創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius 作:JNEXEL
百崎 翼の保釈から丸一日が経過した。奏もそのニュースを見ていたようで、仕事をしている間ずっと気になっており上手く手につかなくなっていた。
「白鳥さん危ない!」
「え.....わぁっ!?」
店内広告用のパネルが落ちそうになり、奏は何とかギリギリのところで押さえた。先輩店員に呼ばれなければ客の頭上に落ちていたかも知れない。助かったとは思うが気分はそこから離れたまま戻って来なかった。
「大丈夫?何か気分悪そうだけど」
奏の顔色が優れないのに気づき、先輩店員が声をかけた。奏は大丈夫です、と力無く笑い脚立を畳んで従業員用のドアのそばに置いた。
「せっかく希望通りにプラモ売り場を担当できたんだから、体調は万全にしとかないと仕事になんないよ?本当に大丈夫?無理だけは止めてよ、カバーできる保証無いわけだし」
「すいません.....今日は早めに上がって大丈夫ですか?」
「分かったよ、僕が後で言っとくから。お疲れ様」
比較的仲のいい先輩と同じ売り場に来れたのは幸運だった。奏は更衣室で制服を脱ぎ私服に着替え始めた。携帯電話には着信が来ていてもおかしくなかったが、特に何も表示されなかった。百崎 翼の保釈と言う大ニュースを諒馬や聡達が見逃すはずはなかった。既に諒馬の方は行動に移ってるのかと思う事にして、店を後にした。一度家に帰りガンプラを用意してから、諒馬のラボへ向かうつもりだった。しかし道中で思わぬ人物に出くわした。その人物とは門松だった。
「久し振り、奏ちゃんで合ってるよな?」
「お久し振りです.....怜のお父様ですよね?あれ、もう日本に戻られてたんですね!?」
「ちと訳ありでな。まぁ歳のせいで海外暮らしも大変になってきたんで、最期くらいは日本で生きていこうと思ったんだ。奏ちゃんあの店で働いてたのかぁ....」
門松は家電量販店の看板を見上げて目を細めた。
「あ、アルバイトですけどね.....しかも私だけって言う....あはは....」
「でも色んな国の人が来る訳だし英語が話せるならちょうどいい感じなんだろうな。これから帰りかい?俺もちと買い物済ませたから帰るところなんだ」
「どちら方面にお帰りですか?また怜の写真とかお渡しできると思いますけど」
斯くして奏と門松は同じ列車に乗って一緒に帰ることとなった。怜の話を聞くたび門松も父親の顔をして愉快そうに笑い、奏もまた彼女の写真を見せるなどして穏やかな時間が流れた。奏の家までの最寄り駅まであと二駅に迫る所で、門松は話を切り出した。
「ここから後5駅先だったか.....怜が入院している病院がある」
「に、入院......!?」
「どうするかは君次第だ。一目見て行くか、このまま会えるようになるまで待つか」
途端に門松の表情に陰りが見え、奏もこれは嘘ではないのだと察した。だが奏はこうなるのでは無いかと、どこかで予感していた。ダイバーズでの交流を絶たれた時から感じていた、漠然とした不安。その正体を確かめないことには、自分のやるべき事がハッキリしなくなる。
「分かりました。私も連れて行って頂けないでしょうか、怜のいる病院に」
「君のいいところは覚悟の決める速さだ。しかしそれは弱みでもある.....本当にいいんだな?」
「もう私は一歩も引かないつもりですから」
明らかに他の乗客らとは浮いた雰囲気だが、奏は一切気にしなかった。怜が生きているのかどうか、それを知る事こそが最優先なのだ。門松は多少驚きながらも、奏の「一歩も引かない」と言う発言の意味を測りかねた。
「奏ちゃん。一歩も引かないってどう言う意味だ?」
奏は膝に乗せた手を眺め、躊躇を振り払うようにゆっくりと首を横に振り、門松に向き直る。
「私....今は水崎さんと一緒に、アーネストと戦っています。怜を助けるなら、それが一番の近道だと」
「君が、か....!?水崎って....もしや水崎 諒馬では....!?」
「はい、水崎 諒馬さんです」
門松にとってこの事実は寝耳に水もいいところだった。まさかJOKER事件に関わっているとは言え、一般人でしかも被害者を協力者に取り付けたとはどういう事なのか。この直前にも、同じような話を弘からも聞いていた。利害関係の一致なのはすぐに判明したので、特に気にしなかったが奏の場合は話が違う。
(あの筋肉バカ何で教えてくれなかった....!)
既に最悪の状況と言うべきか、諒馬の手を選ばぬやり方は何一つ変わっていなかった。これでは小を切り捨て大を取るやり方。いずれ破綻してしまうのは目に見えるではないか。
「奏ちゃん、君はもう水崎達に関わらなくていい。酷かもしれないが、怜が帰ってくるのを待つのだって1つの戦いなんだ....」
「いえ。私は水崎さん達と一緒に戦うって、ずっと前から決めてました。今更それを捨てるなんて、私にはできません。仲間を放っておいて一人でただ祈るだけでは、何もしていないのと同じ....私、怜にきちんと見てもらいたいんです。私の覚悟を」
奏は強い眼差しで門松を見つめた。ここまで強い娘だったのか、と門松は戸惑いながらも言いようの無い悲しさを感じる。
「その決意は、真に強い心が無いと出来ないものだ........あの戦いを乗り越えたから、そう思うようになった、とかなんだろう」
「本当は今も怖いんです。何が起きるのかも分からない、何が本当の敵なのかハッキリしない。怜の事は全く分からない。私も本当は臆病だから、それを隠したくて見栄を張って....強がっていただけかもしれない。でも、最近気づいたんです。そうじゃない私が居るんだってことに」
かつての仲間と再会し、彼らは今をどう生きているのか。それをこの目で見た奏は、自分が本当に何をすべきで、何を守るのかを見つける。そう自分に課したのである。怜を救う事は第一に考えたいが、心の何処かではそれすらも超越した理想を求めるようになっていた。きっとそこに自分の目指すべき何かがある。ならばそれが見えるようになるまで、心でも何でも強くなりたかったのだ。
門松と奏は、怜の病室にやって来た。一足先に弘が来ており、暗い面持ちで眠る怜を眺めている。ところが門松が到着したのに気付くと、普段通りの顔に戻って椅子から立ち上がった。
「うっす、先生....あ....奏ちゃん??」
「常岡さん、こんにちは」
奏は門松が持ち出したパイプ椅子に座り、眠っている怜をじっと見つめた。心電図は正常で寝息は深く、何も知らなければただ寝ているだけにしか見えない。しかし触れても何の反応もしないという事は、やはり彼女の意識はダイバーズの中に閉じ込められているのだと、つくづく思い知らされる。
「怜......」
「この人も、望と同じでダイバーズに閉じ込められてんだってな......奏ちゃんも同じ思いしながら戦っててよ....言い方分かんねぇからそのまま言うけどよ、安心した....俺だけじゃねぇんだって」
弘も怜に視線を移し、彼なりに言葉を選んで見たが結局そのまま口にした。しかし奏も彼の意図は汲み取っており、「はい、一人じゃありません」と微笑んだ。
「奏ちゃん、常岡。多分二人と同じ思いしてる奴は、きっとごまんといるんだろう。ZeuSのやって来た事は、ハッキリ言ってテロそのものだ。血を流さぬが尊厳を見事に奪うテロだ。水崎と比良坂君や俺が全てを終わらせるために動くのは、義務だから当然だ。けど水崎と比良坂君だけでは間違いなく、奴らを止められない。人としての純粋な力が無いとな....だから改めて俺から君達にお願いしたい」
そう言うと門松は立ち上がり、二人に向かって頭を下げた。
「アイツに....水崎に力を貸してやってくれ...頼む....!現実での事は俺や神宮寺君で引き受ける!」
奏も弘も鳩が豆鉄砲を食ったような顔で門松を凝視した。だが二人とも顔を見合わせて笑うと、門松を呼んだ。
「そんなの分かってるっすよ!諒馬の奴、俺らがいねぇと勝手に思いつめて自滅しそうだしよ!なぁ奏ちゃん!」
「はい。皆、想いは同じです。今度こそ、皆でダイバーズを取り戻しましょう!」
「.....そうか、そうか.......やべ、歳かよ涙腺が....」
門松は不思議と泣いているのに気づき、笑って誤魔化しながら悟られぬように拭った。そうか、怜と諒馬には見ない内に本当に心強い味方ができたのだなと、胸の内から有難がった。
「奏ちゃんの友達すっげぇ美人だなぁ....あれで同い年ってマジかよ?なぁ今度紹介してくれよ!」
ラボへの道中、弘は怜の顔を不意に思い出し奏に紹介してもらおうとするが奏は力無く笑い、それを断った。
「怜にはもう相手の人がいるんですよ?今は海外にいるみたいだけど、近いうちに戻って来て一緒に暮らすって言ってました」
「何だぁ、そうだったのか....」
「その勢いで私に言っても無駄ですよ?」
「酷えな.....」
そしてラボの地下室のドアを開いた。諒馬は先にダイバーズに向かったらしく、二人の来訪にも気がついていない。奏も弘も手早く準備を済ませ、ダイバーズへと飛び込んだ。
交流広場第2区画。中心部から離れた所にある石畳の公園で、例のナイフを持った少女が一人寂しく座り込んで水面に映る、自分の顔を眺めていた。眼鏡をかけてこそいるが、酷く窶れた顔をしている。紫のフードは頭の所だけ下ろし、やや乱れた黒い髪を日の下に晒した。少女の目線はやがてナイフの刃先に向けられ、唇をきゅっと結んでそれを見つめた。
(こんな時、ハジメ君ならどうしてたのかな......あんなに側で見てきたのに、今じゃ全然分からない.....)
自分の名前を封じて、ある集団の中で生きてきたが結局満たされる事なく失意の底に落ち、そしてあの憎きZeuSの人間と出会ってしまった。復讐を果たす絶好の機会だと言うのに、あの場にいた男と女は、自分だけでなくダイバーズの全てを救うと語り、惑わせてきた。何が傷の修復か。何が関わってしまった人を救う、だ。そんなのは今更やっても、後の祭りにしか過ぎないではないか。もう彼女には、在りし日の想い人しか信じられるものが無い。だがあの女に、機械のような女に訴えられた一言で全てがまた崩れようとした。思い出す度、少女は奥歯を噛み締めた。
「何が....."善意で変わる事もできる"だ.....!世界はそんな綺麗事じゃ、何も変わらないって言うのに........!」
「そう、そんなんじゃ世界は変われない」
突然背後から声がし、少女はビクリと身を震わせて振り向いた。白緑色の髪をした、中性的な風貌の男が立っていた。少女は彼を認めると、慌てて立ち上がりペコリと頭を下げた。
「と、徹さん.....すいません、情けのない所を....!」
慌てて謝辞するが、徹は柔和な笑みを浮かべて彼女の髪を撫でた。
「気にすることは無い。あれは必要な接触で、僕が仕組んだことだったのさ。君をあの場に向かわせて、わざわざ見つけさせたのだからね。しかしこれでハッキリしたはずだ。君が倒さねばならぬ敵と言うのが」
「はい.....!必ずや、討ち取って見せます....!ダイバーズの新たな時代を開くのは、私達です」
「その心意気、僕は気に入ったよ。そうだ、そんな君にこれをプレゼントしなくてはね」
徹はポケットからシリンダー型のデバイスと専用のソケットを手渡した。シリンダーの中には黒い霧のようなものが入っており、その奥からは赤い光が鈍く点滅している。
「ハザードシステム。君になら使いこなせる。僕の期待に答えてくれるかな、エミ・アルファインス」
徹から期待の眼差しを向けられ、エミは力のこもった返事をした。そうだ、この力さえあれば、ZeuSの亡霊共を一掃できる。ハザードのシリンダーから伝わる"何か"を感じ取って、エミの感情は高まり始めた。
ダイバーズに来てからすぐ、弘は何かを感じ取り足を止めた。ここ最近の彼は、ダイバーズにいる間頻りに何かが頭の中に流れ込んでくる感覚に襲われ、常に気持ちの悪さを抑え込みながら戦っていた。
(こないだもそうだ....俺どうなっちまったんだよ?何でこんなに気持ち悪りいんだ...)
弘の様子が気になり、スワンが顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?具合悪そうですけど....?」
「な、何でもねぇよ。俺はこの通りピンピンしてらぁ.......」
しかし、この感覚は全く気の所為とは言えなかった。何かが"視える"。背筋が凍るような悪意が弘の目に映る。これが諒馬の言っていた超感覚なのか。そう考える間もなく弘の手は無意識にウィンドウに触れていた。
「行くしかねぇ....!」
「え?何処へですか....常岡さん?」
スワンが何事かと聞くが、弘は答えることなく何処かへと転移してしまった。すぐさまログインステータスを確認してみると、どうやらバトルエリアに移動しているらしい。スワンは戸惑いを感じながらも、彼の後を追ってバトルエリアへ向かう事にした。
「まさか.....あの人も.....ウェルスさん達と同じ...!?」
弘はドラグハートを出撃させ、先程から感じる悪意の正体を探り始めた。微弱な頭痛も起こしていたが、目の前の事に集中していれば特に気にならない。
「な、何だこれ.......」
鉱石の採掘場跡のようだが、そこかしこに転がるMSの亡骸を目に弘は戦慄した。ただのオブジェクトなどではない、つい先程まで動いていたであろうMS達である。その証拠に数秒後には電子の波の中に消えて無くなった。ドラグハートを降り立たせ、そのまま歩き出した。何かが助けを呼んでいる。何となくだが、やるべき事は見えていた。鉱山の中へと足を踏み入れ、ドラグハートは自動でデュアルアイを点灯させる。光と揺れに驚いた蝙蝠共が蜘蛛の子を散らす勢いで飛び去った。やはりこの鉱山の中でも、MSの亡骸が転がっている。
「何で俺、迷わねぇで歩けるんだよ.....奴の居場所まで何となく行けるって思っちまうし....おい!?」
弘は吹き飛ばされるMSを目撃し、ドラグハートを急行させた。壁に激突してそのまま地に伏そうとするそれを受け止め、安全な場所へ運んだ。
「お前大丈夫かよ!?何があった....!?」
"Gレコ"にてマスクの最終搭乗機として、ジット団よりもたらされたMS―カバカーリーだが、全身に溶断の跡が見られ、特徴的な肩のバインダーは損失しており、挙句膝の追加装甲に至っては関節ごと消えていた。弘は目の前の機体がどういう物かは知らないが、悪意の正体が如何程の力を持っているのかは粗方予想がついた。
「に、逃げろ.....奴に、殺されるぞ....!」
「そう言われても引けるかよ。誰かが傷ついてんの見て放っとくなんてな、俺にはできねぇ」
弘はカバカーリーのダイバーに交流広場に逃げるよう促し、ドラグハートを立ち上がらせた。その瞬間何かを破壊しながら移動する音が聞こえ、思わず身構えた。鉱脈への入口を封鎖する鋼鉄製の扉が膨張するかのように歪み、そのままけたたましい音を立てながら砕け散った。土煙が坑道の中を覆い尽くし、その影を見て弘は「お出ましかよ」と悪意の正体を悟る。黒い霧を纏った白の巨躯が煙の中から現れ、赤く灯るモノアイがドラグハートを睨んだ。敵を目視すると腕のビームガンを向け容赦なく頭目掛け狙撃してきた。ドラグハートは両腕からプラフスキーフィールドを展開、ビームを防ぎながら吶喊する。
「テメェがこんな事をやった奴かッ!!」
ドラグハートが右腕に炎を纏わせ、渾身のストレートを放つ。しかし黒い霧を纏う巨躯は予備動作もせず、ドラグハートの拳を避けて背後に回り込み、両肩のバインダーとフロントアーマーからビームサーベルを発振させた隠し腕を伸ばし、羽交い締めにした。弘は予想外の速度に面食らい、反応が遅れた。
「あ、あんなデカい癖に.....!!うわぁっ!?」
ドラグハートが振り払おうと藻掻くがそれを意に介さず、巨躯は壁に向かって直進、ドラグハートを盾に突き破った後に蹴り飛ばして地面に叩きつけた。ドラグハートは地面を数メートル滑った所で、目の前の岩を掴んで制動をかけて起き上がり体勢を立て直す。しかし左右を陣取ったミサイルが直撃し再び転倒させられた。
「何だよ一体!!どこから攻撃してやがんだアイツ!!」
黒い霧が僅かに薄まり、巨躯の姿が一瞬だけだが弘の目に映った。丁度最近、奏から教わった機体と見た目が瓜二つである。
(あれって.....クシャトリヤって言う奴だよな!?けど何か見た目が色々違うじゃねぇか....?)
ドラグハートのモニターには、"クシャトリヤ コープスブライド"と表記されている。そう、舞夜が取り逃がしたクシャトリヤだったのだ。そして、その担い手はE-002。元の名はエミ・アルファインス。赤い光に包まれたコクピットに鎮座するエミは、昏い瞳のままモニターを見つめ機械的に操縦している。しかし窶れた顔は更に酷い有様になっており、もはや死人も同然の肌の色であった。もうそこには、普通の少女など存在しない。ドラグハートは壁を駆け上がりながら真横へ飛び出し、もう一度拳を叩きつけんと接近する。しかしコープスブライドは膝からも隠し腕を伸ばし、先端部からハイパービームジャベリンと同形状のビーム刃を振り上げて拳と打ち合い、バインダーに再度ビームサーベルを形成、真上から串刺しにせんと振り下ろした。ところがドラグハートはそれを見切ったのか真横に飛び退いて躱し、回り込んで蹴りを見舞った。コープスブライドも素早く反応し、空いた隠し腕でドラグハートの足を掴みぐるぐるとスイング、遠く離れた壁に向けて放り投げた。壁に僅かにめり込み、落下を余儀なくされるが運良く膝をついて着地は出来た。しかしこれで大きく距離を取られてしまい、この戦場はコープスブライドの独壇場となった。
「畜生ッ......どうなってやがんだよ!全然攻撃出来ねぇッ.....!!うぉわっ!?」
音も無く頭上に取り付いたファンネル達が、一斉に火を噴いた。ドラグハートは咄嗟に前転して回避するが、それよりも速くコープスブライドがビームガンを放ち、逃げ場を封じ込まれた。左へロールして何とか被弾だけは避けられたが、己の身体以外の武器を持たぬドラグハートにとって、最大の不利である事は変わらない。ストームブレードを使おうにも、精々格闘の間合いからほんの少しリーチが伸びるだけで、コープスブライドの様な遠距離攻撃を強みとする機体に対して、牽制にもならない無用の長物となる。やはり近づかなければ効果は有っても無いようなものである。ならば近づく為の方法を考えるしか道は残されていない。ファンネルの嵐を掻い潜りながら、弘は必死に考えを巡らせる。頭を使うのが苦手だが、今はそうも言ってはいられなかった。
「このウザってぇのどうにかしねぇと!近づけねぇ!!」
不思議な事に、弘から焦りが消えていた。ファンネルの軌道を読みながら的確に拳をぶつけ叩き落とし、見事にコープスブライドへ接近する為の条件を満たしつつあった。天井へ向かって飛び上がり、残ったファンネルを引き寄せると壁を蹴りつけて急角度で曲がり着地した。ファンネル達は急制動をかける前に天井を砕いてしまい、再追跡までに若干のタイムロスが生まれた。ドラグハートは即座にダッシュし、火炎を纏った右足で蹴りを放ち、コープスブライドを撥ね飛ばした。がしかし、コープスブライドもバインダーにビームシールドを発生させており、またしても決定打とはならなかった。そして恐るべき事が起きてしまう。コープスブライドが胸部のメガ粒子砲を解き放ち、エネルギーの渦を放出した。瞬く間にメガ粒子の奔流はドラグハートを呑み込み、壁諸共鉱山を貫く。万事休す、そう思われた。
「俺はまだ、終わってねぇぞッ!!」
何とドラグハートはメガ粒子砲の中を突き抜け、炎の嵐を纏ったストームブレードでコープスブライドのバインダーの一つを斬り落としたのだ。実は直撃の瞬間、ドラグハートの機能が新たに解放されていた。それは、プラフスキーフィールドの全身同時展開である。今までドラグハートは、片腕のみや片足のみと言った場所を限定してのフィールド展開しか出来なかった。しかし、諒馬が弘の成長性を見込んでドラグハートを設計している。つまり、弘自身が更に機体のポテンシャルを引き出せるようになって、ドラグハートもまた機能を一つ彼に使わせるのを認めたと言う事になる。コープスブライドが反撃に出るべく、ビームサーベルで応戦するがドラグハートの攻撃を見切れず、顔面に回し蹴りを差し込まれ、更には青い炎を纏う掌で胸ぐらを突き破られてしまった。
「へぇ〜.....ドラゴニックフィンガーってんだなこの技ぁ!!!」
ドラグハートのドラゴニックフィンガーでコープスブライドは、黒い霧を噴出し切って四散した。ところが、勝利した弘は妙な後味の悪さを感じて素直に喜べなくなっていた。
「一瞬何か聞こえた.......コイツ、心の奥底で、泣いてたってのかよ.........自分の機体を怖がってんだな...畜生!何で俺に分かっちまうんだよ!!どうなってんだよ俺はぁ!!」
四散したコープスブライドの亡骸が消えゆくのを見ながら、弘は奥歯を噛み締めた。自分に起きている変化への戸惑い、そして相手の感情が流れ込んでくる事への恐怖。これが諒馬の言っていた超感覚の正体ならば、不運にも程があろう。弘はその場に座り込み、頭を抱えた。
アーネスト、高層階のある部屋に結利香は招かれた。ここは徹の計らいによって、翼の使用が許されており、既に重役の部屋を思わせるような内装を施していた。これが拘置所の中にいた人間にできることなのか、結利香は理解できなかった。
「私に何か御用があるのでしたら....」
来てから数分程、言葉も交わさぬまま沈黙だけが流れた。異様な雰囲気を持つ男とは、あまり長く居たくないが立場では彼の方が上だ。勝手に切り上げて帰ることは出来ない。翼も彼女の今の一言で思い出したかのように、窓の向こうの景色から目を離した。
「あぁ、済まなかった。君を呼んだのは、君に1つ頼まれてほしいことがあるからだ。どこか好きな所に座りたまえ」
「頼み、ですか....」
結利香は翼に促されるまま、少し離れた所のテーブルについた。相変わらず、この男は癪に障る人間だと思いながらではあるが。翼は机に肘を付き、指を組んで彼女に視線を向けた。
「私はこうして社会に舞い戻る事が出来た訳だが、財団は恐らく私の存在を抹消しようと画策するだろう。風の噂ではダイバーズその物に傷を付ける輩が出てきたそうだが....私が思うに財団が仕向けた連中であろう。そこで、だ....財団から来ている君なら、奴らを阻止出来ると見ている。君の持つ能力次第では、難しい話ではないと思うが....どうかな」
結利香は翼の話を聞きながら、どうにか顔には出さず辞退できまいか考える。ユピテル財団から派遣されて翼とその配下にいる人間達の監視をしている、その事まで彼は知っていたと言うのだろうか。財団も結利香も、それを匂わせる行動は取っておらず、何が原因か推し量れない。むしろ翼にはそれを見抜くだけの洞察力があると見る方が、余程自然に思えてくる。
「何故私が財団の人間だとお思いになったのですか?ただの女でしかないのに、そう言うふうに見えます?」
「ただの女であるなら、こんな物を用意するとは思えないが」
翼が壁にかけられたスクリーンを指差した。純一の姿が映り、結利香は怪訝そうにじっとスクリーンを見る。
「城島 結利香。これは私の車から見つかった盗聴器と、GPSだ。そして、これが我々で使っているオフィスのコンピュータに仕掛けられた、ウイルスのファイル。単なるスパイウェアだったので発見も対処も簡単だった....まさか君が、我々に背く真似をするとは」
純一がカメラを下に向け、机の上に置いた品物をアップで映した。自家用車用の芳香剤に偽装された盗聴器、そしてシガーソケットチャージャーに扮したGPS発信機。更にはモニターのど真ん中に"Venetiss_Startup.exe"と言うフォルダが置かれていた。
(なるほど、カマをかけていた訳じゃないのね)
結利香はこう言う時こそ冷静に捉える。確かに純一が見つけて来たのは、結利香が仕掛けた物に相違ない。しかしどれも彼女自身の仕事には余り寄与しない形で、仕掛けていたのだ。つまり本命となる物は、もっと別にあると言うことだ。
「随分と目ざといのですね?でもそれで私を糾弾したとして、あなた方は財団にも牙を剥く事になるのだと、理解していまして?」
「この場になって開き直る気か」
「残念ですが、財団はすでこの件から手を引いているのでしょう。まだ動いていれば....まだ有効に機能していれば、百崎さん。あなたの保釈は夢のまた夢になっていたのですから」
眉を顰める純一をよそに結利香は席を立ち、翼に向き直った。"核"となる物は既にこの手の中にある。そして、自分の中にある正義に従って生きていられるなら、どんな物を失おうが構わない。だが翼は表情一つ変えないどころか、口許に笑みを浮かべていた。
「しかし君は、一つ大きなミスを犯している。何か分かるかい?」
ゆっくりと歩み寄り、結利香の耳元で囁く。それも女の心を溶かす、甘く優しげな声で。それとは裏腹に、結利香は背筋が凍る感覚に襲われた。しばしの間を置き―。
「君が神宮寺 英梨とコネクションを持とうとした事だ。実は初めから私は分かっていたのだよ、君がユピテル財団から遣わされた事をね。しばらく泳がせていて正解だった。しかし哀しいかな....こうまで分かりやすくしたと言うのに、気付かんとは.....」
翼は言い切る直前にわざとゆっくり続け、結利香を押し退けた。硬直する結利香を横目で見、銀のボールペンをノックした。次の瞬間、結利香は心臓がバクンと強く拍動するのを感じるのと同時、意識を失ってその場に倒れた。本人は知覚したか否かは定かでないが、背中にも何かが刺さっている。翼は伏した彼女に歩み寄り、背中に刺さったものを引き抜いた。カプセル剤サイズの容器の先端から、針が伸びている。麻酔弾である。
「やはり2段構えでなければ確実な安心にはならんようだな.....しかしこれで、背信する者は居なくなったのだ。よくやってくれた....」
翼の視線の先には、半端に開いたままのドアがあった。