エルフナインに生える話。が、男女的な使われ方はしません。
無性のエルフナインに生えることはふたなりではなくひとなりなので、タグは誤字ではありません(キリ

拙作『クリスマス ビフォア アポカリプスhttps://syosetu.org/novel/168313/』『ブライギーセンhttps://syosetu.org/novel/168951/』より後、
『アントラクトhttps://syosetu.org/novel/160573/』より前の話です。(魔法少女事変が起きた年の1月より後、ガリィが起動する前)
XD、AXZの情報を含みません。
捏造設定注意。
(初出:2017/07/29)(他サイトと同時投稿です)






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エルフナインに生える話。が、男女的な使われ方はしません。
無性のエルフナインに生えることはふたなりではなくひとなりなので、タグは誤字ではありません(キリ

拙作『クリスマス ビフォア アポカリプスhttps://syosetu.org/novel/168313/』『ブライギーセンhttps://syosetu.org/novel/168951/』より後、
『アントラクトhttps://syosetu.org/novel/160573/』より前の話です。(魔法少女事変が起きた年の1月より後、ガリィが起動する前)
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(初出:2017/07/29)(他サイトと同時投稿です)








レセ・ヴィブレ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞼を開けると、暗がりの中に見知っている天井が見えた。

 ぼやける目を数度瞬かせた後、仰向けの顔を横に向けると、床と並行になった視界に天井と同じ象牙色の石壁と壁面クローゼット、壁付けされた木製の引出し付きの机と椅子といった、自室の質素な風景が暗がりの中にぼんやり見える。

 目で探した机の上の卓上時計は、ベッドに入った時から六時間ほど進んでいた。ベッドサイドに腕を伸ばして部屋の明かりを操作する錬金装置に手をやる。昼白色の光量の増した部屋の明るさに目を眇めながら仰向けに寝転がりなおして、腕を伸ばしたままに頭の上方へやって、伸びをする。

「ん~~~っ……、ふぅ……」

 身体から力を抜くと瞼も自然と一緒に開いて、今度は明るい中で天井が見えた。

 この天井を眺めながら眠って、そして目を覚ますようになってから、これで何日目だろう。一ヶ月半、いやニヶ月は経っているだろうか。それは、永遠かもしれなかった眠りより目覚めてからの日数と同じ。

 数百年を生きる錬金術師キャロル・マールス・ディーンハイムが、自らの次代の器とするために作られるホムンクルス躯体のうち『完璧以上に完成された』質に至らなかった躯体、廃棄躯体。キャロルは自身の研究や計画での労役等に利用するため廃棄躯体を覚醒させて運用することが時折あり、その第十一号、エルフナイン(Elf-Nein)と呼ばれる個体が自分だった。

 今に目が覚めたのは、六時間ほどで目が覚める習慣が自然と身についてしまっているせいだけれど、時刻が何時かはここチフォージュ・シャトーではあまり関係がない。何時に寝起きするか、何時に食事を摂るかなど、生活の送り方に関してキャロルはこまごまと命令するようなことはなかったから。休息や食事を適宜摂ることもまた任務であるけれど、下した命令に忠実に従い与えられた任務を確実に果たせさえすれば、あとは自由で良いとしているかのようだった。

 キャロルはこちらに命令を下す以外は、錬金工房やシャトーの中枢区画に篭り、計画や研究に必要な錬金術の施術に取り掛かっているのが常で、出頭を命じられたときやこちらからの報告や問合せ事項がなければまるニ、三日も顔を合せないことも珍しくなかった。こちらに係っている時間と手間が惜しいのかもしれない。仕事を任せ、自由を赦すのはきっと信頼の裏返し。そう思い、キャロルの期待に応えようと日々、自分を律して任務にあたっていた。

 世界を識れ――火炙りにされたパパからキャロルに、ある意味では同じくパパの娘だとキャロルの言う自分に、託された命題。主であるキャロルから命じられているという理由以外に、命題の答えを自分も知りたくて、キャロルが答えのカタチと目している『万象黙示録』に必要な、シャトーに設える巨大装置の建造任務に携わっている。

 けれどその巨大装置が何を行うものなのかは分からない。『万象黙示録』の完成に必要ということ以外知らされていなかった。古来より錬金術師は秘密主義で、自らの秘術が自分や自分が認めた者以外に知られないよう暗喩や寓意を多用して綴るほどなので、キャロルもそうした考えでいて研究成果を秘匿したいのかもしれない。

 あるいは、前提知識がないために理解できないだろう設計情報を与えることは不要と考えて、キャロルは最初から知らせるつもりがないのかもしれない。元よりこちらにインストールされている錬金知識は、装置の建造に必要となる最低限の知識と聞かされている。それはキャロルのように完璧以上に完成された躯体ではないため、キャロルの持つ錬金知識の全てをインストールしきれないせいかもしれなかった。

 建造に携わるうちに知り得た断片的な情報を総合すると、巨大装置完成時の大まかなシルエットくらいは分かった。縦にした同径の長いパイプを外壁に隙間なく並べ配した外観は、インストールされてる一般知識にある、かの一神教の大聖堂に設えられているような大型のパイプオルガンを思わせる。

 シャトーの中枢区画にある玉座の間では、玉座の後ろや直下に埋設されている装置からパイプが伸びているけれど、それと無関係とは思えない。パイプの中を何が通るのだろう。パイプオルガンの場合は空気だけれど、何らかの気体か、それとも空気に含まれて伝う何かなのだろうか。

 考えても答えは出せそうもない。おそらくは知識が足りないせいで。装置がどのような作用をもたらすのかさえわからない。けれどたったひとつ、確かなことは――完成したその装置で、パパから託された命題の答えがキャロルに知れると良い、と思うこと。自分が想い出の向こうのパパが大好きなように、キャロルもまたパパが大好きなはずだから。

 想い出の中のパパと一緒に暮らしていた頃のキャロルは、幼くして錬金術の写本を読みこなすくらい賢い一方で子供らしく無邪気な面も持ち合わせていて、錬金術以外の生活のこととなると不器用なところがあるパパを呆れたり笑ったりしながらも手伝って支えるような、パパ思いの可愛いらしい女の子だった。

 その様子はとてもほほえましくて、見ていると胸の奥がじんわりあたたかくなるような気持ちになる。楽しそうにしているキャロルの姿を見るのはなんだかうれしくて、錬金知識と一緒に何故か転送複写されているそれらの想い出をときどき思い出しては、その姿を眺めていた。

 『炎の日』のあのとき。最後の言葉の途中でパパから引き離され、そのまま喪って以来、キャロルはパパの遺した言葉の意味を追い求めて、数百年の時を錬金術の研究に注いで今まで生きている。

 きっと、目覚めてたった数ヶ月の自分には計り知れない想いを抱えている。

 床に着くほどに長い、金の三つ編み。数百年の年月を偲ばせるそれ以外、見た目はパパと暮らしていた頃の当時と変わらないけれど、見た目の年齢と不相応に鋭く冴え冴えとしている眼差し同様、冷徹な雰囲気を纏っている今のキャロルがパパの言葉のほんとうの意味を知ったら、託された命題を解き明かしたら、どんな表情を浮かべて、どんなことを口にするのだろう。それを目にすることも、巨大装置の建造を手伝うことや、万象黙示録計画の完遂を心待ちにしている理由の一つだった。

 そんな計画が成就するよう、無力な自分がキャロルを手伝えることは――与えられた任務を着実にこなすこと。

 日々の作業はきっと計画成就に繋がっている。だから、毎日に少しでも任務にあたることが大事。それは目が覚めた今日この日の、これからの時間も例外じゃない。

 今日の作業は……と思い返して、先日にキャロルから命じられた作業の、昨日からの続きを予定していたことを思い起こす。

 命じられた作業を行うのに、脳にインストールされている錬金術の知識を引き出すことには大体慣れてきた。慣れてきたのは、この身体にも。インストールされた想い出には運動の経験が含まれていなかったのか、目覚めた直後は歩けはしてもともすれば転んでしまうような、見た目の年齢よりずっと幼い子供と変わらないくらいの運動能力で、今でも慌てたり走ったりすると足がもつれて転んでしまうことがあるけれど、落ち着いて行動している分には問題なくなっていた。

 今日もキャロルの命題解明を手伝うために、そろそろ起きよう。起きて、身支度を整えて任務に向かおう。ベッドの上で仰向けに寝転んでいた身体の上半身を起こす。

 ベッドはまだ真新しい。以前まで部屋に備えられていた年代感のある古いベッドは、目覚めた日に休息を取れとキャロルに命じられてそこで横になろうとしたとき、既に進んでいた経年劣化が手伝ってか壊してしまい、すぐに翌日に調達された新しいものだった。

 着ている生成りの綿の半袖ワンピースの寝衣は、ベッドを壊してしまったその日、寝床を失くしたこちらをシャトーで唯一となった自分のベッドに寝かせてくれ、自身も一緒に眠ったキャロルがその翌日におさがりでくれたものだった。

 ベッド端に腰かけて、素足を床に着けてベッドから降りる。どこか懐かしい感じのする、肌触りが良くて好きなそのワンピースの袖から、腕を抜く。

 裾をたくし上げて、撓めたワンピースから頭を抜いて脱ぎきって、下着一枚の姿になった――そのとき。

 ふと違和を感じて、違和を感じた身体のそこを、顔をうつむけて見下ろした。

 

 

 

 

 

 ドアをノックしてみると、果たして中からは応えがあって、ほっと胸を撫で下ろした。不在だったらこの違和感を抱えたままシャトー中を探して回らなければいけないところだった。

 ドアをそっと開けて、違和感とローブの前を両手で寄せ合わせてるせいでなんとも動きづらい身体をおして、どうにか部屋の中に入る。

この部屋にはまだ数えるほどしか入ったことはないけれど、大人二人が寝られるくらいの大きさのベッドや壁付けされたドレッサー、意匠の施された衝立やキャビネットといった調度品が、数百年前の近世を思わせる時代物のせいか、いつ来てもどことなく懐かしさを覚える。

 応えの主は、書物机に着いていた。丈の短い赤いワンピースに肘上まである黒い長手袋を着けた軽装の姿で、机に広げていたそれまで読んでいただろう分厚い本と文書の紙束から顔を上げていて――キャロルは、部屋に入ったこちらを見ていた。

「何か用か」

「はい、あの……、その……」

 どう切り出せば良いか、わからなくて言葉に詰まる。

 部屋に入ったものの、数歩進んだところで足を止めて口ごもってしまっていると、キャロルは顔に怪訝そうな表情を浮かべた。

「用件は何だ」

「えっと、そのっ……」

 わからないのは切り出し方だけではなく、それを告げた後の先行きもだった。不明感と迷いとで、言葉がなかなか継げられない。着ている黒のフードローブの布地を両手で握ってばかりでいると、キャロルの細い眉がぴくりと眉間に寄せられるのが見えた。

 まごついているこちらに苛立ったに違いない。怒られるという怖さと、早く言わなくてはという焦りをいっそう募らせているうち、こちらを見据えていたキャロルの視線がふいに動いた。

 その目線は下に降りて、一点で止まる。おそらくは、普段はお腹が丸見えになるくらいに開いているローブの前を、左右を交差させてしっかり閉じている不自然さに目を留めて。

「……何を隠している」

 キャロルは机に手を衝いて椅子から立ち上がると、こちらへと向かってくる。

 かかとの低い赤いパンプスのコツコツと床に硬く鳴る靴音には、疑心と苛立ちが含まれているかのよう。怒られることへの怖さと手間を取らせる申し訳無さとで布地を握る手にはますます力が篭って、身体はさらに縮こまってしまう。

 こちらとそっくりな幼い顔に不機嫌を漂わせながら、キャロルはついに目の前にまでやってきた。

「早く出せ、それを見せに来たのだろう」

「は、はいっ……!」

 観念して、閉じていたローブの前を震える手で、恐る恐る開けた。

 とたん、キャロルの顔が凍りついた。……ように見えた気がした。

 ローブの前を開いたそこは、覚醒したあと間もなくの時にキャロルに何か着ろと命じられて選んだ服の、黒いブーツと黒い下着といった普段に着ている格好だった。

 けれど、下着が。

 身体のつくりのかたちに沿って曲線になっているはずの部分――へそより下、太ももの付け根の間が、内側から下着を押し膨らませていて、何もないはずのそこは『何か』があるかのように不自然に盛り上がっていた。

 下着の中の『何か』は、実際にあった。自室で寝衣を脱いだときに違和を感じた後、下着を下ろしてそこを見てみると、それはまるで。

 インストールされている人体にまつわる知識情報で知ってる、躯体の見た目の年齢相応の、男性の生殖器とそっくりの見た目をしていた。

「何かの、病気っ……、それとも、躯体の不具合でしょうかっ……!?」

 ようやくキャロルに問えた声は、自分でも知らないうちに涙声になっていた。病気、不具合という言葉を自分で口にして、不安になると同時に悲しくなって、上擦ってて哀れっぽい声になってしまった自分がなおさら情けなく思えてくる。キャロルと違って右目の下のほくろや女性生殖器がないなどの身体的な欠落があるばかりでなく、こんなイレギュラーまであるなんて、自分はどこまで欠陥品なのだろう。

 性的な事柄に対しては、有性生殖生物にまつわる事象の一つということの他に思うことは何もない。自分に性の特徴が現れたことには、どちらかの性に生まれつくヒトのように気恥ずかしさは生まれなかった。

 けれど、ひどく不安になった。『これ』が病気や不具合だったら、自分の身体はどうなってしまうのだろう。キャロルは、そんな自分をどう扱うだろう。キャロルがそこを目にしたとき、表情を凍らせたのを見てますます心細くなった。

 キャロルは強張らせていた表情からやがて、視線を少しの間だけ宙に彷徨わせるとその後、瞼を伏せてため息をついた。その様子は何かを逡巡したかのようにも、何かを諦めたかのようにも見えて、こんな歯切れの悪い印象を見せるキャロルを目にするの初めてで、胸の奥の冷たい不安はますます広がって、凍えるかのような思いがした。

「それは――」

 キャロルは顔をゆるく左右に振りながら、黒手袋の片手を払うように下げる。ローブを降ろせの意味と察して、身頃の左右を再び交差させるようにして前を閉じると、キャロルは一つ重く瞬いた後にこちらを見据えてきた。これから告げられる言葉を思うと、ローブの前立てを掴む手に思わずきゅっと力が篭もる。

「結論から言えば、それは不具合などではない。むしろ正常に作用した結果だ」

「……不具合、じゃない……よ、よかった……」

 ほっとして肩から力が抜けた。

 キャロルの口から不具合ではないと聞けたことで、心が一気に軽くなって、気が楽になった。

 けれど。

「正常に、作用……?」

 疑問を滲ませたこちらの呟きに、キャロルが頷く。その顔は既に普段の、理知的だけれどともすれば冷たそうに見える顔に戻っていた。

「ホムンクルスの生成において、最初期に必要なものは何か、知っているな」

「えっと……、あっ……」

 頭の中の、自分で学習した覚えはないけれど知っている知識を手繰ると、心当たるものに行き着いた。

 中世の著名な錬金術師曰く、『蒸留器にヒトの精液を入れて四十日間密閉し腐敗させると、透明でヒトの形をした物質ではないものがあらわれる』。それがホムンクルスの原型だった。

 そして、躯体のこの状態。

 こちらが関連性に気付いたのを察して、キャロルは続ける。

「ヒトの生体のそれを用いるのが従来だったが、術理を解析し、改良すればホムンクルスから得られる抽出物で賄えられると突き止めて以来、入手と扱いが容易なそれを用いている」

「では、これは……」

 顔を見やると、キャロルは頷いて言う。

「その抽出物を得るための仕組みだ。適切な時機が来ると自ずと発現するよう、使役に用向ける可能性のある廃棄躯体には例外なく仕込んである。その時機が今に到来した、ということだ」

 言葉を区切り、一度瞬いたあと瞼を上げたキャロルの瞳には、不敵な色が宿ったような気がした。

「それの発現後、廃棄躯体たちはインストールされている処置の知識に基づいて各自で採取を行う手はずになっているのだが……お前の場合、錬金知識がインストールされる際に関連情報が定着しなかったのか、抜け落ちてしまっているようだな」

 そう言ったキャロルの声色には欠陥品に対する失望が混じっているような気がして、申し訳無さが胸に広がってならなかった。道理で何も分からなかったはずだった。欠落のせいで、自分が至らないせいで、キャロルの手を煩わせてしまった。

「抽出物は、ホムンクルス――人造生命の生成における『哲学』の規定を満たすために、ヒトのそれと様相も、抽出時の神経状態も酷似するよう模している。だが知っての通り、オレの造るホムンクルスは生殖が不可能だ。繁殖可能な生命体の創造など、命題の解明には必要ない上に、興味もないのでな」

 生命体の種そのものの創造はいわゆる神の領域。古今東西の錬金術の奥義を全て知り得たとしても、その手法も実現できた記録もどこにも見当たらない。持ち得る時間と資産、資材の全てを注いですら達成できるか分からないところ、取り掛かったふしすらないということは、キャロルは本当に種の創造には興味がないのだろう。

「……男性になってしまったというわけでは、ないんですね」

「当然だ。オレの躯体とするべく造られるホムンクルスなのだ、別の個体の生成でも目的としない限り、異性の要素が現れる因子など一切ない。オレの素体を元にしているお前の躯体も、欠陥品といえど基幹は女体には変わりない。お前の場合、その部分の欠落のせいか性別相応の羞恥心も……いや、今更何も言うまい」

 キャロルは何かを言いかけたのを顔を左右にして止めて、表情を改める。

「ともかく。廃棄躯体は覚醒した後、適切な時期が来ると『それ』が発現する。抽出を終えるとその部位は後に起こる体細胞の自然死――アポトーシスによって一晩、ないし数時間で体組織に吸収される」

 体組織に吸収、ということは。

「で、では、すれば元に戻れるということですねっ?」

「ああ」

 今度こそほっとした。無性のはずの自分に性特徴が現れたこと自体より、部位が男性のものなことにひどく違和感があったから。それは、キャロルが言うようにホムンクルス躯体の元となっている素体の性別が女性だからかもしれない。

 元に戻れると知ってやっと安堵の息をつけた。

 けれど。

「……しなければ……いけないんですね……」

「そういうことになる」

 消沈した心境に合わせてしぜん、声も細く萎んでしまう。

 元に戻るには、性的な行為をしなければいけないということ。それも、違和感のある方の性別の。

 それがどのような行為なのかは、インストールされている知識で知っている。けれど当然、経験はないし、絵図や文章を見ても事の実際や体感はいまいちわからない。違和感のある方の性別なせいかなおさらに想像がつかなく、どうなってしまうのかを考えると胸にはさざなみのように不安が広がってならなかった。

 けれど、果たさなければならない。躯体を元に戻すためだけでなくそれ以上に、抽出物を得るために。

 採取される抽出物は、キャロルが次の代のホムンクルス躯体を作るのに必要な原材料。それは一代では解き明かせないパパから託された命題の答えをキャロルが追い求めるのに必要不可欠な材料。であるなら、それを得るための処置もまた、必要不可欠ということ。

 手で寄せ合わせているローブの前立てを、きゅっと握る。

「わ、わかりました……計画の完遂に、命題を解き明かすのに必要なこととあれば、やりますっ……」

 自分がどうなってしまうのか、分からなくて正直怖い。けれど関連する文献を探して読めば、事情がもっと詳しく分かれば、不安も少しは和らぐに違いない。自分にもきっとできるはず。

 予備躯体になれなかった自分は、せめてその務めくらいは果たして、キャロルの役に――同じパパの娘のキャロルの役に立とう。

 覚悟を決めてそう言ったあと。キャロルは。

「いいや。その様子では、お前に果たせるのか不安だな」

「えっ……?」

言葉の意味が分からなくて、顔を上げてキャロルの顔を見ると、キャロルは不敵なものを漂わせた表情でいて仕方なくといった風体だった。

 その様相にどことなくぎこちなさを感じたものの、けれど抱いた違和感や疑問は続くキャロルの言葉でどこかに吹き飛んでしまった。

「お前一人に任せて仕損じられては困る。採取はオレが手ずから行おう。あちらへ座れ」

「ええっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 早くしろと言いつけているかのような視線の中、先刻に目で示されたキャロルのベッドにブーツを脱いで素足で上がって、四つ這いで真ん中の辺りに来たところで立ち膝からへたりと座り込んだ。これからする、というかされることへの不安と、キャロルに手を煩わせる心苦しさとで。

 ローブの左右を寄せ合わせて覆った下の、下着を取り去っている下半身がへんに落ち着かなくてそわそわする。

 そうしているうちにベッドに上がってきて、こちらの右隣で立ち膝を崩して座ったキャロルから、無慈悲にも言葉が落とされる。

「前を開けろ」

「は、い……っ」

 キャロルがいつにも増して不機嫌そうに見えるのは、きっと自分が余計な手間を取らせているせいに違いない。それを思うと申し訳無さが胸に広がって仕方がなかった。

 ふと、そこで思う。ローブの下にあるこれは、無性のこちらにとってはどちらでもないけれど、キャロルにとっては異性のものにあたるもの。それをキャロルに目の当たりにさせていいものだろうか。

 その躊躇いに顔を上げて、キャロルの顔を見ると、早くしろと言わんばかりの目で見据え返された。

 何かを言ってますます怒らせてしまいたくなくて、つい震えてしまう手でおそるおそる、ローブの前を開ける。

「ぅ、わぁ……?」

 思わず漏れた声は、我ながら哀れっぽくて情けなくなる声だった。先刻から感じていた落ち着かない感覚は、きっとこれのせいに違いないと、ひと目見て確信する。

 それは、伸ばしているけれどつい内股気味になってしまう両脚の太ももの付け根の間で、まるで期待するものの訪れを予感したかのように、お腹の生白い肌色を背景にいつの間にか身を起こしていた。

 自室で初めて見たときより二回りは大きくなっていて、輪郭がよりはっきり立ち現れて形が変わっている。インストールされている知識で知ってる、成体のそれの状態ほどはおうとつがくっきりしていないのは、躯体が外見年齢相応だから、なのだろうか。こちらの意志とは無関係に、知らないうちに形が変わっていたことには戸惑いしかなかった。

 それは熱っぽくて腫れぼったくて、外気に触れているのに熱が冷めていく気配がない。その熱は意識に直接働きかけてくるかのようで、目を逸らせなくなったかのように、意識の外に追いやれる気がしない。

 どうにも落ち着かない。早く冷ましたい、早く治まって欲しいとじりじりした思いに駆られる一方で、別の感覚が入り交じる。

 それはまるで身体の奥に熱を持ってうずくまる何かがいるかのようで、状態を目にしたことでその感覚は一層強まって、めくったローブの裾を左右それぞれの鎖骨の下で抑えている両手に知らず力が篭ってしまう。

 そうして感覚に耐えていると、うつむき加減でいる視界の右の方に、影が入り込んでくる。

 焦点を合わせるとそれは、キャロルの黒の長手袋の右手だった。

 その進みはゆっくりで、中途で一旦止まる。宙で固まったように止まって、ややあった後、意を決したかのように勢い付けて再び伸ばされると、太ももの間のそれを無造作がちに右側から掴んだ。

「ひ、っ!」

「っ!」

 初めての感覚に、身体が無意識にびくっと跳ねて、腰が引けてしまった。

 同時にキャロルの手も、弾かれるようにそこから引かれた。

「……痛んだ、のか?」

「だ、大丈夫です……触れられたのが初めてなので、少しびっくりしただけです」

「そう、か」

 座っている体勢の違いで、こちらより少し高い位置にあるキャロルの横顔を上目で見上げると、キャロルは目を伏せがちにして難しそうな顔をしていた。苛立ちとも不機嫌ともつかないその顔は、どことなく表情を無理に変えて作っているように思える。

 びっくりしたのは触れられた感覚にだけれど、キャロルのいつにない気遣わしげとも探るようともつかない声色にも、内心で同じくらい驚いていた。

 キャロルは今度はゆっくりと手を伸ばしてきて、そっと、それを手の中に収めた。

「ん、っ……」

 慣れない包まれる感覚に、先刻ほどではないけれどやはり腰が揺れてしまう。

 キャロルの見た目の年齢相応の、十歳前後の子供の大きさの手のひらからするとそれは、先端がほんの少し覗くほど。それの感覚は鋭敏で、きめ細かいはずの手袋の布地の目を粗く感じてしまうくらいだった。

 ごく軽くにそっと包むようにしていただけだったキャロルの手指は、やがてそのままの形でゆっくりと、上下にゆるく動かされ始めた。

「っ、ぁ……」

 とたん、腰の奥にぞわりとしたものが走った。そこで目を覚ました何かが、期待感に頭をもたげるのに身動いだかのように。

 近くで見るとつややかな光沢すらある、きめ細かくて滑らかな布地のキャロルの黒い長手袋。最初はひんやりしていたそれは、こちらの熱が移ってか温度差がなくなって、薄手の布越しにキャロルの指の存在がよりはっきり感じられる。

 手の触れてくる感触は有機的なのに、表面にもたらされる触感は無機的。その触覚と認識の齟齬が、刺激への慣れを妨げているかのよう。

 キャロルの五指の腹と手のひらとが、手袋のすべらかさのままに表面をするすると、なめらかに滑らされるたび、下腹にぞわぞわとしたものが沸き起こる。脚の間の熱は、求めていたものを与えられて歓喜するかのように沸いて、けれど満足するどころかもっと欲しいと主張するかのように熱を高めていった。

「っぁ、……ぁっ……」

 初めての体験で何もかもわからないけれど、それでもキャロルの手つきは慣れていないもののように思えた。これまで使役のために覚醒させられた廃棄躯体たちは予めインストール済みの処置方法に従って自ら採取していて、キャロルが手を下すことがなかったろうから、慣れていなくてもおかしくない。

 こちらの様子を伺いながらなせいか、緩慢に動かされるキャロルの手つきはもどかしいものに感じる。けれど覚束ないながらも刺激は連続してもたらされて、途切れないことが熱を否応なく高めているかのようだった。

「ぁ、ぁっ……、あっ、っ……!」

 不安と緊張と慣れない感覚に晒されて、呼吸が浅く忙しくなって口を閉じていられない。堪えきれない声を抑えようと手で口を塞ごうにも、鎖骨の辺りでローブを留めている手を外せば、ローブの裾が降りてキャロルの邪魔になってしまう。どうすることもできなくて、掴んでいる布地を握るばかり。

 キャロルの手指が表面をごく軽く、上下に掠るように滑らされるにつれ、めまいの度合いはひどくなっていく。

 初めて感じるこのくらくらする感覚へは、なぜだか抵抗する気力がまるで生まれようとしなかった。身体の奥の何かがこの感覚をもっと欲していて、抵抗する気力を奪っているかのよう。

 身体のどこかで蓄積されている気配のある、もたらされる感覚で積もっていく何かの水嵩は、何の妨げもなく注ぎ込まれて増していく一方。その果てに起こることは何か、知識では知っている。けれど、体験したことのないそれは未知で――怖い。

「っ、~~……!」

 怖さに堪えきれなくなって、キャロルのこちらに触れている方の腕をつい右手で掴んでしまった。抑えていたローブの右前が降りてしまったけれど、下腹を覆うほどではなかった。

 手の上下が止まることでもたらされる感覚が止んで、息が断続的に詰まるのも止んだ。乱れた息を整えようと身体が自発的に短い呼吸を繰り返す。しかしそれも束の間、キャロルの左手が伸びてきて、キャロルの腕を掴んでいる腕を逆に掴まれて、引き剥がされてしまった。

「……邪魔立てをするな」

「すみ、ません……っ」

 剥がされた右手は腰横のシーツの上に運ばれて、そのまま重ねられたキャロルの左手に上から抑え込まれてしまう。

 こちらを見据えるキャロルは、眉根を寄せてむっつりと不機嫌そうな顔をしていた。頬にはほんのり赤味が差して色付いていて、そんな風に頬が上気しているのはこちらが手間をかけさせるせいで怒っているからかもしれない。すまなく思って気持ちが沈んでいるうち、キャロルの手が再び動かされ始めた。

「ふぁっ、あぁっ……!」

 再び刺激がもたらされ始めると、とたんに身体にぞくりとしたものが強く走って背がぴんと張った。

 ほんの少しの間止んでいただけというのに、これまでと変わらない手の動きなのに、そこは貪欲に刺激を求めるあまりか、表面をなめらかに滑らされるだけのもどかしい刺激を最大限に感じ取ろうと、感覚を研ぎ澄ませて敏感になっているかのようだった。

「ぁ、ぁ、あぁっ……っ」

 再開されたキャロルの手の上下からもたらされる刺激に、そこは大いに喜び沸くかのよう。それに呼応するように悪寒に似たぞくぞくしたものが身体の底の方から沸き起こる。

 脚は感覚を堪えたいあまり内向きに閉じられて、膝が無意識に擦り合わされる。そんなことをしてもキャロルの手から逃れられるわけではないのに、かかとはむなしくシーツに波紋を作るばかり。

 慣れてきたのか一定のリズムで繰り返されるそれの、刺激が弱いことと単調なことが、却って身体の中に積もる何かの水位を着実に押し上げているかのようだった。

「っく、ぁ、ぁ、っ……!」

 自分の意志と無関係に、手や脚に力が篭もる。

 右手はキャロルの左手の下でシーツに固く指を立てていて、鎖骨のあたりでローブの裾を抑えていたはずの左手は、もはや感覚を堪えるのに布地を握りしめているだけになる。

 そんな風に身体を強張らせる一方のさなか、ふいに。

 キャロルの手の動きが止んだ。

「……、ぁ……」

 刺激が止んで、意識が乱されていくのも止まった。けれど翻弄された意識はすぐに元に戻らない。ぼうとして思考がまとまらない頭で、何故止めたのだろうと疑問に思っていると、うつむき加減でいるこちらのこめかみのあたりの高さから、キャロルの声が降ってきた。

「堪えるな。堪えてしまっては、終わるものも終わらんぞ」

「っ……、は、はい……っ」

 重ねられている手やベッドを伝う身体の反応から、キャロルはこちらが身体を強張らせていることを察したのかもしれない。

 乱れていた意識が少しづつはっきりしていく。めまいの余韻までは抜け切らないけれど、身体からも強張りが解け始める。

「……は、はぁっ……は、はっ……」

 努めて呼吸するようにして、身体からも、力を抜くように努めた。キャロルの処置をごく自然に、堪えることなく受け入れるには、身体も心も落ち着ける必要があると感じて。

 呼吸するたびに、顕わになっている自分の平らな薄い胸が大げさなくらい上下するのが見えたけれど、なりふりはかまわなかった。

 そうしていても、身体の中からも外側のそれからも、熱は一向に引いていかない。けれど呼吸を繰り返すうち、呼吸はどうにか落ち着いてきて、息を大きく吸えるようにまでなる。

「っ……、」

 ローブの裾を抑えたままの握った左手を胸にあてて、息を吸って。

「はぁぁ……」

 大きなため息のように吐き出す。そうして息を吐き出し切ると、ようやくひと心地をつけた思いがした。

 けれど、その直後。

 それまで無機質なくらい静かに動きを止めていたキャロルの手が、突然に動き出した。

 それも、先刻より速く。

 先刻より、圧を増して。

「ふあああっ!?」

 肩が、背筋が大きく跳ねて、左手が胸のローブをぎゅっとわし掴んだ。刺激そのものがこれまでと段違いに鮮烈で、電気に触れかのように全身がびくんとした。

 終わらせる――そんな意志が込められているかのように、先刻より強く掴んでくるキャロルの手指。圧迫が増したことで、すべらかな手袋が掠るように触れてくるではなくなって、表面の皮膚が指の上下につれて動いて、動かず内側で取り残される幹を、輪郭に沿って指の腹が形を強くなぞるかのようだった。

 人差し指と親指の輪や、他の指の腹がおうとつの上を通るたびに、これまでの比ではないくらくらとしためまいを引き起こしていく。

 先刻、ほんの少し中断しただけであんなに刺激に過敏になったというのに、深呼吸して身体も熱も落ち着きかけたところへ与えられた強い刺激に、たちまちに翻弄される。

「あっ、あっ、あぁぁっ!」

 これまでより倍ほども速くなった上下動も拍車をかけて、身体のどこかで積り溜まっている感覚の水位は段を飛ばすように急激に水嵩を増していく。

 目が無意識にぎゅっと閉じられる。けれど、視覚を閉ざしてしまえば触覚はより鋭くなって、意識の全てが触れられるそこに集中してしまって、かえって何も考えられなくなっていく。

 抜けたはずの力が再び入って、身体が強張る。左右の手それぞれが触れているローブやシーツが、きつく握られる。膝が内向きに寄せられて、脚が擦り合わされる。

 感覚を堪らえようと、身体の無意識がいくらそんなことをしたところで、堪えきれる気はまったくしなかった。

「あ、ぁ、あ、あぁっ……!」

 意識が散り散りになって、とりとめなくなっていく。

 瞼を閉じれば暗闇しか見えないはずなのに、視界は白くぼやけて見えて、その白は色味を増していっていて、全てを白く染めゆこうとしていた。

 意識が蕩かされきって、掻き消えてしまいそうなことに、怖くなる。怖いのは他にも。知らない初めての感覚に、晒され続けたこの先に待っているものも――それを思い起こしたとたん、頭の中にかあっとするような熱が生まれて、けれどそのすぐあと、胸の中に冷たいものが走った。

 身体の奥底から沸き起こるぞくぞくした感覚と、それに意識を散り散りに乱される初めての体験。インストールされている知識によって、情報として知ってる快感とは、こんなにも乱されるものだとは思いも寄らなかった。

 乱される――前後不覚で抑制のできていない姿を、人目に晒すのは見目によくない。だから人々の間では秘め事として隠されてるのだと、意味が分かった気がする。

 生まれながらに無性なせいか、自分がそれを人に見られることは、相手に不快な思いをさせることに心苦しさを覚えこそすれ、恥ずかしさを感じることはない。

 けれどさっき、頭の中が熱くなって、そのあと胸に冷たいものが走ったように。

 今、それに恥ずかしさを覚えるのは何故?

「ふっ、あっ、ああぁっ……!」

 もたらされる感覚によって、身体の中に積り積もっている何か。それを留める堰はもう、溢れかけて歪み、軋み、ひびが入っていて。

「や、っ……、」

 水位は更に高まって、水嵩が増したそれに、やがて決壊する自分を、その姿を――キャロルに、見られたくない。

「やっぱりだめっ、だめですっ……!」

 力が入って全身が強張るなか、懸命に首を動かして顔を左右に振った。意識を乱してくる感覚を、少しでも振り払おうとして。

「っ、だめとは、何がだ」

 問うキャロルの声は、配下の突然の抵抗への勘気より、戸惑いや困惑の方の色が強いように感じられるのは気のせいだろうか。

 手の上下動がゆるやかになる。

 意識が乱されるのも少しゆるやかになって、どうにか言葉を紡ぐことができそうになる。

 震える喉で、乱れた呼吸をおして、掠れた上擦った声で訴える。

「キャロル、に、ボクの、こんなっ……こんな、おかしくなる姿、見せたくない……っ、見られたく、ありませんっ……!」

 見せたくないのか、見られたくないのか、判然としない。というより、その両方だった。

 自分にそれをしている、自分がされている相手がキャロルだと思うと、逃れたくなって仕方がなくなる。

 これが本に書かれている登場人物や、ときどき見る遠隔映像に映っているような外界の人々の前だったらきっと、たとえ裸になっても恥ずかしさを感じない。そんな確信めいた予感がある。

 なのに。

「今頃、なにを」

「それでも、仕方ないこととは言っても……っ、だめ、なんですっ……っ」

 声は上がった体温が呼んだ涙で濡れる視界同様、濡れて上擦ってしまっていた。

 どんな声で訴えたところでキャロルは聞き入れてくれ、やめてくれるということはきっとない。これはキャロルの数百年来の大願に必要なことだから。

 だからきっと、このまま不可避。

 堪えるしかないことをやるせなく思った、そのとき。

 ふと、腰横のシーツの上の右手が軽くなった。

「ならば――」

 こちらの右手を腰横のシーツの上に抑えていたキャロルの左手が、後頭部に回ってくる。

 それは、指先が左耳の後ろに届くまで回され、それに顔をキャロルの方へ向くようにさせられながら、引き寄せられて、そして。

「ぁ……」

 こつん、と額同士をくっつけられた。

「こうすれば、オレの目に入ることはなかろう」

 たしかにこれなら、額同士が触れ合ってさえいれば、たとえ目を瞑ってしまっていても自ずと自分がキャロルの視界に入っていないことが分かる。

 けれど、何故か。

「っ……」

 顔が吐息の触れ合うくらいに間近な距離になったとたん、キャロルの手からもたらされるような感覚ではないのに、体温が上がった気がした。

 どうして、だろう――その理由を考え始めた矢先。

 キャロルの手の動きが再開された。

「ふぁっ、あっ、あぁっ!」

 遅れを取り戻そうとするかのように、元のペースに戻そうとしてか、手の上下は性急に早まっていく。慣れることのない鮮烈な刺激に身体は再び強張って、とたんに触れ合わせている額がずれ始める。

 キャロルの額に自分のを合わせようと身動ぐも、強張る身体ではままならない。

 手は、これまでのペースを越えて少し早いほどになって、容赦なく早まるそれに、追い詰められるように追い立てられて。

「ぁ、ぁ、ああぁっ……!」

 身体の芯が捩れるかのような感覚に、文字通りに上体が捩れるように身動がれて、額はとうとう離れ離れになってしまう。

 キャロルとの距離が、開いていく。

 離れれば、キャロルの視界に入る――見られて、しまう。

 そう頭によぎったとたん、身体が衝き動かされた。

 胸元から離れた左手が、キャロルの首後ろに回される。右腕は赤いワンピースの背中に回され、上半身がキャロルの方へ向けられて、互いの肩に顎が乗るくらいに、掻き抱くように深く抱きついた。

「っ……」

 キャロルの手の動きが止まる。耳元で、キャロルが息を詰めたのが聞こえた気がした。

 霞む意識のなか、ローブの布地越しの腕や肩から、素肌の首すじから、触れ合っている部分から伝わってくるキャロルの体温。聖櫃から目覚めたあの日、一緒のベッドで眠ったときの、じんわり伝わってきた穏やかな温かさとは違って、少し熱い。想い出の中の体験ではなく、現実の身体の肌で直接触れて感じる、初めての人肌の体温だった。

 こんなに、熱いものなのだろうか――その意外さに、漠然と違うという気がして、疑問を抱いているうち、キャロルの手が、再び動き始めた。

 まるで何かを振り払うかのように、振り切るかのように動きを再開した手は、すぐに元のペースを取り戻す。

「ひ、あ、あ、あっっ……!」

 五本の指の腹と手のひらとが皮膚越しに、形をしっかりとなぞるように行き来するたびに、意識に白い光が走る。

 ぞくぞくしたものがこれまで以上に下腹に殺到して、ぎゅっと目が瞑られる。

 無意識に力の篭る手がキャロルの背中や肩のワンピースの布地に指立てるけれど、どう身動ごうとも鮮烈な刺激は淡々と止むこと無くもたらされて。

 すでに満ちていっぱいだった、感覚によって積もる何かを留める堰は、水位を越えてとうとう決壊して。

 瞼の裏の視界が真っ白になった。

「っ、あああぁっ!」

 びくっと、ひときわ大きく全身が跳ねた。

 視界だけでなく意識も何もかも真っ白になって、身体はにわかに跳ねたそのままの形で硬直して、キャロルにしがみつくみたいになる。

 そのまま、キャロルの未だ止むことのない手の上下の動きにつれて、びくびくとした硬い震えを繰り返した。

「ぁぁっ! ぁぁ、ああぁぁっ……!」

 身体の底から沸き上がる何かを、次々に解き放っていくかのような感覚につれて、腰が勝手に揺れてしまう。

 やがて、かくかくと何度起きたかわからない震えがひと震えを最後に止んだ後、身体の硬直が急激に解け始めた。

 強張り突っ張っていた脚や、キャロルにしがみついている腕から力が抜ける。

 真っ白だった視界と意識は、色を取り戻す間もなく急速に明度を落として。

 今度は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 ふと、瞼が上がって。

 あいまいな意識が、視界に見えたものをぼんやりと口にさせる。

「てん、じょう……」

 見えたのは、いつもの目覚めのときとは違う、見慣れていない天井。けれど、見たことのある天井。それは永遠かもしれなかった眠りから目覚めたとき、初めてベッドで眠って目覚めたときに見た、キャロルの部屋の天井。

 キャロルの部屋で、キャロルのベッドで眠ったのは、これで二度目になる。

 どうしてここで眠っていたのだろう。

 そう疑問に思ったとたん、それまでのことが次々と、意識も次第にはっきりとしていきながら思い起こされていった。

 ――ヒトのそれと様相も、抽出時の神経状態も酷似するよう模している。

 キャロルが言っていたそれの、伴う感覚があんなに途方もないものだとは思わなかった。

 そのおかげでか、慣れていない体感神経を初めてでいきなり酷使されたせいか、果てた後に気を失うように寝入ってしまったようだった。

 今が何時なのか、分からない。何時間眠っていたかも不明だけれど、頭も身体もずいぶんすっきりしてるから数時間は経っていそうだった。

 身動いで、ベッドの上で上半身を起こす。折り返した上掛けを脚の上に乗せつつ部屋内を見渡してみたものの、キャロルの姿は見えなかった。姿が隠れそうなクローゼット前の衝立の向こうにも気配を感じない。

 どこに行ったろうと思いを馳せるうち、目線が落ちて視界に入った自分の身体には、この部屋に来た時と変わらず黒のフードローブを着けたままだった。

 着衣を見ているうち、そもそもの問題を思い出して、上掛けをめくる。へそより下のそこを見ると脱いだはずの下着が穿かされていて、その上端を指かけて肌から離すように引っ張って中を覗くと、そこには以前のように何もついてない太ももの付け根しか見えなかった。

「……はぁ……」

 下着を戻しながら、安堵でため息が漏れた。

 違和感で気になりすぎて仕方なかったそれが無事なくなっていて、ようやくに落ち着けた心地がした。

 キャロルが処置をしてくれなかったら、今頃どうなっていたろう。初めての感覚に戸惑って、うろたえてしまって、きっと一人で済ませることができなかったに違いない。

 着けられてた下着といい、きちんと掛けられていた上掛けといい、気を失った自分をきっとキャロルが寝かせてくれたのだろう。

 何もかもキャロルのおかげだった。処置とその後の気遣いにお礼を言うのと、躯体の現況の報告をするのとで、キャロルに会いたい。

 キャロルはどこに行ったろう。探しに行こうと決めて、上掛けをどけてベッドから出ようとしたところで見えた自分のブーツは、脱いだ時に置いた場所と同じところに置かれたままだった。

 ベッドの縁に腰掛けてブーツを履き終えると、その直後にドアノブの動く音がした。

 顔を上げて見やると、開いたドアから部屋に入って来たのは。

「キャロル……」

「起きていたのか」

 キャロルは普段と同じに赤いワンピースと黒の長手袋の軽装姿で、起きているこちらを見留めると、ベッド縁に座るこちらへ歩み寄ってきた。

「はい、寝かせてくれてありがとうございました」

 ベッドの前まで来たキャロルに、もう大丈夫なことを示したくてベッドから立ち上がって見せるとキャロルは、ん、と浅く頷く。

「その様子では、事は済んだようだな」

 こちらの身体を一瞥したキャロルがそう言うのを見て、はっと思い出す。

 キャロルのお陰で元に戻ったことを伝えたいのと、現況の視認確認と、報告を。

「はいっ、確認しますか?」

 ローブの前を開けて両手で下着の上端に指かけると、キャロルは眉間をぴくりとさせて、こちらが下着を下ろすより早く、動作を遮るように口を開いた。

「っ、不要だっ、そんなことは端から見れば分かる。事が済んだのならそれでいい、問題が解消されたのならさっさと任務に戻れ!」

「は、はいっ! ……!?」

 突然の剣幕にびっくりして、弾かれるようにまわれ右してドアに向かう。

 ドアノブに取り付いてドアを開け、むううと不機嫌そうにこちらを見据えてくるキャロルの視線から逃れるように部屋から出、そっとドアを閉めた。

 言われたとおり任務に戻ろうと、当初に予定していた作業の現場の方角へと足を向ける。

 白い石造りのシャトーの回廊を歩きながら、先刻のやりとりを思い返す。

 キャロルはどうして急に怒ったのだろう。下着に指かけたこちらを見たキャロルは、慌てて遮ったように見えたのは気のせいだろうか。無性の自分には衣服は不要なくらいなのに、何故だろう。また何かいけないことをしてしまったのだろうか。キャロルが分からない。

 けれど、分からないところがあるのはキャロルにだけではなく、自分にも。

 あのとき――熱が高まりきって、限界を迎えそうだったあのとき、他の誰に見られようとも、キャロルにだけはと思ったのは。

 キャロルにだけはと、他とは異なって何か違う心模様になるのは、どうしてだろう。

 よく、分からなかった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

 エルフナインの退室を見届け、一人残った自室でキャロルは、ふうとため息をつく。エルフナインの、無性に生まれついたせいでか肌を晒すことへの羞恥の無さに対する呆れのせいで。

 もう一つは、事態が収拾した安堵で。

 ベッドの清掃とこちらの汚れた着衣の交換とを済ませ、体細胞の自然死現象に必要な時間の過ぎる頃合いを見計らって部屋に戻ればエルフナインは既に目覚めていて、直接ではないにせよそこをしかと自分の目で確認出来て幸いだった。

 エルフナインに真相を気付かれることなく処置を無事に完遂することが出来て何よりだった。でなければ計画の機を、歌女たちが揃っている今のこの機を、危うく逃すことになるかもしれないところだった。

 エルフナインに錬金知識をインストールする際の情報の取捨選択で、敵にこちらの情報を不必要に漏らさぬよう、ホムンクルスの生成に用いる抽出物採取に関連する知識をも除いておいたまでは良かったが、発現の仕組み自体をオミットし忘れていたのだった。

 部屋にやってきたエルフナインに、器官が発現した躯体を示されてようやくその手抜かりを把握する始末。不手際の反省と対策は後に回してともかく眼前の問題に対処するべく、けれど目の前にしているエルフナインには悟られぬよう水面下で密かに思考を高速で巡らせ、やがて考え至った対処法を背に腹は変えられぬと即時実行に移した。

 装者側の組織に捕獲された後に器官が発現、消失するのを目撃されれば、ホムンクルスは人外という印象を強めて疑いを招き、信用を得られなくなる。ひいてはダインスレイフを用いたギアの改修にこぎつけなくなってしまう。

 それを避けるために、出奔させる前までに処置を済ませる必要があったのだが、処置の情報を持ってないエルフナインでは、確実に処置できるとも限らない。処置を確実に完遂させるためにはエルフナイン一人に任せず、自らの手で処置と確認を行うが最善という考えに達して、遂行したというわけだったのだが――先刻のことが否応なく思い返されてしまう。

 あのとき。

 努めて平静を保とうとしていたが、模したものとはいえ、手袋越しとはいえ、状態に至った異性の生殖器に触れるのはこれが初めてことだった。

 学術的な知識では知っているし、これまでも廃棄躯体からの採取の際に目の当たりにしたことはある。ホムンクルス錬成の研究過程で、多少はあれど扱ったことのない人体部位はない。造作もないことのはずがこれほど動揺させられたのは、エルフナインが顔も身体も自分と瓜二つな姿なせいだからだろうか。

 そのことよりも。なによりも意識に残り、未だ留まり続けているのは――左手で、ワンピースの襟から覗けている右肩と首のあわいに触れる。

 錬金術師としてこれまで生き永らえてきたが、ヒトのぬくもりを感じたことは、ないわけではない。数百年前の昔、幼い頃に一緒に暮らしていた父親との、父娘の触れ合いで。聖櫃から覚醒させたあの日に、ベッドの隣で。

 けれど、最中に抱きついてきたエルフナインから伝わってきたような、肌の熱を感じたのは初めてのことだった。

 落ち着かないことこの上ない思いがする。けれどそれも万象黙示録の完成が確実と思われる今回がきっと最後。動揺させられることは二度とないと思えばどうということはない。

 あのとき感じた、ぬくもりといった穏やかな体温ではない、エルフナインの肌の熱さ、吐息の熱さは。

 計画の準備に忙殺されれば、忘れられるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 レセ・ヴィブレ=laisser vibrer=余韻を残すの意。
 双方それぞれな残響を残すような出来事だった、という意味合いでこのタイトル付けとなりました。

 エルフナインに生えるネタは誰に何を影響されたとかは無く、ツイッターでも何度か呟いていましたがキャロエルが書きたかったというよりは史実の錬金術上のホムンクルスの製法からしてエルフナインのネタとして避けて通れないという認識がずっとあって、いつか書くと思っていたものでした。
 時系列的に後に位置する事変後エルキャロ話において、布石になる話を1つ書いておきたく思っていて、今話はそれにちょうど良くもありました。
 
 作話の四方山話はチラシの裏的にブログの方(http://sizu1885.blog.fc2.com/blog-entry-44.html)で書くとして。
 よくわからないから闇雲にそういう致し方しそうなキャロルとその犠牲になるエルフナインちゃんかわいそう…という話でした。(?



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