※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

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喫茶店ポアロの新人バイト

 編成を決め、九頭竜を祀る神社にアンカーを設置し、龍脈を利用して九頭竜=染井吉野の霊力を巡らせる事で、日本全体に結界を拡げる事に決まった。

 だが、その結界の中心であり、吉野が暫く居て大きめのアンカーを設置するべき場所に、四人は一斉に頭を抱えた。

 

「うっそぉ」

「細かい誤差を考慮しても、ここが一番、だなあ」

 

 小松乙女と大島がぼやき、口寂しさから電子煙草――九頭龍の眷属となってから吉野が軽いアレルギーを示すようになり、自身も調子を崩すようになった為ノーニコチンだ――をくわえた江戸彼岸も唸る。

 

「いや無理だろ、彼処完全個人事務所で、助手とか何とか入り込めると思えねえし」

 

 『奥』のリビングテーブルの上に置いた3Dディスプレイに展開した、東都の地図の中ピンが立てられている場所は、『毛利探偵事務所』とあった。

 

「しかも、渦中の人である工藤新一が『江戸川コナン』として暮らし始めてる時間帯だろ、ある意味不味いじゃん」

「俺や小松、彼岸ならともかく詰めなきゃならんのは吉野だしな。探偵助手として入り込むなら、当然あちらの騒動に関わらなきゃならなくなる」

「あー、向こうの騒動の影で動くだろうあちらさんを叩く為に俺達は警察機構に入り込むけど、吉野が現場にいるの不味いだろ、主に組織と公安的に」

「……うん」

 

 染井吉野こと諸伏景光は、警視庁公安部内に潜む組織の手先、若しくは公安内の裏切り者によって潜入捜査官である事が組織に抜けて、死亡する事になった。

 公安側は降谷零が恐らく処分しただろうが、組織の方はどうか判らない。

 

「あ、此処、下に喫茶店があるじゃん、こっちにバイトとして勤めたらどうかな」

「馬鹿、そっちこそ不味いだろ! 降谷が安室透って名前で入り込むんだぞ!」

「それを言うと、毛利探偵事務所にも押し掛け弟子やるんだよな、あいつ」

 

 小松を彼岸が小突き、大島は何度目かの溜め息を点いた。

 だが、染井吉野の言葉に、三人は顔を見合わせた。

 

「俺、喫茶店ポアロに行くよ。どちらにせよこの座標に居なきゃならないし、だったら転職って形で姿を消せる店員の方が、色々誤魔化せれると思うし、それに」

 

   そこに居たら、ゼロの安否が判る。

 

 言葉にならなかった吉野の思いを、三人は正確に理解して、困ったように視線を逸らした。

 

 

「あ、取り敢えず、髭は止めとけよ、諸伏」

「え?」

「似合って無かったから」

「え?」

「いや、身元隠すんだったら髭は止めた方が」

「いや、今度は兄ちゃんと同じ口元の髭にしようかと」

「「「止めろ!!」」」

「はい……」

 

 

ポアロの新しいバイト

 

 梅雨も半ばのある日、喫茶店ポアロに新しいバイトが入ってきた。

 求職中の元会社員だと称したその青年を、歓迎したのは榎本梓だろう。

 そして、公安の仕事と非合法活動でへとへとの安室透こと降谷零は、数日振りにポアロに顔を出し、そして凍り付いた。

 

「あ、安室さん、こちら三日前からバイトに入ってくれてる吉野景光(よしのかげみつ)さん。吉野さん、こちら安室透さんね、この人本業があるから、余り会えないかもだけど」

「初めまして、吉野景光です、よろしく」

 

 そこに立っていたのは、死んだ筈の幼馴染み。否、あの潜入捜査官として死んだ頃より若いか? そう、まるで警察学校の頃ぐらいの。

 いや、実は顎髭で何とか二十代に見られていたが、警察学校時代は幼馴染みと同期の一人は街を歩いていて、うっかり補導されそうになった事が何度かあった。……童顔故に。

 それにあまり髭が濃くなかったので、ああいう髭の伸ばし方になったのだが、正直似合っては無かったが。

 

「あの、安室さん?」

「あ、いや、こちらこそよろしく」

 

 訝しむようにこちらを見る青年に、慌てて挨拶を返す。そして気付く。

 目の前の青年の瞳は、幼馴染みのような灰青ではなく、明るい茶色で光の加減でより薄い色に見えた。

 別人か? カラコンのようには見えないのだが。

 髭が無いだけで、冗談のように若く見えるあたりきっと幼馴染みだと思うのだが。

 それに、幼馴染みも潜入捜査官として別人格を演じてきた、だが彼の表情はスコッチと言うより幼かった頃の幼馴染みに似ていて……。

 

「安室さん、お客さんですよ」

「あ、すいません」

 

 榎本梓に声を掛けられ、慌てて厨房に入る。

 その背中を、仄かに微笑んで見送る景光に、降谷零は気付いていなかった。

 

 

 

 夢を、見た。

 

 あの日、あの時の夢。

 心臓が張り裂けそうなほど、息が続かないかと思うほど非常階段を駆け上がり、扉を開く。

 そこにライ――赤井秀一の姿はなく、探し求めていた相手が、漆黒の夜空を背に無事な姿で立っていた。

 ああ、助ける事が出来る。

 

「スコッチ(ヒロ)!」

 

 だが、振り返った幼馴染みは、自分を見るや血相を変え自分の手を掴み、扉の横へと突き飛ばした。

 

『駄目だ、ゼロ!!』

「ヒロ!?」

 

 床を転がり、起き上がって最初に見たものは、あいつの背後から左胸を刺し貫いた、一振りの刃。

 かはっと血を吐く姿に、目が限界まで開くのが判った。

 いや、一振りだけではない。何本、否何十本も現れた刃が、幼馴染みを貫く。

 ばかりか、虚空から伸びた何本もの手が、暗がりへとズタズタに刺され血塗れになった幼馴染みを引き摺って行く。

 慌てて助けようとする自分に向かって、彼は緩く首を振った。

 

『ゼロ、良いんだ。……生きて、くれ』

 

 声にならない絶叫と共に跳ね起きた。

 これまでに見た事の無い、悪夢だった。

 

 

 深夜の箱根、芦ノ湖畔。

 そこにある九頭龍神社の、古くからある本宮の前に、八人の人影がある。

 否、正確には人間は一人きり、残り七人は器物の化生、付喪神だ。

 一見すると、登山者の集団のような出で立ちなのは人目対策である。時間的に人に見られるとは思わないが、いざと言う時に登山中に道に迷ったと言う事で押し通す予定だ。

 彼らは箱根神社、その傍にある新宮に神酒と榊を捧げ、最終目的地であるこの九頭龍社に辿り着いたのだ。

 

「はあ、やっと着いたか。都会育ちにゃきついぜ」

 

 癖っ毛の男が、ヤレヤレとばかりに屈伸する。

 その横で、深紅の瞳を細め笑う青年がいる。

 

「ここ、主の匂いがする」

「止めてよ清光、気持ち悪い」

「何だと!」

「止めないか大和守、加州も噛みつくな」

 

 青年の言葉に、別の青年が揶揄るのを、一見この中で一番年嵩に見える青年が止める。

 それに対し、笑うのは赤毛の少年だ。

 

「そりゃあ、ここも大将の祖先であり、大将自身でもあられる方の御座所だもん、俺達には心地好くて当然だよ」

「でも、ここと戸隠山の伝承は結構違わないか?」

 

 先程赤い瞳の青年を揶揄っていた青年が問うと、それに向かって赤毛の少年に次いで背の低い青年が困ったように告げる。

 

「戸隠山でも、時代が下がると天の岩戸とか天神地祇とか組み込まれていったそうだし、後から来た神々を立てる人々の都合のいい形に変えられちゃったんでしょうね。

 でも、御座所そのものは潰されなかった訳だし」

「……その御座所に、踏み込もうって言う馬鹿がいやがんな」

 

 背負っていた荷物を下ろそうとしていた癖っ毛の青年の唸り声に、同じく荷を下ろしていたロングヘアの青年が呆れた声を出す。

 

「相変わらず、短刀並みの偵察力だな、彼岸の旦那」

「気にすんな、仕事柄ってやつだ。堀川、時間は?」

「現在十時二八分です」

 

 その言葉に、癖っ毛の男――江戸彼岸はがりっと頭を掻き、そして嗤った。

 

「よし、野郎共、一時間以内に片付けて、十二時にアンカー設置の為の神事をやるぞ。

 小松や大島に色々言われるのは癪だし、何より染井吉野の負荷を減らすには、九頭龍の神域を繋ぐアンカーは必須だからな!」

「「「「「「「おう!」」」」」」」

 

 荷物を下ろし、振り返った男達の前に、空間の歪みと共に何者かが現れようとする。

 それを睨み、口許に好戦的な笑みを刻み江戸彼岸は柏手を打つ。

 

「九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)が眷属、江戸彼岸こと松田陣平が命ずる。信濃藤四郎、加州清光、大和守安定、長曽根虎徹、和泉守兼定、堀川国広、速(と)く来たりて怨敵討ちませ‼」

 

 本来なら長い祝詞を、自己流にアレンジし短くして唱え、締めとばかりにさらに柏手を打つ。

 その次の瞬間、登山服の青年達は桜吹雪と共に白狩衣と刀剣男士としての戦装束に変わる。

 そして本宮前に踏み込もうと言う歴史遡行軍(ふらちもの)に、江戸彼岸の護衛である信濃藤四郎以外の通称『新撰組』が斬り掛かる。

 

「こっちに来る口実をくれた事には礼を言うが、余計な事してくれた事にも礼を言わせろや、この野郎」

 

 そう嘯き、江戸彼岸は常に携帯している制式拳銃を抜いた。

 

 

 吉野景光がバイトに入って以来、ポアロの客層が変わった。

 安室透目当ての女性客は相変わらず多いが、若い男性客が増えたのだ。

 それもモデルや芸能人並みに顔とスタイルの良い、超絶美形ばかり。

 また仕事の折り合いのために暫くポアロに出て来れなかった降谷零は、久し振りの店内の様子に些か驚いていた。

 

「おはようございます、安室さん」

「あ、ああ、おはよう、吉野くん。ごめん、お客さん多かったんだね、早く来れば良かった」

 

 降谷零の言葉に、吉野は猫のように吊り上がった眼を細め困ったように笑った。……そんな表情も、幼馴染みにそっくりだった。

 

「男性客に関してはすいません、彼ら俺の友人知人で」

「そうなのかい?」

「高校時代や大学の同期や後輩達で、俺がバイトを始めたって言うんで、面白がってるんです。

 もう暫くして落ち着けば、来なくなると思いますから」

 

 そう一礼すると、吉野は客の方へオーダー票片手に走っていく。

 そうして、楽しげに客と談笑する吉野の姿を眺めつつ、降谷零は考え込む。

 店の奥で盗み見た吉野の履歴書から、……読みは違うが、幼馴染みと同じ字並びの名前である事を知った。

 以前はとある警備保障会社で働いていたが、労災――勤務中の捕り物騒ぎで怪我をし、長期入院を余儀なくされていたらしい。体裁きは良いのにやや体力がなく、妙に痩せているのはそう言うことかと思う。

 で、仕事を辞めて現在は高校時代と大学の友人と四人でルームシェアと言うか、一軒屋を借りて共同生活しているらしい。

 この辺り、職権濫用とは思ったが部下に調べさせた。

 天涯孤独との事だが、戸籍はあった。

 しかし働いていたと言う警備保障会社の方が、まだ確認が取れていない状態である。似たような名前の会社は幾つかヒットしているが、彼が在籍していたと言う確認が取れないのだ。

 長野出身で、関西にある会社に勤めていたらしいのだが。

 

「安室さん、お盆折れてるよ?」

「コナンくん? ってわっ⁉」

 

 常連でもある小学生探偵、工藤新一の仮の姿である江戸川コナンの指摘で、降谷零は自身の手の中で、ステンレス製のお盆がメッキョリと三つ折りになっている事に気付いた。

 焦って代わりの盆を取りに行く青年を、見た目小学生は汗と共に見送り、男性客の大半はなんだあれと言う目で見ており、吉野景光は暫く眼を見開いた後、くすりと笑った。

 心底、愛しいものを見たように。

 

 

 夢を、見た。

 何処かの荒屋(あばらや)のぼろぼろの座敷、藁なのか畳なのか判らないそこに幼馴染みが座り込み、低い声で何かを唄っている。

 彼の膝にすがるように、三人の子供が眠っている。猫か犬かは判らないが、何かボロボロの小動物も居る。

 良く見れば、三人も小動物も傷だらけで、流石に放っておけずせめて滲む血を拭ってやろうと、ハンカチを手に近付こうとして。

 

『ゼロ、来ちゃ駄目だ』

 

 幼馴染みに拒まれた。

 よくよく見ると、彼の身体も血塗れだった。

 ……何時かの夢を思い出す。まさか。

 

「ヒロ、どうして」

『ゼロは、来ちゃ駄目、だから』

 

 そして、自身と彼を引き離そうとするように、何十本と言う日本刀が俺達の間に突き立った。

 

 

お……あぃ……えぃ……あぇ

 

 彼の歌声ははっきりとは聞き取れなかったが、目覚めた後も耳に残っていた。

 

 

 

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