「ご兄弟で働いてらっしゃるのかしら?」
そんな事を言われたのは、吉野景光が喫茶店『ポアロ』で働くようになって三ヶ月が過ぎた頃だ。
その日は、榎本梓、安室透、そして吉野の三人で店を回していた。
五、六十代くらいの上品な奥様からそう問われ、吉野は少し驚いたように瞬きしていた。
「え? あの、俺兄弟いなくて」
「あら、あの金髪の方、御身内じゃ無かったの? あらごめんなさい、笑った顔がそっくりだったから、てっきり貴方の弟さんだと思ったのよ」
奥の方で、洗っていたカップを割りそうになった安室に、梓が慌てて駆け寄って行く。
吉野はと言うと、老婦人に曖昧に笑う事しか出来なかった。
老婦人も含めたお客さんが帰って行った後、吉野は何となく困った表情で梓に向かってこう聞いた。
「梓さん、俺、安室さんに似てますか? こう言うと何だけど、俺なんかより、安室さん、かっこいいですよね?」
「えーっと」
言葉に詰まっている梓が何かを言う前に、吉野の両肩を後ろからガシッと掴む手がある。
「何言ってるんですか、似てない事は認めますが、吉野君だって物凄くかっこいいじゃないですか」
「安室さん!?」
むっすりぷっくりと言った感じで否を唱えた安室に、さながら某動物漫画のラッコのようにあたふたしている吉野を見ていた梓がぷっと噴き出した。
「え?」
「梓さん?」
「そうですね、似てないと言えば似てませんけど、でもお二人兄弟かなって思う位息ぴったりだし、笑顔もそっくりだとは思いますよ?」
言われた言葉に、二人してきょとんと顔を見合わせ。そして、タイミング良くカランと鳴ったドアベルに、二人は同時に笑顔でドアの方へ振り向き「「いらっしゃいませ」」と言った。
「それ! そう言うところですよ、二人とも!」
「「え?」」
ユニゾンで首を傾げる安室と吉野を前に、榎本梓は思わずと言った様子で大笑いし、入店してきた毛利蘭と江戸川コナンとは、事態が見えず互いに顔を見合わせる事しか出来なかった。
**
安室透こと、降谷零がその家に辿り着いたのは、事件発生から一時間程。日はすっかり傾き、空は茜色に染まりつつあった。
その頃には沖矢昴と小学生達を帰らせた事もあり、蜂須賀達は擬態を解いて戦装束姿に戻っていた。
移動中に、『雫』の治療を『
「すまなかったな、俺が通信機類を閉じてたばかりに」
『いいえ、私は新参者、仕事も殆ど無かった居候でしたから、此度の大役本当に嬉しゅうございました』
「え?」
『私は、所謂政府が用意した管狐ではなく、野狐として消え去るだけの存在でした。それを拾い上げて下さったのが染井吉野様と小松乙女様でした。お二方のお陰で私は消え去る事なく、新たな姿と名前を頂きました。只、主様にも小松様にも先達が側付として控えておりましたから、無役のただ飯食いなのが本当に心苦しゅうございました』
助手席で丸くなっていた小狐は、そう言うと小さく尻尾を振った。
『ですから、正月に降谷様の案内をこなした事、その時に覚えた匂いを今回追う事が出来た事を、私は誇りに思っております』
「……そうか」
ふと、以前毛利探偵事務所に居候している少年が話した、稲荷の使いのなれの果ての事を思い出す。恐らく、この小さな狐がその時の使いだったのだろう。
目的地の、駐車スペースに愛車を収め、小狐を肩に乗せて住宅に踏み込んだ降谷を、刀剣男士三振りが出迎えた。
歌仙兼定・極、山姥切国広・極、加州清光・極だ。
「婿殿‼」
「待っていた」
「こっち!」
三振りに半ば引っ張られるように、玄関からダイニングキッチンと隣り合うリビングに入る。
実は、間取りはほぼ『九頭龍大神の神域』の部屋と一緒だが、流石にこちらの方が若干手狭である。
この家を、
特に、事件の対策本部が設置された際、機動隊や捜査課の人間が食事を求めて転がり込むようになった。
小松こと、萩原研二と吉野こと、諸伏景光が作り置きした常備菜と冷凍したおにぎりは、コンビニ飯に飽きた面子に大好評だった。
そう言う事もあり、時折男衆が出入りする家とご近所から認識されている。
閑話休題。
三振りに連れられ入って来た降谷を、憔悴した小松乙女こと萩原と、苛立ちを隠せない江戸彼岸こと松田陣平とが出迎えた。
「っ、小松、桜田! 吉野くんは‼」
「安室君」
「すまねえ、未だ所在は判ってねえんだ」
そう言いつつ、降谷を松田がソファーに座らせ、萩原が玄米茶を出した。
その横で、ガバッと土下座したのは蜂須賀虎徹・極だ。
「申し訳ございません、俺が傍に居ながら、むざむざ賊に主を奪われ」
「落ち着け蜂須賀。それよりも状況説明じゃ、おんしの観た範囲をはやいっさん話して欲しい。安室殿もそちらが先の筈じゃ」
そう言って、同士の土下座を止めたのは総代であり、初期刀である陸奥守吉行・極だ。
喫茶店『ポアロ』での事、ピッチャーから吉野を追い詰めるほど凝視していた存在に沖矢昴が気付き、そのピッチャーに
そして、何の変哲も無かった筈の噴水が、吉野の姿を映した途端に澱んだ海水と化して、津波の如く吉野とその周囲に居た子供に襲い掛かった事、吉田歩美は吉野が蜂須賀に投げ渡したので救出出来たが、江戸川コナンと灰原哀の二人が一緒に連れ拐われた事。
その際先行している小学生二人を追い掛けていた沖矢は、引き返しても間に合わない距離に居た事、無事だった二人に爆処の二人を呼ぶよう言ったのは沖矢だった事を、蜂須賀虎徹は淡々と語った。
聞かされた事を理解し、飲み込もうとしている降谷の横で、唸るように萩原が答えて曰く。
「噴水の水道水が、海水化してたのは間違いないよ。女の子の全身から、確かに磯臭い臭いしてたからね。只問題は、その海水と捕まった三人が何処に消えたかだけど」
「予想として、下水を通って何処かに抜けたって考えるのが普通か。一気に別の場所に飛んだとは、現場に残ってた気配的に思えない」
松田の言葉に、加州が大振りなタブレットPCを取り出し操作し始めた。彼が表示させたのは、この近隣の下水道網だ。
公園のほぼ真下に、大きな下水道、それも人間が立って歩けるレベルの物がある事が見て取れた。
「彼岸の旦那、多分それで間違いない。ただ、この下水どっちに向かうにしても結構な距離を動かなきゃなんだけど」
「今となっては追跡は難しいか? いや、何処かで工事と称して何かやってる場所は無いか調べられないか?」
「その辺は、現代の警察権力に頼った方が」
加州の言葉に、横から覗いていた山姥切と歌仙が口を開く。
それに向かい、降谷が声を上げようとしたその時だった。
キンコーン
チャイムが鳴り、それと共にドヤっと入って来る気配がした。
「すまん、遅くなった」
「お邪魔するよ」
そう言って入って来たのは、大島こと伊達航と、新條強警部の二人だった。
新條の姿に、慌てて刀剣男士達は一般人の姿に擬態し、松田と萩原、そして降谷は立ち上がって二人を迎えた。
「新城さん!?」
「おい、大島どうして」
降谷と松田は慌てるが、それに対して手を振って見せたのは萩原だ。
「いや、多分木場さんの根回しだ。職場の方どうにかして欲しいって、先に連絡しといたんだ」
「ああ、今日から五日間、大島君、桜田君、小松君は『特殊案件調査班』に出向と言う形になる。吉野君は臨時とは言えうちの職員だからね、使えるものは使って助けるよ」
「五日って言っても、実質四日間だな。今日土曜日だから、水曜日までに蹴りを付けないと」
新條がそう笑い、伊達がそう呟く。
それに向かい、おずおずと問い掛けたのは降谷だ。彼は、週末に法事があると聞いていた。
「新城さん、確か今日辺り法事だったんじゃあ」
「ああ、大丈夫、法事そのものは昼過ぎに終わっていたんだ。正直、爺さん婆さんには悪いが、爺さんの法事客と食事するのは気詰まりでな、ありがたく抜ける口実にさせて貰ったんだ」
そう言いつつ、新條は手荷物からタブレットを取り出すと、地図とエクセルを起動させた。
地図は、例の公園を中心にした一キロ半径を、エクセルには地図上に散った三つほどの点についてのメモが書き込まれていた。
「これは?」
「今日行われた、下水若しくは地下ガス管の工事現場だ。だが、残念ながら全て公園下の大きな下水溝より細くて、ついでに人通りの多い場所での工事だったよ。ただ、この下水溝、ここで川に繋がっているんだ」
そう言いつつ、画面に指を滑らせた新條が示したのは、公園から一キロ半ほど東側で、確かにそこには細めだが川があった。確か、近隣の水害対策用の排水溝も兼ねており、すぐそこの堤無津川に繋がっている。
それを見て、全員顔を
「ボートか何かで移動したと言う事か」
「これから、水上移動に関するチェックとなると時間が掛からないか?」
そう言う声に対して、地図を睨みつつ降谷がこう答える。
「恐らく、三人は主犯のいる場所に運ばれている筈だ。今、その男が行きそうな場所を調べて貰っている」
「調べてって、誰にだ、安室さんよ」
「まさかお前さん」
公安の遺法捜査かと、蒼褪めた元同期に向かって、降谷は「違う」と言ってちらっと新條を見た。
「新條さんの従兄弟に、滝さんと言う人が居るんだが、この人が調べてくれているんだ」
「今だから話すが、俺と従兄弟は彼と吉野君と面識があってな。ついでに言うと、従兄弟はとある特殊な組織の外部職員みたいな立場でな、勤務歴が長いとかでそれなりに発言力があるらしいんだ。恐らく、その辺の伝手で調べているんだろう」
新条がそう言う横で、何かしらタブレットで調べていた加州が出て来た情報にぶっと吹いた。
仲間の様子に、各々タブレットを覗き込んだ面子が同じように吹き出し、怖いものを見たと言う顔で新條を見る。
刀剣男士達の、そんな視線にやや訝しみつつ伊達は降谷に向き直る。
「それなら、連絡が来るまで仮眠を取った方がいい。顔色が悪いぞ、安室君」
「いや、僕は」
「いや、寝ろ、十分頭を枕に乗っけてるだけでもいい、横になってろ」
「吉野の事で、君をハブになんかしないって」
伊達に続いて、松田、萩原もそう言った。
だが、まるで計ったようにその瞬間、降谷のスマホが鳴った。
周囲がぎょっとする中、液晶に罅の入ったスマホを操作すれば相手は先程の話題の相手だった。
「もしもし!」
『おう、遅くなった。見付けたぞ、あのインスマス野郎』
スマホからの言葉に、降谷零は思わず時計を見た。『財団』日本支部で別れて約一時間半、それなりに権限持ちとしても、少し早過ぎるのではないか。
そう思いつつ、だが早く
「奴は何処にいます!」
『住所は、そっちにショートメールで送る。俺もそっちに向かう、現地で落ち合おう。但し』
「ただし?」
『場所的に、多分奴に手を貸してるカルトの連中がいる、だから荒事に慣れてる奴を集められるか? 正直言うと、警察機構の人間だと事態についてこれない恐れがある、出来れば【葛の葉】の系列の奴が良い』
「人手、ですか?」
聞き返す降谷に、電話の向こうの人物は大きく溜め息を吐く。
『ダゴン教団の持ちビルの一つに、あいつ拠点を作ってやがる。多くはないが、何人か教団の出入りしてるらしいから、二面作戦を取りたい』
「ざっと八人ほど、今すぐ動けますが」
答えに、スマホの向こうで滝和也は朗らかに笑った。
『それは良い。じゃあ、これから住所を送る、可能な限り早く。な?』
「はい」
通話を切った降谷に、表情を引き締めた九人が向き直る。
「安室君」
「今から、拉致犯の隠れ家の住所が来る。カルト教団の人間が出入りしているから、人手が要ると言われたんだが、皆大丈夫か?」
そう問われ、刀剣男士の五人は笑う。
「まあ、制圧戦は慣れてますよ」
「職分上、な」
「一応、銃刀類の所持と使用許可は、『葛の葉』と内調経由で取っています」
「正直、こんな形で使いたくはありませんでしたが」
「万が一が現げになるとはなあ」
笑いつつ、しかし苦いものを隠さず五人は降谷を見る。
彼らの所属する『代紋本丸』は、監査部所属の本丸であり同時に警察庁所属の警官を審神者とその補佐役に置いた、審神者相手の刑事事件担当の本丸である。
監査部に向かって、色々と噛み付く権力者の子弟に向かって、刑法を上げて逮捕令状を突き付け――こう言う連中の下には、審神者の資格が無いにも関わらず本丸に入り込み、刀剣男士を相手に乱痴気騒ぎを起こす自称エリート、若しくはなんちゃって良家の子女が良く集まって来るのだ――捕縛する任務に良く就いていた結果、所謂銃撃戦の鎮圧や警備若しくはSP相手の制圧戦を身に着ける事になったのだ。
そして今回、二〇〇〇年代に出陣するに当たり対人戦闘になる可能性がある事、その場合本体である日本刀を持ち歩き振り回す事の方が問題が多い事を踏まえて――最低でも、一八歳以上に見える面子に限り、だが――、拳銃の訓練と所持使用許可を取った男士達がいる。
勿論、某流行りの刀剣のように銃の使用を拒むものも居たが、それに向かっては「じゃあ後方支援、前に出なくて良い」と通達すれば、不貞腐れつつも銃の訓練を受けた。
そして、先陣切って銃器の所持使用許可を取ったのが、彼ら初期刀五振りだった。
取れない、そして敢えて取らなかった鳴狐と見た目中学生以下の三振りに本丸を預け、五振りは二〇〇〇年代でも
「俺達は、爆発物処理班だが曲がりなりにも機動隊だ、一応鍛えてるよ」
「そうそう」
「俺は捜査ニ課だが、荒事が無い訳じゃないよ」
「俺は年だから、戦力には足りないと思うが、捕縛ぐらいは出来るよ」
「お願いします。……あ」
仲間と恩人に頭を下げた降谷は、届いたショートメールを開き、そのまま固まった。
「どうしたよ?」
「この住所、何かあった?」
「うん、何処だここ?」
「ここは確か、再開発予定で老朽化したビルが多かったと思うんだが」
手元を覗き込んだ面々は首を傾げたが、降谷の顔は引きつり、スマホを持つ手は小さく震えていた。
うっかり、握り潰さないように。
ショートメールに記された住所を、降谷零は忘れた事など無かった。
そこにある廃ビルの屋上で、スコッチこと潜入捜査官諸伏景光は、拳銃自殺を遂げたのだから。
**
江戸川コナンこと、工藤新一は、自分が何処に居るのか暫く判らなかった。
確か、体調の悪い吉野景光を彼の自宅――住所を聞けば、自宅の丁度裏手の通りだった――へ送るべく、少年探偵団の面々と灰原哀こと宮野志保、そして沖矢昴と吉野の友人だと言う大学生と共に移動していて。
途中の公園で、ここを突っ切った方が早いと元太達が言い出して。
で、そのまま歩いていて、吉野さんが噴水の傍を通った途端、透明な筈の水が急に濁って、鼻を突く勢いで磯臭くなって。
その、緑っぽく濁った水が、行きなり盛り上がりそして……。
そこから先は、良く思い出せない。塩辛く、そして生臭い水に巻かれ、物凄い力で何処かへと引っ張られた事以外、覚えていないのだ。
と、そこまで考え、新一は自身の衣類が濡れていない事に気付いた。いや、濡れたが乾いたと言うべきか、うっすらだが海水に濡れて乾いた時の独特な臭気が衣類からしている。こう何と言うか、港周辺の汚れの激しい海水がついて、乾いたような。
そんな事を思いつつ、周囲を見回した新一は、自分の置かれている状況に血の気が引くのを感じた。
あの時、水に巻き込まれたのは自分と灰原哀こと宮野志保、吉田歩美、そして吉野景光。その内、歩美は吉野が一緒に居た青年に投げ渡したのを見たので、恐らくは無事。灰原は自分の直ぐ横で、うつ伏せに倒れている。
だが吉野の姿はなく、そして自分と灰原が居るのが床こそ板張りだが、周囲は鉄格子と金網で作られた鳥籠のようになっているのを見て取った。
だけならまだしも、本当に鳥籠のように宙に吊り下げられている。
自分達がいるのは、どうやら態々天井と床を壊して一五メートルほどの高さを確保した部屋と言うか空間で、この鳥籠用に造られた場所と知れた。
下にある操作盤で、籠を上げ下げするようだが今そこには誰もいない。それなりに重量があるのだろう、新一が動いた程度では揺るぎもしない。
「な、何だよ、ここ」
思わず呻いていた。
新一の声で灰原も呻き、目を覚ました。
「ここは……」
「! 灰原、気が付いたか!」
「……くどう、くん?」
頭を振りつつ起き上がった灰原も、自身がいる場所を認識すると、ぎょっとするのを止められなかったようだ。
「ここ……私達、一体何処にいるの?」
「判らねえ、だが、恐らく俺達をここに押込んだ存在にとって俺達はおまけ、或いは人質、だ」
「え?」
「吉野さんがいない。状況的に、あの人が俺達を誘拐する理由はない。寧ろ、ここ一週間ほどずっと吉野さんは過剰に視線に反応してた。誘拐犯に観察されてたんだとすれば」
新一の言葉に、『ポアロ』で大汗を掻き、顔面蒼白で座り込んだ青年の姿を思い出し、灰原も大きく眉を顰めた。
だが、二人は同時に嫌な予感を覚えた。
延々と、それこそ相手が軽いノイローゼにも似た状態になるまで視ていた存在が、狙っていた相手を手に入れたと言う事は……。
新一はふと、同居人であり幼馴染みである毛利蘭が、父親に語ったストーカー被害の話を思い出す。
監禁された挙げ句、違法薬物まで使われ暴行されそうになったとか言ってなかったか? 何故、今それを思い出した?
まさか、その被害者は吉野で、海外に追い出されたと言う犯人が、何らかの犯罪結社、あるいはあの組織――流石に無いと思うが――とかの援助を受けて帰ってきて、本懐を遂げようとしていたら?
「どうしよう」
探偵として、一人の人間として、工藤新一は恐らく生まれて初めて途方にくれると言う経験をして居た。
**
家を出る頃には、日はすっかり傾き、夜の帳が広がりつつあった。
指定された住所に向かう途中、公安の部下に住所と物件の所有者について調べるように指示を出した。
連絡が届く前に辿り着いたそこで、降谷零のみならず刀剣
すっかり暗くなった空の下、目的地から少し離れた細めの路地で落ち合ったのだが、そこにいたのは馬鹿でかいバイクの傍に立つ三、四十代と言った感じの新條強そっくりな男と共に、薄い色合いの髪に糸目に眼鏡の男がいた。
追い返された筈の、沖矢昴がいたのだ。
「あんた!?」
「おい、子供達はどうした?」
「帰れと言ったのに」
「何をしに来た」
「貴様、赤井っ!」
「ストップ、止まれ、こいつは荷運び要員だ、俺が捕まえた」
食って掛かりそうになった若干名に向かって、そう言ったのは新條に似た男だ。
同じく、殺気立つ若手の連れを宥めつつ、新條強は外見上五、六歳、実際は一つ下の従兄弟に目を向ける。
「カズ、その人物は?」
「うろちょろしてたから、荷担ぎ要員として確保した。子供二人抱えてドンパチなんて、抱えた人間に死ねって言うようなもんだ。向こうさんのこった、男の子は生贄、女の子はもう少し育てて仲間を増やす為に嫁にしようとするだろうから、ちゃんと助け出さねえと」
さらっと言われた事に、思わず全員黙り込む。
何か言おうとしていた細目の青年に構わず、男――滝和也はからっと笑って毒――青年に向かって、だ――を吐いた。
「これからどんぱちがあるかもしれないってのに、高々大学院生様が何するつもりか知らないが、こういう手合いは来るなって言ったって勝手に潜り込んで勝手に死ぬなら未だしも怪我してこっちに責任おっかぶせるのも居るから、見えるとこにおいとこうと思ってな」
「ああ、いるなあ、そう言うの」
従兄弟の毒に新條もさらりと同意するので、沖矢は何も言う事が出来ない。
その、二人のさらっとした毒舌に、この二人が過去何度となく『善意のお邪魔虫』に苦労したらしい事が知れて、爆処と捜査課の三人はそっと胸の内で手を合わせた。
一方、内心ざまあと思いつつ現実問題の方に意識を切り替え、降谷零は滝へと質問を投げる。
「どんぱちと仰いましたが、本当に銃撃戦になると?」
「ああ、ここにいるのは教団の過激派だ。乗り込めば、異分子は排除って事で確実に襲ってくるだろうよ」
「質問しても? 過激派って事は、そうじゃないのもいるって事ですか?」
蜂須賀徹、いや蜂須賀虎徹・極の問いに、滝は溜息交じりにこう告げる。
「まあ、な。ダゴン教団は大きく分けると、長老派と新進派に分けられる。
長老派って言うのは、要するに生まれた時から教団の中で育って、神様に奉仕するのが当たり前って刷り込まれて育った連中さ。こいつらは、神様が眠る事を選択されているのだからそれを尊重し、奉仕するべきって発想の下、『神様が目覚められるまで現状維持する』事を目的に組織を運営している。こいつらとは、事と場合によっては交渉も可能だ。
問題は新進派って連中だ。こいつらは、ぶっちゃけて言えば我欲の為に教団に入り人間を止めた奴と、教団の外で育った所為で教団ののんびりした空気に馴染めない連中だ。こいつらは『神に会いたいから』、眠っている神をわざわざ起こそうとする阿呆の集団だ」
「「「「「「「「「「……はぁ!?」」」」」」」」」」
「訳判らないだろう? 俺もさ」
手持ちの拳銃を確認しつつ、新條が嫌そうに顔を顰める。
「あれか、現世利益の象徴として云々って感じか?」
「ぶっちゃけるとそれだな。長老派としては、そんな不遜な事を許したくないが、得てして新進派は教団の外で金を造り、近代兵器で武装してる。まあ、信者なら長老側派は捩じ伏せられなくもないが、その間、SMG《サブマシンガン》ぶっ放されりゃ向こうも負傷者塗れだ、流石にそれは望まないのさ」
「……見てきたように、仰るんですねえ」
そんな若者達――過半数は見た目だけだが――に向かって、大きく肩を竦めて滝は自嘲気味に笑った。
「生まれて一週間目には、半狂乱で出口探す叔父に抱き抱えられて、半魚人の群れを蹂躙する父親の背中に居たんだぞ? 両親が失踪するまで、自宅周辺をゾンビと食人鬼と半魚人と蛇人間が徘徊するような環境で育ってみろ、護身の為に色々調べるわ」
「滝さん、アメリカ生まれって仰ってませんでしたか?」
「おう、今はニューヨークで暮らしてるが、生まれ育ったのはボストンだ。ま、両親が失踪してからは、ゾンビ以外は月に一回、両親が戻って来てないかの確認に来るくらいになったけどな」
「「「「「「うわぁ」」」」」」
「話には聞いてたが、改めて聞くと本当に物凄いな、お前の人生」
「あの両親の子供って時点で、色々諦めたものはあるよ。
まあ、両親には恨み言はあっても感謝なぞした事はないが、それでも叔父との縁はあの二人がいなきゃ無かったからなぁ」
従兄弟に向かってそう言うと、滝はバイクに括り付けたトランクを示した。
「で、武器は大丈夫か? 念の為大使館のFBI分室から、銃と銃弾と防弾チョッキ三枚を借りてきたが」
「「「「うぇ!?」」」」
「お前、良く借りてきたな、そんなの」
若手がドン引く中、新條が呆れつつ聞き返せば、彼の従兄弟はにかっと笑って一言。
「今、責任者やってるのとは、昔夫婦だったんだ」
「……ああ、潜入捜査か?」
「まあな、一月で終わった結婚生活だったけどな」
そう話しつつ、滝はトランクに手を伸ばした沖矢の手を叩き落とす。
「何を」
「おまえ、この国で銃器類振り回す為の許可も免許も持ってないだろうがよ。それに、俺はお前は荷担ぎだって言って置いた筈だ。ほれ、防弾チョッキ、子供の弾避け宜しく頼む」
むっとした沖矢だったが、その彼の横で刀剣男士五振りと警官三人が各々カードと身分証を提示する。
「バイトの関連で取っといたものなんだけど」
「まあ、一応『葛の葉』関連だから大丈夫だろ?」
そんな事を言いつつ、それぞれ予備を含めて二丁づつ受け取っていく。
それを横目で見つつ、大島航が頭を掻きつつ声を掛ける。
「しかし、滝さん、大丈夫ですか、その」
「うん? 銃の方は、俺が後で本国に書類出すから気にするな。後、俺は本国以外に出る時は、よくよくの事が無い限りその国の警察にFBIとして動けるよう根回しするし、銃器の使用許可も取る事にしている。余程の隠密捜査を要求されている状態でもないのに、その国の警察に協力を仰がないなんて、手前の首を絞めるだけだからな」
じろっと、沖矢を見てそう言うと、従兄弟に向かって手を振った。
「取り敢えず、俺と荷担ぎ役とで裏から入るから、護衛として二、三人来てくれ。表は悪い、強、お前の肩書で押し切ってくれ」
「仕方が無いな。大島君、俺と一緒に来てくれ。生活安全課より、二課とは言え捜査課の方が圧しが利く」
「じゃあ、俺が加瀬と切国と一緒に滝さんの護衛に付きます。一応機動隊ですから、体力は自信ありますから」
そう言って手を上げたのは、桜田陣平だ。彼の言葉に異存はないと、名を上げられた二人も頷く。――言葉が改まったのは、新條が警部と言う事もある。
その時、陸奥守吉行・極が降谷に向かってこう切り出した。
「安室さん、儂等は『上』から入らんか?」
「え?」
「単なる勘けんど、ほきも悪党と馬鹿は高い所が好きじゃ、案外奴さんは上の方の階におる気がする。多分、そこに吉野もおると思うんじゃ」
「……そう、ですね。そうしましょう」
「O.K、じゃあ、俺とハッチーと之定さんで大島と新條さんをフォローって事で」
降谷が頷いたのを受けて、小松研二が残り二人に確認すれば二人も大きく頷いた。
そして時間合わせなどを軽く打ち合わせると、それぞれ三方へと散った。
その前に、滝は降谷に防弾チョッキを差し出した。
「お前は結構無茶しいなのは、餓鬼の頃見てるから知ってるからな」
そう笑った年上の男に、降谷は黙って頭を下げ、ジャケットの下にチョッキを着込んだ。
**
非常階段を上る。歩いているのでそれほどでもないが、それでも金属製の階段はカンカンと音を立てる。
あの時より明るい夜空と、自分の後から続くもう一つの足音があるから、これが夢ではないと――あの悪夢を再現している訳では無いと、自分を納得させる事が出来る。
今度こそ。
今度こそ僕は。
ここから、スコッチを救い出してみせる。
心の奥底で、『
そうだ、あの日あの時、左胸を紅に染めて息絶えた『
志半ばに死なねばならなかった、諸伏景光の分も自分が戦わねばならない、そんな思いで突き動かされていたから全く気にならなかったけれど。
屋上の手前、最上階に繋がる扉が見える。
降谷零は、懐に忍ばせていた拳銃を手に取った。