※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

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筋道は変わる

 江戸川コナンこと、幼児化中の工藤新一が自宅の異変に気付いたのは、週が明けた火曜日の事。

 学校で会った、灰原哀こと宮野志保から訝しげに問われたのだ。

 

「ねえ、お隣の院生、一昨日から帰ってないみたいだけど、何かあったの?」

「え?」

 

 彼女曰く、二、三日置きに何かしら料理――最近はましになったが、それでも未だに微妙な出来が多い煮物料理中心だ――を手土産に押し掛けてくる沖矢昴が、昨日一日来なかったと言うのだ。

 

「お屋敷の方も人気がないし、夕べ窓から見た感じだけど電気も点いてなかったようだし、何かあったの?」

 

 言われて、面食らったのはコナンの方だ。

 そう言えば、あの騒ぎ――自宅近辺の公園から、水道水の筈の噴水から沸き上がった海水に呑み込まれ、気が付いたらそこから軽く五〇キロ以上離れた再開発地区の廃ビルに設えられた鳥籠に閉じ込められると言う訳の判らない体験の後、特撮ドラマさながらの光景を立て続けに目撃した――から彼に会ってなかった事に今更ながら気が付いた。

 まあ、事件当日の晩に観た悪夢の影響で、あの事件について深く考える事を無意識に避けていたコナンは、居候先に持ち込まれた事件に首を突っ込んでいたのだが。

 そして放課後、工藤邸に向かおうとしていたコナンは、バイト上がりだと言う吉野景光(よしのかげみつ)と行き当たった。

 

「吉野さん?」

「やあ、コナン君。阿笠さんのところに用事かい?」

 

 三日振りに見た吉野は顔色も良く、体調が戻ったと一目で判った。

 ホッとするのと同時に、コナンの中の好奇心と探究心が沸き上がった。

 工藤新一(コナン)にとって、吉野景光と言う人物は謎の塊であり、例の組織にも関わっているらしい上に更に謎に包まれている人間である。

 年末前にFBIの人間から彼が警察庁に出入りしていると聞いて、色々探ろうとしたものの、その大半は彼に接触することに神経を尖らせる安室透に遮られ――彼が亡くなった筈の幼馴染みだと思っている安室は、確信を抱く前からこちらが彼を探ろうとするのを阻んでいた――、余り話せないでいた。

 ついでに言うと、彼に付けた盗聴器やGPSは、何故か彼が家に帰るとその時点でピタッと音も反応も切れてしまっていた。――まあ、次元も時の流れも違う場所から元の世界に電波を飛ばせるほどは、阿笠博士の機械もとんでもでは無かったらしいが、コナンの知るところではない。

 これ幸いと、コナンは自宅――工藤新一の、だが――に吉野を招く事にした。

 自宅にFBIの面子を呼び、そこで尋問、もとい話し合いを持って可能なら協力者にしてしまおうと思ったのだ。

 ……ここで一つ、工藤新一(コナン)は『知らない』故に理解していない事がある。

 吉野景光と言う人間が名目上とはいえ所属している組織が、公安以上に日本を護る事に特化している組織であると言う事。しかも、事実上現人神である彼がついこの間外国のカルトに襲われた事で、組織全体が殺気立っている事。

 故に、彼がFBIに捕まるような事になれば、降谷零(こうあん)は言うに及ばず、【葛の葉】と内閣調査室はFBIを叩きのめす為に外交問題にまで発展させる用意がされている事実を。

 尤も。

 

「あん? よう、調子はどうだ? で、そこの坊主はこの間のだな、保護者はどうした?」

 

 工藤邸の前で、大型バイクに跨ったまま何人かの似たようなクルーカットにサングラス、黒いスーツ姿の男達に何事か指示を出している滝和也に行き当たり、コナンはぽかんとなってしまった。

 吉野景光の方も驚いているのを隠さず、男達に英語で指示出ししている滝に声を掛ける。

 

「滝さん、何かあったんですか?」

「おう、うちの馬鹿がここに潜伏してたらしいんで、撤収の為にこの屋敷の合鍵持ってる人間が来るのを待ってるんだ」

「え!?」

 

 新一(コナン)からすれば完全に青天の霹靂で、吉野の方も話の展開についてこれない様子で、猫目を真ん丸に見開いている。

 

「うちの馬鹿って、」

「赤井って言ったっけな、再訓練の辞令ぶっちして、勝手にベルモットの捜査チームに合流して捜査許可もへったくれも無く捜査してやがったのが居てな。まあ、その捜査チーム自体、ベルモットを追い掛けるのをお題目にしてやがった癖に、勝手にその背後組織全体の捜査に手を付けやがって、それで他のチームを呼ぶなり大使館駐留チームに協力要請するならまだしも、たった四人で現場引っ掻き回した挙句に外交問題を幾つも起こしやがって。

 怒髪天付いた大使館チームと人事に強制送還された馬鹿四人の尻拭いを、俺が押し付けられたんだよ」

 

 結構イライラした様子で、火を点けていない煙草のフィルターを噛みつつ唸る滝の言葉に、ついて来れないコナンに代わって吉野が問う。

 

「外交問題って、何が起きてるんですか?」

「ああ、あの馬鹿達が同盟国内で、そこの警察蔑ろにして色々やからしてくれたんだ。それを中東や南米、欧州の米国と関係が微妙な国の諜報組織に知られてな、これ幸いと米国からのツーリストを拘束する口実に使われてんだよ。それも、バックパッカーならともかく、出張で入国したサラリーマンや学術研究で留学した研究者まで捕まってるところもあるらしいから、外務省がお冠なんだ」

「それは……」

 

 思いもしなかった話にコナンが目を白黒させている間に、毛利小五郎が何時もの紫のスーツではなく、茶色系の落ち着いた色合いのスーツで小走りで現れた。

 

「すみません、お待たせしました、Mr.滝」

「Mr.毛利、気にしないでくれ、こちらが捩じ込んだんだ、申し訳ない」

 

 周囲の見るからにアメリカ人と言う男性達が姿勢を正す中、毛利小五郎がピシッと背筋を伸ばして、一見すると彼より二、三才若く見える相手に頭を下げる。

 それに頭を下げ返すと、滝は周囲に合図し、小五郎が開いた屋敷の中に男達を入らせた。

 当然、驚いて飛び上がったコナンは、慌てて小五郎を捕まえた。

 

「お、おじさん、何しているの!?」

「んあ? ああ、この人達はここに下宿してた沖矢って言ったか、奴さんの荷物を引き取りに来た人達だよ。俺は、ここの元々の品物の確認と、あっちの人達が間違ってこの家の家具や何やら持ち出さないよう、立ち会うのを依頼されたんだよ」

「何で!? 沖矢さん、良い人だよ!」

 

 江戸川コナンの叫びに、横で聞いていた吉野景光は途惑った顔になる。

 彼の叫びに答えたのは、FBIの面子の中にいた、二十歳半ばくらいの若い東洋系の男性だった。少しだけ癖のある発音から、中華系らしいと知れた。

 

「あのなあ坊主、アカイが良い人でも、本国からの帰還命令無視したら罰せられるのは当然だろ、FBIの人間なんだから」

「何で、正義の為に戦ってるんだよ!」

「……坊主、確かにFBIは正義の為に戦ってるよ。アメリカ市民の正義の為にな。

 日本で、日本との国交を危うくするような事やってアメリカ市民と無関係に正義振り翳してる奴は、FBIとしても迷惑なんだよ」

「なんで!」

「約束事を守れない奴には、他人の正義も命も守れないからだよ。小学生にもなって、そんな事も判らないのか、坊主。

 組織に所属しておきながら組織のルールを守れないような奴が、自分の都合の為に組織の名前を振り翳すってのは、立派な犯罪なんだぜ? 解ってるか?」

 

 サングラス越しに「お前、頭の良い馬鹿だな」と言う視線を向ける若い男に、コナンはぐっと言葉に詰まる。

 

「ハーディ、行くぞ。Mr.の時間を拝借しているんだ、早く終わらせるぞ。一応奴の身の回りの品だけだから、すぐ終わる……」

「Mr.タキ、あいつ盗聴器の親機持ち込んでやがります、タイプ的に短距離らしいんですが!」

「何だとお! あんの若造、くっだらねえプライドばかりかと思えば、又余計な事増やしやがって。電波の発信源を探せ、この近所なのは間違いないから、そこに行って詫び入れて全部取り除かねえと!」

「……」

 

 わっと走って行く滝の背を、絶句しつつ見ているコナンの後頭部を「ハーディ」と呼ばれた青年が掴む。

 

「なア、坊主。お前、アカイが何処に盗聴器仕掛けてたか知ってんじゃねえの? あんだけあいつの肩持ってたって事は、あいつの非合法活動の内容も知ってんじゃねえの、なあ『クールガイ』さんよ」

「!?」

 

 飛び上がったコナンを、やっぱりと言いたげに男はサングラス越しに睨む。

 

「お前、どうも大人を小馬鹿にしてる節があるんだよなあ、だけど残念だったな、タキ捜査官をお前の知ってる警官やアカイやその周囲と一緒にするなよ? FBI勤続二十年以上のベテランだ、お前が謀りに掛かってる事ぐらいあの人丸っとお見通しだからな?」

 

 青年はそう言うと、猫の仔よろしくコナンを掴み上げ、暴れるのも構わず肩の上に担ぎ上げるとそのまま工藤邸へと歩いて行った。

 その様子をじっと見ていた吉野景光――諸伏景光は、小さく息を吐くとそのまま踵を返した。

 ……実は、景光は滝の依頼で、『江戸川コナン』を誘導する為にわざと彼の前に姿を見せたのだ。

 結果はご覧の通りで、ミイラ取りがミイラとなってFBI側――彼が利用していたブラック班ではなく、新たに編成されたチームだ――に捕まった彼がいる。

 滝和也は、かつて対組織捜査の際に已むに已まれず子供達の集団に捜査の協力を依頼した事がある。勿論、町内巡回以上はしないよう言い含め、異変を見付けたら連絡して安全地帯に逃げる事を徹底させたが、それでも見張っている対象に見付かり、捕まる子供が何人も出た。

 そう言う経緯もあり、子供を捜査に関わらせる事、子供が渦中にいる事件と言うものに相当神経を尖らせていた滝からすると、事件現場をうろつき我が物顔で犯罪事件に関わる江戸川コナンと言う子供は、捕獲し説教せねばならない対象だったのだ。

 

『こちらも、【本来の流れ】と変わりそうですねえ』

 

 景光に囁き掛けるのは、不可視状態で彼の肩に乗っていた管狐(こんのすけ)の竜胆だ。勿論、先日の事件から護衛と通報機とを兼ねて、常に傍にいるよう眷属三人と最古参の九振りから命じられた事と、『竜胆』本狐(ほんにん)の判断でくっついている。

 

「……でも、滝さんが介在するなら、あの少年は絶対安全地帯から動く事は無いよ。

 確か、『記録』ではゼロやライを追い掛けて、本部に乗り込んでジンに狙われて二発撃たれているからね。あの人なら、きっとそれを防いでくれる」

『そう、思われますか?』

 

 訝し気な管狐に、景光は静かに笑ってこう告げた。

 

「あの人と新條警部はね、竜胆。子供で支離滅裂にしか説明出来なかったゼロの言葉を信じて、俺を助けに来てくれた大人の人達なんだ。

 だから、俺はあの人達を信じられるし、死んだ父と兄さんと、あの人達の事があったから、警察官を目指したんだ」

 

 そう笑った主人に、竜胆は黙って頭を擦り付けた。

 

 

***

 

 本丸の内部は、一応戸隠山の天気を反映するように設定されており、二月の今は室温こそ空調で肌寒いくらいに押さえて設定されているが、屋外に出れば雪がちらつくのが当たり前と言う状態だ。

 そんな訳で二月半ば、ある意味本当に思いが通じ合い結ばれた、明るいが寒い翌朝。

 降谷零は、昨晩抱き抱えて眠った思い人が腕の中にいるのを感じて、思わず笑みを浮かべていた。

 本丸の離れ屋で寝起きするようになって、同衾した諸伏景光が朝まで腕の中にいた事は数えるほどで、その時だって今のように自分に縋り付く体勢ではなく背中を向け丸くなっているばかりだった。

 仕事と言うより、自分と離れる事を想定して極力自分と距離を取ろうとしていた事を、昨日やっと聞き出し無意味な事であると伝え、彼が心の底で必死に磨り潰そうとした自分への思いを引き出した。

 結果が今、昨夜の姿で寝落ちしたまま腕の中にいる景光(ヒロ)である。

 これまでになく気分良く起き上がった零(ゼロ)は、そこで恋人の胸にうっすらと浮かび上がっている痣と言うか、白い肌に青黒く浮かんでいる紋様に瞬きした。

 それは、俗に『三つ巴』と呼ばれる図案で、渦巻きを図案化した『巴紋』を三つ組み合わせて円形にしたものだ。ただ、その巴の三つの丸の部分に文字がが入っている。

 暫く眺めていて、その文字がペルソナの三人が被っている仮面に書かれているものと同じであると気付いた。大きさは、図案全体がちょうど掌ほどで、心臓を包み込むような位置に浮かんでいる。

 尤も、景光が目覚めるのに釣られるようにそれは色を失い、殆ど判らなくなってしまったが。

 

「おはよう、ゼロ。……どうしたの?」

「あ、いや、何でもない。取り敢えず、お風呂に入ろう、流石に……だし」

「え? ……うん////」

 

 一瞬悩んだものの、確かに昨晩抱き合ったまま寝落ちた事を思い出し、真っ赤になりつつ景光は了解した。

 そして立ち上がろうとして、零の背を見た景光は「え?」ッと声を上げた。

 

「ヒロ? どうしたんだ?」

「いや、その、あの、痛く、無い、ゼロ」

「え?」

「だって、背中に、その、」

 

 しどろもどろな恋人の言葉に首を傾げた零だったが、風呂場に入って全身を映せる鏡で背中を見て判った。

 背中一面に、蜷局《とぐろ》を巻いて三つ巴を抱え込む、九頭龍の刺青が鮮やかに入っている。

 但し、従属神《もととうけんだんし》達のように九つ首が四方八方に睨みを利かせているものではなく、一首は三つ巴に顔を寄せ、残りの八首はお釈迦様の上で傘を作ったアナンダ竜王のように覆い被さっている。

 

「これは……」

「あ、あの、痛くない?」

「痛くはないけど、これは下手な場所じゃ服を脱げないなあ」

 

 零がそう言うと、景光の方も途方に暮れた顔になる。公安警察ともあろう者が、やくざ者顔負けの見事な九頭龍の刺青を背負う形になったのだ、何処で誰に言い訳しろと言うのか。

 尤も、誰がどうやってこんな刺青を、昨日の今日で入れたと言うのか。

 その答えは、朝風呂を終えて取り敢えず服を着て、一階の居間に入ったところで判った。

 

「うお!?」

「……マジか」

「うーん、こう来ちゃったかあ」

 

 上から順に、大島(だて)航、桜田(まつだ)陣平、小松(はぎわら)研二の反応である。

 

「お前達、その反応は何だ?」

「いやあ。降谷、今お前背中に九頭龍の紋々入ってるだろう?」

「これの事か?」

 

 伊達の言葉にそう答え、シャツの裾をペロッと捲って見せた零に、三人がチベットスナギツネの如き表情になる。

 

「うわあぁ。諸伏の所有権の誇示が目に痛いわ」

「判ってたけど、こいつ本気で降谷の事好きだな」

「本体で抱き込んで、総てから守りますって、お前」

「う、」

「は?」

「だから、その背中の紋々は、お前に対する諸伏の加護と執着と情愛が形になって張り付いてるの! まあ、霊力が神域の空気に反応して画像を結んでる状態だから、本丸から出たら見えなくなると思うけどさ」

 

 耳まで真っ赤な景光に、だが三人は更に言葉を連ねる。

 

「ま、それを言うと降谷もだがな」

「「え?」」

「諸伏の心臓の上に、べったり降谷の霊力張り付いてるじゃん」

「がっつり諸伏の心臓掴んでる当たり、お前……」

「お前ら、喧嘩だけはするなよ? 日本の国土を背負う様な巨竜と高神格三体ペルソナに持ってるようなのの喧嘩なんて、下手したら日本が沈む!」

 

 萩原が額を押さえ、松田が遠い目になって、伊達が言い含めるようにそう言った。

 

「お前ら、俺達を何だと思っているんだ?」

「「「この世で一番厄介なリア充、末永く爆発してろ」」」

「~~~///」

 

 三人の言葉に、景光は両手で顔を隠してしまう。

 取り敢えず零は三人を一発づつ拳骨で殴り、朝食を取る事にした。

 今日の朝食は、白ご飯に出汁巻き、焼いた塩鮭に豆腐とワカメの味噌汁、刻みセロリの浅漬けに以前作っておいた金平牛蒡だ。

 景光の体調が良くなって、朝からしっかり食べられるようになった事を受けて、最近はうどんやお粥は殆ど無くなった。

 ほぼ皆食べ終えたところで、居間に繋がる廊下に管狐が現れた。

 伊達付きの管狐である蘇芳だ。

 

『大島様、江戸彼岸様、小松乙女様、刀剣男士の皆様が主様と婿殿に挨拶したいと申しております。

 可能であれば、大広間にお越し願いたいとの事なのですが』

「「「「え?」」」」

 

 思わず固まった四人に対し、零の方は「早速来たか」と腕を組んだ。

 

「おい、降谷」

「いや、木場さんから、ヒロの下についている刀剣男士には俺の事肯定してるのと断固拒否してる奴らがいるって聞いてたし、お前らからも主人である審神者に第三者が近付くのを過剰に拒否して、神隠し騒動起こした問題刀剣の話しを聞いていたしな。

 だから、何れ何事か言って来るだろうなと思ってたんだ」

 

 さらりと答えられ、眷属やっている三人は「そう言えば、諸伏関わった時って、こいつ全て大上段から物言ってたよなあ」と、再びチベスナ面になる。

 取り敢えずと先に立って歩き出そうとする零を慌てて押さえ、三人は自身の専任こんのすけを呼んで先触れとして出し、景光はいざとなったら思い人の盾になろうと横に並んだ。

 尤も、大広間に入る手前で、二人はわっと短刀達に囲まれた。

 あっと思う間もなく、景光は彼らが持って来た白絹に金糸銀糸で九頭龍が刺繍された打掛を羽織らされた。

 

「え?」

「この着物は……」

 

 戸惑う主人とその婿に、愛染国俊・極と信濃藤四郎・極の二人が笑った。

 

「良し、着丈は問題ないぜ、信濃!」

「ああ、任務中だから仮祝言だけど、打掛くらいはって皆言ってたもんね!」

「「え?」」

 

 そのまま、子供の姿の短刀達に手を引かれて大広間に入れば、五〇人ほどの見目麗しいのと精悍な面差しの、三〇代くらいから学生と呼んで憚らないくらいの面子が、上座に向かって胡坐を掻いていた。――誤解が無いように言って置くが、正座が正式な座り方となったのは明治以降の話で、江戸時代まで長らく胡坐が普通の座り方で、公方様から庶民まで普通にこの座り方をしていた。……寧ろ、正座しなくてはならないのは罪人だったらしい。――

 染井吉野が上座に、その前に三人が並ぶのでその三人の横に零が座ろうとすると、三人に上座に押しやられた。

 

「いやいや、婿殿は上座だって」

「ほれ、吉野の横に座が設けてあるから」

「お前のお披露目だ、吉野の横に座らなきゃ話にならんだろう」

「え、あ、うん」

 

 四人に合わせて胡坐を掻けば、男達――少年達も含めてが一斉に平伏する。

 その壮観さに零が言葉を失っている間に、この間の騒ぎの際に一緒に行動した五人組――陸奥守吉行・極、蜂須賀虎徹・極、歌仙兼定・極、加州清光・極、山姥切国広・極のうち、総代と聞いていた陸奥守がが平伏したまま寿ぎを言上する。

 

「ご成婚誠に祝着至極、お二方にとって最良のこの日を、我等一同お慶び申し上げ仕ります」

 

 ピンッと張り詰めた空気の中、流石に言葉に困っている様子の景光の手を、横から零が握る。

 その手に背を押されたように、背筋を伸ばし景光、いや、九頭龍大神の現身である染井吉野は、従属神として彼に従う元刀剣男士達に笑顔を向けた。

 

「皆の者、大儀である。

 勤めの最中故正式な祝言は先になるが、」

「認めぬ!」

 

 そう喚きつつ、ざっと九人、いや九振の男達が入って来た。

 三日月宗近、小狐丸、一期一振、亀甲貞宗、小竜景光、髭切、膝丸、へし切長谷部、燭台切光忠。

 この本丸で問題刀剣と見做されている、『要監視対象』と呼ばれている面々だ。二振り程同じ顔が座敷に平伏していた側にいるのは、本丸に来た経緯の違いだ。

 乱入者達の姿に、平伏していた従属神達がたちまち臨戦態勢に入る。

 

「三日月、小狐! お前達にはここに来る資格はない、なぜ上がり込んだ!」

 

 己の半分である太刀を握りつつ鶴丸国永が叱責すれば、三条宗近の太刀二振(ふた)りは何処吹く風とばかりに鼻を鳴らす。

 

「何を言う、ここにいる資格無しは、あの厚顔にも上座に座る人間風情であろうよ」

「そうじゃそうじゃ。それにお主らの言う『要監視』の筈の鶯丸と明石国行、千子村正、大般若長光、毛利藤四郎と南泉一文字、日向正宗が居って、何故我らはならぬのじゃ」

 

 傲慢極まりない慶人と、狐を思わせる真っ白い頭髪の男に、名指しされた面子はと言うと、三人はしれっと、四人はうんざりした面持ちで反論する。

 

「俺は、大包平が目覚めるまで待つと決めただけだがなあ。一言もなく俺が従属神になれば、大包平は馬鹿をしそうだから」

 

 そう言って、鶯丸は腰に下げた自分ではないもう一本の太刀を撫でた。

 

「自分は、もう少しゆっくりすると決めて、主上(あるじ)にも許しもろうとります。うちの刀派は蛍も国俊も最古参として従属神になっとりますからな、自分はその気になったらでええと言われとりますのや」

『本当に?』

『違うよ。明石は一度、完全に荒魂に堕ちていたのを、愛染と蛍丸の呼び掛けで付喪神に戻ったんだ。その状態で従属神に変わるほど九頭龍の霊力を注いだら、今度こそ彼が砕けてしまうから現状維持なんだ。昏睡状態から目覚めたばかりの人間と同じ状態なんだよ』

 

 八振にひらひらと、明石は笑顔で手を振る。

 が、笑った顔の目がめっきり笑ってないのに気付いた零の心話(テレパシー)による問いに、景光が答えてやる。

 

「私は妖刀です、九頭龍の従属神なんて務まるような存在ではありませんから辞退しただけですが?」

「俺は、神様の従属《おとも》なんて柄じゃないから、刀剣男士でいるだけなんだがねえ。開祖も兄弟も、謙信も居て、前の本丸みたいに嫌な思いもしない、刀剣としての本分も満たしてくれる。何が不服だい、小竜。そちらのなまくらに乗せられたかい?」

「っ、」

 

 しれっと笑う村正の横で、萩原と声の似た美丈夫が非常に面倒臭いと言いたげに頭を掻く。彼の声掛けに、金髪の青年が怯み、その横の眼帯の男が顔が歪める。

 大般若の横で、もう一人の燭台切光忠は恥ずかしいと言いたげに眉間を押さえている。

 

「毛利、いやお前達も、何故私がここにいてはならないなんて言うんだい? 私は粟田口唯一の太刀、天下人が愛した刀だよ?」

「ぼくは、まだ力不足だから従属神になっていないだけで、あなたのようにふそんな事は言ってません」

「……黙れ」『主様への不敬をお止めなさいませ、一期一振!』

「俺、貴方を兄だなんて思った事ないよ。他の本丸から引き取られた兄弟達に、一度でも優しい言葉を掛けた事なんて無いじゃないか」

 

 猫撫で声を掛ける水色の髪の青年に、毛利藤四郎はチベスナ顔でそっぽを向き、古参として上座近くに座る鳴狐・極と信濃藤四郎・極は苦虫を噛み潰した面持ちで相手を睨む。

 その後ろに居並ぶ、短刀最大派閥と呼ばれる粟田口の極短刀、極脇差がそれこそ生ごみを見る目を向けているが、太刀の彼には届いて無いようだ。

 

「俺も力不足だから従属神を辞退してるだけなんだけど、そんなふうに思われてるとは思わなかったにゃ」

「そうですねえ、何をどうすればあそこまで自信満々なんだか」

 

 そうボヤく南泉一文字は、前本丸にて猫の呪を落とすと称して審神者に暴行を受けていた刀剣であり、彼に相槌を打つ銀髪の美少年は、『石田三成の刀だから』と自称東軍大名の子孫の前任審神者に暴行を加えられていた。

 貞宗派に至っては、太鼓鐘貞宗、物吉貞宗共にくねくねと身を捩ってアピールする刀派の打刀を、無かったものとして無視している。

 その向こうでは、座敷に最初からいた方の『へし切長谷部・極』と、後から上がり込んだ『へしきり長谷部』が睨み合う。

 極の方は、ボロボロにされた厚藤四郎、博多藤四郎と一緒に代紋本丸に保護された個体で、『要監視』の方は管理部に押し付けられた、お花畑本丸でヤンデレ拗らせた個体だ。

 主人に侍って「捨てないで」を繰り返すだけのこちらと違い、極の方は二人を守りつつ過酷な夜戦脳死周回を繰り返し、更に内政迄押し付けられていた本物の社畜である。

 ぎりぎりと歯軋りするヤンデレを、この本丸で休みつつ仕事をする事の効率の良さと、自身以上の社畜ぶりを見せた新しい主君に、「自分がしっかりせねば」と意識改革を果たした元社畜は冷静に見つめ返している。

 

「友切、薄緑! 『源氏の重宝』をなのるならば、これいじょうのぐこうはゆるしません!」

「そうだ、前の主の名に懸けて、お前達を叩きのめしてくれるわ」

「えー、そう言う事言うんだ?」

「兄者が何を間違っていると言うんだ!」

「……なんとまあ、源氏の弟刀は生来のうつけか?」

「いや、あいつの『兄』はあいつの前で折れちゃってるから、『髭切』に縋っちまってるだけなんだと思うけど」

 

 睨み合う源氏刀達に、平家の刀だった小烏丸がぼやけば、一応源氏刀に入る獅子王が遠い目になる。

 そんな騒ぎを眺めつつ、大きく眉を顰めていた零は、騒ぎに思わず額を押さえていた最愛の相手に向き直る。

 

「なあ、吉野君。『要監視』と言うのはあの九本の所為で付いた名称で、従属神にならなかった刀剣も未だ他に何本か居るんだな?」

「え、ああ、鶯丸の腰にあるように、顕現出来ないくらい傷付いているので休ませている刀剣も、未だ何振りか居るよ。

 後、顕現出来るけど、あの連中の為に起こしてやれない面子もいるし」

 

 怪訝そうな面持ちの零に、これは小松乙女こと萩原が苦く一言。

 

「管理部からの通達。同一刀剣をだぶりで顕現させる事とダブった刀剣を審神者の都合で刀解するのはご法度ってなったの。

 だから、たまたま俺達が制圧した黒本丸から連れ帰ったみっちゃんと長谷部君と、管理部が押し込んで来た問題刀剣のうちに燭台切光忠とへし切長谷部がダブる形になったんだよね。当然、こちらとしては療養が必要なこっちで保護した方を優先したかったんで、あの二振り取り敢えず顕現解こうとしたら管理部に嫌がらせ受けてさあ」

「こっちは、刀解じゃなくて顕現解くだけだってクレーム入れたんだけど、色々ごねられて、監査部からもクレーム入れたけど通らなくてな」

「結果として、出陣も内番もしない愚連隊が出来上がってなあ」

「吉野に粉掛ける為だけに動いてるんだよ、あいつら。特に三日月」

「あいつと小狐、一期一振は神様として持ち上げられるだけ持ち上げられ、結果として吉野を見初めてうちに移る為に自身を顕現した審神者を追い出したって問題児だからな」

 

 江戸彼岸こと松田、大島こと伊達が同じように渋い顔をして告げれば、零の肩にポンと、管狐(こんのすけ)の一匹である雫が乗った。

 

『あまりに無駄飯食いのろくでなしなので、この間こちらにおいでになった主上の御兄君がブチ切れて顕現を解かれたほどで』

「「「「「え?」」」」」

『流石の血の繋がりで、本丸内の霊力の流れが一瞬で御兄君に把握されまして』

「「「九頭龍の血統怖い」」」

「え、じゃあ管理部の奴ら兄さんに何かするんじゃ」

『いえ、何か管理部への通報システムが機能不全を起こしてまして、御兄君が本丸に入った事自体無かった事になっておりました』

「「「九頭龍の血統怖い」」」

「そうか? お兄さんなら出来そうに思うが」

 

 身内で話し込んでいれば、『要監視』側の燭台切光忠が喚く。

 

「そこ! 無視しないでくれないかな!

 主こそ、僕達を優先するのが当然でしょ、審神者なんだから!」

「……ふうん?」

 

 その聞き苦しい声に、ゆらりと零は立ち上がる。

 その纏った剣呑な空気に、同期三人は思わず両手を合わせる。

 そう、そこに立つのは警察学校時代、表情が凍りがちで人見知りをする諸伏景光を揶揄った他所の教場の奴に、ガチ切れして大暴れした時の降谷零の姿そのままだった。

 

「主、主ねえ。その割には、貴方方、吉野君への敬意がたらないんじゃありませんか?」

「他の、従属神になった方々が敬意をもって九頭龍大神に向き合っているのに、付喪神としても底辺這いずってるだろう貴方方が、何ほざいてるんです?」

「本丸責任者、そして戦闘指揮官として審神者は存在しているのだろう? 人員として論外、只そこで空気を悪くして働きもしない輩が、真面目に職務に励むものより厚遇されると考えるなど、いけずうずうしいにも程があるな」

 

 安室透、バーボン、そして公安警察の降谷零が口を開き、そして最後に『ゼロ』が上座を降りつつ言い放つ。

 

「外に出ろ、名ばかりの鈍らくず鉄ども。

 これ以上、俺のヒロに苦労を掛けるなら、只じゃ置かない」

「んな!?」

「此奴、言わせておけば!」

 

 怒り狂って外に出る九振りを、残りの面子が信じられないものを見る顔で見送る。

 

「かああ、馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど」

「何とまあ、婿殿が何を背負っているのか判らぬとはのお」

 

 鶴丸国永と小烏丸がぼやけば、残っている従属神全員が頷く。

 未だ刀剣男士に留まっている面子も、あり得ないと言う面持ちで外の中庭に出た面子を見た。

 

「……もう、あの二振りは刀剣男士ですらなくなっていたんだねえ」

「そうですね」

「主の加護ばかりじゃないって判らない時点で、あの連中はもう神格はあって無きが如くなんだねえ」

 

 後方に控えていた、神社住まいの大太刀三振りが悲しそうに庭を見る。特に石切丸は、身内二振りの凋落ぶりに涙も出ない状態だ。

 

「薬師如来の脇侍の方ではなく、天竺の神格としての日光月光、そして北天と狼信仰の象徴である妙見菩薩、この三体を己の一部にしているような存在に『人間』だからと見下すあたり、やっぱりあいつら馬鹿だよね」

「しょうがねえよ、未だに主と自分達の格の違いが判らないんだもんよ、あいつら」

 

 大太刀の極が解禁された事を受けて、極装束に切り替えた蛍丸と、愛染国俊・極とが呆れ返る向こうで、一方的な蹂躙が起きていた。

 

「本体である、刀身だけ折らないようにしたら、肉体の方は多少叩きのめしても大丈夫だよな?」

「ああ、うん、資材勿体ないけど、こればっかりはねー」

「面倒だから折るなよ、刃が欠けるまでは許容内だから」

「まあ、お前がこいつら如きに負けるとも思えんし」

 

 歩きつつ補佐役三人とそんな会話を交わす零に、九振りが問答無用で斬り掛かる。

 だが、正面から来たへし切長谷部を半身逸らして本体を持つ腕を取り、後ろから迫る小狐丸に叩き付けた零は、左側から突きを入れようとした亀甲貞宗を同じく右側から斬り掛かろうとした燭台切光忠へと突き飛ばす。

 さらに飛び込んで来た小竜景光をダッキングの要領で躱してその顎にアッパーカットを入れて意識を刈り取ると、二人同時に斬り掛かる髭切、膝丸の二振りを躱し、その後ろから突っ込もうとした一期一振の鳩尾に渾身のストレートを叩き込んだ。

 

「っ、我らに逆らうな、降谷零!」

 

 不利と感じて、三日月宗近は零の『本名』を使って縛ろうとした。

 勿論、刀剣男士を『神』として敬う事を履き違えた管理部の駄目職員から、この面子が聞き出していたのだが。

 しかし、『降谷零』はあくまでも戸籍上の名前であり、『真名』に類される名前はとうの昔に九頭竜大神が握り、たかが無機物の付喪神(ついでに劣化し切った妖より)にどうこう出来る状態では無かった。

 結果。

 

「俺のヒロを悩ませている貴様に、呼び捨てにされる覚えは、無い!」

「が!?」

 

 止まるどころか、全身のばねと渾身の怒りを込めた右ストレートが、『絶世の美貌』と言われる三日月の顔面に入った。

 そのまま軽く一〇メートルは吹っ飛んだ三日月の姿に、座敷からは感嘆の声が上がり、庭にいる六振り――顎を突き上げられて脳震盪を起こした小竜景光と鳩尾に食らった一期一振は、崩れ落ちたまま動かないからだ――はぞっとした面持ちで右拳を振る零を見た。

 

「お、おぬし、」

「わあ、あいつ一応レア度高いのに」

「あ、兄者は俺が守ります!」

「わ、我らに暴力を振るったらどうなるか、判っているのか!?」

「うわあぁ」

「ぼくも殴って欲しかったなあ!」

 

 喚く面子に、面倒臭いと言う目を向けつつ零は言い捨てる。

 

「ふざけるな、俺はお前らの馬鹿に付き合っただけ、鈍ら相手に弱い者いじめしたみたいで、こっちが気分悪いって言うのに」

「「「「「なぁっ!?」」」」」

 

 零の言葉に引き攣り、だがある事に思い至った小狐丸が勝ち誇った顔になる。

 

「ふん、だが貴様は我らに暴力を振るったな!

 お前はこの本丸に登録された人間ではなく、染井吉野が連れ込んだ部外者、これで処罰されるは染井吉野よ!」

『それはありません』

 

 ポンと、音を立てて現れたのは、見慣れた管狐達とは違う黒い毛色の管狐だった。

 

『本日付で、審神者への危険行為、及び一年以上サボタージュを続ける刀剣男士への強制刀解が認められる事となりました。

 また、染井吉野様の婚約は届け出られているので、婚約者としてそちらの方は本丸への立ち入りを許されております。

 貴方方は、管理部の方針を逆手にとって染井吉野殿へ一年三ヶ月以上サボタージュを行い、本丸運営への妨害行為を繰り返しました。

 よって、三日月宗近、小狐丸、一期一振、亀甲貞宗、小竜景光、髭切、膝丸、へし切長谷部、燭台切光忠。監査部は貴方方の強制刀解を許可します。

 本霊の元へ帰り、性根を入れ直すがよろしいでしょう』

「あー、やっと通ったんだねえ。これでうちも回し易くなるわあ」

 

 そう言いつつ、小松乙女(はぎわら)が庭へと降りて来る。

 

「……小松君?」

「うちの刀解役は俺なの、何か、眷属になってここで審神者の真似事やってたら、少々堕ちてても綺麗に解いてあげられるようになったんだよねえ。俺はほら、江戸彼岸と違って知識より感性で解体やってたからさ、その辺が危険物解体って事で刀解に出たらしいんだよねえ」

 

 それを見て、動ける四振りが逃げ出そうとするのを、極短刀達が押さえ込む。

 

「が!?」

「潔くしなよ、小狐丸」

「うわ!?」

「最後くらい男らしくしようぜ、もう一振(ひと)りのみっちゃん」

「っ、薬研!?」

「これ以上恥をさらすな、へし切長谷部! 今のお前を信長様も黒田様も受け入れてはくれねえよ!」

「いたい!」

「東博の誼だ、亀甲の。本霊様の元に帰りな!」

 

 乱、太鼓鐘、薬研、厚に押さえ込まれ、四振りが問答無用で刀解された。

 少量の資材に還った四振りを見て、髭切がにっこりと笑った。

 

「ああ、やっと還らせて貰えるんだ。嬉しいなあ」

「兄者?」

「うん、いい加減疲れちゃったからね。あいつらと一緒に居たら、何時か刀解して貰えるかなって思ってたんだけど」

「その割には、随分好き勝手やっていたようだが?」

 

 何時かの、『ポアロ』での事を思い出して零が問えば、源氏の棟梁の刀はくすくすと笑った。

 その間に、零の鉄拳の前に崩れ落ちた三日月、小竜、一期一振も小松乙女の手で刀解され、本霊の元へと送り還された。

 

「うーん、あの時は、人見知りの激しい主が人間の多く出入りする場所に、行きたがる意味が知りたかったんだよね。

 まさか、番の傍に居たいが為なんて思わなかったしねえ」

「髭切?」

 

 縁側まで出て来た染井吉野に、ひらりと手を振り髭切は弟刀を引き寄せた。

 

「さて、他の面子は終わったらしいから、そろそろ僕達も還ろっか。

 大丈夫だよ、膝丸。今度はまともな審神者の元に降りて、そしてまた、僕を待っててくれるかな?」

「兄者」

「じゃあ、小松乙女殿、頼むよ。後の事は、未だ寝てる僕達に任せるから」

 

 そう言って笑う髭切と、兄の腕の中で目を閉じる膝丸とは、小松乙女の手で静かに本霊の元へと還って行った。

 短刀達が資材を集めて運んでいくのを見送ると、歌仙兼定・極が気を取り直すように手を叩いた。

 

「さ、婿殿、広間にお戻りください。

 騒ぎを挟みましたが、仮祝言の続きを始めましょう」

「そうだね、小松殿も、主も、さあ!」

 

 同じく加州清光・極が声を掛け、小松乙女が先に広間に戻り、そして染井吉野に手を取られて零は歩き出す。

 

 

 

 

 そうして、二月某日、代紋本丸に四人目の補佐役であり、本丸総責任者である染井吉野の配偶者として、『東錦』が登録された。

 

 

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