※この作品はR-18です。

創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius   作:JNEXEL

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File.20 PHILOSOPHIAE DOCTORの帰還

「いらっしゃいま...せ......!?」

WE's Coffeeは普段通り穏やかな時間が流れていた。一人店番をしていたウェルスは、意外な来客に目を丸くした。"ブルームーン"の元メンバーで、JOKER事件を共に終息へと導いた人物の一人。グラハムがこの店を訪れたのだ。やはり外見は"ガンダム00"のグラハム・エーカーその物である。

「ほう....あの時の少年か!だとしたら間違いないようだな」

グラハムはカウンターの席に腰掛けると、メニューウィンドウを開いた。

「どうしてここが....?」

「風の噂で聞いたものでな、気になったのだよ。おすすめを一つ頼もうか」

ウェルスはこの唐突過ぎる来客に、思考が上手く働かなくなった。こんな形で再会を果たすのなら、探偵を始めた本当の理由が無くなってしまう。無論それでも問題は無いはずだった。"彼女"の所在が分かっているのならば。

「日替わりブレンド....只今用意します....」

どうしても彼に聞きたかった。"彼女"は無事なのかと。しかしどうしても悪い予感だけが先行してしまい、無意識に口を噤ませる。期待出来る話はこれまでも耳にしなかった。マシンから抽出し終えるまでの時間は、この日に限って長く感じられた。

「緊張する必要もあるまい。普段通りの客として扱ってくれ、マスター」

グラハムは気遣ってそう言ってくれたが、ウェルスの耳に入らなかった。コーヒーを淹れ終え、彼の前に差し出した。

「ミルクやシュガーはどうします?」

「いや結構だ、ありがとう。ところで聞いたのだが、君は"彼女"を追っているそうだな」

やはりグラハムは知っていた。ウェルスはキッチンの奥から椅子を持ち出し、コンロの前に置いて腰掛けた。

「やはり知っていたのですか....誰から聞いたのか、教えて頂いても?」

「リリ嬢からだよ。引退する際に私に寄越してきたので調べたら、確かに事実だった....探偵までしながらと言うのは驚きだったがね。まさか"彼女"を探すためにだとは」

「当然です。二人共深く接して来ている分、余計に....もう誰かが誰かを失うのは御免ですから....」

「ふむ.....であれば、君にこれを託せるようだ」

グラハムはジャケットの内ポケットから、一枚のスカーフを出しウェルスに握らせた。光沢のかかった青味の強い紫の生地に、満月と星を象った金の刺繍。ウェルスは大きく目を見開いた。スカーフの隅には"Rei-BlueMoon"と、銀刺繍で名前が刻まれている。

「これ.....エルがアイツにプレゼントした......何で、ここにあるんだ.....!?」

「最近私の隊のメンバーがそれを見つけてくれた.....私の事をよく知る人物だからすぐに渡してもらえたが、やはり君らとレイの絆の品だったようだな」

コーヒーを啜るグラハムも、表情はいくらか暗くなっていた。その一方で安心もしていた。レイとウェルス達を繋ぎ止める物が残っているのだから、微かにでも希望を持てる。ウェルスはただ、そのスカーフを握り締めた。

(この氷は......まだお前が生きているって事なのか.....教えてくれ、お前は今どこにいる.....!)

スカーフの一部に氷が張り付いていた。まだ冷たいが、溶ける様子もなく昇華さえしない。この氷こそが、レイの生命がまだ消えていない事を示すためのサインだった。

 

羽田空港国際線ターミナル。旅客機が滑走路に着陸し、搭乗口に向けて緩やかに減速しながら接近した。

「久々の日本か....本来なら楽しいはずなのによ」

ややくたびれた感じの男は、タブレットから目を離し窓から見える空港の景色を眺め、憂鬱気な顔をした。

「しかし堂大遠いなぁ〜.....何駅乗り継げってんだ?」

旅客機から降り、ロビーを抜けて地下鉄の改札を通過した。路線図を見ても、日本の地下鉄は目眩がするほど複雑だと思えた。狭い国土を利用するには地下という手段は分からなくもないが、これはやりすぎではと笑いたくもなる。しかし細かく張り巡らされた路線のお陰で、今の日本の社会がスムーズに動いているのだから、馬鹿にはできなかった。

「もしもし。黒浦君久しぶり、カレッジ以来か?そうそう、門松。お前運が良かったなぁ、お前のいる研究室、俺が受け持つ事になってんだよ。その悲鳴が聞きたかったぜ、ははは.....また来週から頼むよ、そんじゃ」

この男の名は"門松 利樹"。先週までGDカレッジとコペンハーゲン大学の講師を務めていた。しかしGDカレッジの閉鎖と、年齢の問題から過ごしやすい日本への帰郷を兼ねて帰国したのだ。無論まだ仕事は出来るので、娘や教え子達に"嫌がらせ"をする為に堂夢大学へ赴任した。今日はその準備の為に、帰国したばかりの足で向かっていた。

「あいつも元気で良かったよ....てっきり口も効いてくれないのかと思ったわ....もう一本連絡寄越しとくかぁ.....忘れちゃいけねぇや」

門松は携帯電話の連絡先を開き、何度かスライドして目的の名前を探した。190件も登録していれば、探すのも一苦労だ。老眼気味の目には堪える。やがて指が止まり、画面の一番上に来た名前をタップした。

「今時間は大丈夫かい?その様子だと俺が連絡寄越すの、分かってたみたいだな」

電話を掛けた相手は英梨だった。

「教授.....!もう日本に戻られてたんですね」

「おうよ。お前に色々任せちまったから言えるんだが、悪い噂を聞いてしまってな....怜、病院にいるんだってな?」

「え.....そうですけど、誰から聞いたんですか?」

ある事が原因で、意識が戻らなくなったレイ・ブルームーンこと久遠 怜は、英梨が知り合いの病院に入院させていた。以前にも別の人間が同じ様な状態になっていたが、その時も英梨が入院させて生命維持に努めていた。しかし怜の事は誰にも話していないはずだった。ある人物を除いては。

「聞いたんだよ、葛城から電話があった。「久遠 怜が閉じ込められた」とさ....JOKERはもう存在しないはずだ、こんな事になる方がおかしい....だからすぐに会わせて欲しい」

「そうでしたか、絢斗が言ったのなら......分かりました。渋谷駅についたらご一報いただけますか」

「了解。助かるよ」

電話を切った。それと同時に電車が到着し門松は時計をチラリと見て乗車する。堂夢大学へ向かう予定は変わり、娘の様子を見てからという事にした。社内を流れる明るい調子の広告音声。本来ならそれを含めて懐かしむ事もできたが、今はそうする気にもなれなかった。

(ZeuS亡き今、ダイバーズは今までに無いほど不安定な状況にある....やっている事は人道に反するとは言え、運営の手腕は確かだったのは事実。アーネストにそれを上回る能力があるとは思えんな......一体何故今、あの会社がトップに躍り出たのか.....恐らく怜が閉じ込められたのも....まさかな.....)

考えを巡らせるが、次から次へと湧き出てくる疑念は尽きることも無く、門松の思考を閉塞させる。突然携帯電話に着信が入り、ヴァイブレータが振動を始めた。電話の主は諒馬だ。門松はすぐにスリープを解除し、応答した。

「水崎か?」

「門松教授.....ハザードシステムについて、何か知っている事はありますか?あれば教えて欲しいんですが」

ハザードシステム。よもや諒馬の口からそんな言葉を聞くことになろうとは。門松は暫く言葉に詰まり、半ば驚いた顔で足元を見つめた。

「神宮寺さんと俺で突き止めるにしても限界はある。俺の事件に関する記憶だって、教授から教えてもらって、情報として保持しています。でもこの先は、そうは行かなくなる可能性があります」

「水崎、堂夢大に来い。手続きはしておく。18時に正門前で、いいな」

やはり事態は悠長に待ってはくれなかった。門松もこの展開は早過ぎると思えた。ハザードシステムに関わる話を諒馬にすべきなのか悩んでいた。舞夜の死を引き起こしたのは諒馬だが、その真実の全てを伝えれば彼はおそらく絶望してしまうからだ。諒馬の類稀なる才能があのような形で、殺人の道具に使われた。そして百崎 翼が仮想世界と現実世界を反転させる、その思考に辿り着いた原点にもなっている。狂気の中に僅かに保持していた"正気の目"で、門松が見た地獄。これを伝えねばならなくなったと言う事は、賭けに出るような物だった。門松の乗った電車は渋谷駅に到着した。門松は英梨に連絡しながら構内を出、待ち合わせ場所となる場所へ歩いた。既に1台の自動車が停まっている。

「教授!こちらです」

英梨が車の中から呼びかけた。急いで助手席に乗り込むと、シートベルトを装着した。

「悪いな.....だけど出来れば経緯を君から聞きたかった」

「私も同じように考えていた所です。でもこんなに早く時が来るなんて....」

彼女の声音からして、言うか否かを今まで迷っていたのを窺い知ることができた。無理もあるまい。門松が怜を保護する為に用意した"ターミナル"が、完成するよりも前に本人が意識をダイバーズの中で拘束されてしまった。そして英梨がこの事を知ったのもごく最近であった。気づけなかった己を呪っていたのだろう。

「黙っていたのは感心出来ない。だが今はそんな事を言っているわけにも行かないんでね....しかも怜の事だ....きっと誰にも悟られないように一人で戦い続ける道を選んだのかも知れない。尤も、本人に聞かなきゃ分からないが...」

「ブルームーン弾圧運動をご存知ですか?」

「聞いたことあるな。何の理由があってか知らんが、何故いきなりブルームーンを.....と多分君は思っているはずだ」

交差点をいくつか曲がり、目的の病院に到着した。車から降りると英梨が受付を済ませ、二人で2階へと上がった。少し古い病院らしく、エレベーターも今のに比べるといくらか前世代的であった。チン、と音がしドアが開く。

「怜ちゃん....最後の最後まで誰にも教えてくれなかったんです。苦しかったって....助けてって....」

"久遠 怜"と書かれたネームプレート。ここが怜の眠る病室だ。スライド式のドアをゆっくりと開き、中へ入ると心電図のパッドと点滴のチューブで"拘束"されたような姿で眠る、怜の姿があった。人工呼吸器はまだ外されていないし、心電図も正常なグラフを映している。何も知らない人間が見れば、一目で植物人間だと思うだろう。

「神宮寺君。ブルームーン弾圧運動について、どれほど調べた?」

「運動の規模がほぼ全てのプレイヤーレベル....しかし騒動を知らない人も多くいて、しかも騒動に発展した理由すら不明。旗艦ブルームーンは墜落、殆どのメンバーが離散してそのまま組織は消滅....唯一残った怜ちゃんは行方不明。後は何も....不確定な情報ばかりで」

「そうだろう。きっとこの事件を調べている人は、どんなに調べてもそこまでが限界だ。だが俺は....この事件もアーネストが関わっているんじゃないかと考えているんだよ」

門松は目を覚まさぬ娘の頬を指で撫で、窓に目をやった。英梨が聞き返すと、タブレットを起動して彼女に手渡した。

「これって....こんな情報、どこで!?」

「君はこのネタを元に記事を書いてくれ。アーネストの中にも、多少はまともな奴がいるという事さ。普通に考えりゃ、強引にも程があるとは思わねぇか?」

門松は過去にアーネストを退職した人物と接触していた。彼自身もまた、ZeuS消滅直後からの自社の動きがおかしくなったのを感じていたらしい。日本にいる限り狙われ続けるとさえ言っていた。ブルームーン弾圧運動の発端はJOKER事件終息後の、百崎 翼と徹・アルマーニュの最後の会合での決定にあったと言う。Evolve.ν-Typeであるレイを利用して、彼らの計画の"保険"とする為にブルームーンを解体に追い込もうと画策していた。しかし翼側はそうするだけの理由が無くなり、単純に壊滅させるつもりで方針を変更した。レイを利用する理由が消えたのは徹側も同じだった。だが何の意味があってか、ブルームーンの有りもしない噂を流しプレイヤー内での嫌悪感情を高めていった。暴動へと発展させた理由を、徹はこう語っていたと言う。「アレらは結局、僕の計画に邪魔だったからね。それに、仮想世界大戦を引き起こす為には、予め火種になるような物を試す必要がある。今回のは小さ過ぎた....でも手応えやデモンストレーションには、十分な成果だよ」と。英梨は目眩がし、思わず椅子に座り込んだ。

「仮想世界大戦.....ですって....!?」

「翼より小規模に聞こえるが、結局は人が死なない程度に愚かな歴史を繰り返させる。何のつもりか知らねぇけどな....。だからレイみたいな奴が邪魔だったんだろうよ....そんで、Evolveは研究が進んだお陰で分かっちまった....アレは、純粋種のイノベイター....その仮想世界版だ」

「怜ちゃんが、イノベイター.....!?」

「どうやらアイツは能力に蝕まれる事なく、また本当に進化したんだな......そりゃ奴らも目をつけて消そうとする.....だがなぜ奴らはレイの能力を知ってたのか....それだけが分からない」

Evolve.ν-Typeの固有特徴として、相手の精神共感能力が存在する。対象の感情に作用するが一度機能すると、相互に働き始める為結果として"解り合う"のだ。更に相手が"能力"を攻撃的に使おうとするなら、そこに対しても抑制する力も備えている。つまり、レイは"戦いそのものを止める"力を持つ唯一の存在へと、昇華していたのだ。絶望を希望に変えた彼女が到達した境地、と言えば分かりやすいだろう。

「だから神宮寺君には、その事実を使って欲しい。君でなければ、世の中を動かす力とはならない、だからこそそれを君に任せたい。その代わりだ....怜や水崎の事は俺がどうにかする。本来俺や水崎が何とかしなきゃ行けなかったんだ....済まなかったと思ってる」

門松の口調が変わった。この時の彼は誰にも止められぬ位の本気なのだと、英梨は学生時代から知っていた。

「お願いします、教授!でも私だってただの記者仕事で終わるつもりはありませんから....!」

英梨が病室を飛び出していき、門松は安堵したようにメガネをかけ直した。

「強くなったなぁ....神宮寺君は。葛城よ、お前の救った女の子が、また誰かを救うんだ....お前の願った通りになっちまったな」

怜に向き直り、髪を撫でながら額に口づけした。もう成人していても、どんなに会えなかった期間があっても、愛しい娘であることに変わりはなかった。

「怜。俺達がお前を必ず助け出すからな....戻って来れたら、また「お父さん」って呼んでくれるか?」

 

堂夢大学正門前。諒馬は門松の言う通り、18時にここへやって来た。しかし門松の姿はどこにも無かった。

「何してんだ教授は....」

呆れ半分に溜息をつき、頭を掻いた。時間が刻々と迫りつつある。ここで足止めを食っていては負けも同然である。

「悪い、水崎。飯食ってた」

ようやく門松が姿を見せた。

「一体何だって言うんですか、いきなり日本に来るなんて.....まさか?」

「お前に話さにゃならんことと、頼みがある....まぁ来いよ。寒いだろ」

諒馬は門松に連れられ、とある研究室に立ち入った。かなりの数のコンピュータと、ガンプラが所狭しと並んだ空間が広がっている。

「仮想世界工学研究室.....最新の学問だ。まさかこういう時代が来るなんて、誰も思いもしなかったよな」

「こ、これだけの設備があれば.....ビルドシステムの調整もスムーズに行く.....ただの大学だと思ったのにやるじゃねぇか!」

やはり本職の事となると、諒馬のテンションも興味もそこへ一直線に集中する。ZeuS在籍時はこの風変わりな振る舞いのせいで、仲間に恵まれなかった。無論諒馬はそんな事など知らないのだが。

「おい水崎....水崎!!戻って来い!パソコンなら後で買い取ってお前にやるから!お前は、もっとやるべきことがあるだろ!?」

門松に叱られるとようやく諒馬は我に返った。「しまった.....すいませんでした.....」

「お前のそういう所は相変わらずだなオイ.....まぁいいや、そこ座れよ」

門松は諒馬を椅子に座らせると、部屋の奥からバッグを持ち出した。中にはノートマシンが入っていた。

「これは?」

「お前が知りたがってたハザードシステム.....その情報の一部がここに入っている。その前に、お前と比良坂君の間に起きた、悲劇を全部教えとかなきゃいけない....全部絡んでるんだ、聞く覚悟はあるか?」

「神宮寺からも似たような事を聞きました。俺の両親が最低の人間だったと言う事なら....」

「そこに拍車を掛ける話だ。ZeuS....いや、お前の家系と百崎の家系も関わってくる」

一体何の話か分からず、諒馬は目を丸くした。どうして自分の水崎という家系が百崎と関係があるのか。門松がこれから何を諒馬に語ろうとするのかも、見当がつかなかった。

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