創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius 作:JNEXEL
今日もまた、門松は怜と英梨の見舞いの為病院を訪れていた。だが今回は一人だけではなく、ユウも伴っての面会だ。いつもは服装には無頓着な彼も、やはり人目と場所を気にしてかいくらかパリッとした装いだ。
「何故俺だけなんです....紗綾にも聡にも会わせてやればよかったんじゃ」
「もしそれが原因であいつらを早まらせたらどうすんだ?連中じゃ凡そまともに受け止められるお前以外、任せられないんだわ」
エレベーターの階層ボタンを押す門松の顔は、どこか苦しげであった。英梨の命を賭けてまでの行動を、棒に振りたくなかったのだ。その意図を汲み取って動き出せるのは、ユウしかいない。門松はそう期待して彼を同行させたのである。目的の階へ到着すると、そのまま真っ直ぐ英梨の居る病室へ向かう。足取りが軽い訳ではないが、ある種の使命感が足を踏み出させていた。壁にかかったプレートには、"神宮寺 英梨 様"と書かれており、ここなのだと簡単に分かった。軽くノックをし、スライド式の扉を開いた。すると英梨がぱっと顔を上げて会釈した。
「教授....!いいんですか、講義があったんじゃないんですか?」
「今日は予定がなかったもんでね。神宮寺君、身体の調子はどうだ?お腹の中の子も」
「まぁ、順調に快復している....と思いますよ?赤ちゃんはまだ形にもなってないし、傷が治ったらまた考えないと」
そう言う英梨はどこか覚悟を決めたように見える。門松は言葉を探したが早々に諦め、ユウを病室の中へと招き入れた。
「お久し振りです、神宮寺さん」
意外な来客に英梨は目を丸くし、なるほどねえと漏らしながら力なく笑った。
「久し振り、ユウ君。紗綾ちゃんとはまだ熱々って感じ?」
英梨から紗綾の話題を切り出されると、ユウはなんと答えてよいのか分からず、ただしどろもどろに反応してしまう。英梨も彼の性格はよく知る所で、「冗談よ」と笑って目の前の椅子に座るのを促す。
「でもそう言う、ちゃんとした服も着れるんだ?ユウ君って言えば"これぞゲーマー!"みたいなイメージだったし、これはこれで新鮮だしいいと思うなぁ」
「こ、こう言う場ですから。弁えない訳には」
ユウのぎこちない対応は門松には少しおかしく見えたようで、笑いを堪えつつ病室をこっそりと抜け出した。後は彼に任せても問題ないだろう、と期待しての事である。
「聞いたよ教授から。探偵もしてるんだってね?何か私みたいなことしてるけど、やっぱり気になることがあった?」
英梨に微笑みを向けられ、ユウは不覚にもドキリとした。だがすぐに調子を取り戻し、経緯を辿る。
「怜を取り戻すためには、しなければならない事が沢山あった。弾圧運動から今に至るまで、彼女の身に何が起きていたのかを知らない事には、何をすれば良いのかすらも見当がつかない.....探偵として動き出したのは、そこからです。けど、事態は俺の想像を遥かに超えていた......そして俺は、ある依頼者から水崎 諒馬の名前を聞き調査に乗り出しました.....思えばあなたと同じ事を考えていたのかも知れません」
「うん....だろうと思った。あの人じゃなきゃ、きっとダイバーズを綺麗サッパリ、取り戻せない気がするもの。いくら悪魔の科学者だと思わせてても、あの人の本質は他人の為に力になりたいって所だと思うから」
だからブルームーンやダイバーズと言う社会における、彼の誤解を解かねばならなかった。ユウは何とはなしに、使命めいた物を感じた。エスはちゃんとリタに事実を伝えてくれたのだろう。ならば、やらねばならぬ事はもう決まったも同然である。英梨はユウのそんな感情を察して、おもむろに抱き寄せて撫でた。
「お願いね、ユウ君.....私が復帰できるようになるまでは、君に全部任せる」
恥ずかしさなどは不思議と感じなかった。むしろ力を与えてくれる、そんな優しさに触れている気分だ。
「やり遂げて見せます。あの戦争を終わらせるのは、俺達でなければならないのですから。神宮寺さんも、元気なお子さんを産んでください」
別れ際、ユウが捻り出した言葉に英梨は面食らい、吹き出した。
「だーかーら、それはまだずっと先だっての!まぁでも、ありがとうね。この子が多分、私に勇気をくれるからまた戦えそうな気がするし....お互い頑張りましょ!」
一方、ガンプラダイバーズ、ブルームーンではナイトシーカーのハッチ解除作業が大詰めを迎えていた。リョウマ達の努力が実る瞬間である。ミサがタブレットに"シグナル受信完了"と表示が出たのを知らせる。それを皮切りにナイトシーカーが再起動し胸部ダクトの奥から、ウァンウァンと駆動音が聞こえ始めた。そしてとうとう、ナイトシーカーのコクピットの隙間から空気が噴き出しハッチがゆっくりと開き、その場に会した一同が喜びのオーラに包まれた。しかし、その空気もまた一瞬で吹き飛んでしまう事となるのだった。何しろナイトシーカーのコクピットは、他とあまりにも違いすぎたからだ。
「ひっ......!?」
覗き込んだスワンは、悲鳴を上げ後退りした。確かに舞夜はそこにいる。しかし彼女は上半身以外の全てを、コクピット内のインテリアとドッキングしていたのだ。そして舞夜は何度呼びかけても答えぬ、人形のような状態で項垂れている。
「これ、どうなってるんです?シートがなくて、肉体をそのままって....まるで阿頼耶識かリユース・サイコ・デバイスじゃないですか」
葉山が食い入るように観察し、接続部にライトを当てて細部をスクリーンショットに収める。
「そうだ.....彼女は機械だ。機械の体を持っているんだ」
すると周囲の視線が一斉にリョウマに集まった。
「待ってくれ、機械ってどう言う事だ!単にアバターのモチーフがそうだって事なんだよな....!?」
と、シロー。リョウマはゆっくり首を左右に振り、苦しげな面持ちで否定した。
「いいや、本当に機械そのものだ。舞夜は既に死んだ人間.....そんな彼女が用意した身体が、これなんだろう」
皆が当惑する中、スワンだけはあの時の感覚が間違ってなかった事を実感する。比良坂 舞夜は人間ではなかった。だがまた別の感情も胸の内で沸き起こる。なぜ彼女は、死して尚諒馬を守る為に戦っていたのか。ただ、答えは見えているようにも思えた。
(あの人が、本当に諒馬さんを愛しているから....あそこまで身を擲ってるんだ.....)
そう考えると、彼女に対して抱いていた疑念や、妬ましさを恥じ入らずにはいられなくなった。自分はまだ、大人になりきれないままの子供なのだと、己の至らなさを痛感させられる。
「一先ず皆は戻ってくれ。後は俺にしかできない仕事だ.....」
「待ってよ。何で勝手に前に進めてるの?この人が死んでいたって、どういうことなの」
堪らずミナがリョウマの前に出てきた。
「あり得ないよ.....死んでしまった人を使ってまでって......と言うか、何で死んだってことを知ってるんですか....!?」
それを聞いた弘は慌ててミナを止めようとしたが、人だかりの外にいた為に叶わなかった。
「ミナちゃん....!」
スワンが制するがミナは依然としてリョウマを、強い視線で問いただす。そしてリョウマは、硬く閉ざした口を開くのだった。
「俺が.....彼女の命を奪ったんだ。俺の実験のせいで」
その刹那、ミナの両手がリョウマを突き飛ばし、壁に背中を打ちつけた。リョウマは彼女の怒りと憎しみに塗り潰された瞳を見て、すべてを察し説明する事を躊躇ってしまう。
「結局関係ないなんて、なかったんじゃない!ZeuSは結局ZeuSだったんだ!人の命を弄んで恥ずかしくないの!?」
ミナらしからぬ勢いでまくし立て、徐に自分の着ていた服のボタンを引きちぎるように外した。周囲が彼女を止めようとするが、異様な程の強いオーラに足が竦み、何もできずにいた。そしてリョウマは、彼女の胸に埋め込まれた物を見て絶句する。翡翠の輝きを秘めた鉱石。それは人間の体に埋め込めるはずの無いものであった。
「エス....メラルダ.....鉱石.....!?」
「そう!自分の父親に埋め込まれた物だよ!お陰で私は、人としてじゃなく、作品として生きる事を強いられたの!天原 奈都と言う人間の一生を、踏みにじってね!!同じZeuSの人だったなら、何で止めてくれなかったの!?」
「天....原........奈都.....まさか、君だったのか......!?」
ミナ――天原 奈都は母親の胎内、つまりは生まれる前に生体工学の権威である父親の手により、エスメラルダ鉱石をまだ胎児でしか無かった、娘の身体に埋め込む手術をしていたのだ。しかしそれは諒馬がZeuSに入社する前の話である。故に彼は、本当に実態を知らなかったのだ。
「おい!何やってんだお前らっ!?」
門松とエスが丁度現場に現れ、二人がかりでミナをリョウマから引き剥がした。
「ミナ....!一体どうしたんだ?」
エスがブラケットを拾って埃を払い、ミナの肩に被せて極力肌を晒さぬように隠した。ミナもブラケットの端をぎゅっと握り、エスに訴えるような眼差しで告げる。
「この人も.....いや、この人の方が許せない.....人の命を奪ったって....!」
その言葉にエスも門松も硬直する。だがそこへ弘が来、リョウマを起こして立たせてやると深呼吸の後に声を大にした。
「リョウマが舞夜を殺しちまったのは、事実かも知んねえ.....けど、俺は全く信じられねぇんだよ。だってコイツは、誰かの為に、見ず知らずの誰かの為に命を擲つくらいの奴なんだぜ?上手く言えねえけど.....俺は思うんだよ!アイツを殺ったのは、リョウマじゃねえ!ZeuSなんだ!そんで水崎諒馬はな.....世界の敵なんかじゃない。悪魔なんかでもねぇ!俺達のヒーローなんだ!」
呆気にとられる一同。だが弘は一切動揺することなく、むしろリョウマに不敵な笑みを浮かべてサムズアップして見せた。
「お前自分が何言ってるのか分かってるのか.....俺を肯定するということは、ZeuSを肯定するのと同じなんだぞ!」
案の定、叱られるがそれでも弘は自分の姿勢を崩さなかった。
「んなもん知るか。俺はお前という人間を信じてんだよ。正直俺はメカとか事件の話とか、そんなの全然分かんねぇ。けどお前に何かしてやりたくてよ.....へへっ。ここでようやくって感じだぜ」
「馬鹿もここまで行くと清々しい....ったく...」
リョウマはふと目頭が熱くなり、泣きそうになるのを堪えるべく、デッキのハッチから見える青空を眺める。
「あそこまでいい仲間が出来てるんだ....奈都も信じられるようになる日は来る」
エスはミナを落ち着かせつつ、門松に一言告げこの場を後にした。他の面々も、弘の"馬鹿正直"さを悪くは言えず、次第にリョウマを受け入れようという声まで上がった。
「ご苦労なこった.....しかし、こうも短期間で彼女の復旧が出来そうだなんて....」
門松もリョウマを手伝い、舞夜の意識データのサルベージを行っていた。流石リョウマの師だった人物だけあり、その作業速度も効率もかなりのものだ。
「戦争になる前に止めるはずが....もう取り返しの付かないことになってしまった....だけどまだやれる事はいくらでもある。あの馬鹿が俺に見せてしまったからなんでしょうけど」
遠い目でナイトシーカーの顔を見上げるリョウマ。門松はコーヒーを一口飲んでメガネの曇を拭う。
「まだ奴らは決定的な問題を抱えていて、そこを突けるかどうかがカギ.....そこまで読めたが?」
「俺まだ何も話してないですよ」
「こっちだって何もしてない訳じゃねぇーよ....けど、百崎の奴がどういう人間か分かってりゃ、自ずと先は見えて来るもんだ」
「どういう事です?」
「2日くらい前からか、ストライクかジェミナスをベースにしたガンプラが、襲われかかるって話が出てる。エスとお前を狙ってるのは間違いない」
そう言うと門松は、ニュースページを切り取り、そのウインドウをリョウマに向けた。"連続通り魔か 白いガンダムの目撃相次ぐ"と見出しされており、リョウマは眉をひそめた。
「随分ざっくばらんですね、これ」
「だが大方誰がやったのかは想像つくだろ?因みにウチの愛すべき大バカ野郎は、すぐに目星つけてんだとよ」
現実世界で聡が風呂に入りながら、突然大きなくしゃみをしたが、誰も知る由もない。
「俺も何となくは分かるんですが.....便乗した愉快犯だとしたらどんなにいいことか」
「どっちもタチ悪いじゃないか。ま、お前の最悪の予想が当たっちまうと思うよ。徹=アルマーニュとアイツぁ、似ているようで明らかに違う。いずれ亀裂が起こる事は間違い無かったんだ」
カタカタとキーボードを叩く音が虚空へとひたすらに吸い込まれる。突然門松が思い出したかのように、リョウマに声をかける。
「言い忘れてたが、無事で何よりだよ。A.ν-Tにまだ戻る気はあるのか?」
「土村が俺の資産をすべてこっちに回した時点で、戻らせる気もなかったみたいですよ。いや、多分、俺には弘とスワン....そして舞夜が必要なんだって思ったから....じゃないかと」
「あんな拉致る真似しといて、やる事がそれかい!ったぁくお前の連絡先伏せた努力は無駄かぁ!」
門松が態とらしく声を上げた刹那、ナイトシーカーのコクピットからフォオン、と何かが起動する音がした。インテリアが続々と点灯し――。
「自我境界プロトコル、定義完了。ニューロン回路端子、全て正常配置。コルチゾール蛋白壁、損傷無し。視神経回路オールグリーン。積層CPUユニット、全パス正常に機能。15秒後に再起動開始――」
機械的に読み上げられる声は、正しく舞夜の物だ。そして瞼がゆっくりと開き、顔を同じだけの速さで前に向けた。リョウマと門松の驚く顔が目に止まり、舞夜は小さく首を傾げた。
「何を驚かれているのですか。それより、私はなぜまた....あなた達を見ることが出来たのですか....」
するとリョウマが彼女の頬に手を触れ、瞳をじっと見つめた。
「お前を守るためだ。お帰り、舞夜」
「諒、馬....」
気がつくと門松の姿は消えていた。恐らく男と女の水入らずを邪魔しないための計らいであろう。
「とりあえず、連れ戻せて何よりだ.....お前が奴らにまた捕まったのを知らなかったせいで、こんな目に遭わせてしまった。済まなかった」
リョウマが頭を下げようとしたが、舞夜は少し驚かそうと声の調子を"戻した"。
「本当ですね。でも助けに来てくれたのだから、これでチャラにします」
「えっ........お前、感情が.....戻ったのか!?」
リョウマの反応が予想通り過ぎ、再び舞夜はいつも通りの調子に変えてしまう。とは言え、他にどんな反応するのかも想像できず、ある意味安心していたが。
「感情は意識的に封じていました....ですが捨て置いたはずの心がまだ手の中にあった.....お陰で生きているときのままです」
「そ、そうだったのか......お前のことだから俺を傷つけないために、そんな無茶をしてた....いや、させてたんだな....」
「謝る必要はありません。私は諒馬を愛している。だから望んでここまでした。それだけの話です」
やはり無機質なトーンに戻されたままでは、リョウマも人間である。寂しさを感じないでは無かった。
「なぁ、舞夜。頼みがある。今この時間だけ、元の君と話がしたい」
舞夜は驚きを隠せず、しばらく黙り込んだが意を決し、リョウマの頬に口づけをした。
「そっか.....じゃあ、ちょっとだけ戻りますね。りょう君」
活発さを思わせる、明るい声。これが本当の比良坂 舞夜の声なのだ。
「やっぱりこの声だな.....あの時はうざったく聞こえたのに、今じゃこんなに安心する.....俺がいつの間にか人間臭くなってしまったのか....」
「んん.....きっとりょう君は本当は今みたいな感じが、本当のりょう君だと思いますよ。全然上手く言えなかったですね、あはは....!」
本当の自分。リョウマは心の中で反芻させながら、舞夜の髪を撫でた。いくら機械の体だからとはいえ、髪に対する拘りは生前と変わらないように思える。舞夜もそんなリョウマを見て、屈託のない笑顔を向ける。
「ダイバーズを救う。それまでは俺の力になって欲しい。頼まれてくれるか?」
「勿論です。また感情を止めることになりますけど、りょう君の目的の為に精一杯お手伝いしますから。大好きです、りょう君」
一体どれほどの月日を経て、二人は笑い合う時間を手に入れられたのだろうか。これが一瞬の出来事でしかないとはいえ、二人の間には永遠に残り続ける記憶となるのだ。