R-18百合な、ミコハク/ハクミコです。

※注意※
 ・前半は不可抗力なセン×ハクメイですが、中盤以降はミコハク/ハクミコ(リバ)です。
 ・世界観やキャラクター性は原作に沿うよう基本努めていますが、手前勝手な妄想を元に関係性を造って原作設定を枉げてしまっている部分がありますので、そういった二次創作作品が苦手な方は避けてください。
 ・1巻出版&9,10話雑誌掲載時分の作話につき、世界やキャラの設定解釈等が最新話現在と異なるところがあります。

・時系列は2巻9話『ミミズクと昔話』より後、10話『凝り性の染め物』より前のあたりです。
・二次創作小説『うすあかりhttps://syosetu.org/novel/160192/』『たびじたくhttps://syosetu.org/novel/160197/』の内容を継いでいます。
(初出:2018/01/27)(他サイトと同時投稿です)






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R-18百合な、ミコハク/ハクミコです。
『たびじたく』https://syosetu.org/novel/160197/より後の話。
(初出:2018/01/27)(他サイトと同時投稿です)

※注意※
 ・前半は不可抗力なセン×ハクメイですが、中盤以降はミコハク/ハクミコ(リバ)です。
 ・世界観やキャラクター性は原作に沿うよう基本努めていますが、手前勝手な妄想を元に関係性を造って原作設定を枉げてしまっている部分がありますので、そういった二次創作作品が苦手な方は避けてください。
 ・1巻出版&9,10話雑誌掲載時分の作話につき、世界やキャラの設定解釈等が最新話現在と異なるところがあります。
・時系列は2巻9話『ミミズクと昔話』より後、10話『凝り性の染め物』より前のあたりです。
・二次創作小説『うすあかり』https://syosetu.org/novel/160192/ 『たびじたく』https://syosetu.org/novel/160197/ の内容を継いでいます。



ふたりたび

 

 

 

 

 ノックの音がした。

 ――来た。予定通り。

 来訪者を出迎えようと、センは腰掛けていたテーブルセットの椅子から立ち上がって玄関へと向かった。

 ここまで準備は滞り無く進めることができている。けれど問題はこの先。計画が頓挫する公算が一番高いのはここだ。

 これには研究の岐路ひいては研究人生の左右がかかっていていつかはやらざるを得ないことなのでやるよりほかにないから今やるのであって一時の感情を憚ってその度に道筋を諦めていては何事も成せるはずがなくここを乗り越え道を見出し進むことができなくて生涯をかけて追い求む世界の理をこの手に掴むことなどどうしてできようか! ……などと、センは自分に言い聞かせる。

 意識がうっかりとある方向に向いてしまったり、自分は一体何を作っているのかとふと我に返って死にたくなったりするなどして研究どころでなくなることが度々あり、その度に繰り返してきた精神安定のための自分への言い聞かせが、それだった。

 向かった玄関の前で、一旦立ち止まって深呼吸。黒いローブの口元まである高い襟や、白菫色の長衣の裾をなんとなく直し、自分の落ち着きを確かめておいてから、ドアを開く。

 

「やあ、よく来てくれた」

「よう、セン」

 

 来客は、センと同じこびと種族。外ハネ栗毛の短髪に、空色の種帽子。帽子と同じ色の山形模様を裾にあしらった白いワンピースに、同じく空色のケープを肩に纏った女の子。徒歩で小半時間ほどの距離の大楠に住む、二人暮らしのご近所さん、その片方のハクメイだった。

 左右の耳前の短い三つ編みの間、血色の良いふくっとしたほっぺたの上で、くりくりした大きい金茶の瞳がにっと細まって、人好きのする愛嬌ある笑顔になる。

 

「手伝ってほしいことってなんだ?」

 

 

 

  ◇

 

 

 

「実はこの前、書庫を整理していたらこんな本を見つけてね」

 

 居室に移動してテーブルセットに向かい合わせで座ったハクメイに、センは問題の本をテーブルの上へ置いて見せた。黒い布地の装丁で表紙に『応用生命術研究論集』と薄金で彫字されてる、指の付け根から先までほどの厚みがある分厚い上装本だ。

 

「故郷から持ち出せた本はあらかた読み尽くしたと思っていたのだが、物の影になっていて忘れられていたようなんだ」

 

 ふーん、とハクメイは本を手にとってぱらぱらと捲る。

 付箋を貼っておいてある『コビト内外分泌物の生命術応用研究』の部分に差し掛かると、そこを暫くの間眺めるもすぐに、開いたままの本をセンに押しやってきた。

 

「さすがにわたしには理解できないぞこれ」

 

 見慣れない言葉や見方のわからない図表だらけで辟易したのだろう、目を瞑って眉間に小さな皺を寄せて、渋茶でも飲んだみたいにげんなりした表情を浮かべていた。本を受け取りながらセンは言う。

 

「ああ、いや、手伝って欲しいのは実験そのものではなくて……実験に使う材料の採集を手伝って欲しいんだ」

「おお、いいぞ。なにを採ってくればいいんだ?」

 

 頼み事の内容が得意分野の天然資源採集であると受け取ったらしく、ハクメイの表情がぱっと晴れた。

 こちらも依頼を打ち明けるのに朗らかな気持ちで……というわけには、いかないところがセンには辛い。辛いが、そこは、やるしかなかった。意を決して、すぅと息を吸い込む。

 

「実は……こびとの体液が、必要なんだ……っ」

「体液?」

 

 ハクメイがきょとんとした顔になる。センとしては、頼むから復唱しないで欲しかった。

 

「っていうと、血とか、唾液とか、涙とか、そういうのか?」

「うん、まあ、そのようなものなのだが、それらではなくて、その」

 

 小首を傾げるハクメイにますます言い出しづらく。何と言い表せば良いものか。必死に考えるうち、必須の確認事項が済んでいないことにはたと気付いた。

 

「そうだ、その前に。ハクメイは、その……じょ、情人がいたことは、あるか?」

「ない!」

 

 清々しいまでの即答だった。

 

「う、うむ。それなら条件は満たしてる。……」

 

 どう説明していいものやらと、センは再び言葉に詰まる。じっと続きを待つハクメイに、頭を悩ませながらとうとう口を開く。

 

「必要なのは、とある状況下における体液で……と、特殊な興奮状態時に、下肢から分泌される体液、なんだ……っ」

 

 猥雑さができるだけ出ないよう、無機質な学術用語を選んで言い切った。

 けれどそれでも羞恥でいたたまれなくて、ハクメイを見ていられなくなって視線を逸らす。顔が熱い。どうかこれで伝わってくれと心の中で願う。これ以上の詳しい説明はしたくない。

 

「ちなみに、自分のではだめなんだよな?」

「……残念ながら。“奏者”以外のものである必要があるんだ」

 

 どうやら何のことかは伝わったらしく、そこは安堵した。けれどハクメイにどう思われたか。あまりにあんまりな頼み事に軽蔑されたかもしれない。それを思うと羞恥と不安とに苛まれてますますハクメイの目を見ることができない。

 部屋に沈黙が落ちる。ハクメイからは何の言葉も返ってこない。

 静寂に耐えられなくなって、視線を逸らしたままでセンは口を開いた。

 

「この節に書いてあることが本当なら、アタシの生命の研究に新たな別の道筋が示されることになる。それには結果が書いてある通りであることを再現して確かめる必要がある、のだが……」

 

 膝の上の本に載せている手が、無意識にきゅっと拳になる。

 

「その……無理にとは。今の方針が行き詰まってるわけではないから。……でも選択できる岐路はあまりいくつもないから、少しでも可能性が望めるものは確保しておきたいというか、その、」

 

 次から次へ口を衝いて出てくる言葉は、いつしか知らず自己弁護になっていた。他意はなくあくまで純粋に学術目的で協力して欲しいことを伝えなければならないのに、後ろめたさからか焦れば焦るほど口から出る言葉は弁明のようなことばかり。

 

「なんだかよくわからんな」

 

 ハクメイのその一言は、それを見透かして断じるかのようだった。

 呆れからか、少し笑い気を含んでいて、やはりだめかとセンは瞑目した。十中八九断られると覚悟はしていたものの、無念は無念。唇を結んで、顔には出さないけれど胸中ではがっくりとうなだれた。

 不快な気分にさせてしまったことは詫びなければ。戦々恐々な心境で、俯き加減になっていた顔を上げる。さぞかし呆れた顔を浮かべているだろう、そう思いながら目を開くと――普段と変わらない、気安い調子のハクメイがいた。

 金茶の瞳と目が合った。ハクメイは目を細めてふにっと笑う。

 

「で、まずはなにをすればいいんだ?」

 

 目を瞠って、思わずハクメイを見詰めた。

 見詰めて、何秒経ったかわからない頃、はっと我に返って慌てて口を開く。

 

「……ありがとう」

 

 本当にいいのか、と問おうとして、やめた。わかった上で承知してくれたのだから、聞くのは野暮だ。

 感謝に堪えない思いで胸がいっぱいになる。けれどこれから行うことを考えると、センは頭に血が昇ってしまって仕方がなかった。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 別室の研究室で器材を用意する間、ハクメイにも準備をお願いしておいた。

 器材の準備を終えて部屋に戻ると、ハクメイはお願いした通りに術衣代わりのシーツを裸に羽織って、前を手で閉じながら、部屋の中央の背もたれのない低いスツールに座っていた。

 

「ハクメイ、これを」

「ん?」

 

 こちらの差し出した手に応じようと、身にまとったシーツの間から伸ばされたハクメイの手のひらの上に、この試行のためだけに行った研究の成果物をころんと落とした。

 

「なんだこれ」

 

 手のひらに載せられた楕円球を、ハクメイは物珍しそうに眺めながら指先でつついたりつまんだりした。

 

「無線音ランプの一種だ。特殊仕様のね。リズムを受けて生命ソースを創ったり点灯しないかわりに、振動するようになってる。採集……も、それで行えるように、作り替えてある。それを……、……っ」

 

 そこまでが説明の限界だった。いたたまれなくなって、もうハクメイを見ていられず顔を逸らす。頬が熱くなっていくのを感じる。

 

「あ、脚の間の……あの、場所、に……っ」

 

 製作の最中に何度死にたくなったことか。

 使用者を目の前にして使い方の説明するという、製作中そのときとは比べ物にならない羞恥にかられながらも、どうにか指示を口にした。

 衣擦れの音が聞こえる。己の心拍数が上がっていくのが自身の体故に否応なくわかる。

 

「……ん、いいぞ」

 

 そんな声がしたときには、衣擦れの音はもう止んでいた。羞恥をおして視線を戻すと、ハクメイの手に楕円球はもうない。消えた先は……と頭に浮かべかけた想像を慌てて打ち消した。以後想起してしまわないよう心に固く誓う。さもないと、この先の工程に支障が出かねない。

 

「……前を開いて。子機を付ける。胸の、心臓の上に」

 

 子機は足が小さな吸盤になっていて、肌の表面に張り付くことが出来る。反対側の頭の方には、無線信号の発信時に点灯する確認用の極小ランプを備えていた。以前、センが沼の魚に取り付けて、そうと知らず沼で釣り上げ食卓に上がったその魚ごとハクメイが一緒に飲み込んでしまった子機とほぼ同形だった。

 ハクメイが指示の通りに胸の前のシーツの交差を解いた。肩から滑り落ちたシーツはスツールに座っているハクメイの腰のあたりにわだかまって、起伏のほとんど無いなだらかな肌面の胸が、センの目の前にあらわになる。

 以前、暴走した骨魚に沼に引きずり込まれ溺れたのを助け、濡れた衣服を脱がした際にも目にしたことがある肌だった。健康的で瑞々しい自然な肌の色を、陽にさらされて色付いてない分だけ色味を薄めたかのような肌色は、磁器のような白さのセンとは別種の白さがあった。

 指先で持った子機の吸盤をハクメイの胸の中央に貼りつける。

 その際に、不意に目に入る、桜色。周囲の肌色と異なるそこから、慌てて目を逸らすもすでに遅く。薄い胸の上の左右に判然と存在するそれは、スチル写真のように脳裏に焼き付いてしまったようだった。

 同性にも関わらずこんなふうに素肌を過剰に意識してしまうのは、きっと故郷を出て長く一人で暮らしてきたせいだ。他のこびとの肌を目にすることに慣れてないだけ。いや、それ以上に非日常的な今の状況のせいに違いない。そう結論付けて頭から追いやろうとするが、先刻の映像はセンの脳裏からなかなかに離れてくれない。

 こんな思いまでしてやるからには、この採集は必ず成功させなければ。自分を奮い立たせ、どうにか意識を立ち戻らせて子機に目をやると、子機のランプははじめの頃にじわりと輝いていたのが、今は強めの光を伴った明滅が始まっていた。

 その点灯の様子から、拍動の強さは平静時より強め、頻度は若干早い、ということが読み取れた。つまり、ハクメイの心臓は今――動悸、している。

 

「ん、……っ」

 

 詰まらせるかのような息の音。かすかに漏れ聞こえたハクメイのそれに、センは飛び上がってしまいそうになる。

 どうやら音ランプは子機からの信号を受けて作動はしているらしかった。腰回りに溜まってるシーツのせいで、その様子は窺い知れないけれど。

 作動している、ということは……そういうこと。羞恥のあまり逃げ出してしまいたくなる。けれど、それは許されない。始めた以上、やるべきことを完遂しなくては、堪えた羞恥も、ハクメイの献身も、全てが水の泡になる。

 喉が無意識にごくりと上下する。頭を切り替え、意を決して、ハクメイに尋ねる。

 

「ど、どう……?」

「……なんか、もどかしい、かんじ……」

「も、もどかしい、の……」

 

 今の応えと、子機の状態から察するに、要するに……刺激が弱い、ということに違いない。

 頭に血が昇る。逃げ出したくなるのを堪えながら、センは千々になりそうな意識を必死に繋ぎ止めて思考を凝らす。音ランプの振動を強くするには子機から強い作動信号が送られれば良く、子機が強い作動信号を送るには、鼓動が強く早くなれば良い。

 鼓動を強く早くするには――身体の興奮の度合いを、高めれば良い。

 

「……わ、わかった」

 

 コビトの生物学的知識はひと通り修めている。性的な刺激を受ける場所についても把握しているが、知識を学んでいた当時は、まさか自分がそれを誰かに施す側に立つことになるとは想像だにしていなかった。

 しかし、やらなければ採集の完遂はかなわない。……でも、正面からそれをするのは恥ずかしすぎてとてもではないが無理だった。

 ハクメイの後ろに回る。壁際に退けておいたスツールを引き寄せてそこへ座り、ハクメイの脇腹の横から通した腕を、体の前面に回した。

 

「し、失礼する……っ」

 

 やらなければと意を決したとき、センの頭の中に思い起こされたのは、先刻脳裏に焼き付いてしまった胸の淡い色のそれだった。そこはそういう感覚を生み出すのだと一応は学術知識で知っている。指の腹で恐る恐るそれに触れると、ただでさえ柔らかい質感の肌にあってそこだけ柔みの質が全く違っていて、指先から伝わってくるその儚い感触に心臓がさらに跳ねた。

 

「あっ、……!」

 

 ハクメイの脇が閉められて、くぐらせている腕を挟まれた。けれど上体の前に触れるのに支障があるほどではない。このまま続行できる、と思っていたら、腕の力はすぐに抜けていった。

 反射的なものだったのかもしれない。でも、腕の力を抜いたのはきっと、ハクメイの意思だ。

 協力、してくれている。……羞恥にかまけている場合じゃない。頭を軽く振って気を引き締め直して。

 揃えた人差し指と中指の先を、そうっと慎重に、ゆるく動かし始める。

 

「ふっ、ぅ……、ん……」

 

 前方から漏れ聞こえてくる、吐息の音。それはまるで声を押し殺しているかのようだった。ハクメイの胸に背後から手を回しているセンからは距離が近すぎて、それが否応なく聞こえてしまう。

 懸命に無心になるよう努めながら、指の頭で先端をそば立てさせるような動きで触れ続ける。

 

「っく、……っぁ、っ……」

 

 与える効果がどれほどのものなのか背後からはわからず、また性的な行為の経験がないセンにはわかるはずもない。手のひらに接している肌から伝わってくるかすかな鼓動は、最初の頃より強くなっている気もするが、それも確証に至れるほどにはわからない。

 儚いやわみだったそこは、いつしかふくっとした形を成して突起と言えるまでになってきていた。

 継続される同じ刺激には慣れや飽きが来るもの、との生物学の文献の一文を思い出す。変化をつけようとして、人差し指と中指の間で突起を軽く挟んでみる。

 柔い、不思議な感触がした。その途端、センの目の前の小さな肩がびくっと震えた。

 

「ふあぁっ!」

「ハクメイ……?」

「あっ、ぁ……、く、ぅ……っ」

 

 ハクメイの口からこぼれたのは、今まで彼女の口から一度も聞いたことのない、甘さを感じる丸い高めの声だった。

 肌と接している腕や手のひらから、鼓動以外の不規則な微震を時折感じる。

 震え、てる? 反応への驚きのあまり、思わず手が止まってしまう。

 何が起きているのか、わからない。センは思い切って、前に回してる手はできるだけそのままに、スツールから立って身体を前に乗り出た。横からハクメイの様子を覗き見ると、その情景が目に入ったとたん、ようやく下がりかけていた血が再び一気に頭へと逆上った。

 熱に浮かされでもしたように上気して赤くなっている頬。

 金茶の瞳を隠してきゅっと閉じられた瞼の先の、震えているまつげ。

 眉頭は切なく寄せられ、薄く開いた口からは不規則な呼吸に混じって留めようとして失敗しているような声が、途切れ途切れに漏らされていた。

 見るんじゃなかった。ハクメイから目を逸らすどころか、目が離すことができなくなる。

 快活な様子しか目にしたことがなかったハクメイの色と熱を伴わせた今の姿は、元より艶やかな雰囲気の者の乱れた姿よりもかえって危ういものな気がして、強烈に意識を惹きつけられて止まなかった。

 

「う、あ、んんっ……!」

 

 ふるっとハクメイの上体が震える。脚の上に置かれた手は、その下のシーツをぎゅっと掴んで何かを堪えるようにしていた。

 胸の子機は、今や明滅が連続するあまり常に点灯して見える状態にまでなっている。それも、最大限の明るさで。

 鼓動が音ランプの振動を生み出し、振動は性的刺激となってさらにハクメイの鼓動を高める。性的な快感を感じれば感じるほど与えられる刺激もまた強くなる、正のフィードバック。言わば装着者自身の身体が自動的に装着者に快感を齎す仕組みであり、装着者も第三者も直接手を触れずとも採集が済むようセンが考えたものだった。

 けれども。

 センの己の内には、そんな設計思想とは間逆な願いが生まれていた。

 刺激をもっと早く、強くしたら――ハクメイは、どんな姿を見せるのだろう。

 研究対象である生命についてや、様々な科学事象に対して生まれるのとは違う、別種の好奇心だった。

 その不思議な心の動きはまるで思考という砂地に不意に開いた細孔から湧き出る水のよう。それは周囲の砂を崩しながらみるみるうちに出口を広げ、やがて噴水のような勢いを得るまでになる。

 そして、それを何故か看過する自分がいる。

 ……心臓の音がうるさい。部屋が暑い、気がする。それらにはかまわず、背中から手を回して、ハクメイの胸の突起に再びそっと触れた。

 

「んぁっ……?!」

 

 突然再開された胸の刺激に驚いてか、ハクメイはぴくっ、と肩を跳ねさせた。

 左右それぞれ、親指と人差指、人差し指と中指で、儚い弾力の勃ち上がりをごく弱い力でふにふにと挟む。

 

「あぁっ! や、んっ……ぅ、あっ……!」

 

 そこへ最初に触れたときよりも、ずっと過剰な反応だった。

 触れている胸の左右と、今や最大限に作動している音ランプと両方が繋がり合って相乗して、性感を倍増させているのかもしれない。

 乱れた呼吸と、詰まったような声。そこに入り交じる、たしかな甘さを含む声。これを、もっと聞きたい。ずっと聞いていたい。

 ごく弱い力で挟み上げて、頂点で指離す。指先でその所作を繰り返すと、ハクメイが体を震わせる頻度が増えてきた。

 

「あっ、はっ、あ、ぅあんっ……!」

 

 含有率を増した甘い声が、酩酊に似た陶酔感を呼んでいた。

 指の動きを少しづつ早く、強くしていく。

 ハクメイの腕はぴんと、伸び腿の上に突っ張って、逸らしてる背中はとうに弓なりになっていた。震えはいよいよ、陸に上がった魚のようにびくびくとしたものへとなっていく。

 このままでしていたら、どうなるんだろう。

 余計な思考が削ぎ落とされて、単純化されて、好奇心は子供のそれのようになる。けれども、不純。頭の何処かでそれがわかっているのに、止まらない。

 自分を衝き動かすぞくぞくしたものが、加速していく。

 そのとき。

 

「はっ、あっ、はぁっ……! ……ミコ、チっ……!」

「……ぇ?」

 

 今、何て?

 たった今、吐息に混じって聞こえた音を、脳内で反芻する。

 聞き間違いでなければ、それは、あるこびとの名前だった。ハクメイに縁のある人物で、たしかにハクメイに最も身近なこびとではあるけれど、でも、何故、今?

 センの頭の中を疑問符が埋め尽くしかけたその時。

 前方の出入り口のドアが、突然開いた。

 

「ハクメイ、セン……?!」

 

 廊下からの部屋の入り口のところで、目を見開いて驚き立ち尽くしてるこびとの少女。

 開いたドアの向こうに立っていたのは、黒い長髪に、振りの広い袖を持つ上衣に幅広の帯を締めた装束姿の――

 

「ミコチ?!」

 

 顔に朱を浮かせたミコチは、特徴的な意匠の衣服の袖の腕を震わせながらこちらを指差し、唇をわななかせた。

 

「あ、あ、あああんたたちいいい一体、なにやって……?!」

「こっ、これはそのっ!」

 

 センはハクメイからぱっと手を離して、弾けるように身を離した。その拍子に指先が子機にぶつかる。子機はハクメイの胸から剥がれ落ち、床を転がって、点灯していた光は消失した。

「あの、そのっ……違うんだミコチ!」

 腕だけが闇雲にあたふたと動いて、けれども口はちっとも回らない。

 他意はなく研究目的であること、ハクメイの同意を得ていること、こうなった経緯などその他もろもろを誤解を与えずかつ簡潔に説明するには一体どうすれば? とりあえず否定はしてみたもののここから何をどうしてどう言えば……?!

 右往左往してる間にもきっと誤解は進む。何か、早く言わなくてはと思うのに、気だけ焦ってしまって、言葉を続けることができない。

 と、そんなとき。

 

「ん、あ、……、」

 

 そんなセンの傍らで、ハクメイが身動いだ。

 

「あ……っ? ミコチか? 呼びに来たのか?」

 

 軽く頭を振りつつ、ミコチの姿を認めたハクメイの声は、場違いなぐらい暢気な声だった。

 

「ハクメイ……」

 

 ミコチは混乱して困惑しているといった体で、助けを求めるかのような眼差しをハクメイに送っている。

 それに対して、ハクメイは。

 

「センの研究の手伝いをしてたんだ。セン、もういいか?」

「っあ、……ああ、もう十分だ」

 

 普段通りの口調で、いつもの気楽そうな調子で、ハクメイはふにっと表情を崩した。ミコチはさておきセンとても面食らうものがあったが、答えることはできた。

 

「そうか。それなら、飯も出来たみたいだし、わたしは帰るよ」

 

 ハクメイは器用にもシーツを纏ったまま下着を穿いて、それからシーツを取り去ってベッドの上に置いていた服をぱっぱと身に付けた。

 いつもの格好になったハクメイは、すっかり普段の気安い調子に戻っていた。さっきまでの顔を上気させて息を乱し、儚い声を上げていた姿と全く結びつかない。まるで、幻を見させられていたかのような錯覚に陥るほど。

 

「ミコチ、帰ろ! それじゃあセンまたな!」

「き、気を付けて……」

 

 何か言いたそうな顔のミコチの手を引っ張って、ハクメイはドアの向こうへと消えていった。

 部屋に、いつもの静寂が戻る。

 ベッドの上に丸まって置かれたシーツ。そこに半ば埋もれるように残された濡れた楕円球が、記憶が幻ではなかったことを物語っていた。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 桟橋に出て、センは二人の姿が遠くの茂みに隠れて見えなくなるまでを見送った。

 ……ミコチにどう思われたろう。きっと誤解されてるに違いない。自分からのきちんとした弁明が必要だ。今度、大楠の家に行かなくては。

 部屋に戻ろうと沼の方を振り返ると、骨亀のジョージが何故か気まずげな佇まいでこちらを見ていた。それでセンはピンとくる。

 

「ジョージ……君がミコチを家に入れたのか」

 

 骨の顔に言い訳めいた表情が浮かぶ。だって仕方ないじゃないか、と言いたげに。

 

「アタシたちを放っておけなかったって? ……うん、まあ、あのままだったらアタシは……どうなっていたことやら」

 

 ぴんと反って断続的に震える背筋、何かを堪えるようにひそめられている眉と、熱っぽく朱の浮いた顔。途切れ途切れの呼吸に入り交じる、苦しそうなそうでないような甘い丸い声。それらが齎すあの陶酔に似た感覚の果てには、何があったのだろう。

 ハクメイがミコチの名を口にしていなかったら、ミコチが家に来なかったら、その先を見ていたのだろうか。

 それは、知りたくもあるけれど恐くもあった。あの時はよくわからない衝動に駆られていたが、今に考えると、自分にはまだ踏み出せる事柄のようには到底思えなかった。

 ここまでの出来事をそんな風に振り返っているうち、ふとひとつの違和感に思い当たる。

 ――ミコチか? 呼びに来たのか。

 あの口ぶりからすると、ハクメイはミコチが部屋に現れたときに初めて、ミコチに気付いたのだ。

 呟きを聞いたときには、ミコチが家に来るところが閉じていたカーテンの隙間から見えでもしたのかと思っていたが、この分だとどうやら違う。

 また、食事が出来次第呼びに来る約束があったわけでも、なさそうだ。

 それでは何故、あのときハクメイは、ミコチの名を口にしたのだろう。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 時は一時間ほど遡る。

 食材の下拵えを終えて、ミコチはテーブルでお茶を啜っていた。

 ――飯が出来る頃には戻るよ。

 そう言い残して出かけていったハクメイは、そろそろ夕餉の時間だというのに未だ家に帰って来ていなかった。

 今日はセンのところに寄ってくると言っていたけど、何をしているのやら。このまま待っていても良いのだけど、ここからセンの家は遠くないし、様子見を兼ねて呼びに行こうか。そう思い立って家を出たのが小半時前。沼に到着したのは間もなく日没が始まる夕暮れ時だった。

 桟橋のある岸辺には、センの家でもある、音ランプによって“生きて”いるゾウガメの骨のジョージが佇んでいた。

 ジョージはミコチの背丈の五、六倍はある小山のような甲羅の先で、何故か首をまっすぐに伸ばして直立不動の姿勢。まるで少しでも遠くへ行きたがってる、首だけでもそこから退散したがってるといったような、そんな風に見えた。

 頬骨のところに朱色が差していて、骨でも生きてると赤くなることもあるということを知った。音ランプや生命の不思議さに驚くやら、出鱈目さに呆れるやら何とも言えない気分になる。

 窓のカーテンは締め切られていた。ひっそりとしていて、どうも中に人がいる気配がしない。

 二人で連れ立ってどこかに出掛けてしまっている可能性もあるが、ともかく訪ねてみようと桟橋に上がると、ジョージがぬっと首を曲げ伸ばしてきて、ミコチを見た。思わず足を止める。じっと見つめてくるジョージを困惑の思いで見返していると、前方の玄関のドアが音もなくすっと開いた。

 再び見やると、ジョージは相変わらずミコチを見つめている。……もしかして、開けてくれた?

 

「入っていいの?」

 

 ドアを指さして言うと、ジョージはうんうんと言うかのように頷いてみせた。

 センは中にいるということなのかしら。手が離せないとか?

 意図はわからないけれど、ミコチは甘えさせてもらうことにした。玄関に足を踏み入れる。そこから奥に向かってセンを呼ぼうとしたところで、突き当りの内ドアから光が漏れているのに気が付いた。廊下に上がってドアに近づいてみると、向こう側に人の気配があるのを感じる。

 なんだ、二人ともいるじゃない。なら世話は無い。一安心の心持ちで、ドアを開けた。

 そうして先刻のあの光景を目の当たりにしたというわけだった。

 シーツをかろうじて腰に纏わせてるだけのほぼ裸なハクメイと、その背後からハクメイのなだらかな胸に色白の手を這わしているセン。ハクメイは仰向きがちにした顔を赤く上気させ、目を瞑って切なげに眉を寄せて、何かを堪えるように手は腿の上のシーツをぎゅっと掴んでいて。

 あれは明らかに……そういう部類に入る行為、にしか見えなかった。けれどミコチがドアを開けたとき、慌てふためいたセンと違って、ハクメイはミコチに気付いた後もまるで取り乱したところがなかった。

 ハクメイは普段から、普通は驚いたり動揺するところで動じないところがある。本心か否かの判断がつかないことが多いけれど。でも今回は事が事だ。取り乱さないにも程がある。

 思考を巡らせるうち、はたとある可能性に行き当たる。

 もしかして、まさかとは思うけど――そういうことに疎いとか?

 思い返してみれば、今まで一緒に暮らしてきて、そういう事柄が一度も話題に上がったことがないことに気が付いた。可能性がないとは言えないかもしれない。

 これは、問うてみなければいけない気がした。ハクメイのためにも、自分のためにも。歩調はそのままに、横を歩くハクメイを見やった。センの家から出るときに引かれた手は、もう解かれている。陽が沈んだ森は既に薄暗闇ではあるが、まだ顔の判別がつくくらいには明るい。

 

「……何をされてたか、わかってるの?」

 

 言葉を選んだつもりが、何故か咎めるような口調になってしまった。しまったと思ったときにはすでに遅く、口に出した後だった。

 気分を害させてしまったかもしれないと不安を覚えるミコチをよそに、ハクメイは何も気にした風もなくミコチを見ると。

 

「えっちなことされてた」

「ぶっ! ……げっふげふっ」

 

 ごく普通に平然といつもの気安い調子で返された直球返答に、思わず吹き出してその上にむせた。……どういうことなの。

 

「ごほっ……、わかってるならどうしてっ」

「女同士だし、別にいいと思って」

「べ、別によくない!」

 

 ハクメイは暢気な顔でへらりと笑う。ふざけているのか本心なのか……たぶん、からかいにきているのだろう。

 この分ならおそらく、というかほぼ確実に、一般的な倫理観は普通に持ち合わせているのだろう。

 そもそも一年以上一緒に暮らしてきて、ハクメイが変わった価値観の持ち主であれば、そういうことを敢えて具体的に話さなくとも毎日の生活の上で気付かないはずもないのではないか。

 きっと本当に研究の手伝いだったのだろう。全部わかってる上で手伝いとやらをしていたと見て、間違いなさそうだ。

 ほんの僅かな時間だったが、ものすごく気疲れした。空回った自分がなんだか恥ずかしい。眉間が顰まって、ため息が出る。

 でも。ああいうことは、おいそれと請け合って欲しくない気がしてならなかった。友人のためとはいえ。自己責任とはいえ。

 

「……もっと自分を大事にしなさい」

 

 気恥ずかしさと相まってなんとなくばつが悪くなって、ハクメイから視線を外して、進む先を見やりながら言った。

 故郷を出てとっくに独り立ちしてるこびとに言う言葉ではないのは承知していたが、どうしても言わずにはいられなかった。

 目の前の大木を逸れて少しすると、ようやく大楠の前に出た。

 バルコニーに続く階段の所でふと後ろを振り返ると、速く歩いたつもりはないのにいつの間にか数歩遅れていたハクメイが、小走りで後に追いついてきた。

 

 

 

  ◇

 

 

 

「飯ー!」

「その前に! お風呂に入ってきちゃいなさい。ご飯はもう少し支度が必要だから」

 

 キッチンに駆け込もうとしたハクメイを脱衣所に押しやっておいて、ミコチはキッチンに入る。かまどの元へ行って、火入れを始めた。

 今日の晩御飯はアカムツの煮付け。多少冷めても美味しくいただけるけど、出来立ての温かい方がやはり美味しいし、美味しいものは一番美味しい状態で食べさせてあげたい。作っておいたものを再加熱しては身が締まって固くなってしまうから、ハクメイの帰りが何時になるかわからない時に作り始めるわけにはいかなかった。

 水、酒、みりん、砂糖、ショウガ。浅型の鍋に注いで混ぜ合わせ、そこへ皮を上にしたアカムツの切り身を置いて、程良い火力になったかまどに鍋を掛けた。

 煮立ったのを見届けておいて、かまどの火を弱める。醤油を加えて、落し蓋。ここからは弱火でゆっくり煮詰めていく必要がある。ときどき煮汁の様子と味をみて、調味しつつ、煮汁を回し掛けするのが煮付けの手順だ。ハクメイが風呂から上がるころにちょうど出来上がりになるはず。

 少々の手持ち無沙汰が生まれた。センの家でのこと、沼からの帰り道でのことなど、さきほどまでの出来事が意識せずとも勝手に思い出されてくる。

 かまどから離れ下がり、腰の後ろに触れたテーブルに寄りかかると、はぁ、と自然にため息が出た。

 

「研究の手伝いだったとはいえ、あんなこと……、っ」

 無意識にひとりごちると、あの光景が思い起こされそうになって慌てて顔を振って霧散させた。

 それにしても何か、わだかまるようなものが胸の中に残っていてスッキリしない。というか、落ち着かない。

 センは悪い人ではない。悪人どころか、いい娘だ。研究成果だという生きている骨に最初こそ面食らったけど、沼の水面から跳ね出た骨魚に気を失ったところを介抱してもらったり、黒色火薬の保管ミスで爆散したこの家を新築してくれたりで恩のある、頼りになる善きご近所さんだ。

 行き来して交流するうち、研究内容やその容姿からミスティックな雰囲気を持ちながらもセン本人はけっこう純朴なことがわかってきていた。何か邪な動機でハクメイにああいうことをしていたわけではないと信じられる。純粋に研究目的だったんだろう。

 けれどあの情景に、胸の中に何かじりじりしたものが生まれるのは、何故だろう。

 それはセンに対して向いているわけでははなさそうだった。そこだけは確信できる。

 早春の花冷えの晩。この家を出て旅に戻ってしまうかもしれないと思ったハクメイへの、離れたくないと思う気持ちと、快く送り出してあげたいと思う気持ち。出所の分からない、愛着とも、他の何とも言い切れる気がしない、不確かで捉えどころのない気持ち。それらが綯い交ぜになって胸が苦しかったあの夜。あのときと同じ迷宮に、再び入り込んでしまっている気がする。落ち着かないと感じるのは、たぶんそのせいだ。

 自分で、自分が、わからない。

 自分の心をどうにか手繰ろうとして、そのさなか、家路の途中でのハクメイの言葉が思い出された。

 ――女同士だし、別にいいと思って。

 女同士なら。

 それなら、わたしでも、かまわないということ?

 たわんだシーツを腰に纏わせただけのハクメイ。他に一切の衣類は身につけていない。手を伸ばせば、容易にその素肌に触れることができてしまう。肩に、腕に、腰に、脚に、おなかに、胸に。思いのままに自由に手を滑らせると、目を閉じているハクメイの眉頭が、きゅっと寄られる。その手はたどたどしくシーツに指立てていて、手を滑らせるたび身体はぴくりと小さく震える。結んでいた口は、酸素を欲して薄く開いていて、身体と一緒に、吐息も震えて――

 

「な、な、な……!」

 

 慌ててぶんぶんと激しく頭を左右に振って、今浮かんだ映像を頭から追い出そうとする。

 何を考えた、わたし! 愕然として、思わず両手で顔を覆った。

 ハクメイの肌の感触や体温までもが、勝手に想像されるなんて。ぎゅっと目を閉じて、再び頭を振るも、今の想像は焼き付いてしまったかのように頭から振り払えない。

 わたしはハクメイに、そういうことを……?! いや、そんなはず、でも、何故、わたしは……

 

「おーい、ミコチー」

「ふえっ?!」

 

 飛び上がらんばかりに振り返ると、首にタオルを掛けたハクメイがキッチンの入り口に立っていた。すんすんと鼻を鳴らしている。

「なんか焦げてないか?」

「!!」

 慌ててかまどに取り付いて、鍋をかまどから降ろした。戦々恐々と落し蓋を上げてみると、果たしてアカムツは無事だった。鍋底に少し焦げが付いた程度で済んでいた。

 煮付けが照り焼きになった。密かに変更になったそのことは言わないでおこう。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 つつがなく夕食を終えて。食器の洗い物をして片付けて、風呂を済ませた。

 食事中、ミコチはハクメイの顔をまともに見られなかった。

 あんなことになってた当のハクメイは普段と変わらないいつもの調子でけろっとしている一方で、こちらはおかしな悩みを抱え込むはめになっていて、なんだか理不尽さを感じてならなかった。

 ハクメイは食事が済んで食器を流し台に運び終えると地階へと降りていった。納品用の保存食の包装、その手伝いをするために。ミコチも洗い物と入浴が済み次第、一緒に作業にあたることになっていた。

 急ぎの作業ではないが、包装作業はどうしても後回しになって溜まりがちになるので、時間を見つけ次第少しづつ済ませておくことにしていた。でないと納品日前日になって泣きながら包装紙と格闘するはめになるということは、これまで何度かやらかした経験で身に染みてわかっていることだった。

 先に行ったハクメイから遅れること一時間ほど。ミコチが地階の作業部屋に降りると、作業用のテーブルに向かっているハクメイの後ろ姿が目に入った。作業に取り掛かろうと、テーブルに回る。

 

「ハクメイ、わたしも入るね……って」

 

 見れば、ハクメイの手は動いていなかった。

 

「ハクメイ……」

「んんぅ……」

 

 聞こえているのかいないのか、それとも別世界での出来事にされてしまっているのか。生返事のハクメイは、包装紙を手にしたままで船を漕いでいた。

 

「はぁ……」

 

 こめかみに手を当ててため息を漏らす。今日の手伝いは期待できそうにない。あんなことがあった後だから、慣れないことをして疲れでもしたのかもしれない。

 それはそうと、ハクメイがノースリーブのシャツの姿のままなのが気になった。家に帰宅した後すぐに風呂に入り、食事を終え、それから包装作業に入って……と湯上がりからかれこれ二時間近くが経つはずだ。試しに剥き出しになってる肩に触れてみると、案の定冷え切っていた。このままでは風邪をひきかねない。

 

「ハクメイ。もう眠っていいから、ベッドに行って寝なさい」

「んぁ……、んー……」

 

 この格好であっても、ベッドに入って掛布に包まってさえしまえば風邪の心配はないだろう。そう思ってミコチが肩を揺すると、ハクメイは起きかけるものの、またすぐにかくりと首を落としてしまう。放っておいたらたぶん、自分から寝室に向かうことはないだろう。仕方がない。ベッドまで連れて行くことにした。

 背負う……にはハクメイの意識が無さすぎて無理だった。腕を肩に担いで、半ば引きずるようにして作業部屋からハクメイを連れ出す。

 

「しっかり、歩いて、よ……!」

 

 苦労して階段を上がり、ようやく寝室にたどり着いた頃には、ミコチは軽く肩で息をしている有様だった。

 寝室に入ってすぐの壁に掛かっているランプを点ける。一つきりの光源では部屋はさほど明るくはならないが、ハクメイを寝かせに来ただけの今はこれで十分だ。ハクメイを支えながらそれをベッドの梯子の横の支柱に掛け直す。

 ハクメイは未だミコチの肩にくったり寄りかかってる状態で、声を掛けても目覚める気配がなかった。二段ベッドの割り振りは、ハクメイが上段、ミコチが下段だが、梯子を上がらせるのは無理そうと踏んで、ミコチの下段に寝かせることにした。寝床が入れ替わっても、別に抵抗はない。

 ベッドに背を向けているハクメイを正面から抱きつくようにして、支えながらベッドサイドの柵を超えさせる。

 けれど、脱力しきったハクメイの体はミコチの予想を超えて扱いにくかった。

 

「きゃっ?!」

 

 バランスを崩して、ハクメイともども下段ベッドに倒れ込んでしまった。両腕をベッドに衝いて体を起こし、慌ててハクメイの様子を覗う。ハクメイの頭はちょうど枕に乗っていて、木枠に打つようなことはなかったらしく、ほっとする。

 そんなことが起きたというのに、ハクメイはそれでも目を覚まさなかった。そこまで眠いのか、と半ば呆れ半ば理解不可な思いに駆られる。

 シャツが捲れてしまっているのが目に入った。お腹と、その上方の胸のきわどいところ近くまであらわになっていて、その露出した肌の多さにどきりとしてしまう。目が泳いで、視線を逃した先で目に入ったハクメイの寝顔は、何の悩みもなさそうな安らかなもので、はぁ、と思わず溜息が漏れた。……これで何度目のため息だろう。

 

「まったく、太平楽なんだから……」

 

 肌をなるべく目に入れないようにしながら、シャツの裾を降ろしてやった。暢気に眠るハクメイに、再び理不尽さが込み上げる。

 こんなおかしな悩みを抱えるようになったのは、一体誰のせいだ。ほっぺたをつねってやりたくなる。

 そのほっぺたは、ミコチの眼下でやわらかそうに丸くふっくりと存在していた。無防備に眠るハクメイは、どこか無邪気な幼な児めいたあどけなさを感じさせて、なんとも可愛いらしいものがある。

 センは変わってはいるが、特殊な傾向にあるような娘ではない。けれど今のハクメイを見ていると、眺めている者に危うい気持ちが沸き起こったとしても不思議ではないような、仕方がないような、そんな気がしてならなかった。

 

「……そうやって無防備でいたら、えっちなこと、したいと思われても仕方がないんだからね?」

 

 ベッドに腕を衝いて、呟きながら右手の揃えた指先でそっとハクメイの頬に触れた。ふに、とやわらかい感触。弾力があり、そしてあたたかい。手指から伝わってくるぬくもりに、気持ちが穏やかになってくる。

 つねるでなく、突付くでなく、手のひらで頬を撫でてみた。肌はすべらかで、はじけるような弾力がある一方で搗きたての餅みたいに柔らかくて、触り心地が良くてなんだか病みつきになりそうな触感だった。知らず頬が緩んでくる。

 そうしているうち不意に、手の甲があたたかなものに包まれた。

 見れば、右手の上に自分のものではない手が重ねられている。

 ハクメイの、手だった。

 はっとして顔に視線を戻すと、ハクメイの目はぱっちりと開かれていて、透き通った琥珀色の瞳が、ミコチの極深で濃緑の黒に近い瞳を捉えていた。

 起きて、いた。いつから?

 

「ミコチになら……されてもいい」

「な、」

 

 それ、は。

 どういう意味なのか。

 様々な意味が考えられて、返って思考が凍りつく。

 

「何、言って、」

 

 それは――されてもいい、というそれは、ここまでの状況からどう考えても、先のミコチの呟きに対する言葉の他に有り得なかった。……聞かれていた。呟きを。

 “したいと思われても仕方がない”という先の呟きは、センや他の人が無防備なハクメイを見た場合を言ったのであって、決してミコチ自身のことを言ったのではなかった。けれどハクメイには、先ほどの言葉からしてミコチの弁として取られているのだろう。

 しかし、手持ち無沙汰のキッチンで、あらぬ想像をしてしまったのは事実だった。後ろめたさがハクメイから視線を外させる。

 

「……自分を大事にしなさいって、言ったでしょ」

 

 呟きの内容否定と弁明の言葉を紡ごうとして、咄嗟に口をついて出てきてしまった言葉に、後悔するも遅かった。この受け答えでは自分が、そういうことを望んでいるかのようだ。

 焦りが呼び水となったのか、あの想像が再び脳裏に蘇る。慌ててそれに重し蓋をして頭の底へ押し戻す。

 おかしな挙動を晒してしまう前にハクメイの前から立ち去ってしまいたい。ミコチは右手を引いて、ハクメイの手から逃れようとした。けれども。

 

「ああ、言われたよ」

 

 それは叶わなかった。手はやんわりと、けれどしっかりと、ハクメイに捕らえられていた。

 思わずハクメイに視線を戻す。そして、見えたものにはっとする。

 そこには、いつになくまっすぐな眼差しでミコチを見上げるハクメイがいた。

 

「帰り道でそれを言われた時……胸がずきっとしたんだ」

 

 そのときを思い返しているのだろうか。ハクメイはミコチから視線を外して、瞳をやや伏せた。

 

「もう二度としないと思った。でも、どうして胸が痛くなったのかわからなくて……ずっと、考えてた。風呂に入ってるときも、飯を食べてるときも。それで、思い出した。センの研究を手伝ってるときに――」

 

 ハクメイはそこで言を区切って、小さく息を吸った。そして、意を決したかのように口を開く。

 

「ミコチのことが、……何故か、頭に浮かんで消えなかったのを」

「え……?」

 

 思わず。上擦った声が、小さく漏れた。

 何故、どうして、自分が? 頭の中に疑問がいっぱいに溢れていく。

 

「ミコチに言われたから堪えたんだって、わかったよ。なんだかすごく後ろめたかったんだ。センにされてたあのとき、ふと、もしこれがミコチなら、って考えてしまって――」

 

 ふっ……とため息のような、軽く息をつく音。小さな眉が、真ん中にわずかに寄せられる。

 

「そうしたら……なんかおかしくなって、いろいろだめになった」

 

 呟くなかでやるせなく眇められていった瞳は、最後にはきゅっと閉じられた。

 おかしく、って、どういう――ハクメイから、目が離せなくなる。

 

「なんでかわからなかったそのことも考えたんだ。そうしたら、」

 切なげに、伏せ目がちに、薄く瞳が開かれる。

 

「わたし、研究目的じゃないえっちなこと、ミコチにならされてもいいって、思えてた。……」

 

 声に、瞼に、かすかに漂っているのは――戸惑いと苦悩、のように思えた。

 されてもいい、とは。あらぬ想像、まさしくその通りの、そういう意味なのだろう。

 

「わたしはミコチのことが大事だ。自分と同じぐらいに。だから、」

 

 右手を掴むハクメイの手の力が、僅かに増した。金茶の瞳が、再びミコチを映す。

 

「……それなら、問題なくないか?」

 

 支柱のランプの小さな明かりの元で、ハクメイの瞳は、金色に揺らいだ光を湛えてミコチにまっすぐに向けられていた。

 ……ハクメイとの出会いは、大楠のこの家でだった。ハクメイが引越し先を間違えて、家に転がり込んできたのがきっかけ。元は、見ず知らずの他人同士。でも今は、友人で、初めての同居人で――

 

「……わたしも、ハクメイのこと、大事に思ってる」

 

 薄明かりを揺蕩わせてる琥珀色を、見つめ返しながら、言った。

 透き通る琥珀色が、少し細められる。喉で小さく、ん、と答えたハクメイのその声には、安堵の音色が内包されているように聞こえた。

 わたしもハクメイも、お互いに大事に思い合う同士、なんだ――ミコチは思う。

 自分を大事にすることと、相手を大事にすること、両方が成り立っている。それならたしかに、問題はない、と……言えてしまう。

 そう意識したとたん、胸の奥が締め付けられるかのように、きゅうっと切なく苦しくなった。

 ハクメイに抱くこの気持ちは、何なのだろう。捉えどころも掴みどころもなくて、何なのか、何と名付けられているものなのか、わからない。世間で言う恋とか愛と呼ぶにはおとなしすぎて、友人とか隣人と呼ぶには惹かれすぎる。

 でも、確かに今、思っていることは――もっと近くなりたい、ということ。

 近づきたい。肌が触れ合うくらいにまで。

 触れてみたい。互いの体温の差がなくなるくらいまで。

 ハクメイの手は、ミコチの右手を、今はもう掴んでいるということはなく、重ねられているだけになっていた。その右手で、ハクメイの頬を手のひらでそっと撫でた。

 

「……ほんとに、しちゃうからね?」

 

 ハクメイは、まっすぐにこちらを見つめ返してきて、

 

「……うん」

 

 小さく、頷いた。胸の奥がまた切なくなって、苦しさに少し目が細まる。

 

「ちゅーだってしちゃうんだから」

「お、ぅ」

 

 一瞬だけ、ハクメイが緊張を見せた。想像、してしまったのだろうか。

 頭の横にそっと腕を衝いて、ハクメイの顔を真上から見下ろしながら、言う。

 

「止まらなく、なっちゃうんだから」

「っ……」

 

 ハクメイは短く小さく息を吸って、口を噤んで呼吸を詰めた。その様子は、仔細によく見えた。目と鼻の先の近さだった故に。

 顔を更に寄せていく。金茶の瞳がきゅっと閉じられるのを目の前で見た。

 

「やっぱりやめる、は……聞かないからね」

 

 ハクメイは、逃げなかった。抵抗も、なかった。

 そのまま顔を降ろしていって――結ばれているかすかに震えている唇に、自分の唇を重ねた。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 軽く触れておいて、すぐに唇を離した。ベッドに肘を衝いて姿勢を低くし、再び重ねる。

 また離れて、すぐにまた触れて。だんだんに、触れている時間を伸ばしていく。ハクメイの右手はミコチの左肩に、押すとも引くとも付かず、ただ添えられていた。

 ハクメイの唇は、頬以上に儚い柔らかさがあった。唇で唇を挟むとハクメイは、ん、と小さく喉を鳴らす。その切ない音と唇の触感に夢中になって何度も食む。けれど唇だけでは足りなかった。

 ノースリーブのシャツの裾から、そっと手を差し入れた。お腹に触れ、腰、脇腹へと手を滑らせる。

 ハクメイの肌はすべすべと触り心地がよくて、そのぬくもりは頭の芯に染み入ってくるかのようにあたたかに感じられた。触れれば触れるほど、もっと触れたくなってくる。肌を覆っている布地が邪魔に思えてならなくなって、手を下ろしてシャツの裾に指掛けた。

 

「……腕、上げて」

「ん……」

 

 胸元まで捲ったシャツをさらにたくし上げて腕を通そうとすると、ハクメイは素直に応じてきた。頭も抜いてシャツを脱がせると、その拍子に栗毛の前髪がめくれて額があらわになる。

 眉尻をわずかに下げ、上気してほんのり朱を浮かせた顔で見上げてくるハクメイの姿に、胸の奥がキシと軋む。不安と羞恥とを綯い交ぜにしたようなその表情から目が離せない。見つめたままで脱がせたシャツをベッドの外に落として、頭の横に再び肘を衝いた。

 あらわになった額に顔を寄せて、唇を落としていく。眉間に、こめかみに、頬に。口接けしながら、遮るもののなくなった肌に悠然と手を這わせる。

 手のひらと、袖のめくれた下腕に、直接ハクメイの肌が触れていた。伝わってくるぬくもりにじんわりと満たされるものを感じるのと同時に、もっと触れたくなってたまらなくなる。触れれば触れるほど、胸を締め付ける切ない苦しさが増していく。

 もっと、触りたい。

 ハクメイの全部に、触れたい。

 ハクメイの声が、聞きたい。息遣いを、感じたい。

 ハクメイはどこにも行ってない。紛れもなく今ここに居ると、ハクメイの存在を、全身で感じたかった。

 首筋に埋めた鼻先にハクメイのぬくもりを感じながら、なだらかな胸の上に手のひらを滑らせる。ふと、手にかすかな感触を感じた。手が何か小さなものに触れようで、それと同時にハクメイの体がぴくんと小さく跳ねた。

 

「あ……」

 

 それが何かを瞬時に悟って、思わず声が出た。慌てて手を引っ込めて、体を起こす。

 普通なら、誰かに触れさせることがないそこ。胸の頂に、手が触れてしまっていた。

 衝動でいっぱいの頭の中を、一条の暗い光がすっと差した。本当に踏み込んでしまっていいものなのだろうか。自分の勝手な衝動に、付き合ってくれているだけで、ハクメイは本当は、イヤなのではないか。ハクメイは、ハクメイの気持ちは……?

 ふいに手が何かに触れられ、その感触に意識を引き戻された。見れば、胸元に引っ込めていた右手を、ハクメイが掴んでいた。

 意図がわからなくて、ハクメイを見る。戸惑うミコチを他所にハクメイは掴んだミコチの手を自分の方へと引き寄せ、ミコチの手のひらを己のなだらかな胸に押し当てると、その上から自分の手を重ねた。

 指の腹に頂の端が触れている。指のわずかな合間に、淡い薄桃色が覗いていた。

 

「……ハク、メイ」

 

 ハクメイの顔を再び見上げようとして、けれどそれは叶わなかった。ミコチの手を胸に導いたハクメイの手が、ミコチの和装の襟首に回されて、無言のうちに引き寄せられたせいで。

 ハクメイの顎が、誘うように軽く上げられる。促されるままに、唇を重ねる。迎え入れるように、たどたどしく動かされる唇の柔らかい感触に、先刻脳の中に差した暗い光が掻き消えていく。

 再び唇だけでついばむように唇を食む。そうしながら胸にあてがわれた手を、そろりと動かした。薄いやわみの奥から、ハクメイの鼓動が手のひらに伝わってくる。とくとくと高鳴るそれの、拍は早い。

 淡いふくらみに合わせて押し包むよう手のひらをひたとあてがって、形を確かめるように撫ぜる。指の腹に肌と異なる芯のある感触が触れるたび、ハクメイはかすかに体を震わせた。

 

「んっ、ふ、……っ」

 

 漏れる息が少し苦しそうだった。唇を離してみる。けれど、ハクメイがときどき呼吸を詰めるのは治まらない。吐息が乱れるのは、口接けのせいではないようだった。

 ハクメイの胸に目を落とす。呼吸に上下するなだらかなだけだったそこに、形をなしているものが二つ。這わした手に抵抗を感じさせるものの正体が、ふっくりとした姿をあらわしていた。

 上体を下げてそこへ顔を寄せ、唇で触れるだけの口接けをした。

 

「っあ……っ」

 

 目の前の肢体が、ぴくりと震えた。もう一度口接けると、同じように、ぴく、と体が震える。繰り返すたびに、ハクメイは体を震わせた。

 襟首にあったハクメイの手は、今は肩に添えられている。その手の指に、力が少し込められる。

 

「っ、それっ……ぞくって、するっ……」

 

 突起は今や完全に勃ち上がって、切なげな姿を見せていた。

 そのいじらしい見た目と、まるで幼な児のようにたどたどしい口調のハクメイの声に、得も言われない衝動が込み上げてくる。

 

「かわいい……んっ」

「んあっ……!」

 

 唇で、胸の屹立を捉えた。唇にする口接けのように食むと、胸部がふるっと震える。食むに足らず軽く吸ってみれば、ハクメイは体をわずかに跳ねさせた。

 ハクメイが頭に手を添えてくる。指が髪の中に差し入れられるのを感じたが、かまわずに更に吸い立てた。

 

「あっ、んあぁっ、吸っちゃ、だめっ……!」

 

 ときどきは突起から唇を離し、また咥える。それを繰り返すと、自然ついばむような仕草になる。そうしながらもう一方にも手を這わせて、屹立を親指で倒したり、人差し指とで軽く摘むようにして触れる。

 

「あふっ、あっ、ああっ!」

「んん、んっ……」

 

 舌先で触れれば、押し返してくるような弾力がある。初めての食感と触感、初めて聴くハクメイの声とに夢中になって、行為に没入する。

 顔に感じるハクメイの体温は、ますます高まっていっている気がした。それを受け感じる自分の顔も、熱くなっていっているとミコチは自覚する。

 

「あぁっ、はぁっ……み、ミコチっ……!」

 

 髪を掴んでくる力が一際強まった。ゆるい力だったので痛くはなかったけれど、ハクメイのその反応に限界めいたものを感じて、仕方なく唇から解放する。

 顔を上げて様子を伺えば、ハクメイは顔を真赤にして、涙を溜めた目で、精一杯といった体で恨みがましくミコチを見上げていた。

 

「はあっ、はっ、はぁっ……ミコチっ、いじわる、だぞ……っ」

 

 乱れた呼吸に声を途切れさせながら、恨み節をぶつけてくる。

 

「だって、ハクメイがあんまり、可愛い声出すから……止まんなくなっちゃった」

「か、かわ……っ?!」

 

 言葉を詰まらせるハクメイ。その顔は、朱色を見る見る間に増していった。

 

「ううー……」

 

 乱れた自分を思い描いてしまったのか、ハクメイはきゅっと目を瞑って、目尻に涙を浮かせてうめき声を上げた。恥ずかしさを堪えているその姿があまりに可愛くて、顔を寄せてほっぺたに口接け、わななかせている唇に唇を寄せた。

 

「んんっ……」

 文句を言いたげな唇を、吐息ごと食べてしまう。

 ごめん、は言わない。きっとまた、鳴かせてしまうから。

 体を下方にずらして、首筋に顔を埋め鎖骨にキスしながら、お腹に手を這わせた。すべらかでやわらかい肌の手触りは染み入るように心地いい。

 手を滑らせて横腹を撫でるとハクメイは、ふっと息を詰めて背中をぴんと張った。腰がシーツから浮いて、それを利用して腰裏とシーツとの隙間に手を差し入れ、ドロワーズの縁に指をかけてお尻を抜いた。

 体を起こしてたわんだドロワーズを両手で下げ降ろし足からも抜いてしまうと、ミコチの眼下のハクメイは一糸纏わぬ生まれたままの姿となる。

 ……全部、脱がせてしまった。一緒に風呂にだって入ったことのある、見知ってる姿のはずだった。けれど、自分で脱がせたとなると印象はまるで違ってくるもので――

 

「っ……」

 

 すごいこと、してる。

 改めてそう思うと、頬がかあっと熱くなって、思わず視線が泳いでしまう。

 身動ぎを感じて、彷徨わせていた視線をハクメイに戻した。ハクメイは口をきゅっと噤んで、未だ朱に染まっている顔で、眉尻を下げ心細そうな表情を浮かべてこちらを見上げてきていた。

 胸の奥がぎしりと締め付けられる。すぐに体を寄せて、上からハクメイを抱きしめた。

 顔をハクメイの肩口に埋めながら、不安を感じさせた詫びる気持ちを肩の裏に回す腕に篭める。ハクメイの腕が首後ろに回ってくる。まるで、赦すとでも言いたげに。

 肌蹴た前身頃の合わせ目でハクメイと触れ合ってる部分の肌がやたらに熱く感じられた。ひとしきり抱きしめ合って。お互いに充足したと見たところで、腕を緩めた。

 肘をついて体を支え、右手で妨げるものの一切なくなった素肌に触れる。腰骨を経て、脚に至り、内腿を撫で上げた拍子に、指の先がそこに触れた。

 

「ぁ、……っ」

 

 ハクメイの声が小さく漏れた。でも、今度はためらわなかった。

 ハクメイの、全部に触れたい。

 今まで聴いたことのなかった、さっきみたいな甘やかな声をもっと聞きたかった。

 ハクメイに覆いかぶさる体勢のままで、揃えた指の先で内腿の付け根の合間をたしかめるようになぜた。そこは、内腿以上にひどく柔らかくて、つるつると滑らかで、そして触れてきたどこの肌より、最も熱かった。

 

「ふぁ、……っ」

 

 腕の袖に、ハクメイの指が立てられるのを感じる。

 なぞるさなか、より深くに指先が入り込む。そこは、熱い潤いで溢れていた。

 揃えた二本の指を交互に擦り合わせるように動かして探ると、ミコチの指はたちまち潤いにまみれて、すべりが良くなっていく。

 

「あ、ふぁ、んっ、あぁ……っ」

 

 目の前で漏らされる、吐息に交じる声は甘い。

 ハクメイの指に力が篭もるのは、羞恥に堪えているせいだけでは、ない。

 

「ミコチっ……」

 

 ぎゅ、と袖が掴まれた。名を呼ばれて、顔を覗きこむ。ハクメイは熱に浮かされたみたいに顔を赤くしていて、けれど、そこに浮かんでいる表情は、眉を潜めて不安げにしているものだった。

 

「ミコチ、わたし、はじめてでっ……」

 

 はじめて――体が凍りついた。

 何故、思い至らなかったろう。

 衝動に駆られて、触れたい気持ちが先走るあまり、尊ぶべき繊細な事柄が見えなくなっていた。

 自分の衝動の前に、純潔を散らして、いいわけない。

 行き過ぎていた。これ以上は、ならない。

 

「……ご、」

「ちがう、ミコチ」

 

 謝りの言葉を口にしかけたところを、ハクメイに否定で被せられた。ハクメイが、すうと息を吸って、口開く。

 

「……ミコチで、いいんだ。わたしは、ミコチがいい」

 

 ランプの淡い光を揺蕩わせた金茶色が、まっすぐに、こちらを見つめてきていた。

 その瞳に、胸が苦しくなって、切なくなって、衝動的にハクメイに口接けた。深く。今までのどのキスより、深く。

 

「んむっ、んぅ……っ」

「ん、んっ……」

 

 舌が唇に触れて、そのまま触れ続けていたら、唇の合わせ目から中へするりと入り込んでしまって、舌先がハクメイの舌と触れ合った。

 どちらともなく、擦り合わせるように舌を動かし合う。そこから酩酊にも似た陶酔感が沸き起こって、たまらなく気持ちが良かった。

 でも、それだけでは足りない。

 触れる方に立ち戻ろうと、名残惜しいながらも、唇を離した。はふ……と湿った吐息が、お互いの口から漏らされた。乱れかけた呼吸に、一息ついてから言う。吐息が頬に感じる距離で。

 

「ゆっくり、するから……つらかったら、ちゃんと言って」

 

 ハクメイは、濡れている乱れた呼吸をまだ繰り返してながら、ミコチの顔のすぐ下で、切なそうな表情でこくこくと頷いた。

 入り口を指先で探り当てて、そこへ中指の先をゆっくりと沈ませていった。熱くて、柔らかくて、あまりの狭さに少し怖くなる。

 

「っ、っ……」

 

 ハクメイが呼吸が詰まらせた。指の真ん中くらいまで沈ませて、完全に抜け出てしまわないようにしながら戻し、ゆるく抽迭し始める。

 

「……ぁ、はっ……あ、ぅぁっ、あっ……」

 

 それを続けるうち、詰まったような途切れ途切れのハクメイの吐息に、高いかすれた声がかすかに入り混じり始めた。感じてる。そう考えると頭の中が煮え立ちそうになった。それとは別に、どのように悦びを与えればハクメイの可愛い反応をより引き出せるか、冷静に思考しているもう一人の自分がいるのを自覚する。

 指をほんの少しだけ折り曲げてみたら、ハクメイの反応が一際強くなった。

 

「あっ、あ、あぅんっ……!」

 

 少しざらっとしている感触がするそこを、指先で何度も圧迫すると、一段と甘い声が上がった。ハクメイの脚が曲げられる。擦り合わせる相手の居ない腿が虚しく空を切り、ミコチの脚を締め付けてきた。ここが、好いんだ――心臓がひときわ強く、どくんと高鳴った。

 指の抽迭は、円滑になっていた。中指に薬指を添え、揃えた二本を入り口にくぐらせる。

 

「っく、ぅあ、ああぁっ……!」

 

 甘やかな声から一転して、ハクメイは喉を絞るような掠れた声を漏らした。苦しそうに聞こえるそれに、胸がずきりと痛む。

 

「……大丈夫?」

「はっ、ぁっ……へ、へいき……」

 

 増やした指で、さっきよりは強く、そこを圧迫する。

 

「……ぁあっ、や、ふあ、あぁっ!」

 

 掴んでいる袖を手繰るようにして、ハクメイがしがみついてきた。洞窟で一夜明かしたあの日、荷物を取りに戻って再び、一人でオロシに遭遇して帰ってきた時みたいに、首に腕を回して。

 前身頃の肌蹴たところで再び肌が直に触れ合った。染み入るように熱い。

 

「はっ、あぁっ! ミコチ、それっ、あっ、だめ、なんかっ……!」

 

 乱れた吐息とともに、途切れ途切れの声が、耳元で聞こえる。

 背中に回ったハクメイの手の、ミコチの着衣の布地を掴む力が、ぎゅうっと強くなった。

 

「なんか、きちゃう、からっ……はっ、あぁっ、ミコチ、ミコチっ……!」

 

 それを聞いて尚更、指の動きをさらに早く、強めていった。重なってる体の下で、びく、びくとハクメイの腰が跳ねる。

 しがみつく腕の力が増して。

 

「あ、あ、ああっ、ああぁっ……! っ、ふあああぁぁっ!!」

 

 びくうっ、と、ひときわ大きく、ハクメイの体が跳ねた。その体は、ミコチにしがみついたままで硬直する。

 

「~~っあ、ああっ、ああぁ、あ、はあっ、はあぁ……っ」

 

 やがて、びくびくと小刻みに、ハクメイの腰はミコチに密着したままで震え始めた。

 ゆるく弱く、指を動かし続ける。高く掠れた声が、乱れた吐息とともに断続的に吐き出されていく。ひどく甘いその音は、酩酊のように頭の奥へ染み入ってくるかのようだった。

 指先に感じる、ハクメイの最奥の震え。その感覚に、まるで、ハクメイと神経が繋がってしまったみたいに、身体の奥がぞくぞくと甘く痺れてきてたまらなかった。目を瞑って眉を寄せて、身体の熱を吐息に逃がしながら、切ないそれを堪えようとする。

 ハクメイの小刻みな体の震えは、途切れ途切れの声とともに徐々に収まっていった。強張っていた腕もゆっくりと弛緩していって、ハクメイの背はやがてベッドに落ちて、くたりと沈んだ。

 未だ荒い呼吸を繰り返すハクメイの隣に、そっと体を横たえる。苦しくならないよう気を付けながら、乱れた呼吸に上下するなだらかな胸の上に腕を回して、ハクメイを横から、しがみつくみたいにして抱き締めた。

 今は熱くなっているけど。たしかなぬくもりと、たしかな鼓動を、腕から感じる。

 ハクメイは、今、たしかに――ここにいる。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 胸の上に回していた腕に、手が重ねられるのを感じた。

 

「……大丈夫?」

「ん……」

 

 軽く頷くハクメイの呼吸は、すでにだいぶ落ち着いていた。

 少し顔を離して、上目遣いでハクメイを見ると、その横顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「ミコチとの距離が、縮まった気がする」

「……物理的にね」

 

 ハクメイの声色はいつもの気楽な調子のもので、ミコチも困ったような笑いでハクメイに請け合った。二段ベッドの一段は、二人で横になるには少々狭い。

 

「二人だとさすがに、ちょっと狭いわね……」

「ベッド作るか! 二人で寝られるようなサイズのやつを」

 

 愚痴っぽく言った言葉を、額面通りに受け取られた上に快活に返されてしまった。……それは、ええと、いつも二人で一緒に寝るということ? それはそれで何か、今となっては、いや、今となってもすごく気恥ずかしくてたまらないことのように思えてならないのだけど。

 

「でも部屋の広さからして置くのは難しそうだ」

 

 難色めいた言葉をハクメイが口にするのを聞いて、諦めそうだとミコチは内心でほっと胸を撫で下ろした。

 

「……それはともかく。距離って言ったのはそういうことじゃなくて……気持ち的な方のこと、だ」

 

 ハクメイの言わんとしていることが咄嗟に分からなくて、ミコチは横寝のままで首を傾げる。

 

「一緒に暮らすようになってしばらく経つけど、なんか……ミコチとの間に、埋まらないところがあるって、ずっと思ってた」

 

 何を言おうとしているのかやはりわからなくて、じっと耳を傾ける。

 

「……」

 

 ハクメイの言葉が途切れて、少しの沈黙が落ちる。そして。

 

「……ミコチは、何か飲み込んでる」

 

 ハクメイが発したその言葉に、ぎくりと胸が凍った。

 

「それが原因だと思うんだが。……なあ、」

 

 ハクメイが、ごそりと身動ぎした。横寝になって、ミコチの顔を覗きこんでくる。

 

「それって、何だ? ミコチ」

 

 ランプの仄かな光の許で、金茶の瞳にミコチの黒髪と黒瞳がおぼろげに映っていた。

 琥珀の色の光の中に、今までのことが次々と思い出されていく。

 冬の夜、残雪の森の一人での家路。

 胸がざわめいた、二人での買物帰り。

 眠れなかった花冷えの晩の夜。

 胸の奥にずっと閊えているのは、答えの出ない、答えがあるかどうかすらもわからない悩みのようなもの。いつか、山桜の樹の下で、夜空の星の中に答えを見出そうとしたこともあった。

 深くに立ち入られて。こちらもついに、深くに踏み込んでしまった。

 もう、元に戻らない。後戻りできないところまで、歩を進めてしまっていた。

 

「だって、」

 

 隠すことも、避ける事も、もはやできそうにない。

 

「一緒に暮らす以上のぬくもりを、知ってしまったら……それ無しじゃ、生きていけなくなるもの」

 

 息が詰まったように胸が苦しくなる。

 空気を吸おうとして吸えなくて、意識的に胸を上下させて、かろうじて少し息を吸えた。

 

「……だから、知らないままで、いたかったの」

 

 いたたまれなくなって、ハクメイの目を見ていられなくなった。きゅっと目を瞑る。

 

「そっか。……そうだったのか」

 

 視界を閉ざして自ら沈んだ暗闇の中で、静かに、得心がいったといったふうに、ハクメイが低く呟くのを聞いた。

 そして。

 

「ここを離れることは……たしかに、いつかあるかもしれない」

 

 ああ――やはり、そうだった。心臓が誰かの手に握られでもしたかのように、絞られたように胸が苦しくなった。

 わかっていたはずだった。何か約束があるわけでもない。ハクメイがずっとここに留まる理由はどこにもない。本当の別れはいつかくると、わかっていたはずなのに、ハクメイの口からこうして直接聞くと、胸が苦しくなるのが止められなかった。理解しきったつもりでいただけで、頭の何処かではやはり、目を逸らして考えないようにしていたのだ。

 自分の理不尽さにほとほと呆れる。胸の痛みは、自業自得。だけれど、自分にどれだけ呆れようとも、別れの辛さをいずれ味わうことには変わりはない。

 そのとき、自分のこの脆弱な寂しがり屋の心は、それに堪えられるだろうか。

 

「だけど、」

 

 きゅ、と。腕に触れてきているハクメイの手に、僅かに力が篭もるのを感じた。

 

「そんときはミコチも一緒だ」

「え……?」

 

 その一言は、思いも寄らなかったものだった。思わず声が漏れてしまった。目を開けて、ハクメイを見る。ハクメイは金茶の瞳で、じっとこちらを見つめてきていた。

 ……一緒、って。ここから、ハクメイと旅立つ? わたしが? ……そんなこと、考えたこともなかった。

 何故そんなことを言い出したのか。考えて、春の眠れぬ晩に思い至ったひとつの可能性を思い出した。こちらを気遣って、言っているのかも――血の気が引いていくのを感じた。

 離れ難く思っている気持ちを、何故言ってしまったろう。その思いが顔に出るのを恐れて、春先、旅支度をしているらしきハクメイに、旅立ちを尋ねなかったほど、気を付けていたというのに。

 わたしのことは構わずに、行きたいときに、行きたいように、行ってほしい。そう、言わなければ。

 それを伝えようと、口開こうとしたところで――ハクメイが先んじた。

 

「わたしだって、ミコチと離れたいと思わないしな」

 

 手に手を重ねられて、更に、力が篭められる。

 

「それでも旅に出るとしたら、それしかないだろ?」

 

 ハクメイは表情を崩して、にへっと笑いかけてきた。その顔に、胸に痛みが込み上げた。これまでと、真逆の意味で。

 得も言えない熱くて苦しいものが胸の奥から次々と込み上げて、鼻の奥がつんとして、目がたまらなく熱くなっていった。

 ……違って、いた。気遣われたわけでは、なかった。

 お互いを大事に思い合っているだけではなかった。

 離れたくないと思ってたのは、わたしだけじゃなかった。

 求めてる相手からも、求められていた。

 何と言っていいか、わからない。

 こんな想いを抱くのは、他の誰でもなく、ハクメイだからに違いなかった。

 

「……そう、だね」

 

 言うに欠いた言葉を発した声は、自分でも驚くくらいに潤んで揺らいでいた。

 重ねられてた手にハクメイの指が絡んできた。互いの指が交差するように入り込んできて、組まされる。

 横寝でこちらの顔を覗き込んでいたハクメイは、胸が痛いのはこちらなのに、何故かハクメイも痛そうに、切なそうな表情を浮かべていた。

 そんなハクメイは顔をゆっくり近付けてきて、無意識的に目を閉じた。

 目尻に柔らかな感触を感じる。それは、目から溢れたものの跡に辿っていって、頬に降りて、それから唇にたどり着いて軽く触れ、すぐに離れていった。

 額に、たぶんハクメイの額だろう、こつんとぶつかってくる。

 

「……ミコチ」

 

 額をつけたままで、ハクメイが言う。

 

「わたしも、ミコチに触れたい。……いい?」

「……うん」

 

 言葉の意味を十分にわかった上で、頷いた。だめなわけが、なかった。

 ハクメイは身動ぎして、肩をやんわりと押してきて、仰向けにされた。

 頬に片手を添えられる。再び顔が近づいてきて、唇を重ねられた。

 

「ん、ん……」

 

 顔を少し傾けて、繰り返し押し付けるように触れてくるそれは、だんだんに深くなっていった。

 労るように優しい仕草のそれが、却って苦しい。優し過ぎて、なんだか辛い。

 瞑っている目から涙が溢れ流れた。こめかみの方へ伝っていって、ハクメイの指を濡らす。指の背が、そっとそれを拭ってくれた。

 離れされた唇が、もう片方の涙の跡を、こめかみから目尻へと辿った。そういう優しさに胸が切なくなって、ますます涙が溢れてしまう。

 頬に口接けながら、ハクメイはお腹の帯を解いてきた。

 前を開かれて、肩を剥かれて、腕を抜くように促される。上体を起こしたハクメイに、反対側の腕も抜かされて、ベッドに広げられた上衣の上に寝る格好となったミコチに、ハクメイは上から覆いかぶさるように抱きついてきた。

 肩口に顔を埋め、甘えるみたいに頬をすり寄せてくる。

 ああ、ハクメイもわたしと同じような気持だったのかもしれない。

 漠然とそう思いながら、ミコチはハクメイの背中に腕を回して抱き返した。胸もお腹も腕も頬も、肌が密着する。触れ合う素肌がすごく心地よかった。

 腕を、肩を、鎖骨を、ハクメイが撫でてくる。ミコチもハクメイの背を手のひらで撫でた。ハクメイが触れてくるのが、無性にうれしい。

 ただちょっと、短くて少し硬めな髪と息が当たって、くすぐったいのが難点――そう思った矢先。

 手で触れるだけで物足りなくなったのか、ハクメイが首筋に、唇で触れてきた。

 

「んっ……」

 

 声が漏れて、体がぴくっとしてしまって、思いがけなく大きかった自分のその反応に少々慌てた。

 何かを探るように首筋へ、ハクメイに唇を何度も押し当てられて、その度にぞくっとするものが背筋を走った。

 耳の付け根に顔を寄せられる。何度目かの口接けで、今度は耳朶をはむりと咥えられた。

 

「ふあ……っ!」

 

 その途端、さっきまでとは比較にならないくらいにぞくぞくしたものがそこから生まれて、背筋を降りていった。

 普段は髪に隠れてて何かに触れることのないそこが、こんなにも過敏だなんて、今初めて知った。

 

「やっ、んうぅっ……!」

 

 声が漏れ出てしまう。ハクメイはおかまいなしに唇で耳をはむはむと食んでくる。悪寒に似た、けれど違う何かを多分に含んだそれが、次々に生まれていって、どうにかなってしまいそうだった。

 

「みみ、だめ……っ」

 

 拒否を示してみるも、ハクメイに止める気配は全く無かった。それどころか、唇で食むに飽きたらず、舌で耳殻の輪郭をなぞったり、耳裏に舌を這わせてみたり、ハクメイの行為はますますエスカレートしていく一方だった。

 

「んぁあっ……っ」

 

 たまらずハクメイを押し退けようとするが、腕の力は入るそばから抜けていってしまいまるで用を成さない。

 ハクメイに触れていた時に火がついて、先刻まで燻るに留まっていた余燼が、再び熱を取り戻していくのを体の奥に感じていた。

 耳元でハクメイが笑う気配があった。

 

「ミコチ、耳弱いな」

「や、うぅ……っ」

 

 押し退けるつもりで肩に掛けた手はもはや震えていて、ハクメイに縋っているような有り様だった。耳元で囁かないでと言い切る余裕は既になかった。笑みを含んだ吐息、それにすらぞくっとしてしまう。

 

「うぅー……」

 

 笑いが含まれていたのが少しだけ腹立たしかったので、仕返しのつもりでハクメイの薄い胸に手を這わせた。

 素肌の胸に突起を探り当てて、指の頭でなだらかな膨らみに沿って押し上げるように触れる。

 

「くふ、んっ、ぅん……っ」

 

 耳殻を食んだままで、ハクメイは甘い声を漏らした。けれども。

 

「ふあ、あっ……!」

 

 その乱れた吐息に、こちらがぞくぞくとくすぐられてしまうことになるとは予想できなかった。

 

「はふっ……ミコチ、だめだ」

 

 たまらなくなったのか、ハクメイはようやく耳を開放して、胸で悪戯していた手を取り上げると、手指を組んでミコチの顔の横に縫い止めるように抑え付けた。

 

「今は、わたしの番っ……」

「ん……っ」

 

 頬に、それから首筋に、口接けられる。また耳にされる、と思って体を強張らせていたら、鎖骨に口接けられた。組んでない方の手が、胸へと降りてくる。

 ハクメイの手はやわみに添えられて、緩く押し解すような仕草で動かされた。

 

「ん、ふぅ、んっ……!」

 

 くすぐったいをすぐ超えて、じんわりとした甘い響きが身体に染み入ってくる。体が勝手に捩れてしまいそうなその感覚に、思わずハクメイの肩を手で掴んだ。

 親指の腹で敏感な胸の先端を掠めるようにされると、ぞくぞくして陸に上がった魚みたいに、背が反って体が跳ねてしまう。それを必死に抑えようとするが、止められない。人に触れられたことがないそこが、こんなふうに感じられるなんて、思ってもみなかった。

 おかしくなってしまいそうなのに、拒めない。ハクメイの肩を掴む手に、知らず力が篭って指が立つ。

 鎖骨から降りてきた唇に、もう一方の先端をも捉えられて、ついばむように吸われたら、もうたまらなかった。

 

「ハクメイっ……!」

 

 ハクメイの栗毛の頭を、両腕で掻き抱いた。

 胸の両方から殺到する甘い痺れが、熱を産生して体の奥に溜め込んでじんじんと疼かせてる。

 肌に触れる短い硬めの髪の感覚にも、ぞくぞくさせられる。

 

「あ、ふっ、はあっ、あ、あぁっ……!」

 

 声が、抑えられなかった。それをしているのがハクメイだと思うと、尚更たまらなかった。こんなにもおかしくなってしまうはきっと、他の誰でもないハクメイだからに違いないと、頭も体もそう感じていた。

 ハクメイが、顔はそのままにふと身動ぎした。ドロワーズが引き下ろされていくのを感じる。途中まで下ろしたそれに、ハクメイは足の先を引っ掛けて更に引き下ろして、器用にも脚を抜かされてしまった。

 脱がされた上衣の上に全裸にされてしまって、恥ずかしいと思うものの、与えられる感覚に翻弄され体は痺れたみたいになっていて、どうすることもできない。

 胸を苛む感覚が、止んだ。ハクメイが身動ぐ気配があって、肩口に短い髪が触れるのを感じた。

 

「ミコチ……声、えっちすぎ……」

 

 耳元で囁いてくるハクメイの声は、上擦って少し掠れたものだった。

 

「ぃ、言わな、……んあっ……」

 

 横腹を撫でられたせいで息が詰まって、ハクメイに言い返すことがままならない。

 

「……もっと、聞きたい」

 

 掠れて聞こえる声で囁きながら、ハクメイはお腹を撫で、下腹を更に下がって、脚の間に指をするりと滑り込ませてきた。

 

「あっ、ふあ……っ」

 

 途端に、胸とは異なる甘い疼きが沸き起こって、思わず声を漏らしてしまった。

 ハクメイが指を少し動かすと、何の抵抗もなく深みの入り口まで指先が到達してしまって、すごく潤ってるのが自分でも否応にもわかってしまった。

 ひどく恥ずかしくて反射的に脚を閉じようとするけれど、脚の間に割入ってるハクメイの脚に太腿をすりつけるだけに終わってしまう。

 その間もハクメイの指に谷間の内を探られて、その度に甘い痺れが沸き起こって、お腹の奥が熱く、きゅうっとなって、まるで体の芯が捩れてしまいそうだった。

 

「あっ、あぁっ、はあっ……はくめー……っ」

 

 肩を掴んで、その手に力が篭る。頭の芯が甘く痺れて、意識は霞がかかったみたいになる。

 首筋にかかるハクメイの吐息が熱い。

 探ってた指の動きが止んで。指の先が、ぴたと、中心に宛てがわれるのがわかった。

 

「痛かったりしたら……言ってくれ」

 

 その声は、上擦った音のままで。耳元だったから、すうとハクメイが息を吸うのまでわかった。

 

「……気持良くっても、言って」

 

 その後で感じた異物感は、最初だけ、ごく僅かな間だけだった。

 

「ぅ、ふぅ、ん、あっ……」

 

 すぐに、異物の違和感を上回る、痛みとも熱さともつかない、じいんとした響きが体の奥で沸き起こされた。

 少しづつ手探りで、様子を窺いながら、慣らしていくかのように、緩く指先だけを出し入れするよう指を動かされる度に、体の奥に甘く響く疼きが沸き起こる。

 そのうちに、身体の奥に近いところに届いた指先が、そこを掠めた瞬間、途方も無い快感に襲われた。

 

「っ、あぁ……っ!」

 

 思わず声が出て、体が跳ねてしまう。すると、指先がそこへ戻されて、再び触れられてしまう。

 

「……あっ、あっ、や、ああっ!」

 

 場所を覚えた指が、そこを何度も、くすぐるように指の頭で撫でてきて、体の奥にじんじんと響いてきてたまらなかった。

 

「はあっ、ふ、んぅっ、ああぁっ……!」

「……別れが、」

 

 ハクメイの声が、耳元から聞こえてきた。

 沸き起こる感覚に翻弄されて、意識が掠れているというのに。

 

「別れが辛くて、誰かと寄り添うのが怖いのなら……ずっと一緒に」

 

 その声ははっきりと聞こえた。

 

「……ずっと一緒にいればいい」

 

 ――わたしと。

 そう、聞こえた、気がした。

 

「ハクメイっ……!」

 

 切なさが込み上げてきて、すがるように背中に腕を回して、ハクメイを抱きしめた。片肩がベッドから離れる。

 体と顔が横向いたせいで、瞑った眦から目に溜まっていた涙がこぼれて、こめかみの方へつうっと流れていった。

 波高を増していく甘い感覚に、意識は確実に削剥されていく。

 

「ふっ、あっ、あぁっ! ……だめ、ぇっ、おかしく、なっ……っ」

「わたしも、おかしく、なりそ……っ、ミコチっ……!」

 

 詰まったような声が、耳元でされて。

 

「は、むっ……んんっ」

 

 首筋をハクメイに強く吸われた。感じるのはぴりっとした痛みのはずなのに、それすらもぞくりとする快感に変換されて、それが引き金になった。

 

「っく、ぅ……ふあっ! は、ああああぁぁあっ……!」

 

 ハクメイの体にしがみつく。快感の奔流に一気に押し流されて、瞼の裏の視界も、思考も、何もかもが真っ白になった。

 意識が一瞬だけ途切れた気がする。お腹の奥から何度も何度も高波が体じゅうに行き渡って、全身にびくびくした震えをもたらして、腰が勝手に揺れてしまう。

 

「はぁっ、あっ、あぁ、んんっ、ぁ、ぅんぅ……っ」

 

 ハクメイの指先の動きは弱くゆるやかになっているというのに、僅かな動き一つで大げさなぐらい全身に震えが走ってしまう。動かされるたび、それはだんだんに収まっていって。

 ハクメイの指が出て行くと、硬直したかのように強張っていた体から、急速に力が抜けていった。

 

「ミコチ……んっ、ん……っ」

「はぁっ、はっ……んぅっ……んっ、んん……」

 

 唇に口接けてくるハクメイの顔に、力の入らない腕で手を添えた。

 唇に感じた舌に、舌で触れると、ハクメイからも動かされて擦り合わせるみたいになる。この行為を経ることでようやく、二人の間が隙間なく全部埋まったような気がした。

 十分に触れ合って、やがて唇が離されると、今度こそ体から力が抜けきって、首に腕をまわしたままハクメイと一緒に背中からベッドに沈んだ。

 しばらく、そのままじっと抱き合っていた後。ハクメイは広がってしまっていた髪を手繰って、左肩にまとめてくれた。それから体を起こして、足のほうに丸まって退けられてた掛け布団を引っ張り上げてきた。

 それを体に掛けてくれながら、ハクメイも一緒にそれに潜り込んでくる。ミコチの隣に横寝になって、布団の中でハクメイはミコチがしたみたいに、胸の上に腕を回して抱きしめてきた。

 その手に、触れてみる。指を絡められて、手を組まされた。

 肌が触れ合ってる心地よさと、体温のぬくもり、余韻の残る体の気だるさが、意識を遠のけていく。

 耳の横で、ハクメイの声がした。

 

「旅……少しづつ慣れていこうな」

「……うん」

 

「これからは、ときどきキャンプに連れてくぞ」

「……うん」

 

「慣れるまでは、小さくふたりたび、だな」

「……うん」

 

「……おやすみ」

「……、うん……」

 

 意識は溶けて、二人分の体温の中に消えていった。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 陰干しの台から取り込んだ葉は、これで全て刻み終わった。

 均一になるようボウルの中で混ぜ合わせて、準備しておいたコルク蓋の小分け瓶の一つを手にとった。

 木さじで掬って瓶に移すたび、乾燥した葉は空気を孕む。漂い出た柑橘と果実の香りはキッチンの空間を彩って、さわやかな気分になるのと同時に、ドライハーブの出来栄えにミコチは満足と達成感を覚えていた。

 今月のハーブティは、レモンバームとアップルミント。

 さっぱりした柑橘香のレモンバームに果実香のアップルミントをブレンドすることで、清涼感を加えつつリンゴの香りも楽しめて、レモンバーム単体では薄くなりがちな風味の方も補えるバランスの取れたハーブティとなる。

 通常は熱湯で抽出するが、倍分量の葉で濃い目に淹れて氷に注いだ冷製をいただくのもいい。瓶口に紐で括りつけるささやかな淹れ方のレシピに、そう書き添えるつもりだ。

 ハクメイを迎えに行った日から三日。大楠の洞の小さな家には、日常がつつがなく流れていた。

 あの夜の翌朝、ミコチが目を覚ますと、ベッドの下段で身を寄せ合って一緒に眠ったはずのハクメイは既に隣にいなかった。ベッドから起きだして寝巻を羽織ったところで、ワンピース姿のハクメイが寝室に入ってきて。

 

「起きてたか。湯を張ったから、先に入ってくれ」

 

 代わり番で風呂に入って、朝食を作って二人で食べたら、そこからいつもの日常が始まっていた。

 接する態度はお互いに以前とまったく変わったところがない。まるで、あの夜の出来事が無かったかのように。

 けれども、ふとしたとき、ハクメイとの間に以前と違う空気が流れているのを感じることがある。

 ハクメイと一緒にいてあたたかな気持ちになることを、自分に許せるようになった。きっとそのせいだと思う、柔らかくて穏やかな空気が流れるようになったのは。

 そうして生まれたぬくもりは、心のなかのあるところに積もっていく。そこは、かつて離れることへの寂しさで占められていた場所だった。

 実のところ、あの夜の出来事は努めて考えないようにしている。思い出してしまうと顔から火が出る思いがして目の前のことに手が付かなくなってしまい、頭のなかから追い出すのに気力と労力を多大に奪われてしまうからだ。

 けれど、あのときに交わされた言葉の数々は、意識の水底にしっかり刻まれていて忘れようもない。宙空に揺蕩うハーブの香りのように、ごくかすか、けれどたしかに、それは深層から胸中の表層へと無自覚に薫るものを齎していた。

 その一方で、分かち合った体温も、身体の奥底に沈んでいる。

 あの夜に与えて、与えられた熱は、何かのきっかけで簡単に浮上してきてしまいそうな気がしてならない。その危うさに少々落ち着かない思いをしているのが若干の困りどころだった。

 それにしても、とミコチは心中で呟いて、瓶のコルク蓋を締めながら息をつく。

 ハクメイとのこの関係を、何と言い表したらいいのだろう。以前から捉えどころがなくて掴みかねていたが、ますますもってわからなくなった。

 同居人で、大事な友人で、今はそれ以上の関係。

 ハクメイのことは、単純に端的に言えば、好き、だ。

 けれどもそれは、物語に出てくるような甘酸っぱい初な恋でも、熱く烈しい愛憎とも似ても似つかない。家族や恋人とは言い切れず、まして欲望をぶつけ合う退廃的な交渉の相手ではまるでない。

 どれも満たしている部分があって、どれか一つに当て嵌まることはない。

 友人とも、家族とも、恋人とも――重なりあう関係。

 それが何と名付けられているのか、ミコチは知らない。

 全ての瓶の蓋を締め終え、ラベルとレシピに取り掛かろうとしたところで、玄関から呼び鈴の音がした。エプロンを外して階段を上がり、ドアを開くと、そこにはセンが立っていた。

 

「や、やあミコチ」

 

 口元まで隠れる高い襟の上にある目が、心なし普段より大きく開かれて見える気がする。

 

「セン。いらっしゃい」

「突然すまない」

「全然構わないよ。上がってく?」

 

 時として遠慮深くなるのはいつものことだけど、今のセンは何故かそわそわとしていて所在なげだ。それを不思議に思いながらも、ミコチは家に招いてみた。

 

「いや、それには及ばない。これを届けに来ただけなんだ」

 

 そう言ってセンが差し出したのは、半円状に丸い持ち手のついた干草編みのバスケットだった。

 中に載せられていた布をセンが半分ほどめくると、青紫色も深い丸い形が二つほど、バスケットの幅ぴったりに納められている姿が覗いた。布をめくって起きた微風に甘くさわやかな果実の香りがふわりと舞い上がる。

 

「ブルーベリー。うちの近くでたくさん採れたので、おすそわけに」

「わ、いいの? ありがとう」

 

 今の香りの感じからして、実は熟しきってる。可糖してジャムにしたり、パイやタルトといったお菓子にするより、皮を剥いてそのまま食べるのが最良の賞味方法だろう。受け取ったバスケットの中を覗きながらそんな見当をつけていると。

 

「ところでミコチ、あのっ……」

 

 顔を上げると、センはますますそわそわとして落ちつかないといった態でいて、何かを言い出しかねているといった風情だ。

 色の白い顔の鼻筋に掛けて横一帯にはほんのり赤味が差している。襟に隠れて見えないけれど、きっと口元は言葉を形作っては閉じられ、を繰り返しているんだろう。

 けれど何を言おうとしているのかの察しが付かない。ミコチが小首を傾げると、それを見たセンは意を決したらしく猫科のような虹彩を持つアメシストの瞳に光を宿らせた。

 

「この前のことなんだがっ……ハクメイとのこと、誤解があれば弁明させてもらいたくて……」

 

 言い切ったセンは、頬を上気させながらも目を逸らさないでまっすぐにミコチを見つめてくる。

 

「あー、そのこと」

 

 思わず困り気味に笑った。なるほどたしかに言い出し辛い事柄だった。

 センは研究一筋の周囲に無頓着な職人タイプのようでいて、実は繊細で奥手なところがある娘ということがこれまでのご近所交流でなんとなくわかってきていただけに、あの件に触れることを躊躇っても至極無理はないと思えた。

 律儀にも、真面目にも、恥ずかしさを圧してこうして弁明にやってくる健気さに、ミコチは自然と笑顔になる。

 

「それならハクメイからちゃんと、研究に協力してただけって聞いてるから大丈夫。誤解してないよ」

「そ、そうかっ……」

 

 目をきゅっと閉じて、ふー、と安堵の息をつくセンの姿は実に微笑ましくて、思わず頬が緩んだ。

 

「おお、センじゃないか。実験は上手くいったか?」

「は、ハクメイっ」

 

 話し声を聞きつけたのか、工作部屋に篭っていたはずのハクメイが、後ろからやってきてミコチの横に立ち並んだ。

 センの顔が、かああっと一気に赤色を増す。

 

「さ、再現はできたけど、本の記述にやっぱり誇張があったのがわかって、アタシの研究には向いてなくてっ……!」

「そっか。そりゃあ残念だったな」

 

 朗らかな笑いを浮かべるハクメイに答えるセンはしどろもどろだ。たぶん、研究の手伝いを思い出してしまったのだろう。ハクメイの普段の雑談を交わすかのような態度との落差が、なんともおかしかった。

 

「ではアタシはこれでっ」

「ん、もういくのか。またなー」

 

 階下に降りて、乗ってきた鶏の骨を操って慌ただしく帰ってゆくセンを、ハクメイと二人で見送った。

 その姿が茂みの影に隠れて見えなくなったところでは思っていたことを早速口にする。

 

「セン、すっごい顔を赤くしてた。可愛いなあ」

 

 ふむ、と請け合うハクメイ。

 

「そこへさらに可愛い服でも着せてみたら面白いかもな。あの外套とか長いおとなしいのをとっぱらって」

「それは……とっても楽しそうだわ……!」

 

 ハクメイはほんの冗談のつもりだったのかもしれないけど。天啓にうたれるとは、こういうことを言うのだろうと今、身をもって実感した。

 

「家の建て直しのお礼、まだ十分じゃないしね」

 

 一着、うんと可愛いのを仕立てて贈呈しよう。そうしよう。

 ああ、デザインはどうにしよう。今の服はたしかキュロットだったから、基調はきっとそれになる。

 こういうときもあろうかと事あるごとに衝動買……買い溜めておいてある生地の在庫は十分にある。

 綺麗な銀髪に透き通った紫水晶の瞳、色白の肌のセンならば、似合うのはやはり寒色。檳榔樹の重ね染めと、蓼藍染めがそれぞれあったはずだから、それを合わせてみよう。なければアラビに買いに行くまで!

 

「そうと決まれば……ハクメイ、仕立て道具と生地を運ぶの手伝って! 生地はセンに似合いそうなのを持てるだけ持って行くわ。さあ忙しくなるわよー!」

 

 背後に取って返して、玄関に続く階段を駆け上がる。

 

「藪蛇った……」

 

 下でハクメイが何か言った気がしたけど、よく聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 2013年8月頃に9割方書いたものの未投稿だった本作を書き上げて投稿してみました。

 原作はニュートラルな視点で鑑賞した上で好きなのですが、原作が1巻出版&9,10話まで発表されていた頃、ミコチとハクメイの関係性に社会人百合の香りをどうしても感じて、妄想のままに突っ走った結果が本作です。
 
 健やかで清々しい原作漫画にこんな妄想を抱いてなんというか生きててすみません…。



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