創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius 作:JNEXEL
スワンは弘を探す為、交流広場やバトルエリアを転々と移り続けた。しかし全世界で10万人ものプレイヤーを抱えているというダイバーズである。簡単に見つかるはずもない。ある時のドモンと同じような事をしていると考えると、とても見つかりそうもなかった。そして疲労困憊のまま辿り着いたのは、見覚えのあるカフェだった。壁の角には"WE's Coffee"と書かれた小さな看板が掛けられていた。こんな名前の店だったのかと驚いていると、中から一組のカップルが出て来た。彼らと入れ替わる形で店へと足を踏み入れた。やはり前に来た時と変わらぬ内装で、あの二人の店なのだと安堵した。カウンターの隅で売上入力をしていた店員と目が合い、二人揃って声を上げた。
「す、スワンちゃん!?」
「エルニアさん!?やっぱりこのお店で間違いなかったんだ....!」
エプロンを着ていて分かりにくいが、ブラウン寄りの髪と目で間違いなかった。JOKER事件とZeuS事件に関わりがあり、解決にも尽力した人物の一人、エルニアである。メイポールダンスと呼ばれるプレイヤーチームにも所属し、"異能者"と称されるν-Typeでもある。しかしν-Typeの事を除けば過去の話だ。彼女はここで、パートナーとも呼べる人と一緒にこのカフェを切り盛りしている。無論、純粋にプレイヤーとして対戦を楽しむことだってある。以前に見た時は、両方とも高校生だったが彼女の髪型は、当時の長いポニーテールから、セミロングで空気を含んだようなふんわりとしたスタイルになっていた。エプロンの下の白いブラウスとジーンズも相まって、かなり大人な見た目となっていた。
「か、変わりましたね....凄く大人って感じがしますよ?」
「あはは、ありがと!でも彼からはちょっと不評っぽいんだよねぇ....理由分かんないけど」
スワンから素直に褒められ、エルニアは思わず笑った。こうして直接話すのは何年ぶりだろうか。昔を懐かしんで語らいたいが、実際はそこまでの交流が無かったのが残念な所である。結局本題に移らざるを得なくなった。
「あの、この人を探しているんですけど....知らないですよね....」
スワンはおずおずと1枚の写真を差し出した。弘のプレイヤープロフィールの、スクリーンショットを一部切り取った物だった。そのせいかエルニアには、もはや証明写真めいて見えた。
「んー....何だろなぁ.....あ、これ飲んでよ。私の奢りって事でいいよ」
コーヒーを淹れながら写真を眺め、カップに注ぎ終えるとスワンの目の前においた。頂きます、とスワンは一口含んでみると何とも不思議なことに、苦味が抑えられて飲みやすかった。流石に猫舌も災いして、かなり気をつけて口にしなければならなかったが。
「美味しい....これなら私も飲めますね」
「前来たとき普通に飲んでなかった?気の所為ならいいけどさ。あぁウェルス来てたら早く言ってよ!スワンちゃん来てるんだから!」
店の奥から出て来たのは、黒いハットを被った青年だった。今しがた来たらしく、エプロンを片手に持ったままだった。赤いネクタイを締めた白いワイシャツの上に黒いベスト、黒いスラックスが今日のコーディネートのようだ。彼の名はウェルス。彼もまたJOKER、ZeuS両事件の解決に取り組んでいた。現在はエルニアと共にこの店を経営している。ギミック愛好家達の間では、伝説とまで呼ばれている男である。エルニアに不満そうな顔をされ困惑しながらも、スワンを見て意味を理解したのか目を丸くした。
「本当だ.......まさかまた来るとは...」
「ご無沙汰しております、ウェルスさん。あれ....!?その指に着けてるそれって、もしかして!?」
ウェルスはエプロンを肩にかけるように持っていたが、スワンが左手の薬指に光る何かを見つけた。エルニアもそれに気づくと幸せそうに笑いながらウェルスにピッタリとくっついた。
「あっちだとまだ先になるけど、ひとまずここで婚約はしたんだよ。ね、ウェルス」
「普通に婚約でいいだろ....何で余計な事まで付け加えるんだか....」
赤面を見られたくないウェルスは、右手で顔を隠して溜息をついた。あれからそうなるだけの年月が経とうとしているのだ、何も不思議な事ではないがスワンとしては祝福したいが、何処と無く寂しくなるような、そんな感覚だった。きっと彼女にも話しているだろう。そうであって欲しいと内心祈ったりもした。
「おめでとうございます!式がある時は、呼んでくださいね!」
「そうね〜皆呼びたいよね!さてぇ....ちょっと楽しくない話に戻るけど、ウェルスこの人知ってる?」
ウェルスはエルニアから写真を受け取ると、じっと凝視した。およそダイバーズとは無縁そうな若者だ。きっと歳も自分とそこまで変わらないだろう。だがスワンがここで探しているのならば、写真の彼も当然ガンプラダイバーなのだ。
「一度、少し前にお前から結構な支払いが飛んできたな....リアルマネーで無いとはいえ一人とは思えない額だったが....あの時は何人で来てた?」
少し前と言えば、ウェルスとエルニアがいない時間帯に店を訪れた時だ。リョウマ、弘と共に来店してこれからの行動計画を立てようとしていたのを思い出した。SNSを通じて出動したは良いが代金を支払っていないままだった為、後日スワンが二人分まで立て替えて送金していた。流石にゲーム内通貨なのだが。
「3人です。その中でスカジャンを着ていた人がいたと思うんですけど....後、その節は本当にごめんなさい...!」
「どの道払ってもらったから何も言わん....エル、悪いが」
ウェルスは思い立ってエプロンをエルニアに渡した。彼女も「そう来ると思った」と肩を竦めた。そして、
「それじゃ、頑張ってね。ちゃんと帰ってくること、約束よ!」
背伸びをしてウェルスと唇を重ねた。スワンは見ているだけで顔から火が出そうだ。
ウェルスはカフェの店主だけでなく、探偵というもう一つの顔を持っていた。その為店に顔を出す機会は少ないのだと言う。
「探偵までなさってたんですね....凄いです」
あまりにも意外な話にスワンはただ苦笑するしかなかった。紅の魔剣士と言う二つ名とは全く対極なのではと思ったが、それは口にしなかった。スワンは探偵と聞いて、ウェルスの姿も見てテンションが上がりそうになった。
「何でそんなにジロジロ見るんだ.....スーツが似合わんのは知っている....!」
「いえ、そんな事はないです!むしろアリだと思います!」
「何でそんな興奮してるんだ!?」
スワンのテンションが急に変わり、ウェルスは顔を引きつらせた。理由がはっきりしない事程、不気味なものは無かった。
「多分簡単に見つかると思う。今情報網に問い合わせたら直ぐに目撃証言が出た....これで出て来なかったら本番だったんだがな」
ウェルスは手元のウィンドウをスワンに見せた。全て匿名でIDも確認出来ないが、何時何処で何をしていたのかを詳細に書き残されているレスも存在した。この情報網も、ウェルスの探偵としての手腕で構築できた物に相違ない。スワンが知っている彼とは、もはや別の存在にも感じられた。
「直近だと第1区画からバトルエリアに進んだらしい....やはり本番は来ると言う事か」
「やっぱり頼って良かった....かなり意外な展開でしたけど」
「俺の落ち着きの無さだな、探偵を始めたのはそんな理由だ。お陰でエルに苦労をかけさせてばかりだが、この仕事はやめられない....お喋りはここまでだ、行くぞ」
舞夜はまだこの白い空間から離れる事ができなかった。青い髪の少女と向き合ったまま、ただ時間が過ぎていく。リョウマは、スワンは、弘は無事だろうか。ずっとそればかりを考えては動けぬ自分に歯がゆさを感じた。なぜここから出ようとしないのか。それは出口が無いからと言う理由だけではなかった。少女は舞夜に歩み寄ると、胸に手を当ててきた。青い光が少女の手から流れ込むと、"あるはずの無い心臓"が拍動した。目元が熱くなり、何かが溢れてくる。やがてそれは目から零れ落ち、彼女の手首を伝って舞夜自身の手に落ちた。涙だった。
「もう少し、自分に素直になったら?好きな人の為に、どこまでも頑張りたい。その気持ちは私にも痛いほど分かる。でも私はそう出来なかった。その時を最後に泣けなくなった....アンタは私自身と話したほうが良かったんだね....にしても、ここまでしなくて良かったのにとは思うけど....これも一つの覚悟の形なのかな」
少女は安堵したように笑み、舞夜から手を離した。舞夜が自身のダイバー体を機械に作り変えたのは、感情を持つことを自ら封じる為だった。自らの身体に、"亀裂"を宿す事も―。諒馬といつ会えるか分からない。もし会った時に生前のままだと、彼は自分を責め続けなればならなくなる。きっと何処か壊れていれば、その方が楽なのかもしれない。生前の比良坂 舞夜はエンパス体質だった。人の感情に誰よりも共感できる素質があった。だからこそ諒馬の心を保てるようにしておきたかった。そこには恋愛などと言う感情はなく、それを超越した"縁"とも呼べるものがあるのみ。舞夜にはそれで充分だった。諒馬の為に自分を捨て去るのは、別に悲しい事とは思わない。少女は舞夜を抱き締めると、そのまま青い光に包まれた扉を開いた。
「ここにアンタを閉じ込めたのは、少しでも自分を愛してあげて....と言いたかったから。本当のアンタを守れる人がいないなら、私が守る。だから今の間は待っててほしい...」
「.......やはりあなたは、底抜けに優しいのですね....こんな、生霊紛いの私にそう言うなんて」
「そんなんじゃないよ。これが使命のない私にできる、たった1つのことだから.....。誰かの希望になれれば、それでいいよ」
舞夜が扉の先へ足を踏み入れる時、少女は氷の中に自らを閉ざそうとした。そして彼女は去りゆく舞夜に、こう付け加えた。
「でもアンタを見て、私も自分を取り戻したくなった。覚えてるなら、会った時にこう呼んで.....レイ・ブルームーン、と....」
結局弘は、あの諍いの直後からドラグハートを返さぬままラボを離れ、望の病室を訪れた。望を"取り戻す"為には、何としてもドラグハートの力が必要だった。弘に一番応え、眠れる力を爆発させる唯一の存在のようにも感じていた。
「どうあっても俺はコイツを使う.....コイツが無きゃ、望に辿り着けねぇ....!」
パイプ椅子の角に拳を打ち付け、眠ったままの望を見つめた。諒馬の一言が頭の中をぐるぐると回り、その度に左右に振って考えまいとしてしまう。
『ドラグハートはお前のものじゃない。いくらかリミッターを解除できたからって、それはお前の力だと勘違いすんな』
うるせぇ。そんなの分かってんだよ。思い出す度にそう言い返してみても、ぶつけたい諒馬はもう居ない。いくらか冷静になった弘は、ただ自分の非を認められない自分自身を恥じ入るばかりだった。しかし元から素直でないせいで、諒馬のもとに戻って謝ることも出来ない。後悔だけしても仕方ないと言い聞かせるのが精一杯だ。諒馬は弘の成長性さえ見抜いていた。だからこそあの言葉が出てきたのだろう。
「まだ考えちまう.....畜生、悔やんでも仕方ねぇってのによ.....最悪だ....」
気が付けば、誰かと似たような台詞を吐いていた。心電図は未だに変化がなく、一定のリズムを刻んでいる。他の部員達は望の無事を絶望視しており、いつしか誰として見舞いに来なくなった。その証拠に花瓶を置いているチェストは軽く埃を被っていた。弘は一通り掃除してやりながら、やりきれない気持ちを振り払おうとする。
弘と望は幼い頃から家族ぐるみの付き合いがあった。ごく普通の親友同士だったのが、ある時を境に二人揃って地獄に叩き落とされたのだ。弘の父が知人から借金したのが始まりである。完済し終えたにもかかわらず、一切取り立てが終わらなかった。しかも不思議な事に知人本人からの連絡ではなく、組織的な物だった。家にいきなり怒鳴り込みに来る、見知らぬ男の集団の姿も時々見えた。幼かった弘はただ怯えるしかなく、無力感がこの頃から芽生え始めた。そして弘が望の家に泊まりに来たその日、悲劇は訪れた。望の母親が震えた声で弘を呼んだ。忘れるはずも無い。
「弘君.....パパとママが......」
驚き、疑い、悲嘆、それ以上に理解が追いついていないと言わんばかりの、瞼の開き具合だった。弘は意味と事態を理解できないまま、叔父夫妻に引き取られた。そして引き取られた日の夜、あるニュースが全国を駆け巡った。「民家が全焼 夫は死亡、妻と子供は無事に保護される」と言う見出しの新聞も、世間に放出された。一体なぜ何の落ち度もない一家が、ここまでの惨禍に巻き込まれなければならなかったのか。望は一時期失語症に陥ってたそうだが、中学で再会したときには完治していた。しかし今までやや内気だった望が、三枚目を演じるようになったのは弘としては不気味に映った。完全に無理をしているのは見て分かった。それだけに辛かった。ある時に望は弘に1枚の絵を見せた。ダンディな印象の男の絵だ。弘は一体何なのかと問うと、望はとんでもない事を口にした。
「僕と、お前の家を消し去った奴だ.....」
望は幼い頃から、見た物を瞬間的に記憶して絵に起こすと言う特異な才能を持っていた。例えば1秒間アメリカの国旗を見せたとしよう。彼はそれだけの時間で国旗を目で"撮り"、そのまま絵として残せるのだ。望はあの時、友達の家に遊びに行ってからの帰りだった。燃え盛る家に足が竦んでいたが、その近くを満足そうな顔で家の様子を眺めて立ち去る集団が通りかかった。それを望は、このときまで記憶していたのだ。幸か不幸か、この重要過ぎる証拠を持ち続けていた事になる。弘は警察に訴えようと持ちかけるが、望は首を横に振った。
「もう先週に僕がやったよ。取り合ってくれる訳が無いんだ。いくら説明しても、子供の戯言扱いで終わる。分かってたんだ、警察はこれを避けたがってる」
彼の言っていたことが事実だと知ったのは、それから2週間後だった。TVのニュースで報道され、弘は愕然とした。この時弘と望はボクシングを習い始めていた。理由は単純で、有名になる事で犯人に警告して、世間に引き摺り出す為だった。しかし歳を重ねていくに連れ、大学に上がったばかりの頃。望はこんな事を言い出すようになった。
「僕らが奴を殺らなきゃ、世の中は救われない....いつどこで、誰も分からないうちに事が起きたんじゃ、僕が生きている意味がないんだよ....!」
そう告げた時の彼の目は忘れることが出来なかった。完全に復讐鬼へと移り変わろうとしている人間の目だったのだ。そして彼は何の狙いがあってなのかダイバーズを始め、"戻らぬ"人となった。正直これだけの悔恨を持ちながら、よく道を踏み外さなかったのだと思っていた。弘も犯人には強い恨みを抱いている。しかし殺しに手を付けてしまえば、奴らと同じなのは理解していた。だから次に同じ事が起こらぬ様、法で裁いて貰うしかない。もし望が今も意識を保っていて、犯人を見つければ殺しにかかるのは火を見るよりも明らかだ。悔しいが弘は彼を止めるだろう。共倒れになったのでは、それこそ生きてきた意味を失う気がするからだ。
弘はリュックサックから買い込んでいたバター入りのロールパンを頬張り、水で胃の中へ流し込んだ。このロールパンも、望が好きだったメーカーのパンだ。ひと息ついて水に溶いたプロテインドリンクを飲み干すと、椅子から立ち上がって病室を後にした。
「どうあってもやる事は一つだ。望を取り戻す!」
彼の行く先はラボではなく、ネットカフェだった。望がかつて「最近はVR-MMOに対応したスペックのパソコン完備って言う店が多いんだ。ダイバーズの影響だったら凄いや」と言っていたのを思い出したからである。
[次 回 予 告]
何とウェルスはカフェのマスターと探偵の2つの顔を持っていた。彼の協力により弘を発見するも、ドラグハートと相対するモビルスーツにスワンの脳裏にあの戦いが蘇る。そして異形のMSが引き起こした現象は、新たな戦いを予感させた。
次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.17 交わらないSPIDERとFIRE