※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

35 / 39
戦い済んで日が暮れて

 作戦本部の大画面に、爆発で屋根に空いた大穴から大量の煙が吐き出されるのが映し出される。……一瞬、穴から何かか飛び出したが、一瞬過ぎて見えた人間は本部にはいなかったが。

 風見裕也を始めとする公安の『降谷班』、同じく米国大使館FBI分室から詰めている捜査官達が蒼褪める。

 状況を確認するべく集まっていたキールこと本堂瑛海を始めとするNoc達も、位置的にボスの居室だろう箇所の爆発に顔が強張るのを隠せない。

 あそこに、ボスとRUMを把握するべく潜り続けているバーボンこと日本警察のNocである降谷零――今回初めて身分と本名を知った――がいる筈なのだ。

 未だに無線妨害が解けず、そこに居る筈の彼と彼の脱出を支援する為裏手から突入した筈の滝和也の現状が、こちらに判らないままなのだ。

 だが、この場に女性の落ち着いた声が響く。

 大使館分室責任者である、女性捜査官の声だった。

 

「落ち着きなさい、先に敵の無線封鎖の解除を進めて、それから負傷者の有無の確認!

 警官隊には細心の注意の元進むよう伝えて、滝からある程度の設置爆弾の解除は伝えられているけど、他にも何か仕掛けられている恐れがあるわ、改めて気を引き締めなさい!」

 

 彼女の声に気を取り直した捜査員達が、慌てて自身の仕事に戻る。

 

「あ、ありがとうございます、ケイ分室長」

 

 指示を飛ばした女性捜査官に、風見は頭を下げる。

 若い頃には、潜入捜査官として身体を張った時期もあったヨーコ・ケイ捜査官は、一回りは年下の日本公安警察官に微笑んで見せる。

 

「さ、情報を集めましょう、こちらが動揺していたら、前線が動けなくなってしまうわ」

 

 彼女の声に、本部の人間達は落ち着きを取り戻し、改めて情報収集を開始する。

 だが、異常に多い黒煙に何人かの人間が眉を顰め始めた矢先に、その黒煙に触れた警官隊の中から負傷者発生の連絡が飛んできた。

 止めは、封鎖区域から出て来たらしい滝和也捜査官からの連絡だった。

 

『こちら滝、すまん、向こうさんのNo.2らしい奴が逃げやがった! 煙に見えてるのの半分は、奴さんが仕込んでた爆弾のもの、もう半分は化学物質だと思われる、耐化学装備の無い奴を近付けるな!』

「た、滝捜査官、降谷さんは!?」

『……すまん、爆発のどさくさではぐれちまった。だが、無事なのは確かだ、あいつが無線可能域に出るのを待つか、封鎖解除に努めてくれ! 俺は、取り敢えずとっ捕まえた三馬鹿のうちの馬鹿二人を引きずり出す!』

「こっちからも回収班を回すわ、滝、もう一人の馬鹿とMr.フルヤをお願い!」

『判ってる。後、敵さんの親玉は死んでた。世間的に死んだ事にして暗躍してたらしいが、どうやら何年か前に真実亡くなってからは、No.2が親玉の名前で組織を回してたらしい。ジンとウォッカの二人も知らなかった様子で、あいつらは親玉の遺体を抱えて逃走中だ』

「……そう。判ったわ。警官隊に幹線道路の封鎖を指示しておくわ」

『後、江戸川コナンも無事だ。取り敢えず先に脱出させてる、回収頼む』

 

 通信が切れると同時に、作戦本部の人員も動き出す。

 不安は無い訳ではないが、それでももう少しだと言う気持ちが、彼らに拍車を与えた。

 

**

 

 滝和也が通信を切るのを、赤井秀一は複雑な面差しで見る。

 

「嘘を吐いて良いのか?」

「あん?」

 

 振り返った滝に、赤井は向こうの方で煙が燻ぶる扉を見ながら、ぼそりと言う感じで言葉を続ける。

 ウォッカが叫んだその瞬後、鼓膜を突き破らんばかりの音の爆発と共に、天井部から瓦礫と閃光が降り注いだのだ。

 気が付けば、何時の間にかバイクの後部席に積み上げられていたジョディ・スターリングとアンドレ・キャメルと共に、滝に俵抱きにされてバイクで部屋の外に引きずり出されていた赤井が居る。

 二人はまだ意識が戻っていない様子で、まだ大型バイクに詰まれたままだが。

 

「バーボ……ふるや君の事だ」

「俺、何か嘘言ったか?」

 

 心底不思議そうな滝に、言葉に詰まる。

 

「あの、爆発で、彼が無事だと」

「咄嗟にあいつを掴んで、後ろに下がった奴が居たのが見えたから、瓦礫で潰されちゃいないだろうよ。それに、あの時瓦礫がやばかったのは俺らが立ってた位置だ。でなきゃ俺もお前担いで逃げるものか」

「助けたのか、俺を」

「悪いか?」

 

 けろりと聞き返され、赤井は本気で言葉を探さねばならなくなった。

 正直、これまでの経緯からして、赤井からすれば滝和也と言う男は、自分や同僚二人を見捨てるだろうと思っていたのだ。

 だが、滝の言葉は赤井秀一の予想の斜め上を行った。

 

「阿保か。未熟者放置して死なせてどうするよ、殉職者のカウント稼いで何か良い事でもあるのか? 第一お前らは服務規程違反に出頭命令不履行、上官命令無視の上に未成年者拉致の役満だぞ? この二人に至っちゃ、出国禁止を偽造旅券でぶっちした大犯罪だぞ。

 FBI本部じゃ、人事の連中がお前ら三人を吊し上げる準備してるんだ、ここで死なせたら、外聞の為にお前ら作戦参加中の殉職者にカウントされちまう。そんな事になったら、俺が人事に吊るされらあ」

「な、」

「お前らには、お前らがやらかした事のツケを払って貰わなきゃならねえ。その為には、ここで名誉の殉職なんぞされちゃ困るんだよ。馬鹿のやらかし得くらい、腹の立つ事があるかよ」

 

 煙草を出そうとして、完全武装であった為に身に付けていない事を思い出し、滝は右手を頭にやった。

 

「お前らは、どうせ自分達の上司はジェームズ・ブラックだって言うんだろうが、本国のFBI本部に出頭した時点でブラック班は解体、その時点でお前らの上司は国家保安部次官補だ。その中で再研修を受けて通ったから、お前だけ日本に行く許可が下りた事が何で判らないんだ?

 そもそも、お前らの尻拭いで日本に居るってだけで本来外部組織との折衝と資料整理が本業だった、異常事件課の俺にこの事件(ヤマ)ぶん投げられたんだ、こっちは良い迷惑だ。

 ああ、お前が殴ったハーディ・陳修豪(チェン・シウホウ)は、大使館付きのFBIチームの人間だ。覚悟しとけよ、日本駐在チームのトップは、部下が理不尽に扱われると激怒じゃすまないからな。命令違反を止めようとして殴られたんだ、きっとお前らを物理で締め上げる準備しているからな」

「……資料整理と折衝が本業の割には、随分物々しい格好だと思うが?」

 

 黒いプロテクター付きライダースーツと腰のデザートイーグルとソードブレイカーを指差した赤井に、滝は心なしかめんどくさげにこう告げる。

 

「これか? あー、ぶっちゃけちまえば市販車のアマチュアレースにバリバリのワークスチームの一点ものを持ち出そうって連中を黙らせるみたいな?」

「は?」

 

 赤井の『訳が解らない』と言う顔に、自分の表現が身内にしか通じないのだと思い出し、滝は言葉を変える。

 

「あー、悪い、レーサーじゃなきゃ判らんな。

 町のチンピラのメンチの切り合いに、いきなりRPG持ち出そうとする阿呆が出てこようとするのを止める為のもんだよ。昔の仕事の関係で、あちこち変に顔見知りが増えた所為で、油断すると現役軍人や傭兵がこっちの仕事に潜り込もうとするからそれを止める為だな。安全に配慮してるから、過剰戦力は持ち込もうとするなって。

 こいつ、ICPOに出向してた一〇数年前に作った防弾防刃仕様のライダースーツなんだ。お陰で滅多な事じゃ太れなくてな」

 

 そんな事を話すうちに、接近中の警官隊からの通信に滝が気を向けた隙に、赤井は彼の腰からデザートイーグルを抜き取った。

 見た目は普通に見えたが、手に取ると通常より重いのが判った。

 

「借りるぞ」

「あ、馬鹿、それは!」

 

 そのまま走っていく赤井の背に、派手に舌打ちする。

 

「馬鹿野郎! それはICPOの備品だから、使用報告書かなきゃならないんだっての!」

 

 無線で警官隊に拘束したままの二人組を頼むと、滝は愛車を置いて走り出した。

 

**

 

「あなたの、弟への思いはその程度でしたか?」

 

 何処とも知れない空間で、降谷零の頭上から、覚えのある声がそう嗤う。

 

「だとすれば、見込み違いでしたねえ」

 

 意識の向こうで、ゆらりと白い袂が揺れる。

 

「そんなぬるい人間に、弟は渡せません。

 あの子は、この先この星が終わるまで、この島国が失われるまで、その身にこの国を背負い続けるのですから」

 

『嫌ですよ! スコッチは僕のものだ!』

『結川、いや吉野君と僕はこれからも一緒に居たい』

 

 即座に反論するのは、【バーボン(ソーマ)】と【安室透(スドリスティ)】だ。

 

『俺は、公安警察だ。優先すべきは国で、俺の私事は後回しにすべきだと、ずっと思って来た』

 

 数歩離れた場所から、【降谷零(スーリヤ)】の声がする。

 

『だが、諸伏が、九頭龍大神が日本そのものだと言うなら、彼を守るのは俺の務めだ』

『屁理屈言わずに、一緒に居たいと言えばいいじゃないですか』

 

 【降谷零】の言葉に【バーボン】が突っ込み、呆れたように【安室】が笑った。

 そして、番の彼と同じ神職衣装の人物が、布面越しにも判るきつい眼差しで声を掛けて来る。

 

「貴方は? 降谷零(ゼロ)」

 

 それに答えようとして……。

 

 

**

 

「……う?」

「気が付かれましたか、婿様!」

『ああ、良かった。とっさに封を切って本来の姿に戻った甲斐がありました』

 

 ガンガンする頭を振りつつ零が上半身を起こすと、秋田藤四郎・極がほっと表情を緩め、見た事もない大きな狐が頭を摺り寄せて来た。

 真っ白な体毛に、竜鱗のような模様と隈取。青い瞳には見覚えがあった。

 

「お前、まさか雫、か?」

『はい。姿を消して婿様のポケットに潜んでおりました。あの慮外者が主上様を浚い、天井を突き破って逃げ出した折に、大きな瓦礫が婿様の頭上に降って参りましたので、私が壁になりました』

「お前、怪我は!?」

『何のこれしき、零落(おちぶ)れたとは言えこれでも元は稲荷神の神使の端くれ、岩の塊如きで潰れるほど鈍ってはおりませぬ』

「本丸の皆は空須磨を追っております、木場殿があ奴を一般人の目から隠す為に工作して下さっていますが」

 

 屋敷が揺れる。どうやら屋敷の屋根の上で騒ぎが起きている。

 状況としては、気絶してせいぜい数分らしい。

 あの爆音と閃光は、元々天井に仕込んであった別口の爆弾に、黒い大蛇と化したRUMが上げた咆哮が衝撃となって誘爆を起こした結果らしい。

 奴(RUM)は景光を蛇体で絡め捕ったまま、穴を潜って頭上へと逃走している。

 立ち上がろうとする零を、小柄な少年が引き止める。

 

「婿様!」

「ヒロを助けに行く」

「そんな、小松様から、婿様が気付かれたら本部へ帰投する様伝えよと言われております!」

「それじゃあ駄目なんだ、そんな事したら、俺は先代九頭龍に叱られてしまう」

「『え?』」

「さっき、夢の中で怒られた。このままヒロの事を他人任せにしたら、俺とヒロの結婚を無かった事にされそうだ」

 

 零の言葉に、それならばと大狐は目を細めた。

 

『ならば、お供致します。私は吉野様より、婿様付を命じられた身』

「僕も! 叔父上より婿様を守れと命じられました、何処までもお供します!」

 

 負けじと声を張り上げた秋田の頭を撫で、降谷零は立ち上がり埃を払う。

 

「……ありがとう。行くぞ!」

「『はい!』」

 

 走ろうとした降谷を、大狐がその足元に潜り込み、秋田の衣装の襟を咥えて放り投げるようにして背に乗せる。二人が捕まったのを確認して、白狐はそのまま天井の大穴へと飛び上がった。

 

**

 

 研究所と資料庫を併設しているという建物に忍び込み、人気を避けつつ研究棟全体のサーバー室だと言う小部屋に潜り込んだ。

 そこに置かれていたパソコンからデータベースに入り込もうとして、突然部屋全体に噴出したガスを吸ってから、ずっと意識が無かった江戸川コナンこと工藤新一は、ガンガンとする片頭痛に追い立てられるように目が覚めた。

 その横で、スマホをいじりつつ座っていた男が、嘆息しつつこちらを見る。

 勿論あの爆発騒ぎに乗じ、コナンを抱えて脱出した木場恭介である。

 

「あ……」

「やっと起きたか、問題児。その様子だと、今まで何があったか判っていないな」

 

 見知らぬ男に向かって、思いっきり警戒する新一に対して、一見二〇代、その実アラフィフの男は頭が痛いとばかりに、あからさまに蟀谷を押さえつつこう言い放つ。

 

「全く、何をしに来た小学生。お前とFBIの三馬鹿のお陰で、一部大混乱だ。お前達を探すのに一部人手を割かなきゃならなくなったお陰で、掃討戦が停滞しているしな」

「っ、俺は、」

「言っておくが、ジョディ・スターリング、アンドレ・キャメルは再研修のため出国禁止、ジェームズ・ブラックは本国の自宅で謹慎中だったのが昏睡状態で発見されて、今朝方病院に搬送されてる。

 ついでに付け加えると、気を失っていたお前は判っていないだろうが、お前さんは『黒の組織』の幹部に人質として活用されてた訳だが、何であの馬鹿三人と一緒にフラフラ動いていた? 言っておくが、APTX4869のデータは公安の特別チームが情報回収、そのまま宮野女史に渡されている。今頃、解析を始めているんじゃないか?」

「だって、データはすべて処分されるって」

「そりゃあ、お前さんに対するブラフだ。あからさまな嘘だって判らない程度には、お前さん焦ってたようだな」

 

 バッサリと言われ、口籠る。

 男の方は、内閣調査室と言う立場から入手している情報で子供を突く。

 

「犯罪者掃討戦の為に、この近辺には近隣警察署から動員された警官隊が配置されてたんだが、それ掻い潜って本部に入り込んでたって事で、お前さんとFBIの面子にはあちらさんの関係者って言う疑惑が出てるよ」

「な、」

「まあ、一応どう言う方法でお前さん達が運ばれたかは判ってるけど、こちらから情報を出してやる謂れがないから精々警察の皆さんから絞られるが良いよ、自称名探偵」

 

 揶揄られ、新一の額に青筋が立つ。

 

「お前、何者だよ」

「お前さんが本名名乗れるなら、答えてやらんでもないよ」

「……僕は、江戸川コナンだよ」

 

 そう名乗った新一(コナン)に、木場恭介はあからさまに嘆息するとこう言った。

 

「残念だよ、坊主。この期に及んで保身とはな。……こちらが、ついでに公安の方もお前さんの素性を把握してないと思ってるのか? あれだけ無駄に色んなところで顔売って、指紋とかべたべた残して、『ゼロ』の彼が調べないでいると思っているなら、おめでたいのを通り越してただの阿保だぞ、お前」

「っ、」

「まあいいさ。ほれ、迎えが来た。大人しく叱られてこい」

 

 現れた顔も知らない警官に、手錠こそかけられないものの毛布に包まれ抱え上げられながら、新一は悔しさを隠さず吠えた。

 

「何時かきっと、あんたの正体暴いてやる!」

「やれるものならやってみな、糞餓鬼。

 ……俺の正体暴く前に、お前さんの人生の方が終わりそうだがね」

 

 憎々しげに自分を睨む、多分何事も無ければ名探偵としてもてはやされるだけだっただろう少年を見送り、木場は後ろに控えていた部下達に撤収を告げた。

 動き出す人影の中、ぱっと見二〇代、その実木場恭介同様アラフィフの男が横に並ぶ。

 彼は木場の幼馴染であり、『葛の葉』において五指に数えられる悪魔召喚師(デビルサマナー)であり、内閣調査室が抱えるウイザード級ホワイトハッカーである。

 今回の壊滅戦に際して、某財団の世界崩壊可能存在(ケテルクラス)の皆さんからのタレコミで電脳テロを指摘された内調からの依頼で、一昼夜と言う突貫工事で対ハッキングクラッキングプログラムを作った彼の目元には、あからさまなクマが出来ている。無論、彼の作ったプログラムは組織、歴史修正主義者全てからの攻撃を現在を持って防いでいる。

 ――普通、未来の技術の方が進んでいるのだから現代のプログラムなど太刀打ち出来ないではと思うかもしれないが、この時代のコンピュータでなければ動かないプログラムと言うものがあり、また淘汰と言う名の下に断絶した技術や言語などもあったりして、未来技術が悉く現代をどうこう出来る訳ではない。……特に、現在『葛の葉』を始めとする闇の勢力が使用するDDS――デジタルデビルサモンプログラムは未来ではすっかり秘匿された技術らしく、これを応用して生み出された『電霊』によるファイヤーウォールとカウンタークラックによってデータを破壊されている未来からのハッカークラッカーは、恐らく一〇〇に及ぼうとしているだろう。

 

「あれがキーパーソンかあ。あの子が原因で降谷零が死ぬ確率が一〇〇超えたから何とかしろって、財団(あちら)の世界崩壊可能存在(ケテルクラス)から言われた時には、どうしようかと思ったけど。

 そう言えば、本来なら対策本部で父親共々捜査官を顎で使う予定だったって本当?」

「まあな、それが未来の連中の言うところの『本来の歴史』だったらしいな。まあ、その未来から送り込まれた、明確な神様である九頭龍の前でずっと謀り続けたのが、あの子が本来占める筈だった立場からずり落ちた要因だけどな」

「仕方ないっちゃあ仕方ないけど、でも可哀そうに。現実主義が盛大に裏目に出ちゃったねえ」

「現実主義って言うより、自尊心がくそでかかった事と探偵ってものを履き違えてた事が一番だろ? 高校生にもなって、一九世紀の探偵に憧れ目指してる時点で浮世離れが過ぎらあな?」

 

 屋敷の屋根から風に沿って流れる黒煙を見つつ、二人は煙草に火を点ける。

 この屋根を覆う煙は、実際には先代九頭龍からの祟りで大蛇と化した未来人が吐き出している瘴気を、『葛の葉』側が零感でも視認出来るよう色付けしたものと、大蛇そのものが見えないように増やした煙幕によるものだ。

 実際問題、瘴気によって呼吸困難や皮膚や粘膜へのただれが生じ、毒ガス発生と一部の警官隊がパニックを起こしており――触れてもいないのに、他の人間の症状を見て自身が負傷したように大騒ぎして後方に下げられた群馬県警の某刑事が居るが――、対化学装備が届くまで警官隊が下がった事は都合が良かった。

 彼らの見ている先で、煙が大きく動いた。

 

「あれは?」

「どうやら、神婿殿があの馬鹿野郎を追いかけて来たようだ」

「はあ、やる気だねえ」

「いや、良かった。下手したら、俺九頭龍とあちらさんの縁切りせにゃならなくなるところだった」

 

 ふうっと、大きく肩で息をする幼馴染に、物心ついた時から共に育ち、邪神魔人相手に共に戦った『相棒』は労わる様に肩を叩く。

 

「あの屑野郎に血を飲ませる事を言い出したの、そもそもは御先代だっけ?」

「そうなんだ。

 ま、お伊勢さんも始めとして女神の方々は嫌がったけど、人間として死なせるのは嫌だと押し切られたんだよな。

 ……尤も御先代の本音は、奴への面当て神罰と一緒に、大蛇退治によって当代様の婿殿に箔付けしたかったみたいでな」

「いや知ってたけど、本当に御先代ブラコンね?」

 

 思わず振り返った幼馴染に、木場は肩を竦めつつ続ける。

 

「仕方が無いだろう、二〇〇〇年代(げんだい)では一〇歳になる前に生き別れになったと思ったら、二五歳なんて歳で国際犯罪組織に潜入捜査官として潜って殉職、二二〇〇年代(みらい)で再び兄弟として生まれてきて、今度こそと意気込んでたところで僅か五歳で殺されて喰われたなんて事になって。

 俺はよくもまあ、未来政府が祟られなかったもんだって思ってるよ」

「意識分けてらしたそうだから、最終的に乗り込んで自力で縊(くび)る予定だったんじゃね?

 そしたら、弟の前世が連れて来られて蘇生させられたまではともかく、そこで粗雑かつぞんざいに扱われて、その事にブチ切れて代替わりって形で成り代わらせたと」

 

 二人は思わず顔を見合わせる。

 

「いやほんと、何で無事だったんだろ、未来政府」

「絶対ダース単位で死人出ててもおかしくないんだがな、常識的に考えて」

「……染井吉野様が、御自分の鍛錬と眷属の皆さんを守る事に全力を尽くされていたんで、見守られてたんじゃないでしょうか」

 

 振り返れば、げっそりとした『百舌鳥』の姿があった。

 相棒の子孫に目を細める男の横で、木場と『百舌鳥』の話は続く。

 

「おう、あっちの馬鹿共は丁重にお帰り頂いたか?」

「土御門の当主が消えたんで、慌てふためいて帰って行きましたけど、その後も何人か消えたみたいですよ、箸にも棒にも掛からなかった管理部の部長が、全然知らない人物に変わってデスクに着いてましたし」

 

 顔色の悪い子孫に向かって、木場の言葉は容赦がない。

 

「こっちの知ったこっちゃねえな、そもそも『歴史を守る』ってお題目で戦争おっぱじめておいて、過去に干渉したのはそっちだからな。

 俺達からすれば、未来は万華鏡の中の文様みたいなもんだ、ちょっとしたことで簡単に変わるんだがな」

「痛感、しました」

 

 そう言って、まだ戦闘継続中の代紋本丸の支援の為帰って行く幼馴染の子孫だと聞いた相手を見送り、ハッカーである男は相棒を突く。

 

「お前さんの子孫にしちゃあ、大人しいねえ?」

「ああ、あれは俺の直孫じゃねえよ、妹の血筋だな。よっぽど真面目で、貧乏籤引きがちな人間でも捕まえたかね、ありゃあ」

「ゑ? お前の妹、行かず後家じゃん」

「女友達とつるむのが楽しいお一人様って言うらしいがな。なあに、人生五〇年だって言っても、あいつにゃまだ二〇年程猶予があるから、これから惚れる相手が現れるんだろ?」

 

 そんな事を話しつつ、二人はその場を離れる事にした。

 内閣調査室としての仕事と、『葛の葉』としての任務が山積みなのだ。

 

**

 

 広大な館の屋根の上、瘴気と煙幕で隠された中では、一〇数メートルに及ぶ大蛇を前に、代紋本丸の三部隊が立ち往生していた。

 同時に現れた歴史遡行軍の大群に、刀剣男士の半数が当たり、残りは小松乙女《はぎわらけんじ》、江戸彼岸《まつだじんぺい》を守って大蛇を遠巻きに包囲している。

 外回りで掃討を続ける大島《だてわたる》の『声』が、状況を問い質す。

 

『おい、無事か! 吉野は!?』

『俺とじ……じゃない、江戸彼岸は無事、吉野は空須磨に未だ捕まってる!』

「糞、瘴気が強過ぎて近付けねえ!」

「彼岸殿、下がって! 瘴気で肺をやられそうになってるでしょ!」

 

 そう叫んで、江戸彼岸を下がらせようとしているのは、彼付きの護衛隊隊長を務める加州清光・極だ。

 その言葉通り、先ほどから咳が止まらなくなっている。感応術だから咳が聞こえる訳ではないが、小松乙女も何となく苦しそうだ。

 小松の護衛隊の長である蜂須賀虎徹・極も焦りを隠せない。

 

「眷属となった俺達や小松殿、彼岸殿すら影響を受けるほどの瘴気とは……」

「拙いぞ、ここは本来、二〇〇〇年代最大事件である『黒の組織壊滅戦』の一番の大本だろう!

 俺達以外にも、人間が沢山いるんじゃないのか⁉」

「警官隊は、どうやら下がったようだな。瘴気を毒ガスと思って、耐ガス装備を待っているらしい」

 

 和泉守兼定・極の焦った声に答えたのは、黒煙越しに下を窺っていた長曽祢虎徹・極だ。

 大蛇の方は、周囲を刀剣男士《じゅうぞくしん》達に囲まれ、脱出口を窺いつつじわじわと捕えている染井吉野《もろふしひろみつ》を絞め上げ続けているようだ。

 絞め殺して食べるつもりなのか、それとも人質のつもりなのか、もはや人語を発さなくなっている大蛇――空須磨の真意は判らないが。

 吉野が握っていた陸奥守吉行・極が顕現し、己の主を救い出そうと奮闘しているが、下手に刃を立てようとすると蛇体が主を締め上げる為、思い切った事が出来ずにいる。ついでに、瘴気は二人にも容赦なく襲い掛かっている様子で、陸奥守の憔悴が激しいのが見て取れた。

 そこに、屋根に空いた大穴から風のように飛び上がる存在がある。

 あっと思えば、それは小型車ほどの大きさの白狐に乗った降谷零と秋田藤四郎・極だった。

 

『「降谷!?」』

「「「「「「「「「「婿殿!?」」」」」」」」」」

 

 驚く周囲にかまわず、白い大狐は大蛇へと突進する。

 

「馬鹿、東錦、下がれ!」

 

 声を張り上げた江戸彼岸に答えたのは、身を振るった大蛇から零れ落ちたものから生まれた烏の群れだった。

 ギャギャギャギャッと、耳障りな叫びを上げたそれらは、一斉に周囲に広がる刀剣男士と狐に乗った降谷零を襲わんと飛び掛かる。

 

「っ、『沌』、【アカーシャアーツ】! 烏を潰せ!」

 

 そう叫んで小松乙女が金属筒――封魔筒を突き出すと、そこから青白い光と共に一体の『金剛力士』が飛び出す。以前は『鬼』だった、小松乙女の仲魔である。

 レベルアップと『葛の葉』の紹介で訪れた悪魔合体施設――表向きは会員制ホテル――『業魔館』で『金剛力士』へとクラスチェンジ――妖鬼から魔神へ――したのだ。

 裂帛の気合と共に繰り出された『沌』の手刀は、防御点無効の衝撃波となって触れた烏達を破裂させた。

 

「時雨、ショットガンだ!」

『はい!』

 

 己の専属である管狐が運んで来た、ライフルバッグから取り出した大型散弾銃に特製の火焔咒散弾を詰め込み、江戸彼岸は腰矯めに銃をぶっ放す。

 散弾は僅かでも掠めたものを燃やすように出来ており、烏達は音を立てて燃え上がる。その散弾から漏れた烏を、男士達が切り捨てて行った。

 そして。

 

「この、【降谷零(スーリヤ)】!」

『光と炎を持って裁かん、【劫火紅蓮乱舞(マハラギダイン)】!!』

 

 降谷の視界に広がり襲い掛かろうとした瘴気の烏が、爆炎の壁に一瞬で薙ぎ払われる。……一部、こちらに近付いていた苦無の一群が巻き込まれ、一瞬で火達磨になって砕け散る。

 相変わらずの容赦のない火力に、初めて見た男士達が蒼褪めた。

 

「うわぉ」

「……えっげつねえ」

「さすがとゆうか、しょうまっこと婿殿は……」

 

 あの廃ビルで、『深きもの』の団体数一〇ダース分を薙ぎ払い焼き尽くしたのを目撃していた陸奥守が思わず遠い目になる。

 零の方は、蛇体に捕らわれたままの染井吉野と陸奥守の姿に、【バーボン(ソーマ)】を呼び出す。

 

『とっとと、僕のものから離れてくれませんかねえ? 【氷結銀雪乱舞(マハブフダイン)】!!』

 

 今度は、細めの電柱くらいの巨大氷柱が、大蛇を屋根に縫い付けようと降り注ぐ。

 鱗で貫通ダメージこそ弾いたものの、流石に質量と加速による打撃は効いた様子で、さしもの大蛇も抱え込んでいた染井吉野を放り出してのたうち回る。

 陸奥守の方は、氷柱が殺到する寸前に飛び降り膝を着いていたが、駆け寄った山姥切国広・極とソハヤノツルキに抱えられて大蛇から距離を取る。

 

「! 雫!」

『お任せください!』

 

 締め上げられ続けた事と、瘴気で弱ってしまった為に屋根から転げ落ちそうになった吉野に大狐が追いつき、己の身体で受け止める。

 

「ヒロ!」

「婿様これを、回復薬です!」

 

 秋田が差し出した、桜の花が描かれた小袋からカプセルを取り出し、零は口移しで抱き抱えた吉野――景光に飲ませる。

 喉が上下したと思うと、蒼褪めていた頬に生気が戻り、景光の目が開く。

 

「ぜ、ろ」

「遅くなってごめん」

 

 最愛の相手を抱き締め、安堵に息を吐いた零の耳元を、いやに耳に残る銃声と共に銃弾が掠める。

 

「な!?」

『「「「「「婿殿!!」」」」」』

 

 慌てて銃声のした方を見れば、どう見ても銃の威力に負けてひっくり返ったらしい赤井秀一が、己の身に起きた事が信じられないと言う顔で尻もちをついていた。

 

「な、何だ、この銃は」

 

 赤井とて、銃社会であるアメリカで捜査官として銃撃戦に当たった事があるし、それこそ潜入捜査官として組織に属していた時分には様々な銃で任務を行っており、ライフルもだがデザートイーグルを始めとする拳銃も幾つも使ってきた。

 組織でも、FBIでも、狙撃に関して他人の追従を許さなかった事を矜持としており、だからこそ折衝と資料整理が本業と嘯いた男の腰に飾られていた銃を借りたのだ。

 だが、単に重いだけと思った銃は、異様な引き金(トリガー)の重さと、やたら厳重な安全装置(セーフティ)――右手親指と小指の二か所にあるボタンをぎっちりと握り込まねば何も動かない――の為、左利きの彼はぎくしゃくしつつも狙撃手の矜持の元銃をのたうち回る大蛇に向けたのだが。

 足元の悪い場所で、それでも両手で支えつつ撃って、だがその拳銃とも思えない反動にひっくり返り、銃弾も狙いからぐっとずれた場所に吹っ飛んで行ったのだ。

 

「馬鹿野郎! 人間に当ててないだろうな、下手な場所に当たったら穴どころの騒ぎじゃねえんだぞ!」

 

 追い掛けてきた滝和也が、茫然としている赤井の後頭部を容赦なく張り倒し、その手の中から愛銃を取り返す。

 

「その銃は、一体……」

「見て判らねえか、銃身の材質が変えられてるって事は、使われる銃弾が特殊だって!」

 

 そう言いつつ、滝は慣れた手付きでリロードすると大蛇に狙いを付ける。

 普通の立ち構えに見えるが、しっかり腰を落とし傾斜がある屋根の上である事を考慮した、安定感のある構えを取る。

 

「こいつに入れてあるのは、タングステンカーバイト鋼や高分子ポリマー複合材すら貫通出来る特殊弾、……対改造人間用徹甲弾だよ」

 

 タァーーン……

  ゴパァッ!!

 

 耳に残る銃声と共に、銃弾は大蛇の鼻先のピット器官から片目へと大きく抉りつつ突き抜けた。

 血液の代わりに、真っ黒な煙――瘴気を撒き散らし、大蛇は屋根瓦を割り散らしつつのたうち回る。

 

「お、おい、大蛇の鱗が」

「どんな銃弾使ってんだ、刀剣男士《おれたち》の刃を弾く硬度があるってのに」

 

 現職警官を主としている面子故に、銃器の威力は理解しているものの、自分達をてこずらせた巨大蛇の鱗を容易く貫通した銃に刀剣男士達が蒼褪め引き攣る。

 同じく、現代と未来で警官を勤める彼岸と小松も引き攣った顔で滝を見る。

 

「た、対戦車ライフル? いや拳銃だよね、あれ!」

「徹甲弾!? そんなものがぶっ放せるデザートイーグルって、どう言う改造してんだ⁉」

 

 勿論、IQ二〇三を誇る天才(元悪のマッドサイエンティスト)が創ったものに、IQ六〇〇の天才生化学者(悪の秘密結社が目を付ける程度の天才)がちょっかいを掛けた結果誕生した、この世に一つの変態拳銃である。――付属のソードブレイカーとの併用で、スタンガンどころか軽く感電死出来るレベルの高電圧が発生する、完全な危険物だ。

 だが、周囲が思わず滝に気を向けている間に、のたうち回る大蛇は零と景光の方へと向かって来た。

 

 ガ、ぎゃ、ギャギャあぁぁあア!!

 

「お前に、ヒロは渡さない。何度も言わせるな!」

「空須磨、貴方の犯した罪の清算を求める!

 九頭龍大神の名の下に、雷精召喚す。【爆雷閃光乱舞(マハジオダイン)】!!」

 

 凝縮された数百発の雷が、一斉に大蛇に降り注ぐ。その隙間を縫うように、零が声を張り上げる。

 

「陸奥守吉行、刀を!」

 

 驚く周囲に、だが陸奥守吉行・極は意図を理解し、自身である打刀を主君の配偶者へと投げる。

 その隙に、小松乙女は先に召喚した金剛力士に指示を飛ばし、もう一本の封魔筒を取り出した。

 

「沌、真空斬りを、ニャーちゃん、皆に全能力強化(スクカジャ)!」

『我が召喚師に勝利を!』

『はあーい、バステトになったニャーにお任せニャー!』

 

 金剛力士が手にした金剛杵を振るう横で、猫耳幼女からエジプト風のビーズアクセサリーを纏った一七、八に成長した猫耳美少女がくるっと一回転すると、大蛇を囲っている刀剣男士達と吉野達に淡い光のベールが纏い付く。

 巻き起こった真空の刃が大蛇の傷を抉り、更に瘴気を振り撒くが、スピードこそ緩んだが足掻くように大蛇は二人へと這い続ける。

 その向こうで、江戸彼岸に渡された物反鏡、魔反鏡を刀剣男士達が投げている。

 そして、右手に打刀を握った降谷零の背後に、三人の人影が浮かぶ。

 

『これ以上、醜い姿を晒すのは辛いでしょう、RUM? 【攻撃力強化(タルカジャ)】!』

『未来永劫、日本はお前のものではない。【ランダマイザ】!』

 

 【バーボン(ソーマ)】と【降谷零(スーリヤ)】が呪文を発動させ、そして刀を構えた零(ゼロ)と【安室透(スドリスティ)】が重なる。

 

「これで終わりだ!『【金剛剣】‼』」

 

 突き出された刃は、これまでが冗談だったかのようにあっさりと鱗を断ち切り、大蛇の肉体を脊椎近くまで、深々と切り裂いてみせた。

 ……陸奥守吉行は、当代九頭龍大神の血を唯一吸った刀である。

 三年前、三人の同期と九振りの刀剣の付喪神を、九頭龍大神の眷属に変える為。

 そして、四年前、堕ち神に斬り付けられて瀕死になった諸伏景光が九頭龍大神に成り代わった際に、彼の血で出来た血溜まりに浸って。

 そんな因縁故に、陸奥守は『代紋本丸』の初期刀として従属神となった刀剣男士達の筆頭になり、染井吉野が単独行動を取る際にその護身刀として帯刀されている。

 そして再びの銃声で、大蛇のもう片方の目が潰され大きく仰け反り露わになった心臓に、零と彼が握る陸奥守に手を添えた景光は、その刃を突き通した。

 

**

 

 再びの爆発で、屋根の上の黒煙が薄まるのが、本部の大画面に映し出される。

 そして、やっと無線妨害が解除され、滝和也からの連絡が届く。

 

『こちら滝。すまん、No.2は確保出来なかったが死亡は確認した。遺体回収は頼む。

 それから、バーボンを確保した。これから護送する』

「こちら作戦本部、風見です。……ご苦労様です」

 

 滝からの通信と、風見のやり取りをNoc達は奇妙なものを見るような視線を向けた。

 バーボンが日本公安からの潜入捜査官であると、作戦前に公表されたからだ。

 

「どう言う事です、ケイ捜査官」

 

 キールこと本堂瑛海が、傍に立って息を吐いていた年長のFBI捜査官に問うと、彼女は懐かしさ半分、悔しさ半分と言った顔でこう答えた。

 

「滝は、Mr.フルヤを心配して、此方《FBI》で確保したと言う建前を作ったの。

 いるのよ、組織でぬくぬくしていた苦労知らずの甘ちゃんエリートが、自分達の出世の邪魔になるとか、功績の横取りの為とかに潜入捜査官を犯罪者扱いしたり、殺害したりとかね。

 ……滝も、そうやって一度死刑宣告受けた事があるから。ねえ、CIAのお嬢さん?」

「っ⁉」

 

 思わず背筋を伸ばしたキールの横で、今の今まで本部の奥で書類を裁き続けていた壮年のICPO捜査官が笑う。

 

「まあ、大丈夫だよ。

 日本警察庁が彼を要らないと言うなら、国際刑事警察機構(ICPO)が貰い受けるよ。二〇代前半であんな組織に潜り込み、今日まで『探り屋』としてやってきたような優秀な人間、是非うちで働いて貰いたいよ。残念ながら、完全移籍と言う形じゃなく、ほとぼりが冷めるまでの一時凌ぎになるだろうがねえ。

 滝君の時のような事にはさせないよ、日本警察に関しては、それなりに顔が利くからね」

「良かった。まあ、その辺りも織り込み済みで、滝もICPOに話を持っていたのでしょうけど」

「若い人に、ああいう思いはさせられないと言っていたからねえ」

 

 穏やかに笑う年長者に挟まれ、キールはだらだらと汗を掻く。

 上司に聞いていた話のお陰で、思いっきり針の筵に座っている気分である。

 小さくなっていたのでキールは気付かなかったが、ICPO捜査官とFBIの女性責任者とは、とある方向をじっと睨んでいた。

 そこは日本の警察庁側の現場に居ない面子と繋がっているTV電話があり、二人にじっとりと睨まれ汗を掻いている面子が、何人かいたりする。

 

**

 

 その同じ頃、諸伏高明と大和敢助は、薄れていく煙を眺めつつ、作戦終了の一報を聞いていた。

 彼らが詰めていた地点は、RUMの子飼いの兵隊が頑張ってバリケードを築いていた場所だったが、二大軍師と名高い二人によって早々に突破していたが、その後毒ガス発生の報で進むに進めなくなった為、無理に入るのを止めて逃げ出す構成員の拿捕に切り替えていたのだ。

 丁度、隣に布陣していた群馬県警のチームが大きく後ろに下がる形になった為、そこから抜け出そうとしたノーネームの工作員や兵隊達を大勢押さえる事になったのだ。

 

「終わりましたか」

「らしいな」

 

 目を細めて煙が上がっているのを眺める高明に、杖を突きつつ横に来た敢助が声を掛ける。

 

「もっと掛かるかと思ったが、早く終わったな」

「Nocで、最後まで中枢で粘った人物が居たそうですし、アジト内部に仕込まれた爆発物を発見して、半数以上処理した人物も居たそうですからね」

 

 ヘッドセットを外しつつそう言った高明を、じっと敢助は見詰める。

 

「……どうしました?」

「いや、何か嬉しそうだなって。

 任務以外で、何か良い事あったか?」

「相変わらず、無駄に勘だけ良いですねえ、敢助君は」

「あんだと、こら」

「ああ、いたいた、二人共、撤収よ!」

 

 上原由依の声に、歩き出した諸伏高明を追って大和敢助も不自由に杖を突きつつ歩き出した。

 

**

 

 一見豪奢な金持ちの別邸、その実態は大量の武器と自爆用に爆発物を大量に仕込んだ総鉄筋コンクリート製の要塞だった屋敷から、滝和也は二人の人物を伴い出て来た。

 一人は、後ろ手と両足に手錠を掛けられ、肩に担ぎ上げられた赤井秀一。

 もう一人は、滝の左腕に手錠で繋がったバーボンこと、降谷零。

 

「……俺が、手錠で繋がれた理由は……」

「やかましいぞ命令無視の現行犯。逃亡防止に決まってんだろうが、大人しく大使館駐留チームに引き渡されろ」

 

 もぞもぞと動こうとする赤井にそう言い渡し、滝は嘆息を漏らす。

 降谷零は、そんな年長者を気忙しげに見る。

 

「滝さん、怪我は」

「んー、ちょっと打ち身は作ったが、今回は全然楽だったな。普段は、相手に効かないのに銃器でごり押ししようって奴がバックアップ要員なんで、そいつらの避難指示飛ばしつつだからめんどくさくてなあ。いやもう、内調って言うか『葛の葉』の協力得られると楽だわ、ほんと。『財団』も、もう少しあっちさんとの協力体制考えてくれねえかなあ」

 

 そんな事をぼやく滝は、ふっと降谷の方を見て苦く笑った。

 

「取り敢えず、護送車に乗るまではこのままな。

 一応バーボン確保の連絡は入れたが、大方捕まえたって言うが残党が居ないとも限らないし、どっかの組織のはねっ帰りが手柄欲しさにお前さんを狙撃とかあり得るしな。

 『探り屋』バーボンは生きて警察組織に捕まった、その後はまあ、成り行きに任せようや」

「ええ」

 

 玄関を出ると、太陽は西に傾き、空の色も赤くなり始めていた。

 何処か遠くから、大型の猛禽類らしい鳴き声が聞こえたような気がした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。