R-18ガリキャロです。GX4話後の時間軸でキャロルが理由あってやむなくガリィにいたされる話です。
捏造設定注意、ロリ注意(ロリ側受け視点なせいかロリ感はあまり無いかもしれません)
「アントラクト」https://syosetu.org/novel/160573/
「アントラクト Ⅱ」https://syosetu.org/novel/161101/
と同じ世界線です。
(初出:2016/04/09)(他サイトと同時投稿です)





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R-18ガリキャロです。GX4話後の時間軸でキャロルが理由あってやむなくガリィにいたされる話です。
捏造設定注意、ロリ注意(ロリ側受け視点なせいかロリ感はあまり無いかもしれません)
「アントラクト」https://syosetu.org/novel/160573/
「アントラクト Ⅱ」https://syosetu.org/novel/161101/
と同じ世界線です。
(初出:2016/04/09)(他サイトと同時投稿です)






アントラクト Ⅲ

 

 

 

 

 

 

 テレポートジェムの紫光が視界から引けていく。目の前に広がる、欄干で円く囲われた仄暗い広間。暗闇に溶け込んで底なく見えない天井に、遠く深くから響く巨大な歯車同士が噛み合う重い音――チフォージュ・シャトー深奥、玉座の間。

 ガリィが帰投した水元素の台座からは、他のオートスコアラーたちの姿は誰一人見当たらなかった。

 オートスコアラーたちは今回、マスターより直々にレイライン解放任務を命じられ、その分担分を終えて帰投を果たしたのは自分が一番のようだ。

 先んじて一人、広間の台座に立つ優越感。けれど広間そのものには既に自分の他が存在していた。壇上の玉座に座する、緋衣を纏った幼き王――マスター、キャロル・マールス・ディーンハイムただ一人が。

 充足感。そして少々の安堵感。

 ガリィは結局どの装者のギアも破壊できずに終わった。エルフナインによるギアの改修を待つ段階に至った今、一番乗りで任務を果たす姿をマスターに見せられたのは僥倖だった。仕事の手際を示して、評価を挽回するのには。

 次なる命令が下されるまでスリープに入る。そのためのポーズを、悪くない気分のままに取ろうとしたそのとき。

 マスターが玉座から立ち上がった。

「ガリィ」

 壇上から下りてくるマスターに、取りかけたポーズを解いてスカートの両端をつまみカーテシーで応える。

「なんでしょう? マスター」

「ついてこい。お前に任務がある」

「りょーかーい」

 台座の上でくるりとつま先立ちでターンする。こちらを横目で見、立ち止まることなく台座の前を通り過ぎるマスターの、その後ろについて歩き出した。

 赤いワンピースの小さな背中に床に付きそうなほど長い金の三つ編みが揺れる。それを眺めながら玉座の間を後にし、大扉をくぐると、その先でマスターは黒のスリーブグローブの腕をついと伸ばして備え付けの装置を操作し始めた。

 位相差空間干渉技術を応用した指定座標のどこへでも瞬時に転移できる機構。マスターはどこか別の地に移動するつもりなのだろう。

 座標の設定が終わる。足元に展開された構造式風の魔法陣から紫光が立ち上がり、マスターともども空間転移が開始される。

 身体の軸がブレるような感覚を一瞬受けた。その後、紫光が引けていく。ぼやけていた視界が徐々に鮮明なり、周囲がはっきりと立ち現われてくると、そこは。

 意外にも、屋内だった。

 それも外部ではなく、シャトー内部のものと思しき部屋の一室。その片隅。

 まず目に付いたものは、人間が二人くらい横になれそうな大きさのベッドだった。壁付けされたアンティーク調のドレッサーにキャビネット、奥側にはクローゼット――ヒトが休むための部屋。マスターの寝室だった。

「ここってマスターのお部屋ですよね。ラボではなく」

 休息も食事も必要としないオートスコアラーが、安置場所の玉座の間以外でシャトーの施設に用事があるとするなら、機体の調整を行う等でマスターの錬金術工房くらいしかない。任務と聞いて外部に転移するものと思っていたところへ、着いた先が居室とは予想外だった。

 マスターの後をついていくままに部屋の中を進み、足の止まった部屋の奥側、ベッドのそばで立ち止まる。

 室内の調度品はアンティークだが豪奢といった趣はなく、内装は全体的に中世の庶民の生家を思わせるように質素堅実で、クラシカルで統一されている感があった。まるで、マスターの生誕した時代を偲ばせるように。

 ここに連れてきたマスターの考えが分からない。寝室に着いてからというものマスターは、任務を告げるどころか背を向けたまま一言も発さず、その後姿にはどこか頑ななものすら漂わせていた。

 意図を聞き出すのと、そんな後姿に稚気が疼いたのと、両方の動機で。両手を口もとにやって、大げさに驚く仕草を取った。

「まさかマスター、ガリィにえっちなことでもするつもりですかっ? 薄い本みたいにっ」

 マスターの肩がぴくりと揺れた。そして、ゆっくりとこちらに身体を向けて振り返る。計画通り。こうでも言えば状況が動くだろうと考えたのだった。

 マスターは呆れたような目でこちらを見遣りながらため息……つくかと思えば、頭一つ分低いところからきっと睨み上げてきた。癇に障ったらしい。やり過ぎたと思うものの、これはこれで楽しい反応。両手に隠れている口もとの端が横になる。

 そんなさなかに気が付く。蒼と菫の取り合わさった瞳が純粋に怒気のみで睨み据えてくるでなく、それとは異なる別の何かを漂わせてかすかに揺れているのを。

 ようやく開かれた口が、告げてきた言葉は。

「……そのまさかだ」

「は?」

 予期しない肯定に、思わず主への礼を欠く言葉が口を衝いて出た。”その”という代名詞が示すものは先に自分が口にした冗談で、それを肯定したということは……どういうことなのか。

 問い直そうとしかけたところへ、マスターは。殊更に睨むことで瞳の揺れるのを悟らせまいとするかのようにこちらをきつく見据えながら、再び口を開く。

「ガリィ、お前に夜伽を命じる。オレの相手をしろ」

 ますます分からなかった。”夜伽”がではない、その語の意味は知っている。マスターの考えが分からない。

 一体どういうことなのか。任務とはこのことなのか。まさか本当に以前冗談でイジったことのあるように特殊性癖持ちなのか。マスターの意図するところはわからないけれど、ともかく。一つ断りを入れておかなければならないことがあった。

 その事柄に思わず苦笑してしまいながら、顔の横で手を上下にひらひらさせながら言う。

「いやですよぅマスター、さっきは冗談で言いましたけど、ガリィにそんな機能ついてませんよ?」

「そんなことはわかっているっ!」

 マスターは過剰なくらいに憤って肩を怒らせて声を荒げた。オートスコアラーの創造主であるマスターがその機構を把握していないはずがないので、なおさらだったかもしれない。

 激昂したせいでか、マスターの頬はうっすら上気していた。そして睨むように見返してきて、けれどおもむろに、きまりが悪そうに目を伏しがちにして、視線を逸らして。

「お前が、オレに、するんだっ……」

 歯切れ悪く再度命じてくる。その内容もやはり様子がおかしく。

「そっちの機能も付いてませんけどぉ」

 再び苦笑して、異議を述べた。

 ……まあ、やりようによってはできなくはないけれど。世の中には多種多様のいたし方があるのだということを知っている。

 それより。マスターは何をお望みなのか、目下問題なのはそれだった。

 マスターは深く瞬き、重々しくため息をつく。何故か陰鬱の要因がこちらのせいと言わんばかりの空気を漂わせていて、こっちは意図不明の命令を告げられて困惑しているのにと心外な気分でそれを眺めていると。

 マスターはさも気が進まない、仕方ないという風に口を開く。

「ファウストローブ――ダウルダブラに体躯のサイズが足りぬのだ。今のこの体躯では魔弦の長さと数、張り具合が足りずローブの出力に支障をきたす。故に、体躯を成体にする必要がある」

 告げられた答えは脈絡なく、かつ推測の範囲外だった。

 竪琴の聖遺物・ダウルダブラから作られたファウストローブについての情報はインストールされている。音階と親和がある錬金術の力を弦の共振によって増幅させる能力を持っている。背面ユニットより展開するハープが小さければその出力が下がる、ということはたしかに自明そうだ。

 けれどそのために躯体を成体にするということと、夜伽云々ということと、何の関係があるというのか。しかし関係があるからこそマスターは話したはずで。

「そんなことできるんです?」

 続きを促すのにそう尋ねると、マスターは顎を引くように軽く頷いて応える。

「ホムンクルスとはフラスコの中にヒトの幼体で生まれ造られる人造人間だ。オレの造るホムンクルス躯体は、シャトーというフラスコそのものを拡大化させることでヒトの子供大の等身を得ている。だが元来、ホムンクルスは成長しない。オレの術理を持ってすれば年月相応の加齢は不可能ではないが、不要だ。故に、躯体は成長させていない――」

 けれど、年端の行かない子供の容姿は何かと不便なはずだった。

 それは先日にこちらの想い出を採取した際に、舌が小さく粘膜の接触面を多く取れないなど、部位の作りが全て小さいことによる不利だけではない。

 マスターはこれまで世界を分解する計画を策定、実行するにあたって必要になる資材や情報を、地下の人目を憚る組織や人物と交渉、取引してきている。

 その際にナリを理由に侮らせないため、あるいは隠密理に事を進めるのにこちらの特徴的な情報を不用意に与えないために、成体型の人形を利用して面談を代行させたり変装で姿を偽ったりするなどしていた。といったことは識別と利害関係把握のためにインストールされている組織・団体の情報からある程度知っていた。

 そんな不都合を被ってまでマスターが子供の姿でいる理由は、なんとなく透けて見える。

 それは――父・イザークの幼い娘であり続けるため。

 世界から拒絶された者の遺児が、世界を断罪してやるのだと。世界を壊す歌にそれを乘せて高らかに歌い上げ世界に知らしめるためなのだろう。

 執念、というよりは純真な執着。大好きなパパの無念を晴らすことへの。

 そういうところが子供っぽく幼い。数百年の時を生き長らえているというのに。その柔い部分はどうしようもなく薫って、そこに触れたくなって胸が妙な具合に疼くのだというのに。

「……成長も老化もないホムンクルスは、寿命を迎えれば生来の幼体のままで果てる。それを成体へと変貌させるには、竪琴の聖遺物であるダウルダブラの利用と、そのために必要な処置を躯体に取らねばならぬのだ」

「その処置というのが――」

 促すように水を向けると、マスターは口を開く。だが言葉を詰まらせて、けれど一拍を置いた後に、言う。

「……破瓜、だ。それも性的な昂ぶりを伴った状態で、だ」

 少々つっかえるものがありながらも、冷静にそう言い切った。その後はむっつりと、けれどどことなく落ち着かなさげに視線を逸らす。

 明かされた処置の内容に驚くよりも、マスターのそんな様子に内心で苦笑する方が優った。もちろんそれは顔に出さない。

「そりゃまた、薄い本が捗る設定ですねぇ。なんでまたそんなことに」

 やはり性癖なので? と言おうとしてやめた。気を取り直して答えようとしているマスターの機嫌を損ねてしまっても何の利もなかった。

「成長することのないホムンクルス躯体だが、完璧以上に完成された躯体ならば一時的な成体化が可能だ。それには躯体を伸張させる体内分泌を促す、今は眠っているある神経を昂ぶらせることで覚醒させてパスを通す必要がある。そして魔術的な要素の影響を受けやすくするために、……」

「純潔の象徴を捨てる、ということですね」

 言い淀んだところを言ってやると、マスターは眉根を寄せて目を伏しがちに頷いた。

 魔の力は清いものを厭う。魔術の分野ではこうした哲学的法則はよくあること。そして昂ぶらせて覚醒させる必要のある神経というのは、おそらく性感的な体内神経のことだろう。内分泌の促進の他に、こちらも魔術的な意味合いを伴っていそうだった。

「ダウルダブラの魔弦の音が体内神経に作用して躯体を成体にさせる。成体の維持にはそれなりの力を要するが、想い出の焼却で得る力をファウストローブの魔弦の共振によって増幅させれば、その維持は容易い」

 錬金術の深奥たる宇宙の調和は、音楽の調和。音楽と密接に関係している錬金術によって想い出を変換錬成して得られる力ならば、魔弦の音階によって効率・出力が増幅されることは道理だった。

「予備躯体には既に、魔術影響の受容を高める処置を躯体の基幹に施した。だが運用中のこの躯体は――」

「マニュアルでの対応が必要、ということですか」

 ここまでの話は理解したと示すように言うと、マスターは頷いた。

「なるほど、事情はよぅくわかりました。でも――」

 分からないことがある。それは。

「お相手はガリィでいいんですか?」

 世界を不信の対象としているマスターのこと、人間を頼るわけがなかった。そこでオートスコアラー、とはいっても人形は自分の他にも存在がある。……両手が爪になっているミカではたしかに難しいかもしれないけれど。

 問われて、マスターは苦々しそうに眉を顰める。

「それは……オートスコアラーの中で、お前が最も想い出を採集しているからだ」

「そりゃあ、大食らいのミカちゃんやレイアちゃんの妹の分まで集めてますからねぇ」

 それだけが理由ではないことは、マスターの表情から明白だった。

「想い出にはヒトの記憶が内包されている。想い出の中に覗き見ることが出来るそれは、想い出を焼却したり他へ供給するなどして失っても、オートスコアラーの知識となって失われない。

 備えさせた聖杯の能力で想い出の供給の他に大量貯蔵が可能なお前は、他のオートスコアラーへの供給分も含めて任務にて想い出を大量採集をしている。

 さらにお前は、人間への関心がさほどでもない他の人形たちと違って人工知能の性質的に、想い出の中の記憶を好んで覗き見している公算が高い。

 ゆえに、オートスコアラーの中でお前が、数多の知識を最も蓄積しているはずだ」

 帰納で導かれたその推論は、正解。幻術で惑わせる力を操る自分にとってヒトの記憶は有益な情報。実益と、趣味と嗜好と興味本位とを兼ねて採集した想い出の中の記憶はつぶさに観察していた。

 さすがは創造主。面目躍如を地でいくようにお見通しだったわけだった。

 そして、ガリィを選んだ理由。それはおそらく。

「要するにマスターは、ガリィが一番そっちの知識が豊富そうだと思ったと」

 言うとマスターは唇を噛んで、納得いかなさげに眉根を寄せた。

「お前に蓄積されている知識が必要なのだ。そうでなければ誰が、性根の腐ったお前に……!」

 その表情が、答えそのものだった。口角が三日月のように上がるのが自分でわかる。それを見てマスターはきつく睨んでくるが、しかし笑みは止まらない。

 今回直々に命じられたレイライン解放任務。分担分はやけに容易な箇所ばかりで、そのために早く済んだ。おそらく命令を下したときから、マスターはガリィに一番に帰還させ一体だけで寝室に連れ出す算段だったのだ。

 性的な昂ぶりを伴った状態が必要、と言っていた。

 その方面の手法の知識を豊富に得ていそうな自分が最もその状態に至らせやすいと判断したのだろう。

 そして、その合理的判断以外の理由がある。

 それは――不安。

 おそらくは初めて、他者に身体を委ねることの。

 その不安を、経験量は無理としても、知識量で緩和しようとしている。

 何百年の時を生き長らえてきたというのに、時折こうして垣間見せる幼く柔い部分が、他の何よりもたまらなく妙な具合に胸を疼かせる。

 笑みを浮かべたままで言う。

「でもアタシらの人工知能はマスターがベースになっているので、元はといえばマスターの潜在意識ですよねぇ?」

「っ……」

 あどけない口もとが、く、と唇を噛むのが見えて、口端がますます横になりそうになるのをかろうじて堪える。

「そんなぐうの音も出ないみたいな顔しないでくださいよぅ。これまでほんのちょっぴり下手を打った任務の分も含めて、きちんとお勤めさせていただきますって。ガリィにおまかせですっ」

 とびきりに可愛い笑顔を作って微笑んで見せるも、マスターは不安と羞恥を入り混じらせた不機嫌そうな顔で、ますます胡乱そうに目を細めるだけだった。

 あまりに笑んでいるとますます機嫌を損ねるだろうので、笑みを微笑み程度に抑える。

 冷酷冷徹な表層人格の下にある、拭い去られていない幼さ。マスターが変質した自己を造ることでそれを覆い隠しているということは、マスターによって想い出の供給され起動した直後から、幻惑による搦手を得手とする自分に相応しく備わっている心理分析能力が嗅ぎとっていた。

 脆そうなそこを暴いて弄りたくなる。弱いそこに触れられたときのマスターの姿を見てみたくなるのは、特有の人工知能の性のせいか、それとも。創造主を手に掛けるという禁忌に触れかねないことがなおさら、その衝動に拍車をかけている気がする。

 言動や態度からして、これからのことはほぼ間違いなくマスターにとって初めてのことで。

 それは自分にとっても、思うところのある、願ってもないことで。

 胸中の笑みは、ますます止みそうもなかった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 錬金術とは万象を識ることで通じ、宇宙と調和することを目的とした科学と魔術が分化する以前の技術体系である。一なるものからできているとされるこの世の万物は、錬金術師にとって全てが究明の対象であり、人体もまた例外ではない。

 成体、幼体を問わず人体についてのあらゆる事柄は把握済み。キャロルにとってそれはホムンクルスの研究に必須となる知見だった。ヒトの生殖行為がどのようなものかも知識として知っている。けれど万象黙示録完成の計画に不要な情報は関心の埒外で、する必要もないこととなると実体験など当然あるはずもなかった。

 フロンティア事変における、レイラインを通じての世界中のフォニックゲインを収束させた事象。それにヒントを得た、世界を壊す歌の伝播。その計画に不可欠な竪琴の聖遺物、ダウルダブラは入手して日が浅く、歌を世界中に伝播させる理論は完成していてもファウストローブの試行はまだ行っていない。

 胸に歌が浮かぶ歌女たちが揃っている現代をおいて、仕掛ける時期は他に無い。計画に必要な他の優先事項に係ううち、その試行を後回しにしていたツケが今ここに回ってきていた。

 幼体の小さな体躯のままでは魔弦のスケールに支障をきたす。今になって発覚したその問題は、これまでと同様、不慮や手抜かりに際してそうだったように、研鑽を重ねてきた己の知と執念によって乗り越える。どんなことをしてでも。

 純潔を削ぐことは自らの手によって可能でも、性的な神経作用の亢進の方は経験がないためそうはいかない。薬物を用いて神経を強制的に覚醒させることも考えたが、既に計画が進行している今、急ごしらえの効能不安定な薬物で譜面の作成に必要な現躯体に不測の悪影響が出ることは避けたかった。

 故に、正攻法の手段を取らざるを得なく。

 故に、必要な処置を果たせる見込みがあるガリィに、命じる。

 父から託された命題の前に、一時の不安や羞恥を堪えるなど安いもの。そう、それらは大したことでは、あるはずがない。だから、ガリィに命じるのは。このことに関してオートスコアラーの中で最も見込みがありそうという、その理由だけでしか、ない。

 ガリィとのこれまでのことが脳裏に過る。

 起動直後、不足と言い張る想い出を必要分だけ自分から採取することを許したとき。父との思い出深い歌を口遊むのを聞かれ、その想い出を回収したとき。そのどちらの場合も、粘膜を接触させ合う口接けの際に、必要以上に長く、深く口腔を探られた。

 ガリィは時折、想定とやや異なる思考をとる。

 そのことが、困惑と不安とで胸中を複雑にさせる。

 だが今は、そのことにも、臆している場合ではなく。不可解なところがあるそんなガリィに頼らざるを得なくなった自分の詰めの甘さを不甲斐なく思いながら、状況を甘受する他なかった。

 そのガリィは。促されて上がったベッドの中央、手を身体の少し後ろに衝いて両足を投げ出すように座るこちらの、伸ばした脚の片方を跨ぐようにして正面に座って。

 こちらの唇に唇を重ねていた。

 こちらの肩に添えるように手を置いて、顔を上向かせるように指で顎を捉えて。触れさせていただけの唇をふいに離す。

「マスターって、こういうキスは初めてですよね」

 互いの表情が見える距離まで顔を離して、軽く笑みながら問うてくる。

 急に何だ、と思う。ガリィの手が頬に伸ばされ、顔を寄せられたときには心の準備が固められていたというのに、問われることでそれが突き崩されてしまったように思えた。

 何故今にそんなことを。どこか楽しげにしている風のガリィに訝しみながら応える。

「お前とは、これまでに何度かしているだろう」

「いやいや。想い出の採取や供給じゃないキスはこれが初めてなはずですよ?」

「……行為としては変わりがないはずだ」

 唇を合わせる、粘膜の接触面を稼ぐために舌を触れ合わせる。そこに違いなんてあるわけがない。

 こちらのそんな考えを見抜いたかのように、ガリィはふっと笑って。

「それが違うんですよ。ま、これからお分かりになりますからご期待ください」

 表情は軽い笑みから変わってないのに、ガリィの中では何かがますます深まったように見えるのは、気のせいだろうか。胸に少々ざわついたものを覚える。

「それと――マスターは、ここから先も、知らないんですよね?」

 笑んだままガリィが、わずかに目を細める。わざわざ音節を区切った”ここから先”を強調するかようなの物言いに引っかかるものを覚えながら、それに反論する。

「オレは万象を識るべく研鑽を重ねてきた錬金術師だ。人体の仕組みも、行為の内容も把握している」

「でも経験は無いんですよね?」

 その問い返しはまるで、念を押して確かめてくるかのようで。胸中で違和感と不可解感がない混ぜになる。

「だとしたら何だ」

「初めての相手が、ガリィってことになるんですよねー?」

「……何が言いたい」

 質疑の意図の分からなさに募りかけた苛立ちが語気に篭もる。だがガリィはそれを気にした風もなく。

「ふふっ。これが心踊らずにいられますかということです」

 ついに、といった風に。ガリィは楽しげな顔をとうとう表出させたかのようににこりと微笑んだ。

 対してキャロルは眉が顰まる。ガリィの口角がついと上がっているところに不敵さを感じて。それまで意識していなかった、しようとしていなかったことに意識を向けさせられ、落ち着かなくされて。

 心が踊る、とは。こちらの心理を見抜いての揶揄なのだろう。それが分かっていながらガリィに頼るしか無い立場の自分の不甲斐なさに胸中で歯噛みする。

「学識だけのオレをお前は笑えるのか。オレはお前に、関連する所作をインストールした覚えはないぞ」

 想い出の中のヒトの記憶をガリィが覗いていないわけがないとは思うが、反発がてらに聞き質す。

 するとガリィは、屈託ない少女の笑顔を浮かべて片目を瞑った。

「ご心配なく。ソレ系の情報は想い出を頂いた人たちみんなにとって大きな関心事のようで、聖杯にプールしている想い出の中に関連記憶はいっぱいですよ。これまで様々な場所で想い出を採集してきていますので、世界中のありとあらゆるやり方を存じております♡ メジャーからマイナー、ノーマルからアブノーマル、片端から全部いたして差し上げましょうか?」

 可愛らしい少女の顔から、楽しげな悪戯っぽい顔になって。

「い、いいっ……!」

 口端をにいっと横に伸ばしたガリィに顎下を指でなぞられ、思わず首を引っ込めながら慌てて顔を左右に振った。

 それを見てか、ガリィは再び屈託ない笑みを浮かべる。

「ざーんねん。それじゃ、オーソドックスな方法で」

「それで、いい……」

 顎を引いたまま小さくしかできない頷きをこくこくと数回繰り返す。

 ガリィもまた、承服したという風に頷く。笑みを浮かべたままで、手を再び顔に伸ばしてきて顎に白磁の指を添えてくる。

「では、ガリィにおまかせください――」

 身丈の差でこちらより少し高い位置の顔が近づいてくる。その顔は近くになり過ぎて見えなくなる前で、口端がにっと伸ばされて、違う笑みに変わったかのような気がした。

「っ……」

 唇が、再び重なる。僅かに緊張して、つい息を詰まらせる。この瞬間にはいつになっても一向に慣れるということがない。無意識でガリィの肩に左手を添えていた。いつでも押し退けられるようにという防衛本能で。

 触れる柔らかな感触。自分がそのように造ったとおり、ガリィの唇は柔らかい。自分のものと同じくらいに。違いがあるとすれば温かな血液が通ってない分、少しだけひんやりしていることくらいか。

 ガリィは唇を軽く触れ合わせた後、完全に離れないながらも少し引いて、また触れてを繰り返した。目を瞑っている暗闇の中で、柔らかな感触だけが唇に落とされる。それは何か、柔く優しいものを口移しで与えられているかのようで、どことなくこそばゆくて落ち着かないものがあった。

 これが先に言っていた想い出の採取とは違う口接けなのだろうか。そう思いながらガリィの仕草を受けていると、そのうちに唇で唇を挟むように食まれ始めた。

「ん、……っ」

 上唇と下唇と、あるいは両方を。隈なく味わおうとするかのように、何度も。

 戸惑いを覚える。これまでは唇を合わせた後はすぐに、粘膜の接触面を確保するのに内側を探る行為に移るしかしたことがなく、この所作は初めてだった。

「ふ、っ……」

 食まれるタイミングが読めず、つい息が漏れた。ふふ、と鼻がかった笑いをガリィが漏らしたのは、それを笑ったものだろう。むっとして、自分の唇を噛もうとして、けれど今はガリィに食まれていて叶わなかった。

 どんな無体をされるものかと構えていただけに、その穏やかさに却って戸惑う。それともこれからなのか。そう思い始めた矢先に、食まれた下唇がガリィの舌に触れられた。

「っ、……」

 不意に与えられた湿り気に、反射的に舌が向かう。水気を帯びたその部分を舌でなぞると、待ち構えられていたのか、その舌に舌で触れられた。自分のでない濡れた感触に触れられて慌てて舌を引っ込める。

 今度は上唇で。同じように食まれ舐められ、また舌に舌で触れられた。

 行為が継続するうち、その仕草がときどき挟まれるようになる。

 楽しむかのような、戯れのようなそれは、先日にガリィから想い出を採取したときにされた口接けとは、まるで様相が異なるものだった。未だ生々しく残っている以前の記憶。それからすると、今のこれはひどく穏やかで戸惑う。繰り返し時折唇に齎される水気に、何故だかもどかしさを覚えていく。

 焦らされているのか、誘われているのか。頭の片隅でその疑いに行き着いていながらも、もどかしさに後押しされて、つい自分からガリィの唇に舌で触れた。

 ふ、とガリィの吐息が漏れる。笑った、のか? その真贋がつかないうちに引いて、けれどそこを追いすがられて、追いつかれて唇の合わせ目の間で舌が触れ合った。ガリィは自分から触れたのを褒めるかのように、撫でてきて。

 抱かされていたもどかしさが、それに応じるようにガリィの舌に自分ので触れさせた。

「ん、……」

 合わせた唇の間で、舌を互いに触れ合わせ始める。

 舌先だけで舐め合うようにしているからだろうか。わずかな接点に意識が集中してしまうあまりか、微かに立つ小さな水音は、頭の中で反響して何倍にも大きく聞こえるようだった。

 それに羞恥を覚えながらも、行為を止める気には何故かならない。何か引力じみたものがあって、それに引かれるかのように没頭する。没頭させられる。齎される濡れた感触を、柔らかな感触を、ひたすらに追い求めてしまう。それは、初めての心境だった。

 そして、その先をも、求め始めて。

 何かを欲する衝動が、もどかしさを増大させた。それが所作を大きくさせ、ガリィの舌に絡めるように触れさせて、その途端。

「っ、んんっ……!」

 舌を絡め取られて、それを押し込むように深く口接けられ、歯列を割って舌が口腔に滑り込んできた。ぞくんとした感覚が頭の後ろの方へ通り抜ける。

 ガリィの肩に添えた手に強張るように力が篭もる。けれど、滑らかな舌にいつかのときのように口腔で舌を絡め取られ、擦り合わせるようにされるとすぐに力が抜けていった。

「んんぅ……っ」

 迫るように身を寄せるガリィに、口腔を深く探られる。

 絡め取られた舌の側面を撫でられ、裏側をくすぐられ、ガリィの舌に撫でられるたびにぞくりとした感覚が齎される。

 自分で自分の反応に驚いていた。以前は内側を探られてもすぐにこうはならなく、これまでの唇を食む戯れのような行為の内に、身体の感覚をおかしくさせられていたとしか思えなかった。

 長く深く探られた後の、身体を満たす酩酊感と、肌があわ立つような感覚。口接けを終えれば、時間を置けば次第に去っていくそれは、今回は身体に留まり続ける。口接けの先を続ける、今回は。

 この感覚の先にあるものを、まだ知らない。

 それを教える役のガリィは。肩に添えていた手でベッドに衝いているこちらの右腕を撫で下ろし、腰へと手を這わせてきた。

「ふっ……!」

 予期していなかった刺激にぴんと背が跳ね、思わず唇の合わせ目から息が漏れた。

 肌の感覚が、普段と違っていた。触感が数段、鋭くなっているような。

 今触れられて引き起こされた感覚には、くすぐったいだけではない、別の何かを伴っているような気がした。けれどその正体はわからない。

 腰の手が脇腹へと撫で上げられる。それに齎される、くすぐったさの中の知らない感覚。その正体を見極めようと意識を傾けていると。

 耳元に、ぞくんとする感覚が走った。

「ふぁっ……!」

 ガリィの指先に、左の耳裏をなぞられていた。反射で首は竦まって、身体は合わせていた唇が離れてしまうほど大きく跳ねた。

 右肘がかくんと折れる。迫るガリィからの荷重も受けて既に後手に突っ張る形になっていた右腕は、身体を跳ねさせたおかげで容易に限界を迎え、そこへさらにガリィにやんわりと肩を押されて、肘を衝く間もなくあえなくベッドへ仰向けに倒れ込んだ。

 軽い目眩を覚えるのはそうして倒れ込んだせいばかりではない。酩酊のようなものが漂う頭を押して瞼を薄く開く。眇めるような目でガリィを見上げると、腿を跨ぐようにして座っているガリィは、その顔にこれからする悪戯に心を躍らせる子供のような笑みを浮かべていた。

 ざわつきが胸を過る。

 腿の上のワンピースの裾に、ガリィの両指が手の甲を表に潜っている。

 ガリィはその手のまま腕ごと手をワンピースの中に滑りこませ、首の方へそれを潜らせ進めて、腕でワンピースをせり上げるようにたくし上げた。

「なっ……!」

 首まで一気にたくし上げられて、腹と胸とが直接外気に晒されるのを感じて、かっと顔が熱くなった。

 ワンピースをたくし上げきって脇の横に腕を衝くガリィの顔は目の前にある。笑んだままのその顔に、突飛な行為の文句をぶつけようと口開くも、その口は言葉を発する前に唇で塞がれてしまった。

「んんっ……!」

 歯列を割った舌に、文句を紡ごうとした舌を絡め取られてしまう。

 ワンピースは首と胸の間でわだかまったまま。

 妨げるものの何もない素肌に、ガリィの手が滑るように這わされる。

 腹から横へ滑らされた手に、脇腹と腰のあたりを撫でられ、その感触にびくっと身体が跳ねて、唇が離れた。

「そんなところ、触れられてもくすぐったいだけだっ……!」

 自由を得た口で、身体が大きく跳ねたことの気恥ずかしさ紛れに文句をぶつける。

 腕を衝いて半身を起こしたガリィは、こちらを見下ろしながら、目を半分ほどに細め口端を横にして人の悪そうな笑顔を浮かべた。

「くすぐったいだけですか?」

 言いながらガリィは、あばらをくぼみに沿って指先でなぞって。

「ふ、っ!」

 ぞわりとする感覚に、息が詰まった。

 その手が、脇腹から腰骨までを撫で下りる。

「く、っ……」

 腰が撓って、ベッドからわずかに浮く。その隙間に滑り込んだ手に、腰裏から背筋を撫で上げられて。

「っふぁっ……!」

 背が弓なりに反った。ガリィが肩口に顔を埋めてくる。細やかに頬に触れてくる髪にすら、身体が震えて。

「……本当に?」

「~~っっ」

 耳元で囁かれながら、耳朶を食まれて。ぞくんとしたものが身体の中を駆け抜けた。

 そのまま耳朶を唇で幾度も食まれる。耳殻に舌先をくすぐるように這わされて、無意識にガリィの袖を掴んでいた手に力が篭もった。その間にもガリィの手は露わになっている肌の上を滑らされていて、みぞおちや下腹、腰や脇腹を撫でられる度に身体が震える。

 見透かされている。くすぐったさの奥にある悪寒に似た何かが、徐々にその割合を増してくすぐったさと置き換わりつつあることを。

 こちらの状態など手に取るように把握されているのかもしれなかった。どこまで暴かれてしまうのか、やるせない不安感と、齎される感覚とに翻弄されていく。

 手を這わされる素肌と、唇と舌に苛まれる耳元と。両方からのぞくりとする感覚に揺さぶられて、故意に立てられる耳元の水音で頭の中をいっぱいにされて、意識が霞掛かってきた頃。ようやく耳朶が解放された。

 耳元の感触と水音が止んで、胸中で安堵しかけるも、息をつく間もなく顔を寄せてきたガリィに再び唇を塞がれた。

「ん、っ……」

 易々とガリィの侵入を許してしまう。なすがままに舌が絡め取られて、口腔を深く探られる。

 ガリィに内側を探られるたび、酩酊のような感覚はますますひどくなる。目を閉じているのにくらくらする目眩のようなものに襲われているさなか。

 胸にガリィの両の手が這わされたのを感じた。

 両脇の横に肘を衝いて這わされたガリィのその手が、平坦な胸に表面を撫でるように滑らされる。ぞくっとして肌があわ立つ。そのあと。

「んぅっ……!?」

 鋭い、けれど痛みとは違う、甘いような感覚に襲われた。それは胸の左右から齎されていて。

 ガリィの指先に、両の胸の先端を捉えられていた。

 捉えたそこをガリィは指先で扱い始める。一方は指の腹で撫でるように。もう一方は揃えた二本の指の頭でそそけ立たせるように、触れられて。

「んぅ、ん、っ……っ」

 肌とも耳とも違う、これまで感じたことのない、身体を捩りたくなるような感覚が胸から湧き起こされた。堪えきれずに漏れる声は、口を塞いでいるガリィに吐息ごと食べられる。

 普段は自分で触れてもなんともないそこだった。なのに、こんな感覚を起こされるとは思ってもみなくて、そのせいでなおさら鋭敏にそれを感じるようだった。

 口腔を探っている間もガリィの指は淀みなく動いて胸に鋭く甘い感覚を与えてくる。

 その感覚を堪えたくて意識を集中しようとするも、絡められる舌がそれを妨げていた。口腔を探られる濡れた感覚に耐えようとすれば、胸からの身体を捩れさせるような感覚に無防備になってそれもかなわない。相互に阻害し合ってどちらも上手く堪えることができず、なすすべなく翻弄される。

 初めての感覚を、堪え難く、絶え間なく与えられて。意識に鋭く割り込んでくる感覚に、縋る何かを見つけられないまま、思考がだんだんに回らなくなっていく。

 意識に時折真っ白なノイズが混じるようになった頃、ふいに。胸に這わされた手指の動きが止まって、唇が離されていった。

「マスター、だめですよ?」

 その声に、くらくらする酩酊のような目眩を押して目を眇め開ける。何を不可と言われたのか分からず、乱れた呼吸のままガリィを見上げると、ガリィは腕を衝いて半身を起こし咎めるような顔つきでこちらを見ていて、左手を持ち上げて見せた。

「これこれ」

「ぁ……」

 ガリィの左手には、その手を掴んで離さない自分の手がぶら下がっていた。

 たぶん右手も同様だろう。知らぬ間に、感覚を堪えたいあまりにガリィの両手を力いっぱい掴んで、その動きを妨げてしまっていたようだ。

 無言でそれを放す。それは、それだけ感覚に翻弄されていたという証で、それを見せつけられて胸に湧いた居たたまれなさが、ガリィから目を逸らさせた。

「仕方ないですねぇ」

 やれやれといった口調で言い、ガリィは上体を完全に起こすと首元で留まったままのワンピースに手を掛けた。

 されるがままに、腕と頭を抜かれて脱がされる。咎められたかのような心境が、抵抗をさせなかった。

 三つ編みも丁寧に抜かされて、ワンピースは床へと落とされる。

「マスター、腕をまっすぐに上げて両手を組んでください」

 やるかたない心境が、言われたとおりに腕を胸の上に伸ばさせた。両手を組む。スリーブグローブを脱がされるものだと思っていた。けれどガリィは、顔の横のまとめ落とされていた三つ編みを拾い上げると、それを胸の上で組んでいる両手首に巻きつけてきた。

「なっ!?」

 驚いてガリィを見遣ると、ガリィは目を細めてにこやかな顔を浮かべる。

「マスターのお手手は言うことを聞かないみたいですから、こうするより他にないですよねぇ?」

「っ……」

 出かかった抗議の言葉は喉で止まる。ガリィの所作を妨げるのは、この行為の目的を妨げることと同義だった。

「ガリィが良いって言うまでこのままにしてくださいね。外してしまったら続きは致しかねますよ? 同じことの繰り返しになって、最後までできないということですから」

 つい先刻に実証してしまっただけに、反論の余地なく正論だった。きっとこの先も感覚に堪えきれなくなると無意識で抵抗してしまうだろう。

 承服の意を込めて見返すと、ガリィは満足してか、口端を上げてにっと笑う。

 そして三つ編みでひとまとめにした両手を、腕を上げさせるかたちに頭の上へと運んだ。

「このまま、上げたままにしていてくださいね」

 顔の横にきた右腕の膝裏を左の手指で撫でながらガリィが言う。

 そしてその手をついと撫で下ろし、二の腕の後ろに留めて腕が下がらないようにしておきながら、身体を下方にずらすと。

 衣服も腕も遮るものなく露わにされている胸元に、顔を埋めた。

 暗灰色の髪が素肌の胸にさらりとかかり、肌があわ立って、そのすぐあと。

 濡れた感触が、胸の先端に触れてきた。

「ふ、ぁぁっ……!」

 二度、三度と撫でるようにそれが先端に触れる。硬質な指とは違う柔らかい感触と、こちらの体温が移ったせいで生温かい、濡れた感触。それらが先端に触れられたときの鋭くて甘いような刺激に、悪寒に似たぞくりとした感覚を加えて、なおさらに堪え難い感覚となって胸に齎されていた。

 行為において、こういったことをすることがあるとは知っていた。けれど今まで、自分の身に起こることとは考えておらず、いざ体験する段になってみるとひどく羞恥を煽られ、行われる所作を余計に意識してしまってその感受に拍車をかけることになっていた。

 手首の三つ編みは三周ほど緩く巻きつけてある程度で、少しの動きですぐに解けそうになる。それを外れないよう自ら手首に絡め、三つ編みごと頭の上のシーツに指立て、反射で腕を下りてしまわないよう努める。

 三つ編みの拘束が外れれば、ガリィは先に言った通り行為を続けてくれなくなる。体内神経を覚醒できなければ、躯体の成体化ができなくなる。ひいてダウルダブラは計画に用いることができなくなり、命題を果たすことができなくなる。薬物を使わず、躯体を損なわずに身体を昂ぶらせる手段が他にない以上、ここはガリィに従うより他になかった。

 そのガリィの指が、もう一方の胸の先端をふいにかすめるように触れてきた。鋭くて胸の奥がきゅっと絞られるような感覚に身体が跳ねる。その指に先端を扱われ始めて、堪え難い身体を捩りたくなるような感覚に、顔が逸れるように横に倒れた。漏れそうになる声を、目の前になったスリーブグローブに顔を寄せ、端を噛んで堪える。

「ん、ふ、ぅ……っ」

 命題を果たすためとはいえ、自ら命じたこととはいえ。配下に身体をなすがままにされているという認識がどうにもやるせなく、それを堪らえようとスリーブグローブを噛み締めながら目を強く瞑った。

 水気に濡らされている方が、唇で食まれる。指に捉えられているもう一方は、二本で挟むようにされる。別々の意志を持つかのようなそれらの自由な動きに、頭の上で三つ編みごとシーツを掴む手に力が篭もった。

 一切の妨げがなくなったガリィの所作は流れるように円滑で、的確に胸の先端を苛んでくる。

 ぞくぞくしたものがひっきりなしに身体を駆け抜ける。けれどそれは完全に消えることはなく、身体の深いところに少しずつ何かを残していくかのようで、それが身体の熱を着実に高めているかのようだった。

 ふいに、指が触れていた方に、濡れた感触が落とされた。猫がミルクを飲むような仕草で、ふもとから頂に向けてちらちらと舐め上げられる。すでに水気を帯びている方には指が這わされて、残されていた水気を指に纏わせて、指の頭でそそけ立たせるように撫で上げられた。

「ふ、く、んんっ……!」

 両の頂点をぬるぬると扱われて、走る悪寒と、それに伴う何かの感覚はますますひどくなって、スリーブグローブを噛みながら顔を緩く振って声を堪えた。

 途中で目を瞑ってしまったのも良くなかったのかもしれなかった。視覚を閉ざしたせいで、触覚と聴覚が鋭さを増してなおさら感覚に翻弄される結果になっていた。

 肩を震わせて。背筋を震わせて。身体を走り抜ける悪寒のような何かと、引き起こされる目眩とに苛まれているうちに。

 ふと、それが止んだ。

 堪え難い感覚が止んで、強張っていた身体から力が徐々に抜けて、後頭がベッドに沈む。

 霞がかった頭で眇めるように目を開くと、胸から顔を上げたガリィが見えた。

 呼吸を乱しているこちらを見遣って、口端を横にして、ふふと楽しげな笑みを浮かべる。

「さすがは完璧以上に完成された躯体……適応が早い、感度も良好っ」

「っ!」

 弾む声で言うガリィに、胸の頂を指の頭でぴんと弾かれて、息が詰まった。

「この分ならもう――」

 目をきつく瞑って不意打ちの刺激の余波をやりすごすのにいっぱいで、その呟きが何のことかを考える余裕はなかった。

 目を再び薄く開けられた頃には、ガリィは上体を完全に起こしていて、下着に両の手指をかけていた。

 小さな布地のそれは抵抗なく尻を滑り、脚から抜かれていく。

 これでスリーブグローブ以外、身に着けている着衣は無くなってしまった。それに羞恥を覚える間もなく、そのあと。

 ガリィの手が、太腿の間へと伸ばされた。

 朦朧としている頭では、気付くのが遅かった。ガリィの身体が脚の間に割り入っていることを。

 何も阻むもののないそこを、谷間を。平を上にした手の指の一本が、下から上へとつうとゆっくりとなぞる。

 それは、ひどくなめらかに、滑らされて。

「ふぁぁっ……!」

 感じたことのないぞくんとした感覚が、身体の奥に向かって駆け抜けた。

 反射で脚が閉じられるも、ガリィが間にいるせいで閉じることはかなわない。

「あらら、ほんとに感度良好。こっちにはまだ触ってないのに、もう、こんな――」

 驚いたような、感心したような、だが明らかに弾むような喜色を混じえている声色の呟きを口にしながら、ガリィは無防備なそこを、指でゆっくりと上下になぞり始めた。

「ぁっ、あぁっ……っ」

 なぞられる度にぞくぞくしたものがそこから沸き起こる。

 口接けや肌、胸の先とは違うその感覚は、身体の深いところの近くから響いてくるかのようだった。

 腿に勝手に力が入る。むなしく弱い力でガリィの身体を締め付けるが、ガリィには何の障害にもならない。

 ガリィは苦もなく脚を閉じないよう内腿を腕でやんわりと抑えると、少し身動ぎした。

 内腿に、さらさらと触れるくすぐったい触感が落ちる。

 ぞわりと、指で触れられるのとは違うこそばゆい悪寒と、胸騒ぎのする予感に襲われる。その直後。

 谷間の縁を、指ではないものに触れられた。

 重い頭をどうにか起こして、下腹を見やると。

 脚の間から覗くガリィの目と、目が合った。

「お前っ、何をっ……!」

 上げている腕の間から思わず声を上げると、ガリィの目もとがにいっと細まった。ガリィは目の前に視線を落として、瞼を伏せ、顔を沈めて。

 視線の先の、無毛の丘に口接けた。

「~~っ!」

 ちゅ、とわざと音を立てて、唇が離された。何をしているのか見せつけるように。こちらを伺うように、暗紺の瞳がこちらを見上げていた。

 これまでとは別の要因で目眩のする思いだった。言葉が継げられない唇は戦慄くばかり。

 こちらのそんな反応を見届けて満足してか、ガリィは再び視線を落とすと、その姿勢から脚の間の深くに顔を沈めていく。

 指とは違う柔らかい感触のそれが、谷の内側へと這わされたのを、そこからの感覚で否応なく知らされた。

 頭の上の、三つ編みとシーツを強く掴む。背けた顔は腕の上に倒れて、再びスリーブグローブに歯を立ててぎゅっと目を瞑った。

「っ、んぅぅっ……!」

 誰に覗かれたことも、触れられたこともなかったそこに、触れる以上のことまでされて、羞恥で頭の中が真っ白になりそうだった。

 何をされているのか、わかりたくない。なのに、感覚はお節介にも教えてくる。

 先の指のように、淵沿いを下から上へと幾度かなぞり上げられた。

 そのうちに触感が増えて、下の方だけを、添えられた指の頭にくすぐるように触れられる。

 いたたまれ、なくなる。身体の奥にじわじわと響いてくる、切ないようなその感覚に、頭の奥がかっと熱くなる。そこは触れられれば触れられるほど、知らない、おかしな疼きを生み出すようで。熱を持ったように熱くなっている予感がした。

 上の方に留まった舌が淵をなぞるたびにも身体が疼いた。中心をわざと通らないその動きには、じりじりと焦らされているような、そんなもどかしい感覚が齎される。

 身体を捩りたくなる感覚に、文字通りに身体が捩れて。けれどガリィに腕と肩とで器用に腿を抑えられていて、下肢はわずかな震え以外の動きはゆるされなく、ガリィの触れるのをただ受け入れ続けるしかなかった。

 ガリィの指が、舌が翻るたびに生まれて身体を駆け抜ける何かは、確実に身体の奥に向かって集まっている。

 それは身体の奥で積もって、重なって、深いところで熱になっていく。

 そこからの熱が、身体の隅々までに伝播してでもいるのか、全身が熱かった。これが躯体の成体化に必要な、体内神経の覚醒状態なのだろうか。霞がかかる頭では、判断しようもない。

 その熱に浮かされて、下肢の疼くような感覚に翻弄されて、目を閉じているのに起きる目眩の中で意識を彷徨わせる。

 自身の前も後ろも、上も下も。時間の流れも、わからなくなって。

 そんな頃に、ふと、頭上の腕から重さが失せたのに気が付いた。

 朦朧とする意識を押して目を眇め開ける。胸の上で、こちらの腕を手にしているガリィが見えた。

 手首から三つ編みが解かれて、頭の左横にまとめ置かれる。スリーブグローブのふちにも指をかけられた。

「通はこうして服を一部だけ残すものらしいんですけど、このままじゃマスターのおいたで伸びちゃいますからねぇ。なかなかにフェチ度の高い眺めだったんですけど、残念……諦めます」

 わざとらしい苦笑を浮かべ、さも仕方ないといった風に言いながら。ガリィはスリーブグローブをするすると下げ降ろして、外したそれをベッド下に落とした。

 感覚を堪えようとしてグローブの端を噛み締めていたのを見られていた。揶揄されて腹立たしく思うも、文句を言える余力などなくてすぐに潰える。朦朧とする頭と熱に浮く身体では、言っている他のことにも頭が回らなかった。

 ガリィに腕を身体の両側に横たえられる。血の気が下がっていたのか、腕の感覚が戻ってくるのを感じる。指先がシーツの布地の感触を伝えてきた。

 腕からのじんわりした感覚に、息をつく。それも束の間。

 曲げているこちらの両の膝頭を撫でながら、その間からガリィが言う。

「手はもう好きにしていいですよ。その方が楽でしょうから」

 ガリィの目が、邪な感じに綻んだ。

 楽とは、何が――鈍る思考を懸命に巡らせて、程なく忘れかけていたそれに思い当たる。

 熱に浮かされていた頭に冷たいものがすっと差して、その冷えた部分が身体を強張らせたのが、自分でもわかった。

 思わず指に力が入って、シーツに皺が寄る。

 頭の片隅に差し込んできた冷たいもの。それは自分の、割り切れなく拭い去れない、幼い柔いところからからくる不安。これからする、初めての体験に対しての。

 ガリィは膝を割って、脚の閉じることのないようやんわりと左手で抑えておいて、もう一方の手の指先をそこにひたりと宛ててくる。

 その感触に大げさなくらい、腿がひくりと震えた。

「マスター、いいですか?」

「う、ん……」

 顎を引くようにかろうじて頷くも。問われたとたん、無意識に腕に力が入って、身体の横のシーツが手に握られた。

「力、抜いたほうがいいですよ?」

 脚の間、起伏のないなだらかな胸と腹の向こうから、こちらに視線を送るガリィが見える。く、と羞恥に息を呑む。

 言われるものの、全身に蔓延る熱に浮かされつつも、冷たい緊張に強張る身体では器用に力を抜くことなんてできなくて、呼吸ばかりが浅くなる。

 はぁ、とガリィが溜息をついた。

「全くマスターは、しょーがないですねぇ」

 谷の中心に宛てがうよう触れていた指が翻って、再び谷間をなぞるように動かされた。

 水気を纏ったのか、途端にそれは滑りが良くなって、なめらかな動きの指先がくすぐるように、忙しなく周りを撫で始めた。

「ぁ、ふぁ、あぁっ……!」

 ぞくぞくとした疼きが再び生み出されて、身体に違う強張りを作らせる。

 けれど同時に身体の奥の熱をもぶり返すように高めて、緊張の強張りを齎している冷たいものを瞬く間に融かしていった。

 指の撫でる動きが穏やかになっていく。それにつれて身体からも力が抜けていく。後頭がベッドに沈んで、腹から力が抜けて、そのあと。

 なぞる動きの途中で、ひたと中心に指が宛てがわれて。それが、くっと押し込まれた。

「っ、ぅ……!」

 容赦なくそれは割り入ってきた。一息に貫こうとするかのように。

 熱い鋭い感覚が内側の浅いところに走る。けれどそれは一瞬のことで、そのあとに訪れた異物感に紛れて分からなくなった。身体は再び強張って、未知の圧迫感に喉は息を詰まらせるばかり。

 既に乱れている呼吸の中で息が浅くしかできない。

「っは、っ、はぁっ、……っ」

 終わった、のか。わからない。押し入られたとき一瞬走った切られるような痛みがそうであるなら、たぶん。

 終わった、のだと思う。ようやく。これで。

 これで、計画を次の段階に進めることができる。この後に何をするのだったか、思考を巡らせるも、朦朧として回らない頭ではすぐに思い至らなかった。

 それに、身体が。身体が動かせそうもなかった。

 身体は強張りきったまま、熱が全身に蔓延ったまま。身体の、腹の奥の熱は、未だぞくぞくと渦巻いたままで。それらに翻弄されて意識は霞掛かったままだった。

 これがたぶん、性的な神経作用が亢進している状態なのだろう。知識で知っていても体感は初めてなので不確かだが、感覚に訴えるものがあって、確信するものがあった。

 あとはこの昂りが鎮まればいいだけだった。

 けれども。

 熱は、引いていかない。どうやって堪え続ければいいのかも、わからない。

 何かを、強く欲していて。身体の奥が、やるせなくて。逃がす先を求めて、シーツを掴む手に徐々に力が篭もっていった。

 その矢先。

「っあ……!?」

 ぴりっとした痛みと、甘いような疼きが同時に、内側に走った。

 それは一度で終わらずに、二度、三度。

「ふぁ、ぁ、あぁっ……!」

 断続的に繰り返され、やがて連続したものになっていった。感覚が起こされる場所と、自分の状況を思い起こして、どうにか知れる。

 内側で、ガリィの指が動かされていた。

 ガリィの指は一本ではなかった。添えるよう並べて、挿し入れられた二本。それが交互に、擦り合わせるように、内側で動かされていた。

 動かされるたび、腹の奥がきゅうと引き絞られるような感覚が走る。それは身体の奥に向かって殺到するかのようで。

 堪え難くてシーツに指立てる。感覚に苛まれながら、喉を絞るように口開く。

「ガリィっ……これ以上は、必要ないっ……!」

 どうにか頭を起こして。ガリィに言うも。

「しなくていいんですかぁ?」

 見上げてくるガリィは目もとを綻ばせ、口を横にして、にいっと笑みを浮かべた。

「マスターのここ、やめてほしくなさそうですけど?」

 言いながら、これみよがしに指を動かされて。

「あ、ふ、ああぁっ……!」

 背が弓なりに反って、後頭がベッドに逆戻りした。

 動かされ続けて、止めさせなければと思うのに、身体が言うことを利かない。まるで呪縛にでも囚われたように。

 身体はその感覚に強く惹かれている。それを求めているのだと、漠然と悟るものがあった。

 求める衝動はますます強くなるばかり。

 求め続けた先に、何があるのかわからない。このまま感覚を受け続けたらどうなるかわからないのに、おかしくなってしまうのではないかと思う怖さが頭の片隅に差しているのに、それでも身体は動かない。

 ガリィに内側を探られるままに翻弄され続ける。そのさなか、突然。

「ひ、あぁっ!」

 感じたことのない、鋭く強い痺れるような感覚が下肢から頭のてっぺんまでを駆け抜けた。

 首を巡らせて剥き出しの肩越しに、一糸纏わぬ自分の裸体越しにどうにか下肢に目をやれば。

 ガリィが、脚の間に再び顔を伏せていた。

 さっきは触れられなかった上の方の中心が、舌先に触れられていた。

 間隔をわざと空けて、こちらを挑発するかのように。なぞりあげるように舌先で下から上に触れられるたび、意識に白くノイズが走る。

 その感覚は、あまりに強すぎて。

「ガリィっ……!」

 震えの走る右腕をどうにか上げて、ガリィのヘッドドレスの頭を突っ張るように手で押しやった。

 けれど、力のまるで入っていない手はあっさりと退けられ、逆に捕まえられて、四指に交わすよう指を組まれ腰の横のシーツの上に縫い止められてしまう。

 こちらの反応に何かを把握したかのように、ガリィのそこを舌先でなぞりあげるように触れる動きは止まらない。その間にも、内側も指を交互に擦り合わせるような動きをされていて。

 そもそもが強い刺激な上に、内側でそうして指を動かされるせいで、どちらにも全く堪えることができない。

 脚は、ガリィの腕や身体に阻まれて閉じれない。自由になる左脚はかかとでむなしくシーツを蹴るしかできなく、背筋は反っていくばかり。

 意識に白いノイズが走る頻度が増えていって、連続したそれは瞼の裏の視界を徐々に白く染め上げていった。

 舌を這わされているそれが、ガリィに唇で挟むようにされて、軽く吸い上げられながら、舌先に触れられると。

 身体の中で、何かが決壊して。

 瞼の裏の視界が真っ白になった。

「っああぁぁっ……!」

 途方も無い、感じたことのない感覚が身体を駆け抜けて。

「っあ、あ、ああぁっ……っ」

 奔流に一気に押し流されるかのようだった。身体の奥から何度も生まれる高波が身体中に行き渡って、全身をびくびくと跳ねさせて、腰が勝手に揺れてしまう。

 何が、起きたのか。わからなかった。

「あらら、これだけで? 早ーい」

 ガリィの声が聞こえるも、何のことを言っているのか、思考を巡らせる余裕もない。けれど急だったことはたしかで、それだけはわかった。

 頭の芯が融かされるような感覚に支配されていた。身体の奥はきゅうと絞られるかのようで、そこから生まれる甘いような疼きが指先までも痺れさせている。

 身体を、意識を翻弄する嵐が過ぎ去るのを待つしかなくて。

 やがて波は徐々に穏やかになって、力いっぱいシーツを握っていた指からも、少しずつ力が抜けていった。

 体幹は弛緩して、背がシーツに着いて、身体がベッドに沈む。

 衝撃が過ぎ去ったあとのように、頭は揺れの余韻が残るかのようにぐらついている。

 散り散りに乱れていた意識がだんだんに収束してくると、呼吸の荒さを音と喉とで自覚した。

 まだ朦朧としているものの、少しずつ思考が回るようになって、ようやくに自分の状態に意識を向けられる。

 身体の熱は完全には引かないものの、幾分落ち着いたかのように感じられた。

 疼きは身体の奥でまだ残っている。けれど、このまま安静にしていれば元の身体に戻れるかもしれない。

 漠然とそう予感して、胸中にいくらか安堵が落ちて、肩でしている乱れた呼吸を整えようと、息を深くにし始めた。その矢先。

「っあ……!」

 下腹に、身体の奥をきゅうと絞らせるような感覚が走った。

 内側に留まっていたガリィの指が、中で再び擦り合わせるようにゆるゆると動かされていた。

 くらりと目眩がして、それは断続的に起きるようになる。

 さっきよりも数倍鋭く、感覚が齎されていた。何故か、過敏になっているかのように。

「マスターのここがガリィの指を離してくれないんですけど……まだまだ欲しいみたいですね?」

「ちがっ……、そんなこと、ないっ……」

 震える喉を押して、とぎれとぎれで否定するも。

「そうですかぁ?」

「あっ、やっ、あぁっ……!」

 湧き起こされる感覚が変わって、思わず声が漏れた。

 ごく浅く、入り口の近くをくすぐるように指で交互に擦り合わせるように動かされる。

 感覚に翻弄される中、同時に立てられる粘性の水音が耳を打った。

「聞こえます? こーんなに溢れさせて……これで違うっていうのは無理がありますよ?」

「あ、あ、あぁっ……っ」

 言いながらガリィは指は動かし続けて、その度に身体の奥が疼かせられる。

 羞恥と、感覚とに翻弄されて。感覚が走り始めて。身体が再び求め始めてしまって。どうしようもなくて。

 ガリィに指を絡められている方の手に、力を籠めて、きゅっと握った。

 ふふっ、とガリィが含み笑いの声を漏らすのが聞こえた。

「よきに計らわせていただきますね。想い出の蓄えはたっぷりあることですし、人形のガリィに休息は不要ですし……マスターが満足されるまで、不眠不休でいくらでもお付き合いして差し上げます♡」

 言ってガリィは、ごく浅くで遊ばせていた指を、再び揃えて元の通りに水源に挿し入れた。

「っあぁっ!」

 ぞくんとした感覚が、身体の奥へ駆け抜ける。浅いところの切れるような痛みはもう微かで、他の疼くかのような感覚の前に掻き消えていた。

 ゆるゆると揃えた指を出し入れされる。そのたびにぞくぞくとしたものが身体の奥底に奥に生まれて、それが身体中に隈なく広がって身体に震えを起こすようだった。

 鋭く熱い感覚を齎す上方のそれに、また舌を這わされる。ガリィは舌の広いところで穏やかに撫でるように触れてくる。過敏になっているそれをいたわるようにされると、過敏さがとれてきて再び疼くような感覚を生み出し始めた。

 感覚は相乗するかのように増幅される。穏やかなのに、着実に熱は高まっていって、それにつれ呼吸も浅くなっていく。

 もどかしさに身体が捩れさせるうち、あっけなく元の高いところまで登りつめさせられてしまっていた。

 出入りしていた指が、ふと中に留まって、内側を探り始めた。

「あっ……!?」

 そこに触れられた瞬間、生み出された強い疼きにひくりと腰が跳ねた。

 その反応を見逃さなかったのか、探り当てたそこをガリィの指は何度も、指の頭で撫でる。

 沸き起こる感覚は、途方も無くて。指が動かされるたび、それは連続して沸き起こされる。

「あっ、あぁっ、あぁぁっ……っ」

 頭の芯が融かされるような感覚に、背筋が反っていく。顎が上がって、後頭をベッドに擦り付けるようになる。

 底の方から力強く押し上げられるようにして頂点に登らされて、一際強く指の頭で圧迫するように、そこを擦り上げられ始めた途端。

「――っああぁぁっ……!」

 梯子を外されるように、一瞬の浮遊感を伴って、高みから落ちた。

 さっきよりもずっと深くに落ちていくかのようだった。

 

 

 

 ふと、意識が浮上して。横寝の状態で身体を横たえている自分に気が付いた。

 頭は薄ぼんやりとしていて、自分がこれまでどうしていたのか思い出せなく、目を開けて、枕をしたままの頭を巡らせて顔を上げると。

 目の前で、濃紺の瞳でこちらを見つめている存在が目に入った。

「ガリィ……」

 それまでの出来事がみるみるうちに脳裏に蘇る。

「ふふっ、大人になった感想はいかがですか?」

 同じように横寝で、頬杖をついてこちらを眺めていたガリィが、口を横にして微笑んだ。

 明らかにからかいを含んでいる視線に、腹立たしさと羞恥がないまぜになったものが胸中に沸き起こる。素肌に掛けられている上掛けを集めるように引き寄せ、それに顔を埋めて身体を縮こまらせた。

「……最悪の気分だ」

 身体が重く気怠くて、寝返りをうって背を向けるのは億劫だった。

 さなかに意識を落としてしまっていたようだ。

 あの後も、何度も高みに登らされては、落とされ続けた。

 二度か、三度か……覚えていない。いろいろとあられもない格好を取らされ、羞恥に堪えない声を上げさせられ続けた気がする。思い出したくない。だというのに思い出しかけてしまって、上掛けを更に引き寄せる。

 ふっ、と。含み笑いするような吐息の音が聞こえた。そのあと、ガリィが身動ぎする気配があって。

 ガリィの腕に頭を抱き寄せられた。

 額に当たるガリィの服越しの身体は、なめらかな起伏をしているが無機質に硬い。

「ガリィの身体がこんなじゃなければ、マスターを柔らかく抱きしめてあげられたんですけどねぇ。マスターがそうに造ってくれませんでしたから」

 ガリィがどんなつもりでそうしたのか、わからなかった。これも想い出の中の記憶から得た知識にある動きなのだろうか。それとも、これまでの体験から学習を経たガリィ独自の思考なのか。どちらとも判然としない。けれど、どちらでもよかった。

 ごし、とガリィの硬い胸に額を擦り付ける。

「いいや……オレには、これでいい」

 不安を乗り越えられた安堵感に、気怠さとそれが癒やされていく心地よさに。拭い去れない幼い柔い部分が喚起して、他者に縋らせようと働きかけてくる。

 けれどそれをさせなく、世界に立ちはだかっている自分を思い出させてくれるのに、ガリィの身体の無機質な硬さは、ちょうどいい。

「もう少し、お休みください」

 頭上からガリィが言う。元よりそうするつもりだった。ガリィの胸に抱かれたままで瞼を下ろす。途端に、意識が遠のいていく。

 頭上から聞こえるガリィの声も遠くなる。

「お子様なのに無理しちゃって……そういう柔いところがどうしようもなく――」

 最後まではもう、遠すぎて聞こえなかった。

 

 

 

 再び目が覚めると、ガリィはまだベッドにいた。

 事が済んだら元の任務に戻れと命じていなかったせいもあるが、何故ずっと側にいたのかわからない。

 性根の腐った人形のこと、人の寝顔をずっと眺めて楽しんでいたとしてもおかしくなかった。

 少々きまりの悪さを感じながら、身体に巻きつけた薄掛けを引きずったままベッドを降りる。部屋の中ほどに素足で立って、位相差空間を操作してダウルダブラを呼び出した。

 ベッドに腰掛けてこちらを興味深そうに眺めるガリィの視線を他所に、自分の身の丈ほどの竪琴を構えてそれを爪弾く。

「っ……」

 一瞬、下腹の、臍の下あたりに、眠る前に散々身体に湧き起こされた疼きが走った。

 目を眇める。その後に瞼を上げると、身体にファウストローブが纏われていた。成体化した、躯体で。

 処置は、成功だった。

 おぉーと感心したような声が背後から聞こえた。それにはかまわずに、背面ユニットのハープを展開させる。

 胸の歌は流石に浮かばなかったが、十分に目指していた目標に届いていそうだった。幼体時より明らかに魔弦の長さと数、張り具合が増している。

 なにより、力が漲るような感じがする。手を握り開きして感触を確かめ、実感を深める。

 試しに構造式の魔法陣を呼び出してみるとそれは瞬時に現れて、幼体かつ生身でいるときの数倍早く、力を解放できる段階にまでなった。

 錬金術と縁の深い音階を介して、ダウルダブラの魔弦の共振が、それを為しているようだった。

「成功、のようですね」

「ああ、悪くない」

 背面のハープを収納して振り返ると、背後のガリィは、頭一つ分低い位置からこちらを見上げていた。普段は逆に頭一つ分高い位置にあるので、新鮮な視界だった。

「あら、随分と背がお高いんですねぇ?」

 編んだ理論通りに、思い描いた計画通りに、完璧に事を運べた。なのにガリィを前にすると釈然としないものをどうにも感じてしまう。羞恥と引き換えにした感じが否めない。

 それを紛らわすのに、腰に手を宛てて背を少し屈め、ガリィの白磁の頤に指かけ顔を覗きこむようにしてに言う。

「ふん。これでオレをお子様呼ばわりしてくれたどこかの人形も、そんな扱いができなくなるというわけだ」

 くいと顎を上げさせて、濃紺の瞳を見下ろす。けれど、ガリィは目を微かに瞠っていた表情から一転して、ふっと不敵な笑みに切り替わって。

 こちらの頬に両手を添えて、背伸びをして顔を寄せると、唇に唇を重ねた。

「んっ……!」

 唇をついばむように食んで、ガリィはすぐに離れていく。

 顔に残した右手を頬をなぞるように撫で下ろし、猫にでもするかのように指の頭で顎をくすぐるように撫でると、目もとをほころばせ口端を釣り上げてにいっと笑った。

「大人になったということは、もうお子様合わせの手加減をしなくていいってことですよねぇ?」

「っ……!」

 眠る前にいたされたことが思い起こされて、それ以上とはどんなだと思いを馳せ、その恐ろしい想像に思わず身体が固まる。その反応に気を良くしたように、ガリィはますます笑みを深めて。

「いつなりとお相手して差し上げますよ、マスター」

 軽やかに踊るように片足でターンして身を翻し、ガリィは身体を離した。

 部屋の中程でうやうやしくお辞儀をした後、おどけるようにくだけて、手をひらひらと振りながら開けたドアに身体を滑り込ませる。

「くっ……」

 ドアの向こうへ消えていく青白の姿を、少し熱を持った顔と共に見送るしかできない。

 数百年を生き長らえていようとも、この分野では集合知を得ているガリィには、永遠に敵いそうもなかった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 幅広く天井高い、人けのないがらんとしたシャトーの大理石風の回廊に、硬質で、けれども軽い足音が響く。

 玉座の間へと戻る帰路の途中、ガリィはつい先刻の、大人になったマスターの面食らった表情を思い起こして、くっくと笑いを口に含ませる。

 その以前のことも、思い返せば思い返すほど、顔が笑みになってしまう。

 ちょっとやそっとの言葉では言い表せないくらい、至極楽しい時間だった。

 最後の去り際の口接けのせいで失念したのか、幸い想い出はマスターに回収されなかった。誰にも渡さず変換錬成もせず保持しようと心に決めて、胸の奥深くにそれを仕舞いこむ。

 縋ろうとして、でも堪えようと必死のあまり揺れるあの菫青の瞳が、こちらを見ていた。

 こちらの所作の全てに健気に反応して、全身を震わせる小さな肢体を、この目で見た。

 父親から託された命題を胸に世界へと立ちはだかるのに、意図的に作った変質した自己で覆い隠している、マスターの柔く幼い部分。その一端を暴いて、触れたかったそれに少しだけ触れられた気がした。

 オートスコアラーの生まれながらに持つ使命によって、いずれは呪われた旋律を身に受けて装者に壊される。

 想い出をいくら大事に仕舞っておいたところで、それは絶対だけれど。想い出と共に自分は塵と化しても、マスターの中では、初めての体験の記憶としてこの経験はきっと失われないだろう。

 マスターの記憶の端に残れることは、存在を刻み残せること。

 それはかねてより思うところのあった、願ってもないことで。

 それが叶ったことは、ガリィにはこの上ない至福に思えた。

 アラベスク、シャッセからのアントラッセ。ピルエットを交えながら回廊にステップを踏む。

 石床に軽やかに刻まれるリズムを、聞く者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 キャロルの大人化がどうやって行われているのか判明していませんが、ホムンクルスは本来成長しないけどダウルダブラで想い出変換錬成をブーストして躯体を成体化させているのでは? と考えました。
 この話からするとキャロルの大人化はガリィといたして経験した成果ということになるわけで、今後に大人キャロルのあの台詞を耳にしたとき、ああ…ヘソ下あたりがむず痒いってそういう…と頭に過ぎらせていただければと思います(イメージ汚染)





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