降谷零が、『吉野景光』とその友人達が、幼馴染みである『諸伏景光』と殉職した同期達であると知って四日。
時間調整が利くからと、同期達に本丸の『奥』――九頭龍大神の神域に引っ張り込まれ、そこで寝起きを始めて四日目である。
確かに、これまで睡眠時間などトータルで四時間あれば良く寝たと言う状況だったところに、まとめて数時間眠れると言うのは実に健康的だと、降谷自身も思っている。
初めて泊まった翌朝、肉体的な意味で同衾した事にキレて叫んだ萩原研二だったが、その翌日には――やはりそう言う事があったにも拘らず――何も言わずに静かに朝食を食べていた。
元から何も言わなかった松田陣平はもとより、前々日は萩原を殴った事と共に自重しろと怒った伊達航が昨日今日と何も言わない事に、少しの違和感と居心地の悪さを感じつつ降谷は朝食に手を付けようとした。
今朝の朝食は、松田の趣味と言う事で中華粥と青梗菜と豚肉のオイスターソース炒めに、大きく作った水餃子のスープだった。
因みに、諸伏景光は起こされた後朝風呂に入っており、未だリビングダイニングに来ていない。
降谷がテーブルに着いてすぐ、『表』の方から声を掛けられ、様子を見に行った萩原が微妙な顔で戻って来た。
その手には、漆塗りの皿に盛られたどう見ても搗き立てのお餅が三つ乗せられ、上から餡子と言うには緩いが善哉よりはやや固めの煮小豆が掛けられている。
「ハギ? どうしたんだ、それ」
「いや、今剣から、客人、要するに降谷に食べさせろって」
そう言われて、降谷が受け取ると、訝し気に伊達が皿の上に手を翳す。
「ふむ。まあ、今剣は平安勢のうちでも主君至上派と言われている方だから大丈夫だとは思ったが、うん、何の変哲もない餅だな。小豆の方も、多分昨日から煮てた分だな」
「どうした、伊達?」
降谷が問うと、これは言い辛そうにかつての競争相手は答える。
「いや、この間話しただろ? 諸伏に夜這い掛けた奴らがいたって。それに繋がる話になるんだが、この本丸を立ち上げた当初は他所からの刀剣を引き継いで運営していたんだが、その刀剣達の中には審神者からの仕打ちの所為で人間や審神者と言う存在に対して疑心暗鬼に駆られたり、人間を格下に見做して暴力を振るおうと言う奴が何体か居てな。
そう言うのの中に、諸伏が精神的に落ち着いてないのを良い事に、自分の眷属にしようって考えた連中がなあ」
「え? 確かヒロの方は戸隠山に祀られてるって龍神で、付喪神がどうこう出来る訳」
「ああ、勿論普通に『刀剣男士』と呼ばれる存在では、九頭龍に何かしらを出来る筈は無い。
只、あの頃は諸伏自身が不安定で、霊力が落ち着くまでかなり強めに封印とかいろいろ自身に掛けていたんで、『神様』として元の主である前任の審神者に持ち上げられてた連中が、あいつを人間だと誤認してな。
連中の血液とか、神気とか、色々諸々料理に混ぜ込んで食べさせようとしたんだ。まあ、大抵は諸伏が触った時点で爆ぜたり燃え尽きたりしていたんだが」
説明に軽く頭痛を覚えつつ、降谷は箸を取って餅を一つ口に運んだ。
丁寧に搗かれた餅は舌触り良く、ほんのりと甘い小豆とよく合っていた。
「あ、美味い」
「ああ、うちは餅とかは昔ながらの臼と杵で、人海戦術で搗くからな。諸伏が好きだから割としょっちゅう牡丹餅も作るし」
「ああ、そう言えばヒロ、昔からおはぎ好きだったな」
松田がそう言うと、そう言えばと頷きつつ降谷は二つ目に食い付いた。
そこに、朝湯を済ませてた諸伏が、ほけほけとリビングダイビングへと入って来た。
「ヒロ、お餅食べるか?」
「ん」
湯上りで却ってぼんやりしているのか、諸伏は勧められるまま降谷が箸に摘まんでいた餅をそのまま口に入れた。
そのままもそもそと咀嚼し、諸伏が飲み込んだところで今まで考えていた萩原がもしかしてと呟いた。
「あれ? これって、もしかして三夜餅って奴か?」
「「は?」」
降谷はきょとんとしながら、三つ目の餅を持ち上げていたが、暫く萩原の言葉を反芻していた諸伏の顔が、一気に真っ赤になった。
萩原の言葉を聞いていた伊達は額を抑え、松田は降谷の肩を叩き「おめでとう」と言った。
「は? 何が?」
「おう降谷、お前うちのモンペ枠の二大派閥の片方から、諸伏の婿として認定されたわ」
「ま、ままま、松田!」
慌てて松田の口を諸伏は抑えようとするが、離れた位置にいる萩原の方があっさりと説明する。
「平安時代の結婚って言うと、平民はともかく貴族とかは、嫁の家に婿が通うって形だったろ?」
「ああ、そうだったな」
「で、その通い婚を成立させる手段の一つに、嫁の家の人間が三日目の晩に、餅を食べさせるって風習があるんよ。家の竈門の火を使ったものを食べさせて、その家の人間にするって意味合いらしいよ」
「本当なら夕べ食べさせたかったんだろうが、夕べはお前遅かったし、夜はこっちと向こうは結界で完全に区切っちまうから、今持って来たんだろうな」
「正式には、全部食べない方がいいらしいけど、諸伏に一口やったから良いんじゃね?」
「……え?」
「ハギ、陣平、もう止めろって‼」
半泣きで叫ぶ諸伏の頭を、仕方がないと伊達が撫でてやる。
「まあ、降谷が寝泊まりし出して、急に体調が良くなっただろう、諸伏。その辺も加味された結果だろうから、叫んでも無駄だと思うぞ、俺は」
「え?」
目をぱちくりさせ、猫が驚いたような顔になっている諸伏を脇において、萩原が同期の主席に質問する。
「なあ、降谷君や。最初の晩と夕べと比べて、諸伏の刀傷、大分マシになったと思わね?」
言われて一瞬ムッとしつつ、だがそう言えばと思い返せば初日に見た時は薄く癒着しただけで赤々とした傷痕だった刀傷の数々は、夕べ組み敷いた時には薄くではあったが肉が盛り上がり、赤からピンクっぽくなっていたような気がする。
自分の分の朝食を食べ終えた松田が、朝の一服と電子煙草を取り出しつつこう付け足す。
「体調良くなったと思うぞ? だって今、降谷が差し出した餅喰っただろ?」
「え?」
「いや降谷、昨日と一昨日の朝食、思い出してみろ。昨日はうどんで、一昨日はおじやだっただろう?」
そう言えばと思う。
副菜に、結構重めのものが添えられていたので余り気にならなかったが、メインはさらりと食べられるものだった。
「諸伏が、朝方は粥とか軟らかく煮たうどんとかしか食べられなかったから、朝食はそう言うのを出してたんだ。餅なんかお八つ時ならともかく、寝起きに食べられた試し無かったぜ?」
「やったね、諸伏が食べられるようになったんなら、パンとかも出せるかな?」
ニコニコしながらレシピ本を捲っている萩原を横目に、降谷は幼馴染みの方を改めて見る。
再会して――最初は他人としてだが――半年、体力はともかく、一向に肉が付く様子の無かった身体の原因はこれかとも思う。
諸伏の方はと言うと、状況についてこれないのだろう、周囲を見回しつつ口をパクパクさせている。その様子を見つつ、苦笑いと共に伊達が付け足す。
「本当にな。表情も良く動くようになったし、俺達に向かって声を張り上げるなんて、仕事以外じゃ俺達から話を振らなきゃ滅多に無かったしな」
「それな。と言う訳だから、うちのヒロちゃんをよろしくね、婿殿」
「浮気したら、背中にC-4括り付けるからな、婿殿」
「まあ、それは無いとは思うが、まめに帰って来いよ、婿殿」
「三人ともいい加減にしろーーーっ!!」
真っ赤になって声を張り上げる諸伏景光の横で、「任せろ」と降谷零は親指を立てて見せた。
降谷零は、夢を見た。
何処かの洞窟の中に設えられた、祭壇の前に僧侶らしい人物が胡坐をかいて座っているのが見える。
蝋燭の灯に照らされたそこに、すっと誰かが入って来る。
狩衣姿のその人物は、顔を布面で隠していてよく見えない。だが、その腕に抱かれた子供の姿にドキッとした。
大きな梨の実を手に、すよすよと寝息を立てている五歳くらいの子供は、どう見ても……。
『その
『刀剣の付喪神とやらが、連れ去ろうとしていた為取り上げた。
全く、
そう溜息を吐いた人物に、僧侶の方が静かに笑い声を立てる。
『そう言われずとも。
付喪神ならば、主を望んでの事だろうて。可愛らしい事ではありませぬか』
『笑い事ではない。
この子が【吾】に成り代わるのはもっと先。はて、彼奴等【歴史を守る】などと大口を叩いておったものを』
そう怒りつつ、だが何かを思い直したように狩衣姿の存在は、僧侶に向き直った。
『ああ、わざわざ来て貰ったと言うのに、つまらぬ話を』
『お気になさらず。しかし、外では毎日顔を合わせていると言うのに、ここで改めて会うのも不思議な話ですな』
僧侶の言葉に、これは何か思い付いたのか狩衣の存在が軽く噴き出した。
『くく、そう言えば、外の貴方は、些か無頼な物言いが目立つな。あれが、本来の貴方だったと言う事かな?』
『……まあ、所詮は荒法師のなれの果て、修行前に戻れば、あのようなものでございましょう』
答える僧侶の方は、気恥ずかしさもあってか少し視線を逸らしていたが、お返しとばかりにこう切り返す。
『そう仰る貴方様も、中々酔狂な物言いが見られますが?』
『仕方がありません。【諸伏高明】は書物好きの子供で、弟に向かって兄らしく振舞おうと試行錯誤している最中なのですよ』
そう笑って、布面を取ったその存在は、口元の髭が無い事を覗けば、間違いなく『諸伏高明』の顔をしていた。
毛利一家と江戸川コナンとが、関西に出かけて行った事もあり大晦日まであと二日の『喫茶店ポアロ』は、実に静かであった。
お昼時が終わり、隙間が空いたように人がいなくなったのを見計らい、安室透こと降谷零はバイト仲間である吉野景光、いや二百年後の世界で蘇生され特命の為戻って来た幼馴染み、諸伏景光に話し掛ける。
「吉野君は、お正月はどうするんですか?」
「家に居ますよ。たぶん」
「多分って、」
「前の職場の方から捩じ込まれなければ、ですね。……まあ、以前の感じからして、年末年始って割合呼び出しがありましたから。寺社仏閣で馬鹿やる奴って、結構多いから」
そんな話をした三日後、都内某所の大きな駅に併設されたイベントホールで、降谷と諸伏は鉢合わせた。
何が不味いって、安室の横にはハニトラ真っ最中の某企業の社長令嬢が張り付いているのだ。
「あれ? 安室さん、今日は探偵の方のお仕事ですか?」
が、諸伏の方は『スコッチ』を演じていた頃よりものんびりとした空気を纏い、被っていたパーカーフードを払って笑い掛けて来た。
「ええ、今日は彼女の護衛です。君は?」
「ここの駅のイベントホールで行われている、イベントの招待券を貰ったんで暇だから見に来たんです。もう少ししたら、連れが来るんですが」
横のご令嬢(笑)が何やら言っているが、そうやって話しているうちにパタパタと軽い足音が近付くのが判った。
足音の方に振り返り、『
走って来たのは、腰まであった黒髪を肩口でふっつりと切った、見覚えしかない――そして居る筈の無い女性だった。
「あ、」
「お待たせしました、吉野さん」
「な、撫子、何で君が」
降谷をスルーした彼女は、ぱすっと諸伏に抱き付いた。――様に見える位置で止まり、腕も抱き着いて見える位置で留まっているが。
焦っている諸伏の問いに、女性の方はのほほんっと笑って曰く。
「暇だったし、吉野さんに会いたかったので水屋さんに水仙さんとの合コンをセッティングする約束で、代わって貰ったんです」
「……あの人はぁ」
にこにこしてる女性の言葉に、諸伏は大きく嘆息する。
「なあに、あの女。あざと過ぎ」
そうぶつぶつ言いつつ、腕を離そうとしないご令嬢(失笑)を振り払わないよう努力しつつ、降谷は『バーボン』を出さないように話し掛けた。
「隅に置けないなあ、吉野君。恋人かな?」
「いえ、『ポアロ』の前の職場の」
「あ、はじめまして、私、吉野さんの婚約者候補の
諸伏の説明をぶっ千切った女性の言葉に、降谷零は凍り付いた。
同じく一瞬凍り付き、だが諸伏は慌てて女性に向き直る。
「な、撫子、あの話は」
「判ってますよ? あくまでも決定権は吉野さんにありますし、候補者は他にも居ますもの。でも、私は吉野さんの婚約者に数えて貰えて嬉しいですよ?
お陰でこちらに来れましたもの」
意味ありげに微笑まれ、頭痛を覚えた様子で諸伏は額を押さえた。
と、ぎしりと音を立てて諸伏の左腕が握られた。
「へえ? 吉野君とはかれこれ半年の付き合いだけど、僕は色々教えて貰ってなかったんだなあ?」
(バーボンが安室さんの振りしてる~! Σ(´□`;))
頭の中では悲鳴を上げつつ、諸伏は必死に取り繕って話し掛けた。
「いや、そのお嬢さんも予定があるんでしょう、時間は大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、ここのイベントホールで行われる展示会に行くんですよ。君達もでしょう?」
そう言った彼が、ぴらっと見せたチケットは確かに同じもので、諸伏は今度こそ右手で顔を覆ってしまった。
……まさかその十分後、イベントホール入り口でこちらをガン見する糸目の自称大学院生と、騒がしい小学生三人と保護者の老人そっちのけで立ち尽くす女の子と鉢合わせるなど、こちらも一切想定していなかったのだが。
イベントは、『世界に誇る、日本の技術力』と言う代物で、伊勢丹とか高島屋とか、有名デパートで行われる物産展から物産ブースを省いたような感じであった。
江戸切子や風鈴、トンボ玉に組み紐などの小物や、浮世絵やからくり人形なども展示されていて、面白いと言えば面白い。
品物だけじゃなく、ちゃんと由来やら歴史やらも展示されているので、そう言うものが大好きな人間にはたまらないとも思う。物産がメインじゃないので、お高いものを勧められる警戒もしなくていいのだから。
だが、諸伏景光は、ただいま絶賛展示品に目が向かない状況である。
一つは、連絡員兼別任務の為の顔見せで来た筈の他所の審神者が、以前の任務で助けた女性で、しかも色々大問題な立ち位置の筈の相手である事。
二つ目は、その女性の事で現在約二名から胡乱な目を向けられ、その上で絶賛警戒されていと言う事。
そして、つい最近仮契約を結んだ幼馴染み兼警護対象者から感応術で物凄い勢いで質問を叩き付けられている真っただ中だと言う事。
お陰で彼は今、気分転換を兼ねた筈のイベントに全く集中出来ずにいる。
立ち位置としては、降谷ならぬ安室とご令嬢(爆笑)の後から阿笠氏と沖矢氏が、男の子二人を見守り、その後ろから女の子三人が続き、その後ろ数歩下がって諸伏が歩いている状態だ。
『聞いているのか、ヒロ!』
『落ち着いてくれ、ゼロ。順番に答えるから、せめて優先順位を付けて質問してくれ流石に一度に十個以上質問されても答えに困る』
因みに、神矢撫子嬢は入口で出会った六人に名乗った際に『吉野景光の婚約者候補』だとはっきり言ってくれたので、諸伏に向かって糸目がかっぴろげられ、下の方から絶対零度の視線が向けられている。――死んだ恋人、或いは姉に生き写しの女性を前に、二人ほど殺気立っているのだ。
取り敢えず、「事情があってお見合いを勧められて、その中の一人だったが決まった訳では無い」とこちらは主張したのだが、余り伝わって無い感じである。
そして
諸伏は、立場上『沖矢昴』が『赤井秀一』である事も、『灰原哀』が『宮野志保』である事も知っている。――二〇〇年後の記録に、総て残されていたからだ。
だからこそ、『神谷撫子』と名乗る女性と彼らの関わりも因縁も判っており、だからこそ己に向けられる疑念も警戒も殺意も何もかも判ってしまい。
……しんどいのだ。
『ヒロ、取り敢えず確認だ、彼女は宮野明美なんだな?』
『うん。俺達と同じく、この時代から拉致られて、向こうで蘇生されてたんだ』
『だが、彼女は』
そう、宮野明美、『
降谷が受けた説明では、未来世界に拉致されていたのは殉職公務員だった筈だ。
それに向かって、諸伏も溜息と共にこう返す。
『世の中、【犯罪者に人権は要らない】っていう人間がいるだろう?』
『まあ、要るな』
『彼女が向こうに持っていかれたのはそう言う理屈だよ、【犯罪者ならどんな扱いでも問題ない】って言う、ね』
『おい』
先頭を行く幼馴染が殺気立つのを宥めつつ、諸伏は彼女、撫子こと宮野明美を保護した時の事を思い返す。
瘴気の立ち込めた本丸の執務室で、未だぎりぎり正気を保っていた『人間に好意的な』刀剣男士に匿われていた彼女は、日常的な暴力に晒され、長かった黒髪も坊主とまでは言わないがザンバラに切り刻まれ、碌に食事も休息も与えられて無かった為に心身ともにボロボロだった。
【代紋本丸】と監査部の突入が後一日でも遅れていたら、彼女はもう一度死んでいたかもしれなかった。
『審神者の業務と言うか、任務の一環として演習と言うものがあるんだ。これは文字通り仮想空間で各本丸の部隊を会戦させて、刀剣男士の技量を上げさせると同時に、審神者同士の意見交換の場として設定されてる。
ただ、同時にここは意外に犯罪の温床だったりもするんだ。恐喝、パラハラ、違法な譲渡とか。で、ここで良く見付かるのがブラック本丸って奴』
『ブラック本丸?』
『ブラック企業の本丸版、パラハモラハラ当たり前、刀剣男士が付喪神だから食事や休息など必要ないとばかりに酷使し、挙句に『人間じゃないから』とわざと傷付けたり、本丸で呼び出された付喪神同士殺し合わせたり、自分の色欲を満足させる為にひっちゃかめっちゃかやらかした奴もいたな』
『おい……おい』
『彼女が閉じ込められてたのは、逆ハーレムの女王様気取りだった代議士の一人娘の本丸だったよ。自分好みのイケメンに囲まれて、面白可笑しく暮らしたい、だけどその為には日常業務とかその他色々を自分の代わりにやる人間が欲しいと父親に強請って、そして連れていかれた何人かの人間のうちの一人に、明美、いや撫子がいたんだ。
俺達が監査部の人間と一緒に摘発に行った時、【犯罪者なら使い潰しても良い、立派なリサイクルだ】って、親子で言ってくれたからな』
『……お前達の時も思ったが、未来世界どうなっているんだ!?』
『俺達も揃って頭抱えたよ。で、その時、俺達が元警官だって言うのに対して【カビ生えたみたいな資格で俺を逮捕出来ると思っているのか】って言われたんで、皆で改めて二二〇〇年代の採用試験受けて正規の警官になったんだ。だから、俺達の本丸は【代紋本丸】って呼ばれるようになった……え?』
そこまで話して、ふと諸伏は顔を上げた。
寸前まで繋がっていた筈の感応がふっつりと途絶え、同時に降谷の気配を見失った諸伏は慌てて周囲を見回した。
展示品は多いが、それなりに見通しよく飾られた会場である。一八〇センチオーバーの成人男性を、見失う事など無い筈だ。
だが、社長令嬢だと言う少々厚化粧で某漫画の炎上厨のような空気の女性ごと、降谷零の姿は消えていた。
「しまった、撫子!」
「吉野さん!?」
諸伏の声音で、はっと周囲を見回した神矢撫子は、浮かれた己の失態に気付いて蒼褪めた。
が、それでも一つ柏手を打つと、両手の親指人差し指で窓を作り、そこから会場内をゆっくりと見回した。
「撫子お姉さん、どうかしたの?」
「撫子さん?」
急に緊張した撫子に、小学生女子二人が慌てて声を掛けるが、撫子は厳しい表情で指で形作った小窓を覗き続け、そして。
「見つけました、刃物コーナーの奥!」
「判った、君はこの子達を外に誘導して!」
「はい!」
そのまま身を翻す諸伏に背を向け、撫子こと宮野明美は妹とその友人の背を押し、出口へと促した。
緊迫した空気と、血相を変えて走って行った吉野景光の姿に灰原哀は事件が起きた事を悟ったが、『姉に似た女性』に促されるまま外に向かった。
自分は江戸川コナンでは無いし、何より吉野が走って行った事以外に何があったのか判らなかったからだ。
「竜胆!」
『はい!』
刃物コーナーは、一見すると何の違和感もなくそこにあったが、竜眼を開けば、不自然に空間が捻じれている事が判った。
「人除けの結界と防音障壁を張って、第一部隊に常人の恰好で避難誘導させてくれ!」
『判りました!』
自身専属の
「戸隠山地主神、九頭龍大神が現身染井吉野が召喚す。愛染国俊、蛍丸!」
桜吹雪と共に現れた短刀を咥え、四尺五寸(約一三六.三六cm)の大太刀を振り上げ、全力で振り抜いた。
その次の瞬間、巨大なガラスが砕けるような、『ガシャーン!!』と言う音と共に壁に見えていた物が砕け散った。
その後には、まるで紙を千切ったように空間が敗れ、真っ暗な穴が開いたようになっている不気味な空間が出来上がっていた。
その洞窟のような異空間へ、鞘に戻した『蛍丸』を携え諸伏景光は迷う事無く踏み出した。