※この作品はBL表現があります。
※この作品はpixivにも掲載しております。
※ネタ提供、挿絵提供、さくら怜音様。
ジャラジャラ、と金属の擦れる音が小さな箱の中で響く。
窓はない、この小さな箱の外へと出る手段があるとするならば視界の先にある扉一つだけである。
–––ボロボロになった白い翼を生やした少年とも青年とも見られる成長途中の天使は両手両足を鋼の錠を鎖にベッドに繋がれる形で謂わば監禁されている状態だった。
シーツは汚れ肌蹴ており、天使の目には生気は感じられない。
白い肌に煤にも見える痣、噛み跡、色味の薄いブロンドの髪に付着した汚れも目立つ。
首と性器のある部位には紋章のようなものが刻まれており、時折光を見せることがある。
ピクッ、と翼がわずかに震える。
–––そうか、もうそんな時間なのか。
ここに連れられてからというもの時間の流れは感じられなくなった。
昨夜のことがフラッシュバックする、天使は今度こそ身震いした。
悪魔が来る。
そう思った時にはすでに扉が開かれていた。
天使から悪魔と認識された男は不気味に口を歪めた。
※
この世界は天使と悪魔の二大種族が頂点として君臨している。
陸海空を統べる理性と知能と翼を持ち合わせた種族だからだ。 だが、互いに相容れない存在となってしまった。
共存は不可能、翼が拒否反応を起こして一時的に飛べなくなってしまうのだ。 例えるなら痙攣のよう症状が翼に発生する。
二大種族が世界の頂点に立ち、200年余り。 天使と悪魔が敵対するのはごく自然の流れと言ってもいいだろう。
歴史がそれを証明してきた、世界の支配者という覇権争いによって戦争は繰り返された。
悪魔の支配する土地『ヘンゼル』の一角にある株式会社グラン・ツェル。
主に最新の情報やトレンドを扱う大手のマスメディア社だ。
"魔神"率いる政界直属の大企業であるがために彼らにとって不都合な情報は揉み消される。 上からの圧力というやつだ。
「.....すみません、パイセン。 もっかい言ってください、俺の耳が正常ならさっきの言葉通り『喜べモブラ、お前に天使の生態を調査して記事にする仕事をくれてやろう!』とか言い出すと思うんですけど、薬とかで頭おかしくなったわけじゃないっすよね?」
「オイコラ、テメェ何俺のことを頭のおかしな奴に仕立て上げようとしてんだコラ、ぶっ殺すぞ!? そうだよ、社長から俺の部下に適当にやらせていい感じに盛り上がる記事に仕上げてくれって言われたんだよ、だから俺の部下の中で一番嫌いなお前を選んでやった、拒否権はねぇ、やれ」
「.....これパワハラで訴えれねぇかなァ!」
入社2年目にして意見の食い違いやら方向性の違い、キノコタケノコ論争でさらに上司との仲は悪くなってしまった平社員モブラは青筋を浮かべながら、拳を出そうとするのを我慢する。
「天使の生態? 何を今さら調べる必要があるってんだよ」
「俺に聞くな面倒クセェ、とりあえず断ると面倒なんだよ、この手の仕事はよ」
「断ったらパイセンに迷惑かかんだよな、これ今辞退しても何の問題もないんじゃないの?」
「ハッ、そんときゃ上司権限で社名背負った上で全責任をお前に背負わせてやるよ。 いやぁ、俺ってばサービス精神旺盛だわ、喜んで頭下げてもいいんだぜ?」
「このクソ上司が」
このやり取りからもわかる通り、悪魔族は天使族のことを大変毛嫌いしている。 もうそれはゴキブリ並みに。
「どうせ断ったとこで俺にしつこく頼むってのはわかってんだよパイセンの場合はな。 で、ギャラは?」
「んなもん出ると思ってんのか、少なくとも俺は出さねぇよ」
「死ねよ」
ギザ歯を剥き出しにした上司の顔を今度こそ殴ってやろうかとモブラは本気で思ったが、このクソ上司のせいで退職になるのはゴメンなのでいつものごとく舌打ちをしながら矛を収める。
本気であいつクビになんねぇかな、なんてことを考えながらモブラは天使族の生態をどのようにして調べるかを考える。
書庫にあるような資料では正確な情報かどうかわからない、やはり中央図書館のような大きな場所に行くしかないのか、しかし、それでは記事にできるような内容とはとても言えない。
「.....せめて、サンプルを確保できたらな」
「なら誘拐すればいい、簡単なことだ」
「何の用だよ、パイセン。 さっきの今だぞ、あんたなんかに時間割いてる暇ねぇんだよ、あんたのせいでな」
モブラがゴミでも見るような目で上司を睨みつける。 ついには犯罪の提案までしてきやがったよ、このクソ上司と思いながら。
「いや、何、情報をくれてやろうと思っただけだ。 あと、今回の誘拐の件はこちらで揉み消してやろうと思ってな」
「.....そもそも天使族と悪魔族間で起こった揉め事は犯罪沙汰にはならねぇんじゃねぇのか? まず法律勉強してこいよ」
「けど、情報は流れる。 だからこそ抜け場はどこにでも存在する」
「パイセンの週三で行ってる風俗のこと言ってんのか?」
「何故知ってる」
天使族と悪魔族は住む場所が違えばルールも違う。
天使族の長である天神と悪魔族の長である魔神。 この両名が代々不仲であるために互いの不干渉ルールなんて作る間もないのだ。
目が合えば殺しあう仲なのだから。
「で、抜け場ってのは?」
「咎の渓谷、そこではぐれ天使の姿がよく目撃されている」
「うちの領土でか」
なるほど、たしかにそれは絶好の抜け場となるわけだ。
天使族の領土に侵入することなく、天使族のサンプルを手に入れることができるのだから。
「あとはこの店、俺の行きつけだ。 誘拐に役立つグッズが多く置いてある」
「なんでそんな店通ってんのかこの仕事終わったら根掘り葉掘り聞いて記事にしてやるよ」
※
天使族の少年ラピスが悪魔族の領土である、咎の渓谷に踏み込んだのはほんの些細なことがキッカケだった。
–––阿呆の悪魔族をからかいに行こう。
ガキ大将のようなまるで中身が成長していない悪友に引っ張られてきたのだが、それが間違いだった。
用を足すと一人別行動を取った瞬間に口と鼻を塞がれ、用を足す前に意識を失ってしまった。
あまりにも一瞬の出来事だったので、ラピスには何が起こったのかわからなかった。
次に目を開けば、見慣れない小さな部屋、というよりは箱の中にいるような感じだった。
手首足首にはそれぞれ錠とも枷とも言えるものが装着されており、ジャラジャラと心地良い金属音を奏でている。
白いシーツだけが敷かれたベッドの上で仰向けになるようにしてラピスの姿勢が固定されている。
(.....ここは?)
そこまで確認してようやく考えがそこまで至った。 不可解な状況であるにも関わらず、ラピスは自分でも驚くくらい冷静でいられている。
何の前触れもなしに翼が突然むず痒さに襲われるまでは。
「ッ、痒!?」
思わず声に出してしまうほどのむず痒さだった、意識を失う前にもこんなことがあった気がする。
身動ぎする度にジャラジャラと鎖の音が響く、翼は拘束されていないが翼だけでこの状況をどうにかできるはずもない。 もちろん翼の痒みを取るために手入れなどできるはずがない。
ガチャ、と箱に唯一ある扉が開かれる。 首だけを動して目を向けるとそこには目つきの悪い悪魔族の男が立っていた。
薄焦げたような褐色の肌に灰色の髪、背には悪魔族の特徴である蝙蝠のような翼。 悪魔族の男の翼がガクガクと震えているようにも見える。
「悪魔、族.....ッ!」
「ケッ、もう目を覚ましてやがったのか」
翼が拒絶反応を起こしていることからラピスの目の前にいる男は悪魔族で間違いない。
まさか悪魔族に拉致されることになるなんて思いもしなかったが、翼のむず痒さで上手く頭が回らない。
「.....まさか、ここまで不快な存在だとはな。 こんなのを調べなきゃいけねぇのかよ」
モブラは改めて自らが攫ってきた天使族のラピスのことを凝視する。
翼の拒絶反応で上手く飛ぶことができなかったので攫ってくるのも一苦労だったが、あのクソみたいな上司の紹介してくれた店の品の数々が役立ってしまった。 非常に癪なことである。
–––今すぐにでもボロ雑巾のように捨ててしまいたい。
そんな衝動がモブラを襲うが、これは仕事である。 私事と余計な感情を持って行ってはならない。
「.....ケッ」
翼の痛みが我慢ならない。 モブラは不快感を胸に残したまま部屋を出た。
天使族のサンプルを手に入れただけでも大きな前進である。
監視カメラでもあればいいのだが、残念なことに今回の仕事は秘密裏に行われている。
そのため経費から落とすことができない、余計なものを買えばモブラの財布が寂しくなる一方だ。
(.....あまり、気は進まねぇがこれ以外は手はなさそうだな)
悪魔族は自分の所有物であることを示すために呪印を印すことができる。
これは浮気や不倫を防ぐために性行為を行った際に刻み付けるのが風習となっている。
奴隷制度が残っていた時代には奴隷達に使われていたということ。
–––仕事の為、とモブラは割り切ると翼の痛みに耐えながら再び扉を開く。
悪魔族は男と男でも子孫を残すことができる個体だ。 相手が男でも問題なく性行為はできる。
しかし、相手は天使族である。
忌み嫌い敵対する一族、これまでの鬱憤を晴らすのに丁度いい。
本来であれば唾を吐いて終わったところだったが、最近のあのクソみたいな上司にはうんざりしてストレスが溜まってるのは事実である。
「.....ぇ、え?」
「–––お前は俺の実験体だ、サンプルだ」
先程とは違う鬼気迫ったモブラの気迫にラピスは狼狽える。 四肢を拘束されてなくても怯えても仕方ない状況である。
翼の痒さなんて気にならないくらいの光景がラピスの眼の前で行われようとしているのだから。
「–––服を脱げ」
「はい!?」
「手錠だけ取ってやる、俺が剥いでもいいがそれが嫌ならお前自身で脱げ」
「え、いや、ちょ–––」
「剝ぐ」
「脱ぎます!」
いつの間にか全裸になったモブラに圧され、一時的に手錠を外してもらえたラピスは服を脱ぎ始める。
天使族に伝わる伝統衣装は少し脱ぎ辛い。 固く結ばれた紐を一つずつ解いていかないといけないからだ。
というより、他人に凝視さられながら服を脱いでいくという行為にラピスは恥じらいを覚えていた。
女性関係も性行為も疎く経験のないラピスにとっては誰かに裸を見られるということは不慣れなものだったのだ。
(.....恥ずかしい、あの悪魔族の男の人。 なんでこっちを見る必要があるんだろう)
万に一つ、逃げられる可能性を危惧してモブラは監視しているだけであって彼自身に他意はない。
羞恥のあまりラピスはそんなことに気付くまで頭が回らなかった。
下着も全て脱ぎ去り、生まれたままの姿になったラピスを見てモブラは勃起した。 モブラはどちらかといえば女性の方が好みである。
そうであるというのに、股間が疼く。 全身に熱が駆け巡った。
「.....どうする気?」
「どうされたい?」
問いに対して問いを投げられる。
どうされたい、その言葉にラピスは警戒心を一層強めた。
「.....掟を外して自由にしてほしい、って言ったら?」
「んな生意気なこと言っていいと思ってんの?」
刺激、ラピスの小さな亀頭に柔らか、それでいて鋭い刺激が走る。 敏感なところを生で触られたのだ、正確には指先で弾かれた。
それだけ、それだけなのにラピスの小さな男性器はムクムクと大きくなっていくではないか。
「感じてんのか?」
「ま、まさか」
ニヤリ、と笑みを浮かべるモブラはまさに悪魔と呼ぶに相応しいものだった。 一挙一動が興奮へ、その甘い声は悪魔の囁き。 油断すればその身を快楽へと、つまりモブラへと委ねてしまいそうなラピス、しかしここで屈するわけにはいかない。 負けずと強気になるが、四肢の自由が利かないため、どうすることもできない。
ビクン、ビクンと震えるラピスの性器に直接触れるモブラ。 リズムに合わせるかのように刺激しているため、不本意ながら感じてしまうのは生物としての性、それが例え悪魔族が相手であってもしてだ。
この箱の中ではモブラにあらがうすべはない。 ラピスの理性は不本意にもモブラへと委ねてしまっている。
刺激が快楽へと変わる。 嫌悪感が快感へと変わる。 反逆心が依存心へと変わる。
性行為、今まで性による快楽を知らなかったラピスにとっては新たな世界への旅立ちに等しかった。 その扉の鍵を開けたのはモブラ。
禁断の果実、禁断の味を知ってしまったラピスが中毒へと堕ちてしまうのは仕方のないことであった。
–––モブラとラピスの互いに顔の距離がゼロになる。
鼻先と鼻先が接触し、互いの匂いを感じ取ることのできる距離だ。 モブラの瞳がラピスの表情を凝視しているのに対して、ラピスの瞳はモブラの顔を見るまいと逸らしている。
「おい。 こっち、向けよ」
くい、とラピスの顎を掴んだモブラはそのまま顔の向きを強引に変える。
モブラは完全にスイッチが入っていた。 相手は憎むべき天使族、仕事のために捕らえたサンプル個体であるということを一切合切忘れ去り、今この翼に疼く痛みとストレスによって溜まった性なる欲を発散することを選んだのだった。
モブラとラピスの唇がゆっくりと重なり、強引に舌を伸ばして絡めつける。
悪魔族の舌は天使族の舌よりも20cmほど長いとされている。
「.....ん、ぅ、ぁ、はぁ」
「しっ、ちゅむ、んば、ひゅ、ぱ」
くちゃくちゃねちゃねちゃ、と唇を合わせた二人のディープな絡みは続く。
呼吸の苦しくなってきたラピスは次第に力が抜けていき、身をモブラに委ねようと前傾姿勢となる。
「んは、ったく、もう終わりか?」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「.....ったく、貧弱なこった。 調子狂うぜ」
息を切らしながら倒れるラピス、いくらモブラといえど喘息にも近い状態の相手に対して行為を続けるほど鬼畜な悪魔ではない。
しかし、舌を絡めたことで条件は達成された。 モブラは自分の唾液をラピスの亀頭に垂らし、右手を翳す。
「ひゃぅ!?」
「–––騒ぐな、すぐに終わる」
–––呪印。
サキュバス族の秘儀であり、首輪。
一度自分の身体から分泌される液体を相手に含ませ、性器にもう一度接触させることで刻むことができる。
発動はした、これでラピスはモブラ相手でなければ絶頂に達しても発散することのできない身体へとなった。
「–––次は夜だ、そんときに飯も持ってくるから野垂れ死ぬんじゃねぇぞ」
服を着たモブラは箱の外へと向かって行ってしまった、ラピスはモブラに何も言い返せないほど体力を消耗していた。
※
そして、冒頭に戻る。
もう何度と繰り返されてきた性行為、ラピスの体内時計は既に狂っており、今が朝なのか夜なのかもわからない。
モブラは決まって出社前、帰宅後に箱へと訪れるようにしていた。
そんな生活が始まって三日、二人はもう既に翼の疼きが気にならないくらいに長い時間を過ごしていた。
–––狭い箱の中に監禁されて三日間、ラピスが正常でいられるかどうか問われれば否である。
「うっ、ん、くっぅ.....はっ!?」
「ヒヒヒ、一丁前におねだりが上手になりやがって、欲しいのか、あぁン!?」
「ほ、ほ、ん、しぃ、です!」
呪印を刻まれ性による快楽を知ったものの、モブラの手でしか絶頂に達することができない身体になってしまったラピスは身も心も既にモブラへと委ねつつあった。
あれだけ憎んでた悪魔族であるのに、あれだけ毛嫌いしてたソドミーであるのに、今のラピスにとっては生き残る糧へと変わり果ててしまっていた。
兜を合わせあった数は数え切れない。
最初は成されるがままだったラピスのおねだりも徐々に回数が増え、二人だけの世界で快楽に身を委ねあった。
攻めのモブラと受けのラピス。
三日間やり取りをしててもこの関係は変わることはない。
モブラが欲望のままに攻めてラピスがそれをひたすら受ける。
「.....っは、ぁ、ひぅ」
もうお互いに何度射精したことか、もう何度お互いに唇を重ねあったことか、モブラの仕事のストレスは発散さ
れる。
この行為も一種の仕事とも言えるが場も盛り上がってるため、今は言わないが吉である。
「はぁ、はぁ、っあ、ぅ」
「まだまだやれるよな?」
–––返事を聞く前にバックを陣取る。
これまでのモブラの調教により、尻穴の広がったラピスの尻にモブラの巨根を挿入する。 モブラは乱暴にラピスの翼の根元を掴んで位置を固定するがラピスが気にする様子もない。
それ以上の痛み、快楽、危機感、冒涜感、煩悩が彼の頭の中を駆け巡っているからである。
ぐちゃぐちゃに湿った尻穴に分泌された体液は円滑油の代わりとなり、抵抗もなく奥へ奥へと入り込む。
裏返った声を上げるラピスの両目は大きく見開かれ、シーツを両手でしっかりと掴む。
本来であれば挿入されることのない穴に挿入されることのないブツが挿入される。
しかし、それでもどうしたことか穴にスッポリと収まる、まるで初めからそのためにできた鍵と鍵穴のように。
モブラが腰を動かすとラピスが喘ぐ。
ラピスが力を込めるとモブラが嗤う。
「ぐっ、き、い、ヒヒヒヒ」
「ぁっつ、ぁあ! あああ! あ、ぁぁ、あ!!」
–––ドピュ、ドピュドピュ、と濃厚な性なる液が中に出た。
モブラがラピスから肉棒を外すとねちゃと精液の残滓が伸びるようにして滴る。 濃厚な精液は一瞬にして閉じたラピスの尻の穴から漏れるようにして溢れ出てくる。
「はぁ、は、はぁ、ぁ.....」
ラピスは息も絶え絶えといった様子だが、モブラは一切息を乱すことはなかった。 乱れるのはベッドの上だけで十分だと言いたげである。
ラピスのことを放置し、服も着ずに部屋の外へ行き冷蔵庫の中から酒を取り出す。
「.....サンプルに死なれても困るか」
適当な飲み物と食べ物を見繕い、もう一度箱へ戻ろうとするが、携帯電話が鳴り出したので一旦足を止める。
表示された名前は忌々しいクソ上司だった。
「.....チッ」
本来ならば出ることも億劫、無視をしたいところであったが仕事用の携帯電話だったため無視するわけにもいかなかった。
これがプライベートであれば完全に無視していた。 そもそも前提としてアドレスを教えることはないなと鼻で笑い飛ばす。 仕方なく出てやることにした。
「ふんぐるいふんぐるい」
『おい、テメェ開口一番何不吉なこと言ってやがる、殺すぞ』
残念ながら本物のクソ上司のようだ。
とりあえずこちらからの用件は済ませたのでビールを飲んで話を聞いてやることにする。
『まぁいい、仕事の方は順調か?』
「おう」
『.....ぉぉ、そうかそうかッ! そいつは社長も喜ぶことだろう、よッ!』
「煮干し食った方がいいんじゃねぇか?」
『お前は何か飲みながら電話すんのやめろォ!!』
そうでもしなきゃやってられない。
精力も補わなければならないし、何より声を聞くだけでも寒気がする相手なのだ。 ある意味天使よりも厄介な存在であるといえる。
「ぷはっ、それで? 状況の確認とレポートの催促か、データが集まらねぇとレポートってのは書けないんだぜ。 あんたホントに大卒か?」
『ホーゥ、それはさぞかし立派なレポートが出来上がるんだろうなァ! こっちもテメェみたいな部下のために報告書作成しなきゃいけねぇんだ、早くしろや!!』
「面倒な仕事もらってきたのアンタだろうが!!」
缶ビールを一気に飲み干し、二本目に手を伸ばす。 これだからあのクソ上司の相手は面倒なことこの上ない。
「まぁ、まだ日が浅いからまともなのは書けねぇよ。 せめて一週間くらい猶予はあってもいいんじゃねぇの?」
『.....わかったよ、社長にもそう伝えておく。 だが、それ以上は待てねぇからな、わかったな!』
「はいはい」
まだ向こうはなにか言いたそうにしてたが、もう声も聞くのもうんざりだから切る。 他に重要な案件があれば向こうから掛けてくるだろう。
モブラは空になったビール缶を潰し、パソコンを開く。
そう、あの天使はあくまでも研究サンプルなのだ。 仕事のために必要な道具、いなくなられても困るしいられても困る。
中々立ち上がらないパソコンに苛々しながら、冷蔵庫の中から簡単な保存食を出してラピスの部屋に持っていく。 少しは時間を潰すことができるだろう。
お互いに名前も知らないまま過ごし始めて三日。
過度な接触はせずに食事、性交、尿糞処理の時くらいしかモブラがラピスを監禁してる部屋へ行くことはない。
部屋に備え付けた監視カメラで様子はわかるし、特に話すことがあるわけでもない。 なにより顔を合わせた時の翼の痛みがとてもではないが耐えられない。 不快なのだ。
「.....あ」
「食っとけ、死ぬんじゃねぇぞ」
だから、モブラがラピスに対して情を抱くなんてことはあってはならない。
–––そんなことあるはずがないのだ。
※
ラピスは天使族である。
日々を真面目に生き、多くの友達と仲良く平和にしている毎日だった。
天使族の社会は単純である。 主神の加護の下、思うがままに生きる。
学校もなければ試験や会社もない自由社会制度、何をしても咎められず何をしても止められることはない。
–––ただ唯一ルールがあるとするならば、悪魔族の領土へ足を踏み入れてはならないこと。
ルールをやぶれば主神の加護が届かない、魔神の加護によって打ち消されてしまうのだ。
ある日、ラピスは姉と喧嘩し友人と共に悪魔族の領土である咎の渓谷へと行くことになる。
咎の渓谷は悪魔族の領土と天使族の領土と隣り合わせになっている場所、ここでなら主神の加護は届くだろう、友人も一度行けば気が済むだろうと思ってた。
咎の渓谷に行く天使族は多い、悪魔族と抗争の場でもあり元々が天使族の領土であるため、取り返そうと必死なのだ。
しかし、ラピスは二度と天使族の領土、故郷へ帰ることができないと直感で感じていた。
あの悪魔、モブラの元にいればあるいはと思ったが、また別の悪魔に連れ去られてしまえば話は別である。
「–––あのクソ野郎め、この舞台を誰が用意してやったと思ってんだ。 恩知らずめが」
悪魔が迫る。
「–––クソ、うざってぇ。 よく耐えれるもんだ、殺してしまいてぇがそれじゃダメだ」
ビキビキビキ、と額に青筋が走っている。
ラピスの両翼も拒絶反応が起こる。
–––悪魔の右腕がラピスの髪を掴む。
「っ!」
「ハッ、あいつの突っ込んだ穴を使うのも癪だが、俺だって社長に言われてイライラしてんだ、よォ!」
悪魔がラピスを叩きつける。
シーツの引いてあるベッドの上じゃなきゃ鼻の骨が折れてた。
「–––部下の手柄は上司の手柄、悪く思うんじゃねぇぞ。 蠅が」
「や、やめ–––」
※
モブラが部屋の異変に気がついたのはレポート作業を終えた頃だった。
いつもであれば多少なりとも聞こえてくるはずの錠の音が一切聞こえてこない。
あの上司の用意した部屋、というよりも紹介してくれたのだが欠陥が思ったより多いことに気づきはじめたのは最近だ。
ついにカメラまで映らなくなった、これはおかしいとモブラが部屋に向かうと部屋の扉はなかった。
「.....はっ?」
嫌な予感がした。
元々、モブラの上司はモブラを毛嫌いしている。 だから天使族の生態取材なんていう誰もが引き受けない仕事を持ってきたのだと思っていた。
どうせ最後の最後に部下の手柄は上司の手柄と言いだして、社長に報告するつもりだろうと思ってた。
–––しかし、どうやらモブラの思っていた以上にあの上司は短気だったようだ。
「.....あん、の、野郎ォ!」
幸いにも刻んだ呪印は消されていない、場所は特定できる。
仕事のため?
手柄のため?
出世のため?
クソ上司を殴るため?
違う、どれも今のモブラを動かす原動力には繋がらない。
この一週間、モブラとラピスの間にはたしかな絆が芽生えていた。
呪印にはそのような効果もある。
行為をすればするほど互いに絆は深くなる、これも浮気防止のために付加された効果の一つとされている。
–––しかし、これが呪いによる絆だろうがモブラには関係ない。
「–––くたばんじゃねぇぞ、クソ天使」
バサッ、とデスクワークが忙しく久しく広げてなかった悪魔の翼を大きく広げる。
いくらあんな上司からの仕事でも仕事は仕事、途中で投げ出すなんて悪魔の名が廃る。 何よりあの上司を社会的に抹殺し、会社からも追い出す口実ができたのだ。
モブラにとっては好都合な状況、しかし、今頭にあるのはあの天使族の少年のことのみ。
本来は結ばれるはずのない絆。
–––種族と性別を超えた呪いの愛が二人を繋いだのだった。
※
「ハァ、ハァ、チクショウ! イけ! さっさとイっちまえよ、クソガキ!」
部下であるモブラの元からラピスを監禁した部屋を自分の元まで転移させることは上手くできた。
当たり前だ、わざわざ高い金払ってまで嫌々あの男に提供したのだ。 記事の原稿が完成する直前に転移を完了させ、サンプルごと奪い取る、ここまではよかった。
監視カメラにも細工を仕掛けていたため、モブラがこの天使族と何をしていたかも知っている。
だからこそ、自分がモブラよりも上であることを示すためにラピスを堕とす必要があった。
–––しかし、呪印の力が強力でラピスは一切絶頂することはない。
中途半端な状態で止められてしまい、ラピスの方にもストレスが溜まってきていた。 呪印は桃色に光放っている。
焦りは募るばかりだ。
「クソが! なんで、なんでテメェだけ、なんでテメェだけが!!」
汚れ役を押し付けた、そのはずだったのに。
トイレ掃除のように誰もやりたがらない仕事を押し付け、ギリギリの所で手柄を奪う算段であったはずなのに。
「–––なんで、あんな奴、あんな奴らばっかがイイ思いしてるんだよッッ!! おかしいだろ!!!」
「っ、たぃ!」
力を入れた腕でラピスの顔面を、腹を殴り飛ばしていた。 ここまで来れば八つ当たりに近い。
全ての怒りや鬱憤が暴力という形でラピスに向けられる。
モブラが配属された時、初めて話した時からあの男が嫌いだった。
それが自分の部下になると知った時、とことん追い詰めてやろうと考えた。
だが、気がつけば追い詰められていたのは自分自身であった。
先輩である余裕もいつしかなくなり、社長からの信頼も薄れていった。
これが彼にとって最後のチャンスだったのかもしれない。
いや、モブラに仕事を押し付けた時点で彼のチャンスは途絶えていたことも考えられる。
「ク、ソ、ガ、アァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
握りしめた拳から血が流れる。
爪が食い込み、力一杯に殴り続ければそうなる。 的が外れてしまいベッドも半壊状態になってるのだ。
翼の疼きもあってか苛立ちが募る。
背骨の先端から生えた尾でラピスの首を絞め始める。
「かっ、はっぁ」
「くひひひひ、最悪テメェは死体でもいいんだ天使ィ! そこからしっかり合法的に解剖してやっからよぉ」
拳を振り上げた時だった。
「–––やめろよ、パイセン。 そいつがいないと社長に報告書書けねぇだろ」
二人しかいないはずの部屋に三人目の声が聞こえた。
息も絶え絶えのラピスはそこで安堵の笑みを浮かべ、モブラは自分の上司の腕を強く握りしめる。 握り潰すくらいの力で。
「.....テ、メェ」
「あんたがクソってことは知ってたけどここまでとは思わなかったぜ。 今までも手柄横取りにされてきたけどよォ–––」
そのままモブラはぐいっと掴んだ腕を引き、ラピスとは反対側に投げ飛ばす。 意識も逸れたことで尻尾の力も緩みラピスを巻き込むことなく、姿勢もしっかりとお手本のような綺麗な背負い投げが決まった。
「–––ここまで腸が煮えたぎってんのは初めてだ、オ?」
「ッ、やっぱ情に流されやがったか! そんなんじゃ、社会人やっていけねぇぞ、オラァ!!」
「テメェの感情コントロールできずに八つ当たりしてる馬鹿と比べればマシだ、クソ野郎がァ!!」
立ち上がり拳を振るってくる男をモブラは迎え撃つ。
「なんで–––」
モブラが殴り返す。
「なんで、テメェばっかり!!」
モブラが覆いかぶさるようにして四肢を抑える。
「なんでテメェばっかりが!! 俺はゼッテーテメェより優れてる、俺はエリートだ!! 誰が用意してやったと思ってやがる、この恩知らずがァ!!!!」
尻尾でモブラを追い払う。
「.....堕ちるところまで堕ちたか、クソ上司」
「オレは、俺だァ!!」
※
天使族は純粋な心、つまり空の器を持っている。
対する悪魔族は欲にまみれた、欲で器が満たされている。
本来二つの器が一緒になることはない、そうなるようにお互いに嫌い合っているのだから。
誰も翼に蕁麻疹反応が起こるもの同士を隣人にしたいとは思わない。
だが、それは一時的なものである。
どんなことにも耐性や慣れというものが存在する。
そのことを誰も彼もが200年以上をも忘れていた。
そう、いつかは巡りやってくる運命だとしても仕方のないことだ。 世界とはそういう風にできている。
まるで誰かの悪戯のように、都合のいいことは起こるものである。
しかし、それは誰のためのものかはわからない。
※
「ぐっ....!」
「コロシテヤル」
尾で首を絞められ、四肢を抑え込まれたモブラは身動きが取れずにいた。
手首足首と血管の流れる重要箇所を抑えられてしまっては身体に力が入らない。
マウントを取られてしまい、急所を抑えられては成す術はない。
モブラの表情から血の気が引いていく、血流に大きな影響が出始めている。 薬物にでも手を出したかのような形相でモブラを睨みつけるクソ上司は顔を真っ赤にして笑っている。
–––これは、本気で死ぬかもな。
モブラの頭は驚くほど冴えており冷静だった。 悟りのようなものかもしれない。
反して下半身は熱く、男性器がムクムクと大きくなる。
「.....は?」
生物というものは生命の危機に陥ると少しでも子孫を残そうと本能が働くらしい。 モブラの勃起も一種の生存本能であり、体全ての熱が性器に集中してるといっても過言ではない。
「.....ッギ!」
「こん、の、クソガキィィ!!」
火に油を注ぐような行為になってしまったのは仕方のないことだと思う。
モブラを拘束する力が急激に上昇する。
怒りの魔力が濃密となった部屋の中、二人の間にひとひらの羽根がふわりと舞う。
「.....あ?」
それはモブラが見慣れた天使族の羽根のはずであったのに、色は焦げたように真っ黒だった。
ふわり。
ふわりふわり。
ふわり、とひとひら、ふたひらとふわふわと二人の周りに舞い落ちる。
最初にそこに目を向けたのは意識を手放しかけているモブラだった。
「–––。」
「な、んだ、蝿ェ、その、黒い翼はァ!?」
–––ラピス。
ボロボロになった布切れをまといながら、性器から広がった桃色の呪印は身体全体を覆うようにして輝いている。
真っ白だった両翼は深淵より深き黒で染まっており、虚な瞳は虚空を捉えている。
不測の事態、それはモブラにとってもそうだが、目の前のクソ上司にとってはさらに不測の事態であった。
気圧されてしまい全身の力が抜けたと思ったが、そうではない。
ジャラジャラと四肢を鎖で繋がれてるラピスの姿程度で気圧されることなどあるはずがないのだから。
「.....蝿、野郎、ガ」
ドサッ、とそのまま意識も命も手放した。
「–––僕、わかったよ」
ラピスが口を開く。
「天使族も悪魔族も一つにはなれない」
ジャラジャラ、と重々しい金属の音が擦れる。
「–––僕と、貴方でやり直す」
–––その瞳は恍惚と、それでいてモブラのことをじっと見つめる。
「.....気でも狂ったか?」
「僕は正常だよ。 そして、僕の身体は貴方に委ねるべきなんだ」
くすり。 にやり。
同時に笑うが、全く正反対。
「好きな人と交われないこんな世界、間違ってる」
「俺は、お前を攫った張本人だぞ?」
「違う。 貴方は僕に自由を、狭い世界から連れ出してくれた上に快楽を教えてくれた恩人だ」
「.....ヒヒ、お前名前は?」
「ラピス。 初めて名乗れましたね、嬉しいですよ、貴方に、いや、モブラ様に僕の名を呼んでもらえるなんて」
魔力を全身から浴び、体内からの侵食と悪魔からの直接的な繋がりでラピスの器は満たされた。
主人、モブラという悪魔からの快楽という麻薬によって。
–––堕天の瞬間である。
「僕の世界はこの箱の中、それ以外は不要だ。 消しませんか?」
「.....面白いこと言うが、それで? その先には何がある?」
「–––僕とモブラ様だけの楽園」
快楽に身を堕とした堕天使は言葉を詰まらせることはなかった。
この部屋、箱の中こそがラピスにとっての世界であり楽園。
真実は揺らぐことなく、ラピスは鎖に繋がれたままの状態でこの先も生き続けた。
–––快楽だけが満ちた箱の中で。
※
「.....そうか、あいつ過労で」
「無理してたみたいですし、しばらくは出れそうにないと言ってました」
今回の天使族に関する資料をまとめたモブラは社長の元へ報告書を提出するついでに、元上司のパワハラとこれまでの素行をぶちまけるついでに永遠の休暇申請を代行して提出した。
「まぁ、今回の件はご苦労だったね。 いい記事ができそうだ」
「それはよかったです」
「一杯、どうかね? 君とは一度飲んでみたいと思ってたんだ」
社長が上機嫌にモブラを誘う。
まだ入社して日の浅いモブラが社長と直に会えるというのがイレギュラーなことであるのに、飲みに誘われるなんてのは大出世である。
「すみません、酒はあまり強くないものでして」
「そうか、それは残念だ」
「今日は無理ですが、カフェにでも誘ってください。 その時に色々お話ししましょう」
「ふふ、そうだな。 楽しみにしとくよ」
それだけ告げ、モブラは社長室を後にする。 どうやらあのクソ上司が死んだという噂は下の方から中心に広がっているらしい。
それでも、モブラとの関係性は一切ないからやりやすい。 適当に話を合わせればやり過ごせる。
退社後、冷蔵庫のビールを二本飲み干し、いつもの部屋へと足を運ぶ。
箱、と呼んでいるプライベートルームだ。 もちろん、モブラ一人用ではない。
「おかえりなさい、モブラ様」
「あぁ、帰ったぜラピス」
堕天使ラピス。
あの騒動から一週間が経ったが、未だに四肢は鎖で繋がれたままだ。
「.....お前は本当にこれでよかったのか?」
「はい! モブラ様と共に生きていけるのであれば贅沢は言いません、というか今のこの状況が最高に贅沢でございます」
「.....変わるもんだなぁ」
天使族と悪魔族を滅ぼす、なんて物騒なことを言っているため、とりあえずここで大人しくしてもらっている。
毎日帰ってきては愚痴を吐くように乱暴させてもらってるが、この変態は甘んじてそれを受け入れ、喜んでいる。
世界はかなりギリギリの状態で現在存続しているというのは内緒だ。
「それで、本日はどのようにして僕に乱暴してくださるのですか?」
「.....どうされたいんだ? おねだりが下手くそになったんじゃねぇか?」
モブラが笑いながら服を脱ぐ。
「おねだりだなんて、はしたない真似できませんよぉ」
「その笑い方最高にはしたないぞ」
現在、天使族の土地である『グレーテル』ではラピスの捜索が行われている。 主神の従兄弟であるラピスが捜索されるのはもちろんのことだが、当の本人はそんなこと知る由もない。
–––モブラはラピスの両肩を掴んで勢いよく押し倒す。
翼の疼きはもう気にならない。
「–––じゃあ、今日はこんなのでどうだ?」
モブラとラピスはじゃれあい続ける。
世界存続のために、己が欲を満たすために。
天使族と悪魔族は決して交わることなどないのだから。
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