降谷零が、九条貴利矢と言う男に出会ったのは彼の言った通り大学生時代に、図書館で探していた本が被った事からだ。
但し、探していたのは諸伏景光の方で、一緒に探していて居合わせる形になったので、同時に知人になったのだ。
それ以降、自分達が警察学校を卒業するするまでの三年余り、学科そのものは違うが幾つか被る講義が合った事もあり、九条と二人はそこそこ付き合いが続いていたし、警察学校の友人とも顔見知りになっていた――まあ、顔と名前が一致する程度であったし、職場的に会う事もなかったのだが。
それが、途絶えたのは当然ながら二人が公安所属として、『組織』に潜入するべく全ての繋がりもしがらみも切り捨てた為で。
にも拘らず、安室――降谷と九条が再び関わりを持つ事になったのは、ざっと三ヶ月前の話になる。
その日、『組織』の仕事で怪我をした――向こうは、嫌がらせとして幹部を殺そうとしたらしい。非常に傍迷惑だ――降谷零を、たまたま夜勤明けで帰るところだった九条貴利矢が発見し意識のないのを自宅に担ぎ込んだ。
縫うほど大きな傷が無かった事と、監察医とは言え応急処置より進んだ手当を行う事が出来た事に、九条は胸を撫で下ろした。
数時間後、意識が戻った降谷は、斜め後ろから見た真剣に何かを見詰めている吊り目に、ぼんやりと手を伸ばそうとした。
……死んだ幼馴染みが、試験勉強している姿に重なって見えたから。だが。
「やっぱりおかしい。伊達さんは本当にあの朝に事故に遭ったのか? でも、もう遺体は荼毘に付されちゃったし」
次の瞬間、はね起きた降谷は目の前にいる男の襟髪を掴み、そのまま床にねじ伏せそしてその顔を見直す事になった。
「キリ?」
「ってえ、いきなり何するんすか、ふるやん先輩!」
ぎりっと一瞬喉輪を潰し掛けた握力を慌てて緩め、公安警察官は数年振りに会った二年後輩を茫然と見下ろした。
九条の方は、正直言うといきなりぶつけられた殺気に、背筋が凍る思いをしていた。
警察学校を卒業した頃から音沙汰無くなり、住んでいた筈のアパートも
何とか連れ帰って傷の手当てをして、目が覚めるまでと思って傍で書類を広げていたらいきなりその眠っている筈の相手に掴み掛られ、喉輪を潰されかかったのだから。
「何で、お前が」
「何でって、ここ俺の部屋っすよ、裏路地の電柱の陰で行き倒れてたの見付けて、必死に背負って、家まで連れて帰って手当てしたんですよ!」
見回せば、そこは確かに過去に何度か幼馴染みと共に訪れた2DKの安アパートで、ただ、幾つか段ボール箱が転がり重そうな医学書や法学書が纏めて括られているのを見て降谷は眉を顰めた。
「何? 引っ越すのか?」
「ええ、ここ、大家さん夫婦の旦那さんの方が老健に入院して、奥さんの方も息子さんと同居するってんで、今月一杯で閉鎖になるんです。
まだ、移る先は決まってないけど、一応荷造りを始めてるんですけど、ちょっと時間が取れなくて」
肩を竦めつつ九条が答えれば、何とも言えない表情で降谷は座り直した。
と、先程まで九条が読んでいた書類に目を落とし、そこに書かれている『伊達航』の名前に凍り付いた。
「おい、キリ、これは一体どう言う事だ? こんなもの持ち出して」
「あー、分かってますけど、でも納得いかなかったんですよ」
ばりばりっと頭を掻き、九条はこう続けた。
「俺が作った検死報告と、実際の報告書の内容が違うんですよ、こっちのコピーが上がった奴で、こっちのテキストプリントアウトが俺が作ってた下書きです。
俺の出した書類のサインや日付とかだけ残して、内容を書き換えられてるんですよ、これ」
並べられた書類を見て、降谷の方も頬が吊るのを感じた。
書かれている遺体の状態が、一切違うのだ。
上がっていた方の書類は、普通の轢死体のありがちの症例が書かれていたが、下書き側には不自然な傷跡と。
「見てくれは確かに伊達さんに見えたけど、冬場なら未だ死後硬直が残ってる時間帯の筈なのに、死後十日以上経過してるみたいにクニャクニャだったし、現場にいたって言う後輩刑事さんの証言と、負傷箇所があからさまに違ってた。
以前、先輩達と呑んだ時、高校時代のキャンプで作ったって言って見せて貰った傷の痕もなかったんです、あの仏さん。
それを上司に進言したけど、ヘーヘーホーホーとばかりに聞き流されちゃって」
「それは……」
「何か、二ヶ月前に急に移動になっていなくなったんですけどね、その上司。
でも、あいつが赴任して八年ほどの間に、何か不自然な事故が何度かあって、それが大抵警官だったり、消防士だったりしてるんですよ」
後輩の言葉に、ぎょっと顔を上げる。
「俺が調べた中で、一番不自然だと思ったのは、七年前と三年前の爆弾事件ですね」
「どう言う事だ?」
ノートPCに検死報告のコピーを呼び出しつつ、九条貴利矢はこう言った。
「三年前の爆弾事件ですが、幾ら狭いゴンドラ内とは言え、そこにいた筈の人間の衣服はともかく、細胞片や血液まで一切残らず燃え尽きたと言うのが信じられないんです。
で、同じような記録が無いか調べたら、死傷者多数の爆弾事件で、ただ一人幾ら防護服着てなかったと言え、きれいさっぱり燃え尽きたって記録された人間がいて。
おかしいんですよ、僅か二、三メートルしか違わないのに、全身打撲だの重度の全身火傷などで何とか生きてた人間がいるのに、最後尾の人間一人が燃え尽きたなんて」
「キリ、それは」
九条貴利矢は床を睨みつつ言った。
「ふるやん先輩とみつ先輩の友達だって紹介された、はぎさんとじんさん。それに伊達さん。
何か、ほんとは生きてるのに、死んだ事にされて誘拐されて、それであの糞上司がその誘拐に一枚噛んでんじゃないっかって、でも、監察医じゃあこれ以上調べられそうになくって」
九条の言葉に、降谷は目の前が開けたような気がした。
その二日後、まるで九条を狙うようにアパートが燃えた。
たまたま、友人に呼び出され出掛けていた為に、九条本人と仕事内容を収めたノートPCだけは無事だったが。
以来、『公安の協力者』と言う形で降谷は九条を保護し、九条も監察医の仕事の合間に降谷からの依頼をこなす様になったのである。
光で、視界が真っ白になったと思ったら、大きく開いた大木戸の石畳の上に立っていた。
周囲を見回しつつ、降谷零は疑問を口にした。
「ここは?」
「俺達は『ゲート』って呼んでる。本丸の正式な出入口だ。ま、俺達は滅多に使わないが、今回は諸伏の事もあるしな」
「悪いが降谷、俺達が良いと言うまで俺達の事は小松と彼岸で頼む。俺達もお前の事は客人、もしくは保護対象と呼ぶ。諸伏の兄君は、基本警部殿と呼ぶ事になります」
「それはどうしてです?」
「詳しくは、後からお話しします。今はそう言うルールとだけ思っていて下さい。
諸伏高明にそう答え、小松は己の管狐を呼んだ。
ぽんっと、軽い音を立てて現れた隈取りのある小さな狐に来訪者が驚く横で、当の狐は慌てた様子で小松に向かって話し出す。
「お帰りなさいませ小松さま、大島さまが大変でした」
「判ってる、吉野からの供給が切れたから、あいつ倒れたんだろう」
「いえ、歌仙さまと蛍丸さまがおいでましたので倒れずに済んだのですが、被疑者が逃亡を図りまして。でも、左文字の皆様が捕縛し『百舌鳥』殿に引き渡しましたので」
「そうか、それは良かった。
客人がいる、第二応接間に通すから、先触れに行ってくれ」
「お任せください」
小松に頷いて見せた小狐は、諸伏兄と降谷にペコッと頭を下げると再びぽんっと音を立てて姿を消した。
喋る
「管狐、ですか?」
「正解です。通称は『こんのすけ』って言って、普通は一つの本丸に一体居るんですが、うちは色々合って数が多いんです」
小松が話す横で、桜田ならぬ江戸彼岸が大木戸から踏み出し声を張り上げた。
「誰かある、主の帰還である、客人もいる!」
途端に、奥の方から走ってくる気配がして、数人の少年――中学生から小学校の高学年ぐらいだろうか――が姿を見せた。
皆、揃いの軍服めいた制服姿に肩当や膝当てなどを付けた少年達で、先陣切って走ってきた赤毛の少年が最初に声を上げる。
「彼岸殿、小松殿、客人って、えー、最重要人物と、え? 主そっくり!?」
「信濃、取り敢えず要監視達は全員第二応接間から遠ざけとけ、後藤、博多に言って、至急『木場』殿を呼べ」
「判った!」
「任せとけ!」
「前田、平野、厨に行って茶菓子を用意してくれ。厚、衣笠はもう戻ったか?」
「「はい、彼岸殿」」
「衣笠の兄さんは、後一時間ぐらいで来ると思うけど」
「じゃあ、悪いが、あいつの研修は小烏丸と
「判った、
彼岸の言葉に、赤毛の少年、金髪に紫のメッシュが入った少年が走り出し、双子のようなおかっぱの少年二人と、黒髪の利発そうな少年が三々五々走って行く。
彼らの背中には、それぞれ金糸銀糸で九頭龍の図案が刺繍されていて、その姿に高明が目を見開く。
「彼らは、一体」
「すみません、その辺りの説明も、中で行います。こちらへ」
小松がそう答え、四人はそのまま歩き出した。
大木戸から歩いて五分ほどで、結構な大きさの洋館が見えて来た。
「あれは?」
「俺達の『本丸』の母屋だな。まあ、工房とか執務室がメインで、生活空間は奥にある武家屋敷になる。俺達は俺達で、別に居住スペースを作ってるしな」
「本丸って」
「平たく言うとここ。その辺の説明も中でやるから」
大きな観音開きの扉を潜ると、談話室を兼ねているらしい吹き抜けの広間になっている。そこから長い廊下を進むうちに裏手の広い庭園と、その向こうの平屋の広い純和風邸宅が植え込みを挟んで見える。
道中のそこここで、見覚えのある人物が何人かいる事に降谷は気付いた。
その庭園の中に、東屋と小振りな木戸が設置されているのを横目に見ながら、より奥にある部屋に入ると、そこは大正ロマンっぽい和洋折衷の二十畳ほどの広間で、そこに置かれている猫脚ソファーに座っている三十代の男の面差しになった
「伊達?」
「おう、足を運ばせて悪かったな、二人は名乗ったんだそうだな。
『大島航』こと大島、本名伊達航、だ」
「警部殿、吉野、弟君を渡して頂いて良いですか、このままにする訳にもいけないので」
「え?」
小松に言われ、困惑しつつも高明は今までずっと抱いていた幼い姿の弟を差し出す。
受け取った小松はと言うと、子供を座っている大島の太腿に凭れるように俯せにさせた。
その状態で、ゆっくりと子供の背中を撫で始めた大島に、戸惑いを隠さず降谷は問う。
「何を、しているんだ」
「所謂『手当』、だな。俺が抱えてる余剰霊力を、『染井吉野』に戻しているんだ」
「そめいよしの」
「……ああ、貴方方が名乗っているのは、桜の名前ですね。綽名、いや
「ええ、職分上、本名を名乗らないのがルールになっているので」
降谷と高明を対面の長ソファーに座らせ、単座と長ソファーに別れて座った三人はさてとばかりに目を合わせた。
「どの辺りから話す?」
「あー、ここに着いてからか? それは『百舌鳥』さん来てからの方が良い気がする」
「話そうと思うと、量が多いな」
そんな三人に向かって、降谷零は感情的にならないよう声を押さえて問い掛けた。
「一応確認させてくれ、お前達は俺の同期で間違いないんだな?」
「「「ああ」」」
「じゃあ、この子は?」
「お前の幼馴染みだ」
「警部殿の弟でもある。まあ、こいつは全力で否定に入るだろうけど」
そこに、静かな青年の声が来客を告げた。
大島が許可を出すと、似通った面差しの人間が二人、応接間に入ってきた。……片方は、諸伏高明の顔を見て、あからさまに驚いていたが。
同時に入って来た、先程の双子と、同じような制服姿の少年達がほうじ茶と茶菓子をテーブルに並べると、一礼して彼らは出て行った。
「木場殿、『百舌鳥』殿、急に呼び立てて申し訳ない」
「いえ、報告は来ておりましたので」
「こちらも。しかし、何処まで明かす予定ですか、大島殿。此方としても、此方の不手際と身内の恥からの事態ですから、ギリギリまでは開示する予定ですが」
「大丈夫、今回は極障りしか話す予定はないから」
若い青年に小松が答える。
それを受け、スーツに身分証を首からストラップで下げている、小松と話した側の青年がすっと床に正座すると、降谷零と諸伏高明とに綺麗な土下座を決めた。
「え?」
「一体何を」
「この度、私共の不手際により、お二方を危険に晒した事、心よりお詫び申し上げます。
部署違いと言えど、身内に巣食っていたテロリストが接触を持って来たと言う事は、貴方方の個人情報が既に敵方に渡っていると言う事、染井吉野様には厳重に貴方方の安全保障を求められていたと言うのにこの
その横に、高明の顔を見て驚いていた方の青年も同じく正座した。
「二〇〇〇年代前半の『葛の葉』当主として、私もお詫び申し上げます。
まさか、直接貴方方に接触し、
「九頭龍?」
降谷の方は、疑問が増えたと言うように眉を潜めたが、高明は昨夜の夢を思い出しやはりと言いたげに目を細めた。
「弟は、戸隠山の地主神に取り憑かれた、いや取り込まれたと言うことですか?」
高明の言葉に、降谷以外の全員が驚き言葉を失った。
切り出したのは、最初に土下座した『百舌鳥』だった。
「何時、お気付きに」
「先程拘束された男が、執拗に彼を『九つ首の化け物』と言い続けていましたから、もしやと。
遠縁とは言え、戸隠神社の神職を身内に持つ立場として、とても聞き捨てならない暴言でしたが」
それにと、未だに背を撫でられる幼い姿の弟を見ながら、高明はこう続けた。
「昔、弟は七つを過ぎるまで九頭龍社に近付けるなと言われました。人生を、取り上げたくないと、曾祖父に弟を返してくれた存在は言いました。
こうなる未来が、定められていたと、思いたくないのですが。
……ああ、そう言えば、今の、五歳くらいの頃でしたか。
七五三のお参りの後、姿が見えなくなって、数日後に曽祖父の許に帰されたんです。……不思議な事に、つい最近、幼馴染みに指摘される迄思い出せなかったんですが」
諸伏景光の兄の言葉に、九頭龍の眷属としてここにいる三人が目を見交わし合う。
そして、小松が状況を必死に飲み込もうとしているだろう降谷へと目を向けた。
「保護対象殿、これから話す事は、外では絶対口外禁止、守れない場合は、それなりの処置を行う事になる。こちらとしても、この先の任務遂行に支障が出る為処置は行いたくはない。
それを踏まえて話を聞いて貰えるだろうか。警部殿は、多分守って頂けると思いますが」
「何?」
顔を上げたかつての同期生に向かって、小松乙女、萩原研二は話し始める。
「大前提、この建物は、『本丸』と呼び習わされるある種の軍事拠点だ。俺達は『刀剣男士』と称する日本刀の付喪神によって編成された部隊を率いて、『歴史修正主義者』及び『歴史遡行軍』と称する時空テロリストと内戦を行っている。
この内戦は二二〇五年から始まり、既に一〇年が経過している」
「付喪神? 時空テロリスト? 内戦? 二二〇五年!?」
「気持ちは判るが落ち着け、俺達もいきなり聞かされた時には何寝言言ってんだこいつらって思ったもんよ」
電子煙草を咥え、嘆息交じりに諫めたのは江戸彼岸、松田陣平で、その横から言葉を補うように大島、伊達航も口を開いた。
「俺達の中で、最初に二二一一年に拉致られたのは染井吉野、だ。
当時の政府は、過去の時代から殉職した刑事や消防士など、国家への忠誠心が高いだろう国家公務員を死の直後に拉致し、蘇生させて『刀剣男士』を率いる『審神者』に就任させ、内戦に従事させていた。
潜入捜査官として殉職した諸伏景光と言う男は、そうやって拉致され蘇生され、本来なら何人もいる殉職警官の一人として本丸を立てる筈だった」
「筈だった?」
「能力が高過ぎたんだ。
警部殿が言ったように、親族に神職がいるような血筋で、ついでにこれが目的で殉職公務員が目を付けられたんだけど、臨死体験やった人間は六割の確率で霊力が跳ね上がるんだ。
そうやって霊力が上がったうえに浄化能力迄ついたとかで、……染井吉野はブラック本丸を造った代議士の馬鹿息子の尻拭いの為に、霊力タンク兼瘴気の浄化装置代わりにされたんだ。
尤も、そこは当の昔に手遅れで、そこでもう一度染井吉野は死に掛けて、そして九頭龍に成り代わった」
「成り代わったって」
「そう言うしかねえ。二二〇〇年代の戸隠山に行ったら、神職全員に伏し拝まれたからな、あいつ」
小松、江戸彼岸と言葉を紡ぎ、そして再び大島が自分達の事を話し始める。尤も、ごく簡単に、九頭龍に成り代わった『諸伏景光』を思い通りに扱おうとした政府高官に、その為の人質として同じく死んだ直後の自分達も拉致られたと。
だが、それに幼い声が否と唱えた。
「違う。
小松も彼岸もここに来る筈じゃなかった。大島は俺の所為で本当は生きてたのに死んだ事にされた、俺の所為でっ!」
「「「吉野!」」」
起き上がった
それに対し、事情を問うように視線を向けた高明と降谷に向かい、『百舌鳥』は静かにこう告げた。
「彼らは、二二一二年に拉致されました。本来は、『審神者』が務まらない人材と言う事で回収されない事になっていたにも拘らずです。
小松乙女殿は霊力がほぼなかったし、江戸彼岸殿は『審神者』の絶対条件だった『刀剣男士』の顕現が出来ないとみなされていました。大島殿に至っては、吉野さまとは別系統の術者系の血筋なので刀剣男士が下せない事が早々に判っていました。だから、本来彼らは放置される筈でした。
しかし、皆さんが早く殉職する事、そして『諸伏景光』に関わりを持つ人間と言う事で目を付けられました。
……九頭龍として、莫大な霊力を持つ『諸伏景光』を自分達の思い通りに利用しようとした権力者達が、自我を閉じてしまった彼を無理やり覚醒させ言いなりにする為に、二〇二〇年の時点で生存が確定している諸伏高明、降谷零以外の関係者として拉致を強行しました」
そのまま項垂れる吉野の頭を、大島は黙って撫でてやる。
そして、はくはくと口を開け閉じする同期に向かって、小松と彼岸とは「落ち着け」と声を掛ける。
「まあ、確かに染井吉野に対する人質として、俺達は二〇〇年未来に連れて来られたけど」
「同時に、『歴史修正主義者の被害者』でもあるからな、俺達」
「……その、『歴史修正主義者』と言うものについて、もう少しお話を伺っても?」
諸伏高明が問うと、これは『百舌鳥』の方が言葉を続ける。
「歴史修正主義者と言うのは、大体二二〇三年ぐらいから現れるようになった文字通り三〇〇〇年を越える我が国の歴史に介入し、自分達の都合よく歴史を書き換えようと言う輩の集団です。
例えば、源平合戦に介入し、勝敗をひっくり返させる。
応仁の乱を長期化させたり、大阪の乱で死ぬ筈の人間を入れ替えたり。
起きなかった、或いは起きても終息した江戸時代の騒乱を大規模にして、被害を拡大させたり。
幸いと言うか、早めに歴史の変異に気付く事が出来ましたから、それなりに迎撃する事が出来たので最初は二、三年で収束すると思われていたんです。ところが、兵力として『付喪神』を導入するようになった頃から、敵方も『穢刀剣』と呼称する妖寄りの付喪神を投入するようになって、こちら側が一気に打撃を受けました」
「打撃、ですか」
「はい。それに対する秘密兵器として、担ぎ上げ神格を持たせた日本刀の付喪神、『刀剣男士』を投入する事になったんです。
結果的に戦況は膠着。その挽回に、政府は殉職公務員を過去から拉致すると言う所業に走りました」
「あの、でも三人は」
「彼らは、『黒の組織』壊滅を狙う捜査官への心理工作の一貫として、そして同時に『黒の組織』を調べようとした警官への見せしめとして殺害を目論まれ、その結果を政府の阿呆共が拾い上げました」
顔を上げた吉野と、まさかと言いたげに顔を歪めた降谷に向かって、『百舌鳥』は不承不承と言った呈で、以前三人に告げた事を話す。
「歴史修正主義者は、『黒の組織』を継続させる事で近代史改編を目論んでいます。だから、正史に於いて壊滅作戦のキーパーソンになった工藤新一、赤井秀一、そして降谷零に狙いをつけています。
問題は、とある事情から現在表舞台から隠れている工藤少年と、同じく『死亡』を偽装し消息を絶っている赤井氏に手を出し倦ねている分、降谷零への攻勢を強めています。
本来なら、後々降谷零が己のチームに引き抜いただろう萩原研二、松田陣平を彼らの職分である爆発事件で爆死させ、日常の勤務中に『黒の組織』に気付いた伊達航を事故死に持ち込んだのも、降谷零の手数と余力を削ろうと言う歴史修正主義者の工作の結果です」
そして、降谷と今度は高明の方を見て、『百舌鳥』はハッキリと付け足した。
「当然ながら、諸伏景光のノックばれも、降谷零を追い詰める為の工作の一貫です。
ついでに、黒田理事と繋がる諸伏高明からのヘイトも稼げれば上々、向こうはそう考えていたでしょうね。尤も、向こうさんは降谷警視の精神力を読み違えていたようですが。
さて、そろそろ本題に入りましょう。
降谷警視、諸伏警部、貴方方への依頼はただ一つ、『現状維持』です」
「現状維持?」
「それは、どう言う」
あからさまに納得出来ないと言う顔になった降谷と、同じく真意を問う顔になった高明に、これは些か申し訳なさげに大島が告げる。
「経緯はともかく、俺達は本丸を立て、『審神者』として政府の命令に従って歴史修正主義者が放つ歴史遡行軍と戦闘を継続し、同時に弱り切っている霊的結界を補修し強化する為に、
結界の方はほぼ完成しているが、その起点になる場所の周辺が『黒の組織』と歴修共のお陰で安定しない為に中々起動出来ない状態だ。
だから、当面の間俺達はこちらへ出入りしなければならない、だから現状維持だ」
「変に、俺達に踏み込むとか、急に距離を取るとかじゃなく、そのままって事」
ごめんなと、片手で拝んでみせる小松に、何事か噛み付こうとした降谷の言葉を、立ち上がった『木場』と呼ばれた方の青年が斬り飛ばす。
「まあ、こちらで間に一枚挟んだような話をするより、『奥』で腹を割って話された方が良いでしょう。私とこれは、これから今後の調整の為色々ありますから」
「うわ!?」
そう言うや、木場は『百舌鳥』を猫の仔のように掴み上げ、そのまま外に出て行ってしまった。
ぽかんと、役人二人が出て行くのを見送る客人二人と本丸の主を尻目に、補佐役三人はこれ幸いと立ち上がる。
「さて、木場殿が間隙を作ってくれた事だし、『奥』に行くか」
「うん、『百舌鳥』殿良い人だけど、やっぱり二二〇〇年の人だしねえ」
「色々融通利かせて貰ったが、やっぱりこれだけはなあ」
「三人とも?」
焦ったように声を掛ける、十三才くらいになった吉野を彼岸が抱き上げ、先に戸口に立った小松が指し招く。
「警部殿、客人も此方へ」
「何をもって『現状維持』と見なすか、詳しい話をしよう。
俺達は、今のままは御免だと思っているぞ?」
開いた扉の向こう、長い渡り廊下の先に、一棟の大きな屋敷が見える。
この屋敷と、そっくりそのままの建物が工藤家の裏手にある事を、降谷零は未だ知らない。
各々の職場に戻る前、『百舌鳥』は己の四代前の『葛の葉』当主を見た。
「そう言えば、警部殿を見て驚いていたけど、何かあったんですか?」
「うん? ああ、お前さんは吉野様が成り代わる前の九頭龍様を知らないんだな」
「え?」
驚く子孫だろう青年に、頭を掻きつつ木場恭介は告げて曰く。
「だから、兄君の顔が成り代わり前の顔、いや多分、神格その他全部を弟を生き延びさせる為に委譲して、ついでに時間を遡って兄に収まった『前の』九頭龍大神なんだと思う」
「……まさか」
驚く『百舌鳥』に、木場は大きく肩を竦めつつこう言うと、自分の職場へ向かった。
「後から手力男神が主神に据えられたので、戸隠山は天の岩屋戸が起源って言われてるが、修行場を求める僧侶の為に宝窟に籠り、九頭龍自ら岩戸で穴を塞いだからって言う伝承も有るんだよ。
そう言う優しい神様なんだよ、『元』の九頭龍大神と言う存在は」
東都は寒いのに雪が少ない。
不服そうにヒロがぼやいていたのは、多分出会って二年目くらいか。
長野の雪景色をTVで見て、あれが例年なら確かにと思った。
だから、記録的な大雪が降った日は、雨ガッパ姿ではしゃぐヒロと鬼ごっこして、たくさん雪ウサギを作った。
雪の中、頬を真っ赤にして笑うヒロはまるでお伽噺の雪ん子のようで、雪に紛れて消えてしまわないか、実は雪の度ドキドキしていた事は一生胸に秘めておこうと思う。
初めてヒロとキスしたのは、あの事件の後。
俺以外の人間が、これまで一緒に暮らしてきたおじさんおばさんすら怖くなっていたヒロと、俺は変わらず一緒に遊んでいた。
冬休みに、お兄さんに会いに行くヒロに付き添って一緒に長野に向かっていた。おじさん夫妻の都合がつかなくて、一人で帰る事になったヒロの為に、おばさんに頼まれたのだ。
開通したての長野新幹線は切符が取れず、俺とヒロはJR在来線を乗り継いでお兄さんがいる長野駅に向かった。
その乗り継ぎの途中、人ごみに押される形で自分とヒロの唇が触れ合った。
その瞬間、俺は慌てて身体を離した。だって、不意に触られる事はヒロにとって一番辛い事だから。
でも、頬を何時かのように真っ赤にして、小さな声でヒロは「平気」と言った。
「ゼロだから、嫌じゃないよ?」
手をしっかり握り合って、目当ての列車に向かって走りつつ、俺は横目でヒロの顔を見ていた。
真っ赤な頬のまま、俺に笑顔を向けているヒロを、一瞬でも見逃さない為に。
あの頃には、多分俺は。
ずっとヒロと一緒にいると、根拠なく信じていて。
そのままずっと同じ進路を進み、同じ『組織』に潜入し、あまつさえ同じチームを組めた。
だから、だから、きっと俺は油断してしまったんだ。
未だに他人しかいないところはストレスでしかなかったのに。
諸伏景光に、哀しい決断をさせてしまった。
俺や他の仲間を守るため、それが最善だと思ってしまったんだと今なら判る。
裏切ったのが
ヒロを助けられなかった、そんな俺だけど。
ねえ、ヒロ?
もう一度だけ、俺にチャンスをくれないか?
今度こそ、お前の手を放さず一緒にいるから。