長らくお待たせいたしまた。
轢き逃げには勝てなかったよ(入院三ヶ月)
というわけでぼちぼち再開していきます( ˘ω˘ )
一歩前へ出る。
廊下に響く小さな足音が、一つ、また一つ僅かに木霊する。
左足が一歩前へ出る。
心に募る不安が、ゆっくりと重なり合っていく。
廊下に足音が響くたびに底知れぬ恐怖が、体を震わしていた。
今にもぐらつき倒れそうな体が、一歩歩むたびに軋みを上げてることなどとうに意識の外だった。
ただ闇雲に何かから逃れるように、歩みだけが自分を生かしてるとでも言うように、先の見えない道をただ歩いていた。一体どこに向かっているというのか、自分でさえもあやふやな目的地に、俺はただ足を止められないでいた。止めたらきっと、もう歩けない。
──今度こそ、逃げないでね。
不意に、ナインの声が耳元を過ぎった気がした。
唐突に、突発的に、全身を襲う震えに足元が崩れ去っていくような感覚が、否、現実としてふらつき始めた体が──ドンッと、廊下に鈍い音を響かせながら、最早体を支えることすら億劫な足で立ち続けることも叶わず、ずるずるとそのまま廊下に腰が落ちていった。
「ハハハ、ハハ……いやはや、参ったな……」
乾いた笑いもやっとだった。
今まで考えないようにしていたことを無理やり想起させられたせいか、はたまた日頃の
本当に参った。あそこまで
あの後、ナインは伝えることを伝えて満足したのか、小さく『またね』と笑顔と共に去っていった。嵐のように、猫の気まぐれのように、一人取り残された俺は、その場の空気に耐え切れず逃げるように外へと駆け出していた。思えば、知ったかぶりをしているだけの人生だった。相手の感情を分かったように振舞って、本当に知ろうともせず蓋をして、そして気づけば俺はこんな所で指揮官なんてやってしまっている。
流されるままに、様々なしがらみすら抱えて終ぞここまで来てしまった。上り方を知らないままただひたすらに重力に逆らえぬままに下り落ちるしか知らず。今日もまた素知らぬ顔で知った風を装うのだと、そう思っていた。その先に逃げ場などないと、いつかは終わりを迎えてしまうものなのだと
心臓の鼓動が早音を打つたび、漏れる吐息が霧散して消えていく、僅かばかりに残っている幸せが消えたのか、あるいは──。
「し、指揮官!?」
見知った声がした。どこか安心感さえ感じる声音が不安を彩るように俺の役職を口にしていた。
声のする方へと首を向けてみれば、まるで信じられないものでも見たかのように、目を見開いているM16の姿がそこにはあった。
傍から見れば今にも三途の川を渡ってしまいそうなほどに顔面蒼白な弱々しい姿が壁に寄りかかっているのだ。そんな姿を見て見過ごせるやつのほうが少ないだろう。さらに付け加えれば、それが想い人そのものであるのだから、血相を変えぬほうが無理があるというもの。
そんな人が、今にも儚く散ってしまいそうな雰囲気を纏いながら、ぎこちない笑顔を浮かべている様を異常と言わず何を異常と言うのか──。
「M16か……、どうした?」
今にも意識が遠のきそうな自分のことなど知らず、俺はこちらへと駆けてくる彼女に、何でもないようにそう問うたのだった。
+ +
最初に感じたのは、驚愕だった。
特にすることもなく、私たち人形に与えられた宿舎で暇を持て余していると、すぐ近くの壁に何かが鈍い音を立てぶつかったのが聞こえた。
何事かと興味にそそられ外に出てみれば、いつも柔らかな雰囲気を携えながらも、飄々と儚くもしっかりと
、額には信じられないほどの汗を浮かべて、何でもないように『どうした?』と口にしている指揮官がいたときの驚きは計り知れないものだった。
荒く吐き出される息、生きてる者特有の覇気とは掛け離れた余りにもぎこちのない笑顔。誰がどう見てもそれが強がりなのは明白だった。
次いで感じたのは、底知れぬ恐怖だった。一体全体何がどうして、ここまで弱りきってしまったんだと、あまり無茶をして欲しくなくて、あまり迷惑を掛けていたくなくて、どうにかこうにか指揮官の仕事を減らそうと
自分が自分の意思で何かを成そうとたどり着く先が死なのであれば構わない。
だけど、だけどだ。指揮官が、自分の手の届かないナニカに連れ去られるのだけは死んでも御免だ。
「どうしたもなにも、待ってろ今救護班のもとへ──」
「いい、大丈夫だ」
「ッ、でも──ッ……!?」
どこを取って大丈夫と見ればいいのか、目を離せばすぐにでも掻き消えてしまいそうな存在を放っておくことなど出来る訳もなく、無理矢理にでも救護班のもとへ担いででも行こうと思えば、返ってきたのは強がりだった。ふざけるな──と、喉元にまででかかった言葉を飲み干して、もういっそのこと強引にでも連れて行こうと指揮官を背負い込もうと手を伸ばした時だ。
見るからに、抵抗するような力すら残っていないだろうに、どこにその力があったのか伸ばした腕をふいに引っ張られ、バランスを崩してしまう。
あわや地面へと指揮官をそのまま押し倒してしまいそうになって、すんでの所で留まったのはいい。ふんわりと、汗の匂いに混じり
肩に感じる重み、耳元を乱す苦しげな呼吸音。咄嗟に指揮官を守ろうと背中に回した手から感じる、確かな鼓動。
意図的ではないとは言え、指揮官を抱きしめているに等しいこの行為に、少なからずの嬉色を感じずにはいられなかったが、ことがことだった。
「し、指揮官。大丈夫か?」
「悪い……」
ただ一言、その二文字を彼が紡ぐと、ゆっくりと息を吐き出していった。
困った。主に、この現状に置いて。指揮官が望むのであれば、それはそれとして構わないが、いかんせんここは廊下だ。
少なくともこうしてどっからどう見ても抱き合ってるようにしか見えない姿を見られるのは、些か恥ずかしさの方が軍配が優ってしまう。少しばかり心苦しいが──いや、何を考えているのか、今指揮官は弱りきっているというのに、何を私は喜びなんて感情を感じているのか、自分のことながらに浅ましい。
「分かった。指揮官、救護班のもとへは行かない。だが、流石にこの状態で廊下に長居してしまえば、それも叶わなくなるだろう。すぐ近くにちょうど私らの宿舎がある。そこに連れて行くが……構わないな?」
そう問えば、コクりと力なく彼が頷いたような気がした。
それを了承の意と取り、彼の体を支えるように立たせて肩に腕を回すように担ぎこみ、ゆっくりと宿舎へと足を進めていった。
隣に感じる指揮官の心許無い体温が、私の体を蝕んでいるようだった。
感覚の共有を受けているわけではない。それなのに、だというのに、酷く体を蝕んでやまないこの痛みはいったい──。
「悪いな……」
「気にするな指揮官。私はお前の命令に従うだけさ。お前がそれを望むのであれば、私はそれに全力で取り組むだけさ」
宿舎の扉を片手間に開けて、なかへと入り込むと手近にある寝具へと彼を横たわらせ、すぐ隣へと腰を下ろした。
傍らに力なく横たわる指揮官を見下ろしてみれば、僅かに息が安定していっているように思える。
それでも、やはり不安だった。どうしてここまで弱っているのか、業務による疲れか、それとも
いや、でも……うわぁ……本当にそうだとしたら今すぐにでも穴に入りたいレベルの失態だぞホント。
まだ確定した訳ではないにしろ、事実としてその要因に大きく貢献しているなら……考えるだけでもつらいな……。
はたと、そういえば今日の担当のはずのSOPMODⅡがいないことに気づいた。
あいつのことだ、指揮官の容態に気づけばいの一番に救護班なりなんなりに駆け出すはずだ。周りにいないということはもうすでに駆け出した後か、だとすれば指揮官から私に一言あっても可笑しくはないはずだが──。
「なぁ、指揮官。SOPMODⅡは……どうした?」
未だ苦しげにしている指揮官に問うのも心苦しいが、問わずにはいられなかった。
指揮官のこの状況を見て、何故廊下になんて放置しているのだと、せめて近場の落ち着いた場所に連れて行けと、帰ってきたら色々と説教しなくてはいけないな。
なんて思っていた私に返ってきたのは、何かを思い出したかのようにハッと目を見開いた指揮官の焦りを含んだ声色だった。
「そう、だ。M16……アイツは、SOPMODⅡはどこにいる……?」
「あっ、おい。立ち上がろうとするな。まだ安静に──いや、それよりも一緒にいたんじゃないのか!?」
無理矢理にでも立ち上がりかけた指揮官をどうにか抑え付け、驚きを口にした。
一緒にいないとなると、ますます訳がわかない。じゃぁ、どうして指揮官はあんなところに?
「はぁ、……それは──」
体の痛みからか、はたまた話し辛い内容なのか、指揮官は言葉を紡げずにいた。
「訳は話せないのか? それなら……それで構わない。なによりそんな状態で探しに行くほうがこちらとしても放っておく訳にもいかないからな。SOPMODのことなら私に任せて指揮官は寝ていてくれ、すぐにここに連れてくる。だから──」
一体何があったのか。それは分からない。SOPMODとのやり取りで指揮官がこうなってしまったのであれば、それは直ちに説教ものだし、他の要因にしろなんにしろこんな状態の指揮官を一人にしてしまった失態は大きい。私でなくとも他の妹らでさえ『どうして』と語気を荒げているかもしれない。幸いにも他の二人は各々の
指揮官がこの状態では、外を歩かせるなどもってのほかだし、かと言ってSOPMODもそのままには出来ない。今すぐにでも救護班の下へと連れて行きたいのも山々だが、それを拒否られてはこちらから出来ることなどない。だからこそ、私がSOPMODを探し出し、指揮官の下へと連れて行く。少なくともこの宿舎にいれば、用事を終わらせた他の二人が指揮官を手厚く看護してくれるだろうし、SOPMODを見つけ、連れて帰る道中にでも何があったかを聞くのがベストだろうと、そういう判断のもとでの言葉だった。
だから、ここで暫く安静にしてくれと、そう言葉を続けるつもりだった。
「俺じゃなきゃ、ダメなんだ……」
汗ばんでいて、握る力などほとんどないに等しいのに、それは不思議と力強く感じるほどに強固な意思を感じてしまった。
ダメだと、こんな状態の指揮官を行かせる訳にはいかないと電脳が答えを出しているのに、私はもうその時点で想いに負けてしまったのだ。
寝具に横たわりながらこちらを見上げる瞳に、不思議と吸い寄せられるように見入ってしまう。
指揮官は、弱っているんだぞ?
──
こんな状態の指揮官を向かわせるわけにはいかないのを分かっているんだろう?
──
指揮官に何かがあった時、誰が責任を取るのか分かっているのか?
──
「指揮官、一応聞くが……どうしても行くのか?」
「あぁ……」
「何があったのか、聞いてもいいか……?」
「あぁ、少しだけでいい。時間をくれ……」
「分かった」
ゆっくりと指揮官は半身を起こすと、僅かにふらつきながらも寝具に腰掛け、何度も何度も呼吸を整えていた。
「辛いのなら肩を貸すぞ、指揮官」
「あぁ、悪い……」
言葉を言い終えて間もなく、左肩に感じる重み。
そうして、寸刻の間の後に、指揮官は言葉を口にしたのだった。
「いつもどおりの朝がそこにあるはずだった。執務室につけば、少し遅れてSOPMODが来て、それで一日が終わると……」
思い出すように、未だ体の具合も安定しないままに、指揮官が言葉を述べていく。
「そしたら、ナインが、UMP9が朝に来たんだ」
「ッ、そうか……」
思わず言葉を挟みそうになって、寸でで言葉を噤んだ。
今はまだ、指揮官が喋っているのだ。そこに挟む言葉などあってはならない。
「何とも間が悪いことに、SOPMODになかば
「ハハハ……」
アイツはアイツで何を朝から……。
まぁいい。それもこれも話が終わってからだ。
「まぁ、なんだ。UMP9が来て早々SOPMODが警戒を露わにしてな。そこからはもう売り言葉に買い言葉のような応酬が続いて、見ていられなくて、俺は言ったんだ『すまない。俺が、ちゃんと注意をしていれば』って、そしたら──」
「
「……良く分かったな。その通りだ……SOPMODはそう言った」
あぁ、なるほど。確かに、SOPMODはそう言うだろう。SOPMODはそういう奴だ。
指揮官に褒めてもらおうと、
「そして、UMP9の言葉がトドメになったんだと思う。『俺に、謝らせちゃったね?』って言われて、悲しげな表情で俺の前から逃げるように走っていったよ……」
「そうか、そうか……それで、その後、どうなったんだ?」
「まぁ、それも聞くよな……」
SOPMODの気持ちは分かった。だが、それを差し置いても、
「強いて言うなら、もう、逃げられそうにないなって……」
「それは……どういう意味だ?」
「悪い、これはまた今度だ……今は、早くSOPMODの所に行かなくちゃならないから」
「……そうだったな。なぁ、指揮官。それはいつか私に聞かせてくれる話か?」
きっとこれは意地悪な質問だったろう。息を飲む音がした。
指揮官を困らせたいわけじゃないのに、今はSOPMODのこともあるというに、思わず聞いてしまった。いや、聞かずにはいられなかった。
私の、
羨ましいと思った。私たちよりも長く指揮官を知っていて、私たちの知らない指揮官を知っている
SOPMODがそばから消えた要因をわざわざ口にしてくれたのだ。それ以上はまた別の話だろうに急いてしまった。
今は何よりもSOPMODのことを優先すべきだろうに。数秒の沈黙に居た堪れなくなり話題を取り消そうと慌てて口にした。
「すまない。今のは忘れて――」
「いつか話すよ。絶対に……」
「……ありがとう。指揮官」
私のわがままを聞いてくれて。本当に……。
「それで、SOPMODを探すんだろう」
「あぁ……」
「行く宛てはあるのか?」
「正直、ないな。お前たちのことを知っているようで、俺は何も……手当たり次第探すさ」
「そんな体調でか? なんだったら放送でも流して呼べばいいだろうに」
「お前が迷子にでもなったらそうしてやろう……」
「悪かったって冗談だ。まぁ、そうだなぁ……多分SOPMODの事だ。存外近くにいるはずだ。行き場所が分からないならこっちに呼べばいい」
「どうやってだ……?」
「感覚共有ナノマシンがあるだろう? それ使って、『俺は今こんだけ体調不良なんだぞ』って訴えればいい。すっ飛んでやってくるはずさ」
と、そう言えば小さくハハと笑いながら、『それは盲点だった……』と息を吐き出していた。
指揮官を放ったらかしにした罰として考えるのであれば、体調の悪さをその身に味わうのは十二分に肝が冷えることだろう。
それに指揮官自身の体調を鑑みるに、そう遠くまで歩かせるのも心配だしな。
今すぐにでも医務室に連れてければいいが、如何せん指揮官がそれを拒んでいる。きっと、周りに心配をかけたくないだとか、そういったことなんだろうと思うが――。
「下手に動き回って体調を悪化させるよりはベストな方法だとは思うがね」
「そいつは名案だ。ありがとう……今度埋め合わせをするよ」
「気にしないでくれ、指揮官。また一緒に酒でも飲んでくれれば結構だ」
じゃ、俺は行くよ。と口にして、指揮官はその場を立った。
肩に残る温かみに名残惜しさを感じながら、指揮官を見上げるのと同時、頭を覆う手のひら。
一瞬、何が起こったのか理解できないままポカンとしていると、あっと小さく漏れる指揮官の声に我に返った。
「悪い、まだぼぉっとしてるようだ。それじゃ、ありがとうなM16」
「お、おぅ……」
微かに頬が紅かったのは具合のせいか、はたまた――。
扉を過ぎ去った背中を見送ったままに、右手を頭に置いて、何があったのかじっくりと思い起こすようにしてみれば、溢れるように出でるは喜びの感情だった。
勘違いでもなければ、私は――撫でられた?
「あぁ……これは――」
本当に、
ナインとの事後からものの数時間以内に起きたことである( ˘ω˘ )
濃厚な一日ですね(満面の笑み)
というわけで、今回はこの作品にあるまじきな健全回。
よくよく思い返してみても、ここまで健全な回があっただろうかと驚きを隠せない。
なんだこのM16はッ!?
はてさて、体調を崩してしまった要因になってしまったナイン
そして、まだまだ健全()なM16姉さんのちょっとした心象
404小隊のターンとはいったい……
AR小隊の心象も必要だからね仕方ないね!
……多分、後々加筆修正すると思います。
あとTwitter開設致しました( ˘ω˘ )
https://twitter.com/roof1cat
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物事から逃げ過ぎにはご注意を