由にせよ、彼らは顔にも雰囲気にも一切不満を匂わせず、街中の街路樹のように無機質に直立している。

 やはりここも、欠伸(あくび)を誘うほどの退屈な平穏に満ちているようだ。

 移動して早々、ハァ、とやるせない溜息を吐いた…その直後のことだ。

 (…んん?)

 あおいの網膜がとある光景を捉え、片眉がピクリと鋭く釣り上がる。

 

 車両の出入り扉の近辺にて、1人の若い女性が吊革を掴んで立っている。背のスラリとした、モデルを思わせる風格を持つ女性だ。ちょっと派手目ながらもセンスの良い服装だとか、パッチリしていながらケバさのない化粧を施した顔を見ていると、本物のモデルなのかも知れないとも思う。この女性は耳にはイヤホンを差し、聴いている楽曲にのめり込んでリズムを取って身体を小刻みに振るわせながら、片手に持った雑誌に視線を注いでいる。

 彼女の目の前の座席には、私服姿の若い男性客が座り込んでいる。風体からすると、大学生なのかも知れない。彼もまた耳にイヤホンを差しているが、そのリズムは子守歌になっているようで、コクリコクリと船を漕いでいる。瞼は穏やかに閉じられており、彼が心地良いうたた寝に身を委ねている様子がよく見て取れる。

 …と、これだけの光景ならば、あおいは眉を跳ね上げることもなかったであろう。問題は、女性客の直ぐ後ろに立つ、男性客だ。

 この男の存在は、明らかに車両の中でひどく浮いている。

 体重が100キロ…いや、優に120キロは越えているような、"りんご"と称するにも躊躇(ためら)われるような異様に肥大化した球形の体格。着古されて黒っぽく変色した寒色の衣類は、汚水をたっぷり吸った雑巾のような不快感を漂わせている。衣類から飛び出したブヨブヨの皮膚はギトギトの脂汗で輝き、まるでゴキブリの体表を想起させる。

 この時点でも強烈にして嫌悪感をそそる外観をしているが、それを更に倍加しているのが――頭部だ。

 まずは、顔立ち。ブヨブヨの贅肉に膨らみ、脂質性の炎症でボコボコと赤黒い腫れ物で覆われている丸い顔は、まるでイボの多いヒキガエルだ。クセの強いグネグネと波打った短めの髪は車内の電灯を反射してテカテカ光っているが、それは整髪剤によるものではなく、脂汗によるものらしい。その証拠に、髪には粉を吹いた干し柿のように、白い粒子が点々と見える…その正体が雲脂(ふけ)や瘡蓋(かさぶた)であることは明白だ。

 そして何よりあおいの生理的嫌悪感をそそるのは、その表情だ。ナマコのように分厚い唇を弧状に歪め、真っ黄色に染まった歯をニイッと見せた、寒イボをそそる嗤(わら)い。肥大化した瞼の下では、小さいながらも照り返しを受けたナメコの粘液のようにテラテラ輝く瞳が、ねっとりと眼前の女性客をつま先から頭のてっぺんまで舐め回している。

 あおいは元来の男嫌いだが、その感情が深いトラウマの亀裂となり、ビシリッと心に音を立てて刻まれるような気がする。

 (キモ過ぎっ…!)

 汚物を目にしているかのような不快感が沸き上がり、一刻も早く視線を外したい衝動に駆られるが…。

 (それにしても、あいつ…なんか、変よね)

 嫌悪感をグッと堪(こら)え、眉根に皺(しわ)を寄せて肥満男を見やる。

 あおいが感じた違和感は、第一に、この肥満男と女性客との位置関係である。肥満男は吊革を使わずに、女性客の背後にピッタリと沿うように立っている。電車はさほど揺れないとは言え、満員電車で吊革が確保できないということもないのに、これは妙だ。

 第二に、男の様子。全身の贅肉をブルブルと振るわせ、肩で大きく息をしているその姿もまた、違和感がある。身体が重くて不自由であるとは言え、立っているだけなのに、これほど激しい呼吸をするものだろうか? そして、瞳の動き。女性客の全身を舐め回しながらも、一瞬チラリと視線を外し、周囲を窺(うかが)っている。明らかに、ソワソワと警戒をしている。

 (あいつ…まさか…っ!)

 あおいが胸中で小さく叫んだ、その時。肥満男の腐った丸太のように肥大化した腕が、スルゥー、と持ち上がり、女性客の臀部へと向かってゆくのが見えた。

 あおいの悪い予感は、的中した――あいつは、痴漢だ!

 確信した瞬間、あおいは電光の如く疾駆。乗客たちがパチクリと瞬きをしている間に一気に肥満男に肉薄する。

 肥満男が気づき、脂肪に埋(うず)まった首をノッソリと回した頃には、あおいの全体中をかけた肘打ちが贅肉のわき腹を抉る。

 「ぐえぇっ!」

 肥満男は脂肪で狭窄した咽喉(のど)から、踏み潰されたカエルのような甲高い悲鳴上げて、床に落ちたババロアのようにベチャリと地を這う。

 一体何事か、と肥満男は事情が飲み込めず、玉のような脂汗をひたすら額に浮かべてキョロキョロする。そこへ背中に回り込んだあおいは、容赦なく肥満男の右手を背中の方へと捻り上げる。

 「いだぁいっ! いだぁっ! いだぁいよぉぉぉっ!」

 ガマガエルでもこれほど情けない悲鳴は上げないだろう、というほどに脱力を誘う泣き声を上げて、肥満男は激痛にブヨブヨの身体を必死にクネらせる。玉の脂汗は額に留まらず、全身からブワリと噴き出し、腕を掴み上げるあおいのてのひらにもジットリとした感触を与える。

 (うわっ、何このギトギトした身体…っ!

 それに、臭っ! ひどい体臭っ! 鼻が曲がりそうっ!)

 そう、揮発する脂汗は鼻孔の粘膜を焼くようなツンとした刺激臭をモワリと大気にまき散らしたのだ。あおいの中の生理的嫌悪が爆発的に膨らむものの、公安隊としての使命感や正義感が大きく勝っている。肥満男を掴んだ手は、更に力を込めて彼を激痛の檻に閉じこめる。

 いでぇ、いでぇっ! と叫ぶ肥満男に、周りの乗客の視線が集中し始める。この男の眼前に立っていた女性客も、イヤホンを外してキョトンとした顔で肥満男とあおいの絡み合いを見つめている。

 「観念しなさいっ! 痴漢の現行犯で逮捕よっ!」

 あおいは周囲の乗客たちに肥満男の落ち度を知らしめるべく、わざと大きく声を張り上げる。それを耳にした乗客たちはザワザワと騒ぎはじめ、スマホで写真や動画を撮る者も現れた。しかし、あおいはその行動を止めはしない。犯罪者の顔が社会に知れ渡り、社会的にも断罪されることは彼女にとって願ったりだからだ。

 乗客たちをやるがままに放置し、あおいが取った次なる行動は、無線機を通しての高山への報告だ。肥満男は巨躯の割には筋力はかなり貧弱で、片手で腕を捻り上げるだけで十分に抵抗力を殺すことが出来る。だから悠々と無線機を扱うことが可能であった。

 「もしもし、高山!

 こちら、痴漢の現行犯を確保したわ! 被害者にも確認を取ってもらいたいから、次の駅で降りようと思うの!

 私は加害者を確保してるから、あんたは被害者を誘導して!

 ここの場所? えーと、第3車両よ、すぐに来て! あと、次の駅の駅員に状況の連絡もお願い!」

 無線機の向こうでは、高山が普段通りの慎重で冷静な態度であおいの言葉を受け答えし、すぐにこちらに向かう旨を伝えると、通信を切った。

 あおいはサッと無線機をしまい込むと、今度は未だにキョトンとこちらをのぞき込んでいる女性客へと視線を上げる。

 「もう大丈夫です! 今、私の同僚が来ますから!

 ただ、事実確認をしていただきたいので、次の駅で降りてください!」

 「え…あ…はい…分かりました…」

 女性客の態度は、あおいの剣幕にただ突き動かされている、といった感じで、なんとも主体性が感じられない。被害者だというのにそんな曖昧な様子にあおいは内心で首を傾げる。

 その時、肥満男を捻り上げる力が弱まったらしい。肥満男が腕をブルリと大きく動かし、あおいの腕から逃れようとする。あおいは慌てて視線を肥満男に戻すと、今度は両腕でガッシリと骨を軋ませる勢いで捻り上げる。

 「んぐぅ~~~~っ!」

 汚らしい黄色い歯を食いしばり、押し殺された悲鳴を上げる、肥満男。その上であおいは、残忍とも言える剣呑な笑みを浮かべる。

 「観念しなさいっ、逃げられないわよっ! あんたみたいな女の敵は、しっかりと罰を受けてもらうんだから!」

 そう語るあおいの口調は、毛嫌いしている男を打ち倒したことへの歓喜の震えを含んでいた。

 

 こうしてあおいは、一つの事件を解決した――はずであった。

 しかし…事態は、彼女の思いもよらぬ方向へと進んでゆく――。

 

 =====

 

 乗車警備任務を終え、警四の事務室に戻ったあおいは、同僚相手に上機嫌で今回の武勇伝を語っていた。

 「…ってゆーワケ! ほーんと、男ってサイッテーな生き物よねッ! 班長が銃の所持を許可してくれさえすれば、即座に射殺してたのにさー!」

 「それじゃあ、あおいの方が加害者になっちゃうでしょ…」

 同僚の小海はるかが、苦笑いを浮かべながら窘(たしな)める。しかしあおいは、はるかの言葉を鼻につく煙と言わんばかりの風体で、片手をブンブン振っていなす。

 「あんなクソ男、生きてる価値なんてないわよ! どーせ、良い歳して親の臑(すね)かじって、ブクブク身体だけは無駄に肥やしてるニート野郎よ!

 ああ言う不細工なヤツは、間違いなく、そのテのゴミ虫ね!」

 「…そういうこと、外で大声で言うなよ。偏見もいいとこだぞ…」

 高山も苦笑いして諫(いさ)めるが、あおいの火がついた興奮の前にはよく燃える紙屑に等しい。ギラリと睨みつけるような微笑みを浮かべ、あおいは高山に嫌味をたっぷり含んだ鋭い視線を刺し向ける。

 「あーら、高山ってば、ああいうゴミ虫も庇うんだ。

 あんたも、あいつみたいなイヤラシい欲求を抱えてるんじゃないの? だから、同じ穴のムジナ同士、庇い合いたくなるんじゃないの?」

 「いや、そういうことじゃなくてだな! オレが言いたいのは、外見だけで人を判断するのはよくないってことで…!」

 高山のムキな反論を前にして、あおいはますます意地悪な笑みを深くし、煽り立てる文句を口にする。

 「そういえば、あんた…前にさ、はるかを裸にして連れ回してたこと、あるじゃない?

 あれって、あんたがはるかに無理矢理イヤラシいことさせたかっただけなんじゃないのぉ?」

 「だーかーらーっ! あれはっ、偶然に偶然が重なった事故なんだって、何度言えば…っ!」

 高山がデスクからガタンッ! を音を立てて立ち上がり、顔を真っ赤にして叫んだ…その時のことだ。

 ガラガラ…と控えめな音を立てて、事務室の扉が開く。その音は警四の班員たちの喧噪に比べてあまりに静かであったが、そこに込められた静かにして寒々とした響きに、室内の温度が一気に下がる。

 あおいたちが一斉に、開かれた扉の方を見やると…警四の班長である飯田奈々が、細い隙間からピョッコリと顔を出していた。童顔な彼女がそんな行動をとっていると小動物のように可愛らしいが、暗い雨雲のように曇った表情を眼にすると、班員からは和む余裕が消え去ってしまう。

 「飯田さん? どうしたんですか?」

 高山が声をかけるが、飯田はパッチリと丸い眼(まなこ)を彼にではなく、あおいの方に向ける。

 「桜井さん、ちょっと…来てもらえる?」

 申し訳なさげな感じで、ピョコピョコと手招きする、飯田。その姿を見たあおいは状況を察し、小さくハァ、と溜息をつく。

 こういう時は決まって、始末書の提出を要求されるのだ。あおいは優れた身体能力を活かして、軽犯罪の現場で現行犯逮捕を成し遂げることが多いが、その手段があまりに横暴だとの評価を受けやすく、飯田よりも更に上の立場の人間からは目をつけられている。

 (はいはい、また今度も反省文の提出ね)

 あおいは全て分かっています、と言わんばかりに達観した様子で眼を閉じ、ゆっくりと席を立つと、飯田の手招きに従って彼女の元へと歩き出す。

 「…まったく、だからいつもいつもオレは、もう少し落ち着いて行動しろって言ってるんだ」

 背後で高山が呆れた様子で言葉を投げつけてきたが、あおいは内心で思いっきり舌を出して反発していた。

 …さて、飯田はあおいと合流すると、押し黙ったまま歩き出す。その様子にあおいは、(ん?)と疑問符を浮かべて小首を傾げる。いつもなら、反省を促すものの、明るい笑顔で正義感を褒めてくれる飯田なのだが…。今回は褒めるどころか、ひどく困り果てた暗雲が背中にたちこめている。

 (まさか…私、あのデブにやりすぎて、骨の一本も折っちゃったとか?

 …いや、でもあの程度で折れるとか、あり得ないでしょ。そうだとしたら、あのデブ、どんだけ貧弱なのよ)

 そういう思案しながら飯田の後を付いて歩き続けると…やがて到着したの、なんと東京駅の駅長室である。

 その扉を目にした時は、さすがのあおいも眼を見開いて瞳をオロオロと揺らしてしまう。

 (ちょっと…! そんなに大事なワケ!?

 まさか、あのデブ、ショック死したとかじゃないでしょうね!?)

 全く予想だにしなかった展開を前に、男勝りの強気で鳴らすあおいも、あり得ない想像を頭に浮かべては形の良い胸をドクンドクンと強かな鼓動で揺るがす。

 一方で飯田は、コホン、と小さく咳払いして心持ちを整えると。コンコン、と穏やかながらもしっかりとノックを響かせる。

 「駅長、飯田です。桜井さんを連れてきました」

 部屋の主にそう告げるときには、飯田の顔には普段通りのおっとりした表情がもどっている。

 しかし、そんな飯田の表情を目にしても、あおいの胸中は穏やかにならない。むしろ、不安の小波(さざなみ)はその震幅を強めてしまった。何故ならば…飯田の一見して笑んでいる瞳には、ビシリッ、と堅い音を立てて固まった岩石のような真剣さが宿っていたのたまから。

 「どうぞ、お入りなさい」

 飯田の掛け声を受けて、室内からも駅長の穏やかな声が返ってくる。その声にもしっかりと、巌に刻まれたヒビのような堅さが宿っていることを聞き逃さず、あおいの感情の海は更に荒れ狂う。

 立派な造りの扉を開いて進入する飯田に続いて、あおいも入室する。駅長室に入るのはこれが初めてではないが、シンプルながらも広々として気品のある内装を目にすると、ほぉっと感嘆の溜息が漏れそうになる。

 室内の光景を楽しみたいところだが…あおいはギュッと唇を一文字に結ぶと、なるべく誠意が体現するように背筋をビシッと伸ばし、キビキビと足を運ぶ。

 小柄な体格をした好好爺、といった感じ駅長は、自らの座席には座らずに執務席の背後にある大きな窓を見つめていたが。足音で飯田、あおいの両名が近寄ったのを覚ると、ゆっくりと振り向く。その顔には、皮膚に刻まれた皺に混じるように細められた穏やかな目つきがある。

 「両名とも忙しい身だろうにに、わざわざ足を運んでもらってすまないね」

 「いえいえ。駅長こそ、ご多忙なところお時間を割いていただいて、申し訳ありません」

 駅長と飯田が和やかに挨拶を交わした、その直後。駅長が皺のように細めた眼の瞼を少し釣り上げて、ジロリ、とあおいを見やる。

 その小さな瞳を見たあおいは、真っ直ぐに延ばした背筋がビシリと音を立てて硬直したかのような、強い緊張感に襲われる。駅長の眼には、氷ついた万年雪のごとき重圧と冷気を伴った、凄みのある輝きが宿っている。

 駅長の刺し貫くような冷たい眼差しは、すぐに穏やかな皺の中に埋もれてしまったが…あおいの網膜にはその威圧感が深く刻まれてしまい、鼓動がドクンッ! と大きく跳ね上がっていた。

 思わず、ジットリと、頬に冷たい汗が一筋流れる。その滴が顎の先端に達したのとほぼ同時に、駅長が口を開く。

 「お久しぶりね、桜井あおい君」

 その言葉は穏やかな河川の流れを思わせるが――あおいは鋭く感じ取った、その川底に、ガラスの如く鋭くとがった小石がゴロゴロと転がっていることを。

 あおいが気圧されている間に、駅長はとうとうと言葉を続ける。

 「君の活躍は、よく耳にしているよ。優れた身体能力と射撃精度で、男性顔負けの実績を残しているというじゃないか。

 君たちの所属する警四は、これまでも何度か過激犯による事件に対応してきたが、その中でも君は実に素晴らしい働きで犯人確保を成し遂げて――」

 「駅長…!」

 あおいが、終わりが見えない駅長の世辞を、バッサリと遮る。言葉にならぬ威圧感にのし掛かられたまま、いたずらに時を過ごすことに耐えきれなくなったのだ。

 「時候の挨拶のようなお世辞なんか、私には必要ありません…!

 私に落ち度があったなら、ハッキリとそう言ってください!」

 組織のトップに対する接し方としては、あまりにも不躾(ぶしつけ)な行動。それを見た飯田が、慌ててあおいを諫(いさ)めようと、オロオロと手を伸ばそうとしたが…。駅長はそんな飯田の動きを、静かに手のひらを見せて制する。飯田はアセアセと佇(たたず)まいを直し、俯(うつむ)き加減で直立不動の姿勢を取る。

 駅長は、不安が強風の中の灯火のごとく揺れ動くあおいの眼差しを真っ直ぐに受け止め、しばし黙した後…皺だらけの薄い唇を開く。

 「桜井君。お客様から、君を名指しして強いクレームが入ったのだよ。暴行と、誤認逮捕と、名誉毀損に関する…ね」

 駅長の言葉を聞いた、その直後。あおいの顔から瞬時に揺れる不安が消し飛び、烈火の如き不満と怒りの色が浮かび上がる。

 彼女は、駅長の言う"クレーム"の主を瞬時に覚ったのだ。それが故の、この激情である。

 「そのクレームは、私が今日対応した、痴漢の現行犯逮捕に関することですよね!?」

 上下関係などかなぐり捨て、噛みつくように叫び問う、あおい。そんな彼女に対し、駅長は嵐の中の巨木のごとく微動だにせず、穏やかに――しかし、目一杯重圧を伴って――答える。

 「君のその言葉は、半分的を得ているが、半分は大きな誤りだよ。

 君は、痴漢の現行犯逮捕などやってはいない」

 「!? それって、どういう意味ですかっ!? 駅長の言ってること、全然分かりませんっ!」

 あおいはズンズンと駅長のデスクに歩み寄り、バンッと両手でデスクを目一杯叩いて詰め寄る。そんな不遜な様子を、駅長はまたも皺のような瞼を釣り上げて、冷たい眼差しで静かに見据える。

 2人の間に険悪にして重苦しい空気が生じ始めた、その瞬間。パタパタと飯田があおいの背後に近寄り、肩を掴んでグィッと振り向かせる。

 「桜井さん、今回の件については私がちゃんと説明するわ。だから、落ち着いて聞いてね」

 「…」

 あおいは頷くこともせず、ムスッと頬を膨らませて黙り込んだまま、飯田を睨みつけるだけだ。飯田は気分を落ち着かせるべく笑みを浮かべたが、それはあまりにぎこちなかった。

 "落ち着いて"と言ったものの、飯田はこれから話す内容が、あおいの激情を煽る燃料にしかならないことを覚り切っているのだから。

 飯田は溜息を付くように声のトーンを落として、気の進まぬ事情説明を始める。

 「あのね…今回の件はね…そもそも、痴漢行為なんて発生していなかったのよ」

 その言葉、まさに晴天の霹靂。

 「な…っ!」

 衝撃の轟雷に打たれたあおいは、目玉が飛び出るほどに眼(まなこ)を見開き、怒鳴ることさえ忘れて息を飲む。

 あおいの激情が引き戻るより先に、飯田は淡々と、しかし言葉の端に苦々しい同情を滲ませながら、言葉を続ける。

 「桜井さんが被害者だと言っていた女性だけど、身体を触れた感じはしなかったと言っているの。

 私が、そのお客さんから直接が聞いた話だから、又聞きとかじゃない本当のことよ。

 それに、お客さんは何か気にしてる――例えば、下手に騒いで社会的から変な目で注目されてしまうとか、ね――そういう様子は、全く見受けられなかったわ。むしろ、結構勝ち気な方でね。触られたりしたら、絶対に大声を上げてやる! なんて言い切る人だったのよ。

 そんな人が、やられていないと断言しているのだから、私たちとしては問題がなかったと判断せざるを得ないわ」

 「…で、でもっ!」

 飯田の言葉を耳にしながら、なんとか衝撃から回復したあおいは、普段の威勢を奮い立たせながら反論に出る。

 「お客さんが気づいていなかった、という可能性もあります!

 あのお客さんは、耳にはイヤホンをつけていましたし、雑誌に夢中になっているようでした! だから、身体を触られても分からなかった、という可能性は十分考えられますっ!」

 しかし、あおいの威勢の良い反論は、飯田のやるせない首の一振りの前に一蹴される。

 「痴漢事件と日常茶飯事に戦っている私たち公安隊ですもの、そういった可能性も勿論、考慮したわ。

 だから、同じ車両に乗り合わせていた数名のお客様にも聞き込みしたんだけどね…痴漢行為を目撃した、というお客様は1人もいなかったの」

 「そ、それはっ!」

 あおいはすかさず、身を打った衝撃の轟雷をそのまま勢いに転化したが如く、再び力を入れて反論する。

 「あの車両に同乗していたお客様の大半は、うたた寝したり、雑誌や本に夢中になっている方ばかりでしたからっ! 女性とあのデブ男のことをしっかり見ていた人なんて、私を除いて皆無ですっ!

 そのお客さんたちの証言は、全く証拠になりませんっ!」

 「…確かに、そうかも知れないわね。

 でも…」

 飯田はあくまで苦笑いを崩さず、少し溜を作ってから、言葉を続ける。まるで、奥手の懐刀を取り出して、あおいの胸に深々と差し込もうとするように。

 「桜井さんが加害者だと言っていた男性客にもね、繊維鑑定を行ったのよ。

 桜井さんも短期研修中に習ったと思うけど、こういう事件は冤罪も多いからね。科学的見地に基づいた客観性を用いて、事実確認をすることにしているの。

 お客様も、この鑑定には快く協力してくださったわ。

 その結果…お客様の身体のどこからも、女性の衣類や髪の毛は検出されなかったわ。

 被害者本人も、第三者からも、そして科学的見地からも、犯罪の証拠は得られなかった。そうなると、私たちとしてはどう見ても、今回の事件は存在しなかった、という結論しか出せないわ」

 「でも…っ! でも…っ!」

 あおいは必死に言葉を口にし、更なる反論の言葉を探す。だが、眼前に突きつけられた客観性という冷徹な証拠は、彼女の必死の足掻きをコンクリートのようにガッチリと抑えつけてくる。この拘束を覆すだけの言葉が、思考の中から全く湧き出てこない。

 言うに事欠いたあおいは…無様と分かりながらも、だだを捏(こ)ねる幼子のように主観を主張する。

 「でも、私は、この眼で確かに見たんですっ! あのデブ男が、女性客のお尻を触ったのを!

 私の視力が、射撃訓練の的を百発百中で打ち抜けるくらいに良いことは、飯田班長がよく知っていますよね!? 絶対に、見間違えたりなんてしていませんっ!

 それとも、飯田班長は、私が寝惚(ねぼ)けてたとでも言いたいんですかっ!

 私は…っ! 私は、確かに…っ! この眼で、はっきりと…っ!」

 滅茶苦茶に吹き荒れる嵐のように、ワタワタと言葉を次ぐあおいであったが…。

 「桜井君」

 突如、颶風(ぐふう)にも動じぬ巨岩のごとき重圧を伴う言葉が割り込んでくる。その言葉の主は、駅長だ。皺のごとき眼を釣り上げ、冷徹な輝きを放つ小さな瞳であおいを睨みつけている。

 その冷たい刃物のような視線に当てられ、あおいは口をパクパクと空回りさせて言葉を失うと…やがて、唇をギュッと一文字に結んで黙(もだ)す。

 空虚な嵐が止んだのを確認した駅長は、瞳を皺の中に埋めると、蒼天の元を穏やかに吹く微風のような言葉を紡ぐ。

 「私はね、何も君を責めたいワケじゃない。

 間違いというのは、誰にでもあるものだ。特に、君のように経験の浅い若人(わこうど)ならば尚更のことだ。

 むしろ、若いうちに失敗を経験できたことは、君にとってプラスだと思っているよ。この経験はきっと、今後の君の身の振り方への貴重な糧となることだろう」

 「…っ」

 駅長の穏やかなフォローを耳にしても、あおいは安堵するどころか、ますますその表情を苦々しく固める。

 どうフォローされようが、納得できワケがない。この眼でしかと一部始終を見た悪事を無かったことにするなど、彼女の正義感が絶対に許すはずがない。

 その様子を見た駅長は、穏やかな笑みをそのままに、語気だけを強くして追撃の言葉を放つ。

 「素直になることだよ、桜井君。

 納得したくない気持ちは、十分に理解できる。しかし、世の中は強情だけで通れるものではない。

 むしろ、強情を張り過ぎることで、信頼を失ってしまうだけだよ。それは、君の今後のことを考えても、望ましい事ではないだろう?」

 駅長がちらつかせているのは、あおいの希望である鉄道公安隊への正式配属にも悪影響が及ぶ、ということだ。確かに、間違いを認めず、反省もしない隊員など、組織にとっては害悪に他ならない…そんなことは、あおいにだって理解できる。

 それに、自らの希望をこんなところで絶たれてしまうのは、勿論、あおいの望むところではない。

 もっともっと反論を、とはやし立てる激情を固唾と共にグッと飲み込むと、あおいは地の底から沸き出すような低い震え声を、堅い唇からなんとか吐き出す。

 「…それで、クレームを受けた私は、何をするべきなんでしょうか」

 駅長はあおいの様子に満足げに頷いてから、答える。

 「お客様は、君の口から直に謝罪の言葉を聞きたいとおっしゃっている。

 これからすぐに準備を整え、お客様のお宅を訪問し、しっかりとお詫びしてきなさい。

 クレーム対応というのもは、概して大変なものだが、鉄道公安隊の一員として働く上で避けて通れないものだ。君はそれをいち早く体験できたのだと、良い方向に考えて、あまり思い詰めずに事に当たってほしい」

 「…そのことですが、駅長」

 あおいが反応するより早く、飯田が右手を挙手しながら、素早く言葉を滑り込ませる。

 「今回のお詫び、私も同行させて頂けませんでしょうか。

 私は、警四の班長です。桜井さんの監督責任を初めとして、今回の不手際についても少なからず責任があります。

 上司である私も一緒に頭を下げることで、お客さまにも誠意が伝わりやすいと思います」

 そう提案する飯田の瞳は、ユラユラと大きく揺れ動く輝きを湛(たた)えている。それは明らかに、厄介事に立ち向かわんとする決意…とは程遠い。そこに込められている感情は…不安だ。

 とは言え、あおいのことを信用していない、というワケではない。

 飯田の抱える不安は、今回のクレーム対応そのものに向けられていた。

 ――確かに、今回の件は桜井の落ち度が端を発したものだが…クレーム対応には、何かイヤな予感がする。

 だが…飯田の揺れ動く瞳の輝きは、駅長の皺に埋もれた瞳は届かなかったようである。彼はゆっくりと首を横に振り、否定の意を体現する。

 「お客様は、桜井君1人だけを寄越すようにとおっしゃっているんだ。

 そこへ、お客様の希望に反して君が顔を出しては、お客様のお怒りを却って煽りかねない。

 窓口の話では、お客様は相当感情的になっているそうだ。下手に感情を煽って民事裁判など起こされては、この東京駅のイメージダウンとなるばかりでなく、桜井君の将来にも悪影響を及ぼしてしまうだろう。

 それは飯田君、君にとっても望ましい事態ではないだろう」

 「で、ですが…」

 飯田はあおいのように感情的にではないが、すかさず反論を試みる。

 …そうなのだ、飯田の不安は、客があおい1人だけを寄越せ、と言っているところなのだ。

 あおいは勿論、クレーム対応の経験など皆無だ。どこまで相手の言うことを飲むのが妥当かなど、とてもでないが判断できないだろう。そこへ不当な要求をガンガン出されてしまっては、いくら勝ち気なあおいでも心が折れてしまうだろう。

 それは前途有望な若者をダメにしてしまうという意味においても、避けねばならない事態だ。

 「桜井さんは、まだ学生ですし、クレーム対応の実習も未経験ですし…」

 飯田は身を乗り出した訴えたが…そんな彼女の口元にスッと手を差し出し、言葉を阻んだのは、なんとあおい本人であった。

 彼女は錆びたブリキ人形を思わせるようなぎこちない笑みを浮かべて、激情を必死に押し込める震え声を絞り出す。

 「自分の不始末は、私自身の手でケリをつけさせて下さい。

 それに…多忙な班長の手を煩(わずら)わせてしまっては、クレームを解決しても、今度は私の気が済まなくなりますから」

 「で、でも、桜井さん…」

 飯田はあおいの手を押し下げて反論しようとするが、今度は駅長の手振りによって言葉を制されてしまう。

 「桜井君自らも、こう言っているのだよ。彼女に任せた方が良いだろう。

 それとも飯田君、桜井君はそんなに信用できない人材なのかね?」

 「そ、そういうことでは、ありませんが…」

 飯田は俯(うつむ)いて、苦々しく言葉を捻(ひね)り出す。しかし、"が"という接続詞に続く有効な反論が、どうにも舌の上に生まれて来ない。

 数瞬の無言の後、飯田の方にポンと手を置いたのは、あおいである。その顔には相変わらずぎこちない笑顔が浮かんでいた。

 「大丈夫です、心配しないでください。

 これでも私、OJT直前の短期研修ではトップクラスの成績だったんですよ。クレーム対応くらい、チョチョイとこなしてみせますよ」

 出きるだけ軽薄な雰囲気になるよう、あおいが無理矢理なほどに精一杯努力しているのは、誰の目にも一目瞭然だ。だからこそ、飯田の不安は決して晴れはしなかった。

 しかし、飯田の頭上に立つ駅長は、あおいの無理を承知しているはずにも関わらず、満足げに首をゆっくりと上下に振る。古い時代の人間である駅長としては、無理を努力で覆そうとしているあおいの姿をこそ、高く評価しているのかも知れない。しかし若い飯田にしてみれば、彼の価値観は合理性に欠けた空虚な根性論としか捕らえられない。

 とは言え、飯田の立場では、駅長に何を言ったところで、彼の顔に刻まれた深い皺の深淵に吸い込まれて消えてしまうだけだろう。それを覚った彼女は、伏せた眼をついには完全に閉じて、小さな溜息を吐いたのであった。

 

 …こうして、あおいの処遇は決定したのだった。

 

 駅長はあおい1人で客に詫びを入れに行け、と指示はしたものの、その準備までも彼女1人に押しつけてはいなかった。そこで飯田は、せめて準備くらいはと、あおいの為によく助力してくれた。

 客のところに持って行く菓子折りを用意したり、客の家に向かうタクシーを手配したりと言った庶務を、手際よく用立ててくれた。

 一方であおいは、警四の事務室に戻ると、荷物をまとめる作業に入っていた。というのも、駅長からは今回のクレーム対応が終わったら直帰するようにと言い付かっていたからだ。

 「クレームへの対応は、ベテランの社員であっても、多大なストレスを受けるものだ。

 初めてそれを経験するとなれば、なおさらの事だ。

 そんな不安定な状態で業務に戻られても、新たな不祥事を招きかねないからね」

 駅長は極めて穏やかにその言葉を口にしていたが、それを受け取ったあおいの胸中は全く穏やかではない。むしろ、台風の海のように荒れ狂っている。

 (くそ…っ! 犯罪が無かったことにされただけでなく、駅長からの信用も失うなんて…っ!)

 今にも業火を吹き出しそうな苛立ちを張り付けて、あおいは自分のバッグに私物を叩き込み続ける。

 そんな彼女の様子を、警四の同僚たちは眉を曇らせて見守っていた。何処からか、あおいの状況について聞き知ったのだろう。彼らの眼は、同情と憐憫の陰で暗くなっている。

 「あんまり気を落とさないでね、あおい。間違いは、誰にでもあることなんだから、ね。

 お客さんだって、今は感情的になってるかも知れないけど、誠心誠意お詫びの意志を伝えれば、きっと分かってくれるはずよ」

 はるかがそう言葉をかけると、彼女の隣にいた筋骨隆々の男、岩泉翔も大きく首を縦に振って同意する。

 「サクッと謝っちまえば済むことなんだろ? それなら、面倒なことないじゃンか。

 小言の1つや2つは言われるかも知れねーけどさ、そういう時のモヤモヤを飯をたらふく食って吹っ飛ばしちまえば良いんだよ!」

 「…岩泉君ったら、いっつも食べ物のことばっかりだね」

 はるかが苦笑いを浮かべながら突っ込むが、岩泉のマイペースなおどけぶりに少し雰囲気が軽くなったようだった。

 しかし…岩泉の作り出した雰囲気に全く染まらず、ジッとあおいを見つめている者がいる。高山だ。

 彼は眉根に皺(しわ)を寄せたまま、ずーっとあおいを見続けていたが…岩泉とはるかのやりとりが終わったのを見計らって、ポツリと言葉を漏らす。

 「…だから、オレはいつもお前に言ってたんだ。逸(はや)り過ぎると、手痛い失敗を受けることになるって…」

 「高山君…!」

 はるかがすかさず、高山の苦い台詞を差し止めようと言葉を挟むが。台詞は音速の速さで、無情にもあおいの鼓膜に達していた。

 その台詞が鼓膜を越えて脳を刺し貫いた時、あおいはピクンと動き止める。同時に、現行犯逮捕した時に情景が脳裏に浮かび上がり、何処にも落ち度が見当たらないにも関わらず詫びを入れる羽目に陥った現状を悔やみ、ギリリと歯噛みして唇を閉ざす。

 はるかはあおいのそんな表情を見やると、非難を込めて高山に視線を注ぐ。

 それを眼にした高山は、バツが悪そうに後頭部を掻いて、あおいに謝罪を告げようとするが…それよりも早く、あおいが溜息と共に答える。

 「別に、無理して気を遣う必要なんてないわよ。高山の言う通り、私が逸(はや)ってヘマしたのは、事実なんだから」

 言い終えると同時に、あおいは荷物の仕舞い込みを終えて、スクッと立ち上がる。その表情は、吹っ切ったような強気な笑みが浮かんではいたが…所作には、やるせないような苛立ったような乱暴さが滲み出ていた。

 カバンをブン回すようにして背に当てると、努めて明るく軽く、同僚たちへ手をヒラヒラと振る。

 「そんじゃ、お先に上がるわね!

 はるか、岩泉! 私に代わって、高山のことをしっかりお願いねっ!」

 そして同僚からの返答も聞かず、素早くクルリと踵を返すと、早足で事務室を後にする。

 その時の俯きがちな顔には、先刻までは打って変わった、焦げ付いたような不満とやるせなさが露わになっていた。

 

 あおいはそのまま真っ直ぐにタクシーターミナルへと足を運ぶ。飯田とはそこで待ち合わせしているのである。

 合流した飯田は、清楚な雰囲気の紙袋に納めた菓子折りを手渡すと、サッサとタクシーの中へと潜り込もうとするあおいの方を引いて、引き留める。

 「…なんですか?」

 あおいは、露骨な不機嫌さが張り付けたしかめっ面で言い放ってくる。この反応は、当然のことと言えるだろう。駅長の前では、肝心な所で弁護してくれなかったのに、今更になって心配面を見せるのだから。

 ――そんなに気に病むなら、初めから私の言い分の味方になってくださいよ! そんなあおいの非難が、今にも聞こえて来そうだ。

 飯田はその非難を敢えて真っ正面から受け止めつつ、純粋にこれからのあおいの利を考慮して、気後れを振り切って話す。

 「桜井さん、クレーム対応に際して

、これだけは覚えておいて。

 お客様はとてもお怒りだと思うけど、必要以上のお詫びする必要はないのよ。

 お客様の中には、被害に見合わないほどの大事(おおごと)の要求をしてくる方がいるわ。でも、安易にそれを飲んじゃダメよ。出来ないものは出来ないと、キッパリ話していいんだからね。

 もしも、自分1人で判断が付かないことがあったら、"私では判断できかねますので、上司に相談させてください"とでも話して、すぐに私に連絡を入れて構わないわ。それは恥ずかしいことでも何でもないんだから。

 むしろ、安易に飲んでしまって、後になって出来ませんでした、と答えてしまうと新たなクレームになってしまうわ。それだと、東京駅という組織を抜きにしても、桜井さん本人が困ってしまうことになるからね」

 「…大丈夫です。私、気は強い方ですから。お客さんがどんなに怒鳴りつけて来ようが、絶対にヘコんだりしません」

 ムスッとして答えているのは、飯田のアドバイスを正論と受け取っていても、生まれた不機嫌さがなかなか取れないためだ。

 飯田はもう1つ、付け加える。

 「クレーム対応が終わったら、必ず、私に連絡を入れてね。班長として、桜井さんの状況を把握しておきたいし…何より、高山君たちを心配させっぱなし、というのはイヤだからね」

 「…言われなくても、連絡します。私も、チームの一員だという自覚はありますから」

 あおいはぶっきらぼうに答え、まだ何か言いたいことはあるか、と刺すような半眼で飯田を睨む。飯田は答えを口にする代わりに、掴んでいた肩をソッと離した。

 その瞬間、あおいは飯田を振り切るように荒々しく踵を返すと、タクシーに潜り込んでドッカリと座り込んだ。その勢いに、タクシーがゴトン、と激しく揺れる。

 …こうして、不安げな飯田の表情に見送られながら、あおいは客の自宅へと向かう。

 

 =====

 

 タクシーがあおいを運んで来たのは、郊外にある閑静な住宅地であった。

 高級住宅地、という感じは全くしない。むしろ、敷地面積の狭い小さな住居がコセコセと肩を寄せ合って集まっている光景からは、慎ましやかな質素さしか感じられない。

 あおいが訪問する住宅は、その光景の中によく溶け込んだ、どこにでもありがちな家屋の1つに過ぎない。

 敢えて他の住宅と異なる特徴を挙げるとするならば…全く手入れのされていない庭であろう。背の高い雑草がボウボウと伸び放題になっている。細かい羽虫やらイモムシやらがウジャウジャしてそうで、あおいは思わず嫌悪感で顔をしかめる。

 早速滅入りそうになった気概を、コホン、と1つ咳払いをして押さえ込むと。色褪(あ)せた門を、キィ、と軋ませながら開いて敷地内へと入る。

 インターホンは、住宅の玄関にあった。深呼吸を1つしてから、ピンと伸ばした指先でゆっくりと深く、ボタンを押す。ピンポン、と乾いた呼び鈴が飾り気のない木の扉の向こうから微かに聞こえてくる。

 数瞬の後…。

 「はい」

 インターホンのスピーカーから、堅苦しくて重みのある壮年女性の声が響く。トゲトゲしたその声音にあおいの気がまたも滅入りそうになるが、インターホンのマイクに拾われない程度の小さな咳払いをしてから、滑舌を意識してゆっくりと着実に言葉を告げる。

 「東京駅から来ました、東京鉄道公安部第四警戒班の桜井あおいと言います。

 この度、肥田(こえ)太彦(ふとひこ)さんにご迷惑をかけてしまった件につきまして、お詫びに伺いました」

 普段は粗野とも評せるほどの勝ち気な物言いをするあおいであるが、決して常識知らずの礼儀知らずというワケではない。納得できずに煮え切らない不満を理性で押しやり、立派に丁寧な言葉遣いで挨拶する。

 対して相手の女性は、「ああ」と無機質な声を上げると、インターホンのスピーカーがガチャリというノイズを立てて切れる。それから数秒後、ドスドスという重量感のある足音が扉越しに近寄ってくると、ガチャン! ジャラジャラジャラッ! と乱暴に鍵とチェーンを開放する音が響く。

 それからバタン! と強風のごとき勢いで扉が開き、大人1人がギリギリ通れるくらいの隙間が作られる。その合間には、巨石のごとくズゥンと重苦しい存在感を放つ、ずんぐりとした壮年女性の姿がある。無様に焦げたようなチリチリのパーマがかかった短い髪に、黒みがかった紫色の唇、そして脂肪で浮腫(むく)み上がった丸い顔を持つ、病的な印象の女性だ。

 女性は逆ハの字の形に強烈に釣り上げた眉の下、膨らんだ瞼に押されて細くなった眼(まなこ)でギロリと睨みつけてくる。

 人目で不愉快な気分がメラメラと胸中で燃え上がるが、あおいは理性で必死に抑えつける。同時に、この反応は当然のことだ、とも言い聞かせる。自分だって身内の冤罪を聞かされれば、黙ってはいられないからだ。

 あおいはすぐに頭を下げて、「初めてお目にかかります」と挨拶。そして腰を曲げたまま顔だけ上げて、女性に問う。

 「太彦さんのお母様でいらっしゃいますか?」

 「そうよ」

 壮年女性は、トーンの高いダミ声で吐き捨てるように答える。抜き身の刃のような敵意が剥き出しの態度に、あおいの表情がピクピクと歪みそうになるが、やはり必死に抑えて努めて冷静に振る舞う。

 「太彦さんはご在宅でしょうか。是非、ご挨拶させていただきたいのですが」

 「ついて来な」

 壮年女性は首を振って家の中を指し示すながら、扉を大きく開いてあおいを中へと誘う。

 「失礼いたします」

 あおいは今一度深々と礼をすると、しずしずとした足取りで玄関へと入った。

 

 その後あおいは、壮年女性に連れられて、リビングを目指して進んでいった。

 その道中のこと…あおいは何度か、思わず顔に"うわぁ…"という悲鳴の言葉を張り付けて、苦い表情を浮かべる。

 というのは、木目調のフローリングが張られた廊下の端には、大きな毛虫のようにも見えるポワポワとした埃の固まりが転がっていたからだ。特にひどいのは、角の部分である。埃に混じって大量の体毛が絡まったゴミの固まりは、あおいの背筋にブルリとした悪寒を走らせる。

 ここで思い返されるのが、この住宅の庭の光景だ。手入れが全くされていない荒れ放題の有様と、この汚らしい廊下の有様が、思考の中でピッタリと重なる。ここの住人は、かなりのズボラというか、ぐーたらというか…外観や印象というものを考慮しないようだ。

 右に曲がった角を進むと、薄汚れて黒ずんだレースの暖簾(のれん)が見える。その向こう側に見えるのは、リビングだ――そう判断したのは、ソファや小綺麗な装飾がなされたテーブルが見えたからだ。しかし、リビングにしてはゴミゴミと収納家具が詰め込まれており、手足を伸ばしてゆったりする、という感覚が思い浮かばない。

 壮年女性は暖簾をくぐって室内に入った途端、これまでとは打って変わった、甘々とした猫撫で声を上げる。

 「太彦ちゃん、東京駅からお詫びの人が来たわよぉ」

 「失礼します、太彦さん…」

 壮年女性に続いて入室したあおいは…瞬時に網膜に飛び込んできた巨体を眼にして、ハッと息を飲んで絶句する。

 部屋の上座の位置で、今にも押し潰されそうなほどにたわんだソファに座った、巨大な贅肉。ガマガエルと形容しようにも、本筋の生物に失礼なほどに醜く肥大化した身体。

 …間違いなく、あおいが痴漢の現行犯として逮捕した男だ!

 男はブクブクと膨らんだ顔をあおいに向けると、途端にギトギトの脂汗でテカった顔を更にパァッと輝かす。その様は、男のまん丸の顔も手伝って、巨大な豆電球を連想させる。

 この有様に、あおいは違和感を覚える。クレームを入れるほどに自分に対して怒りを覚えているはずの人物が、どうしてこんな表情が出来るのだろうか…と。

 ――何はともあれ、今は謝罪することに集中しろ。あおいは自分に言い聞かせると、肥満男に真っ直ぐに向き直って、深々と頭を下げる。

 「太彦さんですね。

 この度は、私の落ち度で多大なご迷惑をおかけいたしました。申し訳ございません」

 すると肥満男は、「ん、ん」と母親譲りの甲高い声でハミングでもするように答えながら、脂肪で隠れた首を上下させる。

 「いやー、ホント、あれは痛かったみょー。そんなに可愛くて小さな身体をしてるのにさ、あんなに力があるなんて、全然思っても見なかったにょー」

 妙な語尾を交えて極めて軽薄に語る、肥満男。頭を下げたままチラリと彼の顔を見ると、まるでコメディ漫画に出てくる笑顔の太陽のような、気持ち悪いほどの満面の笑顔を浮かべている。

 (何なの、こいつ…。こんなヤツが、ホントに私にクレームを入れてきたの?)

 またも胸中でムクムクと疑問が膨らむが、静かに瞼を伏せて、心にも蓋をする。そして頭を上げると、持っている菓子折りを差し出しながら、肥満男の方へと歩き出す。

 「こちら…」

 そう言い掛けて、1歩2歩と足を進めたばかりの頃のこと。母親が、ずんぐりとした体型からは想像もできない素早さであおいの行く手を阻み、両手を突き出す。その鬼面のごとき面立ちは、"その菓子折りは私に渡せ"、と物語っている。

 あおいは母親の指示に従い、菓子折りを彼女へと差し出す。

 「こちら、お詫びの気持ちです。お受け取りください」

 母親は無言で、ひったくるようにして菓子折りを奪い取る。

 そして次の瞬間…あおいは、信じがたい光景を目の前にして、顔色を失って唖然とする。

 母親は、焚き火に薪(まき)でもくべるような無造作な仕草で、菓子折りをポイと足下に放り捨てると。ジャージのようなズボンをピチピチに穿(は)いた腿(もも)を高く振り上げると、薄汚れた白い靴下を穿(は)いた足を一気に踏み降ろす。グシャン、と厚紙の箱が潰れる無惨な音が、窮屈なリビングに響き渡る。

 「え…」

 反応に困り、ベッコリと凹んで潰れた紙袋を呆然と見つめるあおいは、思わず小さく声を上げる。

 「ああーっ! ママン、それ、すっげー勿体ないにょーっ!」

 肥満男がソファに腰掛けたまま、上半身をユラユラと左右に揺らしながら悲鳴を上げる。とは言え、本気で悲しんでいるというより、半ば楽しんで興奮しているような感じだ。表情は相変わらずニヤニヤとした気味の悪い笑顔が浮かんでいる。

 「ねぇ、ねぇ、あのお土産ってお菓子だった? お菓子だったとしたら、どんなヤツだった?

 まだ食べる部分あるかにゃー、東京駅のお偉い人からのお菓子、食べてみたかったにょーっ!」

 肥満男は幼児のようにはしゃぎながら問うが、衝撃の光景に呆然とするあおいは答えを返せないでいる。代わりとでも言うように、母親がコロリと表情を変えてニンマリと甘い笑顔を浮かべると、贅肉息子に語る。

 「この娘は、偉い人でもなんでもない、ただの下っ端なのよぉ。だから、大したものじゃないわ。多分、キオスクあたりから買ってきた安物よぉ」

 「えーっ、キオスクでも良いにょーっ! 食べてみたかったにょーっ! 東京駅、おいしいお菓子たくさんあるんだもーん!」

 「あまりガッカリしないでね、太彦ちゃん。

 どうせ…すぐに、好きなだけいくらでも食べられるようになるんだから」

 母親は、最後の一文に陰の含んだ凄みを効かせつつ、ギロリと視線であおいを刺し貫く。

 ビクッ…途端に、あおいの全身が粟立つ。額にジットリと冷たい汗が滲むほどの酷い悪寒が、背筋を寒々と駆け抜けてゆく。

 ――もの凄く、悪い予感がする。

 この場をすぐにでも抜け出したくなるが、あおいの使命は全く果たされていない。義務感が重い足枷となり、ガッチリと足首を捕まえた感触を覚える。あおいはゴクリ、と堅い唾を飲み込むと…おずおずと言葉を口にする。

 「あの…すみません、お気に召しませんでしたか…?」

 「済むワケないでしょう、このアバズレッ!」

 母親がまたも表情を一変。燃え盛る、という言葉がピッタリなほどの険しい鬼相を浮かべてあおいを見据えつつ、潰した紙袋をグリグリと更に踏み潰す。

 「こんなお菓子のたった1箱で、あんたのやらかしてくれた大失態が埋め合わせられるワケないじゃないのっ!

 あんた、全っ然自覚がないのねっ! 人1人の人生を台無しにした、って自覚がっ!」

 母親の烈火のごとき憤怒を前にして、あおいはパチクリと瞬きをするとオロオロと尋ねる。

 「あ、あの…私の行動が、人生を台無しにしてしまった、というのは、一体どういう…?」

 ハッキリ言って、あおいは母親の言っていることの意味が全く分からない。

 もしも――あおいの逮捕術によって醜い肥満の息子が脊椎でも損傷してしまい、身体に重い障害が残ってしまった――というのならば、よく分かる話だ。だが、息子はどう見てもピンピンしているし、ヘラヘラと笑うほどの余裕も見せている。

 どこをどう繋げれば、"人生が台無し"という大それた話に結びつくというのか。

 その疑問の答えを、母親は烈火の憤怒にトゲトゲしい罵詈雑言を交えながら、早口にまくし立てる。

 「本当に思い到らないのねっ! 男に色目を振り撒くしか能のない頭じゃあ、とてもじゃないけれども考え付かないんでしょうねっ!

 あんたがこの子にやったこと、よくよく思い返してみなさいよっ! 腐っても天下の鉄道公安隊なんだから、何をやったか覚えていないくらいボケてるワケないわよねっ!

 事実をよく確かめもせずに、この子が犯罪行為をしたと決めつけて! わざわざ大声を張り上げて、派手にこの子を叩き倒して、痛めつけたって言うじゃないのっ!

 そんな目立つ事を、多くの人目に晒す場所でやったのよっ! そんな事をしたら、無実で善良なこの子が、不特定多数のバカどもに誤解されちゃうじゃないのよっ!

 それだけでも、あんたはこの子の社会的尊厳を傷つけたのよっ!」

 「そ、それは…っ!」

 あおいの生来の勝ち気は、面と向かって罵声を浴びるくらいで折れ曲がったりはしないようだ。 相手の怒りをこれ以上煽らないようにと理性に言い聞かせつつも、眉を逆ハの字に釣り上げて、即座に反論に転じる。

 「私個人の主観であることは重々承知していますけど、息子さんは非常に疑わしい行動を取っていました!

 警官も、疑わしい行動を取っている人物には、声を掛けて職務質問をすることはあります!

 今回の私の行動は、警官に比べれば、確かに過激であったと思います。その点の落ち度については深く反省しています…ですが! 犯罪が起きてから対処するよりも、未然に防ぐことを良しとする公安隊としては、概ね適切な行動であったと思います!

 それに…お母様は、人目についたことを気にしておられるようですが、同じ車両に乗り合わせていた乗客の数は約10人ほどです。中には、私が太彦さんを確保した現場を見て、誤解してしまった方もいたかも知れません。ですが、その影響は非常に小さいものだと思います。

 そもそも、乗客の大半は今回の件を見ていなかったり、気にしていない方が多数おられることは、我々公安隊の聞き取り調査から判明しています。

 ですから、お母様のご懸念は無用かと存じます!」

 自信と確信を率直に訴えるべく、母親の憎悪に満ちた眼を真っ直ぐに見つめて、あおいはしっかりとした口調で言い切った。

 が…その結果、母親が取った行動とは…煮えたぎった脂(ヤニ)のようにドロリとした感のある揶揄をたっぷり乗せて、「ハンッ」という鼻息を吐くことだった。

 「あんたってば、ホント、男の尻ばっかり追い回すことばっかりしか考えてないから、想像力がないのねぇっ!

 下手に詳しい話をして面倒な事情聴取を受けたくないから、嘘を吐いてるのに決まってるでしょっ!」

 「いえ、あの、決まってるとは限らないと思いますけど…!」

 あおいは果敢に反論するが、母親は全く聞く耳を持たずに、責め文句を驀進(ばくしん)させる。

 「あんたみたいな売女、脳みそ腐れるようなクソドラマばっかり見てるから、ニュースなんて全然見てないんでしょうねっ!

 ちょっとニュース見てれば、いくらでもやってるでしょうっ! バカどもが他人の個人情報を勝手にインターネットに公開しては、騒ぎになってるっていう話っ!

 ここまで話すれば、あんたの売女脳でも想像つくんじゃないのかしら!? あんたみたいに人目につく場所で騒ぎを起こしたらどうなるか!? バカどもが寄ってたかって、携帯電話で写真だの動画だの撮って、インターネットで公開するに決まってるじゃないのっ!

 中には、そういう写真とか動画から個人を特定して、晒し者にするクソみたいなヤツらもいるって話じゃないのっ!

 それで、ウチの無実で善良な太彦ちゃんの冤罪の映像が全国に広く出回ったら、どうなるのよっ!? この子の社会的名誉はズタズタ、どこへ行っても、いつまで経っても陰口を叩かれるっ! 人生メチャクチャじゃないのっ!

 ちょっと考えれば分かるってのに、そんなことも全然想像付かないなんてっ! あんたってば、ホント、脳ミソが色狂い過ぎておかしくなってるんじゃないのっ!?」

 母親の不健康な唇から何度も何度も飛び出す人格否定の言葉にカチンと来るものの、あおいは瞼と共に口を一文字に堅く閉じて耐える。瞼の裏に浮かぶのは、タクシーに乗る直前まで自分を本気で心配してくれた、飯田の顔だ。

 あの時は素っ気ない態度を取っていたものの、今になって彼女の優しさが身に沁(し)みる。

 ――飯田班長のためにも…ううん、警四のみんなのためにも、ここは耐えないと!

 あおいは感情的に言い返したくなる気持ちを固唾と共に飲み込むと、母親を理性的に窘(たしな)めることを試みる。

 「あの…太彦さんの写真なり動画なりが、インターネット上に公開されているのを、確認なさったんでしょうか?」

 冷や水のつもりで口にしたあおいの言葉は、母親にとっては油であったらしい。頭から湯気でも吹き出す勢いでヒステリックに叫ぶ。

 「そんなの、知るワケないでしょうっ!

 あんたらが引き金なんだから、あんたら國鉄が調べなさいよっ!」

 「あの…お言葉ですが、わたし達國鉄はそのような仕事を請け負っておりません。

 お客様の方で確認していただいた上で、万が一、写真や動画がアップロードされていた場合は、サーバーを運営している企業なりに通報して…」

 「そんな面倒な手間なんて、どうでも良いのよっ、クソアマッ!」

 母親は唾を噴石のごとくバッバッと飛ばしながら喚き、あおいの言葉を掻き返す。生暖かい飛沫が、あおいの額や頬にピシピシと接触する。思わず半眼を閉じて飛沫を防ごうとしたその隙に、母親は矢継ぎ早に罵声を滑り込ませる。

 「あんたら國鉄がっ! 特に、あんたっていう脳無し売女がっ! この子の人生を、社会的名誉を、メチャクチャにしたのよっ!

 それをどう償(つぐな)うのか、それが私たち親子にとって一番重要なことなのよっ! そんなこともくみ取れないのかしらっ、このアバズレはっ!

 どうせ、私たちの怒りの声なんか、なんとか耐えれば台風みたいに過ぎ去ると思ってるんでしょうよっ! その後は、職場の男どもにいつものように尻を振って、チヤホヤされて慰めてもらえば良いとでも思ってるんでしょっ!

 そうはいかないわよ、このアバズレの売女っ! あんたは下の口で男咥えることより、上の口で誠意の1つも言ってみなさいなっ!」

 なんという、下劣極まりない言い方であろうか…! 母親はこれまでも口を開く度に、あおいを貶(おとし)める発言を繰り返してきたが…ここまで露骨で酷い言葉を耳にしたのは、あおいのこれまでの人生を振り返っても初めてのことだ。

 そして…ここまで詰(なじ)られてもじっと耐えられるほど、あおいは大人ではなかった。

 特に、男性を嫌悪しているというのに、男性に好き好んでお尻を振っているような言い方が、あまりにも胸中の導火線を刺激する。

 ワナワナと肩を震わせ、沸き上がる憤怒に顔を真紅に染めたあおいは――ついに、桜色の唇から感情の爆発を吐き出す。

 「あんたらにぃ…っ!」

 小さく絞り出した震え声は、これから先の大爆発の前兆にすぎない。ギロリと血に飢えた刃のように剣呑な眼光で母親を刺し貫くと、埃(hおこり)臭い空気で肺をいっぱいに膨らませた後、一気に言葉の奔流を解き放つ。

 「あんたらにっ、そんなことまで言われる筋合いないわよっ!

 元々、あんたのデブ息子が紛らわしい行動取ってたのが悪いんでしょっ! 疑われないようにしたいなら、まずは紛らわしいことをしないようにするって、あんたらこそ小学校で習わなかったの!? あんな風にイヤらしく女性の後ろに立って手を伸ばしてたら、誰だって痴漢だって思うわよっ!

 それにっ! 口を開けばわたしのこと、売女だとかアバズレだとか、言いまくって! こっちが下手(したて)に出てるからって、いい気になってるんじゃないわよっ! あんたらこそ、名誉毀損だってのよっ!

 あんたらみたいなクソ親子に頭下げるなんて、死んでもゴメンよっ! 逆に、天下の國鉄の力で、あんたのデブ息子を無理矢理にでも有罪にしてやるわっ! 外観からして女性の敵、生きる価値のないヤツなんか、ブタ箱にぶち込んだ方が社会のためよっ!

 人のこと、散々バカにして貶(おとし)めまくって…! ふざけんじゃないわよっ!!」

 あおいの激怒に染まった口早の演説が続く間…母親は、これまでの勢いをどうしたことか、静かに口を閉ざしてその言葉を聞き入っていた。とは言え、あおいの反論に気圧されて動けなくなった…という感じではない。

 始終、氷のように冷え切った眼で、あおいの激情をじーっと見つめていたのだ。

 一気に不満の爆発を吐き終えたあおいも、ようやく母親の様子に違和感を抱き、たじろぐ。

 「な、何よ…っ!」

 刺し貫いていたはずが、心臓の奥深くまで冷たい刃をズブリと突き込まれていたような、異様な感覚。それが生み出す不安を少しでも払おうと、あおいがタジタジと声を出した…その直後。

 ニィンマァリ…突如、巌のように固まっていた母親の顔が、水をたっぷり含んだ泥のごとく溶融し、不気味な笑顔を作る。

 「太彦ちゃぁん、しっかり"とった"かしらぁ?」

 母親は振り返らずに、背後の息子へ甘ったるい声をかける。

 「うん、うん、ママン! バッチリ、"とった"よっ!」

 息子もまた、ゴムボールのように膨らんだ顔にニンマリと不気味な笑顔を作る。何を興奮しているのか、顔の表面には玉のような脂汗がダラダラと流れ、顎先からポタポタ滴りダルダルのTシャツを濡らしている。

 一体、何を"とった"というのか。そもそも、"とった"とは何を表す言葉なのか。

 あおいが疑問を抱きつつ、警戒して身構えていると。たわむソファに巨大な贅肉を埋めた息子が、ブヨブヨの太い腕を億劫そうに持ち上げる。その手先に握られているのは…スマートフォンだ。

 スマートフォンは、何らかのアプリが起動しているが、あまりにもシンプルな画面なので一見しただけでは詳細は不明だ。だがディスプレイの中央にデンと据えられた赤いボタンが"再生"の文字を貼り付けているのを認めた瞬間…あおいの顔に、サッと青い色が走る。

 ――まさか…!

 あおいの確信を裏付けるように、肥満息子はイモムシのような手でボタンをタップする。すると、スマートフォンのスピーカーから、クリアなあおいの声が再生される…。

 『あんたらみたいなクソ親子に頭下げるなんて、死んでもゴメンよっ! 逆に、天下の國鉄の力で、あんたのデブ息子を無理矢理にでも有罪にしてやるわっ! 外観からして女性の敵、生きる価値のないヤツなんか、ブタ箱にぶち込んだ方が社会のためよっ!』

 途端にあおいは理解する。"とった"とは、すなわち"録(と)った"。つまり、あおいの耐えかねた怒りが言わせた暴言をしっかりと録音した、ということだ。

 あおいの顔が、苦い物をガッシリと噛みしめた時のように厳しくしかめられる。後悔の舌打ちの1つもつきたくなるが…それよりも早く、母親がニヤニヤとせせら笑いながら語る。

 「クレーム対応でお詫びに来たはずが、逆ギレしてお客様に暴言を吐くなんてねー。天下の國鉄様が、なんて体たらくなのかしら。不祥事もいいところよねぇー」

 「…言わせたのは、あんた達でしょう…! わざとわたしの神経を逆撫でして…!

 でもっ、その録音には、わたしを焚きつけたやり取りの記録も入ってるでしょ…! それを聞けば、わたしが意味もなく怒ったワケじゃないって、國鉄の方でも納得してくれるはずよ…!」

 「いやいや、それはないない!」

 贅肉息子が太い手をブンブンと降りながら、ニンマリと釣り上げた分厚い唇の隙間からせせら笑う。

 「だってぼく、このデータ、加工するからね! あおいたんの酷い言葉だけ、抜き出しておくもん!」

 「…っ! そっちそういう卑怯な手を使うきならっ!」

 あおいは拳を固めると、獲物に飛びかかる前のヒョウのように全身のバネを溜めて身構えるが…。

 「そんなことをして、良いのかしらぁ?」

 あおいの暴獣のような迫力を前にして、母親は怯むどころか、余裕綽々で更に嗤いを大きくする。

 あおいはその様子にゾクリ、と悪寒を感じつつも、怒りで不安を塗りつぶして強気で語る。

 「そんな記録ブッ壊しちゃえば、あんたらの企みも終わりよっ!

 わたし、班の中でもかなり鍛えてる方だからっ! あんたら2人が相手だろうと叩き伏せて、スマホをブッ壊すくらいワケないわっ!」

 「でもそんなことをすれば…あなたが私たちに暴力を働いた、という事実だけが残るわよねぇ?」

 「…!!」

 あおいはギリリと歯噛みして、言葉を閉ざす。

 母親の台詞は至極尤(もっと)もなことで、あおいだって考えが到らないワケではなかった。だが、力をチラ付かせて脅して見せれば、相手は冷静な判断が出来なくなるのでは…と考えていたのだが。どうやらこのクセの強い親子には、その企みは全く通用しなかったようだ。

 それどころか、母親はあおいの窮地を更に深める言葉を紡ぎ出す。

 「あなた、そういえばOJTの学生さんなんですってね? 國鉄の職員から聞いたわよぉ?

 鉄道公安隊のキャリアになりたくて、一生懸命頑張ってるそうよねぇ?

 でも…わたしと太彦ちゃんとで、あなたの今回の落ち度を訴えたら、どうなるかしらぁ? クレーム対応も満足に出来ないどころか、暴言を吐いたり、暴力行為を働いた…って訴えたら?

 当然、あなたの行為は若気の至り程度では済まされない。評価も信用もガタ落ち、ブラックリスト入りになるでしょうねぇ。

 公安隊から敬遠されるどころか、どこの部署だろうと、あなたみたいな欠陥人間は使いたがらないんじゃないかしらぁ?」

 ネットリとした嫌味満載の言葉に、あおいは唇を噛んで黙って聞くほかない。ここでキレて暴れれば、それこそ母親が言う通り、國鉄から信用を失う。

 鉄道公安隊の一員として働くことは、あおいにとっての大きな夢だ。それが、こんなところで、一瞬にして絶たれてしまう。

 (そんなの、絶対に…イヤッ!)

 自身の夢のために母親の嫌味に耐える一方で、あおいはふと、気付く。

 あおいのことを貶(おとし)めるだけならば、こんな嫌味などわざわざ語ったりせず、無言のまま実行すれば良い。それをしないということは…この親子は、今握ったあおいの弱みを材料にして、何らかの要求を通そうとしている…ということを。

 だから、あおいは真っ赤に染まった唇を震わせながら、低い声で率直に尋ねる。

 「…わたしに、何をさせたいワケ…? あんたたち、一体何が望みなワケよ…?」

 すると母親は、ゲラゲラと笑い、三日月のように大きな弧を描いた眼差しでイヤらしくあおいを眺める。

 「あーら、意外と物分かりが良いのねぇ」

 そして母親は、息子の方にチラリと視線を走らせながら、言葉を続ける。

 「ウチの太彦ちゃんはね、とっても良い子なんだけどねぇ、今まで一度も彼女が出来たことないのよぉ。

 もう太彦ちゃんも30近いしねぇ、女の子とお付き合いした経験がないと、世間から何かと舐められてしまうでしょう?

 だからねぇ、あなたが太彦ちゃんの恋人としてお付き合いするなら、今回の件は水に流してあげるわ」

 「はぁ…!? な、何よ、それっ!」

 あおいは声を出さずにはいられない。元来、男を嫌悪している彼女は、男と恋愛関係になること自体全く想定などしていない。ましてや、こんな生理的嫌悪感が湧いて耐えない醜悪な贅肉野郎と恋仲になるなど、考えたくもない。

 母親はあおいの抗議の声を無視して、ニヤニヤと嗤(わら)って続ける。

 「太彦ちゃんったら、あんたみたいな健康的な体つきで、気の強い娘が好みなんですって。

 私は正直、あんたみたいな暴力売女は好きになれないんだけどねぇ…可愛い太彦ちゃんが望むのだもの。ちょっとヤンチャなイヌだと思って扱ってあげるわよ。

 でもね…あんたが太彦ちゃんのお嫁さんになれるかどうかは、あなたの本気の努力次第よぉ。あなたは今、マイナス以下の状態からお付き合いを始めるんだから。私は厳しいからねぇ、ちょっとやそっとじゃあ、あなたのことを認めないわよぉ」

 「だ、だからっ! 勝手に話を進めないでよっ!

 なんで私が、こんな変態デブと恋仲にならないと行けないのよっ!」

 あおいが目から火を吹く勢いで険しく睨みつけ、肥満息子をビシッと指さしながら抗議する。が、母親にはその威圧は全く通用しない。相変わらずニヤニヤと見下して、悠々と言葉を口にする。

 「あらぁ、また暴言ねぇ。よっぽど、自分の夢を捨てたいらしいわねぇ。

 太彦ちゃぁん、すぐに國鉄に連絡して」

 「うん、分かったよ、ママン」

 肥満男がイモムシのような指で、信じられないほど軽快な動きでスマートフォンを操作する。その動作を目にしたあおいの顔が、一気に青ざめる。

 ――こんなところで、終わりたくないっ!

 「ま、待ってっ!」

 あおいは雷光のように駆け出し、肥満息子へと肉薄しようとした――その直前、ずんぐりした体型に見合わぬ素早さで道を塞いだ母親に、行く手を阻まれる。

 「なぁに、今度はわたしの可愛い太彦ちゃんに暴力でも働くつもりかしらぁ?

 良いのよ、やってみたらどうかしらぁ? でも、うちの太彦ちゃんは強い子だからねぇ、あなたに殴られたり蹴られたりしたくらいじゃあ、電話を切ったりしないわよぉ。むしろ、そのまま國鉄にあなたの暴行を訴えて、警察沙汰にしてあげるわよぉっ!」

 「ち、違うっ、そ、そんなことしない…っ!」

 「そんなことしないって、それじゃあ、どうするつもりかしらぁ?」

 ネットリと、粘り着くようなイヤらしい口調で母親が語り続ける。その一方で、肥満息子はスマートフォンをギトギトの脂汗が光る耳に押し当てて見せる。芝居の可能性も考えられるが――本当に國鉄に電話を掛けているとしたら。

 「あっ、國鉄のお客様窓口ですか。ボク、本日そちらの桜井あおいさんに"お世話"になった者なんですけど…」

 肥満息子が、ハフハフとうるさい呼吸音を上げながら、腐りかけた果実のような甘ったるい声で軽快に会話を始める。これが芝居だとすれば、この息子はかなりの役者だ。それほどに至極自然な電話対応である。

 あおいの顔が、ますます青ざめる。全身の皮膚から冷たい汗がブワリと噴き出し、脊椎の芯まで凍り付くような悪寒に襲われる。

 ――もはや、一刻の猶予もないっ!

 「分かったわ、分かったわよっ! なるわ、なってやるわよっ! あんたの息子の恋人にっ!」

 「なって…"やる"、ですってぇ?」

 母親が相変わらずニヤニヤ笑いのまま見下し、悠々と責める。

 一方で息子は、更に電話口での話を進める。

 「おたくの桜井あおいさんがね、うちに来てるんですけどねぇ、桜井さんったらぁ…」

 あおいは恥辱も何もかもかなぐり捨てて、叫ぶ。

 「ならせて…ならせて下さいっ! あんたの…いえ、あなたの息子のっ! 太彦さんの、恋人にっ!」

 まるで、銃弾に当たった野鳥の断末魔のような、悲痛にして必死な絶叫。汚いリビングにしっかりと響きわたったその声に、母親と肥満息子は同時に、口が裂けたかのように見えるほどの大きな笑いをニヤァリと浮かべる。

 「…あ、いえ、桜井さん、とても誠実に対応してくれましてね。それだけをお伝えしたかったんですよぉ。

 それでは、失礼しまぁす」

 肥満息子はそう語り、スマートフォンを耳から離して通話を切る操作をする。やはりこの男は、本当に國鉄の窓口に電話を入れていたようだ。

 ――フゥ…。あおいは氷のように冷たくなった胸を撫で下ろし、肺に溜まった冷気を安堵と共に吐き出す。

 …だが。これで問題が完全に解決したワケではない。夢を絶たれる、という自体を辛うじて回避しただけだ。

 代わりにあおいは、この卑劣な親子に自由意志を差し出してしまったのである。

 「良かったわねぇ、太彦ちゃんっ! 桜井さん…いえ、あおいちゃん、喜んであなたの恋人になるそうよぉっ!」

 母親が不気味な三日月のごとく弧を描いた眼(まなこ)で息子を眺めながら語ると――。

 「うひょひょおぉいっ! うひぃぃひぃひぃっ! うっひょおぉいっ!」

 猿山のサルでも上げないような、甲高く鼓膜を衝(つ)く奇声を上げながら、肥満息子はゴムボールのようにソファから跳ね起きる。そのままダルンダルンと贅肉を震わせて小躍りしつつ、意外と素早い足取りであおいの元へと接近する。

 あおいは初め、贅肉息子の正に"狂喜乱舞"と言った様にあっけにとられて、呆然とその動作を見つめていたが…。やがて、巨大な贅肉が視界の大半を埋め尽くすようになると…ムワァ…と鼻孔を炙(あぶ)るような臭気に苛まれ、ハッと我に返ると共に手のひらで口と鼻を覆う。

 (何、この…生ゴミみたいな匂い!?)

 それが、贅肉息子の全身から放たれる体臭だと分かった時には、贅肉息子に両肩をガッシリと捕まれていた。

 先刻、車両内でこの男を逮捕した時には匂いなど全く気にならなかったが、職務への情熱が嗅覚を鈍らせていたのかも知れない。

 何はともれ、今となっては悪臭に苛まれる、あおい。そんな彼女の嫌悪感を更に煽り立てるように、贅肉息子は分厚い唇をブチュゥと突き出して、あおいの顔に迫る。

 「あおいたーん、ボクら恋人になったんだからさぁー! キ、キスくらいやって、と、当然だよねぇ…!

 さぁ、あおいたんも、ホラ、恥ずかしがって口を隠してないで、ちゅ~っ!」

 更に接近する、贅肉息子の顔面。突き出した唇の隙間から、深海の熱水噴出孔のごとくシューハーと耳障りな音を立てながら出入りする、呼吸。その生暖かい息があおいの手のひらを撫でる…その度に、胃袋がモゴリと暴れるような強烈な異臭に苛まれる。

 この肥満男は、体臭のみならず口臭も散々たるものだ。

 「むちゅぅ~っ!」

 あおいが手のひらを口元から外さないにも関わらず、贅肉息子は唇を更に近づける。唾液でテラテラとぬめる唇が、あとほんの数ミリで手の甲に接触する…という瞬間、あおいの我慢が限界を突破してしまう。

 「寄るなっ!」

 咄嗟に口をついて出た、厳しい罵声。同時に、全身のスナップを効かせた全力の平手が、ブヨブヨの頬をパァン! と痛快な音を立てて激突する。あおいは日頃からかなり体を鍛えているので、この攻撃の威力は凄まじい。贅肉の巨大重量を以(もっ)てしても衝撃にあらがえず、自動車の車輪に蹂躙されたガマガエルのように身をよじり、床に倒れる。

 頂点に達した怒りの炎は、この程度の暴力で到底収まるものではない。ひっくり返ったガマガエルのごとくジタバタと手足を動かす贅肉息子に一気に肉薄すると、足運びの勢いのまま、膨張したゴムボールのような腹部を思い切り蹴りつける。

 「ぐひぃっ!」

 ガマガエルが踏みつぶされた時の断末魔のような哀れな声を上げる、贅肉息子。しかしその悲鳴は、あおいの暴虐性を更に煽るだけだ。足早に2、3歩と距離を取り、再び蹴りを浴びせにかかる、あおい。

 その時だ――パシャリッ、という電子音が狭いリビングに響き渡る。

 何事か、とあおいが目を丸くして音の方を振り向いたのと、ほぼ同時に。

 「あーらあらあらっ! 國鉄のOJT学生の暴行現場、しっかりと記録したわよっ!」

 声の主は、母親だ。手にしたスマートフォンのカメラで、あおいが息子を蹴りつけた場面をしっかりと撮影していたようだ。

 「あ…っ」

 しまった、と後悔するにはあまりに遅すぎた。つい数瞬までの烈火のごとき激情が、一気に氷点下の怯懦へと降下する。

 あおいは激情の赴くままに短慮の行動に出てしまったために、またもや、この醜悪な親子に弱みを握られてしまったのだ。

 「さぁ、どうしてやろうかしら、この決定的な瞬間を!

 それとも、あんた、私のスマホを壊して証拠隠滅でもやってみる気? それはそれで私は、國鉄にあんたが器物損壊したってこと、言いつけるわよぉっ!」

 「あ…あ…っ」

 あおいは親とはぐれた幼子のように途端にオロオロする。普段の勝ち気は針で突かれた風船のようにペシャンと萎み、小刻みな震えが全身を縛り付ける。

 そんな時だ。床に無様に転がっていた贅肉が、見た目に反した軽快さでガバッと立ち上がる。あおいが揺れ動く視線でハッと見つめるも、今以上の弱みを握られることを酷く恐れ、それ以上微動だに出来ない。そこをつけ込んで贅肉は、両腕を高く上げた姿勢を取ると、そのままあおいの体に被さり、巨大な重量を頼んでそのまま押し倒す。

 「んぐぅっ!」

 あおいの上げた苦悶の叫びは、押し倒された衝撃によるものか、それとも至近距離で鼻孔を襲う強烈な体臭に襲われてのものか…はたまた、その両方によるものか。

 いかなる理由にせよ、あおいは全身にのし掛かる、熱気の篭(こ)もった真夏の個室のような贅肉の体温とギトギトした脂汗の感触に、顔を思い切り歪める。

 弱みへの恐れよりも、本能の嫌悪の叫びに突き動かされ、贅肉を退(ど)かすべく身じろぎするあおいだが――あまりの体重に、足が全く動かない! 両腕で贅肉の肩を精一杯押してみるが、気味の悪いブヨブヨの志望に指がグンニョリとのめり込むだけで、やはり贅肉の体はビクともしない。

 「はぁーっ、はぁーっ! あおいたんの匂い~、んん~、いい匂いだなぁっ!」

 ブヨブヨのゴムボールのような顔を形の良い胸にグリグリと押しつけながら、贅肉はフンフンと強烈な鼻呼吸であおいの香りを貪る。ますます嫌悪感が増大するあおいは、歯を食いしばってまで力を込めて、贅肉の体を引き剥がそうともがくが…。

 重苦しい疲労が溜まった彼女の両腕が突如、グイッと引っ張られる。何事かと慌てて視線を頭上に向けると、そこには鬼面のようにこめかみに青筋を浮き上がらせながら、凄絶な笑みを浮かべる母親の姿があった。こいつが、あおいの両腕を引き剥がしたのだ。

 「何を嫌がってるのよ!? 太彦ちゃんの恋人でしょう、あんたはっ!

 太彦ちゃんの全てを受け入れてあげるのが、当然でしょうっ!

 ホラッ、悦びなさいよっ!」

 「いっ、いやぁっ!」

 あおいは何とか両腕の自由を得ようと暴れるが、母親は正座の体制をとるとあおいの両手をその膝下に敷き、完全に動きを封じる。

 両手両足を完全に拘束されたあおいは、今や為すがままの哀れな虜(とりこ)だ。

 しばらくフンフンッ! と匂いを嗅ぎながらあおいの胸を弄(まさぐ)っていた贅肉であったが。突如、山でも生えるようなムックリとした動作で起き上がり、鼻の下を思いっきり伸ばしたご満悦の笑顔でニマニマとあおいを見下す。

 対するあおいは、嫌悪と羞恥で花弁もかくやという程に真っ赤になっている。普段の鋭いツリ目の目尻はしおらしく垂れ下がり、大粒の涙で濡れている。

 「も、もう…やめて…っ」

 怯えきった幼子のように体を震わせながら訴えるあおいだが…贅肉の不気味な笑顔は、その弛(たる)みきった頬の弾力で言葉も感情も弾き飛ばしたかのように、ピクリとも動かない。

 その代わりに…贅肉は、あおいに更なる嫌悪と羞恥、そして深い絶望を与える行動に出る。

 ブクブクに太ったイモムシのような手を自らの股間に伸ばす、贅肉。巨大な鏡餅のように膨らんだ下腹の下では、飾り気のないジャージズボン越しに、モッコリと盛り上がった極太縦長のシルエットが見える。

 贅肉はジャージズボンの上端をズルリと引き落とすと…そこから、ビンッとそそり立つ黒々とした、そして剛毛で覆われた起立を露出させる。それは、勿論、この贅肉の男根だ。

 太い血管がビキビキと浮き上がった、贅肉の外観には見合わない立派なイチモツであるが、目に付く点が2つある。1つは、雄々とした巨根であるにも関わらず、先端が黒々とした包皮で覆われているということ。そして、肉竿にまで長い剛毛がゴワゴワと茂っていること。

 このグロテスクな男性の欲情の塊を目にしたあおいは、更に顔を青くする。実物を目にするのは、幼い頃に父親とお風呂に入った時以来だが、その時目にしたモノより遙かに汚らわしい姿を前に、あおいの眼の涙の量がブワリと増加する。

 「な、なに…何するの…っ! そんなキモいもの、取り出して…っ!」

 悲鳴そのものの叫びで糾弾(きゅうだん)するあおいであるが、贅肉の巨体は動じない。ニマニマと笑いを貼り付けたまま、チュルリと包皮を剥きながら語る。

 「何って、決まってるじゃないか、あおいたん。

 ボクら、恋人同士なんだよ? そこで男がチンポを取り出したとしたら、やることは1つしかないじゃないかぁ」

 包皮から解放されて露出した、亀頭。そこには白々とした痴苔がネッタリと張り付いている。途端に、あおいに鼻孔を刺激する悪臭に、塩気を含んだ燃えるような刺激臭が加わり、あおいの胃袋が悲鳴を上げる。

 贅肉は、不気味な笑顔を貼り付けたまま、視線をあおいの顔から外し、ネットリと舐(な)めるように胸元から腹部へ…そして、スカートに覆われた股間へと、滑らせる。

 (まさか…まさか…まさかまさかまさかまさか)

 肋骨から飛び出すくらいに激化する、鼓動。激流となった血液が脳に流入する度に、"まさか"と言う言葉が生み出され、やがて思考がその言葉一色に埋め尽くされる。

 ブワリ、と涙だけでなく、玉のような冷や汗までも顔中から噴き出る。

 一方で贅肉息子は、汚らしい男根を触った汚臭を放つ指でガバリとあおいのスカートをめくる。露わになる、ダークブラウンのストッキング。そして、その薄布の向こう側に透けて見える、黒いパンティ。

 「あおいたんのパンティ、エロカワイくて、萌えるよぉ…ハァハァ」

 分厚い唇を情欲の唾液でダラダラに濡らし、贅肉は興奮した様子で語ると。未だに異臭の取れない指先を、あおいの股間部のストッキングに伸ばし、ムンズと掴んで力任せに左右に引っ張り始める。

 「やっ、やめっ!」

 身をくねらせてもがくあおいだが、手足の拘束は未だ解かれず、抵抗は虚しく空回りするばかり。

 「あれ…あれれ…っ!? くそ…っ!」

 贅肉は涎(よだれ)が大きな玉の雫を作る唇を歪めながら、悪態を吐く。引っ張ってもなかなか破けないストッキングに苛立っているのだ。

 「なんで…くそっ! エロゲとかエロマンガだと、簡単に引きちぎれるのに…っ! くそっ! くそっ!」

 執拗に格闘すること数分の後。ついに贅肉の太い指は、ビチビチィッと痛々しい音を上げながら、ストッキングを破砕。可愛らしいレース模様があしらわれた黒いパンティが、衆目に晒される。

 「あーら、やっぱりこの娘ったら、相当の売女ねぇ。こんな男に媚び売るような下着を穿(は)いてるんだもの」

 母親がニヤニヤ笑いながら語るのに対して、あおいは顔を真っ赤にして首をブンブンと激しく左右に振りながら叫ぶ。

 「ち、違うっ! これは、男になんて見せるものじゃなくて…っ! 私が、私のために穿(は)いてるだけで…っ!」

 そんな言い訳をしている間にも、贅肉は太い指をパンティの裾に伸ばすと、グイッと引き上げてずらしにかかる。布地に隠された女性の秘裂を狙っているのだ。

 「や…っ! いやぁ…っ!」

 もはや金切り声と化した絶叫を上げる、あおい。その悲痛な叫びは、ただただ虚しく空気を震わせるだけだ。

 そして…ついに、明るい色の茂みに覆われたあおいの割れ目が、贅肉と母親の卑猥な眼差しに触れる。

 「ああ~っ! これでご対面っ! あおいたんのマンコとご対面っ! ああ~、あああ~っ!」

 狂喜のあまり歌うように叫ぶ贅肉は、天を向いてそそり立つ汚らしい剛直を、自らの手でグイッと下の方にむけると…その先端を、あおいの割れ目にペトリ、と当てる。

 カウパーと痴苔の混じり合った汚液で生暖かくヌルリとぬめる先端の感触が、ゾクリとあおいの脊椎を震わす。

 「良かったわねぇ、太彦ちゃん」

 母親があおいの頭上で、ゲラゲラ嗤いながら語る。

 「これで童貞を捨てて、立派な男になれるんだもの。

 お母さん、これで一安心できるわぁ」

 「うん、ママン、見てて! ボクが立派に、男になるところをねっ!」

 贅肉はブヨブヨに膨れた顔に、幼子のような純真な興奮と笑顔を浮かべると…直後、一気にあおいの秘裂に男根を突き込む。

 「ひぃいいいぐうううぅぅぅっ!」

 ビクビクッ! あおいの体が電撃に打たれたように痙攣し、桜色の唇が限界まで全開になり、雷鳴のごとき絶叫を上げる。

 

 これが、あおいが処女を失った瞬間であった。

 

 ブチブチと処女膜をブチ破り、産道を横暴に驀進し、子宮口まで達する、贅肉の剛直。あおいの堅く初々しい膣はギチギチと暴力的に押し広げられ、強烈な激痛を脳天へと伝える。

 「んぐううううぅぅぅぅっ!」

 激痛に歯を食いしばって耐えようとするが、精神に蓋を出来ても身体は正直だ。痛覚神経に踊らされ、ガクガクと全身が激震する。

 一方、贅肉は腰を振ってあおいの胎内で男根を暴れさせようとするが…あまりにデカい下腹と体重で、思うように腰が動かない。

 しかし、あおいの激震や、強烈に収縮する膣圧によって贅肉の男根は燃え上がるような快楽の刺激に晒される。先ほどまで童貞であった贅肉は、この刺激に耐えられるはずもなく、用意に絶頂を迎える。

 「うふぅぅぅ…」

 蕩(とろ)けるような情けない声を、突き出した分厚い唇から漏らしたと同時に。

 ビュクビュクビュクビュクッ! ゴボボボボボッ! あおいの胎内で粘度の高い汚濁が一気に噴出する。

 「ひぃあああぁぁぁっ!!」

 あおいは、更に叫ぶ。声帯が破けるのではないか、というほどの勢いで、ひたすらに叫ぶ。それほどまでに、胎内に充満する生涯初めての男の精の衝撃は強烈極まりなかった。まるで、股間がマグマのような灼熱によって燃え上がり、溶融してしまうような感覚を覚えたのであった。

 

 射精の後、贅肉はそれ以上あおいを犯すことなく、意外にあっさりと男根をズルリと引きずり出した。その呼吸は嵐のように乱れ、ミチミチのTシャツが脂汗で大きな染みを作っているところを見ると、この一回の射精で多大な疲労を得たらしい。

 贅肉が立ち上がって去り、ようやく下半身が自由になったあおいであったが、彼女もまた初めてのまぐわいによる疲労と衝撃で、早い呼吸を繰り返すばかりで動けずにいた。

 ただ1人、悠々としているのは、贅肉の母親である。彼女は相変わらずニヤニヤと嗤いを貼り付け、鮮血と白濁の混じったあおいの股間を見つめると、ゲラゲラせせら笑いつつこう漏らす。

 「あーら、あんた、ホントに処女だったのねぇ。

 でも、良かったじゃない。あんたも太彦ちゃんのおかげで、本当の意味で女になれたんだから」

 あまりに心無い揶揄に、あおいの眼に大量の涙が溢れ出てくる。ここ数年、声を出して泣いたことなどなかったのに、幼子のように嗚咽を上げて泣きじゃくる。

 だが、いくらさめざめと泣いたところで、失ったものは取り戻せやしないのだ。

 

 それから数十分後…。

 あおいは、贅肉どもの住居から程近い位置にある公園のベンチに座って、スマートフォンをいじっていた。

 陽は暗雲に覆われた西の空に傾き、空は青から色濃い黒へと代わるような時間帯に差し掛かっていた。クレーム処理に当たってから、ずいぶんと時間が経過したことを空が物語っている。

 宵闇に冷やされた風が、ストッキングを脱ぎ捨てた素足に肌寒い。思わず腿をギュッと寄せて、暖を求める。

 ただし、寒いのは風のせいばかりではない。心にポッカリと開いた喪失感もまた、氷塊のようにあおいの精神を冷たく苛む。

 この悲痛な感覚から逃れるように、あおいはスマートフォンの電話帳を操作し、警四班長の飯田奈々への通話を開始する。

 3コールもいかないうちに、飯田は直ぐに電話口に出てくれた。そして開口一番に、非常な心配の色が濃い言葉をかけてくる。

 「桜井さん! 大丈夫だった!?

 ずいぶんと時間が掛かったようだけど、どうだったの!? お客様は、納得していただけたの!?」

 スピーカー越しにも伝わってくる人情の暖かみに、あおいの眼から思わずボロボロと涙が溢れる。そのまま子供のように泣きじゃくって、身に受けた汚らわしい事実を訴えたくて仕方がない。それを聞き知った飯田は、思い切り同情して慰めの言葉をかけてくれることだろう。

 だが…そうやってほんの一時の平穏を手に入れたところで、一体どうなるというのだ? 飯田、もしくは他の東京駅の職員が事実確認の連絡を贅肉どもの家へ入れたが最後、贅肉どもは迷わず録音やら動画を提出し、あおいの立場を追い込むことだろう。それに対して、あおいは一定の同情を得られるかも知れないが、クレームに対して適切に対処できなかったどころか、暴行や暴言を吐いた事実は決して消えない。彼女は完全な被害者としては扱われず、評価には絶対にヒビが入るはずだ。

 そうなっては、鉄道公安隊に入隊する夢が閉ざされてしまう可能性も十分に考えられる。

 (…絶対に、言えない…)

 あおいは漏れ出す嗚咽をグッと飲み込み、声から震えが取れるまで、口を一文字に結んで耐える。その間、通話相手の反応がないことを当然ながら疑問に思った飯田が、声を掛けてくる。

 「桜井さん!? どうしたの、何かあったの!?

 まさか、クレームがこじれて、おかしな要求をされて、飲んじゃったとか!?」

 飯田の言葉は非常に的を得ており、あおいはギクリと身体が硬直する。このままでは、飯田は通話を切断して即座に贅肉どもへ確認の連絡を入れるかも知れない!

 あおいはゴクリと固唾と共に嗚咽を胃袋の奥底へと押し込むと、震え声にならないよう極端に注意しながら、応える。

 「だ、大丈夫です。

 ちょっと、時間はかかりましたけど、なんとか、なりました。

 お客様も、なんとか、納得していただけたみたいで…」

 声が湿ることはなかったものの、言葉が酷くぎこちないものになってしまう。それを耳にした飯田の眉根に皺が寄るのを、あおいは容易に想像できた。

 "本当に大丈夫なの?"としつこく尋ねられるかと、あおいは身構えたが…実際に耳に飛び込んできた飯田の言葉は、想像とはちょっと方向の違うものであった。

 「だいぶ疲れてるみたいね。初めてのクレーム対応だもの、仕方がないわ。

 早く家に帰って、ゆっくり休むのよ。そして明日、元気な顔を見せてね」

 「はい、今から、タクシーを呼んで、直帰するつもりです。

 明日は、はい、いつも通りに、顔を出しますから…」

 あおいがそう答えた後も、飯田はいくつか励ましや労(ねぎら)いの言葉をかけてくれるが…あおいの意識はもはや、飯田の言葉には向いていなかった。生返事を返しながら、彼女の脳裏に浮かぶのは、悪夢のような記憶…贅肉の家を後にする直前の光景。

 

 贅肉の母親は、ニタニタと嗤(わら)うブス黒い唇から、苦痛極まりない要求を伝えてきた。

 「あなたは今日から、太彦ちゃんの恋人になったのよ。

 恋人になったってことは、他の誰よりも太彦ちゃんと親密になり、そして愛情を注ぐということ。

 毎日、この家に通いなさい。そして、太彦ちゃんに愛の奉仕をするのよ。

 1日でも姿を見せない日があれば…言わなくても分かるわよねぇ?」

 

 あおいの眼に思わず、再び涙が溢れ出てくる。胃袋の奥底から爆発的に持ち上がってきた苦悩が、一気に舌をプルプルと震わせる。

 もはやあおいは、震え声を隠すことが出来ない。だが幸いにも、一方的に喋ってくれる飯田に相づちを打つだけで済んだため、飯田が疑問を抱くことはなかったようだった。

 「それじゃ、桜井さん。また明日ね」

 「はい…」

 プツリと冷淡に切れる、通話。宵の暗闇に一人取り残されたあおいは、呆然と脱力してスマートフォンを持った手を下ろすと、涙で湿った深いため息をはぁー、と吐き出す。

 …"明日"。飯田はその言葉を、新たな朝日の清々しさを込めて口にしたことだろう。

 だが、あおいにとっては日の出の代わりに巨大な暗雲がせり上がってくる暗黒の始まりとしか思えない。

 「くっそぉ…」

 ポタポタとこぼれる涙で太股の素肌を濡らしながら、怨嗟と後悔を込めて、おあいは呻くのであった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 そして時間は、贅肉との穢らわしいまぐわいの渦中にある現在へと戻る。

 

 ンジュルジュルッ! ジュルルルッ! 耳障りな粘水音をたてながら、贅肉は分厚い唇とナメクジのごとき舌であおいの口を貪り続ける。

 同時に、カクカクと腰をゆすっているが、やはり下腹の巨大な肉が邪魔になって、贅肉の巨根はあおいの膣内を十分に暴れることが出来ない。

 (臭い…っ! 臭い…っ! 臭い臭い臭い臭い臭いっ!)

 口腔と鼻腔に充満する灼熱の悪臭に対し、ぎゅっと瞼を閉じて身も心も拒絶を示す、あおい。その不快な硬直状態がたっぷりと十数分も続いた後のこと…。

 プハァッ! 飛び跳ねるヒキガエルのように上半身を思い切り仰(の)け反らせ、唇を離した贅肉が思い切り息継ぎをする。

 その勢いのまま、贅肉はノッソリ…と腰を浮かせ、あおいの上で四つん這いの体勢をとる。熱いまたぐらからズルリ…と愛液とカウパーにまみれた男根が引き抜かれ、透けた色の粘糸をツゥー…と亀頭と女陰の間に延びる。

 ハァッ、ハァッ、ハァッ…贅肉は分厚い唇を大きく開閉しながら、刺激臭放つ乱れた呼吸を繰り返す。ヌルヌルとした脂汗が酷い湿疹のように顔面中に噴き出し、ポタポタとあおいの顔に滴り落ちる。

 「ダ…ダメ、もうダメ…やっぱ、ボクだけの力だと…うまく、イケない…」

 疲労感たっぷりに呟いた贅肉は、そのまま更に身体を仰け反らせると、原を見せて斃(たお)れたヒキガエルの屍のごとく、ズゥン、と仰向けに転がり込んで大の字になる。全身の脂肪が重力に引っ張られてだらしなく垂れ下がり広がる一方で、股ぐらの男根だけがガッチガチにまっすぐ天を向いてそそり立っている。

 「ね、ねぇ、あおいたん…」

 贅肉は顔だけを起こすと、フヒフヒッと笑いを交えながら語る。

 「い、いつものようにさ…あおいたんに跨(また)がってほしいんだな…。

 やっぱり、あおいたんの腰遣いじゃないと…ボク、気持ちよくイケない…」

 あおいはいまだに仰向けに倒れたままで、贅肉の超重量にのし掛かれた疲労で立ち上がれずにいる。そんなダルくて敵わない時に、嫌悪の対象から活発にして穢らわしい行動を要求されたのだ。異臭を放つ脂汗にまみれたあおいの顔が険悪なほどの渋面を作る。

 (絶対…絶対、イヤよ、イヤに決まってるじゃない、そんなこと…)

 贅肉の期待に満ちた眼差しからプイと視線を逸らしたあおいだが…不幸にも、視線を動かした先には贅肉の母親の姿がある。

 母親の顔は、凍り付いた能面のように冷たくノッペリとしており、細めた眼だけがギラギラと輝いて、無言の強要を訴えてくる。

 ――お前に選択肢なんてない。やれ。言われた通りにやれ。…さもなくば。

 「………っ!」

 あおいは声にならぬ叫びを、噛み砕かんばかりに力を込めて閉ざした歯の隙間から吐き出すと。芽生えた嫌悪を振り払うように、ガバッと状態を起こす。

 その勢いのまま膝立ちになったあおいは、オズオズと膝歩きで贅肉の太い足に沿って進み…ついに、ギンギンにそそり立ったペニスの真上に到達する。

 「あおいたぁん…」

 贅肉が腐り蕩(とろ)けるような甘ったるい声を出すと、ブヨブヨの乳房が垂れる胸の奥で膨らんだ期待を代弁するように、亀頭の先端からカウパーの大きな雫がブクリと溢れ出す。

 あおいは、剛毛の茂るグロテスクな肉竿を見下したまま、しばらく凍りついていたが…。3、4度と呼吸を整えると、意を決して唇を一文字に結ぶ。

 (…これも全部、夢のため…! そのための、試練だと思えば…っ!)

 そしてあおいは、静かに腰を沈めてゆく。

 贅肉の亀頭はやがて、あおいの明るい色の茂みの中へと潜り込み…この3日で使い込まれてピンクの肉がはみ出た秘裂に触れると…ズニュゥリ、と侵入してゆく。

 「ん…はぁ…うぅん…っ!」

 肉茎が膣の奥へと進むにつれて、あおいの顔が火照りの赤に染まってゆく。羞恥や嫌悪は未だに胸中に渦巻いているが、開発されてしまった女陰は穢らわしいイチモツから電撃的な悦楽を汲み取る。脳天を熱する興奮と悦楽に、ますますあおいの顔が紅潮する。

 「はぁふぅ…」

 あおいが熱を帯びた長い吐息を吐いた頃。彼女の秘裂は贅肉の肉茎を根元までくわえ込み、腰は下腹部の脂肪にズブリと食い込む。これでギトギトの脂汗でぬめっていなければ、あおいは脂肪のふくよかさを楽しむこともできたかも知れない。

 「じゃ、じゃあ…んっ…や、やるわよ…」

 そう言うが早いか、あおいは初めはゆっくりと、段々と速度を上げて腰を上下に振り始める。ジュブジュブ、と男女の結合部が奏でる粘水音がいやらしく小汚い室内に響きわたる。

 「うひょ…っ! うほほ…っ!

 ああ、やっぱり、やっぱり、あおいたん、やっぱり、あおいたんの腰遣い、ああ、最高だよぉっ!」

 ヌリュヌリュと男根の表面を滑る膣壁の刺激に、贅肉は身体を小刻みに震わせながら悦ぶ。

 そして、震えるだけで発散しきれぬ興奮のやり場を探るようにして、ふやけた丸太のような両腕を宙に伸ばすと…腰の上下と共にプルンプルンと波打つ形の良い乳房を、ムンズと掴む。

 「ひゃあぅっ!」

 急に別方向の性感帯をいじられ、あおいはビクンッ! と身体を大きく痙攣させて仰(の)け反る。

 すると贅肉は、おろそかになった腰の振りを糾弾するように、モニュンモニュンと乳房を揉み回し、挙げ句の果てにはギュウッと乳首をつねり上げてくる。

 「ひぃぃぐぅぅっ!」

 あおいは瞼をギュッと閉じ、室内を震わせるような大声で喘(あえ)ぐ。その様子を下からニヤニヤと見上げていた贅肉は、分厚い唇からゲヒヒと下卑た笑いを漏らしつつ、意地悪く言葉で責めてくる。

 「ほらほらぁ、あおいたぁん、腰がお留守になってるよぉ?

 しっかり振ってよぉ、ほらほらぁっ!」

 ますますギュウッとつねり上げられる、乳首。あおいの目尻に涙の粒がジワリと浮かんだが…それは苦痛への悲哀だけを含んだものではなかった。苦悦の快感によってうっすらと桃色を帯びていた。

 「くうぅっ…わ、分かったわよ…っ!

 動かせば…んくっ…良いんでしょっ!」

 あおいは乳房をいじくり回すイモムシのごとき太い指を振り払う勢いで、ガクンガクンと大幅に全身を上下させる。ズリュッズリュッと膣壁が激しく肉茎を擦(こす)り上げ、海綿体がドクドクビキビキと多量に流れ込む血液によって剛直する。

 やがて…ジュブジュブと云う粘水音と共に、男女の結合部分から透き通った色の飛沫がパタパタと飛び散り、贅肉の股間の剛毛をジットリと湿らせてゆく。漂う馨(かぐわ)しい淫香に鼻をヒクヒクさせる贅肉は、更に興奮の血流が肉茎と陰嚢に流れ込み、ピクンピクンと陰部が快感に震え出す。

 「はぁっ! はぁっ! はあぁっ! はあぁぁんっ!」

 振幅と勢いを更に強めて、荒々しく腰を上下し続けるあおいの声に、やがて桃色の悦楽の響きが混じり始める。加えて、酷使する太股からの疲労の悲鳴を耐える苦悶も、声音の裏に宿っている。

 そして…十数分の格闘の後。

 「あああぁぁぁんっ!」

 グイッと、胎内から贅肉の肉茎を引き抜くような勢いで腰を浮かせたと同時に…あおいの性感はついに限界を迎える。月に向かって吠えるオオカミのように薄暗い天井に向かって叫び上げると、太股が一気に脱力。重力のなすがままにストンと腰を落とし、贅肉の下腹部に尻餅をつく。

 これにより、肉茎を膣壁で一気にズルリッ! と擦り撫でられた贅肉もまた、絶頂に達する。

 「んんにゃあああぁぁぁっ!」

 踏まれた子猫のような甲高い声を上げ、大量の唾液の飛沫を噴水のように上げつつ、分厚い唇を限界まで開いて絶叫。同時に、陰嚢がブルリと震え、肉茎がビキビキッ! と緊張する。そして、穢らわしい粘体が尿道を奔走すると、爆発的な勢いであおいの胎内に精をブチ撒いた。

 ドビュルドビュドビュドビュッ! 絶頂を迎えているところへ、更なる粘体の刺激を加えられたあおいは…。

 「んああああへえええぇぇぇっ!」

 燃え上がるほどに紅潮した顔をトロリと溶かし、桜色の唇の端からテラテラとした唾液の筋をだらしなく垂らす凄絶なアヘ顔を作って、喘ぎに喘いだ。

 …その後。強烈すぎる快楽によって全身の力が抜けたあおいは、糸の切れた操り人形のようにフラリと贅肉の身体に倒れ込む。ブニョリとした不快な柔らかさも、ムワァッと鼻を突く体臭も、もはや気にならない。股ぐらからピクピクと沸き上がる悦楽の余韻を愉(たの)しみ、薄い笑みを浮かべてハァハァと深呼吸を繰り返す。

 一方で贅肉は、己の精で満ちた膣の中に未だ健在の剛直をそのままに、ふやけ膨らんだような右手を、あおいのスラリとした肩胛骨(けんこうこつ)のラインにそっと置いて、サラサラと撫で回す。

 「可愛くて、気持ちよかったよ、あおいたん…。

 やっぱりあおいたんは、最高の女の子だね…」

 この淫宴の一部始終を扉の隙間から伺っていた母親は、シシシ、と下劣な笑いを閉ざした歯の隙間から漏らしていたのであった。

 

 それから十数分の時間が経過して…。

 ようやく悦楽の余韻から解放されたあおいは、ノッソリと贅肉から身体を離すと、部屋の隅にぞんざいに脱ぎ捨てていた衣服を身につけ始める。

 贅肉はその所作を少し物寂しげに眺めていたが、決して引き留めはしない。頭のネジが外れているような彼にも、無闇やたらに身体を重ね続けたところで、楽しみが増すよりも鉛の疲労を得るだけだという判断が出来るほどの理性は存在するようだ。

 鉄道公安隊の制服をすっかりと身につけたあおいは、スイッチを切り替えるように前髪をファサッと掻き上げる。その仕草を終えた後のあおいは、ちょっと気恥ずかしさを滲ませつつも、ビシッとした公安隊員の顔に概(おおむ)ね戻る。

 「今日は、これでおしまいよ。

 ちゃんと1日1回は…その…や、ヤッてるんだから、文句ないでしょ」

 「う、うん、そうだね…。

 ああ…、今日ももう、あおいたんは帰っちゃうのかぁ…。ボク、寂しいにょ…」

 贅肉の顔が、陸に引き上げられたタコのようにションボリと鎮まる。

 これまでの3日間ならば、そんな贅肉にサッサと背を向け、母親の鋭い視線に見送られながらも、この淫獄の塒(ねぐら)を抜け出すところなのだが…。

 「それじゃ」

 と捨て台詞を吐いて、1歩2歩と部屋の出入り口へと向かった、その時。

 パァンッ! 突如、薄暗い部屋には全く似つかわしくない景気のよい拍手が響く。

 「そ、そうだっ!

 ねぇ、ねぇ! あおいたんっ! ぜひぜひ、あおいたんに、やってもらいたいことがあるんだみょっ!」

 天まで弾み上がるような、底抜けに明るい声。これが幼子の声であったならば、誰もがその陽気さに心の陰りをかき消され、自然な笑顔の花が咲いたことだろう。

 だが、相手が醜悪な贅肉であるとなると…その輝きは、闇夜に爛々(らんらん)と輝くケダモノの罠のような眼光としか思えない。

 当然、あおいは嫌悪の塊でしかない相手の頼みなど聞き入れたくはない。だが…行く手には母親が鬼の形相で道を阻み、凄みを効かせている。ここで断れば、必ずや弱みを盾にして脅迫してくることだろう。

 正に前門の虎、後門の狼といった具合の逃げ場の無さ…いや、前門の醜鬼、後門の穢獣というべきか。

 ギクリと顔をひきつらせながら、ギギィと錆びたブリキ人形のように首を巡らし、贅肉に向き直る。

 「な、何よ…。やりたいことって…その…セ、セックス以外に…何があるっていうのよ…」

 すると贅肉はニィヤァリと脂肪の弛(たる)ませて嗤(わら)う。

 「ボクね、恋人が出来たら、絶対にやってみたいと思ってることがあるんだよ。

 それはね…」

 そして贅肉の分厚い唇は、生ぬるく臭い息を吐きながら、ネットリと要求を口にする。

 それを耳にしたあおいは…当然ながら、寒々とするような強烈な嫌悪を覚え、表情を思いっきり歪めたのであった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 翌朝。

 あおいは、普段よりもずっと早い時間に警四の事務所に顔を出した。どの程度早いかと言えば、OJTのカリキュラムとして指定されている始業時間よりも1時間近くも早いほどだ。

 だが、そんな時間帯にも関わらず、事務所には人の姿があった。警四の班長である飯田奈々である。

 OJTの学生を預かる身として、その日の様々な準備やら、前日の不備の埋め合わせなどをしているのだろう。とは言え、彼女はイヤイヤ仕事と向き合っているようには全く見えず、普段通りの可憐な笑顔を浮かべて、テキパキと仕事をこなしている。彼女には、後進の育成という職務が性に合っているのかも知れない。

 あおいが早い時間に顔を出したのは、そんな飯田の行動を把握しいた上での行動である。どうしても朝一番に、上司である彼女に伝えねばならぬことがあるからだ。

 コソコソ、といった具合に身体を縮こめてあおいが入室すると、すぐに気付いた飯田がデスクから顔を上げて、早春の太陽のようなニッコリした笑みを浮かべる。

 「あら、桜井さん。こんな時間に事務所に顔を出すなんて、珍しいわね」

 「あの…今日は、飯田さんにお願いがあって来ました…」

 「ん? 何かしら?」

 そしてあおいがおずおずとした口調で伝えた"お願い"とは…「明日一日、休暇を下さい」というものである。

 「今日の明日なんて、急な話で申し訳ないんですけど…すみません」

 あおいはOJTでビジネスを経験している身であるから、休暇の連絡は早めにするのが常識だ、という認識を持っている。だから今回の非常識な頼みには、とても気が退けたのだが…。

 「ええ、良いわよ」

 飯田はニコニコ顔のまま、明るく即答した。

 多大な負い目を感じながらの頼みが、あんまりにもアッサリと受け入れられてしまったので、あおいはキョトンとして瞬きを数度パチパチと繰り返す。

 そこへ飯田が、快諾の理由として告げた話は、こんな内容だ――。

 「私ね、最近の桜井さんがどうにも様子がおかしいな、って思ってたの。元気がなくなったって言うか…いつでも何かに思い詰めているような、すごく苦しそうな雰囲気をヒシヒシと感じていたの。

 そうねぇ…こんな調子になっちゃったのは、丁度あのクレーム対応の後からかな。

 お客様、相当お怒りのようだったから…厳しいことを言われちゃって、そのことを今でも気にしちゃってるのかな、って思っててね。

 だから、少し肩の力を抜いて欲しいなって思ってのよ。

 実を言えば、今日、私の方から桜井さんに休暇を取るように言おうかと思ってたんだけどね…丁度良かったわ」

 「そ…そうだったんですか…」

 飯田の言葉に相槌を打ちつつ、あおいの胸中では心臓に巨大な杭でも刺さったようにギクリとする。自分としては精一杯平静を装っていたつもりだったのだが、容易に見破られてしまっていたことに身が竦(すく)んだのだ。

 だが、何はともあれ急な休暇申請を受け入れてもらえたことは、あおいには一安心だ。

 …ただし、本当の意味での安息ではなく、その先端からは巨大な絶望に繋がる綱が伸びているのだが。

 「明日1日、ゆっくり休んでね。そして、また元気になって、みんなの前に戻ってくるのよ」

 「はい…」

 飯田の暖かな励ましに対して、あおいは心此処(ここ)に在らずといった風体で生返事する。

 一方で、胸中では唾棄とともに本音を吐露する。

 (ゆっくりなんて、休めるワケない…。元気になんて、なれるワケない…。

 だって明日は…名前だけは"休暇"なんてなってるけど…わたしにとっては、休暇どころか…)

 あおいの共通の呟きは飯田に届くはずもなく、優しく穏やかな声が虚しく空気を震わすのであった。

 

 あおいの休暇の報告はもちろん、警四の他のOJTメンバーの耳にも入った。

 そして彼らがあおいに対して取った態度は、概ね飯田と同じようなものであった。

 昼休みの昼食時。東京駅の食堂でテーブルを囲んだ警四のOJTメンバーは、あおいの休暇についての話題で持ちきりであった。

 「班長も心配してたって言うけど…私も、最近のあおいの様子がおかしいなって、思っていたところだったの」

 スプーンにすくったカレーを口に含んで嚥下し、小海はるかが眉をハの字にして曇らせて語る。

 「そ、そんな風に見えた?」

 あおいは飯田の時と同様に、ギクリとしながらも必死にとぼけて見せる。

 (私…そんなに態度に出てたんだ…)

 胸中の呟きに同意するように、高山直人が首を縦に振る。

 「最近、妙に大人しくなったよな。まぁ、報告書を書く機会が格段に減ったのは、喜ばしいことだけどさ…。

 でも…確かに桜井は早とちりなところがあるけどさ…その活発な行動力が長所になったことは、これまでも沢山あったワケだしさ。それが急に…ビクビクしてるっていうか、鈍くなったっていうか…」

 「やっぱ、あれか? 前のクレームが引っかかってんのか?」

 今泉翔が2杯目のカレーをがっつく手を一度休めて、率直に尋ねてくる。するとはるかと高山は慌てて、今泉の言葉をかき消そうというように両腕をバタバタさせる。その動作が"空気を読め!"と言う言葉を叫んでいることは明白だ。

 しかし、今泉は悪びれもせずに、スプーンであおいを指して語る。

 「オレはバカかも知れねーけど、小海や高山が感じてるように、桜井が何かに引っかかってるってのは分かるさ。

 だけどな、それを引きずったままにさせとく、ってのは良くねーと思う。

 オレ達はチームだろ? 1人だけ問題抱えて、他のヤツの足を引っ張っちまうようじゃあ、チームのみんなが迷惑することになっちまうじゃねーか。

 なんか悩んでるなら、パパッと話して楽になっちまった方がいいだろ?」

 今泉の言葉は尤もだ。あおいは胸中で深く同意する。

 出来ることなら、あおいだって、この頼りがいのあるチームメンバーたちにこの苦悩を打ち明けて、楽になってしまいたい。

 …だが、それをすることで、未来を奪われるだけでなく、このチームメンバーとの関係もこじれてしまうことが…とても、怖い。

 あおいは精一杯、引きつらないように笑みを浮かべると、両手をパタパタ振って答える。

 「ホント、何でもないんだって。

 いやね…確かに、あのクレームはかなり効いたけどさ…。だからこそ、もっと慎重にならないとなー、と思ってるだけで…。

 今まで好き勝手にやってきた分、感覚が掴めなくてさ…! 戸惑ってるだけなの!

 それだけ…だから」

 しかし、精一杯取り繕った言葉も、終わりに近づくに連れてぎこちなさが滲み出てしまう。

 そんなあおいの気配に気付かないチームメンバーではない。彼らは一様に眉を曇らせ、悲哀とも同情とも取れる陰った表情を見せてきたが…。しかし、それ以上あおいの状況を追求することはなかった。

 これ以上、あおいに説明を強いたところで、彼女の負担になるだけだろう…そんな気遣いが、彼らの頭に一様に過ぎったようだ。

 「…ともかく、明日はゆっくり休んでくれよ。

 今までは、正直おまえの無茶苦茶ぶりには頭が痛かったけどさ…あんまり大人しくなられても、調子狂うからさ」

 高山がそう締めると、ふぅ、というため息がテーブル中から漏れる。その吐息でこれまでの湿っぽい心配を追い出したかのように、警四のメンバーの雰囲気に明るさが戻る。そして、仕事の苦労話やら電車の話やらでワッと場が盛り上がるのであった。

 あおいも、ハハハ、と声を上げて笑ってみせていたものの…やはり、胸中の曇りは全く晴れない。

 (みんな…心配かけて、ゴメン…。

 でも、これは、私1人の問題だから…)

 それからあおいは、こっそりと、制服の上から自身の下腹部にそっと手を置く。

 (みんな…私が穢れてるって分かったら…どんな顔をするんだろう…)

 ふと、そんな事を考えた瞬間…この3日間で連日穢れ続けた胎内のおぞましい苦悦が思い返される。

 臭くて、汚くて、太くて、熱い、淫猥の暴力がズニュゥリと侵入してくる、あの感触…!

 (…くそっ…!)

 あおいはこっそりと口の端を引き結び、強く歯噛みしたのであるが…。

 清潔な下着の下で、彼女の明るい色の陰毛が茂る女陰は、ジワリ、と湿気を帯びていた。

 

 この日、あおいは贅肉の家に寄らずに帰宅した。

 しかし、その平穏はほんの一時のもの。眼前にフッと浮かび上がった儚い蜃気楼のようなものでしかない。

 明日になれば、彼女を待っているのは…人生最悪の、汚らわしい肉欲にまみれた、地獄のような時間なのだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 あおいを淫辱の苦獄に突き落とした卑劣なる一族、肥田家。その1人息子である太彦は、30代半ばにして、所謂ニートである。

 そんな彼と、専業主婦の母親が生活してゆけるのは、一重に単身赴任中の父親のお陰である。彼は仕事にのみ生き甲斐を感じており、家庭への貢献は金を稼ぐことだと信じて疑わない人物である。そんな父親だから、太彦がニートになろうとどうなろうと、1度も干渉してきたことはない。

 ゆえに太彦は、行きすぎた愛情を注ぐ母親の元で、好き勝手に人生を謳歌してきた。

 そんな太彦だが、引きこもりというワケではない。たまに思い出したようにハローワークに出かけて、仕事を探すこともある。とは言え、本気で就職を探しているというよりも、暇つぶしに求人情報を読んで回っているという感じだ。

 この日の太彦は、そんなハローワーク探訪に出かけていた。それはまさに"暇つぶし"そのものであり、午前9時過ぎに出発したかと思うと、午前11時前には帰宅するという、熱意の欠片もない行動であった。

 普段の太彦ならば、出発時は意気揚々としているものの、帰宅時には重すぎる自重の負担と歩いた疲労感でげんなりしているのであるが…この日の彼の様子は違った。バスを降りて自宅まで歩く彼の肥大化した醜い顔は、鼻息荒い興奮とやる気に満ちている。大根という称するには太すぎる足を大股に広げ、でっぷりと膨らんだ下腹をブルブル震わせながら、背筋をビシッと伸ばして意気揚々と歩いている。

 何故にここまで上機嫌かと言えば…苦労(というには、常人からすれば余りに怠惰なものだが)の末に帰宅した先に、彼の希望があるのだから。

 希望…そう、邪(よこしま)にして淫らな希望が。

 

 「ただいまっ、今帰ったにょーっ!」

 ブヨブヨの輪郭を伝う脂汗を拭(ぬぐ)いつつ、玄関の扉を開くと、そこには…。

 「お…おかえり…なさい…」

 気恥ずかしげな声を上げて出迎える、1人の少女。その姿を目にした太彦は、曇り空から顔を覗かせた真夏の太陽のようにパァッと大輪の笑顔を浮かべる。

 眼前の少女は、桜井あおいだ。しかしその格好は、普段の彼女からは想像出来ない程に可憐――というよりも、欲情的なものだ。フリルがたっぷり着いた、アニメの中のメイドを思わせるエプロンを、素肌の上に身につけている。下着は全くつけていないため、背後は背中もお尻も剥き出しだ。

 「ただいまだにょーっ、あおいたーんっ!」

 太彦は万歳するように大きく両腕を広げ、そのまま全体重を押しつけるようにしてあおいに密着し、抱きしめる。ブンニョリとした暑苦しい脂肪が、あおいの柔肌を咥(くわ)え込む。

 「それじゃあ、おかえりの、ムチュ~!」

 太彦は分厚い唇を突き出し、あおいの可憐な桜色の唇に迫る。モワァっと強烈な口臭があおいの鼻腔を痛めつけるが、あおいはちょっと眉をひそめる程度の反応に留める。悪臭とは言え、数日間かぎ続けてきたために、多少慣れてきた感がある。

 「ぁん…」

 太彦の唇に接触する直前、あおいは自ら唇を軽く開くと、しゃぶりつくようにして分厚い唇に重なる。

 そして…ヂュルヂュルヂュルルル…重なり合った唇はお互いを貪り合う粘水音を立てて、激しく絡み合う。

 口腔内では、多量の唾液にぬめる舌がナメクジの交尾のようにヌチャヌチャと絡み合う。

 「んん…」

 舌から頸椎へと這い上がる灼熱の快楽に顔を紅潮させたあおいが、艶やかに声を漏らす。伏し目がちになった両の眼は欲情に濡れてテラテラ輝き、目尻は小さな涙粒が光っている。

 「んんんん~っ!」

 あおいのそんな眼を間近でのぞき込んだ太彦は、頭からドカンと噴き出すような興奮に突き動かされ、声を立てながら舌をヌリュンヌリュンと動かしてあおいの舌を、歯を、口の中を舐め回す。

 しかし点火した興奮は、これだけでは収まりきらない。太彦はジャージのズボン越しにクッキリと隆起とした男根をあおいの股ぐらにズリズリと擦り付ける。

 「んうぅ…」

 あおいが、艶やかに喘いで眼をギュッと閉じる。太彦の肉茎が、エプロンの布地越しに女陰の割れ目を、プックリと立ち上がった陰核に触れたのだ。ゾクリとした快感に全身の皮膚が泡立ち、ジュワッと秘裂から欲情の粘液が漏れ出す。

 ズリ…ズリ…ズリ…。ヌチャ…ヌチャ…ヌチャ…。身体を擦り付け合い、唇を吸い合うこと、たっぷり十数分。

 「ンプハァ…」

 2人は開いた唇の中、突きだした舌の先端同士に銀糸を引きながら、ようやく密着を解く。

 しばし、互いに半ば夢見心地で快楽の余韻に浸った後。最初に口を開いたのは、太彦である。

 「いや~、こんなカワイイ娘(こ)に出迎えてもらって、おかえりなさいのキスが出来るなんて…!

 ホント、夢のようだにょー!」

 対してあおいは、ぎこちなさが出来るだけ露見しないように極力注意しつつニッコリと微笑んで返す。

 「ゆ…夢じゃ、ないです、よ。

 私は、ここに、いますから…」

 「うんうん!」

 太彦は幼子のように無邪気に勢いよく首を縦に振ると、あおいの腰に手を回し、剥き出しの尻にイモムシのような五指を置いてグニィと掴んで揉み回す。

 「ひゃん…!」

 欲情に濡れた秘裂の反対側を撫でられ、性感が倍化したあおいは、驚いたネコのような高い声をあげた。更に顔の赤みが増す。

 太彦はそのままあおいの尻を撫で回しながら、彼女をリードするように歩き、2階にある自室へと向かう。

 道すがら、あおいはムズムズするお尻の感覚から逃れようとするかのように、性感で震える声で太彦に尋ねる。

 「しゅ…収穫は、あったんですか? ハローワークの、方は?」

 「んー、全然ダメだったにょー。

 ボクの非凡極まりない才能を認めてくれそうな会社っていうのは、そう簡単には見つからないねー」

 「そ、そう…なん、ですか。

 太彦…さん、は、凄い方、ですから…焦らずに、自分の力を、発揮できる、会社を、探せば、いいと思う…あっ、います」

 「うんうん! そうだよね、そうだよね!」

 …こんな風に語りながら、2人は太彦の部屋を目指す。

 

 この日、あおいに課せられた要求。それは、太彦の予(かね)てからの願いであった、"恋人とメイドごっこをする"ことである。

 メイドと言っても、ヨーロッパの富裕層の家庭に見られるような、家事を担う使用人を欲していたワケではない。エロ漫画やアダルトゲームに出てくるような、主人に性的な奉仕をする"エロメイド"を望んでいたのである。

 一昨日、あおいが肥田家を後にする直前に太彦から出された提案が、これであったのだ。

 もちろん、あおいにとってそんな猥褻な要求を飲むのは不本意である。それでも今、彼女が従順に従っているのは、やはり弱みを握られているからだ。

 「太彦ちゃんの望みを叶えないのならば、國鉄に連絡するだけでなく、インターネット上にも暴言や暴行の様子をバラ撒く」

 太彦の母親にそう脅されたあおいは、夢を潰されないためだけでなく、社会的立場を貶められぬよう、要求を呑むしかなかったのだ。

 

 自室に戻った太彦は、ぞんざいに衣服を脱ぎ捨てと、漫画とゲームの箱が乱雑に広がる部屋に放る。こうして肥大化した鏡餅のようなデップリとした腹部が目に付く全裸となった彼は、開放感を謳歌するように伸びをする。

 それから、薄茶色の染みが広がるベッドに――どうやら、洗濯されたことがないようだ――横っ飛びに飛び込む。ガスンッ、と盛大な轟音が響き、続いてギシギシギシッ、とベッドの木枠が乗せた超重量に対する悲鳴を上げる。

 そのままゴロリと転がってベッドの上で仰向けになった太彦は、常に蒸れ続けてどす黒くなった股間をボリボリと掻きながら、ふぁあ~、と間の抜けた欠伸をする。

 「久々に外に出たから、疲れて眠くなってきたよぉ~…」

 「そ、そう…ですか…」

 あおいは口では相槌を打つものの、胸中では語気強く唾棄する。

 (ほんの2時間程度の外出で、そんなに疲れるワケないじゃない…。どれだけ虚弱なのよ…)

 そんなあおいの胸中を推し量ることなど当然なく、太彦はあくまでマイペースに、自分の欲求を貫く。

 「ねぇ、あおいたん。一緒に、お昼寝しようよ~。ねっ、ねっ!」

 太彦は股間を掻き毟(むし)ったままの手をベッドの布地で拭うこともせず、広く両腕を開いて構える。その姿は、あおいに対して"このふくよかな身体に飛び込んで来い"と訴えている。

 彼の欲求を瞬時に理解したあおいだが、それに従うのはやはり躊躇(ためら)われた。陰部に触れた手に抱かれるのは当然嫌だし、ギトギトの脂汗がぬめる贅肉と直に密着する感触は何度経験しても慣れず、抵抗が拭い切れない。

 だが…あおいはたっぷり十数秒の間逡巡した後、ついにゴクリと固唾を呑んで決心すると…おずおずとした動作で太彦の直ぐ隣に横になり、彼のブヨブヨの腕を枕にする。

 その直後のことだ。

 「あおいたんっ!」

 太彦の巨体が、まるで引き絞られたゼンマイが一気に解放されたような勢いで閉じ、あおいの全身をガシッと掴み込む。

 「んうっ!」

 太彦の垂れ下がった乳房のついた胸板によって、急に肋(あばら)を圧迫され、たまらず肺から空気を吐き出す。酸素を絞り出された肺が新鮮な空気を求めて深く吸気すると…ムワリとした太彦の蒸(む)せ返る悪臭が咽喉(のど)の奥に突き刺さる。

 「んぐっ…ケホッ、ケホッ!」

 反射的に咳を繰り返す、あおい。だが太彦はあおいを気遣うことなどなく、幼子がお気に入りのぬいぐるみを加減を考えずにギュウッと抱きしめるように、彼女の柔肌を思い切り抱きしめる。

 「ああ…あおいたんの身体…プクプクでスベスベで…気持ちいいよぉ…。

 最高の抱き枕だよぉ…」

 ウットリとした夢見心地で語る太彦は、ズルズルとあおいの身体のラインに沿って顔を動かすと、彼女の形の良い胸の谷間に顔を埋め、フンフンと鼻息荒く呼吸を繰り返す。

 「あっ…!」

 強烈な息づかいが乳首を擦り、あおいはピクンと身体を震わせて喘ぐ。

 「ああ~、あおいたんの香りも最高だよぉ~。甘くて、爽やかでさ…。

 …あー、もう、昼寝するつもりが、オチンチンがギンギンになってきちゃって、眠気が吹っ飛んじゃったお~!」

 すると太彦は、語った通りギンギンにそそり立ったイチモツをあおいの太股に押しつけ、シュコシュコと擦り付ける。

 「ちょっ…! やめ…っ!」

 熱く堅い、ペニスの感触。ブニブニとした陰嚢の感触。ゴワゴワとした陰毛の感触。それが混じり合った強烈な不快感に、あおいは拒絶の喘ぎを口にするが…。

 「あはっ、あはぁっ、あははぁっ…!

 一発ヌかないと、ね、眠れないにょ…」

 太彦は更に腰のストロークを早め、陰部をゴシゴシと擦りつけてくる。包皮のめくれあがらぬ肉茎の先端からは、プゥーンとアンモニアの匂いが強く漂ってくる。

 「お願い…も、もう、その辺で…!」

 鼻腔を突くアンモニア臭によるものか、はたまた太股の不快感によるものか…目尻に涙を煌(きら)めかせながらあおいが声を上げた、その時。

 「んにょおおおぉぉぉんんっ!」

 太彦が丸い顔をタコのように真っ赤にさせて叫んだと同時に、ペニスの先端を包む包皮がブクリと膨らむ。直後、水ヨーヨーが弾けるように、包皮の先端から白濁がビュルルルッ! と噴き出し、あおいの太股を、そして股間から腹部にかけてのエプロンをベッタリと穢す。

 「あ…っ! あ…っ! い、いや…!」

 生温(ぬる)く、生臭い白濁の感触に、あおいは顔を青ざめさせて押し殺した悲鳴を上げる。

 一方で、ペニスにはちきれんばかりの性欲をとりあえずはブチ撒けた太彦は、ウットリと安堵した様子で笑みを浮かべると、全身を襲う心地よい睡魔に身を委ねる。

 「んあーっ、気持ち良かったぁ…。

 それじゃ、あおいたん、お休みなさい…」

 太彦はペニスの先端から滴る白濁もそのままに、穏やかに瞼を閉じると、分厚い唇の隙間からフゴーフゴーと耳障りな寝息を立て始めた。

 1人、ハッキリとした意識のまま取り残されたおあいは、不快感に顔を歪めながらも、太彦のガッチリとした抱擁から抜け出すことも出来ず、しばらく不快感に苛まれていたが。

 やがて…太彦のブヨブヨの体躯から伝わってくる熱いほどの体温が身体の芯にまで浸透し、意識がぼーっとなってくる。

 太彦の入眠から遅れること数十分後…ようやくうつらうつらし始めたおあいは、ヌルヌルからカピカピに変わった白濁の感触もそのままに、静かに瞼を閉じたのだった。

 

 =====

 

 「ん…っ」

 可愛らしい小さな呻(うめ)きを上げて、ぼんやりと瞼を開く、あおい。

 彼女の眠りを覚ましたのは、どうやら部屋の窓から差し込む斜陽のようだ。丁度西側に面している窓から、燃えるような真紅の輝きが刺すような勢いで飛び込んでくる。

 (んー…よく寝たなぁ…)

 熟睡の満足感を得ながら、眼をうっすらと開いたまま、思い切り伸びをする。すると、グッと伸ばした腕がブンニョリした生暖かい軟体にぶつかる。

 (あれ…何だろ、この感触…)

 寝ぼけた頭の上にのんびりと疑問符を浮かべたあおいが、瞼をパッチリと開くと…途端に、ギクリともヒヤリともした冷たい衝撃が全身に駆けめぐり、意識が冷水を浴びたように覚醒する。

 眼前に、ニヤニヤとした気味の悪い嗤(わら)いを浮かべた膨満した顔面…太彦の顔が、デンとあった。

 そこであおいはようやく、ここが眼前の贅肉の肉欲の巣であることを思い出す。

 (そっか、私、寝ちゃったんだっ!

 こんなヤツに、無防備に寝顔を晒しちゃうなんて…!)

 危機感よりも睡魔に負けてしまった事実を心底悔やんでいると、太彦が分厚い唇を開いて口臭漂う言葉を放つ。

 「あおいたんの寝顔…とっても可愛かったお…。

 堪らなくなっちゃったから、またヌいちゃったお…」

 その言葉にはっとして、あおいは視線を足の方へ向けるが…密着する太彦の下腹でよく見えない。だが、太股に入眠前にも感じた深いな粘液質を感じ取り、自慰のオカズにされたことを実感した。

 (くそっ…やりたい放題してっ!)

 胸中で毒づくも束の間。矢継ぎ早に太彦は要求を口にしつつ、ムチュウと分厚い唇をすぼめて尖らせる。

 「さあ、お目覚めの、ちゅ~!」

 あおいの胸中には勿論、嫌悪感と抵抗が沸き上がったが…。例のごとく思考にちらつく脅迫に負けて、あおいは不本意極まりないながらも要求に従う。

 頬を羞恥で薄桃色に染めながら、桜色の唇をソッとすぼめて、太彦のそれと重ねる。

 「んちゅうううぅぅぅ…」

 重なった直後、太彦はそんな声を上げながら、即座に唇を割ってナメクジのような舌をあおいの口腔に侵入させる。

 対してあおいも、おずおずと舌を持ち上げて、太彦のそれとヌチャヌチャと絡め合わせる。

 たっぷり時間をかけて、小汚い部屋にクチュ…クチュ…と粘膜の擦れ合う音を響かせてディープキスを続ける。2人の唇が唾液の糸を幾筋も引いて離れた頃には、窓の外では真っ赤な太陽が地に沈み、空が黒みを帯びてくるような時間帯になっていた。

 「ねぇ、あおいたん…」

 「な、なによ…」

 昼寝前には徹していたメイドの演技をかなぐり捨て、強い語気で訊(き)き返すと。太彦は乳房を探す赤子のように甘えきった表情を作って、新たなる要求を口にする。

 「ボクのために、夕ご飯、作ってほしいなぁ」

 「は…はぁ!?」

 あおいは思わず飛び起きながら、非難と困惑の混じった声を上げる。

 太彦はのっそりと上体を起こすと、甘えた笑みを貼り付けたまま言葉を続ける。

 「今日…ウチのママン、居ないんだ。

 あおいたんがメイドとして来てくれるって聞いたらね…ママン、久々に羽を伸ばすとか言って…遊びに出かけちゃったんだ。

 だから…夕ご飯、あおいたんに作ってもらわないと…ボク、食べれない…。

 ぜひぜひ、あおいたんの手料理、食べさせてほしいなぁ…」

 (そっか…通りであのババァの姿を見かけないと思ったわ…)

 いつもいつも火を噴くような凄みのある視線で監視してくる母親の姿を見かけなかった事情を理解したあおいは、瞬間、ふとこんな考えが頭中を過ぎる。

 ――今なら、このデブをブッ倒して、この地獄から抜け出せるんじゃないか。

 ギリリと拳まで固めて、やる気満々に思考するものの…数秒後、あおいはゆっくりと拳を開いて気力を失う。

 ――今なら確かに、このデブを倒せるけど…母親が帰ってくれば、今回の暴行の事実を付け加えて、國鉄に諸々のことを通報される。状況が良くなることなんて、ない。

 それを覚ったあおいは、苦々しい笑いを浮かべてハァー、とため息を吐くと。太彦の要求に向けて思考を切り替える。

 「あのさ…私、料理なんてほとんどやったことないから、手料理なんて期待されても、マトモなものにならないわよ?

 夕食なら、そこらのスーパーから総菜でも買ってきた方が…」

 全て語り終えるより早く、太彦は頬肉をブルンブルンと震わせながら、首を左右に激しく振る。

 「やだ、やだやだっ! ボク、あおいたんの手料理が食べたいんだいっ!

 あおいたんの手料理、手料理、てぇりょうりぃぃぃっ!」

 気が狂ったように叫び散らす太彦を目にして、あおいは困り果てて後頭部をポリポリと掻く。

 彼女自身が語った通り、あおいは料理の経験などほとんどない。学校の家庭科の時間に調理実習をした程度のものだ。その時もあおいはあまり役に立っておらず、同じ班の料理達者な友人に任せっぱなしの状態であった。

 太彦への嫌悪感を差し引いても、非常に厄介な要求である。

 だが、太彦のワガママは更にエスカレート。ベッドにゴロリと転がると、ドタドタとぶっとい手足をバタつかせて、地団駄を踏む。凶悪な重量の暴走に、ベッドがギシッギシッと今にも壊れそうな悲鳴を上げる。

 「やだぁっ、やだぁっ! あおいたんの手料理、手料理、手料理ぃっ! 手料理、食べたいんだぁっ!」

 ちょっとやそっと押そうが引こうが、こうなってしまった太彦を止めることは出来なそうだ。あおいはハァー、と再び深くため息を吐くと…気怠さを感じながら決意する。

 「分かった、分かったわよ。作れば良いんでしょ、夕ご飯。

 味は、保証しないけどさ」

 「うんっ! うんっ!」

 あおいの承諾を耳にした太彦は、ピタッと地団駄を止めると、ゴムボールが弾むように飛び起きて、首を何度も縦に振る。

 幼子のような太彦を後目(しりめ)にサッサと踵を返したあおいは、足早に部屋の外を目指すが…そこへ「あっ」という太彦の声が足を引っ張る。

 「何よ?」

 強気に眉を釣り上げて振り向き、トゲトゲしい口調で聞き返すと。太彦は糸のように細めた弧状の眼であおいを見つめながら、ネットリとした嫌味を込めて語る。

 「あおいたんは今日、ボクのメイドさんだよ? あんまりタメ口は言わないようにね、メイドさんっぽくないからさ」

 思わぬダメ出しに、あおいの顔は真っ赤に染まる。勝手なことを言いやがって、という反発と、結局は従わなくてならない、という恥辱の混じった顔色である。

 「………!」

 あおいは顔を赤くしたまま、ギュッと眼も口も一文字に結び、プルプルと震えながら直立していたが。やがて、ゆっくりと眼と口を開いて、恥ずかしげに語る。

 「わ、わかったわ…いや…その…わ、わかりました…ご主人様」

 「うんっ、うんっ! それっ、それっ! それでこそ、メイドさんだおーっ!」

 フゴフゴと荒い鼻息を吐きながら、爛々(らんらん)と目を輝かせて満足げに太彦が叫んではしゃぐ。

 そんなバカらしい光景に今度こそ断固として踵を返したあおいは、ドスドスと荒々しい足取りで太彦の部屋を退室。一路、1階の台所へと向かった。

 

 肥田家の台所は、リビングや太彦の部屋に比べれると、随分と片づいていた。太彦の母親も、さすがに乱雑な台所で家事をこなす気にはなれないらしい。

 「…よしっ、やってみるか…」

 鼓舞の言葉を小さく呟いたあおいは、冷蔵庫や戸棚を開け閉めして、使えそうな材料を集める。

 一通りの材料をテーブルの上に並べたあおいが取りかかった料理は、ナポリタン・スパゲティである。

 とは言え、その調理課程は端(はた)で見る者を大いに不安にさせるような作業で満ちていた。玉ねぎやピーマンはろくに洗いもせず、力任せにドツドツと切り分ける。パスタ麺を茹でるお湯には塩などは入れず、袋から取り出したままの束をドサッとぶっ込むのみ。そして、アルデンテなど考えず、うどんのようにひたすら煮込むだけだ。デロデロに柔らかく茹で上がったパスタ麺と切った野菜やソーセージを絡めて、トマトケチャップで和えながら炒める時と来たら、味見などせずひたすらケチャップを入れて赤味を色濃くするだけだ。

 日常的に家事をこなしている者から見れば絶句するような悲惨な手際だが、太彦は全裸のままテーブルに座り、裸エプロンで奮闘するあおいの様をニコニコと楽しげに見つめていた。

 「ホラ、出来たわよ…あっ、じゃなくて…で、出来ました」

 慣れない媚びた丁寧語を口にしつつ、太彦の前に山盛りにしたナポリタン・スパゲティをドンと置く。出来上がった代物は、赤の絵の具をブチまけたように真っ赤で、むせかえるようなケチャップの塩辛くて酸っぱい匂いの漂う、毒々しい一品である。舌が肥えている者でなくとも、正直、食欲をそそるようなものではない。

 だが、太彦は一言も文句を言わない。それどころか、「わぁっ!」と歓声を上げてパァンッと景気よく手を打ち合わせ、キラキラと目を輝かせて料理を見つめる。

 「あおいたんの手料理っ! 手料理っ! 手料理だぁっ!」

 咽喉(のど)から手が出るほど欲しがっていた玩具を手に入れた子供ように、太彦は座ったまま贅肉をブルンブルン震わせて小躍りする。

 「見た目にも、味にも、自信は、あ、ありませんけど…。お、お口に合えば、よ、良いのですけど…」

 モジモジと指を絡めながらあおいが語る様子からは、慣れない言葉遣いへの羞恥というより、見苦しい料理への恥ずかしさの方が多い。

 それからあおいは、太彦が料理を口に運ぶのをモジモジと待ち続けていたが…どういうワケか、太彦は目の前のフォークを持つこともせず、ナポリタンとあおいを交互に凝視している。

 (いくらこんなブサイクデブのバカでも、さすがにこれを喜んで食べる気はないか…)

 あおいは思わず苦笑したが…太彦の胸中は、彼女の思惑とは全く別物であった。

 そして太彦は、その思いも寄らぬ要求を分厚い唇から滑り出す。

 「ねぇ、あおいたん…。

 あおいたんの口移しで、これを食べさせてよ…」

 「…え…?」

 あおいは一瞬、何を要求されたのか飲み込めず、キョトンとして聞き返したが。やがて、布地に落ちた水滴が広がるようりジンワリと思考に太彦の言葉が浸透する。

 「く、口…移し…!?」

 またも演技をかなぐり捨て、素の驚愕を晒して要求を確認する。

 「うんっ、うんっ! 口移しだよ、く・ち・う・つ・し~!」

 太彦は接吻を意識して唇をムチュウと突き出しながら、得意げに肯定する。

 「な…そんな、バカなこと…!」

 羞恥と共に呆れきった怒りで顔を赤く染めたあおいが抗議の声を上げると、太彦がハァー、と臭くて深いため息をつく。

 「だーかーらー、あおいたん、キミはボクのメイドだってことを忘れちゃだめだよぉ。そんな怖い声、出さないでよ。

 あんまりオイタが過ぎると…ボク、ママンに報告しないといけなくなるから…」

 弱みを握る母親の存在をチラつかせると、あおいはそれ以上抵抗できなくなり、不満をグッと食道の奥底へと飲み下す。

 「ね? だから…口移しで、あおいたんの手料理、食べさせて…。ね、ね?」

 太彦はまたもムチュウと唇を突き出したり、その合間から太い舌を覗かせてビチビチと振って見せたりする。

 こんな気味の悪い姿を見せられて、あおいの意識はますますげんなりとしてしまうが…。やはり抵抗感よりも、将来の破綻への恐怖が先立ってしまう。

 「わ…わかっ…わかりまし、あっ、かしこまり、ました…ご主人様…。

 わ、わたしの…く、口で…お食事の、ご、ご奉仕を…させて、いただきます…」

 「うんっ! お願いだよっ!」

 あおいは恥辱に震える足を動かして太彦の隣の席へと移動し、座す。2人が向き合った際、太彦はニィヤァリと伸ばしたゴムボールのような笑みを浮かべてくる。あおいは、その不気味な笑みから目を逸らすように素早くスパゲティに向き直り、フォークを掴む。

 櫛(くし)切りと呼ぶにもあまりに不格好なタマネギにザクッとフォークを突き立て、真っ赤に染まったパスタ麺をクルクルと絡め取る。それを桜色の唇の高さまで持ち上げると…ゴクリ、と固唾を呑む。

 自身の悲惨な料理の味を想像しての緊張感もあるが、それ以上に口移しという行為に心臓が張り裂けそうなほどバクバクと脈打っている。

 (も、もう…、や、やるしか、ないじゃない…っ!)

 あおいは桜色の唇を大きく開き、チロリと突き出した薄紅色の舌の上にからめ取ったパスタ麺を乗せる。

 ビリビリッ…そんな表現がピッタリするような、トゲトゲしいほどの塩辛さと酸味が舌を突き抜けてゆく。思わず口腔内にジュワリと大量の唾液が溢れてしまったほどだ。

 (うわ…我ながら、マズッ…!)

 眉をしかめつつも、あおいは決心してパクリと口を閉ざす。口の中いっぱいに咳込みそうなほどに濃厚なケチャップの味が広がる。

 「んっ…」

 閉ざした口の中で小さく悲鳴を上げながら、フォークだけを唇の合間から抜き去ると、ニタニタ笑う太彦に向き合う。

 口の中にある不味すぎる食物を押しつけたくて、仕方がない。

 その欲求と衝動に駆られたあおいは、これまでに無いほど積極的にグイッと顔を太彦に寄せて、唇を重ね合う。

 「んほぉ!」

 太彦は感激の声を上げながら、接吻を受け入れる。

 「んっ…んんっ…!」

 あおいは舌の上のビリビリするほど不味いパスタを舌で押し、太彦の口の中へと送り出す。すると太彦のナメクジのような舌がいやらしくあおいの舌に絡まりながら、パスタ麺を受け取って、自身の口腔へと運ぶ。

 「んほ…んほ…んほ…」

 太彦は分厚い唇をあおいにかぶせたまま、受け取ったパスタ麺を噛み砕いてゴックンと飲み込むと…。

 「ひゃあ~っ! 刺激的なお味だなぁ~っ!」

 接吻を解いた太彦は、口臭にケチャップ臭が混ざり合った異臭を放ちながら、天を仰いで叫ぶ。その表情はゲラゲラとした笑いに彩られていた様子を見ると、あおいのパスタ麺の味をそこそこ気に入ったようである。

 太彦は脂肪に埋(うず)もれた首を素早く動かしてあおいの正面を向くと、イヌのように急いた呼吸を繰り返しながら更に要求を突きつける。

 「次、次だよ、早く、次っ!

 ああっ、美味しかったなぁ、あおいたんの口移しスパゲティ! あおいたんの甘い味がして…もう最高ッ!

 早く、次、次だよっ!」

 意外な好反応に揶揄ともはにかみと取れぬ妙な感情を沸き上がらせていた、あおいは…。

 「か、かしこまりました、ご主人様。次、いきますよ…」

 自らの不味いパスタを口に放り込み、再び接吻しての食物の受け渡しを繰り返す。

 何度も何度も、この淫靡で異様な行為を繰り返しているうちのこと…。あおいの中に、奇妙な感覚が目覚めてゆく。

 パスタ麺の不味さや濃密すぎる香りによって、太彦の口臭やら唾液が気にならなくなってしまった彼女は、太彦との恋人ごっこを始めて以来、初めて何のストレスもなく純粋なディープキスの感触を楽しんでいた。

 パスタ麺を受け渡す際にふれ合う、粘膜の感触。ヌルリと生暖かくて、痺れるような刺激を伴った、電撃的な快楽。

 太彦はあおいの唾液の味を、しばしば"甘い"と答えていたが…その意味を今、あおいは実感する。

 (甘いのは、唾液なんかじゃない…この、蕩(とろ)けるような、悦びなんだ…)

 まるで、甘くて美味しいロリポップキャンディでも舐めるように…あおいは悦楽の甘さを貪り、自らの舌をジュルジュルと太彦のそれとたっぷり絡めながら、パスタ麺を受け渡す。

 次第に、強気につり上がっていた目尻がトロンと下がり、微熱に浮かされたように伏し目を作ると、情欲に瞳を潤ませる。

 「ん…んふっ…んんんっ…」

 パスタを口移しするあおいの行動は、回数を経るに連れて次第に情熱を増してゆく。皿の上の麺がほとんどなくなる頃には、食物の受け渡しよりも唇の貪り合い、舌の絡め合いにじっくりと時間をかけるまでになっていた。

 (こんなヤツ相手に…私、なんでこんなに熱を注いで…)

 快楽に心を奪われたとは言え、思考の全てが痺れたワケではないあおいは、ぼんやりと疑問を差し挟むものの…。すぐに、粘膜接触による電撃的快楽に押しつぶされ、どうでも良くなる。

 やがて…チュポンッ、と粘水音を立てて2人の唇が離れる。太彦は積極的なあおいの態度に何か勘違いを起こしたらしく、精一杯ニヒルを気取って、唇の端を釣り上げて笑ってみせている。そんな様子にあおいは一片の魅力も感じずにはいるものの…口の中に残る情熱的な悦楽の余韻を惜しんで、物欲しげな視線を太彦の分厚い唇へと注いでいる。

 しばし、熱っぽい沈黙が場を支配した後…。静寂を破ったのは、太彦のケチャップ臭漂う声だ。

 「んーふふふーっ。あおいたーん、口移しはボクも気持ち良かったけど、キミもとっても気持ち良かったんだねー。

 だってホラぁ、アソコがあんなに濡れちゃって…」

 太彦の膨らんだ瞼に押し挟まれた瞳が、いやらしい目つきであおいの股間を見やる。その視線に誘われるようにしてあおいもまた、自らの股間に視線を注ぐと…ハッとして、顔をカァーっと赤らめる。

 エプロンに、女陰の秘裂の縦筋をなぞったような湿り気の跡がくっきりと残っているのだ。

 「あ…こ、これは…っ!」

 嫌悪すべき対象に、自らの性的享楽を覚られた負い目から、慌てて言い訳を取り繕うとするが。続く言葉をまたずに、太彦は巨体の重量を椅子に預けて股を広げる。メキメキと悲鳴を上げて傾く椅子の一方で、太彦の股間には包皮を纏ったままギンギンに勃起したイチモツがそそり立っている。その先端は、まるでハチミツでも塗りたくったようにヌメヌメとしたカウパーでびしょ濡れだ。

 「大丈夫、大丈夫だよ、あおいたん。

 ボクだって、オチンチンがこんな状態だもん。

 あおいたんの舌遣い…唇の感触…最高過ぎて、脳ミソが沸騰しそうだったにょ…。

 あおいたんも、ボクのこと、とっても感じてくれたんだね…。ボク、恋人として、とっても嬉しいにょ…」

 真夏の日にドロドロに溶けたチョコレートのような甘ったるい蕩けた声に対して、あおいはブンブンと首を横に振って拒絶する。そして、性感を享受していた事実をかき消すべく、慌てて素(す)っ頓狂(とんきょう)な上擦(うわず)った声を上げる。

 「さ、さあ、片づけないと…あっ、お片づけしないと、いけませんから…!」

 皿をヒョイと持ち上げて小走りでシンクに向かい、たらいの中にゴトンと放り込んで水を張る。エプロンの薄地の布の向こう側では、飛び出さんばかりの鼓動がバクバクと鳴っていて、乳房をプルプル揺らしている。

 (そ、そう…! これは、悪い冗談! 何かの間違い…! そう、そうなのよ…!)

 言い聞かせながら、スポンジを手に取ると、洗剤をつけぬまま皿を擦ろうとした…その時。

 ブンニョリ…生暖かい贅肉が、背後からあおいの柔肌を押し包む。太彦が、いつものような力任せではない、餡を優しく包む餃子の皮のような気遣いをみせて抱き締めてきたのだ。

 「な、なに…いや、な、なんですか!?」

 胸に回された腕越しに自分の興奮が伝わることを恐れながら、ぎこちなく問いをぶつけると。太彦は、相変わらずケチャップ臭い息を吐いてあおいの耳元をくすぐりながら語る。

 「お皿洗いなんて、どうでも良いよ。

 そんなことより…ね、あおいたん。お風呂入ろうよ、お風呂…。

 あおいたんも今日一日、疲れたでしょ…? だから、ご褒美を兼ねてさ、お風呂でサッパリしようよ…」

 "ご褒美"なんて労(ねぎら)いの言葉をかけつつも、エプロンの内側に太い指を滑り込ませて、グニグニとあおいの乳房を揉みしだく。そんな太彦の行動を鑑みると、あおいのための提案というより、彼自身の性欲を満たすための提案なのだ、という事実がガツンと頭の中に入ってくる。

 だが…そんな助平で卑劣な提案だが…あおいは、首を横には振れない。

 今、彼女の胸中には、弱みを握られているという事情以上に膨らんだ"要因"が存在し、そいつが太彦の提案をすんなりと飲み込んでしまうのだ。

 「わ、わかりました…ご、ご主人様…。

 ご一緒に、お風呂、いただきます…」

 「うんっ、うんっ!

 それじゃあ、あおいたん。早速、お風呂湧かして来てねっ!」

 太彦は弾けるような口調の勢いで、乳房をもてあそぶ指をパッと放し、あおいを解放した。

 あおいは、相変わらず家事を一切こなさない太彦に内心苦笑しながら、独りバスルームに向かう。

 これまでなら、手間のかかる作業を押しつけられたら途端に不機嫌になっていたのに…今はどういうワケか、軽やかに足が動く。

 どうやら、未だに収まらぬ興奮の鼓動に気持ちが浮いているらしい。

 だからといって、あおいはその気持ちを振り払うことをせず、跳ね上がるような気分のままにするのであった。

 

 肥田家のバスルームは、他の部屋と同様に乱雑で、小汚かった。

 タイル張りの床にも壁にも幾つものヒビが走り、蛍光ピンク色の水垢が点々と見える。

 風呂桶の中には、数日洗っていないのか、髪の毛や垢がウヨウヨしている、生ぬるい濁ったお湯で満ちている。

 あおいは料理同様、掃除も得意な方ではないが…少なくとも、こんな状態の湯船に浸かりたくはなかったので、お湯を抜くと洗剤をたっぷり付けたスポンジでゴシゴシで風呂桶を擦る。風呂桶からヌメリが取れ、ある程度爽快な輝きを得られたことに満足すると、早速湯沸かしをする。

 風呂桶にお湯が溜まるまでの間、あおいは暇を持て余していたが、だからと言って台所に戻る気にはなれなかった。なので、風呂桶にお湯が溜まってゆく様子を呆然と見送っていた。

 すると…。

 「あーおーいーたーん!」

 ガラガラ、と浴室の扉を開いて太彦が顔を出し、隣の家の友人を塀越しに呼ぶ子供のような声で呼びかけてくる。

 「なによ…あっと、な、なんですか?

 まだ、お風呂は沸いてませんよ。もうちょっと、待っててください」

 「お風呂が沸いてなくても、シャワーだって使えるじゃないにょー。

 だ・か・ら…」

 太彦はドスドスと象のような足音を立てながら、裸体の股間にぶら下がった立派なイチモツをブラブラさせつつ、進入してくる。

 まだ歯を磨いていない…いや、いつも磨いていないのかもしれない、歯の色が真っ黄色なのだから…口からは、ケチャップと汚臭の混じった口臭を垂れ流しながら、押し潰すように接近する、太彦。あおいはその重量感に気圧されて1歩、2歩と後ずさり…ピタッと背中に風呂の壁が当たって、ハッとする。

 「遊ぼうにょ~」

 ワキワキと指を動かしながら腕を伸ばした太彦は、逃げ場を失ったあおいのエプロンの両脇に手をスルリと入れると、グニュリグニュリと乳房を揉み回す。

 「んはぁ…っ! ちょ、ちょっと、やめ…やめて、ください…!」

 指の乱暴さ加減よりも、乳房から伝わるゾクゾクした性感が気になって仕方がない。見る見るうちにあおいの頬は情欲の桃色に染まってゆく。

 「やめてって言われてもねぇ…。

 でも、あおいたん、キミの乳首はこんなに…」

 太彦は語りながら、堅く尖った乳首をギュムッとつねり上げる。

 「ひあっ!」

 ビクンッ、と電撃に打たれたように激震して絶叫する、あおい。痛くて、鋭くて…それでも甘くて、熱くて、心地よい刺激。それが脊椎を下って女性の中心へと到達すると、秘裂からジュワッと大量の愛液が溢れ出す。

 ますます染みが広がる、エプロンの股間。それをニタニタと見下した太彦が、穢らわしい口臭をまとった言葉をネットリと口にする。

 「うわぁ、こんなに濡れちゃって…。

 これはもう、お風呂でキレイキレイにしないとダメだお~」

 語りつつも、乳首をつまみ上げたままモニュンモニュンといじくり回す、太彦。乳房がブルリと1回りするごとに、あおいの女陰はジュワリと愛液の塊を吐き出す。

 そんなやり取りを経ること、十数分後。湯沸かし器がピロリンとお湯が沸いたことを知らせるアラームを鳴らす。それを合図にしたように、太彦はピタリと乳首をもてあそぶのを止めた。

 文字通りに痛いほどの快感に身をさらし続けたあおいは、くてっ…と脱力してその場にへたり込んでしまう。頬は桃色を通り越してイチゴ色に染まり、熱っぽい吐息を浅く早く繰り返している。

 そんな彼女の有様など全く考慮せず、太彦は身勝手に急かす。

 「早く、早く、服を脱ごうよ、ねぇ、あおいたん!

 お風呂、沸いたよっ! さあ、服を脱ごうよっ!」

 「ちょ…ちょっと…待って…待ってよ…」

 さすがに演技を続けられるほどの元気を失ったあおいは、フニャリと上げた右腕で太彦を制する。が、太彦はドスドスと足踏みして「早く、早く!」とあくまで急かし続ける。

 「も、もう…まったく…!

 わかった、わかったから、脱ぐから…」

 壁にもたれ掛かりながらズルズルと立ち上がったあおいは、裸体を1枚で覆うフリフリのエプロンをぞんざいに脱ぎ捨てる。

 こうしてあおいは、程良く鍛えられて引き締まった、健康的な裸体を世界に晒したのだ。その姿ときたら、伝説を描いた絵画の中の若き戦乙女を連想させる。

 …頬さえ染まっていなければ、その威厳は常人に神々しく映ったことだろうが…。いきり立った乳首やジメジメに濡れそぼった陰毛やら陰裂を見ると、戦乙女でも敗北して辱めを受けた悲惨な状態にしか見えない。

 そして太彦は、そんな戦乙女に当然畏怖など感じようはずもなく、脱ぎ捨てられたエプロンを乱暴に丸めて浴室の外に放り出すと。

 「あはぁ…っ! あ、あ、あおいたん…あおいたんの裸…っ!

 や、やっぱり、キレイだおぉ…っ!」

 ネットリと粘っこい視線であおいの全身をくまなく視姦する。包皮をかぶったままの男根がググッと天を向いてガチガチにそそり立ち、先端からタラリタラリとカウパーの唾液を垂らす。あおいという瑞々しい果実へ強烈な食欲を覚えたかのように。

 「はっ、早くっ、早くお風呂入ろうっ! 温め合って、イチャイチャして、それから、それから…!」

 太彦はグイッとあおいの腕を引っ張ると、浴槽の方へ驀進(ばくしん)する。対してあおいは、本能的にも理性的にも太彦の行為を断固として拒絶し、くすんだタイル床の上で足指を踏ん張り、ブレーキをかける。

 「ちょ、ちょっと…! そのまま、身体も洗わないで、入るつもり…ですかっ!?」

 「だって、あおいたんの沸かしてくれたお湯だもの~! すぐに入って、サッパリしたいよぉ~!」

 太彦の筋力自体はあおいよりも数段劣るため、手を振りきろうと思えば、いつでもそれが出来るはずだ。それでもあおいは手を離さず、敢えて贅肉の超重量と張り合うような真似をしているのは、あくまでそのまま湯船に浸からせることを阻止するためだ。

 自身で掃除し、沸かし、そして自身も利用する湯船を、一瞬にして台無しにされたくない。そんな思いでいっぱいだ。

 しかし太彦は己の重量に任せて湯船の縁(へり)に達すると、イモムシのような指でガッシリと縁を掴んでしまう。こうなっては引き剥がすのは、かなりの手間だ。

 (こうなったら…! クソババァもいないことだしっ! 力づくでっ!)

 あおいは眉を怒らせて決断すると。スクッと身を屈めて足を伸ばし、太彦の太すぎる大根のような脚を払う。

 「のわぁっ!?」

 太くて重いばかりでバランスなど持ち合わせていない太彦は、さしたる抵抗なく、スッテンとその場に転がる。

 「いちちちち…! こ、転んじゃったお…」

 ヒキガエルのようにひっくり返った太彦は、あおいに脚払いをかけられたことに気づいていないようだ。転んでしまったことばかり気にしている。

 これを好都合と見たあおいは、両腰に手をおいて、"それ見たことか"と糾弾する態度を取りながら、太彦を見下す。

 「慌てるから、そんなことになる…んですよ。

 まずは、落ち着いて、シャワーを浴びてから、お風呂に入り…ましょう」

 言葉の所々で躓(つまづ)くのは、その都度メイドである立場を思い返して、イヤイヤながら丁寧語を口にしているためだ。

 一方、太彦は倒れたままあおいの股間をニタニタ見つめながら、あおいの申し出を快諾する。

 「まずは、愛する2人で体の洗いっこをして絆を確かめてから、お風呂に入るってことなんだね…。

 うん、うん。それでいいよ、うん!」

 太彦はモゾモゾと動いて、立ち上がるのに奮闘する。贅肉と体重が邪魔をして、簡単にはいかないようだ。そんな情けない様を見て、ハァ、と小さくため息をついたあおいは、1人でシャワーに向かう。

 「シャワー、暖かくしておくから…えっと、しておきますから」

 シャワーを手にする、お湯が出るまで水を出しっぱなしにする。次第にもうもうと暖かな湯気を上がってきたので、シャワーヘッドから噴出する水に手を触れると、心地よい暖かさを感じる。

 太彦の方をチラリと見やる。彼はようやく四つん這いの姿になって、これから体を起こそうとい有様だ。四肢が頼りなくプルプルと揺れている様を見ると、完全に立ち上がるまでまだ時間がかかりそうだ。

 「…お先に、シャワーいただきますね」

 あおいはそう語ると、さっさと全身に暖かなお湯の雨を振りかける。太彦の脂っぽい手のひらで弄(もてあそ)ばれた体を、そして、不覚にも濡れそぼった女陰を洗い流したかったのだ。

 「ふぅー…」

 柔肌を滑ってゆく暖かみが生み出す安堵に、ゆったりとため息を吐く。今日という1日の中で、あおいが一番気を休めることが出来た瞬間であった。

 しかし、安堵も長くは続かない。

 「あーおーいーたーん、まーぜーてーよーっ!」

 子供っぽいと形容するには、あまりにもいかがわしい響き。その声と共に、背後からヌッと巨大な陰がかかったと思うと…ガバッと重苦しい贅肉が覆い被さってくる。

 「くぅぁっ! ふ、太彦、さん…!?」

 「ああー、暖かいなぁー、お湯も、あおいたんの体も…はああぁー…」

 ぬいぐるみでも抱くようにギュッと抱き締めて、おあいの柔肌に太い指を食い込ませてくる。更には、股間の剛直をあおいの尻の割れ目に挟み込ませると、シュッシュッとストロークを開始する。

 「……っ!」

 尻の肉に伝わる灼熱の欲情に、あおいはピクンと全身を震わせ、硬直したが…それも、ほんの一瞬のこと。

 あおいが振り払おうとするより前に、太彦の方から体を離したのだ。

 「そうだっ!

 ねぇ、あおいたんっ! 折角2人でお風呂に来たんだしさ、ソープごっこしようよ、ソープ、ソープ!」

 「えっ、ソ、ソープ…!?」

 問い返すあおいの口調には、嫌悪よりも戸惑いの響きの方が強い。というのも、彼女は"ソープ"という言葉が性風俗業の"ソープランド"のことを示していることは理解しているものの、具体的にそこでどんなサービスが行われているか、全然知らないのだ。元来の男嫌いである彼女は、性風俗の知識については悉(ことごと)く避けてきたため、疎(うと)いのである。

 そんなあおいの戸惑いなど構わずに、太彦は肥大化した図体を風呂の座椅子に預けて腰掛ける。優に120キロを超える巨大質量に座椅子はミシリと小さく潰れるが、かなり頑丈な作りらしく、破壊されることはなかった。

 座した太彦は所々に湿疹の痕が黒々と残る、ノッペリした背中をあおいに向けて語る。

 「それじゃ、あおいたん、お願いね! キレイキレイにしてお~!」

 とは言われたものの、やはりあおいはどうして良いか分からず、頭上に疑問符を浮かべて暫く呆然と立ち尽くすばかりだ。

 (ソープって…英語で、石鹸って意味よね…。ってことは…体を洗えば、いいのしから…?)

 あおいはおずおずと浴室の手すりに垂れ下がっていたタオルを手に取ってタライに入れると、汲み桶で湯船からお湯をすくってタライの中を満たす。十分にタオルが濡れたところで軽く絞り、手近にあったボディソープをタオルに広げ、泡立てる。そして両手で、丁寧に床か壁でも掃除するように、太彦の背中をゴシゴシと擦る。

 すると…。

 「違うお、違うおっ! ソープってのは、そういうんじゃないおっ!」

 脂肪に埋もれた首を回した太彦は、膨らみ過ぎたゴムボールのような顔に不細工に輪をかけた怒り面を張り付ける。

 「え…ち、違うの…?」

 怒られた事実よりも、相変わらずどうすれば良いか分からずにキョトンとする、あおい。そこでようやく太彦は、あおいが"ソープ"を知らないことに気付き、とたんにデロリと腐った果実のような甘ったるい笑みを浮かべる。

 「デュフフフ、あおいたんはベッドの上でも下でもウブなんだねぇ!

 ソープではね、タオルじゃなくて、女の子の体にあるスポンジで体を洗うんだお!」

 「体にある、スポンジ…?」

 一瞬、本気で分からずに眉根を寄せたが…ハッと理解し、途端に顔が真っ赤になる。

 女体において、他人の体を洗えるように突出していて、スポンジで形容される柔らかいもの…それは、乳房以外に考えられない。

 太彦はあおいの胸中を読み、"正解!"と語るようにニンマリと笑みを浮かべると、おもむろに首を回して再び広い背中だけをあおいに向ける。

 「さぁ、あおいたん、キレイキレイにしてお~。

 そのスポンジ…いや、マシュマロかなぁ? それで、しっかりと…ねぇ?」

 (クソ…ッ! なんで、こんな、卑猥なこと…私、いつまでやらされて…!)

 胸中で不満タラタラに叫びつつも…あおいはボディソープを手に取り、両手の中で十分に泡立てると、ヌリュヌリュと己の豊かな乳房に塗りたくる。例によって、逆らったところで自身の運命が危うくあるだけだと覚ったが故の、恥辱の屈服だ。

 そのままあおいは、胸を両手でギュッと寄せ上げると、太彦の背中にプンニョリと押し当てる。

 「おほっ!」

 太彦が、歓声を上げる。背中に当たる柔らかい乳房の感触は、石鹸のヌメリと合わさって、更なる柔らかさや快感を背中に伝える。

 「ん…ん…っ!」

 あおいはズリュズリュと、腰を上下させて泡だった乳房を太彦の背中に滑らせる。あおいの人肌の温かみも手伝って、石鹸はさらにモコモコと泡立つと、太彦の汚らしい肌を柔らかな純白で塗りつぶしてゆく。

 「あっ…あおいたんの乳首がコリコリ当たって…気持ち良いお…」

 ハァハァ、と色気付いた荒い呼吸を繰り返しながら、太彦が呟く。一方であおいは、彼の言葉など耳に入らぬほど賢明に腰を上下させて、乳房で背中をズリュズリュと擦り続ける。

 いつもならば、脂汗と体臭にまみれて、触れるだけでも激しい嫌悪を催す太彦の皮膚であるが…。石鹸という清浄な緩衝材のお陰か、さほど嫌悪を感じることなく、作業に集中できる。脂汗のギトギトした感じも、体臭のムワリとした感じも、石鹸の泡がすべて全て封じてくれるようだ。

 作業に熱中しながら、あおいの頭にふとこんな考えが過ぎる。

 (どうせ、今日も体を要求されるんでしょ? それならいっそのこと、私がここでコイツをキレイにしてやれば…ちょっとでも、コイツの体の不快感を減らせるかも)

 そう思うが早いか、あおいは早速行動に出る。ある程度乳房での愛撫を続けた後、サッと胸をどけると、先に泡立てタオルを持ち出して背中を擦るようにしてゴシゴシ洗い始める。

 「ちょ、ちょっと、あおいたん!

 それは、ソープのやり方じゃないおっ!

 ちゃんと、おっぱいで洗ってよぉ!」

 当然、太彦の分厚い唇から苦情が飛び出るものの…。

 「ちょっと、黙ってて! …ください!

 太彦…さんの体、キッチリとキレイにしますから…!」

 あおいは聞き入れず、ゴシゴシと背中を擦り続ける。その怖いほどの真剣な口調に、太彦はそれ以上苦情を口に出来ず、分厚い唇を震わせながら閉じたのであった。

 太彦の体はこすり続けるほどに、石鹸の泡が消えてゆく。どうやら、かなりの汚れが溜まっているようだ。…こんな動きづらい体格をしているのだ、体の細かいところに手を届かせて洗ってはいないのだろう。

 ある程度擦り続けた後、タライに張ったお湯の中にタオルを漬け込んでゆすぐと…小さな石鹸の泡と共に、モロモロと消しゴムのカスのような鈍い灰色の物体が浮かび上がってくる。太彦の、垢だ。

 (こんなんだから、体が臭くて当たり前なのよ…!)

 あおいは嫌悪感に眉を釣り投げながらため息を吐き、タライの汚水を流して新しいお湯を汲(く)み入れ、さらに太彦の体の洗浄に勤しむ。

 背中が終わってから、次に取りかかったのは、デップリと膨らんだ下腹部である。特にあおいが気にしていたのは、深い峡谷のような肉襞の切れ目だ。

 (絶対に洗ってないでしょ…相当、汚れてるはず…!)

 惨状を想像しながら息を呑んで決心し、ベロンと肉襞を伸ばす。

 「おほぉっ! あおいたん、大胆!」

 悲鳴というより歓声を上げる、陽気な太彦。対して、あおいは目にした皮膚の惨状にゲンナリと顔色を青くする。

 めくり上げられた贅肉の襞の内側には、絶えず脂汗でジメジメと蒸れ、慢性湿疹によるドス黒くてゴワゴワに硬質化した皮膚が広がっていたのだ。そして、この部分から漂う悪臭ときたら…爽快な石鹸の匂いを書き換えてなお余りあるほどの、鼻がもぎ取れそうになるほどの苦い酸味が嗅覚を焼き焦がすのである。

 (デブってのは、ズボラが多いって聞くけど…! 自分の体をここまで汚くして平気で居られるなんて…信じられないっ!)

 あまりの異臭にあおいの胃袋がモゴリともがくが、苦い固唾をゴクリと呑んで嘔吐感を飲み下す。

 (こんなのとまた、セックスするなんて…絶対、イヤッ!)

 「…しっかりキレイに、してあげる…あげますっ!」

 嫌悪を乗り越えて炎のような決意を固めたあおいは、タオルにたっぷりとボディソープを染み込ませてしっかりと泡立たせると、ゴシゴシゴシゴシ! と襞の内側を擦る。

 「おほっ! くすぐったい、くすぐったいお~、あおいたん!」

 贅肉をプルプル震わせながら太彦が喚くのを、あおいはピシャリとした言葉で制する。

 「じっとしてて! …くださいっ!

 こんな状態じゃあ、女の子に好かれませんよっ!」

 (…別に体を洗ってても、好かれないだろうけど…)

 その毒付きは胸中だけに留め、あおいは一心不乱にゴシゴシゴシゴシと襞の内側を擦り続ける。

 タオルは十分な石鹸の泡を纏(まと)い、摩擦係数の極めて低い滑らかさを保っていたが…それでも、まるで垢擦りでも使っているかのように、太彦の皮膚からはモロモロモロモロと大量に巨大な消しゴムのカスのような垢が剥がれ落ちる。

 (うっわ…全ッ然、落ちない…ッ!

 コイツ、どれだけ体洗ってないのよっ!?)

 ゲンナリとした嫌悪を思い浮かべながらも、ゴシゴシとタオルで擦り続けるうちに…やがて太彦のゴワゴワの皮膚が、お湯の温かみを受けた健康的なピンク色の肌になってゆく様子を目にすると…なんだか、面白く感じてきた。

 一度掃除に取りかかると、絶望的に汚い一品でも、何度も処置を施すことで確実にキレイになってゆく。その様に心地よい達成感を感じる…丁度、そんな有様である。

 こうしてあおいがジックリと時間をかけて腹の肉襞を全て洗い終えると…太彦の体臭が、爽やかな石鹸の臭いに塗り変わってきた。

 「よしっ! ちょっとはマシになったわね! …じゃなくて、なりましたね!」

 両腰に手を置いて、形の良い胸を張って、あおいは得意げに語る。

 一方の太彦も、あおいの一生懸命な洗い方が相当気持ち良かったらしく、真ん丸の顔を玉のようにキラキラ輝かせて笑っている。

 「うわぁ…あおいたんの手洗い、とっても気持ち良かったお…!

 ママンにしてもらうより、ずっとずっと、気持ち良かったお!」

 (…うっわ、その歳にまでなって、母親に体洗ってもらってるのか…)

 誇らしい気持ちから一転、ガックリと肩を落として苦笑いする、あおい。

 だが…その苦笑いも、すぐに消え失せることになる。

 「あおいたん、こっちもお願い…」

 ニヤニヤしながら太彦が指さしたのは…股間の周囲だ。ここもまた、太股と陰部の間に出来た襞やら、陰部そのものの汚れで、やはり散々たる有様である。

 腹の肉襞の非ではない嫌悪感があおいの胃袋を直撃するが…これも固唾と共にゴクリと飲み下し、あおいは唇をキュッと一文字に結んで、タオルを片手に陰部に立ち向かう。

 (今まで私、こんなきったないモノを相手に汚されてたなんて…っ!

 もういいわっ、ここだって私が納得行くようにキレイにしてあげるっ!)

 こうして作業に取りかかったあおいであるが、腹部の肉襞とほとんど要領は同じだ。違いがあるとすれば、2点。1つ目は、陰部ゆえのアポクリン汗腺に由来する臭気で、悪臭がさらに強いこと。もう1つは、股間を周囲をタオルで擦れば擦るほど、ビンビンとそそり立ってゆくイチモツの存在である。

 特に後者は障害物的な意味でも純粋に邪魔だし…それに、ヌラヌラとカウパーが光る先端からは、猛烈な尿を中心とした悪臭が沸き上がっている。

 (…んんっ! もう、耐えられない…っ!)

 度々呼吸を止めて股間の洗浄に努めてきたあおいだが、鼻が腐り落ちそうな悪臭にはもう限界だ!

 そこであおいは、太彦のイチモツを洗い上げることにしたのである。

 「失礼します…ねっ!」

 あおいは真っ先に悪臭の元凶、亀頭との格闘を開始する。らっきょうのように先端を包む、黒々とした包皮をズルリと剥くと…。

 「あぉ…っ!」

 ピクピクン、と気味悪く繊細に震える、太彦。そして…。

 「かっ…ケホッ、ケホッ!」

 ムワァッ! と沸き上がる最悪の悪臭に思わずせき込む、あおい。

 露出した亀頭は、ネッタリとした恥垢の厚い層に覆われていた…もはや見慣れてしまった光景であるが。

 「…ケホッ…!

 ね、ねぇ、アンタさ、仮性包茎なんだから、ちゃんと剥いて洗いなさいよ…!

 私、他の男の…お、おちんちんなんて見たことないから、分かんないけどさ…これ、絶対にヤバいわよっ!」

 あまりの惨状にメイドの演技をかなぐり捨てて、トゲトゲしくあおいが問い質(ただ)すと。太彦はニンマリと照れ笑いを浮かべて、後頭部を掻く。

 「あの…ボクのオチンチン、敏感だから…ゴシゴシ洗えなくて…。

 ママンにも頼めないから、このままにしてるんだ…」

 「あ~っ、もう、全くぅっ!」

 あおいは濡れた髪の中をボリボリと掻きむしってから、再び屈んで太彦の惨めなイチモツと向き合う。

 手にしたタオルにこれまで以上にタップリとボディソープを浸し、モコモコに泡立てると。泡が手袋のように覆う右手でちょっと乱暴に太彦のイチモツを掴むと、一気にズルリと包皮をめくり上げる。

 「んあぅっ!」

 亀頭の刺激を受けた太彦が、ニューハーフのような不気味な甲高い声を上げる。その気持ち悪さにブルリと寒気を覚えながらも、あおいはモコモコに泡だったタオルでイチモツを包み、シュゴッシュゴッと根元から先端まで激しくシゴくように擦る。

 「あ…っ! か、カリの、端っこが…おおぅっふぅっ…こ、擦れてぇ…っ!」

 「そんな図体して、女の腐ったような声上げてんじゃないわよっ!」

 汚物と格闘するあおいは、未だにメイドの演技をかなぐり捨てたままだ。そこまでして気合いを入れなければ、嫌悪しか抱けない相手の汚れきった性器を洗浄する作業など、やってられない。

 あおいは暫くシゴき続け、シャワーで水をかけてみたが…。竿はふんわりとした石鹸の匂いが漂う清潔な存在に変わった反面、亀頭の汚れは頑固にこびり付いている。ハァ、とあおいはため息をついてから…更なる決断を下す。

 手に直接ボディソープをタラリ…と垂らすと、素早く両手を合わせて揉んで、モコモコに泡立てる。そして右手でガシッと亀頭を掴むと、ゴシゴシと親指で表面やカリの傘の下などを擦り始めた。

 「あひゃあぁぅっ!」

 ビクッビクッと痙攣しながら、天井を剥いて甲高い嬌声を上げる、太彦。敏感過ぎる性感の中心を弄(いじ)くり回される刺激で、肉棒がグングンと堅さと長さを増し、ビンビンと天を向いてそそり立つ。

 お陰で、包皮の縮みが…まだダルダルと皺の寄ってる箇所はあるものの…伸びきった。これ幸いとあおいは、さらに親指を巧みに操って亀頭とその周辺をゴシゴシと擦る。

 あおいの指は、擦れば擦るほど消しゴムのカスのようなゴワゴワした塊が生まれるのを感じる。太彦の亀頭から剥がれ落ちた痴苔と垢の混合物のようだ。

 (うわっ…いつまで出てくるの、この汚れ…!)

 あおいは表情を歪めながらも、指との摩擦で汚れの塊が生まれなくなるまで、一心不乱に親指を擦り続ける。

 何度かシャワーを浴びせながら、擦ること約十分ほど。太彦の亀頭は摩擦で血色良く鮮やかなピンク色をした、張りのある見事なイチモツと化した。が、その時…。

 「も、もぉ…限界だにょ、あおいたぁんっ!」

 「何が限界だって…」

 あおいがギロリと鋭い視線で見上げ、恍惚として蕩(とろ)けた太彦の顔を目にいれた、その瞬間であった。視界の端に映る亀頭の鈴口から、プックリと透明なカウパーの滴が大きく噴き出したかと思うと…!

 ビュルルルルルルッ! 突如、雷のような勢いで白濁が噴出する。

 「きゃ…っ!」

 慌てて顔の前で腕を交差させるあおいであったが、時すでに遅し。生臭い白濁はビチョビチョとあおいの顔、そして豊かな膨らみを持つ胸に粘り着いた。

 「あぉ…ふぅ…」

 悦楽の頂点に達した太彦が、夢見心地といった風体でホッコリと吐息を吐く。反面、あおいは顔と胸を広く汚した白濁に表情を歪め、泡だらけの腕で顔を拭う。

 「こっちは、アンタの汚らしいモノを洗って上げてるってのに…!

 何、感じてぶっ放してるのよ…!」

 烈火のごとく怒り、立ち上がって太彦にガミガミと抗議する、あおい。その剣幕にタジタジと身をのけぞらせる太彦であったが、顔にはぎこちない笑みを浮かべてる。

 「だ、だって、我慢できなかったんだもん…。

 そ、それに、あおいたんは今日一日、ボクのメイドたんでしょ? こういうご奉仕だって、メイドたんのお仕事だし…。

 よ、欲を言えば、の、飲んで欲しかったんだけど…」

 「こっちは一生懸命、アンタの体を洗ってるの! そこにかこつけて、性欲を焚きつけてんじゃないわよっ!」

 あおいは即座にシャワーを頭から浴び、白濁を流しながら叱りつける。

 そして、ヌラァ~、と白濁の滴を垂らす亀頭を目にすると、ハァー、と長いため息。

 「折角、あそこまでキレイにしたのに…。また汚すなんて…」

 「だ、大丈夫だよ、あおいたん」

 太彦が得意げに人差し指を立てながら、語る。

 「どうせ、すぐに汚れるんだから。

 ボクたちの濃厚なセックスで、ザーメンと愛液でヌッチャヌチャのベットベトに、さぁ」

 「…! 調子に乗るんじゃ…っ!」

 これまでの勢いのままに叱りつけようとして…ここでハッと、理性があおいに冷や水をかけ、続く言葉を寸断する。

 ――忘れてはならない。ここで怒って暴れても、益を生むどころか、未来そのものを失う災厄を身に受けることを。

 理性のたしなめを受けて、あおいは唇をフルフルと震わせながらも、一文字に引き結んで黙り込む。

 「…ホラ、ちゃんと流すから…あんまり動かないでよ…」

 いまだにタラタラと白濁の糸を垂らす鈴口にシャワーのお湯を当てると、そのまま素手でクニュクニュと亀頭を洗う。だが…鈴口からは絶えずカウパーがヌラリと沸き上がり、一向にキレイになる様子はない。

 「…ちょっと、そろそろこのガチガチになったモノ、なんとか抑えなさいよ…。ちっとも、キレイにならないじゃない…」

 叫びたくなる衝動を理性で押さえ込みながら、トゲのある言葉でブツブツと文句をぶつけるが。太彦のイチモツは大人しく萎えるどころか、表面を這う血管をピクピクと蠢(うごめ)かせながら、皿に熱と硬度を上げる。

 「あおいたんの手でそんなにされたら…おうふ…収まるものも収まらないにょ…。

 それに…」

 太彦はニタニタと見下しながら、本日もう何度目かの揚げ足を取る。

 「あおいたん、今日はボクのメイドだってこと、またまたすっかり忘れてるにょ。

 ママンが居たら、火山みたいに怒ってるところだにょー」

 「あっ…」

 ギクリとしてのも束の間、毎度毎度舌をも縛り付ける太彦の言葉に嫌気が差したあおいは、「くっ…」と悔しげに呻く。

 それを聞き漏らさなかった太彦は、膨らんだ眼を刃のように細めて、ジットリとあおいを眼孔で舐(ねぶ)る。

 「んー? あおいたん、今回はやけに反抗的だねー?

 別にママンが居なくても、ボクだけでも國鉄にあおいたんの落ち度を暴露することだって出来るんだにょー?

 い・い・の・か・にゃあ~?」

 あおいの顔にサッと冷え切った青色が差す。

 「あ…っ、そ、それは…それ…だけは…」

 「んも~、あおいたんは学習能力がないんだから~。

 そんな覚えの悪いメイドたんには…ちょっとキッツイおしおき、しないとねぇ~!」

 細めた眼をギュアッと三日月よりなお急な弧に描き、分厚い唇の合間から真っ黄色の歯を見せて、太彦はせせら笑う。

 「な、何のつもり…ですか…!」

 あおいは背筋にゾクリと走る悪寒を感じ取りながら、聞き返すが…。その答えがあろうが無かろうか、彼女に待ち受ける結果が変わるワケはない。

 どうせ、あおいはこの贅肉に弄ばれる運命なのだから。

 

 =====

 

 「んあ…んんっ…!」

 ギュウギュウに締め付けられ、軋む体。ギシギシと悲鳴を上げる、骨格。腹腔も胸腔も強烈に圧迫され、潰れた内臓から苦鳴が漏れる。

 「ちょ…っと…こんな…無理…っ!」

 あおいの顔が真っ赤なのは、圧迫された血液が頭部に偏ってなかなか体の方へ下りられないからだ。実際、血液の回りが悪くなった四肢の先端はジンジンと痺れ始めている。

 「ねぇ…こんなの…っ!

 はぁうっ!」

 何か抗議の声を上げようとして、ビクンと体を震わせ――と言っても、全身を締め付けられ過ぎて殆(ほとん)ど動けなかったが――、目を見開いて苦悶の声を上げる。

 いや、苦悶とは言うものの、その声音には桃色の艶が混じっている。

 あおいに色っぽくも苦しげな声を出させた原因は、股間だ。もう何度も犯され、痛みよりも性的快楽の方が表立つように膣道の中には、太彦の雄々しく剛直したペニスが根本まで侵入している。そればかりか、陰嚢までもが淫唇の中に割って入り、胎内をいつも以上に広げているのだ。

 そしてこの状態であおいは、太彦と共に浴槽の中で、対面した状態の座位で体を重ね合わせていた。

 浴槽は一般家庭としては広めなものの、太彦の肥大化した肉体を埋(うず)めるには少々狭いと言える。そこへ、あおいまでもが入っているのだ。浴槽内は破裂せんばかりの高密度の火照った肉体で満ち満ちている。

 「ねぇ…おね…がいぃ…っ! これ…くるし…い…やめて…!」

 狭い空間の中で贅肉と陽物一式にギュウギュウに苛まれて悶えるあおいとは裏腹に…太彦は余裕綽々の態度で自らの脂肪に沈み込むあおいの身体の感触を楽しみ、ハァーハァーと猥褻な吐息を繰り返す。

 「だーめっ、だおっ!

 これはお仕置きなんだおっ!

 いけないメイドさんへ、えっちで苦しいお仕置きだお~!」

 分厚い唇が開く度に、ケチャップ臭が大分薄れたものの、腐敗物を思わせる純粋な口臭がプーンと鼻孔に入り込む。その匂いを嗅ぎながら、風呂に入らせるより前に歯を磨かせるべきだった、と後悔する。

 その後悔に漬け込むかのように、太彦は悪臭の漂う分厚い唇をムチュウと突き出し、すぼめた唇の隙間からフゥフゥと口臭を吐き出しながら、あおいの桜色の唇を目指して接近してくる。

 狭過ぎるほどに圧迫する贅肉によって逃げ場がないあおいは、甘んじてその唇を受ける他に選択肢はない。

 「んん…ん…ん…っ!」

 「ん~ジュルルルッ! んっん~ジュルルルッ!」

 粘膜の触れ合いは、やがて唾液を纏う舌同士の絡み合いへと変じる。とは言え、圧迫感に苛(さいな)まれるあおいは、積極的に舌を蠢かせる元気などなく、太彦の為すがままだ。太彦のナメクジのような舌の上で、巨大な飴玉のようにクチュクチュと転がされる。

 「んんんん~っ! んん~っ!」

 グチュジュルグチュルジュルジュルジュル…。高級な肉を有り難がり、骨まで舐め尽くすような勢いで、太彦の分厚い唇はあおいの唇とその周囲でパクパク動きながら、思い切り両者の唾液の混合物を吸い込む。

 舌から伝わる電撃的快感は、脊椎を通って一気に股間に伝わったらしい。押し潰れるほどに密着した胸越しにドカドカと速まり大きく打つ鼓動に合わせて、太彦のだらしない巨躯がガクガクと小刻みに上下に動く。

 浴槽には今、隙間などほぼ存在しないような状況だ。そこで太彦の超重量が暴れるのだから、浴槽はひび割れるのではないか、というほどにミシミシと音を立てる。

 一方で、太彦のダブダブの肉は、湯に由来する多少の滑(なめ)らかさを伴いながら、あおいの柔肌の上をクニュクニュと動く。その摩擦によってあおいの乳首は翻弄され、ギュムッギュムッと上下に激しく動きながら、プックリと堅く立ち上がる。

 「オホッ!」

 たっぷりと時間をかけて口づけていた太彦が不意に大口を開けてあおいの口元を解放して、喚く。

 「あおいたんのビンビンに勃起した乳首、コリコリして気持ちいいおっ!

 ああ~、それにっ! あおいたんの胎内(なか)の、この吸い付き具合といい、蕩(とろ)け具合といいっ!

 ああっ、ああっ、竿もタマタマとドロドロに溶けちゃいそうっ!」

 太彦の性器はかなり頑丈のようで、陰嚢まで含んでギチギチになっている産道の中でも、睾丸が潰れたりしないようだ。旺盛な性欲がそのまま形を成したかのような印象を受ける。

 ところで、細かくガクガクと上下運動を続ける太彦の蠕動(ぜんどう)によって、あおいの膣はグチュグチュとかき混ぜられる。限界まで広がった産道にはジュブジュブと愛液が噴水のように噴き出しているが、陰嚢によって出口をふさがれているため、太彦のカウパーと混じりあって膣内にグリュグリュと対流するしかない。

 「あふぅっ! ダメぇっ…苦し…きついぃ…んあぅっ!

 なのに、何か、何かぁ…!」

 苦悶によって染まる顔の赤に、徐々に別の火照りが混じり出す。それは、女陰を乱暴に汚されることに由来する苦悦による紅潮み他ならない。

 身体も胎内もキツキツで堪らないのに。

 どうして感覚だけは、こんなにも燃え上がりそうなほどに興奮していて…気持ち良いの!?

 「はぁああ~っ、あ、あおいたぁ~んっ! 圧迫最高、密着最高っ!

 ほぉら、キツキツっ、キツキツで、グチュグチュッ!」

 太彦の興奮も更にヒートアップ。浴槽が浴室の床からもぎ取れるのではないか、というほどの激しさでガクガクガクガクッ! と上下蠕動を行い、あおいの胎内ではビクビクと脈打つ睾丸と陰茎が更に奥へと…子宮口の入り口へとズルズルと進んだ、その瞬間。

 「んああああぁぁぁんんんっ!」

 あおいが天を剥いて、桜色の唇を限界まで開いて、絶叫する。絶頂に達したのだ。

 同時に、膣圧がギュゥッ! と上昇し、根本までスッポリと入っている太彦のイチモツへ、これまでの逆襲とばかりに収縮の圧迫を引き起こすと。

 「んふううううぅぅぅっ…!」

 溜めに溜めた小便をぶっ放した時の恍惚的な解放感に彩られた、甘ったるい声を上げると…どぶゅぅるるるるびゅるびゅるっ! ビクンビクンと陰嚢がふるえながら、鈴口からあまりにも粘っこい白濁が一気に噴出する。

 「あああひいいいぃぃぃっ!」

 叫び続けていたあおいの悲鳴が、胎内を巡る白濁の生暖かい刺激に晒されて、蕩けた声に変わる。グルリと眼球が回って白目を向け、舌をダラリと垂らして凄絶なアヘ顔を作ると、膣も呼応してだらしなく弛緩した。

 瞬間、モワァ、と太彦とあおいの間から濁った白と黄色の混ざった液体が、煙のように湯の中に広がる。それは、胎内から漏れ出した太彦の精液と、あおいの弛緩した尿道から漏れ出した尿だ。

 ハァ、ハァ、ハァ…臭い深呼吸を続けていた太彦が、フゥーと一段落ついた後も、あおいの絶頂は収まらない。アヘ顔のまま大きく顔をのけぞらせ、ピクピクと全身を痙攣させている。

 そんなあおいの有様と、湯船に広がる汚水の色を交互に眺めながら、ニタニタと太彦は嗤(わら)う。

 「あーあ、こんなに汚して、アヘ顔晒してイッちゃうなんてねぇ…。

 あおいたんってば、ホントはすっごくエロい痴女なんだねぇ…」

 そして、あおいの身体を贅肉で引きずりながら、残り少なくなった湯からザバァと身体を持ち上げて立ち上がる、太彦。途中まで接合したまま立ち上がってきたあおいも、完全に直立した頃には力なくズルリと浴槽にへたり込み、アヘ顔のままハァハァと深呼吸を繰り返す。

 そんな彼女に向かって再びしゃがみこんだ太彦は、桜色の唇に亀頭の先端をピトリと当てて、嗤いを浮かべたまま語る。

 「これからが、本番だよ、あおいたん。

 今のは、お風呂。ベッドは、これからなんだから…さぁ」

 太彦の醜悪な欲情に満ちた台詞にも、早くもカウパーの滴をプクリと漏らす亀頭の醜態にも一切感情を動かされることなく、おあいは煮込まれたコンニャクのようにへたり込んだまま、呼吸を繰り返すだけ…。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 それからあおいは、どうやって浴室から太彦の部屋へと移動したのか、全く覚えていない。

 太彦は図体だけは立派だが、筋肉の代わりに贅肉を身に纏(まと)っているだけあって、筋力は絶望的なほどに乏しい。そんな彼が、あおいの身体を抱えて運んだとは、とてもでないが考えられない。

 とすれば、あおいは吹き飛んだ思考の中、太彦に手を引かれるまま従順に部屋まで歩いたことになるだろう。

 あおいも太彦も、お互い身体を拭いてはいないので、火照った皮膚の上には湯の滴がいくつも散らばっている。そんな状態を一向に気にすることなく、太彦はあおいの身体を自らのベッドの上に押し倒す。湯の湿り気が、即座にベッドマットにジンワリと広がる。

 太彦はそのまま、溢れるカウパーでヌルヌルに濡れた亀頭をいじくり、湯でビショビショに濡れたあおいの股間の茂みへと…その奥にある、ピンク色の肉がはみ出た秘裂へと、侵入する。

 「あはぁ…はぁはぁ…あおいたんっ、さぁ、ここからが本当の本番…だよっ!」

 強い語尾と同時に、太彦はだらしない体躯の中でそこだけ立派な男根をズンッと、まるで杭でも埋め込むように一気に根元まで貫き込む。

 「んひぃあぁっ!」

 ベッドの上であおいが、ビクンッ! と大きく体を仰(の)け反らせて叫ぶ。とは言え、顔からはまだ絶頂の余韻が残り、叫びには湿りを通り越して燃え上がった桃色が多分に含まれる。

 「さあ、あおいたんっ! 激しくいくよ、激しくっ!」

 あおいを下にして四つん這いになった、太彦。そのダラリと垂れた下腹の肉が、あおいの引き締まった腹部にピトリと触れる。

 やがて、太彦は肥大化した全身をガクンガクンッ! と震わせて、腰を振り始める。超重量の激震にベッドがギシィギシィと限界寸前の絶叫を上げ、ゴトゴトと大きく揺れる。

 これまで太彦は、幾度かあおいの上に乗って腰を振ったことがあった。しかし己の体重を筋力が制御できず、腰はプルプル震える程度がやっとで、とてもではないが貪欲に女陰を貪り尽くすような真似はできないでいた。

 しかし、今回の太彦はどうであろうか。だらしない下腹こそあおいの腹部に触れたままであるが、臀部は勢いよく上下し、膣内では陰茎がジュボッジュボッと粘水音を立てながら激しくストロークしている!

 今日のこの瞬間と、今までとでは、一体どんな差異があるというのか。もしかすると、暖かな湯船に全身浸かったことで筋肉が程良くほぐれ、普段以上のパフォーマンスを発揮できるようになったのかも知れない。

 何にせよ、普段のようにあおいに主導権を握ってもらうワケでなく、自らが相手を組み敷く愉悦感に浸りながら、太彦はガクンガクンと腰を振り続ける。

 「どうっ、どうっ、あおいたんっ!」

 調子付き、太くて臭い唇からパッパッと唾液の飛沫を散らせながら、運動能力を誇る子供のように叫び問う。

 「ボクねっ、さっきのお風呂の中で、コツを掴んだんだっ!

 これで、これでっ! あおいたんに上になってもらわなくて、済むねっ!

 ボクがっ、ボクがっ! あおいたんをグッチャグチャに犯して、イカせてあげるっ!!」

 「あぅんっ、あふぅんっ、ぅうん…っ!」

 未だに恍惚の余韻に脳を浸食されているあおいは、初めこそ蕩(とろ)けたような、そして惚けたような声を上げていたが…。やがて、膣を暴力的に貪る太い剛直の激感に、脳の霧が晴れてゆき…。

 「あっ! あはぁっ! ああぅんっ! んあっはぁっ!」

 あおいの嬌声はやがて、悲鳴とも慟哭とも付かない、堅い輪郭と燃え上がる灼熱を伴った叫びとなる。

 「んあはぁっ! なん…っ! こんなに…っ! 激し…っ んあはぁんっ!」

 「ホラッ、ホラッ、ホラッ、ホラッ、ホラッ、ホラッ、ホラホラァッ!」

 ズンッ! ズンッ! ズンッ!

 グチュッ! グチュッ! グチュッ!

 パンッ! パンッ! パンッ!

 太彦の臀部のエンジンは更に加速し、膣内の襞をゴリュゴリュと擦りながら、ついには子宮口にまで先端がたどり着く。その堅く閉まった入り口は決して開くことはないものの、カウパーに濡れまくった先端が何度も子宮口をヌラリと汚し、グリュリとたわませる。

 「ひぃうぅっ!」

 子宮口を責められる痛いまでの刺激に、あおいは目を見開きながら歯を食いしばり、涙を絞り出しながら悲鳴をあげた…そこへ、太彦の分厚い唇が、"黙れ"とばかりに重なる。

 「んんぅ~っ! んっ! んんっ!」

 ジュルジュルと唇と舌で責められてもなお、女陰を激しく責められる淫辱にあおいの口は沈黙を保つことなど到底できない。モゴモゴとくぐもった声を出すばかりだ。

 (臭いっ! 重いっ! 痛いっ! 苦しいっ!)

 激しい動作に汗ばんできた太彦の全身からは、プゥ~ン、と普段通りの汚らわしい体臭が発される。膣の穴だけでなく、口も鼻も犯されるあおいは、いつも通りの不快感を胸中に沸き立てるが…。

 …なんだろうか。不快感の中にも、ポワリ、と闇の中に儚(はかな)く灯るロウロクの炎のように浮かびあがる、この感覚は。

 (こんなっ、こんな奴、大嫌いなのに…っ! 殺してやりたいくらい、キモくて、憎たらしいのに…っ!)

 あおいの眼から、ツツーッ、と熱い涙が顔の輪郭を撫でてベッドの上に落ちる。

 (なんでこんなに、気持ち良いのぉっ!?)

 脊椎を震わせるほどの嫌悪感を抱いているというのに、同時に、股ぐらが焦げ付くような快感に抱かれている。

 女性器がそのままプリンのようにクニャクニャに蕩(とろ)けてしまうような感覚が、脳の理性を痺れさせてしまうほどに気持ち良くてたまらない。

 ――もっともっと、この感覚が欲しい…!

 あおいは無意識のうちに脚を上げ、太彦のデップリしたわき腹をガッシリと抱えていた。まるで自分を貪る臀部をそのまま逃さない、とでも宣言するように。

 「おほぅっ! リアルだいしゅきホールド、いただきましたぁっ!」

 ヂュピンッ、と弾ける粘水音を立てて口づけを解放した太彦は、デロデロに唾液が糸を引く大口で歓声を上げる。

 そして、口が自由になったあおいの咽喉(のど)から、すかさず迸(ほとばし)った叫びは。

 「早くぅ、イカせてぇっ! もうっ、狂っちゃうぅっ!」

 その叫びに呼応して、太彦の太い唇からも叫びが迸る。

 「イクよ、イクよ、あおいたんっ!

 フィニィィィッシュッ!」

 ガクガクガクガクガクガクッ! 大地を割らんばかりの勢いで、この日最大の振幅と速度で太彦の臀部が、陰茎が、陰嚢が、激震したその直後。

 ドプッドクドクドクドクッドピュルルドプッドプッ! まるで土砂降りによって氾濫した大河のごとき勢いで、大量の精液がゴボゴボと渦巻きながら膣内を奔走する。

 「あはあああぁぁぁぅぅぅんっ!」

 熱く、粘っこく、激しい奔流に胎内を暴れ狂われるあおいは、理性など微塵も残らずに吹き飛ばされ、ただただ原始的な悦楽に突き動かされるままに叫んだ、叫んだ、叫んだ。

 そればかりではない。身体の中心に焼き付く快楽を更に貪ろうとでもいうかのように、太彦の腰に巻き付けた両足をギュッと引き絞る。絶対に離さない、だからもっともっと精を寄越せ! とでも訴えるように。

 …やがて、太彦から放たれた大量の白濁が、接合部の隙間からドロリと漏れ出すほどに膣内に溜まったころ。ようやく激烈な射精が収まり、重なる2人は荒い息を付きながら、悦楽の余韻に浸りながら脱力する。

 四肢の力が抜けた太彦が、ズゥン、とあおいの上に倒れ込み、床に落ちた餅のように贅肉を広げる。骨身を軋ませる重量にあおいは「うぐっ」と声を漏らしたものの、いまだ火照りの取れない性に染まった表情は眉根を寄せることもなく、その体重を受け入れる。

 あおいは何の思慮もなく、くてっ、と首を横に倒す。すると、視界にはちょうど太彦の部屋の出入り口の扉が目に入る。

 そして、その扉が10センチほど隙間を開き、その合間からは何時帰宅したのか、太彦の醜悪な母親がこちらを覗いている。

 その顔は、これまで見慣れるほどに何度と目にした鬼面ではなく、泥のように蕩(とろ)けるような、いやらしいほどの満面の嗤(わら)いだ。

 あおいの理性は、その嗤いを目にして、胸中が燃え上がるような嫌悪感を覚える。

 それ以前に、身体にのしかかる太彦の体重や、鼻が曲がりそうな脂臭い体臭にも、理性は非難囂々(ごうとう)である。

 だが…そんな状態なのに、それでも…。

 (欲しい…もっともっと、私の女を貪って、悦びを与えてほしい…!)

 脱力した両脚が力がみなぎり、あおいはギュウッと太彦の臀部に脚を食い込ませる。

 そして、重苦しい巨大重量の下で、カクン、カクン…とゆっくり、自ら腰を上下させる。

 すると、その刺激に火をつけられたのか、太彦はノッソリと状態を起こすと、氷柱(つらら)のように何本もの太い唾液の糸を分厚い唇の合間に垂らしながら、粘液のようなネットリした嗤笑(ししょう)を浮かべる。

 「あおいたんったらぁ、すっかりエロくなっちゃってぇ…」

 口臭と共に蠢かした唇をスゥ~、と降らせ、あおいの桜色の唇にムチュゥリと重ねる。

 そして太彦もあおいの腰の動きに合わせて、ガクガクと身体を震い始める。

 

 淫宴は、嗤いに囲まれながら、宵闇と共に続いてゆく…。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 休暇明け以降、桜井あおいの警四での態度は、すっかり以前と元通りになった。

 いや、更に輪をかけて元気になったとも言える。

 「この痴漢野郎ッ、女の子の敵めっ! この場で即刻射殺してあげるわよっ!」

 東京駅のとある通路で現行犯逮捕した痴漢を組み敷き、こめかみに拳銃をあてがいながら騒ぐ。

 痴漢は生命を脅かしかねない状況に顔を真っ青にして、濡れた雑巾を思い切り絞ったような大量の冷や汗をブワリと噴き出した。

 そこを、同行していた高山が合わせてて諫めに入る。

 「ちょっ、ちょっと桜井! それじゃあ現行犯逮捕ってよりも、恐喝じゃないかっ!」

 「恐喝ですって!? 何、犯罪者に肩入れしてんのよっ!

 こういう社会のゴミは、駆逐するのが一番なのよっ!」

 「だから、やめろって!

 おーい、今泉、来てくれぇー! 桜井を抑えてくれぇー!」

 こんな調子で以前よりも暴力的なトラブルを起こすようになったあおいに、チームメンバー達は安堵したものか、頭を抱えるべきかと、対応に苦慮しっ放しだ。

 案の定、報告書を書かされることになるあおいだが、この時の態度も以前と変わらず、だ。自分の一体何が悪かったというのか、という不満を全面に出しながら、用紙を破かん勢いでガリガリとボールペンで内容を記す。

 「元気になって良かったとは思うけど…ほどほどに、ね」

 苦笑いをしながら諫めるのは、班長の飯田である。

 …と、まぁ、元の桜井あおいが戻ってきて賑やかになった警四であるが。あおいについて1つ、変わった点がある。

 以前は業務時間後も、高山の訓練だとか自己鍛錬だとかと、何かと理由をつけて訓練施設に向かっていたあおいだったのだが…。

 「それじゃ、お先に失礼するわね!」

 定時になると、余程のことがない限りは、ピタリと事務室を出て帰路に着くようになったのだ。

 とは言え、チームメンバーにとっては「ああ、ちょっと行動が変わったんだな」程度にしか気を留めなかったし、高山にしてみれば時間外の理不尽とも言える過酷な訓練から解放されて安堵しているほどだ。

 班長の飯田としても、学生身分の部下に残業が発生するような苦々しい事態にならないので、気にしてはいなかった。

 むしろ、定時に帰るようになったあおいのお陰で、メンバーが時間内にキビキビと業務を終えるようになってきたので、喜ばしく思ってさえいた。

 「それじゃあ、班長、本日の業務が終わりましたので、失礼します」

 「はい、お疲れさま。明日もみんなで頑張りましょうね!」

 優しい斜陽の中、警四の事務室では和やかな挨拶が交わされるのであった。

 

 一方…真っ先に職場を後にしたあおいが向かうのは…自宅では、なかった。

 スルリとタクシーに乗り込み、向かう先は、とある住宅地。

 その住宅地には、見覚えがある。そう、彼女に理不尽にして淫猥な要求を与えてきた肥田家の居宅のある住宅地である。

 そして、あおいを乗せたタクシーが止まったのは、そんな当の肥田家の前である。

 キビキビとした態度でタクシーから下りたあおいは…雑然とした肥田家を眺めて、ハァ、とため息をつく。

 そのため息には確かに、やるせなさも含まれてはいる。しかし…。

 その息の中には、湿った桃色も混じっている。

 見れば、あおいの頬にはほんのりとした赤味が差している。

 嫌悪に歪みながらも、上気した雌の表情を浮かべたあおいは、足早に肥田家の玄関へ一直線に向かう。

 小汚い木製の扉を前にして、ドアホンを鳴らす。扉越しにピンポーン、と小さく響く呼び出し音を耳にすると、ドクン、と鼓動が跳ね上がる。

 やがて、扉越しにドスドス、と重量感の溢れる足音が聞こえてくる。足音が近寄るにつれて、あおいの胸の内の行動がドクン、ドクン、ドクン、と高まってゆく。

 ガチャン…遂に扉が開くと同時に、居宅の内側からプゥーン、と漏れ出したのは脂臭い体臭。

 そして、ズゥン、とした重量感と共に姿を現した、だらしない贅肉を大量に搭載した男。肥田家の一人息子である、肥田太彦。

 膨らみ過ぎたゴムボールのような顔が、ニィンマリと恍惚と歓喜で凄絶な笑みを作っている。

 「待ってたにょぉ~、あおいたん!

 今日も、今日も…ハァ、ハァ…恋人同士、熱くて濃厚な時間を過ごそうねぇ!」

 イモムシのような五指を、ポン、と気安く肩に置いてくる、太彦。その馴れ馴れしい態度には、あおいは辟易を隠せない。グッと顔に表情に力が入り、眉根に深い皺(しわ)が寄る。

 (こんなヤツ…出来るなら、すぐにでも思いっきり張り倒して、蹴りでも入れてやりたいのに…!)

 肩から伝わるモワモワと汗ばんだ深いな体温を感じながら、あおいは胸中で毒づく。

 先日の休暇で1日中、メイドとして太彦の昼から夜までの世話をした後も、あおいはまだ肥田家の呪縛から解放されてはいない。太彦の母親からは事あるごとに録音や録画のことをチラつかされ、脅されている。そんな蟻地獄のような状況に、あおいは心底うんざりしている。

 恋人ごっこの相手の太彦への生理的嫌悪も、まだまだ健在だ。身体も臭ければ口も臭い。か弱いほどに筋力がないくせに、だらしない贅肉で図体を嵩(かさ)増ししているだけの虚勢にも、心底うんざりしている。

 そして、こんな情けない男の性的欲求の捌(は)け口にされている状況は、まさに地獄に等しい苦痛だ。

 だが…それなのに、でも…。

 (こんなに私の子宮…疼いちゃってるの…!?)

 太彦のいやらしい笑みを目にした途端、ジュンッ、と女陰が湿り気を帯びる。

 理性は太彦を心底嫌悪しているのに。本能が…女の、いや、雌としての本能が、彼のそこだけ逞しく雄々しい性器を欲して止まないのだ。

 そしてあおいは…男を嫌い続けていたあおいは、そんな雌の本能を今、受け入れていた。

 そんな心変わりをしたのは、やはり先日の休暇に子宮口まで注がれた快楽に、魂魄が塗り込められてしまった結果なのかも知れない。

 真なる事情はどうであれ、あおいは今、嫌悪と期待を胸中で激しく渦巻かせながら、太彦のイモムシのような指の上に自らの手をそっと重ねる。

 「今日もまた、よろしく…ね、太彦…さん…」

 「うんっ、うんっ!

 今日もいっぱいいっぱい、エッチなことしようねぇ~!」

 そして太彦は肩に置いた手をスルリと背中に滑らせ、そのままあおいの背を押して自宅の中に誘う。

 …そして、小汚い木製の扉は、バタンッ、と音を立てて外界と淫界の間を閉ざす。

 

 ――今や桜井あおいは、この淫猥なる肉獄の虜となったのだ。

 

 

 ―了―


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