※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

34 / 39
閉幕前の大どんでん返し

 本当に追い詰められていた。

 

 一年、幽閉状態でほぼ仮死に近い昏睡で過ごしていた自分は殆ど動けず、自分を慕ってくれる見知らぬ九人もぼろぼろ、そして久方ぶりに会った同期三人は。

 萩原研二は、下手糞が撃った銃の跳弾で割れたガラス片が右目に突き刺さり、シャツの切れ端で押さえている状態だ。

 松田陣平は、閉鎖する隔壁を止める為に右手をつっかえ棒代わりにさせ、辛うじて作った隙間からコントロールパネルを銃撃で壊させた。その代わり、最後まで粘った松田の右手は真っ赤に染まり、まともに指が動く様子はなかった。

 そして今、隔壁で追い立てられるように押し込まれた階段で、子供の姿の二人――蛍丸と、信濃藤四郎と名乗った――を庇った伊達航が、左膝を叩き付け動けなくなった。粉砕の上開放骨折の所為で、折れた骨が皮膚と大きな血管を突き破り、あっと言う間に血の海が出来上がろうとしている。

 萩原も、松田も、出血過多でもう限界が近く、刀剣の付喪神だという青年達も元々傷だらけで、肩で息をしている状態だ。手にした本体である刃もくすみ、刃毀れも凄い事になっている。

 

   どうしよう。

 

 自分一人なら、あの連中の繰り言に耳を塞ぎ、眠り続ければ良かった。だが、それを良しとしなかったあの連中は、同期の三人をここに連れてきたのだ。

 この、二〇〇年も未来だと言う、得体の知れない場所に。

 自分を、あの連中の思い通りに扱う為に。

 このままでは、付喪神達も、仲間達も死んでしまう。

 

   『例え、今は……』

 

 不意に、脳裏に浮かんだのは潜入中の幼馴染の姿だった。

 誰よりも真面目で、努力家で、だからこそ自分の職分に忠実で、人目の無い……そして自分の目の前でだけ歯を食いしばって現状の理不尽に憤っていた、大切な相棒で、幼馴染で、――最愛の、人。

 出会って然程経たないうちに彼に好意を抱いて、それが単なる友情でも親愛でも無い事に気付いたのは成人して以降だったけど。

 『陸奥守』と名乗った青年の、反りの薄い刀を拾い上げる。

 現状打破の方法は判っている。でも、それを行えば人間から明確に一歩踏み出してしまう。

 零《ぜろ》と、確実に離れた場所へ行く事になる。……それでも、巻き込んでしまった彼らを無為に死なせる事は出来ないと思ったから。

 

「汝らに問う。

 吾が眷属となり、吾と共に生きるか否や」

 

 問い掛けに、否は無かった。

 仲間達は、一瞬意味が判らないと言う顔になったが、問いも拒否も見せなかった。

 だから。

 

 諸伏景光は己が左腕に刃を立て、思い切りよく斜めに切り裂くと、そこから溢れた血潮を三人の男と、九柱の付喪神へと振り掛けた。

 翡翠の輝きと共に飛び散った血液は、問答無用で彼らを作り替え。

 そして政府施設の一角に九頭龍が捕らわれている事を、所謂霊能力者や神職、術者達に大々的に喧伝する事になったのだ。

 

**

 

 移動中の滝和也に、本部から通信が入って来たのは、元ブラック班の面子と探偵を標榜する問題児が起こした問題行動が判って三〇分後。

 指揮官代行の風見裕也からの、悲鳴に似た報告だった。

 

「すまん、もう一度言ってくれ」

『降谷さんのGPSの反応が消えました! おそらく屋敷内にいると思われますが、無線その他一切反応しません』

 

 少し考え、愛車(バイク)を走らせつつ滝は言葉を紡ぐ。道を塞ごうとするノーネームの下っ端を蹴散らしつつ、頭の中の見取り図のまま走らせる。

 拠点の見取り図は、Noc達の記憶と司法取引を取り付けたクリス・ヴィンヤード事、ベルモットから聞き取りして書き起こしたものだ。

 

「寸前までの会話では何と言ってたんだ?」

『幹部のRUMに呼ばれて、ボスとRUMの居る部屋に向かっていたようです』

「……ふん、ボスの位置を隠すつもりで無線妨害やら色々やっていたか。取り敢えず俺はこのまま突貫する、悪いが作戦行動は維持の方向で頼む」

『了解です。……降谷さんをお願いします』

「おうよ!」

 

 通信を切ってスロットルを開く。

 一五〇〇ccオーバーのモンスターマシンが、爆音とともに緋毛氈の上を突き進む。

 だが、あるものに気付いた滝は愛車を急停止させた。

 

**

 

 掃討戦の作戦本部で混乱が起きている丁度その時、代紋本丸側でも一騒動が起きていた。

 当然である、指揮官である染井吉野、九頭龍大神である諸伏景光が持ち場から飛び出してしまったのだから。

 現場指揮に関しては、吉野専属である管狐《こんのすけ》の竜胆が引き継いでいる為大きな支障は出ていないが、主君、主神である九頭龍の不在に、眷属と化して日の浅いものが動揺を見せていた。

 そんな面子を叱責するのは、最古参達である。部隊長である面子が、己の部隊の新人を落ち着かせる。

 

「落ち着いてよ、主は大丈夫!」

「鳴狐と切国、何より陸奥守が付いてるんだ、滅多な事はない」

「それより、婿殿だ。彼が無事じゃなかったら、それこそ主は」

 

 最愛の妻を戦の為に死なせた、前の主を覚えている歌仙兼定が懸念を口にすれば、それこそ大丈夫と小松乙女こと萩原研二が笑って答える。

 

「あはは、平気平気。この期に及んで吉野になんかあったら、きっと彼奴《あいつ》爆発するから」

『馬鹿野郎、俺達でも処理出来ないだろう、核兵器レベルの危険物の話をすんな! 噂すればなんとやらだぞ!』

『だが、実際問題として、あいつら互いの事になると色々面倒……』

 

 大島こと伊達航の言葉が不意に途切れたのに、小松と江戸彼岸こと松田陣平が驚くと、暫くして途惑い交じりの声が返る。

 

『すまん、小松、彼岸、今から言う地点へ向かってくれ』

「え?」

『おい、俺は』

『滝さんの依頼だ、大急ぎで向かってくれ!』

 

 自分達が別行動中だと知っている筈の人物の名前に驚きつつ、取り敢えず小松乙女は自身の護衛でもある白刃隊に移動する事を告げた。

 数分後、目にするものに盛大にずっこける事になるとも思わず。

 

 

 染井吉野こと、諸伏景光と共に現れた刀剣男士は山姥切国広、鳴狐、秋田藤四郎、物吉貞宗、ソハヤノツルキ、獅子王の六振り。

 鳴狐と秋田がそのまま降谷零を守って後ろに下がり、四振りが景光と共に穢刀剣へと斬り掛かる。

 飛び掛かる短刀を撫でるように斬り払った鳴狐と、同じく突っ込んで来た脇差の喉を掻き斬った秋田に、零は慌てて指示を飛ばす。

 

「俺の事は良い、あそこの四人を!」

「婿殿!?」

「え?」

「コナン君と赤井とFBIの二人が居るんだ!」

「⁉」『なんと⁉ 江戸川コナンは温泉地に避難していたのでは⁉』

「奴(RUM)に騙されて、命令違反したFBIどもと一緒に乗り込んで来たらしい、早く!」

 

 零の言葉に、目を真ん丸に見開く秋田に守りを任せて鳴狐が人質四人へと走り、それに合わせてソハヤも動く。

 他の穢刀剣を相手取っていた刀剣男士のうち、声を張り上げたのは獅子王だ。

 

「主、こいつら本物の検非違使じゃない、演習に使われてる検非違使もどきだ!」

「やはり、彼らにしては気配が薄いと思ったら」

 

 景光は左手に刀剣を、右手にクラシカルな拳銃を握り、襲い掛かる大太刀をいなして、その陰から襲い掛かった脇差の眉間に銃弾を叩き込む。

 その背中を守りつつ、山姥切国広と物吉貞宗の二刀開眼が穢槍を切り捨てる。室内故に刀装が展開出来ないので弓矢や銃、投石などが使えない為、双方余分な手傷を負わずに済んでいる。

 あっと言う間に三〇体、通常編成で五部隊分が倒され、数で圧倒している筈なのに戦闘力で互角に持ち込む九頭龍とその配下に、上等な英国製スーツに身を包んだ傍目には三〇代前後くらいの細身の男《RUM》は、大抵の人間が『美しい』と言う白面を歪め大きく舌打ちする。

 

「ちぃっ、九頭龍の従属神って言うバフが付いている状態じゃあ、陰陽寮のコピー品じゃあ追いつかないか。まあいい、ほら、江戸川コナンを連れてこい」

 

 鳴狐らが手を伸ばす前に、小さな身体が苦無に浚われ持ち去られる。

 そうやって運ばれた子供の前髪を掴んで顔を上げさせつつ、にたりと笑いRUMは零と景光へと言い放つ。よほど強い薬で眠らされたのか、かなり手荒に髪を掴まれているのにコナンの目が覚める様子はない。

 

「ほうら、この子供の命が惜しければ、大人しくこちらに投降する事だ。

 なあに、我々が立ち去った後、ここは爆破する。公安警察官降谷零は、ボスとRUM、ジンと言った組織幹部と共に爆死、これによって『黒の組織』は壊滅するから、歴史改変は生じない。そちらの九頭龍に至っては、四年も前に死んでいるんだ、何の問題もないだろう?」

 

 RUMの言葉に、大きく途惑った顔になったのは景光だ。

 

「……どういうつもりだ?」

「ヒロ、こいつの狙いはお前なんだ! 九頭龍になったお前を捕まえる為に、二百年後から来たって言っている!」

 

 零の言葉に、今の今まで黙っていた山姥切国広が口を開く。ずっと考えていたものにやっと確信を得たとばかりに吐き出す。

 

「貴様、時空管理局管理部次長の『空須磨』だな? 彼奴の祖先かと思ったが、本人とはな」

「空須磨って、上の人間が悉く失脚したから次長になった、あの棚ぼた野郎?!」

 

 素だから厄介な、ソハヤノツルキの容赦のない一言にRUMの頬がひくりと吊った。

 それを見て、獅子王も口を開く。

 

「ああ、あの、学校は親の金で下駄ばき、入庁してからもまともに業務時間に職場にいた事が無いけど、上役が汚職と不祥事とで悉く失脚した所為で繰り上げられた? 人材がいないってのがどんだけ怖いか、証明している人物だよな」

「病弱だったと聞きましたが、……貴方、禄でも無い方法で今がありますね」

 

 そう言ったのは、物吉だ。

 見目麗しい青年達の非難に、RUM――空須磨と呼ばれた男はにぃっと笑う。

 

「そうだな、俺にとっては二五年前、俺は十歳の時に発症した遺伝病のお陰で、二〇歳まで生きられないって言われていた。年食ってからの一粒種だったお陰で、両親は半狂乱で治療法を探していたよ。

 そんな矢先の事だった。お袋が、『龍の血』が無限の可能性を秘めた万能薬だって突き止めてね、それで全国の『龍』を祭る神社に関わる家系を探しまくったのさ。

 尤も大半が本家筋の家系が絶えて、傍流が継いでいる状態でねえ、その中で唯一、本家筋が二二〇〇年代まで残っていたのが、諸伏の家だったのさ」

「……え?」

 

 男の口から出たのは、世にもおぞましい話だった。

 

「諸伏の人間がちょうどドライブ中だったから、ちょっとトラックで車を潰してね。子供が二人いたから小さい方を連れて帰って、その血を絞って飲んだら、この通りさ。

 あ、勿体無かったからその肉も調理して全部食べたよ。日持ちするように燻製にして、毎日食べたよ、美味かったなあ。

 その後、何人か試しに龍の末だって事になってる子供の肉を食べてみたけど、あのチビ程美味いのはいなかったな、やっぱり血が薄いと味も薄いみたいでね!」

 

 ケタケタと嗤う男に、零と景光の顔が蒼褪める。

 

「っ、誘拐に殺人、遺体損壊、それも子供だって⁉ 貴様、それが人間のする事か!」

「二二〇〇年代の諸伏って、兄さんの末裔を殺して喰ったのか、貴様!」

「そうだよ? 名家の跡取りの一人息子の為に二人いた子供の一人を頂いたんだけど、問題あるのか?」

 

 男の言葉は、「腹が空いていたから冷蔵庫の菓子を食べた」とばかりに罪悪感の欠片もなく、二人が何を問題としているのか理解出来てないし、するつもりもないようだった。

 衝撃の言葉に、刀剣男士から九頭龍の従属神へとなり上がった付喪神達も絶句していた。

 

「なんと……」

「っ、『国の役人が、何と言う悍(おぞ)ましい!』」

「本気で言ってるのか、こいつ」

「あなたは鬼ですか!」

 

 山姥切国広が凍り付き、絶句する鳴狐の肩の上でお供の狐が毛を逆立て、坂ノ上の宝刀が蒼褪め、徳川家康の守り刀が嫌悪も露わに吐き捨てる。

 仲間の言葉に、ぶんっと己自身を振るって獅子王が唸る。

 

「鬼に決まってるじゃないか。平安京にもいたよ、妬(ねた)み、嫉(そね)みその他もろもろで人間を踏み外した、碌で無しがな!」

「何だと? 俺は神に成るんだぞ? お前達の上に君臨する、偉大な神にな!」

「子供を喰らうなんて、神は神でも邪神ですよ! 僕は嫌です!」

 

 男の言葉に、聴きたくないとばかりに秋田藤四郎が叫ぶ。

 ブラック本丸で、生贄として放り込まれた幼子を庇い続け、その子が死んだ為に一度堕ち掛けた過去がある秋田は、だからこそ空須磨に対して猛烈な勢いで否を叫んだ。

 RUMであり空須磨と呼ばれている男の方は、つまらない事を聞いたとばかりに肩を竦める。

 

「失礼だな、まるで人を無差別食人鬼のように。

 ああ、こいつを食べる事を危惧してる訳? 食べる訳無いじゃないか、こんな薬漬けの俗世に染まり切ったなんちゃって小学生。

 確かに見目は良いよ、この時代の大女優の息子だし、頭も良い、マカデミー賞作家の息子だからな。

 だが、こんな大嘘吐きのひねくれ者、食べる訳無いだろう? 他人を騙してるくせに、他人に謀れる事は大っ嫌い、自分を探る人間は悪人として陥れようとするくせに、自分が他人の秘密を暴くのは『探偵』だから当然?

 こんなの、食べたら腹壊しちゃうよ。やっぱり食べるなら、七歳未満の神職の血筋の子供に限るさ!」

 

 男の嬉々とした言葉に、九頭龍とその眷属達はげっそりとした顔になる。

 男の、江戸川コナン(くどうしんいち)への評価はほぼ彼らと一緒だが、それと最後の一言を並べられたくはなかった。

 零の方は、男の最後の言葉に眉を吊り上げた。

 つまり、この男が殺して食べた未来の諸伏家の子供は、自分と出会った頃の景光より更に幼かったと言う事だ。

 

「馬鹿な事を言うな、殺人に遺体損壊、その時点で貴様はただの犯罪者だ、神様なぞになる前に、刑務所にぶち込んでやる。

 未来世界の何だのの前に、この犯罪組織のNo.2として犯罪に手を染めていたんだ、逃げられると思うな!」

 

 そう言うと、きっと眉を吊り上げ零は床に転がされ、検非違使もどきに刀を突き付けられたままのFBIに向かって怒鳴る。

 

「いい加減、起きてお仲間を助けたらどうです、赤井!」

 

 あっと思った周囲の視線の先で、拘束のロープを引きちぎり、流れるような動きで自分と仲間に刃物を向けた異形を薙ぎ払った男は、何事も無かったが如く立ち上がった。

 その涼しげな表情の男に、零はバーボンの顔で大仰に溜息を吐いて見せる。

 

「全く、偽命令に踊らされて、日本国民を危険に晒すとはいい度胸ですね、貴方。

 貴方方の尻拭いをする他の方々の苦労なんて、考えた事無いんでしょうけど、終わったら処分を受けにとっとと帰ってくださいね」

「耳が痛いな」

 

 しれっと答える年上の男に、今度は公安警察《ふるやれい》の顔で噛み付く。

 

「全く、本物かどうかの確認もせず、偽上司の命令を鵜呑みにして捕まるとか、そんな体たらくで貴様、よくもまあ『東海岸の百舌(Shrike of the east coast)』を馬鹿にしたな?

 組織でも幹部達が手を焼いていた事を、貴様が潜入していた頃でも知られていただろうに。それとも、噂に尾鰭が着いたとでも思っていたのか? 現実問題として、貴様達がのらくらと進めていた時より、捜査は格段に進んで今があるんだがな!」

「……」

「ゼロ、それどころじゃないってば」

 

 慌てて幼馴染兼配偶者を止める狩衣布面姿の景光に、赤井は目を丸くする。

 

「その声、やっぱりスコッチ?」

「無駄話は終わりかな? どちらにしろ小僧は俺の手元にいるんだが、良いのか? なんちゃってでも肉体的には小学生だ、簡単に首を握り潰せるんだがな?」

 

 状況に飽きた様子で、空須磨は肩を竦める。ふと、ある事に気付いた様子で、ポケットから何かのリモコンを取り出すと、にんまりと嗤ってこう言い放つ。

 

「あ、もしかして応援が来るのを待っているとか?

 残念だが、この部屋の区画はGPSなど一切を遮断するようにしてあるんだ、バーボンについてる通信機類は一切機能して無いよ。それにそちら側には、たっぷり爆発物を仕込んである。一応タイマーも仕掛けてあるが、こいつで何時でも爆破出来るよ。

 つまり、安全に連れ合いを脱出させたいなら、俺と一緒にゲートを抜けるしかないって事だよ、九頭龍。なあんか、能力持ってるみたいだけど、このコンクリート製のアジトを地下から吹っ飛ぶように仕込んだ大量の爆薬の破壊力から、人間が生き残れるかな?」

「な、」

「ヒロ、RUMの言葉に耳を貸す必要は」

「いや、くれてやれば良いでしょ、血液。取り敢えずコップ一杯ぐらい飲めば、人間卒業出来るでしょうよ」

 

 突然の第三者の声に、思わずRUMも含めて全員が周囲を見回した。

 ひらりと天井から降りてきた人影は、一見すると何の変哲もないスーツ姿のニ、三〇代の青年に見えた。驚き声を上げたのは、九頭龍こと景光と零だ。

 

「「! 木場さん!?」」

「いやもう、色々面倒でしたが、あちらのあれこれは未来の葛の葉(しそん)にまるっと投げて来たんで」

 

 さばさばとそう言いつつ、拘束しようと襲い掛かった検非違使もどきを指を突き付けるだけで燃やし尽くす一見若者、その実アラフィフの内閣調査室のお偉いを、これは苦虫を噛んだ顔で空須磨は睨む。

 

「ちぃっ、二〇〇〇年代の『葛の葉』の当主だと⁉ 陰陽寮の奴らが、貴様を抑え込みに行った筈だ!」

「ああ、あの見てくれは仰々しいけど、扱える術法がお粗末な愉快な人達、あなたの差し金でしたか。全員、術返しからの術封じ掛けて、皆さん帰って頂きましたが何か?

 そう言えば、聴き苦しく喚くばかりで、術も使えないのに踏ん反り返ってるのが居たからちょっとそいつの先祖らしいお家に電話して、進行中の見合い話潰したらその人消えちゃいましてね、それ見たら皆さん大人しくなられましたっけ」

「……え?」

「「「「「「「「え? ええぇ!」」」」」」」」

 

 さらりとした言葉に空須磨と、話の内容が見えないらしい赤井以外の零と景光、そして刀剣達は青褪める。

 

「そ、それって、歴史改変?」

「木場さん、それは」

「ご冗談を。何か勘違いされてるようですが、未来の人間が結末知ってて、変えようとするのを改変って言うんですよ。

 私は元々、あの家で進められてた見合いが家名目当ての成金の次男坊と、持参金目当ての没落名家の穀潰し家長の利害の結果だって知ってましたし、あそこのお嬢さんには相談されてたんですよ。

 良い機会だから、バカ親殴ってやるから断って、恋人とくっつけって言ってあげたら消えたんで、寧ろ歴史修正ですよ。

 私、デストピアな未来なんて御免ですからね」

 

 ひらりと手を振って、そう言った現代日本の霊的守護組織を纏める総大将はにやりと笑った。その顔は、空須磨が爬虫類なら、こちらは般若の如しである。

 真っ直ぐ景光の横にくると、木場恭介は景光が握る打刀であっさりと彼の腕に傷を作って、そこから溢れた血液を手近なテーブルにあったショットグラスに取り、その傷にとっとと治癒呪文を掛けてしまう。

 あまりに流れるような行動に、誰も口を挟めないままトロリと普通の血液には有り得ない、翡翠色に光を弾く血液を振って見せつつ木場は告げる。

 

「結構な夢を観てらしたようですが、ここいらで現実を見て頂きましょう。

 あんたみたいな俗人、それもやらかした事を判ってない輩が九頭龍大神の血を飲むと言う事がどう言う事か」

「俗人だと!? 名家の人間で、政府高官の俺に向かってよくも言ったな!」

 

 良い様に煽られた事に周囲が呆れている事にも気付かず、男はショットグラスを受け取り血液をぐっと飲み干す。

 喉が上下し嚥下したその瞬間から、男の身体に変化が起きた。

 スーツが似合う細身の体が、見る間に膨れ上がる。所謂ボディビルダーのように筋肉がパンアップし、身長も一回り大きくなる。

 

「アハハハ、凄い! これが龍の……ガぁっ⁉」

 

 身体は膨らみ続け、肉体の膨張に付いて来れなかった皮膚が裂け、そこからどす黒い鱗が盛り上がる。

 見る間に上等なスーツが引き裂け、関節どころか人体かどうかも判らない、黒い鱗に包まれた蛇身へと変わっていく。

 

「こ、これは!?」

「蛇に変わっていく?」

 

 目の当たりにした明確な『祟り』に、従属神も人間達も動けない中、変わっていく激痛の中空須磨は景光へと手を伸ばす。

 人型を失うにつれて、周囲にいた検非違使もどきが形を失い、形代へと姿を戻していく。空須磨の霊力が変質している証左であった。

 その事実に、怒りと恐怖と共に空須磨は、自分を茫然と見つめる『神』である男へ唾を飛ばしつつ喚く。

 

「き、貴様、俺に何を」

「え、あ、」

「ヒロに当たるのは筋違いだ! お前のしでかした事から考えれば当然起き得た事だろう!」

 

 目前で起きている事に途惑う景光を己の身体で庇いつつ、RUMだった男へ零が怒鳴り返す。

 そして、苦無が消えた為に、床に落とされるところだったコナンの小さな身体を脇に抱えた木場が肩を竦めつつ告げた事に、今度こそ男達は凍り付く。

 

「全くですよ。そもそも、この方はあんたに嫌悪感は抱いてても呪うほどは、未だ怒ってらっしゃいませんよ。

 あんたを呪い祟ってるのは、あんたに弟を食われた子供と、先代九頭龍大神ですよ」

「何、だ、と?」

 

 木場の方も、調べた結果を聞いて唖然となったのだ。そして、万全を期して今日まで待っただろう、前代の執念にも。

 

「子孫の尻叩いて調べてみれば、あんたの親は子供を攫うのに、戸隠山からの帰り道に事を起こしたでしょ。あの方の勢力範囲になる、山腹で、だ。

 人目が少ないところでって事だったんだろうけど、結果としてその一部始終を先代は観てらした訳だ。

 そして、その事故で両親が死んで、弟も誘拐された少年は、警察官になって事故を調べて、自力であんたの一族まで辿り着いたものの、良くある現世の権力のお陰であんた達に手錠を掛けられない事を、九頭龍に嘆いたんですよ。

 先代は己の末裔、しかも神の子と言われる七つ未満の子供の血を絞り飲み遺体を食ったあんたの事に、怒髪天を突かれてますよ今もね」

 

 人間らしさを失った、針のような瞳孔に変わった目を見開く男に、盛大に鼻を鳴らして木場はこう告げた。

 

「せめて、血を搾り取って死なせた子供を手厚く弔っておけば、こんな事にはならなかったけど、あんたよりにもよって、当代様に向かって食った事話したでしょう? しかも、そのまま同じような罪を重ねた事を自白したのも、当代様越しに聞いていたようですからねえ?

 ……ああ、あんたに血を飲ませたのは、誰でもない、伊勢神宮(おいせさま)からの指示ですよ。

 かつて『三千坊三山』に数えられた、現代でも開闢二〇〇〇年を誇る戸隠山の地主神への侮辱に、判り易い神罰を与えよとの事でね。あんたの子供殺しからの食人行為に、女神(おんながみ)の皆様全体から、苦しんで死ねと思われてますよ。

 全く、刀剣に付焼刃的に神格与えた付喪神如きの祟りにも手を焼くようなお粗末な体制の癖に、何処まで【日本の神様】を馬鹿にしてんです、あんた」

「ぐ、おおおオオォおお! 馬鹿にシヤがってエエ絵えェ江!」

 

 鱗に包まれ、細かい作業が難しくなった手で先程のリモコンを持ち出した空須磨が、泣き喚きつつスイッチを押す。

 一瞬身を固くした一同は、だが何ら音もなく、振動も感じない事に各々顔を見合わせた。

 

「あれ?」

「不発?」

「ナ、に?」

「……ブラフか?」

 

 目に見えて引き攣る空須磨に、これは本気で不思議そうに赤井秀一が問う。

 尤も、その答えは爆音と共に蹴り開けられた扉から滑り込んだ存在が示した。

 ドガンっと、扉が音を立てて開いたと思えば、リアシートに景光と同じ狩衣布面姿の青年二人を乗せた大型のバイクが飛び込んで来て、床でのたうつ空須磨を轢いたのだ。

 勿論、バイクを操るのはFBI捜査官、滝和也だ。

 

「た、建物の中で、それもこんな大排気量の大型車でトライアルやったよこの人!」

「降谷の車並みに怖かった、マジかこの人!」

 

 リアシートから降りて、思わずごめん寝の体勢になっているのは小松乙女で、所謂orzの体勢になっているのは江戸彼岸だ。

 バイクを追って来たらしい、二人の護衛役の従属神(とうけんだんし)達がゼイゼイ言いつつ姿を見せるに至り、零と景光は顔を見合わせ、何となく事態を察した。

 

「滝さん、もしかして爆発物の撤去やったんですか!」

「小松、彼岸、もしかして」

「おうよ、素人工作っぽい簡単なものが殆どだったけど、稀に変に手の込んだのが混じってたから、プロに手伝って貰ったんだ」

「よく言うぜ、あんた三〇〇近い爆弾の半数、一人で解体してたじゃねえか」

「それも、経験者だってめんどくさがる様なのガンガン解体しといて! プロとしての俺のプライドボロボロよ!?」

 

 へらっと答えた滝に、心底いやそうに彼岸が、本気で泣きつつ小松が噛み付く。それを笑っていなす滝は、ふっと遠い目になった。

 

「いや、昔よく見たタイプだったからばらせただけだ。光学センサーとか最近一応習ったけど、流石にアラフィフには辛いぞ? ……あいつら、油断するとすぐ住宅地とかにしれっと爆弾仕込みやがったからなあ」

 

 話の内容を茫然と聞いている赤井を横目に、更に口を開こうとした零を突然飛びつくように景光が自身の身体の陰へと庇った。

 

  ガウンッ! ガウンッ! ガウンッ!

 

 突然の銃声と共に、景光の蟀谷、右肩、背中で銃弾が『跳ねた』。

 狩衣に穴が開き、紐が切れて布面が落ち、景光の額に真珠にも翡翠にも似た輝きを纏った鱗が現れ消えるのを、周囲に見せた。

 

「な⁉」

「主!」

「ヒロ、大丈夫か!」

 

 わっと周囲が驚く中、地の底から這いずるような声がした。

 

「そうか、てめえもバケモノになって帰って来たのか、スコッチぃ」

「……ジン」

 

 今の今まで、大人しくしていた――いや、何かを抱き抱えて目を血走らせている幹部の姿に、零は今の今までこの男の事を失念していた己に舌打ちした。

 景光の方は、ジンが抱き抱えているものがすっかりミイラ化した男性の遺体であると観て取り、目を見開いた。

 

「それ、……ボス、か」

 

 景光の声に、零と赤井が目を見開き、黒尽くめの男が抱えるものを凝視する。

 衣服で何とか形を保っている遺体を抱き締め、ジンは狂気に駆られた目で銃を向ける。

 

「ここ数年、お声を聞かないと思ったら、こんな事になっているなんて。それもこれも、RUMとスコッチ、てめえらの所為だ!」

 

 どうやら、RUMこと空須磨とこちらが対峙しているうちにボスを連れて脱出しようとして、ミイラ化している事を目の当たりにし――所謂SAN値(しょうきど)が抉れて景光(スコッチ)とRUMが全ての元凶だと思い込んだらしい。

 が、狂気のまま弾倉が空になるまでスコッチ――景光へと銃をぶっ放そうとしたジンの首の後ろに手刀を落とし、ウォッカがそのまま抱き抱えた。

 

「ウォッカ、貴方」

「悪いが、俺達はこのままずらからせて貰う。

 今の兄貴じゃ、死ぬまで精神病院に押し込められそうだし、俺も、人様に見せられる身体じゃあないんでね。……俺ほどじゃあねえが、お前も因果な身体になっちまってるようだしな、スコッチ」

「え? それって」

「……お前さん、まさか」

 

 ウォッカの言葉に、絞り出すように声を掛けたのは滝だった。それに向かって、ウォッカはほろ苦く笑う。

 

「一度死んで、もう一度死んだと思ったら、ゴミ溜めみたいなところにいて。そこから這い出して、兄貴に拾われたんだ、俺ぁよ……、後ろだ、スコッチ!」

 

 その声に反応して振り返った時、既に真っ黒な大蛇は景光に絡み付き、そして。

 

「伏せろ!」

 

 滝の声が掛かった時には、視界は閃光に焼かれ、その他の感覚も爆音に圧し潰されてしまった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。