※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

26 / 39
探偵は因果な商売

 廃ビルを出て、江戸川コナンが連れて来られたのは、東都警察病院だった。

 誘拐される途中で汚れた海水を浴びた事、監禁された事に対する精神的ストレスなど、色々診察しなくてはならないと言う名目だったが、手配した新條強警部の狙いは別だった。

 

「コナン君!」

「坊主!」

 

 警察からの連絡で駆け付けていたらしい、毛利小五郎、蘭の親子が走って来てコナンを蘭が抱き締め、小五郎の拳がコナンの頭に落とされた。

 

「ったああ」

「馬鹿野郎! 心配したんだぞ!」

「怪我が無くて良かった……」

 

 幼馴染みの腕の中で、工藤新一(コナン)は違和感に顔を上げる。

 何だか、小五郎の顔が何時もより焦っている気がする。

 

「今回は、うちの職員の事件に巻き込まれたようなもんだ、余り叱ってやってくれるなよ、毛利」

「新條先輩!」

 

 向こうで、看護師と話していた四〇後半の男が顔出すのに向かって、小五郎はピシッと姿勢を正して挨拶する。

 そう言えば、『ポアロ』で会った時に小五郎の事を『後輩』と呼んでいた事を思い出す。

 しかし、そう言う通り一辺の関係性ではなさそうだ。

 と、そこまで思考を巡らせたコナンに向かって、常になく低い声が掛けられた。曰く。

 

「お前、間違っても新條先輩に迷惑掛けんじゃねえぞ」

「え?」

 

 事件現場で怒っているのと、比較にならないくらい不機嫌に眉を顰めた小五郎が、コナンを睨んでいた。

 

「お、おっちゃん?」

「あの人は、英理と蘭の命の恩人で、ついでに俺達の所為で大怪我して、捜査課勤務を降りなきゃならなくなったんだ。

 いいな、絶対に迷惑掛けんじゃねえ」

 

 小五郎は、嘆息と共にポカンと見上げるコナンの頭を乱暴に撫で回す。

 そんな後輩を、こちらも嘆息混じりに見詰める新條が居る。

 

「気にすんなって言ったじゃねえか」

「だって先輩、」

「俺は元々交番勤務で良かったのに、気が付いたら捜査課に入ってた人間だからなあ。面倒見てくれた、芝の親父さんの面子立ての為に残ってたが、まあ良い機会だったんだよ」

 

 そう言って、手を振って向こうへと歩いて行った新條に、何だかなあと思う工藤新一(えどがわこなん)が居る。

 父、工藤優作の話す警察関係者に、新條と言う刑事は居なかったと思うのだが。

 それに向かって、心底呆れた顔で小五郎は言う。

 

「言っとくが、新條先輩は基本的に組対や麻薬とか、より重犯罪の方の捜査に参加してた人だから、あの人の事を優作は知らねえんだよ。

 後、正直新條さんは民間人を捜査に参加させて、その結果その家族に犯罪者の逆恨みが行く事を物凄く心配する人で、その事で良く目暮警部殿と言い争いになっていたからなあ」

「え?」

 

 向こうの方で、看護師や刑事らしい人間と話し込む煤けた背広姿の男を目で追いつつ、毛利小五郎は話し続ける。

 

「あの人曰く、『刑事が民間人に頼り過ぎるのは如何なものか』と毎回苦言を呈していたな。

 ……まあ、警視庁は松本派が多いから、安易な方法に流れ過ぎる嫌いが多いんだが」

「松本派って、松本清長管理官?」

 

 そう聞いたコナンに、もう一発拳を入れて小五郎は声を潜める。

 

「ばあか、聞くな。つうかあの人は違う。

 ……昔あったんだよ、松本派、新條派って言う警察機構内の派閥がな。効率と成果主義の松本派、人道と犯罪撲滅主義の新條派。エリート様や上昇志向が松本派、現場上がりの人間は新條派に流れがちだったな」

「ふうん……ん? しんじょう?」

 

 はっという顔で振り返ったコナンの頭を掴み、前を向かせつつかつて刑事だった男は渋面で一言。

 

「お察しの通り、新條派のトップだったのは新條先輩のご祖父君だ。警察庁では未だ語り草の『覇王』と呼ばれた人で、チヨダの前身を作った人でもあるんだ。あそこの家はな、かれこれ五、六代は遡れる警察官僚の家系だよ。尤も、先輩のお兄さんは警察庁からドロップアウトして弁護士になったんだが。

 先輩当人は、東都大法学部を卒業して司法試験も公務員の上級試験も通ってるのに、交番のおまわりさんになりたいって、普通に警察学校に行った人なんだよ」

「えー……話していいの、それ」

 

 コナンが問えば、ジト目が返される。

 

「俺が話した事は、警視庁の古株や警察庁の一定年齢の人間なら皆知ってるよ。

 それに、お前は隠せば探し出そうとして馬鹿やるだろうが。止めろよ、好奇心で探って藪蛇ならともかく、パンドラの箱をひっくり返すような真似をするんじゃねえよ」

「……はあい」

 

 返事に嫌と言うほど不服を含ませ、コナンは蘭に呼ばれて走り出す。

 その背中に向かって、頭を掻きつつぽつりと小五郎はぼやいた。

 

「……全く、どうすりゃお前は懲りるんだよ、小僧」

 

**

 

 ぴちゃり、ぴちゃりと水の音がする。

 蛇口をしっかり閉め忘れたかと、起き上がった工藤新一は、ふと自分の手が大きい事に気付いた。

 あれっと思うと同時に、水音以外の音に気付いた。

 

 こり、こり、こり。

 ぺちゃり、ぐちゃ、ずずっ

 

 何か、硬いもの――軟骨か何かを食んでいるような、柔らかい――ババロアとか、柔らかなプリンを行儀悪く食べているような、そんな音。

 

  おっちゃん、晩酌でもしてんのか?

 

 そんな事を思いつつ、明かりが漏れる扉に気付く。

 そして、薄く開いた扉の隙間から中の様子を窺った新一は、その光景に息を止めた。

 

 ダイニングテーブルに、真っ赤な背中を向ける男が突っ伏している。だが、虚ろに目を開いた毛利小五郎の顔が自分の方を向いている。……胴から切り離された首が、こちらを向いていて、首から滴る血が、ぽたりぽたりと音を立てていた。

 床はもっと凄惨な事になっていた。

 文字通りの血の海で、その真ん中に恐怖に顔を引き攣らせ、そのまま凍り付いたようになっている――毛利蘭が、いた。

 仰向けに倒れ、動かない彼女の周囲に、誰かがいる。

 水掻きの見える、鈎爪の伸びた手が彼女の身体から腕を引きちぎり、裂けた腹から内臓を引き出している。

 ぬめりを感じさせる緑がかった肌と、魚のように立体感を感じさせない膜の張った目、帰るかヒラメのような嫌に平べったい顔。顔半分裂けているのかと思うほどの大きな口。そこから、こりこり、にちゃりと音がしている。

 

 

 あの時、あのビルの中で扉の向こうから湧き出した半魚人が二匹、大切な幼馴染みの身体を喰っていた。

 

 

 声が出ないまま、後ろに下がった新一は、ドンと付き合った感触にがくがくと後ろを振り返る。

 そこに、あの時吉野景光を襲い、安室透にアッパーカットで沈められ、警察に連行された筈の男が立っていた。

 

「みいつけた」

「な!?」

 

 顔半分が黒く染まった男は、にたりと笑う。

 

「お前、贄のお前、逃がさない。

 お前の女、腕力あっても結局只の小娘だった、一回突っ込んだらあっさり死んだ。だから同胞の餌にした。

 お前は来て貰う。

 我らの神を呼び出すのに、お前のその無駄に激しい好奇心と、他人の安全より自分の知識欲を優先する強欲さは役に立つだろうからな!」

「何だと!?」

 

 がぱっと、裂けるように大口が開き、男は新一の頭を殴り付けるような事を言って寄越す。

 

「覚えが無いと言わせないぞお?

 お前が好奇心と謎解きを優先させたから餓鬼の姿になったし、お前のとばっちりであの女何回怪我した? 可哀そうに、若い娘が柔肌に傷を作って。

 まあ、良いだろう。お前は俺が何者か、気になるだろう?

 調べずにいられないだろう?

 その無駄な好奇心が、他人を地獄に突き落としても、己の知識欲を満たさずにいられないお前の有り様が、我が神の興味を引くだろう。

 お前は覚えている限り、

 な ん で も し ら ね ば き が す ま ぬ も の な あ?」

 

「コナン君!」

 

 覚えのある声にはっと目を開けば、眩しい電灯が眼に入り、そして心配そうに覗き込む毛利蘭――さっき血の海に沈み人外に食べられていた――と、眠そうな目でそれでも自分を見ている毛利小五郎――首をねじ切られ、背中と顔を自分に見せた――が居た。

 

「らん……ねえ、ちゃん」

「随分魘されてて、揺すっても起きないからどうしようって思ったの」

 

 そう言うなり、蘭は新一(コナン)をぎゅっと抱き締めた。

 目を白黒させるコナンの頭を、わしゃしゃっと小五郎も撫でた。

 

「先輩に聞いた話じゃ、カルト教団の違法な儀式を見ちまったり、老朽化したビルの天井の崩落を間近で見たりしたそうだからな。今晩魘されるかもしれないから、気を配っておけって言われてたんだ。ドンピシャだったな」

 

 えっとなったコナンは、思い出そうとしてピタッと止まった。

 耳の奥でザザッと音がする。

 

 オマエハオボエテイルカギリ、

 ナ ン デ モ シ ラ ネ バ キ ガ ス マ ヌ モ ノ ナ ア?

 

「ひぃ!」

「コナン君!?」

「あー、仕方ねえ、居間に布団引いて、そこで雑魚寝するぞ、蘭」

「お父さん?」

「カルトってのは多分にショッキングな光景が広がってるからなあ。

 こいつがうろちょろする殺人現場が、可愛らしく見えるような現場も多々あるからな」

 

 溜息と共にそう言う父を、蘭は半ば意外に思いつつ見た。

 そんな娘の視線に、小五郎は苦笑いを見せる。

 

「俺だって、制服着て巡回したり、ガサ入れの応援とかにも参加したりしたんだよ。

 新興宗教の道場って触れ込みの建物が、中で麻薬作って金持ち相手の違法風俗店だった時は本気で大変だったからなあ」

「そうなの?」

「麻薬で頭がおかしくなって、身体中に切り傷作って笑ってるのとか、ホステス役の信者女性の髪を引きちぎって食ってたり、とにかくこの世の終わりかと思うような事やってたよ」

 

 実際は、もっと凄惨でもっとグロくてえげつない事が行われ、警官どころか強面のマル暴所属の刑事が耐えられず戻す事態だったのだ。

 その中で、顔色一つ変えず全てを仕切ってガサ入れを完遂させたのが、新條強警部だった。

 手早く布団を敷き直し、己と娘で小さな体を挟むようにして横になる。

 

 ――翌朝が日曜で良かった、確か蘭も部活休みって言ってたしな。

 

 そんな事を思いつつ、姉弟のように寄り添う二人に上掛けを掛け、毛利小五郎は目を閉じた。

 

**

 

 毛利家の居住エリアの明かりが消えたのを、隣のビルから見ている二つの人影がある。

 一人は、赤と黒の水干に、鳥が翼を広げたような独特の形に結われた黒髪の小柄な人影。

 今一人は、真っ白な着物に真っ白なフード付きの外套を羽織った、髪まで白い人影。

 この二人は、当然ながら『代紋本丸』所属、及び刀剣男士から九頭龍大神の従属神に成り上がった『小烏丸』と『鶴丸国永』である。――例の、モンペ派閥の一つである『平安刀組』の二大巨頭である。

 

「ふむ。これで少しは懲りるかね、あの坊主は」

「さあて、かなり業の深い童故、大方喉元過ぎれば、と言う奴であろうな。まあ、一時でも主と婿殿の邪魔をせぬなら、良しとしようぞ」

 

 肩を竦めた鶴丸に、扇子で口許を隠しつつ小烏丸は笑う。

 

「やれやれ、浅井成実の件とか、宮野明美は自戒の種にはならなかったって事かい、親父様」

「まこと残念な事に、己の力不足だとは思わなんだようよの」

「はあ。これだから『事件専用ダイソン』って奴は……」

「まあ、ニ二〇〇年代の記録に、黒の組織壊滅の立役者として工藤新一が幼児化した江戸川コナンが記録された以上は、吾らの立場と建前上、あれなる小童を事件から引き離す訳には行かぬ故な」

「じゃあ、今回の事を蒸し返さなければ良いかって事で」

「そう言う事よの」

 

 互いに肩を竦め合い、己を鍛刀した主である染井吉野を溺愛するモンペ――方や自称父こなた保護者、鶴丸に関しては縁の刀達を救われた事で倍率ドンの状態である――鳥太刀二振(ふた)りは、静かにビルから立ち去った。

 

**

 

 警察庁の 『特殊案件調査班』に、新條強警部とFBIの滝和也捜査官と共に移動した小松研二、桜田陣平、大島航の三人は、同じく付いてきた五人と共に報告書制作の為に詰めていた。

 尤も、

 

「順番に仮眠取ってくれ、無理しても良い事は無いし、どうせ提出は月曜日だ。

 君らに書いて貰うのは『葛の葉』に出す分だ、公式に出す方は君らのを見て、俺が適当にでっち上げるから」

 

 と言った新條と、

 

「怪我人もいるし、無理はすんな。後、半分以上出来合いで悪いが、握り飯作ったから食っていいぞ。ペットボトルだがカフェインレスのお茶もある」

 

と言って、何時の間にか未だ温かいタッパー一杯の大降りなお握りと、二〇本近いペットボトルを並べた滝がいるが。――どうやら、子供達を警察病院に運んでいた間に、別行動を取って用意したらしい。

 途中で一時間程小松が抜け出し――吉野景光の事がどうしても気になったからと、本人は苦笑いを浮かべていたが――、その間に二人ずつ交代で仮眠三時間を挟みつつ、彼らは書類を作っていた。

 だが、その間従兄弟二人が繰り広げていた会話に、三人と刀剣男士達とは真顔になるしかなかった。

 

「あー、騒がしい部屋って、仕事進むわあ」

「そうか?」

「俺、普段ぼっちだもんよ。叔父さんとこに応援行った時くらいだよ、こんなに周囲に人いるの」

「そう言えば、お前のとこ、お前一人だったっけか?」

「んー、まれに増員と称して新人だったり坊々だったりが来るけど、一週間持つ奴いねえな! 大抵、本来の業務以外を頼むんだけど、新人はともかく、自称エリートのボンボンが大抵仕事失敗するんだよなー」

「おいおい、大丈夫か?」

「一応、その情報が間違ってたら潜入捜査官が死ぬとか、情報が足りなくて街一つ壊滅とか、そんな重いのは渡してないよ。

 単純な計算問題を渡して、電卓も渡してるのに桁三つ間違ってた時には、そいつごと縁故で入れたお偉いと人事の首を、纏めて切らせたけどな」

「おいおい、FBI大丈夫か?」

「大丈夫じゃねえな、だから首になったんだし。面倒臭い事に、人事の奴、俺に篩い分けさせてる節があってさあ」

「それは、信頼されてるって事じゃねえのか?」

「まさか。俺のところで三日耐えれたら、通常業務させても大丈夫とかほざいてやがったな」

「なるほど、そりゃまた面倒だな。仕事にならねえんじゃねえの?」

「仕事は大丈夫。俺が活動初めて三年ほどは泊り込まないと片付かないぐらい仕事が溜まってたけど、今は仕事そのものが落ち着いたからな。寧ろICPOから呼び出された時が死ねるけど」

「叔父さんか?」

「違う違う、佐久間本部長の方。バーキン捜査官もいるし、FBIの窓際なんか、もう出番無いと思うんだがな」

「その辺、お前なら大丈夫って言う信頼じゃねえのか?」

「そう言う信頼は要らねえなあ。要は、以前俺が纏めちまった愚連隊共の面倒見ろって事だからな」

「じゃあ仕方ねえな。お前が一発ぶん投げて、その上でご高説垂れちまった結果だろ?」

「若気の至りだよなあ」

 

 そんな事を話しつつ、二人のキーボードを叩く速度は落ちる様子が無い。

 滝に至っては、日本語で話しつつ打っている文章は英語である。そのマルチタスク振りに、思わず戦慄する日本警察の新人枠三人がいる。

 

「そう言えば、あの若いのどうするんだ?」

「ああ?」

「ほれ、お前が荷担ぎさせた」

「あれか? とっとと本国に送り返したいんだがなあ。人事が呼び出し掛けてる一人だし」

「そうなのか?」

「と言うか、あいつとあいつの上司とその部下は、人事から再三出頭命令出されてるのをガン無視してる最中だよ。マイケルから、『何とかしてくれ』って泣かれたんだよなあ」

「マイケルって、ああ、お前のバディだった?」

「捜査課に応援に行くと組んでたんだが、あいつ人事に移っちゃったからなあ。まあ、俺としても情報幾つか渡してるのに、代価を出す気も無いあの馬鹿にもう甘い顔する必要ねえかなって思ってる」

「そうなのか?」

「別に、金品要求するつもりはねえけど、こっちが提供した情報で結果を出せない時点でアウトじゃねえか? て言うか、結果が出てないどころか、二、三回ポカして潜入失敗してるわ協力者死なせるわで、俺の中じゃブラック班の株は底辺這ってるな!」

 

 恐らく、その場に江戸川コナンや安室透がいたら思わず後ろに下がるくらい、地の底から這いずるような笑い声を立てる従兄弟を、新條はペットボトルで一発殴る。

 勿論、この程度で怪我するような相手じゃないと言う事で、結構手酷く殴っているが。

 話の内容に引っ掛かりを覚えた、和泉之定こと歌仙兼定・極が思い切って声を挟む。

 

「あの、FBIは現在日本で活動している捜査官を問題視しているのですか? そちらが推奨している訳では無く?」

「おい、之定!?」

 

 歌仙の問いに、滝は手を止めて顔を向ける。その表情は、苦虫を二、三匹纏めて噛んだくらい歪んでいる。

 

「……あー、強よ、もしかしなくても法事での話、日本の関係者じゃ皆そう思ってんのか?」

「あー、流石に『サンフランシスコ平和条約云々』までは言ってないが、公安の方はブチ切れてるんじゃねえか? たまに『日本から出て行け!』って喚いてるのが聞こえるしな」

「だぁあー。洋子からも捕まえてくれって言われたんだよなあ、大使館詰めの連中も迷惑してるって言われたし」

「え? 大使館?」

「そう言えば、大使館には警備としてFBI駐在してるんだっけ」

 

 首を傾げた加瀬清光こと加州清光・極に、そう呟いたのは蜂須賀徹こと蜂須賀虎徹・極だ。

 それに向かって頷きつつ、滝は本気で頭が痛いと言いたげに額を押さえる。

 

「日本じゃまだ特に問題は起きてないけど、中東やロシアの方で一般ツーリストがスパイや違法潜入を目論む捜査官の嫌疑を掛けられて身柄の拘束を受けてるらしいんだ」

「おいおい、それって」

「そうだよ、大問題だよ。でもって、原因になった奴らが野放しになってるってんで大使館とか他の部署の奴らが怒ってんだ。でも、一応ブラックの奴はそれなりに実績があるから、上としては穏便に奴を呼び出して諫めるに押さえたいらしいんだが、まともに連絡に反応しねえんだよ、あの馬鹿。

 多分、失敗した部下二人を、本人は庇っているつもりなんだろうよ」

「その心は?」

「今更新人を教育して捜査陣に入れるのが面倒なんだろうよ、奴は」

 

 えーっと、嫌そうな顔をする八人に、「それ、建前だろ」と言うのが従兄弟。

 

「判るか?」

「最悪の時、失敗歴のある部下ならそいつのポカとして、全部おっ被せる事が出来るだろうよ。警視庁(ホンチョウ)や警察庁(サッチョウ)にもゴロゴロしてるぞ、主に叔父さんの親のシンパだけど」

「あの人は叔父さんの遺伝子提供者であっても親じゃねえよ、カナダの婆ちゃん一家と滝の祖父ちゃん祖母ちゃん、おばさん達が家族だって言ったんだ、松本さん」

「……悪い」

 

 キーボードの手を止め睨んでくる一つ下の従兄弟に、新條は頭を下げた。

 

**

 

 騒ぎが起こったのは、朝日が昇って所謂ブランチ時の時間帯だった。

 『特殊案件調査班』に急に警視庁から電話が掛かり、新條強警部に苦情を言い立てに来たアメリカ人がいるから対応してくれと言うものだった。

 

「何だいそりゃあ」

 

 二時間の仮眠を取っていたところを、アラームが鳴る一〇分前に起こされる形になった新條が頭を振りつつ起きて手早く身支度を済ませると、頭を振りつつ新條は隣の建物である警視庁へと向かった。

 新條が顔を出すと、眼鏡を掛けた金髪女性が物凄い勢いで食って掛かって来た。

 

『タキ、貴方一体どういうつもりなの! 事件だったんでしょう、ならどうしてシュウに協力を求めなかったの!』

 

 女性の剣幕に面喰いつつ周囲を見回せば、お仲間らしい厳つい白人男性と目の下のクマが激しい東洋系らしい青年――立ち振る舞いから、例の糸目の青年が変装を解いた姿だろうと判断した――、そして彼らのボスらしい老年の白人男性がいた。

 鼻息荒い女性から眼を逸らし、新條はじろっと最年長だろう白人男性を睨んだ。

 

「失礼、貴方方はどちら様で? 私は貴方方とは初対面の筈だが?」

「!?」

「何を言ってるのよ!」

 

 新條の言葉に女性と厳つい男は不快感を露にしたが、東洋系の男は何かに気付いた顔になり、彼らの上司はあからさまにしまったと言う顔になった。

 それに気付かず、女は言ってはいけない事を喚き散らす。

 一部の、若手の『自称』エリートが叩いていた陰口を、事実として口に出してしまったのだ。

 

『やっぱり貴方、無能よね! 潜入先に寝返っておいて、ちゃっかり上層部にコネ作って帰って来て異常事件課なんて訳判らない部署に潜り込んで何やってるのよ! アンタみたいな如何わしい人間が、どうしてFBIに居るのよ!』

『へえ? おもしれえ事喚く嬢ちゃんがいるなあ、おい』

 

 カツカツと足音を立てて歩く、目の前の東洋人そっくりな男にジョディ・スターリングとアンドレ・キャメルは面喰った顔になり、ジェイムズ・ブラックはあからさまに顔を引き攣らせた。

 三つ揃えのスーツ姿の新條強の横に、ジャケットにスラックス、ライダーブーツ姿の滝和也は並び、獰猛に笑って一言。

 

「如何わしいんだってさ、俺。じゃあ、その如何わしい人間から情報強請るお前は、お前の部下にはどう見られてんだろうな、ジェーミー?」

「た、タキ」

 

 ジェイムズ・ブラックの動揺をまるっと無視すると、滝和也は遠巻きにしている日本警察の人員の中で、状況を観察していた中の一人に手招きした。

 

「良かった、兄ちゃんこれあんたの上司に渡して。ICPOから貰った情報、俺には無用だからそっちで使って」

「え? ……はアぁ!?」

「た、タキ、それは!」

 

 眼鏡の刑事と、老齢の紳士が声を上げるのに向かって、滝はしれっと笑う。

 

『いらないだろ? お前の部下の言い振りじゃあ、お前も同じ事考えてんだろ? そんな奴に渡すものなんかあるかよ。

 それから、人事部がいい加減帰って来ないと全員命令違反からの査問会だって言ってるぞ。お前ら、大使館駐留の連中が激怒してるの知ってるか?』

『なぜ、大使館駐留チームが?』

 

 聞き返す年上の同期に、アホかと言いたげに滝は鼻を鳴らす。

 その間に、軽く渡された書類袋の中身を確かめた刑事――風見裕也は、大慌てで走り出す。

 

『お前達の違法捜査のお陰で、駐留チームが日本警察との間で培った友好と信頼と協力体制が台無しになりつつあるんだよ! お前らふざけるな、同盟国の警察に一切協力を求めず、しかも銃器類が非合法の国で何やってやがる!』

『そうは言っても、以前も日本警察には内密に捜査を行った事があると聞いているが』

 

 そう言った赤井秀一に、ぎろっと目を向けた滝の代わりに、第三者の声が張り倒しに掛かる。

 

『ふざけないで。貴方達が追い回してる組織と違って、あのカルトの存在を日本警察は知らなかったし、あの時主導していたのは国際警察よ。貴方達の手抜きの言い訳に、あの時に亡くなった数百人の捜査官を使わないで貰えないかしら?』

『! ヨーコ・ケイ、どうしてここに!?』

 

 蒼褪めるジェイムズ・ブラックに、スーツ姿の三、四〇代に見える東洋系の女性はあからさまに軽蔑を露にした視線で睨み付ける。彼女の後ろに控えるスーツの男達も、嫌悪も露に通称ブラック班の面々を睨んでいる。

 そりゃあ、勝手に駐留先の他国で騒ぎを起こし、そのたびにこちらに騒ぎの付けを押し付けてくる連中に、好意を持てる筈もない。

 

『決まっているでしょう、タキに頼んでおいたのよ。ジェイムズ、貴方には色々お話したい事があるの。日本代使館駐在チーム責任者としてね』

『ぐ、』

『それから、貴方』

『何よ』

『貴方が如何わしいって言ったタキ捜査官は、本来一〇人以上居て初めて成り立つ捜査課を一人で切り回せるだけの能力があるのよ? それで尚且つ他所の課の応援をこなして、国際警察への出張も外部組織との折衝も行っている彼に、高々捜査チームの一捜査官如きが大きく出たわね?』

 

 は?っと、鳩が豆鉄砲を受けたような顔になった女性捜査官に、これはヨーコ・ケイの後ろに控えていた東洋系に捜査官がどうしようもないと言いたげにこう言った。

 

『仕方がありませんよ、聞けば命令より復讐大事で暴走して、被疑者の捕縛に失敗したそうじゃないですか。自分に都合が悪い事をさらっと忘れる辺りは、流石ブラック班の人間と言う事でしょう?』

「っ」

『こら、ハーディ、言い過ぎだ』

 

 溜息と共に滝が止めるが、それを在日大使館駐留チーム責任者が笑顔で遮る。

 

『そうね、タキとその御身内の見分けが付かない時点で話にならないし。言って置くけど、私達は骨格から弄ってる人間を見分ける訓練受けさせられてから、任務に就いているの。最近訓練所の質が落ちたと聞いたけど、本当みたいねえ、貴方達見てると本気でそう思うわ。最近手軽に顔に皮一枚貼って変装する輩が多いけど、それで騙されてちゃあ駄目なのよ?』

 

 これまで黙って様子を見ていた新條が、こう口を開く。

 

「後、先程シュウがどうとか言っていたが、夕べの騒ぎに関わって来ていたのは沖矢昴と言う大学院生であって、FBIは関係なかったと思うんだがな」

「全くだよ、沖矢昴なんて捜査官はFBIには存在しないし、あの現場はブラック班の案件とは関係なかったし、狙撃手に仕事なんかなかった。で? 何か申し開きはあるかい、赤井秀一」

「あらタキ、それは私達のホームで私達が聞き出して、然る後本国へ送還するわ」

『覚悟なさいな、人事部長はすっかりお冠よ? 貴方達の身勝手のお陰で、善良なアメリカ市民が迷惑しているわ』

 

 最初は日本語、後は英語でブラック班の人間に言い放ち、女性管理官は部下に四人の拘束と連行を命じた。

 あからさまに文句を言うジョディと不服を顔に出しているアンドレ・キャメル、そして視線で不服を示す赤井とこの後何があるのか判っているジェイムズとが一〇人のFBI職員に囲まれ、退出させられる。

 それを横目で見送ると、ヨーコ・ケイ、かつて一時滝洋子と名乗った女性は配偶者だった男とその従兄弟に頭を下げた。

 

「滝、連絡ありがとう。Mr.新條、同僚とその部下が大変ご迷惑をお掛けしました」

「いや、こっちも助かった。ジェイムズとドイツ系のはともかく、スターリングの娘と赤井って奴は厄介そうだったから」

 

 滝が笑うと、新條も苦笑いを浮かべる。

 

「いやあ、FBIの人間から従兄弟と間違われるとは思わなかったから、ちょっとビックリしたな。

 そう言えば、これから彼等の案件は宙に浮くことに?」

「いいえ、多分、上層部はブラック捜査官を叱責しても、免職まではさせないでしょう。部下にとばっちりは行くでしょうけど、そもそもそれなら私達に捕縛命令が出てますわ」

「まあ、使えるものは使い潰せ、だからなあ、今の長官」

 

 そう言って笑う滝に、にこやかにヨーコ・ケイは付け足し手を振った。

 

「そうね。ああ滝、長官の飲み友達、Mr.レン・マツモトっておっしゃるそうよ?」

「「ぶっは⁉」」

 

 同じタイミングで吹き出し、揃って目を丸く見開いた二人に暇を告げて、キャリアウーマンは颯爽と警視庁を後にした。

 

**

 

 その騒ぎを、離れた場所から見ていた小松、桜田、大島と刀剣男士の総代として付いてきた陸奥守吉行・極は、思わぬ展開に顔を引きつらせていた。

 

「マジか……」

「FBIが拘束されてるよ、おい」

「これ、歴史的に大丈夫なのか?」

「いやあ、多分不味いのでは……」

「うんにゃ、大丈夫でしょ?」

 

 後ろから掛かった声に、思わず飛び上がる。

 振り返った先に立っていたのは、内閣調査室の国内部長であり、『葛の葉』当主である木場恭介だった。

 

「木場さん」

「二〇〇年後まで残す公式文書に、赤井秀一の名前が残っていれば良いだけの話でしょう? 彼が本当に優秀なら、壊滅作戦には復帰しているでしょうよ」

 

 そう言って、そのまま警察庁へと踵を返す見た目二〇代の背を見ながら、四人は「それもそうか」と頷き合った。

 

**

 

 警視庁でアメリカ人が騒いでいた頃、諸伏景光が検査入院した病院に和泉守兼定・極と堀川国広・極に付き添われる形で諸伏高明が訪れていた。

 無論、サングラスとマスクで顔を隠し、諸伏景光、いや吉野景光の関係者であると気取られないようにしての来訪である。

 

「諸伏警部?」

「ゼロ君、景光は?」

 

 マスクを外しつつ入って来た高明は、降谷零の手を握ったまま未だに眠っている弟の姿にほっとなった。

 その寝顔には、覚えがあった。

 遠い昔、目の前の彼に手を引かれて帰って来た弟が、一泊だけした時。

 自分と彼に挟まれ、二人の手を握り締めて眠っていたあの寝顔だ。

 

「代わりましょう、その様子では、一晩中握っていたのでしょう。お手洗いくらい行って来てはどうです?」

「助かります」

 

 零が手を離すと、不安そうに眉が顰められたが、高明が握り直すと、ほっとした様子で眉が緩んだ。

 そのまま高明が頭を撫でてやれば、嬉しそうにその手に擦り寄るように身じろぐ。

 その姿を愛おしそうに見詰める高明を一度だけ振り返り、零は急いで小用を片付けに行った。

 トイレに行った帰り際、零は和泉守と堀川とに呼び止められた。

 

「主の状態はどうなってる?」

「……昔、犯罪事件に巻き込まれた時をなぞる様な体験をした所為で、軽く子供返りを起こしている。もう少しして落ち着けば、収まるだろう」

「そうなのか?」

「ここの心療内科医はそう言ってる。確か、『葛の葉』の術者らしいけど」

「……なら、信用しても良いと思います。兼さんも」

 

 零の答えに、和泉守は眉をしかめたままだが、国広の方はほっと胸を撫で下ろした。

 和泉守はと言うと、『奥』から現れ般若の形相で「事の状況を説明するように」と言い放った高明の姿に、未だに震えていた。

 あれ、あの姿には覚えがある。

 

 潜在ブラックだった本丸の、山姥切国広を雑用係兼サンドバックにしていた山姥切長義とその審神者を前にした時の、相棒と山伏国広。

 ボロボロの長曽祢虎徹が、中傷状態で刀に戻っている浦島虎徹を渡して折れるのを目の当たりにした蜂須賀虎徹。

 制圧中に保護した折れる寸前のにっかり青江に、「兄上にここに居て欲しくない」と泣かれた数珠丸恒次。

 弟二人の命を盾に、色キチ審神者(男)に篭の鳥にされた長兄と、使い捨てられ何振り目か判らない状態で折れる寸前で保護した弟を前にした宗三左文字。

 そして、やはりブラック本丸で糞審神者とそのクズ担当に手籠めにされていた自分の前に立った、二人を纏めて蹴り飛ばし本体を抜き放って超低音で「首を差し出せ」と宣った、之定こと歌仙兼定。

 

 つまり、『ブラコン』。

 絶対に逆らってはいけない、神格とか何とか以前に全てを凌駕する熱量と爆発力を持つもの、それがブラコンだと、和泉守は学習している。

 ――なお、本来世間ではブラコンの代表とされている粟田口唯一の太刀の名前が出なかったのは、代紋本丸在籍の彼が所謂問題刀剣の一振(ひと)りで、兄弟刀剣より権力――九頭龍大神の神婿を狙っているらしい――に気が向いている事もあり、気の優しい五虎退以外の兄弟から総スカンを喰らっている為だ。

 しかも、諸伏高明は九頭龍大神と成り上がった諸伏景光と唯一血が繋がった人間であり、それは同時に彼自身も『九頭龍』の血を引く事の証左である。

 和泉守を始めとする残留刀剣達は、『兄』の憤激を受けて一瞬で本丸内を循環する霊力が彼に掌握され、『弟』の負担でしかない問題刀剣達が一斉に顕現を解かれるのを目の当たりにしたのだ。

 お陰で、この世で一番恐ろしいものに『激怒しているブラコン』と刷り込まれていた末っ子気質の和泉守を始めとした代紋本丸の弟刀達は、諸伏高明には絶対逆らえないと思ったのである。

 

「あー、取り敢えず、主の事、頼むな。俺達がうろちょろするより、あんたの方が主も気を許すって俺達も判るし。何より兄君の機嫌が傾ぐのが怖い」

「うん?」

「気にしないで下さい、御兄君が吉野さんを案じられておられただけですから」

 

 相棒の脇腹に肘を入れつつ、にこやかに返答する堀川にやや押されつつ、降谷零は幼馴染みの眠る病室へ戻った。

 入室すると、席を譲ろうとする高明に断りを入れ、もう一つの椅子を引っ張って来て座ると、左手を握ってやる。

 両手を握られ、すよすよと幸せそうに眠る弟を見詰めつつ、景光の兄はぽつりと呟いた。

 

「思えば、この子には忍耐ばかり強いた気がします。勿論、今日のこの子の立場は、この子が自ら選んだ結果だと知っているのです。それでも、幼い身空で親を失い兄である私とも離れ、見知らぬ土地で親族とは言え他人の家で、我慢と忍耐ばかりだったろうと。そんな、幼い弟に我欲の限りを押し付け、塗りたくろうとした犯罪者を殺してやろうと思った事もあります」

 

 空いていた手が、それこそ血が滲みそうになるほど握り締められる。

 

「だから、ゼロ君、君には心から感謝しているんです。深刻なトラウマを背負ったあの子が、それでも人と交流する事、世間に出て人と触れ合う仕事を厭わなかったのは、君のお陰ですから」

 

 長野に帰って来た小学生の、大学近くのカフェテリアで会った中学生の弟が握って離さなかった手の持ち主を、高明は改めて見詰める。

 

「ただ、至恭至純なこの子を食い物にした者がいると思うと……。そいつらが、未だにこの子を好き勝手出来ると思っていると言う事実が腹立たしい。

 ……だから、ゼロ君。景光の事を、よろしくお願いします。あの子が、もう何処かの馬鹿者に食い物にされる事が無いよう。この子自身の幸せを、この子が願う事が出来るように。

 ……大切な人間と一緒に生きる事が幸せだと、この子が思い出せるように」

 

 顔を上げて、降谷零は一瞬だけ息を呑んだ。

 何時かの夢で見た狩衣姿の青年神が、目の前で幼馴染の手を握り締める青年刑事の背後に立って、彼と全く同じように嘆いているのを見て取ったからだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。