創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius 作:JNEXEL
1人どこかへと立ち去る弘を追いかけて、スワンが辿り着いたのは昔の仲間が経営していると言うカフェだった。ウェルス、エルニアとの再会を喜ぶ間もなく、弘の目撃情報がないかダメ元で聞いた。するとウェルスは店番をエルニアに任せ、スワンと共に捜索に出た。何と彼はカフェのマスターとは別に、探偵というもう一つの顔を持っていた。
そして舞夜は、未だに謎の空間に留まっていた―。
第17話、どうぞ!
ウェルスのバトルエリアにおける捜査手法は、かなり簡単なものだった。適当な連中に対戦を申し込み、その中で相手全員に写真を送りつけ目撃証言を集める、そんなやり方である。開発者でも無ければログを回収して、中から抽出して調べるだけの方法はない。そもそもほぼ無数にあると言えるバトルエリアを探索すると言う都合上、そのやり方でもかなりの時間はかかる。下手をすれば人から聞いた方が早い、という事も有り得る。ウェルスとスワンは二手に分かれ、虱潰しに対戦に交わり情報を得ていく。地道だが、決して楽に探せるものでもない。何とも運の悪い事に、弘がログインステータスを伏せているせいで一発で特定出来なくなっているのも手伝って、余計に労力が嵩んでいた。もっとも、ログインステータスさえ分かるならウェルスを頼ったりなんてしないのだが。
「はぁ、はぁ.....駄目だ、全然見つからない....普通の人を探すのって、分かってたけどとんでもなく大変....!」
スワンはこれで20戦目に突入しようかとしていた。しかしそれらしい情報にもありつけず、ただ戦いの疲れが溜まっていくばかりである。こんな時リョウマがいればとも思うが、今の彼がこのために手を貸すとも考えにくかった。
「ウェルスさん、そちらはどうですか?」
ウェルスに通信をかけてみると、何やら彼は考え事をしているようだった。スワンはもしやと期待してみる。
「済まない、気づかなかった。一件だけだがそれらしい話は聞けた。バトルエリアB、エンジェル・ハイロゥの可能性が高い」
「そんなことまで分かったんです!?」
「乗せられたらそこまでだな。だが俺の勘はこういう時だけは役に立つのでね....信用してくれていい」
ウェルスの機体はアストレイノワールだが、やけに大きなABCマントで頭以外を覆っていた。探偵である以上、姿を見せるわけには行かないのかもしれない。スワンはそう考える事にした。そしてアストレイノワールとF91-Mは、エンジェル・ハイロゥにぶつかるまで無作為に対戦ルームを立てては閉じ、を繰り返した。そして5分程で、スワンが立てた対戦ルームのステージがエンジェル・ハイロゥになり、二人は迷わずそこへ飛び込んだ。
「あれ?何だここ....変な所に来ちまったぞ!?」
ドラグハートが降り立ったのは、大小様々な円環が交差したような建造物の上だった。眼下には地球があり、弘は背筋が凍りそうであった。ダイバーズのGGの作り込みが現物並にあると言う証左である。
「.....あの機体が弘だってのか....ジプシーは一体僕に何をさせる気だったんだ.....直接引き合わせようとするなんて....」
うろうろとするドラグハートを、遠方から睨む"鉄の蜘蛛"。パラサイトスパイダーである。リゲルはジプシーからの指示でこの地に駆けつけた。しかし謎であった。何故リゲルを監視していたはずのジプシーが、逃してくれたのか。昨日とは完全に態度が違いすぎた。何かあると考えるのが普通で、リゲルも同じだった。腹の底が全く読めない女に翻弄され続けるのも御免被りたかった。通信も制限がなく、呼びかけようと思ったら簡単にできる。だが迷いが無いわけではなかった。何しろ弘と言葉を交わさぬまま、このパラサイトスパイダーで戦っていた。
「何か居んのか?.....ぁあ!?あの蜘蛛野郎か....野郎今度こそぶちのめしてやる!」
弘はレーダーを見て、反応のある方向に振り向いた。深緑と黒を混ぜ込んだ色合いの異形―パラサイトスパイダーを目の当たりにし、弘は舌打ちした。奴さえ倒せば、望の事が少しは分かるはず。一縷の望みに賭けるしかなかった。ドラグハートは助走をつけてジャンプ、全身のバーニアを全開にして更に勢いをつけて飛翔した。両手には赤い炎が宿り、クリアパーツからはプラフスキー粒子が放出された。リゲルは一瞬の躊躇いの後、奥歯を噛んだ。どの道気づき信じてもらう為には、倒れるわけには行かないのだ。
「――"ハザード"ッ!!」
リゲルの叫びに呼応し、コンソールが赤く光った。と同時、パラサイトスパイダーのライン状の"目"にも赤い光が走り、全身と腰の可変ユニット"ヲルタースパイダー"から黒い霧を発した。ドラグハートが猛烈な勢いで近づき、炎の拳を叩き込もうとした刹那、身動きを取らなかったはずのパラサイトスパイダーが赤い影だけを残して消え、僅か1秒未満で右に回り込んでいた。弘は状況が飲み込めず、再び攻撃を仕掛ける。
「んなろぉお!!」
だが次の拳も同じ様にして躱された。パラサイトスパイダーは既にドラグハートの背後を取っていた。
「ヲルタースパイダーは、要らないな....タイマンで使えるものじゃあない...」
リゲルは何かを堪らえようとしているのか、唸るように呟きパラサイトスパイダー本体から、ヲルタースパイダーを分離させた。これで格闘機を相手に戦いやすくなった。膝からビームサーベルを射出してキャッチする。柄の先端から光の刃が伸び、スパークも発した。ドラグハートの攻撃を最低限の動作で避けながら、的確にサーベルで斬りつけダメージを蓄積させる。だがリゲルは可能な限り深手を負わせまいと、手加減はしていた。目が赤く発光する前に、少なくともドラグハートを行動不能にしなければまともな対話は出来ない。弘が何かに執着している時、誰の話も耳に入らなくなるのを知っているから選んだ戦い方だ。しかし、ドラグハートも攻めるだけでなかった。腕や足からプラフスキーフィールドを展開し、サーベルの一撃を素早く防いでいた。MFタイプの機体は手足のように動かしやすくなる反面、総じて本人の反応速度に依存する傾向にある。殊に弘の様な格闘技を得意とする人間は、瞬間的な反応に長けているものだ。一瞬が勝敗を決める競技ではその駆け引きが重要だからだ。
「畜生、ここまで俺の動きを読んでやがる....!!だったらコイツはどうだ!」
パラサイトスパイダーが薙ぎ払ったサーベルの下を潜り、緩やかに降下しながらリアアーマーから刀を引き抜き、左手にストームブレイドを形成した。リゲルはドラグハートの機能に驚き、長期戦を予感した。
「何もない所から武器を....!?前もそうだ....!どうなってるんだ!?」
リゲルの翡翠色の瞳が、赤みを帯び始めた。唇を歪ませ、思考を保ちながら戦うのが限界に達しようとしていた。ドラグハートが二振りの太刀で交差に斬りつける刹那。パラサイトスパイダーから発されていた黒い霧が更に濃くなり、瘴気となってドラグハートにダメージを負わせた。
「おわぁああッ....!?何なんだよこれ....煙だろ!?」
狼狽する弘とは対照的に、リゲルは無表情でただモニターを見つめていた。瞳が完全に赤く染まり、レバーから手がだらんと離れた。"ハザード"がリゲルをコントロールし始めたのだ。ゆらりとドラグハートに近づくや否や、真っ直ぐ喉を掴み握り潰そうとマニュピレーターを食い込ませた。MFタイプの弱点は、機体の衝撃によるフィードバックが直に来やすい所にある。故に弘の喉元にも、締め上げられるような痛みが走った。
「あがぁぁッ......!?どうなってん.....だよ.....うぐっ.....ガハッ.....!!」
口角から滴り落ちる赤い雫。ゲームだから本当に死ぬことは無い。しかし、ここまで"殺される"感覚を味わうことになろうとは、誰が想像できただろうか。ましてや全くの初心者の弘である。ダイバーズのある側面を知らないのは当然である。ハザードの赴くまま、マニュピレーターの力を強めるパラサイトスパイダー。ドラグハートはただ、その手を引き剥がすために指をかけ、懸命に足掻くだけしかなかった。弘の喉を締める痛みも強くなり、意識が遠のき始めた。俺はこんな所で、手がかりも分からずに消えちまうのか。リョウマ、お前の言う通りにしてりゃ、こんな事にならなかったんだ。済まねえ、俺が悪かった。結局、望にも辿り着かないなんてよ――。そのまま全てが終わろうとしていた時。どこからか伸びたワイヤーがパラサイトスパイダーの腕を貫き、爆砕させた。
「常岡さん、常岡さん!!」
聞き覚えのある声が、弘の耳に入った。気がつくと喉を蝕んでいた感覚は無くなり、意識も清明になりつつあった。
「あ......??」
ドラグハートのモニターに映るガンダムフェイスに、弘は思わず声を上げた。同時にスワンも驚き、互いに悲鳴を上げた格好となった。
「なぁあ!?あ、お前かよ.... !?びっくりしたじゃねぇか!」
「びっくりしたじゃないです!でも良かった、無事で....!」
ミニウィンドウ越しで、スワンが泣きそうになっているのが見えた。こんな身勝手な自分の為に、本気になってくれる人間がいるのか。弘も心做しか涙が出そうになる。F91-Mに引かれ、ドラグハートは戦場から離れていく。どうやら誰かと協力していたらしく、他には弘の知らないマントの機体もいた。ウェルスのアストレイノワールだ。片腕を壊されたパラサイトスパイダーと対峙している。
「奴は普通じゃないな。見るからに危険だ...スワン、悪いがそいつを退避させろ。なるべく遠くにやるか、バトルエリアから離れるか。どっちか選ぶんだな」
「ウェルスさんはどうするんですか?」
「一先ず奴を撤退させるまでやってみる。流石にこの状態ではやり辛いが....言ってても仕方ない!」
ウェルスは感覚だけでF91-Mらの撤退を認めると、レバーを握り直した。"JOKER"とは明らかに異質だ。肌を通して伝わる異様さに、唇を固く閉ざした。アストレイノワールが遂に動き出す。右手に何かを込めるように構え、パラサイトスパイダーの眼前でマントの中から突き出した。パラサイトスパイダーは上体を逸して避け、またしても瞬時に真横を取った。ウェルスの反応と予測は見事に命中する。アストレイノワールは左足を振り上げ、足裏からワイヤー付きのヒートダガービットを飛ばして、パラサイトスパイダーの腹に巻き付けた。そしてウェルスはレバーのスイッチを押した。足からワイヤーが外れると自動で爆発して、パラサイトスパイダーを吹き飛ばしそのまま立て続けに、右腕から発振させたブランド・マーカーで打突、エンジェル・ハイロゥに叩きつけた。足のワイヤーには試作3号機のオーキスユニットに搭載されている、爆導索が使われているのだ。差し替えを嫌うウェルスだが、今の彼を以てしても限界があったため已む無く、他の方法で実物にも搭載している。
「チッ.....やっぱり、これでも黙らせられないか...!」
かなりのダメージになっているはずだが、パラサイトスパイダーは何事も無かったかのように、壁から這い出てアストレイノワールを睨みつけた。決定打でない事はウェルスも承知していたが、やはり一筋縄では行く相手ではないとハッキリと認識した。しかしウェルスは識らなかった。パラサイトスパイダーは、"1つだけではない"。アストレイノワールのレーダーからけたたましくアラートが鳴った。ウェルスは何事かと振り向くと、奇声を上げながら飛びかかる何かが目の前に迫ってきた。パラサイトスパイダーの自立型武装ユニット"ヲルタースパイダー"である。4本の脚から伸びる赤熱化した爪を振り下ろし、アストレイノワールに組み付かんと迫る。
「危うい!」
ヲルタースパイダーの突進をビームシールドで防ぎ、衝撃を利用して別の壁に飛び移ると蹴り上げて再び戻ってきた。所謂壁キックと言う動きで間合いを維持したという事である。
(ビームシールドをこんな所で使わされるなんてな.....油断している訳じゃないが、相手を知らなさ過ぎたか....致し方ないな)
ウェルスとしては、どうなってでもアストレイノワールのマントを失う訳には行かなかった。この機体に搭載されている物を見られれば、それだけウェルスは警戒され、仕事に支障をきたすからだ。探偵としての信用を失わない為にも、ABCマントは必要なのだ。ヲルタースパイダーとパラサイトスパイダーが一体化する。ヲルタースパイダーの上部ハッチが開き、そこへパラサイトスパイダー本体がドッキングした姿は、成程8本脚になるから蜘蛛を謳っている訳だ。パラサイトスパイダーは股間部のハッチを展開し、そこから緑色に輝く糸を全方位に向けて放ち張り巡らせた。遠くから見ていたスワンは、この光景に既視感があった。忘れるはずもあるまい。自由を奪う、空間そのものを罠にする蜘蛛の糸だ。
「ウェルスさん.....!行かないと...!」
「おい....お前マジでアレとやり合う気かよ!?」
スワンが何をしようとしているのか、弘にも気づいていた。正気を疑うトーンでの問いかけに、スワンは笑って誤魔化して「何事も当たって乗り越えないと気が済まなくて」と返した。本当は怖くて仕方が無かった。正義感が強い質だが、根は臆病だった。それを乗り越えたくてダイバーズを始めた節がある。成果を出して自分に自身を持たねば、"彼女"に会えなくなるかもしれない。そして比良坂 舞夜の正体にも迫れない。そう考えていた。F91-Mはミノフスキーブースターを点火して網の目の中へと飛び込んだ。
「少しずつでもいい、前に進むんだ!私の力がどこまでも届くように!」
リアアーマーからビームサーベルを両手に装備し、グルグルと高速回転させた。前や後ろに細かくずらしながら糸を断ち切り、早急にビームカーテンの正体を突き止めんとした。
「サーベルで切れた....どういう事だ?」
ウェルスもF91-Mの動きを見て、しばし思考を巡らせる。だがすぐに意味が分かった。
「スワン.....、あぁそういう事か!」
「はい!そういう事です!」
アストレイノワールとF91-Mが合流し、戦力差は少し変わった。後は二人次第と言う事になる。パラサイトスパイダーが壁を這い回りながらビームカーテンと拡散メガ粒子砲を乱射し、2機を潰そうとする。
「ウェルスさん、マントをやられるとまずいんですよね!私が盾になります!」
「何、だと.....!?お前....自分の言っている意味が分かってるのか!」
スワンの提案にウェルスは度肝を抜かれ、困惑した。確かにABCマントを失うのは致命傷そのものだ。だがその為にスワンを犠牲に出来るほど、ウェルスは非情ではない。ましてや依頼者を文字通り使うようでは、探偵と名乗る資格を捨てたようなものである。
「大丈夫です....私にはアレの罠の中で戦った経験があります。それに、今の私は一人じゃないですから」
その一言でウェルスも腹を決めた。彼女はウェルスの事を、今も仲間だと信頼している。ならば選ぶのはたった1つの答えだ。ウェルスも彼女を、依頼者以前に仲間だと信頼するだけだ。
「分かった....だが無理はするな!」
「ありがとうございます!スワン・マスターピース。ガンダムF91-M、推して参ります!」
「アストレイノワール、ミッションスタート!」
拡散メガ粒子砲をF91-Mがビームシールドで防ぎ、その間にアストレイノワールが接近してパラサイトスパイダーを叩く。この構えがあっという間に成立した。パラサイトスパイダーが頻りに唸りを上げ、縦横無尽に飛び移りながら巣の密度を急激に上げ始めた。
「まさか本当に糸まで張っていたなんて思いもしなかったな.....こんなもんならガッカリだ!」
アストレイノワールはマントの中で二振りの刀を構え、瞬時に8つもの斬撃を放ち糸を断ち切った。F91-Mもミノフスキーブースターから光の翼を発し、ビームシールドと一体化させて大きく薙ぎ払いアストレイノワールの血路を開く。
「死角からの攻撃だってある....もう二度と同じミスは犯せない!.....そこだッ!!」
スワンは視界の隅に動く小さな影を見つけ、F91-Mを旋回させてビームサーベルで貫いた。刃先には円筒型の端末が。これがビームカーテン上を移動して、死角から撃ち抜いてきたのだ。ただ破壊できても油断は出来ない。この端末が一つとは限らないのだから。
「このまま逃げ切れるのか.....最悪だな」
「何でこういう時はアンタまで落ち着いてんのよ?開発者って言ったって一般人でしょ?」
リョウマとエリィは銃撃から逃れるべく、路地の間を縫うように走っていた。未来都市イメージにしても、やはりこういった場所は相変わらず綺麗ではない。エリィはこう言った事態とは無縁そうなリョウマが、ここまで落ち着き払っているのが不思議でならなかった。
「俺が天才だからじゃ駄目か?」
「そんなくだらない回答をしなくていいから!」
「正直に言うと、そりゃめちゃくちゃ怖いけど、何だろうな?覚えてないくらい前から本気で思わなくなった。マジの怖いもの無しになっちまったのさ」
「どういう意味?」
「本気で怖いと思わなくなったって事だよ。やっべ、伏せろ!」
「きゃあっ!?何よ!?」
リョウマはエリィを突き飛ばし、電柱の裏に倒した。そのまま自分は僅かに戻り壁の陰に隠れた。乾いた破裂音と金属同士がぶつかる音が同時に響き木霊する。しばらく音がしなくなったところで、再び逃走を始めた。
「し、死ぬかと思った....さ、サンキューね...!にしても何で分かったのよ」
「俺の人生、敵ばっかだったからさ。背中から刺されるなんていつ起こるか分かんないだろ?天才はそういう所から違うんだよ」
路地を抜けてしまい、リョウマ達はいよいよ敵から好都合過ぎる状況に引き込まれた。ここから下手な動きをすれば、無関係なダイバーを犠牲にしかねない。リョウマは唐突にエリィを抱え込み、表示させたウィンドウに音声入力した。
「えっ!?何する気!?」
「ユニットビルドアップ!飛ぶから捕まってろ!」
「え.....えぇええええええ!?!?」
リョウマのスニーカーの下から同心円状に光が広がる。身を僅かに屈め、地を蹴って一気に跳躍した。悲鳴を上げるエリィをよそに、リョウマは屋根の上に着地して彼女を降ろした。
「本当はやるべきじゃないけど、人間を辞めたようなやつを相手にするなら、こっちも人間を辞めにゃならない.....なぁそうだろ?ジプシー・ノアール」
リョウマが虚空に向かって呼びかけたのだと、エリィは首を傾げた。しかしそれは思い違いだ。道路を挟んで向かい側の看板の上、空間が僅かに歪み光の膜が剥がれ、狙撃手が姿を現した。黒くウェーブのかかった髪に、妖しさが見え隠れする笑み。リョウマの予想通り、ジプシー・ノアールだった。彼女の手にはやはり、やけに大きな拳銃が握られていた
「勘は鋭いのね。何だか色々見透かされそうで恥ずかしいわ」
「知るかよ、お前個人には興味がねぇ!だけど解せないな。一般人を巻き込んでまでただの記者を殺そうとするなんて、正気の沙汰じゃあない。俺を殺すなら勝手にしろ。だけどこの人を殺すのなら許さない」
リョウマの指摘は、ジプシーとしても本当は理解していた。この指示をしたのがグロックだからと言うわけではない。だがやらねばならないだの理由がある。
「ただの記者にそこまであなたが固執するなら、尚更何かあるんじゃなくて?」
「元開発者のコメント一つ取ってゴシップにしたいんだとよ。昔の事だから俺にとっちゃどうでもいいんだが」
エリィはここで初めて気づいた。リョウマは凄まじく嘘が下手なのだ。演技力は結構なものだからそれでカバーしているとしか思えなかった。何しろ路地裏の近くで情報提供しようとしているのを見つけたから、狙撃までしているのだ。エリィは思わず「あっちゃぁ....」と漏らした。リョウマの肩に手を置き引き下がらせた。
「おい、何すんだ!殺されるぞ!」
「ハイハイ、ここはグレートなお姉さん記者に任せなさい....っと。同い年だけどそこは突っ込まなくていいから」
エリィにピシャリと言われ、リョウマは言い返すのをやめた。
「ジプシー・ノアールさん。あなたからも少しお話を聞きたいかな。それ次第で私からも見返りで情報を出しとくけど。ギブ・アンド・テイクって事でどう?」
リョウマがぎょっとした目で見てくるが、エリィは意に介さず目の前の状況に意識を集中させた。記者とて時には上手く嘘を利用しなければならない時もある。エリィも嘘はなるべくつきたくない方だが、こうなってしまっては仕方が無かった。
「話をするくらいなら、あなたを始末した方が早い気がするもの。事実を抱えたまま消えてもらうわよ」
ジプシーは端から聞く耳を持つ気はなかった。殺すのは厭だが、口封じは優先して行うつもりだからだ。エリィもそれを聞いて、さも残念そうに溜息をついた。
「そっかぁ.....それは残念ですね!いやぁ結婚を控えているのに、一度殺されるような経験しなきゃいけないなんて、あの世でしか自慢できないじゃん。結利香ちゃん」
エリィが最後に付け加えた名前に、ジプシーは唇を歪ませた。
(これだから記者は嫌なのよ.....!あなたの様な人達のせいで、人生が滅茶苦茶になった!)
エリィもこの名前を口にしてから、心の内では謝っていた。自分の会社や取材とは無関係の事件だが、ある雑誌の記事が原因で一家を滅ぼしてしまったと言う話を聞いたことがある。事実無根の捏造記事を流布し、日本のジャーナル史における、全くの汚点として広く知れ渡っている。城島 結利香。滅ぼされた一家の、唯一の生き残りたる長女だった。それがジプシー・ノアールの本当の名でもある。これを平気な顔で武器にするのは、エリィとしても心苦しかった。
「そっちが狙ってるのって、水崎夫妻の研究でしょ?確かにそちらは全部知ってそうだもんねぇ....だから水崎さんをずっと消そうとしてた。でもそうした所で何の解決になる?あぁもう、根からお人好しだとこうなっちゃうんだよなぁ.....だから言わせてもらうね。ケースワーカー紛いのことしてたし、あなたの事放っておけないの」
「!?」
ジプシーはエリィがいきなり調子を変えて、告げた一言に耳を疑った。エリィも自分で、結局彼女に対する心配を隠せず口をついて出た本音に、自嘲気味に笑うしかなかった。何だ、仕事じゃなかったら素が出てしまうじゃん。と何処かで安心もしていた。リョウマは何事なのか分からぬまま、エリィを眺めていた。彼の目には、単に演技と取材で得た物を武器にジプシーの情緒に切り込んで行っているように映っているのだろう。長い静寂の後、ジプシーはいきなり空へ発砲して何処かへと走り去ってしまった。リョウマが怪訝そうな顔でその様子を見送るが、エリィはと言うと悲痛さを滲ませていた。
[次 回 予 告]
銃撃から逃れられたリョウマは、パラサイトスパイダーと戦う弘達と無事合流を果たし、再び結束をしたかのように思えた。エリィがようやく伝えた真実が、更に事件の闇深さを彼らに実感させる。そして舞夜を"守る"と告げた少女は―。
次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.18 再結束したTRUST&TRUST
アレに並ぶ化け物になっちまうような奴だ。誰もが怖がるに決まってんじゃないか、ん?