待ち合わせまでに思う、日常の風景。
日常とずれているのは、女性に告げた秘密の約束。
日常の普通の風景の中に、秘密を少しだけ入れた掌編。
1.
"狂った日常と あの娘のしゃべり声
少しずつ 動き始める"
二十歳の時に聴いていたインディーズバンドの楽曲を、十年以上ぶりに聴いている。
どんな趣味だろうと、理解者が一人、居れば良い。
千人弱はいたであろう同じ中学で、一人の友人と分かり合えれば、それで十分だった。
ネットワークの普及は自分が好むマイナーな趣味の理解者を得る機会を与えてくれた。
しかし、心の中にある、誰にも言えない歪んだ趣味については、理解者に出会えなかった。
今までは。
目的の駅が近づく。
何度目のリピートになるか、数えてもいないフレーズが聴こえてくる。
朝起きてから電車に乗るまでの記憶がひどくあいまいだ。
浮かれているんだろう。
同時に、不安でもあるんだろう。
あんな約束、聞いてもらったことに。
できるわけない、と、言われても、構わない。
約束を伝えた時と同じように、この後悔は奪い取ったものだから。
電車のスピードが落ちる。
好きな煙草は我慢して代用品。
少しでも、気遣いを。
ドアが開き、人の流れのまま歩き出す。
少し早く、歩く。
数年ぶりに歩く少しだけ見慣れた風景を思い出しながら。
あと少しで、約束の結果がわかるのだから。
2.
駅の改札を出て、少し歩けば待ち合わせの場所。
休日の午前中、人通りは多目。
待ち合わせ場所に着いて、普段はつけない腕時計で時間を確認する。
10分前。理想的な時間についたと思ったら、横から袖を掴まれた。
下を向いて、伏し目がちで、それでも綺麗で可愛い顔はよくわかる。
「待たせた?ごめんね」
可能な限り優しく声をかけて、微笑みかける。
無言で、こくんとうなずく姿は可愛いらしいワンピース姿だ。
肩までの髪を下ろした愛らしい彼女は、左手に下げていた小さな手提げを差し出す。
手提げを受け取ろうとして、袖をつかむ彼女の手の力が、すこし強くなる。
「今は、ダメ、絶対見ちゃ、ダメ」
手提げは可愛らしいクリップで閉じられていて、中を伺うことができない。
できないが、以前の約束から、中身はすぐに推測ができる。
「約束、守ってくれたんだ、うれしいな、ありがとう」
先ほどの挨拶よりも、もっと優しく、ゆっくりとお礼を告げる。
「ばか、絶対に、ばか」
小さくも、はっきりと声に出しながら、可愛らしい女性は、耳まで顔が赤くなる。
人通りが多いまま、周囲に構うことなく抱き寄せる。
「約束、守ってくれたんだ。駅に着いてから、下着、脱いでくれたんだ」
耳元で、わざと息を吹き掛けながら囁く。
ここまで言って、はじめて顔をあげて、強い目で睨んでくる。
恥ずかしさと、少しの怒りと、期待の目で。
手を取って歩き出す。
どこに向かうかは、言わない。期待されているのであれば、応えなければ。
お互い、どこに向かいたいかは、もう通じているんだし。