R-18なアリマリ/マリアリです。
お茶の時間、アリスの元へやってきた魔理沙の様子はいつもと変わらないように見えたけれど…というお話。

初出2011/05/14。第十回東方ねちょSSこんぺ参加作。お題「音」
(他サイトと同時投稿です)





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R-18なアリマリ/マリアリです。
お茶の時間、アリスの元へやってきた魔理沙の様子はいつもと変わらないように見えたけれど…というお話。

初出2011/05/14。第十回東方ねちょSSこんぺ参加作。お題「音」
(他サイトと同時投稿です)






午後三時の心音

 

 

 

 アリスは、玄関ドアがノックされる音に気が付いた。

 自分の名を呼ぶ声を聞かなくとも、せわしないノックの仕方が、誰がやってきたのかを分かりすぎるぐらいに伝えていた。

 手にしていた読みかけの本に栞を挟んで、出迎えるべく玄関へ向かう。

 

 

 

 

 

「よ、アリス」

 桜の季節はあっという間に過ぎ、早新緑の季節。午後の緩やかな木漏れ日を背景に、モノトーン服の少女が立っていた。

 リボンをあしらった古風なウィッチハット、つば下に覗くのはレースの内装と、風に少々乱れた綺麗な金の長髪。そして、あどけない面立ちに浮かぶ悪戯めいた笑顔。

 隣人、自称普通の魔法使い、霧雨魔理沙。

 何の用か聞くなど無駄なことはしない。壁掛け時計は午後の三時を指している。それで十分だった。

「こういう時間に正確なのは褒められたことじゃないと思うけど?」

 皮肉の言弾でちくりと迎撃するも、

「お邪魔するぜー」

 相手は今回は応戦せずスルーという戦術を取ったようだ。

 今日はそういう趣向なのか。ならばやる気になるまで撃ってやろうか、とアリスは思ったがやめた。

「はいはい。ちょうどお茶にするところよ」

 言葉の弾幕ごっこは、熱い紅茶で喉を潤してからでも遅くない。

 

 

 

 

 

「……ん、うまい」

 普段のひねくれ者が、こういうときだけは実に素直である。

 やって来るのを拒みもせずお茶を振る舞う理由の何パーセントかは確実に、このほっこり緩んだあどけない顔だ。

 簡素な言葉より雄弁に物語るその表情がなんだか嬉しくて、初めて家に上げたとき以来、アリスの密かな楽しみとなっている。

 魔理沙は週に一度はこうしてアリスの家へお茶を強請りに訪れる。大体いつもこの時間帯だ。

「で、今日は何の用?」

 用件の半分は紅茶とお茶菓子と踏んでいるが、もう半分も尋ねることにしている。

 何かの作業中であれば息抜きに、今日みたいな休養日にはいい暇つぶしになるから、魔理沙が何を話すのか、アリスは密かに期待していた。

 お茶を飲みに来ただけだの、本を返しに来ただけだのでさっさと帰っていく場合もある。 それは大抵アリスが研究に取り込み中だったり依頼服の納期が迫っていたりするときだった。忙しいとこちらが伝える前に、察する能力でもあるのだろうか。

 そうでない場合の、紅茶を飲みながら二人で話すこの時間を、アリスは嫌いではなかった。

 タイプは異なれど魔法使い同士、考えを聞いたり話したりすることで刺激されることもある。意見がかみ合わなく話が続かないこともあれば、議論に夢中になり過ぎて、気がついたら日が暮れていたことだってあった。

 変わった物を持ってきたり(キノコが最多だ)、蒐集への誘いだったり、弾幕勝負だったり。見聞きしてきたことに尾びれを付けて披露してみせたり。

 

 そんな魔理沙が今日、アリスの元へ持ち込んだものは、今までにないものだった。

 

「依頼したいことがあるんだ」

「依頼? 何の?」

 アリスが尋ねるのを遮るように、魔理沙は続ける。

「報酬は、私の家にあるもの。好きなものを持って行っていい」

 それはまた。蒐集家で物を手放せない魔理沙としては、大きく出たと言うべきか。

 魔理沙の家は整理整頓がされていない意味でがらくた小屋同然だが、あるのはがらくたばかりではない。無価値なものに混じって希少品が無造作に置かれているのをアリスは見たことがある。

 中には蒐集でかち合って、弾幕ごっこの末に負けて魔理沙に持って行かれたものもある。 それらを取り返すチャンスかもしれない。都会派は死ぬまで借りたりしない。あくまで正当に所有するのだ。

「まあ内容次第ね。何を頼みたいの?」

 心中をおくびに出さず問うアリスに、実は、と魔理沙が切り出したのは、

 

 

「音が聞こえなくなった」

 

 

「……は?」

「音が聞こえなくなったんだ」

「それはわかったけど。えっと……」

 尋ねたのは、依頼の内容だったはず。それが、音が聞こえなくなった、とは。

 導かれる推論。それは。

「魔理沙が?」

 問い掛けるアリスを他所に、魔理沙がごそごそとスカートから取り出したのは、紐で括った紙と、ペンだった。

 何やらを書き付け、アリスに見せる。

 

『一切の音が聞こえない。ここからは筆談で頼む』

 

 怪しい。アリスは直感した。騙してからかっているのではないか。

 と同時に、ちょっと悪戯心が湧いた。

 

「魔理沙のばーか、パワー馬鹿。マスパ脳筋。野魔法使い、モノクロ鼠。嘘大げさ紛らわしい」

 むう、と渋い顔で魔理沙はペンを動かす。

『今バカにしただろ』

『ほんとに聞こえてないの?』

『聞こえない、けどそういうのはわかるものなの!』

 人とは不思議なもので、言葉が通じない相手であっても、バカにされていることだけは何故か確実にわかる。そんなことが外の世界の外国旅行記に書いてあったのをアリスは思い出して納得した。

 別のアプローチも試みてみよう。切り口は多いに越したことはない。

「魔理沙可愛い。髪が綺麗で可愛い。ぷにぷにのほっぺが可愛い。背も胸も小さいのが悩みで毎日牛乳飲んでる魔理沙可愛い」

「やめろよ」

 ぷにぷに、のところで頬を指先で突付きだしたアリスの手を、魔理沙はぺしんと払いのけた。

 なるほどこれはたしかに聞こえていない。アリスは認めた。こんな風に可愛いを連発してからかうと、普段なら今のように頬に赤味が差すでは済まなくて、耳まで真っ赤にしているところだから。

『本当に聞こえないのね』

『何を試してたかわからんが本当だ』

 アリスが書いているそばから、魔理沙が空いてる方へ不機嫌そうに走り書いた。

 紙を両端から二人の特徴ある字が埋めていく。几帳面に整ってかつ柔らかさを感じさせる字体はアリスのもの。妙に丸っこくて愛嬌のある、感情的になって少し力んでるせいか形が乱れてる字のは魔理沙のものだ。

 筆談用の紙束はこういう風に使っていくものらしい。ペンのもう一本はアリスが自分で用意した。

『でもさっきまで会話してたじゃない』

 聞こえないのをもう疑ってはいないが、疑問は残る。筆談を始める前の会話は何だったのか。

『いつもの私たちのやりとりだろ、推測は容易だぜ』

 紅茶を片手に用件を聞く。たしかに、いつものと言えるぐらいには慣習と化していた。もう一つの疑問をぶつける。

『耳が聞こえなくても、喋ることはできるでしょう?』

『ちゃんと喋れてるかわからない。喉の震えはわかるけど』

「……そうか」

 察しがついてアリスは頷いた。

『自分の声を聞いて、補正してるものね』

 アリスが書いたのを見て魔理沙もまた頷く。

 人は言葉を話すとき自分の声を聞いて発音を補正している。

 魔理沙が音の聞こえなくなったのはおそらく近日のことで、日が浅いので発音への影響はまだ少ない。とはいえ、事情を説明するといった正確な伝達が求められるときには、筆談のほうが問題が少ないと踏んだのだろう。

 魔理沙の今置かれている状態は分かった。では、

『何故聞こえなくなったの?』

『魔法を試して失敗した』

 余裕の想定範囲内。魔法かキノコのどちらかだろうとは思っていた。アリスの冷ややかな視線に、魔理沙はバツが悪そうに目を逸らした。

『依頼内容は?』

『音を取り戻すのを手伝って欲しい』

 状況から分かりきっていることであっても一応は確認しておく。

 それと、最後に気になっていたことを一つ。

『何故私のところへ?』

 同じ魔法使い同士で通じるところは多いが、他に適任と思われる者はいる。

『霊夢は門外漢だし。薬師も原因が魔法とあっては畑が違う』

 書きながら、魔理沙は妙にそわそわしている。

『パチュリーに相談したら本返せ持って行くなと約束させられるだろ。だが断る。で、アリスだ。私の蒐集品の中に気に入るものもあるだろうと思って』

 魔理沙にとってアリスは一番ギブもリスクも少ない相手、というわけだ。

『なんという打算』

『そう、打算だぜ』

 的を得た表現が見つかってすっきりした、とでも言いたげな顔で、魔理沙はアリスを見た。

 呆れた。心がすうっと冷めていくのを感じて、あれ、とアリスは思った。

 まるで、期待を裏切られたかのような気分なのは、何故だろう。

『で。引き受けてくれるか?』

 書き終えた魔理沙と視線がぶつかる。

 お願いする立場だなんて微塵も感じさせない平然とした顔。

 別に報酬なんかなくても助けてあげるのに。素直にお願いすればいいのに。

 とそこで頭で思い描いたもののあり得なさに、アリスは内心で笑ってしまった。

 素直にお願いする魔理沙。人として至極まともだけど、普段のひねくれ者に於いてはまともじゃない。

 そんなのを目の当たりにしたら、こっちがまともじゃいられなくなること請け合いだ。

 むっとして口を尖らせる魔理沙を尻目に、アリスはソファから立ち上がった。人形に持ってこさせたショールを羽織る。

 

 だからアリスは気が付かなかった。

 アリスの意思を探るように見つめていた金の瞳の奥に、不安げな揺れが見え隠れしていたのを。

 

 アリスの所作に怪訝そうに首を傾げる魔理沙の頭に、彼女の帽子を被せて、アリスはペンを取った。

『出かけるわよ。まずは、永遠亭へ』

 更に書き足す。

『約束、忘れないでね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相も変わらず、物が溢れた空間だった。

 収納や棚に収まりきらない本だの紙束だの錬金器具だの資材だのが、床に積み重ねられている。集めることが目的かつ物が捨てられない蒐集家の居住となれば、この雑然とした光景は当然の帰着である。

 かろうじてまだ片付いている感がひしひしと伝わってくるリビングのソファに腰掛けて、アリスは待った。

 

 

 

 器官の損傷による聴覚障害ではない、というのが八意永琳の見立てだった。

 突発的に難聴になるケースが無いわけではないが、健常な者が外傷や痛み、耳鳴り、目眩といった諸症状無く起こるのは稀。魔法に関連する行為の後に起きた事象なのだから、魔法的な要因によるものではないか。というのが永琳の弁で、アリスの予想通りの内容だった。

 魔法的な問題の解決を見ても器官が正常でなければ音を取り戻すことはできない。

 肉体的損傷だった場合、処置が手遅れになる前に。と同時に原因の可能性を潰す意味で、魔理沙に診察を受けさせたのだった。

 

――注意して見ててあげなさいね。

 

 魔理沙を交えての筆談が一段落し、アリスと二人の会話の中で、永琳は最後にそう言った。

 医者でもないのに診察を引き受けてくれ、筆談の手間まで掛けさせ、謝礼も受け取らず。心苦しいばかりであったのでせめて時間を取らせぬよう早々に失礼しようと思った矢先だったので、真意を聞くことはせずに曖昧に頷いて済ませてしまった。

 ヘマをやらかさないよう普段から見守れという意味だろうか。

 宴会で酔いつぶれた魔理沙を介抱したり家まで連れ帰ったりするのは大抵アリスの役回りだった。

 アリス本人は押し付けられて仕方なくなのだが、永琳がその姿を度々目撃し、魔理沙の保護者のように見ているのだとしたら、不本意ながら頷けてしまう。

 宴会で調子に乗って杯を重ねる魔理沙と、それを眺める自分を思い起こす。魔理沙の姿ばかりを目で追っている自分に気づいて、はたとアリスは我に返った。

 自分はそこまで心配性だっただろうか。

 

 

 

 自問するアリスの元へ、魔理沙が奥の部屋から戻ってきた。

 手に持っているのは一冊の魔導書。結果の前に原因がある。何の魔法を試みたのかという質問の答えらしかった。

『いかなる音も聞こえるようになる魔法だぜ』

『出処は?』

『香霖のとこ。それだけでも珍しいだろ。私に読まれるために奴に拾われたに違いない』

「あなたねぇ……」

 拝借論はどうでもよかった。

 感覚の強化、拡大。可聴域を広げるとか、極小の音をも聞き取ることを可能にするとかだろうか。魔導書を受け取りながら、そんな魔法を使ってはうるさくてかなわないじゃないかとアリスは思った。

「魔導書で失敗……?」

 魔法使いが扱う本には種類がある。

 特定の事柄について書かれた一般的な書物と区別して扱われるのが魔導書だ。

 魔導書は、魔の業を導くための書物。魔術や呪術の使い方が書かれた書物であり、それ自体が魔法の込められたマジックアイテムの一種でもある。

 魔導書には秘密の鍵が隠されている。鍵無くしては記された魔法は使えない。鍵を間違えても同様である。

 魔導書自体が媒体の役割を果たすので、術式のように触媒のミスという失敗因子もない。

 魔法は正しく発動された。従って、この魔導書は。

 

 ――術者の聴覚を封じる魔導書。

 

 アリスはページを捲った。

 

”――である。けものにしか聞こえぬ音。

 言の葉を持たぬ妖の意思。隠匿されし心の音色。

 いかなる音も思いのままに聴くを可能にするは、魔の業にあり。

 ここに記すは、聴音、読心の魔法――”

 

『これ、トラップ魔導書ね』

 

 アリスの書き込みを見た魔理沙は、苦笑いを浮かべた。

 

 術者に不利益をもたらす魔法を記した、悪意の魔導書。

 魅力的な効果を謳って誘惑し、淡い希望も邪な欲望も災厄によって等しく打ち砕く。

 絶望だの屈辱だのを味わうだろう術者の姿を夢想しては悦に入るといった、タチの悪い目的で作られた魔導書の存在は少なくない。

 魔の界隈には奇人変人、異端偏屈に事欠かない。昏い愉しみに注力を惜しまない者がいても不思議はなかった。

 軽い悪戯じみたものから術者の身を滅ぼすものまで様々で、用いられる魔法の質も様々だ。

 身体機能を封印する魔法は高度な部類に入り、この魔導書は相当な実力者の手によるものだと知れた。

 結果を知らなかったらアリスも騙されたかもしれない、そのぐらい効果の偽装は巧妙だった。

 だが魔法の構成をじっくり細かく精査すれば見抜ける程度の物だとアリスは思う。魔理沙がそれをしなかったのは、魅力的な効果の前に、漂う胡散臭さより好奇心が勝ってしまったせいに違いない。

 聴音はともかく、読心の効果。魔理沙の狙いはこっちだろう。

『覚にでもなりたかったの? あからさまに怪しい魔導書じゃない』

 恍けるようにそっぽを向く魔理沙に、アリスは軽く怒りを覚えた。

『もっと慎重になりなさい。場合によっては死ぬか、死ぬより酷いことになるのよ。わかってる?』

 頬を抓って眼前に筆談紙を突きつける。

「いてて、わかったよ、気をつけるよ!」

 アリスがよく伸びたほっぺたを離してやると、魔理沙は目を潤ませながら頬を摩った。

 感覚の一つを封じられるなんて十分大問題だが、命に別状がなくて心底ほっとする。外界感知の半分以上を占める視覚でなかったのも幸いだ。

 現状に至った原因を今責めても仕方ない。反省は後で十分してもらうとして、解呪が先だ。

 アリスは素で使える呪術解除の魔法を試してみたが、効果はなかった。当然、魔理沙も自分で自分の解除魔法を試行済みだろう。

 感覚遮断の魔法、呪い。それ対する解除、解呪の方法。それらを確実に手に入れるには。

『図書館へ行くわ』

『そうか』

 怪訝な表情を浮かべるアリスを尻目に、魔理沙は更に書き付ける。

『そっちは頼んだ。私は自分の書斎をあたるぜ』

「あ、ちょっと」

 筆談紙を押し付けて、魔理沙はさっさと奥の部屋に入っていってしまった。

「なんなの、もう」

 解決の糸口が一番ありそうな場所なのに、行きたがらないとは。普段の行動派な魔理沙を知るアリスには意外だった。

 音が聞こえないのを人に知られるのを嫌ったのだろうか。だが永遠亭には一緒に行って、住人たちと会っている。

 アリスは永琳と話している最中のことを思い出した。視線を感じて見やると、魔理沙と目があった。すぐに逸らされてしまったけど、その時の魔理沙は不機嫌そうな寂しそうな、そんな顔をしていて、理由がわからず頭の片隅に引っかかっていた。

 話せないのが嫌なのか。会話に加われなくて拗ねていたのだとしたら。

 外向的で話したがりの魔理沙のこと、可能性は低くないように思えて、アリスはくすりと笑った。

 

 

 

 外を出ると、陽は既に傾いて空を西から橙色に染め上げつつあった。

 吸血鬼姉妹の住まう悪魔の館。不夜城ではあるが夜中に訪問するのは躊躇われた。

 ふわりと宙に舞い上がり、定めた進路は自らの住まいとも紅魔館とも異なる方向だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閲覧用の円卓に向かって、アリスはスカートの裾を摘んで挨拶した。

「ご機嫌よう、パチュリー」

「久しぶりね、アリス」

 声は、乱雑にうず高く積み重なってできた本の林の中から聞こえてきた。

「調べ物をさせてもらっても良いかしら。これ、口に合うといいのだけど」

 お土産よ、と人形に持たせていたバスケットを差し出した。中身は、来る前に焼いて粗熱が取れたばかりのパウンドケーキだ。ペーパーボックスから漏れる香ばしい甘い匂いが鼻をくすぐる。

 そこでようやくパチュリーは抱き抱えるようにしていた本から顔を上げた。ややもすれば眠たそうに見えるアメシストの半眼が、目の前にやってきたアリスを捉える。

 アリスは心得ていた。少女の関心を得るのに有効な手段の一つは甘味だと。それがたとえ百年を生きる魔女であっても。

「ありがとう。後でお茶の時に頂くわ」

 いつの間にか傍に現れた小悪魔が、人形からバスケットを受け取って下がっていった。

 それを見届けてパチュリーはアリスに向き直る。

「何がお望みかしら。新たな素体の開発のヒントをお求め? 旧い人形が付喪神となるのを防ぐ方法? 人形に魂を定着させる外法? それとも」

「いいえ、そうではなくて」

 一瞬の逡巡。

 忍び込んでは勝手に本を読み持ち出していく迷惑の元凶を助けると知ったら、快く協力してくれるわけがない。

 パチュリーと魔理沙の間柄は、側で見る分にはそれほど険悪なムードには思えない。だが正直に事情を話したら一筋縄ではいかなくなることは容易に想像できた。

「……トラップに掛かって『言う事を聞かなくなってしまった子』がいるの。それで解呪する方法を探しに」

 嘘はついていなかった。誰が、とは言わないだけで。

「それは。あなたのお気に入りが?」

 火薬を詰めた人形を爆破することもあるのはパチュリーも知るところ。

 そんなアリスが異常となった人形を破棄しないということは愛着ある一品であると思ったゆえ尋ねたのだろう。

 人形のことと思わせることができたようだ。

「ええ、大切な子が」

 大切な子、と口にすると面映いのとは違う、何かくすぐったい気がする。

「あなたらしくないわね」

「随分買ってくれてるのね」

 罠に掛かってしまったことについてなのだろう。肩をすくめた。

 閲覧の許可は降りそうだ、とアリスは思った。だがパチュリーの次の一言はそんな楽観を覆すものだった。

「その子は最初から、『言う事を聞かない子』だったんじゃないかしら。ならば『聞く能力』は不要なのではなくて?」

 自分が操る人形が、初めから言う事を聞かないわけがない。看破されたとアリスは悟った。

 であれば、パチュリーがアリスに求めることは。

「いいえ。それなら尚更、聞こえるようにした上で、人の意見にちゃんと耳を傾けなさいと言って聞かせるわ」

 どの道、問題が解決したら、十分に反省してもらうつもりである。

 人のものを勝手に持ち出さない。慎重になれ。魔導書や魔導器の扱いには細心の注意を払え。

 聞かないからといって言うのを辞めるつもりは毛頭ないし、それをパチュリーに改めて宣言したところで何ら変わりはない。

「小悪魔」

 パチュリーに呼び出され、小声で何かを言いつけられた小悪魔は書架へと消えて行った。

「あなたの糖度は64点。無自覚に甘い」

 怪訝な顔のアリスに、パチュリーは続ける。

「まるであなたが作る甘さ控えめなお菓子のよう。確かな甘さを求めて手段を欲しても仕方がない」

「もっと甘いのがお好み?」

「お菓子はこれで結構よ。それに、私じゃないわ」

 何のことかと思考を巡らせようとしたところへ、小悪魔が戻ってきた。

 抱えた二冊の本を、アリスの目の前の円卓へ並べる。

 大きさ、装丁、厚みも異なるが、共通してるのは魔力を帯びていることだ。それも、高度の。

「魔導書、よね」

 アリスの呟きを肯定するように小悪魔が頷いた。その主人の目線は、いつの間にか読みかけの本に戻っている。

「あなたに貸すわ。何にどう使おうがかまわない、返ってくればそれでいい。……あなたを試す機会でもある」

 誠実さと技量、だろうか。前者はいわずもがな、後者に応える資質は、示して見せる。

「ありがとう、パチュリー」

 魔導書を貸してくれるとは思わなかった。何日か通って術式の参考になるものを読めればと思っていただけに、うれしい誤算に声も弾む。

「さっさと行きなさい」

 あなたの居るべき場所はここではない。と言いたげに。

「悪いけどそうさせてもらうわ。ご機嫌よう」

 魔女の厚意に感謝して、お辞儀をして身を翻した。

 

 

 

「……何故気付かないのかしら」

 パチュリーのかねてからの疑問の呟きを、自身の使い魔だけが聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔導書を検分しているところへ、ちょうど魔理沙がやってきたのでお茶にすることにした。

 取り置きのパウンドケーキをもふもふと口にしながら、魔理沙は自分が持っている資料の現状では術式を研究開発するしかないという結論に至ったことを話した(書いた)。

『そっちはどうだった?』

 借りてきた魔導書を見せると、魔理沙は新しい未知のおもちゃを前にした子供のように目を輝かせた。込められた魔力から魔導書の質を見抜いたらしい。

『術式の開発は最終手段ね。まずはこの魔導書で、』

「アリス! ありがとな」

 向けられた笑顔は屈託の無いもので。アリスのペンを持つ手が止まる。何故だか顔が少し熱い気がした。

『……お礼は後でパチュリーに。それに、まだ早いわよ』

 この魔導書で解呪ができると決まったわけではない。

 それ以前に、魔導書の鍵を見つけられなければ話にならない。

 これだけの魔力を帯びた魔導書だ、解読は易しいものではない。だがおそらく、鍵は見つけられるだろうとアリスは思っていた。

 一人でだめでも、二人いる。分野も考えも違う二人ならでは、異なる視点でものを見れるというのは、解決の糸口を掴む上で心強い。

 アリスは魔導書の一冊を魔理沙に手渡した。

『そっちの魔導書はセルフタイプ、術者が対象の魔法だから、必然的に魔理沙の受け持ちね。こっちのは普通に対象に掛けるターゲットタイプだから私が』

 魔導書を数ページ捲って、魔理沙はふむと顎に手をやる。

『本当だ、使い勝手悪いな』

『術者本人による魔法だもの、魔力の受容性の点でより高い効果を引き出す狙いがあるのかも……というか魔理沙、ラテン語が読めるのね』

『普通だぜ』

 

 

 

 

 

 字の見えにくさに顔を上げれば、西の窓からオレンジ色の陽が差し込んでいた。

 何気なく読み進めるうちに二人とも魔導書に没頭してしまっていたようだ。

 あと半刻もすれば、辺りは暗闇に包まれるだろう。部屋に明かりを灯して、アリスはペンを取った。

『暗くなる前に帰ったほうがいいわよ』

 魑魅魍魎の住まう魔法の森で、魔法使いと言えど夜間の外出は安全とは言い難い。音を感知できないとなると、危険は更に増す。

「あー…そうだな」

 窓の外に視線を移して、魔理沙は残念そうに言った。

 魔導書はアリスが借りたもの。アリスの良識的にもパチュリーの厚意を蔑ろにしない意味でも、又貸しは出来ないと既に言い置いてある。

 研究する時間が惜しい、というのはわかる。でも、それだけでこんな、寂しさとも諦めともつかない、愁いを含んだ表情を浮かべるものだろうか。

 胸の奥深いところが、軋みを上げた気がした。落ち着かない気持ちが、ペンを走らせる。

『その代わり、朝早く来ていいから』

 魔理沙の表情が明るくなって、それはすぐに悪戯っぽいものに変わった。アリスの字のすぐ下に書き込みする。

『玉子焼きが食べたい。あまーいやつ。あとトーストでいいぜ。それと牛乳必須』

「あー…はいはい。用意するから」

 墓穴を掘ったと一瞬だけ思ったが。にまにま笑いの魔理沙に呆れながらも、らしさを取り戻したことに安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明けて次の日。予定通り、魔理沙はやってきた。

「よ、おはようだぜ」

 普段と変わらぬ調子の挨拶であったが。アリスは何故か、違和を感じた。

 まばゆい朝の陽光が降り注ぎ、瑞々しい空気で満たされているというのに、魔理沙だけがどことなく落ち窪んで見える。

 いつもの生彩さが、幾分欠けているように思えた。

「魔理沙?」

「さー朝飯朝飯。腹減ったー」

 アリスが窺うのを他所に、魔理沙はさっさと横を通り抜ける。アリスもその後に続く。

 違和感の正体を掴もうとなおも見つめるが、既にテーブルに着いて早く食べようと目で訴える魔理沙は、いつも通りの姿にしか見えなかった。

 気のせいか。光の加減で翳って見えただけかもしれない、とアリスは思った。

 グリーンサラダにハム少々、スープにパンに玉子焼き、そして牛乳。食後に紅茶。

 問題が解決するまでの間、魔理沙が頻繁に家へやってくるのを見越して、里でパウンドケーキの材料と一緒に他の食材を余分に買い足しておいて正解だった。

 リクエストの玉子焼きにありついて魔理沙は御満悦の態である。

 甘いのを所望だったが、過ぎる調味料は素材そのものをだめにしてしまうからいけない。甘さは控えめなぐらいがちょうどいい。

 これと似たようなことをつい昨日に言われたなと、アリスは思い出していた。

 甘さ控えめなお菓子のような、無自覚な甘さとは、どういう意味なのだろうか。

 焦点のぼやけた視界を筆談紙が遮って、思索もまた遮られた。

『そっちのオムレツもくれ』

 ……別にどれでも好きに食べてかまわないのだが。

『遠慮せずにどーぞ。経費として後でしっかり報酬に含めさせていただきますから』

『なにそれこわい』

 

 

 

 

 

 ページを捲る音。時折、覚書や計算にペンを走らせる音。

 机の向かいにいる魔理沙をちらと見て、アリスはまた手元の魔導書に視線を戻した。

 こうして二人でじっくりと何かに取り掛かること、今までにあっただろうか。

 文字を目で追いながらも、アリスの意識に浮かぶのは別の物だった。

 僅かに欠けた満月、禁呪による永い夜。あの異変の時以来だろうか。

 帰らずに魔理沙の家に泊まった。魔理沙はあれこれと考えたり調べたりしていたが、アリスはさっさと寝てしまっていたので、微妙に前例とは言い難い。

 思えば魔理沙が今のようにやって来るようになったのは、協力のお礼をかねて家に招き、紅茶をご馳走したのがきっかけだった。

 紅魔館で時々図書館の主の同伴に与る紅茶とはまた違う趣が気に入ったというのが本人の弁で。

 アリスからすれば、あそこの創作紅茶の方が変わってるのだが。試みとしては面白いが……

 アリスは軽く頭を振って、取り留めもなく巡り始めた想念を振り払った。

 集中力が途切れてきてる。一息入れよう、もうお茶にはいい時間だ。

 

 席を立つのと同時に、かつんと床を叩く音が聞こえた。見ると、魔理沙のペンが落ちていた。立った拍子にテーブルが揺れでもして転がり落ちたのだろうか。

 魔理沙が気づいた様子はない。音が聞こえないのだから、当たり前か。拾ってやろうと近づいたそのとき、

 

 魔理沙の体がぐらりと傾いていくのが見えた。

 

「……!」

 

 咄嗟に体が動いた。

 魔理沙は椅子から完全に落ちて、けれどもアリスが体ごと抱きとめたお陰で、頭を床に打つことは避けられた。

「魔理沙? 魔理沙っ?」

 肩を軽く揺すってみる。力なくうな垂れた頭が揺れるだけで、反応はない。

 何が起きた? アリスはこれまでを遡る。昼食を摂り、食後の紅茶を飲み。それからただ、二人それぞれ魔導書を解読していただけだ。さらにその前は……どこか、翳って見えた魔理沙。あれは気のせいなんかじゃなかったんだ。ちゃんと問い正せば良かった。

 そこまでで思考を断ち切る。後悔よりも今は、魔理沙をどうにかするのが先決だ。とりあえずソファに、いや、ベッドに寝かせよう。

 背中に腕を回して、もう一方の腕で脚を掬って抱き抱かえる。脚に力を込めると、すんなりと持ち上がった。非力な自分のこと、多少の苦労はあると踏んでいただけに、思っていた以上の軽さにアリスはどきりとした。

 同じ年頃の娘と比べると小さい方だと思ってはいたが、これほどまでとは思ってもいなかった。

 糸が切れた操り人形のようにくたりとする今の魔理沙は、快活な普段の姿からはあまりに遠い。身の軽さと相まって、嫌な予感がアリスに血の気を引かせた。

 こてんと倒れてくる頭。肩口に感じる柔らかな髪から、うっすらと花のような香料のいい香りがした。人形と違って、服越しの体はしっかりと温かだった。

 

 人形たちに寝室のドアを開けさせる。掛け布団をめくって、ベッドに魔理沙を寝かせて。布団を掛けたところで、魔理沙の目が開いた。

「あれ……私……?」

 ぱちぱちと目を瞬かせ、上体を起こそうとするのを、アリスが止めた。首を振って、起きるなと伝える。

『医者、連れてくるから』

 妖怪が呼びに行って、来てくれる医者などいない。永琳にお願いするしか無いだろう。ベッドサイドチェストの上に筆談紙を置いて、布団をかけ直してやる。アリスのその手を、魔理沙が捕まえた。ふるふると頭を振る。

「……いかないで」

「魔理沙?」

「ここに、いて」

 消え入りそうな声で、懇願するかのように。

 それきり、ふつりと意識が途切れて。けれども手の力は絶えなくて。

 振り解くなんて、できそうになかった。

 

 

 

 

 

 アリスのものより一回り小さくて、柔らかい、温かな手のひらだった。

 直接触れ合っている部分から魔理沙の手の熱が移ってくる。手が汗ばみそうなぐらいだったが、不快は感じない。

 強く握ってきたことがあった。痛くはなかったが、何を訴えているのか分からなかった。どうしていいかも分からなかったので、指を絡めるように手を繋ぎ直して、アリスからも握り返してみると、満足したかのように力が緩められた。

 掛け布団の上に投げ出された魔理沙の手と、ドレッサーから引いてきた椅子に座るアリスの手は、そんな風にずっと触れ合っていた。

 陽は西に傾いていた。

 このまま目を覚ますことなく冷めていってしまわないだろうか。

 根拠もない不安だと分かってはいる。だが、触れている手に感じる熱を、胸が小さく上下しているのを、何度も確かめずには居られなかった。

 縋るように掴まれたはずが、いつの間にか、縋っているのはアリスの方だった。

 なまじ穏やかに眠っている様に見える分、不安が募るのかもしれなかった。何か変化はないかと、魔理沙の顔を何度目かに眺めたそのとき、閉じられていた瞼がすうっと開いた。

「魔理沙?」

 つい呼んでしまって、思い出す。聞こえないのだった。けれども魔理沙は気がついて、幾度か瞬くと、アリスに顔を向けた。意識が戻ったと知れて、アリスはほっと安堵した。体を起こすのを、今度は止めなかった。

『倒れたの覚えてる?』

 魔理沙はこっくりと頷いた。目が覚めた直後でぼんやりとしているせいか、その仕草が魔理沙を一際稚く見せる。

 筆談紙を脚の上に置いてやり、ペンを向ける。受け取ろうとして、そこでようやく繋いだままの手に気づいたようだった。

 物言いたげな顔の魔理沙に、急に気恥ずかしくなって、アリスは絡めていた指を外した。引いていく手の温度が、何故だか名残惜しく感じる。

 魔理沙は、離した方の手をもう一方の手で包んで、胸元できゅっと握り締めていた。ずっと繋いだままだったから、強張ってしまっていただろうか。

 ようやくペンを取って、

『立ちくらみした』

 書かれた一言にアリスはすかさず切り返した。

『気を失うのは立ちくらみって言わない』

 魔理沙は視線を合わせない。

『心当たりないの?』

 アリスが尚もじっと見つめていると、観念したのか、魔理沙はしぶしぶといった風に書き始めた。

『ちょっと寝てないだけだ。だから医者はいらない』

「……倒れるのが、ちょっとなわけないじゃない」

 思えば、朝のあの様子は、アリスに勘付かれたのを誤魔化していたに違いなかった。

 何かを隠しているのは明らかだ。何をしている? 術式の研究? 書斎の文献では術式開発の資料が足りないと言っていた。

 他の魔法か弾幕の研究か。五感の一つが封じられて、集中できるとは思えない。

 眠らなかった。寝たくなかった。眠ることが出来なかった。寝付けなかった?

 もしかして。

 

『寝るのが怖い?』

 

 魔理沙ははっとした表情でアリスを見、視線を逸らした。

 そして、ため息を一つ。自分の反応が、図星を付かれたことの証明に他ならないことを悟ったようだ。

『仕方ないだろ、聞こえないんだから』

 

 人外魔境の魔法の森で、侵入を阻む結界など、力ある妖の前には無いも等しい。だから無駄な事はせず、魔理沙の家には小物避けを除いて感知の結界があるだけだ。

 襲来があれば必ず、自分で自分の身を守るために動かなくてはならない。

 妖怪の活動が活発になる夜は、夜目の効かない魔理沙には不利な状況だ。月が出ていても、昼なお暗い魔法の森のこと、月明かりは森の中まで届かない。

 魔法が使える以外は普通の、人間の女の子がこの魔法の森で暮らすということはそういうことだった。

 人の知覚の大半を占めるのは視覚である。その視覚が効かない場合や、見えないものを探るといったとき、次に頼るのは聴覚だ。

 何が危険かを、自身の能力をきちんと認識してるからこそ。音のしない世界で暗闇に包まれる中で、自ら目を閉ざし眠りに就くのが、怖いのだろう。

 

『子供みたいって思っただろ』

 そんなことない。魔理沙にわかるよう、ふるふると首を振って否定した。

 いつから眠れていないのか、なんて尋ねなくてもわかる。きっと、聞こえなくなった日からだ。それは依頼に来た日より前のはず。

 人間にとって睡眠は必要不可欠だ。このままでは今のようにまた倒れることになる。

 注意して見ててあげなさいね――永琳は、このことを言っていたのではなかったか。

『そろそろ暗くなるな。帰るぜ』

 解呪できるまで、この状態はずっと続く。たった一人で、まんじりともせず夜明けを待つ日々が。

 放っておけるわけがなかった。

 一人でだめなら、二人で居れば。

『うちに泊まらない?』

 ベッドから出ようとしてた魔理沙は、筆談紙を見せられて、ベッドに腰掛けた状態で止まった。

『今日は、というか。問題が解決するまで。また倒れられても困るわ。報酬をもらうまで元気でいてくれないと。それに魔導書をもっと読んでいたいでしょう?』

 焚きつけるような言葉をわざと選んだ。魔理沙は筆談紙を見、それからアリスの顔を見た。

 金の瞳と、目が合った。少し潤んでいて、うっすらと夕に染まった光がきらりと反射する様は、湖面に映って揺れる夕日ようだった。

 じっと見つめていると、睫毛が微かに震え、やがて伏せられて。魔理沙はぎこちなく頷いた。

 アリスはひっそりと息を付いた。自分で知らないうちに、呼吸を止めていた。

『決まりね。ただし夜更かしはダメよ。ちゃんと寝て、朝起きて、ご飯食べること。あと今日は早く寝ること』

 はぁっ、と魔理沙はため息。困ったような、そんな顔で。

「お前はなんでそんなに、」

 はっとしたように魔理沙は自分の口を手で押さえた。

 アリスは首を傾げる。何か伝えたいことでもあるのかと、持っていた筆談紙を魔理沙に差し出した。

『着替えとか、取りに行ってくる』

 それだけ書くと、筆談紙をアリスに押し付けて、魔理沙はさっさとドアに向かっていった。

 そのまま出ていくのかと思いきや、ドアの前で立ち止まって。

「アリス」

 呼びかけられて、顔を上げた。

「ありがとう」

 短く、ぶっきらぼうな言い方で呟いたその横顔は、赤に染まっていて。

 夕焼けの時間には幾分早かった。

 

 

 

 部屋に一人残されたアリスは、魔理沙の出て行ったドアをぼうっと眺めていた。

「…だから、お礼にはまだ早いってば…」

 

 なんだろう、この気持ち。

 これで魔理沙が倒れることがなくなると思えば。

 問題解決の効率のため、だというのに。

 なんで、こんなに、

 ――アリス。ありがとう。

 響くのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が西の稜線に沈んだ頃、魔理沙はかばんを斜め掛けにして戻ってきた。

 来るまでの間に、軽めの食事を用意しておいた。倒れた後だったから食べられるのか心配したが、アリスの気掛かりを他所に魔理沙はきれいに全部平らげて、アリスを安心させてくれた。

 食べ終わる頃には風呂の準備ができていたので、魔理沙に入浴を勧めて、アリスはリビングへ。ソファに腰掛けて魔導書を開く。キッチンでは人形たちが食事の後片付けだ。

 食器の水気を拭いて棚に仕舞い、落ち着いて少々経った頃だった。風呂から上がった魔理沙がリビングにやってきたのは。

 気配で察したのであって、入って来るところを見ていなかった。魔導書の解読がいいところだったので、目が離せなかったのだ。

 ソファの近くに来たのを感じて、ようやく顔を上げたアリスが見たのは、七分袖裾のパジャマに着替えた魔理沙の姿だった。

 いつもの白黒服と比べて、スカートの広がりやブラウスとベストの重ね着がない分、一層小柄に見えた。

 濡れたままの髪を高めの位置で結って、邪魔にならないよう団子にまとめてあるせいで。

 パジャマに襟が無いせいで。

 ほっそりとした首筋がよく見えた。

 普段は髪に隠されてて分からないし、意識することもなかったそこが、思いの外細くて、白くて、湯上りでほんのり色付いていて。

 見惚れてしまいそうになって、アリスは慌てて目を逸らした。

 どぎまぎしてるのを気取られぬよう、どうかしたの、と首を傾げてみせる。

『八卦炉を取りに来たんだ』

『八卦炉? なぜ?』

『こいつで乾かすんだ』

 わからないアリスに、魔理沙は八卦炉から温風を出してみせた。

 こうやるんだ、と温風を髪に当てる仕草をする。見やすいようにと、わざわざアリスに背中を向けて、だ。

 無防備に晒される項。肩へと続くあどけない首筋の線が、可愛らしい小さな耳朶が、アリスの心臓を跳ねさせた。

 振り返って、意外な使い方を得意げに披露してみせた魔理沙が、屈託なく笑う。それとは反対に、アリスは高鳴る心音を宥めるのに必死だった。

 見たものを頭から追い払って。アリスは気持ちが落ち着かないまま、人形たちにベッドのシーツとカバーの交換を命じて、自分はバスルームへ向かった。

 

 

 

 

 

 部屋着に着替え終わって、アリスがリビングに戻ってくると。

 魔理沙はソファに座って、魔導書を読んでいるらしかった。いや、読んでいたらしかった。

 背もたれに背を預けて、顔を俯けている。膝上に視線を落としているうちに、意識が睡魔に刈り取られたのがありありと見て取れた。

 近くに行くと、すぅすぅと小さな寝息が聞こえてくる。

 安心に足る場所だと知れて、腹も満たされて、風呂で体が温まったところで、不眠だった分の眠気が一気に襲ってきたのだろう。

 髪は既に解かれて、自然に波がかった金色が自由になっていた。

 八卦炉を使ったようで、ちゃんと乾いている。垂らされてる髪を一房、手にとってみた。

 二人とも同じ金髪でも魔理沙のは少し色味が濃い分、輝きも強く見える。アリスのように細く繊細な髪とは違い、しなやかでいて、柔らかかった。手触りは滑らかで、指に巻いてみると、くるんと解けて逃げて行った。

 こしがあって、まとめるのに苦労しそうな髪質は、じっとしてない、活動的な魔理沙を象徴しているみたいだった。

 ふわりと漂う香りは、バスルームにある洗髪料のものだ。

 自分と同じ香りのはずなのに、魔理沙からする香りはどうしてこんな、甘いような不思議な気持ちを呼び起こすのだろう。

 膝上で開かれたままの魔導書は、最後に見たときのページからほとんど進んでいない。髪を乾かし終えて読み始め、それからすぐに眠ってしまったに違いない。

 拾い上げて栞を挟む。テーブルに置いたところで、魔理沙が目を覚ました。膝上の重みが無くなって、気が付いたのだろう。

『もう寝なさい。ベッドの準備できてるから』

 目を擦りながらこくんと頷くその仕草が、魔理沙を一際幼いものに見せた。

 案内するアリスの後を、魔理沙は大人しく付いてくる。余程眠いのか、促されるままにベッドに腰掛けて、それから何かに気付いたように筆談紙に書き込んだ。

『アリスはどこで寝るんだ?』

『ソファで休むつもり。そもそも寝る必要ないしね』

 物言いたげな魔理沙に、更に追記する。

『あなたは万全じゃないのだから、ちゃんとベッドで寝るの』

 うー、と唸って、でも納得したのか、もぞもぞとベッドに潜り込んだ。

 これでいいんだろ、とでも言いたげな顔をする魔理沙。アリスはわざとらしく意地悪に笑って見せて、

『眠れるまで手を握っていてあげようか?』

 と書いた。魔理沙はきっと、子供扱いするなと不機嫌そうに頬を膨らませて、差し出した手を払いのけるに違いない。

 皮肉の言い合い、からかい合い。そんなやりとりがいつもの二人だ。

 事が始まって以来、どうにもお互いらしくなかった。普段の調子を再確認して、外れた軌道を修正する、そのつもりだったのに。

 布団から伸ばされた手は、アリスの手に触れて、指を絡めた。

「……」

 瞼が、落ちていく。

 かろうじて聞き取れる小さな声は、

「アリス、ありがと…」

 と聞こえた。

 

 

 

 アリスはリビングに戻ると、覚束無い足取りで部屋を横切り、ソファにすとんと腰を落とした。

 先刻まで見ていたものを思い返す。

 温かくて柔らかい小さな手。薄く開いた唇、伏せられた睫毛、瑞々しいふっくらとした頬。ずっと眺めていたくなって、ベッドから離れ難いのを振り払うように、寝室を出てきたのだった。

「どうして、」

 頭から離れないんだろう。

 窓の外の夕暮れを見る、愁いを含んだ表情。

 いかないで。懇願するかのような切なげに寄せられた眉。

 髪を結い上げたパジャマ姿。顕わになったうなじ。

 あどけない寝顔。

 今まで見たことなかった魔理沙の姿。仕草に、表情にいちいち揺さぶられる自分がアリスにはわからない。

 こうしている今も、寝室にいる魔理沙を強く意識している。

 嫌な気分ではなかった。今までにない知らない気持ちが、とにかく落ち着かなかった。

 受け持っている方の魔導書を手に取る。取り掛からなければならない知的作業があるのが有り難かった。解読に集中してあたっていれば、思い出さずに済むだろうから。格の高い魔術書だったのも助かる。思考力を大幅に要するだろうから。

 

 

 

 

 

 適当なところで切りをつけて休むつもりだったが、意識は冴える一方で眠気は訪れそうになかった。却って都合がいいとアリスは思った。眠ろうものならどんな夢を見ることやら。

 気疲れを感じて一息つく。気力が回復してくるととたんに魔理沙のことが思い出されて、それから逃げるように魔導書に戻る。

 これを何度となく繰り返し、やがて。カチリと符丁が合う感覚を得た。頭に流れ込んでくる魔術式。

 

 ああ、と嘆息した。

 解読、できてしまった。

 

 カチャリとドアが開かれた。見ると、パジャマを着たままの魔理沙が立っていた。リビングに入ってくる。カーテン越しの窓は、既に明るかった。

『起きてたのか。ずっと?』

 アリスはぎこちなく頷いた。

『魔導書、解読できちゃった』

 魔理沙は唖然とした表情を浮かべて、それから不満気にアリスを見た。

『寝なくていいなんて、妖怪のそういうところがずるいぜ』

 そんな拗ねたような仕草も、今のアリスには少々刺激あるもので。思考がおかしな方向へ行かないよう、意識を魔法の発動に努めて向けた。

『さっそく試すわよ。そこに立ってて』

 神妙に頷くものの、魔理沙はどこか嬉しそうだ。魔法を見るのが楽しみだったんだろう。

 魔理沙の正面に立つ。手をかざすと、魔導書は重力が無くなったかのようにふわっと宙に浮いた。

 得た魔術式を脳裏に描いて、魔力を込める。

 魔導書が青白く発光した。

 魔力が流れ出ていく感覚。同色のまばゆい光が魔理沙の体を包んで、一瞬で拡散して消えた。

 高まっていた魔力の気配も掻き消え、浮力を失った魔導書はアリスの手に収まった。

「どう? 聞こえるようになった? 魔理沙?」

 目を数度瞬かせて、魔理沙は残念そうにふるふると首を横に振った。

「効果なし、か……」

 落胆した。けれどもそれとは別に、どこか安心している自分がいた。

 魔導書を解読し終えた時も、達成感よりも、終わらせてしまったという気持ちが勝っていた。自分のわけのわからなさに、アリスはほとほと困り果てた。

 そんなアリスの心境を知る由もなく魔理沙は悲観するどころか。

『負けないからな。私も今日中に終えてやる』

 解読を終えたアリスに対抗心が燃え上がったらしかった。こうしてはいられないと言わんばかりに早足で部屋に戻っていく。

 その無邪気な後姿に微笑ましいものを感じながらも、ほんの少し恨めしい思いで見送った。

 

 

 

 

 

 身支度を整えての朝食。食べ終えてからの魔理沙の集中ぶりは眼を見張るものがあった。

 十分な睡眠と休息が取れたのが大きかったようだ。

 脇目も振らずひたむきに魔導書と向きあう魔理沙は、自身の大きなつり目もあいまって、獲物を前にした猫が盲目的に集中する姿を思わせた。

 アリスは昨日と同じように魔理沙の対面に座って、書斎から探しだしてきた解呪の術式の参考になりそうな本を読んでいる。

 集中しているように見えて、実はちっとも頭に入ってこなかった。

 顔を本に向けたまま、視線だけでこっそり魔理沙を盗み見る。

 机上を見つめる伏せがちな目。普段のどこか惚けた感じは無く、静かな知性を湛えた眼差しで、魔導書の文字を追っていた。

 こんな魔理沙を、アリスは見たことがなかった。一緒にいる機会が結構あって、魔理沙のことを大体分かっていたつもりだった。

 依頼にやってきた日から、見たことのない魔理沙を目の当たりにして、知らないことだらけだったのがわかった。

 まだ、見たことない、知らないことがあるに違いない。もっと見たい。知りたいとアリスは思った。

 

 

 

 

 

「……できた」

 小さな呟きを聞いたのは、慌ただしく摂った昼食から二時間ほど経った頃だった。

「できたっ……!」

 もう一度、今度は強く。顔を上げた魔理沙と目が合う。興奮と歓喜が綯い交ぜになった顔で、目が輝いていた。

『やっと使い方がわかった!』

 魔理沙はこれだ、と紙を差し出した。そこには呪文らしき一文が書いてあった。

 興奮した様子で、筆談紙に手にする。

『魔導書に魔力を流して、この呪文を唱えれば、』

 とそこまで書いて魔理沙の手はぴたりと止まった。

「魔理沙?」

 アリスは首を傾げた。見ると、表情が凍りついていた。

 魔理沙は錆びついたぜんまい仕掛けのブリキのおもちゃのように、ギクシャクとアリスの方を向いて、書いた。

『読めない』

「え?」

 ものすごく深い溜息を付きながら。

『読めるけど、読めない』

『どういうこと?』

 書かれた返答に、アリスは目を見開いた。

 

 

『発音がわからない』

 

 

 読めるというのは、そういうことか。アリスは天を仰いだ。ラテン語の字を読めて理解ができる、そういう意味。

 幻想郷の魔導書のほとんどは神代文字だ。これは読めさえすれば幻想郷の言語、日本語で発音ができる。

 稀に混じり込む他の言語で書かれた魔導書については、和訳の辞書と文法解説の書があれば読むことができた。

 外の世界で広く使われている英語や中国語などであれば、資料も比較的豊富で、場合によっては音を閉じ込めた人工産物から声を拾うことが出来、習得は容易な方だ。

 そうでない場合は、その語を発音したり、話すとなると途端に難しくなる。

 魔界においてはラテン語の書物は少なくなく、幅広く魔法を学ぶ者にとっては必要な技能であり、アリスも当然習得している。会話も可能だ。

 同様に外界出身のパチュリーもおそらく多言語を修めているだろう。

 だが、生まれも育ちも幻想郷である魔理沙は、日本語以外を聞く機会も話す機会も少ない。ラテン語の発音がわからないのも頷ける道理だった。

 

 解読に夢中になるあまり、発音を知らないのを完全に失念していた。

『他の解呪の手を考えるしかないな』

 魔理沙は、呪文を発見出来て喜んでいたのが嘘みたいに沈んでいた。その面持ちに、アリスは胸の奥が締付けられる気がした。

 聞こえないから話せない。生まれたときから言葉を音として知らないのならば、たしかにそうだ。

 だが魔理沙は違う。

『私が教えるわ』

『聞こえないのにどうやって?』

 実現不可能。そう言いたげに、魔理沙が書く。

 

 話すこと自体はできる。音が聞こえないだけ。

 だから、耳の代わりが、あればいい。

 

『私が魔理沙の発音を聞いて、正してあげる』

 

 まっすぐに見つめた。

『発音を練習しましょう』

 アリスの視線を受けて、魔理沙はぎこちなく頷いた。

 

 

 

 天文や占星で用いられることが多いためだろうか、幸い魔理沙は英語には通じていた。

 ラテン語と英語は、全く同じとは言わないが、発音が同じところは大分ある。

 呪文の単語一つ一つを、音の近い仮名文字に直す。それを、単語の綴りから英語での発音をイメージさせて、発声させてみた。

 

「……recuperatio、potestas constrictum、theoricus、sonorus」

 

 思っていたよりも悪くなかった。

 テーブルの角を挟んで座る魔理沙に、筆談紙を示す。

『大体、話せてるわね』

 不安気に反応を伺っていた魔理沙の顔がぱっと晴れた。

 

 ネイティブでない魔理沙が、概ね話せているように聞こえるのは、日本語の発音がラテン語の子音字と酷似する部分も少なくないせいかもしれなかった。

 だが、

 recuperatioのreにかかる部分、Rの発音。

 theoricusのthにかかる部分、THの発音。

 この二つがどうしても違っていた。

 

 呪文に発音の正確性がどの程度まで求められるかわからないが、単語を言い表す発音ができていないのは詠唱として成立しないだろう。

 逆に、この二つの発音さえものにできれば、詠唱が可能と言える。

 方策の道筋が立った。

 

『recuperatio、言ってみて』

「…recuperatio」

『もっとこう、滑らかに。巻舌で』

「recuperatio」

『違う』

『わからないぜ』

 

『じゃあ、theoricus』

「theoricus」

『thの発音に無理がある』

『って言われてもな』

『もう一回、theoricus』

「…theoricus」

『違う』

「theoricus」

『違う』

 

 間違った発音をするたびにアリスは、筆談紙に「違う」と書いた部分をペンでこつこつと指し示した。

『声が小さくなってる。聞こえない』

「…theoricus」

 声量は、上がらなかった。

 練習を始めて、十数分が経っていた。正しい発音を聞くことさえできれば。飲み込みのいい魔理沙のこと、すぐに習得するだろうに。こう何度もダメ出しされては気が滅入っても仕方がなかった。

 アリスもまた、もどかしさを覚えた。

 アリスがミスを指摘する度に、魔理沙が萎縮していくものだから、まるで一方的に叱責しているような感覚に陥るのだ。

 魔理沙が目を逸らすたびに、胸の奥の軋みがひどくなっていく。魔理沙の為にやってることとはいえ、落ち込ませているのが自分だというのも嫌だった。

 焦れてきているのを感じる。アリスは一呼吸して、気持ちを切り替えた。

 

『どうやって発音してるの?』

 できるだけ優しくを心掛けながら問うと、強ばっていた魔理沙の表情がいくらか和らいだ気がした。

『前歯で舌を軽くかむ、もしくは挟む。って本に書いてあった』

『それは発音しにくいでしょう?』

『じゃあどうしろってんだ』

 少し俯いて、魔理沙は唇を噛んだ。仕草に、悔しさが滲んでいた。

 このまま発声の仕方を言葉で説明しても伝わらないだろう。かといって、手とりで教えられるものではない。

 でも、諦めることは、したくなかった。

「魔理沙」

 アリスは椅子から立ち上がって身を乗り出す。俯く魔理沙の顎に手を添えて、顔を上げさせた。

『教えるから。口、開いて?』

 金の瞳が見上げてきていた。怪訝そうな面持ちで、けれども言われたとおり、唇をおずおずと小さく開く。

 緊張してる魔理沙に、アリスはゆっくりと顔を近づけて行った。

 言葉で伝わらないなら、直接触れて伝えればいい。

 

 唇に、唇を重ねた。

 

「……!」

 跳ねる体を肩に置いた手でやんわりと抑え込む。

 アリスは魔理沙の口内に舌を入り込ませた。歯列を割って中に進み、びっくりして奥で縮こまる魔理沙の舌に触れる。

 触れたものを探るように舌を動かすと、艶かしい濡れた音がして、唇を離した。

「な、んで」

 魔理沙は顔を真っ赤にして、困惑した面持ちでアリスを見上げた。互いの唾液で濡れている唇が、扇情的なものに見えて仕方がなかった。衝動が沸き起こって、

『舌が強ばってる』

 再び唇を合わせた。

 手は顎に添えたままで、もう一方の手で反射的に逃げを打つ肩をしっかり抱き寄せた。

 奥で縮こまる舌を解きほぐすように撫で上げる。

 何度も誘われて、とうとう魔理沙がぎこちなく応じると、アリスは労うかのように舌で絡めとった。

 自分と違う唾液の味。とても甘くて、いつまでも味わっていたくなるものだった。

「は、ふっ、っ…」

 間に挟まれる魔理沙の手は、アリスの服を弱々しく掴むしかできなかった。

『大分、力が抜けてきたわね』

 呼吸が乱れてる魔理沙に伝えてやってから、アリスは再び口付けた。滑り込ませた舌で、前歯の歯の裏をなぞる。

『今触ったところに、当てるだけでいいの』

「そ、うか…」

 魔理沙は離された口を僅かに開いて、確かめるように舌を動かしているようだった。

 その顔は、依然として赤いままだ。そんな魔理沙の姿に、衝動が再び沸き起こる。

『言ってみて。theoricus』

「theoricus…」

『違う』

「ふぅっ、…んっ」

 音になる前に、声ごと食べる。舌を入り込ませて、今度は軽く前歯の裏をなぞった。

『今したみたいに、軽く触れて』

「…theoricus」

『もう一度』

「theoricus」

 上目遣いにアリスを見上げる瞳は、少し潤みを帯びている。

『ちゃんと聞こえた。合格』

 そう書いてアリスが微笑み掛けると、魔理沙は目を伏せて、熱っぽい息をついた。

 まだ終わってはいない。もう一語が残っている。

『recuperatio』

「…re、recuperatio」

『舌を柔らかく。先をしならせるように、丸めるの』

 筆談がなければ、吐息が触れる距離を保っていられるのに。

 体が離されていた時間を取り戻すかのように、アリスはせっかちに口付けた。

 根元をくすぐって誘いだして。お互いに舌を絡ませあった。

『口中のどこにも舌を付けないで。言ってみて』

「recuperatio、っ…んふっ…」

 発音した後に、有無を言わさずすぐに奪う。

 軽く吸って、貪るように舌を絡めとって、何度も何度も摺り付け合って。そして、離れた。

『もっと滑らかに。力抜いて、巻舌で』

「…recuperatio」

 聞こえた発音は、違和感のない音だった。

『OK。問題ないわ』

 褒めてあげたくなって。少し乱れてしまった髪を手ぐしで梳いてから、撫でてやった。

『休憩にしましょう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅茶を載せたトレーと共にリビングに戻ると、魔理沙は居なかった。

 帽子と箒が無くなっている。

 トレーは人形に持たせて、キッチンに向かわせた。飲む気にはなれなかった。

 

 魔理沙は、出て行った。

 そりゃあそうだ。突然、キスなんてされたら、誰だって逃げ出したくなる。

 そう、あれは、紛れもなく、キスだ。

 

 アリスは虚脱してソファに腰を落とした。

 紅茶を淹れている間、努めて考えないようにしていたが、一人になった途端、もう無理だった。

 

 キス、したんだ。魔理沙と。それも、何度も。

 発音練習なんて途中から口実になってた。

 キスしたかった。魔理沙に。

 何故?

 

 魔理沙のことが、好きだから。

 

 どくん、と心臓が跳ねた。見えない手に鷲掴みにされたかのようだった。

 胸をぎゅっと締め付ける感覚に、思わず背中を丸めた。組んだ手を口元に宛てがう。呼吸ができなかった。

 そのまま、しばらく、じっと堪えて。

 衝撃が去ると、ソファにどっと背を投げ出して脱力した。

 天井を見上げて、目を閉じて、反芻する。

 

 私、魔理沙のこと、好きなんだ。

 

 気付いてしまった。と同時に、ひどく納得した。

 ここ数日のわからないでいた気持ちの正体がやっとわかった。

 今までの自分の魔理沙に対する態度を思い出し、次いで、魔女の言が思い出された。

 無自覚に甘い。なるほど、パチュリー、そういうことか。良く言えている。

 自覚していなかっただけで、随分前から、アリスは。

 魔理沙のことが、好きだったということだ。

 

 そこから目を逸らすことはもう、できそうになかった。

 なんてことだ。次から会うとき、どうすればいいんだろう。いや、その前に。

 魔理沙は、どうなのだろう。

 

 先刻、自分は何をした? 魔理沙は、どうした?

 

 血の気が一気に引いていく感覚に襲われた。

 脱力してた体が強張る。再び背中を丸めて、アリスは思わず口元に手をやった。

 魔理沙は、家から出て行った。

 気持ち悪いと思われた。嫌われたに違いなかった。

「っ……!」

 先刻とは違う痛みが胸を貫いて、息が詰まった。膝上のスカートをぎゅっと掴む。

 どうしよう。焦燥に似た動揺が、アリスの心拍を上げていく。

 答えの出ない懊悩に、息苦しくなって目を開けた。

 無意識に縋れるものを探すかのように彷徨う目が、テーブルの上で止まった。魔導書が無くなっている。

 魔理沙が解読していた方の魔導書だ。魔理沙が持っていったのだろう。

 

 まだ、解呪してない。

 魔理沙は音が聞こえないままだ。手伝わなければ。

 でも、会えない。嫌われた。

 借り物の魔導書を取り戻さないと。でも、会うことすら拒絶されるかもしれない。

 会いたい。会ってどうする。気持ちを伝えるとか?

 そんなこと、できるわけない。

 

 頭がぐらぐらして、目眩がする。種類の異なる痛みが胸に同居して、アリスを苛んでいた。

 感情が揺れすぎて、どうしていいかわからない。

 アリスはソファからふらりと立ち上がると、覚束無い足取りで歩き出した。

 

 寝室に入るや否や、体を投げ出すようにしてベッドに倒れ込んだ。

 布団は簡単に整えてあった。埋もれると、かすかに魔理沙の匂いがした。

 胸がきゅうっと疼いた。遠ざけないと思うものの、もはやベッドから動けるような気力は残されていなかった。

 

 眠りに付く直前の、うっとりと閉じられていく瞼。

 一回り小さい手の柔らかさ、温かさ。髪のしなやかな手触り。ほっそりした首筋、色づいた白いうなじ。

 次々に思い出されては、鼓動は早くなり、体が熱くなっていく。

 服越しに触れる体温、互いの唾液に光る唇。そこを割って進んだ先の、熱く濡れた感触。絡まり合う滑り。

 魔理沙は、甘かった。もっと味わっていたかった。

 キスだけでは足りない。唇だけでなく。もっと、全部を。

 ――食べてしまいたい。

 

 どくん、と心臓が一際大きく脈打った。

 だめだ。考えるな。

 アリスは今思い描いたものを追い払うかのように頭を振った。

 否定して、打ち消して、忘れようとして、でもできなかった。

 魔理沙の残り香が、それをさせなかった。

 背を丸めて、自分で自分の体を抱き締めてきつく目を閉じる。

 胸を苛む鼓動と痛みを抱かえて、睡魔が意識を攫っていくのをじっと待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ましたら、昼近くだった。

 服のまま寝てしまったからなのか、強張らせていたせいなのか、体のところどころが軋んで痛かった。

 気怠い体を引きずって、バスルームへ向かった。

 

 入浴して着替えを済ませ、体はさっぱりしても、気分は全く晴れないままだった。

 昼食は作らなかった。必要とする人はもはやここにはおらず、食べたいとも思わなかった。

 頭がぼんやりする。このまま、何も考えずにいられたらいいという願いも虚しく、どうしても思い浮かんでくるのだった。

 魔理沙は、一人で眠れただろうか。

 ソファに座って本を開いてみるも、内容は少しも頭に入ってこなかった。閉じてテーブルに戻す。

 胸の奥が痛かった。背もたれに寄りかかったまま体を傾ける。背をずるずると滑らせて横たわると、薄金の細い髪がぱさりと顔に掛かって、蒼い瞳を覆い隠した。

 

 

 

 何かの物音が聞こえた。一定で繰り返されるリズム。せわしない調子で、何度も繰り返されるそれは、聴き慣れた音だった。

 アリスははっと体を起こした。いつの間にか眠ってしまっていたらしかった。音は、玄関から未だ聞こえている。

 

 壁掛け時計は、午後三時を指していた。

 

「アリスー、いないのかー?」

 

 あまりにも普段通りの声で。つられるように普段の自分が急浮上して、体が自動的に動いた。

 

 ドアを開けると、魔理沙が立っていた。いつかのように。

「なんだいるじゃないか。出掛けてるのかと思ったぜ」

 不機嫌そうに頬を膨らませて見上げてくる。

 どんな顔であっても魔理沙は、魔理沙だ。とくん、と心臓が鼓動した。

「……ごめん、なさい」

 アリスは魔理沙から視線を逸らした。ドアを開けてしまったことを早くも後悔し始めていた。

「まあいいや。これ、持って行って悪かった」

 魔導書だった。差し出されるままに受け取る。

「……勝手に持って行かないでね」

 文句を言って、叱らなければいけないのに。かろうじて言えたのはこの程度だった。

 アリスは怖かった。魔理沙の顔を見るのが。そこにもし嫌悪の表情があったらと思うと見ることが出来なかった。

 だから、魔理沙が昨日までと違うことに気づいていなかった。

「それと、アリス。魔法なんだけどな、」

 声の調子が明るくなって、思わず見ると。

「解呪、成功したぜ」

 魔理沙は、嬉しさを隠しきれない様子で。

「聞こえるようになったんだ。聞こえ過ぎるぐらいだ、アリスのおかげだぜ……!」

 それは良かった、本当に。素直に喜ばしかった。

 けれども、アリスは複雑だった。

 発音練習のせいで、気持ちを自覚してしまった。突然居なくなられて、嫌われたと思った。そんな自分とは裏腹に、魔理沙は目の前で無邪気に喜んでいて、理不尽なものを感じてしまった。

 魔理沙は、あのキスをどう思っているのだろうか。

 嫌ではなかったの? 何故戻ってきたの?

 そんな想いがアリスに、にこやかな笑顔を浮かべさせて、

「よかったわね。発音を教えた甲斐があったわ」

 昨日を否応なく思い出させるようなことを言わせた。

 対して魔理沙は。

 何かを思い出したように、はっとしてアリスを見て。それから視線を外した。

「あ……え、っと……」

 そこにあるのは、見る見る間に顔を赤で染めて、言葉に詰まる魔理沙の姿だった。

 

 嫌悪の表情も、拒絶の言葉も、無かった。

 

 胸中に立ち込めてた暗雲が晴れていく気がした。

 少なくとも、拒絶されているわけではない。そのことにひどく安心した。

 嫌われても、いないのかもしれない。でなければこうしてアリスの元にやってきたりしないだろう。

 願望の色濃い希望的観測が、今の魔理沙を前にしては信憑性を帯びるのは当然だった。

 大きな不安材料が潰えて、綱引き相手を無くした感情が勢いを増して渦巻く。

 魔理沙は黙ったままとうとう俯いてしまい、顔が帽子のつばに隠れてしまった。

 可愛い、と思った。体温が上がってく。

「聞こえるようになったなら、もう泊まる必要ないわね」

 助け舟を出した。魔理沙にとってではなく、むしろ自分にとっての。胸の奥が疼いて辛かった。

「っ、そうだ、本を返しにと、荷物の引き上げに来たんだった。上がっていいか?」

 

 解呪できてうれしくないはずはない。努力が実を結んだ達成感が無いわけではないのに、アリスは喜んでいなかった。

 魔理沙への気持ちを自覚した今。以前のように時折お茶を飲みに来る程度の関係に戻るのが、嫌だった。引き止められるものなら、止めたいぐらいに。

 だが今は、魔理沙から離れて一人になりたかった。

 感情の揺れが大きすぎて辛い。軽い目眩を覚える。普段の自分を取り戻すには、一人でいる時間がたくさん必要に思えた。

 

 魔理沙と一緒に玄関から外に出た。

「短い間だったけど、世話になったな」

 かばんを斜め掛けにした魔理沙が、アリスの前で箒を手にして言った。

「忘れ物ない?」

「全部持ったぜ」

 人形遣いは芝居を打つ。自分自身を演じられない道理はない。今演じるのは、依頼以前の己の姿。午後三時のお茶が終わって、帰る魔理沙を見送るときのアリス・マーガトロイドだ。

 両肘に手を当て胸元で組んで。薄く微笑して。

「そう。それじゃまた」

 演技は完璧だった。だが、魔理沙は首を傾げていた。

「何言ってんだアリス。お前も来るんだ」

「え?」

「報酬。うちに見に来るだろ?」

 アリスがまごついているのにしびれを切らして、魔理沙はアリスとの距離を詰めて手を取った。

「ほらはやく」

 手引かれて、ふわりと宙へ浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物が溢れていたリビングは、今やおもちゃ箱をひっくり返したかのような様相を呈していた。

 台座に乗せられた水晶玉。

 こぶしほどあるエメラルドの原石。

 スクロールに書簡に竹簡、ワンドにタクトに魔法の指輪。

 魔法が掛かったメノウの乳鉢、魔法草の乾物、などなど。

 いつぞやに弾幕ごっこで負けて持って行かれた品もある。

 それらで満載のテーブルに立て掛けられているのは、曲がりくねった杖や、宝玉が埋め込まれた杖。まっすぐで細くて先端だけ輪のように捻くれてる杖。

 杖と一緒にされてる、螺旋状に筋が入った鋭く尖った真っ白な一本は、幻獣の角かもしれない。

 アリスが興味を持ちそうな品物を引っ張り出したというところだろうか。

「ちなみに八卦炉はだめだぜ。これは私が常に持っているものだからな。帽子と箒もなしだ」

 うちにあるものじゃない、と言いたいわけか。

 魔理沙の心配は杞憂だ。それらも、目の前にあるものも、アリスの琴線に触れはしない。

 アリスは首を振った。

 契約のルーンも結んでいない、口約束だ。破棄しようと思えばできる、それなのに。

 アリスは既に、報酬のことなど、どうでもよくなっていた。

 一言、不要だと言って引き上げてしまえばいいのに、できないでいた。

「これじゃないとなると……仕方ない、特別に工房を拝観させてやるか」

 魔理沙は、奥の部屋へと続くドアを開けて、アリスを招き入れた。

 書斎兼工房といったところか。棚と書棚が壁を覆い尽くし、これまた物が溢れていた。デスクには花をあしらったスタンドライト。同じ意匠のランプが、アームチェアにも備え付けられていた。

 書きかけの紙、厚みのある紙束、栞や付箋が挟まれて何冊と積み重なっている本が、机の上から崩れ落ちそうだった。

 棚と接してるテーブルには、試験管やらビーカーやら試料やら秘薬やらキノコやら。錬金関連器具が並べられていた。

 デスクの空いているところに、引き出しからものを取り出しては並べて見てる。

 伺うように目線を送る魔理沙に、アリスは左右に顔を振った。

 顎に手を当てて、んー、と魔理沙は唸った。

「キノコ栽培室……なんて流石に、アリスの好きなものないだろうし」

 あ、と何かに気が付いたように。

「本ならまだあそこにいくつかあるな」

 こっちだ、と連れられてリビングを横切る。ちょっと恥ずかしいぜ、と案内されて足を踏み入れたそこは。

 寝室は、魔理沙の匂いに満たされている気がした。

 アリスはくらりとした。体温が跳ね上がっていくのを感じる。

 やっぱり帰るんだった。いや、今からでも帰ろう。このままここにいたらいろいろとダメだ。

 何か、理由を。目が周囲を彷徨った。

 ベッドがあり、タンスがあり、クローゼットがあり、立ち鏡と鏡台があり。本棚があった。案外と片付いていた。本以外は。

 魔導書ではない読み物的な本が、本棚から溢れて床に積み重なっている。

 どうだ? と振り返えられて、アリスは首を振った。

 魔理沙は本棚に向かって背表紙を眺めていた。目に止まった本を取り出して、ぱらぱらとページを捲る。星が描かれた表紙から、星座の神話や伝承に関する読み物のようだった。

 閉じて、本棚に戻しながら、

「……アリスの欲しい物って、何だろな」

 と、独り言のように呟いた。

 

 私の、欲しい物。

 どくん、と心臓が跳ねる。

 そんなの、分かりきってる。

 

 アリスの足が、一歩踏み出される。一歩。また一歩。

 止まれ。それは、ダメだ。頭の中で制止する声が聞こえるのに、進むのを止められない。

 無防備に向けられてる背中以外、見えない。他のどんなものも、何もかも無価値だ。

 近づいて、腕を伸ばして。

 

 私の、欲しい物。それは。

 

「魔理沙」

 後ろから、腕ごと抱き締めた。

「……ア、リス?」

 戸惑った声だった。小さな体は力が入って強張っていた。けれども、逃げなかった。

 金の三つ編みが揺れ、いつか嗅いだことのある香りが漂う耳元に、アリスは口寄せて、

「聞こえるようになったのよね。私の本音を聞かせてあげる」

 囁くように、けれどもはっきりと。

「……魔理沙。あなたが欲しい」

 言い切った。

 

「この意味、わかるかしら」

 心臓が早鐘のように脈打って、どくどくと体中を血流が駆け巡ってる気配がした。

 すぐ目の前の耳朶にキスして。髪をかきわけてうなじに吸い付きたい衝動をアリスは堪える。

 拒絶されたら。魔法の糸で自分を戒めでもしないと。止まらない気がした。

 

 魔理沙。おねがい。あなたを、ちょうだい?

 

 一分か、二分か、それよりもっとか。時間の感覚がわからない。

 腕に触れられる感触。やんわりと力を込められて、なんとなく察してアリスは腕を解いた。

 小柄な体が目の前でくるりと反転される。俯き加減で顔が見えない。

 息を吸い込んで吐き出す小さな肩が、大袈裟なぐらいに上下して見えた。

「……約束、だからな」

 意を決したように、俯けていた頭が上がって。

 見えた魔理沙の顔は、耳まで真っ赤だった。

 少し低い位置から見上げてくる金瞳が潤んでいるのは、顔の熱のせいか。

 睨めつけるように、アリスを見て。

「仕方、ない……ぜ」

 最後はもうほとんど消え入りそうな声だった。

 

 血が沸き上がった気がした。

 こく、と喉が鳴った。どちらのものかわからない。

「そう。じゃあ……遠慮無く」

 体の中で暴風の熱が荒れ狂っているというのに、出た声は自分でも意外なぐらい冷たかった。

 アリスが両手で顔を挟んで自分に向けさせると、魔理沙はぎゅっと目を瞑った。引き結ばれる唇。その意味を考えるいとまを、衝動が与えなかった。

 発音が出来なくて悔しさを滲ませてる姿が思い起こされる。沸き起こる嗜虐心が熱を煽った。

 承諾はした。でも怖いのかも知れない。本当は、嫌なのかもしれない。それでもアリスは、魔理沙を食べてしまいたくて仕方がなかった。飢えを満たしたかった。

 顔を近づけていく。近づけていって、触れる、そのとき。

「……バカアリス」

 その呟きに、アリスは動きを止めた。

「報酬じゃなくたって。私の心はとっくに、お前に持って行かれてるのに」

「魔理沙?」

 少し引いて、魔理沙の顔を覗き込んだ。

 眉根を寄せて、痛みを堪えているかのような、そんな顔だった。

「お前が外に出ないから。うちに来ないから、私がいつも会いに行ってるんじゃないか。ひきこもりの鈍感人形遣い……!」

 掠れて、上擦って、湿っぽい声が、堰を切ったかのように魔理沙の口から次々と溢れ出る。

「私に妙に甘くって、優しくって。アリスがわからなかった。お前の本当の、心の音色を知りたかったから、私は……!」

 心の音色。

 心の音、つまり、本音。

 ああ、とアリスは心のなかで嘆息した。

「だから、あの魔導書なのね」

 魔理沙はこっくりと頷いて、そのまま俯いた。

 読心の魔法。本音を聞く魔法だ。

「あの魔法で確かめて。アリスの中に私が居なければ、すっぱり諦めようと思ってた」

 アリスはつい昨日まで自分の気持ちを自覚していなかった。

 もし、魔導書の効果が本物で、アリスが自分の気持ちに気が付いていなければ――

 今となっては、あのトラップ魔導書に感謝しなければいけないかもしれない。なぜなら、

「ねぇ。魔理沙の気持ちって。魔理沙の本音って?」

「……わかってるくせに」

「聞かせて?」

 なぜなら。

「だからっ……好きなんだよ! アリスのことが好き、だ……」

 こういうことだったのだから。

 言いながら、魔理沙は俯いてしまって。ぎゅ、と服を掴んだ。

 その仕草がアリスの胸をきゅうっと締め付けた。

「お前は、どうなんだよ」

「わからないかしら」

「アリスの言葉でちゃんと聞きたい」

 ちゃんと聞こえるようになったんだし。と魔理沙。

「そうね。じゃあ、私の本音。……魔理沙が欲しい、あなたが好きだから」

 無自覚な甘さが、魔理沙に辛い思いをさせていた。

 ごめんね、魔理沙。

 私、わかってなかった。ずっとわかってなかったね。

 

「っ……」

 魔理沙は一瞬、泣き笑いみたいな表情を浮かべると、声を詰まらせて、アリスの肩に顔を埋めた。

 震える腕が、アリスに回される。

 肩越しに感じる体温はじんわりと熱く、湿っていた。

 呼吸に上下する肩は時折ひくりと揺れて、濡れて熱い吐息が吐き出される。

 アリスは腕を回して、縋ってくる金の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 そうしてしばらく後。身じろぎして、ようやく魔理沙は顔を上げた。

「先に言っておくけど。人形にするとかは勘弁だぜ」

 真剣な顔をしているが、顔は上気して赤いままで、恥ずかしいのを隠しきれていなかった。

「心配いらないわ」

 アリスは微笑んで、魔理沙を抱き寄せた。

「……人形よりうんと可愛がってあげる」

 頬に指を這わせ、滑らかな肌を撫でた。

 やがてゆっくりと瞼が降りていって、金色が隠されていく。

 完全に閉ざされて、ふるふると震える睫毛は光を掃いてきらきらしていた。

 切ない衝動に突き動かされて、アリスは顔を寄せて、唇を重ねた。

 角度を変えて何度も触れ合ううちに、なりを潜めていた熱が高まっていく。

 もっと深く触れたくなる。舌を滑り込ませて内側を探ると、乾きが少し癒される気がした。おずおずと触れてきた魔理沙を絡めとって、甘い熱を分かち合う。

「ん、ぅ……!」

 魔理沙の膝がかくんと落ちた。アリスは体を入れ替えて、魔理沙をベッドに腰掛けさせると、そのまま肩を押しながら自分もベッドに上がった。

 アリスの腕の檻に閉じ込められて、魔理沙は見上げるしかできなかった。すぐに唇が降りてきて、アリスが中に入ってくる。下がれる場所がなくなって、深いところまで存分に探られた。飲みきれない溢れる唾液がこぼれて、顎を濡らした。

 唇が離されて、魔理沙はそこで気が付いた。いつのまにかベストは外され、アリスの指はブラウスのボタンに掛かっていた。

「なあ、……ほんとに、する、のか?」

「……嫌?」

「そんなこと、」

「心も体も、魔理沙を全部欲しいのだけど。だめかしら?」

「……アリスも脱いで」

「ん、脱がせて」

 二人ともにベッドの上で立ち膝になると、どちらともなく顔を寄せて口付けた。キスしながら、お互いの衣服に手を掛ける。

 不器用な手が、タイを引き抜いてショールを外した。リボンベルトを緩め落として、長い裾をたくし上げていく。

 器用なはずの指先が、ボタンを飛ばしてしまいそうになりながらブラウスを脱がせた。スカートのホックを外し、自重に任せて滑り落とす。キャミソールを頭から抜くと、魔理沙が身につけているのはドロワーズだけとなった。

 全身で、魔理沙に触れたい。衝動に駆られて、アリスは魔理沙がたくし上げてる最中だったワンピースを自分から脱いだ。畳むこともせず、ベッド下に落とす。

 アリスの下着姿に、魔理沙は顔を赤く染めて、顔を逸らした。

 アリスは肩に手を置いて、こつんと額同士をくっつけた。

「魔理沙、可愛い」

「……っ」

 手の下の肩がぴく、と動く。何もしていないのに。

「……可愛い」

 また、小さく肩が跳ねた。

「それ、くすぐったい」

「……可愛い、がくすぐったいの?」

 額から離して、首を傾げてアリスが問う。

「お前の声が、くすぐったい」

 どういうことかと、尚も見詰めていると。

「そのっ……音が聞こえ過ぎるんだ。今日言っただろ」

 恥ずかしそうに顔を逸らしながら言った。……単なる誇張表現だと思ってた。

「聞こえるようになったから、アリスの声をいっぱい聞きたい、けど……」

「いっぱい聞かせてあげるわよ?」

 アリスがベッドに押し倒しながら言うと、

「いいっ、今はいいっ」

 魔理沙は両耳を自分の手で塞いで、何故か目まで瞑ってしまう。隠すものは何もなく、膨らみかけの胸が丸見えだ。自分が今、どんな恰好なのか、わかってやってるんだろうか。

「魔理沙の可愛いところ、いっぱい語ってあげる」

「きこえない、きこえないぜ」

 いやいやをするように頭を振る魔理沙の姿に、アリスは嗜虐心をくすぐられてやまなかった。

「……肌がなめらかで、あったかくて。やわらかい」

 首筋に触れると、ぴくんと体が跳ねた。肩から二の腕へ滑らせながら、下がって。

「すべすべで……きれい」

 ウェストを通って、鳩尾で手が止まる。

「おっぱいは……少し膨らんでる、ぐらいかしら。てっぺんは、ちっちゃくてきれいなピンク色でかわいい。……触ってもいい?」

「しらないっ」

 くす、とアリスは笑った。やっぱり聞こえていた。たった数日ではあったが、聞こえなかったことで聴覚が鋭くなっているみたいだ。

 胸の片方に手を這わせて、ふにふにと。揉むというか、捏ねる感じに手を動かしてみる。頂点には触れずに。

「っ……っ……」

 アリスの手の動きに合わせて、体が時折ぴくっと跳ねる。

 小さいながらも、それはちゃんと柔らかくて。穏やかに与えられる刺激をしっかり性感に変えて魔理沙に伝えていた。

「ふふ。つんとしてきた。……かわいい」

 なだらかな盛り上がりの頂上に、立ち上がるピンクのそれ。充血したせいか、肌に触る前よりも色が赤味を帯びて見えた。

 指の腹でそっと触れてみる。

「やっ、ぁんん」

 擦り上げ、時折指先でくりくりと転がしてやると、魔理沙の背が小さく跳ねた。

 視界に入ったもう一方の様子に、アリスの口端が僅かに上がる。

「こっち側、触ってないのに、もう立ってる」

 ふー……と息を吹きかけられて、魔理沙は肌がぞくぞくした。そのすぐ後に、胸にかかるさらりと軽い髪の感触。

「ひ、ぁ……?」

 くすぐったさに思わず目を開けて、胸に目をやると。見えた景色は薄金で。

「おいしそう」

 呟くや否や、アリスが小さな突起を口に含むところが見えた。

「ひゃ、っあ、あああっ!」

 人に触れられたことのないそこで、いきなり舌の洗礼を受けさせられて。体がびくんと跳ねて、背中が弓なりに撓った。

 ちう、と濡れた音。

「んぁ、ふああっ……! あぁ……」

 たまらず、耳から離された魔理沙の手が、アリスの髪に差し入れられた。

 口の中で、舌先でくるくるとくすぐられて。捕らえられたままのもう一方も、指の腹で擦り上げられて。

 弱々しく髪を掴む仕草が、ますますアリスを煽り立てていることを魔理沙は知らない。

「ふふっ……こっちも、ね」

 今度は、さっきと違う側が食べられてしまった。

「あ、あっ、ん、ゃ、あっ、ぅ、く、……吸っ、ちゃ、だめっ…!」

 ついばむように。ちゅっちゅと吸われるたびに、先端から鋭く甘い痺れが胸に広がった。

 堪え切れない嬌声が途切れ途切れに漏れてしまう。

 電流を流されたみたいにびくんびくんと勝手に仰け反る体が、まるで自分から胸を差し出してもっととせがんでいるみたいで、羞恥と快感に神経が灼かれていくかのようだった。

「ありす、あり、すぅっ……! だめ、もぉ、だめえっ……!」

 ちゅ、と音を立てて唇が離れて行った。指も、肌をなぞって下がっていく。

「だめなの?」

 責め苦からようやく解放されて、魔理沙はベッドに脱力した。

「はぁ、はぁっ……うぅ……」

 胸の先のじんじんとした余韻に苛まれて、魔理沙は応える余裕がなかった。

 応えを待たずアリスは、

「じゃあ、」

 地肌に手を差し入れ梳いて、

「こっちならいいのかしら」

 顕になった耳朶を、舐った。

「っ~~~!」

 ぞくぞくぞくと魔理沙の背筋を悪寒が走った。

 舌が妖しく蠢うごめいて、立てられる水音に肩が竦む。すると、脇腹に添えられた手がすうっと撫でて、その感覚に腰が捩れて、肩の竦みが強制的に直される。

 それを何度となく繰り返された後には、アリスの腕を掴む手の力は残されていなかった。

 アリスは、魔理沙を組み敷いたままで耳元に口を寄せて、

「あと、こっちも、かしらね」

 低く艶かしい声で囁いた。名残り惜しむ様に腰を撫でて、魔理沙がひくりと震えるを楽しんでから、ゆるゆると手を滑らせていった。

 予感に、魔理沙の体が強張る。既に割り込ませているアリスの片脚が、魔理沙が脚を閉じるのを許さなかった。

 ほっそりとしていて引き締まっていて、けれども柔らかい。健康そうな太ももの、間。

「ぁ、やっ、あぁっ……」

「え、」

 アリスは小さく驚きの声を上げた。

 指先に触れた柔らかな布は、じっとりと湿り気を帯びていた。

「魔理沙……ドロワーズに浸みてる」

「や、ぁ、言いわないでっ……」

 肌にぴったり張り付いて浮き彫りになった布地の曲線を、ゆっくりと優しく指の腹でなぞった。

「んあ、くぁぁ、はぁっ、ふあっ……」

 魔理沙はびくびくと腰を震わせて、指が離れていっても、刺激を追い求めるかのように、もどかしげに腰を揺らしていた。

 アリスは体を起こして、魔理沙の腰を浮かせると、ドロワーズに指掛けて引き下ろした。

 脚から抜き取る際に曲げた膝。やんわりと力を入れて開き、見えたそこはきれいなピンク色で、何者にも隠されていなかった。

 つるりとしていていかにも幼さを思わせるのに、薄く口開いてる周囲に蜜を纏わせて濡れた光を帯びる様は、妖しく艶やかだった。

「見、ないで……っ……」

 魔理沙は、顔を手で覆った。その耳元にアリスは口を寄せる。

「……かわいかったわ。きれいで、いやらしかった」

「っっぅううぅぅぅうう~~っっ!」

 聞きたくない、とぶんぶんと顔を振った。

 アリスが伸ばした手はぺしんと振り払われた。

「さでぃすと! へんたい!」

 真っ赤な顔が、涙目でアリスを睨み上げている。

「魔理沙限定のへんたいだから、許して?」

「っ~~! ……んんっ、ふ、」

 不満気に歪む口に、唇を落とした。

 舌でなぞると薄く開かれて、滑り込んで魔理沙の舌を絡めとった。宥めるように優しく愛撫して、余韻を残して離れて行った。その後。

「……ひゃぁんっ?!」

 ぞくんと体を貫いた甘い痺れに、魔理沙は甲高く鳴いてしまった。

「すっごい、熱い……」

 アリスが感じ入った声で呟いた。

「ね。聞こえる? ほら……」

 触れているのは、ほっそりと長い二本の指だった。粘膜に触れる指が交互に動かされると、あられもない湿った音が立った。

「このえっちな音、全部魔理沙のよ?」

 本来ならほんの微かな音のはずなのに、敏感になった聴力が、魔理沙に水音を伝えすぎるぐらいに伝えていた。

「んぁ、ぁ、はぁっ、……ぁ、は……、ん、……」

 魔理沙は、粘膜を塗り広げる指の動きに身悶えした。

 指の腹を押し付けるようにして、全体をぬるぬると動かされるとぞくぞくして、湧いた甘い痺れは体の最奥に溜まっていった。息が詰まって、途端に呼吸が乱れてく。

 入口のあたりを入念に探っていた指の一本が、ぴたと一箇所で止まった。

「魔理沙、……力抜いて?」

「はぁー……、はぁ、は……んぅ、んんぁっ…!」

 何かが、体の中央を拓いていって、ゆっくりと突き進んでくる感覚。

「痛くない?」

 知らない感覚に、こくこくと頷くのが精一杯だった。

「……全部入った。わかる?」

 正直、わからない。けどアリスの指が、中にいることは、魔理沙にははっきりわかった。

「魔理沙の、一番奥、触ってる」

「う、ぅうう……」

 そこが、一番深いところなのだろうか。指先が触れると、じわりとお腹の奥が疼いてたまらなかった。

 指が、くくっと動いて、

「んあぁっ、あ、……なに……?」

 視界が一瞬白くなる。体の芯を貫くような甘い感覚に、魔理沙は目を瞬かせた。

「ここ、いいの?」

 再び、同じように動かされて

「う、あ、あぁ、くぅ、ん、あっ、ああっ、ぁっ……」

 声がいっぱい出た。

 挿れられた指が、曲げて何度もそこを圧迫されて。どんどん追い上げられていって。

「魔理沙、好き……」

 熱い吐息が、耳元に掛かって。

「……かわいい。魔理沙、全部大好き。魔理沙っ……」

 熱に浮かされたかのような囁きが頭の中を満たしていく。胸の尖りきった頂点は器用な指先に抓まれて、蜜塗れのぴんとした突起は、中にいる方の手の親指に何度も執拗に押し潰されて。

「だめっ、それ、へんっ、へんななる、ぅんんっ、ぅううあっ! っあ! ……っ~~、は、ぅあ、ぅううあ……」

 一際強く、ぴんと突っ張られる魔理沙の体。少し弛緩した後、アリスの緩やかな指の動きに合わせてびくびくと体を跳ねさせた。

 小刻みに体を震えさせて、やがてくたりと脱力してベッドに沈んだ。

「っは、はぁ、はー、はー…、はー……、んぅっ……」

 ずる、指を引き抜く。魔理沙の乱れた呼吸が一瞬詰まった。

 自分の手指を目の前に引き寄せて、アリスは眺めた。

 ほっそりとした長い綺麗な指は、熱いぬめりに塗れていた。その中に混じる赤い筋。膜を少し削ってしまったかもしれなかった。

 アリスはうっとりと唇を寄せ、そこに舌を這わせた。

 

 

 

 

 

「魔理沙」

 呼吸が落ち着いた頃を見計らって、アリスは横向きで魔理沙の頭を胸に抱き寄せた。魔理沙の腕も、アリスの腰に回される。愛おしくなって、しなやかな金髪を撫でた。

 飢えてた気持ちは抜け落ちて、満たされて幸せな気分だった。体温が、触れている素肌が心地良かった。

 けれども。

「ん、やらかい…」

「ぁ、……ぅ……」

 胸に顔を埋められて、声が出そうになるのを辛うじて堪えた。

 全て満たされたわけではなく。魔理沙から移された熱は、アリスの最奥で未だ勢いを弱めないでいた。

「……くぅんっ」

 顔を擦り付けてくる魔理沙の鼻先が、立ち上がりかけた頂点をかすめて、甘く鋭い刺激に声を上げてしまった。

 慌てて口を手で押さえたが、既に遅い。胸元の顔が悪戯な笑みを浮かべた気がした。

「ひゃんっ! ちょ、まり……あぁっ!」

 ブラジャーの上から突起に歯を立てられて、アリスは身悶えした。

「アリス、いい声……」

 背中のホックが外されて、たくしあげられて腕を抜かれる。

 顕になった乳房に、魔理沙が躊躇なくしゃぶりついた。

「ふ、ぁあん、あ、や、ぁ、んんんっ……!」

 はしたない声が上がるのを、アリスは止められなかった。魔理沙の全部を目の当たりにして、ずっと高ぶったままだったせいで、抑えが効かなかった。胸の先端がきつく、何度も吸い上げられる。

「まり、さぁ、っ、だめ、はぁっ、ひぅっ、だめぇっ……!」

「……だめなら、こっち?」

 この言い方は意趣返しのつもりだろうか。

 魔理沙は上体を起こして、ショーツに指掛けて引き下ろした。足の先に引っ掛けて一気に脱がせる。もちろん、膝を腿の間に割り入れておくことも忘れない。

 外腿をすべすべと撫でて、内側へと手を流していく。

「んあぁ、あふっ、……!」

「っ、熱い……」

 魔理沙が触るとそこはもう、熱の洪水だった。添えられた指が秘裂をなぞるのに、アリスは抵抗できないでいた。待ち望んでいた刺激に、体がどんどん開いていく。

 魔理沙が潤みに指を沈ませると、ゆっくりと誘われるかのように、飲み込まれていった。

「あ、く、……はいって、くる……まりさぁ……」

 こつ、と最奥に当たった。指先には、つるつるした感触。

 そこから少し下がったところで、魔理沙は自分がされたみたいに指を折り曲げてみた。

「ふぁっ、そこ、あ、だめ、だめっ、ああっ」

 指で押し上げるように刺激するのに合わせて、アリスの嬌声が頭に反響する。煽られて、魔理沙の呼吸も乱れていく。

「はぁ、ぁ、はっ……アリスっ、すごい、……やらしい……!」

「ひ、ゃあっ、あ、んあっ、まりっ、さ、だってっ……!」

「……んぁ?! ぁっ!」

 ぐりっとそこを圧迫されて魔理沙は思わず声を上げた。

「さっきから、私の脚にっ……どっちがやらしいの……」

 魔理沙は無意識に、跨がっていたアリスの太腿に、秘所を摺りつけていたのだった。

「しょうが、ないだろっ……お前の声がやらしすぎなん、……ふあぁっ?!」

「……すごい濡れてる」

「ひ、ゃぁっ……ありす、動かさな、んっ、あぁっ」

 腿との間に滑り込まされたアリスの手が蠢かされると、はしたない濡れた音が立った。下腹の奥がきゅうっとして、魔理沙はかくりと力が抜けて、アリスの上に倒れ込んだ。

 その拍子に固く立ち上がった胸のてっぺん同士が擦れ合って、二人同時に身悶えした。

 アリスの指が再び、魔理沙の真ん中を貫いた。

「あ、はいって、……っんあぁぁっ……!」

 甘い痺れの波が、指先まで押し寄せて。抜けそうになる力を指先に込めて。魔理沙は、自分のときのように、探し当てたアリスの核に親指を擦りつけた。

「ぁっ、んあっ、っ! きゃ、ああああぁぁぁんっ!」

 アリスの体がベッドの上で弓なりに撓る。足がぴんと突っ張るのと同時に、魔理沙の中の指も、強張って一点を強く抉った。

「ふあっ、そこ、強っ……ぅあっ、ああああぁっ!」

 強烈な快感を叩き込まれて、魔理沙は一気に登りつめて、そして落ちた。ふるふると小柄な体を震えさせた後、脱力してくたりとアリスの横に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 額を合わせれば、自然と微笑んで、キスをした。

 お互いの心音を、聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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