※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

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廻り回って割れたもの

 轟音と閃光、衝撃を体を小さく丸める事でやり過ごしていた灰原哀こと宮野志保は、その内耳に入って来た喧騒に眉を顰めた。

 何だか、びっくりするほど大勢、何者かが動き回っている物音と声がするのだ。

 

「おい、三二番の、動けるか?」

「こっち、肩貸してやって、結構膝やってる!」

「主!?」

「落ち着け、婿殿、主を!」

「判ってる、後は頼む!」

「任せる。手入れ部屋は空いてる、早く運んでやれ!」

「子供達はこっちへ、準備出来てるから」

「包丁、しっかりしろ!」

「すぐ手入れ部屋に運ぶから!」

 

 こじ開けるように目を開くと、そこに見えるのは広大な日本庭園と大勢のきらびやかな格好の男の人達が右往左往している光景だった。

 唖然と身体を起こそうとして、動けない。

 首を巡らせ、『姉』が自分を抱き締めたまま気を失っているのだと気付いて、志保は慌てて声を上げた。

 

「誰かお願い、お姉ちゃんが!」

 

 声に反応したのは、ぱっと見何処かのアイドルのようにパニエ込みのスカートを穿いた、本来の志保より年下に見える少女だった。

 

「撫子さん! 撫子さん!? 薬研、こっち来て、撫子さんの手当を!」

「今行く!」

 

 救急キットらしい小箱を手に走り込んで来た、黒髪の少年がてきぱきと呼吸と脈を確認するうちに、もぞっと女性が身じろいだ。

 

「……う」

「撫子さん!」

「お姉ちゃん!」

 

 暫く唸っていたものの、撫子こと宮野明美は目を開くと少しふらつきつつ起き上がった。

 

「大丈夫か?」

「平気です、爆弾の衝撃と、強制転移の衝撃が重なった所為で気を失っちゃったみたいで」

「取り敢えず、向こうの座敷を確保してある、そこで妹さんと一緒に休んでてくれ」

 

 やげんと呼ばれた少年の言葉に、ふと周囲を見回し少年探偵団の三人と江戸川コナン、阿笠博士とがいない事に気付いて、志保は慌てて声を上げた。

 

「待って、探偵団の皆と阿笠博士は!?」

「お年寄りは、今から案内する座敷で休んで貰ってる。子供達は、ここの事を知られる訳に行かないから、別の場所に移って貰ってるよ。

 大丈夫、皆気を失ってるけど、誰も大怪我とかはしてないから」

 

 女の子?の言葉に、ほっと胸を撫で下ろしたものの志保はある事に気付いてもう一度周囲を見回した。

 まるで何処かの公園のような、手入れの行き届いた日本庭園に大きな純和風の邸宅。

 これだけの規模の建物、しかもこれだけの人間が出入りするような場所、ここは一体何処なのか。そして、どうやってここにやって来たのか。

 頭を悩ませていると、聞き覚えのある声がした。

 顔を上げると、何度か会った事のある陸奥吉行が、着物に脚絆手甲の上に、軍服らしい上着を羽織った姿で立っていた。

 よくよく考えると不可思議な衣装だが、これまでのスーツ姿よりもしっくりくると感じた。

 

「撫子さん、豊前達を手入れ部屋に移した。妹さんがなんちゃーがやないそうなら、手入れをしてやってくれるか?」

「陸奥守さん、判りました。

 志保、すぐ戻るから、乱(みだれ)ちゃんと一緒にお座敷に行っていてね、阿笠さんもいるから」

「あの、手当てなら私も手伝えると思うの、だから」

 

 そう名乗り出た志保に、明美は窺うように陸奥守吉行・極――志保は陸奥吉行と言う人間だと思っているが――を見る。

 陸奥守は、少しだけほっとしたように、でも申し訳なさそうに首を横に振った。

 それは、明美と違い宮野志保には、『審神者』として要求される霊力や霊感が無い――明美の妹なので全く無いと言う訳では無いが、敢えて言うなら眷属化前の萩原研二並みにささやかで、彼女には自身の目の前を歩き回っている存在が人間ではない事に気が付かないでいる――事を示していた。

 

「嬢ちゃんの申し出は嬉しい。やけどここにおるもき、君の技術で助けられる対象は残念ながらおらん。その辺りの説明は、撫子さんがおる時に纏めて説明する。それまでちっくと、待っていてくれんろうか?」

「……志保、私も一杯話したい事がある。でも、今私は自分の仕事をしなくてはいけないの。ここの施設を借りられるからすぐに終わるから、少しだけ待っていてくれる?」

「……判ったわ。でもお姉ちゃん、早く戻ってね?」

「勿論!」

 

 陸奥と共に走って行く『姉』を見送り、志保は『乱』と呼ばれた少女と共にそれまで居た位置から見える広い縁側のある座敷へと移動した。

 そこに敷かれた布団の上で、大鼾で寝ている阿笠の姿にほっとしつつ、志保は姉が戻って来るのを待った。

 そして……。

 

**

 

 江戸川コナンが飛び起きると、そこは馴染み切った喫茶店『ポアロ』のボックス席だった。

 

「あ、やっと起きたんだね、コナン君」

「良く寝てたなあ」

「もう、撫子さん達帰っちゃいましたよ?」

 

 はっとなった彼が見たものは、テーブル一杯のケーキやパフェをにっこにこで頬張っている探偵団の三人と、優雅に紅茶を傾けている灰原哀の姿だった。

 その向こう、カウンター奥の流しで、安室透がボールや焼き型を洗っているのが見える。

 

「え? あ?」

「夜更かしが過ぎるんじゃないの、江戸川君。折角撫子さんがごちそうしてくれたのに、ポアロに着く前に眠り込んじゃって」

 

 ジト目でそう言われ、自分の記憶との齟齬に首を傾げる。

 

「なあ、俺達博士ん家に行こうとして無かったか?」

 

 それに対して、三人から帰った言葉に口をつぐむ。

 

「ええ、でもその途中で撫子さんからお茶のお誘いを受けたんですよ」

「お仕事の都合で、杯戸町の方に引っ越してくるんだって」

「お祝いだって、ここのケーキ全部奢ってくれたんだぜ!」

「それに、今日博士何か用事があるとかで夜まで居ないのよ。だから、撫子さんのお誘いを受けたって訳」

 

 付け足された言葉にコナンは思わず胡乱な目を向けるが、灰原の方は全く動じた様子もなく半熟ケーキを口に運ぶ。

 では、あの記憶は……ゴスロリ姿の、あの痛い女とその周囲に居た異形の存在は何だったのか。

 だが、それを口にする前に、コナンのスマフォが鳴った。掛けて来たのは毛利蘭で。

 

『コナン君、今何処にいるの!』

「ら、蘭姉ちゃん、僕、今『ポアロ』に」

『良かったあぁ!』

 

 大きな声に驚いていると、蘭曰く、工藤邸のご近所さんから、阿笠家の門前で爆発が起きて、今警察や消防が集まり大騒ぎになっていると伝えられたのだとの返答。

 

『コナン君、最近新一の家に良く行っていたから、巻き込まれて無いか心配になって』

「だ、大丈夫、今探偵団の皆と『ポアロ』にいるから」

『そうなの。博士外出中らしかったから良かったけど、時間的にみんな学校から帰る頃だったでしょ、コナン君や哀ちゃん、皆がその場にいるんじゃないかって物凄くドキドキしてたの』

 

 心底安堵したと言いたげな声に、だがコナンの疑念はさらに深くなる。

 

  自分は、皆は、その爆発の瞬間に居合わせたのではなかったか?

 

 疑惑と疑念でぐるぐるしている『相棒』を横目に、灰原哀は紅茶を啜る。

 勿論、彼女だけは本当は阿笠邸に行った事も、そこで爆発に巻き込まれたのも覚えている。

 探偵団の三人には、暗示催眠で撫子達と会ったところから記憶をあやふやにしてポアロへ誘導するのだとも聞かされている。

 我の強過ぎる江戸川コナン――工藤新一には、無理に記憶を書き込むより、状況証拠を突き付けてそう言う状況であると無理やり納得させると言う話を聞き、その手伝いをする事を灰原、否宮野志保は了承した。

 理由はもちろん、神谷撫子が死んだ姉――宮野明美であり、協力の見返りに、遠縁の親族と言う形ではあるもののこの先頻回に会う事が出来る事になったからだ。――話し合いの場にいた、スーツ姿の青年が胃の辺りを押さえて唸っていたのが気になったものの、その青年の身内らしい人物から「気にするな」と言われてしまったが。

 正直、信じられない話ではあるのだ、ジンに射殺された筈の姉が――姉が息を引き取った瞬間を見届けたのは『共犯者(あいぼう)』であるコナンだ――、遥か未来に連れ浚われ、そこで蘇生されていたなど。だが、彼女が姉である事はスーツの男達から見せられた書類ではっきりしていたし、何より自分が姉を見間違うなどあり得ない。

 そして、『ポアロ』のうさん臭い店員であり、『組織』の探り屋であるバーボンが実は日本警察から潜入していたNocであり、姉の幼馴染みであった事を教えられ、情報過多でへばりそうになったのはここだけの話だ。

 何より、姉と、そしてバーボンの仲間であり幼馴染みだったと言う吉野景光が、姉と同じく死んだ後未来に拉致され、そこで蘇生されて『歴史』を護ると言う途轍もない職分に着いた警察官なのだと聞かされ、驚くとともに何となく納得がいった。

 彼と彼の友人三人が、近々行われる組織壊滅戦の邪魔をしようとする時空テロリストを取り締まる為に戻って来た人間である事、姉はその支援の為に戻って来る事が出来たのだと言う事などを教えられた。

 

「それ、そこまで私に話して良いの?」

「あちら的には駄目らしいですね。ですが、こちらとしては、貴方の保護をする為に伝えられる情報は伝えておこうと思いまして。あくまでも、貴方は内閣調査室国内部(くずのは)が保護した、『海外テロリストが襲った人間』です。警察庁公安にも時空管理局にも、渡す予定はありませんしね」

 

 気になって問えばしれっと言われ、若い男性は呻き声を上げたし、顔見知りの警察官三人――彼らも未来から帰って来た人達だと言う――も「うへえっ」と言う顔をしたが、木場さんと言う男性は何事も無かったように話を続けた。

 

 因みに、今居るこの場所は時空の狭間に人為的に作られた閉鎖空間で、周囲に居た派手な格好をした男の人達は新しくても三百年、古いものでは千年を超える長きに渡って伝えられてきた日本刀を祭り上げる事で神格を与え、人型を持たせた所謂付喪神と呼ばれる存在であり、彼らを過去の時代やそこに生じた特殊空間に派遣して問題を起こしている存在――総称して歴史修正主義者、若しくは歴史遡行軍と言うそうだ――を排除、殲滅するのが姉や吉野達の務めなのだとか。

 その務めとやらも、半分は情報漏洩防止の為、もう半分はたまたまそれが行える能力があったと言う事で、なし崩しに押し付けられたものらしいのだが。

 

「まあ、未来の事は脇に置くとして、貴方にはこちらも支援しますので、APTX4869の解除薬の開発と、APTX4869そのものの無効化を依頼したいのです」

「え?」

 

 目を瞬かせた志保に、表情を改めた木場はこう続けた。

 

「暗殺専用の毒薬と言う触れ込みである上で、副作用とは言え若返らせる効能がある薬物なんて、金と権力を持つ阿呆が犯罪に走る要因でしかないでしょう。

 現に、江戸川少年はアメリカの金持ち達から『ベルモットと同じ』身体の丁度いい実験材料として狙われているそうですから、APTX4869は早急に処分しこの世から抹消せねばなりません。

 彼にそのつもりが無くても、彼のあの迂闊さ加減では貴方が製作に関わり、同じく幼児化したと言う情報を落とす恐れはありますしね」

「迂闊?」

「迂闊でしょう。

 組織から身を隠すべき状況で、子供姿でマスコミに露出するわ、わざわざ元の姿に戻ってSNSに晒されるわ、こちらとしては何度とっ捕まえて監禁してやりたいと思った事か」

「あー……」

「確かに推理力は高いんだが、あの坊主割と迂闊だもんなあ」

「目立ちたがりと言うか、周囲の耳目を無意識に集めたがってる部分があるな。まあ、親御さんの関心を引きたかったのに対する、代償行為なのかもしれんが」

「それを、他人の命が掛かっているところでやって貰っても困るんですがね」

 

 小松、桜田、大島の言葉を、ばっさり切り捨て木場は志保へ向き直る。

 

「貴方にとっては、ご両親の研究を無に帰す行為だ、心苦しいだろうとは思いますがご協力願えませんか? 私どもとしては、これは貴方があの組織で犯した罪に対する、処罰の一環だと思っています」

「……解除薬は、元々作る予定だった。薬を抹消するというのも、私も考えてた。

 だけど、ねえ、もしかして私、また姉さんと会えなくなるの?」

 

 天才少女の、それが唯一の懸念だった。

 それに対して、木場と名乗った男は口を開こうとした未来の子孫を蹴倒し、笑って答えた。

 

「まさか。元々現代の人ですよ、君のお姉さんは。

 此方で仕事して貰う予定ですから、君がこのまま灰原哀として暮らすにしろ、宮野志保に戻るにしろ、神谷撫子の親族と言う戸籍は用意します。

 距離を置くか詰めるかは、姉妹で話し合って決めれば良いですよ」

「あの、それは……」

「その程度の譲歩は、貴女貰って当然ですよ、撫子さん。吉野さん方から聞いた範囲として、貴女への弁償は全くもって足りないだろうと私は踏んでますから」

 

 撫子にそう告げると、二〇〇〇年代の『葛の葉』当主は子孫を引きずり出て行ってしまい、後に残った面子でこの後の口裏合わせを行った。

 そして、友人達の言いくるめ役を志保は請け負ったのである。

 

 

(工藤君には悪いけど、あのゴスロリ女の事は『無かった事』にさせて貰うわ。だって、吉田さん達に私達を殺す為に人間爆弾にされた犯罪者なんて話、教えたくないもの)

 

 そう、あの時起きた爆発は、江戸川コナン(くどうしんいち)と灰原哀(みやのしほ)、二人を抹殺するべく起こされたもので、一度盛大に失敗した彼女は捨て駒として胎内に爆発物を仕込まれていたと言うのだ。――どうやら、二人の近くにいるのを察知されて、遠隔爆破されたらしい。

 黒の組織以上の非情さに、少年探偵団と阿笠博士を守る意味でも『葛の葉』こと内閣調査室に、志保は身を寄せる事を決めたのだ。

 今暫くは阿笠博士の元に身を寄せ、終業式に転校と言う形で帝丹小を去る事にし、以降は姉が二〇〇〇年代(こちら)で使用するマンションで暮らす事になる。――彼女の本丸に繋がる『ゲート』を設置する為の部屋だが、姉妹二人で暮らす事も可能な3DKのありきたりなマンションだ。

 現状の矛盾について、盛大に考え込む共犯者だった――姉を見殺しにしたライを匿っていたと聞いて、彼への信用はがくっと下がった――『東の名探偵』を横目に、志保は紅茶を飲み干した。

 

**

 

 三ニ番本丸の面子と子供達を送り返し、現代と未来の『葛の葉』当主達も帰った後、『代紋本丸』は緊急軍議を行う事になった。

 四人が今回の騒ぎを踏まえ、作戦に修正を加えるべく所属男士達と軍議を続けている間、降谷零は『奥』で夕食を作っていた。

 四人からは参加しないかと声を掛けられたが、考えたい事があるからと断ったのだ。

 鯖の竜田揚げに芋煮、キャベツの浅漬けに大根と油揚げの味噌汁。白米が炊けるのを待ちつつ、組織の幹部達を思い返す。……悪魔変身者(アウトサイダー)などと言う、特異な能力を誰が持っているか。

 

『まず、真っ先に除外されるのはジンとベルモットだな』

 

 【降谷零(スーリヤ)】が重々しく唸ると、【バーボン(ソーマ)】も頷く。

 

『組織と言うか、あの方への熱狂的な忠誠を誓うジンが、その能力を隠すかと思うとまず無いでしょうし、ベルモットとはしょっちゅう会っていますが、彼女からそう言った気配は感じませんしね』

『同じ意味で、CIAからのNocであるキールは言わずもながですね。彼女にそう言う力は感じた事がありませんし、彼女の性格的に、そんな力を受け入れられるかどうか、僕は疑問を感じますし』

 

 【安室透(スドリスティ)】の言葉に、零(ゼロ)も含め皆頷く。

 

『こうやって幹部達を色々思い返すと、ピンと来る者はいないな』

「そう言えば」

『『『主人格(ゼロ)?』』』

「キャンティとコルン。狙撃手二人組とは、最近あまり話していないと思う」

 

 言われて、【バーボン】が考え込む気配がする。

 

『言われて見れば、キャンティにはベルモットと良く行動を共にしている事から嫌われていますし、コルンはキャンティと行動を共にしているからか、個人的に話す事が余り無いんですよね』

『それを言うと、ウォッカも言葉の足りないジンを補う形で話はしても、ウォッカ自身と詳しく話した覚えがないと思うんですが』

『となると、一番怪しいのはこの三人か』

「話をしないと言えば【RAM】もだが、あの人物については面識そのものがなあ」

 

 そこまで考えたところで、はふっと背後から抱き着かれて意識を現実へ向ける。

 

「うわ、」

「おいおい、大丈夫か?」

「待たせて悪かったな」

「お、竜田揚げに芋煮か」

 

 自分に抱き着いている配偶者と、夕食に気が向いた同期達に、零は頭を一つ振って食事にしようと声を掛けた。

 ワイワイと、五人で食事を摂った後各々自室に引っ込み、零は最初に本丸で寝起きし始めた頃に使っていた離れで書類を広げていた。

 仮祝言前日以来、寝所は九頭龍の座所である奥の間になっているのでこちらで持ち帰った書類のチェックを行っているうちに、気を使った同期達によって仕事部屋として体裁を整えられ、離れはすっかり和モダンな書斎になっている。大きめの長ソファーは、仮眠ベッドにも使える良い物だ。

 書類を眺めているうちに、零は離れに入って来る気配に顔を上げた。

 

「ゼロ?」

「ひろ? どうしたんだ?」

 

 寝間着姿で入って来た吉野、否景光は、幼馴染みであり現在仮祝言を上げた配偶者である相手の背中に凭れ掛かった。

 何時にない反応に驚いていると、景光はぼそぼそと話し始める。

 

「今日は、ごめん。迷惑掛けた」

「え、何が?」

「ほら、緊急転移の後、俺また」

 

 言われて思い出す。

 そう、ゴスロリ女に仕込まれていた爆弾に気付き、景光はそこにいた子供五人と人間三人、二部隊を本丸へと緊急転移させた。なお、あの時咄嗟に【透】と【バーボン】が唱えた、対物理障壁(テトラカーン)と対魔法障壁(マカラカーン)のお陰で、あの現場はちょっとしたガス爆発程で収まった――女に仕込まれていた爆弾は、所謂呪文併用の特殊爆弾で、同時に発動する火炎系呪文で、周囲数件が焼き払われる所だった。

 そして、本丸に到着するや否や、霊力の過剰消費の為意識を手放し、身体も中学生くらいに縮んでしまったのだ。

 その後、丁度その日三人から霊力のメインタンクを任されて居た零が一時間ほど腕の中に抱き込み――粘膜接触も込みで――、意識と外見を戻すまで付き添っていたのだ。

 

「あれは仕方が無いだろう?」

「でも、お陰で時間を無駄にさせただろう?」

「何言っているんだ、本丸からの移動は時間を幾らでも誤魔化せるし、お前の心配するのは当たり前だろう? ……俺とお前は、結婚しているんだから」

「でも、ゼロだって忙しいのに、明美ちゃんの妹の事もあったのに」

「志保ちゃんは、内調預かりになった。あのゴスロリは『黒の組織』じゃなくて、『葛の葉』の管轄になるから、公安案件以外の組織からの襲撃と言う事でな。葛の葉の方なら、一応内調側と言う事になってる明美とも会い易いそうだし」

 

 そう言いつつ、何事か言いたげな景光を促すと、目を合わせないままぼそぼそと話し始める。

 

「幾ら人数が多かったとはいえ、倒れてしまうなんて。

 何時か、何か重大な局面で失敗するかもって思うと……。俺がNocバレした時みたいに、ゼロに負担を掛けるんじゃないかって、俺」

「ヒロ、それは違う。雫から聞いた、強制転移の際、魂と肉体が釣り合ってない人間が二人いたから、その所為で生じた転移位置のずれや子供達に振り掛かりそうになった負荷をお前が全部引っ被ったから、霊力の過剰消費って形になったって。

 あそこにお前が居なかったら、最悪異物判定されたコナン君と志保さんが時空間の狭間に吹き飛ばされ、何処の時代に流れ着くか判らない事になっていたって」

 

 景光を抱き寄せて、胸部が熱を持っているのに気付き零は思わず相手の額に自分の額を押し当てた。

 だが、額の熱は特になく、まさかと思って寝間着の袷を広げて見えたのは、白い肌の上で赤く浮き上がった銃痕。

 普段は浅い凹みとしてのみ存在している自決の痕跡が、不自然に熱を持ち、赤く浮いている事に零は強く眉を顰めた。

 景光の方も、自身の左胸にある最初の決別の痕が、毒々しく赤くなっている事に目を細めた。

 

「これ、は……」

「……スコッチ」

「ヒロ、何を」

「スコッチが、警告してるんだと、思う。……浮かれるなって」

 

 そのまま離れようとする、最近やっと平均体重に戻った身体を抱き寄せる。

 

「違うだろう! スコッチが警告するなら、それは【警戒を怠るな】だろう!

 ヒロ、不安なのは判る、俺だってこの先の事を考えると不安は多い、だけどその為に今、準備しているんじゃないか!」

 

 噛み付くように叫び、未だ弱音を零しそうになっている思い人の唇を奪う。

 仮祝言から僅か二週間、やっと落ち着いていた景光の精神が、又振れ始めている事に胸の奥で零は舌打ちする。

 彼の『敵』である、歴史修正主義者と言う存在を直接相手取る事が出来ないと言う事実に、大いに鬱憤を感じる。

 取り敢えず精神ケアも兼ねて、零は嫁である景光を横抱きにして寝所へと向かう。

 今晩は、明日腰に来る事になろうと徹底的に泣かしてやろうと心に決めて、あたふたしている景光の頸筋に歯を立てた。

 

**

 

 寝所で、零は徹底的にじらして、景光自身が半狂乱で「いかせて」と泣き叫ぶまで性感帯を撫で回し、陰茎も徹底的に弄んだ。

 ここ最近、それこそ柔らかな羽毛布団にくるまれてキスを落とされるような、甘めのメイクラブが続いていた為、潜入捜査官時代に『バーボン』に求められた時のような、延々と続く愛撫に何も考えられない状況に追い込まれ、何度も突き上げられ、突き落とされ、景光は完全に意識を飛ばした。

 薄絹が肌を撫でただけで、とぽとぽと潮を零す番の身体を拭き清める零の脳裏で、【降谷零(スーリヤ)】が歯軋りする。

 

『諸伏は、言葉少ない性質で、余り自身のあれこれを主張する性格では無かったが、こんな卑屈な事を考える奴では無かった』

『唯川だって、あの組織では浮いた部分があった事は否定しませんが、彼が緩衝材を務めた事は何度もありました。彼が居たから、最小限に納まった騒ぎだってあったんですよ』

 

 悔しそうな声は【安室透(スドリスティ)】だ。

 それに向かって、地の底を這うような声で呟くのは【バーボン(ソーマ)】だ。

 

『つまり、僕の【灰色猫《スコッチ》】が自己否定に浸るくらい、未来社会は彼をいじめてくれたと言う事ですか。そんな事をしておいて、【九頭龍】としての彼を便利に使おうと言う辺り、どうしてくれましょう』

「……俺達を襲ったあのゴスロリ女が、人間爆弾にされていたのもショックだったんだと思う。だが、なあ、あの女の雇い主と言う奴は、本当に歴史修正主義者だと思うか?」

『『『主人格(ゼロ)?』』』

 

 髭の無い、繊細な思い人の頬をそっと指で撫でつつ、零は虚空を睨む。

 

「確かに、無銘刀をベースにする妖を使っていたが、歴史修正主義者自身からと言うよりは、何者か仲介に付いていないか?

 組織に、歴史修正主義者を標榜する何者かが紛れてはいないか?」

 

 零の問いに、暫く考えていたらしい【バーボン】が口を開いた。

 

『組織を維持させる為の歴史修正主義者、ではなくこちらに攻撃しようと言う意図を持つ歴史修正主義者、と言う事ですか?』

『そう言えば、あの女、「バーボンの影武者を立てる」って前の時言ってましたね。

 ……考えてみると妙ですね。まるで、Nocとしてのバーボンは都合が悪いが、バーボンには存在して貰わなければ困るって事になりますよね?』

『どう言う事だ?』

『……判りませんね。もう少し判断材料が欲しい所です』

 

 【透】が指摘し、【降谷】が唸ると、お手上げとばかりに【バーボン】がぼやく。

 そんな『三人』に、零はこう告げブレインストーミングを終わらせた。

 

「合同会議の時にでも、滝さんに話してみよう。

 もしかしたら、何かこちらでは入手出来ていない情報を、あの人なら持っているかもしれないから」

 

**

 

 三月某日、警視庁の大会議室においてとある会議が行われる事になった。

 それは、『黒の組織』と通称される犯罪組織に対する対策会議であり、壊滅に向けて各国の捜査機関が集められての初の会議だった。

 初回と言う事で、殆ど顔合わせと次の会議の日程の擦り合わせで終わったのだが、一部機関は会議内容より、FBI側の担当捜査官に言葉を失っていた。

 特に、絶句を通り越して絶望したと言わんばかりの顔になっていたのがCIA――キールこと本堂瑛海の上司で、会議室から出て行くその背は煤けて見えるほどだった。

 

『どうかなさったんですか、部長』

『あー……。ヒデミ、悪い事は言わない、FBIからの指示には従うように。

 くそ、相手がジェームズ・ブラックや彼自身が選んだ後任だったら、こっちに良いように持っていく余地があったのに』

「は?」

 

 首を捻る女性若手潜入員に、課長と呼ばれたCIA局員は大きく溜息を吐いた。

 

『今回、FBIで専任として挨拶した男は、本国で【東海岸の百舌】、FBI内部で【鬼札(ジョーカー)】、そしてCIAでの通り名は【厄病神(Evil god)】、だ』

「エビルゴッドって……」

『あの男は、一度FBIとCIAの上層部と軍の過激派によって、国家反逆者の汚名を被せられて死刑を宣告された事があるんだ』

『え? でも』

『あの男が潜入捜査に当たったとあるカルト組織が、当時の軍事バランスをひっくり返しかねないオーバーテクノロジーを多数抱えていたとかで、その情報を握っている人間を回収する為に奴に情報提出を迫ったんだ。

 ところが、奴は犯罪被害者である事を言い立て、首を縦に振らなかったんだそうだ』

 

 途惑う後輩に、男の述懐は続く。

 

『で、半ば言い掛かりに近い形で収監して、拷問を掛けてもノーと言い続ける男に痺れを切った軍関係者が、国家反逆罪を言い立ててほぼ裁判無しで死刑を確定させたんだ。

 尤も、処刑三日前に、人体実験の為に死刑囚を買い取る某財団に回収されたんだ。これで死んだと、関わった人間全員考えていたんだ』

『課長、それは流石に』

 

 余りな言い草に眉を顰めた瑛海に、だが移動のハイヤーに乗り込んだ上司は、お通夜の如き空気を漂わせて言葉を続けた。

 彼自身は当時まだCIAの訓練生と言った時分だったが、先輩や上司から、耳にタコが出来る勢いで聞かされた話だった。

 

『だが二年後、奴は五体満足でFBIに復帰した。財団内で確たる地位を作り上げ、FBI内のUIUを財団との窓口として確立させ、自分を陥れた軍やCIA、FBIに居たカルトの内通者を一掃してな。

 さらに数年後にICPOにも確たる人脈を作り上げ、今やあいつが握っていない情報は無いとまで言われるレベルだ。

 まさか、『黒の組織』にあいつをぶつけるくらい、FBIが組織壊滅に本気になっていたとは』

『でも課長、それでMr.タキを【疫病神】と言うのは』

『あのな、ヒデミ。確かに内通者を一掃された。それと一緒に上層部のあれこれ全て叩かれたお陰でCIAは予算カットされて、組織再編で色々あったんだ。立派に厄病神だろう』

 

 何とも言えず、黙っている瑛海に上司は言葉を続ける。

 

『犯罪捜査官として優秀だ、間違いなくな。だが、それと同時に敵味方問わず「悪事」を見出し晒し者にする。それが故に、『百舌』の二つ名が付いた男だ。

 良いな、ヒデミ、あの男の前で迂闊な話をするな。あの男の行動規範は【市民の平和と安全】で、国家の利益は基本度外視だ。

 市民の安全に反するとなれば、それが国家プロジェクトであっても潰しに掛かる男だ。【黒の組織】を潰した後、何に向かって牙を剥くか全く判らんのが、あの【東海岸の百舌】と言う男だからな』

 

 そう言って目を閉じてしまった、まだ三十代半ばである筈の上司のどっと一〇歳くらい老けた顔に、キールのコードネームを持つ女性は途惑いつつ黙り込むしかなかった。

 

 ……彼女が、上司の悲嘆を正確に理解するのは、壊滅戦当日の事になる。

 

**

 

 合同会議翌日。

 滝和也はアメリカ大使館FBI分室の会議室へと、大使館駐留チーム責任者ヨーコ・ケイに呼び出されていた。

 

「ふうん? サンダース指導官復帰したのか」

「貴方からの報告を読んで、後任者達に文字通り雷落としたそうよ? 御年七五歳、杖突きつつだから流石に座学だけだけど、これでもう少し捜査に真面目に励んでくれる新人が増えると思うわ。今までのが、現場を舐め過ぎてたと思うけど」

 

 書類を覗きそんな事を話しつつ、二人はテーブルを挟んで向こう側に立つ男を見た。

 

「タキ、どうするの?」

「まあ、突貫コースとは言え、潜入捜査の専用研修を受けて来たんだよなあ。……まあ、見事に全部『可』ばっかりだな。遠距離射撃と護身術が『優秀』以外には、『良』すら一つも無しとは。よくこんなの外に出したな、訓練所(ヤード)の奴ら。

 サンダース指導官からの評価は、『誰がこいつに潜入捜査を命じた、そいつをまず再研修受けさせろ。こいつは狙撃手としては上等だが、自己判断の基準が甘過ぎてポカミスが多過ぎる。上役がきちんと手綱を持つならよし、それ以外なら狙撃隊に突っ込んで置け、絶対単独行動なんぞさせるな』だとさ。

 良かったな、言ってる事は厳しいが、人物評価で間違った事を言った事が無いお人の言葉だ、お前に潜入捜査が振られる事はこの先一切無いぞ」

 

 滝の言葉に、ぴくっと男の頬が動く。

 滝の方は、辛うじて「再訓練」の指示の掛かれていない研修成績表を眺めつつ、一点豪華主義らしい後輩へ告げる。

 

「だがまあ、『不可』は一切無かったからなあ。

 ま、やり切ったんだからこっちも許可出すしかないだろうな」

『大丈夫ですか、タキ捜査官。こいつ独断専行違反行動の常習犯じゃないですか』

 

 後ろで控えていたハーディ・陳が眉を顰めるが、滝は片手を振って見せた。

 

『まあな。だが、独断専行に関しては俺も人の事言えた義理では無いし、七〇〇ヤードで盗聴器を狙える腕前はこの先必要になるからな。俺にゃ出来ねえ芸当だ』

『そうね。タキは精々、六〇〇ヤード先で踊り狂う人間の指先から、指輪を弾き落とす事ぐらいよね』

『二〇代の頃の話は止めてくれ』

 

 『元夫』の言葉に向かって、笑って付け足す元嫁に渋い顔を作る。

 そして、改めて滝は男に向き直る。

 

「赤井捜査官。

 本日付で対黒の組織対策チームへの参加を許可する。

 だが、単独行動は一切認めない。必ずチームの誰かしらと組んで行動しろ」

『ああ、どうせあの坊主の顔見に行くだろうから、ハーディ、こいつを頼む』

『えー! 俺っすか!?』

『別に四六時中張ってろとは言わねえよ、こいつが出歩く時に所在を把握するようにしてくれ』

『いや、それ結局ついて歩かなきゃじゃないっすか!』

 

 嘆く若手捜査官を横に、滝は赤井秀一を見据える。

 赤井秀一もまた、ジェームズ・ブラックを押しのけ、彼らの任務を横取りした男を見詰める。

 静かな滝に対し、敵愾心を隠す気も無い様子の赤井に、大使館駐留チーム責任者とチーム最年少捜査官は無言で肩を竦めた。

 未だ、この男は滝和也と言う捜査官を理解していないのだと思うと、失笑しか浮かばない二人だった。

 

 

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