※この作品はR-18です。

九頭龍は桜の代紋を背負っている   作:怪傑忍者猫

6 / 39
黒い悪夢のその裏で

 諸伏景光こと、染井吉野が預かる通称『代紋本丸』には、現在七十振りほどの刀剣男士が所属している。

 過半数が所謂ブラック本丸からの引き継ぎであり、吉野自身が鍛刀したものは全体の九分の一と言ったところだ。そもそも、最古参の九振りからして、ブラック本丸の生き残りである。

 但し、この最古参を含む所属男士の三分の二は、見た目こそ刀剣男士だが実際は『九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)』の従属神と言う、付喪神より高位の存在になっている。

 例えば、染井吉野の初期刀とされる陸奥守吉行(極)は、戦装束の背中に自身の刀紋を包み込むように九頭龍が刺繍されており、防具の端々に龍鱗が装飾兼緊急用の咒具として備わっている。また、胸元に代名詞である桜の代紋を飾っている。彼と信濃藤四郎、蛍丸とは装束の背に一際大きく九頭龍の刺繍を施されており、その縁の硬さが判ると言うものだ。

 従属神となった男士達は、皆大体戦装束に大きく九頭龍の刺繍が入り、防具に竜燐が二、三着いている。従属神になっていないものは、刺繍の入った腕章を着けている。

 その姿の特異さに、色々騒ぐ審神者の中から潜在ブラックや、お花畑と称される低稼働本丸を摘発するのがこの本丸の業務の一部になっている。

 監査部所属であり、刑事事件に対応させる特別本丸と言う体裁で、染井吉野とその補佐役達は実は全員二二〇〇年代の警察庁所属でもある。閑話休題。

 

 週一回、金曜日の夕食はカレーで、本丸の人員全員で摂ることにしている。

 普段は、遠征や出陣の関係で時間がずれる部隊が出る事と、稼働初期に引き取った元ブラック出身者が食事に色々やらかし、それに補佐の面々がガチギレした――まだ不安定だった染井吉野を取り込もうと、自身の血や神気、瘴気を混ぜて食べさせようとした輩がいたのだ。全員補佐役に叩きのめされ、矯正された後他の本丸に移譲されたが――事もあり、染井吉野と刀剣男士全員が顔合わせして食事が出来るのはその日だけである。まあ、同じテーブルに着けるのは最古参と新人くらいで、一部補佐役に監視されているものも居るが。

 カレーを作るのは染井吉野と補佐の三人が――野菜の皮剥きは、流石に普段厨房を回す面子が手伝うが――、炊き出しの要領で作っている。

 その日は、チキンバターカレーとヨーグルトソースのサラダ、食い足りない面子用にハンバーグ――これは備蓄食として厨房班が作っていたものを、消費期限が近いからと供出された分だ――を添えて出した。

 

「通常任務は免除と言われても、結構きついなあ」

「加州の第三部隊は、江戸彼岸殿と一緒に外回りが多いものな」

「まあ、関西より向こう側は我々第四部隊が片付けたんだ、もう少し頑張ってくれ」

 

 二皿目を搔き込みつつの加州清光の言葉に、留守居を預かる山姥切国広が笑い、歌仙兼定が苦笑する。

 その横で、深々と嘆息するのは遊撃として東都内の巡回を行う第三部隊の蜂須賀虎徹だ。

 

「外側の方は完成しつつあるのに、内側であれほど闊歩されては結界が完成出来ないだろう」

「あーそう言えば第ニ部隊、明日から増員分割して都内回るんだったな」

「小松殿と彼岸殿が、予定通り本庁に入られたからな、これで小松殿の式神をコールセンターに常駐させられるので、細かい情報を集める手間は省けるが」

 

 それでもと、溜め息が絶えない同僚に固定近持でありこの本丸の刀剣男士総代である陸奥守吉行が笑う。

 

「まあ、そうゆうな。第四部隊も来週から都内回りじゃ、そうすれば範囲も時間も減らせるろう」

「そう言うお前の第一部隊の方はどうなんだ?

 主の警護と同時に、最終アンカー設置地点の警護と整備だろう」

「この間、三日月と髭切がやらかしたのは聞いたが」

 

 陸奥守が預かる第一部隊は、別名『近衛部隊』と呼ばれ、染井吉野の護衛が第一義とされている。因みに、各部隊は通常任務時の部隊編成ではなく、あくまでも染井吉野達が本丸から動く際の護衛部隊である。

 第二部隊が小松乙女で隊長は蜂須賀虎徹、第三部隊が江戸彼岸で隊長は加州清光、第四部隊が大島指揮下、歌仙兼定を隊長として動くようになっている。

 

「おん、主と一緒にいたいからと、人払いの結界を張っていてな」

「ダメじゃん、それ。喫茶店ポアロ(あそこ)って客商売なのに」

「ああ、だからあの日、三条大橋に三日月と源氏の重宝が担ぎ出されたのか」

「お小夜と愛染が良い笑顔だった訳だ」

「相変わらず懲りんな、三日月は。だからあ奴、未だに要監視から格上げされないし、補欠にしか成れないんだろうに」

 

 口を洗う意味でラッシーを飲む陸奥守の応えに、他の隊長が呆れ顔を作る中、同じくラッシーを飲みつつ山姥切が笑う。

 対応する補佐役がいない山姥切は、基本本丸留守居と、単独で陸奥守が染井吉野の護衛に入った際の部隊指揮を担当する。

 彼としては、主と補佐役の友人だと言う人物が本丸に入った時に、自分が付くのだろうとのんびり考えている。

 

 そんな話をした数日後、第四部隊が関係者と予想外の接触を持ったと聞いた。

 初期刀五振りが揃って額を抑える事となったのは、実は予想通りではあるがあって欲しくなかった事態であった為である。

 

 

 警察庁庁舎で破壊音と銃声がしたと言う一報を受けたのは、代紋本丸の審神者とその補佐役達がプライベートである『奥』で、夕食後明日の予定の確認をしている最中だった。

 小松乙女こと萩原研二が、警視庁のコールセンターに放っていた式神――蜘蛛に擬態させて、機材の陰に潜ませている――が聴いたものを、そのまま『奥』に置いている警察無線――二〇〇〇年代のものを萩原と江戸彼岸こと松田陣平が改造したものだ――が受け取ったのだ。

 

「おい、この事件」

「多分、書類にあった潜入捜査官絡みの奴か!」

 

 着替えていなかったのを幸いと、四人は立ち上がる。

 

「俺と第四部隊は増員として待機する、ハギ、第ニ部隊で緊急巡回を頼む」

「判った、松田は?」

「否、松田は俺と来て欲しい、第三部隊は待機で」

「え、陸奥じゃなくて良いのか」

「陸奥守には、第一部隊を率いて最終アンカー地点の警備をして貰う、騒ぎに乗じて周辺に放火とかされたら、目も当てられない」

 

 本丸の主である、染井吉野こと諸伏景光の言葉に、思わず全員から無意識の舌打ちが出る。それが一番の懸念であり、そしてそれをやりかねない相手を彼らは相手取っている。

 大島こと伊達航が本殿へ全館放送を掛けると、明かりは点いているが静かだった表向きが、急速に出陣前の喧騒に包まれるのが判る。

 

『第一部隊は最終アンカー地点の警備を、第二部隊は夜戦編成にて出撃準備、警察庁より湾岸線までの間に歴史修正軍の出現がないか巡回する、第三、第四部隊も夜戦編成にて待機。繰り返す』

 

 その間に、研二はリビングのクローゼットから夜間戦闘用のスーツを引っ張り出して羽織る。

 景光と陣平もほぼ同じようなスーツを着込み、そして三人の肩にそれぞれ猫ぐらいの大きさの子狐が飛び乗る。管狐のこんのすけと呼ばれる彼らは、生体型情報端末であり、時空を超えた通信機の役割も持っている。

 

「じゃ、俺ハッチー達と出るから!」

「任せるぞ、『小松』!」

「頼む。

 竜胆、『木場』さんに連絡、至急ヘリの手配を」

『大丈夫です、あちらでも事件発生の一報と共に準備して下さったそうです』

 

 景光の肩に乗る、四肢に紫色の鱗模様を持つこんのすけはそう答えると、電灯スイッチに擬態させているコンソールへ転送座標の音声入力を行う。

 電子ロックの解除ランプが点くと同時に扉を開けば、そこは何処かの通り、ではなく何処かの庁舎の廊下としか見えない場所だった。

 そこを走って、一階層分階段を駆け上がればそこはちょっとしたヘリポートとなっており、そこには待機状態の小型ジェットヘリがあった。

 そして、その前でスーツ姿の若い男がいる。

 一見二十歳を越えたかどうかと言うこの男が、内閣調査室国内部部長であると知る者は少ないだろう。

 男は、ポートに出て来た二人の青年に向かって、風とヘリのエンジン音に負けないよう声を張り上がる。

 

「ギリギリですが、飛行許可は取れました。お気を付け下さい、染井吉野様、江戸彼岸殿!」

「ありがとうございます、木場さん!」

「ありがとよ!」

 

 それこそ滑るようにして操縦席に納まると、シートベルトとヘッドセットを付けた景光は手慣れた手つきで点検を行い、操縦桿を握った。同じく隣りに滑り込み、シートベルトを着けつつ、これは驚いた様子で陣平が聞く。

 

「お前、何時ヘリの免許取ったんだ」

「免許自体は、二〇〇〇年代(こっち)に戻るに当たってこの間取ったんだ。実技は潜入捜査官時代に、覚えなきゃ死ぬから覚えた」

「何べん訊いても理解出来ねえが、どう言う組織で何やってたんだお前。てか、そこに今も現在進行形で潜り込んでんだよな、あの野郎(ゴリラ)」

 

 そんな事を話す内に、景光の操る小型ジェットヘリは夜空へと一気に舞い上がった。

 

『盗難車は中央道を湾岸線方面へ逃走中、白のマツダRX-7、赤のムスタングが追走、資料通りなら、追跡者は降谷零、赤井秀一の二名です』

 

 警察無線を傍受した江戸彼岸専任のこんのすけ、『時雨』の声に陣平が額を抱える。

 

「公安ぇ」

「見えて来たって、ウェ!?」

 

 思わず言葉を失った景光の視線を追い掛け、陣平のサングラスがすり落ちる。

 爆走する三台の車両の後ろに、どんどんスクラップが積み上がり、そうじゃなくても渋滞し易い首都圏の高速道路がどエライ事になって行っているのが見えた。

 

「……どうすんだ、これ」

「税金、つぎ込むしかないんだろうなあ」

「これを最小にする訳にいかないってのが、歴史の難しさだよなあ」

「幼馴染みが片棒担いでるってのが、一番困るんだけど」

 

 一緒に吹っ飛んだ大型冷凍車の荷台を間に合わせの通路にしてかっ飛ぶ、非常識な自動車に遠い目をした二人に向かって、景光の肩に乗っていた竜胆が警告を発する。

 

『歴史遡行軍発見! 高速道の橋脚基部を狙っています!』

「何だって!?」

「何処だ時雨!」

『あそこです、タンクローリーが引っ掛かっている場所の下!』

 

 もう一匹のこんのすけの声に、二人の視線は高架上で立ち往生しているタンクローリーと、その下側で転移して来ようとしている空間の歪みに陣平は鼻を鳴らし、その上で狙撃準備を始めている赤井の姿に景光が顔を歪める。

 

「橋脚を落として、ついでに赤井も殺す気か!」

「おいおい、FBI側のキーパーソンだろ、あの兄さん。……仕方ねえ、時雨、第三部隊緊急出動」

『向こうの転移の為、座標が安定しません、後一分四十秒はゲートを開けません!』

「ちっ!」

「江戸彼岸、今の手持ちは?」

「! 雷と風、だな」

 

 ジャケットのポケットから、黄色と緑のラインを引いた二つの弾倉を出して見せた陣平は、そのまま手の中に現れた、一見するとおもちゃのようにも見える大型拳銃に緑のラインを入れた方を装填する。

 

「取り敢えず、『竜巻(トルネード)』で良いか、大将?」

「任せる。但し、お前がぶっ放したら、こっちも影響下から抜ける為に一気に加速させるからそのつもりで」

「アイアイサー」

「竜胆、五分間光学遮蔽結界の維持を」

『お任せください、遮音結界も同時展開します』

 

 忠実な管狐の言葉に、景光は一気に操縦桿を倒し、小型ジェットヘリに可能なぎりぎりの速度で急降下させる。

 その間に自分側のドアを開いた陣平は、魔導銃の銃口を実体化し橋脚へと群がろうとする穢刀剣の集団へと向けた。

 その次の瞬間、ビキっと音を立てて陣平の右手が翡翠色の竜燐に包まれる。

 

「爆弾処理ならともかく、俺は吉野やギネみたいに針の穴なんてのは無理だけどな、面を潰すのは出来なくもねえんだ、よっと!」

 

 軽い発射音は誰の耳にも届かず、ただ橋桁の上にいた男が不意の巻き上がった風の為に、射線計算に数コンマ秒を擁しただけだ。その下で、橋脚を包んだ突風が大小一五、六振りの穢刀剣を吹き飛ばし、すり潰した事に気付く者はいない。が、それでも生き残りが、増援を呼ぼうと蠢いているのが見える。

 二人の乗る小型ジェットヘリは、風の影響から逃げるべく水面ぎりぎりを飛んで、高速道路から充分距離を取ってから通常高度へと戻った。

 それを待っていたように、うねる突風が遡行軍を拭き散らした場所に、新たに魔法陣が形成されるのが見える。『代紋本丸』側の緊急ゲートだ。同時に展開される認識阻害結界によって、高速の上、そしてその周囲に集まろうとしている緊急車両に彼らが見付かる事は無い。

 

『ゲート展開、第三部隊出陣します!』

「殲滅せよ、以上だ!」

『『『『『『おう!』』』』』』

 

 インカム越しに短く陣平が命じれば、第三部隊員の力強い声が返る。

 それを聞きつつ、二人はタンクローリーが逆走してきた逃走車両諸共落下、炎上するのを見た。

 幸いと言うか、戦闘は既に橋脚から離れた場所に移っており、結界もあって刀剣男士達に被害は出ていない。

 

「そろそろ燃料がやばいだろう? 戻ろうぜ、諸伏」

「ああ」

 

 銃を仕舞う陣平の横で、景光はゆっくりとヘリを方向転換させた。

 路上で睨み合う、幼馴染みと昔馴染みに心を残したまま。

 

 

 八月も半ばのある日。その日もうだるような暑さで、鈴木園子と毛利蘭、そして江戸川コナンとは避暑も兼ねて喫茶店ポアロで宿題を片付けていた。

 そんな中、午後シフトのバイトに来た吉野景光に向かって、鈴木財閥のお嬢さんがのたまった。

 

「ねえ吉野さん、どうしてこの暑いのに長袖着てるの?」

 

 猫のように目をぱちくりさせた彼に、友人である毛利蘭は彼女を諌めた。

 同じように考えていたが、流石にプライベートだろうと止めに入ったのだが、そこに眼鏡の小学生――江戸川コナンが追撃する。

 実際問題、猛暑日続きであっても彼は常に七部丈の色合いの濃いシャツを着て、前腕より上まで捲っているのを見た事がなかった。

 

「お兄さん、余り汗かかないし、この間の弓道着の時も、下に薄い色のハイネック着てたよね?」

「よく見てるね、薄橙色(ペールベージュ)の目立たないのにしてたのに」

 

 そう言ってから、吉野はカウンター側にコナンを呼んだ。

 女子高生二人から陰になる位置に動くと、吉野は心底困ったと言いたげに眉をハの字にして。

 

「流石に、女性には見せ難いし、君にも見せたくないけど、君は見ないと納得しないよね」

 

 そう言うと、吉野は左袖を上腕まで捲って、その下に隠された幾つかの刺傷を見せた。そして、ハイネックを引っ張り、頸動脈辺りの大きな傷も見せる。

 大分薄くなっているが、どの傷もまだハッキリと皮膚の上に残っている。そしてその腕や頸は、一度鍛え上げたものの筋肉が落ちたのが良く判った。

 瞳孔が開くほど大きく目を開く彼に向かって、吉野は小声でこう告げた。

 

「前の仕事が、ボディーガードみたいなものだったんだけど、その仕事中に刃物持ってる人間数人に滅多刺しにされてね、なんとか致命傷は免れたんだけど」

「コナン君、どうしたの?」

「うぇっ」

「あ、ごめん、俺の怪我の痕にビックリしたんだ。前の仕事の時の労災で、ガラスの中に突っ込んじゃって、あちこちにガラスの破片が刺さっちゃってねえ、顔は咄嗟に腕で庇ったから無事だったけど、倒れ込んだ時に結構、ね」

 

 顔を見せた吉野の言葉に、あっと言う顔になった女子高生達に向かって、彼はにこにこと続ける。

 

「流石に、こう言うお店で働くには、お客さんを驚かしてしまうから、長袖で隠してるんだ」

「ご、ごめんなさい、デリカシーのない事聞いちゃって」

「すみません」

「良いよ、俺もこの暑いのに長袖着てる奴が居たら気になるし」

 

 そう言って、奥にある倉庫に向かった吉野を見送り、コナン――工藤新一はいつの間にか出ていた冷や汗を拭った。

 あの男、一体何者だろうか。

 刃物で滅多刺しと言っていたが、それでどうやって致命傷を免れたと言うのか。少なくともあの首の傷、絶対頸動脈まで行った筈だ。

 そこまで考えて、新一ははたっと思い付くまさかあの男。

 

「違いますよ」

 

 低い冷たい男の声に、飛び上がって振り返れば、厨房から出てきた安室透が、バーボンの顔で新一《コナン》を見下ろしていた。

 

「っ」

「うちの組織に彼はいないし、彼には一年近く昏睡状態で関西の病院に入院していた記録があり、春先まで西日本に本拠地がある警備保証会社に在籍していたのも確認しています。

 この僕が、自分の傍に不意に現れた人間を疑わないような、甘い人間に見えますか?」

 

 そう言い捨てて離れていく安室の背を、だが新一は少し混乱しつつ眺めた。

 彼の素性を調べたのは、本当の事だろう。バーボンの二つ名は『探り屋』だ、調べないと言う選択はないだろう。また、公安警察の降谷零として、徹底的に調べもしたのは判る。

 だが、最初に「うちの組織に彼はいない」と言った事に、新一は違和感を感じた。

 まるで、彼に関わるなと言わんばかりの安室に、却って引っ掛かりを覚えたのだ。

 

 

 数時間後、少年探偵団と撮ったスマホの映像を見て、設定かなぐり捨てて開眼し、英語で詰め寄る下宿人を見る事になるなど、如何に名探偵であろうと思い付きもしなかった。

 

 

 子供の頃の、夢だと思った。

 

 おにぎりだけのお弁当を持って、隣町の公園まで、二人で満開の桜を見に行った。

 もう少しで、友達になって一年になる。

 桜の木を見て寂しそうだった友達の為に、切り出した事だった。

 手を握り合って、一杯歩いて。――子供の脚だったからとても遠く感じたが、大人の脚なら精々三〇分だろうか。

 こんもりと咲き誇る、桜の並木を見てヒロは泣いた。

 

「お父さんとお母さんがいなくなっちゃう前に、家族でお花見に行ったんだ。お父さんとお母さんと、お兄ちゃんと僕で」

 

 その言葉に、失敗したと焦ったけど。

 

「だから、これからは一人で桜を見るんだと思ったから、ゼロがいてくれて嬉しい」

 

 そう笑ったヒロは、とても可愛らしくて、綺麗だった。

 二人でおにぎり食べて、少し遊んで帰ろうと決めて。

 何時の間にかヒロの姿が見えなくなって、俺は慌ててヒロを探した。

 延々と続く並木の中、ポツンと、立っている背中を見付けた。青い、警察学校の制服。

 振り返った顔は、あの頃の彼だった。

 

「ゼロ」

 

 微笑む彼に駆け寄ると、何時の間にか自分も警察学校の頃の姿になっていて。

 

「覚えてるか? 友達になって初めての春に、お花見に行った事」

 

 桜が吹雪く中、舞い散る花弁に手を伸ばす景光をじっと見るしか出来ない。

 

「嬉しかったんだ」

 

 そう言う彼の笑顔は、花に消えてしまいそうで。

 

「もう、桜を見ても嬉しいと思えなくなるんじゃないかって思ってたのが、ゼロのお陰でまた好きだ、綺麗だ、嬉しいって思えるようになって」

「ヒロ!?」

 

 手を掴んで引き寄せると、彼の姿は警察学校の制服からパーカージャケットに変わった。背中に、見た目よりずっと重いギターケースが揺れる。

 驚いたように猫のように吊り上がった目を見開いていた彼は、慌てて『陽気な射撃手(スコッチ)』の仮面を着けようとする。

 

「何だよバーボン。ちょっと花弁を掴もうとしただけじゃないか」

「ヒロ、俺は」

「バーボンッ!」

 

 その声音は少し困ったような、何かに怯えるような色も帯びていて。

 景光(スコッチ)は何かから逃げようとするように、自分を振り切り歩き出す。

 慌てて、もう一度手を取ろうとしたら、桜吹雪に包まれ視界が淡いピンクに覆われた。

 

「ヒロ?」

 

 何処にも彼の姿はなく、これまで一面に咲き誇っていた筈の桜もすべて消えて。

 

「ヒロ!!」

 

 自分の声だけが、冬枯れの公園に響いて行く。

 

『諸伏の事、探してんのか、降谷』

 

 不意に、肩に乗せられた手に飛び上がる。

 

『あーあ、逃げちゃったか、諸伏の奴』

『仕方が無いなあ、あいつも』

 

 振り返ると、そこに懐かしい顔が並んでいた。

 萩原、松田、そして伊達。

 

「お前、達」

『まあ、待ってろ、ちゃんとお前のところにあいつ帰してやるから』

『ただちょーっと、良くない方向に思い詰めてるから、ケアよろしく主席殿』

『だから、もう少し待ってろよ、降谷』

 

 そう言って、三人は歩いて行く。

 その背中を、追い掛ける事も出来ず、俺は見送る事しか出来なかった。

 

 

 起きて、ぎくりとなった。

 枕元に、この季節に存在する筈のない、数枚の桜の花弁が落ちていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。