※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

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困惑の事態

 吉野景光を追い掛け、諸伏高明と安室透が駆け出したあの後、当然ながら江戸川コナンこと工藤新一も追いかけようとした。

 だが、タイミングが悪いことに少し走ったところで少年探偵団の三人に捕まってしまい、彼らを言いくるめている間にすっかり三人を見失ってしまった。

 止むを得ず、三人が戻るのを毛利蘭と共に、『喫茶店ポアロ』で待つ事にした。

 冬休みの予定などを話しつつ、ちびちびとコーヒーを飲んでいた三〇分後、店の電話が鳴った。

 店員の榎本梓が電話に出て、暫く話していたかと思うと、ほうっと大きな溜め息と共に彼女はコナンと蘭に向き直った。

 

「今、安室さんから連絡が来て、吉野さんを自宅に運んでて、家にいた同居人に預けてこれから戻りますって。

 結構な熱が出てるけど、病院で処方されてるお薬があるから、それで様子見するんですって」

 

 そう言う彼女は、そこはかとなく心配そうだ。

 よく働いてくれる吉野景光が、実は病み上がりで体力が低めであるのを、一応梓も知っているからだ。

 夕食の準備のため、蘭が自宅である三階の住居スペースに戻っても、コナンはそのまま待ち続けた。

 電話から二〇分程で、安室透こと降谷零は帰って来た。

 諸伏警部がいない事に首を傾げ、コナンは安室に質問を投げた。

 

「安室さん、高明(コウメイ)警部は?」

「ああ、警部殿なら帰られたよ、長野への電車の時間が迫っていたそうだから」

 

 そう言いつつ、カウンターに手を突いてふうと溜息を吐く安室の様子に、軽く眉を顰めつつコナンは声を掛けた。

 

「吉野さん、そんなに調子悪いの?」

「いや、そうでもない。夜勤明けの小松君から、店に着く前に薬が効いて良く寝てるってライン貰ったから。ただ、ね」

 

 少しだけ視線を泳がせ、安室透はこう呟いた。

 

「吉野君は、記憶喪失なんだそうだ」

「え?」

「小松君がぽろっとこぼした事だったのを、聞き出したんだけど」

 

 一瞬、安室に襟髪掴まれ凄まれている小松研二の姿を思い浮かべ、思わず引き攣ったコナンに気付かない様子で彼は続ける。

 

「小松君や桜田君、大島君とは以前からの知り合いだったそうなんだけど、吉野君は二年、嫌三年前より以前の記憶がボロボロらしいんだ。

 所謂、『全生活史健忘』に近いが、覚えている事も虫食い的にあるらしいけど、どうもそのうちの幾つかは、治療中にそう言う記憶だと彼が思い込んだものもあるらしくて」

「それって」

 

 思わず固唾を呑んだコナンに、再びの溜息と共に底冷えする声で安室曰く。

 

「三年前、彼は半死半生の状態で『内閣調査室』の人間に保護され、記憶こそ朧げなまま、身体に残っていたスキルを買われて『内調』の下請けとして働いていたそうなんです。

 彼の名前は、彼がおぼろげに覚えていた文字から、戸籍やその他は、『内調』が記憶喪失者用に用意したものだったそうです。後、大学の友人と言うのも、『内調』の仕事で大学に潜入した際に友人になった人達だったそうで。

 あれだけ調べても、三人以外の確たる友人が出て来なかったのは、そう言う事だったんだ」

 

 そう言いつつ、何処か嬉しそうな安室に、ふっとコナンは諸伏高明を見た時の吉野景光の、怯えたような、親に叱られる子供にも似た姿を思い出す。

 そして、諸伏警部が毛利探偵に行方不明の『弟』を知る人物として『降谷零』の捜索を依頼した時、身を固くして息を潜めた安室とを続けて思い出し、まさかと振り返る。

 

「安室さん、まさか高明警部の弟さんって」

「……まだ、断言出来ない。でもね、コナン君。

 僕はね、初めて吉野君に会った時から、彼は僕の幼馴染みなんじゃないかってずっと気になっていたよ。

 そんな筈ないって、僕は知っているのに、それでも、ね」

 

 そう言って、バックヤードに入っていく安室透を、コナンは黙って見送る事しか出来なかった。

 

 

 だから、小さな探偵が自分の後を追ってこない事に、こっそり胸を撫で下ろす降谷零(かれ)がいた事に、彼はその後ずっと後まで気付かなかった。

 勿論、これらの発言は『安室透が吉野景光に疑念を抱いている』と言う、明確なブラフ立ての為に安室が始めた下工作の一つであった。

 

 

 一見、通された離れ家は普通の家だった。

 だが、渡り廊下から屋内に入った途端、あからさまな位空気が変わった。

 これまで冷ややかな気配と、詮索しているだろう空気をガンガン感じたのに、それらがふっつり消えて、中は人のいない神社のような静かさに包まれていた。

 諸伏高明が、覚えのある空気に顔を上げたのに向かって、小松乙女事萩原研二が告げる。

 

「これは……」

「この本丸ってのは、元々付喪神達を生活させる為に擬似的な神域になるよう、結界やら何やら施されてるんです。

 但し、この離れ、俺達は『奥』って呼んでますけど、ここは本物の九頭龍の神域になります」

「え?」

 

 聞き返してきた降谷零に、大島事伊達航が答えて曰く。

 

「最初は、ここまであからさまに区切ってなかったんだが、吉野、諸伏の安全の為にな」

「ちょっと、伊達!?」

「こいつに夜這いかけようって奴が二桁になった時点で、伊達と萩が切れたんだよ」

「松田!?」

「だって腹立つじゃん、一応神格持ちっつったって、格は諸伏の方が高いのを相手を威嚇しないようにしてるの判ってないのがさあ、『妾(そばめ)として可愛がってやる』とか何様だっつうの。人間風情とかほざくお前らは刀だろってのよ」

「は、はぎっ」

 

 溜め息混じりにそう言った萩原の後頭部を、ガシッとゴリラのアイアンクロウが握り込む。

 

「それはどう言う話だ、ハギ」

「判った判った、順を追って話すから落ち着いてくれないかな、首席殿。流石に痛いって」

 

 着いた部屋は、極普通の二十畳ほどのLDKだった。

 『神域』と言う言葉に身構えていたところに、目にした光景に些か拍子抜けした客二人に向かって、苦笑を隠さず伊達がこう言って寄越す。

 

「俺達は、どう足掻いても人間としての生活を捨てる気になれないし、諸伏にも人間を捨てさせたくない。だから、神域に俺達に馴染んだ生活空間を作ったんだ。

 そりゃあ、俺達ももう純粋な人間じゃあなくなってる、諸伏に至っちゃあ三分の二人間じゃねえと嘆くくらいだ。ここを出たら本来の名前は名乗れない、神様と眷属って立場で他の人間や人外と応対しなきゃならない。

 だから俺達は、この『奥』では昔通り暮らすって決めたんだ」

 

 言葉の内容に驚き仲間達を見回せば、幼馴染みは今にも泣きだしそうな顔になり、松田と萩原は微苦笑を浮かべている。

 客二人とやっと高校生くらいの姿になった諸伏景光をソファーに座らせ、三人は普段は奥に転がしている大振りなクッションを引っ張って来て腰を下ろした。

 

「さて、まず現状維持って話なんだが」

「別に何も決めなくていいンじゃねえか、てのが俺らの意見な」

「てか、『死んだ筈の幼馴染みそっくりな人間が身近にいて、気にならない人間はいないだろ』ってのが木場さんの意見な」

「え?」

 

 兄と幼馴染みに挟まれて座る諸伏景光は、かなり狼狽えた様子で三人を見る。

 三人は視線だけで頷き合い、萩原が切り出す。

 

「二百年後の人間である『百舌鳥』殿は、これまでの歴史遡行軍との戦いもあってイレギュラーに気を尖らせ気味だけど、現代人である木場さんは多少の誤差は許容範囲だって言ってる。

 寧ろ、『未来の記録』とやらに従って現在起きてる事をどうこうしようって方が可笑しいってあの人は言ってて、俺達もそれが正しいと思っている」

「ちょっと前に、ノックリスト盗難の騒ぎがあっただろう?

 『百舌鳥』殿は記録通りの被害であった事に胸撫で下ろしたけど、木場さんは怒り狂ったよ、『被害を抑えようとする事の何が可笑しい!』ってな。

 俺達は、死んだ時警察官で、二二〇〇年代でも審神者兼業で警官やってて、今、名前と戸籍は別物だけど古巣に戻ってて、だから、立場的には百舌鳥殿に従わなきゃいけない(歴史をいじれない)けど、心情としては木場殿に共感してる(被害を減らしたい)」

 

 松田が電子煙草を取り出しつつそう言うと、締めくくるように伊達がこう告げた。

 

「だから、俺達から見た現状維持って言うのは、これまで通りで良いと思っている。

 ただ、『吉野景光』が諸伏であると判ってしまってる以上、多少演技して貰わないとだがな。

 まあ、現状公安警察と探り屋と探偵の三足の草鞋状態のお前なら、幾らでも誤魔化せると思うしな。

 諸伏の御兄君にも、『弟かもしれない人間がいる』と言う対応を取って頂きたいと思います」

 

 諸伏高明が口を開く前に、萩原が手を振って言って寄越す。

 

「大丈夫ですよ、適度なところで木場さんが『実は生きてた』やるって言ってましたから、長くても半年くらいで何とかするって」

 ベチャ!

「景光!?」

「ヒロ!?」

「ハギイイイイいぃぃ!」

 

 思わずソファーから滑り落ちた景光が吠えるが、萩原の方はと言うと、「へっ」と鼻で笑って視線を背ける。

 

「俺達は、ここに戻る時点で、戸籍を戻して復職しろっつったじゃん。まあ、実際戻って『葛の葉』に調べて貰ったら、お前を嵌めた人間がまだ警視庁(ほんちょう)と警察庁(さっちょう)に残ってるって解ったから一時的に止めたけどさって、あだだだだ」

「で? 何処のどいつが大掃除から逃げたダニか、お前達は把握してると言うのか?」

「待って、降谷、それマジで痛いって!」

 

 テーブル越しに顔面にアイアンクロウを咬まされ、萩原は慌ててその手をタップする。

 

「ばっかでえ、何でそこに座ったんだよ」

「先に伊達と陣平ちゃんがそこに座ったんじゃん!」

「あー、降谷落ち着け、そいつらに関しては今、とある人に頼んで一斉摘発の準備して貰ってるから。

 俺達が、お前と話し合いたいのはそこじゃない。

 『百舌鳥』殿には話せない、俺達同期だけで話したかった事だ」

 

 伊達の声に、降谷は手を離した。

 悶絶している萩原に、笑いつつ松田が冷蔵庫にストックしているらしい冷やしたお絞りを投げ渡す。

 そして伊達は、景光が悲鳴を上げるような事を言った。

 

「降谷、『九頭龍大神』と仮契約を結ぶ気はないか?」

「は?」

「伊達!?」

 

 悲鳴のような景光の声に向かって、松田が「落ち着け」と言う。

 

「間違えるな諸伏、お前に降谷が契約するんじゃなくて、お前が降谷と契約だ」

「え?」

「だから、俺の仲魔と一緒、降谷の方が召喚師で、お前が契約悪魔、O.K?」

 

 二本の金属筒を見せつつ、萩原が笑う。

 

「え? あ?」

「あくまでも仮だよ? 降谷には、召喚の才能無いと思うから。だが、契約しておけば、何事か有った際にお前と降谷の間で感応で話せるし、緊急事態ならお前の傍か『奥(ここ)』に降谷を脱出させられる。

 あ、お兄君の方はそっち側の才能がある可能性があるのであまりお勧めできないけど、弟さんの生存確認用に繋いどくのはありだと思います」

 

 萩原の言葉に、諸伏高明の方はふむとばかりに顎に手を当てる。

 

「メリットは判りましたが、何かデメリットもあるのでは? 禍福糾縄(かふくきゅうぼく)、良い事があれば悪い事があると言うものでしょう」

「あー、多分、一番のネックは、精神力を結構使うって事になりますね。正規の契約だと、後付けの縁で軽減とか生体マグネタイトで補充とか出来るけど、仮契約だとドストレートに契約者の霊力に圧し掛かるし。

 仮契約なので、本来の契約程相手と繋がらないんでこっちから何か指示を通すってのは難しくなりますが、会話程度なら特に何と言う事もないし、負荷もちょっと眠くなるくらいですね」

 

 ほほうと言う感じに、頷いている兄をおろおろと見ている景光の横で、確認するように降谷が問う。

 

「その仮契約で、俺と諸伏は常時話が出来るのか?」

「まあね。只、仮である以上強制力はないから、諸伏がお前に向かってアクションを取れても、お前から何かを命じる事は出来ない。あくまでも諸伏の意思だ」

 

 そう言いつつ、萩原はからから笑う。

 

「とは言っても、諸伏がお前の頼みを早々拒むとも思えないけどね。

 あと、仮だから月一回は契約し直した方が良いくらいかな。諸伏の眷属になるなら、そう「ハギ‼」判った判った、落ち着け」

「眷属……そう言えば、三人は唯川の眷属だと言ってましたね。契約と眷属はどう違うんです? まあ、主導権の有る無しなんだろうけど」

「……まあな、但し、眷属ってのは人間から片足踏み外す事でもある。俺達は、ほぼ事故で眷属になっちまったから、選択の余地が無かったんだが」

 

 そう言いつつ、松田が降谷に向かって右手を翳して、ぐっと眉間に皺を寄せた。その途端、右手をギシッと音を立てて翡翠色の鱗が包み込み、爪も同じ色の鈎爪に代わった。

 その横で、萩原も髪を掻き上げ右目を曝し、一度閉じて開いた。と、それまで左と一緒の青み掛かった黒い瞳が、いっそ表情のない、爬虫類を思わせる朱金色に代わっていた。

 

「!?」

「俺は、閉鎖する隔壁を開く為に右手を突っ込んで隙間造って、そこから操作盤壊させた時に右手を潰した。

 萩原は、諸伏を幽閉していた施設から逃げる時に、追っ手の撃った銃弾で右目を潰した。伊達は左膝だったな」

 

 はっと視線を向けた降谷に向かって、ひらりと手を振って伊達はこう返す。

 

「階段で突き落とされた時、反射的に一緒に突き落とされたちびを庇ったせいで打ちどころが悪くてな。

 俺が動けなくなって、萩原と松田が出血過多で気を失って、いよいよじり貧になったところで、諸伏の『血』を浴びる形になってな。傷にもろに浴びる形になったからか、俺達は九頭龍の眷属になったんだ」

 

 ……伊達の言葉は、実は正確ではないが此処でそれを云々しても始まらないと、三人は黙っている。

 

「契約は、条件を整えたら破棄も可能だけど、眷属はほぼ永久的だからなあ」

「ふむ……その眷属とやらになるのは、体液摂取で? 体液なら何でもありですか?」

 

 顎に手を当てる、『同期の首席』に微かな違和感を覚えつつ、萩原は答えた。

 

「そうだな、一般的に精液か血液だな。マーキング程度なら、唾液もありだけど。

 一応言っとくが、諸伏が眷属にしてでも助けるって思ったから俺達は眷属になった訳で、お前が諸伏襲ったからって眷属にはならないからな?」

「ちっ」

「おいこら舌打ちすんな!」

「降谷君……」

「!? すみません!」

 

 小さく悲鳴を上げて縋って来た弟を、よしよしと撫でててやりつつ高明が諌めてみれば、はっとした様子で降谷はソファーの端にずれて頭を下げた。

 

「取り敢えず、その仮契約と言うものをさせて頂いても? 正直、帰りの電車の切符を買い直さねばなりませんし、もう一度こちらに来る為の色々を」

「あ、帰りの列車ですか? 大丈夫です、あちらに戻る時は、こちらでの調整で電車到着に都合のいい時間帯に移動出来ます。出来れば、自宅の方に簡易ゲートを設置させて貰えればとも思います」

「そうなんですか?」

 

 伊達が諸伏高明に説明する横で、萩原が降谷へと説明を続ける。

 

「とにかく、だ。多少は不便だが、お前が契約主としての仮契約を結んで、緊急時に俺達がお前を助ける為のアドバンテージを作っておきたいんだ」

「理由を聞いても良いか? 立場上『現在(いま)』に大きく介入しては不味いお前達が、未来の人間に隠れて俺とそんな状況を作ると言うのはどう言う状態だ? 俺(・)に、何か起きるのか? それは歴史として『有り』じゃないと言う事か?」

「大当たりだよ、降谷。

 俺達がお前にこの話を持ち込んだのは、お前が『黒の組織』壊滅迄に死ぬ可能性が高くなった所為だよ。それも、その原因の一端が俺達が相手取ってる歴史遡行軍や怪異、神格である場合が幾つかあって、な。

 お前の戸籍謄本に書かれてる没年月日、及び『黒の組織』壊滅作戦についての記録が内容がコロコロ変わり続けてる中で、以前は無かったお前の死因がちらちら入り込むようになったからな」

 

 言われて、降谷零の額にあからさまに青筋が立った。

 それを見つつ、松田も口を開く。

 

「俺達が、二百年後の世界で生活を始めて最初に調べたのが、お前の人生って奴だった。

 詳しくは話せないが、お前は定年まで警察官として勤め上げてた。

 なのに、歴史修正主義者が介入するようになって、お前が作戦前や作戦中に死ぬって記録が浮き上がるようになった」

「俺達としても、そんな未来お断りなんよ、お前が死ぬ歴史を『時の政府』が許容する前に、俺達はお前が死なない状況を作ってしまいたいんだ」

「……判った。

 諸伏、それでいいか?」

「え、あ? あ、うん、じゃあ、ごめん、警部殿、降谷警視殿、左手、借りて良い、かな?」

 

 差し出された左手の甲に、景光は軽く噛み傷をつけ、そこに唇を当てた。

 一瞬、卍模様――と言うには尖って見えたが――が浮かび、そのまま皮膚の下に沈んだ。

 降谷の方は不思議そうに首を捻ったが、兄の方は「なるほど」と頷いた。

 

「戸隠神社のご神紋、『鎌卍(かままんじ)』ですか」

「……俺は、一応龍で、水神だから」

「今のは、どう言う事になったんですか、唯川」

 

 何か小さな傷が残った左手をこすりつつ、『降谷』が問うのに対して、ぽつりぽつりと言った風に景光は話す。

 

「契約の為に、少し血を貰って、縁を結んだ印に、マーキングを入れた。『鎌卍』は警部殿が言ったとおり、戸隠神社の古くからの神紋で、元々は九頭龍が水に関わる龍蛇神である事を示してる。だから、左手の傷が消えたら、再契約、ぐらいに思ってくれれば」

「なるほど。では、また近々お邪魔させて貰いますよ、景光」

 

 そう言って、兄は顔を見せようとしない弟を抱き寄せた。

 びくっと、弟が身を竦めるのを悲しく思いつつ、頭を撫でてやりつつ兄はこう言い聞かせた。

 

「何度でも言います。

 私達は同じ莢から生じた豆二つ、私は豆のままでお前は土に落ち芽を出した。

 ただそれだけの事。

 ありようが変わろうと、弟を愛おしまぬ兄がいますか?」

「……にい、さん」

「私は職場の事もありますから、これで一旦帰ります。……毛利さんの元を訪れた時点で、結構時間はギリギリでしたからね。だから、簡易ゲートとやらが設置出来れば、その時にゆっくり話しましょう。

 取り敢えず今は、ゼロ君としっかり話して、これからの事を詰めなさい。

 任務は、まだまだこれからなのでしょう?」

 

 そう言い聞かせ、名残惜しげに諸伏高明は弟を手放し、松田に寄って『現世』へと帰って行った。

 兄が帰って行くのを見送り、降谷零に向き直った染井吉野(ひろみつ)はギクリと動きを止めた。

 自分を見詰めている降谷の目の奥で、チラチラと光が変わり続けている。

 公安警察『降谷零』と、探り屋こと『バーボン』と、私立探偵兼ポアロ店員の『安室透』。

 その三人が、我先に話そうとして居るのを何とか互いに押さえている、いや『もう一人』が押さえているのだと気付いた。

 だから、景光は出来るだけ呼ぶまいとしていた名を口にしようとした。しかし。

 

「やっと、こちらを見ましたね、スコッチ」

「あ、バァ」

「きちんと説明しろ。報連相は基本だろう」

「あ、はい」

「聴きたい事ばかりなんですよ、話して貰いますよ、唯川、いや吉野君」

「あの、」

 

 景光が声を掛けようとすると、『降谷』が立て続けに話し掛け、彼が話し掛けるきっかけを潰してしまう。

 二人のやり取りに、暫く呆気に捕らわれていた伊達と萩原が、慌てて降谷零に声を掛けた。

 

「おい、降谷?」

「何だ?」

「えーと、安室君や?」

「どうかしましたか?」

 

 声の調子も、言葉遣いもガラッと変わるのを見て、思わず二人が止まる。

 が、それを幸いと、諸伏景光はやっと『幼馴染み』を呼んだ。

 

「ゼロ!」

「! ……ヒロ」

 

 パンっと、両頬を両手で叩き、軽く頭を振ると降谷は幼馴染みと同期に向き直った。

 

「おいおい、大丈夫か、お前」

「いや、ずっと吉野君がヒロだと思ってたから、それが肯定されたんで、ちょっと頭の中が舞い上がってた」

 

 声を掛けて来た萩原に、そう返す降谷を見ながらへなへなと景光は座り込む。

 その景光を介助してやる伊達と、戻って来た時に降谷の発言を聞いた松田とは、何とも言えない表情で顔を見合わせた。

 

 

 『ポアロ』や某名探偵や毛利探偵親子への報告の為、一時的に二〇〇〇年代(げんせ)に帰った降谷零だったが、組織の任務が無い事を幸いと再び代紋本丸へと舞い戻っていた。

 

「「「取り敢えず、お前らは一旦本気で話し合え!

 降谷も諸伏も、潜入捜査で他人として接してたんだろ? 一旦元の降谷と諸伏、いや幼馴染同士として話して来い!」」」

 

 と、同期三人に押し出されたのは、『奥』と呼ぶ離れ屋の内庭に建てられた一DKの小さな純日本家屋で、以前能力訓練の為景光が籠っていた建物だった。

 降谷が出ている間に、掃除されたらしいその一軒家の八畳ほどの座敷には、そのまま寝落ちしろとばかりに布団二組が並べて敷かれていた。

 調べると、木目調で纏めてはあるもののきちんと二一世紀仕様のキッチンと、同じく檜仕様だがジャグジー付きの風呂とシャワーも備わっていた。

 尤も、風呂やキッチンは景光には覚えがない様子なので、三人が今回設置させたのかもしれない。

 

「えっと」

「あの……」

 

 とは言え、改めて顔を合わせると、お互い碌に話題が出て来ない。

 話題を探そうと周囲を見回した降谷は、縁側に続く掃き出し窓から見える、大きな桜に気付いた。

 暫く見ていて、ある事に気付いてぎくりとなる。

 

「ゼロ?」

「ヒロ、あの桜の木は?」

「え? ああ、あれは本丸を支える霊気と神気の中継器で、俺自身の半分なんだ」

 

 何事も無かったように告げられ、思わず降谷は親友を覗き込んだ。

 景光の方は、極在り来たりの事とばかりに言葉を連ねる。

 

「元々、本丸には本丸と審神者を繋いで、霊力を循環させて機能を維持させる為の霊木として桜の木が植えられているんだ。

 うちは、俺が人間じゃないから、普通の霊木では枯れてしまうんだ。だから俺の龍としての本体を桜に擬態させて、これから他の霊木に霊力を振り分ける事で本丸を維持させてるんだ」

「……そうか、やっぱりあの木、お前だったんだ」

「ゼロ?」

 

 抱き寄せられ、景光の身体はギクッと竦んだ。

 

「夢を見たんだ」

「夢?」

「あの桜の木に、ヒロが黒い注連縄と翡翠色の鎖で縛り付けられてて、身体中に日本刀が突き立てられてた」

「!」

「ヒロ、身体を見せろ」

「な、何言い出すんだ、ゼロ」

「コナンくんに見せただろう? 俺にも傷を見せろ」

 

 途端に、激しく狼狽し逃げ出そうとする幼馴染み――痩せた割りに力が強いのには違和感を感じたが――を、柔道の要領で布団の上に押し倒し、着込んでいたハイネックシャツを捲り上げようとして拒まれ、勢い余って引き裂きそして。

 そこに残された、まるで数日前に付けられたような、赤々とした幾つもの刀傷に絶句した。

 

「これは……コナンくんが見た時は、確か」

「……あの子に見せた時は、幻術で古傷に見えるようにしておいたんだ。神格を反転させて、落神となった刀剣男士達に斬り付けられて、瀕死になって、俺は、九頭龍に成り代わったんだ」

 

 顔を背け、景光はボソボソと答えた。

 その傷の一つに触れられる感触と、ポツリと雫を感じ、景光ははっと幼馴染みを見上げた。

 悔しそうに顔を歪め、涙を浮かべた幼い日の幼馴染みの顔がそこにあって、思わず景光は眼を見開いていた。

 

「痛く、ないか?」

「……大丈夫だよ。もう、痛くない」

 

 そう答えた景光の表情に、降谷零は彼の言葉が嘘ではない嘘だと覚った。

 恐らく、傷自体は薄く癒着している程度と変わらず、本来なら触れればそれなりに痛む筈。が、それが感じられない、いや判らなくなるくらい彼は痛みに対して鈍化してしまっているのだ。

 肩から腹に掛けて広がる赤い切創刺突創に紛れて、左胸に丸く引き攣れた銃創がある。

 

 あの日、あの時、間に合わなかった自分と、いけ好かなかった男と、ビルの防風壁に咲いた赤い花と、目を閉じて崩れ落ちた……。

 

「ごめん」

「え?」

 

 抱き竦められ、思わず身を固くした景光は降ってきた言葉に目を見開いた。首元に顔を埋めた、幼馴染みの顔は見えない。

 

「あんな組織の中で、一人にして、ごめん。

 助けられなくてごめん、力になれなくてごめん、一人で死なせて、ごめん、なぁ」

 

 震える声に、景光は慌ててそれを否定しようとした。

 

「違う、違うゼロ、あれは」

「それでも、ヒロ、もう一度俺にチャンスをくれないか?

 俺は、もう一度、お前と生きていきたいんだ」

 

 降谷零の言葉に、『染井吉野(もろふしひろみつ)』は唇を噛んだ。

 

「お前が、二二〇〇年の世界で生きる事になったのは聞いた。

 でも、同時に今、日本中に設置する結界の為、当分の間二〇〇〇年代《げんだい》に留まるとも聞いた。

 その間だけでもいい、一緒にいて良いか?

 俺に、もう少しだけお前と生きる時間をくれないか?」

「っ」

 

 縋るように抱き着く降谷に、思わず景光は腕を伸ばし抱き締め返していた。

 

 

 身体を拓かれたのは四年振りの筈なのに、まるで数日前にも抱き合ったように景光の秘所は降谷の指に吸い付いて来た。

 その事に、誰よりも景光本人が困惑し泣き喘いだ。

 

「あ? ああ!? 嘘、ひぃ!? 何で!?」

「ヒロ?」

 

 柔らかく解れた秘所は、降谷の逸物を飲み込み嬉しそうに食い締めた。

 筋肉が落ちて薄くなった腹部が、中を抉るものの動きに合わせて動く。

 降谷が景光の泣き所を抉れば、これまでにないほど過剰に反応を返す。降谷の覚えている限り、これまでに薬物を使われた時でもここまで反応した事は無かった筈なのに。

 

「んっ、あぅ、ふぅ、ああぁっ、待って、ゼロ、それはっ、い、ひぃ!」

「ぐ、ヒロ、落ち着いて」

 

 スキンが無い為、外に出そうと動いた降谷に、景光が縋り付く。

 その所為で、更に奥を突き上げる形になり互いに唸る事になった。

 

「あ、ああ、いい、から」

「ぐ、ヒロ、それじゃ後が大変だから」

「いい、出して、……ぐちゃぐちゃに、して? ……、、、、、」

 

 最後の言葉は、音にならなかったので降谷には届かなかった。

 ただ、彼の望むとおり、胎内の奥の奥に熱い情欲が何度も注ぎ込まれ、互いに意識を手放す頃には、小さくはあったが、景光の腹部は出されたもので丸く膨らんでいた。

 

 

 意識が落ちていたのは、ほんの短い時間だった筈だった。

 だが、その短い間に腕の中に居た筈の温もりが消えて、降谷零は跳ね起き周囲を見回した。

 室内は冷え込んでおり、見れば吐き出し窓が大きく開かれ、そして探していた相手が自身の半分と称した桜の大木の根本で、丸くなっているのを見出だした。

 慌てて傍に行こうとして、己の惨状に気付く。

 取り敢えず風呂場に入り、湯船にお湯を張りつつ自分の身体をシャワーで流すと、ざっと拭いて用意されていた寝間着を引っ掻けるようにして、桜の傍、動く様子の無い幼馴染みの下へと走った。

 深々と冷えるなか、大きく枝を広げ咲き誇る桜の下で、身体中の傷が薄く浮いて見える絹の着物一枚を羽織り、諸伏景光は胎児の様に丸くなって眼を閉じていた。

 

「ヒロ、ヒロ、こんな寒い所で寝ちゃ駄目だ、お湯を用意したから風呂に入ろう」

「……ぜ、ろ?」

 

 虚ろに揺れる灰青色と、トロリと潤んでいる朱金の瞳が、ゆっくりと降谷を捉え映す。

 両腕で抱き上げた身体は、吃驚するほど軽くて、これで長弓を弾き、アサルトライフルを取り回しているのが信じられなかった。

 

「部屋に戻ろう、こんなに体が冷たくなってる」

「うん。……、、、、と、いい、なあ」

「どうした?」

「……何でも、無い、よ?」

 

 うっすらと笑うと、景光は汚れたままの薄い腹部を、そっと両手で包んだ。

 

 

「話し合えとは言ったが、乳繰り合えとは言ってない!」

 

 そう叫んだ萩原を、降谷が殴り倒すのはこの三時間後の話。

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