創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius 作:JNEXEL
クレッセントブルームーンから飛び立ったドラグハートは、弘の得た感覚に従い絶海の孤島へと航行を続けていた。運良く同じバトルエリア内に来たお陰と言うのもあるが、彼自身の持つ鋭敏なセンスが、戦場も交流広場も関係なく、発揮されるようになった。その事実の方が大きいだろう。側で見ているエスは、複雑な心境だった。ν-Typeに目覚めた者達は、あまねくして悲惨な運命を辿っているからだ。エスもそうだが、ミナやウェルス、そしてエルニアやレイも、見るに堪えない惨劇を味わって来た。異能を手にした人間には、幸せな未来など訪れはしないと言うのだろうか。彼が仮想世界工学研究室の門を叩いたのも、それが理由だった。技術や理論も然ることながら、仮想世界と言うフロンティアで新たな境地に立った人間は―。そう考えている内に、弘が「ここに居た.....!」とドラグハートを加速させた。MFタイプのコクピットルームは、捕まる場所が殆どなく思考に耽るエスは踏ん張る事も敵わず、モニターに背中をぶつけた。
「うげっ.....!?え、もう見つかったのか.....」
「この気配、ヤバイなんてもんじゃねぇ......まさかアイツ、ハザードを使って....!?」
弘の懸念は間もなく現実となる。黒い霧に包まれたビルドレイザーがイフリートコラプスの、頭を掴んで持ち上げる瞬間を目の当たりにした。弘は反射的にウィンドウを開き、チャージアーマーを起動させドラグハートを突進させた。
「行くぜ....チャージアップ!」
全身からスプラッシュの如く光粒子を放ち、ドラグハートチャージドへと変身すると、龍をかたどったオーラを纏い、ビルドレイザーとイフリートコラプスの中へと飛び込む。そして至近距離まで迫ると両腕に水球と火球を発し、強烈な波と炎の渦を吐きながら、双方に拳を浴びせ吹き飛ばしてしまった。その折、弘は遥か遠方の水面に浮かぶ、白い何かを目の当たりにした。彼はすぐに全てを悟り、奥歯を噛み締めビルドレイザーを睨んだ。
「やり過ぎだろ.....!」
エスは後頭部をぶつけながらも、ドラグハートチャージドの持つ魔法じみた攻撃に呆けた。イフリートコラプスのシューインは、突如乱入して来たガンダムを凝視し言葉を失う。と言うより、口にする余裕が失せていた。
(何だ今の攻撃は.....これでは普通とは言えん.....しかし、奴の姿は見た事がある.....そうか、やはり奴なのか....!)
大岩の裏に投げ出されたのを好機と見るや、乱入者の正体を記憶に留めバトルエリアから姿を消した。この場に残ったのは、ドラグハートチャージドとハザードに侵されたビルドレイザーのみ。
「リョウマ.....テメェ今までどこで何やってたんだッ!?人の気も知らねぇでよ!!」
ドラグハートチャージドが地を蹴り、相手の顔面めがけストレートを放つ。だがビルドレイザーは頭を右に倒して回避、ドラグハートチャージドの腕を掴んで拘束するやいなや頭部バルカン砲を撃ち込み、目を潰そうとしてきた。ドラグハートチャージドもほぼ同じタイミングで、左アッパーを決めて致命傷を免れ、胴に膝蹴りを喰らわせ互いによろける形で距離を作った。だが弘はすかさずドラグハートチャージドを走らせ、ビルドレイザーの襟首型のパーツを掴み引き寄せた。
「今のお前を見たら、スワンとか舞夜とかが何て思うか分かるか!何が"俺に構わず生きろ"、だ!何が“犠牲になるのは俺一人で十分“だ....!テメェの独りよがりで何とかなるもんなのかよ!!答えて見ろよッ!!!」
しかしビルドレイザーには声は届かなかった。ドラグハートチャージドの腹部を蹴りつけ、強引に押し退けると即座にビームマグナムをビルドし、至近距離で発砲した。バキュウン!!と轟音が空氣を揺らし、放たれた赤い光弾がドラグハートチャージドに喰らいつく。被弾も免れぬ距離にいるが、それでも弘には防げるという確信があった。輝彩の凶弾がドラグハートチャージドに接触する刹那、青い輝きが瞬く間にエネルギーを押し出し始め、エネルギーの勢いを相殺すると忽ち霧散させたではないか。
「あ、Iフィールド....いや、ビルドバーニングならプラフスキーフィールド.....!?」
見ていたエスには、最早万事休すかと思われたがドラグハートチャージドの展開したバリアを見、驚愕した。
「あ?なんか言ったか?」
「いや.....君の機体、とんでもなく凄いんだな....見ているだけでもはっきり分かる」
「アイツが俺の為だけに用意してくれたからな....当たり前だろ!」
「来るぞ!」
エスが咄嗟に叫び、弘はドラグハートチャージドを浮揚させた。足のすぐ下を黒い風が通り抜け、肝を冷やすが反撃の糸口は見つかる予感があった。
「コイツでお前の目を覚まさせてやるッ!」
ストームブレードを右手に呼び出し、鍔から伸びるグリップを素早く3度倒す。すると刀身を中心として嵐が巻き起こり、ビルドレイザーめがけ勢い良く叩きつけた。刃となった旋風が砂浜を抉り取り、吹き飛ばされた砂粒でさえ弾丸となり襲いかかる。そして事前にシールドを携えていたビルドレイザーを、海上まで弾き出す事に成功した。
「うぉおおらぁあッ!!!」
ドラグハートチャージドはすかさずビルドレイザーの眼前まで接近、止めと言わんばかりに水と龍のオーラを込めた拳で顔面を突き破り、浅瀬に叩きつけた。首を失ったビルドレイザーからやがてハザードの瘴気が抜けて行き、黒色化した装甲もトリコロールの色彩を取り戻す。
「やった、のか.....?」
「分からねぇ.....けどこのまま残ってんなら....」
何も起こらず、深い静寂が広がる。彼らの耳に聞こえるのは、波のさざめきと風の音。この沈黙が二人を不安に駆り立てる。固唾を呑みビルドレイザーを見つめる事、数分。
「..........うっ......!」
呻き声が聞こえ、弘はドラグハートチャージドを近くまで歩かせた。
「どうして、俺は倒れてるんだ........何が起きている......」
全身の痛みに気を失いそうになりながらも、リョウマは身を起こしモニターを眺める。ノイズが嵐のように走り、視認度が著しく低下していた。しかし、目の前に立つガンダムはノイズ下にあってもすぐに正体を察せられた。青、金、銀の激流の鎧。見間違うはずもない、これを作ったのは自分なのだ。
「チャージ、アーマー....??どうして、お前が.....」
リョウマの問いへの答えはすぐに返ってきた。
「お前を助けるために決まってんだろ...んな事も分かんねぇで、よく天才だとか言えんな!」
ドラグハートが手を差し出し、ビルドレイザーを引き寄せ立ち上がらせた。
「....俺に関わるなと言ったはずだ....何故....」
「しょうがねぇだろ?望の目を覚まさせるだけじゃ何の解決にもなりやしない、根本的な何かを叩かなきゃ気が済まねえ。......お、迎えが来たぞ!」
迎え?とリョウマは聞き返しつつ空を見上げた。半月型の巨大戦艦がこちらへ向かって進んでいるのが見え、その大きさに開いた口が塞がらなくなる。
「ぴ、ピースミリオン......なのか?」
「アレが俺達新生ブルームーンの旗頭....クレッセントブルームーン」
エスがやや自慢気に返した。
「もう一人乗ってた!?MFタイプのコクピットで二人乗りやるなんて、馬鹿なことするもんじゃないよ....!」
今の今まで弘だけが乗ってるのだと思っていたリョウマは、エスの存在に困惑し何とも言えぬ気分だった。しかし、ブルームーンが再興されたと言うのなら、またとないチャンスのようにも思えた。
クレッセントブルームーンのブリッジへと連れて来られたが、リョウマは周囲からの鋭い視線を感じていた。ソルブレイヴスやウェルスは事情を知っており、邪険に扱う事は無かったがその他の面々はリョウマがZeuSの人間と知ると、険しい顔をした。無理もない話である。あの凄惨な事件を引き起こした、ZeuSにいたと言うなら何らかの形で関わったのではないかと疑うのは自然である。無論、リョウマは関わっていないとも言えず辛く当たられても受け入れるしか無かった。
「あの事件を起こしさえしなければ、レイさんがいなくなる事なんてなかったです!!レイさんを返してください!」
殊アヤカはレイの失踪をZeuSによるものだと認識していたようで、リョウマに激しい剣幕で詰め寄った。グラハムに窘められるが、それでもアヤカは一歩も引かず問い質し続ける。リョウマもレイの失踪と、ZeuS事件が無関係であるのは既に分かっていた。が、その事実を伝えれば彼女の精神を更に荒ませてしまうと思い、口を噤んだ。
「何とか返事してください!この....人殺し!!」
無情にも突き付けられる、人殺しのレッテル。リョウマの脳裏に浮かんだのは舞夜が最期に見せた笑顔。自然と拳に力が入り、唇がますます固く閉ざされる。
(ここに神宮寺さんがいれば、少しは状況が変わったかも知れんが.......)
近くで様子を見ていたウェルスは、エスを連れてブリッジを後にした。
「どうしたんだよ、急に」
眺望の良いラウンジルームを訪れ、エスはウェルスに何事かと訊いた。暫しの間を置き、ウェルスは重い口を開く。
「俺は奴がZeuS事件の根幹に関わったとはとても思えない」
スワンから聞かされた話や、自身でも探偵業の傍らで手に入れた情報等から総括し、やはりリョウマはZeuS事件とは殆ど無関係なのではと結論づけていた。エスはウェルスの言葉に面食らい、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見つめる。
「どうして、そう思う....?」
「簡単な話だ。奴は今に至るまで、ダイバーズの開発に携わっていたが、ZeuS事件の全てに関わっていなかった。それだけの事だ」
「関わってなかったって......」
「ソースについては秘匿させてもらう。守秘義務がある」
「どうしてだよ、そんな大事な話なら隠す意味無くないか?」
「とにかく、今のままだと奴は信用されないままだ。恐らく事実を知ったところでますます荒れるだろうからな.....殊あの子の怨恨は根深い。余計な騒ぎを産みたくなければ、黙って呑んでくれ。これはレイを救う為でもあるんだ....!」
ウェルスに突然肩を掴まれ、エスはぎょっとした。しかし彼の真剣な眼差しを見て、これは全くの冗談ではないと感じた。
「大反対ですッ!!」
エスがブリッジに戻って来た矢先、アヤカの叫ぶ声が聞こえ心臓が止まりそうになる。こっそりと物陰から様子を見ると、新生ブルームーンの中心メンバーの面々で、リョウマに対する処遇を協議しているようだ。
「だからって、他にしようがないだろう....!あの時はJOKERも、メイポールの皆も居たから何とかなった。だけどこれは、その時とは訳が違う、違い過ぎる」
シローが説得しようとするが、アヤカは一切聞く耳を持たずリタに訴えるばかり。話がろくに進まず、グラハムも珍しく足を組み替える。
「この状況下で個人の感情など、重要視すべきでは無い。確かに我々は彼女を救出せねばならんが、それ以前にブルームーンが使命としていることを疎かにする事があってはならない。そうじゃないか?」
「だったらエーカーさんは、ZeuSを許すつもりですか!?」
更に詰め寄ろうとするアヤカを、リタが制した。
「彼の言うように、皆が意を一つにしない限り、何も動けないままですわ。正直私も、リョウマ・アルキメデスを信用しろと言われると気が引けましょう。ですが、それではグラハムの懸念通り、ブルームーンとしての使命を果たせません.....彼女は何より、自分の為だけに動かれるのを嫌う人間だった。それならば尚更、より建設的な方向へ舵を切る必要があるのではなくて?」
裏で聞いていたエスは、そう語るリタの姿にある種の力強さを感じた。ただの高飛車お嬢様では無かったのだ。
「リョウマ・アルキメデスは本日付で、ブルームーンに編入致します。いずれにせよ、ZeuS同士で潰し合いになるなら、利用しない手はないですわ。内通している可能性もないとは言えませんし、監視を付ける必要はありそうですわね.....」
リタはアヤカを黙らせるかの如く決裁を下し、グラハムをちらりと見た。彼も彼でその判断が出ると予見していたらしく、小さく頷いた。
「本来なら撤退させるつもりだった人物がいたが、彼女に任せると言うなら断る理由もあるまいよ。当然、本人も吝かでないはずだ。打診して来よう」
そう言うと席を立ちブリッジを出て行った。アヤカは彼の背中を見送りつつ、膝の上に乗せた拳を震わせる。
身柄を拘置すると言う名目で、空きの個室を割り当てられたリョウマは死んだように眠っていた。直ぐ側に置かれた椅子にスワンが腰掛けていたが、本を片手にベッドに突っ伏してうたた寝している。リョウマの右手に自分の手を重ねたままで。気圧式のドアが静寂を破り、スワンはビクリと肩を震わせて目を覚ました。
「えっ.......!?私...いつの間にか眠ってしまったのでしょうか......あれ...?」
ドアの方へと振り返ると、グラハムが立っていた。寝ている所を起こしたかと、やや気まずそうな顔だ。
「失礼、叩き起こしたようだ....」
「いえ、大丈夫ですよ。どうかしたのですか、グラハムさん」
「実はリョウマ・アルキメデスをブルームーンに編成する運びとなったのだが、彼の立場上監視役をつける必要性が出てきた。そこで君にその役を担ってもらおうと、相談に伺ったのだよ」
すると、スワンはぱっと表情を明るくしリョウマに振り向いた。もう、彼を孤独にさせずに済む。それが何よりスワンにとっては、嬉しい事だった。
「やっと.....一人にさせなくて済むんですね....よかった....!」
「ZeuS相手だと、同じZeuSをぶつけるという考えだ。彼の持つ、あのガンダムの力でなら奴らに対抗できるだろうよ」
「え.....それってどういう意味ですか....」
「君の思う事と、現実は違う。少々言い方が悪くなるが、彼を盾にして我々は戦って行かねばならん。今までより常識が通用しない次元での戦いになるなら、それに追い付ける人材をあてがうのが道理だろう」
「どうしてそんな考えになるんですか....!リョウマさんは、私達の敵になるような人ではありません!」
「気持ちは分かるがね....これは感情論でどうにかなる話じゃあない。組織として考えた結果だ」
「そんなの、あんまりです...!リョウマさんはダイバーズの為に、ずっと戦ってきた人なのに.....そばにいた私達がいるのに、信じられないと言うのですか?」
悔しさを滲ませるスワンを見、グラハムも何かを感じない訳ではなかった。しかし、ここで対応を変えるということまでは考えない。リョウマも目を覚まし、横目で周囲の様子を眺め何が起こっているのか何となく察した。
「別に俺はお前たちに協力してもらおうとは考えてない....ブルームーンと接触しなければならない、理由がなくなったからな....」
起き上がろうとするのを、スワンが慌てて止めるが逆に押し返された。グラハムは目を細め、その真意を訊いた。
「その心は?」
「.....レイ・ブルームーンからJOKERにまつわる情報と――彼女の機体データを手に入れる為だ。それ以外に接触する理由は無い。ここに本人がいないなら、用件なしだ」
これにはスワンも驚きを隠せず、狼狽した。グラハムはと言うと、眉を顰め一瞬考えた後唇を曲げた。
「君は彼女を利用するつもりだったのか。それではスワンから聞いた話とはアベコベではないか....!」
「どう取ってもらっても構わない。何れにせよ、常識を外れた連中と戦うには、同じだけ外れた力が必要だ。ν-Typeなんてものが、本当にあるなんて信じたくなかったが....あるのなら使うまでの事」
奇しくもグラハムやリタと似通った考えだった。しかしリョウマの思考は彼らとは些か趣が異なる。ビルドシステムの完成と、ハザードシステムの完全な制御法の確立。これが出来なければこの先の戦いでは、優位に立てない。ビルドシステムに関しては、残り数機分のデータさえ採れれば、後は調整次第で完成に漕ぎ着ける。リョウマはレイの機体にそれだけの価値があると踏んでいたのだ。
「それ、冗談、ですよね......?」
声を震わせ問いかけるスワン。だがリョウマは何も返さずベッドから降り、ハンガーにかかっていたトレンチコートを羽織ると、足早に部屋を出てしまった。