スバルからの提案を受け、カララギへ二人で駆け落ちすることにしたレム。カララギへ到着したのもつかの間、パックがルグニカで暴走している知らせを聞き、エミリアの死を悟るスバル。そしてスバルは半ば精神崩壊に陥ってしまう。スバルはレムをエミリアだと幻視して毎晩抱き続ける。レムはエミリアの代替品になり続けることにいよいよ限界を迎える。果たして二人のカララギ生活に未来はあるのか。

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心からの叫び

「エミリアっ……エミリア!!」

 

 スバルくんはそうさけびながらレムを犯した。レムはエミリア様の代替品としてスバルくんに抱かれていた。それが狂気だと分かっていても、レムにはどうすることもできなかった。でも、いつかはスバルくんをこの闇から救い出さなければ──

 

 

 

「……俺を選んでくれ。俺を選んでくれれば、俺の全てはお前に捧げる。だから……俺と逃げよう。俺と生きてくれ」

 

 そう言ってスバルくんは、頭を下げ、右手を差し出した。スバルくんが突如として提案してきたのはそう──駆け落ちだった。レムは激しく心を揺さぶられる。レムの想い人が、レムと一生を共にしてくれると言っている。それ自体はレムにとっては夢のような提案だった。

 

 でも……それ以外は? エミリア様は? ロズワール様は? 姉様は? もう……一生会えないの? それは、レムにとってはあまりにも残酷な事実だった。その選択を、今すぐにしてくれとスバルくんは言う。そして、スバルくんがエミリア様を好いていることをレムは何となく気付いていた。スバルくんはエミリア様まで置き去りにするつもりのようだけど、本当にそれでいいの……?

 

 そしてなぜまたこんなにも急に……。………ひょっとして、スバルくんは未来を見通せるんじゃないか。そういった特殊な加護が備わっているんじゃないか。そんな考えがふとレムの脳裏をよぎる。スバルくんのさっきまでの憔悴しきった表情。突拍子もない、けれど確信に満ちた言葉たち。そして自分の一生を決定付けてしまう提案。レムはスバルくんに確認する。

 

「スバルくん……。スバルくんには、未来がみえる。……そうですよね?」

「…………大体はそういうことだ」

「そしてレムと一緒に逃げることでしか自分の未来は開けない……そういうことですね?」

「そうだ。だから俺と逃げて……俺と生きてくれ」

 

……そうなんだったら、もう彼の言動を信じるしかない。まさかレムをたぶらかすためにこんな狂言をスバルくんが言っているはずがない。レムを救ってくれたスバルくん……今度はレムがスバルくんを救う番だ。レムの決断がスバルくんを救済することになる。

 

 差し出されたスバルくんの右手を、両手で優しく包み込む。スバルくんが希望に満ちた表情で顔を上げる。

 

「レムからも、お願いします。レムと一緒に生きてください、スバルくん……!」

「レム……! ありがとう」

 

スバルくんはそう言ってレムを抱き寄せ、口づける。レムの初めての口づけは、一生を共にする伴侶との、覚悟と誓いを表すものだった。

 

 それから、急かすスバルくんに「これだけはさせてください」と頼み込んで、姉様に手紙をしたためた。

 

『姉様へ 姉様、レムはスバルくんとカララギで一生を添い遂げることにしました。姉様とはもうこれから会うことはできないと思います。いきなりこんなわがままを言ってしまってごめんなさい。姉様はずっとレムの憧れでした。これからだってそうです。今までありがとうございました。カララギに着いて落ち着いたら、また手紙を書きます。レム』

 

 それからは、本当に一直線に進むだけだった。竜車を買い、ひたすらカララギへと向かった。二晩、道中で毛布にくるまってスバルくんと身を寄せ合って眠った。そして太陽がてっぺんに登るより前にカララギへ到着した。

 

 カララギの都市、バナン。最初にたどり着いた場所がそこだった。しばらくはここに身を置くことになるだろう。幸いなことに街には活気があって、街並みもルグニカとは違った趣があり、これはこれでまた美しい場所だと感じた。

 

 まず最初にしたことは、衣替え。二人ともカララギでこの服装ではまるで馴染んでいない。着物を何着か買い、そのまま着替える。

 

「レム……似合ってんな。可愛い」

「……故郷で同じような服を着ていましたから。それにスバルくんだって似合ってますよ」

「そうかぁ? 俺はやっぱジャージがしっくりくるけどなぁ」

「男らしくてかっこいいです」

「うおおお、こんなに可愛いレムがそう言うんだったったらそうなんだろう!」

「……スバルくん、その、あんまり可愛いって言わないでください……。恥ずかしいです……」

「だって事実だし。レムが慣れるまで何度でも言うよ? レム可愛い! その可愛さ、世界一!」

「もう……」

 

着物屋のおばあさまがニコニコしていて、余計に顔が熱くなる。

 

 次にしたことは住居探し。お金が潤沢にあるとは言えなかったので、最低限の家賃の家を紹介してもらった。そんなに期待はせずにその家の扉を開くと、そこには懐かしい雰囲気が広がっていた。

 

「……! この家にしましょう、スバルくん!」

「お、おう。いいけどそんなにテンション上げてどしたの?」

「レムの……故郷で住んでいた家に雰囲気がそっくりなんです!」

「……そっか、そりゃいいな。それじゃあここにしよう!」

「あと……その……備え付けの寝台が一台しかありませんけど、スバルくんは構いませんか……?」

「えっ、元からそういうつもりだったけど。これから始まるレムとのラブラブ生活なのに、一緒に寝ないなんてありえねー!」

「スバルくん……」

 

スバルくんの惚気っぷりにレムは恥ずかしくなってしまう。でも……嬉しかった。これから先の視界の悪い人生に、スバルくんがいるだけで行き先が照らされたように安心することができた。

 

 その後は、生活に必要な物品を買って回った。布団、調理器具、食器、掃除道具……。贅沢は言えないが、必要最低限の物は一通り揃えた。

 

 家で二人で食卓を囲み、お茶を飲んで一服する。

 

「さて、レムは少し出掛けてきます」

「ん、まだ何かすることあんの?」

「お仕事を探してきます」

「そんなに慌てなくてもよくねぇ? もう夕方だし、今日くらいゆっくりすりゃあいいのに。というか俺はもうクタクタだわ、指一本動かせねぇ……」

「いえ、やっぱり勤め先がないとレムが落ち着きませんので。スバルくんはお家でゆっくりしていてください」

「まかせとけ!」

「ふふっ。じゃあ、ちょっと遅くなるかもですけど。何か夕食になる物も買って帰りますね」

「おう、楽しみにしてるぜ!」

 

 そうして家を出て、街に繰り出す。さて、仕事を探すとはいってもどうしたものか……と辺りを見渡しながらしばらく歩いていると、急に心臓の鼓動が跳ね上がった。これは……姉様からの共感覚! 苦しくなって道の端にうずくまる。ここまでの痛みを伴った共感覚は、生まれて初めてのことだった。ズキリズキリと胸に鈍痛が走る。呼吸をするのも難しい。その痛みにしばらく耐え忍んでいると、突然すっと共感覚が消え去った。

 

 姉様……? ……姉様はもう、この世にはいない……。直感的にそれが分かった。例えスバルくんと駆け落ちしても、姉様と手紙をやり取りすることくらいはできると思っていた。覚悟が、足りなかった。あのときのスバルくんの憔悴しきった顔から想像することはできたはずなのに。姉様はレムの最後の手紙を読むことができただろうか。ごめんなさい、姉様……。レムは両腕に顔を埋めて泣いた。泣き続けた。

 

 ……どれくらいの時間が経っただろうか。泣いてばかりはいられない。今すべきことをなさなくては。姉様の分まで生きないと。涙を袖で拭き取って、自分の心にムチを打って立ち上がり、仕事探しを再開した。そのときは姉様を亡くした衝撃から自分の心を守ることに必死で、スバルくんのことにまで頭が回らなかった。しばらく歩くと、「食事処」の看板を掲げるお店に張り紙がされているのを見つける。

 

『急募! 調理の腕に自信がある方、探しています。時間、給与は応相談』

 

……これはいいかもしれない。仮にもロズワール邸の食卓を預かっていた身だし、お店もまだ夕食時ではないのにそこそこのお客がいる。給与もそれなりに頂けるかもしれない。お店に入り、店長らしきおばさまに声を掛ける。

 

「あの、すみません……表の張り紙を見たんですけど」

「あら、お嬢ちゃん。……ここで働きたいん?」

「はい、そうです」

「うちは私ともう一人の手伝いで回してたんやけど、その子が抜けちゃってなぁ。お嬢ちゃんがどれくらい料理できるか見てみたいから、これから夕食時の食事の下ごしらえ、手伝ってくれる?」

「はい、手伝わさせていただきます」

 

 レムはスバルくんとの生活が掛かっているので、必死に手伝った。ロズワール邸でときどき出していた、カララギ料理の知識があって助かった。

 

「合格! というか、私おらんでもレムちゃん一人で回せるんとちゃう? ハハハ!」

「そ、そんなことないです……」

「で、いつから働く? 私としては明日からでも来てほしいけど」

「はい、明日からで大丈夫です」

「じゃあ、明日の昼食の下ごしらえする時間になったら来てな。これからよろしく!」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

「……あ、そうそう、これは世間話やねんけど」

「?」

「さっきお客さんから聞いたんやけど、なんやルグニカがえらいことになっとるみたいやで。なんでも氷の大精霊が大暴れして半壊状態とか」

「……お知らせありがとうございます」

「あっ、これお弁当二人前。今日はもう疲れたやろうから貰っとき」

「お気遣いありがとうございます。頂きます」

「ほなまた明日ね~」

 

 ルグニカが半壊状態。姉様の死を悟っていた今、特段の驚きはなかったが、スバルくんのことが心配になってきた。活動的なスバルくんのことだから、外にでも出て既に知らせを聞いているかもしれない。レムが側にいてあげないと……。逸る気持ちを抑えながら急ぎ足で家に戻った。もう日はとっくに沈んでいる。

 

「ただいま……スバルくん?」

 

家は灯りが少しついただけで薄暗い。スバルくんの姿を探すと、彼は台所にいた。そして昼に買ってきたばかりの包丁を手に取り、虚ろな目でそれを眺めていた。レムは血の気が引いた。彼のすぐ側まで静かに歩を進める。

 

「ス、スバルくん、夕食を作ってくれようとしてるんですか? それならお弁当が──」

「ルグニカが壊滅状態だって……パックが大暴れしてるって……」

「……で、でもエミリア様たちはきっと無事──」

「無事じゃない。エミリアは死んだ。俺には……分かるんだ。……こうなることは分かっていたはずなのに、俺は一体何を……」

 

ぼそぼそと話すその言葉には、話し方には似合わない確かな重みがあった。これも多分スバルくんの加護から分かることで、エミリア様は本当に死んでしまったんだ。そして今のスバルくんは、すべてを投げ出してカララギに逃げてきてしまったことに対する自責の念で押しつぶされそうになっている。スバルくんを助けなくては……レムはスバルくんの包丁を持つ右手を両手で優しく包んだ。

 

「……レムがいます。レムがスバルくんを支え続けます。だから……こんな危ない物を持つのは、今はやめましょう」

 

レムはスバルくんに包丁をゆっくりと手放させた。

 

「レムがいます。だから……スバルくん、泣かないで……」

 

そう言って、レムはスバルくんを抱きしめた。スバルくんは大粒の涙を音もなく流し続けていた。……長い間スバルくんを抱きしめ続けた。

 

「……今は長旅の疲れもあります。だからゆっくり休みましょう」

 

そう言って、スバルくんを布団の敷かれた寝台まで誘導する。そして寝台に隣り合って座る。スバルくんは、涙こそもう流してはいなかったが、相変わらず目は虚空を見つめていた。スバルくんの手にレムの手を重ねる。

 

「……スバルくん」

 

長い沈黙の後に、思わず耳を疑ってしまうような言葉をスバルくんは叫んで、レムを寝台に押し倒した。

 

「……エミリアっ!」

 

 スバルくんに唇を奪われる。そしてスバルくんの舌がレムの中に侵入してくる。レムは困惑し、ただ流れに身を任せた。スバルくんに唇と舌を激しく貪られる。呼吸が苦しくなってレムから唇を離す。互いの吐息が家に響く。

 

「スバルくん……?」

「エミリア……すまない……俺のせいで……すまない……」

 

スバルくんに目を見つめられながらそう謝罪される。スバルくんは再び涙を流していた。どうやら今のスバルくんには、レムが本当にエミリア様に見えているらしい。その幻想を解いてしまうのは容易なことのように思えたが、そうしてしまうと、同時にスバルくんの心を破壊してしまうのではないかと恐ろしくなった。だから、今はレムはエミリア様としてスバルくんに接することにした。エミリア様の代替品に、なることにした。エミリア様の口調をなぞるだけ、それだけでいい。……また昔と同じことを繰り返す自分に、目に涙がじわりと浮かんだ。

 

「……スバ、ル? 私は大丈夫よ、スバル」

「……! エミリア! エミリア!!」

 

スバルくんに噛み付くように口づけられる。着物の上から乳房を揉みしだかれる。今の混乱したスバルくんには女物の着物を脱がすことはできないだろうから、自分で帯を緩めて着物を脱ぐ。

 

「……スバルも……脱いで……?」

 

そして二人とも全裸になる。スバルくんはレムの乳房を揉みしだきながら、獣のようにレムの乳首に吸い付いている。レムはスバルくんの固く反り立った男根を手で優しく愛撫する。

 

「エミリア……俺もう我慢できない」

「……スバル、入れて……?」

 

幸いなことにレムの陰部は既に濡れていた。そしてスバルくんの男根がレムの中に入ってくる。鋭い痛みが走り、一瞬顔が歪む。そしていきなりスバルくんに激しく抱かれる。いや、犯されると言ったほうが正確かもしれない。スバルくんはエミリア様の名を叫びながら激しく前後に動いた。そして運動しながら乱暴に口づけられる。スバルくんの吐く吐息、レムのあえぎ声にならない声、そして寝台が激しく軋む音。それらが家中に響いた。

 

「エミリア、俺もういきそう……!」

「……出して、スバル……!」

 

そしてレムの中にスバルくんの熱い精液が流れ込む。しばらく何も考えられない。そして、スバルくんがさっきから全然動いていないことに気付く。レムは驚いてスバルくんの上体を持ち上げると、彼は気を失ったように眠っていた。スバルくんの男根をレムの中から抜き取り、愛液を綺麗に舐め取る。そしてスバルくんを起こさないように慎重に彼に着物を着せ、布団に寝かせた。

 

 ……本当はまだ生活が安定していないから、外に出してもらったほうが良かったのだけど。気が動転して、そこまで考えが及ばなかった。落ち着いて代替品を演じていたようで、レムもスバルくんの混乱っぷりに相当あてられていたらしい。

 

 レムはとりあえず落ち着くために食卓の椅子に腰掛け、おばさまから頂いたお弁当を食べる。贔屓目抜きでそれはとても美味しいものだった。お店が繁盛するはずだ。当面は安定した収入が得られそうで、レムは安心する。

 

 一方で……スバルくんのことが心配でならない。エミリア様が亡くなった……のは本当なんだろう。そしてスバルくんはエミリア様を愛していた。多分……レムよりも。そう思うと、心の中のドロドロした部分が少し疼いた。違う、そうじゃないだろう。今はスバルくんの心の健康を回復させることに尽力しなくては。スバルくんの一番になるのはそれからでいい。……明日の朝起きたらけろっとしてくれればいいのだけど。でも、その望みは薄いように感じた。スバルくんの混乱っぷりは、既に狂気の領域に足を踏み入れているように思えたから。……時間を掛けて寄り添うしかない。

 

 エミリア様の代替品としてスバルくんに抱かれることは、辛かった。苦しかった。でも、今はこうするしかない。レムの気持ちなんて二の次三の次でいい。

 

 レムはお風呂に入り、着物を着替え、スバルくんの隣に潜り込む。

 

「……レムはどこにもいったりしませんよ。安心してください。おやすみなさい、スバルくん」

 

そうスバルくんにささやいて優しく口づけ、眠りについた。

 

 翌日の朝、目覚めるとスバルくんはそこにいなかった。一瞬で嫌な予感に取り憑かれ、レムは飛び起きる。すると食卓に座るスバルくんが目に入った。レムは安心し、動悸を抑えるために一旦大きく深呼吸をした。

 

「……スバルくん、おはようございます」

「……ああ」

「カララギ生活二日目、頑張っていきましょう! 昨日言いそびれちゃったんですけど、レム、勤め先が見つかったんです。ですから今日からお仕事に行ってきますね」

「……うん」

「……スバルくん……」

「……」

 

 スバルくんは完全に無気力状態に陥っていた。目の生気もまるで戻っていない。会話も最低限の相づちを打つだけだった。レムは思わず涙が零れそうになる。……でもぐっと堪えた。スバルくんのことだ、これから良くなっていくはずだ。そのとき気付いたが、着物も自分で着替えている。最低限のことは自分でできるんだ。それだけでもよしとしなければ。

 

「勤め先のおばさまが作ってくれたお弁当が残ってるんで、それを半分ずつ食べましょう。本当に美味しいんですよ、ちょっと朝食としては重たいかもですけど……」

「……うん」

 

 二人で無言で食卓を囲む。スバルくんがゆっくりゆっくりと食事を口に運ぶので、レムもそれに合わせてゆっくりと朝食を食べた。何かレムが話をしたほうがいいかと思ったが、必ず返ってくる無気力な返事に打ちのめされそうになっていたので、やめておいた。レムが潰れてしまってはスバルくんを支える人がいなくなる。だから自分の致命傷にならない範囲でスバルくんに寄り添った。

 

 朝食後、お弁当箱を洗い、着替えた着物も洗った。急いで買い物に行き、スバルくんの簡単な昼食を作っておく。そして念のため、台所の包丁はスバルくんには分からないように隠しておいた。今の彼の精神状態では何をしてもおかしくない。……そろそろ勤め先に行かなくては。

 

「スバルくん、レムはそろそろお仕事に行ってきますね。ちょっとだけ夜遅くなりますけど……。スバルくんは……ゆっくりしていてください。お昼はここに置いときますから、食べてくださいね」

「……うん」

「では、行ってきます」

 

そう言って、スバルくんに優しく口づける。反応らしい反応はないが、そうせずにはいられなかった。少しでも彼の救いになれば……。そして後ろ髪を引かれるような思いで家を出る。

 

 勤め先に到着する。

 

「おばさま、おはようございます」

「あらレムちゃん、おはよう。……昨日も大概酷い表情しとったけど、今日もあんまり顔色よくないなぁ」

「そ、そうですか? でもお仕事は頑張りますよ!」

「……そうか。じゃあキリキリ働いてもらうで!」

「はい、よろしくお願いします。あ、お弁当箱お返ししておきます。とっても美味しかったです」

 

 それから夜まではあっという間だった。少し前までロズワール邸にいたのに、なんだかすごく久しぶりに一生懸命働いた気がする。スバルくんのために頑張らないと、と余計に力が入っていたかもしれない。

 

「はい、レムちゃんお疲れさん! 初日やのによー働いてくれて、助かったわー」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます」

「また明日もよろしく。はい、まかない弁当二人前。今大変やろから、受け取ったって」

「ありがとうございます、助かります。では今日は失礼します」

 

 帰り道もなんとなく不安で早足になる。包丁は隠して来たが、スバルくんが他に何をするかが予想できない。一刻も早く彼の顔を見て安心したかった。

 

「ただいま……スバルくん?」

 

 家の中が真っ暗で、一瞬どきっとする。慌てて灯りをつけると、スバルくんの姿が見えた。スバルくんはレムが出ていったときと同じ椅子に同じような姿勢で腰掛けていた。彼の目は相変わらず虚ろだった。そして食卓の昼食がなくなっている。ちゃんと食べてくれたんだ。レムは少し嬉しくなった。

 

「スバルくん、ただいま。ちゃんといい子にしてましたか?」

「……ああ」

「お腹空いたでしょう。おばさまがまかない弁当を作ってくださったので、一緒に食べましょう」

「……うん」

 

 朝食のときと同じく、無言で食卓を囲む。レムがいなくてもスバルくんは危険な行動はしない。食事もちゃんと自分で食べてくれる。朝食のときとは違ってそれらのことが分かったので、少しだけレムの気分は楽だった。無気力の問題は時間が解決してくれるのではないか、そんな楽観的な考えも少し芽生えた。

 

「ごちそうさまでした。……スバルくん、その……よかったらレムと一緒にお風呂に入りませんか? スバルくん、しばらく入れてませんし……」

「……うん」

「それじゃあ準備してきますね!」

 

 そうしてスバルくんと一緒にお風呂に入った。今のスバルくんに身体を洗うことは難しそうだったので、レムが代わりに彼の全身を洗った。……ドキドキする気持ちがないわけではなかった。でも、レムは昨日既にスバルくんに抱かれている……代替品として。そのことがレムの胸中を複雑なものにする。無力感と悲しみと嫉妬がごちゃ混ぜになったような、そんな訳のわからない気持ちだった。でもレムの感情云々以上に……早く元気なスバルくんに戻ってほしいという気持ちが上回っていた。

 

 お風呂から上がり、着物を着た。スバルくんはとてもゆっくりではあるが自分で着物を着ていたので、それに任せることにした。そしてスバルくんが食べた昼食の食器と、おばさまから預かっているお弁当箱を洗っている間、スバルくんは食卓の椅子に静かに腰掛けていた。

 

「スバルくん、ちょっと早いですけど今日はもう寝ましょうか。ほら、寝る子は育つって言いますし……」

「……ああ」

 

 そうしてスバルくんと一緒に布団に入る。

 

「それじゃあ、おやすみなさい。スバルくん……」

 

そう言って彼に優しく口づけた。するとスバルくんが微かに反応するのが見て取れた。

 

「……エミ、リア……?」

 

スバルくんが無気力な返事以外の言葉を一日ぶりに発した。そして昨日と同じく、やっぱりレムをエミリア様だと思い込んでいるらしい。レムはどうするべきかしばらく思い悩んだが、スバルくんの今の世界を壊してしまわないほうが良いだろうと判断した。そしてレムは、ごちゃ混ぜになった感情を無理矢理抑えつけて、再び代替品として振る舞う。

 

「……スバル……?」

「エミリア……! エミリア!!」

 

 ──そうしてまた、レムはエミリア様の代替品としてスバルくんに抱かれた。あまり濡れなくて、ほとんど何も感じなかった。エミリア様しか見てくれないスバルくんが悲しくて、涙がとめどなく溢れてしまった。でも、スバルくんはそのことにも気付かないようだった。

 

 次の日も、レムはエミリア様の代替品としてスバルくんに抱かれた。無力感に蝕まれ、心にヒビが入るのを確かに感じた。スバルくんに抱かれていても、痛みばかり感じた。痛みを堪えて布団に縋り付くことしかできなかった。

 

 その次の日も、レムはエミリア様の代替品としてスバルくんに抱かれた。レムの心は今にも砕け散りそうになっていた。レムは痛みが怖くて口だけで済ませようとしたけど、結局無理矢理スバルくんに犯された。レムが「痛い」と涙を流して訴えても、スバルくんには届いていないようだった。

 

 初めて、スバルくんが怖いと思ってしまった。

 

 その翌日。レムにしては珍しく寝覚めが悪い。朝をスバルくんとややぎこちなく過ごし、勤め先に出勤する。

 

 食事処は夕方頃にいつも人がまばらになるのだが、今日は珍しく一人もお客さんが来ない時間帯があった。そのときにおばさまに話し掛けられる。

 

「……レムちゃん。余計なお世話や思って言わんかったけど、毎日来るたんびにどんどん顔色と表情が悪なってる。……こんなおばちゃんで良かったら話聞くで?」

 

……おばさまに相談すべきか悩んだが、このままでは突破口が見えそうもなかった。そしてレム自身も、エミリア様の代替品になり続けることに限界を迎えていた。だから思い切って話を聞いてもらうことにした。

 

「……ご心配をお掛けしてすみません。その……スバルくん……一緒に暮らしている男の人なんですけど……、スバルくんがとても大きな精神的ショックを受けることがあって、それ以来心を閉ざしてしまって……わたしのことも見てくれないんです」

「……そっかー、うーん……あんまり具体的に聞かれたくないやろうから、一般論になってまうけど……スバル君が心閉ざしてまうのはしゃあないとして、レムちゃんは心開いてんの? 考えてること言ったり、感情を表に出してみたり、自分から心開かんと相手も心開いてくれへんと思うねんけど」

「わたしが……心を開く……ですか。……確かに、スバルくんが心を閉ざすのと同時に、わたしもどこか心を閉ざしてしまっていたかもしれません……。でも、本当にわたしが心を開けばスバルくんも立ち直ってくれるんでしょうか?」

「さー、私も占い師とちゃうからそこまでは分からへん。でも、やるからには喧嘩するくらいの勢いで、自分が思ってること言うたほうがええんとちゃうの? レムちゃん見たところ引っ込み思案みたいやし」

「そう……ですか。……ちょっとやってみようと思います。ありがとうございます」

「いえいえ。あとレムちゃん、明日休み貰っとき。相当疲れ溜まってるみたいやから」

「え、でも明日も営業日──」

「一日くらい私一人でどうとでもなるよお、レムちゃんくるまではしばらくそうやったし。そやからゆっくり休んどき」

「……ありがとうございます」

 

 食事処からの帰り道。自分から心を開く……。確かにレムはスバルくんを傷付けまいとエミリア様に成り代わるばかりで、レムの気持ちをスバルくんにちゃんと伝えてこなかった。スバルくんは衝撃を受けることになるかもしれないけど、持ちこたえてもらうしかない。でなければこのままジリ貧状態で二人ともダメになってしまう。レムが気持ちを伝えるのは……スバルくんが少しだけ心を開く、あの時がいいだろう。

 

 家に帰ってからいつもどおりの時間をスバルくんと過ごし、布団に二人で潜り込む。スバルくんに口づけるのにいつも以上に緊張する。また無理矢理犯されるのではないか。そんな恐怖を感じてしまう。でもそんなことにはさせない。まずは彼の心を少しでも開かせなければ……。そしてレムはスバルくんに口づけた。

 

「エミリア……?」

 

いつもどおりの反応が返ってきて、レムは無力感に包まれそうになる。でももう、レムはエミリア様の代替品にはならない。代替品なんて寂しい考え方はやめてしまえ。そう言ったのは、他でもないスバルくんだから。スバルくんの顔を優しく両手で包み、レムはこう語りかける。

 

「……スバルくん。わたしはエミリア様ではありません。……レムです」

「……え? ……エミ、リアは……?」

「……エミリア様は亡くなりました」

「…………そんな……俺のせいだ…………俺がこの道を選んだから──」

「スバルくん!!」

 

レムは怒鳴り声に近い叫び声を上げる。涙が次から次へと溢れ出る。一瞬呼吸が止まってしまいそうになる。それでもレムは言葉を続けた。

 

「スバルくん……いくらスバルくんが混乱しているからって、そこから先は言わせませんよ……レムを選んだことが間違いだったなんて、そんなこと絶対に言わせない! 『俺を選んでくれれば、俺の全てはお前に捧げる』。スバルくん、そう言ってくれましたよね? 忘れてしまったなんて言わせませんよ? つい六日前に誓いを立て合ったばかりじゃないですか! ……エミリア様が大切なのは分かります。エミリア様が亡くなったのが、スバルくんにとって衝撃的な出来事だったのも分かります。……レムも大切な人を亡くしました。その気持ちは痛いほど……痛いほどに分かります。だからといって、レムにエミリア様を重ねて抱き合って、それで何かが解決するんですか? エミリア様がレムを依代にして蘇りでもするんですか? そんなことはあり得ません! エミリア様も、姉様も、死んでしまったんです! もう……会えないんです……! ……スバルくんは、何の愛情も感じていない女と、全てを投げ出してここまで逃げてきたんですか? そんなことないですよね? レムのこと、エミリア様とまではいかなくても、確かに愛してくれていたからあのような誓いを立ててくれたんですよね? だったら、もう会えないエミリア様のことを見続けるのはやめてください! スバルくんが選んだレムを、レムのことを見てください!!」

 

そこまで言葉を並べ立てて、自分の呼吸が激しく荒れていることに初めて気付く。スバルくんの顔に添えていた手も、いつの間にか指先が食い込んでいた。長い間、沈黙が続く。レムの乱れた呼吸音だけが聞こえる。レムの言葉が、気持ちが、スバルくんに届くのを信じて待つ。スバルくんの目に、徐々に生気が戻ってきているように見える。そしてついにスバルくんが口を開く。

 

「……そう、だったな……ごめん、レム……ありがとう……」

 

そう言って、スバルくんは一筋の涙を流した後、いきなり眠ってしまった。レムの気持ちが伝わった……? 今すぐにでも確認したかったが、今スバルくんを起こしてしまうのは絶対に良くない。明日の朝まで待とう。レムは興奮状態が落ち着かずなかなか眠りにつけなかったが、スバルくんの優しい寝顔を眺めている間にいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 翌朝、レムは目が覚める。隣を見ると、スバルくんが天井を見つめていた。その目には、光が宿っているように見えた。レムは恐る恐る話しかける。

 

「……スバルくん、おはようございます……?」

「おっ、やっと起きた。おはよう、レム」

「……! スバルくん、元に戻ってくれたんですね……!」

「……ここ数日の記憶が虫食いみたいになっててあんまり残ってねーんだけど。俺なーんもせずにレムの世話になりっぱなしだったような。なんか布団に入ってからの記憶も全然ないし。秒で寝ちまってたのか……? 何にせよ心配かけて悪かった、レム」

「いいんです、スバルくんが戻ってきてくれさえすれば、それでいいんです……!」

 

どうやらレムをエミリア様として抱いていたことは、スバルくんの記憶からは抜け落ちてしまっているようだ。でも、それでよかった。あの記憶を抱えるのはレムだけで十分だ。レムの目からボロボロと涙が零れ落ちる。

 

「そんな泣くなってレム。俺はどこにもいったりしないから」

「スバルくん……!」

 

スバルくんの胸に顔を埋め、レムは泣いた。声を上げて泣き続けた。……レムの感情がようやく落ち着いてきたころ、レムにはどうしても、今すぐにスバルくんにしてほしいことがあった。レムを、レムとして見てほしかった。

 

「スバルくん……お願いです……今すぐレムを……抱いてください……」

「…………分かった。……レム……」

 

 互いに口づけ合う。唇に何度も口づける。舌を互いの口に侵入させ、舌同士を絡め合う。それだけでレムは気持ち良くなってしまう。本当のスバルくんの愛を感じる。必死に互いを貪り続ける。呼吸が苦しくなってスバルくんの唇から離れると、唇と唇の間にどちらのものとも知れない唾液が伝っていた。頭がぼうっとしてあまり何も考えられない。そして身体の中に太陽が生まれたかのように熱い。スバルくんの顔も赤く染まっていた。

 

スバルくんにさらに口づけられる。唇。顎。首。頬。瞼。額。額に口づけられたとき、思わず熱い吐息が漏れてしまった。スバルくんはそれに気付いたらしく、レムの髪をかき分けて額を舌で愛撫する。すると勝手にレムの角がせり出してくる。スバルくんはそれを口に含み、舌を絡ませて吸い上げる。レムは生まれて初めての快感に、どうかなってしまいそうになる。

 

「やめてスバルくん!」

「んー」

 

スバルくんはレムの言葉を無視し、角を刺激し続ける。レムは気持ちがよくてたまらない。スバルくんの唇と舌を感じる度に、いやらしい声が勝手に出てしまう。そしてさらに卑猥な音を立てて角を吸われ、激しく貪られる。ダメ、何か、何か来る──。快感の濁流に飲み込まれ、身体が震える。頭が真っ白になる。レムの激しい呼吸が落ち着くのに、しばらく時間がかかる。その間、スバルくんはレムの隣に横たわって、優しく頭を撫でてくれた。

 

「……鬼って角が弱いのな」

「……レムも知らなかったです……」

「……ところでレムさん……女物の着物ってどう脱がしたらいいか分からないんですけど……」

「もう、仕方ないですね……」

 

レムは自分で着物の帯を緩め、解く。そこからは互いに身に着けている衣服を脱がせ合う。二人とも産まれたての姿になる。

 

「レム……すっげー綺麗」

「スバルくん……今度はレムが気持ち良くしてあげますね……」

 

そう言って、レムはスバルくんの固く隆起した男根を口に含む。それは分泌液で既にぬるぬるになっている。レムの舌を男根に絡ませ、上下に運動する。多少息苦しかったが、今は逆にそれが気持ち良かった。いやらしい水音が発せられる。レムは必死に上下運動を続けた。

 

「うっ、レム、いっちゃいそう……」

 

スバルくんはそう言って、レムの頭を持ち上げる。

 

「レム、一つになろう。俺もう我慢できねぇ……」

「はい……」

 

スバルくんに陰部を優しく撫でられる。そこはもう、スバルくんを受け入れるのに十分すぎるくらいに濡れていた。そしてスバルくんが、レムの中に侵入してくる。それは鉄のように固く、さっきまで火で熱していたように熱かった。艶めかしい声が自然とレムの口から漏れる。本当の、本物のスバルくんと今、繋がっている……! 思わず涙がポロポロと零れ落ちる。

 

「レム、大丈夫か……?」

「違うんです。嬉しくて、心の底から嬉しくて、涙が勝手に……」

「……そっか」

 

スバルくんは前後に運動を始める。スバルくんが奥に入ってくる度に、自然とあえぎ声がレムの口から漏れてしまう。レムはスバルくんの顔を見つめながら、熱のこもった声を上げ続けた。スバルくんともっと繋がりたくて、彼の指と指の間にレムの指を通し、固く握りしめ合う。

 

「スバルくん、口づけ……口づけてください……!」

 

レムはそう懇願する。スバルくんに濃密に唇を重ねられ、舌を絡まされる。全身が、今スバルくんと猛烈に絡み合っている。レムは幸福と快感に全身を包まれてどうかなってしまいそうだった。卑猥な水音。レムのあえぎ声。寝台が軋む音。スバルくんの吐く吐息。それらの音が重なり合って、家中に響き渡っている。

 

「レム、俺もういきそうだ……!」

「出して、スバルくん! レムの中に出して!」

 

避妊のことなんてどうでもよかった。今はただ、スバルくんの愛をこの身で受け止めたかった。スバルくんの動きがさらに激しくなり、レムの中に熱い精液が注ぎ込まれる。そのぬくもりが愛おしくて仕方ない。スバルくんを優しく抱きしめ、しばらく余韻に浸る。そして優しく口づけを交わし、互いに微笑みあった。

 

 ……その日は太陽がてっぺんを通り過ぎるまで、互いの存在を確かめ合うように、レムとスバルくんは何度も何度も抱き合った。幸せだった。ただただ幸福だった。

 

 こうして、レムはスバルくんを狂気から救い出すことができた。これから先、どんな困難が待ち構えていたとしても、二人で乗り越えられる。そして、二人の先には明るい未来が開けている。巨大な困難を一つ乗り越えた今、確信を持ってそう思えるレムがいた。これから先、ずっと二人で──。彼と重ねた手と手の間に、確かなぬくもりが宿っているのを感じた。


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