創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius 作:JNEXEL
グロックは上機嫌だった。鼻歌交じりに地下通路を歩き、実験用格納庫に入る。今日でウヴァルスタークの"アップデート"を完了させられる。そう考えると心が躍るようだ。
「うーん、数値としちゃあ上等じゃないの?やっぱり取引して正解だったぜ。別世界のガンダムフレーム....やっぱり他とは違う!どうよリゲル君、乗り心地はどうだい?」
ウヴァルスタークのコクピットハッチを開くと、リゲルが呻きながら這い出てきた。瞳がやや赤い光を帯び始めたが、顔色はかなり悪い。四つん這いのまま機体から離れると、余程身体と脳に堪えたようで、ゲェゲェと言いながら嘔吐した。グロックはコクピットの汚れを心配してハッチの中を覗いた。
「うへぇ......お前この中でも吐いちまってんのか?最悪だな」
「あ、あんな物......なぜ僕にやらせるんだ.... !!人間に使える代物じゃない.....!ううっ....!」
吐きながらも、ウヴァルスタークの異常性を訴えるリゲル。グロックは「あぁそう」とだけ返しコントロール・パネルを操作した。ウヴァルスタークが電子のゆらめきの中に消え、入れ替わりで現れたのはガンダムフレーム素体だった。リゲルは吐き気を抑えようと口を手で覆いながら、そのガンダムフレームを見上げた。
「何が違うって言うんだよ.....うぅっ...!!」
「構成材料がそもそも違う。コイツを形作ってんのはガンダニュウム合金とVPS回路だ。要するにウイングゼロの部材に、ストライクフリーダムのフレームと同じ機能を持たせた代物だ。普通なら出来やしないものだが、俺はある筋からこれを手に入れて来られた....こいつならハザードなんてものは余裕で耐えられる。おまけに装甲もかなり変えてある」
高硬度レアアロイを芯材に、軽量かつ途轍もない剛性を持つガンダニュウム合金で外周を覆い、更にはVPS装甲を展開可能にする回路を鋳込んだ、まさに究極の堅牢さを誇るガンダムフレームとなっていた。エイハブリアクターにより半永久的に電力は供給されるため、実質的に核エネルギーで動くストライクフリーダムなどと同条件で、稼働させることができる。ハザードから生み出される圧倒的な機動にさえ応えられる、唯一のフレームでもある。そして外部装甲にも手が加えられていた。グロックがコントロールパネルに再度触れ、装甲を出現させた。リゲルには、見た目は何一つ変化していないように見えた。何とこの装甲にはナノラミネートアーマーではなく、ナノスキンが塗布されているのだ。∀ガンダム等、正暦の超高性能機に使われているというそれは、簡易的な自己修復能力を備えている。接近戦を得意とするウヴァルスタークにとっては、守備力を飛躍的に向上させるナノスキンは有用だった。
「ナノスキンを使っちまったんだよ!ま、尤も使える奴じゃなきゃ話になんないがな?ハハッ....安心しろ、お前にゃ使えないし使わせない」
「じゃあなぜ僕に実験をさせた!?」
「お前の動きが不穏すぎるんで、少しでも浄化してやろうと思ってんだよ」
グロックは横目でリゲルを見、「Ciao!」とだけ言い残して去った。しかしリゲルから見た彼の目は、殺しをする人間の眼差しその物だった。
堂夢大学仮想世界工学研究室。門松はここで諒馬にハザードシステムの真実を伝える為、ある物品も持ち込んでいた。それは諒馬がかつて関与した実験の資料だった。
「ここらに関する事を教える前に、お前の家系と百崎の家系の関係を知らなきゃならん」
「俺の家と.............百崎の、関係......!?」
全く予想もしなかった話に、諒馬はたじろぎながらも門松をじっと見た。
「どういう意味なんです、それって....?」
「ちと役所の方に知り合いがいて、調べてもらったんだ。どうも水崎家は、百崎家の分家に当たる関係があるってんだ。要するに枝分かれして出来た家系って事だから、お前からすりゃ百崎 翼はアホみたいに遠い親戚って事になるな」
「な........!?どうなってんだ.....?て事は俺の両親が百崎の事業に関与しようとしたって言う話は....既に出来上がった話って事に....!?」
幼少期から両親が何かに対し奉るような行動をしていたのは、そうした血の繋がりがあっての事だった。その対象が百崎の一家だ。つまり水崎家は初めから百崎家に手を貸していた事になる。諒馬もその流れに結果として与したとしても、不思議では無い。
「一体いつからそうなったんだろうな。多分翼の親父....いや下手したらそれよりもずっと前の代から何かあってもおかしくない。まぁ結局、翼の代で起きたことを除いても、仕組まれた事だってのに変わりはないんだけどな」
「じゃあ.......俺が舞夜を手にかけたのも.....俺が百崎の為にやったってのか.......!?」
以前舞夜の実家の前で英梨と鉢合わせした時、彼女は「比良坂 舞夜さんが命を落としたのは、向こうの連中によって仕組まれた事....だとしたら?」と言っていた。単なる仮定だと思っていたが、門松の話と繋げるとそれがただの説ではなく、事実へと変貌した。諒馬は既に百崎の指示で実験を行い、結果として舞夜の命を奪ってしまったのだ。
「当時のお前は、仮想世界に人間の意識を安全にダイブさせる為の、新理論を実証できると喜んでた。そして今のお前に伝えたのも、そこまでだったな。そんじゃ今からなぜお前がそれをしなけりゃならなくなったのか、それを教える.....結局はあれは百崎にとっちゃ捨て実験だった。基礎理論の方は既に確立されていて、その為の機械も開発済み。お前を危険視して捨て実験をさせたと見ている、俺はね」
「捨て実験だと.....!?」
「聞いてみりゃ、奴らの立場からすれば無理もないって分かる。比良坂君は百崎から酷く疎まれていたらしい。無知であるが故に歯向かったか何かだろうが....しかも行動的と来たから邪魔でしょうが無かった。そんで彼女と仲が良かったお前に、排除させようと考えた訳だ。心から信じているお前を使えば、疑われることも無く手を汚さずに始末できるからな。だからその為にお前がかつて提唱していた理論を使うと、嘘の実験を持ちかけた」
「それで俺は、その実験話を引き受けた....って訳ですか」
「お前の両親と練っていた計画が水泡に帰す前に、邪魔になりそうなやつを消すんだからな。若干のコントロールの中にあったお前は、迷う事なく従っちまったんだ。両親に負けたくないって言う想いを利用された。そして実験が始まった。お前は比良坂君をテスト対象に選定して、彼女も快諾した。その時アイツ、俺にこんなメールを送ってたんだよ」
門松はノートマシンのメールソフトを開き、唯一別フォルダに移したメールをダブルクリックした。
"このメールをご覧になっていると言うことは、きっと私は諒馬さんの実験で帰らぬ人になっているのかも知れません。先週先生にお話した通り、私は社長と諒馬さんのご両親が計画していた事を聞いてしまい、それをきっかけに悪い予感ばかりがするようになりましたし、的中もしました。もう私は恐らく百崎社長によって消されてしまうでしょう。だから今頃になって、諒馬さんの実験が始まったのだと思います。そしてやはり、私が対象に選ばれました。でも彼を止めないで欲しいんです。彼はきっと、この狂気のせいで論理の外にある、正しい物が分からなくなっているだけでしょう。だから私、この実験を引き受けようと考えてます。実験台になって、真実を伝えようと思います。死んでしまったとしても、彼ならきっとその意味を理解してくれるのだと信じているから。私は、結ばれたいと思うほど諒馬さんの事を愛しています。だからこそ、彼の優しくて純粋な心を守ってあげられるように、出来る事をしたいんです。
追伸:もし彼が本当の自分自身を取り戻せたらその時は、先生にお渡ししたUSBメモリを差し上げてください。"
メールを読み終えた諒馬は、体の震えが止まらなくなり言葉を発するのさえ忘れてしまった。
「悪いと思いながら、日本に帰る数日前にそのUSBが入ったポーチの中身を見させてもらった。後で全部渡すが、先にこれだけは見ていてほしい」
門松が差し出した2枚の写真。諒馬は恐る恐る、その写真を手に取る。1枚目は諒馬の両親が、見知らぬ少女を社屋へ連れ込む瞬間が写っていた。これが恐らく英梨の言っていた、「諒馬の妹とでっち上げられた女の子」だ。絶句する諒馬に、門松はこう告げた。
「その子は、俺よりも早くZeuSの異常性に気づいていた奴の娘さんだった.....その子には姉がいたそうだが離別していたようで、別の家に引き取られていたらしい。その子の親は、早々にZeuSによって....後は分かるな。まさに死体蹴りと言わんばかりのやり方だ」
唇を震わせながら、諒馬はポツリと呟いた。まさかこの写真をきっかけに、記憶を取り戻す"パーツ"を拾う事になろうとは思いもしなかった。
「この子は.....俺の妹だと向こうは認識していた.....でも本当は俺の親がでっち上げて、そう言う話にして、ハザードの実験に使ったんだ.....」
「待て、それは今から俺が話そうとした事だ!どこで知った?」
「神宮寺さんが取材した人がそう言ってたとか.....」
「随分と調べが進んでいたのか......だとしたら奴等はもっと早く手を打ってくる.....タイミングが悪過ぎたか」
門松がノートマシンを操作するのを横目に、もう1枚の写真に持ち替える。諒馬はこの写真を見た瞬間、手が激しく震えた。クリスマスの日に撮った写真で、舞夜と諒馬が写っていた。今の諒馬が知る彼女とは違い、マフラーで半分埋もれているもののはち切れんばかりの笑顔で、ピースサインまでしていた。思い出として残したであろう、一種の自撮り写真だった。一方の自分はと言うと、不機嫌そうにカメラを見ていただけである。
「俺は.......この公園を知っている.....」
「だろうな、お前の反応を見る限り確実だ。酷な現実をまた突きつけるが、彼女を殺したのはお前だ。本当はお前は利用されていたとは言え人の命を奪った。それはどうあったって許される罪じゃあない。だがなぜお前はこうして戦えると思う?それが彼女の願いだからだ!お前にダイバーズを守ってもらいたいから命を張ったんだ!それが今のお前の使命だよ....だから絶対にビルドシステムを完成させろ!俺も出来る限りのことはする。だからお前が!お前の手で全てを救ってやれ!お前じゃなきゃできない事だ!」
門松は諒馬に改めて伝える。彼の為すべきことを、そして全てのプレイヤーの願いを。何より、舞夜の想いを。諒馬の視線は写真に釘付けになり、いよいよ震えも止まらなくなった。手の甲に落ちる滴。諒馬が今まで流し方を全く知らなかった物。喜びと怒り以外の感情が、薄れきった彼に再び戻って来たのだ。
「最悪だ.......こんな所で思い出しちまうなんて.......舞夜......舞夜ッ.....!!」
写真を見つめたまま涙を零す諒馬を、門松は何も言わず見守った。思えば彼もまた、諒馬を息子のように見ていた節があったのかも知れない。単なる教え子にしては、放って置けなさを感じていたからなのだろうか。本人にもよく分からないが、娘である怜との最後の会話での一言がそれを実感させてくれた。
『私、英梨さんの事、自分のお姉ちゃんの様に見る時があるんだよね。本当は史佳の、なのにね....でもそれ位、近くに来てくれたんだなって』
あぁ、お前の言いたかった事が今分かったよ。俺も今、コイツの事を息子みたく思ってるんだ。門松は胸の内で答えを出した。立場は英梨に近いのだが、同じようなものである。
諒馬はようやく落ち着きを取り戻し、何とか平静を保てるようになった所で研究室に戻ってきた。
「すいません教授.....情けない所をお見せしました」
「そうか?俺は嬉しかったんだがね....お前昔から人間味無かったからなぁ....論理と科学だけを信じてたのに、今はちゃんと感情思い出せたじゃねぇか」
「そう言ってくれるんですね」
「唯一残った俺の部下だ....互いに正気に戻れたんだし、これくらいは当然だろ?さて、マジな話にしとかねーと時間が勿体ないんで、ハザードの話をする」
門松は資料を諒馬の前に置き、ノートマシンを何度か触った。
「ハザードシステムってのは言ってしまえば、"無理にでも人間を辞めさせる"システムだ。多分そこまでは知ってるよな?で、何でそんなもんが必要だったのかも、見解は一致してるはず。じゃあなんで人間を辞めちまえるのか、そこが気になるはずだな?」
「それは気になる所でした....現実世界にナイトロを持ち込んだ様なアレは...」
「言い得て妙だな。そもそもハザードシステムの着想を得たのはお前の両親でも、百崎でも無い。篠原博士だ」
「篠原博士?」
聞いたことのない名前に、諒馬は思わず聞き返した。
「ZeuS事件最大の鍵と見られる篠原 雫....の父親だ....仮想世界にダイブした人間の脳波からある特殊な傾向を見出した人でな。その分野じゃ俺はその人から影響を受けた。ν-Typeの研究が進んだのもそのお陰だが....まぁそんな事はいい。その人は胎児にある特殊な鉱石を埋め込む実験をしてた。俺もこの石を使って実験をした事がある....思わぬ形で成果を得てしまったが....最悪の結果を招いた。その石がこれだ」
門松がポケットから出した、翡翠色の宝石。中にはヒビのような黄色い筋が走っている。
「エスメラルダ鉱石だ。組成物が全く分からないし、地球にあるのかすらも分からない石。だがコイツにはある特徴があった。人間の脳波を拡張させる作用がある」
「待ってください、ν-Typeって何ですか!そんなの今まで聞いたことが....」
「そうか、知るわけ無いよな。ただ記憶を無くす前のお前は完全に否定してたんだよ、ν-Typeの存在を。まぁ無理もない話だ。たかだかゲームで、人間が進化するなんて話は普通信じる気にはならない」
諒馬はただ目の前の石を凝視して、要領を得ないと言う顔をした。門松は更に説明を続ける。
「だが篠原博士はそれを逆に利用しようとした。石を直接埋め込むやり方は危険だが、ならば別の方法で脳細胞に伝達させればいいんだとね。エスメラルダ鉱石を素子として組み込んだ、回路を使う方法だった.....人間の脳波を増幅させて、"意識を拡張させる"作用があると言ったな?」
「有り得ない.....鉱石にそんな作用があるなんて.....確かに鉱物の中には人間に薬理的作用がある物だって存在します。だけど脳波に影響して、しかも......こんな所まで来てそんなファンタジーが.....馬鹿らしいですよ.....!」
「そうだな、当時のお前も全く同じ事を言ってたよ。だがそれは現実になった。ハザードギアなんてものが作られて、その基盤に使われた。そんで被験者がダイバーズへ飛び込み、仮想世界にも反映させたハザードギアを起動するだけで機能しちまうもんだから、実験は至極簡単に進められた......だがお前の知るとおり、被験者の女の子は死んだ。自分の脳波を何百倍にもして跳ね返してきて、現実の脳に直接情報を逆流させてしまったんだ。普通なら失敗もいいところだよ」
英梨から聞いた話と全く同じ展開だった。ここまで辻褄が合えば諒馬言えど信じるしかなくなる。だが彼の中ではどこかで信じたくないと思う自分もいた。そんなのは科学ではない。ファンタジーだ、と。しかしくどいようだが、これは間違いなく現実なのだ。
「それで、普通なら失敗だった実験はどうなったんです?」
「後は簡単だ。そのデータを集積した物を、百崎に送って当の本人は姿を消した。凍結させたなんて話があるが、冗談じゃない。裏できちんと開発が進んでたんだよ....それ以上の事は知らんが、このままだったら完成していてもおかしくはないよな」
諒馬の脳裏に、パラサイトスパイダーが残した黒い灼けた跡が過ぎった。もしあれがハザードによるものなのだとしたら、既に完成しているのではないか。悪い予感が頭の中を駆け巡った。
「ならハザードシステムは、人間を強制的にν-Typeと言うものにする.....その為の道具だった....!?」
「今の俺にもそこまでしか分からねぇな。資料は皆廃棄されちまったという話だしよ....神宮寺君が一部持ってたが、あれは最終版で証拠としての価値は低い。とは言っても世間に訴えかける分には強すぎるのは確か。さて次はビルドシステムの凍結か....あれは本当に最後の抑止力になるはずだった」
次から次へと門松からもたらされる、真実。諒馬の頭は辛うじて思考を止めるには至らなかったが、受け入れられるのかどうかは別問題である。