創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius 作:JNEXEL
朝日が昇る。聡は瞼越しに光の刺激を受け、薄っすらと開いた。
「朝、か......頭....痛えな....」
ズキズキと痛む頭を押さえ、ため息を吐きながらベッドから降りる。髪がいつも以上にボサボサになっており、まるで実験に失敗した化学者のようである。ふとベッドに目を移すと、至るところにパンツやシャツが散乱していた。女物のキャミソールを拾い、聡はどうしたものかと洗濯機の中へ放り込んだ。
「奈都は.....やっぱり俺が引き止めておくべきだったんだ....参加させなきゃ、傷をえぐることもなかったろうな...」
脱衣所から再びベッドを眺めると、掛け布団がもぞもぞと動くのが見えた。たった一晩で部屋が荒れてしまうのも考えものだが、それが今の彼女の心を表しているならば、これ以上ない悲鳴のように取れた。鏡に映る自分も今までにないほどげっそりして見えた。何度か顔を洗い、タオルで拭きながら台所へ向かおうとした矢先、奈都も目を覚まし起き上がった。
「おはよう、奈都。今日は寝てなよ、色々調子戻るのに時間かかりそうだろ?」
聡が気遣って声をかけるが、奈都は笑って首を左右に振りシャツのボタンをかけ直した。聡も同様にズボンを拾って履き、グレーのジャケットを羽織る。
「私は大丈夫.....だけど、聡の方が辛そう」
「俺はいつもこんなだから。先生に何か言われたら適当にごまかしとくから、今日はゆっくり休んでてくれ、な?」
聡も平気を取り繕い、奈都の頬を撫でてやり軽くキスを交わし家を出た。買ったばかりの自転車に跨ると、そのまま力いっぱいにペダルを踏み込んで始動させる。普段なら軽い力でスイスイ進む感覚があるが、今日だけはかなり重たい気がした。踏切を通り過ぎた辺りで、目の前にいきなり車が割り入れる形で停まり、聡はギョッとしてブレーキをかけた。間一髪で衝突は免れたが、文句を言おうとした矢先に車から降りた人物に、聡は絶句する。
「お前は........!?」
白いコートに身を包んだ、気品の漂う男。聡は彼をよく知っていた。目標であった者。そして、全ての事件の黒幕となった者――百崎翼である。
「久方ぶりだ.....その眼差し、やはりあの時と変わらぬ様だ」
「犯罪者が朝っぱらから車乗り回して散歩かよ.....どんな神経してるんだ....?」
一般社会に戻ったとは言うが、未だ保釈中の身。判決を先延ばしにしているだけで、犯罪者であることに何ら変わりがない。翼は涼し気な顔で聡の横を歩き、鋭い眼差しで凝視した。
「確かに君にはそうにも見えような。そんな事は今はどうでもいい。私が君を殺す....その意味は分かるな?」
この殺気だけは、聡は未だに慣れない。だが睨み返すだけの度胸は、既に出来上がっている。
「お前.....まだ懲りてないってのか....!どんだけ人の命をおもちゃにしたら気が済むんだ....ムショの中で命の大切さとか学ばなかったのかよ!」
「それは私にとっては、ただの言葉に過ぎんよ。あれこそが俺の求めていた世界だ。貴様如きに邪魔をさせん」
車が走り去るのを見届ける聡の目は、同じ人物とは思えぬほど怒りと憎しみに満ちていた。尊敬できる人物も、分かり合えたかもしれない"友"も力を貸してくれた仲間も皆、翼が作り上げた仕組みによって、失わされて来た。聡の拳が硬く握られる。今一度、奴に勝たなきゃいけない。今度こそ歴史の表舞台から引きずり出してやる。聡は再び決心し、自転車を走らせる。
堂夢大学の学内の一室のドアを聡は開けた。この部屋はガンプラダイバーズサークル、"ウェイブダイバーズ"の拠点として使われていた。
「な――」
一足先に誰かが来ていた。聡は一度も会った事が無かったはずの男が、一体誰なのかすぐに判った。
「リョウマ・アルキメデス......?」
「こうして会うのは初めてだったな....俺は水崎 諒馬。元ZeuSの、ガンプラダイバーズ開発者だった奴さ」
何と、諒馬が堂夢大学の、しかもウェイブダイバーズのサークルルームに居るのだ。これは一体どういう事なのか、聡には見当も付かずただ呆然と立ち尽くした。諒馬はもちろんそんな彼を意に介さず、携帯電話の画面を見せる。
「5時頃にメッセージが届いてたんだ。俺とお前を同時に仕留めるとか何とか.....教授も言ってたが奴はかなり焦っている。君ならどうせ行くだろうと思ってたから言わせてもらうが....」
彼の言葉を遮り、聡はリュックサックをいつも使っている席に置いた。
「だったら俺が奴を叩きます」
すると、諒馬は止めるわけでもなく聡の目の前に、プラスチック製の小さな箱を置いた。聡が恐る恐る箱を開けると、中から出て来たのは、シュベルトゲベールにも似た2振りの対艦刀だ。その割には少々小ぶりで、かつ銃火器めいたパーツが盛り込まれている。聡は目を白黒させて諒馬を、見つめた。
「これって.....まさか、俺に?」
「ああ。お前の過去の戦いを色々と見させてもらったよ。爆発力任せに色々場を引っ掻き回す戦いが得意だが、それ以外の時....要は耐えなければならない時間で出来ることが圧倒的に少なかった。その武器なら多少はマシになるはずだ」
箱からひらりと一枚の紙が落ち、拾って読むと"ネクサスウォード"と書かれていた。絆を断つのではなく、それによって紡がれた未来を切り拓く。聡にはそう思え、昨日の弘が正しかったのだと感じた。
「ありがとうございます。必ず勝ってみせます....んで、わざわざこれを渡す為に来たんです?」
「んな訳ないでしょうが。徹が何か罠を仕掛けていないでもない....俺とお前を同時に仕留められるチャンスだからな。漁夫の利を得られる前に、俺が奴らを押さえる」
「一人でですか!?」
「奏ちゃん達も後で来る....が、それを期待していてはお前に邪魔が行くだろう。何、こっちに有利な状況を作るってだけさ。行くぞ」
諒馬が近くにあったデスクトップマシンに電源を入れ、アタッシュケースから取り出したビルドスパークルをスキャナに乗せる。そして二人は同時に仮想世界へと飛び込んだ。
交流広場第7区画。街路樹の木陰から出て来ようとしたエスだが、直ぐにリョウマに引き止められた。
「まずいぞ。これだけの人数を集めてるなんて想定外だ....」
確かに結構な人数が広場めいたエリアに集まっており、さながら催し物でも開かれているような景色を見せる。だがこれが穏やかなものでない事は、エスにもすぐ分かった。
「ブルームーンを墜せ....だって....!?」
旗を掲げているグループもあり、そこにデカデカと書かれている文言には、誰しも顰蹙を買いかねない。だが現在のダイバーズを見るに、咎める者は誰一人としていないだろう。何しろブルームーンは今や、仮想社会に対する"敵"なのだから。
「ブルームーンを許すな!」
「紛い物の支配階級は潰えて然るべきだ!」
「奴らがガンプラダイバーズを歪めた!」
口々に叫ぶ群衆。エスは思わず「違う!」と声を上げそうになるが、リョウマがそれを制した。
「今ここで下手に騒ぎを起こせば、ますます奴らの思う壺だぞ....!群集心理を巧みに利用するのが奴らのやり方だ.....乗せられてんじゃねぇ...!」
どこかへ一度退避し、機会を狙って突入するとリョウマはプランを立て、ここを離れようとした時。空から複数のドローンが飛来し、二人の行く手を遮った。その様子は広場中央の大型モニターに映し出され、観衆が一斉に二人が居る方を向き始めた。モニターの前のステージで、綺羅びやかなアイドル衣装の少女が、尋常ではない距離をジャンプ、マイクを片手に二人の前に降り立ったではないか。
「さてさてぇ!ガンプラダイバーズの敵となってしまったブルームーンのメンバー!のお二人さん!今のご心境をお願いしまぁす!」
呆然とする青年二人。だがエスは、アイドル衣装の少女に妙な見覚えがあり、次第に目を疑った。
「この娘......確か、アイツの......!?何で君がこんなことをしてるんだよ!?何の冗談で....!」
エスが思わず彼女の肩を掴み、必死に問いかけた。だが少女は態とらしく悲鳴を上げ、自分の身を抱くようにして離れると、観衆に向けてSOSサインを出したのだ。
「きゃーっ!!この人、見ず知らずの私に出を出してきました!やっぱりブルームーンって、そういう人達の集まりなんでしょうか!!」
気がつけば何百人ものダイバーが一斉に走り出した。リョウマはエスの頭を引っ叩くと、腕を掴んで路地の中へと飛び込んだ。
「大バカ野郎!何をいきなりしでかしてんだよ!?」
「あの人、俺は知ってるんですよ!アイツの....ハジメと一緒にいた娘なんだ!間違いない!」
「どういう事だよ、分かるように説明しろ!」
二人が真っ先に突っ込んだのは喫茶店のような建物の中。息絶え絶えの男二人を見たウェイトレスは、若干引き気味ながらも遠巻きに心配そうに見つめる。
「あのー、大丈夫ですか?」
声をかけられ、エスはぱっと立ち上がってみたが、部屋の内装を見て口をぽかんと開ける。
「ここってウェルスとエルニアの....店、だよな....」
リョウマも軽く見渡し、思い出したように頷きながら立ち上がった。
「俺も来たことがあるぞ、ここ。済まない、すぐに出る。迷惑かけちゃまずいのでね」
二人がいそいそと出ようとするのを、ウェイトレスは慌てて引き止めた。
「危ないですよ!何か、オーナーが「エスや仲間が来たら、可能な限り匿ってやってくれ」って言ってましたから、ここにいてもらっても....!」
オーナーとは即ちウェルスだ。リョウマとエスは互いの顔を見、安心したようにため息をついた。ウェイトレスも店の扉にかけてある看板を、"OPEN"から"CLOSED"にひっくり返して鍵をかけた。
「あの、私....メルセデスと言います。メルセデス・ローツェ。お二人はエス・ブラックベイさん、と.....」
紫がかった青い髪と黄色の瞳をしたウェイトレス、メルセデスがメモ用のウインドウを開き、エスの名前を復唱して確認しようとしたが、当時リョウマの事はウェルスも知らなかった。その為かメルセデスはリョウマを見ながら、言いづらそうにしていた。
「リョウマ・アルキメデスだ。まぁ、知らなくて当たり前だと思うから気にすんな」
「リョウマ・アルキメデスさん.....っと。あなたもオーナーの知り合い....の方ですか?」
「そうなるな....ってもそんなに話しした事ねえけど」
確認が済めばメルセデスはすぐにカウンターに引っ込んでしまった。接客をしているにも関わらず、ここまで内気だと凡そ無関係な二人も心配になる。
「まさかここまで人を集めてたなんて.....今度は見世物にする気だったのか....」
エスが苦虫を噛み潰したような顔で、窓枠を見つめた。リョウマも予想を大きく外れた状況に、思わず頭を抱える。
「奴がパフォーマンスに注力しかねない程、何かが崩れている証拠と考えるべきか.....それはそうと、さっきお前が言ってた....ハジメってのは」
案の定、質問されないはずはなかった。エスはやや躊躇いがちに俯くが、いずれ話すべき事だったので顔を上げた。
「ガンプラダイバー、ハジメ・アルファインス.....アイツも俺と同じ、ν-Typeでした。でも俺やウェルスとは、反対の立場....A.ν-Tにいた人間なんです。俺とハジメは、一人の女の子を巡って不思議な運命を辿ってきた.....多くの人を巻き込みながら、俺達の戦いがZeuSの仕組んだ運命の結果と知るまでは....結局分かり合えたかどうかも分からない....そんな状態でハジメは...」
「その女の子は、サツキ・フュンフ......か?」
唐突にリョウマが言い当てた名前に、エスは一瞬戸惑うがZeuS事件を調べていたと言うなら、何ら不思議ではなかった。
「しかし不思議だな....この区画にある墓標のデータは全て、集約したはずなのに....ハジメ・アルファインスって名前は聞いたことがない。彼は本当にダイバーズで命を落としたのか?」
「死んでいるかどうかまでは.....でも"自分を失った"のだから、ハジメ・アルファインスとしてのアイツはもういない....」
「自我データの破壊による消滅、か。確かにあの時期のダイバーズでなら、起きて当然と考えるしかなさそうだ。で、さっきの彼女はそのハジメって奴と関係があるんだったな...そこらはお前じゃなくても、弘か舞夜に聞けば大方見当は付きそうだな。済まないな、辛い事をわざわざ思い出させた」
「いや....この状況をどうにかしたいのは俺も同じです。出来る事なら全部やっておいて損はしないはずですから」
そうか、とリョウマは呟きドアの方へ目をやった。だがその瞬間である。交流広場で、あるまじき行為がこの喫茶店を襲ったのは。
「何だ!?」
ドォン!と腹を突き上げるような低い音が、部屋全体を揺らした。メルセデスが悲鳴を上げて、キッチンの直ぐ側で座り込む。そして数分して、また同じ音が襲う。
「やばいな.....奴らここを嗅ぎ付けてきやがったのか....!」
部屋の隅で、窓からも見えにくいと判断した席にいたはず。それがどうして居場所が発覚したのか。リョウマはウィンドウを開き、手元に電波探知機をビルドして部屋を遍くスキャンした。その結果、どこかに外部と通信する端末の存在が判明したのだ。
「この部屋に盗聴器が仕掛けてある!?」
リョウマの発言をエスはにわかに信じられず、間違いでは無いのかと聞き返すが、彼が徐にメルセデスのスカートをめくり上げ、大腿に巻きつけられたベルトを引きちぎった。かなり強引かつセクハラなやり方であるが、それを以て余りある真実を前に、エスも否応なしに認めざるを得なかった。
「こんな物を用意していたとはな.....最悪だ。オーナーである彼の意志を踏みにじる気か!」
リョウマに詰め寄られると、メルセデスは本性を見せた。ヒールの踵で彼の腹を蹴りつけ、バク転で体勢を立て直すとポケットからバタフライナイフを引き抜き、身を屈め躍り出た。
「クソっ.....やはりスパイだったのか!ビルドアップ!」
リョウマはすかさず右手に拳銃らしきものをビルドした。それを見たエスは、まさか殺めるのではないかと危惧する。だがリョウマは天才であった。決して命を奪わず、かつ痛みを極限まで押さえた方法がある。
「リョウマさん、それは!?」
「いいから何も言うな!」
ビリリ!と電気的な音がしたかと思うと、次の瞬間にはメルセデスが床に倒れていた。血はどこにも散っておらず、耳を塞いでいたエスはきょとんとした顔で立ち尽くした。リョウマがビルドしたのは、拳銃型で、かつ有効射程距離を延長したスタンガンだったのだ。リョウマは彼女の持っていたバタフライナイフを蹴り飛ばし、エスと共に喫茶店の裏から脱出した。それから程なくして、表のドアが吹き飛ばされ武装したダイバー達が続々と突入する。しかし肝心のリョウマ達はいない上に、潜ませていたはずのメルセデスは気絶していた。彼らは何が起きたのか要領を得ないまま、何もせずにメルセデスだけを運び出しこの場を立ち去るのだった。