創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius 作:JNEXEL
翌日。紗綾は少し早起きしてメイクをしていた。とは言え少し肌を明るくする程度のナチュラルメイクである。ユウも起きて来たが、徹夜明けなのか酷く顔色が悪かった。
「おはよう....珍しく早いな」
「うん、ちょっと憧れの人に会えるから楽しみでね!ユウはちゃんと朝ごはん食べてよね?用意してるから!」
「いつも悪い....」
「もう完全に通い妻だよ?私はそれでもいいけど、ユウだってちょっとアレでしょ?」
ユウが気まずそうに頭を掻きながらカーテンを開ける。紗綾は勝手に設置していたケースから、シュシュを取り出しては眺めた。
「ねぇユウ?どっちがいいかな?」
「俺に聞くな....そう言うのは専門外だ」
「少し位生の感想寄越してよー....あぁちょっと
、また寝るの!?朝に弱すぎなんだから、もう!」
むくれる紗綾を他所に、ユウはドアを閉めて椅子に腰掛けた。机の上にはアストレイノワールDがあるが、探偵用にこしらえた武装を外しており、隣の机では組み立て途中の新型武器が置かれている。ユウが徹夜をしていた理由が、その武器の製作にあった。武器のシルエットはユウらしく大剣だが、やはり彼なので多数のギミックを仕込んでいそうな分割がなされていた。
(.....まだ、何かできるはずだ)
モニターの電源を入れると、3DCGで描画した設計図が表示された。ユウは趣味でCGモデルを使ったガンプラ設計をしているため、この様な作業は得意である。しかしかなりの数の可動部位を作ったせいで、徹夜明けの目には堪えた。いくら若いからとは言え、コンディションが悪いとまともに動けないものだ。だが聡も同じ様に新型を用意しているはず。そう考えると悠長な事はしていられない。怜の救出もかかっている。絶対に下手な物を用意する訳にも行かず、その懸念が自然と作業の手を進ませた。
「奏ちゃん、駅で待ち合わせしよう?私も今出るから。うん、うん.....そっかぁ....じゃあ私が先に行っちゃうね?」
紗綾は奏に電話しながら家を出た。朝の澄み渡った空気は、眠気を完全に吹き飛ばしてくれる。久し振りにヒールを履いたが、特に歩きにくさを感じることも無かった。
「本当の用件は違うけど、楽しみだなぁ....斐賀 那由多さん」
昨日、英梨から接触を持ちかけられた斐賀 那由多なる人物は、紗綾が本格的に演奏者としての道を志すきっかけとなっていた。自分とあまり歳の変わらない女の子が、小学生でありながらプロのピアニストとして活躍していると言う話を聞き、当時の紗綾は素直に尊敬してフルートの勉強を始めた。実は一度会った事があるのだが、その時に言われたのはフルートではなくバイオリンで才能を発揮出来る、という事だった。試しに弾いてみたところ、予想以上に演奏できた為驚かされたのだ。3駅程電車に乗り、辿り着いた先はやや小ぢんまりとしたホールだった。
「こ、ここかぁ.......緊張してきた.....」
紗綾は恐る恐るドアに手をかけ、開いた。足を踏み入れた瞬間からピアノの繊細な音色が聞こえ、紗綾の緊張は高まる。
(これ......"ふたりのまほう"だ......ガンダム、知ってるんだ.....?)
2秒もしないうちに紗綾は、流れているこの曲がどういう物か察知し、遠目にステージを眺めた。紫の美しいドレスを纏った女性が、ピアノを弾く姿は紗綾の記憶とぴったり合致する。間違いなく、斐賀 那由多その人である。演奏が終了すると、遠くから小さな拍手が聞こえ那由多はそこへ目を向け、椅子から立ち上がり深々と礼をした。
「奏花....紗綾さんですね?お待ちしておりました。斐賀 那由多と申します」
紗綾はドキッとしながらもステージの前まで歩き、那由多の姿にも見入った。とてもほぼ同世代とは思えぬ程の美貌に、清楚さと妖艶さが見事に調和の取れたドレス姿は、誰が見ても憧れるであろう。ダークブラウンの髪を束ねて、肩に乗せていると言うこともあってか、ますます歳上に見えてしまう。
「斐賀さん.....やっぱり凄いです。とても歳が近いなんて思えません」
「奏花さんも、あの時から如何ですか?バイオリンを触ってみたと言うのは、お聞きしておりますが」
那由多の丁寧な物腰にますます紗綾は魅了され、すぐに言葉が浮かんでこなかった。頭をフル回転させて捻り出した答えも、かなり辿々しくなってしまう。
「えと......はい!思ったよりも上手く行ったので......今はバイオリンも練習してます....!」
「それは良かったですね。奏花さんは、きっとバイオリンも似合うと思ってましたから....それでは、1つご一緒していただけますか?」
「は、はい....!?私なんかで、いいんですか....?」
「むしろ奏花さんだからこそ、ご一緒に演奏したいと思っておりましたから」
と、那由多は微笑んでバイオリンと楽譜を紗綾に手渡した。バイオリンも手入れが行き届いており、美しい木目と弦に紗綾は吸い寄せられそうになる。
「これ。ヴェルディの、"木星".....ですよね?」
紗綾が楽譜に目を通しながら、那由多に振り向いた。那由多は柔らかな笑みで頷き椅子に腰掛け、ピアノを軽く弾いた。
「私、"木星"が好きなんです。雄大でありながら、優しさもある....そんな所に惹かれて、自分でも楽譜を作る位に、気に入りました。その楽譜も、ピアノ版に合わせてご用意しました」
「そうなんですね.....でも、那由多さんピアニストなのに、バイオリンも出来るんですね....!」
「それが、一度も弾いたことがないのです」
クスリと笑う那由多に、紗綾は驚愕した。一度も弾いたことが無いと言うのに、目の前にある楽譜は読みやすく、今の紗綾でも十分に演奏できると思わせる出来であったのだ。
「ど、どうして......!?こんないい楽譜.....今まで見たことないですよ....!?」
「大体の楽器って、同じ曲を同じ様に捉える事ができるんです。それに演奏したいと言う心があれば.....自然とできてしまいます。他の方は絶対に無理だって仰りますけど、私は出来ると思っています。さぁ、そろそろお話しましょう。奏者には奏者にしか出来ないやり方で」
「はい!頑張ります.....!」
紗綾と那由多の心が音符に乗せられ、空間を満たしながら交わる。自然と調律が重なり、"木星"の雄大な音色が響き渡った。二人とも喜びと安らぎに満ちた表情で、音を奏でていく。これが演奏者にのみ許された、心の交わりである。紗綾は生まれて初めてその感覚を味わい、胸が幸福で満たされた。遅れてやって来た英梨と奏も、入口のドアを静かに閉めて聞き入る。
「やっぱり呼んどいて正解だった」
英梨が奏を挟む形で席の背もたれに手をつき、ステージの上で演奏する二人を眺める。何の前触れもなく抱きしめられる奏は、戸惑いがちに顔を赤くした。そして曲が終演すると拍手を贈りながらステージまで歩いた。紗綾は目を丸くして二人を見ながら、バイオリンを那由多に返す。
「いやぁ〜素晴らしい演奏じゃない!流石紗綾ちゃん、やるぅ!」
英梨がウィンクしながらサムズアップしてみせた。奏も可愛らしく拍手して、紗綾の手を握る。
「紗綾ちゃんって....バイオリンも得意だったんですね....!」
「出来ちゃったね.....この方のお陰でそっちに転向しようかなって決めたし...」
那由多が3人のもとに来、英梨と奏に深々と礼をして自己紹介した。二人もそれぞれ挨拶し、ステージの奥にある控室に向かった。
「白鳥さん....強い意志をお持ちなのですね。小さくて可愛らしいのに、その目は他の人よりも強さがあるなんて....羨ましい」
いきなり那由多に見つめられ、奏は力なく笑う。背の低さはどこに行っても必ず言われるが、強い意志がある等とは全く評された事がなくどういう顔をすればよいのか、悩んでしまう。
「根は臆病ですから....せめて少しは強く在りたいって....ごめんなさい、上手く言葉が出て来ません....!」
「いいんですよ。まだ若いのですから、そんなに気にしなくて....白鳥さんは中学生なのでしょう?」
那由多の一言に、その場の空気が凍りついた。もっとも、奏はやはりかと内心悲しくなり肩を落とした。
「ごめんなさい、斐賀さん.....私21なんです。成人しています.....」
「え!?そうだったのね.....!?失礼致しました...」
「まぁ〜奏ちゃんいいじゃない?若く見られるってそのうちいい事だって気づくし?」
英梨はにこやかに言うが、奏にはその笑顔が恐ろしく見えた。控室に入ると、男が現れてお茶を淹れてテーブルに並べていた。那由多が「夫です」と紹介すると、男は3人に向き直って軽くお辞儀をした。
「夫の隆行です。今日は妻の為にお越しいただきありがとうございます」
「神宮寺 英梨と申します。今回は取材にご協力頂きありがとうございます....あのこれ、よろしければ」
英梨と隆行が名刺交換をしている間、紗綾達は那由多に促されソファに座った。
「素敵な夫さんですね!凄く優しそう....!」
紗綾が余りに素直に評するので、那由多は思わず照れ笑いをしてしまう。奏も微笑みながら紗綾をちらりと見た。隆行にも聞こえていたらしく、夫婦揃って嬉しいやら恥ずかしいやらの笑みを浮かべた。
「私には勿体ない位の、素敵な方です。隆行さんのお陰で私は....こうして自由に生きられるようになったものなので、感謝してもしきれないです」
「私と少し似ていますよねぇ.....勝手に親近感湧いちゃってますけど」
英梨は笑いながら紗綾と奏の間に座り、タブレットを起動する。そろそろ取材の時間が来ようとしていた。
「それでは早速、取材に移らせていただきますね。今朝頂いたメールだと那由多さんは、百崎家の長女.....実際には双子の妹だと仰ってましたが、彼の過去はどこまでご存知ですか?」
「中学を卒業するまでの事は....それ以降の事はさっぱり。元々私は女という訳で跡継ぎからも外されてました」
「成程.....中学卒業からは、どうされたのですか?」
「叔父夫婦に引き取られる形で、本家からは離れたはずでした....翼がどうしてるとかも、一切聞かされないまま。でも19になった頃、いきなり呼び出されて。隠居していた父が私に見合いを勧めたのです....結局、夫と駆け落ちする形で離反しましたが...」
「み、見合いって.....この時代に?」
紗綾はこっそりと奏に耳打ちする。奏も少し思い当たる節があるようで、苦笑しながら打ち明けた。
「私も祖父から勧められてます....とは言え私の家系は古風なものでしたから....でも言われたときは本当に困りました...」
一方の英梨は那由多の話と、事前に調べた情報を照らし合わせ合致するのを確認した後、次の質問に移った。
「縁談の話以外で、何か言葉を交わした事はあったりします?」
那由多は思い出そうとしながら、苦しげな面持ちで隆行と視線を交わして口を開いた。
「百崎の悲願がようやく達成される。翼が人類を新たなステージに導いてくれる、と.....私にはその意味が分からなかったのですが.....ネットで調べて理解してしまいました。翼は、人を飼い慣らそうとしている.....と....!」
「人を飼い慣らすって.....でもZeuS事件はどちらかと言うと、仮想と現実の融合を目的としていたはず.....飼い慣らすとは意味が違います。もしかしたら、そこに真意が....!?」
英梨のタッチペンを持つ指が震えた。紗綾と奏も那由多の表情から、その恐怖が伝わり言葉を失う。那由多は英梨の言葉にゆっくり頷き、話を続けた。
「私は機械には物凄く疎いので、細かい事は全く分かりません....ですがアレは.....彼のやろうとした事は、人が人にしていい事じゃない!一人の女の子を道具にして、更に不幸な人を増やすだけなのに.....何故彼は平気で生きて行けるのでしょう.......法で裁かれたと聞いた時は安心したのに、何事も無かったかのように判決を覆して.....あの後、翼はどうなったんですか?」
那由多の絶望を漂わせる声音に英梨は言葉を詰まらせつつも、ハッキリと真実を伝える。記者である以上、情報に対する責任は常に伴う。だからこそ、言わねばならないと英梨に決心させた。
「落ち着いて聞いてください。百崎 翼は....社会復帰しました。それどころか、ZeuSの後継の座に就いた、アーネスト・ホールディングスのトップ.....徹・アルマーニュと提携しようとしています。まだ彼は諦めていないと見るべきでしょう。2年前の悲劇を、また繰り返すのは私達にはすぐに分かりました」
那由多も覚悟はしていたが、やはり驚きを隠せなかった。唇を震わせながら俯き、「そんな、そんな...」と涙を流した。隆行もそんな彼女の肩にそっと手を乗せ、優しく声をかける。英梨には彼の存在があるおかげで、那由多が未来を捨てずに生きていけたのだと改めて実感させられた。それだけに許せなくもなっていた。翼と徹が起こそうとしている、仮想世界大戦を。何より、過去を反省しなかった社会を。仮想世界にまつわる新法成立の話は、時の流れと共に消え去って久しい。結局社会は、ZeuSが行った愚行を断罪するのを避け、現実とは違う世界の出来事として葬り去るつもりなのだろう。そんな馬鹿馬鹿しい話があっていいはずがない。英梨の怒りは、腫れ物に触れるような現実にも向けられつつあった。暫く時間が経ち、落ち着きを取り戻した那由多は顔を上げ、ソファから立ち上がったかと思うと床に膝をついたではないか。奏は彼女が何をしようとするのか分かり、慌てて止めさせた。
「そ、そんな事はしないでください!那由多さんが謝る必要なんて....!」
「だけど.....だけど.....!」
那由多の悲痛な表情に、奏は己の無力さを感じた。那由多をソファに座らせながら、隆行は英梨に向き直り、躊躇いがちに口を開く。
「事件の事を、調べる中で分かったのですが.....神宮寺さんも、白鳥さんも、奏花さんも.....大事な方を奪われたり、大きな傷を背負っていらっしゃるのではないかと....それから妻はずっと、被害を受けた皆様に謝りたい....と私に言い続けまして....どうか、気持ちだけでも」
英梨は隆行が言い終わらない内に返した。
「那由多さんも隆行さんも、全く関わりがなかったんです。謝罪する義務なんて、どこにもありません....!」
紗綾は那由多に歩み寄り、ハンカチを差し出した。那由多が申し訳無さそうに、涙を拭う。
「奏花さん.....」
「私はずっと、那由多さんの素敵なピアノ演奏を聞いてたいです。那由多さんの本に書いてありました。"音楽は世界中の人々に色んな想いを届ける力がある。私は、聞いてくれる人達に希望と幸せを届けられる、そんなピアニストで在りたい"って....私、その言葉が大好きなんです!上手く言えないですけど.....その想いが那由多さんを作ってると思います。だから、那由多さんには笑顔でピアノを弾いていて欲しいんです」
紗綾の屈託のない笑顔に、傷心が癒えていくのを感じ那由多は彼女を抱き締めた。紗綾も多少驚きはしたものの、奏と一緒に腕を回し想いを一つにする。
「紗綾ちゃんも、しっかり大人になっちゃって.....隆行さん。これから先の事は、私達に全部任せてください」
英梨の強い眼差しで隆行も安心したのか、那由多を眺めて何かを決めたように頷いた。
「僕らも、僕らにしか出来ないやり方で....あなた達の戦いに協力します。那由多の想いを一人でも多くの人達に届けたい.....こうしちゃいられない、すいません。僕はここで失礼します!」
隆行が控室を飛び出していき、英梨は胸の内で感謝し空いたドアの先へ深く礼をした。
「斐賀さんの悲しみは、私達が受け止めました。後は私達に任せてください!同じ過ちが繰り返されないように、百崎 翼を止めてみせます!だから信じて待っていてくださいね....那由多さんっ」
奏も那由多の気持ちをしっかり受け止め、戦いへの意志を新たに持ち直した。今は諒馬から遠ざけられようとも、自分なりに進み続ければ必ず再び会えるはず。今度は自分の意志で、怜だけでなくダイバーズを愛する、全ての人達を救う為の戦いに挑むのだ。