創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius 作:JNEXEL
泥人形も同然の有様で、鉛色の床に臥する諒馬。突然彼の携帯電話が着信音を上げ、消えかかっていた意識が一瞬で明瞭さを取り戻した。しかし今の彼にとって、これほどダメージの大きい瞬間はないだろう。このまま意識を失えば、きっと楽になれたはずだ。それを許さぬのが現実と言うなら、いっその事捨ててしまえばよかったと悔やむ。だがそれは無責任な行いでしかない。記憶を取り戻したと言うが、百崎の呪いも解けている。使命に変化はなく、水崎 諒馬と言う人間の命は、その為に使うべくして残されているようなものだった。
「今更、俺に用がある奴なんて......」
携帯電話が受信したのは、"GE"、"DC"の開放を通知する旨のメッセージであった。諒馬はしばし思い出そうと記憶を辿り、5分程で照合が完了した。当時の自分が、ハザードの脅威に対して有利を取れる方法を模索していた時に生まれた、2つの新兵器。グラビティエッジと、チャージアーマー。まさかと諒馬は画面を再び点灯させた。
(て事は、奴らはまだあのラボに来てるってのか.....何で、何でなんだ......?)
記憶を取り戻したのだから、これ以上二人を巻き込む理由も無くなったと突き放したはず。何故彼らはそれでも、あのラボを訪れたのだろうか。もう二度と、彼らと言葉をかわすことも無いと思っていたはずが、再び交わろうとする運命が現れた。諒馬は力なく仰向けに横たわりながら、乾いた笑いを上げる。
「最っ悪だ......諦めることも出来やしないじゃねぇか......」
結利香が身動ぎし、ベッドに寄りかかりながら彼を見つめた。
「ここから逃げ出す気.....?」
そう問い掛けた矢先、牢獄のドアが突然開かれる。背広の男達がぞろぞろと諒馬達を取り囲み、連行しようと手錠をちらつかせた。諒馬はそれを目にすると、徐ろに立ち上がりSPの股間を思い切り蹴り上げた。
「き、貴様ァ.....!?」
「悪いが俺は、容赦なんて出来ねぇからな....!」
同性の人間であれば、この攻撃が禁じ手であるのは暗黙の了解のはずであった。だがその当然の理解すら裏切って襲う激痛に、SPは蹌踉めいて膝をつきそうになる。そこへ諒馬は彼の左手に持った手錠を奪い取り、メリケンサックの様に握り込みもう一人のSPの眉間を殴りつけると、彼らからジャケットとスラックスを剥ぎ取り、結利香に無理矢理着せてそのまま牢獄を脱出したのだ。
「このフロア....まるで一本道だな。単純過ぎる」
諒馬は経路を覚えていないが、迷う事なくずんずんと前に進んだ。結利香も彼に手を引かれており、必死についていきながら出口を目指した。時折捜索に出る社員達の足音も聞こえるが、諒馬は一切意に介する事なく廊下を走り15分。ようやくアーネストと言う地獄から脱することができた。投与された薬物の離脱症状もあり、諒馬も危うく気を失いかけるが、深呼吸する事で何とか意識をキープした。
「嗅ぎつけられる前にこの敷地から出なきゃな......」
「どうして、私まで助けたのです.....!?私は....あなたの敵だった.....!」
「話は後だ」
とうとう結利香は、溜まっていた疑問をぶつける。諒馬は一先ず何も答えぬまま、彼女を連れて敷地から離れ近場のゲストハウスへ急行した。
ゲストハウスに身を隠してから、3時間が過ぎた。互いに身を清潔にし、食事も程々に思考がようやく落ち着きを取り戻しつつあった。結利香の服も、諒馬が付近の専門店で買った物に着替えられていた。奇妙な話で、彼のセンスは思うほど悪くないようで、結利香のミステリアスさを蘇らせるコーディネートとなっていた。
「ありがとうございました.....これで一応、問題なく外出できます」
「ああ.....もうアンタはすぐに寝ててくれ。心底疲れてるだろうからな」
「あの、一つお聞きしたい事が。何故私まで脱出させようと思ったのですか?私はあなたからすればただの敵....そうでしょう?」
結利香は改めて、諒馬の真意を問うた。デスクトップマシンで情報収集する諒馬は、その手をピタリと止め数分もの間沈黙する。静寂が結利香を緊張させ、一体どんな考えなのか脳内で推し量り始めた。そして諒馬は口を開き―。
「いや、俺にも良くわからない。だが命は命だ。見捨てていいはずがない......多分記憶を失くした俺が、そういう考えを持ってたんだろう」
あまりにも辿々しく紡ぎ出される言葉。結利香は拍子抜けした顔で答えを聞き、力が抜けるようにベッドに座り込んだ。
「それじゃますます分からないわね......極限状態とは言え、あなたを傷つけた女を、助けようとは普通思えないでしょう?」
膝を抱え、脛の肌を指で沿り独りごちる。しかり諒馬は何も返さず、ひたすら作業に缶詰であった。結利香はちらりと彼の背中を見ては、足元に戻すのを繰り返し横に倒れ込む。
「でもそんなあなたの心に、興味が出てきたわ.....手に入れたくなるくらいに.....」
諒馬は結利香が完全に熟睡したタイミングを見計らい、ダイバーズへと飛び込んでいた。交流広場第1区画はいつも通り、多くの人でごった返しており、ダイバーズの人気を象徴するエリアを担っているように見える。だがその集まりは、平和な光景とは程遠くにも映っていた。
「何が始まるんだ....」
諒馬―リョウマ・アルキメデスも人集りの隅に立ち、空中に浮かぶ巨大ウィンドウを見上げる。間もなくして、ウィンドウに映像が映し出されどよめきが周囲の空気を包んだ。そしてウィンドウに現れた人物にリョウマは、思わず目を疑った。白いスーツに身を包んだ、気品あふれる男。リョウマが彼の名を知らぬ訳もなく、歯ぎしりした。
「百崎 翼.........!!」
そう、百崎翼―ヴェイン・メビウスが全プレイヤーに向けて演説をしようというのだ。画面の向こうでメビウスが登壇し、恐らく現場にいるであろう者たちの拍手を制して口を開いた。
「あの忌むべき惨劇から2年が過ぎた。我々から君たちへ送り出したガンプラダイバーズは、今や悠久の安寧のもとにある。それは我々も望んでいたことだが、発展なき、閉塞した世界では満たされない。君達から寄せられた忌憚なき意見には毎度の如く感嘆させられる。そこで我々アーネストは、新たなる時代を迎える為の区切りを用意しなければならないが.....どうやらその新時代を望まぬ輩もいるようだ。その急先鋒たるブルームーンは、諸君らの中にいた同志たちのお陰で早々に鎮圧できた。だがそれで終わりではなかったのだ!かなり最近になり、未知のシステムを悪用した者が現れた....特定には成功している。これを見よ」
メビウスがミニウィンドウを表示させ、各プレイヤーの手元に転送した。無論、それはリョウマの手にもやって来る。リョウマの顔写真と、ビルドレイザーの写真。いつ撮ったのかと驚きたくもなるほど、詳細が分かる写真であった。
(最悪だ.....ここまで大々的にやるつもりなのか....)
暫しの間を置き、メビウスは再び声を投げかける。
「奴の手により、ダイバーズは再び混乱に陥れられようとしている。しかし我々単独では追うのにも限界はある。だからこそ、君たちガンプラダイバーの力が必要なのだ!どうか!どうか我々に力を貸して頂きたい!もし頭を押さえる事ができれば、新たなる時代での権利や地位は思うがままだ.....約束しよう」
静寂が広がる。リョウマは皆がウィンドウに目が釘付けになっている合間に、こっそり抜け出して第1区画から転移する。その直後、観衆の中にいた一人が
「こ、コイツさえ倒せば.....俺はあいつを見返せる!やってやる....やってやるぞ!」
と意気込んだ途端に他のガンプラダイバー達もその気になってしまい、第1区画全体が熱気に包まれた。
「奴を倒して俺が頂点に立つ!」
「いいや私がトップよ!」
「バラ色の人生を送れるチャンスだ!逃せるかい!」
各々の欲望が熱気と共に渦巻いていく。その様子を眺めているメビウスは、「俗人共が」とせせら笑い球体型のソファーに腰掛けた。彼の斜め後ろにいたトオルは力なく笑いながら、メビウスの前に歩いた。
「酷い物言いだね。僕たちの大事なお客様、じゃないか....尤もこんな有様を見せられたら、そう言いたくもなるのは、分かるけどね」
「しかしこれでは私は道化だな.....」
「人を惹きつけるカリスマはいつの時代にも必要なのさ。それに、彼女を差し向ける準備も出来ている」
「それで結構。では」
メビウスは椅子から立ち上がり、部屋を後にした。トオルはにこやかにそれを見送ると、椅子を眺め鼻で笑う素振りを見せた。
「しかし彼も余裕がなくなったと見える。僕が何をしようというのか、読めて来たからだろうけどね....もう遅いと言うものさ」
全区画に向けて送られたメッセージ映像は、スワンと弘のもとにも届けられていた。特にスワンは、リョウマの生存と困窮した状況に己の無力さを悔いるしかなく、拳を震わせた。
「こんなの.....あんまりです....!何も知らない人達を巻き込んでまで.....!」
リョウマを探しに行こうとするスワンの肩に、弘の手が乗せられた。
「探すだけなら俺が行くほうがいい....人探しにだって使える力なんだ.....うぉわっ!?」
「え.......えぇっ!?」
二人の頭上をぬっと大きな影が覆う。三角形型の真っ白な物体。呆然と見上げる二人に向けてリフトが降り、自動でハッチを開いた。
「こ、これは......?」
困惑するスワンに、覚えのある声が降ってきた。
「何を戸惑ってらして?まさか私の声が分からないなんて.....言わせませんわ!」
「もしかして......リタさん!?リタ・リーゼリット!」
口調から絶対に忘れないであろう、彼女の声だった。スワンは驚きと疑問で複雑な心境だったが、取り敢えず信用は出来ると見て弘を連れリフトに乗り込み、白い艦へと浮上した。
「何だこれ......凄え!!何もかもがでけぇなぁ!?」
戦艦の類を見たことの無い弘は、語彙力の無い感想を連発しながら興奮していた。MSドックの中へ入ると、これまた見覚えのある人物が目の前に現れる。
「リリ嬢が何か言ってると思ったら君の事だったのか!かなり久々だな!」
やや大きな丸眼鏡が特徴的な、メカニックの男に呼びかけられスワンは思わずペコリとお辞儀をした。
「葉山さん、あの時からご健在だったんですね....!」
「普通に呼んでくれるやつも、とうとう貴様だけになってしまったか....ブルームーンは一昨日位から再編成されて、ようやく動き出した所だ....その後ろにいるやつはもしかして?」
葉山が顎で指したのは、弘だった。弘はキョトンとした顔で葉山を見ているが、スワンは意味を理解すると首をブンブンと横に振った。
「そう言うのじゃありませんよ....!?それはそうと、メンバーの皆は当時のままなんでしょうか?」
「いいや、大半は離別して組織が大きく様変わりしちまってるな。一応グラハムがソルブレイヴスのメンバーを連れてきてくれたから、戦力は何とかなったが.....整備からCICまでは常に人手不足だ。リリ嬢がこの艦。クレッセントブルームーンを用意したはいいが、如何せんこれまでに無い規模だったもんで......余計に仕事が増えちまったよ」
愚痴をこぼす葉山だが、やはりその面持ちは嬉しそうに見えスワンもニコリと笑った。
「そう仰っしゃられる割には、嬉しそうですね」
「悔しいけど俺はエンジニアなんだよな。根本的にそう言うのが好きなんだろうさ」
談笑する二人を遠目に眺めている弘。不意に声をかけられ、振り向くと黒浦聡――エス・ブラックベイがこちらへ駆け寄ってきた。
「君は確か......教授の部屋に居た....」
「覚えてんだな。このでけぇのは、アンタのものなのか?」
「いや、そうじゃないよ。知り合いの艦を借りてるだけなんだ。ブルームーンって....知ら、ないよな....」
「知らねぇよ」
予想通りの回答にエスは乾いた笑いを上げ、弘を連れてブリッジへ向かう。そこかしこをNPCやドローンが周回しており、人員の少なさをカバーしているのが見て取れる。ブルームーンは弾圧事件の影響を受け、レイ・ブルームーンの失踪を機に完全解体された。それから数ヶ月もの時を経て、青い月は再び天に昇ったのである。ブルームーン弾圧事件は、弘も最近知った言葉だが、その概要すらも知らない。尤も、望や諒馬を救う為には必要な情報でも無いと思うのは、ごく当然の話である。しかし、今のダイバーズの現状を見るに、ブルームーンの存在はいつにも増して必要になりつつあるのは、知っておくべき事。エスはそれを彼に伝えた。
「正直、君は自分の友達を救う為に戦ってるんだからブルームーンの事とかは、そんなに関係ないかも知れない。でも知っておいて損はないはずなんだ」
「どういう事だよ」
「ZeuSの人間と関わりを持ち始めたから、ただのガンプラダイバーじゃ終われなくなってるんだよ。それに、もう君は引き返せない所まで来てしまってる気がした」
エスの推察に弘は驚愕した。まさか薄々感じ始めていた事に気づいていようとは。歳の変わらぬ人間とはとても思えぬ観察眼であった。
「もう気づいてたってのか.....何なんだ、お前....?」
「多分、君も俺と同じ存在なんだと思う。だから俺にも分かった。君の覚悟ってものが」
「だったら話が早い.....俺は何としてもこの状況を作りやがった連中をぶちのめしてぇ.....!望を復讐に走らせた奴も!諒馬を殺そうとしている奴もな.....!!」
怒りに突き動かされるがまま、弘はエスの襟首を掴んだ。が、程なくして我に返り手を離した。エスも然程驚いていないようで、再びブリッジに向かって歩き出した。
「そこまで本気なら、俺達と一緒に来てくれ。俺も....水崎諒馬と言う人に会わなければ行けない気がするんだ」
ブリッジでは、リタが二人のオペレーターに指示を送りながら、かつてブルームーンと繋がりのあったチームとの連絡をしていた。しかしどの連中も、自己保身に走ろうという動きがあり取り付く島もない有り様であった。思わず眉間を押さえ溜息が出る。
「既に誰も彼もが、ヴェイン・メビウスなる人物に絆されているようですわね.....眉唾ものでしかないのを、何故信用するのか....」
「しょうがありませんよ、カリスマの言う事は大抵の人なら信じますからねぇ.....そいつらの目を覚まさせる意味でも、奴らを叩くしかないでしょ」
ウォレスが横目でリタを見ながら、各方面からの情報収集に当たる。無論、彼の言う事はリタにはとうに分かっていたので、言い返さずに天井を見上げた。ブルームーンを再結成してからと言うもの、リタは殆ど眠れぬ毎日を送っていた。殊に狙われやすい組織と言うだけあって、一瞬の油断が命取りになる。そしてかつてないほどの人手不足に悩まされるのも手伝って、リタ自身も積極的に働いていた。故に、彼女の表情には疲れがハッキリと浮き彫りになっているのだ。今の自分はパイロットではない、彼らよりも比較的楽な立場にいるのだからと己を律するが、それにも限界はある。
「リーゼリットさん、もう休むです!」
アヤカが心配げに声をかけるが、リタは手を上げて制し力なく笑って見せた。
「御心配無用ですわ....こんな事で果てるようでは、彼女に....あの冷血女に笑われましてよ。この程度は、向こうは平気だったのなら私にだってできます」
気圧式ドアが開き、エスと弘がブリッジに立ち入った。リタはそれを認めると、軽く咳払いをしてシートから立ち上がる。
「スワンは後から来るのですね?....見るからに暑苦しい御仁が居ますわね....」
明らかに弘の事であった。弘はリタの口調が気に食わなかったのか否か、不服そうに眉を顰め、
「何だアンタは....今時そんな口調のやつがいんのかよ、痛えな」
と吐き捨てた。エスはまずいと息を呑み、二人を交互に見る。
「弘...だっけ、流石に初対面の相手にそれは!」
「構いませんわ。スワンが信用した人間なら、少しは不安要素が失せるというもの....しかしあなた、自分の為だけに戦うおつもりならここに来たのは間違いなのは、分かっていますわよね?」
「んなもん、もう覚悟決まってんだよ。俺はこんな状況を作りだしたやつを、一人残らずぶっ潰す....そんだけだ」
弘の瞳には一片の迷いも曇りもない。リタにはそれだけで十分だった。むしろただの一般人がここまで覚悟を決められるのは、最早彼が何かしらの変革を見せている証左だったからだ。