※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

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不思議な彼ら

 

 警視庁では、今一つの騒動が巻き起こっていた。

 曰く、『殉職した爆処のWエースが黄泉返った』と。

 

 その渦中にいるのは、最近転属してきた新人警官二人である。

 七年前に殉職した、萩原研二に瓜二つである『小松研二』。

 三年前に殉職した、松田陣平に瓜二つである『桜田陣平』。

 着任の挨拶に行ったら、警備部機動隊の古参警官全員がパニックを起こし、給湯室にあった塩を二人の全身にぶっかけると言う惨事になったのを始め、食堂で昼食中に通り掛かった捜査課の警部があわや心不全、そして同行していた女性刑事に桜田が襟髪ひっ捕まれ、頬を思いっ切り殴られる騒ぎが起きた。

 この騒ぎで、終始声を荒げ、怒りを露にしたのは小松の方で、隙有らば殴り掛かりそうなのを羽交い締めにするのが桜田の方であるのを見て、機動隊古参達は落ち着いた。

 我が道を行く松田の世話を焼きつつ、へらへらしていた萩原、そんな印象を持っていた古参の大半が、二人の姿に落ち着きを取り戻した。……まだ、内心疑っていたとしても。

 

「……疲れた」

「いやほんと。出動掛からなくて良かった」

 

 日勤が終わり、揃って退勤する事が出来た二人は、警視庁から二つ向こうの駅にあるコーヒーショップで、四人掛けのテーブルに突っ伏し脱力していた。

 別に警視庁の近くでも良かったが、見られてまた色々言われるのも嫌だったと言うのもある。

 

「いやもう、まさか部署全体の反応、あんなに激しいとは思わなかったわ」

「俺なんか実質一年いなかった位だから、とっくに忘れられてると思ったけどなあ」

「バーカ、お前みたいに新人でパカスカ爆弾解体して回った奴が、印象に残らないと思ったか」

「それは陣平だって一緒じゃん」

 

 二人揃ってテーブルに突っ伏し、互いだけに聞こえる声でボソボソ話し合う。

 いや、『萩原と松田』そっくりだから、色々言われるだろうと二人も想定していたから、警察学校の時点で『短気な小松』と『呑気者の桜田』と言うキャラ付けを行って来たのだ。

 何しろこの二人、そっくりさんではなく『萩原研二と松田陣平』本人なのだから。

 

「それにしても高木……いや今は未だ佐藤さんだっけ、何やったのさ」

「何だよ」

「あんだけ取り乱して泣き叫ばれたら、何かあったって誰でも思うよ。少なくとも、あの場にいた人間は、皆ね」

「……捜査課に行かされた時の、世話役だったんだ。で、吹っ飛んだ時、現場にいた」

「あー……じゃあ、甘んじるしかないよねー」

 

 精神はアラサーでも、肉体は二三歳の若造だ。ついでに言うと、九頭龍の眷属となってから傷の治りは早い。

 殴られた後に張っていた発布剤を剥がせば、桜田陣平の頬に傷はない。でも、心の方はそうもいかない。

 昔の馴染み、職場の友人知人を相手に、彼らは当分こんな思いをしなくてはならない。

 

「大島はいいよな、露骨に顔が違うから、伊達航の縁者って設定を誰も疑わなかったって」

「一気に老け過ぎなんだよ、あいつ。後、髭がないのも大きいんだろうよ」

「俺達も、又従兄弟だって設定なんだけど」

「話す暇なかったな」

 

 視線を会わせ、どちらからともなく失笑する。

 想定以上だったが、この騒ぎを甘受すると決めて二人は――大島こと伊達航も、古巣に戻ったのだ。

 

 これから起こる事件の裏側で、より大きな惨事を起こそうとする歴史修正主義者の動きを掴む為に。

 

 

 高木渉は、自室のベッドの上で頭を抱えていた。

 家に帰る寸前、自分が見たものが何だったのか、何度も考える。

 だが、どうしてもぐるぐるして。

 

 

 独身寮に帰る途中、何時もの通りを歩いていた筈なのに、急に物音も動くものも消えてしまったのに気付いた。

 違和感に背筋にぞくぞくするものを感じつつ、とにかく帰ろうと思ったその時だった。

 忘れられない声がした。

 

『千歳を経し刀剣が付喪神、刀剣男士に九頭龍大神 (くずりゅうのおおかみ)が眷属、大島こと伊達航が命ずる!

 顕現し、歴史改変に伴い現世壊滅を目論む歴史遡行軍を殲滅せよ!

 第四白刃隊、抜刀! これは我らが主、九頭竜大神が現身『染井吉野』の意志である!』

 

   伊達さん!?

 

 思わぬ声に、慌てて角を曲がって、高木渉が見たもの、それは。

 

グルアアァァアアア!

「せめて雅に散れ!」

キシャアアア!

「笑いなよ、にっかりと」

ゲシャシャシャ!

「隙ありぃ!」

ゴガあああぁぁァアアアあ!

「足元がお留守だぜ!」

「商売上手切り!」

シャげげっ!!

「抵抗は無駄だ!」

 

 赤や緑に発光している巨大な――二メートルオーバーの、ボロボロの刃物を持った怪人物達相手に、時代錯誤と言うか、派手な装いの青年少年が六人、どう見ても銃刀法違反の刃物を振るって戦っている。

 そんな彼らを見ている、神主さんのような姿で、しかも顔を布を垂らして隠している人物が一人。その背格好を持つ人間を、高木は良く良く知っていた。

 

「だ、」

「お兄さん、伏せて!」

 

 声に弾かれるように屈めば、髪の毛すれすれを長い刀身がごうっと音を立てて振り切られ、「ギャ!」「ピギッ!」っと鳴き声を上げて、蛇とも魚ともつかない、刃物を咥えた骨が二体、砕き飛ばされていた。

 茫然と、塵に変わっていく骨の化け物を見ているうちに、怪人を切り払ってしまった青年達と、真っ白な着物の神主らしい人物とに囲まれていた。

 息を詰めて、身を固くする高木に向かって、そこにいる全員が困っている。

 

「大島殿、彼は」

「あー、困ったな。蘇芳、これはどう言う事だ。人払いの結界は張った筈だな?」

 

 「雅に」と言いつつ、一番大暴れしていた青年に問われた神主――声はどう聞いても亡くなった筈の教育係だったが――がそう言うと、ポンっと音を立てて小さな動物が現れた。もしかすると狐だろうか?

 

『申し訳ありません、大島様、どうも彼は審神者の適性と霊力が高いらしく、こちらの結界を突破されてしまいました』

「マジか」

「あー」

「どういたしましょう、大島殿。審神者の適性がある以上、彼を捨て置く訳には」

「そうだな旦那、レキシューの奴らに捕まったら面倒だよ」

「主のペナルティにされたら堪らんばい!」

「取り敢えず、博多辺りを警護に付けて、ここは一旦戻った方が良くねえか?」

「あ、あの、」

「そうだね、こちらも気になるしねぇ。……人目の事だよ?」

「どちらにしても、監査部に連絡しなきゃね」

 

 そう言って、派手な装いの人々は姿を消し、最後に肩に小狐を乗せた神主が高木の頭を撫でた。

 

「すまんな、巻き込んで。

 二、三日中には詳しい話をする、それまで待っててくれ」

「待って、伊達さん!」

 

 手を伸ばしたけど届かなくて、周囲に何時の間にか遠くの車の音や、風の音が戻って来ていた。

 茫然としながら高木は自室に戻り、そして冒頭に戻る。

 とにかく風呂だけ済ませ、高木は布団の中に納まった。

 寝て起きたら、忘れるかもしれないと思いつつ。

 

 

 何時の間にか自室に上がり込み、脱ぎ捨てた背広を手入れし掃除をした朱縁眼鏡の少年に、整理整頓について滾々と説教されるのは、彼の起床時間三十分前の話。

 

 

 夏休みに入った、ある日の午後。

 ポアロに出勤した安室透こと降谷零は、吉野景光を相手にわいわい騒ぐ少年探偵団と、お目付け役の女子高生二人――但し片方はやや頼りないが――を目にした。

 

「本当にその節はお世話になりました、吉野さん」

「ほんとにもう、あんた達ももう夜中に外、子供だけで出歩いちゃ駄目よ?」

「「「はーい」」」

「次こんな事になったら、すぐ大人に言うわ」

「僕も駄目って言うよ」

「おはようございます、何かあったんですか?」

 

 降谷が声を掛けると、明るい髪色にボブカットの少女、鈴木園子が声高に宣った。

 

「あー、聞いてくださいよ安室さん、この子達ったら一昨日の夜、お化け退治だーって、勝手に家を抜け出して肝試しに行ったんですよ」

「肝試し?」

 

 聞き返した降谷に、園子の代わりに子供達が口々に話始める。

 取り止めなく続いた内容を整理すると、次のような次第だったらしい。

 

 江戸川コナン、灰原哀、そして少年探偵団の通う帝丹小学校で、最近「赤く光る刃物」や、同じく「赤く光る大蜘蛛」、そして「赤く光る人影」が噂になっていた。

 そこで、その正体を暴こうと三人が言い出しコナンと灰原も引っ張られ、一昨日の金曜日の夜、灰原の家――正確には居候中の阿笠博士の家――に宿題しに行くと称して夕方出掛け、帰る振りして噂の場所に向かったそうだ。――阿笠博士は近くに家族が迎えに来ていると言われ、それを信用したらしい。

 噂になっていたのは、以前小さなスーパーだったのが潰れて廃屋になった場所で、近々更地になると言われつつ、もう一〇年ばかり放置されているところだった。

 そこの裏手に回り込み、ギリギリ源太でも潜れる穴を見付け、意気揚々と探索を始めたがその矢先に、激しい物音と大きな怒鳴り声に飛び上がって、五人は二手に別れて逃げ出したのだ。

 尤も、そこにいたのはその廃屋――と言っても鉄筋コンクリ製なので、実は外側を塗り直せば未だ使用に耐えるものだったが――を借りてトレーニング場として使っている社会人と大学生達だった。

 五人はそこでトレーニング中だった道着姿の四人の青年に各々確保され、交番に連行され保護者に引き渡された。

 四人曰く、「十二、三人集まっていて、連続組手と言う名の異種格闘戦と言う話になってしまい、それで騒いでいたので驚いたのだろう」との事だった。

 その四人の中の一人が、吉野景光だったと言う事らしい。因みに、吉野以外の三人は現職警官で、お陰で書類製作は非常に早かったらしい。

 

「最近見掛けねえなあと思ったら、小松の兄ちゃんも桜田の兄ちゃんも新しい職場に移ってたって言うんだもんな」

「何時もより怖い顔してましたねえ、二人とも剣道着似合ってましたけど」

「吉野のお兄さん、カッコ良かったんだよ、真っ白な着物と長い幅広のズボンで、長ーい弓持ってたの!」

「え、何それ見てみたい!」

「園子ったら。吉野さん、弓道をなさっているんですか?」

 

 興奮気味にそう語る吉田歩美に、園子が食い付き幼馴染みである毛利蘭が額を押さえつつ、一応吉野に問い掛ける。

 それに答える吉野は、少し気恥ずかしげだった。

 

「一応、剣道柔道弓道合気道、全部初段は取ったかな? 一昨日は頭数の関係であぶれる人間が出るから、弓を出してたんだ。で、あんな時間に子供が悲鳴上げて走ってくものだから、うっかり弓抱えたまま走っちゃって」

「「「「カッコ良かったよ!」」」」

「……うん、そう思う」

「あはは、ありがとう」

 

 照れたようにそう言う吉野は、今日は安室透と入れ替わりにバイトを上がる事になっていた。

 帰る小学生三人と園子、夕食の買い物に行くと言う蘭を途中まで送ると言う事で吉野が店から出て行くのを、降谷とコナン、灰原は見送った。

 一〇分ほどして、吉野景光が戻る様子がないのを確かめた上で、コナンは安室透の方を見てこう切り出した。

 

「ねえ、安室さん。

 安室さんはお化けとか信じる人?」

「え?」

 

 少し驚いた。

 安室――降谷零からすると、この少年の口からそう言う問いが出てくるなど、思いもしなかったと言うのが正しい。

 ホームズファンらしい少年は、だがいささか混乱している様子で言葉を続ける。

 

「僕と灰原は、源太達と逆に逃げた。

 中にいた何者かがあいつらより俺達を追い掛けるよう、わざと暗い裏手に逃げたんだ」

「何て危ない事をしたんだ、吉野くん達だったから良かったものの」

「……違うわ、それと違う事よ」

 

 灰原の声に、思わず口を閉ざす。

 

「僕と灰原が逃げた先に、何か居たんだ。

 軽自動車ぐらいの大きさの、狐のお化け、最初は真っ黒で、何だか判らなかったんだけど」

「来た方に戻ろうとしたら、頭上を飛び越えて回り込まれたの、そうしたら」

「長弓に弦を張った状態で抱えた吉野さんが走って来たんだ。吉野さん、真っ黒なそいつに向かって、矢を使わず急に弦を弾き出したんだ」

「まるで、見えない矢でも放ってるみたいだったわ。弦が音を立てる度、化け物の姿は小さくなっていって、小松って人がやって来た時には、子猫より大きいくらいになってたわ」

 

 二人が思い浮かべたのは、暗がりで浮き上がるような白い弓道着に、二メートル近い長弓を携えた吉野景光の姿だ。

 あれは四、五〇回は弦を弾いた筈だ。最後の頃、彼は息を切らし、びっしょりと汗を掻いていた。

 店内に、コポコポとお湯の沸く音が響く。

 弓の弦を鳴らすと聞いて、降谷零はとある事を思い出した。

 かつて幼馴染みに聞いた話。

 

「多分、『鳴弦(めいげん)』ですね。日本の古いお呪いの一種で、わざと大きく弓の弦を鳴らして、邪気や魔を払うものだそうですよ?」

 

 降谷の言葉に、見た目と頭脳が釣り合わない二人組は顔を見合わせた。

 何となくだが、二人はこの男は心霊的なものを受け入れないし、知識はないだろうと思っていたのだ。

 

「……そうやって子猫より大きい程度に縮んだそれの事、あの人は可哀想って泣いてたわ」

「え?」

「潰れたスーパーの経営者に近所のお稲荷さんから分祀されたのに、祀った本人が死んだ後身内の人間がきちんと祀らなかったから、神格失って化け物になってたお稲荷様の狐だって、吉野の兄ちゃん言ってた。

 穢れを払ったら、元の神社に返してやるって、小松さんと話してた」

「吉野さんはともかく、小松さんも不思議な人よね、最近本庁に転属した警察官らしいけど、あのお化けを金属管に収めて、何事もないように笑ってたし」

 

 二人の声を聞きつつ、降谷零は別の事を考えていた。

 確か、吉野景光は友人とルームシェアを行っていた筈。もしかすると、その三人の警官がシェア相手だろうか?

 だが、聞いた降谷は、返ってきた名前に衝撃を受けた。

 

「え? 吉野さんの友人の名前?」

「確か小松研二に桜田陣平、大島航だったかしら」

 

 名字こそ違うが、亡くなった同期の友人達と同じ名前だった。

 

 

 弓道部の方へ向かう。

 幼馴染みである諸伏景光は、時々弓道部の応援――正確には助っ人、だ――に引っ張られる。

 入学早々、体験入部でニ射目でど真ん中を射抜き、その後三連続正中を出した事で顧問の先生が是が非にも入部させようとしたらしい。

 が、他の顧問の先生と揉めて弓道部と陸上部とバスケ部の三つを掛け持ちしてみて、一番納得出来た部活に入ると言う話になったらしい。

 

「酷いだろ、俺の希望は入ってないんだ」

 

 そんな事を言いつつ、自分が入ったテニス部と活動日が重なるバスケ部を優先させている事を知っている。

 今回は、先輩に泣きつかれて対外試合に出る事になったので、弓道部の練習に参加している。

 弓道場を覗くと、幼馴染み一人がいた。

 

「ヒロ!」

 

 声を掛けると、額に汗を浮かべていた彼は、俺を見てにこりと笑った。

 

「ゼロ、もう皆帰ったから上がって来いよ」

「ヒロは?」

「これで上がるところだったんだ」

 

 そう言った幼馴染みは、何を思ったか長弓の弦を軽く弾いた。

 ビンっと、弦が鳴るのを聞きながら幼馴染みが口を開く。

 

「昔、武士とか衛士とかはこうやって弓を使って、邪気や災難、魔物を近付けないようにしてたんだって」

「弓で?」

「正確には弓の弦が空気を切る音、かな? 鳴る弦と書いて、めいげんって言うそうだよ」

 

 そう言いながらもう一度だけ弦を弾いて、幼馴染みは弓から弦を外し、片付け始める。

 

「そんな事よく知ってるね、ヒロ」

「兄さんが沢山本持ってて、読んでた中に歴史雑学があって、その本に書いてあったんだ」

 

 そう言って笑う幼馴染みが、夕日に照らされる。何だろう、とても美しいものを見た気がして、胸がドキリとなった。

 

『うんうん、八重桜は綺麗だよねー、どうせなら嬬恋したいよねー』

『あ、兄者!?』

『……たわけがっ!』

   ドゲシャア!

 

 知らない人間の声と物音を耳にして、えっと振り返ったがそこには誰もいない。

 

「ゼロ?」

「何でもない、帰ろう、ヒロ」

「ああ!」

 

 

 目を覚まして、降谷零は頭を抱える。

 俺は一体何の夢を見たのか、昔の思い出にくっついたあの声は一体何だったのだと。

 

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