『ペルソナ使い』として、特殊と言われているのが降谷零の現状だ。
何しろ、能力としてはペルソナを自由に付け替える【ワイルド】ではなく、一つ固定の【アルカニスト】の筈なのに、何故か三つもペルソナを保持し、しかもそのペルソナと対話が成立していると言うのだから。
一人でブレインストーミングが出来るのはありがたいが、何事か支障が出るのではと僅かながら不安を覚えた降谷は、元同期達の伝手を頼りこの手の相談が出来る人間を紹介して貰う事にした。
『葛の葉』の術者の、カウンセリングを兼ねた問診によって解った事は、元々『ペルソナ使い』として高い適性を持っていたところに、過剰なストレス下で三人の人間を演じねばならなかった事、そして【素性バレ=自身の死と任務失敗】と言う状況から単純な演技ではなく、人格そのものから作り出さねば演じ切れないと思った降谷零は『バーボン』と『安室透』と言う人格を本来の己から遠い性格に組み上げ、その人格から演じるようになった為と言われた。
元々、幼い頃の事件から『警察官』に憧れを抱き、そこから公安警察官としての『降谷零』を生み出していたが為に、さらに増やす事に本人は抵抗が無かったらしい。
そして、適性の高さが人格三つにそれぞれペルソナを作り出す事になった上で、その人格そのものをペルソナが取り込む形になって対話出来るレベルまでに至ったらしい。
また、こうなった一因に、降谷零がかつて自身の名を嫌っていた事も関わって来るとその術者は言った。
「お前さん、自身の名前を心底嫌ってただろう。
そして、心を許した相手に付けられた名前に、愛着を今を持って
その名前がお前さんの【軸】で、三人もそれを理解しているからお前さんを取り込むとか、【
お前さん、いやお前さん達にとって、名前をくれた人間は、本当に大切な人間なんだねえ」
高野山系の密法僧だと言う齢百を超える老僧は、降谷に向かって皺だらけの顔をくしゃくしゃにして笑った。
『組織』に接触してきたのは、『オリバー・ウィリアムズ』と言うアメリカ人だった。但し、降谷零が知っているアメリカ人には程遠い外見の男だった。
白色系人種特有の肌の白さと、青い目、金色の髪。だが、それらを全て台無しにするくらい男の両目は離れており、鼻は潰れ獅子鼻を通り越して蛙を思わせた。
そして、骨が歪んでいるのか、本来は一九〇センチはある筈の身長は背中が曲がりついでに膝の歪みもあり、ぱっと見一七〇あるかないかと言う感じであった。
バーボンが直接会う事は無かったが、映像は――公安側の権力で、成田空港のカメラや入国記録を調べた結果――見付けた。
警察庁にある資料室の、片隅に設置されたパソコンを操作し、回収出来た情報を見る。
そして、見た瞬間に『
『嫌だ、此奴は嫌だ、直ちに此奴の犯罪歴を洗い出して、国外追放にしたい‼』
『『
『確かに、直接会うのはごめんだけど、落ち着いたらどうです、『
普段、職務的に理性的に振る舞う事を旨とする『降谷零《ウトゥ》』の反応に、『
だが、暫く男の画像を見ていた
「こいつ、……あの変態に空気が似てる」
思い出したのは、二間ほどの小さな家の中で、煎餅布団の上に服を切り刻まれて全裸にされた
悲鳴を聞いて自分が飛び込んだ時、男は着衣のままピンク色の一物をおったてており、怯えて必死に両足を閉じようとする幼馴染みを押さえ込み、確実に引き裂く予定の穴にローションを塗りたくっている最中だった。
まだチビで体重も軽かった自分は男に振り払われてしまったが、その直後、一緒に飛び込んだ滝和也の長い足が男の鳩尾に食い込み、そのまま真後ろに吹っ飛ばしていた。
あの度しがたい変態ロリペド野郎に、この『オリバー・ウィリアムズ』と言う男の雰囲気は一見しただけだが……鳥肌が立つほど似ていた。
そしてゼロからフィードバックする形で、事情を理解した『
二人とも、主に嫌悪感に。
『何こいつ、何こいつ! 嫌だ、気持ち悪い!!』
『白人の魚人面って時点で、結構なものなのに、その上空気が性犯罪者って、待って対応し切れない』
『いやいやいや、待って、確か此奴組織に依頼持って来たって事は、対応するの僕じゃないですか‼』
『だから国外追放にしたいって言ってるんだ‼』
頭の中で、
それに対して、じっと黙っていた
「国外追放と言うか、逮捕してブタ箱にブチ込みたい」
『『『
思わずと言った感じで黙った三人?に向かって、周囲に人がいない事を確かめ唸るように呟く。
「最初に言い出したのは『
確か、この『オリバー・ウィリアムズ』と言う奴が【日本のクトゥルー】を探してるんだろう、それって、ヒロを探してるって事になるんじゃないか?」
人格達が静まり返る。いや、どうやらそれぞれで考え始めたらしい。
『この男の個人情報が欲しい。入国ビザによると、アメリカの大きな財団の関連会社の日本支社へ出張との事らしいが、もっと詳しい滞在日数とか』
『アメリカ人と言う事は……ち、FBIに借りを作りますか?
『いや、『
『
『FBIへの窓口なら、胡散臭い男よりずっと信用出来る人が居るじゃないですか、滝さんって人が!』
「あ。そうだ、滝さん直接は無理でも、新條さんがいる、……って待てよ、どう口実付けて頼もう、幾ら何でもあの変態に似てるからって理由じゃあ」
思わず額を押さえた
『仕方がありません、その日本支社とやらに潜入して、この男の情報を集めましょう。
アメリカ人と言う事では、
『本当にアメリカ人か、信用しかねるけど。いっそ、【ラブクラフト作品】に出て来るインスマス人とでも言われた方が納得出来ますよ。でも、
『落ち着け『
「……取り敢えず、この男の情報を少しでも良いから掴んで、そこから不穏分子として滝さんに相談と言う形が良いんじゃないか? 情報の出所は、ちょっと、いやかなりぼかすしかないが」
『そこは、まあ調査結果次第と言う事だな。ただ、少し気になる事がある。この財団と言うのが引っ掛かる』
財団。正式名は別にあり、何やら色々権力もあるらしいが正直正体不明と言って良い。
噂では、世界中で死刑囚を集めて非人道的な実験を繰り返しているとか、いきなり過疎化地域をごっそり買い取って立ち入り禁止にしたりとか、色々不可解な活動をしているらしい。
アメリカを始め世界中に支部が、そして子会社が存在するのは知られているが、その子会社も含めて実態が掴めない組織、それが『財団』なのだ。
『そう言えば、【組織】でもこの【財団】については把握し切れてないと言うか、アメリカの方でしたが、一度情報を抜こうとした奴がSWAT並みの武装集団一個大隊クラスに追い回されて、結局捕まって帰って来ませんでしたね』
『え? 大丈夫なんですか、それ』
『
それに向かって、『
『日本国内で、そんな事されたら堪らないんだが』
「……その辺から調べないと、か。
公安の捜査力で、何処まで抜けるかだなあ」
そうぼやきつつ、
一時期来なくなっていた男性客――吉野景光の友人だと言う面子だ――が最近少しずつ来るようになった。
特に来るのは、赤と黒がパーソナルカラーだと言う
纏まって来るのではなく、一人か自身の連れを伴い、『ポアロ』で一時間ほどゆっくりして帰ると言う感じで、一日に三人、時間を空けてやって来る。
彼らが来るようになったのは、『私立探偵の仕事』で安室透が『ポアロ』を休んでいるからと言う事を、知る者はいないだろう。
今日、閉店まで粘っていた陸奥吉行が帰ってくると、サクラハイツと言うアパートの一室に明かりが点る。
此処は、実は八部屋ある内の四部屋までが『代紋本丸』のゲート用に押さえられている、『葛の葉』所有のアパートである。
その中の一室で、五人、否五振りは顔を会わせた。
一応、体裁のため設置されているソファーとテーブルを囲み、五人は情報交換を始める。
本丸で行わないのは、これは彼らが主人である『染井吉野』とその眷属達に伏せて行っている事だからだ。
「どうだった、陸奥守」
「みょうにこうも、気持ちわりぃの一言じゃ。ついでに、思いっ切りこちらを見下して来ちゅう」
和泉之定ならぬ歌仙兼定・極の問いに、犬歯を剥いて陸奥守吉行・極が唸る。
彼の言葉に、同じように顔を顰めるのは加瀬清光改め加州清光・極、堀川切國こと山姥切国広・極、今日『ポアロ』に詰めた面々だ。
「陸奥守もそう思ったんだ!」
「俺は今日、小さい方の兄弟にも一緒に来て貰ったんだが、兄弟もかなり苦々しそうにしていたぞ」
「堀川は何と?」
「余程後ろ楯が大きいようで、『あんな堂々とした虎の威を借る狐、初めて見た』と。
奴の所在が判ったら、早々に頸を落としに行きかねん」
元は新撰組の刀、序でにブラック本丸で相棒と兄弟全員折られ落神寸前で『代紋本丸』に保護された堀川国広・極は、だからこそ仲間と主人である『染井吉野』に敵対する存在に辛辣だ。
特に、自分の身代わりに折れた山姥切国広と、刃を突き立てたにも関わらず自身を抱き締め謝罪を繰り返した『染井吉野』、この二人(?)に敵意や髪の毛ほどでも害意を向ける者が居れば、彼は己の存在に懸けて相手を駆逐するだろう。――『代紋本丸』の所属刀剣の三分の二は、そんな過去を抱えており、だからこそ『主上』である『染井吉野』に熱狂的な忠誠を寄せ
「気持ちは判るが、押さえるようゆうておいてくれ。もし、後ろ楯とやらが把握し切れなかった場合、ぶっちゅうような奴が又現れる事になる」
陸奥守の言葉に、四人は頷き合う。
眉を潜め、固い口調で蜂須賀虎徹・極は自身の感じ取った事を告げる。
「少なくとも、『
「蜂須賀もそう思うかい?」
歌仙の問いに、蜂須賀は大きく片手を振った。
「九頭龍への敬意が無さすぎる! どう見ても格下を観る下衆の眼だよ、あれは!
あれは、『主上』を見下した政府のバカどもと同じ眼だ」
「やっぱり?」
「まあ、そう思うだろうな」
「それ以外の何だい?」
「つまり、絶対許す訳にゃいかんとゆう事じゃ」
二度の臨死体験から、生まれ故郷の地主神に成り代わってしまった『染井吉野』は、その力を悪用される事を嫌い、一度は意識を閉ざし永遠に眠ろうとした。
彼と共にブラック本丸から回収された九振りの刀剣男士は、彼と共に眠る事に不満は無かった。
それに待ったを掛けたのが『時の政府』のブラックな連中で、暴力では言いなりに出来ないと理解した連中は、あろう事か彼の殉職する友人達を拉致し、彼等の命と引き換えに覚醒し連中に従属する事を『染井吉野』に強いたのだ。
尤も、『降谷零の同期で一緒につるんでいた男達』は、『化け物』、『怪物』、『九つ首の長虫』と見下され、ボロボロにされているのが消息不明だった仲間の片割れと理解した途端、大暴れして彼を奪い九振りと共に逃げ出したのだ。
その際、霊力を暴走させた『染井吉野』が三人を眷属にし、九振りを従属神として取り込んでしまったのだが。
以来、自力で制御が効くまで自身に幾つも封印を施して、審神者業に就いた『染井吉野』の元で、ブラック本丸摘発に参加した彼等が引き取った刀剣男士が共に暮らす事になった。又、彼の浄化能力を当てにした管理部から、回収された元ブラック刀剣が何十振りも押し付けられた。
その、押し付けられた刀剣達に多かったのがブラック故に歪み切った連中で、封印で自身を隠している形になっている『染井吉野』を見下し、傲慢に振る舞いついには彼を強姦して取り込もうと言う輩迄現れた。
そう言う輩を、眷属の三人と古参の彼等とは常に見張り、諌め、最悪実力行使してきたのだ。
今、不躾にも彼等の『主人』である『染井吉野』をねぶり見ている存在を、彼ら五振りはその奢って相手を見誤っていた刀剣男士や、現世の権力や肩書で良いように出来ると信じ切っていたブラック政府と、同じものと断じた訳である。
「とにかく、あの異様に隠れるのが上手い奴を、何らぁ引きづり出さねば話にならん、
「一応、短刀達に手荷物に紛れ込んでもらえば」
「ダメだよ、明日は『警察庁』の方だ、木場殿に伝えれば何とかなるかもしれないが、今からじゃ流石に登録証とか面倒な事になる」
「ああ、もう、近代って、これが困るんだよね!」(注、二二〇〇年代から見て近代と言う意味です)
加州が唸る横で、蜂須賀は無礼者について唸る。
「何が嫌って、彼奴が何処から観ているのか全く判らないと言う現状だよ」
「全くだ。俺と兄弟がいる間、俺達と榎本嬢と『主人』だけになったんだが、その時にも視線があったらしくて、『主人』の肩が跳ねてた」
「堀川が居て居所が掴めないって、そんな事が」
極脇差を出し抜く相手だと気付いて――しかも九頭龍の従属神でもある――、初期刀五振りに沈黙が降りる。
それを最初に破ったのは、代紋本丸刀剣男士総代を言い付かっている陸奥守だ。
「こうなったら、御神刀連中も巻き込んだ方が早いかもしれん。恐らく、呪術鬼道の類いを疑う方が早いろう」
「ああ、カメラの類いは行く度全員で確認してるもんね」
加州の相槌に、皆も頷いた。
「そろそろ戻ろう、鳴狐から主が戻ったと連絡が来た」
歌仙の言葉を機会と、五人は腰を上げた。
「取り敢えず、モグラの覗き魔さえ特定出来れば」
「それを叩き台に『婿殿』をこちらに完全に取り込む口実を作れるだろう」
「二〇〇〇年代の時代の人間だろうが構わない」
「そもそもそれを言えば、『主』自身がこの時代の人間なんだし」
「あればあ泣いて幸せを願った相手が、むざむざ不幸になるがを『主』に見せるくらいならこちらに引き入れる方が絶対にマシな筈じゃ」
「俺達は、恋ですらなかった思いが、時代に曳き潰されるのを見てきた」
「寄り添った二人が、周囲にもぎ離されるのを見てきた」
「国に、家に、比翼連理が引き離され失われるのを見てきた」
「だが、今の我らはただの刃物ではない、手足も口もある」
「ならば守ろうやか、我らの主の幸せを、未来を」
五振りの刀剣の神だった存在は、そう笑って押し入れの振りをさせているゲートに向かった。
……全ては、自分達の『主人の幸せ』の為に。
潔く己の命をお国の、組織の、仲間の、何より同じ危険の中に立っていた幼馴染みの為に散らす事を選んで一度目の死を迎えた、『染井吉野』の諱そのままの彼に、最愛の相手の手を取れる『未来』を齎す為に。
二月某日、都内の古刹で滝家の法要は静かに営まれた。
仲の良かった夫婦は、妻の四十九日が来る前に、夫が追い掛けるように逝ってしまった。
その事に一番泣いたのは、滝夫妻を後見人としてきた『松本蓮』と言うICPOに奉職中の男である。
大学時代の事故で、実父の政敵とも言うべき滝警視の一人息子と関わった彼は、その後の事件事故の結果実家と縁を切り滝家に身を寄せた。
そのまま滝家と養子縁組に至らなかったのは彼が成人していた事と、養子縁組の結果唯一無二の味方であった母方の伯母夫婦との縁が切れる事を当人が嫌がり、それを夫妻が『当然の事』と受け入れたからだ。だが、戸籍上は他人でも、夫妻は松本を四人目の子供として扱ったし、滝家の三姉弟も彼を兄弟として扱った。――特に、血の繋がった兄弟を毛嫌いしていた姉妹は、殊の外松本を可愛がり、慕った。
松本は、優秀だが優秀過ぎて自分以外の人間に興味も持てなければ血の繋がった家族すら書き割りのように扱ってきた滝家の一人息子に、『最愛の女性』を用意し結婚させた立役者でもある。
但し、その後夫婦で蒸発した義理の兄の一粒種を海外で育てる事になり、当人は気にしなかったものの義理の姉妹と滝警視夫妻、そして育てた義理の甥から多大な感謝と愛情と、拭いようの無い罪悪感を寄せられている。――因みに、甥は「両親が死ぬ訳無いし、叔父さんに迷惑しか掛からないから放置で良い」とチベスナ顔で言っている。
閑話休題。
忍耐強さと堅実な仕事で、警察庁警備部で働いていた滝警視は、同じく警察庁警備企画課――正確にはその前身――の『覇王』新條警視監――新條強の祖父に当たる。因みに、やはり父も警察庁で辣腕を振るった口だ――の懐刀として『知る人ぞ知る』存在だった。
その為、七回忌の法要に来る警察関係者はさほど多くなかったが、来た人間は挙ってお偉いと言う状況で、受付に居た『自称一般人』島一平、光彦兄弟――二人は親子二代続くジャーナリストだ――は戦慄していたが。
法要が無事終わり、参列者で会食が始まったところで滝警視の孫五人のうちの三人は、喫煙室で顔を会わせた。
長女の次男と次女の長男、そして長男の一人息子は、奇跡のように祖父の若い頃に生き写しで、幼い頃は年子にも関わらず三つ子と周囲に思われてきた。
尤も、成長の過程で三人はそれぞれの方向に進み、生真面目な警察官として成長した新條強、人当たりの良さと生まれ持った豪運で情報を掘り当てる事で知られた事件記者島一平、そしてFBIの『鬼札《ジョーカー》』の異名を持つようになった滝和也となっていた。
「おんやあ、ツヨポンにカズ、二人とも来てたのね」
「ツヨポンは止めろ」
三人の中では一番の年下である一平の第一声に、真っ先に眉を顰めたのは『三つ子の長男』と言われた強だ。
従兄弟の物言いに、苦笑を浮かべたのは『大人しい次男』と呼ばれていた和也だ。尤も、二十歳を越えて以降、彼が怪我をしていない時期は無いのではないかとおば二人は泣いているのだが。
「あんだよ、法事開始前に挨拶したじゃねえの」
「そう言う意味じゃねーって。ツヨポン、最近
『お調子者の三男』の言葉に、煙草の灰を落とした強の眉がぐっと顰められる。
「だったらどうした。
「おおこわ、そんなに威嚇しなくていいじゃん、確認しただけじゃんか」
「と言うより、何でそんな事を今頃? 強が部署変わったの、十一月頃からだろうよ? 俺、松本さんからそう聞いたぞ?」
義理の甥達、特に三人に関しては気を使いまくっている節のある叔父の言葉を思い返す和也に向かって、一平は「そこじゃなくて」と笑う。
「いやさあ、内調が最近活発に動いてるっぽいんだけど、烏丸グループ以外であそこが動くような事態って言うと、裏の裏の方かなあって思ってさ」
「一平」
ぎっと睨まれ、東都新聞社会部編集長は両手を挙げて舌を出して見せた。
「はいはい、別に記事にしやしないって、残念ながら烏丸グループも葛の葉の事も『俺』しか気にしてないから、ベタ記事すら作れねえのよ」
「カラスマ? なんだいそいつ」
「あれ、カズ知らない? 黒尽くめの酒瓶野郎共」
「おい!」
従兄弟の物言いに強が声を上げ、和也の目がきゅっと細くなる。
「あー、あそこかあ」
「何だ、知ってんじゃん」
「同期の奴から情報ねだられてな、松本さんの伝手で少し集めたんだけど、実は渡すかどうか迷ってる」
二本目の煙草に火を点けつつ、答えた和也曰く。
「あの馬鹿、自分達の都合優先でどうも同盟国である日本の警察機構に一切合切通さず、捜査活動してやがるらしくて。
今、日本に来てるらしいからあいつの所在聞こうと思って、在日大使館のFBI支部に問い合わせたら『そっちこそ知らないか』って言われて、こっちがビックリしちまった。
どうも、独自捜査って名目で大使館の方の面子にも連絡入れずに動いてやがるんで、あっちの方にしわ寄せが出てるらしくて」
ぎりっと煙草のフィルターを噛み締める従兄弟に、これは若干の非難と同情を混ぜて強が話し掛ける。
「この間、親父のダチだった人から愚痴られたわ。『サンフランシスコ平和条約って、何時失効したんだろうねえ、それともアメリカ人は自分が居るところ凡てアメリカと思ってるのかな?』とさ」
「ぐふっ」
「あー、うん。銃声が響いてたのに、『無かった事』になってるの、最近多いよねぇ。もしかしなくても、誤魔化してるのハムの人達?」
「……黒尽くめの組織絡みっぽいのはそうらしいぞ」
「あんの馬鹿野郎は~~、そうじゃなくてもあいつの下の奴等は再訓練ブッチしてる奴ばっかりなんだよ! 人事に泣きつかれたのもあって、あんにゃろに会わねえといけねえんだよ、くそが。奴の部下らしいのに声掛けたけど、どうもそいつ自体もこちらをシカとしてくれてるっぽいし」
日本に向かう寸前まで、人事部のお偉いに愚痴られ色々要望を押し付けられていた側としては、好き勝手やっている同期――尚、向こうは五十代、此方は四六歳、向こうは大卒後院に入ったり色々あった結果で、滝和也の方は高校大学
何しろ情報を要求しておきながら、何処で受け渡すかも未だに連絡がないのだ。
此方から何度もメールも通話も入れているのに、『後から連絡する』の一言で終わっている為、現場仕事が決して事前に組んだタイムスケジュール通りに動かない事を理解していても、流石に許容量を超えたと和也も怒っているのだ。
「カズよ、つまり今日本公安とガチッてる自称FBIは、違法捜査と言う一点に於て本国に訴えた場合、身内から突き上げられる立場って事で良いのか?」
「……彼奴等がやってる事を仮想敵国の奴等に知られれば、同盟国でそこまでやるならうちではそれ以上の事をやらかすに違いないって考えるだろうし、そちらがするならこちらが同じ事を
「あー、あの不死身な国家元首のとことか、三代目ボンボン国家元首のとことか、名前だけ共産主義のとことか、やりそうだヨネー」
思わず、三人揃って煙草の煙を吐き出してしまう。
その時、和也の礼服の胸ポケットの中に入れていたスマホが鳴った。
「あん?」
「仕事か?」
眉を顰めつつ取り出した和也は、そこに表示されたナンバーを見て、慌てて立ち上がり二人から離れた。
「俺だ。……あん? ……ああもう、シグマ10は待機させろ、あいつら八割アメリカ人だから、許可無しでも平気で発砲しちまう、俺が行くから!」
そう言って通話を切ると、煙草を設置されている灰皿に突っ込んで滝和也は従兄弟の方を見た。
「悪い、出向先がトラブった、ちょっと行ってくる!」
「おいおい、お袋達夕食お前と会食だからってすげえ楽しみにしてたのに」
「ああ、それは言っても仕方が無いな。お袋達には話しとくが、松本さんには自分で話せよ!」
「判ってる!」
従兄弟に手を振り、喫煙室を飛び出した滝和也は、警察関係者らしい人間と談笑していた老年の人物に何度も頭を下げた後、喪装のネクタイを引き抜きつつ走り出した。
降谷零が潜り込んだのは、シーカー&カウンティングプロジェクトカンパニー日本支社と言う会社のビルだった。
一見普通の会社に見えたこのビルは、地上二〇階、地下五階の建物の八割が研究施設と資料庫らしい施設で埋め尽くされていた。
そして、その警備員は全員銃携帯の上、ライフルやサブマシンガンすら抱えている重武装状態だった。
「ここは一体」
監視室らしい部屋で、カメラを弄って観た資料庫らしい部屋には、女子供や動物が居る部屋もあり――そう言う部屋は大抵地下だが――、この会社は決して堅気の会社ではないと降谷に教えていた。
ビル内を歩いている人間の三分の一が武装していて、残り三分の一が研究者らしい白衣の人間であるのを確認して、降谷零はキツく眉を顰めた。
資料庫の人々――一応、室内は居住性を高めてあるものの、出入口の厳重な封鎖具合にどう見ても監禁しているとしか思えない――を思うと、あの『オリバー・ウィリアムズ』のお仲間だから仕方がないかとも思う。
そして、彼等のように
冗談じゃない。
僕の
『葛の葉』は、ここの事を知らないのか?
ぐっと拳を固めたその時、監視室に踏み込もうとする警備の人間がカメラに映り、
武装警備員に追われ、降谷は地下駐車場へと逃げ込んだ。向こう側に誘導されたのを感じつつ、しかし厳重過ぎる包囲網に歯軋りしたその時だった。
ガウンっと、大きな排気音と共に一台の大型バイクが降谷の前に停まり、そして。
「あん? 何やってんだ、坊主」
「は?」
目深に被った帽子とマスクで顔を隠していた降谷を一目見たライダーは、背後でじりじりと包囲網を展開していた警備陣に向かって手を振った。
「悪い、此奴俺の知り合いだ、責任は俺が取るから撤収してくれ」
「どう言うことだよ、Mr.」
「どうもこうも、その辺の話をこれから聞くって事だよ、ソーンダイク隊長。おら、撤収しな」
パンパンと手を鳴らし、途惑ったように動かない警備兵に向かってライダーはにこやかにこう言った。
「いや、良いんだぜ? あと五分で撤収しないなら、この後俺と一時間、演習やろう。どうだ?」
「~~撤収! 一時間フル装備でフリーランをするのが嫌なら、皆帰るぞ!!」
降谷より、二、三歳年上らしい青年指揮官が、真っ青になって指示を出すとそれこそ潮が引くように警備隊はその場を立ち去った。
後には、何処かに連絡しているらしいライダーと、いきなりの展開に置いてけぼりにされて言葉もない降谷零のみとなった。
そして、ヘルメットを脱いだ相手に、大きく目を見開く事になる。
「よう、喫茶店以来だな。
探偵さんが、こんなとこ探らなきゃならないってのも大変そうだな」
「……滝さん?」
「おう、話は俺に割り当てられてる部屋で聞く。ついて来い」
そう言って、バイクを駐輪エリアに入れてロックした滝和也は、急な展開に戸惑いと警戒を隠せない顔見知りの青年にこう名乗った。
「安室君と呼ぶべきなのは判ってるが、偽名だと却って不味い場合があるから、敢えて本名を呼ばせて貰う。
財団日本支部へようこそ、降谷零警視。
俺は