とあるコーヒーチェーン店での定期報告の最後に、降谷零は直属の部下から不可解な話を聞いた。
捜査課から、幾つかの事件が公安側に引き上げられていると言うのだが、実際は公安ではなく別の部署に持っていかれているらしい。しかも、本庁ばかりでなく、所轄署からも幾つか公安へと引き上げられ、そのまま別の部署に流れているらしい。
その流れている先と言うのが、警察庁の公安部らしいのだと。
「
「はい。警察庁公安部に、最近内調の出先機関が出来たとの事で。それで、その」
「どうした」
躊躇した様子の風見裕也は、一口コーヒーを飲んでからこう続けた。
「その、『特殊案件調査班』と言う部署に、外部職員と言う名目で吉野景光が数日置きに現れているとの報告が」
コーヒーを飲もうとした、降谷の手が止まった。
「……つまり、引き上げられた事件は内調、それも『葛葉保障』が関わるような案件と言う事か」
「そうかもしれません。確かに、雨の中での人体発火とか、防犯カメラに映らない殺人鬼、事故の原因になった首無しライダーとか、一部ではまともに捜査されずに放置されていたような事件もあったそうですから」
どうやら都市伝説じみた殺人事件や、不可能犯罪としか言いようのない案件を扱っているようだ。
暇を見て、もう少し『特殊案件調査班』について情報を集めるよう命じて、降谷は部下と別れた。
この後、『ポアロ』のシフトが入っている。
木場恭介に警視庁に引き摺られて行った三日後、
木場曰く、
「警視庁では都内だけになりますから。大丈夫、あなたは実務メインで、書類整理は別の人間にお願いしていますから」
との事だったが。
『特殊案件調査班』と、コピー紙にマジックインキで手書きされた張り紙がある部屋の前に来て、木場は景光に爆弾を投げ付けた。
「そうだ、ここに居る方には、貴方の本名と簡単な経緯を伝えてありますから」
「……は? あの、木場さん? 俺は」
「と言うより、貴方が警官になる事を楽しみにされてたのに、会えないのを寂しがられていた人でして。
警視庁ではやや扱いに困ってるようでもあるので、こちらに引き抜かせていただきました」
そう言いながら、木場は扉を軽くノックした。
「どうぞ」
入室すると、五〇才前後に見える男性がスーツを脱ぎ、ベスト姿で書類を捌いている最中だった。
その男性は木場に軽く頭を下げ、そして景光に向かって破顔した。
「警官としては初めましてだな、諸伏警部補。そして、立派になったな、ヒロ坊」
そのくしゃっとした笑顔に、景光は覚えがあった。
「あ……もしかして、つよしさん? 昔、助けて、くれた」
「おう、覚えてくれてたか、新條強、一応警部だ。
俺はノンキャリアだから、
「ご謙遜を。お父上も御祖父君も警察官僚、お兄君は元刑事の弁護士、貴方警察官のサラブレットじゃありませんか。そもそも大卒なのにキャリア蹴って、わざわざ現場仕事に就いたのは有名ですよ?」
木場の言葉に、景光は吃驚した猫のように男を見た。
よもや兄のような人間に会うとは、それが恩人の一人とは思っても見なかったのだ。
それに向かって、新條は苦笑いを隠さず手を振って見せた。
「町のお巡りさんって奴になりたかったんだ、それ以上でもそれ以下でもなかったんだがな。
それより仕事の話をしないか? 取り敢えず、米花町周辺分は住所と時間と傾向で見出しつけて、ファイル分けしておいたがな。
間違いなく、悪戯や勘違いと思える分は省いておいたからな」
そう言いつつ差し出されたPADには、項目別にフォルダーが並んでいて、目を見開いたままの景光に、木場は笑って告げた。
「言ったでしょう、警視庁が持て余している人材だと。普通の刑事なら、信じなかったり取るに足りないと切り捨てるような事件を、マメに収集していて下さったんですよ。
お陰で、其方側の案件も幾つか見つけました」
「!」
動揺を見せた景光に、笑顔を引っ込めて新條は答える。
「俺自身が行き当たったのは、緑色に光る刃物咥えた骨の蛇みたいな代物だったが、不審者情報とかにどうにもお仲間じゃないかと言うのが幾つかあったから、それも抜いて『目撃情報』の『光物』ってのに纏めておいた。
潜入捜査なんて、入りたての新人にさせるような任務じゃないと思ってた上に、この三年間に色々あったそうじゃないか。苦労したってのは聞いた、その内容までは守秘義務があるだろうから聞かないよ。
俺はまあ、こんな感じで仕事させて貰うから、そのつもりでいてくれ」
「っ、はい」
差し出された右手を、景光はそっと握り返した。
何だか、本丸の『奥』以外で気が楽になったのは初めてな気がした。
「そう言えば、カズさんはこちらに来なかったんですか?」
「うん? いや、来るも何も、あいつFBIの人間だよ」
「え?」
「あいつ日系アメリカ人て奴。
親父さんが俺のお袋の弟で、従兄弟同士なんだけどね。君の事件の時は、あいつたまたま仕事でこっちに来てて、ばったり街角で会って話してた時だったんだ。
まあ、高校大学スキップして二十歳でFBIに青田刈りされたような奴だけど、波乱万丈な生活してて一時期死んだなんて言われてたりもしたけど、今は何かFBIのX-File扱ってるみたいな部署を一人で回してるらしいよ。
その癖他の部署のすったもんたに巻き込まれて、相変わらず怪我してるらしいけど」
「え? ……ええ!?」
「あの方、怖い人ですよ? 犯罪捜査官としてプライドが糞高いから、素人が現場を荒らす事と捜査官が己の職分を履き違える事、そして『何某の為の尊い犠牲』と言う言葉には容赦しませんからね。……来日している方々は、『東海岸の百舌』からペナルティを食らうかもしれませんねえ。
まあ、多分あの方の肩書的に、その内お会いする事になると思いますよ? 『葛の葉』も手を焼くお人ですから」
それは、そろそろ朝の出勤ラッシュが始まろうかと言う時間帯だ。
『バーボン』として組織の仕事をこなし、やっとセーフハウスに戻ろうとしていた降谷零は、ふっと覚えのある気配を感じて顔を上げて。
そこを通り過ぎる、見覚え有り過ぎるパーカーにギターバッグ姿に、思わずその後を追い掛けていた。
人波の中を、その人影はふわり、ふわりと歩いて行く。
まるで、こちらが付けているのを判っているような印象を受けるが、速度を上げても距離が詰まった気がしないのは何故か。
まるで、「逃げ水」でも追い掛けているような印象だ。
何処まで追いかけたか、閑静と言うより寂れた印象のある通りの角で、降谷はとある人間とぶつかりそうになった。
糸目に眼鏡、薄い色合いの頭髪を持つその男を、降谷はぎりっと睨んだ。彼の名前は沖矢昴、その正体はFBI捜査官赤井秀一だ。
「何で貴様が」
「安室さん?」
一瞬眉を顰め、だが目的を探し周囲を見回した
「先程、知り合いを見掛けたんで、声を掛けようとしたらまるで追いかけっこでもしているつもりなのかするする逃げられてしまいまして。……彼女の性格なら、こちらを追い掛ける事はあっても、こちらを振り回すような真似はしないと思うのですが」
「知り合い、だって?」
男の言葉に眉を顰めた、その時だった。
くすくすくす、クツクツクツ
笑い声に、二人は弾かれたように振り返り、そこに居るものに凍り付いた。
「な!?」
「……」
長いパーカージャケットに、ギターケースを背負った人間と、長い髪のほっそりとした女が立っている。
二人は寄り添い、クツリクツリと笑っている。……笑っているのだろうが、表情が良く判らない、と思う。
「くすくす、変なの」
「クツクツ、どちらも同じ人間に後悔してる、珍しい」
「でも、この男はこっち」
「この男はこの女に後悔してる」
「あけみ?」
目を見開き、緑色の瞳を歪める沖矢に対して、ふっと口許を歪めて
「僕とした事が、お前なんかと彼を見間違うなんて、恥ずかしい。似ても似つかないじゃないか」
「何!」
「バーボン?」
「あ、あ? ナンで? オマエノ後悔を、写した、筈」
「じゃあ、お前の模倣が下手なんですよ」
傲岸に顎をあげ、
「僕の『
……全然なってない。やり直してくださいな?」
口調は穏やかだが、振り上げた右足は情け容赦なく粘体を蹴り上げた。
その圧でボコンっと粘体は大きく爆ぜ、だが何とか一つに纏まり直し、よたよたと女の元に逃げ込む。女の方は、これまでになかった事に蒼褪め、どう行動取るか決めあぐねているようだ。
一連の流れを唖然と見ていた沖矢は、眉を顰め声を掛けた。
「良く判ったな?」
その問いに、
「貴方とは付き合いの長さが違いますし? 第一、スコッチは僕の後ろに居るじゃありませんか!」
言うや否や、降谷はすっと沖矢から三歩横に距離を取った。
その瞬後、三本の矢が風を切って女の胴に吸い込まれ、綺麗に三角を描くように突き立った。
矢軸に書き込まれた墨字が一瞬光ったと思うと、次の瞬間 。
ボッ‼
ギャアアアアアぁぁアアッっ!?
突然吹き上がった朱色の炎に包まれ、女はペラペラと燃えていく。
さながら、紙束が燃え上がるように、ペラペラと薄皮が燃えて煙と共に散っていくのを見て、もう一匹《ねんたい》は必死に逃げようとする。だが、それにもすぐ三本の矢が三角を描いて突き立ち、音を立てて燃え上がった。
そんな光景に言葉もない沖矢の横で、魔王よろしく
「そう言えば、この近辺最近物騒でしたかねえ。
無差別通り魔殺人でしたっけ? てっきりうちの下っ端かと思うくらい雑な殺し方なのに、監視カメラがあるところで起きた犯罪にも拘らず、犯人が映らないとんだ不可能犯罪だったけど。まさか、こんなのが犯人だなんて誰も思わないじゃないですか。
彼は、こいつらを追い掛けていたようですね」
最後は、バーボンから安室透に切り換えて振り返る。
降谷に吊られるように振り返った沖矢は、五〇メートルほど先で二メートルオーバーの長弓を片手に立つ、吉野景光を見出だした。
吉野は何かを思いつつ、ゆっくりと三回弓の弦を引いた。
ビィーーン
ビィーーーン
ビィーーーーン……
音が消えたのを確かめ、急いで弓を片付け始めた吉野の元に、
「吉野くん」
声を掛けられ、びくっと身を竦めた吉野景光に、降谷は『安室』の穏やかさで話し掛ける。
「ありがとう。知り合いかと思って追い掛けた相手が、いきなり黒いスライムに変わったからどうしようと思ったんですよ」
「……いえ、無事で良かったです」
顔を上げないまま、弓を片付け腰に引っ掛けていた矢筒ごと袋に納めてしまう。
その吉野に向かって、沖矢は些か警戒をにじませ声を掛ける。
「あの黒い物、そして人に化けた者、あれは一体」
「……詳しい事は判っていません。存在としてはドッペルゲンガーに近いかと。ただ、一般で語られるドッペルゲンガーとは違って、殺害対象が尤も最近亡くした、そして遺恨や因縁、色々と感情を抱え込んだ人間に姿を変えて現れ、殺人を繰り返していたんです。
警察では埒が明かないからと、昔の職場に話が行って、そして俺にお鉢が回ったんです。
報告書を作らねばなりませんから、これで失礼します」
そう言って、その場を立ち去る吉野を沖矢は引き留めようとしたが、それを降谷が止める。
「安室さん?」
「沖矢さん、日本には『触らぬ神に祟りなし』って言葉があるのをご存じで?
彼の前職は、そう言う日本警察でも介入が難しい職分なんですよ。海外の警察関係は弾かれておしまいでしょうね」
そう笑って、降谷零は
(葛葉保障、いや宮内省直下の退魔集団『葛の葉』。政財界の霊的ボディガードと言う肩書自体が隠れ蓑の、日本そのものの霊的守護組織。
一体、そんな存在とどうやって
判らない。一体どんな思惑が流れている? 『葛の葉』は、俺の幼馴染みと同期達を、何に利用しようとしているんだ?)
部下からの報告書を頭の中で反芻し、降谷零は手近なセーフハウスに向かった。
仮眠は難しいが、シャワーを浴びて着替えて警察庁に向かわねばならなかった。
『緊急連絡網』
東錦
「あの、吉野くん『ポアロ』のシフト休み取ってるんですが、何か聞いてますか?」
江戸彼岸
「あれ、聞いてないのか、前の職場の依頼で、出雲大社行ったぞ、アイツ」
小松乙女
「何か、どっかのお嬢さんの縁結びだって。出雲大社はそう言う神社だしね。
何かいきなり突っ込まれたらしいから、店長さんだけに説明したんじゃないかな、あいつ」
東錦
「……」
東錦
「あの、大島くんは?」
小松乙女
「アイツは盲腸で入院。ちょっと拗らせたから、一週間じゃ戻れないかも」
江戸彼岸
「アイツ、変に我慢強いから、三日間下腹痛いの我慢して勤務してたらしいんだ」
東錦
「……意外です、大島くんその辺りきちんと管理出来てるとばかり」
小松乙女
「アイツが無茶したのもあるけど、今本庁全体が殺気立ってるから、言い出しにくかったみたいだよ?」
東錦
「え?」
江戸彼岸
「11月7日の愉快犯、だっけか?」
東錦
「愉快犯?」
小松乙女
「あ、知らない? 七年前と三年前に起きた、連続爆破事件。俺らの先輩に殉職者出た分」
東錦
「……」
小松乙女
「あれ?」
江戸彼岸
「又スマホヤッちゃったか」
十一月に入って、吉野景光こと諸伏景光は出雲大社へと向かう事になった。
十一月は神無月、日本中の神々が出雲に集まる事になっている。
景光は神族覚醒によって『世界蛇/
今回はそれに関わる再度の言上と、この時代の神々との対面を行う為に行くのである。
実を言えば、今現在景光は九頭龍大神そのものと既に同化してしまっているが、一応の面子立ての為神々に対面を行わねばならなかったのだ。
尚、眷属として大島こと伊達航が、盲腸で入院と称して休職して付き添う事になっている。勿論、『葛の葉』の息の掛かった病院で、彼の管狐である『蘇芳』が依り代を動かす事で誤魔化しているが。
そんな訳で、現在都内の警備は小松乙女と江戸彼岸、小松研二こと萩原研二と桜田陣平こと松田陣平が古参刀七振り――初期刀の陸奥守吉行と、御神刀である蛍丸とは、護衛として二人について行っている――とで回している。
今、二人は殺気立ってる警視庁警備部のフロアにある、名ばかりの休憩室に居る。
『参ったね。そう言えばあいつら捕まってなかったんだってか』
『正確には残党だと、一応資料読んだけどさ』
傍目には、二人並んで缶コーヒーを啜っているだけに見えるだろうが、二人は感応術で会話を繰り返している。
『まあ正直、歴史修正にならない程度にリベンジしたいなあ』
『どうすんだ?
『やっても良いけど、後がめんどくさそう。どうせならさあ、某スパイ映画みたいに、宙吊りでシャフト降りて、そのまま解体とか?』
隣の
『出来ないけどねー、派手になっちゃうから記録されちゃうだろうし、万が一落ちたら大惨事だし』
『たりめえだ、馬鹿』
『だから、タワーの方で大人しく高木クンに指示出す事にするわ』
『じゃあ、俺は高校の爆弾解体してくるわ。
しかし、判ってて動けねえの、やっぱりきついな。歴史修正主義者《テロリスト》なんぞになりたかねえが、心理が解るのがな』
『それな』
そんな事を話しつつ、出動命令に二人は腰を上げた。
時間的に空振りと判っていても、不確定要素を潰す為に二人は手を打ち合わせ、それぞれの班へと駆け出した。
唇を重ねる。
軽くリップ音を立てれば、それだけでスコッチは目元を赤くし、身を捩って逃れようとする。
内股に手を滑らせれば、ひくりと反応する。キスだけで熱くなる身体の、一番素直なところを撫でれば、身を仰け反らせて甘く泣き崩れる。
「やだ、俺、あ、アアッいや、バーボン、それイヤァあっ」
「相変わらず、困った口ですねえ、スコッチ。もう二本も僕の指を咥えておねだりしてるのに、嫌な訳ないでしょう?」
「ンアァあ! イヤ、それいやアァ‼」
しこりを軽くこすれば、それだけで目の前に星が散っているのだろう。
だが、完全に立ち上がったスコッチ自身には、レザー製の拘束具が巻き付き男としての快楽を与えぬようにされている。
これからバーボンが満足するまで、スコッチには雌の悦楽以外は許されない。
三本目の指を入れられ、その長い指でローションと共に奥まで拓かれ、もう彼の口から拒否の言葉はない。
「ばあ、ぼんっ、もう、モウ、おね、がぁっ」
「はいはい。やっと素直になりましたね、スコッチ」
より深い悦楽を求め、切なげに擦り寄せられる腰に、舌舐めずりしながら己を埋め込んでいく。
しこりを雁で引っ掻くようにすれば、頭を振りながら泣き喘ぐ。
肉の薄い下腹部に、異物によって出来上がった膨らみを撫で回せば、甘い鳴き声が漏れ、力の籠らない腕で縋って来た。
スキン越しでも、奥に注がれる感覚で何度もイっているスコッチに、最後のごほうびとして散々待たせてきた彼自身をこちらに合わせて吐精させてやる。
「……ぜ、ろぉ」
最後の口付けの後、うっとりと幸せそうにそう呼んで意識を手放した番を、バーボンは苦笑しつつ抱き上げる。
「ねえ、僕の『
バーボンが視線を向けた先には、灰色のスーツに身を包み険しい表情でこちらを見ている
『組織』の任務を終わらせ、セーフハウスで寝落ちた所為だろうか?
バーボン視点の夢を見るとは思わなかった。
と言うか、俺は一八なのか? ガキと言いたいのか!?
色々納得が行かないと思いつつ、シャワーを浴びるべく立ち上がった。