※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

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トリプルフェイス

 降谷零こと安室透がはっと顔を上げると、そこは無数の刀剣を展示した小ホールだった。

 入って来た方向以外の三面の壁に設置された大振りなガラスケースに、犇めき合うような勢いで何本、いや何十本もの刃物――長いものは柄込みで百三〇センチ前後、大体は柄込みで九〇センチ前後と六十センチ前後、後短刀や槍、薙刀も並んでいる。

 だが、周囲を見回してこの空間の不自然さに降谷は気付いた。

 曲がりなりにも展示会で、ガラスケースにこんな雑然とした並べ方をするものだろうか。

 それだけではない、本来こう言う展示なら、無銘の刀ばかりではなく、所謂名前の通った刀匠の作品や、さほど有名で無いとしてもそれなりに由緒のあるもの、或いは近年に打たれた現代の刀匠の作品などが並ぶのではないか?

 何より、展示品の刀剣に、どれも刃毀(はこぼ)れが見えるのはどう言う事だろう?

 後ろを歩いている筈の幼馴染みに呼びかけようとして、『声』が聞こえない事に一気に危機感を覚えた。

 諸伏景光と自分を結ぶ『感応術』は、最低でも日本国内、それこそ沖縄と北海道迄離れたとしても普通に届くから、生存確認出来る。萩原研二は、そう言ったが、同時にこうも言った。

 

「もしもどちらかが結界とかで空間を区切られた場合、諸伏が閉じ込められた側なら、諸伏は親機側だから通話は可能だよ。でも、降谷、お前が閉じ込められたら子機側だから、お前からは何も聞こえないと思ってくれ。契約があるから諸伏はお前を見付けると思うけど、会話は無理だ」

 

 そんな、判る様な判らない説明を受けた。

 今何でそんな言葉を思い出したかと言うと。

 

「はあ、良し、無事にここに連れ込めたわ! これで一億円は私のものよ!」

 

 と、高らかに笑うお嬢様(?)がいるからだ。

 

「どう言う事です?」

「うん、パパに言われたのよ、この部屋にバーボンを連れて来いって。そしたらお小遣いとは別に、ボーナス一億円くれるって!

 嬉しいなあ、年明けのお年玉セールで欲しいもの一杯買えるし、そしたらそれインスタに挙げて、いーっぱい自慢出来るもんね!」

 

 そう言ってちゃらちゃら笑う『お嬢様』は、にんまりと笑ってこう続けた。

 

「パパにとっては、『黒の組織』を潰すバーボンは邪魔なんだって。でも、バーボンはいてくれないと色々都合が悪いから、貴方には死んで貰って、バーボンの影武者立てるんですって。

 だから、ここで死んで、ね?」

 

 次の瞬間、咄嗟に飛び退いた降谷は、自身が寸前まで居た場所に刃の活け花宜しく、十数本の抜き身の刀剣が突き立つのを見た。

 女の周囲に、何時の間に現れたのか刀を携えた奇妙な男達が立ち並び、瞳孔の判らない黒々とした眼を此方に向けてくる。

 この連中が何かは知っている。

 歴史遡行軍として使われている刀剣の妖(あやかし)、穢刀剣。それが続々と、展示物として並べられていた刃物から顕現し始めていた。

 

「これは……!」

「ああん、大人しくしてよ、貴方殺して、デスマスク取ってそこから変装用のマスク作るんだってパパ言ってたしぃ?」

 

 キャラキャラと笑う女は、刃物を咥えた骨の化け物にすり寄られつつ、睨み付けてくる獲物を見て舌舐めずりしている。

 その間にも、穢刀剣は次々に襲い掛かり、あっと言う間に降谷は入ってきた扉まで追い詰められた。後ろ手にノブを捻るが、まるで最初から鉄の塊であったように動かない。

 

「キャハハ、逃がすわけ無いじゃん?」

 

 勝ち誇る女に、激しく舌打ちしたその時。

 

『ゼロ、伏せて!』

 

 頭の中に響いた声に従い、降谷は頭を庇いつつその場に屈み込む。

 その次の瞬間、降谷に向かって刀を振り上げていた太刀と打刀の妖が見た目通りの厚みを持つ扉ごと、怒濤の如き斬撃によって薙ぎ倒された。否、後詰めよろしく刀を抜いていた穢刀剣達も、纏めて十数体刃物が砕かれ、姿が失われる。

 そして、砕けた扉を蹴破り、長めの刃物を構えた姿で吉野景光《もろふしひろみつ》が飛び込みそして叫ぶ。

 

「雷精集いて、我が敵を撃て! 【爆雷雨(マハジオ)】!」

 

 瞬間、前に出ようとした脇差や苦無、短刀達をプラズマ放電が襲った。

 二〇体近くの骨と蜘蛛型の化け物が焼け焦げるのを見て、女がヒステリックに足を踏み鳴らす。

 

「何してくれるのよ! これだけの数集めるのに、どんだけおねだりしたと思ってんのよお、この長虫が!!

 でも、まあいいわ。ドラゴン退治って、きっと良いお金になるわよね? やっちゃって!」

 

 あっと言う間に切り替えると、女は穢刀剣達を嗾ける。

 女の物言いに、降谷はきつく眉を顰めた。

 吉野(ヒロ)を見て、あの女は『長虫』と言い放ち、『ドラゴン退治』とも言った。

 つまり、吉野景光が九頭龍である事を知っていると言う事。そう思った途端、途轍もない『嫌な予感』が降谷零の脳裏を占めた。

 

「吉野君、逃げろ!」

「国俊、安室さんを護れ! 行くぞ、蛍!」

 

 だから叫んだが、景光は短刀『愛染国俊・極』を降谷に向けて投げると、大太刀『蛍丸』を振るって穢刀剣の波状攻撃をその斬撃で叩き返し続ける。

 人型を取った赤毛の少年の姿を持つ刀剣男士は、降谷を出入り口近くの壁際に誘導し、短刀を構えて降谷を狙う穢刀剣の刀装攻撃を、自身の銃刀装二連で討ち返す。

 斬撃を掻い潜った骨の蛇のような短刀の攻撃を、景光は逆手で払い除けた。

 キンッと、金属を打ち付けたような音と共に刃物を受け止め、そのまま振り払う幼馴染みの姿に降谷の目が見開かれる。

 斬り裂けた袖から覗く肌は何時もの色素の薄いもの、だが刃物が当たった部分に翡翠にも真珠にも似た色彩の鱗が現れ消えた。

 それを、嫌悪でも恐怖でもなく、降谷は純粋に美しいと思った。

 刃物を掠めた頬に、ふわっと鱗が浮かんで消える。だが、降谷が美しいと思ったその姿を、女は眉墨で固めたかっちりした眉を顰めて吐き捨てる。

 

「さっすが長虫、人間に見えてもやっぱり鱗持ちかあ。

 あーあ、予算オーバーだから使いたくなかったんだけど」

 

 女はそう言って、奥に飾っていた槍二本を撫でた。人型を取るそのボロボロの槍の柄には、それぞれローマ字らしいものが書き込まれた札が貼り付けられていた。

 そして、波状攻撃に紛れ込んだ二本の槍の切っ先は、刃物を弾く筈の『龍鱗』を貫き景光の左腕と右肩から血を噴かせた。

 

「ヒロ!?」

「主‼」

 

 思わず叫んだ降谷と愛染の目の前で、勢いに押され景光は斬撃で砕けていた展示台の残骸に叩き付けられた。

 その手から零れた大太刀を、桜吹雪と共に現れた中学生くらいの少年が掴み取り、穢刀剣が近付けないよう迎え撃つ。

 

「キャハハ、さっすが時計塔謹製『竜特効の護符』!

 一枚一千万するのを、二枚買っておいて正解ね! 西洋の火蜥蜴用だけど、日本の長虫にも有効で良かったぁって、ぎゃあ‼」

 

 身をくねらせながら、自画自賛に忙しい女の周囲に、再び雷撃(ジオ)系呪文のプラズマ放電が走る。

 余波で脇差部隊が砕け散った事より、身に付けていたお気に入りのワンピースに放電で焦げが出来た事に逆上して、女は槍二本に景光を嫐れと命じた。

 

「もう怒った、顔以外はザクザク穴開けてやって、首だけ無事ならどうとでも出来るから!」

 

 大太刀『蛍丸』が盾になるものの、小柄な彼をあざ笑うように彼を飛び越え、穢刀剣は景光に襲い掛かる。

 瓦礫に爪を立てつつ必死に立ち上がろうと、穢刀剣達と戦うべく態勢を取ろうとする景光の姿に、降谷の脳裏であの日、あの夜の『スコッチ』の姿が浮かび上がる。

 

   お前は、あの時も俺の為に動いたのか?

   僕の為に、左胸を自ら撃ったのか!?

   一人で、僕を庇って死ぬのを選んでしまったのか!

 

 眉を顰め、歯を食い縛りつつ襲い掛かる刃物を捌く姿は、あのいっそ穏やかなぐらいの表情で息絶えた姿に重ならない筈なのに、降谷零(ゼロ)の中で三つの声が響く。

 

『同じ轍は踏まない! 諸伏は死なせない!』

『僕からスコッチを奪うものは、皆殺してやる!』

『力を、唯川を助ける、いやせめてあいつと同じ場所に立つ為に』

『『『力を渡してやるから、動け、主人格(ゼロ)!』』』

 

 その声に弾かれるように、降谷は十数メートル先で襲い掛かる二本槍の刺突を懸命に捌く景光の元に走った。

 急な事に動きが遅れた愛染国俊・極をすり抜け、瓦礫を蹴り散らして有象無象を退ける。

 穢刀剣を相手に必死に立ち回っていた景光が、近付く幼馴染を止めようとする。

 

「ゼロ、駄目だっ」

「手を貸せ、『降谷零(ウトゥ)』!」

 

 そう叫んだ瞬間、ふっと降谷の背後に現れたもう一人の『降谷零』が、有翼日輪を形取った仮面を被り、そして重々しく告げる。

 

『我は太陽と正義を司る。悪を成すものに容赦はしない。

 【爆炎(アギラオ)】!』

 

 一瞬、後ろに下がり刺突の威力を上げようとした槍の一体が紅蓮の炎に包まれ燃え尽きる。

 あっと思う間に、駆け込んだ降谷の背に今度は『バーボン』が浮かび上がり、意味深に微笑みつつ月輪を頂く朱鷺の仮面を被る。

 

『我は月と知恵、魔術を司る。我が名は『ジェフティ』。

 砕け散れ、下郎。【衝撃風(ザンダイン)】!』

 

 ゴンっと、鈍い音と共にもう一体、執拗に景光を襲っていた槍が見えない力で押し潰され消滅した。

 そして息を吐いてよろけた景光を救い上げるように抱き抱えた降谷(ゼロ)は、救いを求めるようにこう唱えた。

 

「ヒロの治療をしたい、『安室透(マカミ)』」

『判っている。我は厄除け、難除けを司るもの、『大口真神(おおぐちまがみ)』。

 僕の力が九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)に届けばいいが。【大治癒(ディアラマ)】』

 

 背を向けるように現れた『安室透』は、肩越しに狼を思わせる仮面を被り、差し伸べた右手から白い光が溢れた。

 その光が消えると、血を噴き出していた景光の肩と腕の傷が塞がった。

 その様子に、ギイイイイっと、女とも思えない唸り声を上げて『お嬢様』が喚いた。

 

「何よ、『バーボン』にこんな力があるなんて聞いて無いわ!

 お陰で大赤字じゃない! パパには絶対」

「どうせ金勘定するなら、損得計算より、裁判費用の計算を勧めるぞ」

 

 そう言い放った降谷(ゼロ)の背後に、有翼日輪の仮面を被った『降谷零(ウトゥ)』と月輪を頂く朱鷺の仮面を被った『バーボン(ジェフティ)』が浮かび上がる。

 

『燃え尽きろ、【業火乱舞(マハラギオン)】!』

『凍り付いて下さい。【氷雪乱舞(マハブフーラ)】!』

 

 本来なら、二人以上の魔術使用者によって発動する『合成魔法・氷雪業火』が発動した。

 爆炎と凍結から液化した水分。結果は尋常ではない水蒸気爆発だ。

 降谷と景光、そして二人の元に駆け寄った蛍丸と愛染とは、咄嗟に景光が張った耐火炎障壁によって守られたが、敵として範囲から弾かれていた穢刀剣と女に熱波は容赦なく猛威を振るった。

 結果として、真黒に煤けたかつて展示場だった場所で立っているのは降谷達四人(?)と、周囲の穢刀剣を壁にする事によって致命傷を避けた、焦げたワンピ-スと燃えてボロボロになったヘアスタイルに癇癪を起こす女だけになっていた。

 ボロボロに砕けた刃物の破片を踏み締め、煤け、ついでに炎に舐められ睫毛や眉毛の燃えて無くなった顔で女は吠えた。

 

「キイイ! 大赤字よ、この稼業やってきて初めての屈辱よ! 次は絶対殺してやるんだから、覚えてなさい!」

「待て、うわ!?」

 

 そのまま魔法陣を作り出し、そこから逃げようとする女を制止しようとした降谷は、だが急に激しい眩暈を覚え膝から崩れた。

 そのまま刃物屑の中に倒れ込みそうになったのを、景光と蛍丸とが慌てて支えた。

 

「うわわ、しっかりしてよ婿殿!」

「蛍、無茶言うな、能力覚醒直後であれだけ大きい呪文バカスカ打ったら、魔力切れして当然だろ! 主、とにかくここを出よう、幾ら主の霊力で支えてるって言っても、こんなところ何時までも居るもんじゃないだろ?」

 

 一見すれば、小中学生にしか見えない二人の従属神(ぶか)の言葉に、景光は幼馴染みに肩を貸しつつ頷いた。

 

「ああ、脱出しよう、向こうで『竜胆』と陸奥達が待ってる」

 

 そう言いつつ、自身の左肩に降谷の頭を乗せた景光は、彼の身体に回した左手に力を込めた。

 その腕に、何を言おうとしたのかを察して降谷は幼馴染みの手を握り返し、こう告げた。

 

「誤解するなよ、ヒロ」

「え?」

「『降谷零(ウトゥ)』も、『バーボン(ジェフティ)』も、『安室透(マカミ)』もずっと俺の中に居た。当たり前だ、俺が生み出した人格なんだから。

 今回、たまたま『お前を助けたい』って俺とあいつらとで意見の一致があったからこうなったんだ、頼むから勝手に自分の所為にして俺の前から消えようとするなよ? そんな事やらかしたら発狂してやるからな?」

「……その脅し文句はないよ、ゼロ」

 

 真顔で言い切られ、景光は眉をハの字にし、見た目子供の二人は笑い出した。

 そうして、四人は壊れた扉を潜り、元の場所へと戻る事にした。

 

 

 形だけの扉を潜り、一メートル巾で数メートルほどの灰色の通路を進み、光が差し込む方へと向かう。

 女に連れ込まれた時には、こんな距離を感じなかった筈と降谷零が思っていると、斥候よろしく先を歩いていた赤毛の少年、愛染国俊が答えて曰く。

 

「えーと、安室さんがあそこに誘い込まれた後、一度あの空間は切り離されてたのを主が空間の切れ目を見付けて、九頭竜の霊力で引き寄せて通路を掛けたんだ。

 つまり、今歩いてたのはその通路。結構引き寄せてあるよ? 主が彼処に辿り着くのに、一〇分くらいは走ったもの」

 

 少年の言葉に、己に肩を貸す幼馴染みの顔を見ると、ついっと目を反らされた。

 

「ほんと、主って婿殿にぞっこんだよねー」

「夫婦円満って良い事だぜ、蛍」

 

 一見子供だが、二人とも付喪神で元々の依り代の製作年や伝承とかを加味すると、遥かに年上である。

 見た目小中学生に冷やかされつつ元の空間に戻ると、管狐と六人の青年が待ち構えていた。

 彼等は、恐らく吉野景光(そめいよしの)を案じて中に飛び込むつもりで居たのだろう、見た目こそボロボロだが怪我の無い様子の景光と、疲れた様子はあってもやはり怪我の無い降谷、そして連戦でボロボロだが元気な二人組の姿に、些か拍子抜けしつつもホッとした様だった。

 景光が、背後の黒く口を開けた空間の『穴』に手を翳すと、まるで逆再生のように空間が戻っていって、そこには唯の壁だけが残された。

 一息吐くと、部下達の筆頭である陸奥守吉行・極に『主』として景光が声を掛ける。

 

「手間を掛けた、陸奥」

「何とゆう事も無かったが。こちら側は特に影響もなかったがで、事を大げさにしやーせん為に人払いばあにして特に避難らぁはさせんかった。それより、首尾はどうなった?」

「主犯に逃げられた。只、何時もの歴史修正主義者より、傭兵っぽいのが気になったけど」

「傭兵か?」

「二言目には金、だったな」

「金に汚いと言うか、守銭奴と言うか、あれは金の為に色んなものを捨てた人間だな」

「成る程、『希に良く居る』っつう奴じゃな」

 

 景光の言葉を降谷が補うと、刀剣男子達は揃ってチベットスナギツネのような顔になった。

 その中で、最初に気を取り直したのは流石と言うか、初期刀であり『代紋本丸』の刀剣男士総代である陸奥守だ。

 

「取り敢えず、『竜胆』主の着替えじゃ。上着ばあでも代えておかぇいと、刃物で切った跡のある服は説明がおおごとろう」

「はい」

「そうだな。頼むよ、『竜胆』」

「あ、だったら彼岸殿謹製ソウルドロップも! 婿殿魔力切れ起こしてるから!」

「ソウルドロップ?」

「ようは栄養剤ですよ。薬研兄と一緒に、彼岸殿が開発されました! 気力切れに効きますよ!」

 

 蛍丸の言葉に首を傾げる降谷に、ピンク色の髪を持つそれこそ小学生くらいの付喪神、『秋田藤四郎・極』が笑う。

 渡されたのは、蜂蜜色の透明感のあるタブレットで、口に含んで噛み砕くと、確かに先程から続いていた頭部の奥からの鈍痛がすうっと引いた。

 

「凄いな、あいつ」

「うん、実はあいつ、何気にうちの稼ぎ頭なんだよな」

 

 本丸で暮らし始めて直ぐに、色々作るようになった江戸彼岸こと松田の作品は、万屋と呼ばれる商業区画でも良く売れている。

 何処からともなく取り出されたパーカージャケットを、これまで来ていたものと取り替え、二人と刀剣男子達とは此処で別れる事にした。

 

「ほんなら、主、儂らは先にいぬる」

「切り離された空間の事は、俺と蛍である程度纏めとくから、後で確認してくれな!」

「大丈夫、婿殿の事は適当に誤魔化しとくからさ!」

「あー、うん。頼むよ、二人とも」

 

 一礼し、転移で本丸へ帰っていく刀剣男士を見送ると、管狐も人払いの結界を解いて姿を消した。

 結界の外は人影が疎らだが、向こうの方から聞こえる所謂『バナナの叩き売りの口上』に、何かイベントが始まっているようだ。

 これ幸いと、移動した二人は、会場出口に固まっている知人一同に気付いた。

 

「吉野さん!」

「撫子、そっちは何もなかったか?」

 

 吉野景光に気付いて、前に出た神矢撫子の後ろから、些か不機嫌そうな灰原哀と物言いたげな沖矢昴とが付いてくる。

 

「婚約者を放り出して、何やってるの?」

「以外に男気の無い人だったんですねえ、吉野さん」

 

 字面以上の圧力を掛けつつ、灰原がジト目を向け、溜息交じりに沖矢が呟けば、景光の横に立っていた安室透の額に青筋が切れる。

 そのまま沖矢に飛び掛かりそうな安室の腕をそっと引っ張り、外野は脇において景光は話すべき事を口に乗せる。

 

「とんだアクシデントだったけど、八割は片付いたよ。ただ、御新規さんだね、あれは。調査部の君にはまた仕事が増えそうだ」

「そうなんですね。私は、年明けからこちらで寺社回りに就く事になりますけど、そちらの方にも参加出来るよう、水屋さんにお話ししますわ」

「いや、寺社廻りの方が大変だろう? それに君に無理をさせたら二振(ふた)りに怒られてしまうし」

「うふふ、大丈夫ですよ、あの人も次郎ちゃんも、吉野さんには今でも感謝していますし?」

「……どう言う事?」

 

 話の流れが何となく自分の想像と違う事を察して、訝し気に灰原が問うと、吉野景光は笑顔でこう言い放った。

 

「ああ、うん、撫子、まだ話してないのか? 君が既婚者だって事」

「「「え?」」」

「あら、そう言えば」

「そう言えばじゃないよ。えーっと、彼女は二年前に職場結婚してます。だから、当の昔に婚約者候補でも何でも無くなっているんだ」

「だって、吉野さんったら、私に弟弟子が出来たのに、一度も会わせて下さらないんですもの。だから、ちょっと嫌がらせしてしまいました」

 

 てへぺろとばかりに舌を出して笑う神谷撫子(みやのあけみ)に対して、吉野景光(もろふしひろみつ)の方は「そう言えばこう言う事する子だったんだよなあ」と遠い目になる。

 

「あー、そうか、衣笠は肩書上俺の弟子になるんだっけ。でも、撫子は弟子と言うより保護だったと思うんだけど」

「あら、今の職場に着くに当たり、指導役と監督をして下さったでしょう? だから私が吉野さんの一番弟子ですよ?」

『ヒロ、どう言う事だ?』

 

 沖矢と灰原が、言葉もない状態なのを幸いと、降谷は感応で話し掛ける。

 

『ブラック本丸から保護した彼女には、本丸を回す事が可能なだけの霊力があるって事で、審神者にスカウトされたんだ。

 その時に、研修先がうちになったんだ。管理部には色々言われたけど、あそこが用意した研修先が色ボケ系ブラックだったから俺達でゴリ押ししたんだ』

『……管理部ぇ』

 

 皆が皆腐っている訳でもないのだが、染井吉野達『代紋本丸』が行き当たる管理部職員は、どうにも外れが多いのだ。

 ……彼らが監査部預かりで、管理部と距離を取っている事を差し引いても、彼らと接する管理部職員で『ブラック派閥』で無かった者、あるいは歴史修正主義者のスパイで無かった人間は片手で事足りてしまう。

 

「……衣笠くんに関しては、近々書類の関係で向こうに行くから、その時にでもお茶の席を作るよ」

「絶対ですよ?」

 

 頭を掻きつつ答えた景光に、そう撫子が笑った時である。

 

「あー、居た居た、撫子ちゃーん!」

「あ、次郎ちゃん」

 

 明るい調子だが野太い声が響き、あっと思った時には身長一九〇センチオーバーの美丈夫が走って来て、その腕の中に撫子の身体を抱き込んだ。

 アメリカかドイツ辺りで買い込んだらしい、大柄な女性向けスーツに鮮やかなスカーフで胸元を飾ったその人物に、当事者以外が黙り混む。

 

「兄貴が急に移動するって言い出すから、何事かって思ったけど、大丈夫だったらしいね!」

「心配させてごめんね?」

「なはは、いーのいーの」

「……もしかしてこの人なの?」

 

 そう呟いた灰原に、次郎と呼ばれた美丈夫はかんらと笑って手を振った。

 

「違う違う、撫子ちゃんは私(あたし)の兄貴のお嫁さん、つまり私の『義姉《あね》』なんだよ」

「そうですよ、次郎ちゃんは私の『義弟《おとうと》』です」

「うん、弟さん。ああ、ほら、旦那さんが来た」

 

 景光が指差した方から、二メートルに近い次郎に良く似た面差しの美丈夫が歩いてきた。

 表情はあまり動かないものの、弟と妻、そして景光を見出だし纏っている空気が和らぐのが見て取れた。

 

「撫子」

「あなた!」

 

 義弟の腕から出て、笑顔で配偶者に抱き着く今は亡き姉そっくりな女性に灰原哀は感極まった顔になり、今は亡き恋人そっくりな女性を壊れ物を抱くようにそっと抱き締める男の姿に、沖矢昴は崩れ落ちそうになるのを必死に耐えた。

 幸せそうなカップルを横目に、降谷はわざと声に出して質問する。

 

「お二人の馴れ初めとかって、聞いて良いのかな、吉野君」

「えっと、それは」

「いやねえ、私(あたし)や兄貴が強制労働させられてたタコ部屋に、下働きとして誘拐されてきたのが撫子ちゃんでさあ。あの子自身も碌に飯も貰えない、クソッタレな性格のお偉いの娘に暴力振るわれて酷い事になってるのに、私らの方が大変だからって必死に手当てしてくれてさあ。ま、兄貴が告白してなきゃ、私が求婚してたね。

 で、そのタコ部屋が何処ぞの宗教団体絡みの遺法工場だったとかで、そこの宗教関係者捕まえに来た内調のチームの中にいたのが吉野様なんだよね」

 

 ケラケラと笑う『次郎』は、実にいい笑顔でこう付け足した。

 

「撫子ちゃん、以前恋人に捨てられたらしくてさあ、しかもその恋人絡みで犯罪の片棒担がされて、結果的にタコ部屋に連れて来られたらしいんだよねー、聞いた時には思わず酒瓶割っちゃった」

「ははは、何て奴でしょう。何処の屑捜査官でしょうね、そいつ」

『ゼロ、ゼロ、バーボンが出てる』

『おっと』

 

 声じゃない声で幼馴染を諫めると、景光は見上げねば視線の合わない美丈夫に向き合った。

 但し、口を開いたのはその美丈夫の方だが。

 

「ご無沙汰しております」

「いや、そちらも順調だと聞いていましたから。

 ただ、こちらの方で任に就いたと聞いて驚きました」

「……妻の生まれ故郷を、私も見たかったもので。そろそろ時間ですので、我らはこれで失礼致します」

「ああ、お気を付けて」

「貴方様こそ」

 

 そう言って、景光に目礼した美丈夫は降谷に向き直った。

 

「吉野様のご友人、で?」

「あ、はい。安室透と申します」

「……私は伊勢崎太郎、あちらは弟の伊勢崎次郎と申します。この先何度かお目にかかる事もあると思いますので、よろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げた伊勢崎兄に、慌てて降谷も頭を下げた。

 そして、そのまま腰を屈め、灰原に向き合った美丈夫は小さく微笑んでこう声を掛けた。

 

「妻の事を気遣ってくれたそうですね。ありがとう、お嬢さん。あなたの毎日に良い事が増えるよう、祈っています」

「あ、いえ、その、……ありがとう」

 

 恥ずかし気に顔を背けた灰原の頭を撫でてやると、伊勢崎太郎と名乗った男は立ち上がり妻と弟を連れてその場を立ち去った。

 沖矢昴にはおざなりに、阿笠博士と少年探偵団には丁寧に頭を下げて三人は人ごみに消えて行った。

 

「……僕、何か失礼な事しましたかねぇ」

 

 何となく、一人だけ扱いが雑だった事に気付いた沖矢のボヤキに、景光は曖昧に笑って済ませたが、降谷はバッサリと切って捨てた。

 

「そりゃあ、普通自分の妻の傍に胡散臭い男がいたら、塩対応待ったなしでしょう?」

「貴方、今日は何処かのお嬢さんのボディガードじゃなかったんですか、安室さん」

「残念ながら、彼女は金払いの良い男性が良いとナンパに付いて行ってしまいました。彼女のご実家には、契約解除の連絡入れてますからお気遣い無く」

 

 そう言うと、降谷はさっと景光の腰を抱いて自分の方へと引き寄せた。

 流石に、子供の目の前故に景光は顔を赤くしたが、有無を言わせず降谷はいっそ鮮やかなくらいの笑顔でこう言い放った。

 

「では、僕達はこれで失礼します。皆さん、良いお年を」

「あ、安室さん、その、あの、失礼します、良いお年を」

 

 しどろもどろに挨拶して、吉野景光は安室透に攫われるようにイベント会場を後にした。

 その光景に、かつて『スコッチ』を引っ張って歩いていた『バーボン』を思い出し、沖矢昴(あかいしゅういち)は開眼し、緑色の瞳を眇めた。

 

 

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