※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

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見えない脅威

 それは、何でもない日常で起きた大事件だった。

 ゴールデンウィーク頭の四月二八日、東京サミット会場になる『エッジ・オブ・オーシャン』で大爆発が起きた。

 阿笠邸で江戸川コナン、灰原哀がそれを見ていたその頃、喫茶手『ポアロ』の休憩室で吉野景光もポータブルTVを見ていた。

 

「っ、竜胆! 俺の代わりに店に出てて、俺は【下】に行くから!」

『は、はい!』

 

 ポンっと現れた管狐がくるっと蜻蛉を切ると、そこには景光と寸分違わぬ姿の青年が立っていた。

 管狐の操る形代が店舗へ向かい、客や先輩店員とそつなく会話するのを確認すると、景光は端末を使って簡易ゲートを展開させて『ポアロ』地下に設置している結界の中枢へと降りた。

 ここは前回の掃討戦の裏側での遡行軍迎撃に使用した、大監視網をコントロールする中央管制室も兼ねている。

 降り立つと同時にシステムを起こした景光は、気が急くのを必死で宥めつつ臨海地域の映像を呼び出した。

 

**

 

 それに零こと降谷零が気付いたのは、最終点検中だった。

 所謂、IoT家電の一環なのか、飲食エリアのガス栓にネットからアクセス出来る事に気が付いたのだ。

 先日の『ポアロ』で起きた、電波干渉による事故や、それを悪用したテロの危険も鑑み、公安鑑識に調査を命じようとしたその次の瞬間だった。

 爆音と共に紅蓮に染まった『エッジ・オブ・オーシャン』の一階部分は、真実地獄と化していた。

 爆炎と爆風に突き飛ばされた零が、必死に顔を上げれば目に入ったのは炎と黒煙を吹き出す、何人もまだ作業中の部下が居た場所で。

 ギリっと歯が軋む。

 警察庁に入庁するや否や潜入捜査に従事し、連絡員を兼ねる部下以外とは殆んど登庁した時くらいしか接点が無かったものの、そんな幻の様な年下の上司に付いて来てくれた部下達だった。

 

「ぐっ、『ひ、被害状況の、確認、それと、部下達の、点呼、を』、はぁっ」

 

 そんな彼らが巻き込まれた、この恐らくはガス爆発だろう事態を前に、【降谷(スーリヤ)】の声に頷きつつ必死に立ち上がり、雑音しか聞こえないインカムを何とかしようとした零の両脇を、抱え上げる人間が居た。

 

「安室君!」

「坊主、しっかりしろ!」

「あ……毛利、先生、強、さん?」

 

 顔を上げた零の目に、何時もの三つ揃いの上にコートを着込んだ新條強警部と、前髪を下ろし髭こそ剃っていないが普段よりぐっと地味なスーツに、チェスターコートを着込んだ毛利小五郎とが入った。

 

「毛利、変調が無いか見ていてやれ。俺は、彼の関係者を呼んでくる」

「判っています、先輩もお気をつけて」

「せ、先生?」

 

 二人掛かりで、手早く現場から少し離れた路地裏へ零を運ぶと、騒ぎが続く表通りへと新條は走って行く。

 その間に、毛利は携帯用の救命キットから消毒液を含んだガーゼを取り出し、零の頬の傷をゆっくり拭い始める。

 

「先生、どうしてここに」

「……仕事の話をな、新條先輩としていたんだ。半年後を目途に、探偵事務所を年単位で休業する予定でな」

「え?」

「ちとな、療養を必要としてるんで、これまでみたいな探偵業は難しくてな。で、その間ビルのテナント料だけって言うんじゃ、治療費も掛かるし蘭が進学するにも就職するにも大変だろうって、先輩がパートタイムの調査員をやらないかと声を掛けてくれてな。

 今日は、その仕事について話す序に、この近辺の噂について調べるところだったんだ」

 

 座り直す零に向かって、まだまだ騒がしい通りの向こうに目を向けつつ毛利小五郎はぽつりと言った。

 

「テロにしちゃあ、発生時期が腑に落ちねえが、事故と言うには不自然だあな」

「……先生も、そう思われますか」

「俺ぁ、お前さんほどの頭は無いが、一応元警官、ついでにそれなりに現場を踏んでいるつもりだ。サミット当日に起きるってぇならともかく、未だ施設自体も開業して無くて、中に居るのは施設設置の業者と、警備計画の為に予行演習中だろう警官しかいない……」

 

 自身の言葉に毛利が止まり、俯き加減だった零も顔を上げた。

 

「まさか……」

「狙いは、爆発させる為のギミックの確認と、警官達、だった?」

「確証は今のところないが、否定出来る材料も無いな」

 

 そう言ったのは、同じように爆発に煽られただろう、怪我だらけの風見裕也を連れた新條だった。

 

「強さん」

「取り敢えず、消火と救助は始まってる。だが」

 

 言い淀む新條の表情は硬い。

 警官達の被害を思うと、零も奥歯がギリっと鳴る。

 そんな【弟子】の姿に、毛利がぽつりと言った。

 

「このままじゃあ、事故としてさらっと終わって、犯人の思惑通り、って事に成りかねねえな」

「お前も、これで終わりとは思わないか、毛利」

「これでも、火災現場見て来た人間ですからね。ただの事故なんて思えませんや。

 絶対、似た手法で別の事件が起きるでしょう。犯人は、これで終わりにゃあしやせんでしょうよ」

 

 毛利小五郎が言い切るのに、公安二人はぽかんとなるが、新條強も重々しく頷いた。

 そして、弟子が飛び上がる事を毛利は言った。

 

「仕方ねえ、俺が犯人として捕まるか」

「せ、先生!?」

「お前の指紋の記録は、警視庁に残ってるか。じゃあ、それでうまく工作出来るか? 公安の兄さん」

「そ、それは」

 

 新條の問いに、風見は思わず口ごもった。

 

「先生、待ってください、それは」

 

 思わず声を上げた弟子に、毛利小五郎はにかっと笑う。

 

「その代わり、公安にも誤認逮捕っていうリスクは被って貰う。なあに、事件の可能性って言う『事実』を作っとけば、君らも動き易くなるだろう、安室君」

「せん、せい?」

「どうせ、早くて半年、遅くても今年一杯で休業だ、何なら拘留中に調子を崩して病院行ったら療養命じられたって、探偵坊主に言い訳出来るしな」

「な、」

「坊主、毛利はお前さんが事情があって自分に近付いた事も、工藤新一君の事情も察しているんだ」

 

 新條に告げられた事に、零は言葉も無い。

 そんな零の頭を撫でて、毛利は笑顔で言葉を続ける。

 

「恵理には、後で全部話す事にする。弁護士だから、否応なしに巻き込んじまうが、今から教えといたら、状況そっちのけで文句言うのは目に見えるからなあ」

「先生、僕は……」

「そう言う任務、だろう? お国の為、国民の為に、だろう? だったら、今は下を向くんじゃねえよ、俺の弟子だろうよ?」

 

 そう言いつつ撫でる手は本当に優しくて、零は嗚咽を堪える為に歯を食い縛らねばならなかった。

 

 

 『エッジ・オブ・オーシャン』の事件から数時間後、毛利小五郎は任意同行を拒み、刑事の手を弾いたことから公務執行妨害で警視庁公安に捕らえられた。

 事態に焦る江戸川コナン(くどうしんいち)は、この騒ぎの中黙って背を向けている安室に噛み付いたが、そんな少年に向かって、安室透こと降谷零は言い切った。

 

「僕には、命に代えても守らなくてはならない物があるからさ」

 

 安室を改めて敵認定したコナンは、だからその後続けられた呟きに気付かなかった。

 

「その為にも、先生が泥を被って作ってくれた『切っ掛け』を、潰す訳には行かないんだ」

 

**

 

 サミット会場爆発と言う事件の報告に、だが監査部から帰って来たのは悲鳴だった。

 

「二〇〇年後(みらい)には、そんな記録は無かった、と?」

「より正確を期すなら、今朝になっていきなりその記録が出現、お陰で時空管理局内がてんやわんやしてるそうだ」

「そうだな、俺達も降谷の記録調べた時に、そんな事件観た覚えないよ」

 

 眉を顰める染井吉野(もろふしひろみつ)の問いに、本丸に戻った大島(だてわたる)と小松乙女(はぎわらけんじ)が唸る。尚、出動待機中の班に居る江戸彼岸(まつだじんぺい)は、自身の専任管狐《こんのすけ》である時雨を経由して話を聞いている状態だ。

 

【問題は、その記録によると、五月一日深夜に無人探査船『はくちょう』のカプセルが警視庁に落下し、甚大な被害を出してます、死傷者は一〇万人以上です】

 

 執務室の据え置き型の大型端末のディスプレイで、担当の『百舌鳥』が苦虫を噛み潰した顔で唸る。

 

「それは……」

「なある、遡行軍を送り込むのが難しくなったんで、修正主義者のスパイによって工作を始めた、と」

「何しろ、以前は警視庁内でも歴史修正主義者に染まった奴らが、徒党組んで闊歩していたからな。そう言う形で潜入させていた奴らが、結界に穴を開ける為に動き出したのかもしれんな」

『宇宙から落ちてくる代物で、物理的にぶち破ろうってか? ついでに大災害も起こして一石二鳥か、胸糞悪い』

 

 言葉に詰まる吉野の横で小松と大島が唸り、こんのすけの口から苛ついているだろう彼岸の唸り声がする。

 

「取り敢えず、東錦とも情報共有した方が良いよね、確かあいつ、こないだ急病になった人間の代打でサミット会場の警備になったって……」

「おい、それって」

『まさか、間接的にあいつも狙われた?』

「それ、なあ吉野……吉野? ちょっと、おい、吉野、どうしたの!?」

 

 主上であり同期で、そして話題の主の配偶者である相手が、テーブルに突っ伏してるのを見て小松は慌てて傍に駆け寄った。

 小松がやや強めに揺すると、小さく唸って吉野は体を起こした。

 

「ン……何?」

「何じゃねえよ、急に突っ伏してるからびっくりしたんだよ!」

「え? あ、ごめん、何か最近急に眠くなる事が多くて」

【大丈夫ですか、吉野様】

「うん、やたら眠いだけだよ、他には特に何も」

 

 担当官に、笑顔でそう答える吉野を横目に、大島と小松は複雑そうに顔を見合わせた。

 

「おい、あいつ大丈夫か?」

「あー、東錦に一言入れて、木場さんに相談かな。体調崩してても、あいつ気が付いてない可能性があるし」

「そうだな、前の事があるしな」

 

 かつて、犯罪組織に潜入していた事、そこに降谷零を残した事からPTSDを発症し、そのまま衰弱して手首どころか首を掻き切りそうになった事があったのを覚えている二人は、取り敢えずそうしようと言う話を固めた。

 そこに、こんのすけから素っ頓狂な声が上がった。

 

『おいおいおい、何でそこで毛利小五郎が出てくんだよ!?』

「どうした彼岸!」

『いや済まねえ、今捜査課の横を通ったら、毛利の旦那が『エッジ・オブ・オーシャン』爆破の容疑者って事で公安にしょっ引かれたって』

「はあ!?」

「おい、公安って事は、命じたのは」

「まさか……。だって、ゼロは毛利さんの事慕ってるんだぞ!? 警官時代の銃や柔道の技量だけじゃなく、あの人の人柄自体を!」

 

 ダンっと、執務机を叩いて立ち上がった吉野の肩を、落ち着かせる為に小松は叩く。

 

「落ち着けって、あいつが帰って来てから話を聞こうぜ」

「っ、判った」

「取り敢えず、俺達が警戒すべきはこれ以上の歴史修正主義者の活動と、結界の維持か」

『そうだな、黒服酒瓶野郎が片付いて、緩やかにだが爆弾事件も減ってきてるってえのに』

「そう言う事だから『百舌鳥』殿、そっちでデータの監視お願いします。大きな変動があったら連絡を」

【心得ています】

 

 通信を閉じて、表の大広間で従属神《とうけんだんし》達と巡回その他について会議を行い。

 

 

 その日、深夜帯になっても、東錦こと降谷零は本丸に戻っては来なかった。

 

**

 

 部下達とは別に動いていた降谷零は、風見裕也との通話を終わらせ公衆電話に凭れ掛かると、全身で息を吐いた。

 部下達に国内外の過激派、テロリストの捜査をさせ、零はガス管にアクセスした方法を探ると同時に、FBIの滝和也に連絡を入れ、組織の残党の動きが無いかを確認を取っていた。

 だが、新條から連絡があったらしい滝は、一通り調べたデータを書面で用意すると話す一方でこう告げてきた。

 

『これは、あくまでも俺の勘だ。だがこの事件、お前さんの周囲を調べた方が良いと思う』

「え?」

『いや、言い方が悪いな。お前さん、この数年以内にあの組織絡み以外で何かしら事件に関わらなかったか? そうだな、インターネットとか、所謂サイバー犯罪系だ。そっちを探った方が良い気がするんだ。

 ネットからガス管をいじり、ついでに何かガスの周囲で火を噴くようなものをいじったって言うなら、サイバー犯罪者とその関連を当たった方が早いだろう。

 お前さんには悪いが、なあんか、恨み節、否逆恨みを感じるんだよ』

 

 滝からの言葉を受けて、ここ数年で関わった事件を思い出した零はその中に当てはまりそうなものを思い出し、慌てて部下達に関係者の確認を命じた。

 そうやっているうちに、波止場にある公衆電話を、朝日が照らし始めた。

 

  こつんっ

 

 音に気付いて下を見たら、幼い頃の諸伏景光そっくりな、でも出会った頃より更に小さいだろう、二、三歳くらいの男の子がペタッとガラス戸に張り付いていた。

 見覚えのある襟付きのシャツに、本来なら半ズボンだろうがバミューダパンツみたいになってしまっている大き目の裾から伸びた脚は、本当に見覚えしかない。

 

「……え?」

 

 開けようとすると判ったのか、子供は扉の可動域から離れ、じっと零の顔を見上げてきた。

 景光の薄い霞にも似た灰色ではなく、何処かで見たような青い瞳のその子は、じっと零を見ながらぽつっと呟いた。

 

「めなの」

「え?」

「おかあしゃん、しゅんなの。おとおしゃん、めなの」

 

 そう言うなり、その子供はぱっと走り出し、そのまま朝日の中に溶けて行った。

 最後の最後に、青みがかった緑の光がきらめいたのを、零は茫然と見送った。

 そして気が付いた。

 あの子供の目の色は、毎日鏡の中で見ている色だと。そして、以前見た『眼』と同じ色だと。

 

「え? え、えええええぇ!?」

 

 人気のない波止場に、零の驚きの声が響いたが、聞いていたものは誰もいなかった。

 

**

 

「……ちょう、課長、ああもう、ヒロ坊!」

「はひ!?」

 

 強く肩を揺すられつつの大声に、諸伏景光は飛び上がり自分が今、本丸ではなく警察庁の『特殊案件捜査課』のオフィスにいる事を思い出した。

 肩を揺すっていたのは、課長補佐の肩書でこちらへの出向継続が決まった新條強警部だ。片手には、部屋の隅にある簡易キッチンで入れたコーヒーの入ったマグカップが二つある。

 

「あ、わ、すいません!?」

「いや、良く休めてないのか? 勤務中に転寝なんてらしくないな」

「あ、いえ、そう言う訳じゃ」

 

 言葉を濁した景光に、カップの一つを勧めると自身の机に戻りつつ新條はこう言った。

 

「例の『エッジ・オブ・オーシャン』の爆発事件。毛利の奴が起訴されそうだってな」

「……そう、なんですか」

「まあ、事故として処理されない為の茶番だからな、零坊も渋ったんだが、毛利に説き伏せられたからな」

「え?」

 

 顔を上げた景光に、マグのコーヒーを啜りつつ新條は言葉を続ける。

 どうしても子供の頃の印象があるのと、これまでの事があって景光が新條から敬語を使われる事を微妙に嫌がる為、課内での会話はフランクなものになっている。

 

「じゃあ、ゼロは」

「一応、爆発させた方法は見当がついてて公安鑑識に調べさせて裏を取ってるらしい。

 問題は、犯人で、……どうも心当たりが出て来たそうだ」

「! 本当に?」

 

 思わず身を乗り出した景光に、課長補佐になったノンキャリアはこらこらと手を振って見せる。

 

「その辺は流石に聞いて無いぞ、心当たりについては、情報交換やってたカズから聞いたものだしな」

「え?」

「一応、零坊は烏丸グループの残党を疑ったらしいんだが、あいつが別件の可能性を指摘したんだそうだ。

 流石にこれまで零坊が手掛けた任務なんて、周知されてちゃ困るが、だからって部下連中に聞くのも筋が違うだろう。だからこれ以上は俺は判らんよ。

 寧ろ、ヒロ坊に手伝いを頼むんじゃないか?」

 

 新條の言葉に、年下の課長は納得がいった様子で、あからさまにほっとした。

 気を取り直したように書類の決裁を再開した景光の首元に、するっと青い何かが巻き付きそのままするっと何処かに消えた。

 だが、残念ながら新條強の目には、その姿は映らなかった。

 

**

 

 夕闇が近付く頃、小松研二(はぎわらけんじ)と桜田陣平(まつだじんぺい)の二人は勤務時間が重なったのを幸いと、ノートPCを覗き込んでいた。

 そこには、小松が生来のコミュ力で聞き込みした事と、桜田がその職人気質を全面に押し出して鑑識に聞いてきた事が箇条書きにされている。

 

「やっぱりさあ、毛利さんには無理じゃね?」

「そうだな」

 

 眉をへの字にして小松がぼやけば、電子タバコの吸い口を噛みつつ桜田も唸る。

 

「爆発のカラクリ事態は簡単だ、ガスさえ充満させて火花出させりゃ一瞬だ。現場にゃ、飲食店で使うには不釣り合いな家電のIoT電気圧力鍋があったって話だ。十中八九、火種はそれだ。高圧ケーブルが露出してる場所は限られるが、IoT家電の調理器具なら、知識のない奴なら業務用の中に家庭用器財があっても、不自然さに気が付かねえだろうよ」

「公共施設の飲食エリアに家庭用調理機が鎮座してるのも、結構シュールな光景じゃないかな?

 それはともかく、事件の日のお昼頃に『エッジ・オブ・オーシャン』のインターネット環境が完備されたんだってさ。パソコン苦手で、事務所のHPの管理をお弟子さんと居候の小学生に投げっぱなしの毛利探偵がそう言うの判ると思えないし、そもそもインターネット自体判ってたか怪しくね?」

「それ言っちまうと、IoT家電をあの人が扱えるかどうかも微妙だろ? 携帯だって未だにガラケーでメールどころかカメラも満足に使えねえだろ、あの人」

「うん、使い捨てカメラから最近デジカメになったらしいよ」

「となりゃあ、むしろ疑わしいのは弟子の兼業バイトだが、」

「あいつがテロなんて洒落にならないし、やるなら寧ろ毛利さんのパソコン使わないよねえ。話によると、毛利さんのパソコンから企画書やら何やら出て来たそうだけど、あからさまなデコイに見えるの俺だけかな?」

 

 何処で何を聞いてきたのか、小松がそう言うと桜田も頭を掻きつつこう付け加える。

 

「まあ、ハッキングの定番、中継地だったって事だろうが、まあ、その辺は脇に置こうぜ。問題は、

繋がったばっかりのインターネットで、いきなりガス栓やら設定出来たかどうかの家電にどう介入したかって事だな」

「それについては、サイバー課の奴から嫌な話聞いたよん」

「何だ?」

「去年、寄りにもよってNAZUに不正アクセスした事件があったそうなんだけど、それにNorっていうハッキングシステムが使われたんだって。SE資格持ってる奴が、それ使えば少々そっちに疎くてもIoT家電くらい簡単に干渉出来るって言ってたよ」

「おいおい、ますます毛利探偵様にゃ無理だろよ、それ」

「だよねー。状況証拠の弱さに首席様が気付いて無い訳ないから、やっぱり事故として処理されない為に立件しようって事なんだろうねえ」

 

 思わず溜息が重なった、その時だった。

 

「おい萩原、松田、お前ら退勤だろうが、残ってるならこのまま夜勤入れるぞ!」

「「わ、はい、すいません!」」

 

 反射的に、PCを畳んで立ち上がって答え、そして二人はそのまま固まった。

 ぎちぎちと、油の切れたロボット宜しく振り返った先に、彼らが新人だった八年前に爆破物処理班の長だった、萩原研二の爆死後一時期閑職に居たものの、昨年警備第二課の課長になった上司がいた。

 だが、すっかり目元にしわの増えた元上司は、静かに笑ってこう言った。

 

「小松に桜田だったな、退勤時間だろう、早く帰りなさい」

「え、あ、」

「っ、はい、すみません、お先に失礼します!」

 

 まだ驚いている相棒の頭を無理やり下げさせ、小松はそのままPCを抱え桜田を引きずって部屋を出ようとした。

 その、元上司とすれ違う瞬間。

 

「今度は、慢心しないようにな。相棒の為にも」

 

 そう言われ、小松(はぎわら)は耳まで赤くなった。

 そうやってどたばたと走って行く二人に、何処かの人間が「走るな!」と怒鳴る声がする。

 上司だった男は、懐かしさに目を細めつつ、自身の職場へと帰るべく踵を返した。

 

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