※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

30 / 39
固まっていくもの

 三月最初の大安、風見裕也と俗に降谷班と呼ばれる公安のメンバーは、降谷零と共に雪の残る長野県北部は戸隠神社に来ていた。

 火之御子社、宝光社、中社、奥社と回り、最後に九頭龍社に参り、そこで御祈祷を受けた。

 普通なら、奥社の天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)に祈願するところを、九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)に祈願する事に部下一同は首を捻ったが、彼らの上司はきっぱりと言ってのけた。

 

「俺は、一身上の理由で九頭龍大神に帰依してるからな、申し訳ないが他の神々には挨拶はするが、祈祷は九頭龍大神からのみ受ける事にしている」

「そうですなあ、この方は他の祭神様に祈祷を受けるのはややこしい事になるでしょう」

 

 案内役の宮司が、こう何とも言えず固まった顔で頷くのが印象に残った。

 御祈祷を受け、渡された三宝の上には普通のものより少し大振りなお守り袋が、小山を作っている。一つ一つは軽いが、中に相当固いものが入っているようだった。

 宮司について歩くうち、風見はこちらを見ている腰まである金髪を長く垂らした三歳くらいの少女と、その子の手を引く焦げ茶色の髪を持つ五歳くらいの男の子に気が付いた。猫の仔のような、丸く大きな青い瞳の目尻がくっと吊り上がっているのが印象的だった。

 二人とも小さいながらも白い単衣に、男の子は浅黄色の、女の子は緋色の袴を身に着けているので、神職の誰かの子供かと思った風見は、軽く会釈をして通り過ぎた。

 

 

 ……後で、同僚の誰も子供を見ておらず、宮司からそんな容姿の子供は神職の身内に存在しないと言われ、横倒しになった彼がいる。

 

**

 

 行きつけのバーに行くと、後輩の背中が見えた。

 新條強は小さく声を掛け、その隣に腰を下ろした。

 

「よう」

「これは新條先輩」

「病院の検査に引っ掛かったって聞いたが、飲んでて大丈夫か?」

 

 新條の問いに、毛利小五郎は苦笑いと共にグラスを振って見せる。

 

「いやあ、禁酒を申し渡されまして、だからこれはウーロン茶ですよ」

「そうか」

「実際問題、かれこれ半年は、乾杯で口を付ける以外、ずっとウーロン茶なんですがね」

 

 驚いて目を丸くしたかつての先輩に、この一年足らずで名探偵と持て囃される様になった男は静かに言葉を続ける。

 

「気が付いたら、事件が終わってる、自分は何も判っちゃいないのに周囲は名推理と誉めそやす。

 そんな事が続けば、流石に色々周囲に目を配りますや。何より、安室君みたいな優秀な男が弟子にしてくれと来た時点で、何かあるってもんでしょう。

 だったら、見極める意味でも道化を続けるに限りまさあ」

「お前さん、じゃあ」

 

 ちびりちびりとウーロン茶を啜る毛利小五郎に、覚えていた違和感の正体を悟る。

 

「判ってて、『眠りの小五郎』なんぞをやってたって事かい」

「まあ、『東の高校生探偵』様が帰って来るまでの、期間限定ですがね。まあ、その代わりあいつが復帰したら、療養を兼ねて三年ばかり探偵業は休む予定ですよ。何しろ俺は、何であいつがあの姿になっちまったのか、皆目判らないへぼ探偵ですからねえ。

 ま、人の噂も七五日って言うし、三年経てば世間もこんなへっぽこ忘れますよ」

 

 そう笑う後輩に、新條は同じく頼んだウーロン茶を啜ってこう切り出した。

 

「そう言う事だったら、事務所を閉じている間、俺の仕事を手伝ってくれないか?」

「え? 先輩、確か今何か内調の出先機関の事務やってるって。俺はパソコンとか苦手で」

「ああ、そっちの方じゃなくて、所謂聞き込みや指定地域の資料写真の撮影だな。お前さんには慣れた仕事だと思う。

 俺の今の仕事は、平たく言えば、噂の裏取りと火消しだ、ガキ達が面白がって広げた結果、そこでたまたま起きた事故の所為で信憑性が出てしまった『怪談』を、そんなものは無かったって打ち消すのと、そう言う話を隠れ蓑に起きてる犯罪をあぶり出そうってのが今の職場でな。

 近々正式に警察の方に、正規の部署として発足するんだが、結局人手が無いんでな。短時間で良いんだ、頼めないか?」

「……ちと、時間貰っても良いですかね」

「ああ。今すぐとは言わねえよ。ただ、本気で人手が無いんでな、お前さんの都合が付けば、単発でも良いから手伝って貰えると助かるよ」

「そう言って貰うと、気が楽です」

 

 そう言って眉を下げる、ごく短い期間の後輩だった男の背中を、周囲からドロップアウト組と囁かれる男は軽く叩き。

 二人は、そのままアルコール抜きでささやかな飲み会を続けた。

 

**

 

 二月末の、寒さが和らいだとある日。

 クリス・ヴィンヤード事、シャロン・ヴィンヤード、ベルモットは最近行きつけにして居るカフェで、優雅にブランチを取っていた。

 その彼女のテーブルの向かい側に、どかりと座る者がいる。

 無礼者を睨み付けようとして、クリスはひくっと頬が攣った。

 目の前に座っているのは、FBIの『鬼札(ジョーカー)』、『東海岸の百舌』滝和也だった。

 

「食事中に失礼する、Ms.ヴィンヤード」

「……失礼だと思うなら、消えてくれないかしら、百舌」

 

 嫌悪感丸出しの美女に向かって、滝は頬を掻きつつ言葉を紡ぐ。

 

「そうは言われても、こっちも色々あってあんたを探してたんだ」

「それは、貴方の都合でしょう?」

「内容としては、あんたにも悪くない話だと思うんだがな」

 

 男の言葉に鼻で笑って見せたハリウッド女優は、だが差し出された書類に眉を顰めた。

 

「これは、合衆国(ステイツ)のとある企業体のここ三ヶ月の動きって奴。まあ、単純に言えば、中小規模の製薬会社を幾つかの企業グループがM&Aを仕掛けてる。問題は、この企業体、あんたとしても見過ごせないと思うんだがな」

「え?」

 

 改めて企業名を見て、その大半が自分のファンを公言している人間の会社であると気付く。

 怪訝そうに見続けるクリスに向かって、滝が爆弾を投げ付ける。

 

「こいつら、あんたと『組織』を追い掛けてたとある捜査官に金を出してたんだが、そいつに向かってこう言って来てたそうだ。

 『江戸川コナンと言う少年を合衆国に連れて来い』ってな」

「何ですって?」

「更に言わせて貰えば、こいつらはあんたが『シャロン・ヴィンヤード』だと確信してるし、大半が原因(わかがえり)の一端が烏丸グループの暗部によるものだって、悟ってる奴らだ。

 狂人の洞察力って知ってるかい? 加齢による衰えに怯えて、勝手に正気を失ってた連中の中に、江戸川コナンって子供が東洋の島国で持て囃された『高校生探偵』って奴だと、気付いた奴らが居たんだ」

「……まさか」

「そのまさかだ。あの連中は、金持ち権力持ちの老醜晒した人間が喉から手が出るほど欲しいだろう夢の薬を作り出す為に、江戸川コナン、否、工藤新一を細胞単位で切り刻む予定だ」

 

 ガン!

 男の言葉が終わるや否や、クリスは己の拳をテーブルに叩き付けていた。

 そんな彼女に、追い打ちとばかりに滝は言葉を続ける。

 

「ブラックの奴が動かせなくなったのは、あいつらももう気付いている筈だ。恐らく、あの連中は自分達の動かせる非合法活動を旨とする奴らを使って、坊主と坊主への牽制の為に毛利蘭と言う女子高生も拉致するだろう。

 確かに腕の立つ嬢ちゃんだが、その辺り準備しないような単純な工作員を用意するとは思えないからな。最悪、息さえしてれば良いとか言い出して、彼女に薬物なり使って瀕死にしかねん」

「そんな事させないわ!」

「どうかな? あの連中は、お前さんのシンパを自称し、組織へ結構な金額を貢いでる。その見返りとしておこぼれを望んでたのに、一向に貰える気配が無い。そうこうしているうちに、シャロンと同じ事になった東洋人のガキが現れた。あいつ等からしたら天啓とでも思っているだろうな。

 組織としたら、金蔓が逃げ出すのは叶わないだろうから、それこそ本気で坊主を抹殺に掛かるかも知れねえ」

 

 女優の、握り締めた拳が震えるのを見ながら、滝は本題を切り出した。

 

「ここからが本題だ。

 Ms.クリス、【シャロン・ヴィンヤード】を殺してくれないか?」

「……どういう意味?」

「クリス・ヴィンヤードとしての、正式な国籍と学歴をこちら(FBI)が用意する。クリス・ヴィンヤードは母親に生き写しである事から組織にシャロン・ヴィンヤードの後釜、若しくは代用品として扱われて来たが、縁のある子供の生命の危機に耐え切れなくなってFBIに保護を求めた。

 この筋書きで、こちらに司法取引と言う形で保護されてくれ。あんたにとっては、これまでのキャリアを総否定する内容だと思う。だが、江戸川コナンと毛利蘭を保護する為、組織を出し抜こうとする阿呆共を黙らせる為にも、ベルモットはシャロンからクリスに入れ替わっていたと言う事実を作りたい」

 

 思っても見なかった言葉に、女優は思わず眉を顰める。

 

「本気で言っているの、百舌。

 そっちには私を親の敵として、相当恨んでいた女捜査官も居た筈よ?」

「ああ、スターリングの娘はこっちが黙らせる。市民の命と組織壊滅って言う任務の天秤の反対側に、テメエの恨み言と自己満足を載せるような奴に、犯罪捜査官なんぞ勤まらん。

 もちろん、無償って訳じゃない。保護の名目で移動などに監視は付くし、芸能活動としてFBIのプロパガンダを背負って貰う事になると思う。だが、何のしがらみも後ろめたさも無く、嬢ちゃんや坊主と会えるって言うのはあんたにとっても良い話じゃないか?」

「…………少し、考えさせて貰えないかしら」

「可能な限り早めに返事をくれ。馬鹿共が行動を起こす前に、何とかしたいのがこっちの本音だ。

 返事は、安室って男に伝えてくれればいい」

「まさか、彼がここを!?」

「おっと、怒るな、こっちが依頼してお前さんの居場所を調べて貰ったんだ、ビジネスの結果だ」

 

 バーボンの裏切りと、いきり立ちそうになった女幹部に、滝は両手を上げて見せつつこう付け足す。

 

「あいつが欲しがってた情報三つばかりと引き換えだ、こっちとしては結構大枚叩いてるんだ、そう怒らないでくれねえか?」

「そう……。どんな情報を渡したのかしら?」

 

 女優の問いに、捜査官は軽く肩を竦めてこう告げると、店から出て行った。

 

「ああ、あいつが恨んでる人間の消息と現状、あいつが探していた人間の現状って奴だ。あんたらの組織にとっては取るに足らない情報だろうが、あいつにとっては、それこそ喉から手が出るほど欲しかったらしいよ」

 

 滝は瀟洒なカフェを後にすると、その数軒先の路上パーキングに停まっている小振りな赤いスポーツカーに近付いた。

 その運転席には、滝に面差しの似た男が乗っている。彼の一つ年上の従兄弟であり、警視庁の刑事――現在は諸事情で警察庁のとある部門に出向中だが――である新條強だ。

 

「終わったか?」

「後は彼女の良心次第、だな」

 

 差し出されたチケットの精算をして、パーキングのロックを外した滝が助手席に乗り込むのを見届け、新條は愛車を走らせた。

 

「これも、組織壊滅の為の布石か?」

「どっちかと言うと、二次被害防止の為の布石、だな。これから烏丸グループとドンパチだってぇのに、老醜晒してる阿呆共に横槍入れられて、事態が混迷するのは避けたいからな」

「しかし、若返りの薬、ねえ」

「俺も、『財団』に関わって無きゃ、眉唾だと思ったが、あそこにゃ若返りどころか死体以外なら完全に回復させる液体とか、死んでも無かった事に出来る現実改変能力者とかがごろごろしてるからな。

 まあ、希望した効能か、予期せぬ副作用かは知らないが、金持ち爺には垂涎の的って奴だろうさね」

「おっかない話だ」

 

 二人を乗せたスポーツカーは、一路警察庁へと走って行った。

 

 

 『クリス・ヴィンヤード』から、秘密裏の司法取引の申し込みが来たのは、作戦開始一週間前の事である。

 

**

 

 代紋本丸担当であり、内閣府時空管理局監査部強硬制圧班班長である『百舌鳥』は、目の前の光景に胃が疼くのを感じていた。

 代紋本丸の小会議室を兼ねた応接室に、本丸の主である染井吉野と、その補佐役である大島、小松乙女、江戸彼岸が揃っているのは当然として、二千年代の『葛の葉』当主である木場恭介がいるのも作戦上のあれこれで致し方が無い。

 だが、どうしてここに『黒の組織事変』のある意味中心人物の一人である、降谷零が居るのか。いや、彼が代紋本丸の四人目の補佐役兼、九頭龍大神の神婿になったのは判っている――他の三人と所属刀剣男士(と言う体裁の従属神)達にせっつかれて手続きをしたのは自分なのだから。

 視線で問えば、御先祖様はしれっと一言。

 

「決まってんだろうが、そっちも『黒の組織』壊滅作戦に合わせて動くのが判ってんだ、先に情報のすり合わせしとかなきゃ、現場で情報の齟齬なんぞあったらそこから戦線崩壊とかもあり得るんだぞ。

 お前らにとっては終わった事、記録の上の事だろうが、俺達にとってはこれから起きる一大事なんだよ、『黒の組織』を壊滅させるってのはな」

「しかし、その中心人物がこちらにいるって言うのは」

「九頭龍大神の配偶者が九頭龍の傍にいる事に何の問題があるんだ? こう言っちゃなんだが、配偶者が出来てからの結界の稼働率は鰻登りで、一時期は掃討し切らなきゃやばいって思われてたのに、最近は野良で動く遡行軍をこの時間帯から締め出してる状態だ。そっちの希望通りの成果を出している九頭龍大神に、未来政府はまだ何か要望があるってか? そんな不遜な事を許しているのか、未来の『葛の葉』は」

 

 見た目通りの若造である未来の当主を黙らせると、一見二〇代、その実四〇代後半の内閣調査室国内部部長兼特殊案件課課長兼退魔組織『葛の葉』の現当主は、手を叩くと胃を押さえる若造を見ている当事者達の注意を集める。

 尚、ここでは一応降谷も諱(いみな)として、『東錦』と呼ばれる事になっている。

 

「内調(うち)で調べた限り、烏丸グループに接近している外部組織はありません。『葛の葉』の方も確認しましたが、『ファントムソサエティ』を始め闇の勢力も『歴史修正主義者』と言う存在に直接関わろうとしている連中は少ないようです。

 まあ、あっちの勢力は極東の島国の内ゲバより、その騒ぎに介入している九頭龍大神にちょっかいを掛けたいと思っているようで……、ああ、そんな事させないから、大島様、婿殿抑えててくださいな」

 

 思わず拳を固めた東錦を、反射的に大島(だて)が抑える。

 手元の書類を捲る木場に向かって、小松乙女(はぎわら)が質問を投げる。

 

「前に報告した、展示場に罠張ってた奴の情報は? 吉野より降谷、否東錦に盛大に叩かれて、すっげえ怒り狂ってたらしいけど」

「ああ、フリーランスの悪魔召喚師(デビルサマナー)らしいですね。一応こっちで集めた情報だと、あっちで最近持ち直した落ちこぼれ、ですね」

「落ちこぼれ?」

「一度、作戦中にポカして手持ちの契約相手、要するに仲魔を全滅させて、ついでに上位悪魔に嫌われて再契約出来ない状態になったらしいんですよ」

「へあ? 何でそんな。確かに全滅って洒落にならないけど、撤退後に治療させるなり蘇生させるなりすれば」

 

 式神使いと言う立場から小松乙女がそう言うと、額をこんこんと小突きつつ木場はこう答える。

 

「その、悪魔召喚師として、やるべき仲魔の治療、蘇生をやらなかったから、らしいですよ」

「は?」

「それって、まさか、蘇生どころか治療もしなかったって事か?」

 

 それまで黙って資料を睨んでいた江戸彼岸(まつだ)が、まさかと言いたげに顔を上げる。

 相棒が契約した悪魔と呼ばれる存在達に友情を抱き、又契約者である相棒を慕い世話し、時には小言を言っている『仲魔』を、この三年ばかり日常として見て来た江戸彼岸に、木場は溜息と共に言葉を続ける。

 木場自身は『仲魔』持ちでは無いが、『葛の葉』は本来召喚師の寄り合いから一大組織に成り上がったのだ。仲魔を使い潰したあの女の事を聞いて、怒り狂った『葛の葉』の人間は片手では収まらなかった。

 

「瀕死のものは全てデリート、ギリギリ息のあるものは全てその場で二身合身で新しい悪魔を召喚するのに使ったそうで、それがそれぞれの神族の上位悪魔の怒りを買ったんですよ。

 で、契約悪魔のいない召喚師って事で干されてたらしいのが、最近新しい『仲魔』を手に入れたらしいって話だったんですが、どうやらそれが」

「歴史修正主義者から手に入れただろう、穢刀剣共だった、と」

「そう言う事です」

 

 大島の唸るような呟きに肯定を入れれば、小松が信じられないとばかりに唸り声を上げる。

 

「何で!? 何でそんな事やったんだそいつ!」

「何でも、お金がもったいないからだったらしいですよ?」

「「はあ!?」」

 

 トーンが下がって上がった爆処二人に、実はこの場の最年少である『百舌鳥』の肩が跳ねる。

 木場からすれば、確かにある程度契約悪魔を抱えればそれなりに出費を要する事は幼馴染みの召喚師で知っていたが、この女性の言い分はそれこそその幼馴染み――基本呑気で年下に舐められた態度を取られても笑っているような男――が、真顔で切れまくったものだった。

 

「自分のお洒落や食事に掛ける分が減るから、弱った悪魔にお金を掛けるのは嫌だったそうですよ。ま、最初とある小さな組織に所属してたのにそこを出てフリーになったのは、そうやって自分にお金を掛けまくって契約悪魔用の資金迄使い込んだ挙句に、組織の名前で借金しまくった所為で追い出されたかららしいですよ?」

「それは……」

「滅多やたらにがめつい物言いだと思ったら、そこまで頭がおかしい女だったか」

 

 染井吉野と東錦が、あの日を思い出して揃って渋い表情を浮かべる。

 あの日、一千万もするような札を使ったのは、それを使っても損じゃないと思われるだけの金額を示されて、バーボンの殺害を依頼されついでに闇勢力で名を知られていた九頭龍こと染井吉野の、殺害によるボーナスを見込んでの事だったのだろう。そして、その依頼を出したのは、恐らく歴史修正主義者。

 尤も、ペルソナ使いに目覚めた東錦が加減が判らずぶっ放した合体魔法で、刀剣達を焼き尽くされ任務失敗したのだが。

 

「まあ、歴史修正主義者(むこうさん)からすると、お手軽に使える手札程度でしょうがね。

 問題は、嫌な未確認情報がありましてね、これを婿殿と共有しておきたいんですよ」

「俺と?」

「ええ。どうも、黒の組織の方に、悪魔変身者(アウトサイダー)が紛れているらしいんです。それも、鳥系悪魔の」

 

 東錦は首を捻ったが、それを聞いて小松乙女ら補佐役三人の顔色が変わり、染井吉野も唇を引き締めた。

 

「おい、アウトサイダーって何だ?」

「平たく言うと、悪魔を自身の身体に憑依させて力を振るう術者、所謂神降しってのだよ。巫女さんとか、依り童のアグレッシブ版って言うか、悪魔って総称してるけど半分以上は何処かの神様だからね。憑依させると、その悪魔の身体特徴が現れて、見た目デビルマンか仮面ヤイバ―の怪人みたいになるんだよね」

「それはともかく厄介だぞ。鳥系の悪魔には、龍系悪魔への特攻を持つ奴がいる。東錦はともかく、吉野への影響が怖い」

 

 東錦が問えば、小松乙女が答え、江戸彼岸が苦虫を噛み潰した顔で付け加える。

 龍系悪魔への特攻と聞いて、東錦はあの日あの時、穢槍に肩を貫かれた吉野の姿を思い出し、ぎりっと拳を固める。

 その東錦へ、木場が言葉を投げる。

 

「こちらの調べでは、幹部の誰かと言う事しか判っていません。これからも継続して調査しますが、婿殿には調査を行わないで頂きたい」

「それは、」

「壊滅作戦前に、貴方が向こうに疑念を持たれる事態を作るのは良くないでしょう。

 また、貴方のペルソナ使いとしての能力を、組織側に知られるのは危険だと思います。アウトサイダーなら、貴方が何かの能力持ちである事は気付いている筈。向こうも様子見している状態でしょう、作戦を気取られない為にも、動くべきではありません」

「……判りました」

 

 ぐっと唇を噛み締める配偶者を、染井吉野が気忙しげに見る。

 そんな二人を視界の端に捕らえつつ、木場恭介は話に乗っかる事が出来ず聞き役に徹していた子孫に向かって、そちら側の話を始めるように言って会議の主導を渡そうとした。本来は若干二十代前半で監査部の役職に就くくらいに優秀で、又若くして『葛の葉』のトップに立つくらい凄腕の男なのだが、相手は祖先で、しかも自分の倍の年齢の老獪さにすっかり押し負けている『百舌鳥』がいる。

 その時だった。

 

『急電、二〇XX年、東都米花市米花区米花町に歴史遡行軍出現、現在出雲国『ろ』三二番本丸第一部隊が交戦中も、敵増援多数、支援要請が来ています!』

 

 長テーブルの上に、ボフンっと、大きな音を立てて現れたのはこの間見掛けた、監査部専属だと言う黒い毛並みの管狐《こんのすけ》だ。

 東錦が聞き返す前に、吉野が顔色を青くして立ち上がり江戸彼岸へと指示を飛ばす。

 

「彼岸、第三部隊に緊急出撃、襲われてるのはきっと工藤家横の阿笠邸だ! 竜胆、緊急ゲートを『向こう』に繋いで、早く!」

「お、おう!」

『お任せください!』

「ゲ、『ろ』三二番って、撫子ちゃんの本丸じゃん!」

「って事は、狙われたのは妹さんか!?」

 

 小松と大島の言葉に、東錦ははっとなる。

 撫子と言えば、死亡後未来世界で蘇生され諸々の事情から審神者になった、宮野明美の偽名――正確には諱《いみな》だが、現代で動く際には神矢撫子と名乗っている――だった筈。そして妹と言う事は……。

 

「ひ……吉野君、まさかシェリーは」

「……生きてるよ。ただ、これは未来に残ってる記録だったから、当事者である東錦には話せなかったんだ」

 

 大島と小松乙女が江戸彼岸に殴られている横で、東錦は立ち上がる。

 

「おい、東錦!?」

「向こうに出て、彼女を公安警察に保護させる」

 

 そう言った配偶者の顔に何かを読み取り、染井吉野も席から離れる。

 

「吉野様!?」

「俺も行く、撫子もきっと無理をしている筈だ、俺が顔を見せた方が良い」

 

 『百舌鳥』が慌てる横をすり抜け、幼馴染み二人は走って行く。

 

「ちょ、二人とも、」

「落ち着け若造。大島様、小松乙女様、江戸彼岸様、緊急時には纏まった人数を本丸へ匿えるようゲートと救援物資の準備を、私は最悪の場合公安を蹴り飛ばせるよう、内閣調査室の方で準備しますので」

「「「お願いします」」」

 

 そのまま、代紋本丸の面々が飛び出して行くのを見ながら、『百舌鳥』は肩を落とす。

 そんな子孫の頭髪を、二〇〇〇年代で最強と呼ばれた『葛の葉』当主は結構強めに掻き混ぜた。

 

「おら、そんなところで湿気た面してんじゃねえよ。

 この程度の突発時で立ち止まってどうするよ、権力者のアホガキども相手よりずっとシンプルな対応で良いだろうよ?」

「だって、こんな事記録に」

「残って無いから起きなかった、何てぬるい事言ってどうするよ。たまたま記録から漏れた事があるかもしれない、だろうよ。

 歴史は生物(なまもの)で、その瞬間の選択で色々変わっていくさ。

 ……大体、九頭龍大神が代替わりし、歴史修正主義者達との戦いに介入なんて歴史、俺達が行った未来視には無かったんだぞ? 二二〇〇年代(お前達の時代)の阿呆共のお陰で、歴史が変わったんだが、判ってるか?」

「え?」

 

 『百舌鳥』が慌てて監査部へ連絡を取る間に、内調のお偉いさんは己の職場へと踵を返す。

 

「全く、ぬるい事を」

 

 未来を思って、真実世界の裏側で戦い続ける男は軽く嘆息していた。

 

**

 

 その二〇分ほど前、学校から帰っていた江戸川コナンを少年探偵団の三人が捕まえ、灰原哀が世話になっている阿笠邸へと引っ張り込もうとしていた。

 

「コナン君、一緒に遊ぼう!」

「最近付き合いが悪いですよ!」

「一人でうな丼喰ってんのか?」

「博士も心配してるから、ちょっと顔出せば? どうせお隣に行くんでしょ?」

 

 その途中で、吉田歩美が声を上げた。

 

「あー、撫子お姉さんだ!」

「あ、本当だ」

「おー」

「! 撫子さん?」

 

 子供達の声に振り向いたコナンの視線の先に、十億円事件の犯人で亡くなった筈の女性がいた。

 驚くコナンにちょっとだけ困った表情を浮かべ、撫子は子供達に笑い掛ける。その横には、彼女の配偶者だと言うスーツ姿の大柄な男性と、その弟だと言う女装した同じく大柄な男性が立っている。その服装に、剣道用の竹刀入れとバッグが物凄く浮いて見える。

 

「皆、元気だった?」

「撫子さんも!」

「これから何処かに行くの?」

「ええ、お仕事の序に、吉野さんに会いに行こうと思ったんだけど、ちょっと道間違えちゃって」

 

 そう言って撫子が笑うと、探偵団が口を開く前に、灰原が返答する。

 

「一旦、私がお世話になっている家にこの子達を連れて行ってからで良いなら、私が案内するわ」

「えー!?」

「どうしてです、皆で行けば」

「抜け駆けずりい」

「お黙りなさい」

 

 憤懣やるかたなしと言った三人に、厳しい顔を向けて灰原は顎を上げた。

 つい二週間ほどの事だと言うのにもう忘れたような子供達に向かって、灰原は腰に手を当て叱り付ける。

 

「貴方達、吉野さんの時の事、もう忘れたの? 護衛だ何だと言いつつ、貴方達が寄り道した結果訳の解らない事が起きて、私と江戸川君と吉野さん、どうなったのかしら? あの時、蜂須賀さんのご友人からこっぴどく怒られたって聞いてたけど?」

「「「う、」」」

「江戸川君も、変な事しちゃ駄目よ?」

「変な事って、なんだよ」

 

 思わずコナンが反論した、その時だった。

 灰原を撫子が、光彦と元太を太郎が、歩美とコナンを次郎が抱えてその場を飛び退る。

 瞬後、アスファルトに跳ね返る十数本の矢が見えた。

 子供達があっと思う間に、不機嫌そうな女の声が響く。

 

「やあね、何で逃げるのよ。手間増やさないでよ、安い仕事なんだから」

 

 振り返った八人が見たのは、平日の住宅街には非常に浮いて見える、ゴシックロリータの黒いドレスに包帯で体のあちこちを巻いた、二十代半ばから三十代に見える女だ。

 小刀を咥えた骨の蛇のようなものを身に纏わせ、けばけばしい化粧を施した顔を大きく顰めて女はこう言い放つ。

 

「はいはい、大ウソつき二人、同級生を死なせたくないなら前に出て? まあ、死にそうになったのに懲りずに同級生まで巻き込んで探偵ごっこしている糞餓鬼と、死ぬ死ぬ詐欺して挙句に育てられた恩も忘れて逃げた雌餓鬼だから、どうせ逃げる算段してるだろうからこのまま全員殺すんだけどね?」

「な!?」

((こいつ、まさか組織の!?))

 

 蒼褪める灰原と、引き攣るコナンが身じろぐのを、撫子と次郎は離さない。

 ゴスロリ女に話し掛けたのは、能面のように表情を固めた太郎だ。

 

「貴方ですか、以前吉野様とそのご友人を襲った悪魔召喚師崩れは」

「ああん? 何よ、あんた、付喪神じゃない。こんな綺麗なのがいるなんて聞いてない」

 

 イライラと言い放つと、女は一見して白鞘に納められた短刀らしいものを数本放り投げる。

 

「やっちゃって、あたしの洋服代の為に!」

 

 それに反射するように、撫子が叫ぶ。

 

「貴方、皆を! 次郎ちゃん、走れる?」

「あたしは大丈夫、兄貴!」

 

 言葉を返す前に、伊勢崎太郎は背負っていた竹刀袋から一振りと、竹刀入れから三本、日本刀と刃渡り三〇センチと四〇センチくらいの刃物を取り出し、そして。

 

「豊前江、籠手切江、包丁藤四郎、小夜左文字、走ります、警護を!」

 

 咄嗟に灰原が抱き着いたのを幸いと、パンっと柏手一つ打つと同時に叫んだ彼女の声に応えるように、四本の刃物から桜の花弁が噴き出しその刀を握った青年と少年達が現れる。

 彼らは、目を剥く子供達の前で、短刀が姿を変えた骨の蛇のようなものを叩き斬った。

 

「主!」

「子供達と、阿笠さんを保護します!」

 

 何処となくライダースーツを思わせる緑系統のスーツを纏った青年の呼び掛けに、撫子が叫び返す。

 その様子に、ゴスロリ女はぎりっと歯軋りする。

 

「何よ、見せつけるつもり? ブスの癖に見た目良いの侍らせて好い気になって。

 決めた、あんたも殺して、あんたの付喪神貰うわ。実入りの少ない仕事だから、これぐらいの旨味は無くちゃ、ねえ!」

 

 そう言い放つや、女はスカートの端を持ち上げ、そこからどささっと何処に入ってたと思うほどの大小さまざまな刃物が現れる。

 その様子に、「そう言う事か」と次郎が呻く。

 

「吉野様の結界内の筈なのに、穢刀剣がいるのはあんたが持ち込んだんだね!」

「あーうるさい。男の形で女の姿になるような金食い虫に用は無いよ、お前はその女と一緒に死んで?」

「次郎ちゃん、走って!」

 

 青年と共に駆け込んで来た女性と子供達に、のんびりと発明品の図面を引いていた阿笠博士は慌てて迎え入れ、その後を追って来た刃物を持つ異形にびっくりした。

 門扉の奥に子供を抱えた三人を押し込み、警護として呼び出された四人は外で穢刀剣を迎え撃つ。

 

「こんのすけ、救援要請を!」

「はい!」

 

 するっと現れた小狐にそう命じ、撫子は外で戦う己の刀剣男士へと声を張り上げる。

 

「皆、もう少しだけ頑張って、すぐに助けが来るから!」

「「「「おう!」」」」

 

 その声に、ゴスロリ女があからさまに顔を顰める。

 

「いやね、何かのヒロインのつもり? 気分悪いったら、ほら皆殺(や)っちゃって!」

 

 そう吐き捨て、女は更に穢刀剣を出す。

 門扉の向こうから聞こえる、激しい剣劇と何か得体の知れない気名とも罵声ともつかない音に、探偵団の三人は伊勢崎兄弟から離れる事が出来ない。

 だが、撫子の腕の中にいた灰原は、暫くしてある事に気が付き顔を上げコナンの方を見た。

 

「ねえ、江戸川君、夏の肝試しの事、覚えてる?」

「え?」

「あの時、吉野さん、友人達と異種格闘戦してたって言ってたけど、あれ、本当は今と同じ状況だったんじゃあ」

「……あ」

 

 言われて思い返し、コナンもはっとなる。

 そう言えば、剣術の踏み込みの時の発声と言われたあの空気も震わせた大音量に、思わず飛び上がって逃げ出したのだが、今思い返してみると、竹刀や木刀ではなく、金属の打ち合う音だったと今なら判る。

 だが、それ以上言い募ろうとした灰原の口を、そっと撫子が抑えた。

 

「え?」

「駄目よ、それ以上は」

「撫子さん?」

「貴女が踏み込む世界じゃないわ。これ以上は私の領域、ね? 貴女は、現代(いま)で幸せになって。君もよ、小さな探偵さん」

「! やっぱりあんた」

 

 コナンが彼女の『本名』を呼ぼうとした、その時だった。

 一際激しい剣戟と、立て続けの異形の悲鳴に、伊勢崎兄弟以外の全員が身を竦める。

 だが、兄弟は顔を見合わせ、ふっと肩の力を抜いた。

 

「代紋本丸が到着しましたか」

「あの踏み込みは、新撰組の刀で固めた第三部隊だね、早く片付きそうだね」

 

 その言葉通り、阿笠邸と他所の家屋を区切る壁の上を走って、六振《ろくにん》の青年が走り込み、物量で四振《よにん》を押していた穢刀剣達を薙ぎ払う。

 

「『ろ』三二本丸の、未だ動ける!?」

「代紋本丸か、ああ、まだまだ走るぜ!」

 

 加州清光・極の声に、撫子の本丸における古参枠である豊前江はにっと笑ってみせる。

 その間に、連続戦闘で疲弊しているこの中で一番練度が低い包丁藤四郎を信濃藤四郎・極が庇い、手傷を追っている小夜左文字を長曽祢虎徹・極が庇う。籠手切江の方は、同じ脇差の誼で堀川国広・極がフォローして襲い掛かる穢脇差を切り捨てる。

 その光景に、ギリギリと眉を吊り上げていたゴスロリ女は、彼らと同じように塀の上を走って現れた二人の男性にはっとなる。

 

「総員、穢刀剣を掃討し、敵指揮官を拘束せよ!」

「っ! お前は、あの時の偽令嬢か!」

「あー、バーボン、それに九つ首の長虫! 冗談じゃない、これ以上の赤字は」

 

 女の言葉はそこまでだった。

 咄嗟の事に、主人格(ゼロ)を押しのけるようにして【バーボン(ソーマ)】と【安室透(スドリスティ)】が叫ぶ。

 

『っ、【魔法障壁(マカラカーン)】!』

『間に合え、【物理障壁(テトラカーン)】!!』

「!! 竜胆、緊急転送!」

 

 続けて吉野景光の声が響いた、その次の瞬間。

 全てをつんざく音と共に、総てが吹き飛ばされた。

 

 

『二月○日、午後五時頃、東都米花市米花区米花町の住宅地で爆発事件が発生しました。

 自営業、阿笠博士(あがさひろし)さん五二歳宅前の地面が大きくえぐれる爆発が起こり、阿笠宅の門扉、玄関が破壊され、近隣住宅のガラスが割れる被害が出ています。

 阿笠氏は外出中だったの事で、人的被害は無かったと言う事です。

 警察では、事件事故双方を視野に入れて捜査を進めるとの事です……』

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。