『ほら、兄さんキリキリ歩くばい! 時は金なりっちゃよ‼』
一昨日以来、自分の側に居る少年――何でも隠形何たらを使って居るとかで、自分以外に彼は見えないらしい――と共に、高木渉は米花町の住宅街を歩いていた。
歩いているうちに、高木は自分が工藤家――灰原哀が暮らす阿笠邸の隣だ――の裏手の通りに居ると気付いた。
そして、工藤家の丁度裏側になる、築三十年くらいの文化住宅の玄関まで来ると、何も書かれていない表札に向かって眼鏡の少年が言った。
『候補者を連れてきました、博多藤四郎帰投します、開門』
その途端、ピッと音がして、扉が開いた。
高木は電子ロックかと思ったが、中に入って目を丸くした。
「あれ?」
何故なら、住宅の中に入った筈なのに、高木は何処か広い邸宅の庭に立っていた。
「本来は『奥』の玄関に繋がっとるけど、今回は俺と兄さんが移動するから緊急ゲートの方に繋いだばい!」
「ゲ、ゲート!?」
「その辺りも含めて、うちの主しゃんが話してくれるとよ!」
そう言って、少年は高木の手を取ると、ぐいぐい引いて何処か史跡の武家屋敷のようにも見えるお屋敷へと入った。
何処と無く、静かだが流れている空気は馴染みがあり、何だろうと高木が首を傾げた時だ。
小走りで二人の良く似た少年が走ってくる。目をぱちくりさせ、眼鏡の子が声を掛ける前に、揃いのおかっぱの、マントを羽織っている方がこう言った。
「博多、その人を連れて控室へ!」
「管理部が来ています、合わせたら連れていかれてしまいます!」
「! 何で管理部がしゃしゃり出て来るね!」
そう怒って、眼鏡の子は向かっていたのと逆に進む通路に高木を引っ張り、一つの小部屋に彼を押し込んだ。そこには、金髪でジャージの上に布を羽織った青年と、黒髪にはっとするほど赤い瞳の着物に袴の青年が、額に青筋を切ったまま座っていた。
彼らが座っているテーブルの上には、小振りなスピーカーがあり、そこから別室の音声が漏れていた。
『くどい!』
『せっかくの審神者候補を、むざむざ野放しにすると仰るか!』
『そんな話ではない。我々は監査部所属の本丸だ、お前達管理部に嘴を挟まれる覚えがないだけだ』
『監査は本丸の事件のみ扱えば良いでしょう! 審神者の管理と育成の為に我々管理部が』
ドスバキャ!
直後に響いた破壊音に、思わず高木は飛び上がり、青少年達はそれそれ大きく肩を竦めた。
「ああ、言ったよこいつ」
「察するところ、書類だけ見て乗り込んで来た新人さんだな。馬鹿な奴」
『な、う、鱗?! 何が!?』
『ああ、やっぱり判ってなかったか』
『うちはな、三年前に左遷されたお前らのとこのお偉いの所為で不法に二百年前から連れて来られた挙句に、ブラック本丸に突っ込まれて瀕死になった人間と、瀕死の状態から神格覚醒起こしたそいつを良いように使おうと、人質としてやっぱり二百年前から誘拐された人間が作ってる本丸なんだよ。お前達管理部が総出で隠匿した、こいつのな!』
『我々を救出し、治療し、生活出来るようにお膳立てしたのも全て監査部で、お前達管理部ではない。更に言わせて貰えば、俺達はお前達に一切の謝罪も補償も受けていない。
規定通りの書類を出せばそれでいいと思っているなら、それでいい。俺達はお前達に一切関わらん、それだけだ』
『っ、それに、今回の事は』
『関係大ありだ。今回見つかった、お前らの言うところの候補者は、俺達の元居た時間帯の人間だ。
俺達が、お前らに受けた扱いを考えたら、同じ時間の同年代の人間を、お前らにはいそうですかと渡せるか!』
『化け物になってでも生き延びるだけの生命力があるなら、大した』
バキッ!
流れて来る内容に、高木が唖然としている間に、鈍い打撃音と共に、引き倒しねじ伏せる音がした。
そして、今までとは違う人間の声がした。
『同じ政府の人間として恥を知れ! それに化け物と言ったな?
信州戸隠山の地主神、九頭龍大神《くずりゅうのおおかみ》に対して随分と不敬だな、お前のような無知無能無駄飯食いが、ブラックを野放しにした挙句に、奴らに養われて落神を増やす事になるんだろうが! 俺達の仕事増やしておいてふざけんな!』
『……もう、お話しするような事は無いでしょう、お引き取りを。我ら出雲国い一一〇番本丸は、監査部直下の特命本丸、管理部には関わりが無いと言う事を思い出していただきたい』
「出雲国って事で理解しろよ、さあ、帰ってくれ!』
『お前さんがこちらに乗り込んで、騒ぎ立てるその隙に候補者を拉致する手筈だと言うのは把握している、だからもう彼は監査部で保護している。……残念だったな』
『あqwせdrftgyふじこp;@:』
奇声を上げて飛び出して行く足音に、スピーカーと高木の周囲からため息が聞こえ、そして
『もういいぞ、連れて来てくれ』
と、言う声がして、高木は少年達に伴われ、応接間として使われているらしい和洋折衷――大正ロマンと言うよりはやや洋風寄りだが――の一室に通された。
そこには神主の格好で顔を布面で隠した三人の人物と、高木と変わらないくらいの年恰好とスーツ姿の人間がいた。
と、反対側の本来の出入り口だろう扉から、布面に神主姿の人間が入って来て、高木は驚いた顔になった。一人目はともかく、二人目はソファーに座っている人物にそっくりだからだ。
ぽかんとしていると、それまで座っていた方の姿がふっとぶれて、膝にクリっとした猫目の少年を座らせてた、びっくりするような美形で細身の青年が現れた。何と言うか、長過ぎる髪に、水晶玉らしいものを大量に飾った姿に困惑していると、当の本人は膝から子供を下ろし、入ってきた人物――もちろん、自分が扮装?していた相手に場所を譲った。
「手間を取らせました、謙信、数珠丸」
「どおってこと無かったんだぞ!」
「かような不埒者に、主の手間を割かせるのはどうかと思いましたので」
一礼して、二人が出て行き、自分を連れてきた少年達も同時に出て行って、高木刑事は五人の人間と共に部屋の残された。
後から入って来た青年が出入口にロックを掛けると、高木にソファーを勧めた。
長ソファーの方に高木が、一人掛けソファー二台が並んだ方に神主服の四人のうち、大柄な男と、主と呼ばれた人間が、そして一台別に置かれた一人掛けソファーにスーツの青年が座った。残る二人は、仲間であろう二人の後ろに立ち、ソファーの背もたれに寄りかかっている。
「これから、長い話になる。ゆっくり聞いてくれるかな、高木渉君」
「え、あ、はいっ」
話を切り出したのは、スーツ姿の青年だった。
「まず、自己紹介させて頂きます。
私は、内閣府時空管理局監査部強硬制圧班班長、及びこちらの本丸の担当官を務める、
「はあ……内閣府!?」
思ってもみなかった単語に目を白黒させる高木に、『百舌鳥』と名乗った青年はゆっくりと話し始める。
即ち、二二〇五年から、『歴史修正主義者』と名乗る存在によって、過去の重大事件が起きる時間帯にテロ行為が行われている事、そのテロ行為に対する対策として、敵が使う『穢刀剣』に対し政府側は名を持つ名刀神刀の類を付喪神として奉り、その戦いの先兵とした事。
そうやって生み出した刀剣の付喪神、『刀剣男士』を依り代に降ろし、彼らで構成した部隊を取りまとめる人間として、『審神者』と言う職分が生まれた事。だが、その『審神者』になるには一定の素質が必要であり、そう言う人間は人数が限られている事。
そして足りない人材を補う為に、政府主導で過去に亡くなった殉職公務員を回収し、二二〇〇年代の技術で蘇生させ、審神者として徴兵していた事。
そしてここが、二二一五年と言う未来に設置されている、戦闘拠点であると言う事。
『百舌鳥』の言葉に、高木は顔を上げた。
「殉職公務員って、まさか」
その言葉に答えるように、四人が布面を外す。
「久し振り、で良いかな、高木」
「やっぱり、伊達さん。それに、もしかしてそちらの方は松田さん、ですか?」
「……ああ、松田陣平だ。横にいるのは俺の同期で同僚だった萩原」
「よろしくな。で、こっちが俺達の同期でこの本丸の審神者になる」
「……諸伏景光です」
「あれ? 吉野さん? ポアロのバイトの」
ぽかんとしている高木に、伊達航の方が話を続ける。
「俺達は今、特命任務で二〇〇〇年代《元の時間》にて時間遡行軍と戦いつつ、とある任務を同時進行させている最中だ。諸伏は、その為に『吉野景光』としてポアロに籍を置いているんだ」
「細かな話は、これからおいおい話していきます。ですが、取り敢えず今貴方には、これから話す事を了承して頂きたいのです。
貴方には、この本丸に入った『審神者候補生』と言う肩書で、ここで寝起きして頂きます。貴方は正直、そこいらの一般から訓練校に入る人間より格段に霊力が高い。このままの生活を送ると、無理やり二二〇〇年代に連れていかれて審神者にされるか、敵方の歴史修正主義者側に利用される恐れがあるからです」
「え、それって」
蒼褪める高木に、かつての先輩とその同期が申し訳なさげに言葉を続ける。
「歴修相手なら、粉砕すれば良いからまだ話しが簡単なんだが、さっき来ていたような政府の一部署からと言われるとなあ」
「ま、俺と萩原はともかく、息が残ってたのに死んだ事にされて拉致られたからな、伊達は」
「おい、」
「それ、本当なんですか!?」
「本当だ。すまない、俺の所為で伊達は助かったかもしれなかったのに死んだ事にされてこちらに連れて来られたんだ」
そう言って頭を下げる諸伏の姿に、先程の声を思い出す。曰く、
『うちはな、三年前に左遷されたお前らのとこのお偉いの所為で不法に二百年前から連れて来られた挙句に、ブラック本丸に突っ込まれて瀕死になった人間と、瀕死の状態から神格覚醒起こしたそいつを良いように使おうと、人質としてやっぱり二百年前から誘拐された人間が作ってる本丸なんだよ。お前達管理部が総出で隠匿した、こいつのな!』
「あの、俺をその、二二〇〇年代に連れて行って審神者ってのにするのは、法律違反になるんですか?」
「違反になるようにさせた、だな」
「俺達の事があって、やっと闇雲に過去の時代の人間を、死んだ直後だったとしても拉致して審神者にしてはならないって規定を作らせたんだ。
死人を禁止しているのに、今現在進行形で生きてるお前さんを時の向こう側に連れて行くなんて許される筈が無いだろう?」
伊達と松田の言葉に、ほけっとなった高木の横に回り込んだ萩原が、宥めるように髪を掻き混ぜる。
「それでも、まあブラックだったりえぐかったりするお役人がいるから、監査の方で保護って話になったの。大丈夫、今暮らしている部屋に移動用のゲートを設置して、ここに出入りしてるって言う実績だけ作るから」
「俺達は、お前の人生に横から茶々入れられるのが嫌だった。だから、気にしなくていい」
「俺達は、刑事としてのお前さんを潰させる気は毛頭ないよ」
「高木君、俺達もここで三年実績を積み上げて、それなりの権力は作っている。どうか、君の生活を守らせてくれないだろうか」
そう言って頭を下げた五人に、高木は慌てて頭を上げてくれと告げ。
出雲国い一一〇番本丸に、審神者見習いとして『衣笠』と言う青年が登録されたのは、それから間もなくの事だった。
八月も終わりが近付いた、とある日。
長野県警捜査一課にある自身のデスクで書き物をしていた諸伏高明は、置かれた皿の上のものに目を細めた。
「初物ですか?」
「ええ、お裾分けですって」
瑞々しく切り分けられた梨を、つまようじで口へと運ぶ。
横で同じように梨を食べつつ、大和敢助は揶揄するようにこう言った。
「そう言えば子供の頃、お前梨好きだったよな。弟と二人で、夕食食えなくなるまで梨食ってたって?」
「……何故それを?」
「うちの婆ちゃんから聴いた」
ニッタリ笑われて、むっとなる。
恐らくご婦人方の会話の流れで母が喋って、敢助の祖母の耳に入ったのだろうが。
「私より、弟の方が好きだったと思いますよ。あの子は私が丸一個食べる間に、丸々二個食べてましたからね」
「おいおい、あの頃、お前の弟保育園だっただろうよ」
「だから尚更、夕食が入らなかったんですよ」
配り終えたらしい上原由依が、二人の話にクスクス笑い、だがそれから何かを思い出した様子で大和の方を見た。
「そう言えば敢ちゃん、私が保育園ぐらいの頃に、何か誘拐未遂事件無かった?
確か、長野市内から居なくなった男の子が、戸隠山で保護されたって」
おやっと言う顔を作った諸伏の横で、何でもないと言う顔で、大和は腐れ縁の同級生を指差した。
「ああ、それこいつの弟」
「ええ! そうだったの‼」
「は!?」
思わず声を上げた諸伏の反応に、大和は胡乱な者を見る目を向ける。
「おいおい、お前忘れたのか? あの後一ヶ月、お前弟を自分の横から離そうとしなかったろうが」
「え、あ……」
慌てて記憶を探る。
そして、不意に甦る。
戸隠神社に七五三に行ったその日の晩、部屋で寝ていた筈の弟の姿が消えて。
大騒ぎで大人達が走り回り、それでも三日三晩見付からなくて。
その、四日目の明け方。
『すまなかった』
梨を抱え、幸せそうに寝息を立てている弟を、父方の――当時は壮健だった曾祖父に渡した青年はそう言って頭を下げた。
『うちの不心得もんが、この子を連れ帰ろうとした。しょうまっこと申し訳ない。
どうか、七つを過ぎるまでこの子を九頭龍社に近付けないで欲しい、この子の人生を取り上げたくないがだ』
戸隠山で宮司をしていた曾祖父は、真っ青な顔で受け取った弟を抱き締めていた。
周囲にいた神社の関係者も、皆一様に顔をひきつらせ、両親は私を抱き抱え、そっと後ろへ下がろうとしていた。
……何故、今まで忘れていたのか。
「敢助君、あれは誘拐未遂ではありません」
「あん?」
「神隠し未遂と言うんですよ」
「「はあ?」」
仲良く顔を見合わせる、大和と上原を置いて、諸伏高明はもう一口梨を齧る。
あの時、弟を連れてきた男の顔を何処かで見たことがある。
そして思い出したのは、先日見た夢。
弟を近付けるなと言われた九頭龍社から現れた、大勢の『人ではないもの』と、『弟の顔を持ったもの』。
その『弟の顔を持ったもの』を護っていた九人の先頭に居たものと、彼はそっくりだった。
見て欲しいものがあると言われ、下宿先の遠縁の少年、こと家主の一人息子を迎え入れた沖矢昴は、居間に収まるなり早速用件を切り出した少年からスマホを受け取り。
……危うくスマホを握り潰し掛けた。
「これはどう言う事だ、何故彼が君達と一緒に居る、これは何時撮った写真なんだ、冗談としたら俺は君を殴らなくてはならない!《How is this, why he is with you, this is a picture I took at what time, as a joke I must beat you!》」
喫茶店らしい店舗の中で、この家にも遊びに来る少年探偵団の面々と、新一ことコナン、バーボン事安室透、こと公安警察の降谷零と共に、一人の青年が写っている。
癖の無い黒髪を短く纏め、吊り上がった猫を思わせる瞳と、顎髭こそ無いがその面差しを忘れる事はなかった。
「沖矢さん、この人知ってるの?」
「坊や、質問しているのはこちらなんだが」
「この人、二ヶ月前から喫茶店ポアロで働いてる吉野景光《よしのかげみつ》って人なんだ」
沖矢昴、いやFBI捜査官赤井秀一の反応で、やはり組織の人間だったかと思いつつ、だがそれにしては妙な反応だと感じつつ、新一は先程の安室の反応を話した。
話を聞き終え、沖矢昴のキャラを着直したFBI捜査官は、写真の中の男をもう一度見る。
「組織に、この男に瓜二つの男はいました。ですが、三年前に死んでいます」
「え?」
「潜入捜査官だったんです。
彼――『スコッチ』と言うコードネームを与えられていた狙撃手は、組織にノック割れした後、自身が持っている情報を自分もろとも葬り去る為に、携帯電話ごと自身の左胸を撃って亡くなりました。
……赤井秀一の目の前で」
沖矢の声がひび割れる。
自身で胸を撃ち抜いたと聞いて、流石の高校生探偵《コナン》も息を呑む。
「赤井さんは、助けられなかったの?」
コナンの声に、
「一度は止めたんです、自決しようとした彼が奪った銃のシリンダーを掴んで。自身もノックである事を告げ、脱出を手伝うと。
ですが、そこに階段を上ってくる人間がいて、赤井がその人間に気を取られた瞬間に、彼は自決しました。
その時駆け上がってきたのはバーボンでした」
その言葉にはっとして、新一はもう一度画像に目を落とす。
微笑んでいる彼が、安室に対して距離を置くような素振りを見せた事はない。だが同時に、職場の人間として以上の関わりを見せるかと言うと、それは微妙と言って良い。
……否、それに関しては安室透だけではなく、自分や毛利蘭と言った常連客、バイト仲間である榎本梓に対しても一線を画しているのに今気付く。友人だと言う最近の客達にも、決して必要以上に接近せず、接客業としては絶妙な距離感で接していると言って良かった。
先程自身の傷を見せたのは、恐らくこれ以上の干渉に対する防衛線だったか
江戸川コナンの思考を読んだ訳ではないが、沖矢はふっとスリーマンセルを組んでいた男を思い返した。
「スコッチは、バーボン以外の人間とは基本触れ合うようで、距離を取っているような人間でした」
「どう言う事?」
「パーソナルスペースが狭いように、すぐ傍までよって来て見せても、人に触れる事は殆どありません。又、人に触れさせる事も稀でした。
赤井秀一が知る限り、彼が触れた人間は片手が精々です。そして、彼が触れる事も触れられる事も完全に許容していたのが」
「安室さん、って事なんだ?」
頷き返しつつ、流石に二人が結構頻繁に同衾していた事には、口を閉じる事にした
何故か、口にしたその次の瞬間、怒り狂ったゴリラと容赦のない精密射撃に襲われる気がしてならないからだ。
「ねえ、沖矢さん、そのスコッチって人、ナイフと言うか大型の刃物で滅多刺しにされた事、ある?」
「はあ!? まさか。情報収集でパーティとかに潜入する事はあっても、彼のポジションは狙撃手だ、別動隊に襲われて怪我した事が無かったとは言わないが、そもそもそんな滅多刺しにされるような任務は俺が組んでいた頃も、その前も一度も無かった。それは断言する」
思わず赤井の口調で答えた
そんな子供に向かい、
先程の同衾に繋がるので話せないが、全裸で眠るあの男には痣や擦過傷、銃弾が掠めた疵は幾つかあっても、そんな刃物で滅多刺しなどと言う傷は何処にもなかった。
「大型の刃物で滅多刺しにされて、生き残るのは至難の業だぞ、坊や。
アイスピックでも、滅多刺しにされれば人間は死ぬんだ、刃物なら万が一助かっても出血も洒落にならない事になるだろうし、神経や腱が寸断されてまともに動けるか怪しい。手足が利かなくなるぐらいの障害が出るだろう。
だが、この画像を見る限り、この人物にそんな運動上の障害があるようには見えないぞ」
「うん、走り回ってるし、弓も五〇回ぐらい引けるくらいしっかり腕力もあったし、じゃあ滅多刺しにされたって言うのはブラフだったのかな? あんな深い傷が頸動脈のところにあって、生きてる訳無いし」
そうぶつぶつと言い始めた小学生を横目に、沖矢は顎に指を当てる。
会って、確認してみなくてはならないと思ったのだ。
もう少しで夏休みも終わる、そんなある日の事だ。
夏のカンカン照りの日差しの中、その子供は異様な姿で木陰のベンチの上で蹲っていた。
真っ白な布地に、ところどころ青海波の模様が薄い青で織り込まれた浴衣の上に、どう見ても成人男性用の薄青いパーカーを羽織っている。
どう見ても訳ありに見えたので、江戸川コナンこと工藤新一が止める暇もなく、少年探偵団を自称する小学生三人はその子に突貫した。
だが、その子は一つの言葉を繰り返すばかりで、何も答えようとはしなかった。
結局、この子を探していたサマースーツの青年とジャージ姿の少年が現れるまで、少年探偵団は何の情報も得られなかったのだ。
珍しく、吉野景光からニ〇分ほど遅れると、連絡があった。
榎本梓と共に「珍しい」と話しつつ、安室透こと降谷零が洗い物をしていると、ドアベルを鳴らして何時もの少年探偵団の五人がやって来た。
梓がオーダーを取りに行っている間に残りを片付けていると、子供達が賑やかに話し込んでいるのが聞こえた。
「問題は、ヒロ君のお友達がどんな子かと言う子ですね!」
「ヒロより小さい事はまずないよな!」
「私達より大きい人でもないよね、一番の仲良しだって言ってたもん!」
「あー、そうだなあ……」
「お日様みたいって言ってたわね」
「どんな子なんだろうね、ゼロ君って!」
思わず洗い掛けのグラスを握り潰しそうになって、慌てて手を洗った降谷は、梓に代わってサンドイッチとジュースを持って行った。
「やあ皆、何か事件かい?」
「あ、安室さん!」
「そうですよ、僕達少年探偵団に、依頼が来たんです!」
「人捜しなんだぞ!」
三人が口々に語るのを、頭を押さえつつ江戸川コナンがまとめて説明する。
「さっき、ここに来る前に、公園で鳴いてた幼稚園児くらいの子がいたんだ。
その子自身は、保護者が迎えに来てもう家に帰ったんだけど、友達探してて見付からないって泣いてたんだ」
「……そう言えば、吉野さんそっくりだったわね、。目が切れ長の猫目なとこ」
「……え?」
「目が融けちゃうんじゃないかってくらい泣いてたんだよ!」
「何聞いても『ゼロがいない』って繰り返して、他の事答えてくれなくて」
「ムツっておっちゃんとケンちゃんが来なかったら、俺達何も判んなかったもんな!」
怪訝そうにコナンを見ると、友人達を横目に見ながらこう告げた。
「だから、そのヒロって子の保護者と兄ちゃんだって子。ケンって子は確かにヒロに似てたよ、顔立ちとか。でも従兄弟かもしれないけど」
「そのケン君から依頼されたんです、ゼロ君を探して欲しいのだぞって!」
その時、恐らくコナンも何気なく思い付いての事だったが、ふと言った。
「そう言えば、安室さんも、子供の頃のあだ名って、『ゼロ』だったよね?」
「すみません、遅れました!」
カランと、ドアベルを鳴らして吉野景光が飛び込んで来たのはその時だった。
暗殺任務の後は、どちらともなく合流し、肌を合わせる事が通例になったのは何時からだったろう。
降谷零《バーボン》が行った時は、諸伏景光《スコッチ》を抱き潰す勢いで犯し、諸伏景光《スコッチ》が行った時は、降谷零《バーボン》にすがり付いてねだった。
そして二人共血に染まった晩は。
水音混じりのリップ音と共に、互いに互いの胸に頭を擦り付け合う。互いの心音を確かめ合うと、もう一度吐息を奪い合うようにキスをする。
「……生きてる」
「うん。お前も」
相手の体温と、心音を何度も確かめる。
ヒトノイノチを奪ってしまった自分達が、人である事を辞めていないか確かめるように。
幼い日から共にあった、この『
遊び疲れた子犬と子猫が、そのまま身を寄せ合って眠るように、二人は抱き合い、互いに肌を寄せ合って眠った。
気が付くと、一人でベッドに座っていた。あれっと思うと、不意に声がした。
「吉野くんの記録、不自然が過ぎませんか?」
顔を上げると、良く良く知った顔がベストにリボンタイと言う出で立ちで立っている。……こいつは
「確かに大学の在籍記録も、職場の勤務録もある、でもそれだけ。
職場に関しては、一緒に仕事した人間が出てこないんですよ、有り得ない‼」
「吉野くん、打ち解けているようで打ち解けてないんですよねえ。人に触るのを怖がっているような?」
ポアロのロゴの入ったエプロンを畳んでいるのは、
「真面目だし、急に抜けた僕の後埋めに出て来てくれてるし、だからマスターも梓さんも彼を凄く買ってるのに、薄い壁がある。人見知り? けどそれだけじゃなさそうなんです」
「葛葉保障は、表向き警備保証のボディガード斡旋業、その実態は政財界の心霊アドバイザー兼お抱え霊能力者、そしてそう言う方向でのガードを兼ねているそうだ」
スーツ姿で、腕を組んで立っているのは……
「彼はどうやらそう言う能力をもっているようだが、だとすると一年も入院するような怪我と言うのが解せない。いや、そもそもあの記録は正しいのか?」
「彼が病み上がりなのは確かですよ、一度着けた筋肉が落ちたのは良く判る体格してますし、実際入ってきた当初は体力もなかったですし」
「そうですね、彼が病み上がりなのはきっと正しい、それが就業中の怪我なのも正しい。ただ、その怪我が彼が言ったようなものじゃなく、」
「「「自殺しようとした怪我の所為だとしたら?」」」
目覚ましのアラーム音に目を開き、頭を抱える。
何で、自分は自分が演じている――公安警察としての自分まで演技としたくないのだが――人格に詰め寄られねばなかったのか。
「……ヒロと一緒に寝た夢だけで良かったのに」
そうぼやくと、立ち上がり洗面所へ向かった。