『施設』内にざわめきが走る。
四人の狩衣に布面姿の男達が、極になった初期刀を従え歩いている。
それだけなら普通の話だが、男達と彼らの刀には、小さいが桜の代紋が着いている。
「おい、あいつ等って」
「ああ、代紋本丸の奴等だ。過去の時代から招聘された、元警官の」
ざわめきを聞いているのかいないのか、男達は静かに歩いて行く。
「何かこう、空気が違うな、あいつら」
「仕方が無いさ、あそこの正式な審神者は正真正銘『神様』らしいし」
「あいつ等依怙贔屓されてるんだってな、特別鍛刀が許可されなくても、レアがバンバン鍛刀出来るって」
「あ、馬鹿っ」
所謂難民らしい審神者の一人が吐き捨てた、その時だ。
ジャキっと、難民の鼻先に代紋付の加州清光の切っ先が突き付けられ、ついでに後頭部にごりっと固い金属が押し当てられ、ぐりぐりと捻られる。
「彼岸の旦那、主にとんでもない言い掛かりを吹っ掛けたこいつ、斬っちゃって良いよね? こいつの霊力、なあんか澱んでるし?」
「馬鹿野郎、お前が斬っちまったら、染井吉野に負担掛けちまうだろうが。こんなのヘッドショット一発で良いんだよ」
紅い眼をかっ拡げて嗤う加州も恐ろしいが、思いっきり機嫌を傾がせている様子の背後の人物も恐ろしい。
彼らを止めたのは、やはり己の刀紋の横に桜の代紋を飾った蜂須賀虎徹と白い狩衣に緋色の飾り紐の優男――チャラ男と伊達男の中間と言った風情の男だった。
「加州、彼岸殿も止められよ」
「そうだよ、じ……江戸彼岸、吉野に妬み嫉み投げた時点で、こいつは向こう半年、新刃さんと疎遠になったし?」
「ちぇっ」
「ちっ」
舌打ちと共に、加州と白い狩衣に濃紺の飾り紐の、癖っ毛の青年が離れる。
ほうっと息を吐いた難民の耳元に、抑揚のない山姥切国広の声が落ちたので、彼は今度は飛び上がってしまったが。
「良かったな、今回歌仙兼定が留守居役で。あのような妬み、最初の一声であれに首を落とされていたぞ?」
「ひぃい!」
「こら切国、わざわざ脅さんで良い、どうせ後から監査が行く」
四人の中で一際大柄な、白い狩衣に黒い飾り紐の筋骨逞しい男が、困ったように山姥切を呼ぶ。
目の前の騒ぎに、代紋本丸の近持である陸奥守吉行は緩く息を吐いた。
「まあったく、こうなるがが判っちゅうろうに、どうして政府は主を呼びつけるかのおし」
「はっ、多分馬鹿を炙るためのデコイのつもりなんだろうよ」
「さもなきゃ試薬のつもりかも」
「ついでに陰陽寮で追い付かない浄化じゃないか? さっきから薄暗かったホールの隅の明度が上がってるからな」
「え、まじかだ……じゃない、大島」
「頼むぞ小松、うっかり本名で呼んでくれるなよ?」
「小松殿、我らが貴殿方に何事か為す事は有り得ぬが、不心得者が聞いていないとは限りませぬから」
「ハイハイ、蜂須賀ちゃん」
「失敗したら次から、乙女って呼んでやる」
「あ、それ良い‼」
「止めて、絶対止めて」
そうやって騒ぐ仲間達を、純白の狩衣に深紫の飾り紐を着けた青年が幽かに微笑みつつ観ていた。
そこに、館内放送が流れた。
呼ばれた番号は、彼らの本丸の物だった。
『出雲国『い』、百十番、第三会議室へお越しください』
「陸奥」
「おん、彼岸殿、小松殿、主を頼む、大島殿、
「おう」
「了解」
「任せろ」
青年二人が主と呼ばれた青年を挟み、大島と呼ばれた男と山姥切、蜂須賀が背後を守る。
そして露払いよろしく、陸奥守と加州が歩き出す。
彼らの姿がホールから消えると、あちこちで話し声が戻る。
「未だ居たんだな、染井吉野殿に向かってあんな馬鹿言う奴」
「馬鹿って言うか勇者だな。戸隠山の九頭竜の末に、あんな事言って疎遠で済んで良かっただろ」
入れ替わりにやって来た――但しダッシュで来たらしいが――監査の人間にドナドナされる難民を見送り、そこそこ年期があるらしい女性審神者は肩を竦めた。
「あの人達のあの格好、死に装束を意味してるって判んない時点で馬鹿が過ぎるわ。
……まあ、殉職警官拾ってきたらその中に龍神様の末裔が居て、臨死体験の為に先祖返り起こしたって、余り公表されなかったしね」
そうボヤくと、女性審神者は己の初期刀と共にその場を後にした。
糞面倒な『特別任務』に頭を悩ませつつ。
政府の『施設』から戻るなり、染井吉野は本丸の全員を集めるよう伝えた。
護衛達は休むよう言ったが、普段セコムともモンペとも呼ばれる補佐役三人が否を唱えなかったので、そのまま御前会議と言う形になった。
この本丸は染井吉野が審神者だが、彼の補佐と言う名目で小松乙女、江戸彼岸、大島の三人も就任している。
元々彼らは刀装、手入れに能力が片寄っており、ついでに顕現、鍛刀能力がない為審神者になれない人材だった。
だが九頭竜大神の末であり、先祖返りを起こした為に霊力と神気の塊となったかつての仲間を助け支える為に、眷属となり側に居るのだ。
彼らは変電器であり、アース線であり、中継器であり、いざと言う場合の蓄電池でもある。
程なく集まった大広間に、染井吉野を先頭に補佐役が入り、護衛を務めた俗に初期刀と呼ばれる四振りが所定の位置に腰を下ろした。
「政府より特命が下った」
大島の声に、刀剣男士達が居住いを正す。
染井吉野の座る上座の前に、補佐役の三人が座り、彼らに対峙する形で初期刀の五振り、その後ろに古参である信濃藤四郎、愛染国俊、蛍丸、鳴狐が座り、残りの男士達は思い思いの位置に座している。
「出陣先は二千年代、米花町とその周辺、そこで暗躍する歴史修正主義者を叩く」
「おいおい、随分近代じゃないか、俺達が
思わずと言った風情で問うたのは、第二部隊に属する鶴丸国永だ。
それに対して答えたのは、心底腹が立つが仕方がないと、全身から発している江戸彼岸だ。
「お前さん達の偽装と、遡行軍が闊歩出来ない結界造りの為に、染井吉野が出陣に同行する」
「なっ!」
「ま、誠に御座いますか、主様!?」
動揺する付喪神達に、小松乙女が手を振って見せる。
「なまじっか科学が進んで、オカルトとくっついちゃったこの二二〇〇年代に対し、あの時代は科学とオカルトは対極と思う人間が大半だから、却って敵さん動き易いらしいんだ。
神社とか寂れちゃって、土地神の力が落ちた所為で霊的結界が脆くなってるところが増えてるそうでさ」
「神秘が遠いと思われてる所為で守りが落ち、遡行軍が破壊行動を起こし易いと言うことですか?」
「まあな」
「ついでに言うと、そんな時代だが怖いもの見たさで心霊現象の噂がたつ場所に行きたがるアホは多い、だがその心霊現象の原因が遡行軍だったら。
……後は判るな?」
補佐役達の言葉に、大広間は一気に「あー」と言う空気になる。
そんな中、ソハヤノツルキが手を挙げる。
「理屈は判るが、でもそれは補佐役殿達で事足りないか? あんた達は主の眷属だ、主の代行として結界を造るくらい」
「全くもってその通りなんだけど」
「やるって言い出したのは染井吉野だよ」
「ええっ」
思わずΣ(´□`;)と言う絵文字のような表情になった
「皆には、任務以外の労力を掛ける事、申し訳ないと思う。
だが、この時代は私と小松、彼岸、大島の生きた時代だ。あそこには、未だ生きてる友人知人、肉親がいる。
私は、彼等と彼等から続く現代を護りたいと思っている。
皆、どうか力を貸して欲しい」
それに向かって、朗らかに否を唱えたのは信濃藤四郎だ。
「嫌だなあ大将、そこは貸して欲しいじゃなくて、力を貸せ、で良いんですよ」
「そうだよ主、僕らは刀剣男士と言う体裁と器を持ってるけど、実際は貴方の
続いて口を開いたのは蛍丸だ。
この二振りは、元々の所縁地に九頭竜伝承があり、それ故に染井吉野との縁が何やっても切れないレベルで硬い。
その上、ブラック本丸から染井吉野に救い出された事も合間って、即ち世に言う主ガチ勢の上を行くモンペ枠である。
以前、演練場で腰の低すぎる審神者の所為ですっかり傲慢になった某天下五剣が、染井吉野に向かって「自分に仕えさせてやる」と言い放ったのに向かって――その時染井吉野は、他の審神者を威嚇するのを嫌い、神気封じの呪具を二重に使い何とか霊力が高過ぎる人間の振りをしていた――憤激し、当時五十以上もレベル差があったにも関わらず折れる寸前まで叩きのめしたぐらいである。――当然ながら二振りも折れ掛け、染井吉野を慌てさせたが。
因みに、最終的には付き添っていた江戸彼岸が九頭竜の眷属としての力を示し、「馬鹿言ってんじゃねえ!」と審神者ごと再研修に叩き込んでしまったが。
信濃藤四郎と蛍丸の言葉に、一瞬眉を下げ、だが微笑んで染井吉野は部下達に発した。
「判った、ありがとう二振《ふた》りとも。
皆、特命を果たす。
出撃は一週間後、明日の晩に編成を発表する。
良いな」
染井吉野の宣言に、「はっ!」と六十人以上の男達が一斉に平伏した。
男士達に編成を詰めることを告げ、四人は通称『奥』と呼んでいる離れ家に引き篭もった。
此処に入れるのは、あくまでも審神者とその補佐のみ、緊急時でもない限り古参も近侍も廊下までとされているそこは、平たく言えば四人が警察学校の同期に戻る為のプライベートルームである。
そう、審神者名ではなく、本来の名前で呼び合う為の。
「! 諸伏!」
「松田、水だ!」
「判ってる!」
座敷に入るなり、崩れるように座り込んだ染井吉野、否諸伏景光を大島と小松乙女、否伊達航と萩原研二が支え、隣接するキッチンへと江戸彼岸、否松田陣平が走る。
『奥』の座敷は、座敷と呼んでいるが内装は彼らに馴染み深い二一世紀の洋間仕様に造られてあり、フローリングとソファーがあるLDKになっている。
ソファーに二人で運び、陣平が持ってきたガラスコップを差し出すと、景光はノロノロと口に運び、ゆっくり飲み始める。
「大丈夫か?」
「……うん、ありがとう。少し、ましになった」
陣平にそう答え、景光は微笑んで見せたが、三人の表情は三者三様に困っている。
「その、無理すんな、お前今、心理状態がまんま体調に出るんだから」
航にそう言われつつ頭を撫でられ、景光は猫のように目を細めた。
政府から持って帰った書類を取り出すと、研二が嘆息し横から覗き込んだ陣平も眉を顰める。
「書類……」
「まだ、表記が揺れ続けているな」
二人の言葉に、忌々しいと言いたげに航も唸る。
「判ってはいたが、やはり実際に現場に行かなきゃ変動は停まらんか」
「ああ。だから、俺は受けた。
……ゼロが……降谷が、守ったものを、踏み躙ろうとするものを俺は許さない」
コップをテーブルに戻し、両手を見詰めながら景光は呟く。
その言葉に、三人も頷いて見せた。
「判ってるって、その為にお前、全力で霊力操作覚えたんだもんな」
「俺達にも頼れよ、俺達だってお前の補佐として能力磨いたんだからな」
「あいつが守った物、今度は俺達が守ってやろうな」
四人、身を寄せ合う。
死んだと思ったら目が覚めて、二百年も未来だと言われ。
理不尽を叩き付けられ続けた果てに、この本丸で審神者として生活を始めた。
全ては、たった一人置き去りにしてしまった親友が、血反吐を吐く思いの果てに守り抜いた、この国と歴史を守る為に。
その歴史を、親友の遺した成果を、歴史修正主義者は踏み躙ろうとしている。
親友、降谷零の命ごと。
彼らが持ち帰った書類の中で、降谷零と言う人間の没年月日と死因は緩やかに、まるでスライドが切り替わるように変わり続けていた。
染井吉野 諸伏景光
弓道家・ガンスリンガー・龍/世界蛇
潜入捜査官であることがバレた為、親友や他の捜査官を守るため拳銃自決した警視庁公安部の警官。だが、その直後『時の政府』のブラック陣営に寄って二二百年代に拉致られ、蘇生される。
臨死体験のために戸隠山の九頭竜の末裔として莫大な霊力を発揮し、その為に政府高官の馬鹿息子が造ったブラック本丸に霊力タンクとして連れ込まれるが、限界を迎え堕ちてしまった刀剣男士に滅多刺しにされた。が、人外による臨死体験によって先祖帰りと言う形で神格覚醒に至る。その為瞳の色が、灰青から金色に変わっている。霊力を抑えると元の色調に戻るが。
その後、政府のブラック陣営に幽閉され、同じ様に死の直後に拉致られ、蘇生された同期の三人を人質に取られる。が、当の三人が暴れ出した事、例の本丸で辛うじて堕ちてなかった為に、九頭竜の神気で浄化された九振りの刀剣男士が三人に加勢した事、その騒ぎで監査が景光の所在を把握した事で救出される。
自身は生死不明状態なので、元の時代に帰れない訳ではないが、己の変容を理解しており又歴史遡行軍や修正主義者への対策を取らないままの帰還は、兄や親友、その周囲の人間への危険を増やすとして、監査所属の審神者として就任を決める。
審神者として働きつつ、ブラック本丸摘発を行う。時々監査部に出向き、元警視庁公安として書類整理なども手伝い、職員には本気で神様として拝まれている。
就任三年目に、特命を受け元の時間での修正阻止と龍脈による霊的結界の構築を図る事になる。
本来九頭一尾の竜神を本性とするが、彼が九頭竜大神の姿を取ると長い髪を九つに分け、白地に竜燐紋を施した狩衣姿で、光の加減で皮膚に鱗が見える――但し手触りは人肌、攻撃を受けた時だけ硬化する――。
特命中の肩書は、二二〇〇年代では内閣府時空管理局監査部所属特命捜査官。二〇〇〇年代では内閣調査室国内部特殊案件捜査班特命捜査官。
扱いは内調だが、実際は宮内庁直下『葛の葉』と連携するデビルバスター兼タイムパトロールである。