※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

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春先の馬鹿騒ぎはほどほどに

 『黒の組織』掃討戦から二週間、四月に入って一週間、降谷零は警視正に昇格。

 ただし先月の後処理が残っており――当初のものは、逃走中のジンとウォッカのもの以外大方終わったのだが、後から工藤新一改め江戸川コナンと彼の関係者(元ブラック班)がやらかした事がごそっと出てきて、前任者の後始末に追われていたFBIの現担当である滝和也捜査官と共に、その処理に追われているのだ。

 その間、零は幼馴染であり、親友であり、そして配偶者となった諸伏景光とすれ違い生活を送っている。

 勿論、この上なく不本意な事であり、だが同時にこちらからはどうしようもない事情でだ。

 

**

 

 現在、諸伏こと『染井吉野』の本丸の時空ゲートが調整中で、以前のような時間調整が出来ない状態なのだ。

 これは、『九頭龍大神』の神域も含める本丸の座標を再設定するのと、未来政府が行っていた本丸封鎖の防止とその機能の所為で起きていた事故――誤動作による予定外の戦場への誤転送――を防止する為に、現代の葛の葉から技術者を招いて行っているとかで、実は全本丸に行われている大工事だったりする。

 因みに、本丸封鎖の理由の殆どが、馬鹿やって刀剣男士を堕ち神にした――政府官僚や政財界のお歴々の馬鹿息子、馬鹿娘が酷使したり付喪神達の尊厳を踏みにじるような真似をした――為で、そう言う馬鹿の尻拭いとして一般人――基本的に身内の居ない孤児や、後ろ盾が弱い神社の宮司の子供とか――を放り込んで逃がさないように閉じ込めるのが目的であった。

 今回の再調整で、管理部側が封鎖した本丸を監査側で開放出来るように改造するのが目的で、結果的に時間が掛かっているらしい。

 因みに、降谷付きの管狐(こんのすけ)である雫曰く、『代紋本丸』のゲートの調整が長着いている理由の一端は真実神様である九頭龍大神(そめいよしの)に色々やらかそうとした未来政府の人間――大体はブラック役人、後『葛の葉』を見返したい所謂陰陽寮の術者系の家系の人間達らしい――が無理やり入り込もうと色々いじくり回した所為でかなり面倒な事になっている為なのだそうだ。

 これまでゲート使用に支障がなかったのは度々松田こと江戸彼岸が修理していた事と、九頭龍大神のお膝元故に人間ではどうしようもない膨大な霊力が壁になっていたからだとか。

 

 兎に角、そう言う此方ではどうしようもない事情で、時計通りの生活を送っている訳だ。

 が、年末から約三ケ月、一つ屋根の下大事な相手と身を寄せ合って暮らしていると言うのに、この一週間まともに顔を見れていないのだ。

 それは、諸伏景光が四月に入って警視に昇格し、警察庁に新設された『特殊案件捜査課』の課長に就任した為である。

 仕事内容は、以前までの『特殊案件調査班』とほぼ一緒で、ネットやSNS、口コミなどで広められる『噂』を調査し、それが単なる事故から生まれた噂か、裏側で人外の存在――所謂魑魅魍魎、俗にいう悪魔や、未来からの侵略者である歴史遡行軍――がある為に出来上がったものかを見極めるのが主になる。

 九頭龍大神による大結界が成立した今、遡行軍そのものが闊歩する事は減ったが、九頭龍が力を強めた為に却って活動し易くなった存在――それこそ、昔から日本に居た狐や狸、所謂妖怪や外国から入り込んだ悪魔悪霊――が活性化しつつあるそうで、その為に日々増える「都市伝説」を監視し、人外が動いていれば可能なら異界に帰し、帰す先がないなら消滅させると言う仕事である。

 その為、これまで安室透の穴埋めに吉野景光が『ポアロ』の勤務に入っていたのが、これからはその逆で吉野の穴埋めに安室が入る形になっている。

 なお、安室こと零は任務上の都合で現状維持だが、吉野こと景光は『ポアロ』勤務は任務の一環――都合二〇年程は『ポアロ』の地下から結界の中心部を動かせない為――である。

 で、結果的に書類整理中心なので割と定時で上がっている零と、情報が入れば夜討ち朝駆け宜しく駆り出される景光以下の本丸の面々とは、否応なくすれ違い続きなのだ。

 

「あー……寂しい」

 

 息抜きに缶コーヒーを買いに来て、一口飲んで、思わず声が出た。

 正直、誰もいないと思ったので思わず零れた本音だった。

 永遠に失ったと思った四人と、一つ屋根の下で暮らし始め早三ケ月。

 そして、最愛の相手と入り婿と言う形だが仮祝言――本丸として請け負った任務がもうすぐ完了になるので、そこで本式に祝言を上げ直す予定だ――をして、一緒に暮らして一月半。

 だと言うのに、同期の三人とは何とか朝晩の食事で顔を合わせられる――警視庁に勤務している以上、早番遅番があるのは仕方がない――ものの、肝心のヒロ、諸伏景光とここ数日顔を見る事すら出来ずにいるのだ。

 新規に立ち上げられた部署故に、色々挨拶回りや、同時に持ち込まれる案件の対応などで忙しいのは判っているのだが。

 後、以前の『特殊案件調査班』は下の階にあったが、『特殊案件捜査課』は降谷のオフィスのある階より二階ほど上に移っていて、余計に会えなくなっていた。

 

「ゼロ?」

 

 だから、景光の声がした瞬間、思わず猫が驚いたように飛び上がったのは仕方がないと思う。

 濃紺のスーツに身を包んだ景光は、かつての様には髭を伸ばしておらず、ぱっと見新卒者のようだ。ただ、よくよく見れば、目元にはうっすらと隈が浮いていて、激務で疲れているのが良く判った。

 

「ひろ? どうしてここに」

「うちの課があるフロアの自販機、今補充中で、それでこっち迄降りて来たんだ」

 

 苦笑気味にそう笑うと、景光は野菜ジュースを買って零の横にぽすりと座った。

 

「久しぶり。……何か変な感じだな」

「そう、だな。ここ一週間、寝顔すらも見れてなかったからなあ」

「あ、俺はゼロが寝てるの見掛けた。二日前、居間のソファーで寝堕ちてただろ」

「何だ、起こしてくれたら良かったのに。じゃあ、あのブランケット、掛けてくれたのひろだったんだ」

 

 少し悔しさをにじませつつ零がぼやけば、「ごめん、急いでたんだ」と眉を下げつつ景光は説明する。

 

「あの時は、成田山の方で騒ぎが起きたんで、急遽行かなきゃいけなかったんだ。新勝寺の境内で、そこの護法童子と何処かの術者の使い魔らしいのが暴れてて、止めるのに苦労したよ」

「何事だ、それ?」

「単純に、日本人じゃない術者の使い魔がパワースポットとしての成田山に入り込んじゃって、最近活性化してる悪魔悪霊に警戒してた護法が反応した結果だったんだけどね。ただ、どっちも結構なレベルの術者が使ってる存在だからやたら強くて。

 取り敢えず使い魔の方を捕縛して、護法の迎撃モードを解除して貰ってって大変だった」

 

 因みに、侵入者側はヨーロッパの新興組織の幹部格、護法を操っていた方は新勝寺の貫首(かんす)(注、お寺の総責任者の、新勝寺での呼称)様の警護を担当していたお坊さんだった。真言宗は伊達じゃなかったようだ。

 

「状況としては、地回りに特攻してきた鉄砲玉が座頭市レベルだったのを、地回り側の眠狂四郎レベルが迎え撃ったと」

「……うん、まあそんな感じかな? 巻き込まれたら、うちの本丸の連中でも軽傷は免れないって意味では」

 

 大学時代に、上級生が持っていた時代劇コレクションをむさぼるように見ていた姿を思い出し、らしい喩えだなあと景光は笑う。

 そのくすくすと笑う姿に、零も肩から力が抜けるのを感じた。

 そうやって、一時の休憩を楽しんでいた二人の横を、ぞろぞろと歩いていく集団がある。

 

「あれ? もしかして新卒者?」

「そう言えば、今日新卒者初日だったっけ。あ、そう言えば、この後のオリエンテーションで訓示言わなきゃいけなかったな、俺」

「え、大丈夫なのか?」

 

 懐かしいと、固まって歩く真新しいスーツの集団を二人で見ていたら、あからさまにこちらに聞こえるようにこう言ってきたのが居る。

 

「おいおい、余裕だな、あの二人」

「いやいや、あんなとこで座ってジュース飲んでて良い訳ないじゃん、チクってやろうぜ」

「それ以前に、あの頭拙いだろ? 今回は最年少で警視正になったって噂のあるお偉いさんの訓示があるのに、あんなパリピ丸出しでさ」

「ま、それ言うと横に座ってる気の弱そうなの、あいつのパシリかな? 可哀そうに、ここに来れたならそれなりだろうに、あいつの所為で一緒に目付けられるんだぜ」

「いいじゃねえか、ライバルが減ったって事で」

「だけどさ、こういうとこに入った以上は、郷に従えって事で髪染めたままにするもんじゃん?」

「いきってんじゃね?」

 

 ゲラゲラと、下品に笑って歩いていく三人組を目で追った後、零と景光はお互いに顔を見合わせる。

 新人に新人と間違われたのはともかく、だがこの二人にとって互いをこき下ろされるのは、文字通り逆鱗を金束子(かなだわし)で掻き毟るのと同義であった。

 そして、あの新人達にとってタイミングが最悪な事に、この二人は揃って精神的疲労と欲求不満とで好い加減機嫌が傾いでいたのだ。

 新婚夫婦で、いちゃいちゃしていたのが一週間禁欲生活を強いられ、ついでに顔すらまともに見れない日々で心がささくれ立ってたのが、やっと休憩時間に会って数分でも相手を補充して「さあもう一踏ん張り」と思っていた矢先の野次に、二人揃ってぷつりと切れてしまったのだ。

 

「ヒロ、そろそろオリエンテーションだ、行こうか」

「そうだね、行こうか、ゼロ」

 

 にっこりと微笑み合って、二人は歩いていく集団の最後尾について行った。

 

 

 その後どうなったか?

 取り敢えずオリエンテーションを行った係の者全員に訓告が入り、降谷警視正が来るまで話を延ばすように言われた三〇代の警視は、勢いで吊し上げようとした最後尾の席に居た金髪の新人の正体が、自分の後に訓示を話す警視正本人だった為に急性の動悸と眩暈を起こした。

 後、上司を探していた風見裕也が、一連の騒ぎを「面白いもの見てます」とばかりにのほほんと眺めている出世した後輩の姿で胃を痛めたり、まあ、色々である。

 黒田裏理事官に、流石に二人して注意されたらしいが、反省したかどうかは、いまいちだったらしい。

 

**

 

 てんやわんやと終わったその日。

 やっと工事が終わったと言う事で、『代紋本丸』の【奥】に、審神者である染井吉野と補佐役四人とが一週間ぶりに顔を揃える事になった。

 五人揃ったからと、今日の夕食はすき焼きになった。

 時空管理局管理部からの付け届けの中にあった、『高級和牛すき焼き用一〇キログラム』と言う冗談のような代物をやっと消費する事が出来ると、小松乙女こと萩原研二が胸を撫で下ろした。

 

「あー、やっと纏めて六時間眠る事が出来る生活に戻れる」

 

 生卵をほぐしつつそう言ったのは、江戸彼岸こと松田陣平だ。萩原と二人して、春先の馬鹿騒ぎの鎮圧に駆り出されていたのだ。

 例の組織が掃討されたからか、以前より爆弾騒ぎは減って来た――裏社会における火薬供給源の最大手でもあったらしい――が、それでも大都市故の事件の多さから他の部署の応援に駆り出されるのだ。

 春先は花見客が起こす騒ぎの鎮圧と交通整理とで、機動隊と交通課は大車輪の時期なのである。

 

「まあ、普通じゃない生活なのは否めんが、ここに馴染んだ側からするとつくづく現世は、時間に追われてるよなあ」

 

 すき焼き鍋に牛脂を馴染ませつつ、そう苦笑するのは大島こと伊達航だ。

 彼が所属する捜査二課は、今とあるオレオレ詐欺集団を追いかけているらしく、伊達は先輩刑事と共に聞き込み捜査の最中で、何とか休憩として二時間のインターバルを貰った状態である。

 食事と風呂、ついでにこれまで一〇分程だった仮眠を二時間ほど取って、現場に戻る予定だ。

 

「まあ、以前は霊力が安定しないのに無理やり時間を調整していた所為で過剰に疲弊していたヒロちゃんが、首席様と片付いた途端安定したおこぼれだけどねー」

「~~//////萩!!」

 

 肉と共に煮込む予定の長ねぎ、春菊、玉ねぎ、白滝、焼き豆腐、椎茸をたっぷり乗せた平笊を持って来る萩原に、景光は頬を赤くしつつ噛み付く。

 

「こら萩、ヒロをいじめるな」

「(゚Д゚)アラヤダ、婿殿が過保護にするから」

「おめえは諸伏の親か、それとも姑か?」

 

 肉を乗せた大皿を持ってきた零の言葉に萩原がしなを作れば、萩原の幼馴染であり現状も相棒関係にある松田が呆れたように目を細める。

 そんなやり取りを丸っと無視して、伊達は零が肉と共に並べるものを目にして首を傾げる。

 

「おい、降谷、割り下はどうした?」

「ああ、今回は関西風に食べようと思ってな」

「関西風?」

 

 牛脂が解けて馴染んだすき焼き鍋に、零は肉を五人分広げ、焼き始める。

 それに砂糖を振りかけ、片面が焼けたとなると、ひっくり返し焼き続ける。

 え? っと驚く三人――景光は、以前食べた事があるので驚かないが――の目の前で、一旦焼けたそれをそれぞれの取り皿にとって、改めて砂糖を掛けて肉を焼き、玉ねぎと長ねぎ、そして回し掛けるように日本酒と醤油を入れて蓋をした。

 その間に、取り敢えずとばかりに五人は、生卵に浸された牛肉を口に運ぶ。

 

「あれ? 美味い!」

「ほんとだ、絶対甘ったるくなってるって思ったのに」

 

 目を丸くする爆処二人に、零はにっと笑う。

 

「良い肉の時は、これが良いんだ。割り下も悪くないが、肉の旨味が薄くなってしまうんだそうだ」

「ほー……」

「うん、流石高級和牛」

 

 初めて食べたと目を丸くする伊達の横で、良いもの貰ったと景光の相好が崩れる。

 ふつふつ音がしたところで、残りの野菜と豆腐と白滝を加え、更に酒と醤油を足して。

 

「これが関西風すき焼きだ。取り敢えず一通り取ってくれ、次の分を作るから」

「「「おー」」」

「ほら、ヒロの分」

「ありがとう」

 

 思い思いの端を延ばす同期達を横目に、ささっと自分と景光の分を確保し、三人が箸を引くと零はほぼ空っぽになった鍋を軽く拭くと、再び牛脂で肉を焼き始める。

 久し振りの五人揃っての夕食は、こうして始まった。

 

**

 

 一〇キログラムのすき焼き用牛肉をぺろりと平らげ、締めのうどん――雑炊じゃないのかと言う声は最初の一口で消えた――までしっかりいただくと、伊達は仮眠を取って勤務に戻り、萩原は遅番に出勤、松田は万屋から依頼を貰ったからと、本殿にある彼専用の研究室へ行った。

 そして零と景光の二人は、久し振りに寝所で抱き合っていた。

 

「あー。ヒロだあ」

「うん、ぜろだ」

 

 お互いを確かめるように、身体をくっつけ触れるだけのキスを繰り返す。

 本当は、警察庁の休憩室で会った時にキスをしたかったのだ。だが、職場でそれをしてしまうのはと、必死に自制した二人が居る。

 

「一週間ぶりのヒロだ」

「うん、一週間ぶりのぜろだ」

 

 髪に、頬に、肩に、腰に触れて、相手の温もりを確認する。

 たかが一週間、されど一週間。

 会えない、触れ合えないと言う生活は二人に結構なダメージを齎していたようで、互いに普段以上に長いキスを繰り返し、確認するように相手の身体をなぞり続けていた。

 やがて、互いの寝間着を脱がし合うと、零の手が景光自身を柔らかく揉みしだきつつ首筋に顔を埋める。その手の邪魔にならないように足を広げ、景光は三つ巴と九頭龍の紋々が浮かぶ背中に両腕を回した。

 すっかり刀瑕が消えた番の上半身にキスの雨を降らせ、零は甘く喘ぐ身体を開いていく。景光は時間を掛けて後孔を解す相手の手を、たまらないと言いたげに掴む。

 

「ヒロ?」

「ぜろ、もう……」

 

 真っ赤になって、それでも欲しいと下半身を摺り寄せた相手に、零は己の熱を捩じ込んだ。

 返った来たのは、悲鳴と言うよりは歓声。

 己を抉り、最奥を叩く熱に、景光は堪らず相手の腰に己の両足を絡めた。

 己の胎内からの水音に顔を背けつつ、それでも縋るのを止めない番が、零は愛おしい。

 縋られた事で、結腸弁と一物が何度もキスを繰り返す。それが双方に、新たな快感を齎す。

 達したその次の瞬間から、また絶頂に引きずり上げられ、ピンク色の靄と目の前がちかちかするほどの閃光に交互に翻弄され、景光はもう己を貪る相手にされるがままになるしかない。

 何度目かの吐精の後、喘ぎ続ける相手の胸に残った歪んだ丸い傷痕に、零はゆっくりと唇を落とす。

 あの日スコッチが死んだ印、そして今日があの日から続いている事の印。

 

「や、ぜろ、そこ、」

「うん」

「や、舐めちゃ、……あ、いやだ、ってぇ」

 

 心臓の直ぐ側、肺に繋がる大動脈を傷つけ一度は心停止に至った傷故に、景光はそれに触れられる事が苦手らしい。だが、零はそこに執拗にキスを落とし、丹念に嘗め回す。

 身を捩りつつ泣き声を漏らす番を、零は腕の中に閉じ込めた。

 

「ぜろぉ」

「ごめん。舐めてたら薄くなるかなって思って。他の傷はほぼ消えたから」

「……あ。もしかして、今まで、体中、舐めたりキス、してたのって……ぅぐっ」

 

 正解とばかりに大きく動いた胎内の塊に、景光の意識はまた霞の向こうへと押し込められた。

 

 一週間分求め合い、二人は仲良く意識を手放した。

 互いの体温に、心音にこの上ない幸福を感じながら。

 

**

 

 気が付くと、零は喫茶店『ポアロ』に居た。

 どうやら昼下がり、昼食時の客が引いた後らしく店内に客は居らず、隅の席で景光が座ったまま転寝しているのが見えた。

 流石にそれもどうかと思った零は、ブランケットを持ってこようと踵を返そうとした。その時だった。

 するりと、右腕に何かがすり寄り離れていくのを感じた。

 えっと思ったその次の瞬間、今度は左上腕から前腕へと、するするっと何かすべすべとしたものがすり抜けたのを感じた。

 同時に、小さく子供が笑う声が聞こえた。

 何だか、構って欲しがっている小さな子供のような空気を感じ、思わず周囲を見回した。

 すると、さらさらっと首筋にほんのり温かいが滑らかな何かが触れて来た事に気付き、そして自分を覗き込む、真っ青な瞳と目が合った。

 

「え?」

 

 パチッと瞬きすると、零は寝所の布団代わりの布の中にいる自分に気が付いた。

 どうやら、『ポアロ』に居た夢、だったらしい。

 腕の中で眠っている、配偶者を起こさないよう気を使いつつ、零は起き上がった。

 

「何だったんだ、今の」

 

 はっきり言えば、悪いものとは思えなかった。

 少年探偵団の子供達に似た、好奇心丸出しの青い瞳がはっきりと思い出される。……ただ、眼は思い出せるのだが、同時に目に入った筈の顔とかそういうものは思い出せなかった。

 だが、ふとある事に気が付き、零は寝ている景光の顔に目を落とす。

 

「ああ、そうか。色合いは違うけど、子供の頃のヒロの目に似てるんだ」

 

 クリっと丸い、でも目尻が上がった眼は、零が記憶している幼い頃の番にそっくりだ。

 今でこそ切れ長の釣り目が涼やかな景光だが、出会った頃に零が最初に抱いた印象は『大きな猫目』だったのだ。

 

**

 

 四月半ば、降谷零警視正と彼の部下達にとある任務が課せられた。

 五月一日に行われるサミットの、警護の指揮を命じられたのだ。

 何でも、急病で担当が倒れたのでその代打との話であり、前任の率いていたチームと合流しサミット会場である『エッジ・オブ・オーシャン』の警備案を練る事となった。

 この話に、不自然な部分を探るとなれば、未だに逃亡中の幹部の捜索を続けている『黒の組織』対策チームの責任者を、国際的なイベントの警護に回すと言う事だ。

 だが、これに関しては管理官――直接の上司である黒田兵衛ではなく、別の人物だ――から、

 

「潜入捜査が終わったのだから、次のステップに進む為に経験を積む方が良いだろうと思ったんだ。推薦もあったしね」

 

と言われ、辞退するのも難しい空気だったので、已む無く引き受ける事になってしまったのだ。

 幸い、合流した前任者のチームは、こちらが参加した事で人数が増えたと喜ばれこれまでの資料など惜しまず提供されたので、警備の為の会議は滞りなく進める事が出来た。

 

 だが、零の中で【バーボン(ソーマ)】がぼやく。

 

『何か引っ掛かりますね。チームの人間や、管理官を疑う訳では無いのですが』

『黒田さんからじゃないから引っ掛かると?』

 

 問い掛けるのは【安室透(スドリスティ)】だ。

 

『それも違いますね。黒田裏理事だって、疑う時は疑いますよ、僕は。管理官は、多分善意だけだと思うんですが、それ以外に、こう、ね』

『推薦と言うのが引っ掛かるんじゃないのか? 黒田裏理事以外で、誰が【俺(ゼロ)】を推薦する?』

 

 腕を組みつつ唸る公安警察官としての【降谷零(スーリヤ)】の言葉に、【バーボン】が爪を噛むのを感じて、【主人格(ゼロ)】は頭を振った。

 取り敢えず、公僕として勤め上げるだけだろうと思った零は、【三人】が話し合うのに任せて駐車場へと向かった。

 この後は、久し振りにヒロ――吉野景光と『ポアロ』勤務が重なるのだ。

 

**

 

「ケーキが崩れる?」

「そうなんですよ、安室さん」

 

 喫茶店『ポアロ』に出勤した安室透(ゼロ)は、先輩店員であり、この後入れ替わりで退勤する榎本梓から憤懣やるかたなしと言った風に訴えられた。

 話が見えないと、吉野景光(ヒロ)に目を向ける。それに向かって、溜息交じりに吉野が見せたのは、確かにクリームが緩み、奇麗に形成してあった筈のホールケーキが崩れているものだった。

 

「これは……」

「そう、安室さんも交えて、ゴールデンウィーク向けの目玉ケーキとして作った奴。これが、気が付くと崩れているんですよ」

「え? ケーキ用の冷蔵庫に入れてなかったのかい?」

「いいえ、俺も梓さんも、完成させたらすぐ、このケーキ用の小型冷蔵庫に収めてたんですよ。

なのに崩れてて」

 

 困惑を隠さない吉野の言葉に頷きつつ、ふと安室は店の軒先から厨房に向けられた、屋外に設置されたカメラに気付いた。

 

「あれは?」

「ああ、コナン君だよ。閉店後や開店前に、このケーキ用の冷蔵庫をいじっている人間がいるんじゃないかって、少年探偵団の子達が言い出してね」

「それで、コナン君が監視用のカメラを阿笠さんから借りてきてくれたんですよ」

 

 どう見てもガチの監視カメラに、一体何を持ち出してるんだと思いつつケーキ用の小型冷蔵庫へと改めて目を向けた安室は、その横に設置された見覚えのない電気ポットに気付いた。

 

「あれ? 梓さん、電気ポット新しくなったんですか?」

「そうですよ。これ、優れモノなんですよ、スマホでお湯が沸かせるんですよ!」

「最近増えてる『IoT家電』って奴だそうですよ。インターネットに繋がってて、出先からご飯を炊いたり、家に着く頃を見計らってエアコンを操作したりとか」

 

 吉野の言葉に、そう言えばTVCMで見たかもしれないと頭の奥で思っていると、【安室透(スドリスティ)】の方がにっこりと笑顔を作って、帰り支度を始めた梓へこう言った。

 

「犯人探しと一緒に、ケーキの方の対処を考えた方が良さそうですね、何か考えておきますね」

「! お願いできますか?」

「ええ」

 

 安室が受け合うと、あからさまにほっとした様子で梓は帰って行った。

 扉が閉まるのを見届けると、吉野はエプロンを身に着ける【安室】を見やった。

 

「何か判ったのか、零、いや『安室さん』?」

『ゼロの方は、今考えこんでますね。だから、僕はケーキの方をどうにかしようと思って』

「どうにかって、どうするんだ?」

『取り敢えず、今はお客さんもいませんから、ちょっと調べてみましょうか』

 

 そう言って、【安室】は自分名義のスマホを振って見せた。

 

**

 

 数日後、少年探偵団――主に、録画解析をした灰原哀の尽力と江戸川コナンの推理で、事件は解決を見た。

 事件の真相は、夜間に『ポアロ』の前を通るタクシーの無線による電波干渉が原因で電気ポットが稼働し、その蒸気が冷蔵庫に入り込んでしまった為に起きた、不幸な事故だった。

 取り敢えず、ポットの位置を変更し、ついでに崩れているのがデフォである新作ケーキ――安室の力作である、半熟ケーキをお披露目する事で、このケーキが崩れる事件は終息した。

 

「はあ、IoT家電にもそんな欠点があるとはな」

 

 夕食時、話を聞いた松田が興味深いと顎を摩った。

 

「そう言えば、二二〇〇年代(みらい)の家電ってどんな感じだ?」

「うーん、今のとあまり変わらないよ? ああ、でもディスプレイが3Dなのが普通だったり、ものによっちゃ音声入力以外使えなかったりするのもあるかな」

「俺達が使い難いと言う事で本丸の家電は大体、二〇〇〇年代(いま)と変わらないものにしているな」

 

 零の問いに、萩原が答え伊達が付け足す。

 なるほどと頷きつつ、零はお椀を傾ける。

 今夜の晩御飯は、萩原が食べたいからとメインは豚の生姜焼きと豚汁、副菜に零が作った山菜の煮つけとセロリの浅漬けを添えている。

 

「本丸を担当する審神者の霊力にもよるらしいが、余り電化出来ないところもあるし何か勘違いして江戸時代みたいな生活してるところもあるらしいな」

「ああ、竈に五右衛門風呂ね、あれはガサ入れで見た時ショックだったなあ。生贄で放り込まれた中学生くらいの子がさ、あかぎれで真っ赤になった手で五〇人用の風呂に水汲んでるの見たときは、うちの連中真顔になってたもの」

「そんな事が?」

「まあな。『審神者が手を掛けて奉仕しろ』って糞担当に言われて、過労と栄養失調寸前でも働いていたんだ」

「あんときゃあ、歌仙の『首を差し出せ』が本丸中に轟いてやがったなあ」

「何言ってんのさ、加州と大和守の『首落ちて死ね』も連呼されてたじゃん」

「そういう萩原ンとこの鶴丸だって、眼かっぴらいで笑ってておっかなかったんだがな」

 

 三人の会話に入れず、話題の転換を図ろうとしていたゼロは、ふっとダイニングテーブルの中央に置いておいたセロリの浅漬けの大鉢が無い事に気付いた。

 あれっと見回し、会話に入ってきていなかった幼馴染がその大鉢を手元に引っ張り、黙々と食べているのに気付いた。

 

「ひろ?」

「ん? 何、ゼロ」

「あれ? 諸伏って、浅漬けそんなに好きだったっけ?」

「うん? いや美味しいから食べてるけど」

 

 気が付いた萩原にそう答え、景光はそのままセロリの浅漬けを口に運ぶ。

 

 その時は引っ掛かりを感じたものの、その事はすぐに零の意識から吹っ飛んでしまった。

 それから数日後、最終点検中のサミット会場、『エッジ・オブ・オーシャン』で大規模な爆発が起こり、警察官に何人もの犠牲者を出してしまったからだ。

 

 

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