※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

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水の神

 降谷零が、一見三〇代の男に連れて来られたのは、『財団』日本支部ビルの屋上近くの一室だ。

 ぱっと見、ビジネスホテルに良くあるようにベッドとクローゼット、物書き用のシンプルなデスクがあり、後は簡易キッチンと小振りな冷蔵庫に19インチ程度の液晶壁掛けTV、二人掛けの小さな応接セットがある。

 その応接セットのテーブルの上に、ざらっと盗聴器や隠しカメラらしきものが転がされ、その横でヘビー級の大猫二匹が寛いでいたが。

 テーブルの上のものを、唖然と見詰める青年の横で、滝和也は小さく「またか」と呆れ返った顔で呟くと、『不燃物』と書かれた缶の中に盗聴器類を投げ込み蓋をした。

 

「悪いな、ここの連中は基本的に好奇心旺盛なのと、疑心暗鬼に過ぎるのとが多くてな。俺みたいに他所に出入りが多い人間には、こう言うのを仕込みたがるのが一定数いるんだ。

 ま、ご覧の通り優秀な友達達が、全部片付けてくれるんだけどな」

 

 肩を竦めつつそう言って、滝は降谷に椅子を勧めた。

 

「茶の一つでも出してやりたいが、お前さんの職分的に仮定敵地で出されたものを口には出来んだろうし、俺も此処の物は自分で買って三日以内の物以外は手を付けない事にしてるから出せるものがないんだ、すまん」

「いえ」

「まあ、食材ならまだしも、料理しちまうと三時間後には食い尽くされるし、お詫びのつもりらしいがスライムとか三角マーク入りの牛乳とか、施設内の物品置かれても困るんだってえの」

 

 微妙に聞き捨てならない事をぼやきつつ、滝は猫達をテーブルから降ろし降谷の目の前に座った。。

 

「さて、お前さんが日本警察の関係者で、俺と『財団』に色々ちょっかいを出してくれる、黒尽くめの酒瓶共と関わってる事は一応知ってる。

 が、同時に今、あの連中が『財団』に関わろうとしていない事もこっちは掴んでる。

 敢えて言うと、最近入った研究者がなあんか勝手に動いてるっぽいんだが、もしかしなくてもあの野郎――オリバー・ウィリアムズ絡みか?」

 

 滝の言葉に、降谷はグッと息を呑んだ。

 張り詰められる空気に、滝は片手を大きく振って見せる。

 

「勘違いするな、『財団』はこちらの活動に敵対行動を取ったり、阻害したりしなければ基本ノータッチだ。世界規模の犯罪組織と言えど、其奴等の活動の結果数時間後に世界が滅ぶなんて事にでもならない限り、『財団』は関わる予定も暇もない。

 だが、ウィリアムズ研究員は『財団』の調査チーム以外のところにまで声を掛けて、勝手に動いてやがる。

 何しろ、奴さんの研究対象ってのはマトモに活動している調査機関ならまず取り合わないような代物だ、だから黒尽くめの酒瓶野郎共に持ち込んだんだろうが」

 

 滝の言葉に、降谷は意を決して顔を上げた。

 

「滝さんは、『日本のクトゥルー』と言う言葉を聞いていますか?

 『組織』に依頼して来た人間は、そう言ってきたそうなんですが」

「また直球だな。

 ……俺が聞かされたのとは、少し違うな。俺に向かって奴は、『NineHeadDragon』、『未成熟なハイドラ』って言っていた。

 ハイドラ、まあ一般的にヒュドラって言う神話生物は九つ首の竜らしいから」

「九つ首? じゃあやっぱり九頭龍の事なんだ」

 

 降谷の呟きに、滝の方が眉を顰めた。

 漢字は判るし、意味も判る。だが、

 

「なあ、俺の知識が間違ってないなら、日本で九頭龍って存在を祭ってる神社はえらく沢山あったと思ったんだが」

「はい、九頭龍は色々伝承はありますが、大抵水を司る農耕の神ですから日本中に神社は点在しています。だから俺達、いや俺は、九頭龍とクトゥルフだかクトゥルーだかとを混同したのかと」

「マジか。……と言う事は、その神社絡みで何か特殊な女の子か誰かが生まれてるか、単に水に関わる力のある女性を見立てに使うってか?」

「え?」

「うん?」

 

 滝の発言に、違和感を感じて降谷は顔を上げた。

 滝の方も、何か今掠めて外れた感じを覚えて、かつて助けた子供を見る。

 

「あの、滝さん、それってどう言う」

「いや、あの野郎、『母なるハイドラの未成熟体』って言ってやがったから、てっきり女性の事を指してるって思ったんだが」

「え? どう言う事です?」

 

 煙草を出そうとして、灰皿が無い事を思い出した滝は、そのまま懐に入れようとした手で頭を掻いてこう付け足した。

 

「……この世には、まあ得体の知れないカルト教団ってのがそれなりにはびこってて、世間の知らないところで大問題を起こしてる、これはお前さんも解るな?」

「はい」

「で、そのカルトの有名どころに、『ダゴン教団』てのがいる。一応、世界中に支部があるらしいが、一番大きな勢力があるのが、発祥地でもある俺の国(USA)、だ。

 で、だ。この教団が拝んでいるのが水に関わる神格で、これが夫婦らしい」

「ペーパーバックの世界みたいですね」

「まあ、あいつらがいたからラブクラフトがあんな話を書いたのか、ラブクラフトに妄想の裏付けを貰って暴走したのか、今となっちゃ卵と親鳥の関係くらい不毛だがな。

 で、その神格を、奴等はこう呼ぶ訳だ、『父なるダゴン』、『母なるハイドラ』ってな。だから、あのインスマス野郎、ハイドラに見立てた女性を使って何かしら儀式でもやらかそうって考えてんのかって」

 

 そう聞いて、降谷の脳裏に浮かんだのは、以前観た夢の光景。

 九頭龍として岩屋戸の中で眠りながら、小さな卵を抱いていた幼馴染みの姿。

 諦念と小さな希望に縋って眠る、寂しげな寝姿。

 

『神格に、人間の性別って意味を為さなかった筈』

『付喪神ですら、男性に子供を産ませたって話をハギ達から聞かなかったか?』

『つまり、あの魚人野郎はスコッチを⁉』

 

 ぎりっと、歯軋りする音に滝が驚いた顔になる。

 

「滝さん、今、『葛の葉』に信州戸隠山の九頭龍社に所縁のある人間が、下請けとして働いています」

「何だと!?」

「それも、只の人間じゃなく、『葛の葉』では九頭龍そのものと認識されています。

 あの男が何を察知して行動を起こしたのかは判りかねるけど、奴は恐らく九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)をクトゥルーだかハイドラだかと混同していると思います」

 

 降谷の言葉に、滝は驚きつつも否定するような素振りは見せなかった。

 寧ろ、何かを理解した様子で盛大に頭を掻き回した。

 

「だあ、奴の高尚な実験てのは、マジモノの神格を弄り倒す事か‼ そんな、『葛の葉』が黙ってるどころか、前回の山の神よりやばい事になるじゃねえか! バチカンから正式認定された、聖遺物持ち出すのと同じぐらい大事じゃねえか……」

 

 最後は、どっかりと椅子の背もたれに体重を預けて深々と息を吐くと、滝はスマホを取り出し何処かへと掛けた。

 

「……Herr.ミュラー? 大至急オリバー・ウィリアムズの研究者権限停止とプロジェクト再検証を要請する。

 ……『ダゴン教団』の過激派の片棒を担いでるって言ってんだよ、あの馬鹿は! てか誰だ、彼奴を財団に入れた奴は‼」

 

 滝がスマホの向こう側に噛み付いている真っ只中に、ぽんっと音を立てて傷だらけになった掌程度の大きさの小狐が現れた。

 それは、正月の時ゲートの操作をしてくれた管狐《こんのすけ》の雫だった。

 

「お前、確か雫?」

「あ、あー、やっと見付けました、婿様‼ 主様がーーー‼」

 

 そう言って、降谷の手にすがり付いておいおい泣き出した小狐に、はたと潜入の為に手持ちの通信機器を凡て電源を落としていた事を思い出した。

 慌てて、安室名義のスマホを取り出し立ち上げて見れば、メールと鬼電の山が出来ていた。

 その内の、一番最近の番号を折り返せば、それは江戸彼岸こと桜田、もとい松田陣平のものだった。

 

『何処に居る!』

 

 繋がった瞬間怒鳴られ、思わず頭からスマホを離す。

 向こう側はかなりざわめいており、小松乙女こと小松、もとい萩原研二の『安室君から⁉ 代わって‼』と言う声が聞こえる。

 

「調査中だったんだ、そうしたら雫って子が傷だらけで現れて」

『っ、そっか、あの子辿り着いてくれたんだ』

「何事だ、ヒロ、いや吉野君に何かあったのか?」

『~~っ、安室君、落ち着いて聞いてくれ、吉野が拐われた』

 

 次の瞬間、メショリとスマホから変な音がした。

 

『だー‼ 壊すな、スマホを壊すんじゃない‼ まだ話す事があるから!』

『いや、動けるんならとっとと【家】に来い、その方が話が早い! こっちの住所くらい、お前疾うに把握してんだろ、履歴書に書いてある方だ!』

「判った、直ぐ行く!」

 

 そう言って通話を切った降谷の背中に、同じく通話を切った滝が声を掛ける。

 

「俺は、ウィリアムズの奴が何処に居るか、奴の所在を調べて来る。連絡の為に、番号いいか?」

「お願いします」

 

 液晶に罅《ひび》の入ったスマホで赤外線通信をすると、降谷はそれをポケットに戻した。

 そして、小さな管狐を抱き上げると、そのまま外へと向かった。

 

**

 

 時間は、一時間前に戻る。

 

 その日、たまたま休憩が重なった爆発物処理班の新Wエース事、小松研二と桜田陣平の二人は『喫茶店ポアロ』へやって来た。

 勿論、二人は普通に昼食を取る為に来たのだ。

 だが、入店した途端、二人はピリッとした空気に鳥肌が立つのを感じた。

 

「んな?」

「何だ、これ」

 

 店内に、水の力を感じる。

 だが、その水の気配は二人の知らないものだ。

 吉野景光、いや彼らの『主人』たる九頭龍の現身である『染井吉野』諸伏景光は、山奥を流れるせせらぎや、滝の傍にいるような空気を纏っており、またそれらを極力表に出さないようにしている。『普通の人間』には不要だからだ。

 だが、今店内に広がっているのは『海』の臭いだ。それも、寂れた漁港の腐った魚と淀んだ海風の、正直胸が悪くなるような臭いだ。

 この、不快さ加減で自分達とは一切違う存在からの干渉だと悟った二人だったが、問題はその気配の発生源が一切判らないのだ。

 

「マジか」

「気が付いてるのは俺達と……あれ?」

 

 ぐるっと店内を見回し、小松はコーヒーを啜りつつ辟易したと言う顔をして居る蜂須賀虎徹の姿に気付いた。

 小松乙女の護衛部隊を率いる、初期刀五振りの内の一振りを見出だし、小松と桜田は顔を見合わせた。

 

「あれ、ハッチーじゃん、久し振り、昼飯食べに来てたんだ」

「大学良いのか?」

「え? あ、お二人」

 

 元々アドリブが苦手な方――自称文系が一番下手で、審神者界隈で卑屈で通っている彼が代紋本丸では一番上手い――の蜂須賀のテーブルに二人は座る。

 そこに吉野景光がお冷やとお絞りを持ってきたのだが、その表情を見て思わず二人は腰を浮かしそうになった。

 多分、気付いている人間は少ないだろう――一般人である女学生達は全く気付いた様子は見られない――が、笑顔で誤魔化しているものの吉野の表情はガチガチに強張り、元公安警察としての意地か声は平静を保っているが、うっすらと息が上がっているのに二人は気付いた。

 この状況になった吉野、いや諸伏景光を、二人は何度か目にしている。

 本丸で暮らし始めて半年、フラッシュバックのように潜入時代の――殺人を思い出し、何度ものたうち回り声を殺して泣き続け、それを自分達に隠していた時分。追い詰められ、心身ともにボロボロになって行くのが見ていられなくて、萩原達は降谷零の生涯を調べたのだ。

 降谷は『黒尽くめの組織』を壊滅させた後、定年まで警察官として立派に勤め上げ、指揮官として、また指導者として沢山の後進を育てたのだと聞かされ、やっと諸伏は精神の平穏を取り戻した。――自分のやった事は、決して無意味では無かったと三人に説かれて。

 指揮官として、指導者として、多くの若い警官達に囲まれ、退職を祝われ穏やかに笑っているそれなりに年を食った降谷の写真を見て、ぽろぽろ泣いた諸伏の姿を覚えている。――但し、降谷零に関わる情報全てを、諸伏に教えた訳では無いのだが。

 今、『ポアロ』にいる吉野景光は、あの必死に不調を誤魔化していた頃と同じ顔をしていた。

 

「やあ、二人とも今から休憩? 今日は安室さん休みだから、梓さん特性カラスミパスタをお勧めするけど?」

「あ、ああそうなんだ?」

「じゃあ、コーヒーとカラスミパスタ、二人分で」

「はい、承りました」

 

 傍目には、ニコニコして見えるだろうが、二人からすれば今にも糸が切れそうな状態で、見ているだけで痛々しい。

 思わず同期(よしの)をガン見してしまう二人に、そっと蜂須賀は囁いた。

 

「あの、お二方に質問が」

「うん?」

「何だ?」

「あ……吉野さん、時々右手が変な感じに動いてて。あ、ほら」

 

 言われるまま見れば、吉野景光は、何かに警戒しつつふとした拍子に右手がある場所を泳いでいた。

 二人が見た時、その右手は背中側の腰の辺りを探っていた。……おそらくは、バックサイドホルスターを探している手付きであろうと二人は思った。

 

「腰とか、脇の下とかを無意識に触っているようで、あれは一体」

「あー……吉野の、職業病みたいなもんだ」

「警戒して、無意識にやってんだ、この嫌な空気を発してる奴探して」

 

 蜂須賀にはそう言ったが、拳銃を探し続ける吉野の動きとそうやって神経を尖らせている姿に、もう一人の同期が今現在も潜入中の組織がどんだけ酷い組織なのか、考えるのも嫌になってきた二人がいる。

 小松も桜田も、『九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)』の眷族である、常人に比べれば感知力は遥かに高いのだが、相手が傾向が違えど水属性な所為か却って上手く見透す事が出来ずにいた。

 ついでに言うなら、空気の悪さからコーヒーの味も判らず、折角のカラスミパスタも味わう事が出来ずにいた。

 そんな店内の空気を変えたのは、江戸川コナンを始めとした少年探偵団達と共に『ポアロ』にやって来た自称大学院生、『沖矢昴』だった。

 入った途端、漂う『臭い』に気付いたらしい沖矢は、いきなりパスタ用にストックされているタバスコを取ると、その細い瓶の首をへし折り、置かれていたお冷や用の透明なピッチャーに突っ込んだ。

 流れるような動きに、思わず突っ込みが遅れたのはコナンのみならず、沖矢の動きを目で追っていた筈の機動隊員二人と元刀剣の付喪神も一緒である。

 そして、その行動に声を上げようとする前に、

 

『ぎぃいいやああぁぁあ‼』

 

と、野太く聞き苦しい悲鳴がピッチャーから響き、周囲の人間全員が飛び上がった。

 

「な、何だ⁉」

「まさか!?」

「水を通して観ていたって?」

 

 立ち上がった三人が凝視する中、沖矢昴は何事もなかったように真っ赤になったピッチャーの中身を流しに捨てていた。

 その向こうで、緊張から解放されてへなへなと座り込む吉野の姿があり、子供達が慌てて駆け寄っていた。

 

「「「吉野さん!」」」

「吉野の兄ちゃん!」

「大丈夫、凄い汗よ?」

「だ、大丈夫、ちょっと、しんどい、だけ、だから」

「ちょっとって顔じゃないよ、吉野さん!」

 

 額から噴き出している汗に、流石に江戸川コナンも声を張り上げた。

 子供達の声に、慌てた蜂須賀が吉野の横に来た。が、彼より先に吉野を抱き上げた沖矢がいた。

 びくっと、身体を強張らせる吉野の姿に、取り敢えず小松研二の方が声を上げた。

 

「ちょっと、何処行くんだ?」

「奥の休憩室ですよ、少し休まれた方が」

「いえ、大丈夫、です」

 

 そう言って、吉野景光は沖矢の腕の中から抜け出した。しっかりホールドした筈なのにすり抜けられ、沖矢は軽く眉を顰めた。

 だが、そんな吉野に向かって、否を唱えたのは桜田陣平だった。

 

「いや、一旦戻って寝た方が良い、お前とんでもない顔色してるぞ、吉野」

「そんな、俺は」

「いえ、もう少ししたらマスターも出勤してきますから、吉野さんは早退してください!」

 

 断固とした口調で、バイトの先輩である榎本梓が言い切ると、少年探偵団の三人が名乗りを上げる。

 

「そう言う事なら、僕達が送って行きます!」

「そうだぜ、泥船に乗った気でいてくれよな!」

「歩美達が、吉野さんを守ってあげるね!」

「(元太、それは大船だって)あー、沖矢さんと一緒に送るから」

「一人で歩き回るのは良くないと思うわ」

 

 三人に、コナンと灰原哀も同調する。

 それに向かって、蜂須賀も名乗りを上げた。

 

「体調の悪い成人男性を、小学生五人と成人一人で送るのは、本当に動けなくなった時が大変でしょう、僕も一緒に行きます。吉野さん、それなら良いでしょう?」

「それは」

「おや、これでも工学科の院生ですから、腕力には自信がありますが?」

 

 渋る吉野の横で、飄々と沖矢は答えるが、それに向かって胡乱な視線を向ける小松と桜田がいる。

 勿論、二人は沖矢が同期の一人が毛嫌いしているFBIの仮の姿であると知っているし、彼と江戸川コナンがこの二〇〇〇年代の最重要キーパーソンである事を知っている。

 だからこそ、可能なら必要以上の接触は減らしたいのだ。――『ポアロ』にいる事自体が接触せずにはいられない状況ではあるのだが、これはもう一つの任務上、どうしようも無かったのだ。

 だから、小松が久し振りにイラっとした表情を隠さず『小松研二』の演技で言い放つ。

 

「あー、お前さんが腕力あったって、落ち着きのない小学生を見てられるか? 体調の悪い吉野に、大人の言いつけ守れない小学生の見張りさせる気かっての」

「え?」

「俺、機動隊の爆発物処理班にいるの。そこの五人、茶髪のお嬢ちゃんはともかく、眼鏡の坊主筆頭に、大人が怒ろうが勝手に事件現場でうろうろしてくれる問題児の集団だって有名だよ? 目暮のおっさんは服務規程違反してるけど、手柄上げてるからお目溢しされてるって言われてるよ、本人気付いてないっぽいけど? そんなチビ達が病人の傍にいて、心配しない訳ないじゃん。これから職場に連絡入れて少し時間作るから、お構いなく」

「落ち着け、小松。まあ、連絡するのは俺のも頼む。確かに、店の客にダチを任せるのはどうかと思うし」

 

 立て板に水とばかりに、早口で捲し立てられたので探偵団の三人は判らなかったらしいが、流石に聞き取った江戸川コナンは渋い顔を一瞬浮かべた。

 だが、二人を押し留めたのは当の吉野だった。

 

「そんな事で仕事休むのは良くないよ、二人とも。沖矢さんと一緒に蜂くん来てくれるんだろう? なら、大丈夫だよ。車に揺られた方が気分が悪くなりそうだから歩くけど、構いませんか?」

「俺は構いませんよ。そちらはどうします?」

 

 蜂須賀が問えば、子供達は大きく頷き、沖矢昴はやや眉を顰めつつ、それでも了解を示した。

 しかし、店長がやって来て、梓から事情を聴いた店長が帰宅を促し、吉野と七人が『ポアロ』を出て僅か一〇分後。

 血相を代えた男子小学生二人が、食べ終わった爆処二人組を呼びに駆け込んで来た。

 

「小松さん、桜田さん‼」

「大変だーー!」

「「吉野の兄ちゃんとコナンと灰原がア‼」」

「「はあ!?」」

 

 取り敢えず支払いを済ませ、二人に先導させて走った二人は、普段は通らない児童公園の中に入っていくのを見て、急速に嫌な予感を感じた。

 そして、噴水の前でびしょ濡れの歩美に上着を着せ掛けている沖矢昴と、同じくびしょ濡れで、今にも憤死しそうな形相で頭を抱える蜂須賀虎徹の姿があった。

 

「まさかっ」

「~~っ、そうか、ピッチャーだから覗く事しか出来なかったが、噴水つきの池なら、絶対的に操れる量があるか‼」

 

 向こうの能力に舌打ちしつつ、二人は三人に事の次第を問うた。

 打ち拉がれた様子を見せつつ、それでも答えたのは蜂須賀だ。

 

「お宅に向かうに当たって、住所を聞いた子供達が、この公園を通り抜けた方が早いと言い出して。

 池の傍を通る瞬間、急に水が襲い掛かって来て、咄嗟に吉野さんを捕まえようとしたら、彼からあの子を投げ渡されて……。

 申し訳ありません、俺、俺は」

「落ち着け、蜂須賀。持っていかれたのは吉野と……江戸川の坊主と灰原って嬢ちゃんか」

 

 ぎりっと電子煙草を噛み締め、桜田は自身のうかつさを呪った。

 その横で、小松が長めの髪を掻き混ぜつつ呻く。

 

「~~~っ、死神探偵の異名は伊達じゃないって? でも、こっち方面にまで発揮して欲しくなかった!」

 

 そう喚くなり、小松はスマホを取り出し何処かへ掛け始めた。

 その横で、桜田は苦々しげな顔を隠さず、沖矢と小学生、そして蜂須賀に向かって言った。

 

「取り敢えず、皆うちに来い。流石に女の子の服は無いが、濡れたままって訳にもいかないだろう、風呂を貸すから。蜂須賀、お前もだ。良いな?」

「それは」

「いいから。この時期にずぶ濡れの小学生を放置って、何処の鬼畜だよ。良いから来い!」

「……お邪魔します」

 

 蜂須賀が頭を下げると、空気的に桜田の発言が通った事になり、四人と一振《ひと》りは桜田と小松が、吉野と大島渉とでシェアハウスしている――事になっている――家に向かう事になった。

 

**

 

 案内された住宅は、沖矢が間借りしている工藤邸、灰原哀が下宿する阿笠邸のほぼ裏側に位置する、5LDKの文化住宅だった。

 鍵を開けて駆け込むと、二人は風呂とタオルの準備を始め、まず歩美を深夜帯に帰った人間が利用する小振りなユニットバスに入れると、蜂須賀を広目の風呂の方に入れた。その間も、小松と桜田は頻回にメールと電話を掛けるのを繰り返していた。

 沖矢と男子小学生二人にはコーヒーとホットミルクを出し、飲ませている間にチャイムが鳴った。

 小松が迎え入れたのは、傾向の違う美男子四人だった。彼らは蜂須賀の着替えと、歩美用の着替えと子供達に振る舞うお菓子を買ってきていた。

 加瀬清光と堀川切国と名乗った二人が小学生達を構って、お菓子とジュースで気を逸らさせてる間に、残りの面子は沖矢昴と蜂須賀徹に向かい合った。

 ……小松と桜田の二人が、まだ連絡を取り続けている為だ。

 

「おんしら、何があったか聞かせてくれんか?」

「僕としては、何で水からの視線に気付いておいて、噴水に近付こうと思ったのかを聞きたいな?」

 

 陸奥吉行の目も冷たいが、和泉之定と名乗った青年の目は冷たいのを通り越して、内容如何では叩き斬ると言わんばかりだった。

 それに向かって、沖矢は「言い訳になるのは判っています」と前置きしてこう告げた。

 

「あの時、本当に寸前まで嫌な気配も視線もありませんでした。

 そう……噴水の傍に吉野さんが近付いたその途端に、水が濁って津波のように膨れ上がり、彼と彼の周囲に居たコナン君と哀さん、歩美ちゃんが襲われたんです」

「「水が濁った!?」」

 

 沖矢の言葉に、目を剥いた二人が蜂須賀を見れば、彼も渋い顔を隠さず頷いた。

 

「光彦君と元太君だっけ、彼らが通り過ぎた時は何も無かったんだ。俺は殿(しんがり)を歩いていたから良く見えた。

 あ……吉野さんが、噴水の近くを通って……水面に、彼の姿が映った途端、透明な筈の水面が急に緑っぽく濁って、澱んだ海水みたいな匂いが周囲に撒き散らされてね」

 

 何か言いたげな和泉の膝を軽く叩いて、陸奥は深く考え込んだ顔でこう呟く。

 

「つまり、向こうは吉野さんを捕まえる為に罠を張っちょったがと」

「僕の視点ではそう、だね。唯、本来のルートなら水場はほぼ無い。あの児童公園を通ったのは、あの子達が『近道』だと言って、吉野さんの手を引っ張ったからだ」

「そうなのかい?」

 

 和泉の問いに、蜂須賀はちらっと沖矢を見て、こう告げた。

 

「正直、あの児童公園を通った方が時間が掛かったと思う、お二方に誘導されてこの家まで来たが、遠回りした感が強いよ。

 あの子達は、どうしてあそこを通った方が近いと思ったんだろうか」

「恐らく、住所を聞いて阿笠さんちや、僕が下宿している工藤さん宅と近いと思ったんでしょう。実際は通り一本向こう側ですから却って遠回りになった訳で」

 

 沖矢の言葉に、だが陸奥と和泉の表情は硬い。

 二人からすれば、何者かに公園に入って噴水の傍に来るよう、目の前の男と小学生が誘導されたようにしか思えないからだ。

 その時だった。

 

「何処に居る!」

 

 桜田陣平の跳ね上がった声に、その場の全員が凍り付く。

 いや、自身の携帯を放り出して小松研二は叫んだ。

 

「安室君から⁉ 代わって‼」

 

 向こうの声は聞こえないが、小松の声に安堵が滲む。

 実は、相手が通信機器凡て停めているのに気付いて、管狐《こんのすけ》を走らせた小松が居る。

 一番新参で、力の弱めな『雫』を行かせたのは、唯一連絡相手に触れた管狐だからだ。

 

「っ、そっか、あの子辿り着いてくれたんだ」

 

 勢い込んでいるらしい相手へ、小松はこう告げる。出来れば、口にしたくなかった言葉だ。

 

「っ、安室君、落ち着いて聞いてくれ、吉野が拐われた」

 

 次の瞬間、慌てて小松は声を張り上げる。

 

「だー‼ 壊すな、スマホを壊すんじゃない‼ まだ話す事があるから!」

「いや、動けるんならとっとと【家】に来い、その方が話が早い! こっちの住所くらい、お前疾うに把握してんだろ、履歴書に書いてある方だ!」

 

 横合いから桜田がそう叫ぶと、一言二言返った後、そのまま通話は切れた様だ。

 相棒に携帯を返すと、ドカッと床のクッションに腰を下ろし小松が髪を掻き上げる。

 

「あーもう、何かなあ、糞ッ、『好事魔多し』って言ったって、これは無い!」

「……まあ、ここまででっかく喧嘩を売って来たんだ、向こうだって蹂躙される事は覚悟の上だろう?」

 

 同じように床のクッションに座り、電子煙草の吸い口を噛み潰しつつ桜田は吐き捨てる。

 荒れ模様の二人に、飄々とした空気を留めたまま沖矢は問うた。

 

「一体何事が? それから、先程の電話、掛けてきたのは安室さんですか?」

「……」

「……だったらどうしたよ?」

 

 無言のまま小松が、殺気立った獣のように押し殺した声で唸りつつ桜田が自称大学院生を睨む。いや、ほぼ同じように射殺そうとする目で陸奥、和泉も沖矢を見る。

 そんな中、手を叩きつつ沖矢と子供達に向かって、加瀬が帰宅を促した。

 

「はいはい、お嬢ちゃんの服も乾いたみたいだし、小学生はお家に帰らなきゃだよ。

 そこのお兄さん、この子達の知り合いでしょ? 家まで送ってやってよ、俺達はこれから警察やら、吉野さんに巻き込まれた子達の身内に連絡やらで忙しくなるから」

「それは、それこそお手伝いを」

「馬鹿か、あんた。院生にもなって常識も無いのか?」

 

 バッサリと、沖矢の申し出を叩き斬ったのは堀川だ。

 

「俺達も所詮大学生としがない一般人だ、警察に届けた後は俺達の伝手で証言を集めるくらいしか出来ん。その証言集めも、こんなとんでも事態じゃ集まるかどうか微妙だ。

 こんな事態で、それこそ工学部の院生様に何が出来る? ……それとも何か、警察か何かとコネがあるとでも?」

「それは」

 

 流石に返す言葉に詰まったらしい沖矢と、お土産としてお菓子を持たされた子供達に、堀川と加瀬が微笑み掛ける。

 

「大丈夫、世の中皆、君達の知ってるようなお巡りさんばかりじゃないしね」

「お帰りはこちら、三人の無事だけ祈ってくれれば良いよ」

「だったら僕達も手伝いますよ、僕らだって」

「そーだ!」

 

 そう言った光彦と元太の頭を、立ち上がった和泉が容赦なく拳骨で殴った。

 「痛い」と泣く二人に、腕組み仁王立ちで和泉は叱り付ける。

 

「そう、痛いだろう。出来ない事をやろうとするからだ。大人の探偵でもやる事は無いのに、小学生が何をする気だい? そもそも君達は、君達が事件の切っ掛けを作ったのを判っているかい?

 普通に、吉野さんだけが何時も通りの道を通って帰れば何も起きなかったのに、君達がわざわざ公園を通ろうと言い出したんだろう? その所為で吉野さんと君達の同級生がいなくなった。そこの女の子は、吉野さんが咄嗟に蜂須賀君に投げ渡したから助かったんだ。

 これで、君達が余計な真似して動き回って何かあれば、行方不明者を探す人手が減るんだ、そんな簡単な事も判らない人間が探偵など、片腹痛い!」

 

 これまで、何だかんだと優しい大人ばかりに行き当たり、本気で怒られ諫められた事の無かった二人も、流石に和泉の剣幕の前に小さくなるしかなかった。

 

「それに、お嬢ちゃん、君も大人しくお家に帰ろうね?」

 

 顔を上げた歩美に、加瀬がウィンクしつつ一言。

 

「君は、今回探偵じゃなくて被害者だから、お父さんお母さんに怖かったって言って、甘えて良いんだよ」

 

 その一言で、じわっと盛り上がった涙が歩美の頬を零れるのを拭ってやると、加瀬は笑った顔で、目は一切笑わず沖矢を見て言った。

 

「そう言う事だから、この子達の事頼みますよ、昴さん? お願いだから、途中で子供だけほおり出して二次事故の発生なんて事にしないでよね?」

「その時は、この男が誘拐犯の仲間だったって事で良いんじゃないか?」

「ああ、捜査攪乱って事かい? 最近変な外人がうろついているが、そいつらもお仲間かね?」

「儂も東都代の工学部に在籍してるが、これまで見掛けた事無いしな」

「皆、落ち着いてくれ。沖矢さん、三人の事をお願いしますから」

 

 加瀬、堀川、和泉、陸奥の『お前がこの餓鬼ども先導してこの事態にしたんじゃねえのか』と言う視線に、事態の混乱を控えたい蜂須賀は半ば子供達を押し付けるようにして沖矢を家から出す事にした。

 桜田と小松の方は何も言わなかった。

 この場にいない大島航と、『吉野景光の事実上の上司』との連絡で忙しかったからだ。

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