※百合が苦手な方は読まないで下さい。
寝苦しい熱帯夜、長門は月明かりの下で涼を得ようとする。
しかし、そこには既に先客がおり――
これは、愛を求めて孤独に震える駆逐艦と、世話好きな戦艦の寝物語。
暑い。
暑くて寝苦しい夜だ―長門は、何度目になるかも分からない寝返りを打ってから、とうとう寝床から身を起こした。
涼を少しでも得ようと、大きく開け放った窓辺による。
しかし、吹く風は生温く、余計に暑気を増すばかりに思えた。
窓の向こうに広がる、闇に沈む鎮守府の港には、幾つもの雑多な艦艇が犇めき、投錨して佇む姿があった。
艦娘とは違う“普通”の艦艇達は、無言のまま波に揺られて鎮座している。
月明かりに照らし出された彼らは、まるで海に浮かぶ鋼鉄の城のようであり、彼らと自分達艦娘が同種の存在―正確には違うが、戦闘艦の能力を行使できるという点では同じ―であるとは思えない。
そう、彼らは笑ったり泣いたり、怒ったりする事はない。
ましてや、人肌の温もりを感じる事もないだろう―長門は、寝付けない理由が、単に寝苦しいという訳ではない事を素直に認めた。
普段は二人で寝起きする部屋である筈なのに、起居を共にする相手がいない今は寂寥感ばかりが支配しており、胸を焦がす想いゆえに目が冴えていた。
「陸奥…」
長門はその名を愛おしそうに呟く。
長門型戦艦二番艦である陸奥は、先の遠征での傷を癒やす為に現在入渠中であった。
幸い、遠征隊に犠牲となった艦艇はなく、陸奥が少しばかり手酷く傷を負った程度で済んだのだが、長門にとっては気が気ではなかった。
今は旗艦を大和に譲っているとはいえ、長らく連合艦隊の旗艦を務め上げ、世界に名だたるビッグセブンの一角にも数えられる立場ゆえに取り乱す事はなかったが、許されるのであれば直ぐにでもドックに赴いて陸奥の顔を一目見たかった。
提督からも、大した事はない、じきに良くなるわ、と言われてはいたが、世界でたった二人きりの姉妹―艦娘は同型艦同士でも人間のように本当の肉親という訳ではないが―であり、血よりも濃く、確かな絆で結ばれているからこそ、会ってこの目で無事を確かめたいのだ。
陸奥への想いが長門の胸を締め付ける。
その痛みと傷を代わってやれるのならば是非ともこの身を捧げてもいい。
ほんの数日だけしか離れていないというのに、何年も会っていないように思えた。
早く、一秒でも早く会いたい。
会って、あの柔肌を抱き締めたい、抱き締められたい―陸奥への切ない思いが、胸を焦がし、身を震わせた。
思わず、襦袢の上から自ら持て余している肉体に触れてみると、熱く火照っていた。
触れてもいないというのに、陸奥との秘め事を脳裏に思い描いただけで、長門の女は潤み、しとどに濡れそぼっていた。
太股を伝い落ちる雫の感触に、肌が粟立つ。
「…私とした事が、なんとはしたない」
己の堪え性のなさに、長門は端正な顔を羞恥に染めた。
これではただの淫乱ではないか―今のこのふしだらな姿を、他の艦娘に見られたら戦艦としての面目は丸潰れだ。
少し夜風に当たって頭を冷すべきだろう。
長門は桐箪笥から取り出した手拭いで潤みを帯びた秘所を拭くと、乱れた襦袢を整え、上靴(スリッパ)を突っかけて、音を立てないように扉を開いて宿舎の廊下に出た。
年季の入った板張りの廊下を、編上靴を改造しただけの上靴で音を立てずに歩くのは至難の業で、しかも長門は艦娘の中でも体躯に優れた戦艦であり、やはり、みしり、みしりと床板が鳴った。
途中、駆逐艦の部屋の前を通る際には殊更慎重になった。
駆逐艦は艦数が多い為か、他の戦艦や空母の少人数部屋と違い、彼女らの起居する部屋は軍の内務班さながらの大部屋であり、部屋と廊下の間に扉はなく、素通しであった。
大型艦種の艦娘は、人間でいえば十代後半から成人女性程度の容姿を備えた者が多いが、駆逐艦達はおしなべて幼い容姿であり、子供といっても差し支えない者ばかりである。
小さな体に大きな艤装を背負った姿はいたましいほどに愛らしく、同じ艦娘である長門も幾度となく胸を締め付けられた―それを戦場に送り出す提督は、常に辛そうな顔をしていた。
子供ほどの体躯とはいえ、戦場に於いては実際の駆逐艦並みの火力と装甲、速力を以て勇ましく戦う彼女らだが、戦艦からすればやはり可愛い妹分達であるのに変わりはない。
通り過ぎる際、何気なく部屋の中を覗き見る。
壁際に並べられた寝台の上、健やかな吐息を立てる駆逐艦娘達の愛らしい寝顔に、長門は胸中に暖かいものが溢れるのを感じた。
きっと陸奥も、この寝顔を守る為に身を挺したのだろう―そう考えると、彼女が傷ついた事を痛ましい反面、誇らしいとさえ思えた。
陸奥が復帰するまではこの子達を守ってみせよう、と長門は決意を改め、足音を立てぬようその場から立ち去った。
この時、寝台の一つが乱れた布団だけを残して空となっていたのだが、長門は気づかなかった。
†
よく冷えたラムネの瓶を二つ手にした長門は、人の目がないかを確認してから、石敷・屋根付きの渡り廊下を渡って炊事場から出てきた。
夜風に当たるだけのつもりだったが、途中で気が変わり、炊事場に忍び込んで電気冷蔵機からラムネの員数をつけてきたのだ。
長門の好物である、間宮謹製のアイスクリームもあったのだが、こんな夜更けに食い意地を張るのも大人気ないし、何より涼を得ようと欲を出して腹を下してはみっともない。
まぁ、ラムネを二本も失敬している時点でどっこいだが―長門は苦笑しつつ、涼風の吹く物干場のベンチに腰掛けた。
潮と鉄の匂いを含んだ、鎮守府の夜風が頬を撫でる。
普段は自慢の長い黒髪を流しているが、今は馬尾のように後頭部で結い上げており、外気に晒されたうなじから熱が逃げていくようで涼しい。
こんな事なら団扇も持ってくるべきだったな―手で顔を扇ぎつつ、長門はそんな事をぼんやりと考えながら、木製の玉押しを手にラムネの栓を開けようとする。
ふと、何かが視界の隅で蠢き、思わず手を止める。
すわ狐狸の類か、と人間よりも遥かに優れた視力でその方向を走査すると、見慣れた鈍色の物体がチョロチョロと動き回っていた。
それは五〇口径三年式一二.七センチ連装砲D型であり、駆逐艦の多くが搭載する標準的な艦載砲だった。
だが、艦娘の艤装の一部でありながら、まるで意志があるかのように自ら動くものは島風の連装砲のみであり、その他には潮の連装砲に顔のようなものがあるぐらいだ。
まさしく、あれは駆逐艦島風の連装砲だろう。三基の内の一基は、“しまかぜ”と銘の入った浮き輪を穿いている。
その三基は、長門の存在に気付く事なくガサガサと下草を揺らしながら植え込みの向こうに消えた。
長門は可愛らしくもある三基を不審に思った。
普段、彼ら連装砲もその他の艦娘の艤装と同様に、演習や出撃以外の場合は格納庫に保管されている。
島風の連装砲は、彼らの主人が演習や出撃に繰り出す事なく鎮守府にいる場合でも行動を共にする事が多いが、それは日中に限った話であり、日が暮れれば彼らの住まいである艤装格納庫へと帰る。
その彼らが、こんな夜更けに格納庫を抜け出して何やらコソコソと動き回っている。
連装砲は艤装の一部でありながら明確な意志を宿している、艦娘以上に不思議な存在であり、表情や仕草でその感情を表す。
艦娘と共に大海原の戦場を駆け抜ける、誠に頼もしくも愛らしい存在であるのだが、そんな彼らの生態は未だに謎に包まれている。
ひょっとしたら、これはもしかして彼らの知られざる生態系の一部を垣間見る好機なのかもしれない―不意に長門の胸中に、連装砲という不思議生物?への好奇心が芽生え、これは確かめねばなるまいという決意に燃えた。
ラムネ瓶を手にしたまま、下草を避けて連装砲達が消えた植え込みへと近付く。
夜露に濡れた下草の感触が足にこそばゆいが、なるたけ音を立てぬように接近する。
何とか長門一人が通れそうな植え込みの切れ目に身体を滑り込ませ、夜戦のように気配を殺し、耳目を済ませてその向こうにいるであろう連装砲達の様子を探る。
そして長門は息を呑んだ。
連装砲達が、鎮座している白色金(ホワイトゴールド)の毛塊に寄り添っているのだ。
まるでその毛塊を慰めるかのように、彼らは鈍色の身体を擦り寄せている。
連装砲達にとってあの毛塊は、大切なものなのだろうか?―邪心崇拝の儀式にも似た不条理なその光景に、何ともいえぬ感情が長門の胸中を支配した。
あっ、と漏れ出そうになる驚きの声を、長門は寸での所で口元を押さえて堪える。
新手の深海棲艦とも思えるようなその奇怪な物体から、にゅっと腕が伸びたかと思うと、連装砲の一基を抱きかかえたのだ。
果たしてそれは、一人の少女だった。
年の頃は十と幾つかを過ぎたぐらいだろうか。腹掛け姿がなんとも邪気なく愛らしい。
腰まで伸びる白色金の髪に、愁いを帯びた白い横顔は西洋人形のようで、長く繊細な睫毛が震えている―少女がしとやかに泣いていると気付いたのは、白磁の肌を滑り落ちる涙が月明かりを反射して宝石のように輝いたからだ。
その横顔には見覚えがあった。
兎の耳のようなカチューシャや、海軍の水兵服のような艤装を身に付けていなくとも、その少女が丙型駆逐艦島風であると認識できた。
こんな夜更けに一人、連装砲をお供にして泣いている姿からして、今の島風は尋常ならざる状態にあると見なすべきだろう。
どういう理由で泣いているのかは分からないが、島風にも独りで涙を流したい時ぐらいあるのだろうか。
幾ら艦娘の一人一人が、実際の戦闘艦並みの戦力を備えた存在であっても、その身に宿る魂は容姿に違わぬ少女のそれである。
少女を象った、喜怒哀楽を備えた軍艦という不思議な存在であればこそだ。
子供に人気だった戦艦長門の魂が宿る為なのか、長門は子供の容姿である駆逐艦を放っておけない性分だが、武人然とした物腰と雰囲気とが相まっていまいち彼女らとの距離感を詰めれず悩んでいた。
有り体に言えば、峻険とした長門は子供っぽい駆逐艦達にとっては近寄り難い存在だった。
それ故に、同じ厳つい戦艦―容姿と物腰が長門よりも随分と朗らかであるのも一因だろう―であるにも関わらず、大和が幼い駆逐艦達の人気を独占している傍らでそれを羨ましく思っていた。
子供好きの長門としては、独りで泣く島風が気になって仕方がなく、どうにかしてやりたいと思ったが、普段の彼女の姿を思い出して辛うじて留まる。
丙型駆逐艦は、謂わば次世代を担う新型駆逐艦だった。まさしく駆逐艦技術の粋を集めて建造された、駆逐艦版大和のような存在であり、全ての能力は高水準を満たし、速力に至っては比肩しうる艦艇がいないほどの快速を誇る。
一部では、駆逐艦でありながら軽巡洋艦に迫るとすら云われている。
それ故か、生来の天真爛漫さに加えて己の高い能力を鼻に掛けていて、若干傲岸不遜な気があり、無邪気な駆逐艦の中では少し浮いていた―その理由は、彼女の態度ばかりではないだろう。
諸事情により丙型駆逐艦は島風ただ一隻のみが建造されたに留まり、事実上、島風は同型艦の姉妹が一人もいない希有な艦娘だった。
駆逐艦は姉妹の多い艦種という印象があるが、そんな中にあっても孤独というのはどういう心境なのだろうか―自分にですら陸奥という妹がいるのに、と長門は思った。
月明かりの下、粛々と涙を零しながら連装砲達と戯れる島風の姿に、長門は胸が苦しくなった。
艦娘にとって姉妹は、人間に於ける肉親とは趣を異にする。
謂わば魂と魄を繋ぐ存在であり、血肉を分かち合うよりも強い結び付きなのだ。
だから、先の大戦の記憶を共有する艦娘は、姉妹の別離を人一倍恐れている節があった。
長門も、先の大戦に於ける陸奥との別れを思い出すだけで、胸が張り裂けんばかりの痛みに襲われる。
艦娘として現世に蘇り、再び戦渦に身を投じる運命でこそはあるが、やがては二人で平和な時代を一目見たいという望みを叶える為に日々を生き抜いているのだ。
だが、島風には、そのような姉妹がいない。
考えれば考えるほど島風が不憫で仕方がなく、切ない気持ちになってしまう。
島風に対する切なさと愛おしさで、長門の心は狂わんばかりに千々と乱れた―それ故に、植え込みからはみ出す襦袢の裾を、連装砲の一基に見つかってしまった。
それをすかさず連装砲は、主である島風に身振り手振りで伝えた。
長らく連れ添っている連装砲の意志を具に感じ取った島風は、はっとした表情で長門が潜む茂みを振り返った。
「誰?」
一部始終を覗き見られていた為だろうか、島風は焦燥から上擦った声で誰何した。
その声に反射的に低く身を臥せた長門は、そもそも覗きなどするのは性分ではない、と自らを戒めつつ、ゆっくりと身を起こして姿を現した。
「長門さん…」
すらりとした長身を認め、島風は一瞬毒気を抜かれたような表情をしたが、直ぐに拗ねたようにそっぽを向いた。
「見てたんですね」
連装砲を胸に抱き、感情を隠そうともせずむすっと言った。
「いや、悪気はなかった。すまない。夜風に当たろうと思って物干場のベンチに座っていたら、連装砲を見つけてな…それで気になって後を付けたら」
「そして私の泣き顔を観察してたって訳ですね。しかもラムネを片手に…結構趣味が悪いんですね」
長門は正直に白状したが、島風は相手が戦艦だろうと構わず、歯に衣着せぬ強気な物言いだ。
長門はそのように言われても怒るどころか、小さな子が精一杯背伸びをしているような、そんな微笑ましさを感じて頬を緩めた。
「隣、いいか?」
返事を待たず、長門は島風の隣に腰を下ろす。
島風は、相変わらずそっぽを向いたままである。
その腕に抱えた連装砲のみが、長門と島風の顔を交互に窺っていた。
「ラムネでもどうだ? 夜とはいえまだ暑い」
長門はラムネ瓶を僅かに傾け、木製の玉押しでビー玉を押し込むと、泡が吹き出ないように暫くそのまま保持した。
泡が吹き出ないのを確認してから、瓶を島風に差し出す。
頂きます、と小さく呟き、島風は瓶を受け取った。
そして、小さな喉を上下させてラムネを飲む島風は、小動物のように愛らしい。
つん、と未だにそっぽを向き続ける強情な島風に苦笑しつつ、長門も自分のを開け、喉を鳴らしてラムネを飲んだ。
喉を駆け下りる炭酸の刺激と爽やかな甘味に、一気に涼を得たりと身体から汗が引いていくようだった。
「聞いても、いいか?」
何を、と島風は言わなかった。
言葉にせずとも、先程の涙の訳を問うている事ぐらい察せられる。
「どうして泣いていたんだ?」
島風は、腕の中の連装砲に目を落とすばかりで、口を開こうとはしなかった。
そうして沈黙を貫き通す事数分―少し不躾すぎたか、と後悔したが、言いたくない事を無理に聞き出すのも気が引ける。
「すまん。言いたくなければ言わなくてもいい…ただ、独りで泣くお前の事が心配だったんでな」
それは長門の偽らざる本音であり、その事を伝えられただけでも良しとするべきか。
邪魔したな、と長門はラムネを飲み干すと、立ち上がろうと地面に手をついた。
だが、咄嗟に重ねられたら小さな手に、動きが止まった。
「待って下さい…ラムネのお礼代わりに、答えます」
だから、今は独りにしないで下さい―と、掻き消えてしまいそうな程か細い声で、島風は言った。
†
人気のない宿舎の廊下を、長門は島風の手を引いて静かに歩いた。
みしり、みしりと床板の軋む音に混じり、時折何処かの部屋から風鈴の涼やかな音色が聞こえてくる。
あの後、島風は泣いていた理由を話そうとしたが、長門はじっくり話を聞けるように場所を変える事にした。
途中まで連装砲達が後ろをついてきたが、やがて主を長門に任せても大丈夫だと判断したのか、小さな手を振って別れた。
連装砲とは謎の多い存在だが、悲しみに暮れている時、なにも言わずにそっと寄り添ってくれるなんて、実に主人思いの好漢?揃いだと感じた。
やはりこの時間は自室が最適だろう。
陸奥が入渠中である為、今は長門が一人で寝起きしている為に都合が良い。
それに、夜露を含んだ草の上に座ったが為に襦袢が濡れて不快であり、着替えたいというのもあった。
どれほどの間、あそこで人知れず涙を流していたのかは分からないが、島風の腹掛けも随分と露に濡れており、泥だらけである。
汚れた格好のままでは落ち着ける訳もなく、島風を自室に招いてまずは身綺麗にしてから、と考えていた。
「此処が私と陸奥の部屋だ」
ひそひそと囁き、扉を開け、島風を招き入れる。
お邪魔します、と控え目な声量で島風は長門と陸奥の部屋に入った。
「少し、此処で待っていろ」
靴を脱ぐ僅かな空間しかない土間に島風を留め、長門は土間に備え付けのたらいと洗い干している手拭いを手に、近くの水場へと水を汲みに行った。
たらいに水を張り、部屋へと戻る。
「そこに腰を掛けろ」
島風は言われるがまま、上り框に腰を下ろした。
瞬間、夜露に濡れた股引きが肌に密着し、不快な気分となった。
長門は、上り框に座る島風の足元にたらいを置き、土間に両膝立ちとなった。
そして、手拭いをたらいに張った水で濡らし、適度に絞った。
「片足を出せ」
島風は、右足を長門の前に差し出した。
長門は絞った手拭いを手に、夜露と泥で汚れた島風の右足を拭ってやった。
島風は目を見張った。
まさか、あの長門が、かつては連合艦隊の旗艦を永らく務めたビックセブンが、下女のように自ら進んで自分の足を洗うなんて―島風の戸惑いを余所に、長門はてきぱきと慣れた手付きで、少女の肉付きの薄い足を丁寧に拭ってやった。
指の間、足の裏、踵、踝、脹ら脛、膝裏と下から順に拭ってやる。
当初は戸惑いこそすれ、だが、長門の無私の奉仕は心地良く、島風の心を解きほぐした。
まるで親鳥が自分の羽を繕ってくれるような、そんな小鳥の心境を覚えていた。
戦艦の中でも一際近寄り難い雰囲気を纏う長門に、こんな甲斐甲斐しい一面があったとは意外だった。
動きに淀みがなく、手慣れているという事は、普段から行っているのだろう。
その相手とはやはり、陸奥だろうか。
「何時も、これを陸奥さんに?」
自分の足を拭う長門の手元を見ながら、島風は問うた。
「ああ。私にしてやれるのはこれぐらいだからな…陸奥にはいつも迷惑をかけている」
その所作はまさに長年連れ添った女房のそれである。
よし、次は反対だ、と長門は満足した様子でそう言い、島風は左足を差し出した。
そうして長門が手拭いを洗い、絞っている時だった。
微かに乱れた襦袢の襟元から、長門の白い谷間が覗いていた。
島風の位置からはそれが具に見て取れる。
どうしてだか、思わず胸が大きく跳ねた。まるで肌から匂い立つような色香に、思わず顔を赤らめてそっぽを向く。
おしなべて幼い駆逐艦の中にあっては一際子供っぽい島風だが、艦娘同士の睦み合いを知らぬ訳ではない。
艦娘は人間の少女とは違う存在であるが故に、自ずと心を繋いだ艦娘同士―それも姉妹―で慈しみ合う事が多い。
人間からすれば姉妹同士―厳密には微妙に異なるのだが―で秘め事に及ぶという、なんとも背徳めいた近親関係であるのだが、艦娘自体が人間とは異なる存在であり、そっくりそのまま人間の価値観や世間体が当てはまる訳ではない。
御神酒徳利だなんて―別に島風も異端だとは思わない。
むしろ、愛を囁き合う姉妹がいる艦娘をうらやましいと思っていた。
そう、目の前の長門も、陸奥との仲を特に隠しているという訳ではなく、鎮守府内でも関係を公言している事で有名だった。
このようにいつも足を洗っている、という発言は、長門は陸奥の妻だと自ら認めるにも等しいだろう―この二人に関しては、もはや夫婦も同然と見做しても良い。
姉妹同士で、まるで夫婦のようだとは人間からすれば奇妙かもしれないが、それこそが艦娘達の一つの愛の形なのだ。
皆には愛を育み合える姉妹がいるのに、どうして私には、姉妹がいないのだろう―涙腺が再び弛むのを感じ、慌てて拭う。
ちらり、と長門を盗み見る。
今の涙を見られたのではないかと危ぶんだが、長門は足を熱心に拭ってくれている。
別に今更だが、なんとなく気恥ずかしかった。
「よし、いいぞ」
長門の声にふと我に返り、再び足下に顔を向けた。
またしてもはだけた襟元から覗く長門の谷間を見てしまい、島風は顔を俯かせた―風呂場でいつも見ているというのに、何故か今のこの時は直視できないでいた。
羞恥に俯かせたまま、ありがとうございます、と小声で礼を述べる。
長門は、自分の足の汚れは手早く拭い去り、島風と共に畳敷の部屋に上がった。
生活に最低限必要な家具しかない、質実剛健な戦艦らしい質素な住まいだった。
だが、やはり妙齢の艦娘である故なのか、簡素な化粧台が部屋の片隅に置かれている。
長門も陸奥も化粧をしなくとも十分な美人だが、そこは戦艦(大人の女)としての嗜みなのだろうか―まだ化粧とは程遠い島風には、自分が随分と子供であるのを思い知らされたような気分だった。
長門は部屋に上がるなり、年期の入った桐箪笥から襦袢を二枚取り出した。
「寝間着が汚れているだろう? そのままでは落ち着けないだろうから、私のを貸してやる」
「でも…」
流石にそこまで気遣われると、島風といえども畏れを感じてしまう。
「遠慮はするな。ほら、こっちに来い」
だが、長門は構わず、島風を手招く。
そこまで言われては、断るのも失礼だろうか―島風は渋々と従い、襦袢を受け取る。
「ついでに身体も拭いてさっぱりするといい…少し待て」
長門はなにやら瓶を箪笥から取り出し、中の液体で僅かに湿らせた手拭いも襦袢と共に渡す。
その手拭いからは、薄荷の爽やかな香りがした。
「水で薄めた薄荷油だ。それで拭くと気持ちがいいぞ」
島風は言われた通り紺色の腹掛けと丈の短い股引きを脱ごうとしたが、長門の目の前で脱ぐのは何故か抵抗があった。
なので、背を向け、見られまいとしていそいそと服を脱ぐ。
同時に、背後から僅かに布の擦れる音が聞こえたので、長門も一緒に着替えているのだろう―少しだけ頬が熱くなった。
汗でべたつく身体を手拭いで拭くと、薄荷の涼やかな芳香と、心地良い冷感に汗が引いていくのが分かった。
そうして島風からすれば随分と大きい襦袢を羽織り、袖を通して帯を結ぶと、布地がだいぶ余ってしまった。
着ているというよりも、包まれているといった方が適しているだろうか―着替えて身体を身綺麗にしたからだろうか、先程よりも随分と心は平静を取り戻していた。
しかし、箪笥に入れてある匂い袋のものだろうか、襦袢から仄かに薫る白檀の芳香と、それに混じる長門の香りに頭がくらっとした。
「着替えたな。では、まぁ…そこに座れ」
化粧台の前に置かれた籐のスツールを示され、島風は訝しみながらも座った。
目の前の化粧台の鏡には日除けの布を被せたままだったので、恐らく泣き腫らしているであろう自分の顔を見ないで済んだのが幸いだ。
長門も別のスツールを引き寄せ、島風の背後で腰掛ける。
「髪、触ってもいいか?」
唐突なその言葉に、島風は長門にその真意を問おうと、振り返った。
長門の手には、綺麗な飴色の柘植櫛が握られていた。
「いや、お前の髪がボサボサなんでな…梳かしてやろうと思ったんだが、余計な世話だろうか?」
湿った夜風に長い間当たっていた島風の白色金の髪は、確かに少しぼさぼさだった。
「あ、いえ…お願い、します」
島風も幼いながらも女の子である以上、髪は大切にしているつもりだったが、長門にそう指摘されてはお願いするしかない。
大海原を戦場とする艦娘であるのならば、塩辛い潮気と強い日差しは避けては通れないものであり、それらをいかにして退けるか、というのは艦娘達の間でも専ら取り沙汰されていた。
艦娘と謂えども娘である以上、結構美容については気にしている者が多い。
「私は髪の事に関しては少々自信があるのだ。まぁ、任せて欲しい」
長門は胸を張りながら言った。
確かに、長門の黒髪はまさに艶やかな濡れ羽色であり、湿気の多い海辺の夏の夜だというのに癖もなくしゃらりとしている。
化粧台の上の小箱から、長門は黄色がかった液体の入った瓶を取り出し、さらりとしたそれを少量手に取り、掌によく馴染ませてから、島風の髪に丁寧に塗り込んでいった。
鼻腔を、微かな椿の匂いが擽った。
「大島産の椿油だ。陸奥とは縁深き土地のものでな…私も愛用している」
いたわるかのように優しい長門の手つきは心地良く、島風は目を閉じて感じ入った。
根本から毛先まで、細やかに椿油をうっすらと塗り込み終わると、今度は柘植櫛で梳いていく。
どんな櫛を使っているのか分からないが、櫛通りの良さ、梳かし心地の良さは自分が使っているものとは大違いだ。
「櫛はやはり柘植がいい。だが、暹羅(シャム)のものは駄目だ。きめ細かで滑らかで、粘りのある薩摩の柘植が一番だ…薩摩も、私とは縁が深いな」
薩長の事を言っているのだろう、と島風は髪を梳かれながら意味を解した―だが、意識は、もっと別の物に振り向けられていた。
椿油が馴染んだ柘植櫛。
そればかりが気になって仕方がなかった。
鏡を介して背後の長門を見る事は出来ないが、恐らく頬を綻ばせて櫛を滑らせているに違いない。
雰囲気と、微かに弾んだ声から察するのは簡単だ。
「私も、同じ櫛が欲しい」
思わず、島風の口からそんな言葉が漏れた。
それは、ただの子供じみた物欲しさからではない。
「そうか。気に入ってくれたか。なら、今度、取り寄せてやろう」
同好の士を得たり、と長門は喜んだ。
だが、島風が求めているのは違った。
「違うの。その櫛が…欲しいの」
血を吐くように切実な声が、細い喉から絞り出された。
髪を梳かすという行為一つの中にも、長門と陸奥の深い関係が見え、それが人知れず孤独に震える彼女の心を狂おしいまでに揺さぶった。
長門と陸奥を結ぶ櫛が、ただ純粋に羨ましかったのだ。
欲しいのは櫛ではない。
誰かとの繋がりが、ただそれだけが欲しい―耐え難い餓えと寒さにも似た孤独感に、島風は知らぬ間に自らの肩を掻き抱いて震えた。
もはや嗚咽を堪えようとも思わなかった。
座ったまま身体を折り、呻きにも等しい声で泣き、はらはらと大粒の涙が零れる。
「寂しい…寂しいよぅ……」
幼児のように小さくなって愚図る島風の姿に、長門は髪を梳く手を止めて困惑するしかなかった。
†
一体どうしたものか。
長門は、柳眉を潜め、島風を胸の前に抱きながら考えあぐねた。
まるで譫言のように寂しい、寂しいと悲痛な声で愚図る島風を、取り敢えずは畳に敷いた陸奥の布団に座らせると、幼子をあやすように胸に抱き、添い寝をしてやった。
だが、涙を零しながらも島風は強情で、長門の腕に抱かれながらも背を向けている。
そんなに泣き顔を見せたくはないのだろうか―駆逐艦中最高性能の丙型駆逐艦の化身故か、その矜持が邪魔をしているのかもしれない。
かといって、今のこの状況を拒んでいるという訳ではない。
拒むのであれば、こうして腕の中に収まる事も、身体に回した長門の腕に指を絡める事もないだろう。
今では堰を切ったかのような激情は収まったが、依然としてぐすぐすと鼻を啜り、しゃっくりを上げている。
腕の中、震える小さな躯の体温は子供のように高く、立ち上る体臭までもが仄かに乳臭い。
折角身綺麗にしたばかりだというのに、密着する身体はじっとりと汗ばんでいる。
しかし、長門もまんざらではなかった。
子供好きの性格だからか、泣いている少女というのは実に庇護欲をそそる対象であり、こうしているだけでも長門の貪欲な母性本能を充分に満たしてくれた。
その傍らで島風の涙の訳に、思いを馳せる。
人の感情の機微を細やかに察せられる方ではないが、寂しい、とか細く呟き、涙に暮れる姿を見れば一目瞭然だろう。
長門が想像した通り、島風は姉妹のいない孤独を嘆いているのだ。
何とかしてやりたいと思うが、こればかりは何と声を掛ければいいのか思い付かない。
お前は一人じゃない、艦隊の仲間がいるじゃないか―陸奥という妹がいる自分がどんなに耳触りの良い美辞麗句を並べ立てようとも、独り身の島風には嫌味にしか聞こえないだろう。
艦隊の僚艦とは違う、もっと特別な間柄の存在を島風は求めてやまないのだ。
人間で言えば血肉と魂を分けた存在に近しい、姉妹艦を。
でなければここまで悲しみに暮れる事もないだろう―あの間宮にですら、少々細身で姉よりも上背のある妹がいるというのに。。
島風を胸に抱きながら、長門は完全に思考の袋小路に迷い込んでいた。
それ故だろうか。
腕の中の小さな躯が、むずがるように身動ぎしたのに反応できなかった。
一拍遅れて、腕の中の島風に目を落とす。
「どうした?」
柔らかく問い掛けたつもりだが、島風は、幼児のように唸りながら、身動ぎするばかりで答えない。
顔を覗き込もうとすると、長門の腕の中で精一杯小さな身体を背け、白色金の長い髪を簾のように垂らして表情を隠してしまう。
なんと強情な娘だ―長門は苦笑しつつ、包み込むように回していた腕を解き、身体を離した。
島風の身動ぎの理由が、籠もる熱気にあると判断した。
長門は満更でもないが、島風は珠のような汗を肌に浮かべており、髪が頬に張り付いていた―乳の匂いのような体臭が、より濃くなった気がした。
それを嫌がっての行動だと思ったのだが、島風は引っ込められる長門の手を握り、離れるその身に細い肢体をより密着させてきた。
島風が躯を反転させ、二人は向かい合う形となっていた―しかし、それでも顔を合わせたくはないのか、島風は長門のお腹に鼻先を埋めてしまう。
島風は、長門の腹に顔を潜り込ませ、その腰に手を回し、長い脚の間に自らの躯を滑り込ませ、ぎゅう、とより強く密着した。
おやおや―まるで母を求める子供のように、必死にしがみつく姿に、長門は胸中で愛おしさが迸るのを感じた。
ならば、と長門はその頭を撫でてやり、椿油に潤う髪を手櫛で梳いてやった。
ぐりぐりと腹を鼻先で擦られ、薄い襦袢越しに吹きかけられる湿った吐息がこそばゆく、漏れ出る笑いを堪えた。
そうやってしばらくの間、二人は言葉を交わす事なくじゃれ合った―やがて少しは満足したのか、島風は顔を埋めたまま言った。
「…理由を、聞かないんですか?」
長門の身体でくぐもった声は、これから叱られるのを恐れる子供が、親の表情を窺うような、所在なさげな響きを含んでいた。
「聞かなくとも分かる事ぐらいある。それを今更とやかく問い質されるのは、お前とて嫌なものだろう?」
姉妹のいない孤独を改めて言葉にさせるのは、今の島風には酷に思え、長門はそう慮った。
「うん…」
その深慮に、島風は小さく頷いた。
†
他の駆逐艦や重巡軽巡、空母、戦艦が羨ましかった。
そして嫉ましく、時には憎みもした。
特に長門と陸奥の戦艦姉妹の絆は、金剛型や扶桑型、大和型、その他の艦種が及ばぬほど強く思え、島風は意図せずして避けていた。
だが、悪感情を向ければ向けるほど、自身の孤独が浮き彫りになっていくだけであり、心の飢餓感は増すばかりだった。
普段の人を小馬鹿にしたような態度は羨望と嫉妬の現れであり、子供じみた自己顕示は愛情を求めた末の行動である。
独りぼっちだからこそ、誰かに構って欲しい、姉妹のいない寂しさを紛らわせて欲しい―血の止まらぬ心の傷を癒したくて、島風はいつも自慢の快速をひけらかしながら泣いていた。
いっそ、あの時のように南洋の海底に沈んでしまいたいと願う事すらあった―そうすれば苦しむ事もないだろうに。
だが、誰にも愛されずに孤独のまま轟沈したくはないという想いもあった。
それでは、折角艦娘として温かな生を受けた意味がないではないか。
愛を知らぬまま孤独に果てるなんて、怖くて堪らない。
私は、誰かに愛されたいんだ!―それが小さな島風を戦場に駆り立てる唯一の理由だった。
長門に包まれながら、島風は温もりと悦びを知った―それが一時のものに過ぎないとしても。
同時に、面倒見の良い長門は、自分が可哀想で仕方がないから、ここまで嫌な顔一つせずに我が儘に付き合ってくれていると感じていた。
それも愛である事に変わりはないが、島風が求めているのは、長門が陸奥に向けるような、誰か一人に対して注ぐ、強く特別なものだ。
長門には陸奥がいる。
自分に向けられているこの愛は、親のいない子を憐れむようなものだ。
島風が欲しくてやまないものは、どうしたって手に入れられない。
この温もりに対して心地良さを感じつつ、こんなのじゃない、と否定の言葉を叫び出したい衝動に駆られるが、乾いた砂のような心は、まやかしでも構わないからとしがみつく。
それは擬似餌と知りつつ、貪欲に食いつく魚のようだ。
ただし、魚は釣り上げられてから身を捌かれる絶望を知るが、既に事の顛末を解りきっている島風は、これが終われば殊更に孤独を深めると知っていた。
今だけだなんて嫌だ。ずっとずっと注いで欲しい―涙を堪え、より強く深く、長門に身を寄せる。
温もりを知ったからこそ、再び訪れる孤独に身を捩らんばかりの恐怖を覚え、どうにかなってしまいたかった。
いっそ、一時の思い出というのなら、少しでも長くその余韻に浸れるようなものにしたい―島風の震える心は、密かにそう決意した。
だが、その為にはどうすればいいのだろうか。
愛を渇望するばかりで、島風はどのような行為が愛を強く感じられるのか解らなかった。
ただ、一つだけ今言えるのは、長門と抱き合っていると安らぐという事実だ。
しかし、抱き合っているだけでは、それ以上の実感を得られそうにない。
もっと、もっと欲しいよ―飢餓感に震えるまま、島風はぐりぐりと鼻先を長門の腹に埋めた。
「こら、擽ったいぞ」
くすくすと、長門が笑う声が降り注いできた。
だが、島風は、長門を擽っているつもりはなく、真剣に愛を感じられる行為を模索していた。
でもどうしていいか分からなくて、心だけが荒馬のように逸る。
長門に怒られるかもしれないが、今はそんな事はどうだっていい。荒ぶる心を少しでも鎮めたい、いっそこのまま一つの荒波と化してしまいたい。
いっその事、溶け合ってその温もりの中に埋もれてしまいたい―島風は、長門の肌にじかに触れたくて、帯を緩め、襦袢の衿の合間に顔を潜り込ませた。
「こらこら。止めないか」
素肌に感じる島風の鼻先と吐息に、長門は擽ったさを堪えきれなかった。
長門はまだ、島風がじゃれているものだと思っていたが、濃密な女の匂いを嗅いだ瞬間、腕の中の小さな艦娘には変化が起きていた。
長門の、精強な戦艦らしい細く引き締まった腹はすべすべとしていて、仄かに甘い匂いがした。
舐めたらどんな味がするんだろう―島風は長門の匂いの虜になり、試しにちろりと舌先を滑らせてみた。
「ひゃっ…」
刹那、長門の身体は電流が走ったかのようにびくりと震えた。
長門の、少し低音で硬質な声音とは違う、まるでなよやかな女人のように甘い声だった。
一見すると男性的な凛々しい魅力すら感じさせる長門が、女を強く感じさせる声を漏らした―その事実に、島風は言い知れぬ興奮を覚えた。
もっと、この声を聞いてみたい―舌先にほのかにしょっぱい汗の味を覚えつつ、島風は夢中で長門の腹にむしゃぶりついた。
しょっぱいのは、きっと長門の汗だろう―島風は、己の双眸から零れる温かな液体の存在を無視した。
†
「あっ…うっ……んん」
おかしい。
一体どうしたんだ。
長門は、堪えようとしても漏れ出る甘い声に、戸惑っていた。
島風が腹に顔を埋めてじゃれついていたかと思うと、帯を緩めて衿の合間に顔を潜り込ませてきた。
それもじゃれつきかと思ったら、今度は素肌を舐め始めたではないか。
少女の小さな舌が肌の上を滑る度に、長門はこそばゆさにも似た快感に身を震わせた。
これはただのじゃれ合いにしては行き過ぎている。
止めさせようと手を伸ばした刹那、島風は小さな躯をいっぱい使い、長門の体を仰向かせてその上に寝そべるように肌を密着させてきた。
長門の体が仰向けになると、緩んでいた帯が完全に解け、襦袢の衿が大きく開いた。
あっ、と思う間もなく、襦袢に包まれていた乳房がはらりと現れる。
戦艦の名に恥じぬ、引き締まった格好の良い肢体ながらも、成熟した女らしく豊満な乳房だった。
つん、と形良く上を向く双丘が織りなす胸の谷間には、うっすらと汗の珠が浮かんでおり、嗅ぐ者を魅了する悩ましい女人の芳香を発している。
「いい加減にしないか…!」
微かに怒気を含んだ声で言い、長門は、悪さをする島風の華奢な肩を掴んだ。
だが、心は急に萎えてしまった。
島風は目に涙を浮かべながら、長門の肌を吸っていた。
まるで母の愛を得ようと必死になる、打ち捨てられた子供のように痛ましい表情に、怒る気力など湧く筈がなかった。
それを見る長門の胸中に去来する思いはいかほどのものだろうか。
「島風」
万感の思いを込めて慈しむように、長門は呼び掛ける。
島風はもはや肌を吸ってはいなかった。
自らの唾液をまぶした長門の肌に、顔を突っ伏して声もなく泣いていた。
長門はそっと島風の腋の下に腕を通すと、自分の躯の上を滑らせて引き上げた。
島風は抵抗する事なく、されるがままである。
やがて長門は、島風を身体の上で抱えたまま、顔をつきあわせた。
「言葉は要らないな?」
こくり、と止め処なく涙を溢れさせながら島風は頷いた。
「おいで。抱いてあげよう」
長門は身体の上に乗っていた島風を優しく布団に横たえると、両者の身体の位置を変え、その小さな躯を包み込むように覆い被さった。
近付く二人の吐息が混じり合い、やがて零となる。
小さな桜貝のように慎ましやかな少女の唇に、自らの白桃色の唇を重ねる。
親鳥が小鳥に餌を与えるように、啄むような口付けを少女に与えながら、長門は罪悪感を覚えていた。