京極堂と関口巽がえっちなお喋りをしてるだけ。
風鈴の下で読みませう。
「性行為と云うものは宗教的なものに関連付けされる事が多いな。其れが神聖なものであろうと不浄なものであろうとだ」
京極堂は涼しげな顔でそう云った。頃は早秋、少しばかり遊びに来た心算がすっかり長居してしまい、外はもう一番星の見え始める暗さである。
「しかし何だい、関口君。例のカストリ雑誌に書く悋でも切れたかい?」
「いや、そうじゃない。そうだった、悋は有るのだが、そいつがどうもよく解らんから君の所へ訊こうと思って来たんだ」
「本題は早めに切り出しておく事を勧めよう。僕からの有難い忠告だ。で、よく解らんから訊きに来るとは、僕は教師か何かかい?性行為が解らんのなら辞書でも引けばいい」
「辞書なんて言い換え辞典だろう、そう役には立たない。それと訊きに来たと云うのは其れ自体の意味で無くて、其れに対する君の意見だ」
「性行為への意見か?」
「同性愛への意見だ」
私達は沈黙した。部屋に爽やかな風が流れ、仕舞い損ねた風鈴が、りん、と鳴った。
――――――・・・・・・・・ ・ ・ ・ ・ 。
「同性愛、かい」
京極堂は俯き加減に云った。
「若しかして京極堂、君、照れて居るのかい」
「馬鹿か、関口君。何故僕が照れなければならないんだ」
照れているのだ。薄っすらと、だから解り辛いが。厭、違うのか?
私も何故照れるのか理解できなかったし、本人がそう云うのなら、やはり、照れてなどいないのだろうと判断した。
「さっきも云った通り性行為は宗教的だ。同性愛となると又、意見の分かれる所だろう」
京極堂は窓を向き喋り始めた。私に彼の表情は見えない。
「同性愛は否定的な思想が多いな。先ず、男女間で無いと子供が出来ないだろう。同性での性行為など無意味に等しいという考えが一般的だ。しかし其れは世間一般の意見であり、行為を行っている当人からすれば違うのだろう。なぜなら、その本人には快楽が生じているからだ。関口君、快楽が生ずる行為は、他に何があるか?」
「性行為の他にか。食事、睡眠とか、だ」
「そうだな。他にも金を手にした時、夢を叶えた時など色々有るが、関口君が云ったので大体正しい。其れ等は生きる為、或いは子孫を生かす為に大事な要素だろう?」
風鈴が、りん、と鳴った。
「成程。すると性行為は、子孫を残す為の行為であり、其れにより快楽が生ずる訳だから、男女間で行われる事に意味を持つ訳か。」
「そう。生きる為、生かす為の行為には殆どと云って良い程、快楽が生ずる訳だ。しかし此処で、ある倒錯を持った性行為が現れる。同性愛だ。そいつは男女間で無くても生ずる快楽に溺れ、違いを見出し、同性への性行為に執着してしまう訳だ」
京極堂が此方を向いた。何時も通りのしかめ面だった。照れ隠しなら可愛いものだ、恐らくは違うが。
しかし――倒錯。狂って居る私には似つかわしい言葉では無いか。
或いは破綻とも云えよう。何処かで取り違えて居る。何処かで組み立て違えている。生きて居るのが不思議な位に。
―――(この世には、不思議な事など何も無いのだよ、関口君。)
嘗ての京極堂の台詞がふと思考中の脳を過る。目の前に居ると云うのに何時かの彼の姿を思い出した。嗚呼。では私が、気違えた私がこうして肺呼吸をし、脈打ち、二足歩行で何処かへ向かって居るのにも理由が有るのか?
其れは一体。
京極堂は其のしかめ面の儘、話を続行した。
「人間の体は性器に衝撃を与えるだけで快感が生ずるように成っている。だから、態態異性と生殖の為の行為をしなくたって、一人でも同性同士でも快感は実現する訳だ」
「同性愛者の溺酔する仕組みは解ったさ。京極堂、お前は如何なんだ」
「僕かい」
「僕は君の意見を訊きに来たんだ、世間一般の哲学を訊こうと思った訳じゃ無い。読書量を重ねて居る、其の如く本の虫の君なら思う所が有るんじゃないかと思ってね」
「そうか――そうか。ところで関口君。今日は千鶴子も敦子も、京の祭りに三泊で出掛けていてな、明日の夕方まで帰って来ない」
「話を逸らすな、京極堂」
「ちっとも逸れて居ない。関口君、少し抱かせてくれ」
風鈴は鳴らなかった。外は薄暗い闇に包まれて居た。