※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

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そして舞台は始まる

 内閣調査室国内部部長兼、特殊案件課課長兼退魔組織『葛の葉』現当主である木場恭介に、そのメッセージが届いたのは『黒の組織壊滅戦』二日前の事だ。

 警察庁の一室で当日の動きについて打ち合わせていたところに届いたそれの、差出人に眉を顰めつつ掛かって来たスマホをワンコールで取れば、掛けてきたのは当のメッセージの主だった。

 

「メールは読んだ。これは本当か?」

 

 帰ってくる優雅なイギリス英語に眉を顰めつつ、それでも木場は相手の言葉を聞き取り、眉間に手を当てた。

 

「~~~っ、判った、手は打つ。しかし、あんた達は本気であの御仁が好きだな?」

 

 木場の言葉に、穏やかな壮年男性の声は日本語でこう答えた。

 

『彼は、私達が【異質】である事を否定しない。そして、その上で私達が存在する事を否定しない。尚且つ、私達に感性と感情があり、心がある事を受け入れて寄り添い続けようとしてくれる。

 人は、そう言う存在を【友】と呼ぶのだろう? ならば、私達が友の為に何かしら行動しようとする事はおかしい事だろうか。

 断言しよう、私達は彼が【悲嘆】し、【後悔】する未来はいらない。それに、今回の事で新たな仲間も増える事だしね』

 

 そう告げて切れたスマホをしげしげと見つめ、木場は大きく肩を竦めた。

 

「あの御仁の『人外たらし』は筋金入りだねえ、つよさんや。今掛けてきたの、『財団(あちら)』で世界崩壊可能存在に分類されてるお人ですぜ? しかも【私達】ときた。

 下手打てば、財団が世界再生プログラムに手を出すかもしれないような存在から『従弟さんを助けろ』って言われましたぜ?」

 

 つよさんと呼ばれた新條強は、打っていたキーボードの前で何とも言えない顔になる。

 実は、新條と木場とは大学時代からの友人である。法学部を出てそのまま取った資格を放り出して、ノンキャリアの警官になった友人に唖然としたのは良い思い出と嘯いているが。

 『特殊案件調査班』を立ち上げるに当たって、木場が新條を引っこ抜いたのは彼が『怪事件』に引っ掛り易い事が半分、古馴染みで無理を言い易かった事が半分である。

 

「……あー、何つうか、生身の体で『神様』に喧嘩売ったり、人類外と友好図りに行くような従弟で申し訳ない」

「いやいや、こっちとしては組織はともかく、従弟さんと友好維持しとけば色々何とかなりそうってのはありがたいんですがね」

 

 パソコンの前で頭を抱える、警察官僚一家の末息子を横目に、木場はもう一つのスマホを取り出すと、メッセージで何事かを送り始めた。

 他所の国の事はどうでもいいが、『日本(じぶんのなわばり)』で馬鹿をする予定の存在を見逃すほど、木場恭介と言う男は暢気でもなけれはお人好しでもなかった。

 

**

 

 赤井秀一の拳によって崩れ落ちる青年の姿に、ほんの僅か悪いと思わなくもない。

 だが、自分を蔑ろにする男に同調して、自分を見張っているFBIの新人捜査官に対して、江戸川コナン事工藤新一は好意を持つ事を出来ないでいた。

 だから、自分を迎えに来てくれた馴染みのFBI捜査官二人と、二人を詰問しようとした若者を殴り倒し気絶させた赤井に顔を向け、ニコッと笑う。

 

「行こう、赤井さん、キャメルさん、ジョディ先生!」

「ああ、坊や」

「運転は任せてください!」

「ブラックから情報は貰ってるの、急ぎましょう! 今動いている人達は、どうも組織で研究されていた薬物の類を全て廃棄させる予定らしいの、早く行ってこちらで情報を確保しないと」

 

 離れた場所にいる毛利親子が気付く前に、新一は掃討戦が行われる場所へと移動を始める。何しろ、今自分が居るのは、目的地から遠く離れた北関東の東端、軽井沢近くの別荘地には結構な距離がある。急がねば、大切な情報が失われてしまいかねない。

 

 彼はこの時点で、『真実』と自身の未来に固執するあまりに見落としている事があったが、一切それに気付かない。

 目の前の『気心に知れた捜査官』達に安堵して、自分が言いようのない深い落とし穴に向かって大きく踏み切った事実に全く思い至らないくらい、彼は自身に自惚れ、大惨事に向かって舵を切ったのだ。

 

 

**

 

 俗称『黒の組織』において、猫によって人間が消えるという怪事件が発生しているその頃。

 水道周りの工事の為、二日間臨時休業となっている喫茶店『ポアロ』の地下深くに築かれた特殊空間に、布面神職衣装に帯刀状態で染井吉野――諸伏景光は立っていた。

 ここは、一〇ケ月程の間に『代紋本丸』の面々が各地の九頭龍を祭る神社に設置したアンカーを経由し、地脈を通して九頭龍大神の霊力を通す事によって、日本全土をフォローする大結界と、同時に日本全土を見通す監視網とを統制する為の小さな神域である。

 大きさとしては三メートル半径ほどの丸い空間で、その壁面全てがディスプレイとして画像を結ぶようになっている。

 ここから、景光は日本中に現れる遡行軍を見張り、部隊へ出撃を命じる事になる。

 なお、今回は非常事態と言う事で、本来は四部隊までしか展開出来ないところを八部隊まで編成展開している。尤も、実戦部隊は六部隊で、残り二部隊は景光の警護部隊と負傷した部隊員の手入れを行う江戸彼岸こと松田陣平の警護部隊である。

 小松乙女こと萩原研二が刀解に秀でたように、松田は鍛刀と手入れに秀でている。今回、人間ドックを口実に勤務を休んだ桜田陣平こと松田は、戦況に合わせて動くべく本丸で待機している。

 なお、萩原と大島こと伊達航の二人は、管狐に依り代を任せて出勤実績を作りつつ、それぞれ第三、第四部隊を率いて遊撃に出ている。

 『ポアロ』を臨時休業にしたのは内閣調査室の判断で、万が一ではあるが結界潰しを図り染井吉野を襲撃する部隊が現れた場合を考慮し、人払いの為にわざとビルの上水道構造を破損させたのだ。

 同じ理屈で、上階に住む毛利一家も外出に誘導し――これは、安室徹経由で郊外の温泉宿宿泊券を提供し、外出中に工事して貰うと言う事で話を通した――、民間への被害を押さえる工作を行った上で、『代紋本丸』の作戦行動は始まった。

 

『主上様、各部隊出撃準備整っております』

 

 管狐の声に頷くと、景光は壁面に手を差し伸べた。その部分に、パソコン宜しく幾つもの情報を表示したウィンドウが開く。

 警官隊が集結している近辺が映し出され、その中のある程度の広さと、人目のない薄暗がりに靄のようなものが集まりつつのを見出し、景光は指示を出す。

 

「第六、第七部隊、第一、第三ブロックへ出撃、規模は短刀主体の偵察部隊のようだ、直ちに転移用のポイントを潰し、後続隊の侵入を阻止せよ!」

 

 景光の言葉と共に、第一、第三と記されたウィンドウに『出撃』の表示が出る。

 短刀主体の二部隊が出撃するのを確かめ、別のウィンドウへと目を移す。

 次に襲われそうになっているのが、兄とその親友が率いる長野県警の警官隊であると察して、苦い顔を隠さず景光は命を下す。

 

「第五部隊、第八ブロックへ出撃。殲滅後、二次被害の有無を確認せよ」

 

 指示を出し、出撃を確認した景光はそのまま新たなウィンドウへと目を向ける。

 作戦は始まったばかりである。

 

**

 

 人間消失で混乱しているところへ、警官隊の襲撃を受けた組織の方は、小規模なアジトから順次制圧され、幹部、構成員が捕縛され護送されていく。

 その頃、日本の掃討戦本部では。

 

 ガチャっと音を立てて、事務机とパソコンがひしめく部屋には似つかわしくない古びた衣装ダンスの扉が開き、そこから女性が現れた。

 上半身を覆いつくさんばかりの巨大な猫を抱いたその女性の姿に、その場に居た人間が動きを止める。

 豊かな金髪と澄んだ青い瞳、その顔を見た事が無いものはその場にはいなかった。

 ハリウッド女優クリス・ヴィンヤード、彼女は扉の向こう側の光景にあっけに捕らわれていたが、足早に近付く警官達に、流石に警戒の色を浮かべた。が、その警官達を押し留めたのは、これから移動する予定だったらしい、完全武装状態の滝和也FBI捜査官だった。

 

「待った、彼女はFBI側と司法取引している」

「滝捜査官?」

 

 驚きと警戒で変な顔を浮かべる日本警察側を横目に、滝に呼ばれたFBI職員がクリスを別室へと案内する。猫の方は、するっと彼女の腕から降りると、滝の脛にするっと臭い付けをしておいて再びタンスの中へと消えた。

 噴き出した汗を拭いつつ、本部にて総指揮官代行としてモニターを睨んでいた風見裕也が走って来る。何しろ、この本部に鎮座しているバカでかい――人間一人が余裕で入る代物だ――衣装ダンスを持ち込んで来たのは滝なのだ。

 

「滝捜査官、これは一体」

「なあに、こっちと彼女の利害が一致した結果さ。さ、まだ日本国内にいる『裏切り者』判定の人間が現れるから、そのつもりでいてくれ」

 

 滝がそう言った途端、タンスの観音開きの扉が開き、そこからキールこと本堂瑛海が転《まろ》び出て来た。

 彼女からすれば、作戦開始とともに移動とは聞かされていたものの、どんな移動手段なのかまでは聞かされていなかった。まさか、猫にロッカーに引っ張り込まれて瞬間移動するなど考えもしなかった為、茫然自失の体でその場に座り込んでしまった。

 彼女の上着の袖を咥えて引っ張っていた、ソマリのミックスらしい大猫は一仕事終わったとばかりに毛繕いすると、滝にやはり身体を擦り付け、そのままタンスの中に消えた。

 

「え? 何処此処⁉」

「おう、お帰り。戻ってすぐで悪いが、あっちでオペレーターを手伝ってやってくれ、野郎の野太い声より、美人アナウンサーの美声の方がやる気が出るってもんだ」

 

 そう言った滝に、オペレーター席へと押しやられ良く判らないままヘッドセットを着ける本堂女史の姿に、人手が来てくれたと思う反面、何となく気の毒に思うオペレーター席の面子がいる。

 その後も数人、海外捜査機関からの潜入捜査官達が大猫と共に転がり出てくるのを別室に運ぶ。ちなみに、日本国内のアジトの方はここだが、海外の方は各国にある『財団』の施設の方に転がされているらしい。

 大方脱出したことを確認し――ボスとNo.2であるRUMの位置を確認する為に、バーボンこと降谷零は省くよう、滝は猫達に言い聞かせ猫達も了承した――、裏側から突入する別動隊に合流しようと滝が動こうとしたその時だった。

 

「タキ! ハーディから連絡です、赤井の奴が!」

「え?」

 

 別室で情報管制を行っていたFBI職員が、血相を変えて呼び止めスマホを差し出してきた。

 

「ハーディ、どうした?」

『っ、すい、ません、赤井の奴が、坊主と一緒に』

 

 苦痛を堪えているらしい、くぐもった声に思わず滝の表情が引き攣る。

 

「ハーディ、簡潔で良い、事態の報告を」

『ブラックの命令だって、スターリングとキャメルの奴が、赤井と江戸川の坊主を、連れて行きました、俺、止めようとしたんだけど、赤井の奴』

「しまった、赤井(あいつ)は截拳道(ジークンドー)の使い手だったな。怪我の具合は?」

『少し、時間、下さい、ちょっと『代われ、この坊主の上司か!』』

 

 割って入ってきた声に、滝はそう言えばと思い出す。

 掃討戦に江戸川コナンを参加させる事に『否』を唱えた滝に従い、降谷零が手配した温泉宿の二泊分の宿泊券を毛利一家に渡し、今日から三日間は東都の奥地にある温泉街へ出かけている筈だった。

 

「Mr.毛利、ハーディ・陳(チェン)の様子は!」

『結構派手に殴られて、さっきまで気絶してたんだが……応急処置中に起きて、そっちに連絡入れるって聞かなくてな。それから、すまん、うちで預かっている子供が、その、赤井と言う男と外国人の男女と一緒に何処かに行っちまって』

「そいつら、こっちの人員です、大体何処に向かったかは判りました。子供はこちらが責任を持って保護し、そちらに送り届けます。申し訳ありませんが、ハーディ・陳の事をお願いできますか?」

『……判りました、彼の事は任せてください。坊主の事をよろしくお願いします』

 

 通話が終わった途端、滝は長テーブルの天板に拳を打ち付けた。

 ガコンっと、周囲が飛び上がるほどの音を立てたテーブルの天板には、大きく罅が入っていた。

 

「あんの馬鹿どもはあ、何考えて」

『タキ、今大使館から連絡が』

『あいつらの事か』

『いえ、それが、FBI本部からで、ジェームズ・ブラックが、シカゴの自宅で意識不明の重体で発見、搬送されたと連絡があったそうで、連絡によるとかれこれ二週間以上監禁され、その為に衰弱が激しいらしくて』

 

 そう言った若い職員を、滝はもちろん、英語の判る者は全員思わず凝視していた。

 

『それ、たった今届いた情報だな?』

『はい』

「滝捜査官、これは」

 

 おずおずと声を掛けた風見――煮詰まった上司以上に殺気立った滝に、思わず腰が引けたのだ。この場の人間全員そうなので、彼一人を責められないが――の声に、ぞっとするほど低い声が返る。

 

「あんのクソガキどもが、まんまと敵の術中に落ちた挙句に掌で踊り狂いやがって」

「た、滝捜査官、それは」

「再研修終わらせてこっちに来た赤井はともかく、あの二人は反省の色なしで一年の再研修に入ったばかりで出国許可なんぞ出る訳無いんだ、日本に来れる筈がない。

 向こうさんが密入出国させたに違いないんだよ」

 

 苦虫を噛み潰したどころではない表情で、滝はこう言い渡した。

 

「現時点で、赤井秀一、アンドレ・キャメル、ジョディ・スターリングの三名は発見次第拘束、可能な限り無傷、殴り倒すのは構わんが、赤井は武術修得者だ、最悪麻酔銃を使用して無力化してくれ。情けない限りだが、どうやら敵方の情報操作であの馬鹿どもは動いてる、江戸川コナンに関しては、おそらくあいつらは『力を借りる』と言う戯言を信じてる筈だ、保護して速やかに本部へ連れ戻してくれ。

 どう考えたって、こちらへの人質だ、馬鹿四人を捕まえろ!」

 

 怒り心頭な言葉に、慌ただしく動き出す本部を背に、滝はギリっと歯を鳴らし歩き出した。

 こう言っては何だが、自身の正義、いや自身が『正しい』と言う事に盲目的な自信を持つ、白人系アメリカ人にありがちな精神性を持つ元同僚の娘と、善良過ぎて上司の言葉を疑わないやっと新人を脱した男と、『正義』の二文字に酔っ払った挙句に大惨事を引き起こそうとしているシャーロキアン二人に、滝は胃がキリキリと痛むのを感じる。

 

「馬鹿野郎、何が『真実は一つ』だ。正義の反対にあるのは悪じゃねえ、誰かの正義なんだよ。フィクション以外に絶対悪なんてねえよ」

 

 どうしてもと、馴染みに泣き落されしぶしぶ着込む事になった戦闘服の、ホルスターに突っ込んだデザートイーグルとソードブレイカーのストッパーを確かめつつ、滝は吐き捨てる。

 

「犯罪が起きるのは、正義とか悪とか、そんなお題目の所為じゃねえんだ。自制心の弱い人間が、てめえのエゴを押さえられないから起きるんだ。

 お前らがやってる事も立派にエゴ塗れだ、クソガキども」

 

 そして本部が置かれている警察署の駐車場で一際異彩を放つ、黒塗りの一五〇〇ccオーバーのバイクに跨ると、猛然と走り去って行った。

 

**

 

 丁度その頃、東都郊外の別荘地にある、『ボス』の邸宅として建てられた一見和洋折衷、その実総コンクリート製の要塞である邸宅で、降谷零ことバーボンはジン、ウォッカと共にRUMに呼び出され、彼とボスが居る部屋へと向かっていた。

 『猫』の正体が、その施設もしくは組織の『裏切り者』を異次元に連れ去る特殊存在であるとバーボンが報告した時には、所謂『猫』達に付き纏われていた人間は殆ど消えており、それと入れ替わりに警官の襲撃が始まっていた。

 事態にいきり立ったジンが、八つ当たり宜しくバーボンに銃を向けたところに、RUMからの緊急招集が掛かったのだ。

 長年幹部であったベルモットの裏切りに、いらいらとした空気を隠さないジンと、それにおたおたしているウォッカの後ろに続きつつ、だがバーボン(ゼロ)は漂う空気に己の中の『三人』が神経を逆立てているのを感じた。

 

(どうかしたのか、三人とも)

『主人格(ゼロ)、ここ、変だ』

 

 思いっきり、警戒を表に出しているのは【安室透(スドリスティ)】だ。

 同調するのは公安警察としての人格である【降谷零(スーリヤ)】で、説明するのは【バーボン(ソーマ)】だ。

 

『ここ、現実の筈なのに、本丸に近い気配がするんですよ』

(え?)

『いえ、神域と言うより、松田に見せて貰った未来世界への小型転送門(ワープゲート)、あれが置いてあった小部屋の雰囲気ですね』

 

 それは、景光との仮祝言の後、「ここの所属になったから」と江戸彼岸こと松田陣平に案内された『本丸』母屋に設置された近未来丸出しの設備だった。

 ぱっと見、空港の金属探知機を内蔵したゲートそっくりなそれは、人一人が潜れる程度の小さなものだった。

 松田曰く、本来は本丸が歴史遡行軍の襲撃を受けたり、刀剣男士に反乱を起こされた場合――原因としては二つ、一つはブラック運営によって本霊との契約が失効した場合、もう一つは刀剣男士を敬い過ぎて増長させた場合――に、政府施設へ避難するためのシステムだとの事だが、この本丸では機能を限定させているのだと。因みに、実際の起動理由は圧倒的に刀剣男士の反乱だと言う。

 

「これ、本来は人間である『審神者』の緊急避難用なんだ、『神様』とその眷属である俺達は使えないかもしれない。ついでに言うと、これで向こうから勝手に『本丸(うち)』に入り込んで、諸伏の寝込みを襲おうとした自称『選ばれた名家の子女』が何人か居たんで、こっちが操作しないと動かないようにいじったんだ」

 

 そう言った松田の顔色はげっそりしていて、結構頻回にあったと知れた。

 そんな事を芋蔓式に思い出し、言われてみればと思う。

 機能していない筈なのに、何か普段生活している『現実』とも、仲間達と暮らす『奥』とも従属神である『刀剣男士』達の住まう武家屋敷とも違う、無機質さの陰にこちらを威圧しようとする政府……或いは、権力者の気配がじわじわと滲んでいるのを【バーボン】が物凄く嫌がっていたが。

 そして今、その威圧が増してくる空気の方向へと向かって歩いている事に、ペルソナ達が引き攣っている。そして。

 

「待っていたよ、バーボン。

 いや、警察庁警備局警備企画課所属、降谷零君?」

 

 男とも女ともつかない、生の声でRUMがそう言った瞬間、バーボンは後ろからの殺気に反射的に身を翻した。

 だが、その反対側から飛んだ銃型スタンガンによって崩れ落ちてしまった。

 

「っ」

「ああ、心配しなくて良いよ。殺す予定はないから。

 殺す予定はないって言っているだろう、ジン」

「がっ!?」

「兄貴!」

 

 ちかちかする目を無理やり開けば、青い光を纏った穢刀剣の打刀に殴り倒されるジンの姿があった。

 何時もの脊椎反射で自分に銃を向けたところを、突然湧いて出た存在に殴り倒された事で、事態が全く解らないのだろうジンは倒れた姿勢のまま動けずにいる。そのジンを、ウォッカが庇うように寄り添っている。

 そして、【安室透(スドリスティ)】が警告する。

 

『あの穢刀剣、おかしい!』

(え?)

『本来穢刀剣と言うのは赤いか緑か紫色の筈、でもあれ、青い!』

『いや、確か青いものも存在する。ここにいる筈はないが』

「『こいつ、まさか、検非違使?』確か第三勢力の筈」

 

 【降谷(スーリヤ)】がそう言うと、【バーボン(ソーマ)】が呻き、それにつけ足すようにバーボン(ゼロ)が呟く。それに向かって、RUMの笑いを含んだ声がした。

 

「ふうん? そこまで情報持ってるのかあ、流石バーボンと言いたいが、つまり九頭龍とうまく懇ろになったって訳だあ? 嬉しいねえ、計画通りだ」

「な⁉」

 

 驚きと警戒と、疑問とを込めて己を見るバーボンに向かって、RUMであろう男は爬虫類を思わせる笑みを浮かべた。

 動こうとしたバーボンの首に、するりと骨蛇のような穢短刀が巻き付き、咥えた刃を頬に押し当てて来る。

 

「私はね、この為に二〇年掛けて仕込みをしたんだよ。二〇〇年も昔に来て、死に掛けた金持ちに永遠の命って言う餌をちらつかせポンコツどもをあしらいながら組織を育てて来たんだ」

「二〇〇年? ……まさか、RUM自身が、歴史修正主義者?」

「外れ」

 

 バーボンの言葉に、RUMはべっと舌を出して見せた。

 その顔は心底愉快だと、今にも笑い転げそうに歪んでいた。

 

「ま、その辺はゆっくり話してあげよう、お前は功労者で、この先も丁重に生きていて貰わなきゃならないから。

 その代わりと言っては何だが、馬鹿な真似はしないでくれ。でなければこの四人を順次射殺し屋敷の外へ放り出さなければならなくなる」

 

 そう言ったRUMの合図で、検非違使らしい穢刀剣が引き出したのは、気絶しているらしい江戸川コナンと赤井秀一、本国へ強制送還された筈のジョディ・スターリング、アンドレ・キャメルだった。

 この場にいない――赤井はコナンと毛利一家の護衛として、作戦地点から離れた温泉地に行かされていたし、他二人が本国で再研修中である事は滝から聞かされていた――筈の人間の姿に、バーボン、いや降谷零は目を見開く。

 

「いやあ、まさかジェームズ・ブラックが更迭されるとは思わなかったが、却って動かし易くなったねえ。新任捜査官は曲者だが身内での評価が真っ二つで、こいつらは奴を悪く言ってる連中の派閥だったから、簡単に騙されてくれたよ。

 大体、幾ら変声器越しとは言え、謹慎中の上司に命令が出せる訳が無いって判らない辺り、本当にね。人事から謹慎再研修命じられた人間に、誰が極秘任務なんて命じるなんて思うんだろうねえ、いやはやどれだけ甘やかされていたか知らないが、本気で馬鹿だねえ」

 

 くすくす笑い転げつつ、RUMは手足を拘束し猿轡状態の赤井を蹴った。指でくるっと振り回しているのは、チョーカー型の変声器のようだ。

 一瞬同意しつつ、だが三人の軽率な行動の為に国民である少年が危険な事になっている現状に意識を引き締めようとした降谷へ、横っ面を張り倒すようにRUMは言葉を続ける。

 

「長かったよ。最初は二〇〇〇年代の諸伏家の人間を、問題なく回収する為に始めた殉職者回収だったんだけど、雑魚の介入で九頭龍を降ろす事になるとは思わなかった。

 お陰でより強い『龍の血』が手に入ると思ったんだが、私より先に勝手をした連中が居てねえ、お陰で人質に逃げられるわ、『葛の葉』に警戒されるわで良い事無くてねえ。だから、九頭龍が絶対逆らえない人間を用意する必要があったんだ。

 道ならぬ恋をして、諦めて、それが実ったとなれば如何に九頭龍(バケモノ)になり上がったと言えど、相手を守る為に大人しくなると思わないか?」

「⁉」

 

 RUMは、勝ち誇り饒舌に話し続ける。興奮している所為か、話はあちこちに飛び撒くっているが。

 

「もともと、諸伏景光が降谷零に懸想していたらしい節はあったんだ。お前の人生を知って、PTSDが収まった程度にな。

 だからこそ、時を遡った私は確実にお前達二人が潜入捜査官になるよう、警察の上層部に金をばら撒いて、そしてタイミングを計って諸伏景光を組織に売るよう持って行ったのさ。警察官も金次第って事だな、うん。

 九頭龍の末だと言う諸伏の家系の、その二二〇〇年代の人間の血ですら半病人を健康体にするんだ、真実九頭龍となった諸伏景光の血なら、私を神にする事が出来るだろう、ああ、九頭龍を従える神にだ!

 記録にあった幼児化、只のガセだと思ってたんだが、まさかお前と老いぼれを釣る為に引き込んだ宮野の研究の副産物だったとは思わなかったがね。お陰で、実験台にしたベルモットが良い感じに抉れてくれたっけ。ま、まさかこの小僧とその幼馴染にああまで入れ上げるとは思わなかったが、まあ結果オーライって奴?

 九頭龍は、日本国土全体をその背に背負うと言われているが、それはすなわち奴が中国大陸から続く霊脈の化身である事を指しているんだ、つまり、九頭龍を支配するって事は日本を支配するって事なんだよ。私があれの支配者になるのは当然だね!」

「なんだと」

「あれ? やっぱり知らなかった? あれの本体がのたうつ事になれば、日本全体に大災害が起きる事になる。大地震に火山の連鎖噴火、日本全体が海に沈むだろうな。

 ま、それは置いとくとして、奴自身も魅力的だ、お前に可愛がられて雌になった訳だしな、ぜひとも味合わせて貰わないと。ああ、勿論、暴れ出さないようにお前の目の前で、ね!」

「何を言っている?」

 

 眩暈にも似た怒りに奥歯を噛み締めつつ、聞き返す降谷の前で、男は楽しげにステップを踏む。

 

「だから、お前が居れば、九頭龍は私に逆らう事が出来ないって事さ。

 最初は、お前を殺して影武者をと思ったんだが、向こうさんに看破されるとややこしくなりそうだから止めたんだ。大口叩いて逃げ帰ったのもいたしねえ。

 寧ろ、こちらに潜入しているんだから、何時でも拘束出来ると思って自由にさせておく事にしたのさ。だが、組織が壊滅する事になったからね、そろそろ元の時代に帰ろうと思ってね。

 だから大人しくしていてくれないか、降谷零」

 

 にちゃりと、引き裂けるように口の端を引き上げ笑う、RUMとして組織に君臨していた男は両手を広げる。

 その背後に、ずらりと青く光を纏った穢刀剣が並ぶ。

 

「さあ、見ているんだろう九頭龍、諸伏景光!

 さっさと姿を見せる事だ、お前の番を未来に幽閉されたくないならな!」

「! 駄目だ、来るなヒロ!」

 

 降谷の叫びは、しかし空しく部屋の中に響いた。

 彼とRUMの間を押し開くように魔法陣が形成され、その中心に純白の九頭龍を織り込んだ狩衣と布面を付けた人影が現れる。

 そして、そのまま降谷を守るように、彼の周囲に六振りの刀剣が突き立ち、巻き付いていた短刀が砕けた。

 

「来たな、九頭龍」

 

 嗤う男の目の前で、九頭龍大神――染井吉野こと諸伏景光は、腰に携えた打刀の鯉口を切った。

 

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