「やあやあどうもお久しぶりです皆さん! いつぶりですか? 一週間? 一か月? 久々に見に来たよーって方、どのくらいいます? 相も変わらぬ狂気の祭典、"トランス&モディフィケーション"! まもなく開演です!」
「ええ、ええ。前回、凄かったですねぇ! というかあの人何ですか? 化け物ですか? 正直そのうち『見た目は幼女、頭脳はチート!』って感じで現れそうですよねぇ……」
「まぁそれはその時。ここは狂気の吹き溜まりであり享楽主義者の集会場。面白ければ何でもありです! あ、垢banだけはNGですよ?」
「いやー……前回終わった後、運営さんに怒られちゃいましてねぇ。『嘔吐があるならGで申請しろ!』だそうで。いやいやあんなの予想できないですって! 一応対策としていろいろ調整してるので今回からは大丈夫だと思うんですが……」
「というかG制限ありの方はもう何でもありすぎてドン引きですよ! なんですかあれ!? ムカデ人間も真っ青! 視聴者数自体は少ないのに全員訓練済みですよあそこ!」
「ま、そんな愚痴はさておき、そろそろ皆さん始めましょうか! おっと、お手洗いは今のうちにお願いしますね?」
◆
女の声が聞こえる。かなり喧しい声だ。先程から何かを叫んでいる。
少なくとも俺の知り合いの中には、寝ている人間を起こしてくれる女性など思い当たらないのだが――
「あぁ、もう! いい加減に起きてください!」
耳を劈く破裂音と共に足に鋭い痛みを感じ、飛び起きる。いや、飛び起きようとした。しかしそれは叶わない。仰向けの姿勢のまま全身が拘束されていたからだ。
「え――は?」
「ようやくお目覚めですか。ようこそ被害者さん! もう前口上終わってるのでささっと進行していきますね!」
――痴女だ。半裸の女だ。いやいったいこれは何だ。半裸の女――辛うじて白衣と呼べそうなものは羽織っている――に気を取られていたが、白黒灰の三色しかないこの部屋は何だ。少なくとも自分の部屋でないことだけは明らかだが――
「いや、これ最長記録ですよ。もう方針決定まで行っちゃいましたし。ほーんと、何時まで寝てるんだって感じです。前回の被害者さんなんて始まる前から起きてましたよ?」
女は何やら捲し立てる。俺はその話に全くついていけず、ただただ右から左に聞き流すだけだった。
「……ああ、駄目だこれ。まずは何かしないと全く面白くないタイプの被害者だ。というわけで! 今回! 超! 久々に! 天啓スタイル行っちゃいましょう!」
その瞬間、女はまるで新しいゲームソフトを買った子供のように目を輝かせる。それを目にした瞬間、本能的に察した。
この女、やばい。
人を人と思っているならばこんな表情を向けられるわけがない。いわば捕食者、侵略者。映画に出てくるエイリアン。この女を形容する言葉は、おそらくこれらが相応しい。
女は何やら両手の人差し指をこめかみに当て、考え込んでいる様子だ。ぶつぶつと何かを言っているが、内容までは聞き取れない。
「決ーめた! やっぱりこういうのは楽しまなきゃ損です! という訳で――」
女は何かを思いついたのか、また先程の笑顔を浮かべ、指を鳴らした。その瞬間、全身が急に軽くなった。一瞬何が起きたか、なにも把握できなかったが、女の姿が遠ざかり、見えなくなって初めて気づく。
落下している。全身の拘束はすでに解かれているが、そんなことは関係ない。というかこのままでは死――
「はい。とうちゃーく! いやいや中々良い顔してましたよ被害者さん! 後で写真焼き増ししてあげますね!」
死ぬことはなかった。落下地点にはこの女が用意したのか、巨大なクッションが置いてあり、勢いがすべて殺されたのだ。
「おやおや? どうしました? そんなに怖い顔して? もう一回行ってみます?」「誰がそんなことするか!」
女は揶揄うように言葉を紡ぐ。そんな女に苛立ち、掴み掛ろうとして距離を詰めるが――
「おっと、怖いこわぁい。楽しいゲームに暴力はご法度ですよ?」
女との距離が詰められない。最後の一歩が、見えない手で押さえられているかのように踏み出せない。
「こんな状況でそんなことできるなんて、よっぽどの馬鹿か蛮勇か。何れにせよ、愚かと言わざるを得ませんね! まぁ? 一回目ですし? 今回だけは特別に見逃しちゃいます! キャー! やっさしー!」
女は嘲りケタケタ笑う。まるで一発屋のコメディアンを始めて見たかのごとく笑う。――ふざけやがって。
「さてさて顰め面の被害者さん! そんなあなたもたちまち笑顔! 何故なら今宵の私はエンターテイナー! アイデア提供視聴者さん! もう負ける気がしませんね! ああでも皆さん勝ちを確信したからってお風呂とか行かないでくださいね?」
女は虚空に向かって話しかける。一体何なのだ。これは。
「おやおや、今回の被害者さん。寝坊助な上に鈍ちんとは。前回の方とは真逆ですねぇ。まぁまぁそのうち察するでしょう! ではどうぞ辺りをご覧ください!」
「辺りって――」
女の言葉に従い周囲を見渡す。ここもまた異常な空間だった。
果てが見えず、雲一つない青い空。地平線まで塗りつぶしたかのような緑の大地。まるで出来の悪いゲームのグラフィックだ。
そしてその一色に染まった大地の上に、これまた吸い込まれそうなほど純粋な黒い円が並んでいる。大きさは大体マンホールの倍ぐらい。途中で曲がっているが数としてはかなり多いように見受けられる。。
「はいここで問題! 今回あなたにプレイしてもらうゲームは何でしょう!? 制限時間は十秒! さぁお答えください!」
「え、は? ――」
女が唐突にそういうとともに、目の前に半透明のタイマーが映し出される。時間は女の言う通り十秒。まごついている間にどんどんゼロに近づいていく。
「はい終了! 残念でした!」
その瞬間、タイマーから目を開けていられないほどの光が発せられる。思わず目を覆う。時間にして五秒ほどで収まったが、いつの間にか女の姿は消えていた。
「はいこちら放送室兼準備室! 被害者さーん、聞こえてますかー?」
――消えたのは姿だけだった。声は不快なほどはっきりと聞き取れる。それはもう苛立ちが表情に出る程に。
「……聞こえてるようですね。ではではルール説明の時間です!」
女がそう言うとともに、目の前にサイコロが現れる。かなりの大きさだ。
「ルールは単純! 出た目の数だけ前に進んで、止まったマスによっていろいろなイベントが起こります! 以上! グッドラック!」
いやいや、どういうことだ? 一人で双六でもやっていろとでもいうのか? それのどこが面白いんだ?
「ああ、そうそうもう一つ。しばらく振ってないとそのサイコロ、ひとりでに転がるんで」
女がそう言うのが早いか遅いか。サイコロは俺の手を離れ、地面に向かい落下していった。
出目は一だ。これが本当の双六なら運が悪い部類になるだろうが――。
「ささ、早く進んでくださいな!」「――断る!」
そもそもだ。どうしてこの女に従う理由がある? いやそれすら行き過ぎた話だ。こんな荒唐無稽な話、果たして現実であろうか? そんなはずはない。よってこんなふざけた女に付き合っている間があったら、目を覚ます努力でもしていた方が有意義だ。
「あ、そういうのいいんで」
何かに背中を思いきり突き押される。急なことだったので堪えきれずに足を踏み出す。そしてそこには黒いマスが。
「はいでは記念すべき一発目! 行っちゃいましょう!」
女の言葉と共に漆黒に染まっていたマスがたちまち一部を除いてその色を純白へと変えていく。そして黒い部分は確かな意味を持つ記号として自身を主張する。有体に言ってしまえば、それは文字列、否、只の単語である。
だがその先は判らなかった。それは普段自分が使っている言語であることは判るが、どんな意味を持っているかまではさっぱりだ。
『髪色 0xFF468C』
「ちょっと誰ですかこれ入れたの! 髪色をカラーコード指定とか訳判らないことしないでください!」
女の声。俺には判らなかったこの文字列は女にとっては判読可能なものだったらしい。
「――しかしなるほど。こういう発想は大事ですよね。というわけで! 早速施術の方行っちゃいましょう!」
女の言葉とともに、足元から触手のような機械が何本も生えてきて全身を拘束される。抵抗しようとしたがびくともしない。物凄い力だ。
そして拘束をしていないものは俺の頭に噛み付く。そのたびに僅かな痛みを感じるが、それよりもその機械に視界を塞がれていることの方が心理的な負担になる。一体こいつらは何をしているんだ?
「いっつ……――!?」
機械が頭から離れる。痛みから生じた痒みを抑えるために頭を掻く。そこで手と頭に感じた違和感。傷が癒えた後に瘡蓋が自然に剥がれる様な、或いは安い床屋で髪を切った後のような手触り。
手を見る。そこには黒い糸――つまりは自分の髪がおぞましいほど付着していた。常識的な量では断じてない。まるでそこに生えていた毛が全て抜けたような――
もう一度自分の掻いた場所に触れる。返ってくるのは地肌の感覚だけだ。そこには毛が生えていない。
「嘘だろ……?」
足元には抜けた毛が散乱している。さっきの機械はこの為の物だったのか?
こうしている間に、今度は触れてすらいない毛さえ抜け落ちてゆく。足元の白いマスはすでに黒い文字を覆い隠さんとばかりに黒い毛が積もっている。
「ああ、あのですね。凹んでるようですがまだ終わってませんよ? 映像回しますね!」
さっきのタイマーのように、半透明の映像が投影される。映されているのは頭部からあらゆる毛が抜け落ちた男。それが俺であるということは容易く想像できた。
「じゃあ行きますね! さーん!」
女は意気揚々と声を挙げる。画面の奥の沈んだ男とは対照的だ。
「にーぃ!」
継がれた二の句にそれがカウントダウンであることに気付く。
「いぃーち!」
「いっ……!?」
女の言葉より早いか遅いか、頭部に激痛が走る。
「ゼロ!」
女の言葉と共に視界が塞がる。頭が重くなる。一体何が起こったというのか。
聞こえるのは女の笑い声。ともかく視界を塞いでいるものを払おうとする。予想よりも遥かに簡単に、まるで暖簾を潜るかのようにそれは手に押しのけられた。
半透明の映像が目に映る。そこには先程の男は映っていない。何やら目に痛いほどの蛍光ピンクの何かがそこに映っている。
まさか、そう考え自分が今手で退けているものを見やる。それはそれは鮮やかな、おおよそ自然にはあり得ないほどのショッキング・ピンク。それが自分の頭から生えているものであるということに気付くのにはさらなる時間を要した。
「は……? なんだよ、これ……」
「何って? あなたの髪の毛に決まっているじゃあありませんか!」
女の愉しそうな声が笑い声の中に混じって響く。俺はそのピンクの物を、無造作に掴んで引っ張った。それと同時に頭皮から痛みが伝わる。女の言葉は疑いようのない事実だった。
「これから先にあなたから生えてくる髪の毛はぜぇえんぶそのピンク、RGBで言うと255,70,140の色でーす! そうそう、サービスとしてちょぉっと髪の毛を伸ばしてあげるのと、他の毛もその色に揃えてあげました!」
「なんだよ! それは!?」
女に反射的に罵声を浴びせる。しかしそれは具体的な意味を全くなさず、女の愉悦をさらに煽る結果となった。
「何かって? まぁ最初ですしちょっと詳しく説明してあげますね! 分かりやすく言うと今回行った施術は色素の置換と毛根の増強です!
人間の髪って色んな色がありますよね? それって髪の中の色素の量で決まっちゃうんです。ご存じメラニンですね。なので本来は絶対自然にそんな色になりません。なので今回はそのメラニンを作る細胞の方に手を加えました!
これのおかげであなたのそのピンクの髪を作る色素が出来上がっちゃったわけです! え? 製法? 企業秘密です! というわけでこれからあなたから生えてくる毛はその色素によって色が決まるので絶対にピンク以外になりません!
次に毛根の増強ですね! こんな風に色を変えてあげても、染め直しちゃえばいいなんて無粋なことを言う人もいるんです。というわけで! たとえ染め直そうとも三日もあれば生え変わるぐらい毛根さんに働いてもらうことにしました!
こうなっちゃえばもう染め直すなんて考えませんよね。なんせ三日で腰まで伸びるんです。一々染めてたらきりがありません。切っちゃうのも無駄ですよ?
というわけで、分かってもらえたと思いますが! もう一度言ってあげましょう! あなたの! 毛という毛は! 髪も睫毛も眉毛も全部! 今後絶対その色で生えてきます! 髪はすぐに限界まで伸びます! 以上!」
「いやマジでなんなんだよそれ! 嫌がらせか!?」
当然だ。こんなことをして何になるとも思えない。むしろこの技術力は禿――薄毛で困っている人たちに適用するべきではなかろうか。
「いやー……一発目でこれは正直私も予想外です。次はもっと"良いの"を引いてくださいね?」
女の言う"良いの"とはつまり俺にとって碌でもないものであることは容易に想像がついた。さらに言えば、あの女はこんな訳の判らぬことをできるほどの力があるという事実が重くのしかかる。
女がどこまで何をできるかはさっぱり分からないが、女はこのゲームを継続するだろうし俺はそれを強制させられるということは目に見えている。現に今、先程転がっていったサイコロは俺の足元に戻ってきている。
思わず舌打ちをする。そして苛立ちをぶつけるようにサイコロを乱暴に投げる。出目は3だ。
どうせ何もせずとも進まされるというなら自分で歩いたほうがマシだと考え、三つマスを踏む。そのマスは先程と同じように文字を表示する。
表示される文字には目もくれない。女の言葉にも耳は貸す必要はない。今回すべきは――
先程と同じように足元から機械が生えてくる。その軌道を読む。そして掴みいなす!
「おぉ!?」
女が驚嘆の声を漏らす。掴み掛られたら抵抗できないならそもそも掴まれなければいいと考えたのだが、意外にもこれが嵌ったらしい。
正しく一進一退の攻防。そして機械の行動ルーチンの隙間の一瞬を狙い、思い切り蹴りを入れる!
「え! ちょっと! 何するんですか!」
女が叫ぶ。無視だ。
機械はその数を減らし、その行動の中に大きな穴が開く。こうなってしまってはあとは簡単だ。数分もしない間に機械の残骸が辺りに転がることとなった。
「あーあー……何てことしてくれるんですか!」
「知るか! こんなことしてられるか! さっさと解放しろ!」
姿すら見せない女に怒鳴る。女も相応には怒っているようで、語勢がさっきよりも明らかに強い。
「全く! そんなことしても――無駄なんですよ!」
その瞬間、浮遊感とデジャヴに襲われる。当然だった、足元は再び黒に染まっていたのだ。底なしの穴という形で!
◆
「ああ、やっと起きましたか」
女の声が聞こえる。今まで自分は何をしていたのだろうか。ああそうだ、確か穴に――
ここまで思い起こしてとっさに体を起こす。しかしやはり、全身厳重に拘束されていて動けそうにない。
周囲の様相もまた大きく様変わりしていた。ここは――手術室、だろうか。さっきまでの手抜きのグラフィックとは違い、いやにリアルだ。
「全く、進行に逆らう上に設備まで壊すとは……なんという問題児でしょうか! 流石の私も怒りますよ!」
女は全身を使って怒りを表す。やけに子供じみているというか芝居掛かっているというか、いずれにせよあまり恐ろしくは感じられない。
「と、いうわけで強制続行です! 反省しても泣き叫んでも止めませんからね!」
女はわざとらしい笑みを浮かべながら、何やら道具を取り出す。糸鋸のようなものだ。
「なんだそれ、鋸か?」
「ええ、そうです。骨鋸です。ちょっと今回の施術が大規模になりそうなんでご用意してみました」
「はっ、何だ。また髪でも伸ばしてみるのか?」
女の言葉を一笑に付す。しかし女は態度を全く崩さない。
「おやおや、先程の表示、見ていないのですか? あなたを『獣娘』にするって表示されてたんですが――おっと、言い忘れてました! 視聴者の皆さんに訊いたら耳と尻尾だけで容赦してくれるそうですよ?」
女の言葉は全く理解できなかった。いや、確かにそういうキャラクターが架空の存在としているのは知っているが、俺をそれにするだって? 冗談じゃない!
「じゃあ処置始めますねー。痛かったら左手、挙げてくださいねー」
女は俺の左腕に鋸を宛がう。この状況で俺が発せられた言葉は、やめろ、だとか言ってることが滅茶苦茶だ、とか下らない抗議の言葉だけだった。
「はーい、ちょっと痛みますよー」
ちょっとどころではない。その程度では絶対にない!
腕から全身に伝わる絶叫に、喉が痛むほど声を挙げる。声は部屋中に響き渡り反響する。女が顔を顰める。
「ああ、五月蠅いですねぇ。そんな人はこうです!」
女は片手で俺の喉にメスを刺す。血は出なかった。代わりに、とも言うべきか、俺の喉からは全く別の物が飛び出していた。
いや、出ているものの質が変わったというべきか。反響している声が明らかに変わった。甲高い金切り声、女の声とでもいうのか?
無論気に掛ける余裕もないし、声を堪えることもできない。女が俺の体を蹂躙するのを、只声を挙げながら耐えるしかなかった。
体感にして二三時間は掛かっただろうか。実際はもっと掛かったかもしれないし、全く以てそんなことはなく、実は数分しか経っていないかもしれない。
「どうです! 皆さん! 中々出来が良いんじゃあないですか!? ――ですよねですよね! え? 毛の色で台無し? 逆ですよ逆! その異質感が良いんじゃないですか!」
全身の激痛で全く動けない俺とは対照的に、女は何やら愉しげに話している。女の言う所の処置がどうなったかは気になるところだが――
「はいはいご起立お願いしまーす!」
女は俺を無理矢理床に立たせる。素足にその冷たさが鋭敏に感じられる。
「さて被害者さん! 新しい自分と出会う準備は万端ですか!? それじゃあ御開帳です!」
女がそういって指を鳴らすと、三度映像が投影される。これまでの物より遥かに大きい。そしてそこに映っているのは裸の女。
いや、女と言うのは語弊があるかもしれない。それは人とは呼べないかもしれないからだ。
それを主張するように、頭の上には一対の獣耳と、尾骶骨の先から生えて、ゆらゆらと揺れる尻尾が存在していた。
確かに、素体は一般的な、成熟した若い女性の物だと見受けられる。しかしその二点において、映像の中の人物は人類と隔絶している。
――これが今の自分の姿だというのか? 思わず顔を引き攣らせる。映像の中の人物も顔を引き攣らせる。映像の中の人物の顔が青ざめる。自分の顔は青ざめていないと信じたい。
視線を下す。そこにはこれまで慣れ親しんできた男の体はなく、映像の中の人物と同じ裸体が存在した。
「中々の物でしょう? この放送ではもう出るとこ出て引くとこ引き過ぎてるクリーチャーがよく出てくるんですけど、やっぱりこの位が一番いいですよね!
というわけで今回はちょっと肉付き控えめ、アニモー的しなやかさをテーマにスレンダーボディに作り替えてみました!」
女は挑発するようにこちらに上体を倒し、俺の足を膝から腿にかけて感触を確かめるように撫でる。その感覚がいつもより滑らかに感じられた。
「このライン凄くないですか? もうこれはギリシャの彫刻家にまで追いついた感ありますよね! この滑らかさ! 之こそ人体美!」
手が太股から鼠径部へと上がる。
「うんうん! この何の穢れもない色! 生きている限り起こりえる色素の沈着なんて私の前では起こりえません! この成熟した人体の中で唯一の未開領域! 文字通り生まれたままの姿を再現!」
今度は女の手は俺の体の後ろ側に回る。
「うひっ!?」
「尻尾はですねぇ、調整が結構難しいんですよねえ。元々人類にない器官ですからそのための神経をくっつけないといけないんですが……ちょっと敏感にし過ぎましたかね? まぁ? 私としてはこの毛並みを勝手に触るだけなんで被害者さんが腰砕けになろうが知ったこっちゃないんですがね!
ホラホラ! この手触り! 狐の尻尾を参考にできるだけ毛を増やした甲斐があったってもんですよ! まあその代償に被害者さんの毛根、ほとんどこっちに持っていかれて髪と海外全然生えなくなっちゃいましたがそれはそれで良いですよね!」
女は捲し立てている。その間も手は全く休まらず、俺は無様に嬌声を上げ続ける羽目となる。
「いいかげ、んに――止めろ!」
無理矢理体を動かし、女の手を引き剥がす。女は一瞬驚嘆したが、またわざとらしい笑みを浮かべる。
「ほうほうほうほう! まぁだ動きますか! まだ反抗しますか! なるほどなるほど! 前回とは別ベクトルのしぶとさ! その無駄に有り余るガッツ! できれば全身解説するまで待ってて欲しかったんですが。胸とか顔とか耳とか髪とか」
「うるせぇ! 何をしたかは知らんがさっさと戻しやがれ!」
女に怒声を浴びせる。浴びせたが女は何一つ怯んでいない。それもそうだろう。こんな女の細い声では威厳も威圧感も何もない。
「嫌に決まってるじゃないですか! あなた、自分の立場分かってます? 私も視聴者さんも、あなたみたいな力業での応戦、あまり好きじゃないんですよ。その辺、理解できてます?」
「知るか!」
「ああ、そうですか。んー……どうです、視聴者さん。久々に一番やばいお薬、出しちゃいます?」
女は虚空に問いかける。そして数秒も経たぬ間にその顔が歪む。――獲物を捕らえた顔だ。背筋に冷たいものが走った。
「なるほど了解です! じゃ、投薬処置を始めましょう!」
女は虚空から巨大な注射器を出す。投薬? あれでか? さすがにあんなものを刺されたら痛い所では済まなそうだ。さっきの鋸の例から死ぬことはなさそうだが。
「ああ、そんなに緊張しないで大丈夫ですよ? これはあなたへの処置ではなく、現実への投薬ですから――」
女の言うことは理解できなかった。しかし、その次に女がとった行動が異常であることは察せられた。
女は虚空に対して注射を行っているのだ。注射器の中の液体は、虚空に溶けてゆき、その実態を物理法則に反する形で消失させてゆく。
「よっ……と。はい、これにて処置完了です! さてさて被害者さんは一体どうなってしまうのか!? ――っとその前にこの感じはまずい予感。ちょーっと一個処置足しますね」
女は素早く俺の方に近づいてくる。退こうとしたが、何故か足が固まり動けない。女は俺に注射器を突き刺す。それ常識的な大きさであり、液量も僅かであった。
「ちょっと細かすぎたかもしれませんが、これないと本気で死んじゃうかもしれなかったので――お、始まりましたよ皆さん!」
女が嗤う。それとともに体に違和感を感じる。重いのだ。まるで流行り病で高熱を出した時のように、或いは二日ほど徹夜したときのように。
決してどこかが痛むわけでもない。ただただ気怠いだけだ。しかしそれが逆に女の笑みを不気味に感じさせた。
「さあさあ被害者さん! 今どんな感じですか!? 感想お聞かせ願います!」
「ぅる、さぃ―! ぁ―? こぇ――」
女に罵声を浴びせようとして気付く。声が出ない。何度も声を出そうとするが、そのたびに喉の奥に痞えてしまい、意味を成さない呻き声のようなものしか出てこない。
「おやおや? どうしました? 声、出ませんか? じゃあさっきみたいに掴み掛ってきてみます? 勿論私は抵抗しますけど――」
女はふざけた様子で拳を振り上げる。その様子になぜか不意に自分の口から妙な息が漏れた。
――何故だ、なぜ自分はあんな女に恐怖を覚えている!?
「ほらほらー! どうしました? さっきみたいに来てみてくださいよー」
「ひゃ、あの、そ、やめ」
無様に無意味な言葉を口走る。女はまるで玩具で遊ぶ子供のように無邪気な笑みを浮かべながら距離を詰めにかかる。
俺はそれに対し、得も言えぬ恐怖を覚え、足を縺れさせながらら後ろに全力で下がる。そして壁際に追いつめられる。
「おやおや中々に滑稽なお姿。そんなに怯えなくても」
自分でもこの恐怖の原因は判らない。だが恐らくさっきの――「バーン!」「うひゃぁ!」
女が唐突に大声を出すので、思わず飛び上がってしまった。そして力なくへたり込む。一体何がどうなっているというんだ……
「さてさて、お遊びはここまでにして、何がどうなったか、知りたいですよね?」
俺は無言で頷いて肯定する。
「さっきの処置は所謂現実改変。つまりあなたが男だったという記録と記憶を現実からきれいさっぱり消去して、あなたが歩んだ人生の中でその姿になるように記録を書き換えちゃいました! さぁさぁどうぞ思い出してみてください!」
女の言葉で、「これまで」の記憶が思い起こされる。
妙な髪色のせいで両親が揉めに揉めたこと。尻尾と耳のせいで人の輪から弾かれたこと。学校に入っても常に浮いていたこと。茶飯事の嫌がらせ、陰口、暴力――
「あ、ああ、あああぁ! あ―――あ!」
連鎖的に思い起こされる記憶。そして思い出す。数年前から人との繋がりを極限まで断ち、家に籠りきりになっていたことを。
「――まぁ、そうですよね。流石に獣娘は現実に存在しませんし、居たら居たで虐められて不登校からの引き篭もりは目に見えてます。一応自傷禁止の改造を施していて正解でした。対人恐怖拗らせて舌噛み切られて自殺とか、今度こそBANされても仕方ありません」
女は僅かに表情を曇らせる。その表情は何だ。自分を、私をそんな憐れむような目で見ないで。どうせ誰も助けてはくれないんだから!
「ああもう、折角の改造も中々酷い有様です。あんなスレンダーだったのに運動不足で肉付いちゃってますし、毛並みもボサボサですし……」
「あっ、そ、の。ごめっ、ごめんなさい!」
何かは分からないが、女の不平に対して謝る。
「あー……私、普通の人間を喋るだけの玩具に貶めるならともかく、ここまでやるとちょっと興が削げるというか……もう意思が折れてる人って弄っても何も面白くありませんし……視聴者さん、今日はもうお開きでいいですか? え? せめて生でトーク? まぁ良いですよ。準備がありますんで十分ぐらい休憩挟んでから始めますね」
女は溜息を大きく一つついて、こちらに視線を向ける。
「――さて、どうしましょう?」
「あ、その、煩わせてしまって――」「ああ、いいですよ別に。昔はよくやってたんで。そうですね……これでいいか。ではどうぞ、どうか人生を謳歌してくださいね?」
女は最後に注射をもう一本私に刺した。だんだん気が遠くなっていく。視界が白く染まる。感覚が消えていく。
◆
ああ、いつも通りの目覚めだ。時計の針は六時を指している。多分午前か午後だろう。どちらにしても関係ない。この部屋には外の光などまず入ってこない。精々部屋に食事を持ってこられる時ぐらいだ。それも大抵寝てるかゲームをしている時だ。
ベッドから降りる。着替えるのが面倒だからそもそも服は着ていない。胸の形が崩れる、などとどこかで見た気がするが、どうせ見せる相手などいない。
「……?」
どうしてだろうか、別段いつも通りのことだが、何故かその事実が胸の奥を焦がす。鬱屈した感情が心の奥底に芽生える。
……あ、そうだ。閃いた。PCのUSB端子に刺しっぱなしになっているもはやゲーム専用機のスマートフォンを手に取り、カメラを起動する。録画開始。
「は、はーい♥ 見えてるー?」
画面にはインカメラに映った自分がいる。肌も髪も少しあれているが、これぐらいなら許容範囲だ。許容範囲の筈だ。
「どうせ見てくれる人いないんでー、自撮りエロ動画上げちゃいまーす♥」
顔ががっつり映っているが、これはあとで適当に隠しておくことにしよう。
「まずはおっぱいでーす♥ ちょっと形崩れてたりー、乳首の色汚かったりするけどー、感触と感度には自信ありまーす♥ ほら♥」
見せつける様に胸を弄り、その様を録画する。時折わざとらしく嬌声を挙げる。
「次は脇ー♥ すっごい変態さんたちはー、こぉんな脇で興奮しちゃうんだよね♥ ほら♥ 普通の女の子は見せてくれないぞぉ♥」
徐々にテンションが上がってきて、何の手入れもしていない芝生のように毛が生えた脇を見せつける。ぞくりと体に電流が走る。
「ほらほら♥ ちょっとお肉付いてるけどスタイルいいでしょー♥」
正直ぎりぎりだとは思う。世の女性にこの肉で水着を着て出れるかと聞けばおそらくNoを突き返されるだろう。だがそれでいい、それがいい。
「はい、最後♥ 皆さんお待ちかねの♥ オマンコ♥ ずっと一人でオナってた所為でこの年で処女のグロマンでーす♥」
色素が沈着し、見るに堪えないそれをアップで映す。人によってはグロテスクと捉えるだろう。それが自分の体についている事実に、背徳的な興奮を覚える。
「それじゃあ公開オナニー始めまーす♥」
片手でいつもしているように自慰を始める。覚えたての猿のように激しく品のないそれを記録する。手に固く縮れた陰毛が絡みつき、さらに人として覚えるべきでない興奮を覚える。
そうして一人で、見せつけるように何度も絶頂を迎え、終にはベッドに倒れ込む。
「……あほらし」
一通り性欲を解消したからか、何やら今までやってきた行為が酷く虚しく思え、そのままスマートフォンのカメラを停止させ、映像を消去する。
「ふぁ……わ」
急に眠気が襲ってきた。もう一眠りするか。尻尾を抱え込むようにして横になる。
「……ん」
枕元に封筒が挟まっている。こんなものあっただろうか。雑に封を切り中身を見る。
『被害者さんへ
今回の放送であなたに施した処置について書き記しておきます
肉体改造:全身の毛に対する恒久的な染色、育毛の促進、獣娘化の三点です。内容は番組内で説明した通りなので割愛します。
過去改変:生まれつきあなたは肉体改造で得た体に成長し得る状態で生まれたこととなっています。それに伴い、人間関係や人生経験等が大きく変化します。
自傷禁止:自らの体を意図的に傷つける行為ができません。
享楽主義:全ての物事において、目先の快楽に集中するようになります。特に性的な快楽は万物に優先されます。
破滅欲求:自らの身体を貶めることに性的興奮を覚えます。
以上が今回施した処理になります。
今回、現実改変を行ったことにより、想定を超える副次的作用が現れている可能性があります。――
』
「なんだこれ」
そこまで読んで、意味不明な怪文章だと判断し、丸めてゴミ箱に放り投げる。何より眠い。
目を閉じる。息を吸う。息を吐く。今まで何千何万と繰り返してきた行為だ。そしてこれからも繰り返すのだろう。
もはやこの部屋から出ようなどとは思わない。現実に出ても拒絶されるだけ。なら私はこの爛れた生活で現実を拒絶しよう。
いつまでも快楽を貪り、永久に怠惰に、享楽的に暮らそう。今から日が昇るのか、日が沈むのかさえ関係ない。それが私の人生だ。(了)